2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全10件 (10件中 1-10件目)
1
牛肉の偽装事件が問題になっているが、あれがどうも納得いかないのである。等級を偽るのを罰するのは当然であるが、等級自体が誰の嗜好によって決められているのだろうか。嗜好物を一律のクラス分けしていいのだろうか。もっとはっきり言うなら砂嘴が入った肉が好きな人の基準ですべて決められてないだろうかということである。グルメ番組をみているとリポーターは肉汁、脂が甘い、血が滴る等の表現をするが、私ははっきり言って焼いてから少し休ませた肉が好きである。外側がカリッと中がピンクになった肉が好きである。したがって脂は固まる傾向にあるのでないほうがいい。休ませるので肉汁は切った時は出てこない。中身が安定しているので血は滴らない。鉄板皿でサーブされるステーキなどこの焼き方と肉質ではありえない。(皿は暖まってないと駄目ですが)ブランド牛は地域振興として盛り上がりを見せているが、国の等級のつけ方が大雑把過ぎて混乱するのではないかと思う。少なくとも部位の種類と砂嘴の入り具合と赤身の肉質と脂身の質の四つぐらいを表示すべきであり、もしするなら後者二つをランク付けすべきである。例えばボルドーワインで第1級から5級のシャトーの格付けがあるが、必ずしも等級が旨いわけではなく、あくまで生産者の歴史やキャリアを表すものなのだと思う。格付けで値段が決まるなんて、おこがましい。値段はあくまで需要と供給のバランスである。それをわきまえているから、フランスの農業はイメージ作りが巧みである。農業を支えるには大事なことであるが、薄っぺらな基準のみに頼る日本は偽装がしやすいのではないだろうか。
June 28, 2008
声楽は学んでないので知らないが、太ってくると声がよく出てくる。恐らく10年前と今ではカラオケの歌い方が全然変わってきている。もちろん歌う歌も違うのであるが、とにかく声が楽に出る。音域も広くなったような気がする。多分、首の太さとか胴回りに関係しているんだろう。それとも耳が悪くなったので声がでかくなったのであろうか。聴力は確かに落ちている。他人の話を最後まで聞かなくなっているのかもしれない。自己主張が強い欧米化の波だろうか、それともいらち(せっかち)な性格が情報化社会についていけなくなっているののだろうか。声が大きくなっている。枕を涙で濡らすのは物語性があるが、この季節よだれで枕をぬらし始める。暑いと口が緩むからであろうか、下向きで腕が顔に中るからであろうか、完全に顔の下半分がよだれまみれになる。犬の気持ちがわかるような気がする。それもバカ犬になった気分になる。湿気も関係してくる。乾燥しないで顔にまとわりつく感覚が強い。体の水分補給も関係してくるのかもしれない。この時期水をよく飲む。人間は発汗で温度調節するが、よだれだってその一端をになっているのかもしれない。先月床屋で夏を迎えるにあたり、頭を刈上げたときのことである。頭の皮で皮膚呼吸できなくなっていたのか、半分頭皮が真っ赤にかぶれているという。そういえばここ数回は10分床屋ばかりいき、まともな床屋に行っていなかった。店のオヤジにケアをしっかりしなさいと注意される。だんだん話が不潔な方向に向いているが、耳垢の話を最後にする。梵天耳掻きというスプーン状の昔からある竹の耳掻きは体にいいのだろうか。耳の中には産毛がある。それが梵天によって掻き出されてなくなってきている。若いうちは再生能力がある。しかし年とともにハゲ山がなかなか再生しないのである。耳垢も地肌からこそげとる感覚になる。大きいのが取れてしてやったりと思うのだが、非常に不健康な気がする。(体を不自然な状態にしているような気がする)ほんとは産毛によって浮いてきた耳垢を梵天ですくい取るのが自然にやさしい気がするのである。耳の中の地肌も非常に鈍感になっているような気がするのである。この鈍感さが性格にも現れないかと心配である。
June 25, 2008
久しぶりにはしご酒。北千住の駅構内で時間があったので、まずアイリッシュバーなる軽食屋に入る。5分、10分で一杯引っ掛けるにはいい店で、エビスのハーフ&ハーフを飲む。ここから中央林間行きに乗り2つ目の押上で降りる。先ずは老夫婦がやっている大黒屋に直行。下町、モツ焼き、ホッピーと居酒屋の三大要素が詰まっている。コの字型のカウンターは12人ぐらいで一杯になり、店のおやじさんに詰めてもらいなんとか席を確保する。店のおやじさんが「生」にします?と聞くので生を頼む。生といってもここではビールじゃない。生ホッピーのことを言うらしい。生はよりビールに近い。お次はホッピー。ジョッキ、ホッピー、焼酎を全部冷やし、瓶をさかさまにして行きよいよく注ぐ。当然泡が立ち、最後瓶の口が泡で隠れたところで、静かに瓶を抜くと細かい泡が上に乗る様になる。これが正統派のホッピーの注ぎ方だとオヤジが実演してくれる。氷を入れるのは邪道だそうである。この店では中も外もない。一杯に一本、それがホッピーの本来の味を楽しめるという。さてこの店の最後はレモンハイ。炭酸にレモン香料が溶け込んでいるものが、ホッピービバレッジのロゴがついた透明の瓶に入っている。隣の客が薦めてくれた。彼のグループの前にはこの瓶が20本以上並んでいる。通常これだけサワーを飲めば飽きがくるのであるが、ここのレモンサワーはいくらでも飲める。もつ焼き盛り合わせと煮込みと併せて2人で3000円。お次の店も松竹というもつ焼き屋。年配の母娘ふたりでやっている店で、ここもキャパは10人ぐらいである。ここでは先ず焼酎ハイボールを頼む。甘さが無いシロップを使っていて中身は企業秘密だそうである。いわゆる元祖酎ハイの素である。この地域の(曳舟・押上・吾妻橋)酎ハイは名物であり、元祖の味を堪能する。かなり酔いも回ったところで、駅前の福膳という店へ。ここの特徴はとにかく安い。白波の水割りが1杯250円であった。ほかの飲み物も250円均一であったように思う。つまみも結構いける。何を食べたか思い出せないけど・・・・・・、この後何処へ。
June 22, 2008
どこまで上がるのかよくわからないが、年金資金のような長期資金が市場に入っているのでそんなに短期間で下がることも無いんだろう。日本のマスコミは馬鹿の一つ覚えみたいに投機筋がどうのこうのいうが、値段が上がる前から投機筋はいたんだし、根本はマーケットにお金が集まってくることにある。なぜお金が集まるかというとお金が余っているからであろう。オバマが戦争やめてくれたらガソリンは下がるだろうか?テレビの影響なんだと思うが、最近の若者は乾杯する時「ルネッサ~ンス!」と言うのだろうか。酒場で与太話しかしてない連中を背にして飲んでいた。盗み聞きしながらついつい声と会話で年齢とか性格を勝手に想像すると趣味の悪いゲームしてしまう。いや深刻じゃない話だから拝聴できるのである。会話も何もなく一人で飲みたいときもある。そんな時でさえ、自分のことを考えると気分が落ち込むのでもっぱら他人のことを考えるようにしている。(一人で飲むときのマナーのようなものである。)近年中に消費税が上がるのかもしれない。もう経費削減が限界だという。タクシーがどうのこうの言ってるのは正していくのは当たり前で、そんなもの削減の屁のツッパリにならない。むしろ倫理の問題であるのにいかにも経費削減に努力しているかのような報道になる。そんなことより人員削減がどう考えても先だろうと思うのである。(予算のうちほとんどは人件費だろう。)支出が賄えないから、増税するということは人員削減に着手してないからで、他の公共サービスの支出を削って人件費抑制(人員削減)しないとうのは公共サービスの低下以外に何者でもない。(ここ数年やってきたこと)今はいろいろツールが発達しているので、昔10人工必要だった仕事でも5人工できるぐらいの生産性はあるはずである。(根拠が無い感覚的な言い方ですが)更年期なのか、世の中全体の風潮なのか、はっきりしないのだが自分自身が確実に怒りっぽくなっている。人間のメカニズム自体、年をとるにつれ自分を抑制する物質がどんどん失われていくそうである。でも、恐らく30年前の少年、青年、壮年、老年のそれぞれ各層が怒りっぽい気質になっている気がするのである。どう考えても怒りのぶつけ合いは傷つけ合いで疲弊することは目に見えている。(もちろん局面打開で必要な時もあるのだが)
June 20, 2008
今まで酒の中で苦手だったが、タカラ焼酎ハイボール(ドライ)は結構イケテル。アルコールは7%と高めであるが、甘さ抑え目で恐らく戦後のウィスキーハイボールを模した東京の下町の味を再現しようとしている。ビールを模したホッピーと双璧にあるもつ焼きの共かもしれない。いや他にもホイスハイボールなんていうのうは、ベルモットを模しているのかもしれない。洋酒なんてそんな無かった時代、ビール、ウィスキー、ベルモットに近づこうと焼酎と炭酸と独自シロップが開発されていく。この中でベルモットはなじみが無いかもしれないが、ビールなんかよりは先に入って来たかもしれない。鶯谷の鍵屋という飲み屋に行ったとき、インテリアで木の看板が掛かっている。オヤジにこれは何と聞くと、徳川慶喜の時代のベルモット看板だといっていた。ところが、今から26,7年前。大学に通い始めたときだったと思う。色とりどりのコンクと焼酎と炭酸の飲み物がはやり出した。ブルーハワイやバイオレットフィーズ、池袋の300Bという店には20,30種類置いてあった気がする。(今でも笑笑等にあるかもしれない)それがやがては甘いものも含めて缶酎ハイや缶カクテルに発達したのではないかと思う。甘い酒は気持ち悪いのでそんなに飲めるものではなく、それがいつしか苦手な酒になったのかもしれない。特にこの数年の果汁が入った缶酎ハイはレモンのようなオーソドックスなものでも苦手だった。ところがこの焼酎ハイボール(ドライ)はイケル。今風に糖質80%オフになっている。今居酒屋で酎ハイというと甲類焼酎に炭酸のみであるが、この焼酎ハイボールはカラメル色素でわずかに色がつけてある。ここら辺がなんともウィスキーっぽい。(ブレンドウィスキーにはよくカラメルスピリッツというのが使われる)今度は自宅で缶ではなく、押上あたりで焼酎ハイボールや生ホッピーをやりたいが、好みとしては小さなレモンスライスだけで果汁はちょっと勘弁してもらいたい。もちろん香料としてはOKなのだが、果実のエキス分とスピリッツのアルコール分が炭酸とはあまりマッチしないような気がするのである。
June 17, 2008
和田アキ子の「さあ冒険だ」という曲を聞いていると、気持ちがいい。昔、子供が小さかった頃幼児番組で流れていた記憶があるが、今聞いても何気に普段の生活感から開放されるすがすがしさを持った曲である。ということでラーメン屋で冒険をして、「もつ野菜煮込みラーメン」を頼んでしまう。この煮込みという詞がもつに係るのか、野菜に係るのか、ラーメンに係るのか良くわからないが、灰汁が浮いた濁ったスープは見た目はすこぶるよろしくない。今風の油膜で熱さを保つ澄んだスープと違い、地獄のそこから沸いてきたような野趣あふれる熱さがある。ところがどっこい、スープが旨い。麺は太麺であるが、煮込んでいるのでスープにもなじんでいる。野菜(キャベツ)は一度炒めてからトッピングしてある。もつと麺だけだとくどいのかもしれないが、その間を見事にキャベツ・ニラがバランスをとっていた。この店は会津喜多方ラーメンの店で豚モツだった。ただ牛もつ鍋だって最後ラーメンで締める場合だってあるだろうし、スープも骨や髄からのものとモツからのもとを併せたスープは収まりがいい。汗を掻きながら完食、でも清々しかった。
June 13, 2008
吾妻橋にあるアサヒビールのビルの最上階で飯を食べていた。窓の外には隅田川が千住の方面に流れている。また、放射上に別の方角に北十間川が流れていて、今話題の新東京タワー敷地方面へ広がっていた。電波塔がどれほどの経済効果を生むのか知らないが、業平橋周辺はいままで通りの垢抜けない町並みが続いている。それより驚くのは高層ビル群が見えたので、あれはどこですかと聞くと、どうやら南千住らしい。車ではいつも墨提通りしか通らないので気がつかなかったが、いつの間にか高層ビル群ができていた。今この場所から、昔の千住が見れたらお化け煙突ははたしてどれくらいに見えただろう。その高層ビルから目線を手間に引いてくると大川端に山谷掘の跡がある。昔は船で旦那衆が吉原に繰り出していたのだろう。その近くに言問橋があり、ここで昔は紙職人が紙をすいていたらしい。その工程で冷やす時間があったらしく、その間に職人たちは吉原をブラブラして帰ってきたらしい。それが冷やかしの語源だという。よく高層ビルからの夜景が好きな人がいるが、私は昼間が好きである。できれば地図と双眼鏡をもってビールでも飲みながらタウンウォッチングしたい。ここら辺では浅草ビューホテルからの眺望がいいというが、アサヒビールビルも22階ではあるが眺望がいい。いや、もっと高層になってしまうと人や車が小さすぎてつまらない。少なからず冷やかす臨場感と優雅に物見遊山できる中間位が好きなのかもしれない。
June 12, 2008
サントリーの角瓶のおまけでステンレス製のタンブラーが欲しくて、黒角を購入する。飲み方はもっぱらハイボールである。ハイボールを飲むとき、ウィスキーと炭酸の割合が一番気になることである。以前は1対2で飲んでいたのだが、最近はきつくなる。つくづく酒が弱くなったというか飲めなくなっている。それが健全だということも遅ればせながら気づくのである。酒のレシピ本では1対2.3~2.5ということになっているが、家で測るのも面倒くさい。むしろ炭酸水の500Mlに対しボトル四分の一を目安にしている。これだと1対3になるのだが、キリ良く飲みすぎる心配もない。ブレンドウィスキー好きにとってハイボールは楽しい飲み物である。ブレンドウィスキーとはモルトウィスキーとグレンウィスキーを混ぜたものである。ハイボールにはなぜか複数原料の蒸留酒があう。したがってバーボンハイボールも楽しい。これが原料80%以上のコーンウィスキーだとあまり旨くない気がする。日本でもようやくいいブレンドウィスキーが出はじめて来ている。やはり歴史がないと良いブレンドウィスキーはできないんだろう。「響」でハイボールというのが今年中にやってみたい飲みかたである。昔「爆発デューク」という米TVドラマを見ていて、その中でムーンシャインという密造酒が出てきた。実はこれを飲みたくて酒を覚えた。アメリカの中部地域はスコットランドやアイルランド移民が多かったのかもしれないが、各家庭で蒸留酒を造ってたと聞く。そういう伝統に思いをはせながらバーボンを飲むのも楽しい。昨年は携帯電話の待ちうけ画面に、隣町の居酒屋友の会の人が送ってくれたオールドクロウ(バーボンの銘柄)の写真を貼り付けていた。酒が弱くなったせいかもしれないが、個別の銘柄の物語やいわくを楽しむようになってきている。そのツールとしてハイボールは有用である。
June 8, 2008
ホタテの貝柱のソースに何が合うか、輸入食材屋瓶詰め棚を眺めていると日本のメーカー(青梅市)のワサ・ボーノという商品が私を試してと主張する。原材料の表示を見ると松の実、ニンニク、オリーブオイル等わさびをバジルに置き換えれば、全部ジェノベーゼソースの材料である。だから商品名もイタリアンっぽいのだろう。イタリアンのソースの使い方で直接かけないで、白地の皿の素材の周りに絵を描くように配置される。あれはわれわれが普段居酒屋で焼き鳥の皿の脇にわさびや七味を盛る行為に似ている。かくしてこのワサボーノもイタリアンのソースとして十分成立するのではないだろうか。とりあえずホタテで試してみる。ややニンニク味が強いのが気になったが、素材の甘みを殺さず、ドライな白ワインとの相性もよく、後味・余韻とも申し分ない。これはタコのマリネとしてもいけるかもしれない。白身魚でもいいが鯛や平目は高いのでわさび醤油でやっぱり食いたい。前からワサビで気になっていたのだが、脂が乗っている魚にはこういう本山葵でなく、大根・ラディッシュ系の西洋ワサビがあう。もともとホースラディッシュなんて肉の薬味である。チョリソ(豚肉のソーセージサラミ)にワサボーノをあわせてみたが味がマッチングしてない。これはワサボーノが本山葵の葉を主原料にしているからであろう。それと豚の脂とオリーブオイルはくどい。それとチョリソには別の香辛料が入っている。メキシコのチョリソであれば唐辛子が使われているが、スペインのは唐辛子でなくパプリカである。適度の酸味とスパイシーさがあるが辛味はない。メキシコ産には必要ないが、もしかしたらスペインのチョリソにはラディッシュ系のワサビがいいのかもしれない。てなことを考えながら飲んでいた。
June 7, 2008
食べかけのものをいったんしまって置き、あとで食べる人が世の中いるようである。と、ラジオでそんな話題が流れていた。かく言う私も先日客先で温泉まんじゅうを出され、一口食べた時点で社長が来たので別室で打ち合わせということになり、「後で食うから残して置いて」とそこにいた女の子に頼んでしまった。いや、せわしないのでこう言う状態になったのだが、マニアはわざと中断するらしい。動機は定かでないが、「二度おいしいのを味わう」「マーキング」「願掛け(また同じ場所に戻ってこれるよう願う)」という意見が出されていた。ところが残したほうは忘れていることも多く、その歯型がついた残された姿はなんともむたいである。したがって早々片付けられるわけだが、忘れていたとしても残した方はそれをじゅうりんされたと思い込む。人間の不仲の原因なんて所詮こんなものである。いや国際紛争だって発端のきっかけは食い方が汚いとかそんなものかもしれない。残されたむたいな状態を収集するのは越権行為かどうかで、内政干渉にあたるかどうかが問題になる。私はアメリカはあまり好きではないが、食いの物話に置き換えれば、結構がんばってるじゃねぇ~かと評価もできる。考えてみれば、この食べかけという行為は悲喜こもごもの感情が交錯する。2度にわけなくても、美味しい物を最初に食べるか、最後に食べるかなんていうのも人間の永遠のテーマなんだろう。(最期の晩餐なんていうのがあるくらいだから)要は思い入れや思い込みと、それが外れた時の喪失感や軋轢がおいしい食い物を介して対峙する。それがいやならおいしいと言う基準をなくすことである。食いの物の話題は罪がなくていいという人もいる。それは嗜好の話でお互いを認めることで盛り上がるが、所有権はそういうわけにはいかない。(う~ん何書いているのか判らなくなりました。)
June 2, 2008
全10件 (10件中 1-10件目)
1