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午前中、行ってきました!バチスタシリーズ最終章『ケルベロスの肖像』。ここ何回か、観たい映画は初日に行っていたのですが、今回は3日目というのが、ちょっと残念のような(苦笑)。オープニングから意外性の連続で、原作とはほぼ違います。なので、私としてはかえって新鮮に楽しんで観ることができました。そして、田口&白鳥シリーズの美味しいところをちょっとずつ盛り込んでありながら、オリジナルというのはかなり脚本家の手腕の見せどころになったと思います。唯一それは失敗でしょうというのが、設定が2月末日なのに、背景に銀杏の木写り込んでいたところ。黄色い葉が半分以上残っていて、はらはらと落ちているんだもん。パンフレットを後で読んだところ、丁度銀杏の時期に撮影していることがわかりました(爆)。だからと言って……。ミステリー部分も楽しませてもらいましたが、医療関連の現状を原作者の海堂さんが各作品で、そして新書、ブログで述べられていることを登場人物に思いっきり語らせていたところが、やはりこのシリーズ通しての醍醐味でもあると思います。一般人であると、医療行政がどうなっているのか、診察室の舞台裏がどうなっているのか、医療従事者の想いがどうなのかというのは正直分かりません。全てではありませんが、このような作品を通して少しでも自分なりの意見が持てるようになるというのは、必要なことなのかなぁ~。映画化はこれまで、竹内結子さんと阿部ちゃんだったのが、今回はドラマシリーズそのまんまとなり、私としては阿部ちゃんの白鳥さんが観られなかったのが残念ではありますが、何せ阿部ちゃん、「テルマエ・ロマエ」がありますから、春の映画館に阿部ちゃん2作は濃いかもしれません。でも、やはりぐっちーは伊藤淳史さんという感じしますし、この間のドラマから話が続いていますので、違和感を抱くことはまったくありません。ジェネラルの出演シーンも必要以上に多いですし(笑)、ファンとしては見逃せないところでしょう。もう一つ残念なことと言えば、東城大病院の院長が出張中という設定のため、林隆三さんが出演していないこと。あのとぼけたしぶさが素敵だったのに~。ってなわけで、まだまだこれから観る人が多いと思われるので、ほぼ内容に触れることはできませんでしたが、私はとっても満足でした~。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月31日
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全国47都道府県の書店のスタッフさん365人が選んだオススメNO.1(現在手に入るもので)の本を掲載したブックガイド『THE BOOKS』。365人がおそらくバッティングしないように選んでいるはずなので、365冊の本がずら~~っというわけで、心満たされます。ですが、注目はここではありません。こそっとそのページにはスタッフさんが選んだ「次の1冊」というのがあるのですが、これが逆に結構バッティングしていて面白いです。目を引いたのは絵本『アンジュール』。私の中ではかなりこの本の選択というのは意外性がありました。そしてもう一つ目が話せないのは、そのスタッフさんがどこの書店さんかというところ。大型店の支店から個人経営、または支店でも空港内だったり、大学内だったりと、幅広くなっています。大型店も地元密着型から全国展開系まで。自分が想像していなかった地方によく目にする書店があったりするとこんなところまで進出か!!!!!と感動すら覚えます。まぁそんな意外性を発見しながら読み進めていたのですが、ふと気がつくとこの365冊、半分とまで言いませんが、私がこれと一緒に図書館で借りたほかのブックガイドにも結構掲載されていたりして、本当にスタッフさんが心底オススメしたい本なのかとちょっくら疑ったりもしました。何せ、オススメ本の中には、自分の書いたPOPでその本が日本でいちばんの売り上げとなったと書いている人が幾人か。となると、もしかしたら純粋に感動したのではなく、何かの仕掛けにひっかかり、感動したと思い込まされているのかもしれません。(1)感動が先(2)先入観が先さて、どっちなのでしょうか。卵が先なのか、にわとりが先なのか……。まさか、このブックガイドからこのような哲学的なことを考えねばならないとは予想だにしませんでした。この本って罪深い!にほんブログ村(↑ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年03月30日
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本日今年度最後のお仕事でした。来週には会議が一つ入っているものの、自宅での持ち込み仕事から4~5日は解放されるので、ちょっとほっこり。なので、久しぶりに祝杯をあげている、なう(笑)。で、最後の授業は塾長から命じられた学力テスト。この学力テストは私のオリジナルのものではなく、業者テストです。今回は2学年担当したのですが、この両方に私がすでに読んだ作品が出典となっておりました。それが、元京都大学霊長研究所所長日高敏隆氏(すでに鬼籍)の『ネコはどうしてわがままか』(いきなり、ネコネタ?)と、小川洋子さんの『物語の役割 』です。で、この両者、なんと読解問題ではなくて、文法問題なんですよ。両者とも引用が600字以上もありながらですよ。一文のみの引用じゃないんです。もちろん、小問となるとその中から一文をひっぱりだしての問題になるのですが、まずテキスト文として600字越え。それだけで読み応えあります。問題をここに書くことはできませんが、この小問の数はとても少ないです、正直。となると、読解問題のように、あせって何を書いてあるか解釈して問題に即した解答をして……という必要性は実はないんです。全体像を瞬時に読み取る必要性がないということです。逆にとっても贅沢な問題です。時間が余ったら、この著書の引用部分を模試とは切り離してをじっくり堪能できるのですから。私の時代にはこのような出題の仕方というのはなかったなぁ~。羨ましいです。私が今中学生だったら、模試放棄してでも、これらのテキスト文を楽しんで読んだだろうな~(で、きっとタイムオーバーで吾に返る……)。両者ともエッセイですので、ずずずいっっと読むことが可能です。是非どのような文法問題が出たのか想像しながら読んでいただけると童心に返ることができるかもしれません(爆)。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月29日
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私の図書勤務の仕事の一つに「郷土資料」収集というのがあります。とは言え、臨時職員ですし年間の勤務時間が限られていますので、新聞のスクラップまでには手に及びません。そこで行っているのは、予算で本を購入する時に郷土(私の場合京都ですが)に関わる本をもぐりこませるというもの。さすがにこれは目録などを見ても分かりませんので、本屋さん巡りや雑誌の書評記事などをチェックして、実際に目にして情報を得ています。そして、昨年から話題になっていたのが『よどがわ』。これはシリーズになっていて他にも↓があります。淀川は大阪をメインに流れる川ですが、大阪と京都の境であれやこれやの川と合流して「淀川」になります。なので、内容には京都の部分もばっちり含まれているため、郷土資料としては十分条件を満たしているのです。淀川はあちこちの川と合流と先ほど書きましたが、本作品では琵琶湖の北、高時川を源流として、スタートしています。そこから全て鳥瞰図で描かれています。高時川から琵琶湖全景、そして瀬田川源流へとページは進んでいきます。ただ鳥瞰図だけを描いているのでなく、そこにそびえる山々や道路の名称、またそこに住まう鳥までこまかく表示されています。また名勝には説明文も記載。絵本として十分に楽しめるのですが、地理の副教材としても十分通用します。宇治川から京都の部分に入っていきます。そして何より、現代の淀川(宇治川)の姿を描いているはじですのに、ここ京都では江戸時代の宇治川の様子が描かれているのがポイントでしょう。ここには、今は存在しない巨椋池や伏見港がで~~んと構えています。京都に初めて来た時、海がないのになぜ「伏見港?」と思ったものですが、京都の地理・歴史を見聞きするようになり、納得したものです。何せ瀬戸内育ちの私としては「港」=「海」とそれまで信じきっていましたから。京都の港を支えた巨椋池が今埋め立てられているのがとても残念。このページから八幡市を経由して、淀川の名前に変わり、作品はゴールをめざします。淀川に名前が変わるまでに作品の全3/5ページ位を占めています。何せ、高時川を源流にすると、淀川にたどりつくまでに、全行程の2/3すでにかかっていますから、タイトルが「よどがわ」になっていても、どうしても他の川の割合が多く占めてしまうのはいたしかたありません。淀川では天王山の戦いも描かれています。ここももちろん鳥瞰図。ともかく、この鳥瞰図が素晴らしい。このようないわゆる教科書的資料ですと航空写真になってしまいます。それだと、余計な景色も写りこみ、かえって見づらくなってしまうのですが、絵は不必要なところはそぎ落とし、シンプルでかつ分かりやすいものとなっています。是非是非、これを手にして川の旅をしてみてください。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月28日
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完全に猫に侵され、早●年●ヶ月。ここまで、脳みそが猫に侵食されるとは思いませんでした。本屋さんに入っても、図書館に行ってもいちばんに目にするのは猫本だったりします。 で、違う日に違う図書館に行ってまずうっかり手にしたのが、『猫を愛する人のための猫絵本ガイド』と『猫の本棚』。偶然ですね。前者はまるまる猫に関わる絵本ばかりを集めたもの。後者はその小説や随筆を集めたもの。いつか1ヶ月全て猫本だけを記事として取り扱おうとたくらんでいましたが、これらを読んだらもう自分がチャレンジしなくてもいいかもなんて、思ったりしました。======♪『猫を愛する人のための猫絵本ガイド』オールカラーです。絵本の美しさがそのまんま表わされています。みているだけで心がうっとりしてきます。うっとりしながら発見したのですが、猫が対象となる絵本は日本のものよりも外国のものの方が多いということ(少なからずこの本では)。そして、描かれる猫ですが、海外のものの方が写実的か芸術的。基本美しく描かれています。それに対して日本のものはデフォルメされていたり、イラストに近い状態。ユニークさを強調しているように見受けれます。ちなみに私が物心ついて最初に手にして未だに記憶にあり、かつ、手元にある猫本は↓もう40年近くの付き合いになりますね~。======♪『猫の本棚』絵本はともかく、世の中にこんなに猫にうつつをぬかす人が多いのかとこれを読んで知った次第。小説はともかくエッセイも数多く、己の猫の出来合い振り全開のものが多いこと。いや、作者が猫について語っているわけではなく、猫についての本を紹介しているだけなんですけど、その切り取り方がすばらしいのか、猫に偏っているのか分かりませんが、取り上げられている本の中の著者はもう唖然とするものばかり。例えば笙野頼子の『愛別外猫日記』の中の笙野氏は最後まで猫を好きになることがなかったことが綴られており、そこが猫本の中でも別格であるということを木村氏は伝えているが、木村氏が紹介する内容を読むと、どうも私はそのようには思えません。ちょっとぶっきらぼうに斜に構えることで、猫への「愛情」を笙野氏は語っているように思えてくるのです。「愛情」というより「アイジョウ」とカタカナで書くほうが雰囲気は伝わるかもしれません。そうそう、内田百けん(※「けん」を漢字で書いたら機種依存で仕様不可でした。あしからず)の「ノラや」。未読なのですが、このタイトルはよく知っていました。で、私はてっきりこれを「ノラ屋」と解釈していました。内田氏がノラ猫を集めて家で育てている内容だと思っていたのです。そうしたら、居なくなった愛猫を「ノラや~」と声をかけながら、探し回る様子がタイトルになっていたのですね。あぁ勘違い!!!!=======ともあれ、この両者を共に目の前に並べて読むのが、面白いでしょう。ますます、猫の深みにずぶずぶとはまっていく、その感触がドロパックのようでじっくり肌に染みとおっていきます。 にほんブログ村(↑ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年03月27日
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ずっと娘がお友だちから借りてきて読んでいた『銀の匙』(中勘助の『銀の匙 [ 中勘助 ]』ではないよぉ)。そろそろ全巻購入するべ?と意気投合。なもので、遅蒔きながら今月に入り一気に現11巻購入。ようやく読み上げました。 (←こっちは中勘助)以前まで読んでいたところまでは、なぜタイトルが「銀の匙」なのかよく分かっていなかったのですが(「銀の匙」がヨーロッパでは誕生の贈り物として必需品ということは意味と共に知っていました)、まさにヨーロッパのあの言い伝えと「農業」を直結させていたということを今回既刊全て読んで納得しました。タイトルにここまで愛おしさを感じる作品ってないんじゃないのかなぁ。前作の「ハガレン」からすると、すごくタイトルがシンプルでいながら、奥深さを感じます。ただ、これが最初に出版された時、元灘高校の橋本武さんが中勘助の『銀の匙』を使った授業が話題になっていた頃と重なったので、それだけがちょっと残念。でも、中勘助の『銀の匙』も今回取り上げられている荒川弘の『銀の匙』も共に根底が一緒ということは、同時期にこのタイトルが日本中を駆け巡った意味がそこにあるような気もします。シンプルでありながら、奥深さを感じるこのタイトルは、内容がついていかなければ、ただの名前負けになってしまう代物。どちらの作品も「銀の匙」に名前負けしていない作品であることがまず、すごい!!!!さて、本編に触れますと、私は八軒のお兄ちゃんが好み。主人公の八軒勇吾と兄ちゃんの慎吾には恐るべし父親がいるのですが、2人ともこの親から逃げているんですね。もちろん、己の身を守るためになのですが。そのお兄ちゃんの逃げ方が自分とダブるのです(苦笑)。まぁ、東大ではありませんが、私も就職の時にすったもんだしました。最初から、絶対に自分に向いていないの分かっていたから、「受けない」と言い切っていたのですが、自宅生だったこともあり、願書を出さなければ包丁で突き刺されるような勢いでした(遠い記憶~)。命はおしいので、この慎吾兄ちゃんと同様に、親の言うなりにとりあえず試験を受けて、合格を頂き、速攻蹴ったという次第。第1子の逃げ方でしょうか(大笑)。未だに逃避生活(爆)。なもので、この慎吾兄ちゃんの言動ってかなり理解できるというか、まぁ重なるんですね。こんなところで、自分の過去を掘りおこされるなんて思ってもみなかった(笑)。もちろん、勇吾の逃げ方も否定はしません。他人の後押しではありますが、親とは別の人の流れにのっかってみたのですから。それって大きな前進なんだろうなと感じました。現在11巻で、親とこの兄弟の縺れは現在進行形ですが、おそらく物語がすすむうちにこの風呂敷も作者は上手にたたんでいってくれるのなかなと期待しています。親子関係の話はこのくらいにして、主軸になる大蝦夷農業高校の日常。これまた、すごいです。いちばん自分の身近でありながら、いちばん遠い存在の「農業」を多角的に語ってくれています。(まるで、お隣の国ながら、全く分かっていない中国や韓国のような感覚)これは自分の想像を絶しました。倫理学、社会学、生物学、化学、家政学、経済学なんかは序の口で、話は起業、グローバル化へと展開していきます。楽しく読みながら、これだけ農業の現在、課題、問題提起を示している作品に私はこれまで出会うことがなかったな~。舞台が北海道の農業高校というのが、かなりこれだけ話を広げている要素でもあると感じています。これは同じ作者が描いている『百姓貴族』に書かれていますが、北海道でも帯広地域は自給率1000%。つまり、大蝦夷農業高校の生徒の多くの家庭が実際に農業をやっていて、いい面も、悪い面も実生活として農業を身に染みています。なので、一般科目がからっきし弱い生徒も、農業については、深いところで語ることができます。それが、作品の中でとても活かされていて不自然さがないのです。11巻でようやく八軒君は高校生活の1年目が終了。おそらく、高校卒業までこの作品は続くのかなと思っています。今後この作品の生徒たち、教職員、そして家族たちからどのようなことが語られるのか、とても期待するのであります。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)知っているようで
2014年03月26日
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同作者がかつて刊行された↓各都道府県の擬人化がツボで購入したのですが、この作者『県民ごはん作ってみました!』なんぞも出版していらっしゃいました。サブタイトル「自宅で日本グルメ紀行」となっております。まぁ、自宅でそのご当地のB級グルメを作ってその食べたときの感想をエッセイコミックとして描かれているものです。読んでみて、ちょっとがっかり。だって、全都道府県のものにチャレンジされているわけじゃないんですもん(ぷんぷん)。自分の関わりある都道府県が出てくるかとわくわくしていたので、そのギャップが大きすぎて★マイナス!ちなみに取り上げられている都道府県は、(1)富山県 キュウリのみそ汁(2)東京都 もんじゃ焼き(3)沖縄県 サーターアンダギー(4)秋田県 だまこ鍋(5)宮崎県 チキン南蛮(6)北海道 ちゃんちゃん焼き(7)愛媛県 タコめし(8)新潟県 イタリアン(9)愛知県 小倉トースト(10)千葉県 さんが焼き(11)岡山県 えびめし(12)京都府 たぬきうどん(13)群馬県 焼きまんじゅうの13品目。家で全て作っているので、全部は贅沢な注文なのかもしれませんが、それでも作って欲しかった~。ちなみにお取り寄せして食してみられたもの11品目についても描かれています。それでも、半分だ!(ダブっているのもあるし~)この中でそそられたのは秋田県の「だまこ鍋」でしょうか。きりたんぽは太い棒にお米をつぶしたものを巻き付けなければなりませんが、これは、つぶしたお米を丸めて鍋にほおり投げるだけ。めんどくさがり屋の私としては持って来いのもの。我が家では毎週末は年間通して夕食は「鍋」ですし~。まぁ、ともあれ、次作もこの続きを願い、全都道府県制覇を望むのでした。=====今朝の新聞は悲しいお知らせと嬉しいおしらせが混ざっておりました。悲しいお知らせは、こちら。我が家にも安西さんの作品は多くあります。その多くが輪郭をくっきりと表わして描かれたものですが、あくが少なく子ども達の心をわしづかみにするその画が好きでした。合掌。嬉しいお知らせこちら。先日上橋菜穂子さんの「守り人」シリーズを話題に出したばかりでこの快挙。まったく面識のないただのファンですが、私事のように嬉しいです。となると、次のアンデルセン賞は荻原規子さんの「勾玉」シリーズを思ってしまうのは私だけでしょうか。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月25日
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最初のページをめくったら、夏目漱石の『わが輩は猫である』の冒頭が1ページに記されています。そして、その次のページも同じ文言が。そして、その次のページも。しかし、一字一句変わらないその文言ですが、随分印象が変わってきます。タイトルにもなっている「書体」がその要因。というわけで、本書『本を読む人のための書体入門』は、「書体」によって読む印象が変わるということや様々な書体について論じているものです。近頃では、小説でもわざと書体を部分部分で変えているものがありますが、このはしりは、週間少年ジャンプの『ドラゴンボール』だったということがここに記されていました。怖い部分に使われる「淡古体」という書体があるのですが、それが用いられたそうです。しかし、今でこそその書体を見ると「怖い」という印象をうけるものですが、そもそもこれはそのように用いていたものではなく、印鑑や表札に使われていたとか。それが、ドラゴンボールで最初は「摩訶不思議」な文章に使われるうちに、徐々にホラー書体として変化していったとか。そして、これが多用に使われるようになるのと比例してジャンプの売り上げと「ドラゴンボール」の人気が上がったというデータがあるのですから、驚きです。もう、今では日本では多用な書体を使うのが当たり前の世界。そもそも、日本人は文字に対して視覚的認知をもっている稀有な民族。同じ文字を漢字とひらがなとカタカナで印象を異なって持っています。それを踏まえると、更に書体によっても異なる印象を持つのは当たり前と言えば当たり前なのですが、そこに踏み込んで語れることはなかったなぁ~と別の意味で驚き。どうしても、「漢字」「ひらがな」「カタカナ」で日本語を語ってしまうのですが、何てことはない「書体」でも十分に語られではありませんか。海外では「カリグラフ」が日本の書道に近いものだと聞いていますが、おそらく日本の「書体」の数の方がはるかに多いものだと感じています。そういえば、それに「書体名」があるかは別として、その人の手書きの文字に味わいがあり、それが本になることも日本ではよくあることですね、「相田みつを」さんの本などが、いい例ではないかと思われます。海外ではこのように味わいのある手書きの文字が本になることってあるのかなぁ?あるのだったら、是非見てみたいですね。日本の文字と海外の文字に味わい深さの差があるのかとか、どのような手書き文字が海外では好まれているのかとか、そんなことをちょっと知りたくもなりました。本書では書かれている文章にそれぞれ「書体名」が記されています。それだけを、目で確認するのも面白い作業です。様々な書体があるのが分かっていたはずなのに、このようにして文章化されると、「書体」ってなんだか特別なものなんだという思いを抱き、ますます「書体」が愛おしくなりました。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月24日
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半月ほど前のことだったと思うのですが、図書勤務先の上司が私が出勤したのをつかまえて「待ってたよ」と。そして取り出したのが作者が『守り人』シリーズの挿し画を担当している二木真希子さんではありませんか!彼女が絵本を出版しているって全く知らなくて、上司が教えてくれたのでした。この作品の最初の出版が約20年前で、その時に上司は絵に魅かれて購入。その時の作者の経歴に「ジブリ」という文字を目にして以来、「ジブリ」作品のエンドロールに注目。彼女の名前を見てはふむふむと安心していたとか。そんなことも露知らず。なもので、上司は私がそのことを知ると喜ぶだろうと、この作品をわざわざ持ってきてスタンバイしてくれていたそうで。ありがたい上司です。実際に中を拝見したのですが、確かにジブリを彷彿させる背景があちこちに見受けられました。とりわけ、空やお城の曲線帯びた淡い風景が、そのままジブリの映画と重ね合わせられました。これが、二木さんではなかったらそれまでの話で終了なのですが、私が知っている二木さんの作品は先にも述べたように「守り人」シリーズ。この主人公は30代女子、オンナ用心棒のバルサ。全く画の表情が違うんですね。こちらの方はジブリの欠片もありません。そのギャップにくらくらきました。カッコいい画もかきつつ、淡い優しい作品も織り出していくタッチにますますほれてしまいました。これは自分の手中に入れたい作品。これからちょっくら本屋さんに行ってきます。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月23日
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サブタイトル「加齢なる40代女子のコミック&エッセイ」とあります、40代女子の心内を描いた『だって40なんだも~ん!』をお風呂につかりながら読みました。当時これが刊行された時の作者の年齢と今の私の年齢が一緒だったので、わが身に完全に置き換えながら読むことができました。が、どうでしょう。ここに書かれているような衝撃と言うのはあまりなく、どちらかというと「へぇ~、そうなんだ~」という感じ。確かに体重が変わらないのに、お腹周りがぷっくりしてきたとか、白髪が発生してきたとか、物忘れが多いとか、老眼がはいってきたとか、などなど該当することは多いのですが、そこにいちいち衝撃を受けている暇はないといいましょうか。そのためにダイエットをしようとは思わず、目にいいサプリを飲むよりは、速攻で老眼鏡買いましたし~。年齢に対してかなり私は鈍いようです。若い方がいいなぁ、なんてはあんまり考えたことがないというのが実情。世間のみなさんは加齢に対して脅威を感じているのか、それとも作者だけなのかはまだ判断できないところではありますが。そういえば、本文から話は外れていきますが、先日大学の学習会(今はOBの立場として)に行ってきたところ、新人さんがいらっしゃっていました。お互いに自己紹介しつつ、井戸端会議をしておりましたところ、そのお方、私より外見はすごく若かったのですが、年齢は丁度10歳上。もうこのくらいの年齢になったら、外見で年齢を推測することは不可能だなと思ったわけです。で、自分のことはともかく、やはり若く見える方はそれなりに私自身素敵だなとは思うわけで、素直にそれをお伝えしたわけですが、彼女は50歳になってすごくあせりを感じているという話。そして、この年齢になったことがとても嫌だと言う。というか、1年ずつ年を重ねることが脅威のような口ぶり。「そんなことないですか?」とまで私に求められたのですが、それはきっぱり「ない」。おそらく、体調不良も、ふけてみえたり、時には年齢不詳と言われるのも今に始まったことではないしということがいちばん大きいのだと思います。そこには年齢のせいに出来ない要因が私にはあるので、年齢的にあせりがないといいましょうか。しかも、自分自身120歳まで生きる予定になっておりますので、まだまだ人生の折り返しにもいかない。と同時に、あまりにも日常生活が自分のキャパを超えているので、年齢のことを、もしくは年齢のせいである諸々のことを年齢と結びつける暇もなし。人それぞれでしょうが、少なからず私の場合、忙しいということでこのような話題に対しては思考停止になっているといったところなんだなと認識した次第です。でも、少しは年齢を意識したふるまいはした方がいいのかも~。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月22日
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木下明美氏HP内「KIMURAの読書ノート」を更新していただきました。(京都で、着物暮らしpart2 → 3月21日の記事)今回は『家族喰い』。世間を震撼させた尼崎連続変死事件のルポタージュです。夫が図書館で借りてきたのですが、なんとウイークデー、つまり5日間で、家族3人一気に回し読みという、家庭内ブールを巻き起こした本です。と言うよりも、この事件が明らかになり、連日報道される中、複雑化される人間模様に、「もう、誰か相関図書いてくれないか~」というのが合言葉にすらなった事件だったので、珍しく3人ともが食いつき状態だったわけです。今でこそ、貧困や児童虐待が明るみになっていますが、この事件の首謀者はある意味これらの被害者でもあります。幼い頃の体験がここまで人を変えてしまうのかという、いちばんの例かもしれません。首謀者が子どもの頃の日本における貧困データというのがあるのか、分かりませんが、今や6人に1人の子ども達が貧困状態にあります。実際私も教育の現場にいますので、それがしみじみと伝わってきて、いたたまれない思いを突きつけられます。もちろん、それに対して手をこまねいているわけではなく、私の仕事なんぞは、その一端部分です(焼け石に水ですが)。丁度、このような記事が神奈川新聞に掲載されていますので、こちらもご覧頂ければ幸いです。にほんブログ村(↑ ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月21日
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昨日で今年度の図書の仕事はお終い。この3月はそのため棚卸の作業をメインでやっていました。その中でひょっこり見つけたのが、この『ひとのいいネコ』です。なんといっても田島さんの画が素敵です。ブラックジャックばりのネコの顔。首と手足・しっぽがヒョロ~と長く、水玉模様。パーツだけを見ていたらどうやってもネコのその部分に見えないのですが、全体で見るとあぁ、ネコだと分かるわけです。このネコがタイトルにもなっているように「ひとのいい」ネコで、ともかく頼まれるとすぐに「うん」と言ってしまうわけです。決して無理に「うん」と言っているわけではなさそうなのですが。このネコが蚤に頼まれて、自分の体で血を吸わせてあげます。そうすると蚤は子どもを10匹生むわけです。1ヶ月後には最初の1匹と10匹が再び血を吸わせてもらえるようにネコに頼みに来ます。またネコは「うん」と言い、そうなると1ヵ月後には1111匹の蚤がネコのところにやってくるわけです。ここからがすごくあっけない話の展開。ネコは逃げてお終い。こんなにあっさりしていいのかというほどです。でも、なんだか余韻が残っているのと、そして奥付に描かれているネコがいい味を出しています。作者はネコ専門の病院を開いている獣医師だそうです。ネコにくっついている蚤を見て、この話を思いついてしまったとか。どのようないきさつで田島さんが画を描くことになったのかは分かりませんが、あっけない話の展開には、間違いなくこの画が最高と言わしめる1冊です。 にほんブログ村
2014年03月20日
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アニメも観て、映画も観ていながら、原作を読んでいなかった『テルマエ・ロマエ』全6巻読了いたしました。これを読まずしてヤマザキマリさんを語っていた私ってかなりのいかさまのような……(爆)。実際に原作を手にして、画の緻密さに驚愕しました。そして、写真でみるローマ帝国の再現図や彫刻と印象が同じ。画力を感じました。おそらくローマ帝国ってこんな風に角々しているんだろうな~とうっとりもしたり。で、ローマ帝国の風呂。今更ながら私が語るまでもなく、全編風呂・ふろ・フロ。ここまで、日本の温泉風土と似ていたのかと知った次第であります(シャンプーハットが史実なのかはわかりませんが)。ただ、浸かると言うのではなく、そこが社交場であり、湯治場であり、日常であったということがあのローマ帝国の風呂文化にはあったんですね。なぜ、今廃れてしまったのだ、ローマ??????そして、なぜ日本は存続しているのだ??????と言うことをかえって疑問に持つようになりました。そこに日本とヨーロッパの思想的なことが絡んでくるのでしょうか。少なからず、ローマ帝国の風呂の方がお金と手間隙がかかっているので、「メンドクサイ」と投げ出してしまうことも容易ではあるようですが。面白かったのは、各章の間に、作者のローマ豆知識があったこと。そこでは世界史では学ばない、少なからず世界史に疎い私には、必要で興味深いものでした。ローマ帝国の一部始終が分かるようになっています。どれだけ、作者がローマ帝国を愛しているかが手に取るようです。「テルマエ」がブレイクした時、20巻くらい続くものになるのかなぁと読んでもなかったのですが、感じていました。それが、わずか6巻で終了。これが、丁度いい感じですし、エンディングに向けて後半は上手く流れているのも、かえって人気が未だに継続されている秘密でしょうか。と同時に、日本の風呂文化をローマ帝国と対比させることで、偉大なる文化であることを改めて知ることになりました。これを読むとまず風呂に行きたくなります。風呂で読むのが最適かもしれません。にほんブログ村(↑ポチッと押していただけれると嬉しいです)
2014年03月18日
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本日、公立高校中期合格発表。先ほど、勤務先の塾長から中期受験者全員合格の知らせを受けました。これで、肩の荷がようやく下りました。すでに3月に入ってからは新中3の授業をやりつつ、中期受験者のための補習もしたりでもう脳内はぐちゃぐちゃでした。何より嬉しかったのは、ようやく報告できるのですが、この中期受験者5名中、3名が国語のテスト満点を取ってきたんですよね。あくまでも自己採点ですが、マークシート方式なのでほぼ間違いないでしょう。塾長からは「国語今年は簡単だったんでしょ?」と突っ込まれましたが、簡単であろうとなかろうと、満点を取るのはなかなか難しいことですし、やはり満点を出すことが出来たという本人たちの自信につながりますので、国語を教えてきた私としては大きな喜びです。私は「やれ~!!!!」としか言っておらず、生徒達の努力のみでこの点数を勝ち取ったのですけどね。まぁ、それはさておき、今回中3生を受け持ったことにより、1年間公立高校入試についてはあれこれ考えさせられました。(1)長い。入試から発表まで10日間タイムラグがあるのはどうしてなんでしょう。渦中には渦中の言い分があるとは思うのですが、子どものことを考えるとその精神的な負担と言うのは10日間は長すぎます。(2)特色私学に対抗すべく様々な公立学校は特色を打ち出しています。しかし、私が勤務するところでは、半数が私学専願で入試を終えています。中には希望の学校には合格しましたが、その中のコースには至らず、いわゆる「回し合格」の生徒もいましたが、それでも公立には行かないという選択。その理由は推測できるのですが、そこには公立学校の「特色」というのとは別の問題が見えてきます。「特色」」を考えるより、まず「公立」のよさというのを積極的にアピールすると共に、やはりタイムラグなどの精神的負担を軽減させるだけで、もっと志望者は増えると思うんですけどね~。(3)疑問今回の中期入試では定員割れのところがありました。定員割れの場合、後期入試を行うようになっているのですが、本日現在ではまだ定かではありませんが、後期入試は行われない確率が高いようです。というのは、願書に第1志望から第3志望まで書かせ、第1志望校におちても、定員割れのあった学校の名前が第2志望校以降にあった場合、そこで埋めるようです。結果、定員割れはなかったというからくり。私学の場合現在コース別が多くて、希望のコースに入れなくても「回し合格」があるので、公立も学校間での回し合格があってもいいという考えも可能。ただ、これが大学となるとそんなことなくて、1校勝負。まぁ、国公立大学の定員割れというのは聞かないので、高校のようにはいかないというのは理論上は分かるのですが、なんだか腑に落ちないといいましょうか……。子ども達を救うためなのか、公立と言う体裁をとるためなのか、この1件だけでなく、様々な矛盾を私の中に大きく膨れ上がりました。=====まぁ、とりあえず今年度は無事終了。今週末は生徒たちと祝賀会です。そして、新しい中3生には、今回の経験を活かして、更によりよい授業を展開していきたいなぁ~。今年度受験生のみなさんお疲れ様でした。結果はともあれ、いい受験をみんなができたことを祈っています。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月17日
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やなせたかしさんが亡くなる数ヶ月前に自身の戦争体験について語ったものをまとめたのが『ぼくは戦争は大きらい』。この取材はやなせさんが亡くなるのを見越してとかそのようなことではなく、取材者側もまさか亡くなってしまうとはと驚愕しているようでした。おそらく、やなせさん自身も数ヵ月後に死が訪れるとは思っていなかったと思います。それでも、「はじめに」を読むと、このように書かれています。今頃になって、なぜ戦争中運おことを話す気になったのか、というと、ひとつにはぼく自身が90歳を超えて、同世代にはもう戦争体験を語れる人がほとんどいなくなったことがあります。戦争を語る人がいなくなることで、日本が戦争をしたという記憶が、だんだん忘れ去られようとしています。人間は、過去を忘れてしまうと同じ失敗を繰り返す生き物です。ぼくは、もうお墓も戒名も決めて、いつ死んでもいい状態だからいいのですが、もし日本が戦争になったら若い人たちがかわいそうです。(p3)やなせさん、おそらく天国で「間に合った」と思っていらっしゃるかもしれません。やなせさんの気持ちを汲んで背筋を伸ばして読んだのでした。本書でのやなせさんの戦争体験はかなりゆるいものです。「ゆるい」というのは御幣があるかもしれませんが、戦地に赴きながら、戦闘にあまり巻き込まれていません。もちろん、文中からは想像できない苦労もあったのでしょうが、他の戦争体験記から比べると手に汗を握ることがないのです。ご自身も、そのように語ってらっしゃいます。もちろん、「ラッキー」だったというひと言に尽きるのですが、これもまた戦地に赴いたとある人の体験であることは間違いなく、だからこそ、実は……というような場面も多いです。印象的だったのは、福建省でやなせさんが作成した紙芝居にそこの農民の人たち(もちろん、中国人)が群がって楽しんだという話。この地域では、日本と中国が戦争しているという事実を知らなかったようです。戦争はというよりは、中国は広いなぁということに感想を持ってしまいました。ここでは、弟さんのことにも触れられています。弟さんは海軍に、そして「回天」志願。フィリピン沖で亡くなられています。本書は薄くて字も大きいので、やなせさんが子どもに向けて書かれた児童書のように見えます。しかし、明らかに一般書です。子ども達に向けたものではありません。特殊読み方以外には一切ふりがながうたれていないところからそれが分かります。今の子ども達を戦争に巻き込ませてはいけない。大人がその責任を負わなければならない。その決意が感じられます。是非、やなせさんが語ったことを受け取って欲しいと思います。にほんブログ村(↑ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年03月16日
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まさか我が家に息子がやってくると言うことをつい最近まで誰が想像したことでしょうか。それどころか、家族全員が犬派で、ペットショップに行っても「犬」しか見ることがなく、ちらっと「猫」が目に入ってもその仕草なんぞ、皆無でした。が、あっさり改宗。それどころか、今ではペットショップに行っても猫の動きに一喜一憂。いや、気がついたら、もう一匹、もう一匹略奪しそうな勢いでございます。改宗してしまった理由の一つというのは、犬と違って、家の中を人間以上に自由自在に動き回るところなのかもしれません。跳躍力が半端ではありませんから、人間が目線を下ろさなくても、常に一緒。主従関係が成り立ちそうで成り立たないのがその要因なのかも知れません。逆にこの跳躍力がアダになることも我が家ではあり、食べ物の争奪戦になっております。息子がやって来て以来、落ち着いて食事を取ったことがないのがたまに傷。色々この件関しては相談したのですが、総合すると、うちの息子は人並み以上に「食」に関心がありすぎるというところなんでしょうね。息子に合わせるというか、人間が諦めることになりました。まぁ、それ以外はいたっていい子で、我が家の癒し系。そんな訳で、表に出ないだけで、どれだけ「猫本」を読んだことか。最初はもちろん、「飼い方」ガイドから始まったわけですが、続いて岩合さんの写真集。誰がまん丸とふとった小憎らしい顔をした猫を「愛らしい」「いとおしい」と思ってしまうと想像したことか。もう岩合猫本にぞっこんです。その一つが『ねこ歩き』。ごろんと道端に寝転んでいる猫ににやにやし、のび~~~~っとしている猫に同調し、女子争奪戦をしている男子猫に手に汗握り、べしゃ濡れになっている猫に苦笑するという状況です。岩合さんの写真集から教えられることも多いです。確かに写真集は生活の一部の切り取りでしかありませんが、その一瞬の表情で何を猫が訴えているのかがとても明確にわかります。そして、我が家の息子と重ね合わせると案外同じような仕草をしていて、あぁそうかということになるわけです。それと同時にイエ猫ですので、娑婆でゆうゆうとしている姿をここから見ているとちょっと息子が可愛そうにもなります。窓のふちで常に外の様子を見ては、娑婆に出たそうな息子。時々、隙を見てはベランダへ猛ダッシュするのですが、奴のやんちゃぶりからすると、あっという間にお隣の屋根に移動しかねない。しかも、好奇心旺盛なのに、小心者でちょっとした音にパニックを起こすという気質ですから、もうね、万が一の時は近隣の方々にご迷惑をおかけしそうな予感。まぁ室内でも悠々自適に息子は過ごしていますが。でも、息子の気持ちはなんとなく分かってきましたので、もう少し暖かくなると犬のごとく、ハーネスをつけて息子が望むままにお散歩に出かけてみようかなと思った次第です。そんな息子の種はシンガプーラと言います。つい最近までは世界最小の猫と言われていたのですが、今は「トイ・キャット」という種が最小になったみたい。でも、息子は自然発生種なので、一応人の手で改造されていないというのが、私の勝手な気持ち的にはホッとするところ。では、つい最近の息子の姿をどぞ!↓にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月15日
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今年度最後のブックトーク。新しい一歩を踏み出す子ども達に向けて何か~というのが依頼でした。ということで、(1)本を楽しむためのトリビア(2)思い出にひたるの2本をテーマにして行ってきました。まずは、現在出版される絵本の50%が大人を対象としているものということを話し、だからこそ絵本を大きくなるにつれてますます読むように!と釘をさしてから、昨日同様に『グランパ・グリーンの庭』を読みました。この作品は本当に様々な角度から語れることのできるとても素敵な絵本です。それから思い出にひたってもらうために選んだのが次ぎのラインナップ。あまりにもたくさんあるので、列挙のみ。(実際は『てぶくろをかいに』と『ごんぎつね』は7冊ずつ紹介。今回紙面の都合で一部省いています)で、トドメを刺すように最後に読んだのが『ほんとに本はやくにたつ』。このオチは本当に素敵。さて、今回注目は『大造じいさんと雁』。とある文科省が出版している本にはこの冒頭が抜けているんですよね~、私の時代から。知っている人は知っていますが、この作品には場所がきちんと設定されており、どのような状況でこの話が持ち上がったのかというところがしっかり描かれています。これを知っているのとそうでないのとでは、また読むイメージが異なってきます。「文科省の本から離れて原作を読むべし」ということもこれを例にして伝えました。違いがわかると文科省の本も逆に読む視点が変わって楽しく読めると思うのです。にほんブログ村(↑ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年03月13日
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本日ブックトークデーでした。お題は「お好きなもの」(爆)。私が好きなものを紹介して欲しいということだったのですが、それではねぇ~。と言うことで、好きな「テーマ」を決めたらいいかと判断しました。そこで、今回のお題は「外国作品」。昨夏も行ったのですが、対象の子ども達がもう少し小さい子だったので、絵本や読み物の初級向けというところで選書しました。とりあえず、究極の絵本というところで『グランパ・グリーンの庭』。子ども達には「グランパ」が「おじいちゃん」だということと、とにかく絵を見て!とまず声がけ。そこから読み聞かせ。もう、この絵本すごいんですよ。剪定された植え込みがおじいちゃんの歴史を物語るようになっていて、子ども達もなんともいえないタメイキ。読み終わった後、盛大なる拍手を頂いてしまいました。最後には見開きの扉があって、そこで広くおじいちゃんの歴史を感じられるような仕掛けとなっています。ブックトークで扱った本は、最後に子ども達に「図書館」って建物だけじゃなくて、世界には色々な形の図書館があるよと声がけをして『図書館ラクダがやってくる』を紹介しました。それと関連付けて『こないかな、ロバのとしょかん 』を読みました。そこには次年度もたくさん図書館を活用してねという私の勝手な思いも詰まっています。最後に子ども達が私に手紙をくれました。ちょっと感激!にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月12日
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温泉において「源泉かけ流し」という言葉は当たり前のようになりました。が、この温泉大国においては「かけ流し」では飽き足らなくなり、ついに「自噴泉」なる言葉まで登場。それを集めたガイドブックが『奇跡の湯ぶくぶく自噴泉めぐり』。「自噴泉」とは何ぞやということになりますが、「かけ流し」だと、温泉がわいているところから、湯船に温泉をひいてくることになるのですが、こちらは湯船の真下から温泉がぶくぶくと出てくるものということになります。温泉がわいているところに湯船をそのまんま作っちゃったのか、湯船っぽいのがあったのか、湯船が先に出来ていて、うっかりその下から温泉が沸いて出たのかは分かりません(こうなるともはや神がかり)が、まぁそういうわけです。私も東北時代にどっぷりと温泉三昧をしておりました、この言葉がありませんでしたが、「自噴泉」も結構入りました。確かに「ぷくぷく」です。気泡が上に上がってくるんですね。まぁこれは必然的に「かけ流し」にもなっています。でも、なんだかこのぷくぷくにすでに入っているので知った気になっておりましたが、本書の最初には「開湯1800年世界遺産:つぼ湯」なるものが紹介されており、のけぞりました。温泉が世界遺産になっている~!!!!知りませんでした。ここは和歌山県の湯の峰温泉。本書によると、熊野本宮大社を目指し、縦横に複数の参詣路が伸びている。聖地と呼ばれる”奥熊野”のうち場和に、湯の峰温泉はある。熊野詣の湯垢離場だった「つぼ湯」は、2004年に温泉初の世界遺産に登録。その小さな湯壷は、自噴する奇跡の湯だった。(p4)聖地に温泉。もっと話は続きます。『先代旧事本紀 巻十国造本紀』(9世紀初頭~10世紀初頭編纂)には、第13代成務天皇の御代(推定西暦23年)に、ニギハヤヒノミコト(※本書では漢字表記)の五世孫のオオアトノスクネ(※本書では漢字表記)を国造に定めたという記録がある。このオオアトノスクネ(※同上)が湯の峰温泉発見の祖と伝えられている(p6)つぼ湯は実際には入ることは不可となっておりますが、それでもこのガイドブックには入湯できる周辺のぶくぶく湯を紹介しています。そういえば、ぶくぶく湯ではないですが、恐山にも参道に小屋があり、それは温泉でした。お参り前に身を清めるというのは、しごく当然のことなんですね。温泉が先か、神さまが先か。このガイドブックには63の温泉地が掲載されています。しかし、私が入ったことのあるぶくぶく湯は掲載されておりませんでした。と言うことは、この日本のこんなものではないということです、自噴泉。viva温泉天国ですが、本日は3月11日。その恩恵の裏には地震大国であることも忘れてはいけません。今日は職場でシェイクアウト訓練がありました。にほんブログ村(↑ポチッと押していただけたら嬉しいです)
2014年03月11日
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映画公開もあり『銀の匙』の人気に拍車がかかっておりますが、本日は同じ作者の『百姓貴族』。これ、刊行された時から読みたくてうずうずとしておったのですが、購入すべきかどうか悩んでいたところ、娘がお友達から借りてくれました(爆)。まぁ、おそらく悩んだ末、後日購入と言う運びにはなるのでしょうが(『銀の匙』が結局そうだった)。ご存じの方も多いでしょうが、作者は北海道の農家出身。北海道に開拓で入植した4代目。北海道で酪農を営む人たちがどのような生活をしているか、面白半分に書いてくれています。決して北海道の自然が素敵だ~とか、そんなことを心に抱かせることは決してありません。どちらかというと、「過酷」。それでも、牛、馬に対するアイジョウというのが、ひしひしと伝わってきます。家畜が生活の一部というか、空気のような存在というか、肉として手渡さなければいけないときも、病気で殺さなくてはいけないときも、そして家畜たちの出産などなど、人間と動物の一体化を感じざるを得ません。おもわず、娘に「帯蓄(帯広畜産大学)に行け!」とプッシュしてしまいました。何せ、この地域だけだと自給率1000%らしいですから、本書によると。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月10日
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精神科医の香山リカさんの随筆『できることを少しずつ』読了。彼女の発言は書いたものに関して色々とありますが、私は割合彼女の意見というのは心情的に一致しています。実際に彼女の講演も聴講したこともありますが、内田センセーの意見に通じるものがあるのが、その理由の一つだと思います。好むものを気がつかないうちにひきつけているのでしょうね。「偏り」とも言えますが、まぁ本を読むことは私にとって趣味でもありますので、その辺りはご勘弁を。で、今回はその内田センセーと似ているところについて書くのではなく、本書で初めて知ったことが書かれてあり、それをメモしておきます。その随筆のタイトルは「過ちを認めることから始まる」。2011年の夏に精神医学界において大きな出来事があったとして、それがドイツの精神医学者たちが第2次世界大戦中の行いに対して謝罪したというものでした。この時期ヒトラーの命令によりユダヤ人が虐殺されたことについては、世界的にもみんなが知っている事実ですが、この時迫害されたのはユダヤ人だけでなく、ドイツ人の精神障害者、知的障害者についても虐殺していたというのです。その数20万人、27万人。この時のナチの考えは「髪はブロンド、色白で健康的な身体を持ったゲルマン民族のみが美しい」というもので、純血種を残すことがこの時の思想。そして、精神医学者は純潔でない(とナチが思っている)精神障害者や知的障害者をガス室に送り込むための選別をさせられていたという話らしいです。それを70年の沈黙を破って2010年ドイツで追悼集会を行ったものが、翌年の精神医学界学会誌に掲載されたというのです。私だけしかもしかしたらこのことを知らなかったのかもしれませんが、ふとこのことでつながったのが、浦沢直樹の『MONSTER』。何度もここでは取り上げていますが、まだ見えていない視点があったのかと驚愕しました。このことから香山氏は更にふみこんで、日本の731部隊のことについて論じていました。この時のドイツの精神医学者は70年たった今謝罪をしたが、実は戦後ニューベルク裁判でその責任を問われているのに、同じようなことを日本人もやっていながら、関係者は東京裁判にものぼることがなく、裁きから逃れていると。この後の展開は医学と倫理の話になっていき、やはり過去を振り返ることからしか、医学倫理もスタートしないのではと締めくくっています。彼女の論じていることがどうかというのではなく、私としてはこのような史実があったんだということに愕然とし、まだまだ知らないことが多すぎるということ、もうそれだけで、本書に感謝した次第。以前に、アメリカの世界史においてアジアの歴史が湾曲して伝えられているということを書きましたが、アメリカだけじゃなくて、どこの国も自国のこともそうだし、他国のことについてもきちんとしたものを伝えていないというのが一般的なんだなと言うことも感じ入りました。何を信じて、何を破棄していくのか、その情報収集能力を問われている感じもし、未熟な自分を思い知らされるのでした。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月09日
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塾では2月末日が年度の最後の日となります。3月からは新年度。つまりもう新年度になっているわけですが、今年度は小学部を受け持たないため、先月末が小学部最後の授業となりました。その時に読んだのが『おじいさんならできる』。2月は最後の月だったので、日本の昔話は打ち止めにして、世界の昔話を読んでいました。世界の昔話の場合、子ども達が授業に入る前から世界地図の前にたむろって、今日はどこの国の本だろうと予測しあっているのが恒例になっていて、この日も「アメリカ!」とか「ブラジル!」とか(笑)。で私が用意したのは、「国」を今持っていない民族「ユダヤ人」の人々に伝わる昔話。ユダヤ人が今なぜ一つの「国」を持っていないのか、そしてパレスチナ問題にも軽くふれつつ(本当に軽くです)、それでも民族の中で伝わっている昔話と言う話としてこれを読んでいきました。このお話はヨゼフが生まれた時にブランケットとして贈られた布を、彼が成長するとともにおじさんがそれを作り直していくというもの。布は長く使用すると、古くなっていきますので、リフォームするたびにその物は小さくなっていきます。でも、ヨゼフの成長にはとても見合ったもの。最後にはある物になりますが、それを失った時に生まれたものは……、繰り返しの内容で最後はほっこりとする昔話の王道です。そして、この本に関しては、物語だけでなく、画にも注目。絵本ならではの仕掛けが施されていて、一度読んだだけではじっくりと味わえないようになっています。子ども達もその仕掛けに気がついて、一度読み終わった後、本を子ども達に奪われてしまいました(笑)。内容がわからなくても、絵だけでも楽しめる本になっています。「国」を限定できない昔話の存在と言うのもあるというのを最後に子ども達に知ってもらえたことは、自己満足ですが、良かったかなと思っています。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月08日
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根っからのインドア派なので、運動関係や運動機能の身体能力に関することというのはあまり興味ありません。しかし、図書館に鎮座されておりました『じつはスゴい股関節』には、「おぉっ」と目を奪われ、がっつりとつかんでおりました。と言いますのは、私、先天的に股関節の骨の一部が未形成でして(女性には多いらしい)、ここ数年、時々股関節がゆる~く外れるようになってきたのです。亜脱臼なんですけど、他人の目からは分からないくらいの微妙なズレなんです。ズレた位置によるのですが、まぁ歩くと痛かったり、歩いても痛くないんだけど、とある箇所に曲げると痛かったり、ひどかった時は1週間元に戻らず、整体に飛び込んだら「この後ちょっとが入らない」といわれたり(日曜日だったので、接骨とか整形が開いてなかった)。そうそう、この亜脱臼はどうやって戻すかというと、自分の感覚で股関節をくるくると回すだけ。後は上手く骨が定位置につけば「くきっ」と言っておしまい。この定位置に中々入ってくれないんですけどね。ともあれ、この本、股関節の大切さというか、股関節の周辺の筋肉の大切さと、この筋肉を使うようにすると他の部位の負担が減るということを力説しておりました。体の中でこの部位の筋肉がいちばん太くてしっかりしているので、多少のことではぶれないようです。確か、この亜脱臼も先天的なので、よっぽど悪化したら手術となるようですが、それまでは周辺の筋肉を鍛えて、骨がズレないようにするだけというのを、ネットで自分のこれを調べた時に書いてありました。つまり、亜脱臼予防にもなるし、他の部位への負担(肩やら足首やら腰やら)も軽減というわけですね。うなづきながら、読んだわけですが、ここで目から鱗。私自身、歩き方が小さい頃から変と言われていました。踵で歩くんです。だから、いつも靴の踵がわの底に穴があいておりました。コンバースのバッシュやローファーにもあけた記憶があります。でも、どうやらこの歩き方間違ってなかったようです。本書によると踵踏み込み、足を下ろすときも踵からが足首に負担がかからないようです。生まれた時からこのような骨なので、本能でその歩き方をしていたようです。靴に穴を開けるのが正解とは書いていませんでしたが、まぁほぼ本能というのは間違いないような気がします。(幼い頃から歩き方に注意されていたけど、これで胸はって歩けるわ:爆)。それから、開眼だったのは、階段を下りるときは少し膝を曲げて、手すりを持つと身体的負担が少ないということ。今から手すりを持ってると、かえって足腰が弱くなるのではないかと思っていたのですが、それは誤解というものでした。負担をかけずに過ごすほうが、将来的に足腰が長持ちするそうです。そっか~ということで、この本を読んで以降、まじめに手すりを使う私。読んだかいがあったというものです。蛇足ですが、私の歩き方は、踵であるくだけではなく、超猫背です。これも、幼い頃から注意されてきましたが、これまた私の体の形状によるものでした。以前にも書いたのかどうか忘れましたが、私の首は長い!これは、別件でレントゲンをとった時に医師が発見してくれました。つまり首が長いと言うことは他の人より重心が高くなるため、頭を支えるためには少し前のめりでなくては体に負担がかかるというわけです。これもまた本能のなせる技。これまで、親から注意されてきたのが一体なんだったのかと思いますが、まぁこれで反論ができるというものです(苦笑)。それにしても、このように科学的に解明されることが多くなると、躾も科学的立証をせねばならぬという時代に来たのでしょうか。子を持つ親としてはめんどくさいなぁ~とも思ったり。自分の親には「ほれっ」と思う反面、わが子にはめんどくさいと思うこの矛盾。ますます、苦笑してしまいます。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月07日
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あちこちの感想を読んではウズウズしておりました『放課後はミステリーとともに』。もうね、感想のいたるところに「カープファンのため」って書いてありましたから。どのような状態で書かれてるのかわくわくでしたが、がっつりカープの話ですね。いや、設定だけで、内容はカープに関わるミステリーでは全くないのですが、カープファンは喜ぶだろうと思われるくすぐりどころが満載でした。で、なぜこの人がカープと思ったら、広島出身だったんですね、作者。「お嬢様」の方も読んでいたのですが、作者の経歴をすっとばしていたみたいです。私は「お嬢様」よりもこちらの作品の方が好きです。カープということもありますが、設定が高校なんですね(「放課後」と書いてるだけある)。どうも、私は舞台設定としては学園物がいちばんしっくり来るようです。来週臨時で2本ブックトークが飛び込んできましたので、本日はこれにて。これからがっつり仕事の本(笑)読みます。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月06日
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木下明美氏HP内「KIMURAの読書ノート」を更新していただきました。(京都で、着物暮らしpart2 → 3月4日の記事)今回は読みたくて読みたくてずーーーーっとがまんしていた(何を?)『ビブリア古書堂の事件手帖(2)/a>』です。読みたかったわりに、いきなり2巻目から読むという暴挙は一体何なんでしょ(苦笑)。うっとりするくらい古書のかぐわしい香が立ち上ってくる物語です。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月05日
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最近の10代、20代の女性が結婚したら「専業主婦」になりたいという願望があるというのはよく耳にします。実際うちの娘もあわよくばと思っていますし(爆)。『専業主婦に、なりたい!? 』は実際に20代の女性に取材してまとめたものらしいです。が、読んでいて、なんだか取材をしたにしてはなんだか荒っぽい内容になっているなぁというのが正直な感想。データとした数値がなくて、あくまでも取材した「声」だけを掲載していて、しかもかなりここに掲載されている「声」が世間ズレしているといいましょうか。ここに出てくる女性は「結婚相手は年収600万円くらいで十分。贅沢しないで心豊かに生活したい」みたいな声が多いんです。そもそも年収600万円くらいの夫の年齢はどのくらいを想定しているのでしょうか?結婚年齢が30歳前後になっており、ステレオタイプな結婚相手となると、女性より同年齢から4~5歳上くらいだと考えると、年収600万円となると、すごく限られているような……。「贅沢しない」はともかく、子どもに教育費がバンバンかかるご時勢。受験とか進学とか無縁な世界で生活するのならともかく、一般的な関東圏とか関西圏だとすると夫600万円の年収ではほど遠い。だって、年収600万円って手取り額ではないですから。結局、このラインだと妻も最低パートに勤めなければ金銭的に子どもを育てることはできないはず(いや、はずではなく、できないと断言します!)。もちろん、夫婦2人で一生を過ごすという人生設計ならこれで専業主婦も問題ないと思うのですが。ちょっとその辺りがこの本は突っ込んでないんですよね。「専業主婦」になりたい女性のうちのこのような人たちを切り取って掲載しているのかなと思ったわけで。うちの娘も「専業主婦」願望は強いですが、それはあくまでも夫が高収入(それこそ1000万円以上)だった場合というか、それを捕まえたい願望とイコールなわけでして。高校生でもそれが分かるのに、20代の女性がそこまで計算できないとも思えないわけで。そうなると、この著書には脚色された部分があるような気もします。それとも、自分がどこかで読み違えたのか……。と悩ましい本だったのであります。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月04日
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久しぶりに橘玲さんの著書を読了。それが『不愉快なことには理由がある』。経済的な話がこれまで読んだ著書では多かったのですが、今回は経済にとどまらず、社会全般のことについて広く自身の考察として随筆風に述べられていました。そして、プロローグでは自分自身が語ったことが必ずしも「正しい」というわけではないと、断りをいれています。確かに何が正解なのか、自分自身でも常にぐるぐるしているテーマでありました。それでも、一つ一つの言葉を丹念に読んでいくと、これまで私が考えも及ばなかった視点で論じていて、またまた目から鱗。とりあえず、章立てを紹介すると、part1 → 政治part2 → 経済part3 → 社会part4 → 生活面白かったのは、選挙の話。選挙には国政型と株式会社型の選挙があり、どちらが正解というわけではないが、今の日本社会においては、株式会社型の選挙の方が少数派の権利が侵害されないのではないかと言うもの。そして、その株式会社型の最たるものが、AKB48の総選挙。橘さんはこのように締めていました。日本では永田町ではなく秋葉原で、競争原理に基づく正しい「民主政治」が行われているのかもしれません(p62)。国政型は橘さんに言わせると特定の人たち=お金持ちに権利を与えるようになっているというんですね。そのように言われると確かに~、まず貧乏人が政治を動かすことはないし~。ここで教えられたこともあります。アジアの歴史が欧米では湾曲して伝えられているとか、江戸時代の都心の庶民の暮らしぶりとか(こんなことも知らなかったのかと言われそうですが、時代小説の読みすぎでしょうか)、国家は市場を制御できないどころか、国家がその問題になっているとかetc。はぁ~もうそうですか~としか言いようがないことがてんこ盛り。そうそう、「いじめ」に関しても言及しているのですが、公立学校がこのような問題が多く噴出するのは、いじめた側を「放校」出来ない制度になっているからという指摘。実際暴論のようにも思えますが、「いじめ」というのは、今や犯罪のレベルですので、それをそのまま同じ集団の中に置いておくというのは、冷静になると間違っていると思うのは確かで、私も実はこっそり思っていたり。大人の社会でも犯罪を犯すと会社をまず首になることが多い。子どもだからというレベルを超えたいじめにおいて、放校できない(とりわけ義務教育中)という制度はもしかしたら一度は議論する必要性があるのかもしれません。全般的に、この流動的な社会において制度が固定されているというのがもしかしたら、考えなければならないことなのかなぁと読んでいて思ったりしました。橘さんの著書の中ではかなり読みやすいものだと思われますので、是非手にしてみてください。にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月03日
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1ヶ月のお休みの間もブックトークがありました。直近では「宮西達也」というリクエスト。職場には宮西作品の蔵書は14点。どれをセレクトするのかめんどくさくなって(笑)、ブックトークを聞いてくれる子ども達の中から5人にあみだくじをひいてもらいそれを最初の3ページ読むという暴挙に走りました。このテーマで1日に3回行ったのですが、いや~「1~14」の数字を選んでもらうのですが、子どもってほぼ前半の数字を選んでしまうんですね。面白い傾向でした。しかも「1~5」の間が多いこと。ほとんど、私は最初の5冊を3回とも読んでいるようなものでした(笑)。さて、その14冊のラインナップはこちら。実際に3ページしか読みませんし、あみだで選ぶと言う暴挙ですが、準備はきちんとしました。一気に14作品読み直してみたのですが、どうでしょ。飽食気味になってしまいました。彼の作品はときおり単品で読むというのが丁度いい感じということに気がついてしまいました。で、初期の作品の方がいいなぁ~。最後に3ページではなく『ちゅーちゅー』を全ページ読み聞かせをしました。子ども達は『にゃーご』を知っていますので、この作品はその続編であることを最初に伝えました。続編でありながら、対比した作品でもあるのですが、そのことは触れなかったものの、読み聞かせ中の子ども達のつぶやきみ耳を傾けるとそのことを十分に理解していました。子どもってすごいなぁ~。あっ、この2つの作品は猫がらみだ~♪にほんブログ村(↑ポチッと押して頂ければ嬉しいです)
2014年03月02日
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1ヶ月の休養から目覚めました。そしてご報告。 何度目の引越しでしょうか。もう、数えたくない。でも、今度は近場です。京都からは離れていません。ずっと京都にいられたらいいなという想い。更にご報告。息子ができています。それが上の画像。我が家はみんな犬派だったのに、息子を迎えてから完全に改宗。な訳で、ずっと実は息子関係の本をむさぼるようになっている我が家。様々な事情で公開できなかったのですが、ようやく皆様にもお披露目~。「徒然」にもポロポロ息子関係の本を出していましたが、その何十倍も読んでました~(爆)。で、目覚めたしょっぱなは『ねこ写真 2』。何がいいってわけじゃないんですが、もうめろめろなんですよ。どうして、猫という物体がこんなに可愛いことにこれまで気がつかなかったのか。しかし、息子には大いなる目に余る行動がありまして……。それでも、めろめろ。今後は息子関連の本が多く放出されると思いますが、これからもよろしくお願い申し上げます!にほんブログ村(↑こちらも再開。ポチッとお願いします)
2014年03月01日
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