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移動販売の生地屋さんから案内のハガキが届き、今日出掛けた。いつものショッピングパークのいつもの場所と案内にも書いてあったのに、実際行くと見当たらない。何度もグルグル廻って見つからなくて近くにいた店員さんに聞くと何度も聞かれるらしく、簡潔に隣の建物に移ったと説明してくれた。そのお店を出る時、場所が移動しましたと立て看板があった。これには気づかなかった。今までで販売していた場所にわかるように立て看板かチラシだったらわかったのに。実際行くと良いと思うものはなく何も買わなかった。このお店は婦人服製造をしてその残りの生地や洋裁小物等を安く販売しているので時々掘り出し物がある。以前買ったものは、ジャガード生地でワイドパンツを作り、伸びる厚手の生地でスラックスを作り、出来上がりも実際履いても満足している。いつも掘り出し物を期待して行くのだが、前回も今回も空振りだった。年に数回案内がある。次回に期待しよう。
2025.01.30
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マイナンバーカードの更新手続きの為、近くの写真館へ行った。スピード写真には苦い思い出があり、証明写真は高くても写真館一択だ。以前の再就職の為の履歴書に使うのにスピード写真を利用した。その出来上がりを見て愕然とした。自分では口角を上げて精一杯の表情のつもりが手に取った写真はあまりにも酷いものだった。表情が暗くその当時の悩み事で一杯のような顔。年相応の綺麗さがどこにもない。再度トライしたが似たようなものだった。お金を二倍払い、腹立たしくて結局ゴミ箱行きになってしまった。気を取り直して写真館で自分的に満足な写真が撮れた。そして今回、同じ写真館で撮ってもらった。出来上がりは、年相応のおばさんで期待はしなかったがそれでもガックリした。元々写真撮影は顔が強張っていつも不自然なものばかりだった。これが現実なのだ。正直、この写真もあまり見たくない。でもスピード写真だとこれ以上の恐ろしい顔になってしまうのはわかっている。これからは表情筋を動かして良い写真が撮れるよう努力する。
2025.01.28
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現在、副鼻腔炎と体の痒みで5種類の薬を飲んでいる。プラス、ドライアイの点眼薬も。薬を飲む生活になって、服薬って面倒だと実感している。たかが薬を飲むこと、と軽く考えていたが飲み忘れたり、飲んだかどうだか分からなくなってゴミ箱をチェックしたり。 食後その流れで服薬と思い、キッチンの窓側カウンターに置いているがそれでも忘れる。注意するしかない。早く薬を飲む生活から抜け出したい。
2025.01.25
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私が嫁ぐ前に亡くなった義理祖母の命日。恒例でおこわを蒸し、花を仏壇へ飾る。花は買うようになるが、それまでは仏壇用のセットになってるのを買っていたが、いかにもな仏壇花なので今回は私の好きな花にしようと決心した。私の好きな花は黄色の花。花屋では黄色のミニバラが目を引いたが流石に仏壇には飾れない。選んだのは黄色のスターチス、フリージア、ガーベラに白い小菊をプラスした。同じ黄色でも花によって濃淡があり、可愛らしい雰囲気になって嬉しかった。来月は舅の命日がある。また花屋さんで好きな花でまとめよう。楽しみが一つできた。
2025.01.24
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ACジャパンのCMがおもしろい。思えばその存在を知ったのは、東日本大震災の時。我が家周辺は命に関する深刻な被害は無かったが、それでもそれまで経験したことの無い状況で精神的には疲弊していた。そんな時このCMには癒された。それまで知らなかった金子みすゞの詩も心に沁みた。病の後のお粥と薄味の煮物の様に体の隅々まで沁みた。その当時の事が蘇り、実際の今のCMは勿論刷新されたものではあるけど。見て優しい気持ちになる。周りには優しく接しなくては、自分の体を大切にしなくてはとかをユーモラスな構成で流れてくる。久し振りのマッチも年は取ったのねと彼にも好感が持てた。このCMが流れている渦中のテレビ局、東日本大震災の被害を嘲笑う文字が入った名刺を当時のドラマに瞬間的に挿入していた事を最近知った。 怒りしかない。正しく断罪してほしいと心から思う。
2025.01.22
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小学校の給食で一番好きなメニューがわかめ汁だった。じゃがいも、油揚げ、わかめ、他にも何か入っていたのかも。 でもシンプルな内容だったと思う。そして時々おわんのそこから姿を表す煮干し。これも残さず食べた。母が作る鰹節を削った出汁ではない、煮干し出汁に違う美味しさに気付いた。アンケートをとってもわかめ汁は上位の人気メニューだった。ただ級友でこの煮干しが苦手で先生に見つからないよう、取り出した煮干しをテッシュに包んでいた子を数人見た。今朝、体が回復して食欲が出て煮干し出汁のわかめの味噌汁を食べたくて作った。朝食はパンが定番なのだがこの味噌汁でご飯が食べたかった。具はネギでも大根でもない、ワカメでなくてはならない。おかずは昆布の佃煮と小女子の山椒煮。子供の頃から食べなれてきたものはいつまでも変わらないと思った。
2025.01.21
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今朝ホットココアを飲んでしみじみ美味しいと思った。今までは食欲不振で何を食べても味気が無く、無理して口に運んでいただけだった。 それが今日、心の底から「ああ、美味しい」と思えたのだ。 昨日も家事をしていて体が軽いことに気付いた。 うれしかった。体はちゃんと元に戻ってくれる。今回のかぜでかなり体重が落ちた。お腹をさわると贅肉がだいぶ減った。食べられない時、このお肉が代わりに体のために働いてくれたのね。ありがとう。これからは回復するだけ。こんな症状にならないよう風邪には気をつけよう。
2025.01.20
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ふざけたテレビ局だと思ったのはもう40年も前になる。会社のロゴがまるで落書きのような目玉のイラストに変わった時。同じ手書き風の花丸うどんは小学校時代をおもわせるほんわかとした印象なのに対してフジテレビのそれは描きながらクスクス笑っている印象。当時の「笑っていいとも」のゲストに手元のノートにサインしてみせるタモリとダブって見えた。あの新しいロゴを見た時、ふざけている、下品、狂ってると思った。こんなロゴがOKなのはそれなりの体質のテレビ局なのだなと思った。そして今回のあの騒ぎ。ネットでフジの過去の悪質さを知って愕然とした。ワイドショーの中でまるで公開虐めの浅田真央と反対にライバルのキム・ヨナ上げ。東日本大震災を嘲笑った名刺をドラマで放送。そして謹賀新年の巨大ポスターは地獄絵図。今回のことで新しく知ったこともあり、日本人としてとても許せることではない。どうか正当な処分になるよう願ってやまない。
2025.01.19
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スーパーにお弁当を買いにいった、日替わり弁当は紙製の容器で中身が見えない。イカタル弁当と書いてある。イカとかいてある以上イカなのは理解できるがタルがわからない。もしかしてイカタルという何か肉か魚の料理名の可能性もある。夫が肉嫌いなのでそれでは困る。近くにいた女性社員に聞くと分からないという。気になりながらも普通ののり弁当を買った。イカタルは有名なのか?知らない筈かないのか。帰ってからスマホで検索したらイカの唐揚げにタルタルソースが載っているものだった。これだったら買うんだった。多いに後悔し次回は必ず買う!と決心したのだった。
2025.01.18
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すっかり恒例になった今の時期の菓子店のいちご一色のお菓子の広告。それを見ると私は寂しい気持ちになる。世間は今は春とみなしている。もう冬は終わりなのかと寂しい気持ちになる。私は冬が好きだ。しんしんと牡丹雪が降る景色は子供の頃からの懐かしい風景。暖房の効いた暖かい部屋にいるのが落ち着く。インドア派なので家に籠もれる冬が好きなんだ。暖かくなれば外の仕事がある。畑や庭の手入れ。そんなことに気を回すこと無く家に居られる冬が好きなんだ。二月になれば樹木の根本は周りが雪に覆われてもそこだけ丸く溶けている。植物も動き出しているんだ。そんな活動的な様子を苦々しく見ている私。寂しいと言いながらも苺色のお菓子の広告は隅々まで見るのであった。
2025.01.17
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この冬はならないかなと期待した副鼻腔炎になってしまった。今回は今までで一番症状が酷い。鼻詰まり、鼻汁、頭痛、咳。上記位以外でも風邪になった時からずっと続く、食欲不振とだるさで自宅にいられるのでずっと横になったりクッションに体を預けてテレビを見たり。ずっと無理して口に入れているだけで食事の楽しみがない。食欲不振は家族の食事にも影響するのでこまる。美味しいご飯を作るというやる気がないのだ。台所に立っているのも苦痛。この不調はもう一週間以上になっている。働いていた時は熱が無い限り出社してなんとか出来たのになと、もしかして好きなだけ休める現在の生活状況の影響なのかもと思えてきた。昨夜も寝てから咳が止まらなくて、もしかして母と同じ間質性肺炎で明日の朝は救急車かなと思ったり。でもこの咳は副鼻腔炎に違いないと思う。医院で貰った薬は終わり(効き目なし)、龍角散を飲んでるが一時的なもの。1週間前に予約して最短日の明日、耳鼻科に行くことができる。こんなに症状が酷いのに1週間待たされるなんて間違っている。だからといって呼吸器科の医院に行く気力も無い。だいぶ体も退化してるんじゃないかとちょっと心配。早く良くなっていつもの生活に戻りたい。
2025.01.16
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5〜6年振り位、久し振りのスーパー銭湯へ。その銭湯は以前行った時、石けん類、クレンジング、乳液等全て揃っていたので今回もそのつもりで入湯。行くといつもの温泉風景。サウナは座る時、下にズラリと敷いてあった厚地のバスタオルは無く、中に入る時脇のラックに立ててあるビート板のような敷物をお尻に敷くことになっていた。風邪がまだ治りきっていないので、サウナは少しだけ入って普通の各種風呂へ。露天風呂へ行くと冷たい気温に鳥肌がたった。お湯に入っていても、体調が戻っていないのでゆっくりお湯につかる余裕がない。取り敢えず各風呂に全部入り、元を取ったつもりで短時間で上がった。髪を乾かすのにそのブースへ行って愕然とした。鏡の前にあるのはドライヤーと綿棒だけ。以前あったクレンジング、化粧水、乳液、ヘアブラシが無い!事情は想像できる。以前のコロナとずっと続く値上がりラッシュ。銭湯側も生き残りに必死の決断の結果なんだろうな。しかし、こちらは手ぶらで来た身。 取り敢えずドライヤーは手櫛で乾かすことで何とか形になった。手櫛で引っ張りながらドライヤーをかけるとサラサラのツヤツヤになることを今更ながら実感。さてバリバリにつっぱっているこの顔はどうしよう。取り敢えずバッグの中にリップがあるのでそれを取り出し、唇を塗ったあと口の周りと目の周りを塗り込んだ。色付きリップじゃなくて良かったとしみじみ思った。これで顔のバリバリ感も無くなり、今度よそのスーパー銭湯へ行くときも念の為に、基礎化粧品一式は持っていこうと思った。
2025.01.13
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気づくとスカートをはかなくなった。およばれ時や外出着にはワンピースやスーツにあるが普段着では無い。時代の流れもある。今は女性もパンツが当たり前になった。看護婦さんの動きやすそうなパンツスタイルは見ていて清々しい。作業をするのにはパンツが一番なのだ。着物が当たり前だった時代の日本でも、農作業や戦時下では動きやすいモンペを履いていた。意外にも西洋は絵画や映画、テレビなどで見ると農婦の作業着がフルレングスのスカート。モンペの様な発想は無かったのかな。農作業は砂埃や泥で汚れも半端ないのに。パンツ(ズボン)は男性のもの、とはっきり区別されていたのかな。それでも足首の少し上の長さのスカートは履いていて心地良い。着物を着ている感覚に近い。この長さなら転んでも下着が見える心配もないし、スカート生地をバサバサと捌きながら歩くのが心地良い。けれどもスカートは自宅では履けない。畑に野菜を取りに行ったりするのでやっぱりズボンなのだ。社会人時代のストッキングが新品で在庫がたくさんあるが私の知り合いは皆ストッキングを履かない人達ばかりなのでいまでもクローゼットの中で眠っている。
2025.01.12
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孫達の風邪の時、面倒を見ていたので気を付けていても風邪が伝染るのは不可抗力だ。それでも不思議とコロナとインフルエンザにはならなかった。数日前に喉が痛くなり、市販の風邪薬を飲んでいたが良くならない。熱は出ず、鼻水と喉の痛みと咳と食欲不振、体の怠さだったのが、昨日から目ヤニが大量に出、目も充血していた。2日後には新年会があるので何としても治したい。今までは風邪のときは市販の薬を飲んで自宅療養だったが、今回は予定があるので近くの内科へ行った。待合室に入ると室温が暖かくて心地よかった。念の為、コロナとインフルエンザの検索も陰性だった。お薬をもらい、明後日まで良くなりますようにと祈った。
2025.01.09
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料理は「ほんだし」をずっと使っていた。その味に慣れてしまうと削りカツオを使った出汁は物足りなく思っていた。正しい削りカツオの量だと大量でかえって高上がりになる。なのでほんだしプラス削りカツオ少々で香りをだしていた。過去使ったことがある煮干しを又使ってみた。夜、味噌汁に使うのなら朝かお昼に鍋に水を張り、内臓と頭を取った煮干し3本で、2人分の味噌汁に。生臭みが少々気になるが削りカツオより安上がりで出汁もほんだしとは違う美味しさがある。味噌汁は煮干しが基本になった。 ただ煮物類はまだ「ほんだし」だ。無理をせず、おいしいものを食べていきたい。
2025.01.05
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のんびりと過ごせることに幸せを感じている。姑が存命の頃は正しい正月をすごさなければならずそれは嫁が忙しい思いをすることと、イコールだった。新聞で箱根駅伝の記事を見ると嫌な気分になる。その当時、駅伝が放送されている時間は親戚が我が家に来ていて、箱根駅伝が好きな親戚がいて、お正月にはレースがある時間はずっとつけたままだった。その放送を耳にしながら、私自身は気が休まらなかったから。一緒にコタツに入ってみんなと談笑していても、なにかに気付いた姑が私に用事を言いつける。ゆっくり談笑なんてできなかった。でもそんな辛い時期も永遠には続かない。今私は人生のボーナスをもらっていると思う。老人に着々となってからだの不調も出ているというのに、日々穏やかに誰の目も気にすることが無く生活することがこんなにも幸せなことだとは。あの当時、嫁として姑に異を唱え、戦っていた人も実際いるがそれは悪口として耳に入るので、私はそうはならないと不自由な生活を選んでいた。あの時戦っていたらどうなっていただろう。でも自分の生活上の辛さ、不自由さは姑に正直に伝えることは大事だったのではないかと今なら思う。あの当時、未熟な私は我慢をするという道を選んだのだから。もっと当時の辛さを、語り合える友人がいればなと今更ながら思うが、そういう話題はあえて避けていた自分がいる。それが正しいと信じて生きてきて今がある。長い物には巻かれろの精神で自分の正直な気持ちを隠して生きてきたのだ。それが私。これからは人に迷惑かけない範囲で、自分の好きな事をする、と心に決めている。
2025.01.04
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今年の初買い物は隣町のザ・モール、無印良品でビーズクッションだった。昨年20年近く使ったビーズクッションがヘタって処分した。孫達がそれに埋まるようにしてテレビを見ていたのでまた購入したいと思っていた。店に行くと初売りでそれが2000円引きだった。グッドタイミング。前回のは実は息子が学生時代、購入したのを譲り受けたもの。店で陳列されている本体は意外な姿だった。本体とカバーが別売りになっていて、本体は白いビニール袋に風呂敷包のように包まれてなんとも地味な見た目。カバーに入った状態で売られていると思ったのでその地味さ加減が購入意欲が無くなるほど。それでも孫達のことを思って購入した。大きなカートに買ったものを乗せ駐車場へ。徒歩の人はどうするのだろうか、配達してもらうのかななどと考えながら。
2025.01.02
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隣町のショッピングセンターに行く時にいつも通る裏道。その道路沿いにある、以前ヘルパーの仕事をしていた時の同僚Sさんの自宅。 母親と2人暮らしで数年前に平屋を新築していた。事務所で雑談をしていてお互いの自宅の場所を知った。ここ1年ほど日中通るたび、彼女の自家用車が駐車されている。ヘルパーは辞めたということか。しかし彼女は50代、まだ働ける年齢。確かに同僚だった頃、話の端々に「私もうこの仕事辞めるの」というのを何度も聞いた。しかし世の常として会社辞めると口に出す人ほど、辞めたりしない。彼女は何だかんだいいながらも定年まで勤め上げると思っていたが、自宅に日中駐車されているのは仕事を辞めたということになる。体を壊して自宅療養か。親の介護で目が離せなくなって離職とはよく聞くけど、現実は勤めながら介護サービスを利用するのが賢明なのは介護の仕事をしていればわかるはず。まさかもうこの世に居ないとか。そしたら車は処分されるはず。彼女の家の前の愛車を確認しながらあれこれ考えていた。それが先日所用で夕食後彼女の家の前を通ったときその車が無かったような気がした。運転中で確認は出来なかったが夜いないということは夜のお仕事をしているのではと思いついた。水商売ではなく、介護の仕事で施設勤務は夜勤は交代で当然あるが、人によっては収入が多い夜勤専門で勤めている人もいると介護の研修で説明があった。もしかしたら彼女は夜勤をしているのかもと思った。たまにスーパーで顔を合わせれば懐かしくて声をかけていたけれど今度見かけたら、私の疑問をそれとなく聞いてみようと思った。
2025.01.01
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