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今の季節、我が家の屋根で鳴いてるキジバト。「デデーポッポ」というのが泣きたくなるくらい懐かしい。子供の頃を思い出す。母を思い出す。田舎の風景。実は母の実家でも鳴いていた印象が一番強い。子供の頃お世話になった母の実家。自分の家よりも落ち着く家であの家の匂い、音が好きだった。物心ついた頃には自宅のようなものだったから。一つ違いの従妹と姉妹のように遊んだこと。しかし、他の家族からは私は嫌われていたと薄々感じていたけど、それを考えないようにしていた。自分のわがままやすぐ相手を叩いたりしていたから仕方がないか。母もよく言ってたから。だから私は自分の子供時代は可愛くない子供と思い込んでいた。歓迎されてないのに、小学生になっても泊まりがけでその親戚の家に行っていた。冷たい視線を感じていたのに。一つうえの従妹がやさしかったから甘えていた。その家が懐かしかったから。キジバトの鳴き声を聞くとあの当時の空気読めないバカな私を思い出す。 いつしか従妹とも疎遠になってしまった。こんど会えたら、あの当時やさしくしてくれたこと、ちゃんと言葉にして彼女に伝えよう。
2023.06.30
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昨日までの3日間、2才になる孫娘を預かっていた。熱が出て保育園をお休みしたため。他に症状がなく元気があったので今日から登園となった。ほっとした。孫は可愛いが何かあったらと気を遣うので、今日からは自分のことを最優先できると思うと嬉しかった。保育園に預けず、ずっと孫を見ているお祖母ちゃんは大変だと思う。姑も幼稚園に行くまで私の子供ふたりをずっと見てくれたので感謝しよう。孫達が病気になったとき、働くお母さんで近くに頼める親がいない人は本当に大変だと、孫達を見ていて思う。共働きが当たり前になったのに子供達の非常時のケアがまだ追い付かない。息子の子供達は恵まれているほうなのだ。
2023.06.29
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先週、目脂が酷くて行った眼科にアレルギー検査の結果を聞きに行った。名前を呼ばれ、看護師さんがPCを持って私の所へ来た。現在の状況を聞かれ、その後検査室の椅子で名前をを呼ばれるのを待つ。その間、看護師さんからアレルギー検査の結果の用紙を受け取った。なんとほとんどアレルギーは無く、反応するのはスギ花粉のみ。 意外な結果だった。昔のアレルギー性鼻炎もほとんどでなくなり、その証拠のこの結果か。体質は変わるのだ。今年は新たに副鼻腔炎にはなってしまったが。特に食べ物や生活で気を付けたこともなかった。医師と話すと、結膜炎のほとんど症状は消えており、少しの目の痒みもドライアイからのものなのかもとのこと。お薬を処方してもらい、眼科を後にした。
2023.06.23
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夫が風邪気味だというので、市販の風邪薬を渡した。 ひさしぶりの風邪薬。かつてはベッドの棚に置いていた。父の介護をしていた頃。風邪気味だと気付くとすぐに飲んで対処した。おかげでいつも鼻風邪くらいで収まっていた。もしかしたら薬のおかげというよりも私自身の風邪にならないという強い気力だったのかも。週の半分は施設にお泊まりしていた父に風邪を移したら、高齢の父には体力的に大変だし、施設の人に移しても大変。もちろん、風邪となればお泊まりは中止になり、私が引き続き実家でお世話するようになる。貴重なお泊まりで自宅に帰れたのにそれがなくなるのは何としても阻止したい。そのためにも、自分は風邪になってはいけない。そんな思いだった。案の定、父が亡くなってから風邪を何度もひいた。副鼻腔炎にもなった。実家で父と生活していて私が副鼻腔炎で咳を頻繁にしていたら、父は心配しただろうな。頻繁なうえ、咳も煩かっただろう。父が存命のとき、副鼻腔炎にならなくてよかった。そして父の介護は温かい思い出だと改めて思った。
2023.06.21
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平田村へ夫と。向かう先は道の駅 。売店の入り口には野菜や花の植木が売られていた。めだかも、ふたつがい¥1000だった。以前、長沼町のあがつま菓子店で入り口にあったたくさんのめだか達を思い出した。入れ物の脇のプレートには「ご自由にお持ちください」の文字が。その印象があるので¥1000は高い気がした。しかしつがいになっている。おそらく菓子店はつがいは関係なく貰うようになるんだろうな。あの時、お饅頭だけ買ってあとで貰いにこようと思ったが、生き物を育てた経験は子供達が小さいときの金魚以来でいまだに腰を上げられない。一応、前からバケツに入った蓮を育てているので飼うとすればそこにいれようと思い、置場所はあちこち模索中ではある。まだ気持ちが定まらないので、もう少し時期を見よう。中の売店で生うどん、手作り柏饅頭を買った。お昼はそこの蕎麦店で。お客は私達と同年代から上の人達ばかり。平日なので年金生活者だ。母に似ている人がテーブルにいた。何度も顔を見てしまった。私はかき揚げうどん。夫は天麩羅そば。かき揚げも野菜が沢山入ってサクサクだった。夫は天麩羅はエビと野菜数種類。窓の外は田んぼが見える。国道脇はずっと山で樹木と竹藪が張り出すように繁っている。隣の人が食べていた盛りそばに蕎麦湯の入れ物があった。私も蕎麦湯飲みたかった。以前、東京のホテルに泊まったとき、地下の蕎麦屋さんに入ると一人でいたインド系の従業員から蕎麦湯をもらったことをなぜか思い出した。帰り道昔の勤め先の近くを通った。よく利用したコンビニもそのままだ。来るとき見た小学校のプール。生徒達が水着姿で体操していたが帰りにはプールはしんと静まり返っていた。なぜか今の季節からの国道を通ると懐かしさで胸がキュンとする。この国道は海へ通じる道。幼い我が子達と夏休み通った道。同時に実家の家族と通った道。あの時の父母よりもずっと年取った私。車のなかで外の景色を見ながらあれこれ物思いにふけっていた。
2023.06.20
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最近、新聞を読まない事が多くなった。ネットでニュースをみられるので必要性を感じなくなった。夫も同様で二人で読まないで翌日片付けるとき、角がきっちりと揃って厚みの無い新聞というのが何度もある。新聞購読を止めたらどうなるか考えた。テレビ欄が見られない→◎テレビで番組表が確認できる。新聞紙をそうじ、農作業、片付け時に使う→◎ネットで無地新聞紙というのが売られてるスーパーのチラシ→✕ネットでも見られるが紙媒体が見易い。そういえばスーパーの入口にチラシを持参できるよう置いておくのは、新聞紙を取っていないお客の為か?お悔やみ欄→✕新聞紙を取っていなければ知ることはできない。< 結論>最後のお悔やみ欄は生活していくのにお付き合いとして大事なことなので、新聞は我が家では必要である。新聞購読を止めるのは、まだまだずっと先のことのようだ。
2023.06.20
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昨日二回目の副鼻腔炎になったので耳鼻科へ行ってきた。予約した時間が最短で夕方7時。そこしか無かった。診察室に入って待っているとき、看護師さんが金属の細い棒に綿を巻き付けているのをぼんやり見ていた。治療を受けたときにその綿棒を使われたがほんの1,2秒だった。治療後の鼻の吸入。前回が二ヶ月前で勝手を忘れていた。看護師さんは使い方は知っているはずと特に説明もなく、私も疑問にも持たず吸入器を鼻に。暫くしてから、そういえばこれは自分でボタンを押して二回やると思い出し、現在の吸入器から薬剤が出て無いことに気づく。我に返ってボタンを押し直す。年を取ったということだ。会計時、処方箋を貰ったが、医院の前の薬局は既に閉まっていたので月曜日に受けとることに。それまで前回のお薬を飲んでいよう。帰るとき、玄関ではすでに看護師さんがお掃除をしていた。
2023.06.18
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喉の奥の痛みを感じ、風邪の初期症状からまた副鼻腔炎になってしまった。喉の痛みのときはまさかと楽観的に考えていたので、次回からは初期症状が出たら迷わず耳鼻科に予約をいれよう。副鼻腔炎でなかったら取り消せば良いのだから。予約も最短4日後だ。人気のある耳鼻科なので仕方がない。これから約1ヶ月付き合って行かなければ。一番つらいのは咳。咳をするたびに頭も痛い。そのつぎに鼻汁。匂いが分からなくなるので食欲も無くなる。他の深刻な病気を思えば楽なものだ。普通の生活ができるのだから。通院すれば日を追うごとに症状は改善する。無理をせず付き合っていこうと思う。
2023.06.17
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南アフリカ共和国のマンデラ大統領とラグビーチームとの話。マンデラ大統領というと、来日当時、皇室の雅子様に挨拶した時、握手しながら暫くお話をしていてその手を離さなかった動画を見た。マンデラ大統領は後ろ姿で横顔が少し見えるだけなのだが、頬っぺたが盛り上がって明らかに笑顔だとわかる。なかなか離さない手を雅子様は笑顔で応じて下さってお二人が微笑ましくて良い動画だった。今回の映画ではモーガン フリーマンが彼の役。あまり表情が変わらないラグビーチームの主将のマット デイモンが初めて二人だけのお茶会に招かれる。大統領の穏やかでユーモアのある話し方。この人だったら緊張せずに本音が話せる。30年も政治犯で投獄されていたのに、それを許すと言う。重要な人物にコンタクトをとるのにその人の故国の好物のキャンデーをプレゼントするというセリフがチラリと出て来るが、こういう小さな気遣いが出来るからこその国民に愛された大統領なのだなと。大統領の周りのスタッフも最初は白人と黒人で関係がギクシャクしているのに、終盤のラグビーの試合でみんな気持ちが一つになる。ラグビーなんてルールも知らないし、興味もなかったが、面白かった。優勝候補のニュージーランド選手のかっこよさ。試合前の「頑張って、頑張って」に聞こえるあの声の掛け合い。旅客機の機長が「責任は私が取るから」と独断で試合のスタジアムスレスレ上空を飛ぶ。こちらに向かってくる旅客機に警備スタッフは緊張するが、スタジアム上空に来るとなんと胴体の底には「頑張れハカ(南アフリカチームの愛称)」の文字が。試合を見ている人達(グループ)を時間が過ぎるたびに次々に映るのも面白かった。とくに停車している警察(?)の車の前を通った黒人の少年が車内でラジオで試合を聞いているのに気付いて足が止まる。↓車前方でしゃがんでいるその少年に気付いて「あっちへ行け!」と追い払う白人警官。↓追い払ってもそこに留まる少年に不信感をもって近づく警官。持っている布バックは中には不審物はなく、そのまま車に戻る警官。↓試合がだんだん盛り上がってきて、なんとその少年、車のボンネットに腰を下ろして(受け入れられた?)一緒にラジオを聞いている。車のドアは開いている。↓この少年コーラを手にしてる!警察官から買ってもらったんだ!↓優勝決定。この黒人少年を数人の白人警官が胴上げしてる。みんな笑顔!このシーンが時間経過とともに他のシーンと一緒に間に挟まれていた。良い映画を見た。
2023.06.16
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明日で一週間になる。 今日も風邪で孫娘をみる。先日まではお兄ちゃんもいて二人みるのはさすがに重労働だった。 三人がけのソファを二人が背面を跨いで反対側に落下したら大変だと大きなクッションとオットマンと食卓用椅子を背面にピタリとくっつけておいた。それを見た孫二人、面白がってまたがっては背面下の椅子等に下り、それを嬉しそうに何度も繰り返す。こちらは怪我したら大変と、ずっと見張っていたので大変疲れた。孫達、風邪で外にでられない分、家のなかで随分体を動かしたのですぐにお昼寝をしてくれると期待したがそうでもない。やっと眠ったかとおもっても一時間位で孫娘は泣きながら起きてきた。今日はお兄ちゃんは幼稚園に行けたが、孫娘は保育園お休み。昨日の反省でソファは押し入れに背面をピタリと押し付けた、この移動も大変だが背に腹は代えられない。 それでも二人より1人の方がずっと楽だと実感する。あと何日休むようになるのかなと、孫もりから解放される日を待ち望んでいる。しかし、孫二人は可愛いので、体力的に大変でも幸福感に浸っている。
2023.06.13
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お風呂に入ったとき気付いた。右脇の下から腕の外側がブツブツがあること。皮膚の下から盛り上がったぶつぶつ。痒みもある。お風呂上がりに鏡で見ると、細かい大きさのぶつぶつと掻いだため赤くなっている。その日はそのままで翌日のお風呂上がりに薬箱にあった抗ヒスタミン剤の塗り薬を塗ったら翌日ブツブツは収まった。痒みもない。ただ赤みだけが少し残っているだけ。本当は今日皮膚科に行くつもりだったけど、中止した。症状がでたときは帯状疱疹を疑った。ワクチンを打ったけど100%ではない。まして私の打ったワクチンは¥7000の方。ワクチンには二種類あって数万円するワクチンは罹患する確率も低い。しかし、罹患するかどうかもわからないのに数万円を出すのはとてもできない。もし今回、ワクチンを打ったにも関わらず罹患したら安い方だったからと後悔するのだろうか。嫌、運命だったと諦める。庶民の年金生活者の私には¥7000が精一杯。するべきことをしてこうなったのなら諦めるだろう。結局、帯状疱疹ではなかったようだ。
2023.06.09
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今までで食品の買い物は¥3000前後で納まっていた。それが今は¥5000台。1万円札がすぐ無くなってしまう。おやつは市販のものは悲しいくらい小型化がすすんでバカらしいので手作りを積極的にしている。しかしふと考えた。コーヒーゼリーに添えるミルクジャム。牛乳を熱するのに電子レンジを使うのだけど、もしかして電気代結構かかるかも。クッキーもどうせならとバターを使ってるのだけど、材料費計算すると安売りのクッキーの方が安いかも。それにバターだけでは高上がりなので、お菓子専用のマーガリンを見たらなんと¥300台になっている。それでも少しでも安上がりにとバターに混ぜて使っている。普段ようの麦茶もペットを買っていたが、きょうペットの空き瓶にほうじ茶パックを煮出して入れた。出来立ての温かいほうじ茶を飲むと、いつも行く近くの食堂のお茶と同じ味がした。ほうじ茶はそれまで急須で出していたけど、ヤカンで煮出すと香ばしさがでておいしかった。きょうの嬉しいことの一つでした。
2023.06.05
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ネットを見ていて、たまたま知った情報だった。パナソニックの衣類乾燥除湿機のリコール我が家の除湿機が該当するか除湿機の取説を出して品番を調べたら該当していた。我が家の除湿機、2015年製で現品交換とわかった。暖房を使う冬以外の、室内で乾燥時に頻繁に使っていて、何も問題はなかった。リコールの理由は使用時の自然発火の恐れらしい。外出時に作動させたままはよくあったので、何もなかったのは幸運だった。しかし8年酷使して、どこも故障もなくリコールで新品を貰えるなんて夢のよう。だが一歩間違えば火事の可能性があったのだから単純に喜んでもいられない。交換の時期は混んでいるので2~3カ月先になるとのこと。今は夫婦二人の生活なので、毎日洗濯しなくても充分間に合う。新品が到着するまで、現在ある除湿機は使わないようにしよう。
2023.06.04
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母とは何でも話せる間柄ではなかった。相性が悪いのかもしれない。一緒にいても何となくほっとするという感覚はなかった。ただ肉親だから、なにかと気遣ってはいたが義務感からだった。 何でも話せる、母は私の唯一の味方だからと言っていた知り合いの言葉が衝撃だった。私はそれがなかったから。私の味方だとはつゆほどにも思わなかった。私の話をきいてくれなかった。私にも原因がある。ちゃんと自分の気持ちを言葉にしなかった(できなかった)から、母は私を正しく理解していなかった。私が結婚して同居先の義理の親や兄弟ともギクシャクしたこともちゃんと正しく説明しなかったのが悪いのだ。苦情を聞いた嫁ぎ先の親戚の仲人が、一方的に私が悪いということで実家に苦情を申し入れた。実情を知っていれば、母は私に味方してくれたかもしれない。けれど実際はそうじゃなかったので、益々母には不信感が募った。父は私の味方をしてくれた。家事も父の仕事の手伝いも、畑仕事も、親戚付き合い、近所付き合いもで全て完ぺきにこなした母。しかし私との相性は良くなくて、上部だけ母と娘だったけど心の中は気持ちは離れていた。同居生活で疲弊していた私の気持ちを理解しようともせず、核家族で気楽な生活の妹には好きなだけ実家に泊まることを許した母。母の気持ちが理解できない。いくら正しいことをした正しい母だったとしても娘の思いを聞いてほしかった。いまだに母が亡くなって号泣をしていない。
2023.06.03
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ドライアイ用目薬がそろそろ無くなりそうなので、近くの眼科へ。前回、マイナンバーカードを持ってくるように言われ、受付で渡すと目の前の専用機械で掛かりの人が、説明しながら操作した。要するに他の病院、薬局との紐付けができるらしい。言われるままに操作終了。個人情報の点で不安があることがニュースでもいわれていたが、これは信じることにしよう。待合室で名前を呼ばれて思わず「はい」と声を出して返事。みんなは無言で診察室に入っていく。看護師さんがアルコール消毒液を私の手にスプレーしてくれたがほんの少量。スプレーポンプを途中まで押した量。こんなに少なくて大丈夫なの?診察の結果は左目のドライアイが強いそう。目薬付け忘れが多いからか、治ってきたとは言われない。ドライアイは市販の目薬だけでも大丈夫と言われたが、健康保険が使われ、尚且つ通院の支障もないから、眼科に来ていたが、診察料金を取られるので、かえって通院の方が数百円高いことがわかった。あと一回通院して様子を見ることにしよう。
2023.06.02
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