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午前中にパパと、電機屋さんへ。私のDVDレコーダーが、もう、半年前からまた、壊れちゃっていた。このDVDレコーダー、すでに一回、修理にだしている。DVDの再生がバグったり、録画が出来なかったりで、もう随分、前から、ダビも出来なくなっていた。嵐君の番組がここのところ多いので、なかなか修理に出せないでいた。ところが、見るだけのリビングのDVDプレーヤーも最近、壊れたのだ。・・・・と言うより、チビが、使いすぎたのだ。映画馬鹿のチビが、乱暴な操作をする物だから、壊れたと言っても良い。まあ、でも、こちらは、買って何年にもなるから、仕方が無い。そこで、パパが見たいDVDが見られず、とうとう重い腰を上げたのだ。やっと、DVDレコーダーを取り替えられるなあ。もう、壊れないメーカーのが良い。当たり前だが。今までのは、私がへそくりで買った。今回は、パパが、DVDプレーヤーと、レコーダーと、両方買ってくれた。待っている間、パパは、大きな液晶のTVを見ていた。「欲しいの?」と尋ねると、「おお・・・」昔は、100万円近くしていたプラズマTV。今は、50万ほどで、かなり良い大きな物が買える様になった。我が家の団地は、集中アンテナで、すでに地上デジタル放送が入っている。コンバーターを交換しただけだが、30局近くの放送が入るようになっているし、番組表なども、一緒にTVに映るようになっている。しかし、家のリビングの広さを考えると、あまり大きな物は目が悪くなる。まあ、もう暫く待って、買おうね。雨の中、二台のDVDを積んで帰宅。パパは、すぐに、設置。私のは、少し片付けてから・・・とそのまま台所の端に置いた。午後から、撮影した絵葉書をアップした。みな物凄く可愛い写真になった。お客様に気に入って頂ける自信作。沢山ご注文があると良いなあ。
2006年11月30日
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今日は、小休止で、いつものメンバーとお食事会。今日のお店は、私の行った事の無い場所にある。高速で30分ほど行って、そこから更に、20分ほど行った場所。しかし、どうも行き過ぎたらしくて、前に、自動車学校と、線路しかなくなった。慌てて友人に電話すると、「うん、行き過ぎてる、前に立ってるから、戻って」。暫くまた来た道を戻ると、居ました、居ました、今日の幹事のTさん。今日のメンバーは5人。美味しい御弁当風のランチを頂いた。今までずっと会えなかったIさんも来ていたので、ベトナムのお土産やら渡した。気の置けない仲間との時間は、本当に楽しい。身体の話から、美容の話、子供の話、家庭の話。幾ら話しても、話題は尽きない。お店にとっては、長居をする、困ったグループかもしれない。いつも思うが、こうしてランチに行くと、私達のように、実に女性のグループが多い。こういうお店は、女性客の舌を掴んだら、勝ちなのだろうなあ。男性は、一体何処で、食事しているのだろう。牛丼やさん?ラーメン屋さん?本当に、こういうお店って、女性が多いのだ。たっぷり3時間、食事をして、おしゃべりをして表に出た。それでも喋り足りなくて、まだ、立ち話をしていたら、空から、ポツリ、ポツリ、雨が落ちてきた。やっと、解散。三々五々、帰宅した。あ~、楽しかった。来月は、師走なので、1月に会う約束をした。皆、次に会うまで元気でね。
2006年11月29日
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ここのところ頑張りすぎちゃったかなあ。朝から、鬱です。昨日まであんなに、頑張っていたのに、今日は、な~んにもしたくなくなっちゃった。困ったなあと思ったが、こういう日は、抵抗せず、ゆっくりするに限る事は、周知の事。だから、朝から、ぼーーっとしていた。食器洗い機に朝一回かけたきり。お天気も良いが、お洗濯もしない。ただただ、好きなTVをみていた。午前中に、少し寝た。不思議なのだが、鬱の時は、眠いのだ。きちんと、夜、寝ていても、眠いのだから、不思議だなあ。夕方、少し動けたので、買い物に出た。お花を買った。可愛いガーベラ、ピンクと黄色。そう言えば、イェンちゃんが、紅葉の紅葉の写真を送って欲しいって言ってたなあ。なかなか、出る時に、デジカメを持って出られない。今日も、スーパーへ向かう道、黄色い綺麗に紅葉した葉っぱが風に舞うのを見て、ああ、しまった、デジカメを持ってくれば良かったと思った。秋も晩秋に入った。一番好きな季節。本当に綺麗な季節。街路樹だけでも、黄色、橙色、真っ赤と、はらはらと、わくらばが、落ちてくる。うちの小さな紅葉の木は、どういうわけか、なかなか赤くならない。それだけ、暖かいのかもしれない。家の紅葉が赤くなったら、写真を送ってあげようと思っているのだが・・・。ベトナムに行ってから、もう、ひと月経っちゃったんだなあ。早いなあ。何だか、凄く懐かしい。もう一回、是非、いきたいな。ありゃ、鬱、少し良くなってきました。
2006年11月28日
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撮った写真を、今日は、編集し始めたら、気に入らない。もっと、色色な小物を使って撮りたくなった。仕舞ってあったアンティークのプチポアンの旅行セットやら、お人形用のトランクなど使って、生きている子のようにポーズをさせたら、なかなか素敵。うん、良いじゃない!またまた、20枚ほど、撮影。今日は、編集までやってしまいたかった。ガンマ値や、明るさ、コントラストを調整した。物凄く目が疲れる。これで良いと思って、プリントしたが、なかなか良い色にならない。気がつくと、もう、インクが無い。写真用の光沢紙も無くなっている。仕方が無い、午後から、遠くの電気店に出かけた。貯まったポイントでまだまだ、買えた。厚みのある光沢紙を探すのに、往生した。インクも、多めに買った。すぐに、戻ろうと思ったが、ついでに、夕食の買い物をした。夕方から、また、調整、プリントアウトを繰り返した。根気のいる仕事だなあ。でもし始めてしまったから、最後まで何とか仕上げたい。全部で、50枚ほど、プリントアウトしたが、たっぷり時間が掛かってしまった。うん、良いじゃん。そうか~、ドールはこういう楽しみ方もあったんだと今更ながら、気がついた。カレンダーも作ろうかな?楽しみがどんどん、増えていく。もう少し頑張ろう。
2006年11月27日
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今日から、撮影を始めた。絵葉書用の写真。今まで、お人形を紹介するための写真しか撮ったことが無かった。色色な写真集を見るたび、ああ、こんな風に、撮れたら良いなあ・・・と思った写真がいくつかある。それを、思い出しながら、プロには叶わないが、心の目で見ながら撮影して行こうと思った。とりあえず、背丈の同じような子から色色なポーズで撮影した。向き合わせて、お話をしているようにしたり、お人形を持たせたり、30枚ほど撮影するのに、一日掛かってしまった。私は自然光で取るものがほとんどなので、勝負は、昼間だけ。午前中の時間から初め、午後3時ギリギリまで撮影した。なかなか面白い物が撮れた。また、いままで気がつかなかったその子の可愛らしさも引き出せた。あら、この子こんな可愛い表情もしているのだ・・と、今更ながら、フレンチドールの魅力を堪能した。夜、画像を調整しようと思ったが、もう、目が疲れてしまい、断念。また、明日頑張りましょう。
2006年11月26日
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天気予報がはずれ、良いお天気になった。パパは、社員旅行に南紀勝浦に出かけていった。子ども達も、それぞれ、大学に出かけて行って、のんびり、朝ごはん。今日は、色色動きたい。午前中にファックスで、ご購入のお申し込みがあった。北海道の方。ありがたいお話です。こちらからお返事のファックスを送ろうと、書いてあったお電話番号に掛けると、受話器の向こうに女性の方が出られた。あ、ファクスどうしよう・・・少し戸惑ったが、なかなかお客様と、お話させていただく機会が無いので、お話してみたくなった。お人形を送るために、ご住所を伺った。最初に郵便番号を伺った時点で、すぐに北海道とわかった。数字の少ないのは、北海道だから。「え?よくお分かりになりますね」柔らかいお声が返ってきた。「そちらは、もう、雪ですか?」と尋ねると、もう、積もっていて、今日は、吹雪いているのだそう。日本は、小さな国だが、やはり、北海道は、遠いのだ。今日、こちらはいつもより暖かい、日差しの一杯降り注いでいる日和だが、札幌は、吹雪いているもう、真冬なのだ。昨日ニュースで、やっと近くの山の裾の方に、紅葉が降りてきたと言っていた。色色事務的なお話をさせて頂き、お電話を切った。それから、チビと昨日、頑張ってソファの上の洗濯物を畳んだものを、二階に片付けたりした。パパが帰ってくるまでに、夏用のキルトのカバーをはずし、先日通販で買った、温泉効果のあるカーペットをソファに掛けたいなあ。これ本当に、優れものだった。絨毯の上にもう一枚、敷いて有るが、ホカホカあったかくなってくるのだ。遠赤外線効果と、マイナスイオン効果もあるそう。早く、もう一枚、ソファに掛けたい。午後から、電気屋さんに、買い物に行った。本当は、そんなに遠くまで行かなくても、家から14分ほどで、大きな電気屋さんがあるが、今日行った電気屋さんは、ポイントが貯まっているのだ。冷蔵庫やら、キッチンのエアコンやら買った時、ポイントが、もう、2万点以上貯まっているのに気がついた。そこで、少し買い物をしようと出かけた。パソコンにつなげてあるプリンターのインクを、年賀状用に少し沢山、それから、光沢紙の葉書の紙など、それでもまだ、2万点以上あったので、車に載せておくラジカセを探した。実は、私の車は、CDは付いているが、以前の車のようにカセットは付いていないのだ。今まで、潤君のラジオや、ニノのラジオを聴いていたが、聞けなくなってしまった。それでも、毎月、送っていただいているので、ラジカセを乗せたいと思っていたが、なかなか買いに行くチャンスが無かった。ラジカセなど今時、有るかなあ・・・と思ったが、結構、沢山出ていた。驚いたのは、CDプレーヤーより、お値段が高かった。でも、これもポイントで頂いちゃいました。随分、ただで頂いちゃったが、まだ、15000点以上残っているから、嵐君のDVDやCDが出たら、使おうかな?ものすごーーく得をしちゃった気分です。電気屋さんのポイントカード、馬鹿にできないっすよ、皆様。しっかり、お買い物をして帰宅。今日は、パパがいないので、お漬物が駄目なパパが食べられないけれど、私達3人が大好きな、豚キムチを作った。美味しい「風に吹かれて豆腐やジョニー」と、アサリのおみお付けにサラダ、最近凝ってる古代米の赤いご飯です。パパがいないと、寂しいけれど、何だか、のんびりします。
2006年11月24日
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今日は、勤労感謝の日。感謝する人は、ゴルフのため、いつもより早く家を出て、もう既に居なかった。去年の今頃何していたのかなあとブログをたどった。少し懐かしく、少し驚いた。まるで、5年くらい経ったような気持だった。去年の今頃、私は、コーラス部を辞める前、一生懸命歌に打ち込んでいた。そして、オネエが卒論を書くため、毎晩、遅くまで図書館に通い、チビの受験の為、毎日のように受験に付き添って名古屋に出かけていた。・・・本当に、随分遠い日になっちゃったような気がした。えええーーっ、あれからまだ、1年しか経ってないの?といつもなら、時が経つのが凄く早く感じるのに、今日ばかりは、この1年が物凄く長かったような気がした。そうなのだ。生活が激変したからなのだ。10年続けていたコーラス部を退部し、オネエは、大学院に進み、大学生の時とは、全く違う生活になり、チビは、高校を卒業し、大学生活を楽しんでいる。私はもう、役員の仕事も無くなり、学校に行く事もなくなった。週一のコーラス部の練習も無くなり、すべての時間が、自分の物になった。とても、濃い時間が過ごせたような気がした。だから、去年の事が、もう何年も前の時間に思えたのだろう。変わっていないのは、嵐君のイベントには、ちゃんと行っていること。去年のこの時期の少し前、大ちゃんの舞台に、東京と、大阪に出かけている。握手会にいけなくて、悶々としたり。何だか、それだけは、今と変わりなく、安心した。今年も、来月早々に青山でのお芝居に出かける。嵐生活だけ、日常の指針のように普通に淡々と、送っているのが、何だか凄く不思議でもあり、おかしくもあった。ブログを書いていると、こういう効能がある。一年が過ぎようとしているこの時期に、一年を振り返られる。もっと、早くにブログ始めればよかったなあと、思う。ブログを初めて、すぐに、父の病気がわかり、父との思い出が一杯のブログになった。その前自分がどういう生活をしていたのか、今更ながら、思い出せない。本当に、書き残しておけば良かった。残念。
2006年11月23日
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今日は、午前中は、鬱がまだ残っていたが、午後から、何とか立ち直った。明日から、パパは、休み。でも、明日はゴルフで、金土日は、和歌山に社員旅行、で、最後の26日は、親戚の同じ年頃の旦那様同士のお楽しみゴルフ。お~い、家族のための日はないのか~と、突っ込んでみようとしたが、嬉しそうにゴルフの話をするパパに、そうか、そうか、良かったねとしか言えない。かく言う私も、来月早々泊まりで東京にお芝居を見に行くし、年末は、大阪に見に行くし、お正月早々、当たったら・・だが、嵐君の冬コンに行くから、今のうちに、パパが楽しんでくれたら、フィフティフィフティで済む。お知り合いから、おりんごが届いた。会社関係の方で、いつも、お気を使ってくださる。ありがとうございます。箱を開けたら、甘い香りがした。そうか~、もう、お歳暮の時期なんだ。うちもうかうかしていられないですな。夕方から、ひと月に一回になったカウセリング。病院には久しぶりに早くに行けた。車を降りると、桜の赤い葉っぱが一杯落ちていた。綺麗だなあと、一枚拾った。何となくそのまま、診察室に入っちゃった。美人のカウンセラーさん、大阪弁が時々飛び出し、とても、面白い方なのだ。「このひと月、いかがでしたか?」「昨日、朝から、鬱が酷くて、寝たり起きたりしていました」・・から始まって、色色な話をした。この時間は、本当に私にとって、大切な時間だ。普通に生活していると、自分の事って、あまり人に話したりしない。しかし、カウンセリングは、すべて自分の気持を吐き出す。そうすると、見えなかったものが見えてきたりする。前にも書いたが、アメリカ人は、何人カウンセラーを持っているかが、ステータスになる。メンタルな部分をとても大切にする国なのだ。日本でも、もっと、皆が、こだわり無く、心療内科に掛かったり、カウンセリングを受けたら、世の中、もう少し変わるんじゃないかと、本気で思っている。いまだに、心療内科に掛かる事を、特別に見ている差別に似た感覚が、この国を駄目にしているような気がする。人ってそれほど強くないし、強くない事を恥に思う必要は、さらさらないのに、日本人て、変なプライドを持っているから、残念だと思う。少なくとも、私は、自分から精神科に飛び込んだし、自分からカウセリングを望んだ。だから、今日があると思っている。一時間たっぷり、自分の気持を吐き出し、カウンセラーにアドバイスを頂いて、気分も上々になって、病院を出た。帰りに買い物もできたし、晩御飯も作れた。鬱から復活かな。
2006年11月22日
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今朝から、鬱が酷い。昨日、あんなに調子良かったのになあ。鬱は突然、くる。自分の心理状態いかんに関わらず。いきなり顔を出す。だから、例えば、今日はあれをしよう、これをしようと思っていた気持を、ぐちゃっとつぶしてくれるのだ。で、情けなくなって、余計に鬱状態になる。マイナスの相乗効果・・・かな?こういう時は、何もしない。したくても、起きていられないのだ。少し横になって、あ、動けそうかな?と立ち上がって、洗濯物を洗濯機に入れると、はい、そこまで・・・なのだ。もう、だるくて、起きていられなく成っちゃう。一日、それの繰り返し。また、少し元気になって、動こうと起き上がる。食器を食器洗い機に入れようと、下洗いをする。しかし、そこまで。機械に入れる前に、ダウン。でも、以前は、体の鬱より、心の鬱のほうが比重が重かった。それが、最近は、体のだるさの方が、勝って来た。これは少しでも良くなっている証拠かな?明日、月に一回のカウンセリングだから、行けたら、聞いてみよう。でも、鬱って不思議だよね。心の病気なのに、体に来ちゃうんだから。そう言えば、御祖母ちゃんもそうだな。ちゃんと歩ける日は、頭もしっかりしている。人間の体って、本当に不思議な物だなあ。鬱は、本当に辛い。自分の気持とは、別に、いきなり出るから、気持の対処に、あたふたする。今はもう、ああ、今日は鬱だから、仕方ないやって思う事ができるが、以前は、割り切れなかった。どうしてこうなっちゃうの?如何してちゃんとできないのって、自分を責めた。そしてまた、マイナスポケットに深く入り込んだ。今の状態は、マイナスポケットの縁に両手の肘でぶら下がって、足をぶらぶらさせながら、表を見ていられるようになった。明日には、ここから出られるかなあ・・なんて思いながら。ただ、お昼に、保険屋さんが母の所に来て、書類を書かなくてはならなくなり、鬱の状態のまま母の所に、パパと出かけた。母はいつもの調子で、どうでも良いことを次々話かける。「鬱って言ってるでしょう。鬱のときは誰ともしゃべりたくないし、会いたくないのに、無理してきてるんだから、少し黙っててくれない!」と、声を荒げてしまった。可哀相だったが、全く、この人だけは、解かりません。保険屋さんにも、愛想良く出来なくて、パパに申し訳なかった。一応「具合が悪い物で」と保険屋さんがいらした時、最初に言ったが、仕方ないよね。間が悪かった。夕方、皆が帰って来た。ぐちゃぐちゃの机の上を見て、「お母さん、鬱?」とはチビ。「うん」と答えると、そのまま部屋に行った。もう、私の鬱が、普通の感覚になっているのだろう。夕食は勿論、表には食べにいけないから、御寿司を頼んだ。もう、宅配してくれるのは、このあたりでは、御寿司しかなくなった。明日は、良くなっていると良いのですが・・・。
2006年11月21日
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月曜日は好きじゃない。みなが動き出す日。私1人、取り残されたような気がするから。今日も、遅い朝に目覚めた。最近、本当に、起きるのが遅くなった。深夜まで起きていることが多いから。いけないなあ。ドールのご予約がまたあった。この子は、以前からショップに出していた子。とても、可愛い子だったが、どういうわけか、余りお問い合わせが無かった。余り長いこと我が家にいるのも可哀相になり、お値下げしてアップした。これで、新しいオーナー様のところにお嫁入りできます。でも、正直、仕入れ値を大きく割っているので、私は、損をする。ポリシーを貫くのは、結構、痛い思いもしますなあ。いやいや、これが、私の歩く道。本当に欲しい方に、可愛がってくださる方に、お嫁入りできれば、それで良しとしましょう。またまたショップが歯抜け状態になっちゃった。また、新しい子をアップする準備に掛からねばなりません。まだまだ、お嫁に行って欲しい子がいますから。お正月が近くなると、お年賀状が気になる。今年は、暇もあるから、頑張って、お人形のお客さま用に、きれいな写真を撮って、皆様に出そうと思う。本当は、カレンダーも作りたい。以前ポストカードを作って、評判が良かったから、今年も頑張ってみようかな。したい事が一杯。でも、いつも途中で挫折しちゃう。パパ曰く「したい事と、出来る事は違うからな」したい事が何時も一杯の私に、パパは、いつもそう言って、私を諌める。頑張りすぎると、体の弱い私は、すぐに寝込んでしまうから、年末に頑張った時は、お正月に寝込むのだ。子供が小さかった時、一度、お正月中寝込み、本当に可哀相な思いをさせた事があってから、パパは、私が年末に無理をする事を嫌がる。お掃除にしろ、何にしろ。だから、特にここ数年、更年期で余計に寝込む事が多くなってからは、「適当にな」って、ブレーキをかける。でも、やりたい事が一杯です。ちょっと、頑張ってみましょう。
2006年11月20日
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今日は、雨。朝から、パパと、映画に行き、パパが珍しく自分のジャケットが欲しいから、見たいと言い出し、私は、また、産みたて卵を買いに行きたいと言い、最後に、我が家の近くのお城のような美容院の場所を借りて、知り合いが開いている、小物の展示即売会に行こうと、計画を立てた。オネエが出かける前に「最近、デート多いね」とニッと笑った。そう言えばそうかなあ。夫婦としては、今一の夫婦だが、友達としては、最高のパートナーとお互い、思っているから、子供の手を離れた今、遊びに行くには、本当、オネエの言うように、最高に楽しい相手だ。お昼ごはんを食べて、まず、映画。この「トゥモロー・ワールド」は、パパが見たい映画。私はこういうの、あまり見たいと思わない。内容は、食品添加物や、放射能によって、妊娠しても、おなかの子供が育たず、新しい出産の記録が途絶えて18年目の世界。イギリスに不法滞在の黒人の女の子が妊娠する。その子を、食べ物や、資源を奪い合う、政府の軍隊や、反政府軍の軍隊から守り、理想的な思想を持つ団体に引き渡すまでを描いた映画。食料も少なくなった近未来は、手塚治の描いた、近未来とは、全く違った荒れた未来だった。暴力と、殺戮の未来。そんな中、妊娠した臨月の黒人の少女を守る為、次々、守ろうと協力していた人たちが、殺されていく。そして銃声の響き渡る建物の中、彼女は出産する。そしてまた、表に出た彼女と、彼女を守り一緒に逃避行を続ける使命を受けた男性。政府軍と反政府軍が戦闘を繰り広げる最中、彼女が胸に抱いた赤ん坊が、火がついたように鳴き声を挙げる。まるで、戦う人々を非難するように。そしてその声に、一瞬、すべての銃声が止まる。そこにいた政府軍も、反政府軍も神の声を聞くように、赤ん坊の泣き声に、道をあけ、十字を切る。そして、最後に・・・・。正直、こういう映画、好きじゃない。銃声の鳴り響く映像ばかりのこういう映画。戦争映画のように、事実に近いものじゃないのなら、思い切り、スペクタルが良い。思い切り、現実と離れた映像が良い。近未来が、本当にこんなだったら、生きている意味が無いじゃない。でも、本当に今の世界がこのままの状態だったら、こういう、世界の近未来になりうる可能性はある。怖い。映画館を出て、駅前のデパートに入ったが、やはり、何時も名古屋で買い物をしているので、その品数の少なさに、そそくさと出た。パパは「いつものブランドはないのか」とあれは?これは?と聞くが、どのブランドも、名古屋にしかない。パパのお気に入りのブランドは、ゴルフメーカー。高級品じゃないが、なかなかユニークなデザインで、お値段も手ごろなので、パパのバースディプレゼントは、いつも、そこで調達している。特に、独身時代から買っているブランドは、以前は駅前の松坂屋にあったが、松坂屋がこの街から撤退してからは、もう無い。夕食に、ちょっと贅沢して、うなぎを買って、駐車場に戻った。産みたて卵を買いに行くには、ちょっと時間が遅くなった。じゃ、一度、帰宅し、チビがいるので、チビを連れて、展示会に行こうと言う事になった。雨の中、我が家から歩いても2~3分のこの建物。ヨーロッパの学校が廃校になり、そこのレンガをすべて輸入し、建てられた美容院なのだ。しかし、カットだけで1万円もする。母が暫く行っていたが、あまりの高額に、行かなくなった。しかし、固定客が多くいて、名古屋から、わざわざやってくる。この県に幾つもの支店を持つ、その本店。私は以前、ここで行われたチェンバロと、歌のサロンコンサートの時に、中に入ったことがある。広い庭には芝生が敷き詰められ、石段を何段か上がった上に建つ総レンガの正にお城のような建物。勿論建物の内部も、天井には、アールヌーボー時代のシャンデリアが輝き、置かれたアンティークの家具は、もうため息が出ちゃうくらい素晴らしい物だ。太い何百年も経った柱や、窓枠、天井に近いところの装飾など、本当に素晴らしい物だ。夜には、毎日ライトアップされ、この団地のシンボルの建物になっている。パパとチビと中に入ると、顔見知りの方がいらした。もう、片付けに入ってらっしゃる所だったが、実は、展示会じゃなく、パパは以前から中が見たくて行ったから、品物は二の次だった。しかし、私は、並べられた大好きなビクトリアンの小物を、見せていただいた。暫くあちこち見て、失礼した。パパは、満足そう。今日は、有意義な一日でした。あ~、面白かった。
2006年11月19日
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最近、忙しくて、なかなかブログがその日に書けない。一週間遅れで更新しているから、その日の事を忘れちゃう。今日は、パパはゴルフだし、特別なことはなかった。で、昨日の事。昨日は、革工芸だったのだ。先月、お休みしたから、2ヶ月ぶり。ベトナムのお土産を持って、行った。ドアを開けると「あーー」と皆さんから声が上がった。「お久しぶりです」と言うと、皆さんの笑顔が返ってきた。先生の追悼展示会以来だ。先生がいらっしゃらなくなって、30年来の生徒さんが、今の指導をしてくださっている。先生の展示会から、新しく入った方がお二人いる。そのうちのお1人は、私の古くからの友人。そしてその兄嫁の方で、他の革工芸のお教室に行ってらした方。今日は、私が、この革工芸教室に入れていただくきっかけになった、トートバックの製作に掛かった。どれほど、この作品を作りたかったことか。本当は、順調に行けば、1年目から2年目に掛けて製作する、カリキュラムだったのだが、父の入院、死亡、御祖母ちゃんの入院、介護などで、丸3年過ぎた4年目の今日からの製作になった。恩師のO先生が「やっと作れるわね~」。嬉しくて嬉しくて、仕方が無かった。このトートバック、娘や、母からすでに注文されている。一つ製作するのに、3ヶ月掛かっちゃうから、この一年、来年一杯は、これを幾つも作る事になりそう。頑張ろうっと。午後からは、展示会の打ち上げです。またまた、私の知らない、お料理屋さんに、つれて行っていただいた。古くからのお料理屋さんで、桑名と言う場所にある、九華公園と言う、お城跡にある公園のお庭の見えるお料理屋さん。ここの近くには、小説の舞台になった有名なお料理屋さんもあったが、小説のような出来事があり、今は無い。車を運転なさらないメンバーを乗せ、公園横を通ると、「わあ綺麗ね~」と声が上がった。桜の葉っぱが、綺麗に紅葉していたのだ。桜は、本当に好き。春は、綺麗に花を咲かせ、秋には、紅葉を楽しませてくれる。家の斜面は、かなりの広さが有るのだが、ここの家に引っ越して来たとき、大きな胡桃の木と、柿の木が二本あって、植えられなかった。その後、胡桃の木が倒れ、根こそぎ処分してから、下の大通りから我が家が丸見えになった。そこで、私の希望で、どうしても桜を植えたかったが、出入りの植木屋さんから止められた。そりゃ~、世話が大変なんだそうだ。今、諦めきれずに、パパと、さくらんぼの木と、くりを植えようかと話している。お料理は、普通の会席料理だった。先附が出てきて、お刺身の盛り合わせがでてきて、天ぷらがでてきて、茶碗蒸しがでてきて、お鍋物が出てきて、ご飯とおみお付けとお漬物がでてきて、デザートにアイスクリーム。相変わらず、食べ切れませんでした。でも、皆さんと頂くお料理は美味しい。特に、人生の先輩達のお話を伺いながらのお食事は、また格別です。来月、私はまた、レッスンにいけない。パパと、小田原に仕事関係で行かなければならない日とバッティング。だから、少し早いが、皆さんに「良いお年を」を言って、解散。皆さんを駅などに送って、帰宅。それから、郵便局に行ったりお人形を出荷したりした。有意義な日でした。
2006年11月18日
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ベトナムのイェンちゃんから、メールが来た。彼女とは、その後も、何回かメールのやり取りをしている。私のことを「mama」と書いてくれる。可愛い子。今回の、彼女のリクエストは、紅葉の写真。だが、銀杏は紅葉しているが、紅葉の紅葉は、まだまだだ。我が家にも、小さいが、紅葉の木がある。ちゃんと紅葉し、真っ赤な葉っぱが、はらはらと風に舞う。早く、送ってあげたいなあ。写真と同時に、押し花にした葉っぱも送ってあげたい。そう言えば、安倍さんが、ハノイに向かった。ベトナム、もう一回、イェンちゃんに会いに行きたいなあ。今日は、午後から、お人形の出荷の用意。この子は、本当に目が綺麗だから、慎重に、目が痛まない梱包をしよう。薬局に、脱脂綿を買いに行った。ところが、カットした脱脂綿は、あるものの、カットしていない脱脂綿は、物凄い量しか無いそう。仕方が無い。大きな包みを買って抱えて帰った。準備をして、買って来た脱脂綿を切ってドールの頭の中に詰めた。これで、石膏が落ちる事を防ぐのだ。箱が丁度良い大きさの物が無かった。大分、大きくなってしまったが、どうにか梱包。宅配便に出しに行った。どうか、可愛がって頂けますように、大切にして頂けますように。別れはやっぱり辛い。コレクターの悩みだな。郵便局に行き、銀行に行った。買い物にもついでに出掛けた。100均も、もう、冬バージョン。なかなか面白い物があったので、色色ゲット。100均大好き人間だから、楽しい。おうち用のハイソックスや、ロウソク用のガラスのお皿など、色色買っても、千円そこそこだから、充分楽しめます。ニノが、「硫黄島からの手紙」のワールドプレミアに、クリント・イーストウッド監督らと一緒に出てきた。その取材に行った翔君が、監督にインタビューしていた。なかなか翔君、的を絞って、旨いインタビューをしていた。やっぱ、翔君もニノも、只者じゃない。嵐ファンとしては、ニノにしても翔君にしても、鼻が高い。夜、パパが明後日、映画に行こうと言い出した。「トゥモロー・ワールド」あまり見たい映画じゃない。「木更津キャッツアイ」の前売りチケットがまだ有るのになあ。それに「手紙」も見たいし。まだ上映されていないが「めぐみ」も見たい。明後日は、パパに付き合おうか。「硫黄島からの手紙」も付き合ってもらわなくちゃならないし。見たい映画が目白押し。年末年始にかけて、嵐君のイベントも、目白押し。楽しい、年末年始になりそうです。
2006年11月17日
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最近忙しいので、久しぶりにのんびり。買い物に出たら、もう、街は、クリスマス色になってるじゃないですか!お花屋さんには、ポインセチアの鉢が並んでいるし、ホームセンターには、デコレーション用のイルミネーションが売られているし、ああ、もう、そんな時期なんだなあと、実感。わくわくしますね、イルミネーション。でも少し、哀しい。四日市に来てから30年以上、お付き合いのあったお肉屋さんのグリルチキンが、もう食べられない。1人で頑張って来たおばさんが、昨年亡くなった。去年クリスマス前に電話したら、お嬢さんが「実は、もう、辞めたんです」「え?」「母が亡くなりまして、もう、チキンを焼ける人がいなくなっちゃったものですから」すごく、すごーーーーーく残念だった。こちらに引っ越してきてから2~3年、駅前の大手デパートの物も、Mホテルの物も試してみたが、、絶対、おばさんのチキンに適わなかった。ジューシーで、中まで味がしみてて、本当に、美味しいグリルチキンだった。いつも車で30分以上掛けて買いに行った。クリスマス近くになると、わざわざお電話を下さった。だから、丸焼きは勿論の事、「そろばん」と言われる、首のところ、それに手羽も1キロ、毎年、買った。おばさんが亡くなって、仕方が無いから、昨年は、駅前のデパートで七面鳥を買った。全然美味しくなかった。その上、予約した私が正価で買ってる横で、同じものを、半額で売ってた。物凄く抗議したら、おまけに何だか知らないが、くれたが、非常に不愉快な思いをした。おばさん、また、あんな思いしたくないよ。おばさんの焼いたチキンが食べたいです。おまけに、オネエが忙しくて、とても24日は帰れないと言う。日曜なのに・・・。25日の夜には、もう、クリスマスも終ってるような気がするから、絶対24日じゃ無くちゃいやだ。なのに、皆勝手なことばっかり言っている。結婚して、家を出るまでは、家のイベントを第一に考えて欲しいのになあ。子供が大きくなると、本当につまらない。クリスマスが楽しいのは、子供が小さな時だけだよ。小さなお子さんのいらっしゃる方、その時間を大事になさってください。大学生以上になった子供は、自分の世界が大事になってくるから、家族は二の次ですから。寂しい・・・
2006年11月16日
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驚いた。アップしてまだ間がないのに、もう、アップした子を気に入ってくださった方から、ご連絡を頂いた。うっそ・・・。これが、第一印象。誰かに悪戯されてるような気持?いやいや、なんと、ありがたいことなのか。感謝、感謝。半信半疑で、ご注文の確認のメールを送った。一日置いて、やはり、ご希望・・・との事。なんとまあ、ありがたいお話。この子は、随分、長いこと我が家に居た。目が、本当に、宝石のように綺麗な子だ。近くで見つめていると、吸い込まれそうになってしまうくらい、綺麗な目をしている。アンティークドールは、特に、フレンチドールの目は、ペーパーウェイトアイと良い、非常に技術の要る、製法で作られている。今この目を作れる職人が、もういないのだ。だから、正に芸術品と言っても過言ではない。特に、レンズのように盛り上がった眼球は、数が少ない。綺麗に並んだ、虹彩。鮮やかなブルー。実に美しい目をした子だ。お別れは、少々寂しい。まあ、いつもの事なのだが。私もコレクターだから、出来れば、手離したくは無い。しかし、そんな事を言っていると、部屋中、人形だらけになってしまうし、お1人でも、多くの方に本物を手にして頂きたいと言う、私のポリシーにも反する事になるから、ここは、大人になってぐっと、この子の幸せを願い、喜んでお嫁に出す事にしよう。午後から、書籍のアップをした。これは、以前から、教科書に成るような本は無いかとお客様からの問い合わせがあり、その際、お薦めした本なのだが、何分、英文なので、なかなか解らない事も多い。ところが、この日本語版を私が持っていた。もう絶版になっているが、全く同じ写真が出ているので、解説は一緒である事がわかる。そうか、私が解説をお付けして、お分けすれば良いのだ・・・と気がついた。しかし、その作業がまた、大変だった。如何してわざわざ大変な思いをしてしまうのか、自分でも解らない。お馬鹿だなあ・・・とも思うが、これが、私の使命と思えば、それも、辛くない。一緒に、アンティークドールのバイブルとまで言われているブルーブックと言う本もアップした。これは、世界平均的人形価格表とでも言おうか。ただ、日本は、世界でも、アンティークドールの価格が高いので、最低価格の参考になる物だ。世界的に見て、一番アンティークドールの値段が高いのは、イギリス、次が日本だそうだ。それだけ、日本の方がアンティークドールを探してらっしゃる証拠かもしれない。驕ることなく、謙虚にこれからも、お客様に支えられながら、頑張って行こうと、思いを新たにした日だった。
2006年11月15日
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午後から、久しぶりの診察。「どうですか」決まり文句。「いつもとそう変わらないです」「鬱の症状は出ますか?」「はい、たまに。でも、そういう日は、朝起きた時から、解るようになりました」「気がまぎれる事、パソコンとかしてみてください」。鬱、お付き合いしてもう、随分になるなあ。最近は、対処の仕方が解ってきた。無理をしない。のんびりする。ゴロゴロする。嵐君のDVDを見る。でも、まだ、完治した訳じゃないからなあ。最近、自殺する人が増えている。教育問題だが、絶対、連鎖反応だと思えてならない。自分自身がそういう経験があるから、「どうして」とは、言えない。自殺する人間は、その瞬間は、自殺したら、本当に樂になれると信じてするから、正常な精神状態じゃないから、その前に、とめなくちゃならない。私の場合は、子供の顔が浮かんだ事で、その行為が止まった。楽になるだろうなあって思った。こんなに家族に迷惑掛けて、家の中がぐちゃぐちゃで、嫌で嫌で仕方が無かった。如何して出来ないのか、如何してちゃんとできないのか、毎日、毎日、自分を責めていたら、あ、死んじゃおうって思った。死んだら、また、あの世に行って、もう一回生まれなおして、やり直せるかもしれないと思った。いくら通院しても、鬱は良くならないし、薬で、鏡もみたくないほど肥満になって、生きていても、みんなに迷惑ばっかりで、良いことなんか無いと心から思った。階段の手すりに紐まで掛けた。ああ、もう直ぐ、樂になれるなあって思った。これでやっと、泥沼から解放されるって嬉しい思いもあった。場所が玄関の前だった。さあ、早く行こうと、台の上に乗ったら、目前に玄関のドアが見えた。手が止まった。ドアが開くのを見たような気がした。私がぶら下がっているのを、一番最初に見るのは小学生のチビだと思った。・・・・・出来なかった。出来なかった罰にメチャメチャ落ち込んだ。自分は死ぬ事も出来ない意気地無しなんだって思った。号泣した。また、あの苦しい生活に戻らなくちゃならないのかと、奈落のそこに落ちたみたいな気持だった。自分は死ぬ事も出来ないのかと、情け無くて泣いた。でも、チビのびっくりして、戸惑ったような顔が浮かんじゃったから・・。今、死ななくて良かったと思う。生きてて良かったと思う。その後、焼身自殺した知り合い、やはり鬱で自殺した仲の良かった友人、事業に失敗して、自殺した仕事関係の方は、うちの会社に多大な借金の尻拭いを残した。私の周りだけで、この3年の間に3人の人が自殺した。でも、私自身は、生き残った。生き残って、戦っている。そう、戦っているのだ。自分の病気と自分の障害と、自分の弱さと。自殺って、逃げる事だ。卑怯な行為だ。神は、この世に、宿題を与えて生を与えた。その宿題が何なのか、模索することなく、達成することなく、自ら命を絶つことは、卑怯の他、何ものも無い。生きるのは、物凄く辛い事だ。誰だって、幸せになりたくて生きている。誰だって、同じ思いなのだ。でも、その幸せは、自分で見つける物だ。例えば、夕日が物凄く綺麗で、嬉しくて、幸せだったり。秋にコスモスが凄く綺麗に咲いているのを見て、ああ、生きていて良かったって幸せに思ったり、虹を見て、ラッキーって思ったり、そんな小さな事で、気持の持ちようで、人間て幸せになれるのに、如何して逃げるのか。かつて私もしようとしたから、その瞬間の気持は解る。しかし、そこにいくまでに、皆、気がついて欲しい。自殺って、卑怯な事なんだよ。だって、宿題途中だもん。私は、気がついたから、その宿題、神様からの宿題を探し続けようと思う。だから、皆も頑張ってね。
2006年11月14日
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しっかり朝寝坊。ごめんね、皆様。今日は少しのんびりしましょう。母を買い物に連れて行った。少し雨が落ちてきた。母は、お花を植えたいので、土が欲しいそうだ。ホームセンターに行き、土を買った。トイレに行っている間に、積んどいて・・と、ハッチバックをあけておいた。戻って喧嘩になった。何と、母は、ハッチバックのトランクに入りきらなかった土を、後ろの上に乗せたのだ。冗談じゃない。新車だよ!!そんなもの乗せたら、汚れるじゃん。それに、運転する時、バックミラーが見えないジャン。もう、本当に、無茶苦茶してくれるのだ。いくら、車を運転しなくたって、そのくらいちょっと考えれば、解るじゃないの。ぷんぷんに怒っている私に、「わかんなかったわよ」と、言い返す。まったく何考えてんだか・・・・。怒りながら、持っていたウェットティッシュで拭くと、案の定、汚れちゃっていた。「ほら、見てごらんよ、真っ黒じゃない、ぬいぐるみが乗っかってんだから、解りそうなもんじゃない」「ごめーーん」。出ました母の「ごめーん」。これ、結構、言われた方は腹が立つのだ。普通に「ごめん」と言われた方が、まあ、仕方ないか・・と思えるのだが、「ごめーん」と言われると、つっかっかって行きたくなっちゃう。貴方、全然、反省してないじゃないのって。ぶりぶり怒りながら、車に乗り込む。まあ、わが母親だから、仕方が無いか・・・・。私はこうして、子供の時から、我慢ばっかりしてるよなあ。心臓の悪い弟が生まれ、母親は弟の病院に何時だってつきっきり。高校生になった頃、母は生まれて初めて社会に出て・・と言っても父の会社だが・・働きだした母に代わり、毎日夕食を作るため、友達との放課後の楽しみも我慢して帰宅した。大学生になっても、夕食作りは、変わらなかったから、コンパなんて物に行ったことが無かった。行きたかったが、独立してボロ布のように頑張っている父に言えず、我慢した。社会人からまた専門学校の学生になったら、今度は、弟の高校の越境入学のために、アパートに別居した母の代わりに、家事一切任され、徹夜しながら宿題を提出して3年過ごし、とうとう体を壊し、残りの1年を続けられなかった。3年で退学するなんて、誠に勿体無いと学校から何回も父に話が行ったが、私自身に、デザイナーになる気力が無かったの事もあって、洋裁科と、デザイン科の一年で辞めたが、母がいたら、続けていたかもしれない。あの時、丁度、弟が越境入学した頃、私は、24歳、適齢期だったが、父の世話をしなければならなかったから、お話はあったが、お嫁にも行けなかった。まあ、そのお蔭でパパに出会ったが、27歳まで、ずーーーっと我慢してきた。結婚してやっと、自由の身になれた、自分の好きなように生きられる・・と思ったら、すぐに妊娠しちゃって、初めての結婚記念日には、家族は3人になっていたし。後悔はしてないかな?これが私の生きる道だったんだろうけれど、父が晩年、何回も「お前には本当に、可哀相な思いをさせた」と泣いた。自分の死期を悟っていたから、余計気が弱くなって、そう思ったのだろう。私が、「今が幸せだから、何も、気にしなくて良いよ」と言うと、「親はなぁ、その時にしてやりたかったって思うんもんなんだよぅ、その時じゃなきゃだめなんだよぅ」と駄々っ子のように泣きながら言った。父は解っていたんだなあと、その時、思った。父が亡くなって2年、母には、相変わらず我慢させられているが、まあ、これも親孝行かなあ。お母さん、健康で、口が達者じゃなく(笑)長生きしてください。
2006年11月13日
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さあ、今日も、頑張りましょう。一応、ドールのページの更新は出来たものの、ショップの方は、まだまだ。一番お問い合わせが多いのが、ショップ。ドールのサイトはあまり多くない。だからなのか、よく、次の子は何時頃アップになりますか?と言う、お問い合わせを頂く。本当に、ありがたいことだ。感謝。しかし、このショップのアップは、物凄く時間も、労力も、精神力も要る。お店に行けば、手に取って、人形を見ながら買い物が出来る。しかし、ネットの世界はそうは行かない。だから、一体、一体、非常に時間を掛けて、隅々までチェックして、アップしなければならない。勿論、画像も、ここはどうなってるのか、自分がネットで買う身になって、撮影する。撮影が終ったら、今度は、一番大切な商品説明。可愛い事、素晴らしいことは、誰でも言えるのだ。一番大切なのは、欠点。これをしっかり観察し、書かなければならない。それが、ネットで品物を扱う者の誠意なのだ。ましてや、アンティークドールは、専門的な説明や知識がいる。拙い私の説明だが、一応30年に及ぶ、経験がある。私自身が、海外から買い付けて、痛い思いを何度もしたから、お客様には、そんな思いはさせられない。お手にして頂き、ああ、この子に出会って良かったと、心から喜んでいただかなくてはならない。そして、そう思っていただいた時が、私の一番の喜びでもあるし、このホームページを開いた甲斐もあるという物だ。お人形の一番の宝はやはり、お顔。100年以上経っているドールには、それなりの欠点も多い。ましてや、私が一番気をつけているのは、ヘアライン・・・と言う、まさに、髪の毛のように入っている言わば、ひびのような、ひびに満たない物なのだ。人形の頭の中にライトを入れて、入念に、チェックする。そうすると、何も無かったおでこに、うっすらと、細い毛が張り付いたようなラインが見つかる事がある。これを見つけるのが、大変なのだ。老眼ゆえ、大きな天眼鏡で、くまなく調べる。フランスの子は、特にビスクが薄いので、気をつけて見る。その際に、お顔の小さな焼成時のほくろなども見つける。これに、30分ほどかける。それからは、眉の色、唇の色、筆使いのチェック。そして今度は、ボディのチェック。最後は、お洋服のチェック。すべてのチェックに1時間ほど掛かる。チェックが終った箇所から、文章にしていく。そして最後に、全体をもう一度チェックして、書き忘れた欠点はないか、何度も読み返す。そして、私が手に入れたお値段と、関税や郵便局の手数料、送料など掛かった経費から、お値段を決めていくのだ。そこまでの原稿下書きが出来たら、プレビューで見てみる。必ず、何処かおかしい。ロゴが、おかしかったり、文章がおかしかったり、画像が、詰まり過ぎたり、大きさが不揃いだったり、バランスが悪かったり。で、もう一度、編集しなおす。だいたい、午前中から初めて、この頃に、夜になる。そして夕食の用意をして、遅い夕食を食べ、また、仕事に取り掛かるのは、夜10時過ぎ。で、結局アップできるのは、12時を超えてしまう。一体アップすると、もう、精も根も尽き果ててしまう。達成感も勿論あるが、正に「できたーーーっ」と叫んでしまうのだ。自分のHPに行って見て、思い通りになっていると、本当に、ほっとしてしまう。今日は、奇跡的に、二体、アップできた。一体は、既に画像があったので、割りと早くにアップが出来たドイツの子。そしてもう一体は、人気のメーカーの子。二人とも、もう、1年以上、我が家に居る子だ。やれやれ、これで少しは、皆さんに満足していただけるかな?今日は、本当に、疲れました。
2006年11月12日
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二日続けての作業に、少々お疲れです。今日は、雨。こういう日は、何もしない。まして今日は土曜日。パパが、母も一緒にふぐを食べさせてあげる・・・・と言い出した。私は、ここ数日、急に寒くなったので、風邪気味。チビにうつされたようだ。髪を洗おうと思ったが、何だかまた、熱が出ちゃいそうなので、美容院に予約した。最初は12時半の予約だったが、おなかが痛くなり、行けなくなった。やばいなあ・・・。チビの風邪も、おなかに来た。電話をすると、1時に次のお客さんが入っていると言う。申し訳ないので、次の予約をお願いしたら、3時からなら、ゆっくり出来るそう。じゃ、3時にお願いしますと言って、電話を切った。ふぐのお店には、6時半の予約。3時に美容院に行き、シャンプーブローして頂いてさっぱりして、帰宅して、パパが、車検に出していた車を取りに車屋さんに行った。その後は、12月のパパのお誕生日に、母がパパに、スーツをプレゼントしたいと以前から言っていたのだが、なかなかお洋服やさんに行けずにいて、この日やっと、生地選びと、採寸に行った。父の代からお取引きのあるテーラーOさん。父が亡くなって、父のお古をパパが着る為作り直していただいたお洋服やさんだ。パパはたばこを辞めてから太った。採寸して頂いて、どれだけ太ったか、突っ込もうと思っていたら、13年に採寸したサイズと変わらなかった。これには、二人で大笑いだった。一旦帰宅し、子ども達と母を乗せ、ふぐのお店に行った。凄い人気らしく、予約して無いお客さんが、お店の表まで並んでいた。あ~、予約しておいて良かった。ふぐは、一度、てっさを食べた事があるが、あとは初めて。勿論、小さな頃、伊豆や熱海に行った時に、ふぐの一夜干しとか買って来て、食べた事はあるので、その美味しさは知っている。でも、今日は、てっさと、唐揚げと、てっちりの本格コース。楽しみ!。先付けの後、てっさが、綺麗にお皿に並べられて出てきた。高級料亭に行くと、お皿の模様が、ふぐの下に見えるのが、粋なんだそうだが、ふぐコースのお料理なので、大皿ではなく、1人づつ小さな蛍のお皿で丸く並べて出てきた。紅葉おろしを入れたお醤油で、頂いた。薬味のわけぎか、薬味ねぎだろう、それを巻いて食べると、また違って美味しかった。身はしこしこしてて、お鯛のおさしみの、弾力があるような感じ。うん、美味しい。次は、唐揚げ。これが、私には、一番美味しかった。ふぐ特有の弾力ある身は、唐揚げにしても、とても美味しかった。最後にてっちり。実は、私は、鍋物が余り好きじゃない。すき焼きのように、冷たい卵を絡ませて食べる物なら良いのだが、超、猫舌なので、しっかり冷めてからじゃないと、食べられないのだ。その上、大人になって、どうにか、食べられるようになったが、「ポン酢」が駄目なのだ。最近、ゆずぽんが、美味しく食べられるようになったが、このお店は、ゆずポンじゃなく、もろポン酢。味がきつすぎて、素材の味が消えちゃうようで嫌いなのだ。酢の物が嫌いな訳じゃなくて、皆同じ味になっちゃう、ポン酢の鍋物が嫌なのだ。案の定、あまりてっちりは美味しくなかった。そして、そのお鍋のだしを使って、お雑炊。卵を溶かして半熟にしていただいた。でも、ふぐって、だしなんか出ない。私が味音痴なのかもしれないが、ふぐのだしの味なんてしなかった。一応とらふぐなのだそうだが・・。唐揚げか、てっさがもう少し食べたいと思ったが、てっさは、大きなお皿で来る途の事で、食べきれない。じゃあ、唐揚げをチビと半分こしようと、注文した。やっぱり、ふぐは、唐揚げか、てっさだなあ。母は、凄く楽しそうだった。色色文句を言う私に、パパは、腐っていた。実は、このふぐのコース、二つあって、一つは、私達が食べたコース、もう一つは、てっちりの代わりに、しゃぶしゃぶになっているのがあった。最初は迷ったが、パパがどうせふぐを食べるのだから、全部ふぐのコースにしようと言った。しかし、お肉の好きな私は、最後まで迷っていた。で、案の定、てっちりがあまり美味しくなかったので、やっぱり、しゃぶしゃぶのコースにすれば良かったなあと言っちゃった。だって、私の向こうのテーブルで、美味しそうなお肉を食べてるのが見えちゃったんだもん。食べ物の事になると、思い切り、わがままに成っちゃう。勿論、家族だからこそだけれどね。美味しい物が大好き。量が食べられないから、せめて美味しい物にこだわるのは、子供の時から。よく母が笑った。私を連れてどこかに食べに行くと、自分が食べたいと思ったものが置いてあると思ってお店に入って無いと、普通は、そのお店にある物で我慢するが、私は、絶対我慢せず、一旦入ったお店でも、出てしまい、その物があるお店まで父達を引っ張って行ったそうだ。だから、そのうち、お店に入るとまず「○○有りますか」と聞いてから、座るようになったそうだ。普段、貧乏をさせていたから、厳しかった父も、そのわがままだけは、聞いてくれていたそうだ。ずっと「I子は、食べ物にうるさい」と言われて育った。高校生から、家の事情で夕食を毎日作った。お蔭で、お料理が好きになった。美味しい物を食べさせてもらうと、味を覚えて帰り、必ず作ってみた。だから、父も面白がって、自分も美味しい物が食べたくて、私を結構、色色なお店に連れて行ってくれた。それが、今も、変わらないのだ。だから、自分の不本意な物を食べた後は、ものすごくストレスになる。こう書くと、本当に物凄いわがままに思える。メニューを見て、散々迷うのも、子供の頃から変わらない。で、今日も、迷った。今日のふぐコースは、話の種にしようと、自分に言い聞かせた。唐揚げのおかわりをしなかったら、きっとブーブー言ったかもしれないなあ。ふぐ、美味しかったです。パパ、ありがとう。
2006年11月11日
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今日は、撮影した画像をアップする作業。ホームページビルダーを使っての作業。画像を配置して、説明文を書いていく。資料を見たり、記憶の奥から、知識の引き出しをやっとの思いで引き出して、どんどんページを作っていく。画像の大きさを決めたり、文字の大きさを決めたり、色を決めたり。久しぶりに更新したので、なかなか旨く、自分のページに、アップ出来ない。新しいロゴを作ったつもりで送信し、表から自分のホームページに行って見てみると、自分のホームページビルダーのプレビュー画面ではきちんとなっているのに、全く違うロゴになっちゃっている。ああ、またか~。この失敗は良くする。もう一度、最初からロゴを作り、新しいナンバーで登録する。そしてまた、FTOツールから送信してみる。そんな作業を何時間もかけてしないと、更新できないから、本当に、精も根も尽き果ててしまうのだ。折角、ああ、これで終了だ・・と思っても、画像がくっ付きすぎてしまっていたりすると、もう一回、編集しなおし。夜中2時過ぎ、やっと、すべての作業が終わり、ドイツの人形以外は、すべて更新した。このホームページを作って以来だから、2年半ぶりのお人形のページの更新だった。本当は、今まで載せていた子も一緒に全部載せたかったが、容量の関係で、今回は、ここまでとした。容量は、もう、最高を契約してしまったので、これ以上は増やせない。画像をもう少し減らせば良いかもしれない。追々、整理していこう。最後に、今日の日付を表紙に書いて、「UP」の文字を入れ、送信。終りました。物凄く疲れた。でも、良く頑張りました・・と自分に言った。父の看病、父の死、御祖母ちゃんの認知症・・・。この3年の間に、私の回りも激変した。何だか、少し、自分の中で整理できたような気になった。父のおかげで、良いドールを手にする事も出来たし、このホームページを見てくださっている、お人形のお好きな方にも、深く感謝・・・・だな、また、頑張って、ショップもアップして行こう。
2006年11月10日
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朝カーテンの向こうの日差しに気がついた。ああ、良いお天気。今日こそ、頑張るぞ!洗濯物を洗濯機に放り込み、食器洗い機に食器をかけて、さっさと片付けちゃおう。これが、いつもは、なかなか出来ないのだが、今日は、気分が良いので、出来た。ものすっごい、珍しいことだ。お昼前何とか準備が出来た。勝負は、午後2時まで。短いなあ・・・。キャビネットから次々ドールを出し、並べた。いつも撮影する場所を確保。結構、部屋の奥なので、自然光が右から入るのみ。カメラの露出の調整やら、肌色の調整が難しい。その子のそのままの肌の色を出すのが、結構難しいのだ。以前、庭で撮影したら、良く撮れたのだが、犬が吠えて、ご近所迷惑になるので、表は断念した。お昼にパパが戻ってくる。これ、結構、大変なのです。亭主元気で外が良い・・・・と言う言葉がある。いつもはそう気にならないが、こういう時は、この言葉が頭をよぎる。お医者さんの奥さんが友人に多い。お医者さんの奥さんは、私のように、毎日お昼にご主人が戻ってらっしゃる。だから、別に、お昼にご亭主が戻って来ることが、珍しくない事なので気にもしていなかったが、ある日、別の機会があって、パパが毎日お昼に戻ってくると言ったら、そこにいた奥さん達が、皆、口をそろえて仰った。「えーーーっ、大変ですね~。私だったら耐えられない」そうなんだ・・・・と思った。そう言えば、マンションに住んでいる頃は、会社が遠かったので、毎日、私1人で食べていたなあ。ここの家に移ってから会社が近いので、もう、10年、ほとんど毎日、パパとお昼を食べている。会社にお客さんがいらしたときは、事前に電話があるから、その時だけは、1人で食べる。今日は、正直、撮影に気持が乗って来た時だったので、帰るコールがあった時、気持が萎えた。まあ、小休止しましょう・・と自分に言い聞かせ、パパとお昼。午後から、また撮影。お洋服を脱がしたり、お人形の顔の向きなど、色色気を使う。ギリギリ、2時半まで撮影したが、やはり、最後の方に撮影した子は、少し陰が出来てしまった。まあ、仕方ないですね。出したドールをまた、キャビネットに仕舞う。これも結構、時間が掛かる。次は、撮影した画像の編集。これが、また、非常に目を使うのだ。画像の向きを揃え、それぞれの名称を変える。これをしておかないと、同じナンバーの画像が出来てしまい、間違えて削除してしまったりするのだ。その時に、画像の大きさや、明るさの調整もする。全部で50枚近くの写真を神経を研ぎ澄まして調整するので、最後の一枚が終ると、目が物凄く痛い。肩も、パンパンに張る。気がつくと、表が真っ暗。きゃー、もう、こんな時間。慌てて、夕食の用意。夜、もう、パソコンの画面を見たく無くなる。今日は、目が限界。私のパソコンは、液晶画面。以前のデスクトップより、明るくて見やすいが、長いこと使うと、目に物凄く負担が掛かる。最近、右目の下が、痙攣するようになり、気をつけている。だから、今日はここまで・・です。明日の朝は冷え込むらしい。皆の毛布を出して、用意した。どんどん冬になって行きます。明日には、更新できるかなあ。
2006年11月09日
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物凄く良いお天気。久しぶりに気分は爽快。やっと、体も、何とか元に戻った。朝から、洗濯を3回して、干した。乾燥機の中に残っていた洗濯の終ったものを畳んだ。ええい、今日は、ぜーーったい、部屋を片付けて、撮影のスペースを確保するぞ!!物凄い勢いで、片づけをはじめた。出来ちゃった。こういう日に限って、宅配や、郵便屋さんが、邪魔をしてくれる。午前中に、お米と、注文してあった来年のカレンダーが届いた。それから、大きな郵便。そのたび、仕事の手を中断させられる。リビングに戻って、え~と、何をしていたんだっけ?何をしようと思っていたんだっけ?と考えながらの仕事。思い出しては、作業を続けた。午後になってやっと、リビングに掃除機をかけた。随分前に購入して、リビングが片付いてから・・・と思って廊下にダンボールに入れたまま置いてあった温泉効果のある、敷物を敷いた。メチャメチャ気持良い。毛足が長く、マイナスイオンの出るカーペット・・と言うか、絨毯と言うか、そんなもの。さあて、これで、心置きなく撮影が出来ます。しかし、今日は、もう、撮影できる時間じゃなくなった。撮影は、午前10時~午後2時までの間だけしか出来ない。私は、いつも自然光で撮影する。その方が、より、実物の姿が撮れるのだ。フラッシュをたいたり、きつい自然光だと、余り綺麗に撮れないのだ。ああ、この子、こんなんじゃないのになあ、もっともっと可愛いのになあ・・と悔しい思いを何度もした。そして気がついたのは、この時間の自然光で撮影するのが、一番実物に近く撮れると言う事。だから、今日は、もう、タイムアウト。しかし、部屋が綺麗になり、気持に余裕も出来た。明日から、頑張ろう。
2006年11月08日
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今日も、まだ、何だか疲れが取れない。参ったなあ。晩秋に人形のページを更新する約束を自分にした。人形のお好きな方のサイトでも、宣言してきた。アンティークドールのサイトは、結構少ない。こんな私の拙いホームページではあるが、ある、ジャンル別の順位が出るサイトに登録させていただいているが、ありがたいことに、いつも、20位の中に入っている。・・・と言う事は、見てくださっている方も、大勢いらっしゃる訳。最初に人形のページをアップしてから、早、3年半になる。元々、このホームページを作ったのは、自由に人形を載せたかったからで、右も左もわからないパソコンの世界で、四苦八苦し、大嫌いな取り説と首っ引きで、作り上げた。一度アップしてしまったら、安心してしまって、なかなか更新しなかった。最初に扱っていたビクトリアンの小物も、削除してしまったが、商品は、山のように、段ボールに眠ったまま。仕入れた資金もかなり使ったが、仕舞ったまま今は、どうしようもない。可愛いプチポアンの小物やら、バックやらが、沢山たまっている状態。だが、何よりも、本業であるお人形を何とかアップしたいとずっと思い続けていた。だから、自分を追い込む為に、晩秋にアップ・・を宣言したのだ。しかし、ここのところの体の不調に、なかなか撮影も進まない。待ってらっしゃるであろう、お人形のお好きな方に大変申し訳なくて、一軒一軒、お詫びに伺いたい気持だ。可愛い子が、沢山来たのになあ。お見せしたいなあ・・と言う気持だけが先走ってしまい、またまた落ち込む。頑張ろうと。
2006年11月07日
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最近、昔から知っている人が亡くなるニュースが多い。先日は、声優の武藤礼子さんが亡くなり、ポール・モーリアが亡くなった。声優の武藤礼子さんは、大好きな声優さんだった。漫画の「巨人の星」のお姉ちゃん京子さん、必ず泣かされた「フランダースの犬」のナレーション、「ふしぎなメルモ」のメルモ、「ムーミン」のノンノン、そして映画では、「サンド・オブ・ミュージック」のジュリー・アンド・リュースが印象に残っている。とても優しい、品の良い声だった。そしてポール・モーリア。ちょうど、私が、中学生くらいの時、「恋はみずいろ」の大ヒットがあった。その後、何度も来日し、「オリーヴの首飾り」「そよ風のメヌエット」など、綺麗な曲を沢山、世に送り出した。それまで、日本には無い、ジャンルだった。ポールモーリアの曲は、映画音楽とは少し違った印象だった。口髭を蓄えた指揮者の紡ぎ出す軽快で明るい曲は、当時は、とても新鮮だったものだ。こうして、どんどん、私の知っている人たちが、亡くなって行くのだろうなあ。そして、私は、歳を重ねていくのだ。一昨日、伯母が、言っていた。「私くらい、生きたら、それだけで人の真似のできない事」本当だなあと思った。寝たきりじゃなく、健康で、誰にも迷惑かけず、96歳で、現役主婦。凄いなあって思った。私には出来ない。多分、伯母の年齢までは生きられないだろう。明治の女の強さだろうか。あと20年、30年生きられたら、良いなあ。それも、健康なまま。できるかな?
2006年11月06日
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流石に疲れた。気がついたら、10時。ありゃりゃ、もう、大変。頭、ぼうっとしてます。下に降りると、チビは、まだ、寝ていたが、オネエとパパは起きていた・・・・と言うより、オネエは、英語の論文を出す宿題に、ここ2日、寝ていない。勉強部屋に小さなソファがあるのだが、そこで仮眠を取りながら、書いているらしい。お勉強、大変だなあ。今、毎週金曜日に、病院実習に行っている。オネエの病棟は、アルコール中毒の精神科の患者さん。診察の際は、精神科医、オネエ、それに、アルコールを入れてくる患者さんが多いので、先生や、オネエに飛び掛らないように、屈強な男性の看護士さんが二人、患者さんの後ろにいつも付いているそうだ。精神科医も、大変です。な~にも、したくない。な~にもする気になれない。体が疲れているのか、精神的に疲れているのか解らないが、鬱の時みたい。え~い、暫く、ゆっくりしようっと。ここ数日、見たくて録画してあったドラマを見た。その間だけ、お鍋を洗ったり、食器をしまったりした。今日は、少し涼しい。これから、ドンドン寒くなっていくんだなあ。寒いから、暖かいものが美味しくて、暖かい、うちが居心地が良くて、気持まで暖かくなるような気がする。だから、秋も、晩秋も、冬も好き。今日は、日曜なんだなあ。のんびりしようっと。
2006年11月05日
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パパは、今日は、朝からゴルフ。私は、最初の約束どおり、伯母達を連れて、本家のお墓参りに行くことになっている。少し、寝坊をした。チビの様子を見に行ったら、まだ寝ていた。とりあえず、私の薬も無いし、お医者さんに連れて行くことにした。朝食後、母に10時半に行くと告げ、病院に行った。休み明けの病院は、物凄く混んでいた。チビに、終ったら、知らせるように言って、一旦帰宅。出かける用意をした。チビから電話があり、迎えに行き、一日寝ているようによく言って、出発。オネエは、早々と学校に行った。伯母と、従姉妹と母と4人で、まずは、お墓にお供えするお花を買いに行った。途中、コスモスが群生している休耕田の傍を通り、従姉妹達の歓声が上がった。もう終っちゃうかなあ、見せてあげたいなあ・・・と思っていたので、昨日、お寺からの帰りに、まだ咲いていたのを見て、ああ、明日、ゆっくり見せてあげようと思っていた。お花を買って、もう一度、コスモス畑の横をゆっくり通って、お墓に向かった。本当は、今日が、本当の父の命日。その日に、お墓に行けたのは良かった。うちの近くにある、父のお墓には、昨日、皆でおまいりしたし。従姉妹は、以前にも来ていると思っていたが、覚えが無いという。伯母の実の妹の入っている墓石は左から3つ目、父は、二つ目。お花をお供えし、お線香をあげて、手を合わせた。嬉しかったことがあった。母がお線香に火をつけて、伯母ちゃんにと、渡してくれた。伯母にそのまま渡すと、伯母が、お線香立てに立てようとしたが、何かつまっていて、一本立たなかった。私が、立てようと手を出すと、伯母が「ううん」とその手を払った。これ、お嫁さんなら、カチンと来る行為だろう。しかし、随分、遠くになってしまったし、随分、長い時間離れているが、伯母にとって私は、昔のままの「半孫」なのだなあ・・と嬉しく思った。伯母は、10歳から父を育て、伯父に反抗して戦争に行った父を見守り、軍隊に面会に行き、復員した父を引き取り、母と結婚させ、私が生まれた。私が3歳の時に電車事故に遭い、その後亡くなった伯父にも、孫のように可愛がってもらったそうだ。小学校までは、毎週、伯母の家に遊びに行っていたが、5年生、つまり、父と同じように11歳の時、伯母の経営する借家に引越し、中学生になり、反抗期になった。いつも、家に帰るより、伯母に「只今」を言って帰宅した。母との確執も伯母が、クッションになってくれた。何時もいつも伯母は、私の味方でいてくれ、私にとっての、祖母と同じだった。旅行に連れて行ってもらったり、初めて宝塚を見せてくれたのも、初めて、パチンコに連れて行ってくれたのも、伯母だった。伯母が、お中元やら、お歳暮を色色なところに持って行くときも、よく、くっ付いて行った。頂いたメロンを、伯母と二人で、内緒で食べた。私は、誰よりも、伯母が大好きだった。東京を離れて、何が寂しいかと言えば、伯母や、姉のように可愛がってくれた従姉妹と離れてしまう事だった。その伯母が、私の手を払ったことが、ああ、やっぱり、伯母にとって私は、孫と同じなんだなあと、物凄く嬉しかった。お墓を後にし、少し遅くなってしまったが、予約していた御料理屋さんに着くと、もう1人、こちらの従姉妹が待っていてくれた。二階のお座敷の個室に通されて、美味しい食事を堪能した。美味しい食事と、楽しいお喋り。女ばかり5人。とてもとても楽しい時間だった。皆で写真を撮ったり。こちらの従姉妹が自分の庭で作ったお野菜をくれた。この従姉妹の娘が、今ビーズアクセサリーの教室の講師をしている。以前にも、作ってくれたのだが、素敵なネックレスを、また頂いた。秋色のネックレス、嬉しいなあ。ありがとうございますm(__)mこちらの従姉妹と別れて、伯母と従姉妹を近くの駅まで送った。丁度、名古屋までの急行まであと5分。この時間は、なかなか急行が無いので、ラッキーでした。駅の裏、名古屋行きのホームも階段を上がって、すぐ近く。駅舎の横に入ると、ホームが見えた。伯母は、母の手を握り、何度も、頷いた。伯母の目に、涙が・・。母も涙ぐんでいた。伯母は、何度も振り返りながら、階段を上がって行った。そう言えば、言っていた。今回、こうして来たのは、皆に御別れしに来たんだって。気丈な伯母が、この夏、参ってしまったと聞いた。心配になり、嵐君の夏コンに母が一緒に来て、翌日、伯母の家に行ったが、元気で安心して帰って来た。しかし、今度は、この冬が、伯母の気丈な気持を、萎えさせるのだろう。伯母ちゃん、また、来月、お芝居見に行くから、その時、また、会いに行くよ・・・と言うと、うん、うんと頷いていた。見ていたら、電車が、入ってきて、二人で少し走ったが、旨く乗れ、座席にも座れた。良かった。母と帰宅。2日からずっと、美味しい物ばかり食べてしまったなあ。明日から、少し、粗食にしないとね・・と笑いながら帰った。伯母ちゃん、うまく、ラッシュに遭わずに帰れると良いなあ。皆様、本当にこの度は、ありがとうございましたm(__)m父も、皆さんの御顔を見られて、喜んでいると思います。感謝。
2006年11月04日
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朝9時家を出た。車に引き出物や、お供えの果物を積んだ。お寺さんに着くと、まだ、本堂には、誰もいなかったので、庫裏に行き、ご挨拶。本堂にお供え物をお供えし、伯母や家族と、他の人たちが来るのを待った。このお寺とは、父が生きている時から、ご縁があった。正にご縁は、それだけじゃなく、3回目の時、何と、娘達が、ロンドンに連れて行っていただいた、引率の先生のご実家とわかった。縁とは、本当に在るべくしてある物だと思った。親戚の方も集まりだし、時間になったので、読経を始めていただいた。晴れ男だった父らしい、お天気の良い3回忌になった。3つお経を上げていただいて、皆で、本を見ながら、一緒に一つのお経を声を合わせてあげた。体調が良くなかったのか、いつも出ないあくびが出、過呼吸状態になって、少し、めまいがした。時々、休んで、読んだ。まずいなあ・・・どうしちゃったのかな?私。たっぷり2時間、お経を上げていただき、短い法話を伺った。このお坊様は、とても面白い方で、今日も、お経の途中で、お線香をあげながら仰った。「無煙の線香をあげてみましたが、こりゃ、いけませんな、張り合いが無い。やっぱり、煙の出る線香に代えましょう」御歳80を越えたお坊様だが、若い頃は、ハンサムだったろうなあ・・・と言う感じ。奥様も、出家なさっていて、お経を読まれる。旦那様に比べ、とても小柄な、可愛い奥さん。そう言えば、先生は、お母様似かな?良くお礼を申し上げ、お寺を失礼し、家の近くしゃぶしゃぶ屋さんに向かった。良く流行るしゃぶしゃぶ屋さんで、お昼は、広い玄関に大勢の人が待っている。その人達を掻き分けて、奥のお座敷に入り、一番下座に母と座った。母の実家の妹夫婦、姉の旦那様、つまり私の伯父、従兄弟、亡くなった従兄弟の奥さん、弟、我が家の4人、父の、お寺の奥さんだった従姉妹、それに東京の伯母と、従姉妹、総勢14人。前回、ここで49日法要のあとのお食事をした時、お肉料理は、辞めたが、今回は、もう3回忌だったので、しゃぶしゃぶ屋さんに来て、しゃぶしゃぶを食べないのもなあ・・・とお食事のメニューに入れていただいた。流石に、もちは餅屋と言うが、美味しいお肉だった。久しぶりにお目にかかった従兄弟の奥さんは、母より少し若いくらいだから、私は、いつも、「おばちゃん」と呼んでいる。母と3人で、話に花が咲いた。おばちゃんのお嬢さんは、弟の一つ下の学年で、娘達の学校の理事長の娘さんとずっと仲良し。話題は同じ学校の中学生になった、おばちゃんの孫の話やら、旅行の話で盛り上がった。東京の伯母は、皆のアイドル、皆が、伯母と話したい。今日は、遠くに座ったので、様子がわからないが、近くに座ったパパが、元気にお話していたよ・・・と後で聞いた。午後2時過ぎ、おひらき。三々五々、帰宅する方達に最後まで残って、ご挨拶。本当に皆様、ありがとうございましたm(__)m喪服のままもなんだから、一旦帰宅した。夕食用の御寿司を、注文した。伯母にも、休んでもらった。弟が、父の犬だったジュンを借りに来て、1時間ほど、散歩に連れ出した。流石に、少し疲れた。ちょっと、寝た。チビが、具合が悪くなってしまった。酷い頭痛がすると、トイレでもどした。4~5日前から、風邪を引いていた。疲れたのだろう。今日は、お医者さんもやっていないから、明日にでも連れていってやろう。熱は無いし、寝れば、大丈夫と言い、売薬を飲まして寝かした。夕方、御寿司を持って、母の家に行った。3回忌に来られなかった、こちらの従姉妹も来て、賑やかなお喋り。ベトナムの話やら、ベトナムのお醤油を持って行って、皆で味見。こちらの従姉妹は、この4月に母も一緒に連れて行ってもらった、ハワイの写真を持って来てくれたので、見せてもらった。例の、芸能人御用達の5つ星ホテルだったので、その話やら。女5人寄れば、かしましい。その上、超お喋りの弟も加わったから、すごい事になった。私は、明日の事もあるので、9時に自宅に戻ったが、結局、11時近くまで話に花が咲いたそうだ。やれやれ、これで、無事、3回忌も終りました。お父さん、丸2年経ったんですね。そちらは、快適でしょうか?
2006年11月03日
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今日は、4日の予行演習に、パパとドライブです。予定では、今日夕方、東京から 伯母、従姉妹がきてくださるはず。弟も帰って来るので、お夕食は「呼月」を予約した。3日は、10時からお寺さんで法要、12時から、シャブシャブ屋さんで、お食事をして解散。4日は、パパがゴルフだし、オネエも忙しいそうだから、母と伯母達と4人で、お昼までにお墓におまいりして、先日友人達と行った「温席」に行く予定。で、心配なのは、お墓から「温席」のある場所までの車での移動が、初めてな事。それじゃ~、2日から日曜5日までパパがお休みなので、伯母達が来る時間もまだだし、ドライブしてみましょう・・と言う事になった。11時前に、家を出発。今まで使った事の無いカーナビ。いつも、TVを見るためだけに使っていたから、使い方が解らない。おまけに、私が超取り説嫌い。読むより先に触っちゃう方だから、パパにお任せ。お墓までの道は、何とか解るから、お墓に着くまでの間に、パパが、取り説を一生懸命読んでくれ、言葉で教えてくれた。お墓に着いた。家から30分弱。今日は、めっちゃ簡単に来られた。良いお天気。折角来たんだから、降りて、お参りしようと車を狭い農道に止めて降りた。このお墓は、我が家のご先祖様が皆入っているお墓。我が家の苗字の名前を持つ、「Fざんまい(どういう字が知りません)」と言う墓場で、我が家のお墓の周りには、同じ苗字のお墓が並んでいます。勿論、一番最初に建ったお墓が、我が家のご先祖様のお墓です。4基のうち、もう、古い墓石は、名前も判別不能になっている物も。先日埋めた父のお骨の入った左から二つ目の墓石の前に立ち、父と話した。そうしたら、何故だか、涙が止まらなくなっちゃった。父の納骨の時も、泣かなかったのに、空があんまり綺麗で、周りに誰もいなくて、とっても静かで、気持がとても穏やかだったのに、泣いちゃった。水を汲んで来てくれたパパが、少し驚いて、「泣かないの」と言ったが、自分でも何故泣くのか解らなかったが、そう言えば、父が亡くなってから、思い切りまだ、泣いてない。母を支えなくちゃと気持ちが張っていたし、弟の事も色色問題を残していたし、穏やかな気持で・・・なんてお墓にお参りなんて出来なかった。今日、お花も、お線香も持ってこなかったが、ゆっくり、パパと二人、ここに来て、初めて心穏やかに、気負い無く、お参りしたような気がした。で、泣いちゃった。今の気持を正直に父に言った。吐き出したっていうのかな?そのせいだろう。お墓の横の畑で、腰の曲がったおばあさんが、黙々と、農作業をしていた。泣いている私をちらと見たまま、手を動かし続けている。なんて静かな時間だったろう。車に乗って、さあ、カーナビの活躍です。隣の市の駅まで、カーナビに導かれながら運転した。暫く走ると、いつも、革工芸に行く道に繋がっていた。ああ、ここまで来れば、後は、大丈夫。4日に行くお料理屋さんの場所はもう解った。パパと、革工芸の時にいつも昼食に入る、大きな居酒屋に入り、美味しいランチを食べた。靴を下駄箱に入れ、板の間の個室で、ゆっくりした。ここのランチ、食前酒に梅酒が付いてて、食後のコーヒーが付いてて、お盆に乗ったお料理も、何種類もお皿に乗って、茶碗蒸し、柔らかいクリームみたいなお豆腐、おみお付け、古代米のご飯が付いて、1000円なのだ。だから、凄い人気。並ぶ事もあるのだが、でも、凄く広い、昔のお城の造りで、黒い板床に渋いお座布団で、黒い太い梁が天井に走り、なかなか雰囲気も良い。父も、一度、連れてきたなあ・・・とパパと話ながら、食事した。さあ、予行演習も終わり。楽しかったね。午後5時過ぎ、伯母と従姉妹が駅に到着。一旦家に荷物を置いて、チビやオネエを駅で拾って皆で「呼月」へ。伯母は、心配したが、元気そうだった。昔は、手を出して、誘導しようとすると、「良いわよ!」と言われちゃうほど、気持も元気だったが、流石にこの夏、参ったらしく、従姉妹の手に引かれていた。それでも、まだ、週に一回、卓球をしているそうだから、本当にあっぱれ!!!弟は、東京を出発するのが遅くなり、キャンセル。「呼月」は、ランチは、二回来たが、パパ以外は、夕食は始めて。やはり、ここ只者じゃなかった。その嗜好を凝らした、お料理の出し方、器、素材を生かしたお料理の美味しさに、皆、新しい物が出てくるたびに、感嘆の声が上がった。伯母は、流石に96歳なので、大きな物は食べられず、それを伝えると、お刺身まで、小さく切って出してくださる、お心使い。運んでくださる方とも、もう、顔なじみ。最初に気が付かず、大変申し訳ないと、仰ってくださった。本当に、気持の良いお店だ。パパも、雄弁になり、とても楽しい食事が出来た。子ども達も、美味しいと、素敵!と何度も感激していた。ああ、ここにして良かった!とつくづく思った。ホームページhttp://www.kogetsu-yokkaichi.jp/も充実しているので、皆様お気が向いたら見てください。ご馳走様をして、表に出たら、大変美しいライトアップ。ここが、駅前の繁華街のビル街の一角にあるなどとは、到底思えなかった。車に分乗して、帰宅。今日、伯母達は、うちに来る前、名古屋に寄って、徳川美術館に行ってらしたと聞いていたので、午後8時、母の家を後にした。早く寝かせてあげたかった。私も、早く、寝なくちゃなあ。明日は、父の3回忌。今日は、一日、結構、実のある日を過ごせた。おやすみなさい
2006年11月02日
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久しぶりに、髪を染めた。もう、大分白いものが出てしまって、10歳は老けていた。女の髪の色って、本当に大切だなあと、染めてもらう度に思う。お昼に、パパが、明日の夜に頼むため、近くの御寿司屋さんに、味見につれて行ってくれた。ここ、美味しいと評判の回転寿司。確かに、ネタは、新鮮で凄く美味しいが、シャリが、今一だった。田舎の御寿司は、シャリが多い。その上、少し酢の加減が宜しくない。でも、まあ、良いんじゃないでしょうか?伯母は御寿司が大好き。私も、小さな頃から、伯母に連れられて、東京の美味しい御寿司屋さんに連れて行ってもらった。年末の大晦日、伯母の家は、11時近くに出入りのお寿司屋さんが、大きな桶に美味しい御寿司を持って来る。そして御寿司を食べながら、新年を迎えるのが、恒例だった。そりゃ、東京の下町育ちで、日本一、御寿司の美味しい街に住んでるんだから、所詮、田舎の御寿司に満足な物はない。せめてネタだけでも、美味しいければ、それで良いんじゃないかとパパに言った。メニュー表を頂いて、帰宅。母は、何だか、舞い上がっていた。引っ張り降ろすのに、往生した。何もかも、完璧にしようとする。できない事までしようとするから、疲れるのだ。もっと、気楽になれないのか。そんなに、自分を良く見せたいのか・・・と少しお説教。出来ないなら、出来ないと、腹をくくれば良いのに・・。私には、解らない。どうしてそう、見栄を張るのか・・・。だから、疲れるし、だから出来ない自分を責めて、いらぬ落ち込みを経験してしまうのだ。昔の私のように。今は、私より、母のほうが、カウンセリングが必要だなあ。準備は万端です。着々と、3回忌の準備は整ってきた。2年かあ。父が逝ってからもう、2年も経つのか・・と言う気持と、まだ、たった2年しか経ってないのかと言う気持がないまぜになった。亡くなって半年は、書類書類で、ばたばたした。会社の引継ぎやら、何だかんだで、気持の休まる暇が無かった。49日をしたり、新盆をしたり、1周忌をしたり。そして、この一年、やっと、それぞれの日々を取り戻した。私は、パパのお父さんの13回忌の法要も経験したし。父に、良い一年だったと報告できそうだなあ。さあ、嵐のような日が始まるなあ。覚悟。
2006年11月01日
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