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■竹林経営のしたたかさ竹は決して立派な大樹ではない。しかし暴風に倒されることもなくしたたかに生き残る。一本の竹は寿命がくると枯れてしまうが、同じ地下茎から別のところに芽を出した竹が生い茂って竹林をつくる。竹林は地下でしっかりつながっていて、暴風雨だけでなく地震にも強いことはみなさんもよくご存知のとおりだ。つまり竹林経営は時代の変化に強い経営法なのである。バブルがはじけてデフレが来て、みなさん氷河期が来たように思っている。しかしこれまでみなさんの事業として存在してきたのであるから、存在させてくれた技術なり、サービスなり、自分たちの強みをたどっていくと、必ず生き残る道がある。そもそも世の中に20年、30年と太陽が当たりつづけてのんびり商売を続けることのできるのどかな場所などあるわけがない。日が射さなくなって枯れそうだとあわてることはない。強みづたいに地下茎を伸ばしていって、日の射す所に、したたかに芽を出せばいい。これまでいろいろな竹林経営の事例について紹介してきたが、みなさんも環境の変化に耐えることができる竹林のようなしたたかな経営をしていただきたい。ところが地下茎を持たず一本の樹だけで済ましていると、自分の商売がわかりすぎて、その将来性を否定し、まるで違う分野の事業を手がけることが多角化だと考えている人が多すぎるように思う。隣の芝生は蒼く見えるとよく言うが、地下茎を張るどころか、根を切り落としてまで、ヨソの分野に行きたがるものだ。しかしほとんどが根づかず、ものにできない。このようなときに、私は「強みづたい」に、次の三本の根を張ることを指導している。①技術の根②人脈の根③顧客の根技術つながりについては、ジレットや松下電工の例でおわかり頂けるだろう。人脈の根は、自社がもっている仕入先・得意先、あるいは社長や社員がもっている個人的な人脈、例えば同じ大学出身とか同郷つながりということだ。顧客づたいは、得意先の要望に対して、一見不可能なことでも何とかお応えしようと、どこまでも挑戦していくということだ。人脈や顧客の強みづたいに根を張ることを考えないから、納品した先々を訊ねて「その後、調子はどうでしょうか」と聞きに行こうともしないで売りっぱなし。それでいてヨソに芽を出した、おいしそうなものにばかり目がいく、そんな経営者が少なくない。大事なことは「根っこつながり」かどうかだ。技術でも人脈でも顧客・マーケットでもよい、自社の強みが伝わらなければ、力が分散されるだけで商売や売りものを軌道に乗せる前に会社をおかしくしてしまうだろう。それではどこに地下茎を伸ばし、芽を出したら良いのだろうか?南国で生まれ育った人に、北国育ちの人が「暑いねえ」と言っても、南国育ちは「そうかねえ」と気のない返事をするしかない。暑い毎日に慣れているから、ヨソから来た人が暑い暑いと言っても、今日はいつもより涼しい程度にしか感じないものだ。ここで私が言いたいことは、「その事業に抱きつかれたらダメだ」ということである。仕事に抱きつかれてしまうと、真実が見えなくなる場合がある。狭く深く深耕するにしても、強みづたいに根を張り巡らすにしても、経営者として冷静に判断できるように、事業を自分から少し離してみることも大事だ。先に挙げた三本の根から「強みづたい」を考えることは、その意味で、自分の事業展開を客観的に見直す、良いきっかけになるのである。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.31
■「深耕」の強み私が経営診断に伺うと、必ずといってよいほど「私どもの業界は将来衰退に向かっていくので、今儲かっているうちに、次のことを始めたい」とおっしゃるものだ。木工機械メーカーS鉄工にお伺いしたときのことである。社長が開口一番、「この商売は衰退産業でして」「この商売が悪くなるまでに、次の商売の方向をつけておきたい」とおっしゃる。私が「売上の経過からみたら、少しも衰退してませんがね」と言うと、社長は「その分、最新の省力機分野の商品開発に努力してきましたから。しかし先生、これからは市場そのものが小さくなるので、もう限界なんですよ」と。S鉄工の主力商品は、木工家具のNCダボ打ち機械だ。「ダボ」とは、木の釘のようなもので、木材をつなぎ合わせるときに、木材にダボ用の穴を掘り、ダボを打ち込んでボンドなどの接着剤で接続する。昔は家具のベテラン職人が手作業でダボの穴を掘り、ダボを打ち込んで木材をつなぎ合わせていたという。ところが今は自動化されていて、コンピュータにダボを打ち込む数と位置を指定するだけで、機械が一瞬に加工してしまう。これまで同社は、性能の優れた自動ダボ打ち機械を家具メーカーに省力機械として売ってきたわけである。ところが家具市場をみると、将来新築の住宅着工が減ることが明らかで、整理ダンス、和ダンス、食器棚などの置き家具の需要はまちがいなく減っていくから、家具メーカーを得意先にしているS鉄工としては将来に危機感をつのらせていたわけである。私は社長にこう申しあげた。「あなたは家具屋さんと家具メーカーさんとだけを相手に、限られた業界のことだけを勉強して、かえって自縛状態になっているのではないか。実際に住宅を建てている現場に足を運んでいないだろう。今は置き家具がくくりつけの収納家具に代わっている。新しいマンションや戸建ての現場を自分の目でみてごらん。今どき洋ダンスも和ダンスも必要ない。とっくにクローゼットの時代だからだ。奥さんが嫁入り道具にもってきた置き家具類は捨てるわけにもいかず、クローゼットや和室に邪魔そうに置くしかない。台所はくくりつけのシステムキッチン、既製の食器棚を持ち込む時代じゃない。つまり、できあいの置き家具は少なくなるが、くくりつけの家具に代わっていくだけだ。収納という機能はなくならない。それらの木工部分は、これからもダボ打ちが必要ではないか、何を取り越し苦労しているんだ」と。置き家具やそれを造る家具メーカーは少なくなるが、収納家具メーカーまでなくなるわけではない。新築住宅の着工は減るが、リフォームがある。また和風の長押、床柱、欄間、天升板などの需要は減るかもしれないが、なくなるわけではない。洋風になれば、それらは巾木、カマチに代わり、アールづけやモールなどあたらしい建材加工も必要になるが、ダボで木をつなぐことには変わりはない。また括りつけの家具は、部屋と一体感があってインテリアになるようなデザインが要求される。そうなれば、釘や留め具が表面にでないダボ加工は、より売りものになるはずだ。要するに、「家具」から「建材」へと視点を変えるだけで、いくらでも自動ダボ打ち機械の需要が生まれてくることを社長に説明した。「いやこれまで和家具中心のダボ打ち機ばかり手がけてきたもんで、洋家具とは発想が違い過ぎて考えてもみなかった」その時の社長は「目からウロコが落ちた」思いだったそうだ。私はさらに、海外の家具メーカーに売り込むことも考えよとアドバイスした。日本の置き家具マーケットは縮小するかもしれないが、東南アジアのマーケットがある。S鉄工のライバルは、ドイツやイタリアの木工機械メー力ーである。床材のラッピング機では先進国だ。すでに彼らは東南アジアやアメリカの家具・建材市場に進出し、NCラッピング機械を売りまくっているという。ところが彼らの弱点は7・8月の長いバカンスだ。その間は機械の保守や修理に空白期間ができてしまう。S鉄工の売りものは、勤勉な従業員とダボ打ちの自動制御をするコンピュータソフトづくりにある。コンテンツではドイツやイタリアのメーカーに絶対負けないレベルだという。そうならコンテンツを常に更新(バージョンアップ)していって、インターネットで24時間・365日メンテ体勢をとれば、ドイツやイタリアのライバルに十分対抗してやっていける。市場は衰退どころか十分すぎるだけ広がっている。井戸の水の出方が悪くなったら、まず底を水が湧き出てくるまで掘りなさいというのは、このような需要をまず掘り起こせということである。「狭く深く」同じところを掘ってみる。これを私は「深耕」とよんでいる。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.30
■新商品・新事業の開発に成功する三つのステップ近年、商品寿命がとみに短くなったと言われている。私は必ずしもそれに同意するものではないが、もし仮にそうだとしても、資金も人材も不足気味の中小企業にとって、売りもの本体を次々にめまぐるしく変えるような経営には賛成しかねる。しかし事業を継続しようとするならば、常に売りものを磨き続けると同時に、新たな売りものづくりを用意しておかなければならないこともまた当然である。そこで中小企業の経営者は、新事業や新しい売りものづくりを考えていく時に、次の三つのステップで、順を追って進めて頂きたいと思うのである。すなわち、①まず深耕と竹林経営に徹する②売りものを変えずに売り先を変える③商売替えと新事業開発これらの経営着眼について、以下に説明していこう。■掘り抜き井戸と強みづたい松下電工は、松下電器産業から配線器具事業を受け継いで、1935年(昭和10年)に独立した会社だ。以来、電設資材を中心に住宅関連に特化し、一兆円企業になったが、同社をこれまで成長させてきたのは、「掘り抜き井戸」と「強みづたい」という事業展開の基本方針にあるといってもよいだろう。まず「掘り抜き井戸」とはどういうことか。今は井戸から水を汲む家庭はほとんどないが、昔は、あちこちに井戸があって生活用水をまかなっていた。井戸の中には、汲み出しているうちに涸れてきて水が湧かなくなってくることがある。井戸が涸れると、水の出そうな別の場所を掘って新しい井戸をつくっていたという。商品も同じで、売れ行きがちょっと鈍化すると、もう寿命がきた、成熟商品だからそれ以上伸ばしようがないと諦めてしまって、別の新商品開発に走る会社が多い。しかし同じ商品をさらに掘り込んで寿命を長持ちさせることを考える会社は意外に少ないようにみえる。ところが松下電工は、「掘り抜き井戸」の深掘りを企業方針として追求する。水が湧かなくなった井戸の底を、水が出てくるまで諦めずに深く深く掘り下げるような会社なのだ。たとえば、すっかりコモディティ化してしまったヘアードライヤーの分野で、マイナスイオンを発生させて髪をしっとりとさせる「イオン発生ドライヤー」を開発し大ヒットさせている。中国製のドライヤーが量販店の目玉として500円を切る価格で売りだされている中で、イオン発生ドライヤーは量販店でも1万円前後の高値で売られている。同じドライヤーでも20倍の付加価値を生み出している。まさに「たかがドライヤー、されどドライヤー」の実践である。「強みづたい」の意味は、ここまで本書をお読み頂いた読者には何となくおわかり頂けるのではないか。自社の得意分野、つまり松下電工の強みを活かすことができるような新商品、新事業にしぽって商売を拡大していくということである。同社は電設資材から、住宅関連の家電、住設資材、制御機器、電子材料などへ事業分野を次々に拡大していったが、すべて大本の電設資材の強みをさらに強化する展開を歩みつづけ、今もって電気設備工事市場のシェアをしっかり確保し、関連事業との相乗効果で好業績をあげ続けている。先に紹介したアメリカのジレット社と同じような優れた事業の拡げ方をしてきた会社である。松下電工のこの「掘り抜き井戸」と「強みづたい」の考え方は、まさに私が新商品・新事業開発で提唱している「Narrow & Deep=深耕」と「竹林経営」そのものといってよい。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.29
■「思い」の大切さ狂牛病騒動が起こったとき、全国の焼き肉屋は閑古鳥が鳴いたことはみなさんもまだご記憶のことだろう。牛どん一本で上場会社にまでなった告野家も例外ではなく、売上が急激に落ちた。この時ライバルの松屋は、すぐに豚キムチやチキンカレーをメニューに加え狂牛病に対応したが、吉野家は牛どんだけでカレーも豚肉を使ったメニューも出さなかった。この両社の対応を見て、評論家の方がたは、松屋の対応は優れていて、吉野家は遅れているという論調が主流であった。しかし私はそう思わない。まだこれから結論のでることなのだが、吉野家の牛どん一筋の対応が吉とでるだろうと思っている。ご承知のように牛どんは、ファーストフードの中でもとりわけ安値で勝負している商品だ。コモディティの中のコモディティ商品を売っている。それで儲けを稼ぐには、限りなくコストダウンの努力が必要だ。コストダウン能力からみると、牛どんだけと豚も牛もチキンも、どんぶりもカレーもありますという両社を比べると、どちらが究極のコストダウン能力があるだろう。単品大量販売の吉野家に決まっている。原則、同じ牛どんに、若干のトッピングを加えるだけだ。一方の松屋は、カレーもあれば、豚肉もある。べースとするものが三通り四通りもある。支店が増えれば増えるほど、各店でどんなに効率的な素材使用を心掛けても、ロスが出やすくなるメニュー構成だ。たしかにチキンや豚ですと言えば、狂牛病騒ぎで避けていたお客の一部を一時的に取り込むことができるだろう。実際に直近の松屋の業績は好調で、吉野家の苦戦が伝えられている。しかし目先の売上を望んで、「あれもありますこれもやります」という対応は、さらに先の業績を考えていないように思える。値下げ値下げで、一層コモディティ化を進める策を選びながらコストアップする方向を選んでいるからである。数年後には、じわじわと両社の原価構造の違いが効いてきて、業績が逆転すると考えているのは私だけだろうか?もちろん私は、吉野家が勝ち残るには現在のままで良いと考えているわけではない。値下げ競争にコストダウンで対応するだけではなくて、値下げ前の価格に戻すことのできるような「されどづくり」を今後は必ずしなくてはいけないと思っている。先日、先の立ち食い蕎麦のK社の社長にこの話をした。するとK社長は得たりとばかりに、「その通りだと思う。ただ経営者の立場から私には吉野家さんと松屋さんの違いは、思いと理論の違いにあると感じるんです。牛どんに賭けて目先の利益を追わない吉野家さんには、トップの思いが感じられる。私は吉野家さんの思いにエールを送りたい」とおっしゃった。先に私は、性根のある社長なら、「あだ花」に惚れて惚れて惚れ抜いて、一年草に終わらせずに何が何でも宿根草に育てよと申しあげた。コモディティの分野で、価格競争から脱するために「されど」づくりを進めていくことは実に大変なことだから、社長にこのような確たる思いがないと、すぐ間違った方向に行きやすい。K社長は、その後次のようなことを幹部に徹底したと報告してくれた。 *ブランドの維持のためには「思い」が「理論」に先行することがあります。「理論」から言えば、利益のでるこの価格。しかし「思い」から言えばもっと安い価格。「理論」から言えば売れて利益のでる商品。しかし「思い」から言えば、利益が出なくてももっとうちらしい商品。この「思い」の基本は、創業の精神=「うまい(ゆでたて、揚げたて、造りたて)」「速い」「安い」です。店舗づくりにしても、「思い」は麺をゆでる湯気、天ぷらを揚げる音、目の前で造られる臨場感、五感に訴える一種の泥臭さです。「理論」は、ケンタッキーフライドチキン、マクドナルド、吉野家等のようなきれいで明るく格好のよいアメリカ型のファーストフード店やコンビニのように五感に訴える泥臭さのない店舗です。「思い」がKブランドを守ります。「理論」がKブランドを壊すことがあります。しかし「思い」だけでは利益を出して企業規模を拡大していけないこともあるでしょう。一概には言えませんが「思い」は社長の仕事、「理論」は事業部長の仕事と言えるでしょう。「思い」は長期的・薄利・顧客の都合、「理論」は短期的・多利・企業の都合とも言い換えられます。では「思い」を強く持ちながら、「理論」を活かす方法はないのでしょうか?私はこれがコスト削減・生産性の向上など妥協のない内部努力だと思うのです。「思い」をより「理論」に近づける妥協のない苦しい内部努力がKブランドを維持し、さらに拡大することになるのです。 *すべてが的確な表現とは言えないが、社長の思いが端的にわかりやすく伝わってくる。(後略)(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.28
■コモディティの中で「されど」にこだわるK社は、立ち食い蕎麦の繁盛チェーン店である。もともとK社は食品卸であったが、近年の流通の中抜き現象の中で危機感をつのらせ、新事業として立ち食い蕎麦をはじめた。私の言う「上に上れ、下に下れ=トータルマーチャンダイジング」により、同社の扱う食材で蕎麦を造って直接お客さまに売るために「下に下った」わけだ。このとき私は、「たかか立ち食い蕎麦、されど立ち食い蕎麦」としつこく言いつづけた。立ち食い蕎麦は中食産業と言われるコモディティマーケットの典型商品だ。たかが立ち食い蕎麦である。しかしコモディティである駅前の立ち食い蕎麦と同じ商品づくりでは、単なる価格競争に巻き込まれてしまい、間違いなく儲からない道をたどるしかないことになる。そこでコモディティ化させないために、K社には「されど立ち食い蕎麦」の「されど」づくりにこだわらせた。最高品種の蕎麦粉を使い、だしも高知のそうだカツオの削り節、つゆの「返し」は一週間寝かせるなど、蕎麦の一流店の味と遜色ないものにした。さらに「されど」づくりのポイントとして、①うまい=麺はゆでたて、天ぷらは揚げたて、造りたてを出す②速い=注文から出すまで14秒以内③安い=座って食べる蕎麦屋以上の品質で、半額以下と明快に設定した結果、駅前の立ち食い蕎麦とはっきり差別化ができ、牛どんやハンバーガーの値引き合戦に巻き込まれることなく、お客さまが行列する繁盛店を70店以上も展開する成功となった。ところがK社長は最近、クビを傾げることがある。K社のさらなる発展を願ってプロジエクトチームをつくりパイロットショップを数店つくったが、その方向性について社長にはどうにも納得できない。パイロットショップの狙いは、女性客にも気軽に入ってもらえる店づくりだ。立ち食い蕎麦のお客さまは男性が圧倒的である。テイクアウトの女性客も、男性で満員の店内でどこか恥ずかしそうだ。そこでパイロットショップは立ち食いスタィルをやめ、綺麗なカウンターに丸いイスをつけ、店内も明るく清潔な内装にしている。アルバイトの店員も、一般店は男性とおばちゃんだが、若い女学生も採用した。店頭の蕎麦のサンプルとのれんがなければ、ファーストフーズやカレーショップと変わらない造りである。あくまでもパイロットショップであるから、社長はプロジェクトチームで一生懸命考え出したプランをにべもなく否定せずに、まあやってみなさいと反対はしなかった。しかし社長には私のアドバイスが耳にこびりついて離れない。私は折にふれ、コモディティマーケットで「されど」づくりをすることは、高くても売れるブランド化の原点づくりだと申しあげていた。そしてされどづくりが功を奏して、お客さまに受け入れられた時が実は本当の勝負なのだと。どういうことかというと、「先効果、後効率」と言ったが、売上が上がってくると、当然効率を考えなければならない。しかしその方向を間違えて、安易なコモディティ化に走りがちになることがあるのだ。大体が、新商品開発と称して、商品を飾りたて安易に高い価格にしてみたり、普及品として低い価格の商品を取りそろえ、売上をとりにいくために扱い商品の幅を広げる。お客さまの側からすれば、付け加えられたものに魅力を感じなければ、かえって割高感から客離れを起こすことになりかねない。たかが立ち食い蕎麦だけに、「されど」を追い求めつづけることは意外にむずかしい。ある時、客層を拡げるために若い人向けに「こってり」系の味をメニューに加えたいとなった。蕎麦はラーメンやスパゲッティに比べると「あっさり」系の味である。このような時にややもすると、メニューにラーメンやカレーライスもありますとなりやすい。これはコモディティ化の典型で、どこの蕎麦屋さんもやっていることである。K社は、社長のされどづくりの思いが浸透しているから、さすがにラーメンだカレーだとはならない。動物系の素材から小学生から中・高校生に人気のある、とりの唐揚げをトッピングした蕎麦を開発し人気メニューに加えている。また中年の男性を対象に、こってり系として、ちょっと賛沢な「かも南蛮」を加えた。独自の仕入ルートを確保し、良質な合鴨肉を安く入手できるからだ。コモディティ商品を「されどづくり」でコモディティ化させないということは、口で言うほど簡単ではない。まして「されど」にこだわりつづけ、それを「さすが」づくりにまで高めて、「噂にたがわない」と評価されるような「ブランド」にまで育てることは非常にむずかしい。このような時に一番大事な要素は、理屈でもなんでもなく、実は経営者の「思い」にあると、私は考えている。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.27
■売上拡大の誘惑を絶つことができるか大阪にMというお菓子屋が経営している喫茶店があった。その喫茶店の一角に1.5坪ほどのコーナーでベルギーワッフルを焼いて実演即売していた。それまでの軟らかいワッフルとは違って少し固めの食感とベルギーから輸入したニブシュガーを使って焼く香ばしさが評判になって、たちまちヒットした。1.5坪の空きスペースは、JRの構内でも駅前のビルでも、好立地がどこにでも見つけられる。M社は、売上をさらに伸ばそうと、多くの出店先を見つけて短期間にあちこちに店を出した。「ヒット」ということは売上が急伸するのであるから、決して悪いことではない。伸びるときに伸ばすのは当たり前だが、私はヨコから見ていて「こわいなあ」と思っていた。売上を急に伸ばすときは、次の二点に注意していないと、コモディティの分野に入り込んで取り返しのつかないことになる。一つは、急成長・急拡大できるような経営要素を用意しておくことである。その中心は資金と人材だ。急増する資金需要に手当が追いついていくかどうか、成長しても売りものの質が落ちないようなシステムがあるかどうかが大事になってくる。能力のある幹部がいないと、根の浅い手抜きのシステムをつくり、急に組織を拡大していくと、必ずほころびがでて無用の混乱がおこったり、売りものの質が必ず落ちることになる。M社の場合、店長をだれにやらせるのか、店長候補を出店べースに合わせて養成できるのか、店舗ごとの売上管理、品質管理、資材の管理をどうするのか、にわかづくりの運営システムではレベルの低いものにならざるを得ないと危惧したのだ。もう一つのポイントは、売りものがコモディティ化しないように、ヨソが簡単にはマネできないような要素を加えることができるかどうかだ。売上を拡大するために、ただ拠点を拡げるだけでは、売りものが必ず「コモディティ化」していく。どこかでヒットしているということだけで、誰かがすぐにマネしてくる。しかも同じようなものを価格を少し下げて提供してくるものである。そして短期間に、どこにでもある、だれでもいつでも買える、珍しくも有り難くもなんともない商品やサービスに劣化していく。あとは値下げ競争に巻き込まれるだけだ。せっかくヒットした売りものをそうさせないためには、マネのできない味・色・売り方だとか人材育成というような、難しい課題を自分に設けてクリアしなければならない。このことを忘れないことだ。ベルギーワッフルの例に戻るが、M社はあきらかにコモディティ化の方向へと走っていたから、私は危ないなあと感じたわけである。案の定、大手の製パン会社や菓子メーカーがすぐに安い値段で類似品を発売しだした。同社は焼きたての即売だから十分に対抗できたはずだが、よそではマネのできない肝心の味の追求にしても、店頭での焼きながら売る仕組みも、拙速を選んだため、急増した店舗網を十分にカバーできるものではなかったのだろう。次第に下火となってしまった。ユニクロのフリースが好例だが、ブームとなると、どこもが同じようなフリースを売り始め、ただでさえ短い商品寿命をさらに縮めるようなことを、ちゃんとした会社が真面目に一生懸命にやりがちだ。ちょっと前には「モツ鍋ブーム」と言われ、どこでもかしこでも「モツ鍋あります」と看板が出ていたものだが今はどこにもない。ブームの正体とは、所詮つかの間に咲いても実を結ばない「あだ花」なのだ。あだ花をもてはやすお客も社長も、私に言わせたら「おっちょこちょい」以外のなにものでもない。しかし一年草で終わるから「あだ花」と言われる。これを何とか根づかせて「宿根草」にすれば、もう誰も「あだ花」とは呼ばない。性根のある社長なら、「あだ花」に惚れて惚れて惚れ抜いて、一年草に終わらせずに何が何でも宿根草に育てよと申しあげたい。そのためには売りものがちょっと当たって儲かるから、もっと儲けようと拡大し続けるのではなくて、深く深く突っ込んで、愚直と言われるぐらいに足元をじっくり固めながら拡げていく姿勢が大切なのである。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.26
(中略)■カミソリ関連で1兆円企業を築くカミソリメーカーのジレットのボストンにある本社を、2000年に訪れた時のことである。同社は1903年にT字型の安全カミソリを発売したキング・ジレットが創業したアメリカを代表する企業の一つだ。たかがカミソリだが世界ナンバーワン、年商1兆円の巨大企業である。年商1兆円の内訳はおおよそ次のようであった。 ・カミソリ=30% ・ひげそりクリームなど化粧品類=12% ・電気シェーバー類=17% ・歯ブラシ、口腔洗浄用品類=6% ・電池=26% ・文房具類=9%世界第二位のお金持ちで投資家として著名なウォーレン・バフェットが、ジレット社を高く評価しているのを知って、なぜなのかその理由を自分の目で確認したくて同社を訪問した。本社の玄関に入るなり「ジレット」のカミソリの看板とともにブラウンの電気カミソリの看板が掲げられている。それをみて「あれっ、ブラウンはドイツの会社だが?」とクビを傾げた。さらにはアルカリ電池で世界ナンバーワンのデュラセル、歯ブラシのトップメーカー、オーラルBラボの看板もある。「ここはジレットの本社のはずだが」と、一瞬わけがわからなくなった。私はうかつにも知らなかったのだが、すべてジレット傘下の企業であった。同社に30年以上勤務する元技術担当取締役のR・ブラウンさんからいろいろ貴重な話を伺ったが、カミソリメーカーの本流から外れない同社の技術追求型の事業拡大のやり方に、つくづく感心したものだ。1948年にトニーホームパーマネントビジネスという女性の髪のパーマネントを扱う会社を買収し、薬品技術を吸収しトイレタリー部門に進出、シェービングクリームを開発して売り出している。67年にドイツのブラウンを買収して電気カミソリ部門をもつ。ヒゲを剃る回転刃はもちろんジレットが造る。84年にオーラルBラボを買収し歯ブラシ、口腔洗浄分野に進出、91年にブラウンと共同開発で電動歯ブラシ「プラークコントロール」という世界的ベストセラーを出す。96年には、電池シェーバーや電動歯ブラシで使うアルカリ電池のトップメーカー、デュラセルを買収し電池分野に進出した。カミソリにはじまって、シェービングクリーム、電気カミソリ、歯ブラシ、電動歯ブラシから電池まで、これらの過程をみているとその拡げ方に「関連技術の高度化」という一本の筋がしっかり通っていることがおわかりいただけるだろう。例外は文房具だろう。87年に万年筆メーカーのウォーターマン、93年にはパーカーを傘下におさめているが、その狙いは何だったのか?アメリカのM&Aの激しさは知られているが、ジレットのこれまでのM&Aは、短期的なキャピタルゲインを狙ったものではなく、カミソリ関連の新しい技術力や商品力を身につける目的が明確だ。しかし文具類への進出の意図がもうひとつ私にはわからなかった。はたせるかな、2000年にパーカーとウォーターマンを他社に売却したのである。長年にわたって事業の多角化戦略を進めているジレットだが、カミソリ部門の利益構成比率は50%を占めているという。売上構成では30%なのだから、その収益力には驚いてしまう。多角化で本業の収益力をさらに高める、したたかな経営拡大を知って、私の年来の主張である、「地下茎でつながっている竹林経営」の模範を見る思いで感慨もひとしおであった。儲かるなら何でもやるというタイプの経営者は、ジレット社の太い筋を通した事業拡大をぜひ見習ってほしいものである。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.25
社長の思い込みの強さが大きな価値を生み出す■何のために稼ぐのか?蟻田さんとアンリ・シャルパンティエとのこれまでの関係を見ていると、ブランドというものは経営者の生き方、経営者の思いそのものだということができる。経営者ならだれでもヨソより高い値段で売れる強いブランドを持ちたいと考えるだろう。しかし、社長自身に事業に対する思いの深さ、激しさがないと、ゼロからブランドを確立することなど絶対にできない。多くの経営者に接していると、つくづく経営者の心の奥底は事業欲でふくれあがった人種だと思う。一般の人たちの中には、事業や仕事が人生の目的ではない人も大勢いらっしゃる。働いたり、商売をしたりするのはあくまでも生活の手段であって、人生の目的は他にあるという人たちがいても当然だろう。しかし貧乏でいるよりは、人よりちょっと賛沢な生活ができたら言うことはないというのが、すべての人間の正直なところだろう。経営者として生きる目的は何かといえば、正直、人よりも金儲けをして、自ら稼いだおカネで人よりも賛沢したいという欲が、一般の人たちよりは強いのかもしれない。経営者は、事業を興し、その事業を通じて自分のやりたいことを追いかける人たちだ。京都にある目本電産の永守社長は、猛烈経営者として知られているが、ある時、テレビの番組で「毎朝6時50分に、どの社員より早く出社して、みずからエアコンのスイッチを入れ、16時間働く。年中休みなし」と驚きのコメントで紹介されていたが、大概の創業社長にとって、こんなことは当たり前だ。別に誰かにやらされているわけではないから、苦痛でもなんでもない。取材した記者がサラリーマンで、自分の価値観では理解できなかっただけのことである。このことは何も日本だけではない。アメリカの西海岸にサンディエゴという、アメリカ人が住みたいとあこがれる街がある。訪れてみると、海岸で朝から夕方まで寝ころんでボーッとしているだけの人たちが大勢いる。無職だが、働きたくても仕事がない人たちではない。50歳そこそこで事業人生を引退し、会社を売って大金をにぎり、何もしないでブラブラしている最もリッチな人たちなのだ。余裕資金を「エンジェル」になって、ベンチャー投資し、配当を稼ぐ。誰もがあこがれそうだが、どっこい、そのような余生に我慢できない経営者もちゃんといらっしゃる。ボストンチキンというフライドチキンで大成功した創業者は、会社を高額で売りはらって一大資産を築き、事業から引退した。その後はエンジェルとなってベンチャービジネスに投資し悠々自適の生活を過ごすと言っていたが、こんな刺激のない人生はいやだと、再びニューヨークでRanch 1=ランチワンというグリルチキンサンドイッチの事業を始めたという。どうせ事業欲のかたまりなら、社長には「おもろい人生」を歩んで欲しいものだ。関西弁で「おもろい」は、標準語の「面白い」とちょっとニュアンスが違う使い方をする。おかしい、こっけいという、笑いをとる「おもろい」という意味でも使うが、「あそこの社長はおもろい奴」「あそこはおもろい会社や。なんせ社長がユニークでおもろいやっちゃ」というように、「一風変わった」「ユニーク」「興味深い」という意味でも使われる。ご存知のように関西には中小企業が多い。「大企業がどうしたというんや、サラリーマン社長がなんぼのもんや」と権威に反発しながら、「おもろいこと」を追求するタイプの社長も多いところである。関東に比べると反骨精神が強い風土といえるだろう。大手が気づかない分野をユニークなやり方で事業化し、できるだけ付加価値をつけて「俺のつくったものをだまって買ってみいや」というタイプの経営者は「おもろい杜長」「おもろい会社」と人から言われることを誇りとする生き方をする。ブランドをゼロから築き上げるには、経営者に「おもろい奴と人から言われることを誇りに恩う」生き方がどうしても必要だと、私は考えている。「他人と同じことをして儲けるのは恥だ」と思い込んで、弱者は弱者なりに汗もかきながら、しかし現在シェアトップの会社や同業者が考えていることとは違う道に何かあるはずと、思いつめて、思いつめて、毎日を過ごす。奥さんや子供への家族サービスなど頭に思い浮かばない。その思いこみの激しさと深さから、周囲が「あいつは気が違っているのではないか」と思うくらいでないと、高くても売れる商品やサービスなど生み出せない。このような経営者の「おもろい生き様」こそ、ブランド訴求力の原点だと思うのである。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.24
■ブランドを管理する会社蟻田社主は、社長を引退する4年前の1995年に第ニブランドとして「シーキューブ」を創出する。私の持論は、「どんなに優れた商品も、むやみに量を追うとコモディティ化し、儲からない道に入り込む」である。蟻田さんもこのことをよくわきまえていて、全国から舞い込む出店要請にも容易には乗らない。ブランド訴求力を高めながらどこまで売上高を伸ばしていけるか伺うと「よくわからないが、この業界ではひとつのブランドで100億円くらいがメドではないか」と考えていらっしゃる。そこで第ニブランド、シーキューブを立ちあげたわけである。アメリカナイズされたイタリアンをイメージして、フランスの本格派のアンリ・シャルパンティエと明確に棲み分けする。そのためデザインはサンフランシスコ在住の八木保氏に依頼、軽快でおしゃれな商品・店舗づくりを目指し、今後は二大ブランドで、年商200億円を狙う戦略である。しかしそれが巧く展開するためには、二つのブランドが共に順調に育ち続けていかなければならない。蟻田さんは、ある時、東京ディズニーランドとJRとの駅名交渉のエピソードを知った。話はこうである。かつて東京ディズニーランドの前にあるJR舞浜駅から、駅名を「ディズニーランド前」に変えてもよいと提案してきた。天下のJRが、TDLの名前を付けたいという申し出にスタッフは喜んでアメリカの本社に報告した。すると本社からの返事は、「バカもの、もしディズニーの名を使うなら、JRから使用料をもらえ」という指示がきたという。新聞や雑誌などに使用する記事と写真はすべて事前にディズニー側の許可がいる。たとえディズニーランドの宣伝記事でも、使用写真は限定されクレジットを入れなければならない。出店しているテナント店や土産品の納入業者にも、厳しい品質基準とデザインが明確に指定され管理されている。ディズニーのブランド管理の厳しさは有名だ。蟻田さんは、ブランド管理はこういうものでないといけないと考えた。そしてブランドについて、社員に正しく伝承するためにはどうしたらよいかを考えた結果、ブランドマネージするクール・アースを別会社として設立し、社長に就任したのである。「ブランドイメージは常に一貫していなければならない。お客さまはブランドが醸し出すイリュージョン(幻想)を求めて、売場にやってくる。そのとき売場には、一般家庭にあるようなものが一つとしてあってはならないと考えてます。ところが末端では、お客さまのイリュージョンをぶちこわす、つまりお客を幻減させるようなことを平気でやっている。」「たとえばデパ地下の売場に行くと、さまざまなものが作業台や陳列ケースのそばに置かれている。商品を搬送してきた段ボール、どこから持ち込まれたのかペン立てには色とりどりのボールペン、セロテープの台、これらの雑品とさまざまな色が売場に置かれているのに、従業員はそれらがブランドイメージを損なっていることに気づかない。中にはカレンダーをお客さまの見えるところに貼って、入荷や配送日時を手書きで書き込んでいたり、手造りの電卓入れをキャッシャーのヨコに置いて気が利いていると錯覚しているパートさんもいる。」このようなときは「ルイ・ヴィトン見てみい!テーブルの上にハサミひとつ置いてあるか。電気の差し込みだってお客さまの目に触れるようにするな。」と具体的にその都度注意しないと、売場がすぐに劣化し、ブランドイメージが確実に損なわれていく。ところが社内でブランドを管理しようとすると、どうしても現場と妥協してしまいがちだ。クール・アースは、社外にあってブランドマネージを確実に行い、ブランドとしての質を落とさずに、量的な拡大を狙うための「戦略拠点」なのである。■ブランドづくりは仲間づくりであるブランドが確立するにしたがって、ブランドの信奉者が増えてくると、ブランドは会社のものであると同時にお客さまのものにもなってくる。一度や二度の失敗は、お客さまも身内のミスと考えて逆にカバーして許してくれるが、しかしそれ以上失敗すると見限って敵に回る。ディズニーと並んで典型的なアメリカンブランドであるコカコーラが、味を変えたことがある。するとたちまち、全米から大ブーイングがおこった。おどろいた社長は、すぐさま元の味に戻したら、売上は急回復した。「コークすなわちアメリカの味」という強烈なファンによって支えられていることを改めて知らされたわけである。コカコーラは一見コモディティの代表商品のようでいてビンのデザイン、ロゴマーク、ポスターからCMまで、ブランドコントロールがしっかりなされている。コークという愛称までつけられたブランドはすでにアメリカ合衆国の国民ブランドで、現在のコカコーラ社は、国民から委託されたコカコーラというブランドを管理する会社と言ってもよいほどである。だから国民に無断で味を変えるというようなことをすると、「何というバカなことをする」と一斉に非難される。ナショナルブランドになってしまうと一度の失敗でも許してくれないことがあるから恐ろしい。しかしヘマをしなければ、とにかく売れて儲けつづけることができる。蟻田さんは、時代はブランドを通じて仲間をつくることへ転換しつつある、と感じている。そこで第ニブランドのシーキューブでは、イタリアの食文化やデザイン、アートに関する情報を盛り込んだ情報誌やポストカードを店頭で無料配付し、「お客さまを仲間にする」コミュニケーションづくりにも力を入れはじめている。この「仲間づくり」という切り口からブランド戦略を考えだすと、クール・アースでまだまだやらなければならない宿題が山積みだと、蟻田社主は語ってくれた。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.23
■「良いものを最良の状態で創り出すこと」の奥の深さ商品開発は、ブランド訴求力を成長・拡大させ、安定させるための生命線だ。何よりも新商品開発の大事さを知る蟻田さんは、より優れたアイデアをより多く採り入れるために、商品開発研究所のスタッフだけに任すことはない。製造や営業といった部門の垣根をとっぱらい、ヨーロッパに幹部を派遣し続けて、新たな技術や新鮮な発想を求め続けてきたつもりであった。ところがホテルドクリオンからやってきたフエルデールさんの技術を直にみた時に、大きなショックを受ける。「技術の何もかもが違った。使う素材、その配合、手順、仕上げのアイデア。もっとも違うのは菓子づくりに賭ける思いの強さでした。」「良いものを最良の状態で造り出す、そのために技術を磨き続けるとやかましく言い続け、それなりの水準になったと自負していましたが、フェルデールさんの技の奥の深さを見せられ、まだまだと思い知らされました。」と、蟻田さんはおっしゃる。来日したフェルデールさんは、長旅の疲れもみせず、ラボで何時間でも試作品を造り続けるのだが、一度始めると昼食も夕食もない、文字どおり、寝食を忘れてお菓子造りに打ち込む。その姿はお菓子づくりが好きで好きでたまらないと雄弁に語っていたそうだ。実は彼は、フランスの菓子職人の三本指に入る名人であった。それから同社ではフェルデールさんを技術顧問として年に数度招いて、洋菓子についての基礎的な商品力を磨くために、より優れた技術の習得にあたるようになった。ところがヨーロッパを代表するような大職人だから、来日しても日程が限られている。これまでも製造の責任者をパリに留学させるなど、技術の習得に費用を惜しまなかったのだが、とうとう、研究所をパリに設けることになった。神戸にある研究所をそっくりパリに持っていこうというわけである。そうすればフェルデールさんの枝術をじっくり習得することができる。ブランド訴求力のもうひとつの柱である「デザイン」についての取り組み方も半端ではない。神戸大丸のテナント店を訪れたお客さまは、ひときわ目を引くシックでモダンな店舗設計に、これがケーキを売る店かと驚かれるかもしれない。店舗づくりはフランスのデザイン会社カレノアールによるものだ。お客さまは購入する時点で、「包装紙の色はどちらにしますか?」と聞かれる。白をべースにしたものと、赤をべースの二種類、どちらを選ぶか迷うほどフランス精神に満ちたおしゃれな包装紙で、これもカレノアール社が手がけたものだ。蟻田さんは「ものが売れない時代は、良いものを最高の状況でつくり出し、人生のさまざまな場で楽しんでいただくというわが社の経営理念を、社内だけではなく、お客さまにこそ広めなければならない。それを具体的に発信する手段はデザインしかない」と主張する。そのためには商品デザインはもちろん、パッケージ、社員の服装、インテリア、商品搬送のトラックにいたるまですべて一貫したデザインでなければならないと、内外の専門家に依頼し開発に参加してもらう。たとえば次の店づくりは、イギリスのセントラルセントマーティンズカレッジのデザインラボと店舗設計を始めるそうだ。インターネットの発達で、アメリカ、フランス、イギリスとデザイン会社は各国にひろがっているが、国内のデザイン事務所と同じように事が進んでいるという。「これからはデザイン抜きにブランドはないでしょう。要するに格好よくないとダメということですよ。」「昔の日本人は格好よいとはどういうことかわかっていた。室町時代から江戸時代までの着物文化には、ヨーロッパの洋服文化に引けを取らない格好よさ、デザインの良さがあった。ところが明治に洋風文化が採り入れられ、それまでの着物文化が否定された。しかも明治から昭和まで戦争が続き、カーキ色の軍服一色になる不幸な時代があって、我々の親の世代は色彩感覚を喪失させられて格好悪くなってしまったんです。そんな親を見て育った我々までの世代と、若い世代とでは色彩感覚もデザイン感覚もまるで違います。幸い今の若い人たちにデザイン感覚が育ってきて、格好の良さとは何かがわかる世代になったと思います。その証拠にセレクトショップが20代30代のお客さまに支持され業績を伸ばしている。良い商品はデザインが良くないとダメな時代になったと思うんです。」ところが「デザインによるブランド発信」とは具体的にどういうことか、同社の末端にまで十分に行き渡らないこともある。そこで蟻田さんはアンリ・シャルパンティエの経営を、1999年に後継の社長に任せ、ブランド管理会社「クール・アース」を立ちあげることになる。もともと彼は60歳になるまでに第一線を引退し社長の座を後任に譲るとおっしゃってきたから、公言通りのことを実行したわけである。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.22
(「安くても儲かる仕組みづくり」は省略)■良いものを高く売る神戸の芦屋にアンリ・シャルパンティエという高級洋菓子メーカーがある。ものが売れない、安くないと買ってくれないと嘆く経営者が多い中で、この会社はヨソより高いものを売って増収増益を続け、直近の売上が前年の約1割アップの137億円、経常利益は倍増の10億円をあげている。社主の蟻田尚邦さんは、若い頃、早稲田大学を中退して大阪の一流レストランのコックをしていた。そこで「クレープ・シュゼット」というデザートと出会った時に震えるような感動を体験する。薄暗くラィトを落とした店内で、お客さまのテーブルの前で料理長がデザートを造ってお出しするのだが、仕上げはオレンジの皮を螺旋状にむき、その皮を伝って火をつけられたブランデーの蒼い炎をクレープの皿に落とす。その幻想的で優雅な雰囲気に、他のテーブルのお客さまも見とれるほどの演出である。蟻田さんは、「クレープ・シュゼット」の感動を多くの人に知ってもらいたいと独立し、芦屋駅前に高級デザートと喫茶の小さなお店を出す。今から30年以上も前の話だ。社名のアンリ・シャルパンティエは「HENRI CHARPENTIER」と表記するが、日本人にとって正しく読めるようなものではない。それもそのはず、蟻田さんが感動した高級デザート「クレープ・シュゼット」を創作した、モナコで一番のカフェレストランと言われているカフェドパリのシェフの名前なのである。日本人には一度聞いても覚えられそうもない名前だが、それをあえて社名にした背景には、若き日の蟻田さんが「人を感動させるデザートづくりに人生を賭けてみよう」という思いがこめられている。だから蟻田さんは「いいものを最良の状態で造り出し、それを認めてくれるお客さまにお届けしたい」と、本物のデザート造りに一切の妥協をしなかった。「この方が造りやすい、日持ちがして売りやすい」といった造り手の都合は無視し、どうすればお客さまの心に感動を起こすことができるのかだけを考え続けてきたという。「我々がお客さまにお届けするものは何か」をつきつめて考えていくと、ケーキなどのモノの姿ではなく、ケーキを媒体として生み出される「コト」にいきつく。たとえばケーキを前にして自然に笑顔がこぼれ、友人同士で会話が弾む楽しさ。恋人と語り合うひとときや家族とバースデイケーキを囲む団らん。そんな場面で、ちょっとした心遣いや小さな感動をいくつも込めて、人と人を結びつける潤滑油としての役割、これこそアンリ・シャルパンティエの売りものだと蟻田さんは明快に方針を定めた。そして次第にアンリのファンを増やしていって、当初テイクアウトの売上が20%であったものが、次第に40、50%と高くなるにつれ、芦屋にアンリ・シャルパンティエありという名声を得るようになった。開店して5年ほどたつと、神戸そごうから出店依頼があった。それを機に、百貨店への出店が関西から関東へと広がっていった。今日では、一流百貨店がぜひテナントとして出店してほしいブランド店となって、冒頭で紹介したように着実に売上と利益を増やし続けている。■ブランド訴求力は「技術」と「デザイン」である日経産業消費研究所が、百貨店の食料品売場に出店しているテナントをお客さまがどう評価しているかアンケート調査(2001年2月)したところ、洋菓子部門でアンリ・シャルバンティエが「総合的な満足度」でトップとなった。「知名度」ではまだまだ中位に甘んじているが、「おいしさ」「評判がよい」「商品の見た目や盛りつけがきれい」「売場の雰囲気や陳列がよい」「店員の応対がよい」などで高い支持を受けたそうだ。このごろはマーケティングの世界で「ブランド戦略」なるものが、あちこちで取り上げられている。それらのすべてに目を通したわけではないが、もうひとつピンとくるものが少ないのは、外部の人間が結果論を、理屈だけで整理しているからだろうか。蟻田さんは、ここまで育んできた「アンリ・シャルパンティエのブランドづくり」に明快なポリシーをお持ちだ。蟻田さんは、「高度成長の時代は、皆がものを欲しがり、造れば売れた時代だったと思います。そのような時は社内に経営理念を浸透させさえすれば、事業を継続できた。しかしこれからのものが売れない時代には、社内だけではなく社外にも経営理念を発信していかなければならないと考えています」とおっしゃる。「ヨーロッパからいろいろなファッションブランドがやってきました。例えば我々が若い頃にはピエールカルダン、ニナリッチが一世を風摩し、シャネル、エルメス、ルイ・ヴィトン、ベルサーチ、フェラガモなどなど。しかしよく眺めていると、カルダンやニナリッチはいつしかブランド訴求力を失い、エルメスやルイ・ヴィトンはブランド力を強固に維持し、いまもって息長く人気を保っている。私は、その違いを考えてみました。ブランド力を失ったカルダンやニナリッチはライセンス契約で事業を拡大し、すべてが外注で、自分のところで造っていない。一方のエルメスやヴィトンは、すべて自社で造り、外注しない。要するに一流の確かな技術に裏づけされたデザインの良さ、だからすたれないのだと結論づけました」つまり、ブランド訴求力の究極は「技術」と「デザイン」にあるとおっしゃる。したがってブランド訴求力をさらに高めるには、確固たる経営理念のもとに、「よそが真似できないような高い技術による魅力ある商品」を、お客さまが一目でわかるような「良いデザイン」とともに提供することだと明快に定義づけされている。評判が良くて売れるからと、ただ量の拡大だけを狙うと、かつてのピエールカルダンやニナリッチがたどったように、コモディティ化に流れてブランドイメージが崩れてくることを肌で感じているからだ。蟻田さんは、同社の商品力の生命である技術磨きとデザイン磨きのために、ちょっとでもヒマができるとヨーロッパに出かけ、一流の技術とデザインに直に触れるようにしてきた。それもまだ年商が20億円に達しない頃から、スタッフを同行して一流の味、一流の雰囲気を身をもって体験してきた。かつて「幹部を3人パリに連れて行って、超高級ホテルのクリオンに滞在していた」と聞いたときに、「あんたそれは余りにいい格好しいや。せめて幹部はもっと安いとこに泊めなきゃ」と彼に注意したことがあった。すると蟻田さんはどう答えたか。「ブランドは経営理念であり、トップの価値観そのものです。それを幹部と共有できない会社がどうやって、お客さまと共有できるというんです。幹部もクリオンに一緒に泊まるから私の価値観がわかるようになる。決していい格好しいでやっているのではありません」と。年商が100億円を越えるようになったある時、わずか2000円の経費の使い方で、幹部をボロクソに怒っていたのを目にしたことがある。「わしは金額の大小で怒っているんじゃない。100万円使ってもリターンがあれば文句いわん。無駄なカネ使ってどないすんねん」と。ええ格好しいどころか、立派な関西商人ということだ。大金を投じて幹部を海外に派遣しても、中途で退社する幹部もいれば、期待どおりにはセンスを磨けない人もいる。しかしそれはそれで、しょうがないことだと蟻田さんは割り切っている。「海外に行くたびに大金を投じて書店で膨大なお菓子の本を買う。その中の一冊から新しいデザートのヒントがひとつでも生まれたら安いもんですよ。ひとつのヒントに比べたら幹部の心に残るものははるかに大きい」と。このような長年の技術磨き、デザイン磨きの努力が、思わぬことから大きく飛躍することになる。ある時、パリの定宿にしているホテルドクリオンから、営業マネージャーが本社を訪ねてきた。来日を機会に、お得意先を表敬訪問したいと神戸までやってきたのだ。蟻田さんは、累計で100人以上もの幹部をクリオンに泊めていたと、その時改めて知ったそうだ。そのマネージャーは、パリからはるか遠くの東洋の一地方都市に、フランスのデザートを、こんなにも美味しくていねいに提供している会社があったのかと驚嘆し、ホテルのチーフパティシエであるクリストフ・フェルデールさんを技術指導のために日本に派遣してくれることになった。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.21
(前略)■今何を売って儲かっているのか?先日あるお医者さんが書いた『上に下に』というおもしろい本を読んだ。患者さんが100人いると、上の20人は医師の指示をよく守って、薬を指示通りに飲み、酒やタバコを控える良い患者さん。下の20人は、医師の指示をまるで無視して、薬は飲まないのに酒は飲むしタバコは吸う悪い患者さん。中間の60人は、その時の気分で医師の指示を守ったり守らなかったり、薬は飲むがタバコも吸うというような普通の患者さんに分かれるものだという。それをお医者さんから聞いたお巡りさんが、「いやあ市民も同じで、規則をキチンと守る人たちが上の20人で、下の20人は規則やルールを一切守らない困った連中で、残り60人は守ったり守らなかったりと分かれる」と答えたそうな。会社も同じだ。たとえば従業員が100人いると、上の20人だけが会社の方針にそって業績を何とか伸ばそうと一生懸命だが、下の20人は常に会社の方針に批判的で背を向けてやる気がなく、トップの言うことを守らない。真ん中の60人はときどき上に引っ張られたり、下に引っ張られたりしている。2割の商品で売上の8割を占めていることはすでに触れたとおりだ。ここで今さら「パレートの法則」をくり返したくないが、この法則をみなさんもとっくにご存知なはずなのに、商品のアイテムが減るどころか、無駄に増え続けている会社が多すぎる。まず下の20を削ることである。そして削った余力を上の20の強化に投入する。それをやらないでおいて、商品をだらだらと追加していくから儲からなくなってくる。ここで私が申しあげたいのは、「わが社の強み」をまず見極めろということである。業界のシェアが大きい小さいではなくて、あなたの会社の中で、わずかでも他社より強いところを探して頂きたい。今赤字で困っている会社でも、地方の目立たない小企業でも、「この点がいいから、この売りものがあるから、あなたの所に注文を出している」という何か強みがあるから、厳しい環境でも潰れないで何とかもっている。ひょっとしたらその理由が「近くに扱っている会社がないから、しょうがなくて買っている」だけかもしれない。また「いつも電話に出る女の子の返事が気分が良くて」ということかもしれない。しかし、そのわずかな強みで現在がある。今の強みに、みなさんが必死で追求すべき命題がきっとある。下の20を潰したら、上の20を徹底的に磨いていく。そうしておいて、新しい強みを追加していくことである。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.20
■タクシーは部屋貸し業であるタクシー業界もご多分に漏れず、客数も客単価も下がり、利益を出すのに悲嶋をあげているところが多い。ところが北陸のSタクシーの業績が良い。どうせ乗るならSタクシーにというお客さまが増え、好業績につながっている。Sタクシーはもともと戦後間もなく創業された地元の名門企業であった。しかしその後、人口8万人の市に新たに5つのタクシー会社ができ、6社でお客を奪い合う状況が生まれた。名門にあぐらをかいているうちに、Sタクシーはお客を他社にとられ経営が行き詰まり、地場のM運送の子会社として再出発することになる。M運送のM社長はなんとしても潰れないタクシー会社を築きたいと、タクシー利用者の本音を聞いて歩いた。すると「運転手さんと狭い場所に同居するから、感じの悪い運転手さんだと、わずかな時間でも一緒に居たくない。同じ空気を吸っているのかと思うとぞっとする」という声があった。タクシー業は運輸業のひとつであるから、業界には「A地点からB地点まで運んでなんぼ」という発想が底にある。人も荷物も運んでいくらの世界だ。お客さまは水揚げをあげる手段でしかない。運転手自体決して悪い人柄ではないのだが、お客さまの視点に立っていないから、無愛想で不親切な応対でも気がつかない。組合主催などで型どおりのマナー訓練をやっても、会社も運転手も本気では取り組まない。東京や大阪のような大都会のタクシー利用者は流しをつかまえることがほとんどだから、タクシー会社を選んで乗る人もそれほど多くない。せいぜい個人タクシーか法人タクシーかという程度だ。しかし地方都市の場合は、お客さまから注文があって迎えにいくケースが圧倒的に多い。だから感じの悪い運転手のいる会社には注文がいかない。M社長は、Sタクシー再建にあたり、改めて「一番のお客さまは誰か」を調べてみた。その結果「お年寄り」と「県外からくるビジネスマン」ということがわかった。このお客さまに何を提供すべきか、お役立ちの原点を一生懸命に絞り込んでみたのだ。そして「タクシー業は、サービスつきの部屋貸し業である」と絞り込んだ。そこから具体的なサービスの内容を引き出し、次の4項目とした。①おしぼりサービス お客さまが乗車したら、夏は冷たい、冬は温かいおしぼりを提供する。 それも心が伝わるように運転手たちが自分で洗濯機で洗い、 手巻きにしたものを渡す。②液晶テレビの設置 お愛想が苦手で木調な人の多い土地柄から、無理にお客さまに おべんちゃらを言わなくてもいいように、液晶テレビを設置して、 無言のお客さまには「テレビつけましょうか」と言うだけですむようにした。③お年寄りに親切に 乗車時に運転手が車を降り、ドアを開け荷物があれば持ってさしあげ、 乗車するときは「急がなくていいですよ、ゆっくりお掛けください」 と座席に誘導する。④女性の不安感を払拭する(セキュリティ・エスコート) 県警の承認を受けスタンガンと警棒を携帯。 防犯ステッカーを車に貼り、深夜帰宅の女性客の不安感を和らげる とともに、自宅の入口まで送迎する。しかし運転手にこれだけのサービスを徹底するまでには、痩せるような苦労もされた。倒産寸前の会社であっただけに、強固な労働組合が頑張っていたからだ。そこで組合の委員長とさしで「何としても再建するためにこういうことをやりたいが協力してほしい」と話した。ところが委員長は「労働強化だ、イヤだ」と拒否したのだ。しかしM社長は、被害者意識と権利だけを主張する組合員の言い分を聞けば、「タクシーは部屋貸しのサービス業」というお役立ち原点など消し飛んでしまうと考えた。そこで一切の妥協をせずに、「いやならこの会社を引き受けない。受け入れるか、会社がなくなるかのどちらかを選べ」と毅然として申し入れた。この迫力に委員長は案件を飲まざるをえなかった。ところがいざ教育を始めるとまた事件が起こった。運転手の三分の二が、こんなことはやってられないと辞めたのだ。しかしM社長はここでも「いやいやお役目でやったのでは、こうしたサービスに心がこもらない。今の時期でよかった」と泰然としていた。簡単ではなかったが、新たに足りない運転手を採用し、教育を続けた。同時に地元の新聞に「Sタクシーは生まれ変わります」「このようなサービスをいたします」と公表し、地元のテレビも取り上げる反響となった。よく社長が経営計画を発表するときに、友人の社長や銀行の支店長などに同席してもらうことがある。これを我々は「宣言マネジメント」とよんでいるが、有言実行、周りに宣言してしまうと、やらざるを得ないからだ。サービス業である以上、お客さまから好感をもたれるように、きちんとした身なり応対は当たり前。制服・制帽着用を義務づけ、お客さまには運転手の後ろ姿が目につくことが多いから、襟足をきれいにして帽子からはみ出した髪の毛にも注意しろと指導し続けた。また運転手がスタンガンと警棒を携帯している「セキュリティ・エスコート」は、深夜帰宅の女性客以外に思わぬ客層を開拓した。昼間でも銀行で大金をおろす人たちにとって、頼もしいガード役をしてくれるからだ。主婦や老人だけではなく、次第に現金を扱う商店や一般企業が現金輸送車の代わりに利用しだした。その結果、またたく間に地元の評判を取り返し、売上を倍に伸ばしたのである。M社長は勉強会によくみえるが、「売りものの原点ということを見据えていなかったら再建できなかったと思います」、しかし見事に再建できた今は「ほかの都市のタクシーに乗るとまだこんなことをやってるのかと思うくらい無愛想で返事もできない運転手が多い。規制が完全に撤廃されたら全国に進出先がある」と語ってくれる。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.19
■お役立ちの原点CI(Corporated Identity)が一時流行ったことがある。直訳すれば「企業の独自性・主体性」となるが、CIを明示することによって、その企業の存在性がより明確になるということで、大企業だけではなく中小企業でもさかんに検討されブームとなったことは、みなさんもご記憶だろう。私は、CIとは企業のお役立ち原点であると考えている。だから一時の流行で忘れられてはいけない、これからますます重要な経営テーマなのである。しかしあれだけ盛んであったCI活動は、今どこへ消えてしまったのだろうか?広告会社が先導して単なるマークづくりに終始したからだろうか?本来は企業の内部に向かって発信されている経営理念を、外に向けても発信するための手段としてマークがあったはずなのに、マークや社名変更が一人歩きして、もっとも大事な「その会社の売りものの原点」すなわち「お役立ち原点」がどこかへ行ってしまった。これからの時代は、お役立ち原点としての経営理念を社内にも社外にも発信し、社員もお客さまも共感してくださることがその企業の存在意義となってくる。大事なのはマークではなくて、企業を存在させてくれるお役立ち原点そのものなのである。私は経営コンサルタントとして経営診断やコンサルテイングに入る前に、まずその企業の「存在している理由」つまり「お客さまへのお役立ち原点」を次の三点から分析することにしている。①だれを顧客としているか?②お代のいただける売りものは何か?③顧客からどのような価値を要求されているのか?これら三点を正しくつかんでおかないと、経営者のお話だけでは誤診のもとになりかねないからだ。いかに資金があろうと、いかに歴史があろうと、顧客に役立っていない企業は消滅するしかない。必ず消えていく。私はこれまで、お役立ちを終えて消えるしかなかった企業をどれだけ見てきたかしれない。よく「お客さま第一主義」と掲げている企業がある。しかし社長に伺つてみると、ぼやーっと広く「お客さま」としているだけで、自社の真の顧客は誰かつかんでいないことが多いのに驚かされる。どこの地域の顧客か、どこの業界か、どの年齢層か、はっきりしていなければお役立ちの原点は見えてこない。お役立ちの要素も、ただ表面的ではなく、お客さまが求めている深い深い価値、真実をつかまなければ、売りものはおろか、人づくりも組織づくりも管理手法もないはずである。社長は、自社がカネを稼ぐことのできる売りものを「お役立ち」に焦点を合わせて、企業の屋台骨となるように、原点から見直さなければならないのである。■商品の価値を決める四つの「点」マーケティングでは「ターゲットクラスター」という言葉がよく使われる。狙うべき客層はだれかということだ。だいたい商売が儲からないようになると、経営者はあわてふためいて、客層はどこか考えようとしないで、商品の幅をでたらめに拡げたり、売りものをやたらと飾りたて、あれもこれもと付け加えて価格を上げるか、売れ行きの落ちた商品の普及型を出し価格を下げて数量を増やそうとする。それが一向に効果を上げずに、さらに売れ行きを悪くしがちである。まず考えるべきは、芯となるお客さまに合わせた商品づくりやサービスをしているかどうかでなければならない。ターゲットの芯となるお客さまを明確にとらえていれば、多少矢がそれても得点にはなる。ところが芯がどこかもわからないと、マトを狙うどころではない。こんなことはわかり切ったことのようで、実際には、マトも定めず矢を放つような会社が多いから利益が出なくなる。そこで次の四つの「点」を、明快に区別して対処せよと言いたい。①視点②損益分岐点③お役立ち原点④焦点①の視点とは、「芯のお客さま」の視点から、自社の売りものを見直すということである。ところが実際は、②の損益分岐点から商品を見直すからだめになる。数字による経済原則は明快だから、つい自分のご都合優先で、お客さまが二の次になりやすい。その結果マトが外れて、さらに数字を悪化させ、悪循環におちいることになりやすい。まずは芯のお客さまの視点に立つことが第一で、自社の損益分岐点はとりあえず視界に入れるなということである。芯のお客さまの視点に立てぱ、商品の原点はすなわち「お役立ちの原点」となる。お客さまは何を一番欲しがっているか?その願望にどう対応したら満足してくれるか?そこから「お役立ちの原点」がみえてくる。仙台にアイリスオーヤマというプラスチック家庭用品メーカーがある。押入の収納ケースで業績を伸ばし、現在は園芸用品やペットフード部門にも進出して、年商1100億円、利益100億円を超える優良会社になった。杜長の大山健太郎氏は、もともと大阪の方でお父さんがやっていたプラスチック成形工場を、創業者が急逝されたため20歳そこそこで継いだ二代目社長である。若くして社長となった大山さんは、地元のいろいろなシガラミのない東北に新しい成形工場を建て、零細な下請メーカーから脱するために、思いきって拠点を仙台に移す。それからアイリスオーヤマの快進撃が始まったのだ。そのきっかけとなった商品が1988年に発売した「クリア収納ケース」だ。半透明で収納したものが外から見える押入収納ケースは、今ではどこの家にも必ずあるだろう。しかしそれまでは、「収納」とは「隠す」ことというつのが業界の常識であった。大山社長は、これは造る側の発想だと気がついて、お客さまの視点から商品の原点を見直してみた。そして「収納した物を出して使う」という視点が抜け落ちていることに気づいた。収納には「しまう」機能だけでなく「出す」機能もある。そうなれば中身が「探しやすい」ほうがいいのは当然ということになった。そこで「中身が見えるからしまった物が探しやすい」収納ケースを開発したのである。その結果はみなさんもご存知のとおり一世を風摩するほどの大ヒットとなった。しかし大山社長の優れたところは、一度のヒットで満足しなかったところだ。お客さまの視点に立つと売りものが見える、そこから自社の商品開発のテーマを「ホームソリューション」と明快に位置づけ、お客さまのお役立ち要素を探り続けていった。園芸用品に進出したきっかけは、庭いじりが趣味の年配のお客さまのお役立ち原点であった。芯のお客さまをそこに絞り込むと「大きな素焼きの植木鉢はお年寄りには重すぎる」というソリューションテーマが出てきた。そこでプラスチックで同じような鉢を造ると、お年寄りにも軽くて扱いやすくなり、これまたヒット商品になった。庭いじりが「ガーデニング」とヨコ文字ブームとなつて、マンション住まいの若い人たちにターゲットを当てると、「あこがれているがスペースがない」というソリューションテーマが出てきた。だったらベランダでガーデニングが楽しめる「ラティス=木材の格子」はどうか?ここで同社の徹底した「お役立ち」志向が活かされる。通常ラティスは材質が木であって、試作をくり返すがプラスチックでは質感がどうしても出ない。それなら木製で行こうとなった。プラスチックの成形メーカーという自分の都合を考えたらできないことだ。同じ考え方で観葉植物、花苗、土、肥料も開発の対象とする。そして自社の都合を考えずに、お客さまのお役立ち原点を求め続けているうちに気づいてみれば、2000年には、プラスチック商品の比率が50%を切るようになったのだ。現在同社が年間に開発する新商品は1000点を超え、しかもそのほとんどがヒットするという。毎日三点もの新商品開発ぺースである。「どうやってネタを見つけるのですか」という周囲の驚きに、大山社長は「心から生活者の視点に立ってみると、新商品のアイデアは無尽蔵だ」と自信をもっておっしゃるのである。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.18
■あなたの会社の「売りもの」は何ですか?商品力を強化するには、まず「商品の原点」を明確につかんでおかなければならない。「そこのお蕎麦屋さん、おたくのお蕎麦はなんですか?」近所のお蕎麦尾さんをみても、その店の売りものは「更科そば」なのか「藪そば」か「砂場そば」なのかという系列の違い、手打ちそばでも粉の混ぜ具合で、「十割そば」「二八そば」、器や食べさせ方で「わんこ」「へぎ」あるいは「立ち食い」「蕎麦懐石」。全国津々浦々、どこにでもある蕎麦屋さんでも、ただ「蕎麦」だけを売りものにしているお店はないだろう。私は、どこの会社にお伺いしても、商品力を強化する出発点として、まず社長に「あなたの会社の商品とは何ですか?」と、お聞きすることにしている。なぜなら、主力となる売りものがぼやけている会社が多すぎるからだ。困ったことは、今本当に稼いでいる商品やサービスが何かを社長がつかんでいないことだけではない。そもそも、扱っている商品がどのような性格をもち、どのような特徴があるのか、お客さまからみてどのような使われ方、求め方をしているか、自社の売りものの原点を把握しないで、まるで一般の素人のように、ぼやけた理解の仕方ですましている社長がいらっしゃる。これでは、自社の商品やサービスを、稼ぐように磨くことなどできるはずがない。もし売れて儲かるものが見つかったとしても、それはタマタマ、偶然の結果であって、くり返しうまくいく保証はない。稼ぐ商品づくりには、「商品の原点さがし」が必要なのである。年商1000億円のコメ商社D社の経営診断にお伺いしたときのことである。社長と私と二人きりで、「おコメとは、なんだろう」と、ブレーンストーミングをやった。「社長、そもそもおコメとはなんですか?」「主食でしょうな」「農家が造っている」「入札制で国家統制品」「利が薄い」「重い」「南アジア原産」「一年草のイネ科」「食品」「生鮮品」などと、脈絡なく思いつくままに黒板に書き出していった。やがて黒板の余白はないほど、「コメとは何か」社長の思いつく百通り近くの答えが出てきた。それらを集約していって、次の三つの要素にまとめた。途中の経過は省き結論だけを申しあげると、「薄(はく)にして」(国家統制で仕入値も売値も規制があり、利幅がない)「鮮(せん)にして」(玄米で貯蔵し、精米したら三日以内に売らなければ味が落ちる)「重(じゅう)なるもの」(売価の割にかさばるから、物流費が高い)このように自社の商品の原点をとらえて、さらに稼ぎを増やすために、1000億円を売り上げているすべての活動、仕組み、設備、人員、金の使い方を見直そうというわけである。同じお米でも、炊飯して「ご飯」となるとどうか?お弁当尾さんやレストランチエーンの下請となって炊飯米の供給をしているTG食品の場合は、「ご飯の原点」を追求した結果、お米は「ササニシキ」であろうと「コシヒカリ」であろうと冷めると臭いが出て不味くなる、何といっても美味しいのは炊きたてであり、炊きたてご飯をいかに早く届けるか、つまり炊きあがり時間と配達時間の時間差を縮めることが売りものであるということになった。ご飯が冷めないうちに届けるには、郊外の大きな炊飯工場ではなく、小さな工場を得意先の近くにたくさん造り、効率的に配送することが大事だということがみえてきた。そして「TG食品の商品の原点は、物流業と設備業である」としてまとめられた。まるで生コン工場と同じだ。もし商品を技術だけで追求していくと、使う水だ、炊飯器の火力だ、米のブレンドだ、洗い方だと、偏った方向に行ってしまいがちになる。かつてマツダのロータリーエンジンが開発された時に、回転技術だけをとったら世界でも群を抜く画期的な商品であったが、今は影も形もない。原点を見失うと、稼ぐ前に大発明も消え去ってしまうから恐ろしい。H社は、ある地方都市で大繁盛の結婚式場を12ヶ所経営している。社長は「商品の原点」を、「結婚式は厳粛な式ではなくエンターテイメントである」とし、いかに楽しい場所提供ができるかを考えていった。その結果、「カップルを三時間だけは、輝くスターにさせる」という方向でH社のすべての商品・サービスが磨かれ、挙式から式次第、進行プログラム、披露宴の特色づくり、料理、引き出物、従業員の服装にいたるまで、斬新な企画を打ち出しダントツの人気を集め、広く他県からも挙式にやってくるようになった。「商品の原点」をつかむと、そこから稼ぐ売りものを創り出すことができるようになる。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.17
■変わるように牛耳る社長が新しい稼ぐ仕組みを考え出しても、末端の社員まで徹底し、全社で実行しないことには利益につながらない。ところがこれが意外にむずかしい。前にも触れたが、社員は変化を嫌うからだ。これまでの慣れたやり方を変えることに、あの手この手で抵抗する。面従腹背というが、社長が変えようとしても、末端までなかなか変わらない。たとえばある機械メーカーで、新商品の試作品ができ、現場に工程を流す。しばらくしてチェックすると、試作品と違うものを造っていて担当者たちは平気だ。いつもの慣れた工法・材料で勝手に変更している。叱責すれば、「準備段取りに手間がかかり過ぎる」「片づけが大変だ」と文句を言う。これを抑えて、無理矢理やらせる。現場に口実を与えないように、何とかやらせる。そうでないと新しい仕事は軌道に乗らない。ところがこの頃は、やらせる役目の上司も官僚化して、下に合わせて見て見ぬふりをする。だから早急に変えなければならないのに、いつまでも変わらない。ある加工肉メーカーでこんな例があった。堅い肉も叩くと筋肉の繊維がバラバラになり軟らかくなる。そこで肉を美昧しくするためにスライスした肉を何千枚も叩く仕事があった。叩く社員の中には腱鞘炎になる人もいる。現場からきつい仕事で大変だと文句が多い。そこで叩く作業を機械化することにして、二枚のローラーが回転する中に肉を放り込むだけで叩いたのと同じ効果のあるアメリカ製の機械を購入した。ところが現場で新鋭機械をいつまでも稼働させない。現場に聞くと「忙しいときだけ使っています」と言う。要するに機械を導入すると現場で時間をかけてやっていた仕事が一挙になくなり、自分たちのクビが危ないから、使っていなかったのである。このような現場の人たちに、従来とは違ったやり方を徹底させるためには、何が一番大事だろうか?私は「末端が変わるまで、社長が全社を牛耳れ」と言いたい。牛耳るとは「全員にやらせ切る」ということだ。そのためには、いつも「仏の○○」と言われるような存在であってはダメなのである。会社をこれまでと変えたければ、会社の中に「鬼の○○」「悪源太」と呼ばれるような人材がどうしても必要だ。「悪源太」とは、わずか15歳のときに叔父を攻め殺した平安末期の武将、源義平のあだ名で、あくが強く思いきった非情のこともやってのける人を指して言う。もちろん社長自身がこの役を務める必要はなく、社長の分身としての幹部の誰かに「鬼」と「悪」をやらせて、組織の末端まで牛耳ることができなければ、会社というものは稼ぐようには変わらないと知っておくべきである。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.16
■経営の異色さを打ち出す多くの社長とお会いしていると、伸び盛りの社長は大体が飛び抜けて勤勉で、車もファッションも関心がなく仕事を趣味にして、仕事が好きで好きで寝ても覚めても仕事しか考えていない、というようなタイプが多い。もって生まれた「こだわる」性格で、ヨソと同じことをしているのを毛嫌いし、品質にこだわり、性能にこだわり、販売方法にこだわり、四六時中、自社の特徴づくりに精出すタイプの社長は、いつしかユニークな企業をつくりあげ、それがお客さまの信頼に結びつき、大きな強みとなることがある。「どこよりも対応が早い」を売りものに業績を伸ばしているのが、シルク印刷の捨て看板、のぼり、店頭POPなどを企画制作するF企画である。F社長はもともと印刷会社の営業出身で、腰の軽さを売りものにトップの業績をあげていた人だ。脱サラして百貨店のPOPや壁面から吊り下げる垂れ幕を、どこよりも早く納品することを売りものに、東京で印刷会社を立ちあげた。業績を順調に伸ばして本社ビルも建て社員も増やしたところに、売上の四割を占めていたあるショッピングセンターから突然仕事を切られてしまう。たちまち立ちゆかなくなり、本社ビルを売却し社員を切り、たたみにたたんだ。そして気づいたら、工場もなく機械がなくても看板や垂れ幕の仕事を続けていた。F社長はもち前の腰の軽さと素早い対応で、お客さまの新規開拓だけはできていたからだ。そこで自分はお客さまを開拓しプロデュースする印刷ブローカー業に徹して、よその印刷会社を下請化すればよいと考えた。小売店、メーカーから注文を受け、のぽり、POP、シールなどの販促ツールを企画立案し、協力会社に発注する。自社で造るわけではないから、商品での他社との差別化を図ることはむずかしい。ブローカーとして注文を右から左に流して口銭をとるだけでは生き残っていけない。そこで「どこよりも早い対応」でお客さまから選ばれることを目指すことにしたのだ。一息ついて、F社長と私はアメリカに視察に出掛けた。そこでF社長の心をとらえたのは、日本よりはるかに進んだオフィスのIT化の実態であった。帰国後、半年かけ情報化の研究をして、社員全員にパワーザウルスをモバイル端末として渡した。さらに本社コンピュータとEメール、ボイスメール、携帯電話のiモードを結んで、営業マンがたとえ社内にいなくても即座に顧客情報が伝わる仕組みをつくりあげた。たとえば同社に見積り依頼が入ると、営業マンがどこにいようと5分以内には相手先に確認の電話を入れる。在庫に対する問い合わせも、各人のパソコン画面ですぐ確認し即答する。外出先からでも、納品確認などをiモードに送ってもらい、即答できる。お客さまへは24時間、土・日・祭日も対応する。インターネットでBtoBといわれるEビジネスもしっかり押さえている。もしクレームが発生すると、お客さまからのクレームをボイスメールで全員に聞かせ、都内なら二時間以内、近郊でも即日対応が原則だ。ボイスメールに残されたお客さまの声の調子からニュアンスが直に担当者や社長に伝わり、微妙な対応ミスを防ぐこともできる。IT化して2年たち、「あまりの対応の早さに、初めて当社を利用していただいたお客さまは驚かれるようです」と社長がおっしゃるまでになって、F企画はすごい、ヨソと違うと評判になり業績を伸ばしている。このF企画の例でわかるように、会社のユニーク性とは、ただ目立つ、特異だという事ではないのはもちろんである。お客さまにとって値打ちのある「異色性」でなければならない。その前提として「経営者の志」「こだわり」がなければ、信頼される異色さにつながらない。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.15
■「重複」と「往復」と「連続」で稼ぐ私はこれからの利益を稼ぎ出す仕組みとして、次の三つが大事だと思っている。①重複②往復③連続■重複で稼ぐまず、「重複」とは、ひとつのネタで二度稼げということだ。ひとつの商品、ひとつのサービス、ひとつの設備を、細工してふたつ以上に売り分け、二度カネにするという意味である。たとえばコンピュータのソフト会社が、オーダーメードでソフトを造り納品していたとする。ある会社には、顧客管理システムを注文通りにつくり、ある会杜には経理システムや人事管理プログラムを注文通りにつくり納品する。実際にこういうソフト会社は数多いが、この世界も次第に過当競争になり、これだけではあまり稼げないのが現状だ。そこで納品したソフトをべースに既製品のソフトをつくり、他社に売るのが「重複」だ。自社開発品を売るだけでなく、他社にOEM供給するのも「重複」である。家電製品の中で、モチつき器やヘアドライヤーからMDウォークマンまで、OEM商品をあたかも自社商品として売っている例は実に多い。デジタルカメラなども、さまざまな新商品が発売されているが、すべての発売元が中身まで造っているわけではない。ゴルフのクラブメーカーもそうだし、中には全国のラーメンチェーンの麺までが「重複」で稼ぐ。あるラーメンチエーンの製麺工場では、白家用の麺を造る設備で、材料の配合を少し変えるだけで、社員食堂用に安い麺を造り、設備をフル回転させて稼いでいる。■往復で稼ぐ近江商人の「天秤商法」についてもお聞きになったことがあるだろう。天秤は前と後ろの荷物のバランスをとらないと、担ぎにくい。昔、近江の商人は、地元特産の蚊帳を広島や岡山に売りに行き、帰路は手ぶらで帰らずに、広島・岡山の特産物を仕入れて近江で売ったという。売りに行って儲け、帰って儲け、行きと帰り「往復」で稼いだことを称して「天秤商法」と言った。たとえば、タクシーが遠方までお客を運び、帰りも空車で帰らずお客が乗るなら、倍稼ぐことができるのは誰でもわかる。この理屈を自社の売る仕組みに何とか採り入れることを考えるべきである。実は、この仕組みは業種によっては「上手な与信管理」というメリットもあるからだ。プラスチック原料のペレットを加工業者に卸すB商社の例で説明しよう。B商社の得意先の大半は、それぞれが親会社の指示どおりのプラスチック部品を、原料ペレットを溶かして成形する零細な下請メーカーだ。こういう時代だから、どんなに真面目に仕事をしていても、利幅がとれず、いつ親会社から注文を切られ、業績が急変するかわからないから、売上の完全回収には神経を使わざるをえない。そこでB商社では、プラスチック部品の販売部門をもち、そこでは原料納入先から製品を一部買い上げて転売する。原料を売って儲け、買い上げて別の業者に売ってまた儲ける「天秤商法」の仕組みだ。買い上げるのは加工後の製品であるから、たとえ納入したベレットの一部相当であっても、金額的には売掛金と買掛金のかなりの部分が「いってこい」となる。もちろん仕入れた部品の売り先を確保していることが前提であるが、納入先の与信リスクはその分大幅に下がることになる。このような仕組みは、他の商社でも以前から採り入れている。たとえばある商社は海外から「海苔」を輸入し加工業者に売り、納入した業者から「味つけ海苔」などを買い上げて転売する。また輸入した大豆を食品メーカーに卸し、加工された納豆を仕入れて系列の問屋に売るといった具合である。これからの流通業者の稼ぎ方は、このような往復で稼ぐ仕組みがないと生き残れないといってもよい。これを格好よく言えば「商社のメーカー化」となるのだろうが、その大事なポイントは、「往復で稼ぎ」さらに「与信対策」をして安心して儲ける仕組みを考えるということである。■連続させて稼ぐ昔から顧客の安定化、得意先の安定化の大事さは変わらない。しかし今日のように変化が激しく、商品の寿命が極端に短くなると、口先だけで顧客や得意先の安定化と言ってみても、一向に安定化につながらない。「連続させて稼ぐ」ことを、自社の仕組みに組み入れることが大事だ。「連続させて稼ぐ仕組み」は別に新しい考え方でもなんでもない。たとえば飲み屋さんの「ボトルキープ制」がその典型だろう。昔、「トリスバー」なるショットバーが流行った時があったが、ボトル売りをショットで売る半額くらいにして、飲み残したら次回にというサービスはたちまち全国に広がった。ボトルの数は常連客の数につながり、「連続して稼ぐ」ことができるからだ。しかしどの店でもボトルキープが当たり前になると、ボトルをキープして特定のお店だけに縛られることを嫌う客層も増えてきた。そこで近年は再びショット売りを全面に打ち出すバーも増えてきたが、キープ制度の欠点を補うサービスの進化も見られる。たとえば全国にさまざまなタイプのバーやクラブチェーンを展開するE社では、どこかの系列店でボトルをキープすると、全国のチェーン店共通で使えるカードを出している。カードを提示するとそのボトルの残量を、どの店でもコンピュータで確認できるようにしたからである。また新聞は、駅の売店で一部売りをしているが、ほとんどは月決めの定期購読で、読もうが読むまいが毎日配達される。月刊誌も年間定期購読にして毎月読者に直送し、「連続」の確定を仕掛けている。ダスキンのように掃除用具や玄関マットをレンタルし、汚れたら取り替える方式で「連続させる仕組み」をつくって稼いだり、倉庫に置いてあるパレットや建設現場の足場レンタルなどのように「置いてある限り売上が発生する仕組み」で稼ぐ商売もある。消費の現場に一番近いところに売りものを置いておき、使った分だけ請求するという商売も「連続させる仕組み」のひとつだ。昔からの富山の薬の配置販売が典型だが、食品工場に納入側の経費でタンクを設置し、原料の食用油をいつも満タン状態にしておき、月末に使用した量だけ請求するやり方もある。オイルタンクを自前で設置しているから、他社の参入を回避することができる。一般家庭へのプロパンガス販売も同じやり方だ。オフィス事務機械は、消耗晶の補充で「連続」をつくり出す方式が多い。コピー機のトナーやプリンターのインクなどは、他社と兼用できないようになっており、いったん機械を入れると、本体を買い換えない限り「消耗品の連続」と「本体のメンテ連続」がおこることになる。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.14
■日当たりのよいマーケットで売りもの選びは、日が当たらず今にも消滅しそうな市場ではなく、日当たりのよい市場で探すべきだ。このことは書くのも恥ずかしいくらい当たり前のことなのだが、現実には衰退市場にこだわり続けて悪戦苦闘されている経営者も多い。HC社というウエハースのメーカーがある。ウエハースといえば、小麦粉と卵と砂糖を練りうすく短冊状に焼いた、昔懐かしいお菓子のことだ。我々が食べる機会があるとすれば、洋食のデザートでアイスクリームに添えられているぐらいだろう。昔は離乳食とか乳幼児のおやつとしてウエハースを手がけるメーカーも多かったという。しかし子供の数が減り、しかも子供のおやつの種類も増えて、ウエハースの需要は年々減るばかりで、せいぜい全国で100億円の市場規模しかない。製造工程でも、商品の運搬中にも、割れたり欠けたり破損しやすく、不良品がでやすいウエハース製造から多くのメーカーが撤退する典型的な衰退市場だ。しかしこのウエハース製造に特化しているHC社の業績は好調である。なぜかといえば、「割れやすく欠けやすい物を大量に造る」技術を、日の当たる市場で売っているからだ。同じ食品でも、幼児のお菓子という分野では衰退商品であるが、健康食品という分野は、日が当たって伸び盛りである。カルシウムを強化したり、ビタミンを強化し、ウエハースのさくさく感を加えたスティック型の健康食品が人気商品となっている。このOEM供給は、製品の歩留まり向上に無人化機械を導入し、チョコレートコーティング技術や大量生産技術を次々に開発してきたHC社の独壇場である。さらに「割れやすい物を大量に造る技術」を活用して、健康食品以外にも、生ケーキの台となる「タルト」に着目し、さまざまなメーカーにOEM供給して業績を伸ばしている。私がこのような話をすると、すぐに「これからどの分野に日が当たるのでしょう?」、「我々の業界は今後日の射す見込みがないのでしょうか?」とお聞きになる社長がいらっしゃる。ここまで読まれた読者なら、私の返事は想像つくだろう。私は仕事柄、毎日様々な業種・業態の会社に足を運び、経営者と直接話し、悩みを相談される。だから、現在どこに日が当たり、どこに土砂降りの雨が降っているか、優秀な経済アナリストよりも実態をつかんでいると自負している。だからといって、これからどこに日が当たるか方向性は示せても、的確にピンポイントでつかむことは、至難の業である。答えは「社長自ら、変化しつづけるマーケットに聞いてくれ」しかない。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.13
■顧客を選ぶと売りものがみえてくる先に紹介したメリーチョコレートの原社長は、こうもおっしゃっている。顧客層を細分化して願望を探るが、それが真実かどうかは、やってみなければわからない。そこでぐずぐず迷うよりは、「思いきって仮説をつくり、それに基づいて商品化し、検証してみるしかない」と。検証してみると、いろいろもくろんで仮説を立ててみても、ガッカリするほど外れが多い。世の中、外れの連続だが、悲観しないで再度挑戦していると、これを神さまがどこからか見ていて、何回に一回かは当ててくれる。他人は「何で当たったのか」と聞くが、当人にも「たまたま、偶然」としか思いあたらないかもしれない。しかしそのうちにカンが鋭くなり、当たりが増えてくるものだ。これはちょうど釣りのポイント探しに似ているかもしれない。これから増えつづける老人市場はこれからのビジネスターゲットとしてだれもが注目している。なかでも老人介護サービスは、保険制度も2000年から法制化され、新規参入が急増した市場だ。介護保険を制定するにあたり、厚生省のお役人や関係者が、先進国であるスウェーデンを中心に北欧諸国をまわり、いろいろ研究した結果、「在宅介護」を主流に保険制度の充実をはかるべきだという結論に達した。保険の対象として在宅サービスの中心である「ホームヘルパー」、居宅に浴槽を持ち込み全身を洗ってくれる「入浴介護サービス」、看護婦が居宅を訪問し医療上のお世話をする「訪問看護」、日帰りの介護施設へ通う「デイサービス」や「リハビリテーション」、短期間だけ特別養護老人ホームに入る「ショートステイ」、車椅子や特殊ベッドなどの福祉用具の貸与制度などが制定され、多様なサービスの中から老人が好きなものを選ぶ建て前である。寝たきり、痴ほうの進行程度で6段階に分け、「要支援」と認定されると政府の補助金が出てこれらのサービスが受けられる。そしてこれらのサービスをやるビジネスが全国各地に生まれたが、まだ途上にあるとはいえ、経営が軌道に乗っていないケースを見受ける。あるときテレビで、在宅介護サービスのひとつである、「入浴介護」の場面を見た。アパートの狭い入口から苦労して浴槽を運び入れ、ヘルパーが寝たきり老人の髪の毛をシャンプーし、全身を洗っている。体を洗うのは数ヶ月ぶりという老人は、レポーターが「おばあちゃん気持ちがいい?」と差し出したマイクに、何も言えず笑顔で応えている。その光景は確かに感動的だ。しかしかかわる人たちのこのような献身と善意がいつまで続くのだろうか、私は疑問を感じざるを得なかった。今の日本は核家族化が進み、高齢者と同居する家族は、老人が寝たきりになったり、痴ほう化すると、他の家族の支援を受けにくい状況にある。同居家族だけに老人介護役をおしつけ、他の兄弟・姉妹は見てみぬふりということが現実だ。介護される側といえば、ある統計調査によれば3人に1人が、世話してくれる人に感謝するどころか憎しみを感じたことがあるという、きれいごとだけではすまない世界である。私が何を言いたいか?介護サービスの本当の顧客は誰かということだ。今打ち出されているさまざまな民間の介護サービスの顧客は、誰を想定しているのだろうか?介護の必要なお年寄り本人なのか、保険金を出す厚生労働省なのか?もしビジネスがうまくいかないならば、「本当の顧客は介護している家族である」という仮説を立てて、すべてのサービスを見直す必要がある。私の指導先の病院や介護施設で、「介護している家族の願望」を満足させるサービスが提供できるビジネスモデルを具体化しつつある。これから仮説の検証段階に入るわけだが、「寝たきり老人を介護している家族の願望」に焦点を合わせた新サービスは、実際のところまだスタートしたばかりなのに問い合わせが多く、関係者が驚くほどの手応えを感じている。「顧客を選ぶと売りものが明確に見えてくる」ということである。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.12
■利益を稼ぎ出す5つの急所「これから利益を稼ぎ出す急所」として、次の5つを考えている。①顧客を選ぶ②日当たりのよいマーケットで稼ぐ③「重複」「往復」「連続」で稼ぐ④経営の異色性を打ち出す⑤全社を変えるように牛耳るどういうことか、以下、順を追っていこう。■顧客えらび「成熟市場になったら、市場を細分化せよ」と、マーケティングでよく言われる。バレンタインデーの仕掛人として知られるメリーチョコレートの原邦生社長から伺ったことだが、同じ女性顧客でも、年齢別に区切って、幼稚園児、小学低学年、小学高学年、中学生、高校生、短大生、大学生、若いOL、キャリアOL、若妻、中年女性、壮年女性、老年女性というように細かく分けて、顧客の本音の二ーズ、願望を探るという。そのために女性雑誌のすべてに自ら目を通し、また社員にも読ませているそうだ。雑誌というのは、もともとマーケット細分化の見本のようなものである。文藝春秋のようにごく少数の「総合雑誌」はあるが、性別に、年齢別に、またゴルフ、釣り、囲碁、旅行など趣味・娯楽別に、また専門分野別にどんどん細分化されている。女性雑誌の細分化について、たとえば「25ans=ヴァンサンカン」という人気女性雑誌の例をみてみよう。「ヴァンサンカン」を出している婦人画報社(現アシェット婦人画報社)が、女性のための雑誌「婦人画報」を出版したのは、今から100年ほど前、1905年のことだ。「主婦の友」「婦人公論」に先駆けること10年以上、現在もっとも長生きしている女性誌だろう。その後、婦人画報社は、まず顧客を性別に分け、月刊男性誌として「メンズクラブ」を出し男性市場に進出する。さらに女性客層の中から、10代の女性をターゲットに選び「MCシスター」を発刊、これも人気雑誌となる。そして1980年に婦人画報とMCシスターの間の年齢層を狙って発刊されたのが「25ans=ヴァンサンカン」である。題名どおり「25才以上30代前半まで」のワンクラス上のエレガンススタイルをテーマに、またたくまに20万人もの読者を獲得する。それから9年後、「ヴァンサンカン」が人気を得るにつれ、読者層が25才より下の階層や上は60代にまで広がっていったため、「働く20代女性」のためのライフスタイル提案誌「Vingtaine=ヴァンテーヌ」と「時代の半歩先を歩くファッショナブルな国際女性」のためのファッション誌「ELLE=エル」がほぼ同時に発刊され、両者とも20万の新たな読者を開拓する。そして1995年、「成熟と若々しさが共存する30代」のためのライフスタイル誌「La Vie de=ラヴィ・ドゥ・トランタン」が発刊され部数を20万に伸ばしている。海外の人気ファッション誌の日本版「エル」も20万人近くの読者を獲得すると、ライフスタイル提案誌「エル・デコ」を92年に、海外の料理雑誌の日本版として「エル・ドニチェフ」を99年に発刊しそれぞれ10万近くの読者を獲得している。同じく99年には、男性誌「メンズクラブ」の兄貴分として30代から40代男性を対象に、「メンズクラブ・ドルソ」を発刊、7万の読者を獲得している。(発行部数はすべて2001年)もちろん新たな雑誌を出し続けるだけではない。一方で、人気のあった「MCシスター」が次第に伸び悩んで、2002年に休刊している。このようにスクラップ&ビルドをくり返して、2002年の同社が発行する雑誌は全14誌で、読者600万人を数えるようになったのである。もし同社が「婦人画報」だけであったら、今日まで存続できたかどうかわからない。絶えずマーケットを細分化し続けてきたから今日があることが、おわかりいただけるだろう。同社のターゲットの細分化の中身をみると、次の二つのことが言える。ひとつは、年齢層のさらなる細分化を進める、ひとつは、同じ年齢層のなかでいくつもの階層にさらに分化する、ということだ。たとえば20代後半を狙った「ヴァンサンカン」は30代から「トランタン」、また20代男性の「メンズクラブ」は3、40代ターゲットの「ドルソ」というようにさらに年齢層の細分化を進める。20代の愛読者は10年たつと当然、10だけ歳をとり30代となる。年の経過とともにターゲットの年代から外れていくために、その受け皿が必要になるからでもある。一方、同じ年代層の中でも細分化が進む。女性の社会進出、自己実現やライフスタイルの洗練がすすむにつれ、同じ20代、30代女性でも、結婚して家庭に入る専業主婦とキャリアウーマンとでは関心事も違ってくるのは当然である。年代別のファッション誌ではおさまりきれない「ライフスタイル」の細分化である。たとえば海外の人気ファッション誌「エル」と、働く20代へのライフスタイル提案誌「ヴァンテーヌ」は、読者の年齢ターゲットは同じ20代だが、それぞれ20万部と共存している。アメリカにジェネレーション・マーケティングという考え方がある。人口の多い団塊年代、購買力の旺盛な年代別に細分化して商売の対応を変えていく経営活動のことだ。マーケティングの専門家は、「ジェネレーションX」、「ジェネレーションY」、「ジェネレーションZ」、「ジェネレーションF1(キャリアウーマン)」という「くくり」で、それを表現している。ちなみにジェネレーションの「くくり」を日米比較すると、次のようになる。 (くくり) (アメリカ) (日本)・ジェネレーションX 35~45歳 25~35歳・ジェネレーションY 20~25歳 18~22歳・ジェネレーションZ 12~18歳 8~15歳・ジェネレーションF1 27~35歳 22~30歳当然ながら、ボリューム層は、人口動態によって年々変化していくから、それに合わせてマーチャンダイジングも変えていかなければならないわけである。ところで細分化の対象は年齢に限らない。地域別、チャネル別、あるいは所得階層別に細かく分けて、自社の商品・売りものの必然性をつかんでいくことが大事なのである。つまり自社の売りもののどこを変えるべきか、それをつかむためにこそ、細分化された顧客えらびが肝心なのである。 (後略)(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.11
■ヒトでは稼げない私は年商100億円までは、人材は「1・3・9の法則」が適用されると考えている。つまり、一人の社長の下に3人の経営幹部がいて、各幹部の下にそれぞれ3人の現場の責任者(都合9人)がいれば、会社の仕事は回るということである。極論を言えば、社長の下に3プラス9、つまり12人の有能な正社員がいれば、あとはパイトやアルバイト社員でも100億円企業は経営できるということである。それだけに、たった一人しかいない社長の役割の大切さと責任の重さはいうまでもない。そして全社に3人しかいない経営幹部の役割と責任、9人の現場責任者の役割と責任を考えると、役割の難しさの程度と責任の重さは、上にいくほど重くてきびしいものになる。当たり前のことだ。ところが、現実にはそうなっていない会社が多すぎるから、不況だ、儲からないということになる。まず第一の問題点は、一人の社長の下に、3人どころか5人、10人と幹部がいる。その下には9人どころか20人、50人と現場の責任者がいる。では人数が増えた分だけ、経営力が増してさぞかし稼いでいるかといえば、実態はまったくその逆である。責任が分散され過ぎた結果、無責任体制となって、稼げないのは不況のせい、デフレのせいと責任転嫁するだけしか能のない人材が、ベテラン幹部づらをしてのさばっている。第二に、肝心の稼ぐ仕事は現場に頼りきり、上が下の社員の尻を叩いてガンバレと号令をかけるだけという、ふがいない会社が多すぎる。なんでこうなるのかといえば、「ヒトで稼ぐ」と社長が今でも信じているからである。収入を伸ばすには、営業の第一線にヒトを入れ、生産の第一線にヒトを入れ、営業拠点を増やし、生産拠点を増やさなければならないと思い込んでいるからこうなる。その結果は明白だ。思うようには稼げずに、ヒトが余ってリストラだ、希望退職だと、みっともないことを今になっても続けている。これからの時代は、いかにヒトをあてにしないで稼ぐかということを、会社の仕組みとして組み入れていかなければならない。スター精密の創業者であった故佐藤誠一さんは、早くからヒトに頼らないで稼ぐ仕組みづくりを実践してきた方であった。時計に使われる精密ネジを中心に造っていたが、工場の省力化は徹底していて、早くから24時間稼働の無人工場をつくり、自働機械が深夜も主力製品のネジを刻んでいた。佐藤さんいわく「ヒトは文句を言ったりすぐ音をあげるが、機械は文句も言わず24時間仕事をしてくれる」と。そしてこの仕組みを、電子部品に拡げて事業を大きく飛躍させていった。しかし年商500億円を超えるよう仁なっても、総務や経理部門のスタッフは大部分がパート社員であった。経理をパートに任せて問題がおきませんか、という質問に「独身の女の子は、どんなに身元がしっかりしていても、相手の男で変わるものだ。うちのパート社員は身元のしっかりした奥さんだから、正社員じゃなくても経理もまかせられるよ」と笑っておられたのを思い出す。佐藤社長は、ヒトに頼らず会社全体の稼ぐ仕組みをしっかり見通して、トップとしての手を打つことのできた、尊敬する経営者のおひとりであった。 (後略)(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.10
■「スピード」で稼げこの頃は、売れるものと売れないものの差が激しく、しかも売れるもの自体の変化もまた激しい。このような時に重要なことは「スピード」である。売れ行きのにぶくなったものを早め早めに見切る。売れなくなってきたことを嘆くヒマがあったら、旧来品を一挙に陳腐化させるような新鮮な売りものを世に送り込むことである。そのためには末端市場の新鮮な情報を集め、新しいデザイン、新しい素材、新しい提案を他社より一時間でも早く創り出し、市場に出すことだ。ニューヨークの知人が、「井上さんの喜びそうな会社がある」と、ニューヨークの五番街に進出しているフォッシル(FOSSILE)という人気時計メーカー兼小売店の情報を送ってくれた。単価4000円から10000円という廉価で現代的なデザインの時計を造り、アメリカンオールデイズテイストの店舗で販売し、またたくまにアメリカ人の心をとらえ年商600億円を上げているという。しかも商品の回転率が高く売上純利益率は10%を超え、年率20%で伸びつづけているというのだ。成熟市場の腕時計の分野に20年前に参入した後発なのに、効率的な経営をして1993年にナスダックに上場し、業績を伸ばし続けているという情報であった。そこでニューヨークに行った折りに、五番街の店舗を訪れてみた。お店の雰囲気は、昔の英語の教科書にでてきたジャック&ベティのような、アメリカの古き良き時代のテイストで、売場の壁にはオールデイズの雰囲気を盛り上げるでかいキャデラックやポンティアックの写真やポスター、そして絵柄が何種類もあるブリキカンの容器からお好みのものを選ぶ楽しさが演出されている。「格好いい、安い、新鮮」という同社には、DKNY、リゾー、バーバリーなどの一流ファッションブランドからもOEM依頼がきており、すでにこの分野の売上が20%を占めるまでになっているという。私は、フォッシル社の価格づけやデザインや在庫管理の仕組みをどうしても知りたくて、2002年6月にテキサス州ダラス郊外リチャードソンにあるフォッシル本社を訪れた。現場に行ってわかったことは、同社で売る常時4000種類の時計について、毎週、全種類の売上を個別につかみ、同時に在庫と照らし合わせ在庫高比率を出している。しかも前週との比較、前月1ヶ月間の売上、年間売上順位データなどが全種類別にマーケティング担当者に知らされる。彼らはこれらの情報をみながら、ひとつひとつ追加発注、発注停止、小売店への販売指示を迅速に進めているのだ。マーケティング担当のジョン・タルボット副社長は、「真の購買担当者とは、商品の打ち切りと次の売れる商品を知っている者のことである」と言う。常時新鮮なデザインの4000種類もの時計を販売していくためには、100人の正社員デザイナーが動員され、1回に160もの新デザインが追加され、香港に5箇所ある直結工場にコンピュータで送られる。新デザインは2~4ヶ月で商品化され、各デザインにつき2000個が送られてくる。これらを全米の直営店20店舗でテスト販売し、3ヶ月でどのくらい売れるかシミュレーションし、本格的に販売するかどうかが決定される。これを年5回くり返し、売場はいつも新鮮なデザインで溢れているのだ。この仕組みを支えているのは、ドイツSAP社のERPというシステムである。フォッシルは、香港製の安物時計をアメリカで販売する商社としてスタートし、次第に「上に上り、下に下って」独自のデザインの商品を香港のメーカーに造らせて、自ら売るようになって業績を大きく伸ばした。(この点では日本製のスポーツシューズを輸入販売することからスタートしたナイキと似ている)その背景に、全商品について一週間ごとに正確な売上実績と在庫状況を捉え、店頭の鮮度を保っている仕組みがあることがポイントだ。私は管理担当の副社長マーチン・ポンフレイさんに「日本の精工舎がおかしくなったのに、おたくが高収益を維持している要因は何か」と訊ねた。彼はすぐさま「在庫管理を怠ったことと、高価格にこだわりすぎたこと」と分析してみせたが、私は、低価格商品を効率よく造って売るERPを活用した「スピード」の決定的な違いにあると思っている。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.09
■「物」ではなく「もの」で稼げWクリーン社は工場から出される、油で汚れた軍手やウエス(油汚れなどをふき取る布)のクリーニング事業を営んでいるが、売上の伸び悩みに苦しんでいた。得意先のどの工場も、採算性に苦しみ、汚れもののクリーニング代にまでメスを入れてくる。Wクリーン社は、規模が小さいが商品力をつけるために環境基準であるISO14000を取得した。それなのにクリーニング料金の値下げを迫られ、しかもクリーニングに出す頻度も抑えられる。売上を上げようがない。社長から一通りの話を伺うと、「まずとりあえずは商圏を拡げるしかないんじゃないですか。開拓営業に行く余裕がないというならインターネットでも何でも使って、周辺の工場に入り込むことです」「既存の工場には、汚れものの洗濯という仕事の前と後のサービスの中からカネになるものを探すことも大事ですよ。どの会社でも環境問題で困っているのだから」と申しあげると、「クリーニング業は、汚れものを取りに行って洗って届けるから、商圏が決まっているんです。それにうちらの商売でインターネットといっても・・・」と反応はあまりよくなかった。ところが、その後に社長がおっしゃるには、「このごろ私らが通される応接室が立派になりましたよ」と。何を言いたいのかわからないでいる私に、社長はこう続けた。「あれからインターネットで地域を拡げ、よその工場にもアプローチしてみたんです。ホームページを立ち上げ、御社から出される汚れものや廃棄物にお困りになってませんか?ISO14000取得のわが社にご相談ください、とメールをながしたところ、ポツリポツリですが、反応があったんです。」そこで社長が早速出向くと、これまでは購買の担当者が窓口であったが、総務の責任者や役員が出てくる。通される応接室も役員用の立派な部屋だというのである。先方から「クリーニングしようもない使い古しのウエスや軍手などのゴミの処分に困っている」という相談に、社長としてはこれからの得意先になればと思い「では私どもで引き取りましょう」ということになった。先方は「引き取り費用はいくら払えばよろしいか」と言う。今までは物を洗濯してお金をもらったが、今度は物を引き取ってお金をもらうことになった。ここで社長は「前と後のサービスを商品化せよ」というアドバイスを思い出したのだ。そして引き取ったゴミを洗って再生糸にしてモップに造りなおし、さらに軍手やウエスに再生し売ることを思いついた。それから四年がたった。「お陰さまで売れて儲かる商品ができて会社がガラリと変わりました。いまやわが社は環境産業の一翼を担うようになりましたよ」と、ニコニコしながら報告してくれた。Wクリーン社は、今では各工場から出される軍手やウエスのゴミを引き取って、ゴミ物流基地にまとめて、それらをクリーニングしウエスや軍手に再生して、また各工場に売る。それらをクリーニングし届ける流れの中で、再度、廃棄ゴミになるまで使われたものを回収しモップなどに再生利用する。資源の有効活用と環境問題を解決して、しかもお金をもらって引き取った資源を、くり返し再生利用し、売ってまたお金にする、さらにそれらをクリーニングしてまたまたお金にするという「クリーニングの前も後もお金にする」稼ぐサイクルを築いてしまった。こうなると同業他社は太刀打ちできない。経営効率が違いすぎるからだ。同業他社よりはるかに儲けて、しかも得意先には有り難がられ感謝されているのである。これが「『物』でなく『もの』で稼げ」という一例だ。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.08
(中略)■「売れるもの」で稼げこういう時代は、売れないものは、どうやっても売れない。かつては、日本で売れ残った物は、価格さえ下げればアジアヘもっていって売ることができた。しかし今は、いくら値を下げても、売れない物はどこへもっていっても、タダ同然でも売れない。在庫しておくと、先々価値は下がるばかりで、結局、焼却処分しかない。稼ぐためには「物を売る」のではなくて、「売れるもの」を造らなければならないのである。「先生、売れるものがあるというのは、本当に楽ですね」と、J社の社長が話してくれた。J社は、全国の観光地の旅館・ホテルに、梅茶などの加工茶を売っている。観光地の旅館の部屋に通されると、お茶と一緒に煎餅などのお茶うけが用意されている。この頃は緑茶だけではなく、こぶ茶や梅しそ茶などのティーパックも添えられている。「この名産品はロビーの売店でお土産用にお求めになれます」というようにチラシがっいていて、試飲して気に入ったお客さまは、J社の商品を旅館の売店で買い求めることができる。それで年商2~3億円を推移していたが、ここ数年売上が低迷していた。「たかが梅茶されど梅茶」社長は、「何か売れる特徴づけはないだろうか」寝てもさめても考え続けた。おりしも世の中は、健康ブームで、赤ワインに含まれるポリフェノールが、ガンや老化の原因とされる活性酸素を退治する抗酸化物質として話題になっていた。そのため赤ワインだけではなく、ポリフェノール入りのお菓子まで発売され、科学専門用語であったポリフェノールという言葉が一般にも定着したほどだ。梅茶はもともと健康に良い飲み物とされていたが、「ポリフェノール以外に、何か新しい健康要素はないだろうか?」、「梅茶と相性の良い健康食品はないだろうか?」と考えていくうちに、社長は「唐辛子のピリ辛ブーム」に目をつけたのだ。唐辛子の主成分である「カプサイシン」は、皮膚の温度を上昇させ、血行を良くする効果があるという。筋肉のこりをほぐし更年期障害にも効果があるというのだ。韓国人は唐辛子をたくさん食べるから太った人がいないと、若い女性を中心に、唐辛子のダイエット効果も話題になっている。またキムチをはじめ韓国料理のピリ辛い味が日本の家庭にどんどん入り込んでいる。そこで開発されたのが「ピリ辛梅茶」である。発売するや社長も驚く反響となった。宿で出された緑茶に添えられた「ピリ辛梅茶」のパックを目にしたお客さまは、ピリ辛い刺激に興味をもつだけではなく、話題の「カプサイシン」による血行促進効果を思い出すらしい。「唐辛子の成分の何とかって体にいいのよね」と、中年以上のお客さまは、肩こり、更年期障害の効用に、若いお客さまはやせる効用に、思わずパックを手にしてしまう。これまでの梅茶ならば手を伸ばさなかったお客さまも、試しに飲んでみると、ピリッと辛くて梅の風味とよく合う。お客さまの多くが、「これはいい、今まで知らなかったが、ロビーの売店で売っているのか、土産に買っていこう」となった。その結果、J社の年商を倍増させる大ヒットとなったのである。そのためすべての数字が良くなって、経営効率がぐんと上がった。そして社長の冒頭の一言「売れるものがあるというのは、実に楽なことだ」となったのだ。社長は、「営業力より商品力ということを、つくづく実感してます」とおっしゃるのである。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.07
■井上式安定経営とは私は、いたずらに「挑戦」や「変化」がいいと申しあげているのではない。世の中の変化が激しい以上、一般社員と同じような、変化を嫌う安定志向が、社長の心の中にあってはいけないと言っているのだ。常に不安定な経営がいいはずはない。私の考える「経営の安定」とは、次の6項目をいう。①自己資本比率が高い②無借金③流動負債(買掛金・未払金)の支払い能力が十分ある④現金主義(売掛金・買掛金・手形なし)⑤売り切り主義・棚卸在庫なし(不良在庫ゼロ)⑥損益分岐操業度70%以下もしあなたの会社がこのような経営体質ならば、先に挙げたような会社存亡の危機にさらされても、なんとか再成長の手だてを見つけることができるはずである。これらこそ社長の目指す「安定指標」でなければならない。これらの安定のために、「変化」が必要なのである。そうならば、社長として本当の企業安定を実現するために、「売りもの」「お客さま」「売る場所」「売る戦術」「売る武器」をどう変えるか、ご自分で考え出さなけれぱならない。そこでいちばん肝心なことは、お客さまやマーケットの変化と現在の動向を、社長として正しくつかんでいるかどうかである。みなさんは「春がきた」という童謡をご存知だろう。「春がきた春がきた どこにきた 山にきた 里にきた 野にもきた」 (岡野貞一作詞)私はこの唄が好きだが、歌詞を見ていつも変だなあと思っていた。我々が春の到来を実感するとすれば、足もとの野に咲くれんげ草からはじまって、それから山里に咲く梅、桃、桜の花、そして遠くの山々の春霞という順、つまり足もとの「野」から次に「里」へ、そして「山」にと順番が逆じゃないか、といつも思っていたのだ。みなさんはどうだろうか。あるときこの疑問に答えが見つかった。ある音楽関係者が「春がきた」の歌詞について、なぜ春は山から次に里にきて、最後に野にくるのか解説していたのだ。その解説にいわく、昔は、すべての新しいものは峠を越えてやってきたという。つまり、村にとって新しいものは、まず山の向こうから峠を越えてやってきて、それから里に入り、最後に身近な野原にやってくるというのが日本人のDNAになっているというのだ。なるほどである。言い換えれば、すべての新しいことは、自分の足もとからはやってこないということだ。売りものを変える手がかり、お客を変えるヒント、売り場所や売り方を変える手がかりは、黙って待っていても見つからない。自分から里に出て、峠を越えて山の向こうの様子を見に出かけなければならない。社長室に座ったままで、新しい売りものをつかまえることはできないのである。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.06
■社長の仕事は「変える」ことである稼ぎ方が変わったのだから、自社もそれに対応して変えなければならないと申しあげた。しかしいろいろな会社にお邪魔して、様々なタイプの社長とお会いするが、変えることをためらう方が多いのには驚いてしまう。何とか現状を維持して「たたまず」「削らず」「変えないで」、それで儲かるようにできないか、虫のいいことを考えていらっしゃる。なぜ変えることをためらうのだろうか?それは社長の本音に「安定を求める心」があるからだ。そもそも安定志向は、人間なら誰でももっているだろう。中でも一般社員や役人には安定志向が特に強い。社員や役人は、安定を好み、今まで通りが一番で、変化や不安定を嫌う。手慣れた仕事を変えられることを嫌い、売り方を変えることを厭い、気心の知れた得意先を変えられることを嫌う。安定が一番楽だからだ。同じ給料をもらうなら、人間誰でも楽なほうがいい。社長も同じ人間だから、企業の安定を願わない人はない。得意先や顧客の定着を願い、安定的にいつまでも売れる商品を欲しがり、社歴の古い気心の知れた同志的社員を増やしたいと願い、いざとなったら換金できる不動産をもちたがる。これらの何が悪いのと思われるかもしれない。しかしとんでもない勘違いなのだ。「安定志向の社長の心」が、会社を儲からなくさせる最大の要因になるからである。考えてみていただきたい。いつまでも買い続けてくれる顧客や得意先が、どこにいるだろうか?永遠に売れ続ける商品がこの世にあるだろうか?あるわけがない。永年勤続で気心の通じた社員がつくりだす社風は変化に弱く、なあなあの無責任さが目立ってくる。いざとなると借金して買った不動産は、買値の3分の1にしても処分できない。常に移り変わって不安定なこの世に、ありもしない「安定」を求めて、かえって社長の心と会社の業績を不安定にしているのである。社長が現状をあまり変えたくないもう一つの要因は、ご自身の過去の成功体験にこだわるからだ。「この商品、このやり方、この顧客、この地域で儲けてきた」という思いが強すぎて、だから変えなくてよいとなるが、そこには、世の中の稼ぎ方が当時とは変わってしまったという認識がまるでない。今や流通業の最大手に成長したイオングループの社是は「大黒柱に車をつけよ」である。社長の大事な仕事は「儲かるようにすべてを変えること」であると、私は考えている。変え方には次の二通りの方向がある。ひとつは「儲からなくなった古いことをやめる」方向だ。しかし、やめるものの売上をどうカバーするかが問題になり、かかわってきた人たちの抵抗が表面に出てきて、さまざまな過去のシガラミを盾に、なんとか変化を拒もうとする。もうひとつは、「儲かりそうな新しいことを始める」方向である。しかしあくまでも「儲かりそう」であっても、「必ず儲かる」わけではない。やってみなければわからない未知の分野だから、外れるとこわい。どちらの方向でも、「変えることは挑戦すること」なのである。サントリーの鳥居さんは、このようなときに「まあやってみなはれ」と、どんと周囲の人たちの後押しをしたそうである。■変わることを恐れない「孤高の精神」をもてアメリカの経営者と話していると、「おれはこれまでに二回破産したが這い上がってきた」とか「商売を何度も変えたからこそ成功した今日がある」というような自慢話を聞かされることが多い。要するに、変わり身が早いのだ。この点は日本の経営者と対照的だろう。日本の経営者は、過去のしがらみを断ち切れず、変わり身が遅い。一度倒産するとなかなか立ち上がることができない。その理由は二つある。ひとつは日本独自の与信制度であり、ひとつは農耕民族独特のムラ社会育ちのためだ。日本では手形による与信の仕組みで、万一倒れると負債総額は多くの場合、月商の6ヶ月以上になっている。二束三文の固定資産を担保に、分不相応な負債をめいっぱい抱えた結果、信用を与えてくれた多くの人たちに被害を及ぼし、協力者に対して文字通り「背信」行為を働くことになる。とてもじゃないが「許してやろう」「再起に手を貸してやろう」とはなりにくい。また日本はムラ社会だ。何ごとも群がらないとやっていけない。その結果常に周りに目配りして自分だけが目立つことを避ける民族性だ。同じ皮膚の色をし、同じ言語を話し、同窓のよしみや同郷のよしみでムラの仲間に入れ、群れて集団をつくり、周りに波風を立てやすい独自性よりも協調性を大事にする。だから商売の世界でも、同じものを同じ売り方で同じ値段で売って、同質としての安心感や安定感をついつい求めがちである。経営者となるような人間は、同じ日本人でも競争意識や独自性が特に強い属性をもっているはずだが、それでも欧米の狩猟民族型の経営者に比べると、周囲に気兼ねして「変わり身」が遅い。狩猟民族は獲物が採れなくなると飢え死にするから、狩りの道具を荷車に積んで次の狩り場に家族でさっさと移動する。だから変わり身が早くなり、どこの土地でも生き抜くだけの自立性や孤独に耐えられる精神が養われる。一方、農耕民族の日本人は、食べていくためにひとつの土地に定住し群れて生活するから、まとわりつく「しがらみ」が増え、どうしても変わり身が遅くなるのはしょうがないことかもしれない。しかし、今地球規模で商売が動く時代になって、農耕民族だけでビジネスをするわけにはいかない。日本の経営者には、狩猟民族型の経営者と対等に渡り合い、群がらないで生きていけるだけのタフで孤高な精神力が要求されているのである。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.05
(前略)■成功要因がなえる「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」という漢詩がある。「自然界の花は毎年、変わらずに同じように咲くが、人間は毎年同じとはいかず変わらざるをえない」とでも訳すのだろうか。人の世のうつろいの速さを表していて私の好きな詩だ。時がたつと、人は変わる。そのために過去の成功要因がしだいになえていって、まるで儲からなくなることも現実に多いものである。関西に本部をおくT社は、駅前の10坪から15坪の小さなケーキ屋さんのフランチャイズチェーンである。生ケーキを工場で大量に造り、チルド輸送で店頭に並べるフレッシュシステムづくりの巧さと、小さなスペースでこじゃれたお店が経営できるということで、大都市の私鉄沿線の駅前を中心に、フランチャイジーを一気に獲得して成長してきた。ところがここにきて、こういうタイプの店の利益がでていない。評論家はその原因を、郊外の大型ショッピングセンターにできた新しいケーキ屋さんにお客をとられるからとか、住宅街にできた自家製ケーキ屋さんにお客の好みがシフトしたからと指摘しているが、私はそれだけが原因ではないと考えている。一番の原因は、店主たちが年をとってきたからだ。駅前の半端な土地を活かして、フランチャイジーの一員となった頃は、店主は35才の若奥さんだったが、25年たつといつのまにか還暦も過ぎてしまう。店頭に立つとこの頃は疲れてしょうがない。店も古くなったが、いまさら借金して改装してまで続ける気もおこらない。子供たちは、こぎれいな商売の表面だけでなくウラも知ると後を継がない。全国のフランチャイジーからなる「店主会」は、当初の親睦団体の性格を次第に変えて、年月を経るにつれ圧力団体化してきて、会のうるさ方がさまざまな要求を出してくる。このためかつての成功要因がなえてきて、ビジネスモデルが変わってきたから儲からないのだ。(中略)■売りたくても避けるべき三つの大事私は、たとえどんなに小さな商売でも、プライドをもって事業を進める会社になってほしいと考えている。私が自分に常に言い聞かせていることだが、「お手伝いする会社は、見栄っぱりの会社にしたくない。しかしプライドのある、誇りをもてる会社にはしたい」と。ところが、これだけ利益の出ない時代になると、「見栄も誇りもない、とにかく売上がほしい」と、屈辱的な商売もやむを得ないように考える社長がいらっしゃる。しかし売りたいが、避けたいことが三つある。ひとつは、乞食・物乞いのようになりたくないし、なってはいけない。同情やあわれみ頼みで、ものを売りたくないということである。第一、長続きするわけがない。二つ目には、脅かされたり恫喝されてまで、ものを売りたくないということだ。「この指し値では売れませんだと。それならいいわ。明日から一切ものもってくるな。出入り差し止めだ」と言われ、あわてて「いえいえ、なんとかします」と、前言を翻して、赤字を覚悟で相手の言いなりになってしまう。売れば売るほど大赤字になってしまうのに、背に腹は代えられないと、その条件を呑まざるをえない。いつまでたっても弱者の立場からぬけだせない。三つ目には、回収が遅く支払いが早い会社。売れば売るほど運転資金がいるから借金が増える。しかも利益が少ないと、すぐ資金繰りが苦しくなり、社長の頭は資金繰りで一杯になり、他に何も考えられなくなってしまう。手形を落とす、借金を返済することが重点となり、借金を返すためだけの営業になってしまう。社長の頭の中は思考停止して、もう次のことなど考えていられない、残念なことに、昨今はこんな会社も実際に少なくない。なぜこうなるかと言えば、「売りもの」にそれだけの力がないからである。「散る桜、残る桜も散る桜」と言うが、もしそう感じたら、「花は桜だけじゃない、牡丹もあればバラもある」と考えて、散るものは「たたんで」「削り」変えるしかない。無理してやればやるほど、にっちもさっちもいかなくなる。社長なら、「儲かるように変える」ことである。もしこれからも儲け続ける会社にしたければ、稼ぐ仕組みを強化するために、社長として①「売りもの」を変え②「お客さま」を変え③「売る場所」を変え④「売る戦術」を変え⑤「売る武器」を変えなければならない。商品が過剰でしかも寿命が短いこの時代には、常に自社の稼ぐ仕組みを強化し続けなければ、売らんがためにはプライドも捨てざるをえないのだ。お客さまがだまって並んで買ってくれる商品やサービスをもっている会社になってもらいたい。また「ちょっとでもいいから品物をうちに回してくれ、即金で払うから」とお得意先が支払い条件を自ら不利にしてまでも欲しがる売りものをもつ会社にしたい。「プライドをもてる売りもののある会社」を、何としてでも創りたい創りたいと、ずっと念じているのである。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.04
■売りもの強化の第三のキーワード「有り難い」お客さまの役に立ち「有り難い」と評価されることは、商売の基本である。Nポンプの新製品は、これまで改良の余地なしと勝手に決めつけていた灯油用のペコペコポンプを、もう一度お客さまの目で「こんなものがあったら便利だ、有り難い」という要素を徹底して見直すことから生まれた。Sバックの新事業は、得意先から「おかげでお荷物が宝の山になった」と有り難がられて花が咲いた。M社のキラーショップは、その抜群の集客力の波及効果から、「ぜひともわが社のテナントに」と大手スーパーや有力百貨店からの出店要請が目白押しだ。特にモノ余りでデフレモードの時は、お客さまから「有り難い」「頼りになる」「さすが」と言わせる「サービス」をもつことが重要だ。日本がデフレに陥った原因を考えてみると三つ挙げられる。一つは労働力のボーダレス化である。冷戦構造の終結により、社会主義国から大量の安い労働力が資本主義国へ流れ込んだ。これによって海外の人件費が大幅に下がった。ユニクロの例で顕著なように、海外の安い労働力で製造コストを安く抑え、これまででは考えられないような安くて品質の良い商品が日本でも出回ることとなった。一つは土地価格の暴落である。バブル経済の崩壊により土地価格が暴落し、バランスシート上のデフレを引き起こした。一つは、モノ余りと不況による生活防衛意識によるデマンドデフレだ。消費者が必要とするものがほぼ行き渡ったことで、新たな需要が起こりにくくなった。これらの要因は、どれをみても早急に解決できるものではなく、これからしばらくはデフレモードの中での経営をつづけなければならないと覚悟してかかるべきだ。しかし、デフレ状況下でも、利益をしっかり確保できるビジネスもある。たとえば警備会社がそうだ。警備サービスは輸入できないから、中国の警備サービスがいくら安くても競争することもない。つまり直接モノをやりとりするビジネスは、デフレの影響を大きく受けるが、一方、眼に見えない無形のもの、つまり、サービスを提供するビジネスは、影響を受けにくい。その上、サービスは一度購入したものを何度も使ったりできないし、在庫が発生することもない。新たな需要が起こりにくくなったデマンドデフレの視点からみても、強みを発揮すると言えよう。つまりデフレに勝つのはサービスだと言ってもよい。■デフレに勝つのは、サービスの産業化だたとえばアウトソーシングの受け手であるアウトソーサーは「代行」というサービスを提供するビジネスである。ここで私が言う「サービス」とは、産業分類上の「サービス業」にかぎったことではない。モノを造ったり売ったりのビジネスでも、「物」以外の「もの」の提供が大事なのである。先の事例でいえば、Sパック(Sショップ)は、100円商品そのものを売るというより、100円商品を使って不振売場の活性化サービスを提供しだしてから飛躍したのである。Nポンプでは、ユーザーの便利さを追求した「もの」づくりと同時に、ホームセンターのスタッフが売りやすいように、パッケージやPOPに工夫を加え、売場に欠品のでないように、さまざまな情報サービスを提供している。決して物だけを売っているのではない。しかし、サービスを提供している会社はいくらでもあるが、そのすべてがお客さまの支持を受けているわけではない。実はお客さまの支持を得るためのキーワードが「有り難い」なのである。旅行代理店を例にとろう。旅行代理店の多くは「代理」ということばを使っているが、ほとんどがお客さまの「代理」ではなくて、鉄道会社や航空会社、ホテルなど売り手側の「代理」にとどまっている。だからインターネットなどの選択肢が増えれば、お客側はわざわざ「売り手側の代理」を経なくてもいいと考えるようになる。しかし旅行シーズンに取りにくいチケットを取ってくれる、お客の好みに合わせてピッタリのホテルを選んでくれるとしたらどうだろうか?「そこまでやってくれるなら有り難い」と支持されることになるだろう。だれがカネを支払うのか、この視点で「こんなサービスはカネを払っても受けたい」ということを見つけ事業化する。これが「有り難い」をつくることである。「有り難い」にもさまざまな要素がある。・自分ではできないことを代行してくれる・自分ではやりたくないことを代行してくれる・「あそこならやってくれる」と困ったときに頼りになる・ヨソではとてもそこまでやってくれない、さすがだというような場合は、お客さまはカネを払ってでも「有り難い」と考えるものだ。ほかにもいろいろな要素があるだろうが、「有り難い」とお客さまから言ってもらえるように、こうした要素を自分の業種・業態に合わせて発揮していくことである。自分でやっても苦にならないようなことを、いくら「お手伝いします」と申し出たところで、「有り難い」とは思ってもらえない。ましてカネは払ってくれないだろう。「えっ、そんなことまでやってくれるの、申し訳ないね」と言われるくらいでないとカネはもらえない。苦になる仕事、嫌な仕事、面倒な仕事を引き受けるだけではない。自分の会社ではわからないこと、気づかないこと、困ったことを解決してくれるサービス、昨今のはやりのことばで言えば「ソリューションビジネス(問題解決業)」も、お客さまに「有り難い」と言わせるサービスである。お客さまが他社ではなく、自社を選んでくれるために大事なものは何か?また一度ついたお客さまがヨソに浮気しないものは何か?「有り難い」という視点から、自社の仕事を徹底して組み換えて頂きたいものだ。しかも早急に、である。もちろんそのような会社になることは簡単ではない。しかし決して不可能なことではない。世の中の大半の社長は、「簡単ではないから、やれない。手がつかない」ですましている。だからこそ、文字どおり「有り難い」存在の会社が、意外に少ないのである。そこが儲かる会社とそうでない会社の違いだ。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.03
■売りもの強化の第二のキーワード「速い」Nポンプの社長もSパックの社長も、お客さまやユーザーと直結した売り方をした途端に、これまでの自社の経営スピードのあまりの遅さに気づかれ、すぐ対応を変えている。今はモノ余りだから、お客さまの変化にすぐさま対応できない会社は、急速に業績を落とす厳しい時代だ。消費者やユーザーの要求にいかに速く反応するかが勝負である。ところが多くの経営者は、これまでの仕組みにどっぷり浸かったままで、自社のご都合第一になって、「いかにわが社は、マーケットや消費者の変化への対応が遅いか」に気づく機会のないまま、現在の不況を迎えている。私は、お寿司屋のカウンターでのサービスが、スピード経営の理想のかたちではないかと考えている。寿司を握るのはお客から注文を受けてからだ。パッと造ってパッと出す。間に余計な流通はない。造り置きもしない。ショーケースに並んでいるのは、あくまでも部品である。注文に応じてにぎりにも巻物にも、ちらしにもできる。お客も板前に、サビ抜きでとかシャリ(コメ)は少なめにとか自分の好みを言い、これにもすぐさま応じることができる。これで現金払いのお客さまだけなら超スピード経営ということになる。読者のみなさんの事業も、この寿司屋のカウンターのような、注文から間髪入れずに商品を手渡すようなビジネスにできないか、考えていただきたいのである。たとえば、デルコンピュータは、購入者の希望に応じたコンピュータをセミオーダーメードのかたちで直接販売することを「売りもの」にして、世界的な企業にのし上がった。先年、私がマレーシアのペナンにある同社の工場を訪問したときのことである。この工場では主に日本向けの製品を製造していた。そこで確認して驚いたのだが、日本での注文から顧客に届けられる期間は、輸送時間を含めてわずかに6日である。大量生産のコンピュータよりも安い価格で、しかもそれぞれ仕様が異なるものが、注文からわずか6日で注文者の手許に届けられるということは、まさに寿司屋のカウンターでのやりとりに、より近い。その秘密は、部品がユニット化され、注文に応じて組み合わせればいいようになっていたり、「1個造り生産」「U字ライン」の導入、流通中間業者の排除、専用チャーター便による輸送などの方策が採られていることが挙げられる。しかし、ほとんどの会社では、受注を待ってからの生産や仕入はしていない。その理由は、納期に間に合わないからである。逆に言えば、間に合わせる仕組みができないからである。デルコンピュータでは、仕様は注文ごとに異なるといっても、ユニットの組み合わせの違いにすぎない。そのように仕組みをつくっている。だから組立期間も短く、完成したらすぐ出荷するから、在庫がほとんどない。もちろん同社の現在の方式はスケールメリットがなければうまく機能しないが、だからといって大企業でなければ採り入れられないかといえば、決してそうではない。今や世界企業のデルコンピュータも、元はといえば、創業者であるマイケル・デルがテキサス大学の学生の頃、カスタムメードのコンピュータを直接ユーザーに販売するアイデアを思いつき、わずか1000ドルの資金で1984年に自宅のガレージからスタートした若い会社である。注文どおりのものをすぐ造って渡す、つまり寿司屋のカウンターの発想である。中小企業でも、他の業種・業界にも必ず方法があるはずだ。できないとあきらめるのは、これまでの仕組みにこだわるからである。仕組みを変えるとなると、協力会社や社員の協力が得られないだろう、個別の注文を聞いていたらきりがない、などとできない理由を挙げ、さまざまなシガラミから抜けだそうともしない。「先生、理屈は確かにそうかもしれませんが、やりたくてもできない事情がありまして」などと、優柔不断で決断を先送りにする社長が少なくない。手慣れたこれまでの仕組みに安住し、何か儲かる手はないかと「ぬるま湯」に浸かったままでは、世の中の経営スピードから間違いなく取り残されると覚悟しておいて頂きたいものだ。これもまた「されどづくり」と「経営のスリム化」をつきつめていけば、自社の「ぬるま湯経営」による対応スピードが、現在の市場スピードとどれだけ差があるか、いやがうえでも気づかされることになるだろう。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.02
(前略)■売りもの強化の第一のキーワード「巧い」売りものである商品やサービスの磨き方や提供の仕方が「巧い」ということである。しかも結果が出て後講釈されなければ、わからない巧さだ。どういうことかというと、一見しただけでわかるような画期的な発明や、多額の資金を要する大がかりなシステムで商品力を強めたのではないということだ。ヒトもモノもカネも足りないなりに、何とか売れて儲かる仕組みを、複数の要素を組み合わせて、お客さまから歓迎される魅力にまで高めている。その仕組みのつくり方が「巧い」のである。たとえばNポンプでは、二度の経営危機を切り抜けた教訓を活かし、大量に造ったモノをメーカー主導でマーケットに垂れ流しする「プロダクトアウト」から、市場主導で、売れるモノを売れるだけ造る「マーケットイン」に切り換えた。その結果、お客さま・ユーザーとの密着度が増すにつれ、これまでの商品開発でやるべきことが徹底していなかったことを社長は痛感させられることになる。そこで市場のナマの動きを逐次とらえ、商品化に素早く採り入れる仕組みをつくった。その際、営業マンを増やさずに、パートの主婦を活用し経営のスリム化を維持している。また不用意な在庫増を避けるために、中小企業なりのJITを導入し、コストダウンにつながることは徹底して実行している。Sパックにいたっては、基幹業務である商品企画、在庫、配送の仕事までアウトソーシングしたが、独自のやり方で全品管理して売れ筋の欠品や不良在庫を防ぎ、得意先のタナ管理もパートの主婦でまかなうなど、最小限の経営コストで対応できる仕組みによって、他社との競争力を強めている。並行して、「百円商品」の新たな効用を、不振をかこつ売場の活性化に見いだし、ビジネスを進化させている。個々の工夫は、決して奇をてらった派手なものではない、むしろ地道で目立たない当たり前のことである。しかし、この全体の仕組みづくりが異彩をはなって「巧い」のである。M社の新業態店を支えるスタッフは、本業のリストラから生じたベテラン職人とアルバイト店員である。そのベテラン職人が、テナント店のべーカリーで粉から生地を練って、香ばして美味しいパンに焼き上げると、その場で調理され販売される。その際に「市場の賑わい」が巧く演出されていて、売場のパーフフォーマンスになってお客さまを集めている。M社にとってのマイナス要素をプラスに転じたところが、この仕組みの巧さだ。そして抜群の集客力の強さが、出店条件や取引条件を自社に有利にし粗利益率を押し上げ、売れてしかも儲かることになる。つまりこれら3社は、私の言う「されどづくり」と「経営のスリム化」を同時に徹底追求し、「やるべきことをきちんとやる」ことによって、売りものを実に「巧く」強化し、競争力をつけているのである。逆に言えば、不振の会社は、やるべきことを、これら3社のようには、つきつめてやっていないということである。■これ以上どこを変えるんだ「されどづくり」による商品力強化には、ここまでという限界はない。ある時、松下幸之助が「うちのテレビ、もうちょっとどうにかならないのか」と、テレビの担当幹部に言った。その幹部は、「テレビなんて、みんなこんなもの。これ以上どうすればいいんだ」とずいぶん面食らった。「人間の顔を見てみなさい。眼と耳と鼻と口、ついてるのは同じでも、みんな顔が違うじゃないか」と。30年ほど前の話だ。しかしそれから、テレビは見た目も性能も大きく変わった。大型テレビ・横長テレビ・デジタルテレビそして近年はプラズマテレビと、幸之助氏が言ったとおり、「何とかする」余地がいくらでもあったのだ。「この商品はもう変える余地がない」と考えたら、商品力が高まることは絶対にない。マーケットから消えなければならないことになる。私が「されどづくり」にこだわるのは、商品力というものは、いついかなるときも、常に進化させつづけなければならないからだ。クロネコのヤマト運輸の宅急便は、まさに「されどづくり」進化の見本である。同社が郵便小包に対抗してスタートした宅急便は、今や小包の3倍近くのシェアとなっているが、これまで見事なほどのサービスの進化をみせている。ヤマト運輸が宅急便を軌道に乗せると、「これはビジネスになる」と、すぐ30社以上が参入してきた。すると同社は次の手として「翌日配達サービス」を打ち出す。そしてヨソが追随してくると、社長みずから「ヤマトのダントツ計画」を発表し、「スキー宅急便」「ゴルフ宅急便」「クール宅急便」とサービスを次々に進化させ、さらには宅急便のネットワークを活用して本の宅配便「ブックサービス」をはじめるといった具合である。「たかが宅急便、されど宅急便」なのだ。あくなき「されどづくり」を追求しつづけ、サービスを絶えず進化させている。(『小倉昌男経営学』日経BP社1999年参照)もちろんその裏には、旧来のトラック運送業の常識を打ち破るような、べースとデポに機能を分けた集配ネットワークづくり、作業サイクルの二便化、ITによる「NEKO」と呼ばれる情報システムづくり、これらの資金を安定して調達するための財務対策など、巧みな仕組みづくりが、次々になされている。商品力の強化が「巧い」ということは、一朝一夕にできることではない。簡単なことではないが、しかし日々追求しつづける意志を明確にもった会社だけが、勝ち残ることができるのである。(『稼ぐ商品・サービスづくり』井上和弘著(日本経営合理化協会)より)
2003.10.01
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