2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全30件 (30件中 1-30件目)
1
今日もパパは、ゴルフ。今日のゴルフは、お遊び。たまには良いでしょう。私も半年ゴルフ教室に通ったが、向いてないと即日思った。でも、従兄弟たちもするし、パパが「お前がするようになったら、沖縄でも、北海道でも連れて行ってやる」と言うので、何とか、頑張った。しかし、向いて無い物は、向いてない。道具一式、練習用のウェア、練習用の道具一式。パパは嬉々として一緒に買いに行ってくれたし、やるっきゃないなあ・・・と嫌々行っていた。食わず嫌いじゃない。ちゃんと半年、通った。一日おきに毎回50球は打った。打ちっぱなしは面白かった。しかしコースは、面白くない。カリキュラムでハーフコースにも出た。でも、やっぱり、好きになれなかった。スポーツは苦手。さっさとボールを持って、ホールにポイと放り込みたくなっちゃった。グリーンに出ると、「ゴルフ場は、すごく除草剤を使っていて、働いてる人がかぶれたりする」と聞いた事を思い出し、なるべく空気を吸わないようにしていたら、途中でだるくなった。酸素が足りないから当たり前。自分でも馬鹿だと思うが、思い込んだらそうなっちゃった。で、やっと向いてないとパパも諦めた。だから、パパがゴルフに行っても全く羨ましくも無い。よって、快く「いってらっしゃ~い」と送り出す。オネエも学校で授業。大学院と言う所は、普通の大学と、こういうところが全く違うみたい。土曜とか日曜、夜に、当たり前のように授業をする。院の教授に、今年は1人に3人の学生が割り当てられたらしい。たまたま中学校から一緒の男の子が一緒の教授に就いた。3人のうちの2人が、中学校からの友達と言うのも珍しい。折角受かった院だから、大変だけど、頑張って欲しい。なが~い人生のたった2年だもんね。昨日、ジュンがお世話になったお宅にお礼に伺った。とても感じの良い方だった。母の家のすぐ傍。やはり、ジュンは、父の所に行きたかったのだ。もう、いないのに・・・・。夜、久しぶりに食事に出た。面白い居酒屋で「ALWAYS」の世界。大きな戸棚の上にバカボンと、バカボンパパと、レレレのおじさんの大きなフィギア。欲しい!!!入り口には鉄人28号の大きなフィギア、壁には、昔のポスター。店内には赤いポストや、金鳥の看板も。ここ結構、家族が好きで、何回か来ている。もう、おなか一杯っす。こうして家族で食事に出られるのは、あと何回かなあ。大切にしたい、時間ですね。
2006年04月30日
コメント(0)
また、ジュンが逃亡した。我が家には、犬2匹、猫1匹、亀1匹がいる。最初の住民は猫のミルキー。シャムの雑種。こいつが一番賢い。世話もあまりかからない。犬は、オールドイングリッシュ・シープドックのジュリアンと、ウィルシュ・コーギーのジュン。ジュリアンは、10歳、ジュンは4歳。ジュリアンはアホだけど、素直で、大人しい。ジュンは、賢いが、やんちゃ。亀は名前は無いが、もう、3年いる。この亀がなかなか可愛いのだ。もともと夜店で買って来た。多分、ミドリガメなんじゃないかと思うが、解らない。目をつぶって寝るのだ。それも、ぷかぷか浮いて。水槽の表で、指を動かすと、凄く興味深そうに近づいてくる。えさをやると、ガメラのごとく、パクッと大きな口を開けて、もぐもぐ噛む。水槽の近くのえさを食べるときは、コツコツ音を立てて、水槽に口をぶつけている。水を替えたり、なかなか大変だが、可愛いのだ。夕方、夕食を摂っているとき、表で犬が鳴いた。「あれ?」と思った。ジュンの声に似てる。ジュンのいる場所とは違う方向。「ジュンじゃない?」と言うと、チビが「違う」と言うのでそのままにした。だが、少し気になって、表を見たが、もういなかった。夜、散歩に連れて行こうとしたチビ。「お母さん、大変、またジュンいない」やっぱり。だから言ったじゃない。さっきのジュンだって。それに、朝から家にいるのに、なかなか散歩に連れて行かないチビを怒ったところだった。「そりゃ、餌はもらえないし、散歩にもなかなか連れて行ってもらえないんじゃ、脱走したくなるよ」と散々嫌味を言った。ジュンが鎖を切って逃亡するのは、これで3度目。もう、ほんとに嫌に成っちゃう。小型犬なのに、大型犬用の鎖でさえ、切って逃亡する。仕方がない。今日は、パパがお付き合いでゴルフに行って腰を痛め、マッサージ機から降りてこない。チビと二人、夜の住宅街に探しに出た。1時間ほど手分けして探した。しかし、何処にもいない。こりゃ、また、どなたかに保護されてるなあ・・と思った。一旦帰宅し、チビに警察に電話させた。案の定、保護されていた。もう、本当に世話の焼ける犬だ事。腰の痛いパパも仕方なく起きてきた。帰宅したオネエも一緒に4人でケージを乗せ、警察までドライブ。警察署に着くと、中から女性の警察官が出てらした。「Kさんですか?」「はい、すみません、お世話になりました」と言うと、駐車場の階段の下に案内された。いたいた、もう、本当に仕方の無い子。ケージに入れ、保護してくださった方のお名前を聞き。帰宅。ロープでくくった。やれやれ、午前12時過ぎです。生き物を飼うのは、本当に身を削らないとできないです。何があっても、対処しないといけません。甘い考えで、可愛いからとか、寂しいからとかでは到底飼えません。これから、生き物を飼おうとしてらっしゃる皆様。覚悟をして飼ってください。あ~、疲れた。
2006年04月29日
コメント(0)
寝た。今日、何していたかと問われると、それしか言えない。世の中の話題は、今、事欠かない。大型連休もその一つ。我が家には、無関係な話題。オネエは、3日間ボランティアの合宿で家を空ける。パパは、2日仕事関係でゴルフ、1日は遊びでゴルフ。家族の予定が合うのは、なかなか難しい状況。私とチビだけが、「どっか連れてけーーー」と空しい叫びを上げている。今年は、海外に出る日本人が史上最高だそう。旅先で、恥じのかき捨てはしてこないよう、くれぐれも願いたい。つまらないので、嵐ネタ。クリント・イーストウッド監督が何十年ぶりかで、来日。映画の宣伝の為の記者会見が700人以上のマスコミ関係者参加の元、行われた。ニノも、監督から、絶賛されたそう。我事のように嬉しいのは、ファン心理。彼も偉い監督と少し恐れていたようだったが、初対面の時、ピーナッツを食べていて、その殻をぽろぽろこぼしているのを見て、「仲良くなれる」と思ったというニノのコメント。流石に賢いニノ。つぼを心得ている。嵐ファンとしては、「ニノらしいコメント」と微笑みを禁じえない。明日は、ワイドショーを見たら、きっと出てるだろうなあ。しかし、多分、早起きできないから、月曜まで、映像はお預けか。やっと「マリ・クレール」をゲット。潤君の妖艶なお姿。でも何だかなあ~。私は、いつもの潤君が好き。最近本当に「良い男」になってきている。以前のようなギラギラした、鋭い爪を持った鷹のような潤君が、上手く、甘い雰囲気を身につけ、爪を隠し、大人の顔になってきた。自信というものは、こんなに人を変えるものなのだろうか。ますます、魅力が倍増。夏コンの申し込みも終り、後は結果を待つだけ。今日は、知らない内に、一日が過ぎちゃった。勿体無いなあ。しっかりしろ!!私
2006年04月28日
コメント(0)
ほとんど一日、ぼうっとしていた。今朝から、鼻水が出て、咳も出る。完全に風邪を引いた。昨日、大阪に行った時も、寒くないように、スプリングコートを持って行ったのになあ。年を重ねると、体は自分の意思に反して、どんどん弱るものなのかもしれない。ティッシュの箱を家の中で移動する時は、持って移動。仕事にならない。・・・というか、仕事ができなかった。買って来たちまきは、まあまあだった。いつもプロショプで買ってくるものより、値段は高かったが、中の具は少ない。鶏肉が少しと、鶉の卵が一つ。プロショップの物は、もう少し具が色色入っている。たけのこやら、しいたけやら。でも、もち米の割合は、こっちの方が、多いよう。モチモチと美味しい。パパが、珍しくお昼に帰ってこなかったので、お昼は、豚マン、ちまき、一つずつ食べた。午後から、風邪のせいか、酷く眠くなり、少し寝たが、夕方、寒くて目が覚めた。今日は、とても寒い。ストーヴの灯油を入れに表に出た。もう、頼まなくて良いなあと思っていたが、無くなった。これは、まだ要るよ。近所のいつも配達してくれるスタンドに電話した。今年は、何時までも寒い。花冷えって言うけど、毎日寒いのも花冷えって言うのかな。夕方、何回も堀江モンの保釈のニュース速報が出た。ニュース速報といえば、ここのところ、毎日のように、震度3以上の地震がある。確か、北海道、東北、東海、と続いている。怖いです。娘のブログが更新されていたので、読みに行った。誰に似たのか、笑いのツボを心得ている。多分、関西人のパパの影響だろう。読んで、つぼに入ってしまい、暫く一人、ケラケラ笑ってしまった。誰もいない家の中、一人笑いのツボに入り、笑っている姿は不気味だ。大学近くのカウンターの牛丼やで卵を頼み、机に打ち付けたら、「ぐにゃ~」と割れてしまったそう。平静を装い、心の中で「そんなにひ弱な殻で中の子どもを守れるのか!」と卵につっこんでいた様子が可笑しかった。昔から不思議な子だった。大学での友達が出来た頃、どうして友達になったのか聞いたら一言、「笑いのつぼが一緒だったから」。そう言えば、高校から面白い友達が多かった。進学校に通っているのに、刑事になりたいと、警察学校を受けた女の子とか。今、その子何してるの?と聞いたら、全く畑違いの、何処かの企業の「マスコミ対応部署」にいるそう。普通に育てたつもりなのだが・・・。今でも、お友達には「不思議ちゃん」と言われているらしい。夜、今日は、お使いにも行きたくなく、残り物で夕食を作った。わかめと、買ってあったぜんまいを煮た。大失敗。わかめの塩抜きが甘くて、塩辛い煮物になってしまった。まあ、こう言う事もあります。夜「ダビンチ・コード」の映画の宣伝をしていた。トム・ハンクスと、ジャン・レノが出るそう。早く読まないと、映画に間に合わない。原作は、すっごく面白い。オネエが早く回してとうるさい。なかなか落ち着いて、読む時間が作れないんだよなあ。頑張ろうっと。
2006年04月27日
コメント(0)
今日は、待ちに待った、翔君のミュージカル「ビューティフル・ゲーム」を観に大阪に行く日。ばたばたと用意し、出かけた。昨夜、早く寝ようと思っていたのに、結局、夜中までなんだかんだと用事をしてしまい、寝不足。電車に揺られて気が付くと、うとうとしていた。鶴橋で降りて、地下鉄に乗ろうか、上本町で乗ろうか決めかねていた。鶴橋で降りると、地下鉄を乗り換えなくてはならないが、近鉄からの乗り換えは、歩かなくて良い。上本町は、少し、歩かなくてならないが、地下鉄の乗り換えは無い。迷ってるうちに鶴橋に着いちゃった。沢山の人が降りた。目の前のホームに「地下鉄」と矢印のある階段。あ~、降りたら良かったかなあ。上本町に着き、地下鉄のホームまで歩いて、地下鉄に乗った。何のことは無い、乗り換えた駅で、鶴橋から来た地下鉄が着くホームに行く階段がすぐ前にあった。でも、御蔭で、美味しいワッフルが買えた。お昼を近くの定連さんが集まるお店で食べた。見ると、テーブルの中に可愛いスワロフスキーで作ったドナルドダックのストラップが「580」と書かれた袋に入れられていた。あ、これ、オネエがお友達に作ってもらったミッキーとミニーのシリーズ。買って行ってやったら、喜ぶだろうなあ・・・と思い、清算の際、お店の方に聞いた。「あ、あれ高いですよ」「?」よく見たら、小さな「0」がもうひとつ、くっ付いていた。ビックリした。丁重に辞退してお店を出た。大阪NHKホールは、歴史博物館の隣にあった。時間があったら、ここ、見たいなあ。長いエスカレーターを二つ上がって、ホールに入った。結構広いなあ。今回の席は、丁度、真ん中辺り。あ、また、オペラグラス忘れたよ~。でも、まあ、そう悪い席じゃないから、無くても大丈夫。始まった。ミュージカルは、去年の「ウェスト・サイド・ストーリー」以来。しかし、全く、毛色の違うものだった。まあ、あれも人種の問題があったが。この話は、アイルランドに起きたプロテスタントとカトリックの戦いにサッカーを通じて友情を暖めていた仲間達が巻き込まれ、それぞれ、バラバラになってしまう結構テーマとしては重いもの。だが、宗教に関しては、全く興味も無いし、何故争っていたのか、よく解らないのが正直な所。宗教戦争も、全くもって、ばかばかしい戦いと思っているし、反対に「神」を冒涜する物と、信じて疑わない。だから、この舞台のテーマも、申し訳ないが、私にとっては、今更言うまでも無い・・と言う感じだったので、「なるほどなあ」と思う点は無かった。しかし、読みの甘い私の事なので、中にはもっと深く考えた方もいらっしゃるだろう。嬉しかったのは、共演者が、皆おなじみの顔だった事。ゴクセンの「くま」、さんま大先生に出ていた「ゆうた」、子役から度々ドラマで見ていた黒田勇樹君、それに「ともちゃん」事、華原朋美、重鎮の浜畑賢吉さんらが出ていた。浜畑さんは、昨年「エデンの東」でも潤君の父親役で共演していた。全体としては、女性陣の歌が、素晴らしかった。翔君の歌は、WSSよりは上手くなっていたが、まだまだかなあ。嵐君の歌とは全く違った声の出し方、クラシックの声楽の出し方だから、なかなか難しいのだろう。一番、素晴らしいと思ったのは、サッカーの試合のシーン。乱舞が良かった。それも、ボールを蹴りながらだから、歩数が合わないと、タイミングが合わずに、失敗する。上手く、踊っていた。ともに、苦難を乗り越えてきたサッカーチームの仲間5人が、一人は、IRAに殺害され、一人は、IRAの戦士になり、一人はその戦士に下半身不随にされ、一人は異教徒として迫害をうけ、国を出る・・・そして翔君は、仲間の逃亡を助けた罪で投獄され、IRAの仲間と脱走し、妻の下を去り、IRAの手先になろうとするが、最後は子供のできていた妻の下に帰る・・・と言う筋。今回のミュージカル、この妻とのラブシーンが、結構、話題になった。潤君ファンの私としては、今まで数々のラブシーンに免疫ができているので、この舞台、噂には聞いていたが「な~んだ、この程度か」と言う感じだったが、翔君ファンには、今まであまりそういう役どころじゃなかったので、目の前で繰り広げられるラブシーンはショックだったろう。御蔭でこの舞台、ファンの間では不評だったそうだが、私は、面白く観られた。内容も内容だが、構成が凄く面白く、サッカーと言う、動きのある物を、舞台でどう表現するのかなあと、興味津々だったし、凄く上手に、サッカーのシーンや、応援のスタンドのシーンが作られていた。昨年「リバーダンス」で本場のアイリッシュダンスを観たが、結婚式のシーンでは、スピード感は全く異なるが、可愛いアイリッシュダンスも観られた。二時間の公演に休憩が入って、午後1時半から、4時過ぎまで。途中の休憩に、トイレに立ち、気がつくと嵐友たちがいて、お互い手を振ってご挨拶。千秋楽と言う事で、何回かのカーテンコールに、翔君初め、共演者達も、出てきて、会場は大騒ぎ。翔君は本当に嬉しそうにガッツポーズ。会場がすべてスタンディングオベーションになり、拍手が鳴り止まず、翔君がご挨拶に登場。「一年前に、このお話を頂きまして、『え?』と言う感じで、桜井翔、大丈夫かと思いましたが、素晴らしいカンパニーの皆さんの御蔭で、今日までやって来られました」もう、会場は「しょうくーん」の声と割れんばかりの拍手。そして、また、最後に全員が登場。女性共演者は、涙涙だった。最後の最後に、翔君が頬に貼ってあったマイクをバリッと音のするくらいの勢いで剥がした。多分、マイクを通してじゃなく、言いたかったのだろう、大きな声で「ありがとうございました!!」と力いっぱい挨拶した翔君が、実に爽やかだった。本当に長い公演、ご苦労様でした。会場を出て、嵐友達と一緒に難波に出て、お好み焼き屋さんに。美味しいお好み焼きを皆で食べながら、お酒が入った嵐友達の出るわ出るわ、妻役への辛らつな批判、大騒ぎ、ほとんど嫉妬。しかし、その面白い事!!。ほとんど、初めてお目に掛かる方ばかりだったが、とても楽しい時間を過ごさせていただいた。電車の時間が迫っていて、後ろ髪を引かれる思いだったが、頼んであった、おみあげのお好み焼きを受け取り、皆さんより先にお店をでた。美味しい豚マンとちまきを買って、難波の駅に行き、帰りの電車では、また別の嵐友とご一緒させていただいた。わざわざ、同じ電車の切符を買ってくださっていて、沢山、楽しいお話をしている間に、駅に着いた。終点まで行く彼女に別れを告げ、ホームに出て、階段を降りた。お好み焼き、豚マン、ちまき、ワッフルとすごい荷物。駅前からタクシーに乗って、帰りついたのは、9時前。まだ、チビしか帰っていなかったが、早速、チビとお好み焼きを食べ始めたら、パパとオネエもご帰還。みなで「フワフワだね」「本当に美味しい」と言いながら、頂きました。楽しい、本当に楽しい一日でした。一緒に騒いだ嵐友の皆様、ありがとうございました。一緒に二時間の乗車時間を過ごしたSさま、ありがとうございました。そして、嫌な顔せず出してくれた家族の皆様、感謝。
2006年04月26日
コメント(2)
午前中、体が疲れていて、参った。更年期なのかなあ。明日行く、大阪のアクセス資料など作った。座って出来る事をしようと思い、後で何とかしよう・・・・と机の端に置いてあった物を、処分したり、整理したりした。こういうの、本当に苦手。例えば、お買い物1000円券のついた葉書、これは、5000円以上買い物した時のみ有効。レストランから届いたランチの案内、これは、会員だけがお得になる葉書。会員制のリゾートホテルの一年分の利用チケット。友人が送ってくれている、潤君ラジオのテープと、ニノラジオのテープ。24時間お買い物番組から届いた、特価のカタログ。海外から届いたビクトリアンの商品カタログ。もう、これだけで混乱してしまう。何処に仕舞えば良いの~ってなっちゃう。本当に困った物だ。そうこうするうちにお昼になった。あ、昨日、生めんのラーメンを作ろうと、メンマとチャーシューを買って来たのに、肝心のラーメンを買うのを忘れていたんだった。それに猫のえさも無くなって、昨日から、怒って噛み付いたりしていたっけ。だるい体に鞭打ち、車で買いに行った。帰宅して作ろうとお鍋にお湯を沸かしていたら、パパから帰るコール。最近、二人でこのシリーズに凝っている。「行列のできる」シリーズのラーメン。とんこつとか、味噌とか、しょうゆとんこつとかあって、下手なラーメン屋さんより、美味しい。お値段が普通の売っているラーメンより少し高いかな?それでも、食べに行くより、うんとお得。お昼を一緒に食べていたら、「病院行こか」とパパ。私も今日は、ひと月に一回の診察日だったので、まずは、私の方の病院に一緒に行った。よりによって、会計の新しい手続きで、いつもよりうんと時間が掛かった。薬を貰うまで、パパを1時間以上も待たせてしまった。それから、隣の市の病院に御祖母ちゃんのお見舞いに行った。御祖母ちゃんは、顔色も良く、今日は落ち着いていた。どうも、こういう広い病院に入院すると、体を動かすからだろう、調子が良くなる。グループホームは、確かにアットホームな所が良いが、自分の部屋に閉じこもりがちだ。こういう病院は、きちんと時間で集められ、手遊びとか、運動とか、させてくれる。自分の部屋から、食堂に行くのも、距離が有るから、普通の家のグループホームより、歩く距離があるので、自然と運動になるのだ。パパと帰りに、今のホームから、大きな施設に移そうかと、本気で考えた。その方が、御祖母ちゃんにも、今のホームにも良いのじゃないか・・・。聞けば、薬を変える目的でこの病院に入院させたのに、特に、薬は変えてないのに、夜の徘徊もないと言う。ちょっと、考えた方が良いのかもしれない。夕方帰宅。もう、6時を過ぎていた。明日は、もっと疲れるから、今日は入浴し、早く寝ましょう。翔君の舞台、とうとう千秋楽。やっと行けます。楽しみだなぁ!!。
2006年04月25日
コメント(0)
ここのところ、外出する事が多く、お化粧かぶれした。もう、嫌に成っちゃう。どうしてこう、全身弱いんだろう。ほっぺと、おでこと、鼻の頭が、痒い。吟味して吟味してお化粧品を決めた。そこいらの美容部員に負けないくらい、何十社の化粧品会社の物を、この30年試した末、今の会社の物に出会った。少なくとも、今まで使った物より、肌に良い、肌に合うと思って使っている。それでも、毎日のようにお化粧すると、こうなっちゃうのだ。お化粧して、持つのは3~4時間。4時間過ぎると、鼻の横あたりに赤く蚊にくわれたような斑点が出る。これが出始めると、もう、そろそろ限界。肌が悲鳴を上げ出すのだ。最後には、顔中痒くなり、無意識に掻いて爪にファデーションが入っている。余程ひどい時は、何処かトイレに飛び込み、ウェットテッシュで、お化粧を落としてしまう。全く、女に生まれて、これは本当に辛い。今日は、朝からお化粧をしていないのに、痒い。掻くと、また、そこが赤くなる。モウイヤ!!と叫びたくなる。こんな事言うと、「五体満足なのに」と叱られそうだが、普通の体に生まれたかった。午後から、狂犬病の注射の日。パパが戻ってきて、二人で一匹ずつ連れて、近くの集会場に行った。うちのワンコは、アホだから、受付にいてもポカンとしてて、アッと言う間に注射されて、はい、終り、終わってから、怒っていたが、御近所のゴールデンレトリバーのグレースちゃんは、とても賢いワンコで、受付で御主人が手続きをして、さあ、注射・・・という時、座り込み、動かなくなっていた。一生懸命、御主人が引っ張って、やっと注射。本当にグレース賢い。ジュンもジュリアンも、ただただ、お散歩に連れ出してもらったと誤解し、喜んでつれて来られたアホ。でも、おバカな子ほど可愛いと言いますが、本当、可愛い子達です。
2006年04月24日
コメント(0)
今日は、昨年、あっという間に亡くなったK子さんの一周忌。母と二人で出かけた。今日は、パパは、接待ゴルフ、オネエは大学、チビはお留守番。オネエは、日曜に一週間分の勉強の復習をしないと、とても次の週の授業に間に合わないそう。隣の大学の図書館に参考書を借りに行ったり、本当に大変そう。頑張れ。今日は、朝から、イライラして仕方無かった。これも、更年期の症状だろう。母は、こちらの気持を考えず、思いついた事を、次々そのまま口にし、うるさくて運転の邪魔になるものだから、ついつい怒鳴ってしまう。今まで何回も、運転中は、道のことなど考えているから喋りかけるなと言うのだが、どうしても黙っていられないらしい。もう、百回くらい注意してるが、直らない。完全なADHD障害の症状。困ったものだ。従兄弟の所は、神式のお葬式だった。パパと二人出席し、「神式も良いなあ」とつくづく思ったのだが、今回も、神式の御つとめ。お経とか言わない。祝詞みたいな感じ。とても解りやすいし、理屈っぽいことは言わない。本当にK子さんの思い出などお話くださるだけ。キリスト教みたいに、祭壇に玉串をささげるだけ。ただ、4回手を叩くのが、何回しても慣れないし、なんだか、しきたり然としてて納得いかない。K 子さんは、風邪をこじらせ、肺炎になり亡くなった。本当に信じられなかった。笑顔しか思い出せない。実家が従兄弟の家のはす向かいにあったので、しょっちゅう、我が家に遊びに来ていた。もう時効だが、私が高校生の頃、亡くなった従兄弟が仕事にいきづまり、お酒におぼれた事があり、ある日、K子さんが、我が家に泣いて駆け込んできた。結局、父が、従兄弟を諭し、後始末をした。そういう苦労をしたのに、明るくて、面倒見の良い人だった。晩年はコーラスをしたり、嫁いできたお嫁さんが、キャシー中島のお弟子さんで、彼女にパッチワークを習っていた。亡くなる直前、ハワイに母と一緒に行った従姉妹が、ハワイアンキルトの本を届けたのだが、もう意識が朦朧としていて、それを見ること無く亡くなった。で、今日、その従姉妹がK子さんに見せようと、出来上がったばかりのキルトを持って来ていた。お料理さんの広い部屋、華やかな色が広がった。きっとK子さんも、見てくれていただろう。帰宅途中、また、母と喧嘩。無神経に物を言う母に、我慢が出来なかった。気分を変えようと、駅前に車を止めて、銀行に行き、翔君のミュージカルに行く為の切符を購入した。母は、その間、お茶を飲みに喫茶店にいた。何とか、仲直りし、帰宅。母と出かけると、自分が情けなくなる。もう少し、優しくできない物かと、反省するのだが、一人になり、誰も注意する者がいなくなった母に、残りの人生を、もっと楽しく過ごして欲しいと思うと、こうしろああしろと言ってしまう。長年コーラスをしているのに、友人が一人もいないのも、母の性格が災いしている。もう少し、自分に鎧を着せずに、樂に生きたら良いのにと思うのだが、異常にプライドの高い人なので、それも無理な話かもしれない。プライドが無いのも良くないが、有りすぎるのも、人を寄せ付けないと気が付いていないのだ。つまらないプライドなんて、本当に滑稽なのに。私も時に、そう言う所があるので、自分でも注意しているつもりだが、どうかしら。向上心や、謙虚である事は、とてもとても、大切な事だと思う。母は二言目には、「この年になってから、直せないわよ」とのたまうが、それは、向上心を放棄したことじゃないだろうか。私は、そういうのは嫌だ。東京の伯母のように、幾つになっても、謙虚さを忘れず、向上心も無くしたくない。目標。母に優しくしよう。・・・・う~ん、難しそうだなあ。
2006年04月23日
コメント(0)
停電なんて、ここ何年か、経験していない。電気の無い生活が経験できる、面白さも期待できた。何をしていようかな。1時半から、4時まで2時間以上。パソコンは電源を落として置いてください。ストーヴはコンセントを抜いて置いてください。など、注意書きのある葉書が届いたのは、10日程前。その通りにして、その時間を迎えた。丁度、お昼の焼きそばが出来たところだった。今日は、あまり良いお天気ではないので、家の中が暗い。ガスは関係ないから入浴でもするかな・・・と思ったら、給湯システムが電気だった。つまり、お湯が出ない。だめじゃん。犬が鳴いた。そうだ、お玄関の呼び鈴も鳴らないんだ。インターホンを取って、自分で笑った。これも駄目か。携帯に母から電話。「幾ら掛けても出ないんだもん」ああ、電話も、電気が入っているから、鳴らない訳。もう、本当に笑っちゃった。何もできないじゃない。仕方ない、乾燥機に残っていた洗濯物でも畳みましょうか。あ、そうだ!!私は、TVが大好きで、どなたか忘れたが、御祝いのお返しのカタログに電池で見られるTVがあって、貰ったんだった。何処やったかなあ・・・・・。あった、あった。早速、さっきまで見ていたサスペンスの続きのチャンネルに合わせた。お、犯人の謎解きに入ってる。娘が部屋から出てきて、そんな私を見て「そこまでしてTV,見たい?!」爆笑。「うん!!お母さん、TVっ子だからね」このTV,災害などの時に役立てようと、電池もたっぷり一緒にしまってあった。まさか、こんな時に役に立つなんてね。御蔭で、時間が潰せた。電気が戻ってした事。食器洗い機のスウィッチをいれ、洗濯機を動かし、お紅茶をチンし、その間にパソコンのスウィッチを入れた。電気が切れる前に入っていたTVも電灯もそのまま点いた。電気の無い生活って有り得ないなあ。読書するにしたって、暗くちゃ目が悪くなるし。本当に電気に感謝ですなあ。
2006年04月22日
コメント(0)

今日は、月一の革工芸。ルンルンで出かけた。今作っているのは、セカンドバック二つ。一つは、まちのないもの。もう一つは、まちのある物。これは、教材なので、自分が欲しい欲しくないに関わらず、作らなければならない。御祖母ちゃんの入院や、父の入院、逝去によって、3年半前に始めた革工芸も、普通なら、1年で終了する課題が、まだ出来ないでいた。ましてや、月一回のレッスンなので、やむおえなく一回お休みすると、もう、忘れてしまい、幾らノートに熱心にやり方をメモして帰っても、ほんの少しのコツが思い出せず、結局、何回も、同じ事を先生に教えてもらわなくてはならず、今までは本当に、進まなかったが、今年に入って、すべてが落ち着きを取り戻し、気持も時間も余裕を持って、できるようになった。今日は、バックの周りに、三股の工具で均等に穴を空け、皮ひもを通す工程まで教えていただいた。この革紐を通すのが、また、なかなか難しいのだ。ただ、通すのではなくて、編みながら通す。2~3続けて通して行くと、綺麗な編み目になって、二枚の革がしっかり縫い合わせられる。これを周りにぐるりし終えると、後は、金具をつけて出来上がり。この作品も一年掛かった。次の作品は、私が、待ちに待ったトートバック。当時、コーラスの指導者だった、革工芸の先生の妹さんであるO先生が持っていらして、バックの大好きな私が、「先生その素敵なバック、どこで買われたのですか?」と伺ったら、なんと、「これ、私の作品なの」と恥ずかしそうに仰った。「!!!!」即行で、「私も作りたい!」と申し上げたら、「本気?」「本気、本気ですよ!」で、先生に紹介していただいて、今のお教室に入れていただいた。そのトートバックの革と、図案を今日は頂いて帰った。もう、嬉しくて嬉しくて、仕方が無かった。お教室には、70歳を過ぎた方も多い。皆さん、もう、10年以上なさってらっしゃる。中には、私より、後に入った方もいるが、とうに、追い抜かれている。もう、本当に素敵な作品ばかりなのだ。ウィリアム・モリスの模様のような図案で、作ってらっしゃる方。実に華やかなお花の模様で、作ってらっしゃる方。出来上がった物は、もう、本当に、世界に一つしかない素敵なバックばかり。形も、かぶせ蓋の物あり、ファスナー開きの真四角のバックあり、私も、母や、娘から、早く作ってとリクエストを賜っている。これだけの工芸を施してある物は、購入すると、とても高いお値段なのだ。先生のお作りになった黒地に、ぬめ革に革細工を施したお花を切り抜いて縫いつけたバックは、一つ10万円近くするが、誰も持っていない優越感が刺激される。地の黒の革に、肌色のお花の部分が浮き上がり、うっとりするような美しさ。母は、最初の展示会に来てくれ、父に買ってもらい使っているが、必ず出先で「何処で購入されたんですか」と聞かれるそう。まだ、買う余裕は無いが、絶対、いつかは、購入しようと思っている。再来月は、展示会がある。今回は、先生、どんな作品を出品されるのか楽しみです。私も、頑張ります。
2006年04月21日
コメント(0)
前日、なかなか眠れなかった。一度うとうとしたが、眠れなくて、夜中にお風呂に入った。夜中のお風呂は、ちょっと怖いけど、気持が良い。だれも起きてない、静けさの中、本当にゆっくり入れる。が、しかし、昨夜は、アクシデントがあった。湯船に浸かって、うとうとし始め「ああ、これで眠れるなあ」と思った途端、何処かで女性のただならぬ声。ギョッとなった。「犯罪?」慌てて浴室から出て、キッチンのドアの窓を少しずらして開けたが、誰もいる様子はない。ちょっと待てよ、あの声、オネエの声に似てる・・・・。そっと二階に上がって、ベッドの中を覗きこんだ。・・・・・・と、オネエが目を覚ました。「貴女今、叫んだ?」「うん、嫌な夢見た」もう、ほんとに、人騒がせな子だ。院のお勉強、相当大変みたい。色色ストレスがあるんだろうなあ。なんだか、可哀相になった。やれやれ、下に降りて、お肌のお手入れをして、冷えたお茶を飲み、寝た。流石に明け方に寝たので眠いが、チビに起こされた。昨日から、チビに御弁当を作って持たせている。学食で食べたら良いのに、お友達と、毎日、お庭で食べているらしく、御弁当を持って行かないチビは、毎日コンビニのおにぎりを食べていると判明。毎日朝食は、卵とご飯だけなのに、お昼もそんな食事じゃ栄養失調になっちゃう。仕方ない、二時間目から始まる日は、御弁当を持たせる事にした。その代わり、御弁当を持っていかない日は、学食で食べる約束をさせた。で、「お母さん御弁当!」と起こされたのだ。大学生なんだから、もう自分で作って行けよな~と、ぼやきながらも、作ってしまう親ばかちゃんりんに、自分でも少し反省なのだが、2時間掛かって通うチビが何だか哀れに思えてしまうのだ。厳しい事を言えば、だから、他の大学に頑張って受からないと、こう言う事になると、口をすっぱくして言ったのに、受からなかったチビの責任なのだが。そんな事、今更言っても仕方が無いよね。でも、授業は、面白いらしい。おタクの化のあるチビだから、自分の好きな事を勉強できる大学は、図書館も、授業も宝の山なのだろう。「今日はね、一人で図書館で○○のDVD見てきた」とか、「ねぇねぇお母さん、こんな話知ってた」とか毎日楽しそうに報告してくれるのが、ああ、大学、面白いんだなあと、親として何より嬉しい。今日は、寝不足のせいで、気がついたら、午後まで寝てしまった。勿論、皆を出してから、二度寝してからだが。あ、大変ダーー、美容院、予約してあったんだ~。で、午後から、髪を染めに行った。明日は革工芸、日曜は、昨年急逝した従兄弟の奥さんの法事、来週火曜日は、翔君のミュージカルに大阪に行く。今日、染めて、丁度良かったかな。夕方、また、雨。最近、本当によく振るなあ。葉桜になった桜の緑が、とても綺麗。四季折々、本当に桜はたのしませてくれます。
2006年04月20日
コメント(0)
午後パパと一緒に御祖母ちゃんのお見舞いに行った。午前中にお昼ご飯の放送があり、部屋から出て、走って足がもつれ、転んだという。まともに歩けないのに、走るなんて無茶な話。あばらを痛めたらしく、痛いと言う。ひざも痛い、痛いと言い、パパに走らないよう言われていたが、覚えている訳がないなあ。唇も少し切って、腫れていた。面会室に入ると、鍵を掛けられる。結構、厳重な処置。良い気はしない。いつものように「連れて帰れ」と何度も言う。パパが、根気良く、説得。機嫌を損ねた御祖母ちゃんは「Tが来たらすぐ連れて帰ってくれるわ!」とパパに憎まれ口をきく。パパは「そうか」と言って苦笑した。Tとは、パパの弟で、関西に住んでいる。こういう時、本当にパパが可哀相になる。こんなに一生懸命、仕事の合間をぬって面会にきても、この3年、共働きでなかなか御祖母ちゃんの顔を見に来れない弟の事をお祖母ちゃんは二言目には、言う。その度、パパは、「Tは仕事だから」と諭す。短い面会を終えてブザーを押すと、鍵を開ける音がして、看護士さんが開けてくれた。「じゃ、またね」と言うと、無表情で、頷いた。パパと二人、ガラスのはまったドアを出ると、すぐに施錠され、御祖母ちゃんが、看護士さんに支えられて立ってこちらを見ていた。手を振っても、何の反応も無かった。多分、見えていないのだろう。暗澹たる思いで、二人病院を出た。何時まで入院なのだろう。もう、一週間になる。病院よりやはり、介護施設の今の住まいの方がましだなあと思った。あばらは大丈夫かしら。午後から診察があるそうだから、もし、骨折していたら、連絡があるでしょう。御祖母ちゃんに会いに行くと、気持が落ち込む。パパは、この10日から一大決心をして、禁煙しているので、甘い物を欲しがる。うちの近くにあるいつものケーキ屋さんに近付いた。「ケーキ、食べようか」と言うと、「おお」二人で本当に可愛いお洒落なケーキ屋さんに入り、それぞれ食べたいケーキを頼み、子ども達に一口大のプチモンブラン12個が入っている箱入りを頼み、包んでもらい、お店を出た。帰宅後、無言でケーキを食べ、会社に戻って行ったパパがなんだか、可哀相で仕方が無かった。人生、年を重ねると、色色切ない事が多いですね。
2006年04月19日
コメント(0)
久しぶりに海外から荷物が届いた。すごく不思議なのだが、ダンボールを開梱したり、封筒を開けると、同じ匂いがする。嫌な匂いじゃなくて、良い香りなのだ。今まで、数え切れないほど、開いたが、必ず、その香りがする。だから、アロマじゃない。実は、娘がロンドンに語学研修に20日間足らず行った時。帰ってきて、トランクを開けたときもこの同じ香りがした。娘がステイしていた「イヴ」さんの家の匂いだから、「イヴさんちの匂い」が通称になった。ずっとずーーーっと気になっていた。私は、ものすごく鼻が良い。匂いにものすごく敏感。だから、若い頃、誰もがそうであるように、フレグランスに凝った。大好きな香りは、いつもフローラル系。しかし、鼻が利きすぎ、自分の香水の香りに、気持が悪くなったりした。鼻が利くから、ほんの少し、手首の内側にしかつけなかったのに、朝、出勤の時に付け、午前中に頭が痛くなったりした。今はもう、あまり付けないが、よく、今でも、外出した際、すごく沢山香水をつけている人に近付いたりすると、気持が悪くなる。その香りは、何とも、ほんのり匂い、本当に心地良い香り。こんな話を聞いた事がある。海外から来た人は、日本の空港に降り立った時、すぐにお線香の匂いに気が付くそうだ。空港ロビーに入って暫くすると、もう、慣れてしまうそうだが。日本は、お線香の匂いの国だそう。パパが中国に仕事で何回か行った時も、街を歩くと、香菜の匂いがしたと言っていた。多分、この良い香りは、欧米の匂いなのだろう。初めは、防虫剤の匂いかなあとか、アロマの匂いかなあ・・・と思っていたが、すべて、同じ匂いがする以上、そうではないと思った。しかし、先日、とうとう、見つけた。ある場所に入ったら、「あ、この匂いだ!!!」もう、恥も外聞もなく、聞いた。「この香り、何ですか?」受付の方は、怪訝そうに私を見た。暫くし、真面目にこちらが聞いていると解っていただき、奥から「これだと思います」と紫の液体の入った細長いビンを持って来てくださった。見ると、日本のものじゃなかった。やはり、MADE IN LONDON.機械に入れて使うアロマだった。なーんだ、やっぱりアロマだったんだ。それも、海外ではごく普通に使われているアロマだそう。海外ではアロマは日本以上に普及しているから、この香りは、ごくごく、当たり前に使われている物なのだろう。日本代理店の電話番号を教えていただいた。苦節4年。とうとう見つけた。届くのが、すごく楽しみです。
2006年04月18日
コメント(2)
月曜日。一体何をしていたかなあ・・・と考えた。まず、寝ていた。疲れは、一日じゃ取れない。まして、ここ半月、50肩で、兎に角右腕が痛い。後ろにのばしたりは平気なのに、ちょっとそこの物を取ろうとさっと手を出すと、めちゃくちゃ痛い。特に、腕を上に向けて物を持ったりすると、超痛い。注射を打つと、一週間ほどは大丈夫だそうだが、それも意気地が無くて、行けない。人間、いつも痛くないところが痛いと、こう行動が萎縮されてしまうのか・・・と思うくらい、ただでも動かない人が固まっている。座って、TVばかり見ていた。午後、先日、TVのお取り寄せ番組で、ものすごくジューシーで美味しそうだった焼き豚を放送していたので頼んだのだが、それが届いた。ワクワクして、包装を空け、包丁で一切れ切って、オーブンで少し焼いて食べてみた。美味しくない。かすかす。どこがジューシーなのか。こりゃ、そこのスーパーで売ってる焼き豚の方が余程美味しい。こんなまずいのも珍しい。それも、一本3500円もした。大失敗。夕食に切って出した。「これって、あの焼き豚?」と家族が聞く。「うん、あのジューシーだった焼き豚」「何これ。詐欺じゃん」やっぱ、みんながそう言うんだから本当に美味しくないのだ。ゴールデンタイムのTVのお取り寄せ二時間番組だった。著名なゲストが絶賛していて信用してしまったが、やっぱり、美味しい物は、自分の足で探さないといけません。これで二回目だなあ。以前は、北海道の物産を、パソコンで人気のサイトから取り寄せた。ほっけの一夜干し、帆立の貝柱、かにのポーション、松葉かにの肩。美味しかったのは、ほっけの一夜干しだけ。これは確かに、脂が乗って絶品だった。だが貝柱は、いつも買う近くのプロショップの方が大きくて美味しかったし、かにのポーションは、細かったし、かにの肩は、お正月に私が朝市で買ってくるかにの肩のようにかにつめの殻が割れている物のように身が入っていなかったし、小さかったし、値段も高かった。お取り寄せサイトが流行っているが、気をつけないと、こういう失敗を重ねる。失敗が無いのは、24時間お買い物番組をしている局の物。おせちも、ピザも、ケーキもチョコレートも、明太子も干物も失敗が無かった。みなとても美味しかったが、お値段が高いのが玉に瑕。最近、買った有機栽培のフルーツで作った「ジャム」は、ジャムと言うより、本当に、そのまま食べても甘すぎず、ヨーグルトに混ぜてたべても美味しかったが一ビン1000円した。これでまずかったら、喧嘩になるよなあ。ピザは、本当に美味しかった。イタリア直輸入の物でチーズの風味が、日本の冷凍食品の物とは雲泥の差だった。具はほとんど乗っていないのに、本とに美味しかった。これは家族が気に入り、その後、何度か購入した。お値段も、まあまあだったし。一押しは、ここのお節。皆すごく美味しい。黒豆はびっくりするくらい大きくて、ふっくらで、数の子は、歯でしっかり噛まなくても良いくらい柔らかい。それにすごくお値打ち。友人に勧めたら、次ぎの年から毎年、買うようになったと言う。日本全国から集めた食材と、特別に限定で作った物が揃っている。とりあえず、しばらく、ここの物以外は、手を出さない方が無難だなあと、かすかすの焼き豚を食べながら、今日、改めて痛感した。
2006年04月17日
コメント(0)
流石に二日続いたので、疲れが出た。頭痛にならなければ良いと思った。幸い、ただただ、体がだるいだけ。朝、一旦起きて、豆乳を飲み、いつもの薬を飲んだ。日曜の朝の特有のニュース番組をボーーっと見ていたら、たまらなく眠くなった。11時ごろ、また二階に上がって、爆睡。気がつくと、午後3時。何やら、良いにおいがしてきた。そう言えば、昨日、以前頂いたたこ焼き器で、お昼にたこ焼きを作るのだと、娘が葬儀の帰りに寄ったスーパーで、たこやら、たこ焼きの粉やら、紅しょうがを買っていた。着替えて降りると、キッチンのテーブルの上に、たこ焼きが5つ、お皿に乗せられ、置いてあった。隣のリビングで、パパは、ゲームをしていた。冷めたたこ焼きをチンして口に入れた。なかなか美味しかった。廊下の向こうの部屋から娘が来て言った。「お母さん、それで足りる?」「うん、十分よ。美味しいね」娘は得意そうにうなずいた。パパと二人で楽しくたこ焼きを作ったらしい。オネエは、朝から、大学に出て行ったまま。静かな休日。おなかが一杯になったら、また、眠くなった。余程疲れたのだろう、まだ眠れた。夕方、思い切りお肉が食べたくなって、買い物に出た。今日は、何の躊躇も無く、ステーキのお肉を買った。元気が出るなら、安い物だ。ありがたいことにこのあたりは、本当に良いお肉が安い。多分、東京の3分の1以下だろう。お肉を食べたら、元気が出た。父もお肉が好きだった。パパは最近、あまり好まない。私は、まだお魚より、お肉が良いなあ。なんと、ゆっくりした日だったろう。こんな日も、良い物だ。明日から、頑張ろう。う~ん、頑張れるかな?
2006年04月16日
コメント(0)
今日は、伯母の野辺の送り。10時前に母を乗せ、パパは娘達を乗せ、斎場へ。二階に上がると、東京の伯母と従姉妹はもう、ホテルから着いていた。娘達に受付を手伝うよう言い、パパは、親戚のお婿さんたちとおしゃべり。時間が来て、下に降りた。沢山のお悔やみに来て下さった方の中には、パパの会社の関係の方もいて、「あれ?」と言う感じだった。パパが親族の席にいたから、怪訝そうだった。私と喪主が従兄弟だと知らなかったのだろう。お経が終り、焼香を済ませ、お別れになった。やはり、この時が一番辛い。昨日あんなに綺麗だった伯母の顔は、今日は、少し、変わってしまっていた。仕方ないよね。「さよなら伯母ちゃん」と言うのが精一杯だった。それまで平気だったのに、おなかの裏、胸の底からこみ上げた悲しみに、恥ずかしいほど泣いて、従兄弟に「泣くな、俺が泣いてないのに」と頭をポンとされた。本当だよなあ。一人っ子の息子で、可愛がって育てられた従兄弟にとって、お母さんとの最後のお別れだもん。80歳を超えていたって、辛いだろうなあ。お花の好きだった伯母は、お花に囲まれて運ばれた。お骨になる間、昼食を摂った。娘達を連れて行こうか迷ったが、こういうお席になるべく、出したいと思った。どんどん、年寄り達が、いなくなり、親戚の関係が薄くなるのは、寂しい。若い人の交流で、親戚の関係が続くと良いと思った。連れて行ったのは、ご迷惑だったかもしれないが、そう思った。小さくなった伯母を連れて、斎場に戻り、初七日の法要。オネエは、大学の授業があるのでタクシーで先に帰した。法要が終り、皆さんにご挨拶して斎場を出た。途中、パパの車と二台で斎場の近くの私が革工芸に来ている町に入った。お茶でも飲みたいね・・・と言う事で、私の知っているお店に行ったが、お休み。仕方が無い、暫く走って探したが、駐車場の広いお店がなかなか無い。確か、海の近くに有ったはずなのだが、何せ、いつも友人の車の後にくっ付いて行った場所なので、思い出せない。仕方ない。大通りに戻り、大きなホテルの中の喫茶店に入った。このホテルは、友人の一家が経営している。そういうわけで、しょっちゅうコーラスの集まりやら、OB会の会場になった場所なので、安心。ここケーキが美味しいんだよねぇ。ゆっくり一休みした。お疲れ様でした・・・と母がパパに言った。私の実家は、親戚が多いから、本当にこう言う事が多い。パパの親戚の方は、冠婚葬祭の数が、そう無い。それに、若い親戚が多いから、お葬式より結婚式の方が多い。来週は、また、私の方の従兄弟の奥さんの一周忌がある。夕方、帰宅。流石に疲れた。なんだか、気が抜けちゃって、何も出来なかった。オネエは、食事をして来るそうだし、3人でラーメンを食べに行った。久しぶりで行った美味しいラーメン屋さん。私の好きな、少し塩辛いスープが、シーンとおなかに沁みた。美味しい。雨が降り出した。
2006年04月15日
コメント(0)
午前中、シャンプーに行き、ついでに、チビのハンドバックが無いので、買いに行った。あんなに入学式の時に探してなかったのに、近くのブランド品ばかり置いてある、大きなお店にいったら、何のことはない、すぐに素敵なのがあった。駅前のデパートには、無かったのに・・・。可哀想な事をした。最初からここに来れば、オネエの借りる事なく入学式に持たせてやれたのになあ。チビが白のブラウスが無いと言うのでそれも買いに行き、ここで、恥をかいてしまった。オネエは、父の葬儀の時も、その後の何回かの父のお参りの時も、黒のスーツに白のシャツだったが、本当は、スーツの中も黒いシャツかブラウスじゃなきゃいけなかったのだと言う。○ギンの店員さんに言われてしまった。まあ、若いから、どうにか許されるそうだが、白いブラウスは結婚式に着て行く格好だそう。知らないって、怖いなあ。で、二人の黒のブラウスも購入し、お夕飯のお刺身を買って帰宅した。7時からのお通夜だったが、いつも、遅くなってしまうので、今日は、お昼を食べて、母とメチャメチャ早くに家を出た。カーナビに頼って行ったが、早すぎた。御遺体の搬入が4時半だから、あとまだ、2時間以上ある。持って来た通夜見舞いのお菓子を控え室に預け、従姉妹に電話したら、寝ていたようで、申し訳ない事をした。「そんなに早く行って何しているの?良かったら、近くだから、パッチワーク見に来ない?」。で、母と二人、また、車に乗った。○産のカーナビは馬鹿ナビで有名。従姉妹の家に行くのは、やはり、父に連れられてしか行った事が無いので、住所を入れて走り出したら、真反対方向に行けという。「15分もしないから早くおいで」と従姉妹の言葉に反し、30分掛かって着いた。心配した従姉妹が「どうした?」「カーナビに遠回りさせられた」。従姉妹は家を、数年前に綺麗に建て替えた。その新しいお宅にお邪魔するの、私は初めてだった。従姉妹は、ミシンパッチワークが趣味で、その腕は、かなりな物だ。色色見せてもらったが、皆、本当に素敵なものだった。手縫いしかした事がなかったので、ミシンパッチワークもこんなに素敵な物が出来るのだと知った。ミシンでこんなに素敵なのが出来るのなら、生地は売るほど有るから、また、やってみようかな。だが、一つ、驚いた。素敵なレースをはめ込んだものがあったので、「これ、レースをはめこんだんでしょう?」と聞いたら、「違う、違う、ミシンで縫ったのよ」???ミシンで、こんなレースが縫えるの?で、二階に上がってそのミシンを見せてもらってでんぐり返った。このミシン、普通のものじゃなかった。自分でデザインした図案、ボビンレースのような模様が、コンピューターに自分で入力し、縫えちゃうミシンなのだ。洋裁を3年間学校に行って習っていた私が、知らない輸入品のメーカー。つまり、プロが使うミシンなのだ。こりゃ、高そう・・・。聞いてまたビックリ、車が買えちゃうお値段。家族には、内緒だそう。従姉妹は、ずっと、幼稚園の園長をしている。自分でしっかり稼いでいるのだから、内緒にしなくたって大丈夫なのに。そのミシンで縫ったものは、本当に、私が気に入っているレースばかりの商品を置いてあるお店で、見た、3万円もするクッションと同じような代物だった。趣味にしておくには勿体無いなあ。その他に、和の布を使った物やら、色色見せてもらった。なんだか、私もまた、してみたくなってきましたよ。楽しい時間を過ごし、従姉妹の家を一緒に出て、斎場に戻った。もう、伯母の御遺体も従兄弟の家族も来ていた。二階の控え室に戻り、皆が来るまで暫く待った。幼い伯母のひ孫達が本当に可愛らしかった。伯母は、昨日より、綺麗だった。まるで本当に今にも起き上がりそうに生き生きとしていて、余計に悲しかった。東京の伯母と従姉妹も、程なくして着いた。先立った妹の顔を覗き込む姿は、見ていて悲しかった。長生きも、こういう時は、辛いね。お経が始まり、焼香し、喪主のご挨拶も終り、皆で控え室に戻り、皆で食事をした。私の実家の親戚は、数年前まで、旅行の会を催していた。それは、11人兄弟のそれぞれの家族が、会う時が、いつもお葬式じゃ、寂しいし、楽しく会いたいね・・・と始めたことだった。総勢多い時には、30人以上になった。びわ湖畔だったり、鳥羽だったり、箱根だったり、従姉妹達が交代で幹事になり、会費を集め、本当に色色な所に行き、親交を深めた。親戚と言っても、なかなか「あれ誰だっけ」という事も少なくないのが現実だが、その会をしてから、そう言う事はなくなった。しかし、今日、従姉妹の家で今まで数回催された会の写真を見て、亡くなってしまった人のなんと多いことか・・・。父もその一人。寂しい限りです。皆さんと暫くお喋りをし、パパは、他の旦那様方とお喋りをしていたので、東京の伯母と従姉妹と母と4人で斎場を後にした。伯母と従姉妹を近くの駅前のホテルに送り、そのまま、高速に乗り、帰宅した。パパはもう、戻っていた。明日は、一日になりそう、早く寝ましょう。
2006年04月14日
コメント(0)
お昼前、母から電話。「S伯母さんが、さっき亡くなったって、Mちゃんから電話があったわよ」S伯母とは、東京の伯母の実の妹であり、私の父の次兄の奥さん。つまり姉妹と兄弟同士が結婚した。以前から、肺がんを患っていたが、元気にしていた。東京の伯母が、父のお墓参りに皆で来て下さったとき、一緒に伯母の泊まるホテルで、お目に掛かり、一緒に楽しいお話をしたのが、最後だった。あの時、お元気そうにしていたのに・・・。すぐに行くか母に聞いたら、明日で良いと言うので、今日も御祖母ちゃんの病院に行かなければならない用事があったので、昼過ぎにパパと出かけた。御祖母ちゃんは、昨日より、元気が無かった。パパを見ると、すぐ「連れて帰ってーな」と言う。パパが何故ここにいなくてはならないか、そう長いことじゃないと諭すが、その話が終わった途端、また、「あんたが帰るとき、一緒にかえるから」と同じことを言う。根気良く、パパが説得して、頼まれたものを看護士さんに渡し、施錠された病棟を出た。精神科の入院には、裁判所の発行した保護者の証明が要る。今回、その書類が紛失したとかで、また、裁判所に申請に行かなければならなかった。病院を出て、この街に戻り、裁判所に行き、申請書を貰いに行った。収入印紙がいるそうで、隣の法務省の建物まで走って買いに行った。150円の印紙を指にはさんで走って裁判所の階段を駆け上がり、申請所に入ったが、なんと、手には、50円の印紙だけ。「ありゃ?」「なに、落っことしてきてんだ」とパパ。仕方ない、もう一回、階段を駆け下り、法務省の建物に。「済みません、落っことしちゃったみたいなので、もう一度100円の印紙ください」と100円玉を出したら、ご親切に立ってそこいらを探して下さり、「どうせなら、50円の方を紛失なさったら良かったですねぇ」と、気の毒そうに言う係りの女性と、苦笑してしまった。「申し立て者待合室」と言うところで少し待っていたが、悲喜こもごも、人生の縮図みたいな場所だと思った。私達がいる待合室の表で、男性と、若い女性が何か言いあっていた。聞くつもりは無かったが、声が大きくて自然と聞こえてきた。「お子さんに会わせたくなくても、それはできない事なんです」と男性の声。女の人が、結構早口でまくし立てている。「Kさん」と呼ばれ、待合室を出て行くと、弁護士バッチをつけた年輩の男の人と、今風のギャルッぽい女の人がいた。ああ、この二人の会話だったんだと思った。裁判所を出て、もうひとつ仕事を終えて帰宅したら、母からTEL.「やっぱり、今から行こうと思うんだけど」で、慌てて用意し、母を連れて伯母の家に向かった。所が、一度も行ったことが無い。勿論、父に連れられて、20年以上前に行ったのだが、自分で運転すると、道が解らない。カーナビに入れるものの、馬鹿ナビなので、結局、聞いて聞いて、やっと伯母の家に着いた。仏間に寝かされた伯母の顔は、綺麗だった。こんなに小さかったかなあと思った。不思議と涙は出てこなかった。東京から、こんな田舎の旧家に嫁ぎ、小姑が沢山いる中、嫁をしていた時代、どんなに苦労したのか、自分の半生を小説にして出版した。当時、自分史を本にするのが、流行っていて、伯母が出版した本はTVでも紹介され、元気な頃TVにも出てインタビューに答えたり、新聞にも大きくとりあげられた。一時は何処の本屋に行っても、一番前のベストセラーの場所に置かれていたが、親類の中には、批判する者も多く、辛い思いをしたと聞いた。私は、伯母の書いた物は小説であり、フィクションとして読んだ。私の知らない事が多く、苦労したようだったが、中には、母や私も登場して、なんだか、読んでいてくすぐったかった。いつも、私には、優しい伯母だった。東京からこちらの高校に受験に来た時も、とうもろこしが大好きだった私のため、籠一杯に茹でてくれ、私は、ご飯も食べず、それを食べつくした。おなかを壊した時は、梅エキスを出してくれ、ビンの半分ほどを、おいしそうになめる私に目を細め「そんだけなめたら、おなかなんかすぐ治っちゃうよ」と笑った顔が忘れられない。ここ数年80歳を超えてからは、確かに少し年を取ったなあと思っていたが、こんなに小さくなっちゃっていたのかと、亡骸を見て思った。明日の打ち合わせをして、母と、夜の道を帰宅した。東京の伯母が心配。96歳の東京の伯母にとって、この伯母は、生き残った唯一の姉妹だったから。二年前に義弟ではあるが、自分が育てた父を亡くし、気落ちしていたのに。大丈夫かなあ。とても心配。明日、会えるが、何と声を掛けて良いのか解らない。私なんかより、うんと、辛いだろうなあ。お歳がお歳なので、本当に心配です。
2006年04月13日
コメント(0)
今日は、本当に疲れました。朝、9時から、久しぶりのカウンセリング。本当に久しぶり。私の都合で、何度も、キャンセル、延期にしていただいた。それなのに、結局、この日も、10時過ぎまでに御祖母ちゃんを隣の市の病院に連れて行かなくてはならなくて、早めに終えた。最近、すっかり、落ち込むことが少なくなった。昨日も、雨で家の中にいたものだから、結構、片付けも出来たし。コーラスを辞めたことが、自分の中で、とても大きかった事を、最近になり、気付いた。楽しいはずだったのに、とても負担になっていたと辞めて3ヶ月経った今、改めて解った。そりゃ、月一だったのが、毎週になったのだからなあ。今は、辞めて、本当に良かったと思う。最近のストレスは、オネエのことくらいかなあ。彼女はもう、大人なのだが、まだまだ社会に出ていないので、その部分がまだ、幼い。彼女もこのブログを読んでいるので、あまり書くと、怒られそうだが、それは私のポリシーに反するので、敢えて書こう。パパは、もう、大人なんだから、放っておけと言う。しかし、母親と父親の子どもに対する思いはちょっと違う。まして、オネエは自分の悩みや苦しみをこちらにぶつけてこない。小さな頃からチビがいたから、いつも、自分の中で、自分の内へ内へ持って行ってしまう。私が心配するほどのことで悩んでいるのではないのかもしれないが、私の杞憂であればそれで良い。しかし、いつもオネエは、引き返せないところに来て、初めて口にするから、こちらも自己防衛みたいな気持もあるので、ついつい、探ってしまうのだ。親だから、痛い思いをさせられても構わないが、オネエは、いつも遠回りをする。それが、親として気持が痛いのだ。ほんとに、最近、オネエは私達の前で、笑わないし、携帯電話が、唯一の家族みたいになっている。いけないんだよ、そういうの。家族を否定して生きても、どうあがいても、貴女の家族は、パパと、私と亜美ちゃんなんだから。そんな事などカウンセラーに話した。病院にはパパが連れて来てくれた。そのままパパは、ホームに御祖母ちゃんを迎えに行った。カウセリングが終わって、待っていてくれるはずなのに、居なかった。電話をしたら、やはり、御祖母ちゃんは、行きたがらず手こずっていた。。電話を切って暫く、病院の前の桜をぽつぽつ落ちてきた雨の中、見上げていた。ここの桜も、昨日の雨で、やや葉桜になりかけていたが、下の水溜りの水面に花びらが落ち、一面ピンク。はらはらと花びらが絶え間なく落ち、とても綺麗だった。やっとパパが、車に御祖母ちゃんを乗せて、やってきた。隣の市の病院は、昨年、同じ頃に入院した精神科。今回も痴呆病棟に処置入院。最近、幻覚を見て、それが原因でホームの方とのトラブルが多くなった。最近の話では、台所で包丁を出し、ガスのスィッチをカチャカチャしているので、職員の方が止めて聞くと、シチューを息子に作ると言い出したり、深夜、ベッドの上にお鍋があって、熱くて持てないと言いに来たので、見に行くと何も無く、無いと言うと、ここにあるのに見えないのか・・と、寝ている他の入所者を叩き起こしに行き、有るのに無いと言われるから、一緒に見てと言いだし、無理に起こされた方と喧嘩になったり、明け方に、自分で冷蔵庫から卵を出し、勝手にご飯を食べてしまったり・・。冷蔵庫に鍵は掛けられないし、包丁を持ち出すのも、職員には、脅威なのだろう。かなり、攻撃的な態度になることも多く、ホームでも、対応に困るようになったらしい。また、痴呆が進んだよう。そこで、精神科に入院し、薬で少し調整するそう。御祖母ちゃんは、やはり、嫌がった。痴呆になっていても、昨年の入院が強烈に印象に残っているのだろう。脱走しようと、イスを振り上げ、ガラスを割ろうとしたり、保護室に入れても、一日中、手が青地になるまでドアを叩き、骨折の心配があるので、両手を保護ベルトでくくられたり、病院側としては、本当に仕方がない処置なのだが、家族には、見たくない姿だった。でも、今の状態では、ここにお世話になる以外、どうしようもない。本当に切ない。里心がついてはいけないと、御祖母ちゃんの顔を見ないで、病院を出た。パパが、大きなため息をついた。パパも可哀想だなあ。痴呆って、本当に、本人も家族も切ない。糖尿病は、本当に怖いです。今朝、パパがコンタクトレンズを紛失した。病院から、そのままコンタクトレンズを買いに行った。お店が二階で、その上に、かなり大きな書店やら、100均のお店が入っている。なんだか、気持が、落ち込んだので、二人で、書店に行った。私は、前から読みたかった「ダビンチコード」と「東京タワー(ぼくとおかんと時々おとん)」と劇団一人の小説と迷ったが、「ダビンチコード」にした。パパはそのままレンズを作りに行き、私は、まだ何となく気持が晴れなかったので、100均に行き、思い切り、買い物をした。二人で帰宅したが、とても疲れて、そのまま少し寝た。目が覚めたら、パパはもう居なかったが、ものすごい頭痛。もう、本当にいや。ちょっと疲れると、ここのところ、ずっと頭痛。チビが帰宅したので、背中を揉んでもらった。温熱のシップを貼って頭痛薬を飲んで、暫くすると、何とか、収まった。全く、今日は、長い一日だった気がする。
2006年04月12日
コメント(0)
空の底が抜けたのじゃないかと思う程、ものすごい雨と風。どこかじゃ、この二日で一年分の降水量だとか。表に出られない。横殴りの大粒の雨粒。春の嵐。家の中にいる分には、なかなか良い。自然に閉じ込められた感じ。でも、この嵐で満開の桜は、終わっちゃうね。今年も、桜の季節は、短かったなあ。夕方、仕方がないが、土砂降りの中、買い物に出た。春のコートを着た。それでも、スーパーに行き、買い物袋を両手に提げて、ずぶ濡れになった。こうして外出すると、好きな雨も、大嫌い。ここは、高台だから、すごい勢いで、雨水が、下に流れていく。買い物を終えて、帰ってきたら、2件隣のTさんの家の前に救急車。この通りは、お年寄りのご家族がほとんど。この団地自体、とても、お年寄りが多い。毎日のように、我が家の下のメイン通りを救急車が行く。もう、免疫が出来たが、父が、生きている頃、この音がすると「あ、父かな」とドキンとした。2回呼んだからなあ。かく言う私自身も、ウィルス性髄膜炎でお世話になった。パパは、2回、脱臼でお世話になった。あ、父より、私の方が、救急車に乗った回数は多いんだ!救急車って、ものすごく、クッションが悪い。乗用車に乗りなれた体には、どうしてこんなに、ガタガタして、座ってるだけでお尻が痛くなるの?ってくらい、乗り心地が良くない。私の場合、ウィルス性の髄膜炎で、40度以上の熱の上、割れそうなくらいの頭痛があったので、病院に着くまで、本当に地獄だった。ガタンとなるたび、頭に響いて朦朧となる意識の中、思わず「痛い!」と悲鳴を上げた。その度、救急隊員の方が、「ごめんなあ、もうちょっとだから、我慢してなあ」とずっと仰ってくださったのが、本当にありがたかった。Tさん、喘息が酷いって仰っていたっけ。大事に至らないと良いなあ。チビは、この土砂降りにスニーカーを履いて行った。おバカだなあ。ホームから連絡があり、御祖母ちゃんを明日、精神科に入院させることになった。また、明日大変だなあ。
2006年04月11日
コメント(0)
今日は、以前から友人と約束してあった、お姑さんを亡くされたSちゃんの家にお悔やみに行く日。大型スーパーの駐車場で待ち合わせ、3人で一台の車に乗り、もう一人の友人Kちゃんの経営する会社に向かった。車を大通りに面した彼女の会社の駐車場に止めて、上の事務所に迎えに行ったら、若いお留守番の社員がいて、名古屋からこちらに向かっている途中とのこと。暫く待っていたら、御主人を乗せて、帰って来た。いつも、ご主人のことを愚痴ってばかりいる友人だが、御主人は、本当に優しそうな、人当たりの良い方。「いつも、お待たせしちゃって、すみませんねぇ」とわざわざ車の方に来てくださって、仰った。それを見ていた彼女が、せかせかと車に乗り込んで来ながら、また、愚痴っていて、何とも可笑しかった。皆に「何言ってんの。あんなに優しいご主人なのに、いい加減にしなさい!」と叱られ、しゅんとした彼女に爆笑。名古屋の方は御主人が、こっちの会社は、宅建と、二級建築士の免許を一昨年頑張って取った彼女の経営。ほんとに、いつも、彼女のフットワークの軽さや、そのパワーに感心してしまう。同じ、50歳とは思えないなあ。Sちゃんのお姑さんは、もう、亡くなって三七日になるし、気の置けない友人達とのお悔やみだったので、平服で伺った。行くのは、3回目だが、どうにも道が覚えられない。彼女は、至って元気だった。今は、お嬢さんの大学のことで忙しくなさってらっしゃるそう。お姑さんが住んでいらした母屋に通された。80歳を超えてまだまだお元気だったそう。律儀そうなお顔の写真が飾ってあった。隣の部屋でお茶と、和菓子を用意してくれていて、久しぶりに会った5人で、お喋りに花が咲いた。気が付いたら1時間以上、お喋りしていた。仕事が残っているというKちゃんの言葉で、ようやく席を立った。Sちゃんのお宅を失礼し、仕事に戻る彼女を送り、残った3人でお昼を食べに行った。面白いお店で、和食のバイキングのお店だった。お肉の「柿安」と言う、老舗のお店が経営している自然食のバイキング。中は、本当に広いお店だった。スィーツも、和菓子と洋菓子があった。私は、わらび餅と、小さなシュークリームと、コーヒーゼリー、カスピ海ヨーグルトを少しづつ選んだ。食事はカレーが美味しかった。お米も、古代米のご飯、五穀米のご飯と面白かった。平日のお昼なのに、店内は、老若男女で一杯。おなかも一杯、おしゃべりも一杯して、元の大型スーパーの駐車場に戻り、解散。久しぶりのお喋りに、とても楽しい時間を過ごした。気の置けない友人とのお喋りほど、楽しい物はないなあ。また、美味しい物食べに行こうね!
2006年04月10日
コメント(0)
人間のバイオイズムって確かにあると思う。不確かな物、科学では証明されない物、物理学的にありえ無い事、この世に沢山ある。解らないから、面白い。例えば、ネス湖のネッシーが、実は、撮影された多くは、仕掛けや、いたずらや、象の水浴びだったなんて話を聞いても、ネッシーは絶対いると思ったり。そういうものが大好きです。幽体離脱も大好きなテーマ。夜TVで実験をしていた。人間の脳は、実は、すごく使われていない部分が多いそう。その使われていない脳を使った人が、幽体離脱をしたり、透視をしたり、予知をしたりするのじゃないかと私は思っている。だから、誰でもが、出来る事なのだと思う。ただ、その訓練や、方法が解らないだけなのだと思う。そのバイオリズムも、人の気とか、空気との相性とかが、脳に影響しているのじゃないかと思っている。今日は、朝から、どうも、嫌な感じがする。脳の状態が良くないから、嫌な夢を見たり、家族に必要以上につっかかってしまったり。こういう日は、大人しく寝ていた方が、良いような気もしてしまう。脳の状態が、良い波動を出すまで、脳を休めたいと思う。話は飛ぶが、夫婦ってのも、不思議な関係だよなあって思う。離婚したいと思っている他人より遠い夫婦、相手が亡くなって、自分も死にたくなるような正に一心同体の夫婦。両方同じ「夫婦」なのに、すごい違いだ。離婚した夫婦は、ただの他人に戻るだけ、子どもが居なければ、極端な話、相手が死んでも、それさえも知らず、なんとも思わないだろう。反対に、20年30年一緒に過ごし、相手が自分の一部になっているような夫婦は、相手に死なれると、その喪失感は多大だ。元々、同じ「夫婦」と言うくくりなのに、こんなに違うのだ。夫婦って、愛情じゃないような気がする。夫婦って、夫婦にしか解らないってよく言われるほど、千差万別だけれど、私とパパに関して言えば、愛情での繋がりじゃ無いような気がする。勿論、最初は誰でも、愛情だと思うが、そんな物による、つながりじゃない、絶対。しいて言えば、前世からのつながりみたいな、説明できないつながり。愛情が無いわけじゃないが、どういう感じか言葉に表すと、「戦友」かな?戦争に行った事もないが、同じ波を一緒に乗り越えてきたと言う意味で。昔の人は、すごく良い表現をする。「縁の物」まさに、縁とは、前世からのつながりだと思う。縁があるから、縁が無くて離婚した、他人になった夫婦にはない、相手を失った悲しみが生まれるのだろう。とても偶然とは思えない事があった。結婚式の朝、この地方都市の実家から、私の家族は式場である平安神宮のある京都に向かった。パパは、名古屋から、準備のため一人京都の実家にむかった。勿論、別々に別々の時間に。所が、名神高速の京都東の出口で、同じ料金所のゲートに、パパの車の二台後に父の運転する車が並んだのだ。1分に何百台と言う車の通るゲートに、約束もしていない時間に、全く違う場所から出発して、10近くあるゲートの一つに、2~3秒の差で並んだのだ。今でもその光景をはっきり覚えている。「あ、Sさんの車」と言う私に父が「まさか。お前、新婚ぼけはまだ早いぞ」と笑ったが、本当にパパの車だった。ゲートを抜けて、横に止めた車からパパも狐につままれた顔をして降りてきた。その時、オカルト少女だった私は、「ああ、やっぱ、この人で良かったんだ」と思った。だから、驚いている皆を尻目に、一人、前世からの縁だとその時、改めて納得していた。だから、今、20年過ぎて、愛情などと言う言葉では言い表せられない「何か」で繋がっていると思う。離婚する夫婦は、その相手を、間違ったから他人に戻るのだと思う。で、今日は、バイオリズムが悪い。パパと喧嘩した。パパもものすごく機嫌が悪い。娘達が犠牲になった。桜の綺麗な日曜なのになあ。使っていない脳、使いたい。
2006年04月09日
コメント(0)
中国からの黄砂がこの地方を襲っている。朝、表に出たら、車が酷い事になっていた。車屋さんから綺麗になって帰ってきて、一度も乗ってないから、黄砂の影響だろう。並の汚れ方じゃない。指でスーッとこすったら、黄色い、微粒子の砂で、指が黄色になった。遠くの山を見たら、こういうお天気の良い日は、綺麗に見えるのに、春霞とは違ったかすみ方。自然の力ってすごいなあ。オネエは、今日も学校に行った。ここのところ、夕飯も、二日に一回の割りで家で食べなくなった。食べる時でも、午後10時を過ぎている。体に良い訳ないなあ。お勉強、大変なんだなあ。チビは、初めての大学生活一週間を終えた。感想は?と聞いたら、「疲れた」(笑)正直な感想だろう。今まで高校最後の3学期は登校しなくて良かったから、夏休みみたいなものだった。まして、受験が終わってから、入学式までは、本当にダレダレだったのに、いきなり、毎日6時起きで、通学時間2時間の学校に通いだしたのだから。そりゃ~、「疲れた」だろう。昨日は、お友達総勢6人で、お昼を食べたそう。良いお友達が出来ると良いね。大学生活は、お友達で決まると言って良いからなあ。なんだか、羨ましいなあ。私はと言えば、相変わらず、家の片付けが出来ない。毎日、何やってるんだろう。しかし、以前のように、鬱にはならない。ありがたい。今の状態は、「いったい、何処から手をつけて良いのか解らない」状態。ADHD障害の王道、「混乱」の状態。端から、少しずつ、片そうとしているのだが、あまりにも膨大な散らかりように、正直、どこから手をつけて良いのやら。宅配の段ボール、洋服、雑誌、大切な書類、しかし、私が散らかした物ばかりじゃない。娘達がほったらかした物も多い。つまり、3人分の物が散らかっている訳だから、たちが悪いのだ。まあ、時間はたっぷりあるから、ゆっくり、対処しましょう。
2006年04月08日
コメント(0)

ものすごく良いお天気。二日続いた頭痛も治まり、気分は最高。朝から、ちゃっちゃとお洗濯。久しぶりに、お日様の高くなる前に干した。お向かいの大きな何本かの桜が、満開。良いなあ。こういう時、日本人で良かったなあとつくづく思う。所々には、早々と、こいのぼり。四季折々のお花や、季節の行事。こういう物を大切に思いたい。庭に出てみた。気がつかないうちに、裏庭にひっそり咲いていた沈丁花が満開。良い香り!!東にある子ども部屋の前の庭には、ヒヤシンスや、綺麗な水仙も。カメラに撮ってみた。ヒヤシンスは切ってしまってから撮影。草の実がスカートにくっ付いて、大変な思いをした。これ、萩の種。猫のミルキーがこの季節、表に出ると、この種をくっつけてきて、そりゃ、大変な事になるので、この種が無くなるまで、表には出さない。彼女も冬の間は表に出たがらないが、そろそろ、暖かい日が続いているので、窓を開けっぱなしにすると、出ようとするので、「だめよ!」というと、すごすご元いた場所に戻って座って見ている。3月生まれの私は、小春日和のものすごく良いお天気の午前中に生まれたそうだ。そのせいか、この季節は、好き。お花が大好きなので、この庭も好き。私が植えた物じゃない。元の住民だった方が、お花の先生で、色色切花になりそうなものを、植えてらした花達が、私を楽しませてくれている。水仙だけでも、4種類、植わっている。何時ぞやは、ガーデニングに凝った私が、大きな石の上に置いたコンテナにせっせと水や、液肥をやっていたら、その石の傍から、なにやら大きなものが生えてきて、なんだこりゃ?と思っていた。ある朝、大きな大きな、ものすごく綺麗な、一度も咲いた事の無かった花が咲いた。薄紫の花びらに筋の入った、真ん中が黄色いあやめ。ビックリした。しかし、その年以来、後にも先にも、咲かせられない。なぜなら、私のガーデニング熱も、冷めちゃったから。全く、かわいそうな花達である。午後、車屋さんが偶然、娘の車の一年点検のお知らせにやってきた。もう、一年になるんだ~。私の可愛いサーブを、したたかぶつけてきて廃車にし、新車を買ってもらっちゃった娘。今でも、サーブの方が好き。お値段は、今の車の方が高いらしいが、私は、サーブが良かったのになあ。で、先日こすった場所を見てもらった。「奥さん、大丈夫、これ、1時間ほど貸して」「?」「直っちゃいますから」戸惑っている私を尻目に、さっさと、乗って行っちゃった。1時間後、すっかり綺麗にはならなかったが、ちょっと見には、解らないくらいになって帰って来た。ラッキー!。夜、潤君の「東京タワー」放映。DVDは持っているが、まだ、封も切っていないまま。内容が内容だけに、まだ、見られないでいるうちに、放映される事になってしまった。大分、カットされていたが、潤君の体当たりの演技は、ファンでなくとも心揺れるはず。「恋はするものじゃない、落ちる物」のフレーズも封切り当時流行った。既婚の年上の女性が、年下の男の子と不倫する事を「東京タワーする」と流行語にもなった。潤君ファンには、結構、辛いシーンも多い。潤君のキャラがそういう方向なので仕方あるまいが、それだけ、彼が、生まれながらに、セクシーな魅力を持っていると言う事。最近、どんどん「良い男」になっていく彼を、もう、彼の中で過去になったこの映画が、物語っている。今年は、映画も、封切られるし、蜷川舞台も控えている。ますます、目が放せない。今年も春から、忙しくなりそうです。
2006年04月07日
コメント(0)

昨日の疲れからか、朝から頭痛。思い切り痛いと、病院に行ったり、何とかしようと思うのだが、こうしくしく痛いと、薬を飲もうか、寝ようか、決断できず、意気地がなくなってしまう。良いお天気なのに、何も、出来ずに一日が過ぎた。お昼過ぎに、とうとう我慢できずに残っていた最後の薬を飲んだ。それでも、痛みが取れない。少し寝ようと、二階に上がったら、窓の外の木蓮が、もう、今にも開きそうだった。木蓮、大好きな花の一つ。はっぴいえんどの歌の一節に木蓮の~花咲き乱れて~鳥になった僕とお前は~溶け出した春に舞い上がるというのがあって、木蓮を見る度、そのフレーズが、頭の中で鳴っている。松本隆の詞は、今も少しも古さを感じない。きっと、起きる頃には、もう、咲いてるだろうなあ・・と思いつつ、眠りに落ちた。何回か電話が鳴ったが、出る気がせず、そのままにした。夕方、最後に掛かってきた電話に出たら、チビだった。程なくして、帰宅。チビの大学は、名古屋のはずれにある。今日、お友達になった子が、なんと、隣の駅の子だったそう。ここは、この県で人口が一番多い市にある新興住宅街。名古屋から電車で40分のこの市の主要駅から出ている温泉が終点のローカル線の駅で、沿線の各駅は、今や、名古屋のベッドタウン化し、大きな住宅街が広がり、我が家から3分の駅も朝夕は、本当に沢山の人の乗降があるが、まだまだ、名古屋の人には、知られてはいない。そういう中、たまたまお友達になった子が、隣の駅の子とは、何と言う偶然。チビも、最初聞いて、信じられなかったそう。夜になり、頭痛が酷くなり、チビの持っていた薬を飲んだ。パパに早く帰って来てもらい、団地の下の通りにある、イタメシの家庭料理のお店に食事に行った。美味しいお料理と、パパやチビとの楽しいお喋りに、やっと、痛みが治まってきた。やれやれ、年を取ったものだ。あれだけの事に、一晩では疲れが取れなくなった。一日、疲れがたまると、少なくとも2日は、ゆっくりしないと体の疲れが取れないのだ。これからは、無理せず、マイペースで、それでもフットワーク軽くいきたいなあ。
2006年04月06日
コメント(0)
晴れたら良いなあって思ったのに、雨の入学式。11時に出る約束だったのに、チビがぐずぐずしてるから、15分になって、12時半の受付に間に合いそうも無く、車を飛ばして、駅前のデパートの駐車場に入ったら、もう、上の方まで一杯。またまた、車が大きくて、普通のところに無理に入れようとしたら、コンクリートの柱にバンパーこすって傷。う~、朝から、頭痛はするし、気持は、最悪。やっと、広いところを見つけて止めたら、横に柱。仕方ない、入れ替えてる時間が無い。助手席から出た。もう、ほんとに最悪。チビに「だから、11時に出るよう、昨日から用意しときなさいって言ったのに」と必要以上に叱って、また、落ち込んだ。やっぱり、甘やかし過ぎた。下の子はどうしてもいけません。それでも、特急に乗って、何とか、会場入りしたら、何のことはない、まだまだ一杯の人。地下鉄の駅から、会場まで、サークルの連中が一杯で、花道になっていて、手に持ちきれないチラシを貰っていた。新入生は、一階、父兄は二階。上がって行って驚いた。オネエの大学の方が、規模が大きいので、会場も国際会議場だったが、そう沢山の父兄じゃなかった。チビの大学は、生徒数はオネエの大学ほど無いので、会場も大きな会場じゃなかったが、座る場所を探すくらい、父兄が一杯だった。それも、皆さん、デジカメやら、ビデオ持ち。なんだかな~。もう、大学生なのになあ・・・と思ったのは、私だけかな?開会の言葉とともに、幕があがると、懐かしい法輪の幕が。いきなり、プロの弦楽五重奏による、ビバルディの「四季」から第一楽章と、第三楽章が演奏された。かなり、上手い演奏、ここで聴けると思わなかったのでラッキー!!次ぎに幕が上がると、法衣を着たお坊さんやらが並んで座っていた。流石に仏教の学校。校長先生は、私の学生の頃の先生だった。後は、知らない方ばかり。良いお話だった。「パラマウント」と言う言葉について。そう、あの映画会社のマークは、山が描かれている。あれは、インドの言葉で「パラ」超える、昇る「マウント」山、元々は仏教の教えから来た言葉で、困難を越えると言う意味なんだそう。なかなか面白い話だった。そして、一番共感したお話は、「大学を出ても、知識、学歴など何の意味も無い。本当にこの学園で学んで欲しいのは、『知恵』をどう働かせられるか・・です。最高学府に籍を置く人間として、人間の英知をフルに発揮し、得た知識で知恵を働かせられる人になってもらいたい」と言うお話。こうも仰った。「今時、大学を出ても、ろくな人間になっていない人が多すぎる。人を殺したり、巧妙な犯罪を犯したり、嘆かわしいまでの状態に国がなっている」本当に、常々私が思っている事をそのまま仰った。チビは、ちゃんと聞いていただろうか。もう一つ、心に残ったのは、卒業生代表の言葉。「目標とは、自分が、何になりたい・・と言う事ではないのです。目標とは、自分がどう生きるかです。何の職業に就いても、『目標』とは、生き方です」本当だよな~と思った。結構長い話が続き、一階は、騒然となってきていた。なんとまあ、お行儀の悪い学生の多い事か。大学生にもなって、人にこんな迷惑を掛けるとは、本当に嘆かわしい。聞きたくないなら、それで良い。飽きたのならそれで良い。自分だけで、対処できないのか。人に迷惑を掛けてはならない事くらい、幼稚園の子でさえ、解っているじゃないか。聞きたくないのなら、最悪、寝てりゃ良いじゃないのか。壇上の先生や、お坊さんの話と、なんとかけ離れた生徒達だこと。勿論、前の方に座っていた子ども達は、大人しく聞いている者も多かった。しかし、後でチビに聞いた話、後ろの方は、うるさくて、話が聞こえなかったそうだ。「馬の耳に念仏」「豚に真珠」「暖簾に腕押し」。何をか言わん。全く、大学に何しに来たのだろう。業をにやしたのだろうか、「勉強をやめたくなったものは、自分から去りなさい。」とのお言葉も出た。1時間余りの入学式が終り、ロビーに出た。一箇所が騒がしいので見たら、大勢で記念写真を撮っていた。ああ、この連中がうるさかった奴らだなと思った。どうやら、付属の高校からの一団のよう。益々、学校側との教育に対する温度差を感じた。オネエの大学の入学式で、こんな嫌な思いはしなかったし、こんな幼稚さを感じたことも無かった。なんだか、前途多難だなあ。チビ、大丈夫かなあ。まあ、それもこれも、チビが学び、チビが経験し、自分の生き方を選べば良いのだから、親は見ているしかないなあ。しかし、救いは、「もう、本当にうるさくて、参った。話が聞こえなかったよ」と言った事。ああ、先生の話を聞く気はあったんだな・・とほっとした。駅に行くと大人も子どもも長蛇の列。ありゃ?何これ?切符を買う列だった。行きに「帰りは混雑しますから、切符の購入をお願いします」って駅員さんが言っていたし、受験の時に経験したので買ってあった。この人たちは、買わなかったのだ。全員が全員ではないが、こういう親に育てられると、ああいう風になっちゃうんだなあと納得。スイスイと列を尻目にさっさと改札を入り、電車に乗った。モラルが低いのは、私達親世代からなのか。嘆かわしい。帰りにまた少し、買い物。チビの時計、お洋服、それにソニープラザで素敵なノートを見つけたので、革工芸用に買った。これは、私のです。今日も、3時間余りのお買い物。足が、つってきたので、タクシーで名古屋駅に戻り、帰宅。これで、明日からのお洋服は用意できました。車をこすった事は、心の中に同じように傷を作った。何とか、「父兄業」も終える事ができました。やれやれ、チビは、前途多難だなあ。頑張りなさいよ。
2006年04月05日
コメント(0)
チビの登校二日目。今日は、午前中に終わって、午後には帰宅した。明日、入学式なので、持つハンドバックを用意しようと、二人で買い物に出た。おじいちゃんが生きている頃、おじいちゃんが子ども達にお洋服を買ってやりたくて、しょっちゅう連れ出していた。しかし、オネエは上手に買ってもらって帰って来たが、チビは、まだ、中学生だったので、なかなか組み合わせなど考えずに、余計な物を買ったり、気に入る物がなく買ってこなかったりした。以前から、オネエにはあれこれ、アドバイスしてやったが、こちらも、更年期に入ってしまい、チビには、全く、そういう意味で関わらなかった。御蔭で、今、チビは、あまり着るものが無い。普段は制服があったし、私服を着るチャンスもあまり無かった。お休みの日にお友達と遊びに行く回数も、オネエに比べると、うんと少なかった。つまりのところ、必要なかった訳だ。そんな事も重なり、私服をどんな物を着て良いのか、自分で買いに行くと、混乱してしまうらしい。大学生になっても、親が同行しないと、本当に迷いに迷って、とんでもない物を買ってきてしまう。世の中の人から見たら、「親が行かないと、大学生にもなって買えないのか・・・」と眉をひそめられそうだが、もっと前に、訓練出来ていなければいけなかった洋服選びを、親である、こちらがさぼったしわ寄せが、今、きているのだ。娘の買い物に付き合うのには、そう言う訳がある。今日は、品の良い、ノースリーブのワンピースと、綿の可愛いすかし編みのある、サーモンピンクのカーディガンを買ってやった。帰宅してから、パパやオネエに嬉しそうに着てみせていたから、気に入ったのだろう。良かった。夕方、疲れた、を連発しだしたので、私はそのまま美容院に髪を切りに行く予定だったので、電車で帰る様言ったが、車の中で寝て待っている・・・と言うので、そのままキーを渡し別れた。商店街に久しぶりに行った。驚いた。ほとんどのお店が店を閉めていた。ちゃんと営業しているのは、飲食店や、遊技場。古くからあった宝飾店や、書店、老舗の呉服屋さんなど、軒並み、潰れていたり、閉店していた。駅の反対側に、大型のお店が出来たり、複数の映画館が出来たり、こちらも、5年ぶりくらいに商店街に入った。このままでは、多分、この商店街は、消滅するのじゃないかとそんなすたれた雰囲気だった。昔は、とても賑やかな活気のある商店街だったのに・・・。髪を切ってもらい、夕食に少し贅沢だったが、うなぎを買って車に戻った。チビが爆睡していたら、表から窓を叩いても起きなかったら・・・と心配したが、もう、起きていた。結局、一番必要だったハンドバックが買えなかったので、もう一度、お店を探しに行ったが、チビが持つような物が見つからず、仕方なく、そのまま帰宅した。疲れました。ここのところ、本当に、体力が無くなったなあ。今日は、3時間くらいのショッピングだったが、疲れてしまった。明日は、遠くまで行かなくてはならない。本当に、最後の「父兄業」だ。寂しいような、ほっとしたような、感慨深いものがある。夕方から雨が降り出した。明日、晴れると良いのになあ。
2006年04月04日
コメント(0)
朝6時起床。今まで、夜中まで起きて、10時位まで寝ている生活に慣れた体には、少々、きつかった。良い歳をして、恥ずかしい話。春休みが終わったら、ちゃんと起き様と思っていたので、7時半には出て行くパパには、申し訳ないが、今まで贅沢な生活をさせて貰っていたしわ寄せ。今日のガイダンスでは、身体検査(この響き、懐かしい)もあるので、昨日は、着て行くお洋服ですったもんだした。レントゲン撮影があるので、スパンコールや、ビーズ、ボタンのある物を着てくるな・・・とあった。今時、そういうものが少ない事が、改めて解った。Tシャツでさえ、小さなビーズがついているから、お気に入りじゃない昔のTシャツしかなかったらしい。最後には、もう、半べそ。おいおい、大学生になったんだよ。幼稚園の子じゃないよ~。着て行く物は二の次でしょうが~。大事なのは、そんな事じゃないよ・・・と叱りながら、ようやく着て行く物が決まって、入浴して寝たのが1時過ぎ。よくぞ、起きられました。今まで高校には、7時45分の電車に乗れば、間に合った。しかし、入学した大学は、6時57分の電車じゃないと、9時始まりの授業に間に合わない。私の頃は、まだ地下鉄がなかったので、5時半に起きて、冬などまだ暗いうちに家を出て行った。それに比べれば、ずっとまし。自分でも、よく通ったと思う。少し慣れたら、もう少し遅い電車でも間に合うかもしれないね。結局、高校も大学も私の後輩になった事が、なんとも、不思議な気持。チビは夕方、疲れ果てて、帰宅した。愛知県近郊のお寺のお嬢さんと、お友達になったそう。大学に入るにあたり、一番お友達の事に不安があったようだったので、良かった。そりゃ、今までは、幼稚園から一緒の子も多く小学校からは、ほとんど全員一緒の高校生だったから、友達作りは、難はなかった。初めて、外の世界に出たようなものだ。よしよし、良い経験だ。夕食後、明日は好きなお洋服が着られると、嬉々として用意していた。明日は履修の説明などがあるそう。大学生、第一日目は、お友達と学食で食事をしたり、定期があるのに、バスに乗らずにお友達と駅まで歩いたり、学生課のお姉さんと仲良しになったり、結構楽しかったよう。良いなあ。羨ましいくらい、キラキラしてる。あの頃、ただただ無我夢中だったから、周りが見えなかった。チビも、そんな余裕は無いのかも知れない。歌の文句じゃないけれど、「青春」は後から、ああ、あれがそうだったんだと、気付くものかもしれません。
2006年04月03日
コメント(0)
映画を見に行った。「ナルニア国物語」。見たくて見たくて、製作発表があってから、ずっと楽しみにしていた映画。期待通りだった。チビは、昨日に続き、二回目。もう、はるか昔に読んだので、細かい筋を忘れていたが、見ているうちに、思い出した。ライオンが、死んでしまう所は、思わず、泣き出しそうになった。こういうの、駄目。劇中、人間が死んでも、そう泣かないが、動物が死ぬのはどうも駄目だ。だから見たくて仕方がなかったが、「南極物語」も「ハチ」も、劇場では見なかった。その後「南極物語」は、TVで見たが、タオルを握り締め、カラフト犬が死ぬたび号泣しながら見た。一緒に見ていた娘が呆れ返っていた。ライオンが死んだ時、ヤバいなあ・・・と思ったが、何とか、声を出さずに泣けた(笑)こういうファンタジー物、我が家は大好きで、「ロード・オブ・ザ・リング」も、「ハリー・ポッター」も、ほとんど見たが、この「ナルニア国物語」は、特別好き。原作も大好きで、読んでいたからでもあるが、丁寧に描かれた兄弟愛やら、本当に素敵なキャラクターが沢山。ファンタジーの王道を行ってるから好き。最初のワードローブに布が掛けられている場面から、布がずれ、段々ドアが見えてくるところで、不覚にも涙した。ああ、私、こんなに、この物語が好きだったんだなあと、自分で、少し驚いた。わくわくする冒険の正に入り口だから、やっと、会えたねって、気持だった。今回、教授が、ほんの少ししか登場しなかったが、今後、教授の話も映画化してくれるだろう。楽しみだ。読んだ頃、中学生だったので忘れていたが、元々戦時中で、兄弟が疎開した先での物語だったと改めて知った。反戦のメッセージもあったんだなあ。「ナルニア国物語」是非是非、原作を皆さん読んで欲しい。映画館を出て、チビのコンタクトレンズを買いに行った。ものすごく混んでいたが、日曜じゃないと、パパがいないので、受付を済ませ待っていた。お気に入りのお店がある場所の近くだったので、ちょっと見に行った。やっぱり、このお店、好きだなあ。お洋服とか、アクセサリー、ビクトリアンの小物が置いてある。すごく可愛い化粧ポーチがあった。チビが欲しがっていたので、眼科に戻ると、相当待たされるようなので、受付の方にちょっと出る事を伝え、チビを連れてお店に行った。さっきのお化粧ポーチ、一目で気に入り、お買い上げ。眼科に戻ったチビに代わり、大学院の入学式に行っていたオネエがやってきた。また、一緒にお店の中を物色。十分堪能した。オネエも以前からコンタクトを欲しがっていたので、眼科に連れて行った。大分待たされて、いよいよ、チビが、練習用のコンタクトレンズをはめて、出てきた。もう、目がまっかっか。「痛い、どうしよう、こんなに痛いと思わなかった」と涙をぽろぽろ流しながら、下を見たまま「痛くて上が向けない」と、一点を見たまま、動けない。私の手を握りながら「痛い、痛い」と言い、それでも我慢して30分ほどして、また呼ばれ、中に入って行った。見ていたオネエ、「私、もう、良いわ」「??」「どうして?あんなに欲しいって言っていたじゃない」「・・あんなに、痛い思いしたくないもん。私は良いフレーム見つけて、眼鏡で勝負するわ」は~?今一、気持の解らないところのある子だが、これには「本気かい?」と内心、爆笑してしまった。中から、保護者の方・・・と呼ばれ、パパと一緒に入って行った。パパは、もう、30年近くコンタクトなので、話が早かった。「お父さん、こんなに痛かった」と聞く娘に、パパは笑ってしまい、代わりに「まつげ一本入ったって痛いのに、そりゃ、レンズみたいに大きな物を入れるんだから、仕方ないよ」それでも「痛い」を連発していたので、「もう、辞める?」と聞くと「ううん、頑張る」。頑張るもんじゃないんだけど・・・と可笑しいやら、可哀想やら。散々、目が悪くなるから暗いところで本を読んじゃ駄目、TVを近くで見ちゃ駄目・・・など、結構、口うるさく言ってきたが、ちっとも言う事を聴かず、相当きつい近眼になった。姉妹とも、眼鏡を掛けなくてはならなくなったのは、パパの遺伝かもしれない。なぜなら、同じようにPCをしたり、TVを見たりしている私は、今でも、老眼以外の視力は、至って良いから。今更言っても仕方が無い。眼鏡の苦労をした事が無いので、あんな大きな物を目に入れる気が知れない。女の子だから、余計、眼鏡が嫌なのだろうなあ。映画館を出て、ゆうに3時間。散々待たされ、出来上がったコンタクトレンズを貰い、入学式帰りで黒のスーツ姿のオネエと、美味しい中華を食べに行き、帰宅。明日は、チビの入学式。6時に起きなくちゃ、間に合わないくらい遠くなのに、12時ごろまで、ばたばたしていた。やれやれ、先が思いやられます。
2006年04月02日
コメント(2)
明日、オネエの大学院の入学式。もう、大学院の入学式は、行かなくて良いだろう。今日、チビは、お友達と、「ナルニア国物語」を見に行った。私は、明日、パパと見に行く。「ナルニア国物語」は、中学の時、原作を夢中で読んだ。「指輪物語」は、余りの長編と、複雑さに、途中で読むのを辞めてしまったが、「ナルニア国物語」は、もう、一気に読んだ覚えがある。キラキラとしたファンタジーや、不思議な世界に、すっかり入り込んでしまった。多分、チビも、すっかりマニアになって帰って来るだろう。昨日、母が、銀行に、キャッシュカードを忘れた。これで3回目。その度、パパの所に、うちの会社との取引き先の銀行なもので、担当の方から、お電話がある。何ともはや、恥ずかしい話だ。前回二回は、機械にそのまま忘れた。すごいブザーが鳴るのになあ。今回は、御丁寧に、機械から取って、お金をお財布に入れて、機械の上に置いたままだったらしい。本当に、もう、何をかいわんや。この世の中、よくぞ、無事だった。パパから電話が入り、すぐに、母に電話したが、留守。携帯電話に電話するも、出ない。母は、自分から電話してくる時は、時構わずしてくるくせに、こちらからすると、出た事が無い。いつも留守電。仕方ない、暫く待った。買い物に出たので、途中からも、何回か電話した。1時間ほどして、やっと出た。「あなた、銀行、行ったでしょう」「うん、行ったけど?」「キャッシュカード有る?」「うん、有るわよ・・・・あら!無い」「いい加減にしてくださいよ、また、銀行から、電話あったわよ」「だって、今日は、ちゃんと機械から抜いたわよ」「で、どうした?」「お金をお財布に入れて・・・・あ”~」「あ”~じゃないわよ」こちらも、買い物の途中だったし、生ものを買ってしまっていたので、一旦帰宅後、迎えに行く約束をして、銀行に。最近、こう言う事がすごく多い。昔から、持っていたバックを何処かに置いてきちゃう人だった。手ぶらで帰って来るなど、私には考えられないことなのに、それをする人だった。完全にADHD障害。娘が、「御祖母ちゃん、お母さんより酷いADHD障害者だね」と呆れるくらい。散々、注意した。この注意が難しい。ADHD障害者に注意をしてもだめなのである。それは、自分の事なのでよく解っている。だから、注意ではなくて、対処方法を伝授した。○お金はブザーが鳴っても、放って置いて、まず、カードと通帳を仕舞う。○お財布は、いつも身につけているショルダーバック、ポシェット以外には、入れない。○手提げで出かけるときは、お財布の要らない時だけ。年を取ってくると、只でも忘れっぽくなる。その上この障害は、なかなか辛い。今やっている事に、夢中になると、ついさっきやっていた事を忘れる障害だ。私も、気をつけよう。
2006年04月01日
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1

![]()
