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【法則6】銀行預金は現金や金に換えておく■銀行預金が危ない昔はビクともしなかった銀行が潰れていって、政府もいわゆるペイオフをやるという時代になってきた。今までは銀行預金に入れておけば、仮にその銀行が潰れても全額返ってきたのだが、いよいよ2005年4月からは1千万以上のおカネは返ってこない、という大変な時代になってきた。こういう時代に、銀行に大枚の預金を入れておくこと自体おかしいということになる。ある意味で、銀行預金というのは財布代わりにして、毎月支払わねばならないぐらいの金額を銀行預金に入れておく。それくらいが適当な銀行の使い道であって、投資対象として、たとえば定期預金を積むのは極めてばからしいことになってしまった。現在、定期預金の金利もえらく下がってしまったので、定期預金にする魅力もないのだが、定期預金以外の投資金融商品が日本にあまり存在しないので、仕方なしに定期預金に入れているという人が非常に多い。しかし、これはしかるべき投資先を見つけていないという点こそが問題である。逆に言えば、今まで定期預金にさえ入れておれば、そこそこ儲かっていたということ自体がおかしな時代であったともいえる。これからは、自分の頭で考えて、儲かる投資を自分で探さなければならない時代である。定期預金にさえ入れておれば、かなりの金利を稼げて食っていける、あるいは資産が減らないというような牧歌的な良い時代は去ってしまったわけである。そもそも銀行は、戦後日本の高度成長期におカネの配給をやってきた。つまり、おカネの余っている個人からおカネを集めて、おカネが足りない企業に回していく配給機関を銀行が担っていたのである。ところが、金融の自由化でおカネの配給制度がなくなって、銀行以外からもおカネを引き出すことができるようになると、銀行自体の役割も変わらざるをえなくなった。そして、あのバブルを経て、ちょうど今銀行が潰れていく時代にきている。このことは、お米の自由化がおこって、スーパーでもお米が買えるようになると、米屋が急速に儲からなくなって次々に廃業して潰れていった、あるいは、お酒の配給もなくなって、お酒がスーパーでも買えるようになると、酒屋が次々に潰れていったことと同じことである。ついにスーパーでも銀行ができる時代がやってきた。だから、銀行預金はなるべく少なくする。財布として毎月使うぐらいのおカネを引き出せるくらい、仮に銀行が消えてなくなってもいいくらいのおカネを入れておく。それ以上のおカネは別の所へ持っていかなければならない。そういう意味では、銀行預金は引き出して、ある程度、タンス預金でもしていた方がいいことになる。ちなみに、タンス預金をする場合、現金でなくトラベラーズチェックで持っていた方が、手数料はかかるが盗まれた時に安全である。また、そのキャッシュで負債をできるだけ減らし、バランスシートのぜい肉を落とすことこそ、デフレ時代の最強の生き残り策である。あるいは、ポートフォリオの一つとして、金(ゴールド)を少し持つのも良い方法である。私は金自体については、そんなに値が上がるとか儲かるというものではないと考えているが、ポートフォリオの一部として金貨を少し持っているのはかまわないだろう。金は貨幣の座から退いて久しいが、国際通貨であるドルの信認が揺らぐたびに、貨幣の地位に復権するのである。つまり、金はインフレヘッジだけでなく、貨幣であるためにデフレヘッジの役割も果たすのである。日銀とは異なり、世界の有力な中央銀行の準備高は、その30%から60%が金によっている。今後も国際通貨情勢が混乱するたびに、金が重視されていくことになるだろう。その趨勢に、個人も従わない手はない。南アフリカの金生産が減少しているので、供給はタイトになっているが、需要は広がっている。ましてドル安になれば、金価格は上がるだろう。その場合、円と金のどちらがより選好されるかの度合に応じて、円建ての金価格は上下する。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) ドルやユーロがいずれ、金本位制あるいは石油などの資源も含めた 商品バスケット制に移行する可能性も捨てきれない。 金(ゴールド)は、中長期的にポジティブ。 ただ、金(ゴールド)自体はポートフォリオの中の5~10%で十分だと思う。 必要に応じて、NEWMONT MINING (NYSE:NEM)などの金鉱株を買えばいい。
2003.08.31
■無責任な生保のファンドマネージャーある意味で、この先、株価がどこで底を打つのか、外債がどこまでやられてしまうのかが生命保険会社にとって大きな問題である。1980年代に買ったドル債の償還は2010年代。その時、円が125円なら、そのドル債は半値になって償還損が出るというように、次々と膨大な償還損を出すという時限爆弾がこれから連綿と破裂していくから、破裂のたびに生保は存続の危機にさらされることになる。何故こういうことがまかり通ったかというと、生保のファンドマネージャーが単なるサラリーマンで、本職のファンドマネージャーではなかったからである。彼らは、いわゆるサラリーマンだから気楽なもので、30年前にアメリカの国債を買い込んだ人は、その金利だけを会計に出して儲かったという話をする。30年後に償還損がいくら出ようと、その時に俺は同じ部署にはいない。だから失敗の責任は問われずに済む、ということである。こういう無責任な対応を、生保のファンドマネージャーはやるので、30年後に大損が出るかもしれないものを平気でやってしまう。彼らはせいぜい1、2年先の足下だけを見て投資をしてしまうのである。我々のような、30年後にどういう事が起こるかというリスクを考えながらやっているファンドマネージャーには、とてもできない話である。それが簡単にできたから、今の生保の惨憺たる状況がある。生保の薦める変額保険には、自社の投資信託が入っているが、それは、この程度のファンドマネージャーが運用するものであり、そのパフォーマンスたるや、ひどいものである。ほとんどがマイナスになってしまっている。このように、現在の日本の保険は決して貯蓄性商品ではなくて、貯蓄を失う商品になっている、ということが非常に重要なポイントである。■日本人は保険をかけすぎているそもそも日本人は、保険をかけすぎている、ということが大きな問題である。だいたい欧米人に比べると、日本人は2倍ほど生命保険をかけている。私も昔、子供保険というものを見てビックリしたのだが、自分だけだったら不安なので子供にも保険をかけるという親御さんがいる。これは親が子を思う愛情が強いせいからかもしれないが、不思議なことに、別の生命保険にも入っていて、自分が死んだ後に保険金が子供にいくようにしてある。いわば二重にやっている。したがって、支払いも二重払いになっている。こういうのは全く意味のないことであって、どちらか一本にするべきなのだ。こういう形で、いろいろな保険を整理していくと、3つも4つもかけている保険がたった1つで十分だという場合が多い。あるいは、せいぜい2つぐらいでいい。何もたくさんかけたから大丈夫というわけでもなくて、必要な最低なものだけかけておけばいいのである。そうでもしないと、保険会社が潰れた時のリスクがあまりにも大きくなり、支払額も増えることになって、結果として貯蓄にはならず、損失になってしまう可能性が高くなる。いずれにせよ、日本人は保険をかけすぎているから、まず整理して無駄なものは減らして必要なものだけかける。当然のことに、潰れるような保険会社の保険はさっさとやめることだ。ところで、経営者からの相談が多いのが、銀行から借金をして新しいビルを建てた場合の保険についてである。もし、その借金を会社が儲からなくて返せなくなったり、あるいは返済の途中でその経営者が亡くなった場合を考えて、借金を返せるくらいの生命保険をかけることがある。特に、バブル前後に借金してビルを買った時に入った保険の掛け金が、相当な額で毎月出ていくので、今では大きな負担となっているケースがある。こういう保険を銀行と保険会社が一緒になって薦めたのがほとんどだ。そもそも、バブルの前後に、ビルを借金して買ったことがまず問題だから、できたらビルは売ってしまって、借金もきれいにした方がいい。それで生命保険もやめた方がいい。仮に、ビル売却ができないとしても、毎月の保険の掛け金の支払いは痛いから止めてしまう。つまり、生命保険はとにかくやめてしまって、そのカネは取り返すべきだろう。仮に、もしご主人が亡くなって奥さんが銀行からの借金を返せないとなったら、自己破産するなり、あるいは銀行の借金を踏み倒すなり、いざとなれば、いろいろな手は考えられる。私から見ると、あの当時、銀行がビルを押し売りしたこと自体が犯罪行為でもあり、それの保障として保険会社と一緒になってやった事は金融常識からいっても、とんでもないことである。まして、銀行が現在多くのゼネコンや不動産会社や小売業者に債権放棄をしているなかで、その尻ぬぐいを個人のお客さんが苦労してやらざるを得ないということは、不公平で間違ったことである。それなら、中小企業や一般の個人についても、「債権放棄をしてください。熊谷組や藤和不動産やダイエーと同じ扱いにして下さい。そうしないのは不公平だ」と交渉してもいいはずである。だからこそ、生命保険も早く解約して不必要なキャッシュフローアウトは避けるし、生命保険会社が潰れた時に、おカネを失わないようにさっさと解約しておくのが、自分の資産を守るためには重要なことである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.08.30
【法則5】生命保険はいますぐ解約■銀行同様に危ない生命保険会社日本の個人資産を考える場合に、生命保険、あるいはその他もろもろの保険の占める割合が非常に高い。他に、税制上の特典が少ないせいかもしれないが、それにしても、生命保険に集中しすぎている。従って、保険の掛け金の支払いも多いし、生命保険の契約金自体も非常に高い状態になっている。さらに、日本人独特の面白い発想で、そもそも保険というものを保険という形で考えていない。保険も一種の貯蓄、つまり何らかの金利を生んで返ってくるものとして考えている。一方の保険会社の方も、儲かる可能性をうかがわせるいろいろな金融商品をつくって売り込みをかけている。日本人は回りのみんながそうしているということで、かなりの保険に入っているが、保険も貯蓄の一つということであれば、銀行預金以外に少し積んでおくというのはリスク分散になるし、それはそれでいいだろう。ただし、銀行が潰れていく時代であっても、生命保険会社が安全であるという条件付きである。しかし現在、生命保険会社は、銀行同様かなり危なくなっている。たとえば、千代田生命や東邦生命、そして日本団体生命などはすでに潰れてしまって、保険会社が銀行同様危ないということは広く認識されてきている。生命保険会社というのは、常に構造的なリスクを抱えている。長期の金融商品を売るだけに、予定利率を毎年勝手に変えるわけにはいかない。そうすると、予定利率以上の高い資産運用利回りを上げることが、極めて重要になってくる。ところが、最近のように、資産運用が行き詰まって予定利率以下になってくると、資産の食いつぶしをしていくしか術がなくなってしまう。その結果、不良資産も抱えてしまうわけだ。だからこそ、予定利率の引き下げが国会でも日程に上がり、不良資産隠しのために時価会計の引き延ばしが、話題になるわけだ。つまり、日本の生命保険業界自体が、崩壊の淵に立たされていると言わざるを得ない。そこで問題となるのは、保険会社が潰れたら保険金は簡単には返ってこない。したがって、貯蓄あるいは節税のつもりでやっていたら損金を出してしまうことになる。そうなった時に、一体どうするのか?一体いくら戻ってくるのか?それから、潰れる前に解約したら、一体いくら戻ってくるのか?を重々考えていく必要がある。当然のことに、そういう潰れる危険の高い保険会社の保険は、やめておいた方がいい。そして、どの生命保険会社が潰れるかどうかというのは、銀行と違ってわかりにくい。その理由の一つは、生命保険会社の多くは、いわゆる株式会社ではなくて、相互組合の形をとっているからである。つまり、株式を発行していないので、内部のバランスシートを発表する必要はない。いわゆる、社員総代会でそれなりの財務資料は出るのだが、基本的に、総代会というのは、株主総会以上に内部の実態が今ひとつよくわからないシャンシャン総会となる。まして、我々ファンドマネージャーやアナリストの厳しい批判にさらされることもないので、甘い経営のまま今に至っている。さらに、内部の実態がわからない理由として、日本の会計基準があげられる。いわゆる原価法をとっているかぎり、保険会社のやっている株式投資とか外債投資で評価損が相当出ていても、それを会計上に表す必要がない。しかし、日本の保険会社の実態は、評価損がかなり出ていて実質的に持っている資産は相当目減りしていると思われる。それにも関わらず、保険契約者に対する負債は変わらずにそのまま残っている。つまり、住宅を買った個人が、住宅ローンを組んで債務超過になるのと同じようなことが保険会社の場合でも起こっているのである。要するに、保険会社が持っている資産の中の株式や外債などが、実質的にかなり目減りしていて、それを売り払っても、契約者におカネを返せないにも関わらず、会計法は原価法に基づいているので、あたかも紙の上では、資産が十分にあるような形で報告している。実態と表面上の数字が、全く異なっているわけである。破綻した日産生命にしても、96年の決算の時、初めて帳簿を洗ってみたところ、債務超過に気づいたという。それも10年も前から超過だというのである。そもそも、1980年代に、生命保険会社は30年もののドル債を大量に買ったことが経営をおかしくした原因である。当時のドル債は、10%以上のクーポン(利率)を持っていたので、原価さえ変わらなければ、そのクーポンによって得る金利は、運用利益として享受できると判断して買った。ただし、1ドル250円の水準で買ったのである。今の生保の会計原則では15年経って90円になろうが、120円になろうが、バランスシートには、1ドル250円で買った時の簿価がのっている。簿価のままのせているから総資産は大きく見えるが、純資産は極端に目減りしている。それが日本の生保の実態であり、買った本人である生保のファンドマネージャーは、責任を感じることがない。我々の間でも、おおよその推測で「この保険会社の資産はこの程度しかない」などの話はするのだが、とにかく本当の実態はよくわからない。最近ようやく、強制評価減(帳簿価額を時価に付け替え損失を計上する)を一部やる保険会社も出てきて、ある程度、評価を下げてバランスシートの資産を減らすことをやりだした。しかし、明らかに生命保険会社の資産は目減りしていて、契約者に対する債務を払いきれない。つまり、債務超過になっている保険会社が結構出てきている。その債務超過の度合いに応じてだんだん潰れていくわけで、それがどこまでいくのかは、今となってはトコトン行くところまで行くとしか言いようがない。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)財務が健全な生命保険会社としては、AFLAC(アメリカンファミリー生命)があげられる。
2003.08.29
【法則4】節税は結果として大損を生む■節税を目的にすると後で大損する日本では、税金を減らすための節税、場合によっては脱税してでも、おカネを儲ける、あるいはおカネを増やすということが、資産形成と資産防衛の主要な手段だと錯覚している人が非常に多い。確かに、無駄に税金を払う必要はさらさらないし、節税すること自体は別に悪いことではない。ただし、節税や減税はあくまでも副次的な手段であって、それを主目的にするととんでもない副作用があることを知っておくべきである。私はその副作用の方が非常に怖いと考えている。節税や減税を目的にいろいろな事をやると、節税や減税ばかりに目がいって、本来考えなければならない事を考えなくなってしまう傾向が問題なのである。また、節税や減税をするためには、いろいろな損金をたてる必要がある。つまり、損金を出す対象を買い込まなければならない。問題は、その損金が意外に大きくなってしまうことである。たとえば、税金対策としてマンションやビルを買って費用をおとす場合、買った時点では確かに節税になっている。ところが、今のような地価デフレの時代だと、節税のために買い込んだ不動産物件が値下がりして、節税して浮かした分のおカネよりもはるかに巨額の含み損を抱えてしまう。これが節税自体の問題であって、あまり節税対策に目を向けて走っていると、節税のためにやったものが、節税の利益よりもはるかに巨額の損金をつくってしまうことになる。私から言わせると、カネをつくる、あるいは投資で儲けるということは、節税とはまったく関係のないことである。だいたい、節税を目的として投資商品を買うと、節税をした金額以上の大損をしてしまうというのが通例なのだ。それなら何も節税をしなくても、まともな投資をしてそこそこ稼いだら、儲けた内のある程度の金額を税金として払うのは仕方のないことであると考えて、それよりはまともにキャピタルゲイン(売買差益)が出る投資源をきちんと買っておくことの方が重要なことである。そして、それで儲かったら、何もその儲けの全額を取られるわけではないから、その一部分を税金できちんと払う。その方がはるかにきれいだし、儲けも残る。いずれにせよ、今まで節税商品と称したもので、儲かったというものは滅多にないだろう。■資産運用と税金バブルで地価が高騰したとき、不動産に関する相続税の問題が大きく浮上した。相続税を支払うために、相続した土地を手放さなければならない人も少なくなかった。その結果、親が所有している土地を将来相続しなければならない人たちは、相続税対策を真剣に考えるようになった。こういう人たちに対して、生命保険会社と銀行が組んで盛んに売りこみを図り、大きな問題になったのが「変額保険」である。「変額保険」とは、相続の対象になる不動産を担保にして銀行から借金をし、そのカネで生命保険を買う。そうすれば、所有不動産の評価額が上がっても、借金をしていればその分だけ相続金額が相殺されるというものである。生保と銀行の売り文句は、「相続税額は少なくて済むし、そのうえ変額保険からも利益が上がりますよ」というものであった。いつ発生するかわからない相続税の支払いに恐怖を感じていた人たちにとって、節税もできる金融商品として、変額保険は一石二鳥のうまい話のようにみえた。こうして1980年代後半に変額保険は爆発的に売れたのである。しかし、世の中に一挙両得のおいしい話が簡単に転がっているわけがない。結果的に、株式市場の暴落で、変額保険で大きな損失が出てしまった。購入時の半分以下の価値しかなくなった変額保険も少なくなかったが、銀行からの借金はそのまま残っている状態である。そして、この借金の元利支払いすらできない人たちも出てきて、抵当権を行使して融資の回収をおこなう銀行も出てきた。中には、相続税対策のために買った変額保険のせいで、相続するはずの不動産自体を失うことになってしまったケースも発生したのである。我々プロの投資家は、変額保険がどれほど危険な商品なのかを知っていたが、生保と銀行が一緒になって売った相手は、アマチュアである。アマチュアを相手に金融商品のリスクを十分に説明しないまま買わせることは、金融機関としては明らかに違法行為である。欧米であれば、裁判に持ち込めば、確実に金融機関の敗訴となるだろう。それにしても、変額保険が爆発的に売れたのは、資産運用と税金について、日本人の認識が間違っているからである。節税効果が生まれるような商品を優れた金融商品だと思って、飛びついてしまうのは日本人の弱点である。そもそも、不動産の相続税は、キャピタルゲイン課税の一種である。そのキャピタルゲイン課税は一時的に回避はできても、いつかは必ず払わなければならない税金である。つまり、たとえ、自分の代で相続税の支払いを回避できても、その分だけ自分の子どもの世代への課税が多くなるだけの話である。本来、大きな資産を受け継ぐものは、それにふさわしい資産運用をして相続税を支払うことが、社会的義務だと心得なければならない。節税は結果として大損を生むというのが、資産運用の基本である。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.08.28
■個人資産の相続日本では、相続に悩む方が多い。これも考えねばならない問題だ。欧米特にヨーロッパの資産家たちの相続のやり方はおもしろい。ヨーロッパの場合は、相続税が高くないので相続しやすい環境にあるが、特徴は、孫のことを考えて100年先を視野に入れていることである。そして、投資あるいは相続のために信託会社がよく利用される。信託には、免税や減税が適用されるメリットがあり、信託(トラスト)を家族でつくって相続していくから、あまりトラブルが起こらない。信託の所有については、孫を含む家族全員が配分の権利を持っている。例えば、祖父が蓄えたおカネ10億円を、祖父を含む家族10人で均等に分けるべく信託(トラスト)をつくった場合、祖父が亡くなると10分の1の1億円だけをどこかへ分けるということになる。従って、1個人にとってはこの1億円に対してだけ相続税がかかることになる。こういう信託をつくって、家族がそこにいろいろな配分について決めておくという事は、今後日本でも考える必要があるだろう。しかし今の日本には、そのような発想がない。日本人は、そういうトラストをつくって相続をどうするかというよりも、何らかの金融商品から預金同様の一定のインカムゲイン(現金配当または受取利子)、あるいはキャピタルゲイン(売買差益)をなんとかしてとろうという発想が中心となってしまう。それは、日本の信託と名のつく会杜が、信託銀行として銀行業務をやってきて、本来の信託とは全く別の仕事をしてきたせいもある。本来、信託と銀行というのは、全く別の機能をもっているものである。日本では、信託銀行という変なものにしてしまったのが、ヨーロッパのような信託(トラスト)が発展しなかった理由だが、世界的に見て、これから日本人も信託を設定して相続を円滑にもっていく必要があるだろう。もう一つ、相続の際に考えねばならないことは、そもそも子供や孫にカネを残す、つまり相続する必要があるのかということである。正直いって私は、どうして相続する必要があるのかと思う。確かにカネがあること自体は悪い事ではないが、大金が労せずして子に入るという事は、決して良い結果をもたらさない。しょせん人間というのは器の小さいもので、カネがあればついつい遊んでしまうものである。中国故事に「小人閑居して不善を為す」という言葉があるが、「君子でない人が暇になると、欲望のままにどんな悪いことでもしかねない」という意味である。よほど器の大きい、志の高い人間であれば、譲り受けたカネをうまく使って、二代目三代目へと発展させることができるだろうが、実際は祖父から父、父から孫の三代でカネをなくしてしまうことが多い。これは日本に限らず、欧米や中国でもよくある話である。結局、大事なことは、どういうふうに子供を教育するかということになるのではないか。例えば、狼が子供に伝えていくものは、狩りの仕方を教えることである。狩りの仕方を知らない狼は、成長しても食ってはいけないので飢え死にしてしまうものである。この狼の話と同じで、人間の場合は、子供におカネの儲け方、資産のつくり方を教えることが、相続の問題で一番重要なことである。日本は小学校から始まって大学教育まで、人間がまともに働いて、まともに生きて、まともに食っていくための教育をしないから、大学を卒業してもロクな仕事ができない。最近の日本は、その体たらくがますます顕著になってきている。そういう中で、子供にいったいどういう教育をするか、ということが、おカネの相続よりももっと大事なことである。だから、ある程度子供に教育が出来たのならば、あとは初期投資のおカネを少し援助してやって、「あとは勝手にやれ」という方がはるかに子供の人生にとって為になることではないだろうか。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.08.27
【法則3】不動産を買う時にカネを借りてはいけない■住宅ローンの問題地価が下落していく中で、自宅や別荘、あるいは賃貸物件などを購入する時に、住宅ローンを組むと大きな問題が生じる。これがデフレの時代、特に地価デフレの時代の非常に重大な問題である。例えば、個人の住宅を5千万とか1億円で買ったとして、その8掛けをローンで払う場合、買った住宅の実勢価格はどんどん下がっていって、2、3年経つとローンを月々返しているにもかかわらず、住宅を売った金額よりも負債の方が大きくなってしまう。つまり、住宅の値下がりスピードが、住宅ローンを返すスピードよりも速くて、その住宅の純資産としてのカネと借りたカネの関係でいえば、借りたカネの方が大きくなって最後は債務超過になってしまうことである。これが、今進行している大きな問題であって、デフレの時代の時にカネを借りて自宅や賃貸物件を買って、それに対してローンを組むというのは、かなり危険なこととしか言いようがない。デフレの時代には、自分が住む住宅であれば手金で買える範囲で買うべきであって、できれば持ち家を持たず賃貸住宅を借りる方が、有効な資産防衛策である。私も90年代の初期にいろんな人に「自宅を売って貸家に移った方がいいですよ」と奨めたが、当時、立地の良い住宅は数億円、マンションでも億ションで売れるものが相当あった。だから、自宅をさっさと売ってその現預金を持った上で、貸家に移るというのが一番の良いやり方であったのである。デフレというのは、まさにキャッシュこそ王様だから、かなり楽に暮らしていくことができる。反対に、すでにローンを組んで自宅や賃貸物件を買った多くの人たちは、これからジワジワと苦しむことになるだろう。そういう意味でも、これからは収益還元法で見合うかどうかを厳しく計算した上で、ローンを組まなければならない。私の知り合いでも、東京都心とはいえ小さなオフィスビルを、昔銀行に奨められて建てたところ、昨今の不景気で空き室がだんだんと増えてきてローンを返せなくなってしまった。それで、銀行から売るか競売にかけるかのどちらかにしてほしいと、強要されている。要するに、今の時代はどのようにローンを組むかというよりも、どのようにしてローンを組まないで住宅や賃貨物件を買うかという、投資知識が必要とされるのである。そういう意味で、キャッシュフローの考え方は、非常に重要なことであって、全体の資産のポートフォリオからキャッシュフローがどれだけ出てきて、その自由に使えるキャッシュフローから物件をどうやって買っていくか。あるいは、キャッシュフローの安定度を見て、どれぐらいのカネを借りても大丈夫か、ということがわかってくる。つまり、ローンを組む場合も、きちんとバランスシートの変動に基づくキャッシュフロー分析をした上で、余裕があるのかないのかを想定しなければならない、という時代になってきたのである。ローンを組む場合に、固定金利でやるのか変動金利でやるのかという問題をよく質問されるのだが、これについては、私は変動金利で借りる方をおすすめする。ほとんどの人が低い金利で固定で長く借りられることは有利だという発想をもっているが、私はかえって良くないと考える。会社の場合でも個人の場合にも、安いカネを引っ張ってくるとやはり安っぽく使ってしまいがちになる。だから、カネを引っ張ってくる場合も、金利の変動に応じて、時には高いカネも引っ張らざるを得ない、ということにしておけば、カネの使い方が違ってくる。さらに、金利が高くなると支払いが増え、自分のキャッシュフローが減って苦しくなると、消費を減らすようにする。逆に金利が低くなると、キャッシュフローが豊かになるので消費を増やす。金利が低い時というのは、景気が悪い時であって物価も下がる。金利が上がる時というのは、景気も良い時で物価も上がる時である。つまり、変動金利の中で暮らしていると、物価が安くて景気が悪い、どちらかというとみんなが買わない時に買う、という行動がとれる。反対に、最気が良くて物価が上がる時というのは、みんなが買いたがっている時で、そういう時はあまり買わなくて済むのである。つまり、「みんながやらない時にやる」「みんながやる時にはやらない」という形で自分をコントロールすることができて、「赤信号みんなで渡ればこわくない」式にみんなが間違った方へ動く時でも、自分だけは正しい方へ向かって進むことができる。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.08.26

【法則2】投資目的の不動産やゴルフ会員権は売り払う■値下がりリスクを避けよデフレの時代、特に今のような地価デフレの時は、バランスシートの中に値段が下がる資産を持っていると、どんどん資産が悪化して、最後には債務超過になってしまう。それを避けるために、バランスシートを小さくして、現金を純資産の内にしっかりと留保しておく必要がある。とにかく、今は不動産を売ることのみが、デフレのワナから逃れられる唯一の手段だといえる。だから、値段が下がる不動産のうち余分なもの、いわゆる投資目的で買ったような不動産とかゴルフ会員権などはさっさと売ってしまうことが大事なことである。そもそも、ゴルフ会員権というのは、不動産バブルのまさに象徴的なものであって、会員権といってもゴルフ場に対する動産の権利もない。単なる紙切れの参加証書にしかすぎないものである。従って、ゴルフ場が潰れて、会員を辞めるという場合でもおカネを返せないとか、あるいは預かり金も返せないといったとんでもないことが起こる。それに対して怒ったところで、請求する正当な経済権利がないという代物である。日本最高の小金井カントリークラブの会員権ですら、ピークでは4億円を超えていたが、今となっては4千万そこそこからちょっとそれを割るぐらいの時代になってきて、やはり私が常々言ってきた10分の1説通りになってきた。だから、単なる見栄や投資目的でゴルフの会員権を集めたような場合は、さっさと売っておかなければならない。まして、紙切れになるものに大枚の借金をして買ったりしていると、とんでもないことになる。いずれにせよ、値段のあるうちにさっさと売っておく、ということが非常に重要なことで、現在となっては二束二文になっているが、二束三文で長く持っているよりはさっさと売ってきれいにしてしまう。つまり、これ以上の値下がりリスクを避けて、自分が破産することを避けるということが非常に重要なことである。それをなんとか持ち続けようと考えると、いつまでも蟻地獄の中をはいずり回ることになる。■これからの不動産投資「会社のおカネ編」でも話したように、戦後日本のインフレ時代は土地さえ持っていれば売却益いわゆる含み益があったので、結果的に、不動産についての考え方が非常に甘くなってしまった。素人が適当に仕込んで、適当に売っていてもそこそこ儲かった。ところが、今のように地価が下がってくると、簡単に売れないし、値段自体もわからなくなって、今ハタとどうしていいかわからなくなっている人が多い。そこで不動産投資のモノサシとして重要になってくるのが、前に述べた収益還元法の考え方である。収益還元法とは、経済学の伝統的考え方で、世界的にも常識的な考え方である。それが戦後高度成長と地価インフレの時に完全に忘れ去られてしまっていた。しかし今となってみれば、もう一度、収益還元法という地価の形成システムをよく考える必要がある。つまり、不動産から生じる家賃、地代などが投資金額に対して何%で回るのかを、その時点での金利と比較する。そして、その家賃を基準にしてその期待利回りの逆数で地価を決めるという発想が非常に重要になってきている。この基本的な考え方を式にあらわしたのが第22表である。このような収益還元法の発想でいくと、郊外の一戸建てやマンション、あるいは都心の立地の悪いオフィスビル、商業地などは、まだまだ高すぎるから、さらに下がっていくことになる。収益還元法則から見て、今買える物件はほんの一部のところに集中しているのである。ところで、東京の一部の地価は下げ止まって、逆に値上がりしている所もあると述べたが、これは明らかに収益還元法で見ても十分割のいい地価になったことを意味している。だから、その土地を買い取って、オフィスビルとか商業ビルあるいはマンションにしようという動きが出てきた。つまり、東京都心の一部の商業地についてはこの収益還元法が十分に働くところまでに下がってきたので、東京都心を中心にして不動産が動き出したのである。この収益還元法で不動産投資を見る場合に重要なことは、家賃地代から空室率をちゃんと割り引くこと。たとえば、空室率が5%ぐらいになるとすると、その分を家賃から差し引かなければならない。それを100%満室であるという仮定で計算すると、とんでもないことになる。空室になって取れない家賃を差し引いて、それが買った値段の何%になるかという計算もするべきである。さらに、家賃というのは現在の家賃だけを考えていても不十分である。日本人というのは、どうも足元だけを見る傾向があって、現在の家賃と現在の空室率を収益還元法の方程式に放り込んで、それで何%で回ってるから、今の地価はいくらだという考え方をしてしまう。しかし、これだけではまだ不十分である。重要なことは、将来の利益がいくらになるかと予測することである。それに応じて、今の価格はこれくらいであるべきだと決まってしまう。たとえば、現在の家賃が結構高くて空室率が5%であるとする。その数字から試算してみると、意外に地価は安いが立地が悪くてビルも古い。どうやら空室率は2年ぐらいたつと、5%ではすまなくて10%になってしまうだろう。すると空室が増えることによって、家賃も下げていくことになる。そうなってくると、それは現在の地価にも反映されて、その地価も下がっていくだろうと考えるのである。そのように、将来の変化を割り引いて(ディスカウント)考えると、これは割高で買えないとか、あるいは割安であるとかがわかってくる。そういう形で予測をする必要があるわけで、現在、そういう予測の元に不動産価格が形成される方向に動きつつあるといえる。従って、これからの不動産投資は、非常に知恵を使う仕事になるだろう。今不動産が上がっているから買うという単純な発想では痛い目に遭うことになる。別の問題として、オフィスビルやマンションを賃貸物件として投資する場合に、多くの人が陥る錯覚とは、自分が持っている土地ならばそれを元々の簿価で計算するという過ちをやることである。これも日本の会計原則からくる錯覚だが、代々引き継いだ土地とか、大昔に買った土地というのは、かなり簿価が低いから、それで計算すると、ずいぶん利回りが高いことになってしまう。私も度々耳にするが、中には「20%以上で回っている」と胸を張っておっしゃる方がいる。我々から見れば、今時そのようなものがあるわけがない。なぜなら、昔の簿価で計算しても意味がないわけであって、自分の土地であっても、実勢価格で計算しないといけない。つまり、収益還元法を用いる場合も、今までの日本の常識に従うことなく、会計原則も時価主義あるいは低価主義でやっていく必要があり、この場合、実際に売買された価格で自分が改めて買い直してみたと想定して、いくらで回るかを見るべきである。そうすると、おそらくどんないい案作でも、8%とかせいぜい10%ぐらいのところに留まってくるはずである。いずれにせよ、日本の不動産投資も合理的な発想に基づいてやっていく時代になってきた。それだけ知恵のある人には非常におもしろい時代になってきたといえるだろう。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) 不動産投資で知恵のある会社は、ダヴィンチとクリードあたり。 REIT(不動産投資信託)は、銀行の不良資産を押し込まれているものも 多いようなので、要注意。
2003.08.25
【法則1】持ち家は売って貸し家へ移るバブル崩壊の直後、90年代初めに、私は多くの方々に、自宅や別荘を売って、貸し家に移ることをお勧めした。大抵の方々は冗談と笑い飛ばしたが、数人の方が私のアドバイスに従って、自宅を売り貸し家へ移った結果、大金を失わずに済んでいる。私の友人は、神戸震災の直前に、芦屋の自宅を売り、貸し家へ移ったので助かった。また、ある未亡人は、90年代半ばに自宅ともう一軒を売り、2億弱の現金を得て、賃貸マンションに移り、デフレ期の生き残り策とした。しかし、日本人はどうしても持ち家志向が強く、どうしても自宅を売りたくないという人が多い。困った性癖だと私は思うのだが、100歩譲って、住宅ローンが残っていないのならば、自宅を売らなくとも良い。しかし、住宅ローンが残っていれば、ローンの減額のスピードよりも、住宅価格の下落のスピードの方が速い。だから、放っておけば、確実に債務超過となり、破産する。だからこそ、今のうちに住宅は売っておかねばならない。最近の東京郊外の地価状況では、都心から40キロ以上離れると、過去3年間で3割以上地価が下落している。バブルの頃に都心で住宅を買えなくて、郊外に家を買った人には極めて危険な状況が進行しているのだ。ある人は、住宅ローン残債の残る郊外の自宅を他人に貸し、自分は仕事の便で都心のマンションを賃借している。都心マンションの賃料は今後それほど下がらない。一方、郊外の住宅価格は暴落し、それにつれて賃料も下がる。典型的な破産コースを歩んでいる。今後、住宅というものは、自分の手元に現金があれば買えるもので、ローンを組んで買えば、破産コースが待っているだけだ。私も、こういう展望があるからこそ、建売住宅や分譲マンションには弱気で、賃貸マンションを極めて強気で考えているわけだ。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.08.24
■デフレの中での個人資産防衛インフレの時とデフレの時では、資産形成および資産防衛のやり方がどう違うのか?まず、インフレの時は、地価が上がり不動産価格が上がる。そうなると、とにかく何が何でも、カネを集めて土地を買ってしまえばいいということになる。つまり、バランスシートを大きくしていった方が、価格上昇による含み益ないし売却益を得ることができる。従って、カネを借りてでも、かき集めたカネで不動産を買い込むと有利になる。そして、不動産を売った売却益で金利も元金も払えて、お釣りもくる。これがインフレ時代の特徴であり、それがまたあのようなバブルを引き起こしたのである。それが、90年のバブル崩壊によって時代がガラッ変わってしまった。今はデフレの時代となり、今度はバランスシートを大きくしていると、価格デフレによって不動産などの資産がどんどん小さくなっていくにもかかわらず、借金はそのまま残ってしまうことになる。すると、何らかの事情で不動産を売らなければならない状態に陥った場合に、借金の方が大きいから、その売却価格で借金を賄えないことになる。それをバランスシートで言うと、資産が減っても負債はそのまま変わらないから、その差額がどんどん大きくなると最後は債務超過になるという、とんでもないことになるわけである。すなわち、デフレの時代には逆にバランスシートを小さくして、資産を減らした方が有利になる。つまり、負債を減らせば資産は防衛できるということになるのである。これがデフレ時代の特徴であって、それをわきまえないでインフレ時代と同じ考え方をしていると債務超過に落ち込み、個人でも破産をするという結果になってしまう。ところで、90年以降進行している今のデフレというのは、決して特別な時代でもなんでもない。過去の歴史をさかのぼって見れば、今回のようなデフレは何度もあった。例えば、アメリカで起きた1929年の株暴落の後の大恐慌時代。この時もとんでもないデフレが進行した時代で、アメリカは当時かなり強硬な手を打ったので、大恐慌は3~4年で底までいってしまった。あまりにも早く底へもっていったために、多くの人が没落して世界中で大混乱が起こっていった。これが第二次世界大戦の原因にもなったのである。今回の日本のデフレは、そんなに激しい形で下げてはいない。ゆっくりと行き着くところまで行ってしまうという形である。これもまた歴史的に見ると、決して珍しい事ではない。先ほどのアメリカのデフレの前、19世紀後半にイギリスがリードしたデフレがそうである。1873年にバブルのピークを打って、1898年に大底を打った。つまり、イギリスの場合は25年かけてデフレが進行したのである。このイギリスのデフレと今の日本のデフレのパターンがよく似ているのである。いずれにせよ、デフレが特殊な短期間の話と考えない方がいいだろう。戦後日本のインフレ時代が40年続いて、その後のデフレが20年から30年続いて底にくる。このようにデフレとインフレが交互にやって来るわけで、今のデフレが異常であるから、いずれまた、元の普通の状態に戻ると考えているとひどい目にあう。この歴史的事実をふまえて、現在の日本の状況をよく考える必要がある。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) 来年4月の新札発行を昭和21年の新円切り替えと混同して、 インフレになるかも知れないなどど、一部のマスコミなどが 煽っているようだが、供給過剰の状態ではそんなことはありえない。 デフレ時に新円に切り替えたところで、何の意味もない。 そのようなことは、まだまだ数年先の話だと思う。
2003.08.23

■不動産に偏った日本の状況個人のおカネについて考えていく場合に、まず戦後の日本人の資産形成が世界的に見て、かなり特殊であったことを指摘せねばならない。それは、資産形成の中心が不動産であったことである。世界の常識からすると、このやり方は、きわめて異常であった。実は、長い日本の歴史を振り返ってみても、戦後の高度経済成長の一定期間だけがおかしかったのである。いうまでもなく、戦後のインフレ時代において、個人の資産といえば圧倒的に不動産が多かった。土地本位制で地価が上がっていったので、土地さえ持っていれば、値上り益いわゆる含み益が出て儲けることができた。従って、個人でもおカネに余裕のある人は、企業同様に土地を買った人が多い。少なくとも自分の家は持ちたいということで、多くの人が一戸建てあるいはマンションを買った。そして、そういう不動産が、個人のバランスシートの左側、資産の最大項目になっている。もちろん、多くの人が意図的に不動産を最大項目にしたわけではないが、日本の場合、地価インフレで土地が高かったので、不動産を迂闊にも買ってしまうとそれだけで持っているカネのほとんどを使い果たした。結果として、個人の資産の中で不動産が8割とか9割を占めることになったのである。これは資産のバランスという観点で見ると異様な姿であって、世界の常識からいえば、もっと他のものに分散するべきであった。そして現在、バブル崩壊後から延々と進行しているデフレの中でも最大のデフレが地価デフレである。そのことが個人の資産形成あるいは資産防衛にとってきわめて深刻な問題になっている。つまり、不動産を中心に資産を形成してしまえば、長期の地価デフレに抗しようもないわけだ。では、いったい日本の地価および不動産はどうなってしまうのか?私の見るところ、この不動産デフレと地価暴落は、なかなか終わりが見えないし、さらにとんでもないことが今後進行するだろうと考えている。不動産の流動性が極端に低く、売れないために売り手の希望価格がそのまま市場に残って、外見的には不動産価格があまり下がっていないように見える。しかし、実際に売買が成立してみると、売買価格は希望価格からドーンと下がってしまう。流動性の不足からくるこのような不動産価格形成のパターンが、日本の不動産価格の崩壊が比較的緩慢に進んでいるようにみえる最大の原因なのである。今回の地価バブルはどこまで下がれば底を打つかというと、私が昔から言い続けているように、すべての地価がピークの10分の1以下になるまで続くだろう。その根拠は二つあって、まず収益還元法から考えると、地価がピークの10分の1以下に下がらないと、8%以上で回る不動産投資が成り立たない。次に、過去100年の間に1、2回起こったバブル崩壊の歴史を振り返ってみても、バブルの中心となったものの価格が、だいたい10分の1以下に落ちてはじめて底を打ったという歴史的事実からである。ここで第21表を見てほしい。戦後経済成長のプロセスでは、地価と名目GDPはほぼ併行して上昇してきたが、1986年から始まったバブルで、地価のべースが大幅に膨れ上がり、名目GDPの水準をはるかに超えてしまった。その後、1990年を地価のピークとしてバブルがはじけ、地価は、商業地、住宅地、東京圏、地方ともすべて鎮静化して下がっていった。グラフを見ると、1994年には、地価はようやく名目GDPの水準まで下がってきた。しかし、バブルのあとは特殊な力が働くので、バブルの対象となったものの価格は、バブルで膨らんだ分だけ傾向線とは逆のほうに凹むというのがバブルの歴史法則である。つまり、1988年から94年にかけて、名目GDPのラインの上に膨らんだ斜線の分だけ、94年以降数年間にわたって、名目GDPの逆側へ凹むことになる。従って、地価の大底は、ピークを打った1990年の10分の1ぐらいになる。すでに東京の都心あたりは10分の1ぐらいに下がって底打ちをし、逆に値上がりした所も一部ある。しかし、都心でも立地の悪いオフィスビル、マンション、商業地それから地方の地価は、これからまだまだ下がっていくことになるだろう。そもそも、東京都心の地価が下げ止まった大きな理由は、日本経済がサービス産業化して東京への一極集中が進んでいるためである。皮肉なことに、東京へ集中すればするほど、地方の地価は下落することになってしまう。特に個人資産にとって問題なのは、個人が持っている郊外の一戸建てや少し立地の悪いマンションである。今現在で、ピークの3分の1ぐらいまで下がってきている。3分の1といっても大変なことであって、5千万で買った家が1500万ぐらいになって、3500万円の評価損が出ているという、とんでもない状態である。それでもまだ3分の1程度で済んでいるわけで、私はまだまだ下がるだろうと予測している。従って、現在3分の1であるとすれば、これからまたその3分の1へ向かって下がっていくだろう。たとえば、90年前後に5千万を付けた一戸建てやマンションは500万まで下がるだろう。下手をするともっと下がってしまい、地方経済にとって大変大きな問題となっていく。そして、個人家計に深刻な影響を与える失業率は10%を超えるところまでいって、金利についても現在はゼロ%金利であるが、債券金利はおそらく4~5%ぐらいまで上がり、物価についてはまだまだ下がるという時代へ向かって進んでいくと思われる。日本はその最終的なところへ時間をかけてズルズルといくのか、あるいは短期間でワッといってしまうのかは、日本政府および日銀の経済選択と手腕に左右される。とにかく、いったん行き着くところまで行かない限りは、再び力強く上昇していくことはあり得ない。これが、私の考えているこれからの日本の経済状況である。そういう中で、いったい個人は資産を守るためにどうすればいいのか、その辺をこれからお話ししていきたい。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) 自分の周りでも、この数年、マンションを買おうとしていた人が多かった。 その都度、「まだまだ地価も下がるし、建築費も下がるし、マンションも 余ってくるからやめといた方がいい」 と言っておいたが、ほぼその方向に向っている。 相場の格言 「いかに待つかを知ること、それこそ成功の秘訣」
2003.08.22
■ローテク経営で「残存者利益」を狙う企業の経営資源をどこに集中するかという戦略上の問題を考えてみたい。現代は一社で何でもかんでもやる時代ではなくなってきている。たとえば、T社は総合電器として重電、家電のすべてをやっているが、すべての分野でトップシェアをとれていない。二番手も難しく、だいたい四番手五番手ぐらいの限界企業的なものを何でもかんでもやっている。これは現代のような時代には、非常に問題のある経営のやり方である。今は、経営資源を特定の領域に絞っていく戦略が必要である。私は基本的にローテクが好きなのであるが、その理由として、ハイテクはある新製品がマーケットシェアトップで走っていても、急に他社からそれ以上にいい新製品が出ると、一挙にマーケットをとられてしまって、今まで儲かっていた会社が突如売上が収縮して倒産寸前まで追い込まれるという危険が高い。一方、ローテクをやってる会社は、ハイテクを利用することはあっても、急に自社と取って変わるモノが現われて、いきなりマーケットを奪われるということはない。じわじわと奪われることはあったとしても、なかなか簡単にひっくり返されるということは少ないのである。そういう意味で、自社の経営資源をどこに集中するかを考えた場合、いわゆる「残存者利益」といわれているものを狙うやり方は面白いと思う。つまり、他社はもっと高いレベルヘ行ってしまった後の、残ったものをあえて狙って資源を集中すると、利益率が高く取れるようになってくる。これは、たとえばデュポンがやってきたやり方で、他の化学会社がコモディティ(量産品)のものは競争も激しく儲からないからやめて、もっと高い利益が見込まれるライフサイエンス、いわゆる、医薬品、ヘルスケアヘどんどん進出していった後、ハイテクヘ行かないで残ったローテクのコモディティをやっていく戦略である。そうして、落ち穂拾いをしているうちに、マーケットシェアがだんだん上がってきて利益も上がって、意外に価格も下がらないから利益率も上がってくるというパターンになる。ハイテクの分野でも、たとえば、日本のロームという会社は、ハイテクの最先端の消耗戦に巻き込まれないで、他社が高い技術を目指して行ってしまった後の、ちょっと古い製品を中心にやって、「残存者利益」を取るという戦略をとっている。船井電機も、他社がやめてしまったアナログのテレビやVTRをつくって、残存者利益で相当高い利益率を取っている。こういう形で、ローテクでも長期的に安定するやり方が最近世界的に注目されているといえるだろう。一般的には、みんなハイテクの高い方に注目するのだが、迂闊にいきなり高いレベルへ大々的にスタートした会社は利益を上げられないことが多い。そもそも事業というものは、一歩一歩築き上げていくものであって、初めから大々的に新しい分野に進出するものではない。そのような新規分野への大規模投資は、過大な投資であるにもかかわらず競争も激しく、実際のところなかなか利益が出せない状況に陥るのである。反対に、みんなが去ってしまった、比較的競争の少ないローテク分野で落ち穂拾いをしていると、高い利益率を享受できる場合がある。そして、高い利益率で得た利益を自己資本に固めていって、それを元にして新しい分野へ進出していくことができる。このやり方は、世間の注目を浴びないが、着実に利益を上げつつ次の新しい分野に資源を集中していける点で優れた戦略である。こういうステップを取れる会社が、勝ち残っていくのであろう。■最大の儲けを狙うより最小のリスクところで、私の投資のやり方でいうと、儲けを最大にすることを考えない。結果的に、リターン(利益)が高くなることはよくあるのだが、当初の考え方としては儲けを高く設定してやろうとは考えていない。儲けを最大にしようとすると、いわゆる、ハイリスク・ハイリターンといって、非常にリスクが上がってしまう。このリスクが上がるということは、我々ファンドマネージャーにとっては危険なことであって、リスクを考えずに目先の利益だけを考えて危険なポートフォリオをつくり上げるようなことはしない。要するに、儲けを最大にすることよりも、リスクをどのように小さくするかを真剣に考える。この場合のリスクとは、いわゆる変動のリスクであって、我々は「ボラタリティ」と呼んでいるが、変動の激しい株をあまり入れないようにしている。つまり、我々の考え方としては上がる株を買おうという発想ではなくて、どちらかというと下がらない株を買おうというものである。このことは、基本的に企業経営でも同じことが言える。ここで一発やれば大儲けするとかしないとかの議論をする前に、自社の戦略をあまり変動のない形でどうやって組み上げるかということに重点をおくべきだ。これから、こういうものが儲かりそうだからやる、という事ではなくて、どうも今やっている分野は下がりそうだから、「その仕事に変わる新しい仕事をどうやってつくるのか」「今から在庫をどうやって減らしていくか」「設備をどうやって縮小していくか」など、来年以降悪くなるかもしれないから、その時にどのように手を打つかを考えて経営をやるべきである。いわば、やられた時、まずくなった時のことを念頭に置きながら、そうなった時に何ができるかを考えながら経営をしていく、ということが重要である。そういう意味で、最大の儲けを狙うよりも最小のリスクを考えながら経営をする必要があるのではないだろうか。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より) 古代ギリシャ・ローマの格言 「賢者は最悪を想定しつつ、楽観的に行動する。」 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」
2003.08.21
■経営は額の大小ではなく比率の高低が重要日本の経営者は、売上や利益あるいはバランスシートの項目について、金額や総額で考えている人が、圧倒的に多い。要するに、金額が増えれば良し、減るとまずい、という考え方が非常に強いといえる。その結果、大事な経営判断を間違えてしまうことがある。私から言わせると、増収増益で金額が増えたから良しとするのではなく、その比率がいったいどう変わったのかの方が非常に大事である。我々が財務諦表を見ていく場合に、「比率がどんなふうに動いているか」「それが経営戦略上とどう関係するのか」「どのような手を打って比率を変えようとしているのか」「何も考えないで比率が悪化しても平気なのか」を見るのである。たとえば、原価が増えたとしても、利益が増えているのだから良しとするのではなくて、売上は増えたが原価や販管費が売上の伸び率以上に上がって、すなわち、原価率が上がって利益率が下がってしまった。いわゆる、売上高利益率が下がってしまった場合、何らかの問題が社内にあると考えられる。普通、売上が上がれば原価率が下がって利益率が上がるのが一般的なのだが、それに反して、利益率が下がっているということは、利益率の低い売上が増えているということである。これは、決してほめられた状況ではない。背景に何か問題があってトラブルが生じているといっていい。その場合には、それなりの理由を見つけた上で、やり方を変えていかなければならない。次に、売上が上がれば、当然、売掛金は上がってくる。すると、売掛債権の回転率が悪化しているのかどうかを見なければならない。反対に、利益率の低い売上を減らした結果、売上は減ったが逆に利益率が上がった場合は大変良い。いわゆる、減収だから経営が悪いというものではなく、逆に利益率の悪い売上をやめることによって利益率が上がってきているときは良いことなのだ。よくあるケースで、期未の売上を上げるために回転の悪い注文を取ってきて、売上を嵩上げして増やす操作をやる会社がある。ところが、回転が悪いから売掛金の方がドーンと膨らんで、毎期未に売掛金の回転が悪化してしまう。そして、これは確実に利益を蝕んでいくことになる。この操作は、外部の人間でも売上と売掛金の回転の状況を見ているとわかることだ。ある社長に、「日頃の注文よりも大幅に超える大量注文が入ってきたら、どうするのか。この景気の悪いときに、大□の注文はありがたい。社長としては、何としてでも仕事を受けるべきではないのか」と聞かれたことがあった。しかし、詳しく話を聞いていくと、その仕事を受けると明らかに売掛債権の回転が悪化するということがわかった。普通は、売上が欲しいから大量注文を取ってしまうが、私の考えでは、そういう注文は基本的に受けてはいけない。場合によっては、注文のうち四分の一か三分の一だけやらせてもらって、残りは他社へ回してもらうのが、いわゆるキャッシュフロー経営の大事な基準である。そうしないと、通常の利益率を守れる水準を超えてしまって、必要以上に機械を増やしたりヒトを雇ったりしてカネがかかる。それから段取りの流れが悪くなって、在庫等や売掛金も膨らんでしまうことになる。こういうことが判断できるためにも、日頃から自社の売掛金の水準をきちんともって、自社のアッパーリミットがどのぐらいあるかを自覚しておくべきだ。つまり、金額の大小だけで物事は考えられないということである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.08.20
■ROEの問題ところで、なぜROEではダメで、ROAないしCROAがいいかというと、日本の企業は自己資本だけでカネを集めているわけではなくて、自己資本以外に銀行借入れとか、買掛金、支払手形等々でも資金を調達しているという構造になっているからである。いわば、日本企業の場合、銀行からの借入れとか支払先に対する支払手形ないし買掛金、こういうものの資金調達に対して、いったいどれだけ儲かったのかという水準でものを見ないと、経営の全体像が見えない。だから、私は分母を純資産でなく、負債も含む総資産を使って計算するROAないしCROAを使わないと、日本企業の本当の実態はわからないと考えるのである。結局、ROEの問題というのは、ROEの率を上げるために、R(当期税引後利益)を大きくできないから、E(純資産)を小さくすればいいという考えになりかねない。我々は、そのことをギアを上げるといっているが、利益を上げる努力をしなくても、実際に純資産を小さくしてしまえばいいわけで、たとえば、銀行借入れでカネを借りて自社株式を償却してしまえば、A(総資産)は変わらないが、E(純資産)は小さくなる。いわゆる、分母のE(純資産)を小さくすることによって、ROEの数値が上がってしまうので、本来の利益を上げる事をやらなくても、ROEを上げるということができてしまうのである。しかしそれは、会社の実態をきちんと示すものではない。それにもかかわらず、ROEが高い会社は良い会社だということで、東証が外部負債の多い財務体質がボロボロの会社を表彰してみたり、日本経済新聞などでもROEの高い会社は良い会社だという議論が支配している。そのため、多くの会社でROEを上げるために非常に危険なことをやっている。このようなバカの一つ覚えを見るにつけ、私は日本が果たしてまともな資本主義に移行できるのかどうか疑問に思わざるをえない。そのようなROEに対して、CROAはギアを上げるような操作をしても総資産は動かないで比率も変わらないので、日本の会社の実態をある程度正確に映し出すことができる。■総資産回転率を上げるたとえば、総資産回転率が0.68倍という数字が、いったい何を意味しているかというと、1の資産に対して、0.68の売上が上がっていることを意味する。我々投資家が、会社を見る場合には、総資産回転率をせめて「1」にしてほしいと思う。つまり、1円の総資産をもっているのなら、1円の売上を上げてほしいと経営者に期待する。そういう意味では、総資産回転率が0.68というのは、まだまだ資産が無駄に使われている状況といえる。一般的に、総資産回転率が、この数字でなければならないという絶対的数値というものはない。しかし、ある茉種にとって、妥当と思われる総資産回転率は必ずある。たとえば、ある業種では0.9が適正数値であり、別の業種では1.5でなくてはならないというようにである。そして、同一業種内であれば、総資産回転率が高いほど強い会社であるといえるだろう。総資産回転率を上げるには、売上を上げるか、総資産を減らすしかない。1990年代以降の継続的、持続的なデフレ不況のもとで、どういう形で利益を出していくかを経営者が真剣に考えた場合、総資産回転率を上げるには、総資産を削減することが重要な手段なのである。そこにしか経営者の役割がないといっても過言ではない。■中小企業のCROAそして、このROAとCROAは、大企業だけに当てはまるモノサシではない。中小企業であってもROAは最低4~5%ないと危険である。だから私は、多くの社長に「早く不動産を売った方がいいですよ」とか「総資産を圧縮してください」と言ってるわけで、たとえばROAが2%ぐらいの会社は「お宅は倒産の危険がありますよ」ということになる。一般的に、中小企業はROEについては高い数字が出やすい。なぜなら、純資産(自己資本)が少ないからである。だから、「わが社はROEが20%だ」と喜んでいる場合ではなくて、ROEが20%あっても、ROAは極端に減ってしまうケースが多い。仮にROEが20%でも、ROAが2%というのは、本当に危険な状態といえる。中小企業であれ大企業であれ、ROAというのは4~5%というのが最低の数字である。そして、ROAが4~5%であれば、CROAはだいたい倍の8~10%ぐらいになるので、CROAが10%というのが、企業経営にとって譲れない数字である。本当は、業種や事業によって違ってくるから一概には言えないのだが、たとえば、メーカーで自己資本比率が50%ぐらいの会社であれば、だいたい利益と等額ぐらいを減価償却しているのでROEが10%、ROAが5%、CROAが10%ぐらいになる。ただし、自己資本比率(株主資本比率)が50%という会社は、大企業でも中小企業でもほとんどなくて、中小企業なら白己資本比率が10%もあればいいところだ。だから、自己資本比率が10%だと、おそらくROEは10数%から20%ぐらい出ていないとおかしい。そして、仮にROEが20%であれば当然ROAは2%になる。これは非常に低い数字で、かなり問題である。おそらく利益を出すために償却を相当止めているだろうから、CROAは4%以下になってしまう。では、自己資本比率が高ければいいのかというと、これもまた問題があって、上場企業でも80%の自己資本比率という会社があるが、それは高すぎる。それも日本人のバカの一つ覚えで、一つの数字が出るとそれが高ければいいし、大きければいいと思ってしまう。本来、自己資本比率は全体のバランスの中で論じるべきものであって、一概に何%が良いとは言えないのである。いずれにせよ、過去5年分ぐらいのROAもしくはCROAの数値を出して、その推移の変化を注意深く見てほしい。そこから、それぞれの会社の問題点が必ず見つかるだろう。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) 以前、某社のIRをやっていた時に、説明資料にCROAの数値などを 入れておいたが、某証券会社のアナリストは、CROAという指標を 知らなかった。 また、某証券会社のアナリストは、会社側が出した資料をそのまま レポートにしていた。 こんなアナリストレポートを参考に売買していたら、株式投資で 上手く行くわけがない。(追伸) 日本の生保のファンドマネージャーも同様。 彼らは、人が買ったものを買う、高値づかみの典型的なパターン。 アーメン。
2003.08.19

■経営のモノサシCROAROE(自己資本に対する当期利益の比率)というのは、自己資本が少ない日本の企業では、経営のモノサシとして使えない。では、いったい何がモノサシとしていいのかというと、私はROA(総資産利益率)、もしくはCROA(総資産キャッシュフロー率)をよく使っている。第18表のとおり、ROAの分子の「R」とは当期税引後利益(日本では経常利益を使っているがこれは正しくない)、分母の「A」とは総資産のことである。つまり、ROAは総資産に対して税引後の当期利益がどうなっているかを見るものである。それに対して、CROAは、総資産に対する狭義のキャッシュフローがどうなっているのかを見るもので、ROAよりさらに厳格なモノサシといえる。日本の財務諸表に出された利益はつくられた利益で、税金を払う都合で会計上に出された利益であって、本当の会社の姿ではない。このCROAの「CR」というのは、キャツシュリターンといって、いわば償却前の利益を指す。いわゆる狭義のキャッシュフローというが、これを分子にして、分母の総資産で割った比率がいくつになっているかを見るものである。つまり、どのくらい総資産を効率的に使ってキャッシュフローを生み出しているのかを見るためのもので、CROAが上がっているのか下がっているのかで、その会社がまともな経営をしているのか、あるいは、おかしな経営をしているのか、という会社の行動の方向性と経営実態が、かなりはっきりと見えてくる。そこで、ROAつまり総資産に対する利益というのは、どういうものであるかを分解して考えると、二つの計算式に分解できる。すると、ROAを上げるためには二つのことをする必要があることがわかってくる。第一に、売上高利益率(マージン)を上げる方向で経営する必要があること。そのためには利益率を上げるいろいろな手を打っていく必要がある。第二に、総資産に対して売上がどれぐらい上がっているのかを示す、いわゆる総資産回転率を上げていく。つまり、資産一単位あたりの売上を多くしていく必要がある。表をよく見て頂ければわかると思うが、ROAを分解した二つの計算式の分母と分子に「売上高」がある。計算上、分母と分子は相殺することができる。このことはつまり、ROAは売上高という要因に左右されないということが言える。従って、ROAを上げるには、売上高に注目する必要はなく、売上高利益率を上げるか、総資産回転率を上げるかになる。私の考える「現時点で利益を上げる二つの原則」として、第一に「キャッシュマージンを上げること」第二に「総資産回転率を上げていくこと」が重要である。この「キャッシュマージン」とは、売上高利益率をキャッシュベースでさらに厳しく見た数字で、第18表の下の式の「当期キャッシュフロー(税引後利益+減価償却費)」を「売上高」で割ったものに当たるのである。会社の本当の姿を知るためには、キャッシュフローで見なければならない。そこで、第19表を見てほしい。この表は、アメリカにあるコルゲートという会社の業績であるが、横軸が総資産回転率で、縦軸がキャッシュマージンである。ご覧のとおり、右肩上がりに上昇しているということは、総資産回転率、キャッシュマージンともに上がっていることを示している。つまり、業績が良くなっていることがひと目で見てわかる。このような表をつくって、自分の会社の状態を見ていくのも良い方法だと思う。ただし、今のようなデフレの時代には、日本においてキャッシュマージン自体を上げることはなかなか難しい。それでは、次に何が必要になるかというと、資産の効率化がポイントになる。総資産回転率を上げた方が利益に貢献する、あるいは貢献しやすい状態になる。しかし、これがわかっていない経営者が多い。とくに日本企業の総資産は、現在、かなり水ぶくれの状態にあって、できればその水ぶくれの総資産を減らして筋肉質になって利益を出すという方向で考えねばならない。そのためには、ここで言うようなキャッシュフロー経営をやってバランスシートを圧縮するようにすることだ。つまり総資産を減らし、負債を下げ、純資産を上げるとキャッシュフローが上がる。これをコンスタントにやっていけば、結果的に総資産回転率を上げることになる。たとえば、前出のD社は、今期は総資産が増えて総資産回転率は悪化しているものの、儲からないもの、まずいものはすぐ平気で売ってしまう会社である。そこがD社の強いところで、基本的にキャッシュフロー経営というかCROAを見ながら経営している。いわば、総資産を減らせば売上高は変わらないとしても、総資産回転率は上がってくる。そうすると、ROAあるいはCROAの比率が上がってきて、会社がまともな方向へ動く。あるいは、動きつつあるということが数値的に現れてくるのである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) COLGATE PALMOLIV (NYSE:CL)の株価は、ここ数年40~60ドルの 間を推移している。 今は買う時期ではないと思うが、秋~冬にかけて40ドル台になる ことがあれば、面白いかもしれない。 ドッドウェルも下値は限定されていると思うので、長期的には面白いと思う。
2003.08.18
■利益に応じて純資産を厚くするとにもかくにも、株式会社というものは儲かっていなければならない。あるいは、儲けた結果として、ある程度の純資産(総資産から総負債を引いたもの)が蓄積されなければならない。言い換えれば、その利益が毎年のフロー(一定期間内のカネの流れ)であって、それをストック(ある時点でのカネの蓄積)に変えていかなければならないのである。いわゆる、PLで出した利益から税金や配当などを除いたあとに社内留保が残るが、これがBS(バランスシート)へいくと、いわゆる自己資本としてBSの右側に入ってくる。そして、BSの左側の資産から右側の負債を差し引いて残ったものが純資産であって、利益を出している会社は、次第にこの純資産が増えてくる。これをコツコツと続けていくことが企業経営にとっては非常に重要なことであり、会社の価値をはかる重要な数字なのである。これは個人の場合でも同じことで、総資産から総負債を引いた純資産がいくらあるかで、金持ちか貧しいかが判断される。純資産でなく総資産の金額で、個人が金持ちかどうかを判断してはいけない。そこで、純資産はどういう場合に増える形になるのかというと、二つの形が考えられる。第一に、左側の資産が増えてくる。いわゆる設備投資をした結果、工場とか機械とかが増えてくる、あるいは子会杜への投資等が増えて投資の項目で増えていく、あるいはまったく純粋に預金、現金というものが貯まっていって現預金の項目が増えてくるということである。第二に、逆に右側の負債が減ってくる。例えば、借金の有利子負債をどんどん返してゆく、あるいは未払金や買掛債務を減らしていくと、これもまた負債を減らすことになって、当然のことに、総資産が変わらなくても純資産が増えることになる。このような形で、純資産を増やしていくことも、企業経営にとって非常に重要なことである。たとえば、自分のお付き合いしてる納品先などの会社のカネ払いが良くなってくることがある。自分の会社から見ると、売掛債権のサイトが短くなる事であるが、先方のカネ払いが良くなってくるということは、キャッシュフローつまりカネ回りが良くなっている証拠であって、おそらく遠からずその会社の純資産は増えてくるはずである。つまり、先方の会社が儲かってきているということである。我々投資家の立場からいうと、そういう会社はブックバリュー(純資産)が上がってきたということだから、この会社の株価は将来上昇するだろうということがいえるので、そういう会社の株は絶対に買いである。いずれにせよ、利益が上がってくれば、それが純資産を増やす形で社内に定着していくようにしなければならない。そして、純資産を増やすやり方は、前に言ったとおりバランスシートの左側を使うか右側を使うかのいろいろなやり方があって、それについては経営者の判断にゆだねられる。反対に、損失が増えてくると、当然、純資産が減ってくる。いわゆる現金が減る、あるいは有利子負債が増えてくる。カネ払いも悪くなってくる。こういう現象は、明らかに赤字体質になってきているので、そういう会社は、いずれ純資産を食い潰して債務超過になって倒産することになる。いわば、一朝事があって赤字になっても純資産が十分に積んであれば、一年や二年では簡単には債務超過はおこさない。つまり食いつないでいけるのである。それが出来るかどうかは、日頃蓄えた利益が純資産として会社の自己資本を厚くしていっているかどうかで決まってくるのである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.08.17
■非上場会社も株の価値が上がる経営を目指す日本では、「上場している会社」と「上場していない会社」では、株式に対する考え方がまったく違っている。上場公開している会社は、昔のようにまったく株主を無視し、「株式の価値などどうでもいい」という会社は減りつつあって、「株主のために会杜の株式の価値を上げていこう」という会社が増えてきている。ところが、非上場の会社だと、株式の価値を上げるということについては、まったく考えられていない。なぜなら、上場していない会社の株式には市場で値段がつかないので、取り立てて株式の値段を意識して経営するという発想がそもそもないからである。従って、まるっきり株価については無頓着で、会社の株式の価値を上げることなど考えない経営をやっている。このような態度は、私から言わせると大きな問題である。つまり、非上場であっても会社の株式の価値は変動するということを認識し、会社の価値、すなわち株式の価値を上げるという観点をもって経営をやっていかねばならない。では、何が価値として変動するのかというと、それは会社の自己資本である。自己資本は「ブックバリュー」とも「純資産」とも言われる。自己資本(純資産)というのは、キャッシュフローの中から毎年きちんと利益を上げていくと、その利益が社内で留保されて増えていくものである。反対に、利益が出ないと自己資本(純資産)が減っていくことになる。このように、会社の自己資本(純資産)、すなわち株式の価値は変動するのである。従って、仮に会社が上場した場合には、通例、株価は自己資本以上の値段がついてくる。つまり、一株当りの自己資本が高ければ高いほど、上場した場合には株価も高くなるのである。要するに、私が言う、株式の価値を考える経営とは、利益を上げていかに自己資本を厚くして簿価を上げるかということになってくる。こういった話をすると、「そんなバカな。簿価が高くなると相続するときに税金が大変だ」と言って驚かれる社長が多い。それに対して、私は、「税金を逃れようとして何かをやると、後で失敗することになる。節税を会社経営の目的にしてはいけない」と、繰り返し言ってきた。このことは投資についても言えることで、節税を目的に投資をすると、だいたい後で大損するというのが決まりである。■必要な「第三者の目」さらに、上場と非上場の違いを見ていくと、経営者にとって大きく変わってくることは、公開している場合は、社外の人間からいろいろと経営について口出しされるということである。当然、上場会杜は、会社のバランスシート(BS)や損益計算書(PL)あるいはキャッシュフロー表などを公表しなければならない。そして、公表したものについては、その良し悪しを社外の人間に見てとられる。まして、株主やアナリストやファンドマネージャーが、その会社に投資しようとする場合あるいは投資している場合は、必ず損益計算書、バランスシート、キャッシュフロー表の内容について、さらにつっこんで質問されることになる。経営内容がよくない場合には、「こんな事をしていたら利益が上がらない」と文句をつけられることになる。つまり、外野から客観的に財務内容をチェックされて、ある場合には、責められることもあるわけである。そうすると、社長にしろ従業員にしろ、「頑張ります」「何とか直します」という話になって、結果的に少しずつ良くなっていくのである。ところが、非上場の会社は、財務諸表を公表する必要がない。だから、外野からとやかく言われることもない状況下にある。しかし、人間というのは、えてして人にあれこれ意見されないと、自分で自分を鞭うつことができない。ついつい、いい加減になるのが常である。昔私は、日本鉱業という石油と金属を扱っていた会社を面白い会社だと思って注目していたことがあった。その日本鉱業と共同石油が合併してジャパンエナジーをつくった時、愕然としたことは、未公開であった共同石油のバランスシートが大変悪かったことである。いわゆる、日本型企業にありがちな、バランスシートの総資産が水ぶくれになっていて、利益がほとんど稼げないという状態であった。それでも、非上場会社の場合は、外野の我々からとやかく言われないから、平気でそのままでいたのだろう。特に、非上場会社の場合は、バランスシートがいい加減になりがちである。そのいい加減な状態を放っておくと、いつまでもいい加減で終るから、非上場の会社でも自らを強く律して、株式の価値を上げるような経営を上場会社同様にやっていくべきなのである。そういう意味では、非上場会社も、税理士以外に監査法人など第三者に財務諸表を見てもらう必要があるだろう。いずれにせよ、株価が上がると相続に困ると言っているような経営者に限って、相続されても困るような、利益を出せない財務体質にしてしまうのだ。これから先、会社の価値ということを考えない会社は、長期にわたって利益を稼げないと言ってしまっていいだろう。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.08.16
■市場に聞け私の仕事というのは、自分の肩に情報を解析するノウハウを担いであちこちへ売りにいく行商人であると考えている。いわゆる、権力を通して何かものを押し売りする政商ではない。重要なことは、とにかくお客さんの所へ行って、お客さんがいったい私の肩に担いである荷の何が欲しいのかということを、よくわきまえないといけない。行商をしていると、お客さんごとに欲しいものが違うし、お客さんでもグループ化していくと、欲しいものが違ってくる、ということが次第にわかってくる。つまり、市場というマーケットに接していると、マーケットという、いわばお客さんの集合体が何を欲しがっているか、ということがわかってくる。いかに、口八丁手八丁でやってみても、お客さんの欲しがっていない商品・サービスを売るわけにはいかない。お客さんが欲しがっているものを提供するところでしか、行商人の生きる道はないのである。現在の日本経済の姿は、これだけデフレが進んでくると、お客さんの商品・サービスを見る目が厳しくなって、欲しいものしか買わなくなってきた。要らないものも抱き合わせで買ってくれるほど、鷹揚ではなくなってきている。そして、いわゆる中間層が崩壊しつつある中で、お客さんの嗜好もバラバラになってきて、ごった煮の商品・サービスでは売れなくなってきた。いわば、特定のお客さんのための、特定の商品、特定のサービスしか売れないという状況になってきて、ますますお客さんのところに行って、どういうものが欲しいかということをマクロ的に見ていく必要が出てきたのである。こういう状況のなかで、社長としては、相当の情報を集めてくる必要があり、そこから商品やサービスのヒントを見つけ出さなければならない。最近、私が注目しているエステー化学という会社は、社長が代わってからキャッシュフロー経営を本格的にやりだした。その後、何よりもヒット商品が出てくるようになってマーケットシェアを大きく取るようになってきた。その理由の一つは、社長があちこち出歩いて、ほとんど社長室にいないのである。社長自らが、お客さんがいったい何を求めているのかを、自分の五感を使って捜している。それが、トイレの芳香剤や冷蔵庫の消臭剤などの新商品に活かされて、ヒットに結びついているのである。いずれにせよ、お客さんのところへ行って、「いったいお客さんが何を望んでいるか」「あるいは何に困っているか」「それを解決する手段は何か」を一緒になって考える事によって、新たなサービスや商品をつくり出すという発想が重要なことである。私もファンドマネージャーとして、日本をあちこち動いているうちに、だんだんと日本のお客さんが、何を求めているのか、何に困っているかということがわかってきた。そして、それを解決するためのいくつかの商品あるいはサービスをこちらが設定していくと、売れていくことも実感している。日本は時代の変わり目を迎えていて、お客さんの嗜好も今までの商品やサービスでは飽き足らず、新たなものを欲しがっている。単に、デフレに対応して価格を下げるだけが能ではない。意外にお客さんの欲しがっている、今までにない商品やサービスを出すと高い値段でも売ることができる。そういうものをどうやって出していくかということが、今後の経営にとって重要なことだろう。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.08.15
【法則7】カネの源泉に食らいつく■現場に行け私自身ファンドマネージャーとして、なるべく足で歩いてあちこちへ行くようにしている。できるだけ、その会社の利益を稼ぐ現場に行って見てから、何事も判断する。実は、ファンドマネージャーの仕事というのは、オフィスに座ったままでも、証券会社のセールスマンやアナリストの方からやって来て、いろいろ説明してくれる。最近は、各企業のIR担当者や社長クラスも、ファンドマネージャーのところへやって来て説明してくれる場合もある。つまり、居ながらにして、いろいろな話が聞けるわけなのだが、私はそういうやり方を非常に危険なことだと思っている。例えば、小売店であれば、その店まで行ってどんなふうに売っているのかを見る。レストランならそこへ行って食べてみて、そのバックヤードの厨房も見る。それからメーカーであれば、工場に行ってどんなふうにモノづくりをしているのかを見る。このように、自分の足であちこちへ行って、実際に現場を見ていると、それなりに現場感覚ができてきて、他社との相対比較もできるようになる。例えば、建設会社や住宅会社が作っている家を見に行って横比較すると、どの家が便利でどの家が不便かが少しずつわかってくる。あるいは半導体の工場へ行って横比較すると、なんとなくこちらの会社の方が段取りや工程がいいとか悪いとかがだんだんわかってくる。こういうことを繰り返していると、専門家とまではいかないが、物事の良し悪しとか物事がうまくいくのか、いかないかぐらいの目途は見えてくる。そもそも、会社の仕事というのは、本社が命令を出せばすべて自動的に回るものではなく、ことごとく現場で働いている人たちの力が企業の業績に集積してくるわけである。そういう意味で、現場の仕事を含めた商品、あるいはサービスというものを見てみないと、なかなか本当のことがわからない。従って、社長が本社の快適な部屋に座っていては、まともな報告は上がってこない。いわゆる、悪い報告が絶対に伝わってこないのである。だいたい、いつも奥の部屋に引っ込んでいる社長は、ハダカの王様になってしまうものである。私も自分の部屋にいながらにしていると、いい話はいくらでも伝わってくるのだが、失敗した話とか間違った話、いわゆる悪い話は聞こえてこない。そういう悪い話は、現場へ行ってはじめて、「こりゃダメだ」とわかるものなのである。例えば昔、私は日本ハムという会社が好きだったが、この数年ほとんど日本ハムの株をさわらないようにしていた。なぜかというと、私がいくつかのレストランを回った時に、「日本ハムは見本と実際に送られてくる肉の種類が違っている」という話を聞いて、そういうことをしていれば、いずれ何かトラブルが起きるだろうと思って避けていたのである。そもそも、会社に問題があるときは、必ず問題になるヒトがいて、問題になるカネがある。そういう事件につながる悪い要因は、現場を回っていろいろな人の話を聞いていると、それとなく目にしたり耳にしたりするわけである。会社の何が悪いのか、あるいは競争他社の何がいいのかは、自らの足で現場に行って、自分の目と耳を使って確かめないうちはわからないことである。どんなに信用できる部下であっても、悪い話はなかなか話さない。なるべく、良い話と甘い話をするのが人間の性であって、これは仕方のないことである。そうすると、やはり人の報告を頼りにするのではなくて、自分で現場に行くしかない。そして、問題の本貫を見抜いた上で、対策を立てなければならない。一国の主である社長をやる以上、現場を見て何が問題かを見ることができないなら、社長をやめたほうがいいだろう。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) 日本ハムの牛肉偽装事件は、出るべくして出た感がある。 全く関係ないが、惣菜屋のロックフィー○ド(岩田)は人的な評判が すこぶる悪い。 「RF○」「神戸コロ○ケ」のお店がどうであれ、触らない方がいいと思う。
2003.08.14

■S社の貸倒れと長期貸付金S社は、資本金1億3千万円、従業員20数名の自動車関連の補修剤卸売業の会社である。同社の例は、現在の日本企業が、共通して抱える問題を表している。まず第17表を見てほしい。このS社の問題とは、債権債務の極端なアンバランスにある。債務である支払手形あるいは買掛金が大量に出ていて、債権である受取手形、売掛金の金額のほぼ倍ぐらいになっている。つまり、回転差資金を相当使っていると思われる。恐らく、年間売上の3分の1近くを、回転差資金でまかなっているのではないか。受取手形の割引高が大きいのも、いわば、支払手形の支払いに、かなり苦労していることがうかがい知れる。この支払手形がうまく落とせなかったら、会社の存続が危うくなる。おそらく、このようなことになった背景は、どうやら過去にかなり大きな貸倒れを出したようで、その貸倒引当金が多く積まれている。そして、その貸倒引当金の損失を埋めるために、毎年の利益が消えていくというスタイルになっている。貸倒れが起こった要因として、一つには受取手形、売掛金が比較的金額が大きいことから、どこかの会社の倒産などに巻き込まれて回収できなかったものがあったのではないかと推測できる。また一方で、その要因がよくわからないのだが、かなり大きな長期貸付金がある。これもおそらく関連会社、あるいは他社への保証、あるいは経営の中での何か大きな損が出て、場合によっては、バブル期の不動産とかそれに絡んだ損かもしれないが、それを埋め合わせるために大きな長期貸付金を組んで、会社本体の営業利益や回転差資金で埋めているのではないだろうか。従って、この長期貸付金が消えるまでは、なかなかバランスシートもきれいにならないという状況にある。この長期貸付金の対象となっている案件を、さっさと早めに整理しなければならない。ただ、この状態は営業利益が出せる状況であればまだいいのだが、売掛債権よりも買掛債務が非常に大きいという事態は長期的に大変なことであって、この回転差資金が取れなくなる時、支払手形が落とせなくなるという危険が迫ってくる。本来は、こんなに支払手形を出すものではなくて、減らさなければならない。とにかく、日本では支払手形を簡単に切って、余裕資金を取ろうとする傾向が強いのだが、安易に支払手形を出していると、いつか売上が思ったようにたたないとか、あるいは無理な売上をしてしまって回収がうまくいかない、そういうケースが起こった時に、その支払手形を落とすための資金がどこからも出てこなくなる、という厳しい状況に陥る。このような状況は、実はバブル以後多くの会社に見られることである。バブル崩壊後の何らかの損失を実損として決算書上に出さない形で、各社の決算期のズレを利用し、社内あるいはグループ内でその損失を簿外負債(オフバランス)でたらい回しにして、それに対して長期の貸付金をたて、それを毎年の利益で埋めていく。あるいは回転差資金で埋めていく。このような構造で、長期貸付金あるいは貸倒引当金としてたてた金額がなくなるまで時間をかけて埋めていくというやり方である。このやり方は、現在の銀行の不良債権処理のやり方とまったく同じである。しかし、10年かけてもなかなか損失が埋まらない。下手をすると逆に増えるようなケースがあって、このような形で処理を続けることが、果たしてその企業にとっていいのかどうか、という問題がある。本来なら、このような損失はどこかで抜本的な清算をしないといけない。そして、支払手形による資金調達ではなくて、支払手形を減らすような方向で考えないと、今度何か起こった時にその企業は危地に追い込まれる。バブルがはじけて過去10年間、このような形での倒産がじわじわじわじわと進んでいる。銀行も似たようなことをやって、損失が減るどころか逆に増えてしまっている。とにかく、こういう形での処理を続けていくこと自体、会社にとってはなかなか展望が開けないことであって、できれば、どこかの時点で抜本的に整理するという方向へ向かうことが多くの企業にも求められている。そのためにも、支払手形を減らすこと、それから当然、売掛債権、つまり売掛金や受取手形、こういうものもなるべく早く回収することが大事になってくる。ところが、この受取手形がなかなか回収できない。日本では、120日ぐらいの非常に長い手形を大企業でも出しているが、その会社が潰れたりすると、大きな貸倒れになる。やはり、120日という長い手形を、10日とか20日とか、あるいは30日縮めて90日以内にしていって、とにかく短くなるべく回収を早くしてもらう。これが結局、倒産リスクを小さくする重要なことである。もちろん、自分も支払手形を出さないでカネ回りをきちんとするように努力すべきである。そのためには、カネの出入りをよく見て、1ヶ月先、3ヶ月先、1年先のバランスシートを自分で計面し予測をたてて、安直に支払手形を出すことを避けるようにする。言い換えれば、安直に支払手形を出すことによってカネ回りを良くするのではなくて、支払手形を出さないでカネ回りを悪くしながらでも、なんとかどこかからカネを引っ張ってくる。この算段を社内の営業の中からカネを出してくる、つまり営業キャッシュフローを上げるためにどうするかということを優先して考えていくべきである。そして、会社のキャッシュフローを増やすには、繰り返レ言うように、売掛債権を早く取り立てる工夫をすることである。交渉をさぼって受取手形や売掛金を早く取れないが故に、支払手形を安直に出すという傾向が多くの会社で見られるが、逆に支払手形を切らずにそのカネを払うために受取手形および売掛金を早く回収に行くという対応をしないといけない。このような時代にはなかなか難しいことだが、ちゃんとやっている会社も多く存在することを知るべきである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.08.13
■売らなくても自己資本は減っていくところで、我々が不動産について考える基本的なキャッシュフロー利回りは、6%から8%である。現在の日本は、不動産の値下がり額を控除をした後では、この6%から8%のキャッシュフロー利回りを達成できるものは、ほとんどないという状況である。よく「プラスで回っているから、優良資産である」と考える経営者が多いが、我々の見方としては、例え2%というプラスの利回りで回っているとしても、基本的な利回りである6%とか8%の水準から見ると、2%は遥かに低い数字で、かろうじてプラスで回っている状態であるから、不良資産と見なす場合が多い。そういう意味で、我々の厳格なキャッシュフロー水準で見ると、日本の不動産のほとんどが今となっては十分な利回りを出していない。だから、私は繰り返し、余分な不動産は早く損切りをして切った方がいい、と申し上げているのである。そして、見逃せない点は、損切りをして売却損を出したから自己資本が減るのではなくて、評価損をたてるだけでも自己資本は減っていることだ。いわゆる原価会計であるか時価会計ないし低価法であるかの大きな差がここにある。たとえば、先ほどの小金井カントリークラブでいうと、取得原価の4億円が簿価になっている。では、売らなければ自己資本は減らないかというと、そんなことはない。時価会計でいうと、売らなくても4億がたとえば1億になってしまえば、3億円の自己資本が減ってしまう。あるいは、50%以下になった場合は、評価替えするという現行の日本の低価法でいえば、2億円になったときには売らなくても持っているだけで、2億円の自己資本は減るのである。そういう意味で、デフレで下がっていく不動産等々の大きな資産を所有しているだけで、売っても売らなくても自己資本は減っていくことになる。問題は、自己資本の減少を避けたければ、売れるうちに売っておくということをしないと、毎年下がっていくから、来年はもっと自己資本が減るという事態に追い込まれていくわけである。だからこそ、デフレが進行する時は早く売った者が勝つのだ。これが生き残るためのひとつの重要な条件である。他社がいちはやく不動産を処分して損切りすれば、さらに地価が下がる。従って、一日遅れれば、そのぶん損が広がり、待っているだけで最悪のクジを引くことになるのである。■収益還元法ところで、これから企業が不動産を買わなければならない場合は、不動産価格の上昇を見越して買うとか買わないとかを考えるのではなく、いわゆる、回っている利益の額から逆算して現在の不動産価格を決める収益還元法則で考えなければならない。それも、将来の空き室率から導き出される損失とか、将来の賃貸料の変動を現在値で割り引いて、現在の不動産価格を決めるという「キャッシュフローで考える収益還元法」で考えなければならないのである。これについては、後の「個人のおカネ」編の所で、詳しく解説する。そして今、外資が東京都内を中心に日本の不動産を買っているが、彼らは将来不動産が上がることを想定して買っているのではない。厳格なキャッシュフロー計算をして、収益還元法則で儲かると判断するから買っているのである。ロケーションを見て将来の賃料、将来の空き室率を計算しながら、現在の不動産価格がそれに合うかどうかを見て、8%で回るくらいの値段まで買い叩いて、安い値段で仕入れることができる、となれば買うという判断でやっている。その辺のことを、日本人の多くは外資も値上がりを見越して買っていると錯覚している。とにかく、多くの人がキャッシュフローに基づく方程式をきちっと持っていないために、間違った方向にいってしまう。これからは不動産を買う時に、価格が上がるから買うという発想では通用しないということを、経営判断の大前提とするべきなのである。次に、不動産の中で一番問題なのは、いわゆる大きな本社ビルを持っている会社、あるいはつくった会社である。本社ビルというのはプレハブでもっているのが一番いい。少し儲かると、すぐ面子や見栄で本社を大きくしたりきれいにして、間接部門のヒトを抱え込んで、いらない仕事をどんどんつくっていく。たとえば、昔のナショナル住宅という会社は、いわゆる住宅産業でありながら、あまり土地を仕込まないで、住宅をつくることを集中してやっていた会社で、私もとてもいい会社だと評価していた。バブルの時でもあまり土地を仕込まなかったのだが、そういう会社でも大きな高層ビルの本社をつくってしまった。それがやはり大きなマイナスとなって、そのあたりから少しおかしくなってきた。それだけでなく、本社がやると子会社も真似をする傾向があって、グループ全体の間接部門が肥大化して、結局、利益が出なくなっていく。こういう面でも、余分な不動産は持たないのが一番いい、ということになる。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) ナショナル住宅というのは、現パナホームである。 不動産業界でいえば、高級分譲マンションを扱っている住友不動産などは 将来的にも面白いと思うが、高級物件以外は、まだまだ下がる可能性が高く、 分譲より賃貸仲介の方が成長が見込めると思う。 賃貸仲介最大手はエイブルか・・・。
2003.08.12
■銀行だけを頼りにしないそこで、不良資産を損切りして決算書を赤字にすれば、以後、銀行借入れができなくなるのではないかと不安に思う経営者も多い。それについては、社長自らが銀行に出向いて「ここで赤字を出しても今後大丈夫である」と、資産損切り後の今後の黒字展開、経営展開について経営計画書および将来の資金繰り計画書をもって説明すればいいだけの話である。社長が分かった上での損切りの赤字、つまり「攻めの赤字」である事をきちんと説明すれば、必ず前向きに評価してくれるはずだ。基本的に、まともな銀行であればわかる。それすら分からない銀行の場合は、おそらく潰れる銀行と見越して、銀行借入れ自体やめたらいい。昔、私が銀行に在籍していた頃は、先輩からキャッシュフローを徹底して教え込まれたものである。私がキャッシュフローの重要性を叫ぶのは、銀行時代の経験があるからだ。このように、戦前から戦後にかけて銀行は、キャッシュフローやバランスシートをとても重視していた。それが戦後は、幸運にもある短期間の間だけ土地さえあれば、どうにでもなる時代になって、キャッシュフローやバランスシートを重視しなくてもよくなってしまった。その事によって、日本は大きな間違いをしてしまったが、今後は中小企業でも社債などを発行し、投資家に対して「なぜここで損切りをしたいのか」「一時的に赤字になっても、その後はどういうふうに黒字展開するのか」「今後の資金繰りはどうするのか」という計画書をきちんとつくった上で説明し、資金を集めるというパターンに変わっていかなければならない。あまりにも銀行頼りで、資金調達は間接金融だけしかやらない、というのは、過去の日本経済の姿であって、今後は株式で調達しても良し、社債で調達しても良し、銀行から惜りても良し、というように、様々な手段を多様に展開することが重要である。幸いなことに、社債については、今や中小企業でも少人数私募債を出せるようになった。実際に、私もいくつかの会社の少人数私募債を引き受けている。今後ますます、銀行借入れ以外に社債で調達するとか株式で調達するというやり方が広範化していくだろう。ただしそのときに、損切りしないでズルズルと先のばししているような会社は、私のような投資家からは相手にされない。反対に、やれる時に早く損切りをして、単年度赤字になっても将来に禍根を残さないという行動がとれる会社は、社債市場や株式市場で評価される。いわゆる、キャッシュフロー経営をしっかりやれる会社かどうかということが問われるのである。いわゆる、PL上で見せかけの利益を出しているから良しとするのではなくて、あるいは低価法で評価替えをして評価損を帳簿上に出したから良しとするのではなくて、損切りという根本的な処分をすることによって、将来にわたって禍根が拡大することを止められるかどうか、ということが経営者にとって重要な課題である。いわば、低価法でカネ回り(キャッシュフロー)を見た場合に、評価損を出して赤字が出ようが、評価損を出さなくて黒字になっていようが事態はまったく同じであって、我々プロの投資家が、バランスシートあるいはキャッシュフロー表を見れば分かってしまうことである。問題は、それを今やるのか、やらずに先のばしにするのか、あるいは社長が意思決定できる人なのか、できない人なのかを、我々投資家は見ているのである。(中略)■ゴルフ会員権は早く売り払うバブルの盛んなころ、多くの会社がゴルフ会員権をたくさん抱えこんだ。そして、そのゴルフ会貝権についても、バランスシート上で一定の価格で表示してある。それも買った時の値段、いわゆる原価を簿価にして放り込んである。バブルの頃はゴルフの会員権もどんどん値上がりして、それはそれで良かったわけだが、バブル崩壊後はゴルフの会貝権が逆にどんどん下がった。私もゴルフ会員権がどんどん下がるのを見て、「バブルの法則でいうと、ピークの10分の1になる。日本最高の小金井カントリークラブですら、ピークの4億円から4千万円まで絶対に下がる」と叫んでいたところ、最近いよいよ現実にそうなってきた。例えば仮に、小金井カントリークラブをピークの4億円で買ったとすると、今でもその4億円を簿価としてバランスシートに放っておくわけにはいかない。前にも言ったとおり、税法、商法にふりまわされることなく、基本的に低価法で評価していくべきである。最近では、半値以下に下がったものは簿価を洗い直して落とすということになったので、4億円の小金井カントリークラブが2億円を割ってくると、その簿価を評価替えせざるを得ない。つまり、2億円で評価替えをするということは、その時点で2億円の赤字が出て、PLに計上しなければならない。これが怖い。不良資産とはいったい何かと考える場合に、買った値段が原価としてそのまま放置していればまさしくノー天気だが、それは会社の実態を表わしていない。だから、下がった値段で評価替えをしなければならないのである。そこで評価しなおして半値になった。半値になった分については、当然PLで償却をたてるか損金をたてるか、特損にするか評価替えでするか、いろいろなやり方はあるのだが、いずれにせよ、そこで損金がたってしまうことになる。そして、今後さらに価格が下がっていくとなると、いずれまた評価替えをして損金をたてなければならない。これが結局、経営にとって大きな負荷になってくる。だから、下がっていく以上はどこかでそれをさっさと切って、損金を繰り返し発生させるということを避けねばならない。それが私が言う、損切りでもいいから不良資産を減らせということである。従って、先ほどの小金井カントリークラブでいえば、2億円になったら売ってしまう。そうすることで、2億円が1億になり5千万になり、3千万になり、という形で損が膨らんでいくことを避けることができる。そういう面で、三洋化成工業という会社は、派手な化学会社ではないが、なかなか優秀な会社で、この数年ずっとゴルフ会員権を二束三文で叩き売っている。社長は「たとえ特損を出しても、これを整理していかないと、わが社の財務バランスが良くならない。だから叩き売っている」と言って、かつて数千万していたゴルフ会員権を200万、300万で処分している。たとえ特損を出しても不良資産を整理していかないと財務バランスが決して良くならないから、それを売ってこれ以上PLに損が出ない恰好にするという社長の考え方が、非常に優れている。それから、住友電工やイトーヨーカ堂なども総資産の削減、特に利益を生まない資産の削減を、10年も20年も前から着実にやっている。つまり、優れた会社は損切りの重要性が分かっているのである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) イトーヨーカ堂は、外国人投資家の取引がNASDAQよりも東証の方が 圧倒的に多く、将来的な資金調達面での懸念もないことから、NASDAQの ADR登録を廃止した。 この影響もあり、暫くは株価も低位で推移するかもしれない。
2003.08.11
【法則6】損切りでもいいから不良資産を減らしていく■損切りの重要性コンサルタントの一倉定先生は、昔から「経営にとって捨て去ることが非常に重要である」と言明していたが、我々ファンドマネージャーの場合も、いわゆる損切りをどうやってやるか、ということが非常に重要なことである。いわゆる儲かる株は、放っておいてもどんどん儲かっていくので、そのままにしておけばいい。しかし、失敗してしまった株、損した株をどうやって切るか。このことについて、一番集中して考えることが、我々ファンドマネージャーにとって重要な仕事である。いくら、社長が思い入れたっぶりでやったとしても、損をしている部門、いわゆる赤字部門は切っていかなければならない。たとえば、クボタという会社は、損切りを昔からうまくやってきた会社である。亡くなられた飛野専務は昔、切り捨て魔といわれたぐらいの人だが、そういう伝統がいまだに息づいていて、いろいろな悪い点を切っていく遺伝子が、今でもきっちりと根付いている。一般的に、面子や見栄で仕事をしている社長は、「撤退する」「切る」「下がる」ということをやりたがらない、あるいは、やり方を知らないという人が多い。そもそも、日本人は第二次世界大戦の時も、突撃と夜襲と白兵戦は非常にうまかった。つまり、勝っている時は突撃ラッパを吹いてどんどん突っ込んでいくけれども、負けた時に逃げることができず玉砕してしまう。また日本には、玉砕を良しとする雰囲気もあって、どうやってうまく部隊をまとめて撤退していくかは、重要視されていないのである。それが第二次大戦で日本が大きく負けた要因であるが、企業経営の場合でも同じ様な事がいえる。いわば、キャッシュフロー経営の考えでいけば、あまり利益を生まない資産を、例えば工場にしろ機械にしろ、どうやって捨て去るのか。あるいは、間接部門のヒトをどうやって切って、利益の上がる部門に移していくか。これらのことが、特にこれからの10年、非常に大事なことになってくる。そして、値下がりしている不要な不動産などを売却するなどして資産を圧縮するということは、PLに損を計上しなければならない。すると場合によっては、会社が赤字になることもある。しかし、会社を一時的に赤字にすることは非常にいいことであって、資本に余裕があるうちにさっさと不良資産を減らしてしまわねばならない。つまり、単年度は赤字にしても、その赤字については資本から埋めていけばいいのである。その損失を資本金や資本余剰金および内部留保金から出せるうちに損切りをしておく必要があって、事態を先のばしにして、遅らせれば遅らせるほどその損が拡大して、場合によっては、資本金、余剰金、内部留保金で賄えなくなる事態が訪れる。その時は、債務超過になって倒産せざるをえなくなるので、そこまで行く前に、つまりまだ余裕のあるうちに損切りをしなければならない。そういう意味で、単年度赤字になってもやれる時にやっておくことが重要なことなのだ。銀行をはじめ、今日本で問題になっている会社というのは、社内に抱え込んだ評価損を出してしまえば、債務超過になるという所まで追いつめられているゾンビ企業である。ゾンビ企業になると、後は倒産するか、全く新しい血を入れられるのを待つしかない状態になってしまう。従って、そこまでいく前に、経営者としてはしかるべき措置をとる、つまり損切りする必要があるわけである。戦後50年の歴史の中で、何回か土地危機があったとはいえ、しばらく我慢していれば神風が吹いて、とことん追いつめられることにはならなかった。しかし、今回のコンドラチェフサイクルでは、神風は当分吹かないであろう。戦後50年にわたり上がり続けてきた地価は、今回の60年サイクルを終わらせ、次のサイクルのスタートに立つためにも、一度振り出しに戻らなければならない。バブル崩壊後、私は地価は10分の1になると常々言ってきたが、現実にそうなってきつつある。地方の地価については、これからさらに下がっていくだろう。だから、不良化した不動産にしがみつけばしがみつくほど、深みにはまっていくことになるのだ。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) クボタは、国内のリストラは進んでいて、アメリカの業績は良いようだが、 国内の業績がイマイチの様子。 アメリカの住宅販売は金利と密接な関係があり、金利上昇により、 アメリカの住宅販売が落ち込むと、当然芝刈り機なども売れなくなるので、 アメリカの業績は落ち込む可能性が高い。 暫く様子見。
2003.08.10
■株式公開のメリットとデメリット一般的に、企業が資本市場から直接金融でカネを調達しようとする時、公開を考える場合が多い。公開する場合は、「何のために公開するのか」「公開することによって何が得られるのか」「公開しないことによって何が得られるか」ということを事前によく議論して考える必要がある。そして、公開することによって、得るものがあって有効に使えるという場合は、公開すればいいし、我社としてはメリットがないということであれば、公開する必要はないわけである。従って、誰も彼も、公開しなければならないと考える必要はさらさらない。証券会社は「公開すると、かなりのおカネを集めることができますよ」と甘い言葉で誘うが、そもそも人間は、あぶく銭をつかむとロクな事をしない、というのが、歴史の鉄則である。どうも、未公開企業がカネを目当てに公開するというケースが多々あって、果たして、資本市場を使うという、まっとうな資本主義を考える場合にそれでいいのかという問題がある。例えば、M社が前の本社を売って東京に新本社を建てようとした。しかし、昨今の土地デフレによって、前の本社の土地を売っただけでは、カネが不足して新しい本社を建てられない。その穴埋めのために、公開して株式を上場した。このM社の行動は、私の観点からすると、とんでもないことである。資本市場に公開するという本質論から相当はずれた、いわば、あぶく銭をつかもうとして公開した、ということである。だいたい、あぶく銭というのは簡単に消えていく運命にある。また、そういう会社の株価は、上場後は大帽に下がって投資家を裏切る場合が多い。そもそも、こういう会社はバランスシートやキャッシュフローを重要視しない、会社の存続の意味ということを大事に考えない会社である。安直に不動産担保で銀行からカネを借りる時と似たようなもの、あるいはそれ以下の考え方である。言い換えれば、株券を一種の馬券と同じように扱って、株券の価値がいくらで、その価値に応じて株価を形成しようという発想が全くない。まさしく、バブル的な発想で、このような形で公開を目指すと、将来の経営に大きな禍根を残すことになる。やはり、公開をする場合には、公開する時の株式の価格を株式の価値からあまりはずさないような形でうまく公開をし、集まったカネを有効に将来の戦略のために使うというのが原則である。しょせん、公開というのは単なる一里塚であって、経営者が考えている将来計画の中の一つの通過点にすぎない。それを経営の目的とし、カネができたあとは自分はそのカネをもって引退し、後は野となれ山となれで終るなら、公開の意味がない。それに、その会社の経営陣、株主および社員にとっていいことではない。本来は、「長期計画の中で、公開することが自分の会社にとってどういう意味があるのか」「そのカネを将来、戦略的にどのように使うか」を事前に考えた上で、カネができたことによって頭がおかしくならない経営陣を固めたあとで、公開すべきである。最後は、経営者の志と器の問題になる。志のない人は、カネができたら、カネの亡者で終って遊んでしまう。反対に、志のある人は、公開することによって世間が広くなり、より高度な経営ができるようになる。中小企業の経営者から上場企業の経営者になり、さらに偉大な経営者になっていくという成長プロセスに入ることができる。従って、志の高い器の大きい人は、公開した方がいいし、器が小さくて単にカネだけ欲しい人はやめた方がいいということになる。また、公開をする・しないの大きな違いは、未公開で会社が閉じられた形で経営する場合は、経営者も社員も極めて独善的になりがちで、自分が正しいかどうかのチェックができない。ところが、公開すると、株主が広がって、いわゆる証券アナリストや私のようなファンドマネージャーがやって来て、「お宅の経営はここが問題だ」「こういうことをやってはいけない」「こうしないと、俺は買わないよ」など□うるさく言われるが、一方で、企業戦略や経営に対するチェック機能を果たすようになる。いわば、公開する事によって、株主のチェック、アナリストやファンドマネージャーのチェックが入るわけだが、これがコーポレートガバナンス(企業統治)といわれるものである。私もいろいろな会社へ行って、あれこれ質問して、何だかんだと文句を言うと、「やあ、大竹さんに来てもらって有難い。タダで経営コンサルタントをやってもらっている」と言う経営者がおられるが、これくらいのことを言えるヒトは経営者として有望である。言うなれば、公開をすることによって、広くなった世間からいろいろな文句、注文、アドバイスがなされるが、それをどう使うかは明らかに経営者の器量の問題である。聞く耳を持っている経営者であれば、充分にうまく使って企業経営の意思決定に生かすことだろう。こうなると、会社は鬼に金棒だ。ただし、こういうことは、公開をしなければできないというものではない。確かに外からのチェックという機会は減るが、何も公開しなければ、そういう機能を受けられないというわけではない。別に誰も来てもらわなくても、社長自身が自分でやれる、あるいは、社長の周りにそういう人がいる。または、社長が外へ出て行って、そういう人達と接触するということであれば、未公開企業であっても可能である。そういう意味で、絶対、公開が必要だというわけでもない。しかし、このようなチェック機能は未公開企業にとっても重要である。例えば、モノを作って売るとすれば、当然、経営者は「マーケットがどうなっているか」「モノがどのように売れているか」など、モノの面のチェックをするわけだが、それと同じように、カネの面でもチェックをしなければならない。ただ、カネの面のチェックに関しては、経営者あるいは経理だけでやっていると、本来のチェックができない。変な不動産を買い込んで、せっかくみんなで額に汗して儲けたカネを全部なくすとか、お手盛りでいい加減な事をしてカネを失ってしまう場合が多い。例えば、前田建設という会社はバブルの時でも不動産を買わなかったが、会長いわく「不動産を買うための決済のシステムが非常に複雑で、買いたくても買えなかった。そのシステムのお陰でうちは助かった」と話されていたが、これは社内でいい加減な事ができないようなシステムを事前に作ってチェックしていた良い例である。とはいえ、最近前田建設は南海辰村建設救済のための第三者割当に応じ、南海辰村株を八百万株も取得するようでは、せっかくの財務力をドブに捨てるようなものだ。公開している企業は、我々投資家がバランスシートを見たりPLを見たりして、裏金で不動産を買ったりしていないかなど厳しくチェックされるが、未公開企業についても、その辺のチェックを外部に委託する必要が絶対にある。そうしないと、非常に危険である。従って、中小企業であっても、単に税理土に経理を見てもらうだけでなくて、少なくとも毎期の決算については、外部の会計監査法人によって監査を受ける。これが最低の条件である。未公開であり、公開するつもりはないといっても、最低限、監査法人などの外部チェックを受けて、わが社の会計はまっとうであるということを、社外と社内に対して、はっきりとさせる。こういうことが、会社の信用に結びつく重要なことになるだろう。つまり、公開、未公開に関係なく、会社経営の基本、特にカネの管理の基本というのはまったく同じであって、まっとうにきちっとやらなければならない。新規上場してカネができると、証券会社にとんでもないことをされることがある。結構多くの会社が、上場してできた余剰資金で、デリバティブをはめ込まされ、大損しているケースが多々ある。このデリバティブ買入れを拒否すると、証券会杜に「資本市場を利用して大金を手に入れたくせに、資本市場に恩返ししないとは何事か」と脅かされる。こんなセールストークは、ただの騙りにしか過ぎない。資本市場に恩返しするとは、まともに本業に精出して利益を上げて株主に報いることであって、デリバティブで財務に大穴を空けることではない。こういう所でも、公開の意味を良く考えている志の高い会社と、カネができたら何でもやってしまう器の小さい会社との差が出てしまう。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) 上の前田建設については、2001年に出版された前田又兵衛会長の著書 「人づくり ものづくり 夢づくり」に共感し、財務も良いので、 会社としても注目していたが、上記の通り、カネをドブに捨てるような ことをしたため、もうマークするのはやめた。 上には書かれていないが、奥村組も同様。 7月28日の日記にあったD社というのは、佐々木秀吉社長の ドッドウェルBMSであるが、8月8日発表の決算を見ると、 一部報道機関による業績未達報道に反し、計画通り業績は達成されていた。 また、バランスシートを見ると、 自社株買いは積極的に行なわれ、 長期貸付金は約半分程度に圧縮され、 長期借入金も約3分の1程度に圧縮され、 総資産回転率も前期の1.025から1.09へと改善されている。 同社は間違いなく、2割の勝ち組になるだろう。 要チェック。
2003.08.09
■間接金融から直接金融へいよいよ本格的に、銀行が潰れる時代になってきた。そもそも銀行が潰れるのは、たまたま潰れるというわけではなく、潰れるべくして潰れる。つまり、銀行が要らない時代がやって来たということである。戦後、日本が高度成長を続けている時は、ほとんどの企業が資金不足であった。それに対して、銀行は一般家庭の余剰資金を貯蓄として集め、そのカネを企業に融資するという、仲介機関として機能を果たしてきた。その際、銀行は融資の条件として、土地を担保にとった。そのために、戦後日本は土地本位制となって、地価がどんどん上がったのである。しかし、バブルが崩壊し、その仕組みが崩れつつある。企業の方も、簡単にはモノが売れる時代でなくなって、大規模な設備投資が激減した。言うなれば、特に大企業はあまりカネが要らなくなってきた。一方、個人も所得が増えなくなり、持っている不動産も値下がりして、昔ほど貯蓄する余裕がなくなってしまった。要するに、個人家計から企業に資金を配給していた銀行の機能がいらなくなってきた。問題は、日本経済の基盤である中小企業の深刻な資金不足である。特に中小企業は新しい成長分野の事業に積極的に取り組んでいるので、そこそこの資金が必要であるにもかかわらず、銀行は貸し渋りだけでなくて、今度は今まで貸していたものも早く返せと貸しはがしをするようになってきた。中小企業にとって、これにどう対処するかは大変な問題である。しかし、今までの常識に従っているだけでは、座して死を待つだけである。これからの中小企業は、銀行を介した間接金融ではなく資本市場、マーケットを目指した直接金融へ移っていかなければならない時代に来ている。今までは、銀行しかなかったため、銀行から借りるということが常識であったが、世界的な資本主義の常識でいえば、銀行が資金調達あるいは金融をやるというのは、どちらかといえばマイノリティーである。また、歴史的にみても、戦前の日本では意外に銀行の役制というのは小さかった。企業は株式や社債を発行して、資本市場からカネを集めるということを昔からやっていたのである。そこでまず、社債の場合は担保がいらない。現在のデフレの地価暴落の中で下がっていく不動産を借入れのための担保として持っている必要がなくなる。つまり、身軽な経営ができるということが利点である。日本には、有担保の社債が圧倒的に多いが、世界の常識からすると非常識で極めて日本的なものである。次に、銀行借入れの場合は、元金を毎月返さなければならないので、初期に借りた元金を有効に使えないという問題がある。株式の場合は、基本的に株式の受けた金額をいずれかの時点で返す必要がなく、社債の場合も、年限が来るまでは元本を返す必要がない。つまり、調達した資金を期限まで目一杯使えるという利点がある。金利については、通例、社債の方が高いが、ただし日本の銀行の場合、いわゆる歩積み・両建てで借入れをせねばならず、預金を積まなければならない。すると、実質金利を考えると、名目金利よりかなり高くなってしまう。すると、この実質金利と社債金利を比べると、社債は銀行借入れに対しほぼ遜色がなくなる。さらに、銀行借入れをすると、社長は個人保証を付けなければならない。これも銀行借入れの大きな問題であって、会社が倒産した場合には、社長はとにかく全財産をなくす、という憂き目をみることになる。ところが、社債とか株式の場合は、そういう個人保証をつける必要がない。そういう意味でも、銀行借入れより、はるかに自由にカネを使うことができる。昔、ある経営者が「銀行からカネを借りる場合、銀行は俺に個人保証を出せという。それなら、俺が銀行に預金した場合、その預金に対して、銀行の頭取の個人保証をつけるのが、お互い様ではないか」と話されたことがある。まさに、今こそ銀行が潰れて預金が封鎖されるかもしれないという時代は、銀行に預金する場合は「頭取の個人保証をつけろ」とわめいて当然である。先般のみずほ銀行の株式購入要請に対し、ある社長が訪れた支店長に対し、「支店長の個人保証をつければ応じる」と言ったところ、支店長は早々に退散してしまった。このような、いろいろな条件を考えると、実質的に、社債とか株式で発行する方が銀行借入れよりはるかに有利な条件である。但し、直接金融の場合は、当然、企業に求められる条件が大きく変わってくる。今までの銀行借入れの場合は、不動産担保さえあれば、安直にカネを借りることができたが、社債発行や株式発行の場合には、不動産担保というのは、あまり意味がない。それより、会社の経営戦略、つまり将来どういうことが考えられているのかが重要なこととなり、同時に、バランスシートがどれだけの条件を揃えているかということが重要になってくる。いわゆる、投資家が不動産担保ではなく、無担保で発行した株式や社債を引き受けるということは、その投資家に納得してもらえるだけの会社側の経営の良さ、つまり「戦略を達成できる資源を社内に持ってるのか」あるいは「社内の資源を活用できるようなバランスシートを充分に保持してるのかどうか」という条件を、投資家によって逐一検討されることになる。当然のことに、条件が悪いと判断された場合は、投資家に拒否されることになる。つまり、不動産担保による安易な銀行借入れと違って、社債発行、株式発行の場合は、その投資を引き受けてくれる投資家に充分な説明をする必要があって、その際、投資家を納得させるだけの将来の経営戦略と、それを支えるバランスシートの内容が非常に重要になってくるのである。そして、その方が安直な不動産担保による銀行借入れより、会社の経営にとってもはっきりプラスになる。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) 通例、金融危機は秋に起こることが多い。 上の例の銀行などは、そろそろ秒読みかもしれない。
2003.08.08
■株券を使ったインセンティブそこで、未上場で将来上場を考えていない会社が、賞与に株券を出した場合、その株券の実質価格はどのように決められるのだろうか?答えは、自己資本(純資産)に従って上がっていくことになる。従って、一定の時期にその株券を売りたいと申し出た人の株券は、会社あるいは経営者が買い戻すということになる。ちなみに松谷会長は、特別賞与を株券で出さなかったものの、未上場の時に社員持ち株会をつくって、株を売りたい人は売れるように、社内に自社株券取引所を設けていたことがあった。ところで、賞与に株券を出した場合、議決権がどうしても気になるという社長がおられるだろう。その場合には、配当優先株を利用するという手もある。但し、所定の優先配当をしなかった場合は、議決権が復活してしまうことを注意しなければならない。また、ボーナスでなくて退職一時金を、株券で渡すということも選択上可能である。つまり、退職時に現金がそれほど必要ではない場合は、株券で貰っておいて配当を貰う。現金が必要になった時には、その株券を売ってカネに変えることも当然可能になってくる。こういう株券を使った賞与、退職金というものは、会社の利益に貢献をした結果としてのボーナス、退職金だという意味が明確になる。さらに一介のサラリーマンでありながらも会社の経営に対して敏感になり、経営者感覚をもって働くことになる。最近は、上場会社で役員に対してストックオプションを出すケースが多くなっている。しかし、ストックオプションとは株式を一定の価格で買う権利を買うものであって、その決められた価格いわゆる権利行使価格に達しない限りは絵に描いた餅である。最近のハイテク企業の例でいうと、ストックオプションを乱発する会社に限って、株価がずっと下がって、行使価格にヒットしないことが多くなっている。そうなると、そのストックオプションは、一定の期間を過ぎてしまえば完全に無価値になる。さらに日本のストックオプションの場合、本格的オプションではなくワラントを変形したもので、現在流通するワラント債は分離型ワラント債である。そして切り離された社債部分はポンカス債(エクスワラント)になってしまって、これがどうしても会社の方に残って財務上、処理に困るということが問題になってきている。そもそも賭け事に近い形でインセンティブを出すということも問題であって、そういう点からいってもストックオプションよりも現物の株券の方がいいと私は考えている。いずれにせよ、株券でボーナスを出すためには、バランスシートからにじみ出てくるキャッシュフローをコツコツと自己資本に貯めて厚くしていく経営をしていくことが前提条件である。(後略)(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.08.07
【法則5】ボーナスを株券で出す■ボーナスの意味今のように景気が悪くなってくると、そうそう今までのようにボーナスを毎年増やしていけるような状態でなくなった。いよいよ、ボーナスについても根元的に考えなければならない時期にきている。本来、ボーナスとは会社の業績や社員の功績に応じて出すものであるが、そういう意味が薄れてしまって、会社の業績が良かろうが悪かろうが、とにかくボーナスを恒常的に出すという会社が多くなってしまった。いわば、年間給与のうちの一部をまとめて出すぐらいの認識でやっている。一方、社員の方は、右肩上がりの経済成長が続いて親方日の丸的な考えが浸透していき、日本が社会主義化していったことにも関係するが、その結果、いわゆるサラリーマン化して自分のサラリーの上昇のみに気を使って、会社の業績には関心を払わないようになってしまった。一般に、経営者であれば誰でも一度は、社員の能力と業績とによって、その給料や賞与に大幅な格差をつけたいと願うものである。しかし、その困難さに屈してやめてしまうものでもある。かつて、私の著書『平成デフレ時代 企業生き残りの条件』(ダィヤモンド社)という本の中で、東邦薬品の松谷会長が考案されたボーナス制度を取り上げたことがあった。この例は、日本でも類い稀なるボーナス制度であった。簡単に紹介すると、セールスマンがある水準以上に稼いだ利益を毎月「余剰利益」という名目で積み立てていって、それに対して、半期ごとに3%という特別報奨金、を支払うという仕組みをつくったのである。はじめは「たった3%か、大した金額じゃないな」と言って社内の人間はバカにしていたが、そのうち、普通賞与のほかに特別賞与として120万円を受け取る者が出だしたのである。その120万円の特別賞与をもらったセールスマンとは、彼の直接経費と間接経費のすべてを差し引いた後に、1億6千万円もの余剰利益を稼ぎ出した人である。これだけの利益を稼ぎ出した貢献者に対して、高額の特別賞与を出したとしても会社としてはビクともしない。なんといっても利益という合現的な数字に基づいて算出された金額なので、全員納得の上で優秀なセールスマンとそうでない者との格差を大きくつけることができたのである。それだけではない。この利益システムは別の重要な意味をもっている。つまり、稼いだカネを恒常的に貢献者に分与するということは、社長や経理部長が会社の利益のうち勝手に使える金額が減ることを意味している。いわゆるバブルの時に、多くの会社が不動産などに利益をつぎこんで、スってしまったようなことができなくなるのである。一般に欧米の企業が、日本の企業と比べて、それほどバブルに入れこまなかったのは、株主に常に利益を分与していたためである。要するに、そんなに多額の資金をバブル物件に投入する余裕がないし、株主に行動をしっかり監視されているからであった。まさしく、利益の使途というのは、社長や経理部長の独断専管事項ではないのである。この辺の錯覚からも、そろそろ日本企業は、目を覚まさなければならない。そういう意味で、松谷会長が考え出した利益分与のシステムは日本では画期的なもので、資本主義の根幹をなす企業利益分与システムの典型といえるだろう。■株券ボーナスで会社を強くするしかし、どうして松谷会長が特別賞与を現金で払い続けたのか、なぜ株券を使った賞与というものを考えなかったのかが、私の素朴な疑問である。こういうと、現金至上主義の日本ではあまりにも革命的すぎて、ほとんどの経営者が「そんなバカな」と思うことだろう。また、社員も、とくに中小企業で働く人たちは「株価のつかない中小企業の株券なんてもらっても何の足しにもならない」と言って大きな抵抗を示すだろう。敗戦直後のことであるが、会社にカネがないから、その代わりに株券でボーナスを出す会社が日本にもあった。結果として、そういう会社は潰れることが多く、株券はただの紙切れになってしまった。そういうこともあって、日本では現金至上主義が色濃く残っている。またその延長として、日本では今でも株券は馬券と同じように捉えられているのである。しかし、私が株券で賞与を出すと言っているのは、カネがないからという理由ではなくて、どちらかといえば、もっと会社を強くするためである。株券を英語で言うと、「シェア」であるが、「シェア」とはまさしく「配分する」という意味である。株券を持っていて、利益配分を受けられるからこそ、社員は会社の業績向上のために必死になって貢献し、その結果、自己の利益配分を高めようとするのではないだろうか。ただし、株券ボーナスを社員全員に出す必要はまったくない。自社の株券を欲しいという人は、経営者的発想で仕事をする人のみで、大半の人々は、いわゆるサラリーマンである。そういう人は現金のボーナスを好むだろうし、それはそれで良いことである。人にはそれぞれ特性があり、同じである必要はない。ただ、株券を活用するということは、会社の価値という見えないものを信じることである。日本人には、見えないものは存在していないのに等しい。見えるものしか信じない日本人にとっては、不動産こそが会社の価値の集大成であり、その累積が成功の証とみなされていた。しかし、経済の法則は見えないものに支配されている。では、見えない会社の価値は何で測られるか?それこそ、松谷会長の言うように、収益力の可能性(将来のキャッシュフロー)と、どれだけ内部留保を持っているか(自己資本あるいは純資産)ということである。ところで、関西にあるC社は、実際に上場前に株券を賞与の時きに渡して成功したことがある。はじめC社長が「従業員に夢を与えたい。将来計面の一環として、わが社の株券を賞与のときに出したい」と突然言い出したときには、役員全員が猛反対したそうである。一方、株券をもらった従業員の反応もいまいちであった。会社の株券をもらっても、ただの紙きれにしか見えなかったという。それなのに、税金はきっちりと取られたので納得いかなかったそうだ。しかし結果的に、上場した後、株価が相当高くなって、従業員の多くが若くして夢のマイホームを買うことができたのである。驚いたことに、貰った本人よりも奥さんたちの喜び方が大きくて、大いに士気が上がったそうである。このように、未上場で株券を従業員に広く分散して持ってもらうと、上場後は破格のプレゼントにもなる。その後のC社は、前回の恩恵にあずかれなかった社歴の浅い従業員のために、新たな株券を使ったインセンティブをいろいろと計画している。ところで、株というのは日経平均が下がっているからといって、すべての株が下がるのではない。キャッシュフロー経営をきちんとやっている会社の株は、景気が悪い時でも必ず上がっていくものである。従って、C社の例は上場した時期が良かったのだろうと言って済まされる話でないことを一言いっておきたい。いついかなる時であろうとも、まともな会社の株価は傾向的に上昇してゆく。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.08.06
【法則4】借入れは変動金利で借りる■経営者は金利を甘く見てはいけないキャッシュフロー経営のいくつかのポイントについて、それらを効果的にコントロールする手段は、実は「金利」なのである。日本の経営者はもっと金利に敏感にならなければならない。そして、金利によって経営のスタイルを変えなければならないのである。そもそも、経営の「ヒト」「モノ」「カネ」でいうと、経営者は、まず「カネ」の管理をするべきである。その「カネ」の管理に基づいて、「モノ」の管理「ヒト」の管理を決めていくべきである。従って、経営者は状況に応じて、「カネ」の管理を締めたり緩めたりする必要があって、そのコントロールはおおむね金利水準によって決まってくる。つまり、金利は企業に対して「いろいろな行動をしろ」、あるいは「行動を変えろ」というメツセージを出していて、経営者は金利に応じて企業行動を変えなければならないのである。さらに企業金融面での金利、資本コストによっても企業行動を変えなければならない。いわゆる、資金調達を考えた場合に、銀行借入れする時の金利、社債で調達する時の金利、または株式で調達する時のコストなどを比較すると、いわゆる資本コストが違っている。経営者としては、それぞれの資本コストを考えながら、どれが安いのか、あるいは単に資本コストが安い高いというだけではなくて、資金調達の分散など他の要因からも考えて、どの資金調達を選ぶかを考えなければならない。そして、この資本コストの変動は、金利水準の変動と深く関係しているのである。そういう意味でも、金利変動を無視している経営者は、会社の資本コストを上げてしまうことになる。しかし、実際のところ、ほとんどの経営者が金利の重要性を認識していない。だから、モノの面が好調だからとか、景気がいいからといって設備投資をやってしまうことになる。当然のことに、金利の高い時に設備投資をやると、資本コストは高くつく。そして、設備投資をした1年後には景気が悪化してしまって、膨大な在庫が残るか、あるいは稼働率がドーンと下がって、せっかく購入した機械を動かせないということになってしまうのである。こういう失敗を避けるためにも、企業は金利によって生産行動と消費行動を変えていく必要がある。要は、金利の変動から発せられるメッセージに対して、経営者が聞く耳を持っているかどうかが問われるのだ。そういう意味で、私は借入れをおこす場合には「固定金利」よりも「変動金利」で借りた方が基本的にいいと考える。なぜなら、金利の変動を経営者が肌身にしみて知っておく必要があるからである。例えば、今金利が低いから○○をする、反対に金利が高いから○○をする、あるいはしないというように、金利の水準に応じて、やるべき行動とやってはいけない行動が変わってくる。それに固定金利よりも変動金利の方が金利が相対的に低いので得をする面もある。それが私が変動金利の方が好きな理由である。現在のような異常ともいえる低金利水準のもとで、7年とか10年ぐらいの長期借入れを固定金利で借りた場合、気楽に余分に借入れをしてしまい、ついついバカなところにカネを使ってしまいがちになる。それが経営者の陥りやすい落とし穴であって、それを避けるためにも必要なカネだけ変動金利で借りた方がいいのである。そうしないと、まずい時に痛い目に遭ってせっかくの利益を失ってしまうことになるからだ。それに加えて、銀行から低金利の長期固定でカネを借りた場合、万一その銀行が潰れた時にどうなるかという大きな問題がある。おそらく、私の考えでは、そういう事態に陥った銀行は長期固定の低金利を維持することができないと思う。その場合、変動金利以上で法律に触れない範囲の高金利を要求してくるか、あるいはその債権を切ってしまって別の会社に移すということになって何らかの追加資金が必要になるかもしれない。そうなった時、低金利だからといって目一杯借りている人が、果たして追加の資金を準備できるかどうか?どちらにしても、とんでもない事になるリスクが高いといえるだろう。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) 個人的には、経済の血流としての役目を終えた、財務に問題がある銀行は、 決済の利用に限り、預金や借金はできるだけ控えておいた方がいいと思う。
2003.08.05

■スーパーマーケットB社の設備投資B社は、年商170億円、従業員約500名のスーパーマーケットを経営する会社である。B社のバランスシートを見て気がつくことは、平成11年から12年にかけて、土地を買ってその上に建物をつくった。おそらく新規にお店をつくって開店したと思われる。これがこの5年間の「資産」の大きな変動になっている。それで「資産」が飛躍的に大きくなっている。キャッシュフローを大幅に超える設備投資であっただけに、資金調達にはかなり苦労している。相当なリスクを取ったわけだが、問題は、どういう形でカネを調達したかということである。明らかに、長期借入金一本に絞ってやったわけではない。長期借入金も少しは増えているが、元々かなりの長期借入金があったので、これ以上、そんなに長期借入金を増やせなかったのだろう。他にいろいろな方法でカネを調達したと思われるが、正直に言って、非常に分かりやすいものと、非常に理解に苦しむところがある。まず一つは、資本金を増やした。つまり、株式の増資を繰り返しやって、少し資本金を増やして、そのカネを設備に投下している。これはこれでいいと思う。つまり、長期借入金を少し増やした上、増資をして資本金を増やす。それから、毎期の利益が資本金になってくるので、これからもカネを投下している。分からないのは、この建物を増やした時に短期借入金が相当増えていることと、未払金と未払費用がかなり増えていることである。この辺の事情が、今ひとつ分からない。おそらく、未払金は設備投資に絡む建設関係の未払金だろう。それと、未払費用が急激に増えたあと、少しずつ減っている。これも、サプライヤーの業者等々に建設資金を振り分けたような形にしているように思われる。どういう種類のものかよく分からないので、はっきりとは言えないが、あまり褒められたやり方ではない。そして、それまでほとんどなかった短期の借入金が増えているのは、おそらく建設費用の一部を短期借入金の転がしで回すという状態にしているのではないだろうか。要するに、長期で借りられなかった部分をさらに金利の低い短期借入金で賄っている。但し、長期性の資金を短期借入金で賄うというやり方は、金利が低いからやるのだが、金利が急に上がった時に痛い目に遭うリスクが大きい。従って、これも褒められたやり方ではない。次に、長期の未払金が出てくる。これも正確によく分からないが、こういう未払金とか未払費用とかが、バランスシートで大きく膨れあがるというのは、本来、普通の借入金とか資本金で賄いきれないものを別のルートでやった結果であることが多い。これは、多くの企業に見られるやり方である。しかし、バランスシートをいじるやり方としては、あまり良いやり方ではない。それから、新規出店の建設とは関係のない、昔からバランスシートに計上されている不思議なものとして、資産の方にある、結構大きな短期貸付金がある。短期貸付金でありながら、毎期相当増えてきている。これは、おそらく、子会社か関係会社に貸し付けているのか、あるいは、他社に貸し付けているのか、その理由はよく分からない。一般的に、何らかの問題あるおカネを短期貸付金という形でバランスシートに計上する場合が多い。いずれにせよ、新店を出店した関係で売上は当然増え、出店のためにいったん下がった総資産回転率も戻りつつあり、なおかつ利益率も上がっているので、この5年間でいえば、新規出店自体は、ある程度、成功をしているような印象は受ける。ただし、これから競争も非常に激しくなってくるので、今後どうなるかは今の時点では何とも言えない状況である。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) このB社は、多分未上場の地方スーパーだろう。 日本のスーパーは、まだ地代家賃・人件費が高いせいか、あまり 投資対象として魅力ある会社が見当たらない。 せいぜい名証2部のアルビスぐらいかな。 スーパーなら、NYSEの「BJ’S WHOLESALE CLUB」やNASDAQの「COSTCO WHOLESALE」 などのように地代家賃も安く、在庫管理もやりやすいビジネスモデル の方が安心してみていられるように思う。
2003.08.04

■K社と2000年ITバブルそこで、K社の場合を見ると、この数年ほぼ減価償却とトントンぐらいの所で設備投資をしている。K社は、資本金50億、従業員500人のハイテクと自動車部品の製造会社である。今までは定期的にほぼ減価償却に見合って設備投資をやっていたが、3年前に少し突出した設備投資をしている。これはK社に限ったことではなく、そもそも、2000年ITバブルというのは一種の設備投資バブルでもあった。前々から私が評価していた、ロームですら、2000年には、キャッシュフローを超える大幅な設備投資を携帯電語の部品関係でやってしまった。それ以前は、ほぼキャッシュフローに見合う計数的定期的な設備投資をしていたのだが、この2000年バブルの携帯電話の異常な売れ行きに惑わされてバブルが半永久的に続くと錯覚したせいか、さすがのロームも大幅な設備投資をしてしまったのである。そして、2000年以降、一挙に携帯電話市場が崩れて、立ち上がった設備をほぼ1年前後にわたって実際には稼動させない、減価償却もたてないということで、なんとかPL上の利益を守ったのである。ある意味で、会計上の操作で赤字を免れ、そして出来上がった設備を1年ぐらい全く使わないという状況になってしまった。恐らく、設備の償却を行なったら、赤字になることも避けられなかっただろう。これも、キャッシュフローを大幅に超えて設備投資をするという、間違った意思決定をした結果であり、やはり、キャッシュフローの範囲内で、減価償却の数値を見ながらコツコツとコンスタントに設備投資をしていくというのが、企業の永続的な成長と発展を守るためには極めて重要な事である。ロームに比べると、このK社は、2000年バブルの時でも、先ほど言った自動車部品の新規増設で少しは設備投資を増やしたが、それでも適正な減価償却を超えることもなくコンスタントにやっている。非常に健全な設備投資のスタイルを守っているといえる。設備投資を控えているため、総資産回転率も少しずつ上がってきている。とはいえ、未だに総資産回転率が1以下であるのはもの足りない。早く1以上にならなければならないだろう。といって、全く問題がないわけでもなく、K社はタイに設備投資をしているのだが、その設備資金を社内に十分なカネがあるにもかかわらず、短期の借入れで賄っている。確かに、タイの金利が安いとか、あるいは、タイヘの投資はタイで資金を調達すべきだとか、理由はいろいろあるだろうが、基本的に減価償却の範囲を超える設備投資、それも長期の設備を短期借入金でやるというのは問題がある。金利が安くても長期の設備を短期資金で調達するというのではなくて、長期の設備という資金使途に対しては、やはり長期の資金調達で対応するべきである。こういう原則を守っていないと、うまくいっている時はいいが、まずくなった時にダメージが大きい。例えば、借りた短期資金の金利が急に上がるとどうなるか?日本も今、ゼロ%金利が続けられるかどうかという問題があって、いつどこで上がるか分からないという時代にきているが、そういう時には金利は急に上がるものである。1997年、98年のときのタイも、いわゆる東南アジアを襲った為替危機によって急速に金利が上がったことがあった。いきなりの金利上昇に襲われると、急激に資金ショートしてオタオタするということにもなりかねない。当時、大同コンクリートが倒産したが、インドネシア子会社のドル借入れによる資金ショートが、本社の純資産を超えて、債務超過となったのである。そういう意味では、長期設備投資の資金調達については、なるべく長期で調達するというのがあくまでも原則である。あるいは内部資金でやっていくということが大事である。そして、長期設備投資の資金調達として、銀行から長期借入れをする場合、そもそも膨大な借入れをしてまで設備投資をする必要があるのかどうか、あるいはそうすることによって本当に利益が出るのかどうかを、まず冷静に考えるべきである。2000年ITバブルの時には、多くのハイテク企業が膨大な設備投資に走ったのだが、結局、彼らが間違えてしまった苦い教訓を忘れないことである。つまり、キャッシュフロー以上の金額については、資本市場から社債や株式発行で調達するか、あるいは銀行から長期借入れをするわけだが、おおむね今のようなデフレ経済のもとで、そういうキャッシュフローを超える大幅な長期資金借入れをして成功するケースがどちらかというと少ない状況である。いわば、本当にそんなに膨大な設備投資がいるのか、少し頭を冷やして考えてみる必要がある。せめて1年単年度でその設備投資を全額やるというのではなくて、2年ぐらいに分散して設備投資の極端な山をならして、両方の年度を合わしてキャッシュフローの範囲内におしこむか、あるいは、若干どうしようもなく足りないとすれば、その分少し借入れをおこすぐらいで抑えるということを考える必要がある。私がなぜ「2年度にまたがってやる方がいい」と言うかというと、初年度投資してみたら、その後意外に量気が悪くなってしまって、翌年度で投資をやる必要がなくなった、という結果になるだろうと予測しているからである。例えば、工場でラインを10本増やそうとする時に、初年度に半分の5本設備投資して、結果的にそれで済めば、残る5本のライン増設は必要なくなってしまう。つまり、初年度で少し多めにやった投資は、仕方ないからぼちぼち償却していくという程度でおさまって、次年度にやるはずだった残り半分の設備投資をやらなくて済んだ。それで、減産とか設備廃棄をやらずに済む、ということになるだろうというのが、私の予測である。一挙に単年度で、大量の設備投資をキャッシュフロー以上にやって、銀行借入れをして思うようにいかず、結果として、銀行管理会社になるようなバカな事はしないことである。なお、K社の売掛債権の回転率が上がっている。これは海外での売上が増えた結果だ。つまり海外でのサイトは30~60日、日本では90~120日、こういう所でも日本のいい加減な会社とは取引しない方が良いことがわかる。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) このK社は、京都に本社があるサンコールだろう。 ここも財務がいい。 特段の要因がない限り、「秋~冬に買い、春~夏に売る」を繰り返して いれば、そんなに間違えることはないと思う。
2003.08.03
■投資を「期間」で考えるか「回収率」で考えるかの違いところで、日本の経営者は通常、投資を「回収期間」で考えている。いわゆる、ROI(投資利益率)、つまり投資額に対して利益がいったいどれだけ上がったかを回収期間で考える経営者が多い。例えば、ある投資をして3年後に期間収支がトントンになり、5年目で累積損がカバーできて、その後に利益が上がればいいという考え方をする。つまり、初期投資が回収される期間を考えて、それが短ければ良い投資だと考えるのである。これに対して、我々投資家は、投資額の回収率で考える。この二つの考え方がどう違うかというと、投資を回収期間で考える場合は、投資額が回収されるまでに何年という時間的余裕がある。回収に時間的余裕があると、どうしても安易な投資になりがちで、いつかどこかで「一発ドカン」と儲けて、最終的に投下資金を回収すればいいではないか、という発想に偏りがちである。一方、我々の考え方でいくと、初年度からきちんとROIを回収率で考えるので、初年度からでも利益を出さなければいけないし、5年間の平均でROIが何%でなければ良い投資とはいえない、といった見方をする。そうすると、安易に投資ができなくなって、初期投資を抑えようという姿勢が生まれる。毎年少しずつ投資をして、毎年回収していかなければならなくなるわけである。従って、設備投資にしても、最初に「一発ドカン」とするのではなく、例えば5年分の投資額を一年分ずつ少しずつ投資するようになる。そして、その少額の投資で売上を上げて利益が出るのであれば、回収したその利益を使って新たに投資をするということになる。要するに、投資リスクを最小化することができるのである。このように、投資をすれば売上が上がってきて、キャッシュフローが出ると予測される範囲内で投資をするというのが、我々の考え方である。日本のように、とにかく売上を増やすために、先に大規模な設備投資をやるという考え方だと、リスクが大きすぎる。いずれにせよ、同じROIという言葉を使っていても、その背後にある考え方が大きく違っていることを見逃してはならない。日本の経営者も、ROIの発想について、そろそろ考え方を変えなければならない時代にきている。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.08.02

【法則3】設備投資は減価償却で厳しくコントロールする■設備投資額は減価償却に応じて決める設備投資をいつどのようにするかという事は、なかなか難しい問題である。企業が拡大再生産をして成長していくためには、設備投資をして商品およびサービスをより多くマーケットに出していく必要があるが、日本では、景気がいい時に設備投資をして生産を拡大しようとする企業が多い。反対に、景気が悪い時には、設備投資をやめてしまうという傾向が強い。しかし、このやり方には問題が多い。景気がいい時は稼働率が上がって増産しても足りないので、設備を拡大しようとするのだが、景気のピークで設備投資の決定をして工事にかかると、どんなに早いものでも設備が立ち上がるのには一年ぐらいかかる。そうすると、立ち上がった時には景気のピークが過ぎていて予定外に出荷が減ってきてしまう。つまり、増産したり新規の設備によって生産が立ち上がってくる時には、すでに売れなくなっているので一挙に在庫が増えてくる。あるいは在庫を増やすのを避けようとすると、減産をして稼働率が落ちてくる。そして結局、景気がどんどん悪くなって、つくったばかりの設備を動かせなくなる事態にもなってくる。逆に、景気の悪い時に設備投資を控えていると、景気が谷から立ち上がってきた時には、いくら増産しても足りなくなる。せっかくの景気回復期に、十分な売上をたてることができずに、売上機会をなくしてしまうのである。とにかく、最気がいいと思ったから設備投資をするとか、景気が悪化したから設備投資をやめるというような人間の勘で判断していると、大きく間違ってしまうことを理解しなければならない。特に日本人の勘は鈍いから、逆に勘を頼りにやっていると、いつも逆の結果を招いてしまう。ただし、何事も例外はあって、景気が悪い時に設備投資を増やし、景気がいい時には設備投資は増やさない、という会社もある。例えば、三洋化成工業は、昔から景気が悪くてみんなが何もしない時に設備投資をする。そうすると、資材なども安く購入ができ、景気が回復してきた頃に投資した設備が立ち上がってきて、売上が増える。逆に、景気がいい時には少し設備投資は控えめにして、ピークの後の落下の時に設備が過大にならないようにする。それに加えて、景気がいい時というのは、みんなが設備投資をやるから、資材なども高くて割高になるのでやらない。このような経営政策を三洋化成工業は昔から守っていて、化学産業という景気循環産業でありながら、意外にその景気循環で痛い目にあわないで済んでいる。これほど勘のいい経営者は日本では珍しい。とはいえ、真似をしてはいけない。一般的には、勘に頼らない計数的な投資計画を立てて淡々とやっていくことが、あくまでも原則である。そこで、神ならぬ我々が一番に考えるべきことは、基本的に設備投資はキャッシュフローの範囲内でやるということだ。ここでいうキャッシュフローとは、いわゆる狭義のキャッシュフローで、税引後利益と減価償却を合算したものである。このカネは会社がある程度自由に使えるカネである。そして、自分の会社の営業のやり方によって、確実に絞り出してこれるカネである。いわば、社長が読めるカネであって、この範囲内で設備投資をやっている分には、決して過大に設備投資して失敗をすることもないし、過小に投資をして売上機会を失うという恐れもない。特に、一番読めるのはそのうちの減価償却の金額であり、これは大体コンスタントに来年の減価償却はどれくらいになるのかを読むことができる。その次の年の設備投資をどれくらいやるかも分かれば、再来年の減価償却もほぼ読める。このように、減価償却は中長期的に読める数字であり、その数字の前後あるいは若干プラスするぐらいで、あくまでもキャッシュフローの範囲内でいつもコンスタントに設備投資をしていくのが、うまいやり方である。ここで第13表の「設備投資とキャッシュフローの推移(全産業)」のグラフを見てほしい。これは全産業の設備投資額とキャッシュフローを比較したものである。設備投資には少し前のキャッシュフローを使うため、キャッシュフローの金額は二期分ずらしてある。おもしろいことに、バブルの始まる1987年以前というのは、設備投資額とキャッシュフローとはほぼ一致している。全産業べースで見ると、日本の企業総体としては、かなり節度を守っていたといえる。ところが、1988年後半から93年まで、日本企業は総体として、キャッシュフローを大幅に超える設備投資をやってしまった。いわば設備投資バブルになってしまったのである。その後、総需要は思ったほど伸びず、売上金額が減りはじめ、設備が過剰となって、企業の肩に重い負担をかけるようになったのである。そもそも、キャッシュフローというのは、景気の情勢によく見合っているから、自分の会社のキャッシュフローが見えるという事は、ある意味で、景気の動向もある程度見えるということである。これについては、後で詳しく述べるが、そういう対応を5年、10年続けていると、実勢に即した形でコンスタントに設備投資をしていくことができるようになる。これが神ならぬ身の人間のやることとしては、確実にやっていけるやり方ではないだろうか。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)三洋化成は、堅実経営の会社で、個人的には、好きな会社である。筧社長が会長に退いたが、路線は変わらないようなので、秋~冬頃にでも買ってみようかな。
2003.08.01
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