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木下明美氏HP内「kimuraの読書ノート」を更新していただきました。(京都で、着物暮らしpart2 → 7月14日の記事)今回は『文・堺雅人(2)』です。俳優ではない、彼の側面にほれぼれしています。======今日、京都は後祭り。先日、150年ぶりの復活となった大船鉾の曳き初めに行ってきました。そして、今日はテレビで観覧。なんと、大船鉾の辻回しの一歩手前でテレビ放映が終了!なんてこったい(涙)にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月24日
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久しぶりにまったりとした休日です。京都市内の図書館は6月から全館、開館時間が9:30からになり、より便利に。(東京は私が住んでる時から9:00開館だった記憶があるけど:爆)ようやく、今日はその恩恵を初めて受けることができ、朝一番で行って多量に借り込んできました。その一冊が『ズッコケ中年三人組age47』そして、速攻で読了。このシリーズは大好きだったのに、2年前から私がかかりつけにしている図書館では続きを置かなくなり、他館からの予約をうっかり忘れ……。今日はめったに行くことのない図書館だったのですが、ようやく出会うことができました~♪ハチベエがついに、政界へ!!!!!選挙戦の裏側というのが本書を通して分かりました。地盤の固め方から、事務所の開き方、それから別の候補のかき乱し方まで。ハチベエを政界に送り込むのために、作者は相当の取材をされたんだろうなぁと思ったのですが、作者のお住いのところで市議選があり、選挙活動の情報が入手しやすいという環境にあったので、挑戦されたようです。ということは、ハチベエが先ではなく、取材環境があったために、ハチベエは政界に担ぎ出された(笑)?いやいや、おそらく、作家さんはあのハチベエをさすがに花山町に押しとどめておくのはそろそろ限界だったのだろうと思います。小学生の時は、花山町にいたとは言え、あちらの世界、こちらの世界を縦横無尽にハチャメチャにはじけてたのですから。今回は選挙活動が主たる話でしたが、どうみても、これはハチベエがはじける伏線でしかないと思っています。今手元には、「age48」があり、毎年12月に新作が刊行されますので、今年の「age49」とさらに読むのが楽しみとなってます。==========さてさて、毎年恒例ですが、これから1か月間この「徒然」、夏休みいたします。今年こそは、夏休みなしで乗り切れるかと思っていたのですが、あまかった~。塾の夏期講習もそうですが、その休みの日に、大学で朝から晩まで講義を受けなくてはなりません。これは、分かっていたことではあったのですが、私の予定では、夏期講習中にその授業が当てはまり、夏期講習は誰かが代行してくれるかなぁ~と気楽に思っていたのですが、神様はそんな浅はかな考えをばっちり見破っておりました。上手~~く、休みの日にそれが当てはまるように組まれていました(涙)。てなわけで、この1か月、仕事しながら、大学にもいきながら、空いた時間は読書で充電いたします。「kimuraの読書ノート」のみはお休みなしで書いていきますので、それが更新された時はご案内させていただきます。ではでは、暑い折、皆様ご自愛ください。にほんブログ村(↑ ぽちっと押していただければ嬉しいです)
2014年07月21日
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森センセーのGシリーズ『キウイγは時計仕掛け』を3回目にしてようやく読了。図書館に予約を入れて手にしたにも関わらず、読めずにタイムオーバーで返却したこと2回。今度こそ離さないぞと心に決めて読みました。あやうく、S&Mシリーズかと思いましたよ。犀川さんに、西之園さん、そして四季。この絡みがかなり表に出したなぁ~という印象。そろそろ、長く続いた大風呂敷も次第に終演していくのかなぁと少々寂しい気持ちになりました。が、ポイントはここじゃなくて、森センセー、登場人物の口をかりて思いっきりエネルギー問題の批判をしてまっせ!エッセイでは持論をはっきりと述べられる方ですが、小説にこんなに盛り込んだなんて、今回が初めてのような気がします。しかも、分かりやすく(苦笑)。で、原発だけに特化したものではなく、風力、火力、ダム、太陽光に至るまですべて。挙句の果てには、こんな台詞まで吐かせています。ちょっと長いですが、面白いので引用します。二人は大学の同期(建築系)で一人は、マスコミ系へ一人はお役所勤め。その二人の会話。「マスコミは、あれでしょう、今は、反原発なんでしょう?」「そうそう、反対する方が、まぁ、角がたたんでね。安心のためには、全部止めるっていうのが手っ取り早いしな。反対だって言っとけば、表だって誰にも怒られんし。ほんだで、土曜日のパネルディスカッションも、まあ、そういう、どっちつかずの、これからもみんなで考えていきましょうっていう結論になるわけだわさ。目に見えとるわ。間に見えとるって、ほかにどこで見える?」「みんなで考えようって、よく言うよね。みんなで考えても、しかたがないのに。もっと考えるべき人がきちんと考えた方が良いと思う」「誰が、その考えるべき人かっていう点が、難しいわけだでね。少なくとも、俺じゃないしって、みんな思っとるわけだ」「総合的に考えられるような人って、いないんじゃないかな。だって、たとえば、研究者だったら、自分が研究している分野が発展してほしいって思うでしょう?自分が開発した方法がメジャになってほしいって。だいたい、論文なんかでも、メリットばかり書いてあるじゃない」「かといって、政治家は頼りないでなぁ。なんでも大丈夫だって言うやつか、なんでも反対する奴か、どっちか」「ああ、こんなところで、こんな高尚な話をするとは思いませんでしたよ」(p40~41)この会話って本筋とは全く関係ないんですよね。よっぽど、森センセー腹ただしかったんでしょうね。2人の会話確かに、答えがないんですよ。うん、だいぶ前にも(いつの記事だったか忘れたくらい何年か前)私は書いたと思うんですけど、エコバックの件。スーパーの袋を配布しなくなったところが一時期多かったですが、その代わりにエコバックを売ってたり、粗品で進呈されてたりする量がかなり増えました。うん、これって結局、エネルギーを使ってエコバック作ってるんですよね。だったら、スーパーのビニル袋でもええやんって私は思っています。この二人の会話では太陽光発電のことも触れてますが、その内容は、このパネルを量産するのに、どれだけエネルギーを使っているか、材料は有害だし~ってこと。つまり、一つの方向だけにふりこを動かしちゃだめなんだよってことなんでしょうね。様々な選択肢を使いつつ、負荷は必ずかかるけど、どのような割合でするといちばん負荷が小さくて済むのかという妥協点を見つけ出さないといけないんじゃないかなぁ~。あぁ、これって生活保護の問題にもシンクロしてますね。生活保護を不正受給する人はある程度出るのを見越して、それでも必要な人にそれが手に渡るようにしなくちゃならないというあれね。まさかね~、森センセーの作品からこのような批判的な内容が出てくるとは。う~ん、本当に日本は危ういのかも!!!にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月20日
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今年のオールスターゲームはカープが投票で9名中8人が1位というこの快挙。しかも、昨日のスタメン入りは6名。おまけに、エルドレッドがMVP。そんな中で『赤ヘル1975』を読了。1975年カープが初優勝した時の広島を舞台にし、そこで生活する中学1年生ヤス、マナブ、ユキオたちの物語です。地元紙「中国新聞」では、書評とともに、作者の重松清さんのインタビューも掲載されていました。↓中国短編文学賞選者の作家重松清さん(50)=津山市生まれ=が、新刊の長編小説「赤ヘル1975」(写真・講談社)を28日に出す。広島東洋カープが初優勝した1975年の広島が舞台。被爆から30年を迎えたヒロシマでの弱小球団の快進撃を背景に、少年たちの友情を描いている。(石井雄一) カープの帽子とヘルメットが濃紺から赤に変わった75年。広島に東京から転校してきた中学1年のマナブが、同級生ヤスやユキオ、真理子たちと絆を強めながら、被爆から30年たっても痛みを抱える大人たちや街と向き合っていく姿をつづる。 自らも転校生自らも少年時代に転校を繰り返した重松さん。74年に山口に転校し、75年はマナブと同じ中1だった。「もし、自分が広島に転校していたら、どんな感じで赤ヘルの優勝を見たり、広島の原爆と向き合ったりしたんだろう」。そんな思いも巡らせた。 「転校のベテラン」のマナブは、級友たちとなじもうと、ヒロシマを必死に知ろうとする。被爆した祖母と、当時少年だった父親を後遺症で失ったヤスは、そんなマナブを「よそモン」と言い切る。 2人は時にぶつかりながら、家族以上にお互いを大切に思えるほど友情を深めていく。その姿を広島弁でも言う「連れ」と表現した。「おそらく、今の中1の友達関係とは違うと思う。でも、『あー、いいな』と思えるはず」と力を込める。 広島にとってカープの初優勝は、スポーツにとどまらない意味を持つ。「今以上に、東京に対するコンプレックスがあったはず」。前年まで3年連続最下位の弱小球団が、巨人の目の前で優勝を決める。被爆30年で、ようやく東京と並び「わしらもやれる」と、市民に希望をもたらした。 物語は、月刊文芸誌「小説現代」(講談社)で、2011年8月号から13年7月号までの連載を大幅に書き直し、単行本化した。 街に溶け込む執筆に際して、新聞記事や写真を集め、当時を知る人を訪ねて話を聞いた。カープが、広島の街やそこで暮らす人たちの日常に溶け込んでいる、その近さを感じたという。 連載を始めようとしていた頃、東日本大震災が起きた。被災地で、がれきの山を目の当たりにし、被災者の悲しみや苦しみにも接した。「(カープの初優勝は)原爆で廃虚になった街から30年後に咲いた希望の花。そうしたニュアンスは濃くなった」と語る。 75年は戦争の傷痕の生々しさがなお残っていた。ベトナム戦争が終結し、広島では新幹線が開通した年でもあった。「自分が、その世代の一人だったのは、小説を書いたり、ものを考えたりする時にやっぱり残っている」。広島にとっても自身にとっても、大きな節目と振り返る。1975年と言えば、私はまだ幼稚園児で当時のことは記憶にないのですが、その5年後の優勝の時ははっきりと覚えていて、この作品の中のカープを応援する情景とそっくりで、とても懐かしいものがありました。阪神ファンも熱いですが、カープファンもそうとうです。ただ、地方の一球団なので、そのことがあまり全国区で報道されないだけ。この作品では、中日のキャッチャー新宅選手が、走りこんできた三村選手をミットで顔面直撃で抑え込み、審判の判定がアウトになった時の場面が、書かれているのですが、それをそのまま引用します。ところが、起き上がった三村選手が新宅捕手にクレームをつけたことから、状況は一変する。二人の小競り合いに、老軍の選手が加わって揉みあいとなったのだ。市民球場のスタンドを埋めた観衆も黙ってはいられない。山本浩二選手の快打に一度は同点の夢を見ただけに、このまま「残念じゃったのう」「また明日じゃ」とはいかなくなってしまったのだ。次から次へと観衆がスタンドからグラウンドに飛び下りていく。広島の選手たちの制止を振り切り、ベンチからバットを持ち出して、中日の選手に襲い掛かった。その数は約200人にも達し、中日の星野仙一、ローン、竹田、大島、神垣、谷沢の六選手が負傷してしまった。さらに、中日の選手がなんとかグラウンドからひきあげたとも、球場の外では約三千人の群衆が正面玄関に群がっていた。球場のドアのガラスが割られ、選手が乗ったバスに四方八方から石が飛んできて……もはや「騒動」ではなく「暴動」と呼んだほうが近い。広島県警機動捜査隊は、群衆の一人を器物損壊などの容疑で現行犯逮捕した。興奮しきった群衆も、それを見ればさすがに我に返るだろうと目論んでいたのだが、まったくの逆効果――(以下略)p315これは作品の中の一部ですが、ノンフィクションの部分です(笑)。私も幾度となく、観客がグラウンドに下りていく姿、テレビでも球場でも見ましたので。そうそう、文中にも書かれてあるのですが、テレビ放映される場合、解説はたいていがキー局のゲストがするので、巨人よりのものになります。広島ファンはそれを嫌い、テレビは消音にして解説はRCCラジオを流して聞いてました。ちなみに、うちの実家もそう。これだけ、濃いカープファンについて書かれてある作品はないかもしれません。が、やはり伏線となっている「原爆」についても、ここで書いておいた方がいいでしょう。登場人物のマナブは東京からの転校生です。彼の目から見た「広島」は当初異様な風景に映っています。なにせ、「よき日本」を謡った映画『3丁目の夕日』は昭和30年代の話。1975年と言えば、昭和50年になっています。それが、広島ではまだ「原爆」の傷跡が生々しく、戦争の痛手を色濃く残しているのです。しかし、マナブの目を通してみた広島は、今、広島を離れた私の視点によく似ているようにも感じました。広島を離れて20年を超えましたが、だんだん「原爆」のことがうっとおしくも感じているのです。それは表現は悪いですが、決して悪意を持っているのではなく、それほどまでにも「重いモノ」なんだということが、広島を離れてかえってずっしりとのしかかる感じでしょうか。外から広島を見る。そして、中でどっぷりとつかって、肌でゆっくり感じていくそのマナブの目というのには、とても共感するところがありました。さて、本日のオールスーター戦、カープの選手の頑張りに期待し、そして後半戦を乗り切り、再び広島を熱くしてもらいたいものです!にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月19日
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昨日もブックトークな日。次回は、おそらく9月。それまで充電しま~す。さて、今回のお題は「青少年読書感想文コンクール課題図書:高学年の部 + 男の子が手にする本」。また、分かりやすいこと。しかし、「+」以降のお題がかなり笑えました。担当者曰く、「男ってどうしても読み物系を読まないんだよね」と苦笑する担当者も男性。なわけで、以下の順序で紹介していました。今回も上記課題図書には並びが重要な役割。とりわけ、「マッチ箱」と「時をつなぐ」はもう神降臨かと(爆)。昨日と同じように舞台となる国を白地図に塗り塗りして、子どもたちにみせました。「マッチ箱」はイタリアからアメリカへ移民した人の話です。なので、白地図の端と端をくっつけて、輪にしてイタリアとアメリカが案外近いということなどを説明しました。で、次の「時をつなぐ」は第2次世界大戦がテーマとなっています。イギリスVSドイツの。前書でイタリアに塗り塗りしていますので、第二次世界大戦の日本との同盟国がここで浮き上がってきたわけ。おかげで、その辺りも触れることができました。そうそう、今回子どもたちにこれらの本を紹介して分かったことですが、第2次世界大戦の時、日本VSアメリカということは、ドイツVSイギリスということとイコールだと結びついていなかったということ。日本、ドイツ、イタリアが味方同士、イギリスとアメリカが味方同士。日本とアメリカが敵だったとしたら、ドイツとイギリスも敵。論理的に考えればすごく簡単な図式なのですけど。以前、この本に関して、その辺りの心配があるということを感想としてこの「徒然」で書いたのですが、的中!いいことなのか、悪いことなのか……。いや、これを説明してよかったわ。でなければ、「時をつなぐ」は読んでもここがわかっていないと全く理解できなかったと思います。ちなみに、戦争系であることは上記のことを説明したものの、流れ的にはすごくゆるく。どちらかというと、視点はワールドカップに向けておきました。そして、男の子ウケというリクエストに応えて、『野生の』を紹介。著者の山極さんが総長に選出された時の新聞も持ち出して、この話題を知らなければ京都人として「OUT!」なんて、枕に話したら、すごく食いつきがいい。おまけに、「ゴリラ」ネタ、男の子だけでなく、女の子も好きだったみたい。かなり盛り上がりました。その後の2冊は夏休みの絵画や自由研究に参考になりそうなものとして紹介しています。夏休みにiPS細胞作れるかもよ~、とか、ロボットにチャレンジしてみる?なんて声がけすると、これまた「やってみる~」とか「俺、iPS細胞作れるし~」とノリのいい返事。いやいや、夏休み明けが楽しみだぞ!にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月18日
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昨日、今日とブックトークデイズ!昨日のお題は「青少年読書感想文コンクール:中学年の部」!って分かりやすいでしょ(笑)。とりあえず、その中学年の部の課題図書を列挙。分かりやすかったのですが、案外これをブックトークとして構成するのはとても難しかったです。たしかに、テーマを「課題図書」にすれば簡単ですが、それだと、本の紹介と何ら変わりありません。一応、プロとしてそれは違うだろうと、ゆるくプライドもあったり。そんなわけで、上記の並びで紹介しつつ、テーマは「世界に目を向けよう!」。このテーマも本の幾つかが、海外の子どもを扱っているからという単純な理由ではありません。読んでいただいたら、気が付くのですが、最後の「ウンチ」と最初の「よかたい」が繋がっているのです。なので、上記を左から右に紹介するという形で終わるのではなく、最初に戻るという方法をとりました。かっこよく見れば、日本から世界をまずみて、世界をそれぞれ見回り、地球規模で考えると、原点(日本のこと)に戻るという感じでしょうか。そのためには、白地図をかなり大きく拡大して、必要な国や地域をぬりぬりするという準備も珍しくやって……。そうしたら、今日子どもたちが私のところに来て、「世界に関係する本を教えて~」と何人も!!!!しかも、創作ではなく、リアルな現状を知りたいとも。ブックトークをやっていてうれしいのは、一人でもその時、琴線に触れる子が生まれるのに、立ち会えるということでしょうか。本人はそれを一生考え続けるわけではないですが、一瞬でも思うところができたというのは、本に携わる人間としては本当にうれしいです!にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月17日
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暑いです、京都。本日は祇園祭り宵宵山ということもあり、さらに京都は熱気に帯びているのかもしれません。まぁ、そんな情緒的な話は全く私にはなく、ただ慌ただしいは、暑いはでへこたれているわけです。こういう時って、かならず旅行のガイドブックを手にしています。今回も気が付いたら袋の中に『地球の歩き方リゾート ペナン ランカウイ クアラルンプール』入っておりました。あぁ、怖い、疲れているんだわ~私。なぜ、ここなのか……。夫と付き合っていた頃、行きたいね~と話していたのが、「ランカウイ」だったから。その後、ちらほら海外に足を向けることはありましたが、なぜか、他にも優先しておいた方がいい国が出てきて、いまだに未踏の地となっているから。しばらくは海外に行くということは、なくなってしまっている現状ですが、次の機会はぜひ、ランカウイ!!!!と気持ちの奥で叫んでいたのでしょう。しかし、本書をペラペラめくっていて、あれあれ????私が行きたかったランカウイがそこにありません。すごく観光地化されすぎたそれが掲載されていました。当時からアジアンリゾートとして、そこそこ紹介はされていたのですが、おそらく20年前はまだそれほどでもなかったのかもしれません。月日が経つのは早いというのは、まさにこのこと。なんだか、このガイドブックを見ただけでもう満足。我が家はリゾート地では満足できない体なのかもしれません。やはり遺跡を追い求めて、ふらふらするのが(しかし、1か所定住型)見合っているのでしょう。しかし、夢見心地になるのには十分すぎるほどの1冊。画像はきれいですし、リゾート地特有のホテルなんぞ満載で、目の保養にもなっています。にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月15日
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梨木香歩さんの『エストニア紀行』読了。彼女の書く随筆はまるで小説のごとく一つの物語として紡ぎ出されているような表現方法。一瞬タイトルや奥付などを見ないと、フィクションなのかノンフィクションなのか正直分からなくなります。今回も一つの物語のような書き出しでした。そして、エストニア。私自身はあまりなじみのない国で、一瞬どこにあるのかネットで確認したくらい。で、「バルト三国」の一つであることを思い出したのですが、この「バルト」が「バルト海」のことだったという事実を今回初めて知りました。でも、そこが結びついていなかった~(汗)。ロシアに支配されていた国ということもネットで復習してから、読み進めたわけですが、著者が廻ったエストニアにはその名残が彼女の筆により詳細に綴られています。日本の場合、家屋が木材ですので、戦争でたいていは焼けてしまいました。しかしヨーロッパの国々の多くが石で造られていますので、その爪痕がよほどのことがない限り残っています。そのようなことを一つ一つひも解くように、そして読むだけでそれがどのような情景であるか想像しやすいように丁寧に綴られているのが印象的です。フィンランドとロシアの文化を受けながら、そしてエストニアというアイデンティティをしっかりと確率しているこの国の一端をうかがい知ることができます。紀行文というよりは、エストニアの文化史・歴史を語っていると思ってもらって結構です。そして、彼女が常に自らの物語で綴っているように、このエッセイでも彼岸のことが思わぬところで出てきます。彼女が物語をつづるときに根底となっている人智学が、どこの場所にいても呼び寄せるのかなと苦笑してしまいました。にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月14日
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日本は実は「貧困」であるとアナウンスされるようになって久しいのですが、その実感を持つ人は少ないかと思われます。OECDの調査によると先進国の中では3番目に貧困で、それはどれくらいかと言うと、単身所得で年収150万円以下が国民の16%いるということです。それでも、ピンと来ないということも分かります。だって、世界ではもっと貧困な状況に置かれる人というのは、たくさんいますし、それによって臓器売買に人身売買がはびこっているという現実もあります。それよりはマシでしょとつい思ってしまうかもしれません。本書は『世界「比較貧困学」入門』は、その世界の貧困層(絶対貧困)と日本の貧困層(相対貧困)をあえて比較して、日本の貧困層がどのような状況に置かれているかということをあぶりだしています。そして、世界の貧困層が日本の人たちがイメージしているものそのまんまなのかというところも、本書を読めばわかるようになっています。日本の貧困層の場合、なぜそれを見落としてしまうかというと、コミュニティーが解体していて、都市部、地方部にあちこち分散して生活しているという点にあります。逆に世界の場合、スラム街をはじめとして、貧困層とそうでない層とがはっきりと一線を画しているというところにあります。だから、分かりやすい。しかし、それは逆に貧困層同士の繋がりが密で、とある家庭が危機に直面しても、周囲の他の家族、コミュニティーが何とかしてくれるという利点があると著者は指摘しています。それに対して、日本の場合、分散化して紛れてしまっているので、孤立化するだけでなく、福祉行政がそれを見つけ出すのにも難儀するというのが現状。ただ、これがいいか悪いかという話ではありません。海外の貧困層の場合、このようにコミュニティーが確立している分、階層がはっきりしていて、そこから抜け出し、ステップアップするということがとても難しい。その反面、日本は情報さえ持てば、そこから抜け出して、高学歴になることも可能。どちらも一長一短があることをきちんと本書は示しています。興味深かったのは、諸外国の教育を受ける子どもの現状。なかなか勉強をする環境がないので、ODAや、諸外国からの寄付で学校が創設されると、みんな笑顔で学校に来るようになるというのが、日本でもアナウンスされている姿。そして、日本の子どもたちは~~という話に続いてしまうのですが、これはあくまでも、美談部分を切り取って放映されているだけ。実はこのような場合、その地域に適する教育が行われるため、日本で行われているような、初等教育から中等教育、そして高等教育に上がれるような教育が行われているわけではないということです。多くの場合、進学を目的としない教育が行われているようです。それは読み(母語と英語)書きと単純な計算の繰り返し。学校によれば、さらにプラスαとして職業訓練。つまり、生きていくための教育であり、ある程度できるようになると子どもの方から、学校を辞めて、商売(と言っても店舗を持ってとかいうのではなく、路上で何かを売るという程度)を始めるそうです。つまり、労働意欲を高めるための教育ということ。だからこそ、子どもたちはこれで、食いっぱぐれがなくなると安心して真剣に学校へ行き、そしてある程度になるとさっさとやめるという現実があるそうです。「教育」という一面をとっても、日本でまなんでいる学校教育とは「教育」の質が全く異なることを知らないと、海外の子どもたちの学びが美談で終わってしまうということをつくづく思い知らされました。私も、これを読むまではそこまで、想像することができませんでした。全体的に興味深いのは、絶対貧困と相対貧困の保護のされ方の違い。前者は同じ層のコミュニティーで、後者は法律の下で。後者というのは、日本のことですが法律の下で守られているということは、素晴らしいことに思えますが、これが案外めんどくさいことになっているというのがわかります。もちろん、一長一短があるのですが、本書は本当に比較されているので、日本の状況というのもよくわかるかと思います。「貧困」って自分には関係ないと思っている人も多いと思いますが、私は結構危機感を持っています。正直数年先が読めないし、仮に年金をもらえるくらいまでは働けたとしても、その後の支給額のことを考えると、結構ヒシ迫った問題だと思っています。両者を比較しながら、自分が万が一の場合、どのようにすれば最低の生活を普通にして、「生きていくこと」が可能なのか、ちと考えるのには適した本だと思います。にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月13日
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「未解決問題」と言えば数学の「ミレニアム懸賞問題」を思い浮かべてしまいます。で、『まだ誰も解けていない科学の未解決問題』もそうかと思っていましたら、それも含まれますが「自然科学」全般の中から12選んで、書かれていました。この中では一応解決済みのものが含まれており、それはかれこれ7~8年前NHKでも特集を組まれた「ポアンカレ予測」。こちらに関しては、そもそもポワンカレ予測とはというところから(となると、トポロジーの話からになるのですが)、これに人生を狂わされた数学者たちの話。そして、どのようにして解決していったかという話で締めています。面白かったのは、12以外の「はじめに」で前説として書かれていた「ソファ問題」。解決の一歩手前で足踏みしているもので、思考問題として、アメリカの中学生や高校生の数学の授業では必ず取り上げられているそうです。「ソファ」ですので、文字通り、あの腰かけるフアフアのソファのことです。1m四方のクランクに通過可能なソファは、最大面積(上部から見て)で何平方メートルかというもの。この最大面積というのがまだわかっていないらしいのです。近いところまでは来ているらしいのですうが、結論は出ていないということ。それから「あぁこれも未解決なのか~」と思ったのは、「性」について。章の見出しは、不合理なシステム?性はなぜ存在するのかつまり、性の本質や起源、性の意味、性の戦略、性の必要性などがまだ未解決のままなのだそうです。つまり、出産においても、なぜ男女が必要なのか、実際には無性生殖の場合もあり、生殖の多くが男女という2種類の性になっているのかというところ。言われればそりゃそうだ……と思うのですが、何分にもぼーーーっとしている庶民ですので、そのようなことを考えたこともなく。この問いって哲学のようでもありますが、おそらくこのような本が出版されているということは、科学的にその答えを探し出そうとしている研究者がいるということですよね。この発想って素直にすごいなと思います。そういえば、「問い」を作ることができたら、その問題の8割は解けているということ聞いたことがありますが、おそらく、本書の場合、凡人が考え付かない「問い」がそこにあるのですから、後2割で足踏みしているということがわかります。でも、場合によってはこの足踏みが何世紀にも渡っている場合もありで、数学同様懸賞金をかけるというのはいかがでしょうかと、凡人は短絡的に思ってしまうのです。本書には、少なからず私が小学生時代に読んでいた学研の「ひみつシリーズ」でも取り上げられていた「なぜ恐竜はほろんだのか」というものもあり、本書自体とても身近に感じられます。そうそう、現在小学3年だったか4年だったか、5年だったかの国語の教科書(光村図書)で扱われている「うなぎ」の稚魚の話もここでは掲載されていて、幅広い読者層が望めます。わずかここでは12プラス1の未解決問題でしたが、人の行動、環境だけでなく、地球という物体そのもの全てがまだほとんど未解決なんだろなということ。哲学的な問いも、今後科学的に実証されていくんだろうな~そんなことを読んでいて思いました。にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月12日
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本日午前中は、子育て支援事業「あっとまーく・かふぇ」のお仕事。多くが3歳児以下のBABYとお母さんのくつろぎの場として運営しています。で、いつものお弁当前の読み聞かせ。今回は『おいしいおかおパピプペポ』。ぞうや、おさるやひよこなどなどの動物の赤ちゃんがごはんを食べる様子を描いています。そして、それぞれおいしいおかおでとあり、その後続くのが「ピヨピヨピヨ」だったり、「プハー」だったりとその動物に見合った擬音語で表現。その繰り返しというほのぼのとした本です。読み終わった後、小さな子どもたちに「みんなのいいおかお見せて~」と声がけすると、ほっぺに手をあてて、にっこり。「そのお顔でご飯を食べようか~」なんて、言うと「は~~~い」と手をあげていいお返事。大人から見ると、私の声がけなんて余計なお世話なんですけど、あくまでも雰囲気づくり(笑)。みんな元気に手を洗いに言ったり、離乳食の赤ちゃんは手を拭いてもらって、楽しくご飯を頂きましたとさ。にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月11日
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今日もブックトークな日。同じネタで4回(絶句)。でも、子どもたちの反応は4回とも違っていて、やっている私の方が楽しかった~。さて、お題。いや、今回もどうでしょう。「夏休みに関係するもの」「関係するもの」って何?担当者は夏休みにゆっくり時間をとって読めるものを紹介して欲しかったらしいのですが、ギャラリーから色々あったらしい。というわけで、今回は自分で道具を作ったり、ポスターを描いたりする内容が織り込まれている『アマンディーナ』からスタート!今回、読み込んでいて、気が付いたのは、「工作」関係の本をどのように伝えたらいいかということ。えぇ、作りましたよ、実際に(爆)。ただ、私の工作技術は幼稚園児以下という定評がありまして、それでいいのかという疑問を持ちながら、仕込んでみたのですが(と仰々しく書きますが、紙コップ2つと輪ゴム2本でできる超簡単なもの)、これが案外子どもたちに受けまして「作りた~い」という叫びをいただきました(笑)。ブックトーク後、工作絵本の争奪戦にもなりまして、いや~、仕込みって大切だなぁと思ったわけです。これは10年以上やっていますが、初めての経験ですね。(ってこのような本の紹介依頼がなかったものですから)まだまだ、未開の地はあるものです♪来週は分厚い読み物系の依頼が2つ。読んで読んで読み込まなくては~。にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月10日
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今週、来週はブックトーク週間。がっつり読んで、がっつりしゃべって……汗だらだらでやっております。さて、今回のお題がまぁ、抽象的(笑)。担当者曰く、「青少年の課題図書&お話を絵にするコンクールもだし、文科省の冊子からも~、でも夏休みに読ませたい~……な感じ?」「な感じ?」ってあんたもぉ~。一言でまとめると、上記の図書を含めた「夏休みにおススメの本」でいいっすねってなことで、その課題図書『ひまわり』からスタート!夏の花として最大のイメージを持つ「ひまわり」を前菜にして、夏休みの「おでかけ」でつなぎ、そして定番の「おばけ物」。でも、夏休みにどこにも行かなても、おばけに会わなくても、いちばん楽しめる場所(私が好きな場所)ということで、「図書館」で話を締めました。昨日、今日のために、読み込みをしたのですが、コンクールや課題図書系、対象学年が読むには、いや正確には感想文を書くには難しいかも~と感じました。だって、これらの面白さを体感するには、そこそこの知識が必要なんですよ。課題図書って対象となる子どもたちのことだけじゃなくて、大人の事情も相まって(同じ出版社から出さないとか……)、選書って難しいだろうなぁ~。にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月09日
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私ががっつり関わっている子どもが現在はまっているのが『どろんこハリー』。何かが終わるたびに、この作品を持ち出して「読んで~」とせがまれます(笑)。ご存じの方が多いこの作品。かれこれ、40年以上手から手へ渡されているロングセラー。お風呂嫌いのハリーは、お風呂に入れられないように、ブラシをお庭に隠して遊びまわります。どろんこになりすぎて、飼い主さんに自分のことを今度は気づいてもらえなくなります。そして、ハリーは隠したブラシを掘り起し、飼い主さんのもとに。お風呂で泥を落としてもらったら、泥んこになる前のハリーだった。というとても単純なお話。画はとてもかわいいのですが、色は何色かに抑えられ、それがかえってハリーの活発さを効果的に表しています。この子たちとこの作品を読んでいると、名作ってこちら側から押し付けるのではなくて、自然に子どもたちの方から手にするものなんだなとつくづく感じます。確かに名作はいい!でも、大人側から押し付けてはいけない。だまって、本棚に入れておくと、自然とそれを手にする。それが、本当の名作だろうと子どもたちから教えてもらっています。にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月08日
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内田センセーのブログを加筆・修正して出版された『街場の憂国論]』。本書を読まずとも本当に憂鬱に感じるこの日本の政治の世界。国会、都議会の悪質なヤジに、号泣する県議会議員……。そんなどさくさにまぎれて(としか思えない)集団的自衛権の行使が国会を通過していく今日この頃。なんでこんなことになるのかと脳みそを動かしてみると、明治、大正、昭和の名残というか、因習が21世紀になっても結局引きづっているってな感じなのでしょうか、TOPの人たちが。で、若い政治家も結局朱に交わらなければやっていけないので、それを踏襲してしまう。で、現場との乖離がますます広がっていくという図式。昭和以前の名残の悪いところは、「こうなってほしいなぁ~」と脳みその中で妄想をしてしまうところでしょうか。昭和の高度成長時代ならいざしらず、今やリーマンショック以降、ほぼ壊滅的な経済打撃を受けており、回復の兆しをみせたとは言え、当時のような状況にはもはや戻ることはできないと、おそらく一般庶民は思っているとは思うのですが、昭和以前の方々は、それがいける!と妄想していると思うんです。少子化問題だって、女性が結婚さえすれば、産めよ、増やせよ時代に戻ることが可能……ってなことを思ってるんでしょうね。でも、時間は流れていて、社会背景も変わり、産めば、増えるという図式が崩壊していることに気が付かない。若者がゲームのし過ぎで、虚構と現実の世界が混乱しているからゲーム的殺人事件が起こるんだといわれていますが、これはタカ派のおじさんたちにも言えることではないでしょうか。ゲームのしすぎかどうかわかりませんが、バーチャルな世界で人間が死なずにクリアできているから、生身も大丈夫……なんてこと思っているんでしょうね。治安が悪いところにいけば、間違いなく、日本にいるよりは死ぬ確率が上がるのは間違いないことで、それを今度は名誉の純色ともてはやすのでしょうか。そうそう、PKOで以前なくなった方の亡骸が航空機で戻っていた際、国葬のような扱いになったのを映像で見て、とても違和感を覚えずにはいられませんでしたが、おそらくおじさんはその状況に酔いしれていたんでしょうね。ってなことを本書を読みながらつらつらを思い起こしておりました。(あぁ、今日はまったく本のことに触れてないなぁ~。ごめんなさい)にほんブログ村
2014年07月07日
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京都新聞主催「お話を絵にするコンクール」の課題図書を読んでいたのが約2週間前『野生のゴリラと再会する』。で、ここ数日その著者の名前が新聞にバンバン!京都大学の総長選挙でありました。いや~、まさか京大の総長選に絡むようなすごいお人だとは全く思わず、ゴリラの研究者という認識しかございませんでした。でも、すごいですよ。ほかにも数冊すでに彼の著書(全て児童書になりますが)を読んでいますが、彼のゴリラに対する愛情は半端ではありません。などと書いていながら、思い出したのが、京都大学って霊長類の研究所があるんですよね。さて、本書は、26年前に観察をしたゴリラのタイタスのこと。そして、ゴリラの習性などがわかりやすく説明されています。ただ、タイタスに再会し、彼が著者を思い出したというだけの話ではありません。ゴリラがいかに人と近い動物なのかということ、それはチンパンジーに匹敵、いやもしかしたらそれ以上の知能を持っている、少なからず人以上のコミュニケーション能力を持っていることがこの本から分かります。見習わないとなぁ~なんて思ったのが、ゴリラは常に相手の目を見て、行動するところ。相手の目が何を訴えているかきちんと判断するんですね。そのあたりがかなり詳細につづられています。これが詳細につづられている理由は、このことを理解するまでに、著者がゴリラに対して失礼な態度をとってしまったことに気が付いたから。ゴリラを知るまでに、彼とゴリラのやり取りで苦い思いをしたこともつぶさに書かれています。26年間タイタスに会えなかったのは、まさにアフリカの「内戦」のため。治安の問題だったんです。治安が悪く、ゴリラが住んでいく森も荒れていたにも関わらず、タイタスは群れを守り、そして著者にであった、その時間の流れと重さに心をわしづかみにされます。児童書ではありますが、このあたりの経緯は大人が読むほうがより、心に響くのではないかと思います。総長の任期は6年。その間、ゴリラの研究はどうなるのか、少々心配ですが、ゴリラ以上にややこしい「人」のもつれを、6年間うまく統治していただきたいです。にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月06日
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今朝も偏頭痛の朝。速攻で薬を飲んで押さえ込んだものの、1週間で4日連続(しかし頭痛発作は6回位)と言うのは過去最多。1ヶ月で10回しか薬飲めないのに、本当にヤバす!!!てなわけで、再び病院に行き、予防薬をもらい、その場で飲みました。現在は、こめかみ横の神経が何が何でも発作を起こしたいという状態なのを、予防薬ががんばって抵抗している感じ。夜にも服用して、血中濃度を安定させると、予防薬ががんばっている感もなくなるはず……。こんな頭痛に翻弄されている時はゆる~く『俺物語!! 6』。新刊の6巻は猛男くんの生まれた時のお話。ほんわかしています。何度も書きますが、この作品はよくある恋愛物のように、一難さってまた一難というものではなく、どこまでも2人がほんわかした話なので、ドキドキもないですが、安心して読むことができます。それは、水戸黄門の印籠とも違います。水戸黄門の場合は、最後に印籠を出して、めでたしめでたしなのですが、これは最初からめでたし、めでたし。この安定感が好きです。脳みそに刺激を与えない、ゆるりとしたこの1冊は常備薬のようにもなっています。今日は天童荒太原作の『家族狩り』のドラマがスタート。天童荒太作品はそこそこ読んでいるのですが、これは未読。篠田麻里子様目的の視聴です♪にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月04日
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昨日、今日と風邪から誘引され、偏頭痛の嵐。幸か不幸かブックトークのお仕事がなく、事務処理でしたので、どうにかこなして、昨日は病院で注射、本日は薬で痛みを自宅に戻ってから押さえ込み……。体力消耗してます。で、その事務処理ですが、勤務先に新刊の寄贈があり、その装備、登録をしておりました。全部で30冊近くあったのですが、その中に『動物と話せる少女リリアーネ 』シリーズがありました。いや、表紙は引きました(汗)。でも、分類付けする時に気がついたのですが、この作品はドイツの児童文学なんですね。海外の児童文学が増えてきたとは言え、英語圏がどうしても多いのは否めません。その中で、これが「ドイツ~」。というわけで、興味を持ちました。本日は装備と登録に追われてまだ未読ですが、ドイツでの動物の捉え方がちょっと気になります。そうそう、英語圏が多いとは書いたのですが、ここ最近、他の言語から邦訳された児童文学もかなり目にするようになりました。しかも、古典(いわゆる名作と言われるもの)ではなくて、「今」を描いている作品が多くて、かなりとっつきやすいです。そして、それは、その社会、文化背景などダイレクトに伝わりやすい。てなわけで、今日は寝込みたい気持ちなのでこれにて。にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月03日
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木下明美氏内HP「KIMURAの読書ノート」を更新していただきました。(京都で着物暮らしpart2 → 7月2日の記事)今回はルポライター石井光太氏初の小説『蛍の森』です。ルポではなく、フィクションだからこそ語れることのできる出来事というのがまさにこれではないかと思いました。ハンセン病患者さんたちが、なぜここまで国を相手に訴えているのか、その根源の一つをようやく知りえた感もありました。こうして、また自分が何も知らないということを思い知らされ、愕然とするのです。にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月02日
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『大津中2いじめ自殺』読了。いじめが問題視されるようになったのが、30年前。10年ごとにそのうねりはあるそうで、2011年大津市で起きた中学生の自殺は「第4次多発期」の大きな波となっているそうです。この事件は一中学生の自殺で片付けられたいたものを、共同通信社の記者が「亡くなった生徒は、自殺の練習をさせられていたらしい」というスクープにより、日本中で大きく取り上げられることになりました。本書は、この事件の詳細を追ったルポタージュですが、この事件だけにとどまらず、過去の事件の経過。そして、教育行政の現状など、かなり幅広く扱っています。で、素直な感想としては、当時メディアで報道されていたことってほんのわずかなことであり、しかもワイドショー的にドラマになる部分だけをピックアップしていたんだなということでした。もちろん、本書も事件の全てではないことは重々承知。でも、余りにもメディアによる報道と言うのは同じ部分をカットだけを変えて、報道していたのね。もう、事件のルポタージュを読むたびに同じ感想を持ってしまう私自身にもあきれてしまうんですけど。でも、もう一つ本書は踏み込んで書いてあることがありました。共同通信社がスクープしたという「自殺の練習」。本書によると、共同通信社が報道機関で最初に見つけたものではないようです。このことを白日にさらしたのは、共同通信社ですが、どうも他の報道機関はもっと早くからこの事実を掴んでいたとのこと。ただ、このことを重要なこととして捉えていなかったり、すでに裁判が始まっていたため、それに影響を与えないように報道を控えていたらしい。しかも、その「影響」というのが、被害者側に有利に働かないように……だったとか。う~ん、仮にこれが事実だったとしたら、報道機関は加害者側に立っていたのかという疑問が生まれてきます。いじめの事件そのものも深く考えていかなければならない事項なのに、なんでしょ、思わぬところに視点が移動していきます。何か自分の身に起こった時に、何を信じていいんだか。メディアリテラシーとか言ってますが、もう言ってる場合でもなく、自分の身は自分で守るしかないのかという悟りの境地です。そちらの方を思わず語りたくなりますが、あえてこの事件に触れるとしたら、関係者全てが事件が起こる前から思考停止になっているなということ。もちろん、読み手だからこそ、そのように思えるのであって、もし渦中にいたらと想像すると、「思考停止」を振り払うことは果たしてできるのかということが頭によぎります。普段は頭で理解していても、渦巻く波にのみこまれたら、自暴自棄になったり、できれば悪い方向に動いてないと思い込みたいのが、人というもの。誰もが思考停止にならなければ、「冤罪」ってないのかもしれません。「思考停止」が冤罪を生み出す要因なのかも。そして、事件をさらに複雑化するということも。どうしたら、渦中の中にいても前に向いていられるのか……。こうして、読めば読むほど宿題を与えられるわけです……はぁ~。にほんブログ村(↑ ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年07月01日
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