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その部屋に入るとミシンを使って何か縫い物をしている人がいた。私の気配に気付いて顔をあげるとそれは母だった。亡くなった年代ではなく、60代位の私と同年代の母。懐かしくて本当は寂しくて母の首に抱きついて声を出して泣いていた私。昨日、実家で母が作っておいた味噌を倉庫から食べる分だけ出していて、母のことを考えていたのでそれで母が夢に出てきたのだなと思った。夢の中の母はいつも無言だ。
2022.10.29
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実家にて。父と10時のお茶を飲んでいると玄関から声が聞こえる。出てみると「◯◯◯やです。お菓子を販売しています」と。年の頃30代前後の髪を一つにまとめた素顔っぽい女性。黒の上下のスウェットで背中には四角いリュックを背負っている。話し声もはっきりと聞き取りやすく長く歩ってきたのか、息も上がっている様子。以前、同じお店の人が自宅にも来たことがあり、最近閉店した老舗和菓子店とは別だとも言ってたので断っていた。おそらく値段も店で買うよりも高そう、味も不安なので即座に「いりません」と断った。意外にも「はい」と返事して寂しそうな横顔を残して帰っていった。その後買い物に行った帰り、車で走っていると道路の先を横断する先程の女性。ずっと歩いて家を回っているんだ。一台の車で数人乗り合わせて、どこかで集合するようにしているのか。大股で早足で歩いているその女性の姿を見て、仕事をする厳しさが見えた。あの時、せめて父と私と二個だけでも買えば良かったと後悔した。次回来たとき、買うことを心に決めた。
2022.10.28
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1才の孫娘は、色白で髪の毛が茶色でふわふわで愛想がいい。おそらくママの遺伝子。しかし、顔はパパ似だそうだ。私は判断つかない。確かにママの顔立ちとは違う。似ていると言われる私の息子(パパ)と私も似ていると言われるので孫娘は、私にも似ているところがあるのかも。時々思う。自分の幼い時に会ってみたいと。不可能だけど。数少ない就学前の写真はカメラのレンズの前では怯えたような緊張した表情ばかり。自然の笑顔の写真がない。もともとそういう子供だったのかも。実際、大人になってからも昔の写真のほとんどは緊張して、無理な笑顔で不自然なのや、無表情だったりとそんなのがほとんどだ。だから、自分の子供時代も可愛げのない表情の暗い子供と決めつけていた。周りから好かれていた自覚はない。大人からだって、学校生活だって。 でも実際、その時の自分に会ったら、もしかしたら可愛げのある子供じゃないのかなと孫娘と接するようになって思うようになった。自分大嫌いだった私が年をとるごとに自分が愛しくなっている、そう思えるようになってきた。
2022.10.27
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いつもの1000円カットへ。 客は三人。 待っている人は父一人なのに、みんな顔剃りが、これからで10分位待たされた。いつもは待っている人が何人いても、すぐだったのに。それでも早い。帰りにお昼を、といつも行く幸楽苑ではなく、地元のタンメンが評判のラーメン屋さんへ。椅子席がなく、座敷へ。お昼前だったので、席は空いている。 そのうち、お祖母ちゃんと孫娘の二人連れが後ろのテーブルへ。そのお祖母ちゃんの話し方が地元の人らしいイントネーションで耳に心地いい。食べ終えて席を立つ時、父がヨイショと掛け声をかけながら慎重に立ち上がるのを心配そうに見ていたおばあちゃん。目が合うとニッコリして「私も足が悪くて立つ大変なんだよ」という。立ち上がった父が「俺は、はあ90なんだよ」とおばあちゃんに声掛けると「あら若いねえ、私なんて80なのに体はガタガタ」と笑って言ってた。亡くなった母に面影が似ている。父もそう感じたかな。帰りに「アイスキャンデーが食いてえ」と言うのでコンビニで栗もなかを買うと、早速車の中で食べていた。快晴の今日、行って良かった。美味しいラーメン食べて、母に似た人とおしゃべりできて、デザートに栗もなかも食べられた。運転しながら、もし父ではなく母だったら、母ともいろんな所へ連れて美味しいもの食べたり温泉に行きたかったなと思った。昔の母への不満もきっと帳消しできただろうなと。家へ着くと廊下へ広げていた布団が太陽を浴びて幸せな気分になった。明後日には家へ帰れるという事実もそれ以上に幸せな気分だった。
2022.10.19
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お風呂に入るのに、廊下の手すりに干していたバスマットを手にかかえたとき、尿臭がした。父だ。お風呂上がりに漏れてしまったということか。本来、潔癖症で片付けに煩かった父が年を取ってこうなってしまった。仕方がない。実家にいるときは父の着ているものや、脱いだもの、寝具や、廊下や床を注意してみている。排泄物とわかればすぐに、掃除や漂白剤をいれたバケツにつける。気付かずに 踏んでいることもあるだろうな。洗濯物は漂白剤をいれて、父と私は別に洗う。非日常のことを今私はしていると実感する。とにかく粛々と日々をこなす。家へ帰れば好きな事ができるのだから。
2022.10.19
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ショートステイでお世話になっている施設から電話有り。21日から受け入れ可能と。ホッとした。時々思う。父が天国へ行ったら私はどんな気持ちになるのだろう。もちろん、今までのショートステイを利用しながらのワンオペ介護からの解放はホッとする気持ちはあるだろう。しかし、後悔もあるだろうな。 父にガミガミ怒ったこと。自宅に帰れなくて何で私ばっかりとそのイライラをぶつけたこと。それに対して、父はいつも穏やかで反抗的な態度は取らなかった。実の娘に対する優しさも感じられた。そんな事を思い出して後悔するのだろうな。だが、こんな心情は自分でも予想できない。実際、母が死んだ時、想像では毎日泣き腫らして暫く通常の生活ができないと確信していた。ところが実際は冷静だった。涙が流れたのはヘルパーの仕事先で、洗面所で洗い物をしている時、もう助からないと言われたことを思いだし、涙が溢れてきたことが一回だけ。鼻水がマスクの下から落ちてきて、マスクして泣くとこうなるんだと、目の前の鏡で他人事みたいに見ていたこと。あの時だけだった。実際、臨終のときも、自宅へ母の亡骸と葬儀社の車で戻る時も、葬式でも涙はでなかった。 自分でもびっくりした。普段はすぐ涙ぐむのに。もしかしたら、母とは心の距離があったからなのかもしれない。母親としては素晴らしかったけど、私の心の拠り所にはなっていなかったから。私自身の性格もあり、相性も良くなかったのだ。そのぶん、妹にたいしての甘やかしとも思えるほどの対応。それについて、抗議すればよかったと今更ながら思う。そんな事から涙が出なかったのは当然なのかもしれない。しかし、父は母と違い、分かりやすく愛情を注いでくれた。現在、ガミガミ言う私に対して父は怖がって遠慮しているかも。後悔しない対応をしていかねば。
2022.10.18
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昨夜就寝中、襖を隔てた隣の父が私を呼ぶ声で目が覚めた。部屋の電気を点けてびっくり!全身肌色の父がベッドを横切るようにして横になっていた。何でパジャマを脱いだ?脱いだリハパンを辛うじて局部の上に置いておくのは、まだ理性があるからかと少しホッとする私。どうやら電気敷毛布が熱かったらしい。起き上がるのが大変そうなので私が起こしてあげ、パジャマを手渡した。パジャマを着せてあげるのは簡単だが、ここは自分で着てもらおう。前後が反対だとしても。隣の部屋で着終わるまでスマホを眺めていたら、着終わったようで布団に入り、電気を消していた。見に行くと目から下を布団に埋めて必死に眠ろうとする父の横顔が見え、切なくなった。自分の布団に戻り、目をつぶると元気だった頃の父の話を思いだした。認知症で独り暮らしの父の兄の家に、様子見に訪れた父。玄関に出てきた兄の様子に度肝を抜かれたと。その時兄は素っ裸だったと父が話してくれた。10年くらい前の父が話してくれた伯父さんのこと。今、父も同じようなことをしている。父、私、兄妹のこれからのことを思いながらいつしか眠りに入った。
2022.10.17
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昨日の今ごろは明日のショートステイがコロナで中止で大ショックだった。あまりの衝撃に父の介護は、もう続けられないと思った。私の介護が当然のように、何の労りの言葉もない、兄妹や父を恨んだ。さっさと先に死んで、父を丸投げした母を恨んだ。それでも必死に気持ちを建て直そうとした。実家で一日一日を淡々と過ごそう。ショートステイの数日なんてあっという間。すぐにショートステイから帰ってくる日が巡ってくる。そしてコロナの心配がなくなって、いつものように再開出来てまたお願い出来るのだから。そう、前向きな考えで自分を奮い立たせ、今はもう落ち込んではいない。父を施設に入れて、介護から解放されたい。しかし、特養は父の介護度2で対象外。 グループホームは入れるが、料金が父の年金では足りない。父の貯金もあるが、いつまでの命なのか分からないのに切り崩してもあっという間のような気がする。兄妹で負担といっても、シングルマザーの妹には声をかけられない。私も無職で年金だけなので、とても厳しい。弟一人に賄ってもらうわけにもいかず、結局私が犠牲になって介護するしか?と、またスタート地点に戻ってしまう。しかし、私一人犠牲になることなんてない。と気持ちをふるいたたせても、お金の問題になると気持ちが萎えてしまう。取り敢えずケアマネにはっきりした金額と、こらからのことを相談すると弟に伝えた。
2022.10.16
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実家で読書をしていた時、傍らのスマホが鳴った。父のショートステイ先からだ。瞬時にいい電話ではないと理解した。父は自宅にいる。何かのお知らせだ。電話に出ると初めて名前を聞く女性。「コロナが発生したのでしばらくショートステイは出来なくなります。再開も未定です。」明後日からのショートステイが中止になった。私は自宅に帰れる。それを目標に日々の介護をこなしてきたのに。電話を終えて放心状態になる。手にしていた本を気を取り直して読もうとしても頭に入らない。コロナがなけれは、予定どおり自宅に帰れたのに。私にだって予定があるのに。兄妹のなかでなんで、私ばかり犠牲になる?さんざん実家に子供連れで何泊も出来た妹ではなく、姑持ちの私を早く家に帰らせようとした母が憎くなる。結婚して出産以外に実家に泊まれたのなんて数日なのに、あんな姑のいる嫁ぎ先なんて帰りたくなかったのに、母は有無を言わせず帰れと言った。そして自分が死んで、残された家のことなんて何もできない父の面倒を今、私は自分の都合を犠牲にして泊まりがけで見ている。仕事もやめて介護をしている私は父と母の犠牲者。自宅で一人の生活に慣れた夫は、それなりに快適そう。弟と妹は何も変わっていない生活をしている。
2022.10.15
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母は資生堂ユーザーだった。田舎だったので近くに化粧品店や薬局は無く、隣町の薬局の奥さんが資生堂の化粧品を車のバンに乗せ、時々顔を見せて必要時に購入していた。普段はメイクはせず、基礎化粧品がほとんどの購入だったが。だから当時、母が使っていた化粧品が懐かしい。このヘアクリームも洗面台の戸棚にあった。時々ドラッグストアーでも目にしたが、いざ購入と思うと見当たらない。ネットでこのヘアクリームとヘアトニックを購入した。蓋を開けて香りを吸い込む。当時の若い母。小さな我が子が走り回る、実家に来ている私自身の姿が見えた気がした。
2022.10.15
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ふと気付いた。最近、怪我をしないなと。父の介護で実家で食器を戸棚に仕舞うたび思い出すのがコップで怪我をしたこと。洗剤のついたスポンジで洗っていて、ひびが入っていたコップが割れて親指と人差し指の間を切ったこと。縫うまではいかなかったけど、何日もキズテープを取り替え、患部が手なだけに水仕事に不便だったこと。ずっと昔のこと。それがここ10年くらい、不注意で顎の骨を折って入院以外で、何かで怪我をしたことは記憶に無い。キズテープをたまに使うが、小さな擦り傷くらい。年を取って、自分の動作に気を付けるようになったんだと気付いた食器類を扱う時は、両手で持つ。刃物類の扱い時は頭のなかで「気を付けて」と言いながら使う。何事もせかせかと動かないようにと、もう一人の自分が注意してくれる。年をとって少しは良さも出てきたということか。可愛い孫にも、注意するよう声掛けをしている。
2022.10.14
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ランズエンドが撤退するらしい。注文した衣類を開けると、中にお知らせとして入っていた。そこで働いていた人達に想いをはせる。特に年配の人達の再就職先探しは大変だろうな。この不況の中、企業倒産、撤退のニュースを見るたび、中で働いていた人達のことを思い、胸が痛くなる。反対にそれとは縁の無い生活のできる、一部の人達の考えられないニュースを見ると怒りがわく。政治家もあてにならないと実感している。庶民は大人しく税金を納めてくれる便利な道具と思っていないか?
2022.10.14
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初めて食べたのは、頂き物で。市販品のクッキーで一番美味しいと思った。ちゃんとバターの香りがする。厚みがあって食べごたえもある。昨日、隣町のスーパーに行って購入した。たまたまそこのスーパーには常備してある。同じ系列の我が町のスーパーにはないので行くと必ず買ってくる。スーパーにも卸し、那須のサービスエリアでもあったし、他にネットでも販売してそこの教会では大忙しだろうな。昨日の売り場でも他のお菓子類よりも場所を広く取ってたので人気商品なんだろうな。ガレットの隣に印刷物がおいてあったのでカタログかと思い、貰ってきた。帰ってから読むと教会の紹介だった。教会の一日の ページが一番興味深かった。一度、体験してみたい。もちろん、修道女になりたいというわけではなく、その生活に興味があった。みんな穏やかで、ゆったりした生活なのかな。意外と人間関係とか、世間と変わりないのかな。クッキーの工場で働いてみたい。畑仕事はどんなことしているんだろう。お風呂に入る時は、みんな思い思いのお気に入りの石鹸やシャンプー使えるのかな。だいたい、日用品の購入とか好きにはできなさそうだけど。このクッキー一つでいろいろ、思いをめぐらせた日だった。那須トラピスト修道院
2022.10.09
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最近、父は枕元の数個並んだ一枚の電源スイッチを、何度もつけたり消したりをする。隣の部屋で襖を隔て寝ているものの、非常に耳障りだ。トイレに起きたついでに「うるさいから止めて」と父に言った。特に目的もなくしている行為なのかそうではないのか聞いても要領を得ない父。「何がなんだか、わがんねぐなったんだ。」と弱々しく答える。このセリフ、他でも聞いた。ヘルパー時代の担当のSさんだ。 認知症が進んだものの、いつも身綺麗で普通の会話をできてお互い通じ合っていると実感できた人だった。我が儘は言わず、我を通すこともなく、上品で昔話をよくしてくれた。そんなSさんがよく呟いていた言葉だった。認知症というと周りを困らすというイメージだったが、そうでない人もいるとSさんと接して実感した。父もSさんに似ている。「何がなんだか、わがんねぐなったんだ。」胸がキュンとする。このセリフ、私も将来言うようになるのかも、とふと頭を過った。
2022.10.07
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父の介護で週の半分は実家で過ごす。そこでできるだけ快適に過ごせるよう工夫している。たとえば趣味の読書。父が寝てから、父の隣の部屋で電灯をつけての読書は父が嫌がる。居間では何となく落ち着かない。そこでスタンドライトを購入して布団に入って読書するようにした。光が手元にあり、やさしい光で本に集中できる。それまでトイレには部屋の片隅の壁につけていた常夜灯だったが、すぐ手元にあるスタンドライトの方が明るくて安全だ。一つ一つ過ごしやすくできるよう、これからもカスタマイズしていく。
2022.10.04
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朝、テレビでフロントオープンタイプ食器洗い乾燥機のコマーシャルを見た。日本初でリンナイから。一昨年の新築時、食洗機は日本製はスライド型のみで海外製はフロントオープン型だったが価格が倍近くだったので二人暮らしだしと日本製を選んだ経緯があった。たくさん入り、出し入れも楽な(屈むので腰痛の人は辛いらしいが)フロントオープンは夢で終わった。それから二年後、リンナイで発売されるなんて。二年早かったら迷いなく選んでいたのに。なんで日本ではスライド型だけだったんだろう。しかも幅が45cmから対応し、乾燥もついて(海外製は乾燥が無い)値段がスライド型と変わらないなんて。コマーシャルを見てネットで検索し、地団駄を踏んでいた。でも日本初だから(別の厨房メーカーでは昔あったはず)これからどんどん改良されていくはず。その改良されたものを今使っている食洗機が壊れたころ購入する、と密かに心に決めた。でもその頃の自分の姿は想像しないでおこう。
2022.10.02
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今朝、新聞を読んでいるとこれからの季節のコーデュロイパンツの広告が。 半額で送料無料で丈詰めサービス。これは買わなければとすぐに注文した。その広告を目にして10分位のスピード注文。その理由1.丈の長さを選べる。2.半額3.送料、丈詰め無料4.自分で作るのと比べて材料費で購入できる。上記の理由で即決した。暖かいスラックスはスーパーで千円台で安く売っているが、それは私には丈が短くて、冬足首が冷たくなる。そんな理由で普段着のゴム入りスラックスは手作りしていた。しかし、冬用の暖かい生地はなかなか購入出来ない。スラックス用の生地を買うとすると3000円以上はする。実は以前、一度ここのショップでジャージ生地のスラックスを購入して失敗している。何度も洗っているうちに膝が抜け、丈も縮み、ツンツルテンになってしまった。でも今回はコーデュロイ生地なので大丈夫と信じての購入。もし、今回も同様の成れの果てだったらもうここでは買わない事にする。
2022.10.01
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