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1月15日の小正月には、各地で左義長(とんと)が行われます。ダイオキシン発生が社会問題になって、一般家庭のたき火や野焼きが禁止された後も、とんとは伝統行事として特別に許可されているようです。この日のわが家の行事は朝に食べる小豆粥です。子供の頃は、焼いた餅を1つ入れた小豆粥を、正月の祝い箸で食べる習わしでした。確か、甘くなく、塩味のおかゆだったように思います。この祝い箸は節分の夕食にも使って、ようやくお役御免となります。結婚して豊中市に所帯を持ってから、毎年のとんとは近所の神社に行っています。近年は橙が燃えにくいからか、焼かないようにと、火の番をしている神社の人に外されて捨てられてしまいます。それはさすがにもったいないと思うので、わたしは松の内の最終日、14日の夕方に門松と〆縄を外したら、〆縄の橙を外します。これは鍋物を食べる際のぽん酢に使えます。今年も15日のとんとでは、紙袋に入れて持って行ったお飾りを特に問題なく焼いてもらいました。神社の境内にはテントが出ていて、ぜんざいのふるまいがあります。コロナの期間は中止されていましたが、今年は復活していましたので、ありがたくいただきました。プラ容器に焼いた餅を1つ入れ、熱くしたぜんざいを注いでくれます。写真の塩昆布は個人用ではなく、少しつまむだけですので、塩分の摂りすぎなどの心配はご無用です(^_^;)。お飾りを焼いて空に返し、わたしは小豆のぜんざいで温まって気分も新たに出勤する…良い年になるように願います。(→「最新50件の書き込み」 →「ジャンルの説明」 →「月ごとの一覧」)
2025年01月25日
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当ブログをご愛読いただきましてありがとうございます。2005年に「小豆粥」を書いてから、16日でちょうど20年になりました。当初はわが家に伝わる行事に関連する食事を書き残すことを目的とし、途中からはふだんの食事を作る際のはなだんななりの工夫を書くことに主眼を置いてブログを続けてきました。長く続けてきたこのブログは、わたしの子たちを含め、後の世代への申し送りという位置づけで、アーカイブとして残っていけばわたしとしては本望です。いま急にブログをやめるわけではなく、アーカイブとして残すためにも定期的に更新は続けようと思いますが、20年を機に更新頻度は落ちると思います。加えて、パソコン画面で読むことを前提として作り込んできた当ブログを、たまたま家内のスマホで見たときに、思いもよらぬ見え方をしているのに愕然として、今まで続けてきた努力がいかに無駄だったかを思い知らされました。これによって、ブログを続ける意欲が一気に消失したことを正直に申し上げます。今後は、今までと同じようにパソコンで更新し、トップ画面も引き続き作り込んでいきますが、パソコン以外で閲覧されている方は、最新の書き込みよりも「最新50件の書き込み」「ジャンルの説明」「月ごとの一覧」を頼りにして、アーカイブを楽しんでいただければと思います。また楽天ブログは最近、画面を覆い尽くして見えなくするような悪質な広告が多くなり、これもブログ継続の意欲をそぎました。ご愛読者に対し、この点も深くおわびを申し上げます。
2025年01月16日
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順に煮〆(わが家のおせち)を紹介してきて、残るはごまめとかずのこです。わたしが子供の頃は、かずのこは塩かずのこを何日もかけて塩抜きしていましたが、棒鱈と同様、価格高騰と同時に正月の食卓から消えました。わたしが所帯を持ってからも、立派な何腹もの塩かずのこは分不相応と考え、長らく省略してきましたが、最近は塩抜きをして調味液に漬けた「折れ子」の70gや90gのパックが並んでおり、売り切れていない限りそれを買うことにしています。高野豆腐に始まり鍋で煮く一連の野菜類や、切ったりして並べるだけの厚焼きやかずのこなどを除けば、別に調理するのは黒豆、棒鱈、そしてごまめです。ごまめ(田作り)も祝い肴としてはそこそこの地位があるようで、さすがは尾頭付きの魚ですね。比較的ピンとまっすぐに乾燥させたカタクチイワシの幼魚です。かつては素焼きの鍋「焙烙=ほうろく」で、今は油を引かないフライパンでいちばんの弱火で、菜箸でゆるく混ぜながら、気長にごまめを炒ります。火が弱いので、2匹くっついているものを手でつまみ上げて分離させられるほどです。炒ってカラッカラになったらいったん大皿に取り、フライパンに残る魚の粉を拭き取ります。ここへ炒ったごまめを戻し、充分に温まったらみりん20ccを振りかけてよく混ぜます。全体が乾けば大皿に広げ、冷めてから手でバラバラにほぐします。わたしは砂糖、しょうゆ、七味、ごま、青のりなどは使わず、ごまめ自体の塩分と、みりんでツヤを出すだけの一品にしています。
2025年01月15日
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鱈は北の海で獲れる魚ですが、昔から関西でも食べていました。ただしそれは生の鱈ではなく、ひと塩の鱈、すき身鱈、棒鱈など加工したものばかりです。固い干物の棒鱈は、京都では京芋と一緒に煮いて「芋棒=いもぼう」という一品になります。大阪ではもっぱら正月の煮〆用の食材ですが、水を替えながら戻すのに1週間かかるという、えらく手のかかる食材です。それでも昔の人はこれを正月料理にしようと思ったんでしょう。美味しく思ったんでしょうね。わたしが子供の頃も、祖母や母は「面倒な」と言いながら、棒鱈を水で戻していました。棒鱈はそのうち値段が高騰して、わが家では食べなくなりました。わたしが結婚して以降も、棒鱈は長く省略していたのですが、ある年、ひと塩の鱈を煮いて代用してみると美味しかったので、それ以降は鍋用の鱈の切り身など、いろいろと工夫しながら煮〆に加えてきました。ここ数年は鱈のあらを買い、日持ちがするように濃いめの味で煮付けて、煮〆の一つとしています。当ブログの愛読者で2014年に亡くなられた<みず>さんが「父は棒鱈を摘むたびに、『♪割り木みたいなトト食べて…』と口ずさむのがクセでした」と書かれていました。棒鱈しかなかった時代ならいざ知らず、たぶん大正生まれのお父さまも「もっとうまい魚があるのに」と思われていたのでしょう。わたしがこのところ定番にしている鱈のあらは、しょうゆとみりんと水で煮きます。おろししょうがや粉山椒を加えるときもありますし、加えないときもあります。
2025年01月14日
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前回「金時にんじんとこんにゃくの半量を一緒に煮く」と書きました。そうして煮いたこんにゃくは、いたって普通の仕上がりです。煮物の最後にはごぼうを煮きます。ごぼうは皮をこそげて筒切りにします。このときにも残りの半量のこんにゃくを加えます。味付けは金時にんじんと同じか、うすくちしょうゆを少し足すぐらいです。これで、高野豆腐から同じ鍋と煮汁で引き継いできた一連の煮物が終わりました。ごぼうもこんにゃくも鍋から揚げて冷まします。写真ではごぼうと煮いた側のこんにゃくが、うっすら緑色かなあ、という感じです。ところがこれを一晩置くと、煮〆全体を撮った写真のようにものすごく緑色が鮮やかに出て、普通のこんにゃくとのコントラストが際立ちました。これは、ごぼうのアクの成分とこんにゃくのアルカリ性の成分が反応して緑色になるからだそうです。味に変化はありません。ほかにも、いんげんと一緒に煮くと赤くなり、たまねぎの皮と一緒に煮くと黄色くなるのだということです。そもそもは3が日が過ぎて食べ残した煮〆のうち、ごぼうに接していた部分のこんにゃくが緑色に変色していたのを見つけ、もしかして悪くなったか!と驚いて、調べてみたのがきっかけです。今年、特に緑色が濃くなった原因で思い当たるのが、いつもの年はひねごぼうを煮くのに対して、今回は新ごぼうが太くて立派だったので、買ってきて煮きました。新ごぼうのほうが、こんにゃくを変色させる成分が多かったのでしょうね。さて、煮〆はもう少し続きます。
2025年01月13日
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さて、たけのこのお次はれんこんです。ごぼう(たたきごぼう)と同じく酢れんこんにするおうちもあるでしょうが、わが家は輪切りにして煮きます。もちろん、たけのこの煮汁を引き継ぎ、うすくちしょうゆで少し味を濃くします。このれんこん、年によって当たり外れがあり、産地なのか品種なのか、繊維がきつくてバシバシのものもあれば、でんぷん分が多くてもっちりした煮き上がりになるものもあります。徳島産が比較的当たりが多いように感じています。その次は金時にんじんです。皮むき器で皮をむき、輪切りにして煮ます。洋にんじんがオレンジ色なのに対して、正月の時期に出回る金時にんじんは鮮やかな赤色です。煮いた食感は洋にんじんより軟らかいです。ここ数年の工夫として、金時にんじんを煮くときに、次に煮くこんにゃくの半量を加えて一緒に煮くことにしています。これは、ぜひそうするべきだというほどのものではありませんが、次に煮くごぼうとの比較実験のようなもので、ほんの遊び心です。
2025年01月12日
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わが家は(わたしは)煮〆は、前日から仕込む黒豆を除き、大晦日の朝にまず高野豆腐を煮くことから始めます。もっとも、粉末だしとともに売られている一口高野豆腐を煮くだけですから簡単です。煮き始めたらくわいの準備です。底を薄く落とし、青い皮をごく薄く丁寧にむきます。高野豆腐はある程度煮汁を残して皿に揚げ、同じ煮汁でくわいを煮きます。以下、必要なら水、粉末かつおだしの素、うすくちしょうゆ、酒を適宜加えて、薄味で煮いていきます。くわいは、そこそこ煮えたら煮汁のなかで冷ましたほうが味がしみていいんでしょうが、取り出して次は乱切りにしたたけのこを煮きます。たけのこは水煮のパックのうち、穂先が含まれたものを買い、人数に応じて切ります。くわいを煮いた煮汁でたけのこを煮きますが、ここまでがごく薄味です。このあと次第に味を濃くしていき、最後にごぼうを煮いておしまいです。高野豆腐は甘く仕上がりますが、その後は砂糖やみりんを加えないので甘みは抑えられます。根菜類の煮物と違い、高野豆腐は食感も軟らかく、味も甘くて淡く、煮〆のなかでは口直し的な感じです。たけのこは繊維分による噛みごたえがあり、くわいはじゃがいもより粉っぽい煮き上がりです。ここまで書いてきて、くわいを煮汁のなかで冷ませば、味がしみると同時にしっとりとした出来上がりになるかなあと思いました。そうそう手に入る食材ではないので、来年のお正月に試してみようと思います。大晦日なので、ぎりぎり鬼は笑わないと思いますが。
2025年01月11日
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御節料理をわが家では煮〆と呼びますが、煮しめていないものもあります。今回の写真の3品とかずのこは、買ってきたものをせいぜい切って並べるだけです。かまぼこは、赤色の蒸しかまぼこと焼きかまぼこです。わたしが子供の頃は薄い半月切りでしたが、小田原のかまぼこ店でかまぼこを食べて以来、厚みを重視した切り方に変えました。黄色いのは「厚焼き」で、卵入りはんぺん、またはカステラかまぼことも呼ばれ、すり身を使った練り物に分類されます。ところで、御節料理には「言われ」が付き物と言われますが、厚焼きの言われは何でしょう。黒豆はまめに働く、れんこんは先が見通せる、などという「こじつけ」を勝手にありがたがっているだけで、わたしは昔の正月の時期に手に入る食材で作ったせいいっぱいのごちそうが御節料理だと思っています。「言われ」は信じませんし、馬鹿げているとさえ思います。厚焼きの「言われ」を説明してくださる方がどなたかおられれば、考えを改めるかもしれませんが。かまぼこも厚焼きも4人家族のときは3が日で計12切れあればよかったのですが、今年は9切れで済むことになりました。いちおう余裕を見て10切れにしています。あとは栗の甘露煮です。父は栗の甘露煮を「栗きんとん」と呼んでいましたが、もっと昔はさつまいもや栗を餡にしたきんとんを作っていたのかもしれません。ただ、わたしが子供の頃はもう栗の甘露煮でした。ここ数年は瓶詰でなく袋詰の栗を買っています。蜜は残しておいて蜜漬け芋に利用します。
2025年01月10日
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御節料理の原型とされる「3種の祝い肴」は、黒豆、かずのこと、もう1品はごまめだったりたたきごぼうだったりするようです。黒豆というのは黒大豆の煮豆のことですが、昔から赤米や黒米を混ぜて炊いた色付きごはんは霊力があると思われていたせいか、黒豆も特別な食べ物だったのでしょう。これまでは250gや300gの黒豆を煮いてきましたが、今回は150gの極大粒の豆が手に入ったので、砂糖や煮汁もそれに合わせて調整し、上手に煮くことができました。丹波の黒豆は、2Lを特大粒、3Lを極大粒や飛切級と呼ぶそうです。これまでは飛切級にこだわって入手し、煮いてきましたが、年によっては3Lのなかで飛切級が設定されない年もあるようで、ならば極大粒でいいかと考えを改めました。基本は「水は豆の重さの6倍、砂糖は豆の8割」です。今回で言うと水は900cc、砂糖は120gになります。ほかに必要なのは小さじ1杯の重曹だけで、さびた釘や塩・しょうゆは用意しません。それでも軟らかく煮けます。煮き方は「土井勝の黒豆」の手法で、砂糖を加えた水を沸かし、重曹を加えたら、すぐさま洗った豆を投入して火を切り、ふたをして一晩置きます。翌日は6~8時間かけて、豆が水面から顔を出すまで、ひたすらとろ火で煮続けたら(水分を蒸発させて煮汁の砂糖分を濃くしたら)できあがりです。写真は煮終わった直後ですが、この時点ではまだ豆が粉っぽい食感です。これを一晩、煮汁に浸しておくと、ふっくらつやつやとした軟らかい黒豆ができあがります。
2025年01月08日
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わが家の雑煮は、元日と3日は典型的な関西の雑煮といわれる白味噌雑煮ですが、2日は水菜だけを具にした澄まし雑煮です。少なくともわたしが生まれた60年ほど前からずっと、2種類の雑煮を作っています。お正月に夫、妻それぞれの地方の雑煮を作る例はままあるかもしれませんが、わが家はそうではないようです。大阪ミナミの料理屋の主人が「大阪人は飽きっぽいから、3が日同じ雑煮では満足できない」とテレビで喋っていたのを聞いたことがあります。澄まし雑煮では、丸餅を焼きます。水菜を食べやすい長さに切り、ふだんと同じようにしょうゆ味の澄まし汁を作ったら、焼いた餅と水菜を加え、水菜がしんなりしたらできあがりです。水菜はハリハリした食感が大事なので、火を通しすぎないほうがいいでしょう。肝心なのは食べる際に「名ァが上がりますように」と唱えて、箸で水菜(菜ァ)を高く掲げてからいただくことです。単なる水菜入りの雑煮というだけでなく、この動作も含めてのお正月の儀式です。材料費のかからない安上がりな雑煮ですが、家族には好評です。煮〆が根菜中心の煮物で、雑煮も白味噌のまったりした汁物だと「重い感じ」がするところを、菜っ葉の入ったヘルシーな澄まし汁で気分転換が図れる、ということなのかもしれません。父はこの澄まし雑煮を「河内・大和の田舎の風習かもしれない」と言っていましたが、どうでしょう。わが家は大阪の町なかに長く住んでいて、七草粥の風習がありませんが、水菜の雑煮と関係があるのでしょうか?
2025年01月06日
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お正月の食卓には、煮〆(御節料理)のほかにおおぶく茶、屠蘇、そして雑煮が並びます。わが家は元日と3日が白味噌雑煮です。これは宮中で食べられていた白一色の雑煮が元になっています。材料は焼かない丸餅、小芋(里芋)、雑煮大根、焼き豆腐、白味噌(西京味噌)です。京都では里芋の「かしら芋」が好まれるようですが、大阪では小芋を使います。白くて丸い材料ばかりで、焼き豆腐だけ例外ですが、昔は日もちを考えれば仕方がなかったのでしょう。小芋は600Wの電子レンジで皮ごと100gあたり2分加熱し、すぐ冷水に取って皮をむきます。雑煮大根(細い大根)は皮をむいて輪切りにします。これらと焼き豆腐をかつおだしで煮て、下ごしらえしておきます。元日と3日はこれの半量に必要ならば水を加えて煮直して、白味噌を溶き、最後に丸餅を加えて餅が浮き上がってくるまで煮ます。子供の頃は母に「お餅、何個?」と訊かれましたが、今はわたしが家族に確認します。たいてい返事は分かっていますが。甘みが強い白味噌(西京味噌)ですが、ふだん味噌汁を作るときの合わせ味噌よりも倍ほど使わないと、まったりとしたコクが出ません。餅は煮えて軟らかくなり、かつ溶けない程度に煮ます。餅が多い人はひと椀でよそい切れませんのでお代わり(2杯目)を用意しますが、火をつけっぱなしにすると餅が溶けてしまいます。3が日の雑煮を大鍋で一度に作り、毎日餅を足して煮直す家もありますが、わが家は毎日新たに作ります。そして、2日は澄まし雑煮です。
2025年01月05日
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お正月の行事に屠蘇(とそ)があります。山椒や桂皮(シナモン)など5~10種類の材料を調合した屠蘇延命散(屠蘇散)を清酒かみりんに浸し、成分を溶かしてハーブ酒のようにしたものを飲めば、その年は健康でいられる、と言われています。わが家は義父のつてで奈良の春日大社とご縁があり、義父亡き後も義母から年末に屠蘇延命散(春日大社のものは屠蘇白散)をいただきます。今年もまず元日に、お屠蘇を作って長男夫婦と一緒に4人でいただきました。屠蘇を飲むといっても、わが家ではおしるし、味見のようなもので、4人で計60ccの清酒に屠蘇散を浸し、あまり色が付かないうちに屠蘇散を引き揚げて飲みました。お嫁さんが日本酒を好きかどうかは分からないし、夕方に長男らを車で送る可能性もあったので、朝に飲むのは15ccにとどめておきました。わたしが子供の頃、父は正月に「薬臭い屠蘇より日本酒のほうがうまい」と言って、屠蘇散を使わない普通の冷や酒を「お屠蘇」と呼んで飲んでいました。わが家の正月の食事はそもそも「おおぶく茶」で始まり、雑煮という汁物もあることから、お屠蘇は添え物のような位置付けになっています。一方で長女はお屠蘇が好きなようで「味が美味しい」と言っています。そこで長女が3日に来た際には、わたしが車を運転する予定がなかったこともあり、元日に使って冷蔵庫で保存しておいた屠蘇散の袋を使って、1人30ccずつお屠蘇を飲みました。まだエキスが出ると思いますので、そのうちウオツカを買ってきます。
2025年01月04日
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御節料理(煮〆)はお正月独特のものではありますが、皇服茶または大福茶と書く「おおぶく茶」も同様です。正月3が日、家族全員が食卓に着いたら、家長が「お祝い!」と言って、みんなでおおぶく茶を飲み、そこから食事が始まります。おおぶく茶(父は「おんぶくのお茶」と言っていた)は「おおぶくの梅」と白昆布を入れたお茶です。わが家はカリカリした小梅と、鏡餅に飾る白昆布の端を人数分だけ細く切っておいたものを用意し、熱い煎茶を注ぎます。禅寺では朝に、お湯で梅干しを煮て少しの砂糖を加えた「梅湯=ばいとう」を飲みます。口中がすっきりするとのことですが、おおぶく茶も同じような効用があるかもしれません。こちらは梅干し+昆布+煎茶ですから、梅湯よりうまみがありそうです。梅の名所の京都・北野天満宮では年末におおぶくの梅を売り出します。おおぶく茶にはありがたい神様の霊力も加わっているに違いありません。ただし、わが家の梅は「甲州小梅」という単なるカリカリ梅ですが。子たちが小学生の頃に、3学期にそれぞれの家の正月行事を発表しあうことがあり、子たち2人はいずれも「うちの行事は珍しがられた」と言ってました。昔から大阪(市内)に住んでいて、その風習を守っているだけなんですが、おおぶく茶にしても、お正月に飲む家はどれぐらいあるのでしょうか。昆布の粉末に砕いた梅を混ぜた梅昆布茶は、お湯を注いで飲みます。煎茶で作るおおぶく茶は、行事ではなく、ふだんに飲んでもきっと美味しいだろうと思います。
2025年01月03日
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2025年、元日の食卓の煮〆です。買ってきたかまぼこ、厚焼き、かずのこ、栗の甘露煮以外は、すべて大晦日に作りました。「海山」と書かれた祝い箸の前から時計回りに「かまぼこ(焼き、紅)・厚焼き」「くわい・高野豆腐」「たけのこ・金時にんじん・ごぼう」「栗の甘露煮」「黒豆」「かずのこ」「ごまめ」「こんにゃく(二色)」、そして中央が「れんこん・鱈のあらの煮物(棒鱈の代用)」です。今年も冷蔵庫で保存するため重箱には詰めませんでした。1月16日に、このブログを始めて20年を迎えます。そろそろペースダウンしようと思いますが、その前にわが家の年中行事の中でも重要な正月の行事について、きちんと書き残しておこうと思っています。少なくともわたしが生まれた60年ほど前からほとんど変わらない煮〆です。かつての大阪の煮〆は、どこの家庭もこのような内容だったかもしれません。保存性を良くした魚の加工品と黒豆、高野豆腐で蛋白質を摂取し、あとはほとんど野菜の煮物ばかりですね。わたしが子供の時分には、かずのこが高騰したり、棒鱈を水で戻して煮るのがたいへんだったりして、それぞれ省略した年もありました。当時の黒豆は硬く煮締まった感じでしたが、わたしが作るようになってから「土井勝の黒豆」の煮き方で、しかもできるだけ大粒の豆を手に入れて作ることから、ふっくらとした軟らかい黒豆になりました。こんにゃくを2色にしたのも、わたしの遊び心からです。それぞれについては、おいおい細かく書いていこうと思います。
2025年01月02日
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2025年、きのと・み年、明けましておめでとうございます。これを書いている元日の時点では今年がどんな年になるかは全く見通せませんが、12月にわたしの会社員としての定年が来ることは間違いありません。それまでも、そこからも、頑張って生きていこうと改めて思います。どうか、わたしもみなさまも良い年になりますように。暮れの30日に鏡餅を飾りましたが、22年正月まで買っていた300gの鏡餅がそれ以降なくなり、今年は大きい500gのを飾りました。お正月の買い物記録によると、23年が180gの生餅を重ねたもの、24年は160gのパック餅でしたが貧相な感じがしました。そこで今回は160gの一つ上の500gです。なぜ300gがなくなったのでしょう。なんだか怪しいですね。わが家のお飾りでは、三方の上に裏白を敷いて重ね餅を置き、その上に白昆布、串柿、葉付きみかんを乗せます。わたしが小さい頃に飾っていた3升の鏡餅では、串柿は10個のもの、上に乗せるのは、みかんではなくて橙(だいだい)でした。今は小さな鏡餅なので、串柿ではなく、干し柿をつまようじでつないで2個飾ることにしています。餅だけでなく、干し柿も葉付きみかんも、みな前年より値上がりしています。正月早々値上げを嘆いても仕方がありませんが、お正月の買い物記録を15年も付けていると、そのあたりが良く分かります。この記録は、値段の変遷を記録するものではなく、買い物メモ兼煮〆を煮る順番を記したメモです。定年になればなおさら、節目の行事は大切にしたいと思います。
2025年01月01日
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