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アメリカのドナルド・トランプ大統領は朝鮮の金正恩労働党委員長と近いうちに再び会談する意向を示している。 両首脳は今年(2018年)6月12日にシンガポールで会談し、4月27日に韓国の文在寅大統領と金正恩委員長が合意した朝鮮半島の非核化を米朝首脳は再確認しているが、予想されたとおり、アメリカ大統領は朝鮮半島の非核化を朝鮮の一方的な核兵器放棄に替えてしまった。 中国は非核化を和平交渉と並行して進めるべきだと主張、ロシアは朝鮮に対する一方的な「制裁」を止めるように求めているが、アメリカは核兵器の保有や開発をまず放棄しろと要求している。また、朝鮮側はアメリカに対し、非核化は和平の実現と組み合わせて進めるべきだとしている。信頼関係が築けていない段階で朝鮮政府がアメリカ政府の要求に従う可能性は小さい。 似たような問題でアメリカ支配層は信頼できる行動をとっていない。 例えばリビアの場合、アメリカは2003年にムアンマル・アル・カダフィ政権に核兵器や化学兵器の廃棄を決めさせたが、約束に反して「制裁」を解除しない。2010年にバラク・オバマ大統領はムスリム同胞団を使った侵略計画(PSD11)を作成、「アラブの春」という形で実行に移され、リビアは侵略されてカダフィ体制は崩壊、カダフィ自身は惨殺された。破壊、殺戮、略奪で現在は暴力が支配する破綻国家だ。 ドイツの場合、アメリカ政府とソ連政府が東西ドイツの統一で合意した際、アメリカの国務長官だったジェームズ・ベイカーはソ連のエドゥアルド・シェワルナゼ外務大臣に対し、統一後もドイツはNATOにとどまるものの、東へNATOを拡大することはないと約束した。ドイツのシュピーゲル誌によると、ロシア駐在アメリカ大使だったジャック・マトロックはアメリカがそのようにロシアへ約束したと語っている。現在、NATO軍はロシアとの国境沿いにミサイルを配備、軍隊を駐留させて威嚇している。 ベトナム戦争でアメリカ軍は負けたが、1991年にソ連が消滅した3年後、アメリカはベトナムに対する「制裁」を解除する代償として新自由主義を受け入れさせた。しかもベトナム戦争中にアメリカ側が行った犯罪的な行為は不問に付され、ベトナムの庶民は低賃金労働者として西側巨大資本の金儲けに奉仕させられている。 アメリカは朝鮮に対し、リビアと同じことをしようと目論んでいるように見える。アメリカ支配層にとっての平和とはパックスアメリカーナ、つまりアメリカが支配者として君臨するもので、他の国にとっては奴隷の平和だ。それを朝鮮は拒否している。 朝鮮が強気でいられるのは背後に中国、ロシア、そして韓国が存在しているからだろう。本ブログでは繰り返し書いてきたが、この3カ国は連携し、その戦略に基づいて状況は動き始めている。例えば、韓国政府と朝鮮政府はアメリカ政府の反対を押し切って朝鮮南西部の開城に共同連絡事務所を9月14日に開設、文在寅韓国大統領と金正恩朝鮮労働党委員長は9月18日と19日に朝鮮の首都、平壌で会談し、年内に鉄道と道路を連結する工事の着工式を行うことで同意した。 中国では本土と香港を結ぶ高速鉄道が開通、9月23日に最初の列車が走っている。この路線が完成したことで北京から香港までの移動に要する時間が24時間から9時間に短縮されるという。鉄道は中国、ロシア、そして朝鮮半島を結ぶ重要なインフラであり、19世紀から中国支配を目論んできたアングロ・サクソン系のアメリカとイギリスにとっては脅威。 中国やロシアはアメリカのドル体制を揺るがす存在でもある。まだ世界の商取引はドルが支配しているが、その支配力が弱まっている。放置していると遅かれ早あれドルは基軸通貨の地位から陥落、ドル支配に基づいて世界を支配してきたアメリカ帝国は崩壊する。アメリカの支配層は必死だ。 ロシアと韓国は国境を越えたエネルギー・プロジェクトを推進し、FTA(自由貿易協定)に関する話し合いを始めようとしているが、日本はアメリカへの従属度を高めるため、事実上のFTA交渉を始めようとしている。崩れゆく帝国に従う日本のエリートは支配体制を維持するため、治安システムを強化しようとしている。
2018.09.30
中国本土と香港を結ぶ高速鉄道が開通、9月23日に最初の列車が走った。この路線が完成したことで北京から香港までの移動に要する時間が24時間から9時間に短縮されるという。 遅くとも20世紀の初頭から高速鉄道はイギリスをはじめとする海洋国家に対抗する重要なファクターだと考えられてきた。1934年から43年にかけて南満州鉄道は大連駅から哈爾浜駅まで「超特急」と呼ばれた「アジア号」を走らせたが、それもそうした考え方に基づいている。 イギリスの戦略を知る上で重要な人物がいる。地理学者で地政学の父とも言われているハルフォード・マッキンダーだ。この学者は1904年、ロシアを支配するものが世界を支配するというハートランド理論を発表した。海洋国家であるイギリスは世界の覇者となるためにユーラシア大陸を支配する必要があり、その要はロシアだと分析、そのロシア周辺をハートランドと呼んだ。 そのハートランドを大陸周辺から締め上げるという戦略を彼は考え、西ヨーロッパ、パレスチナ、アラビア半島、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ内部三日月帯を、その外側に日本を含む外部三日月地帯を想定した。その後、内部三日月帯の上にイギリスはイスラエルとサウジアラビアを作り上げている。日本は内部三日月帯の東端にあるが、マッキンダーは外部三日月地帯の一部と見なしている。 そのイギリスは中国(清)を侵略し、その富を奪うため、1840年に戦争を始める。1842年まで続いたアヘン戦争だ。1856年から60年にかけても同じ構図の戦争、アロー戦争(第2次アヘン戦争)を引き起こしている。 こうした戦争でイギリスは勝利、最初の戦争で広州、厦門、福州、寧波、上海の開港とイギリス人の居住、香港の割譲、賠償金やイギリス軍の遠征費用などの支払いなどを中国は認めさせられ、次の戦争でイギリスは賠償金を払わせたほか、天津の開港や九龍半島の割譲を認めさせた。香港はイギリスによるアヘン密輸と侵略戦争の象徴だ。 しかし、イギリス軍に中国を支配する力はなかった。アヘン戦争やアロー戦争は基本的に海戦で、イギリス軍が制圧できたのは沿岸の一部地域だけ。主要な港を押さえられたことから中国が交易の面で大きなダメージを受けたことは事実だが、中国を制圧できていない。内陸を支配するためにはそれなりの規模の地上部隊が必要だった。 そこで目をつけられたのが日本。イギリスを後ろ盾とする薩摩と長州が徳川体制を倒して明治体制をスタートさせ、琉球併合、台湾への派兵、江華島での軍事的な挑発、日清戦争、日露戦争と続く。そうした侵略を始めた明治政府を支えていたのがイギリスにほかならない。いわば、日本はアル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)とうタグをつけられたジハード傭兵と似たような役割をさせられたのだ。 こうしたイギリスの長期戦略はアメリカが引き継いだ。ジミー・カーター政権で国家安全保障補佐官を務め、ジハード傭兵の仕組みを作り上げたズビグネフ・ブレジンスキーは自身の戦略をマッキンダーの戦略に基づいて作り上げていた。 イギリスがターゲットにしたロシアではシベリア横断鉄道が建設されてきた。その路線と中国の鉄道網を連結させ、さらに朝鮮半島を南下させるという計画が以前からある。ロシアは鉄道と並行する形で天然ガスなどを運ぶパイプラインを建設しとうとしている。 ロシアのウラジオストックでウラジミル・プーチン政権は2015年からEEF(東方経済フォーラム)を毎年9月に開催している。今年(2018年)は9月11日から13日にかけて開かれ、そこで朝鮮は自国の鉄道と韓国に鉄道を結びつけることに前向きな姿勢を見せた。 韓国政府と朝鮮政府はアメリカ政府の反対を押し切って朝鮮南西部の開城に共同連絡事務所を9月14日に開設、文在寅韓国大統領と金正恩朝鮮労働党委員長は9月18日と19日に朝鮮の首都、平壌で会談し、年内に鉄道と道路を連結する工事の着工式を行うことで同意したという。 南と北を鉄道で連結するという話は韓国と朝鮮だけで進めた話ではないだろう。背後には中国とロシアが存在している。そのロシアのドミトリ・メドベージェフ首相は2011年夏にシベリアで金正日と会談、朝鮮がロシアに負っている債務の90%(約100億ドル)を帳消しにし、10億ドルの投資をすることで合意している。 ところが、金正日が2011年12月に急死してしまう。本ブログでは前にも書いたが、金正日は暗殺されたのではないかとする説が韓国で流れた。2011年12月17日に列車で移動中、車内で急性心筋梗塞を起こして死亡したと朝鮮の国営メディアは19日に伝えているが、韓国の情報機関であるNIS(国家情報院)の元世勲院長(2009年~13年)は暗殺されたという見方をしていたのだ。 2004年4月に金総書記は危うく龍川(リョンチョン)の大爆発に巻き込まれるところだったという噂もある。爆発の2週間前にインターネットのイスラエル系サイトで北京訪問の際の金正日暗殺が話題になり、総書記を乗せた列車が龍川を通過した数時間後に爆発が起こったと言われている。貨車から漏れた硝酸アンモニウムに引火したことが原因だとされているが、そのタイミングから暗殺未遂の疑いがあるとされたのだ。 アメリカや日本は中国が石油などを運ぶ「海のシルクロード」をコントロールするために東シナ海や南シナ海で軍事的な圧力を強めているが、大陸の内部で鉄道やパイプラインが整備されると、沿岸地域から締め上げるというイギリスが考えた戦略の効果が低下してしまう。
2018.09.29
アメリカ主導軍が艦船を地中海へ集めている。ロシアの電子情報支援機IL20が撃墜される直前にミサイルを発射していたフランス海軍のフリゲート艦オーベルニュのほか、第2常設北大西洋条約機構海洋グループ(オランダ軍の駆逐艦デ・ロイテル、ギリシャ軍のフリゲート艦エリ、カナダ軍のフリゲート艦ビル・ド・ケベック、アメリカ軍の4駆逐艦カミー、ロス、ウィンストン・S・チャーチル、バルケリー)、アメリカ第6艦隊の揚陸指揮艦マウント・ホイットニーと3隻以上の原子力潜水艦、空母ハリー・S・トルーマンを中心とし、巡洋艦ノルマンディーを含む艦船、ドイツ軍のフリゲート艦アウクスブルクなどがこの海域へ現れたと伝えられている。ロシア軍はIL20が撃墜された後にシリア沖で軍事演習を実施した模様だ。 アメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランス、トルコ、カタールなどがジハード傭兵を使って2011年3月に始めたシリア侵略は失敗に終わった。2015年9月にロシア軍がシリア政府の要請で介入、その傭兵軍を敗走させたからだ。 ユーフラテスの北側でアメリカ軍はクルド勢力を抱き込み、イギリス軍やフランス軍と20カ所以上で軍事基地を建設して居座る姿勢を見せているが、南側ではトルコと接するイドリブをアメリカの影響下にあるアル・カイダ系のタハリール・アル・シャーム(アル・ヌスラ)が支配、アル・タンフはアメリカが不法占領し、同国とイギリスの特殊部隊が反シリア政府軍を訓練してきた。アメリカ軍はそのアル・タンフで今月(2018年9月)上旬に軍事演習を実施している。 イドリブではシリア政府軍とロシア軍が奪還する作戦を始める姿勢を見せ、対抗してアメリカ、イギリス、フランスは直接的な軍事介入を行うと脅していた。米英仏の3カ国は軍事介入を正当化するために化学兵器を使った偽旗作戦を実施する準備を進めているとロシア軍は警告していた。 化学兵器の使用をアメリカ政府が言い始めたのは2018年8月。当時のアメリカ大統領はバラク・オバマだが、この大統領は生物化学兵器の使用をシリアに対する直接的な直接的な軍事介入のレッド・ラインだとした。それ以来、化学兵器は侵略の口実として使われてきたが、いずれも後にアメリカの主張は嘘だと言うことが判明している。 イドリブでの制圧作戦をシリア政府軍とロシア軍が本格化させた場合、アメリカ主導軍と軍事衝突に発展する可能性もあったのだが、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領とロシアのウラジミル・プーチン大統領は政府軍とジハード傭兵軍との間に15から20キロメートルの幅で非武装地域を設置することで合意している。IL20が撃墜されたのはその数時間後だ。その後、イドリブを攻撃するために終結していたシリア政府軍はダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)に対する掃討作戦を実行するために南部へ移動したと言われている。 ロシアとトルコの合意によってアメリカなどが計画した化学兵器を口実とした軍事侵攻は難しくなった。IL20をフランス軍が撃墜したとなればNATO軍とロシア軍の衝突という事態もありえたが、シリア軍のS200がイスラエル軍機を間違って撃ち落としたとロシア国防省は説明、シリア軍へS300を2週間以内に引き渡し、シリアの防空部隊司令部に自動化されたコントロール・システムを装備させ、航空機の衛星ナビゲーション、搭載されたレーダー、通信システムをECM(電子対抗手段)でジャミングすると宣言した。ロシア軍は事実上、シリア上空を飛行禁止にしたと考えられている。 シリア侵略のためにオバマ政権が立てた最初の作戦は破綻した。ドナルド・トランプ政権はシリアから手を引く姿勢も見せたのだが、イスラエルやサウジアラビアはアメリカ政府に軍事的なエスカレーションを要求、おそらくイギリスやフランスもアメリカ軍にさらなる軍事力の行使を求めただろう。そして、アメリカ主導軍は艦船を地中海へ集めているわけだ。 イランの石油輸出を止めるというアメリカ政府の目論見も失敗した可能性が高く、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランスといった国々の圧力で新たな戦争が勃発しても不思議ではない。
2018.09.28
新潮社が発行してきた「新潮45」が「限りなく廃刊に近い休刊」になると伝えられている。自民党の杉田水脈衆院議員が寄稿したLGBT(Lesbian、Gay、Bisexual、Transgender)をテーマにした論文が問題になったという。外部から論文に対する批判があったようだが、ここでは論文の内容について議論するつもりはない。そうした批判が「限りなく廃刊に近い休刊」という形になったことに嫌なものを感じるのだ。 かつて講談社から「DAYS JAPAN」という月刊誌が発行されていた。創刊号(1988年4月号)で放射能汚染を取り上げるなど支配層を刺激しそうな雑誌だったが、89年11月号に掲載された著名人の講演料に関する記事で間違いがあり、90年1月号で謝罪、そのまま廃刊になった。「新潮45」の話を知り、この出来事を思い出した。なお、広河隆一を編集長として2004年に同じ「DAYS JAPAN」の名前で写真雑誌が出されている。 最初の「DAYS JAPAN」が創刊される前年、1987年の5月に朝日新聞阪神支局の編集室が覆面をしたふたり組に襲撃され、散弾銃で記者の小尻知博が殺され、犬飼兵衛が重傷を負った。この事件の4カ月前、朝日新聞東京本社に散弾2発が撃ち込まれていたことが後に判明している。また、1987年9月には同新聞名古屋本社寮にも散弾が撃ち込まれ、翌年3月には静岡支局で爆破未遂事件があった。 支配層が隠そうとする重要な情報を明らかにすることがジャーナリストの使命だと考える人がいるが、日本の支配層は重要な情報を隠すこために特定秘密保護法を成立させた。その法律が国会へ提出される直前、森雅子少子化担当相(当時)は法律の処罰対象として、沖縄返還に伴う密約を報じた西山太吉記者の逮捕を引き合いに出している。 毎日新聞の政治部に所属していた西山は1972年に逮捕されている。同記者は愛知揆一外相が牛場信彦駐米大使に宛てた愛知・アーミン・H・マイヤー駐日大使会談の内容や福田赳夫外相臨時代理と中山駐仏大使の間で交わされた井川外務省条約局長とスナイダー米駐日公使との交渉内容を明らかにした。それにより、「沖縄返還」に伴う軍用地の復元補償でアメリカが自発的に払う事となっている400万ドルを実際には日本が肩代わりする旨の密約の存在することが判明したのである。後にこの報道を裏付ける文書がアメリカの公文書館で発見され、返還交渉を外務省アメリカ局長として担当した吉野文六も密約の存在を認めている。 こうした情報を入手するため、西山は外務省の女性事務官と「ひそかに情を通じ」たとされ、マスコミは密約でなく西山と女性との関係を批判する。西山は密約を表に出したとして逮捕され、マスコミの世界から追い出された。 ところで、ベトナム戦争に反対する声が高まった頃、アメリカでは女性差別が問題になる。この議論自体に問題はないのだが、戦争に反対する声が差別問題へ誘導された印象があることも事実。 1967年4月4日に公民権運動の指導者として知られているマーチン・ルーサー・キング牧師はニューヨークのリバーサイド教会で「なぜ私はベトナムにおける戦争に反対するのか」という説教を行っている。キング牧師は黒人差別と侵略戦争の根が同じだと認識していたようだ。その1年後、1968年4月4日に暗殺された。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、アメリカの支配層は1970年代から報道統制を強化している。第2次世界大戦後、情報をコントロールするためにモッキンバードと呼ばれるプロジェクトを始動させていたが、メディアの中には気骨ある記者や編集者がいて、統制の間隙を縫って権力犯罪を明らかにしてた。当時の議会はまだ民主的な要素が残っていたことも支配層にとっては受け入れがたいことだった。 報道統制を強化するために支配層はメディア支配の規制を緩和、アメリカでは1983年には50社が90%のメディアを所有していたのに対し、2011年になると90%を6社が支配している。巨大資本にとってメディアの赤字は宣伝広告費で問題にならない。 そうした報道統制の強化が始まるタイミングで西山は逮捕された。朝日新聞への襲撃と「DAYS JAPAN」の廃刊が近いことは偶然なのだろうか? アメリカのロナルド・レーガン大統領は1982年6月、イギリス下院の本会議で「プロジェクト・デモクラシー」という用語を使った。勿論、この「デモクラシー」は本来の民主主義と全く関係がない。プロジェクトの目的はアメリカの巨大資本にとって都合の悪い国家、体制を崩壊させることにある。アメリカ国内での作戦は「プロジェクト・トゥルース」と呼ばれている。 1990年代に入るとアメリカの支配層はプロパガンダを推進するために宣伝会社を使うようになり、侵略を正当化するために「人権」や「民主化」というタグを前面に出してくる。
2018.09.27
広島高裁の三木昌之裁判長は9月25日、同高裁の野々上友之裁判長が昨年(2017年)12月13日に出した四国電力伊方原発3号機の運転差し止め決定を取り消した。 野々上裁判長は「阿蘇山(熊本県)の噴火で火砕流が原発敷地に到達する可能性が十分小さいと評価できない」としていたが、三木裁判長は阿蘇山の破局的噴火の「頻度は著しく小さく」、「発生の可能性が相応の根拠をもって示されない限り、想定しなくても安全性に欠けないとするのが社会通念」だと主張している。 頻度が小さければ安全と見なせるという主張は東電福島第一原発が過酷事故を引き起こす前にも言われていたこと。また地震や火山の噴火を相応の根拠をもって示す能力を人間は持っていないのが実態。首を穴の中に突っ込んで周りが見えない状態なら安全だと言っているに等しい。 阿蘇山の問題が議論された理由は2016年4月に熊本県で震度7という巨大地震が2度、立て続けに起こったことにあるのだろう。そのほかに震度6強や6弱の地震も複数回発生している。勿論、震度6も大きな地震だ。1948年の福井地震まで震度の最大値は6だった。 震度7を記録したのは1995年1月の兵庫県南部地震、2004年10月の新潟県中越地震、11年3月の東北地方太平洋沖地震(福島第一原発を破壊した)、そして熊本県における14年4月14日と16日の地震。その後、2018年9月には北海道胆振東部地震も震度7を記録、北海道全域が停電になった。1995年から大きな地震が頻発している印象を受けるが、その中でも熊本県の2回連続の地震は不気味だ。 1990年代から太平洋周辺で地殻変動が活発化しているという噂を聞くようになった。マグマの上昇が海水温上昇の原因だという説も唱えられている。2017年にはイエローストーンの周辺で地震が頻発、野生生物が暴走するなど何らかに異変が起こっているのではないかと話題になった。 イエローストーンはアメリカの国立公園として有名だが、巨大カルデラ。最大級の噴火があったなら少なくともアメリカの西半分は壊滅、地球全域に深刻な影響を及ぼすことは確実。それほどではないが、阿蘇山も大きな影響があるはずだ。環太平洋の地殻は危険な時期に入っていると言えるだろう。 2016年の熊本地震は中央構造線という巨大断層が動いたと見られているが、その上に伊方原発や川内原発はある。大きな揺れの地震は日本列島のどこで起こっても不思議ではないのだが、断層の上に建造物があれば地盤のずれで崩壊する。そこに断層の恐ろしさがある。 福島第一原発の事故で情報は封印され、補償は国民に押しつけられ、政治家、官僚、電力会社の幹部はほとんど責任をとっていない。検察は原発建設に抵抗した人物を厳しく攻撃するが、推進派には寛大。つまり、検察も原発事故では加害者側だ。
2018.09.26
シリア沖でロシア軍の電子情報支援機IL20が撃墜されたことを受け、セルゲイ・ショイグ国防大臣はシリアの防空システムを強化すると発表した。 第1にシリア軍へ射的距離250キロメートル以上という防空ミサイルS300を2週間以内に引き渡す。すでにシリアのロシア軍へはS300やS400を配備していると見られているが、シリア軍に対しては2013年に配備しようとした際、イスラエルの反対でロシアはシリアへの引き渡しを止めていた。 第2に、シリアの防空部隊司令部は自動化されたコントロール・システムを装備する。これによって防空能力が向上するだけでなく、ロシア軍機の識別が可能になり、9月17日のようなことは防げるというわけだ。 第3に、航空機の衛星ナビゲーション、搭載されたレーダー、通信システムはジャミングされる。ロシア軍のECM(電子対抗手段)能力は高い。例えば、アメリカ軍がシリアへ軍事侵攻すると見られていた2013年9月上旬、地中海からシリアへ向かって2機のミサイルが発射されたが、このミサイルは途中で海中へ落ちてしまう。イスラエルはミサイルの発射実験を行ったと発表するが、事前の警告はなく、ECM(電子対抗手段)が使われたと言われている。 2014年にウクライナの首都キエフでアメリカのバラク・オバマ政権はネオ・ナチを使ったクーデターを実行しているが、それに反発したクリミアの住民はロシアへ接近を図る。その際、ロシア軍のECMが使われたと見られている。 その年の4月にはアメリカ軍の駆逐艦ドナルド・クックが黒海へ入り、ロシア領に接近するのだが、その艦船の近くをロシア軍のSu24が飛行すると状況が一変した。ドナルド・クックはすぐルーマニアの港へ入り、その後、ロシアの国境には近づかなくなったのだ。ロシアでの報道によると、ロシア軍機は「キビニECMシステム」を搭載、ドナルド・クックのイージス・システムを麻痺させたという。 これまでアメリカ軍はECM対策として大量のミサイルを発射している。2017年4月には地中海に配備されていたアメリカ海軍の2駆逐艦、ポーターとロスが巡航ミサイル(トマホーク)59機をシリアのシャイラット空軍基地に向けて発射したものの、6割が無力化されている。 今年(2018年)4月には100機以上の巡航ミサイルをアメリカ軍、イギリス軍、フランス軍はシリアに対して発射したが、7割は無力化された。2017年には配備されていなかった短距離用の防空システムのパーンツィリ-S1が効果的だったという。 アメリカ軍やイスラエル軍にも電子戦用の兵器はあり、ロシア軍に対抗してくるだろうが、アメリカやイスラエルは軍事力で威嚇して傍若無人に振る舞ってきただけに、失敗すると両軍にとって大きな痛手になる。
2018.09.25
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の父親、ベンシオンはポーランドからパレスチナへ移民した人物で、大学時代にジャボチンスキーの「修正主義シオニスト世界連合」へ参加、1940年にはアメリカへ渡り、ジャボチンスキーの秘書になった。 その直後にジャボチンスキーは死亡するのだが、死んだ後もベンシオンはアメリカで活動を続け、パレスチナへ戻るのはイスラエルの「建国」が宣言された翌年、1949年のことだ。1950年代からはアメリカの大学で教鞭を執っている。 アメリカでエマニュエル・マクロンに近いのはヒラリー・クリントン、ベンヤミン・ネタニヤフに近いのはドナルド・トランプだ。 マクロンは昨年(2017年)5月の大統領選挙で勝利、大統領になったのだが、そのときのライバルがマリーヌ・ル・ペン。フランスの裁判所はル・ペンのダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)批判に絡み、彼女に精神鑑定を受けさせるように命じた。ル・ペンにつけられた「極右」というタグに影響され、「左翼」や「リベラル」を自称している人の相当部分は反射的に彼女を敵視する。彼女からなら言論の自由を奪ってもかまわないという発想なのだろうが、その矛先は全ての人びとに向けられることになる。 アメリカのジョージ・W・ブッシュ政権が2003年にイラクを先制攻撃した際、フランスはアメリカ政府の命令に従わず、戦争に反対した。そのときのフランス大統領はド・ゴール派のジャック・シラク。その後、シラクはスキャンダルに巻き込まれ、2011年12月に有罪判決を受けている。 シャルル・ド・ゴールは1959年から69年にかけてフランス大統領を務めた人物。アメリカ支配層とは一線を画していた。 フランスはイタリアと同じようにコミュニストの影響力が強かった国で、それはCIAの積極的な秘密工作につながる。1947年にフランスで社会党政権が誕生すると、その内部大臣だったエドアル・ドプは、右翼の秘密部隊が創設されたと語っている。その黒幕はアメリカとイギリスの支配層だったと見られている。 その年の夏、アメリカのCIAとイギリスのMI6は秘密部隊を使い、「青計画」と名付けられたクーデターを実行、シャルル・ド・ゴールを暗殺しようとする。発見された文書によると、まず政治的な緊張を高めるために左翼を装って「テロ」を実行し、クーデターを実行しやすい環境を作り出すことになっていた。フランスの情報機関SDECEも関与していたと見られている。 1961年にはOAS(秘密軍事機構)なる秘密組織が作られた。ド・ゴールに反発する軍人らによって構成される組織だが、その黒幕もCIAの破壊工作部門。OASはこの年の4月にマドリッドで開いた会議でクーデターを計画する。 まず、アルジェリアの主要都市、アルジェ、オラン、そしてコンスタンチンの支配を宣言し、その後でパリを制圧するという計画。その中心にはモーリス・シャレをはじめとする4名の将軍がいた。 それに対し、アメリカ大統領に就任して間もないジョン・F・ケネディはジェームズ・ガビン駐仏大使に対し、必要なあらゆる支援をする用意があるとド・ゴールへ伝えるように命じた。クーデター軍がパリへ侵攻してきたならアメリカ軍を投入するということを意味しているわけで、クーデター計画の黒幕とも言うべきCIAは驚愕する。その後、ド・ゴール大統領はSDECE長官を解任、SDECEの暗殺部隊と化していた第11ショック・パラシュート大隊を解散させた。 クーデターに失敗したOASだが、その一部は1962年8月にパリでド・ゴール大統領の暗殺を試み、失敗している。暗殺計画に加わったメンバーは9月にパリで逮捕され、全員に死刑判決が言い渡された。ただ、実際に処刑されたのはジャン=マリー・バスチャン=チリー大佐だけ。ド・ゴールを救ったケネディ大統領は1963年11月に暗殺された。 ド・ゴール暗殺未遂から4年後の1966年にフランス軍はNATOの軍事機構から離脱、翌年にはSHAPE(欧州連合軍最高司令部)をパリから追い出したが、ド・ゴールが大統領を退くとフランスの情報機関は再びCIAの下部機関と化してしまう。フランスがNATOの軍事機構へ一部復帰すると宣言したのは1995年のこと。完全復帰は2009年、ニコラ・サルコジが大統領だったときだ。(了)
2018.09.24
ロシア国防省はシリア沖で9月17日に撃墜された電子情報支援機IL20に関して説明した。それによると、イスラエル軍から攻撃の予告があったのは21時39分で、その1分後の40分にはイスラエル空軍のF16が精密誘導爆弾のGBU39でロシア軍のフメイミム空軍基地があるラタキアに対する攻撃を開始、51分にシリア軍が反撃を始めている。 21時59分に1機のイスラエル軍機がIL-20に接近、シリア側は新たな攻撃だと判断、22時03分にシリア軍が発射した防空ミサイルはF16より大きなターゲットであるIL20へ向かい、そのIL20の機影は22時07分に消えた。イスラエル側はロシア軍とシリア軍が使っている敵味方識別システムが違うことをしっていたとロシア国防省は主張している。 イスラエル軍機によるラタキアへの攻撃があった直後、ロシア国防省はIL20の機影が消えたとき、フランス軍のフリーゲート艦オーベルニュがミサイルを発射していたと発表している。このフランス艦についての説明がない。 フランス軍とイスラエル軍が連携していた可能性は否定できないのだが、両国政府の関係が微妙だという事実もある。フランスのエマニュエル・マクロン大統領がロスチャイルド資本の影響下にあるのに対し、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はウラジミール・ジャボチンスキーの影響を受けている。 マクロンは2006年から09年まで社会党に所属、その間、08年にロスチャイルド系投資銀行へ入り、200万ユーロという報酬を得ていた。2012年から14年にかけてフランソワ・オランド政権の大統領府副事務総長を務め、14年に経済産業デジタル大臣に就任すると巨大資本のカネ儲けを支援する新自由主義的な政策を推進、マクロンのボスだったオランドはアメリカ政府の侵略政策にも加わる。そうしたオランドの政策に対するフランス国民の憎悪は強まると、マクロンは社会党から離れ、2016年4月に「前進!」を結成した。 フランスでは大統領の有力候補としてドミニク・ストロス-カーンIMF専務理事の名前が挙がっていた。新自由主義を世界へ広める役割を果たしているIMFだが、ストロス-カーンは新自由主義に批判的な発言をしている。 彼は2011年4月にブルッキングス研究所で演説し、失業や不平等は不安定の種をまき、市場経済を蝕むことになりかねないと主張、その不平等を弱め、より公正な機会や資源の分配を保証するべきだと語っているのだ。 しかも、進歩的な税制と結びついた強い社会的なセーフティ・ネットは市場が主導する不平等を和らげることができ、健康や教育への投資は決定的だと語っただけでなく、停滞する実質賃金などに関する団体交渉権も重要だとしていた。 ストロス-カーンがニューヨークのホテルで逮捕されたのは、この演説の翌月。後に限りなく冤罪に近いことが判明するが、その前に彼はIMF専務理事を辞めさせられ、大統領候補への道は閉ざされた。ストロス-カーンの後任専務理事は巨大資本の利益に奉仕するクリスティーヌ・ラガルドだ。(つづく)
2018.09.24
韓国の文在寅大統領と朝鮮の金正恩労働党委員長は9月18日と19日に朝鮮の首都、平壌で会談した。その際、年内に鉄道と道路を連結する工事の着工式を行うことで同意したという。 朝鮮半島を縦断する鉄道やパイプラインの建設をロシア政府は以前から計画している。高速鉄道やエネルギー資源を運ぶパイプラインでロシア、中国、そして朝鮮半島をつなごうというのだ。 その計画を実現するためには朝鮮に同意させる必要がある。そこで、ロシア首相のドミトリ・メドベージェフは2011年夏にシベリアで金正日と会談、朝鮮がロシアに負っている債務の90%(約100億ドル)を帳消しにし、10億ドルの投資をすることで合意している。2015年の行われる対ドイツ戦勝利70周年記念式典へ金正日が出席することも決まった。 ところが2011年12月に金は急死してしまう。朝鮮側はミサイル発射や核兵器の爆破実験を盛んに行うようになり、アメリカは制裁を科すことに成功する。朝鮮の行動はアメリカの支配層にとって願ってもないことだった。 金正日が死亡した当時、韓国では暗殺説が流れている。その発信元は韓国の情報機関であるNIS(国家情報院)の元世勲院長(2009年~13年)。 2011年12月17日に列車で移動中、車内で急性心筋梗塞を起こして死亡したと朝鮮の国営メディアは19日に伝えているが、元院長によると、総書記が乗った列車はそのとき、平壌の竜城駅に停車中だった。金総書記の動向をNISは15日まで確認しているが、その後は行方をつかめなくなったとも元院長は発言している。22日に総書記は何らかの予定が入っていて、韓国側もそのために追跡していたという。 また、その7年前、2004年4月に金総書記は危うく龍川(リョンチョン)の大爆発に巻き込まれるところだったと噂されている。爆発の2週間前にインターネットのイスラエル系サイトで北京訪問の際の金正日暗殺が話題になり、総書記を乗せた列車が龍川を通過した数時間後に爆発が起こったと言われている。そのタイミングから暗殺未遂の疑いがあるとされたのであるが、一応、貨車から漏れた硝酸アンモニウムに引火したことが原因だとされている。 朝鮮はイスラエルと武器取引で関係がある。1980年代、アメリカのイランに対する武器密輸に絡んでイスラエルへ武器を売っていたのだが、1991年12月にソ連という後ろ盾を失うと、統一教会との関係を強めていく。アメリカ軍の情報機関DIAによると、ソ連が消滅した後の1990年代には統一教会の資金が流れ込んでいた。ロシアとの関係強化を望まない人脈が朝鮮支配層の内部に存在している可能性はある。 1994年7月に金日成は死亡、金正日体制へ移行していくが、アメリカ軍は1998年に金正日体制を倒す作戦を作成している。OPLAN5027-98だ。その3年前、1995年2月に「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」が公表されて日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれ始め、96年4月には橋本龍太郎首相がビル・クリントン大統領と会談して「日米安保共同宣言」が出される。そして1997年には「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」。 1999年になると、朝鮮の国内が混乱して金体制が崩壊した場合を想定した「概念計画」のCONPLAN-5029が作成され、2003年には核攻撃も含むCONPLAN-8022も仕上げられている。 その間、日本関連では2000年にアーミテージ報告、01年には小泉純一郎が武力攻撃事態法案を国会に提出、04年にはリチャード・アーミテージが日本国憲法第9条は日米同盟にとって妨げになっていると発言、05年には「日米同盟:未来のための変革と再編」に署名されている。 2010年3月には、韓国と朝鮮で境界線の確定していない海域で韓国の哨戒艦「天安」が爆発して沈没。米韓が合同軍事演習「フォール・イーグル」を実施している最中の出来事だった。この沈没に関して5月頃から韓国政府は朝鮮軍の攻撃で沈没したと主張し始めるのだが、CIAの元高官でジョージ・H・W・ブッシュと親しく、駐韓大使も務めたドナルド・グレッグはこの朝鮮犯行説に疑問を投げかけた。そして11月には問題の海域で軍事演習「ホグク(護国)」が実施され、アメリカの第31MEU(海兵隊遠征隊)や第7空軍が参加したと言われている。そして朝鮮軍の大延坪島砲撃につながる。 日本では2009年9月から東アジアの平和を訴えていた鳩山由紀夫が内閣総理大臣を務めていたが、翌年の6月、検察やマスコミの圧力もあり、失脚している。裏で恫喝されていたとも言われている。 そして誕生したのが菅直人政権。尖閣諸島(釣魚台群島)の付近で操業していた中国の漁船を海上保安庁が「日中漁業協定」を無視する形で取り締まり、それまで「棚上げ」になっていた尖閣列島の領有権問題を引っ張り出して日中関係を悪化させ、東アジアの軍事的な緊張を高めた。その政策を引き継いだのが安倍晋三だ。 ロシア、中国、韓国は東アジアの軍事的な緊張を緩和させ、経済発展につなげたいということで一致、早い段階からこの3カ国は連携していた。そこへ朝鮮も参加した。 朝鮮にとっても東アジアの平和は望むところ。朝鮮半島が戦場になった場合の惨状は朝鮮も熟知している。問題はアメリカ軍の存在だが、そのアメリカ軍の力を恐れる必要はないと思わせる出来事が2017年から18年にかけてあった。 つまり、2017年4月6日にアメリカ海軍の2駆逐艦が発射した59機の巡航ミサイル(トマホーク)の約6割が撃墜され、その1年後にはアメリカ、イギリス、フランスが艦船や航空機から100機以上のミサイルを発射して7割が墜とされているのだ。ロシアの防空システムが有効だということを朝鮮も理解したはずだ。
2018.09.23
ロシアの電子情報支援機IL20の撃墜に絡み、IFF(敵味方識別装置)の問題が指摘されている。IFFが機能していればシリア政府軍が発射したS200によってロシア軍機が撃ち落とされることはないだろうというわけだが、ロシア国防省は輸出用のS200にはIFFが搭載されていないとしている。S200は1960年代の後半から使われている旧型のミサイルだということもあり、ロシア側が主張するようにIFFは搭載されていなかったようだ。 しかし、IL20が撃墜されるタイミングでフランス海軍のフリゲート艦オーベルニュがミサイルを発射しているとロシア国防省は発表している。イスラエル軍のF16戦闘機4機による攻撃とオーベルニュの攻撃が無関係だとは思えない。イスラエル軍とフランス軍は連携してシリアを攻撃したのだろう。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、2011年春にリビアとシリアに対する侵略戦争が始まった当初からフランスとイギリスは積極的だった。アメリカに強制されたとは言えない。 ジョージ・H・W・ブッシュ政権で国防次官だったネオコンのポール・ウォルフォウィッツは1991年にシリア、イラン、イラクを殲滅すると発言したとウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官が語っている。 1991年1月から2月にかけてアメリカ軍はイギリス、フランス、サウジアラビア、クウェートの軍隊を引き連れてイラクへ軍事侵攻(砂漠の嵐作戦)したが、サダム・フセインを排除しなかった。 ウォルフォウィッツなどネオコンはブッシュ大統領の決断に怒り、シリア、イラン、イラクを殲滅するという発言につながったのだが、ロシア軍が出てこなかったことにも注目している。ロシア軍はアメリカ軍の行動に手を出せないと判断したのだ。 当時、ロシアは西側巨大資本の傀儡だったボリス・エリツィンが実権を握っていた。ロシア軍に軍事介入する力はあったのだが、アメリカに逆らわなかったのだ。21世紀に入り、ウラジミル・プーチンが大統領に就任すると状況が変化、アメリカ従属はの力は弱くなり、2008年にはジョージア軍を使って南オセチアを奇襲攻撃したが、ロシア軍の反撃で惨敗している。 ジョージア軍は何年にもわたってイスラエルとアメリカから軍事訓練を受け、兵器の提供も受けるなど長い準備期間を経ての作戦だった。その作戦自体、イスラエルが立案したと推測する人もいる。そのジョージア軍と反撃してきたロシア軍は同程度の規模だったのだが、ロシア軍が勝利するまでに要したのは96時間だけだった。 ロシア軍とアメリカ軍が衝突した場合、アメリカ軍に待っているのはジョージア軍と同じ運命。そのためか、2011年にリビアとシリアを侵略する場合、バラク・オバマ政権はサラフィ主義者(ワッハーブ主義者やタクフィール主義者と渾然一体)やムスリム同胞団を主力とするジハード傭兵を使った。 リビアではこうしたジハード傭兵(アル・カイダ系武装集団)とNATO軍の連携が機能してムアンマル・アル・カダフィ体制は2011年10月に倒され、カダフィ自身は惨殺される。ところがシリアは違った。シリア軍の強さもあるが、国内事情の違いもあった。国内にアメリカなど外国勢力が使える反政府勢力が存在しなかったのだ。 ところで、ネオコンは遅くとも1991年にシリア侵略を考えているが、1988年から93年にかけてフランスの外相を務めたロラン・デュマによると、イギリスとフランスは2009年の段階でシリア侵略を目論んでいた可能性が高い。彼はあるパーティーでイギリス人とフランス人のふたりからシリア政府の転覆工作に加わらないかと声をかけられたというのだ。そのふたりが誰かは語られていないが、ニコラ・サルコジ政権やフランソワ・オランド政権はシリアでの平和を望んでいないとデュマが判断するような相手だったという。 また、シリア駐在のフランス大使だったエリック・シュバリエによると、2011年3月にシリアでは大規模な反政府行動があり、政府が暴力的に参加者を弾圧しているとする報道があった際にシュバリエは現地を調査、抗議活動は大規模な者でなく、すぐに平穏な状況になったことを確認し、そのようにパリへ報告したのだが、ジュッペ外相はそれを無視するだけでなく、シリアのフランス大使館に電話して「流血の弾圧」があったと報告するように命じたというのだ。「独裁者による民主化運動の弾圧」というストーリーをフランス政府は求めていた。勿論、侵略を正当化するためだ。 2011年当時から言われていたが、イギリスとフランスは「サイクス・ピコ協定(小アジア協定)」のコンビ。第1次世界大戦の最中、16年5月にイギリスとフランスは帝政ロシアも巻き込んで利権の獲得を目的とした秘密協定を結び、6月にイギリス外務省アラブ局はアラブ人を扇動して反乱を起こさせたのだ。この部署に所属していたひとりがトーマス・ローレンス、いわゆる「アラビアのロレンス」である。この人物を主人公としたイギリス映画がデビッド・リーン監督、ピーター・オトゥール主演で作られた理由は言うまでもないだろう。
2018.09.22
自民党の次期総裁を決める同党国会議員による投票が9月20日に行われ、安倍晋三首相が石破茂を破って3選が決まったという。茶番としか言い様がない。安倍に限らないが、日本の総理大臣は基本的にアメリカ支配層の傀儡にすぎず、彼らの意向に反する人物が選ばれれば強制的に排除される。安倍も石破もそうした類いの人間ではない。 アメリカ支配層の戦略は国内におけるファシズム化と国外における侵略。本ブログでは何度も書いてきたが、アメリカの巨大金融資本は遅くとも1933年の段階でアメリカにファシズム政権を樹立させようとしていた。そこで、1932年の大統領選挙で勝利したフランクリン・ルーズベルトを排除するためにクーデターを計画、これはスメドリー・バトラー海兵隊少将の告発で明るみに出ている。 ウォール街からナチス政権下のドイツへ資金が流れていたことも知られているが、そうしたパイプ役のひとりがジョージ・ヒューバート・ウォーカー。ロナルド・レーガン政権での副大統領を経て1989年に大統領となるジョージ・H・W・ブッシュの母方の祖父にあたる。 アメリカの好戦派がソ連に対する先制核攻撃を作成した1950年代、彼らは地下政府を編成する準備をしている。「アイゼンハワー10」と呼ばれる人びとによって権限を地下政府へ与えることになっていたのだ。 その延長線上にFEMA、そしてCOGがある。COGは緊急事態の際に政府を存続させることを目的とした計画で、ロナルド・レーガン大統領が1982年に出したNSDD55で承認され、88年に出された大統領令12656によってその対象は「国家安全保障上の緊急事態」へ変更された。(Andrew Cockburn, “Rumsfeld”, Scribner, 2007) 1991年12月にソ連が消滅するとネオコンはアメリカが唯一の超大国にあったと認識、92年2月には国防総省のDPG草案という形で世界制覇プランを作成する。旧ソ連圏だけでなく西ヨーロッパ、東アジアなどの潜在的なライバルを潰し、膨大な資源を抱える西南アジアを支配しようとしている。中でも中国が警戒され、東アジア重視が打ち出された。 このDPG草案が作成された当時の国防長官はリチャード・チェイニーだが、作成の中心になったのは国防次官だったポール・ウォルフォウィッツ。そこで、ウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれている。この長官と次官はネオコンのコンビで、2001年に始まるジョージ・W・ブッシュ政権ではそれぞれ副大統領と国防副長官を務めた。 唯一の超大国になったアメリカは国連を尊重する必要はないとネオコンは考え、単独行動主義を打ち出す。アメリカの属国である日本に対しても国連無視を強制、1995年2月に「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」が作成されてから日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれていった。日本人を侵略戦争の手先として利用しようというわけだ。勿論、その延長線上に安倍内閣は存在する。 安倍は「戦後レジーム」を嫌悪、「戦前レジーム」へ回帰しようとしているらしいが、この両レジームは基本的に同じ。戦後レジームとは民主主義を装った戦前レジーム。関東大震災以降、日本はJPモルガンを中心とするウォール街の影響下にあり、その構図は戦後も続いている。JPモルガンが敵対関係にあったニューディール派のルーズベルト政権は1933年から45年4月まで続くが、この期間は日本の支配者にとって厳しい時代だった。 1932年に駐日大使として日本へ来たジョセフ・グルーはJPモルガンと極めて関係が深い。いとこであるジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガン総帥の妻なのだ。 グルーは皇室とも深いパイプを持っていた。結婚相手のアリス・ペリー・グルーの曾祖父の弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリー。ジェーン自身は少女時代を日本で過ごし、華族女学校(女子学習院)へ通い、そこで後の貞明皇后と親しくなったという。 グルーの人脈には松平恒雄、徳川家達、秩父宮雍仁、近衛文麿、樺山愛輔、吉田茂、牧野伸顕、幣原喜重郎らが含まれていたが、グルーが個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。 松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父。1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入するが、翌年の6月までグルーは日本に滞在、離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われてプレーしている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007) 安倍晋三が目指す戦前レジームとはアメリカの巨大金融資本が日本を支配する体制にほかならない。彼がアメリカ支配層に従属しているのは当然なのだ。戦前レジームへの回帰とアメリカ支配層への従属は何も矛盾していない。これを矛盾だと考える人がいるとするならば、その人は歴史を見誤っているのだ。
2018.09.21
ロシアの電子情報支援機、IL20がシリアの海岸線から35キロメートルほど沖で撃墜された責任はイスラエルにあるとロシアのウラジミル・プーチン大統領は主張している。4機のイスラエル空軍に所属するF16がIL20を盾に使いながらシリアのターゲットを攻撃、シリア軍が発射したミサイルS200はF16とIL20を誤認したというのだ。これがロシアの公式見解。 その際、フランス軍のフリゲート艦オーベルニュからミサイルが発射されたことをロシア軍のレーダーは捉えていた。すでにロシア国防省から発表済みで、フランス艦船のミサイル発射が事態を複雑化したとロシア側は主張している。 フランス政府は撃墜に無関係だとしているが、ミサイルを発射している以上、無関係とは言えない。そのミサイルがどのようなコースを通り、どのターゲットに向かったのか、そのミサイルがどうなったのかを明らかにする必要がある。 当初からアメリカ軍はIL20がシリア軍の防空ミサイルに撃ち落とされたとしていたが、IFF(敵味方識別装置)があるため、疑問を持つ人は少なくない。勿論、故障ということはあるのだが、撃墜されるタイミングでオーベルニュがミサイルを発射していることを無視できない。 意図的でなかったにしろ、NATOに加盟するフランス軍の艦船がイスラエル軍と連携してロシア軍機を撃墜したとなると事態は深刻。アメリカ主導軍による次のシリア攻撃でロシア軍は攻撃に参加した艦船や航空機を破壊せざるをえない。そうしなければロシアでウラジミル・プーチン大統領は窮地に陥る。現段階でも核戦争を避けようとするプーチンの慎重な政策に不満を持つ人は増えているわけで、失脚につながる可能性もある。 今後、ロシア政府は何らかの形でイスラエルに報復することになるだろうが、それと同時に旧式のS200を新型のミサイルへ入れ替えることは想定できる。そうしてこなかったことへの批判もあった。平和を望んでいない勢力が西側で大きな影響力を持っていることを忘れてはならない。
2018.09.20
ロシアのウラジミル・プーチン大統領はイスラエルがシリアの主権を侵害していると批判した。電子情報支援機のIl-20が撃墜されたことを受けての発言だ。モスクワではイスラエル大使が召還されている。 当初、ロシア国防省は軍のレーダーがフランス軍のフリゲート艦オーベルニュから午後11時頃にミサイルが発射されたことを捉えたとしていた。Il-20が撃ち落とされたのもその頃で、状況から考えてフランス艦船のミサイルでロシア軍機は撃ち落とされた可能性が高いと見られていたが、その後、ロシア政府はフランスに触れなくなった。
2018.09.19
フランス軍のフリゲート艦オーベルニュがロシア軍の電子情報支援機Il-20を撃墜した可能性が高いのだが、ロシア国防省は事前の連絡をしないでシリアのラタキアを攻撃したイスラエルが原因を作ったとして同国を非難した。ロシア軍機を盾のように使い、その結果としてシリア政府軍のS200で撃ち落とされたとしている。フランスを追い込むことは得策でないと判断したのだろう。
2018.09.18
ロシア軍の電子情報支援機Il-20がシリア沖でフランス軍のフリゲート艦に撃墜されたと見られているが、その数時間前にトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領とロシアのウラジミル・プーチン大統領が政府軍とジハード傭兵軍との間に15から20キロメートルの幅で非武装地域を設置することで合意したと発表されていた。このタイミングが注目されている。 イドリブを支配しているのはアル・カイダ系のタハリール・アル・シャーム(アル・ヌスラ)で、背後にはアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランスがいる。トルコ系の武装グループは別で、この両武装グループが衝突する可能性もある。つまり、シリア政府軍とロシア軍ではなく、トルコの支援を受けた武装グループがトルコとシリアとの国境近くにいるタハリール・アル・シャームを攻撃するつもりなのかもしれない。シリア政府軍が攻撃を始めた場合、武装グループや難民がトルコ側へ流れ込むことをトルコ政府は嫌っていた。 イドリブで最大の問題、タハリール・アル・シャームをトルコが支えているわけではない。こうしたグループがサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心とする傭兵だということは2011年春にリビアやシリアで戦争が始まった時点で知られていた。 2012年8月にアメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)がホワイトハウスへ提出した報告でも、シリア政府軍と戦っているグループの主力はサラフィ主義者やムスリム同胞団だとしている。AQI(イラクのアル・カイダ)の存在も指摘、アル・ヌスラと実態は同じだとも指摘していた。 AQIが中心になって2006年にISIが編成され、13年に活動範囲をシリアまで拡大してからISISと西側では呼ばれるようになった。中東ではダーイッシュと呼ばれている武装集団だ。IS、ISIL、イスラム国などと呼ばれることもある。アル・ヌスラも実態は同じということだ。 名前が入り組んでいる理由は、こうした武装集団が傭兵だということにある。ロビン・クック元英外相が2005年7月8日付けガーディアン紙で書いたように、アル・カイダは軍事組織でなく、CIAに雇われ、訓練を受けた数千人におよぶ「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル。アラビア語でアル・カイダは「ベース」を意味、ここでは「データベース」と理解すべきである。 リビアへの攻撃でNATO軍がアル・カイダ系のLIFGと連携していたことが明らかになったこともあり、バラク・オバマ政権は2012年になると「穏健派」を支援していると言っていた。それをDIAは否定、オバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになると警告していた。 それが2014年にダーイッシュという形で現実になる。DIA局長だったマイケル・フリンが解任されたのはダーイッシュが売り出された直後、2014年8月のことだ。その翌年、フリン中将はオバマ政権の決定がダーイッシュの勢力を拡大させたとアル・ジャジーラの番組で指摘している。 シリアでの戦争を語るとき、「反体制派」や「内戦」というタグを使うことは正しくない。これはNATO加盟国、イスラエル、ペルシャ湾岸産油国などによる侵略戦争にほかならないのだ。かつて日本は東アジアを侵略する際、「大東亜共栄圏」というタグを使っていたが、同じことだ。
2018.09.18
ロシア軍の電子情報支援機Il-20が9月17日にシリアの海岸線から35キロメートルほど沖で撃墜された可能性がある。ロシア軍のフメイミム空軍基地があるラタキアをイスラエル軍に所属する4機のF16が攻撃していることをIl-20は確認、ロシア国防省によると、その直後にフランス軍のフリーゲート艦がミサイルを発射、ロシア軍機の機影がレーダーから消えたという。 アメリカ軍はシリア軍の防空ミサイルに打ち落とされたとしているが、飛行していた地点、シリア軍が使っているミサイルがロシア製であることなどから信憑性はかなり薄い。つまりフランス軍がロシア軍機を撃墜した可能性が高いと見られている。 9月16日から17日にかけてトルコとイスラエルの特使がアラブ首長国連邦のアブ・ダビで秘密裏に会談したと伝えられているが、その一方で17日にはトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領とロシアのウラジミル・プーチン大統領がロシアのソチで会談している。
2018.09.18
シリア西部にあるイドリブはトルコに接した地域で、アメリカを後ろ盾とするタハリール・アル・シャーム(アル・ヌスラ)を名乗るジハード傭兵に支配されてきた。トルコ系の武装集団も活動しているが、少数派と言って良いだろう。 そのイドリブをシリア政府軍とロシア軍が攻撃、奪還しようとしているが、ジハード傭兵は化学兵器(塩素)を使った偽旗作戦を準備する一方、「民主化」を演出するデモ行進を行っている。 化学兵器の使用を口実にしてアメリカ軍に軍事侵攻させるというシナリオは2012年にバラク・オバマ大統領(当時)が打ち出したのだが、そのシナリオは今でも生きていて、SOHR(シリア人権監視所)やSCD(シリア市民防衛/通称白いヘルメット)もキャスティングされていた。シリア政府軍が化学兵器を使ったと宣伝する役だ。 SCDは2013年3月にジェームズ・ル・ムズリエというイギリスの元軍人が編成、訓練してきた。その設立資金30万ドルはイギリス、アメリカ、そして日本から得ているが、その後、アメリカ政府とイギリス政府から西側のNGOやカタールを経由して1億2300万ドルが渡った。 また、アメリカ国務省の副スポークスパーソンのマーク・トナーは2016年4月27日、SCDがUSAIDから2300万ドル受け取っていることを認めたが、このUSAIDはCIAの資金を流すパイプ役として有名。そのほか投機家で旧ソ連圏の制圧を目指しているジョージ・ソロス、さらにオランダやイギリスの外務省も資金を提供してきた。 ところが、ここにきてオランダ外務省はSCDへの支援を中止すると発表して注目されている。このSCDがタハリール・アル・シャームのような「テロリスト」と結びついている危険性があるという報告を受けてのことだという。 SCDがアル・カイダ系武装集団と一心同体の関係にあることは公然の秘密。証拠や証言を無視して西側の有力メディアやハリウッドが「善玉」として宣伝してきただけのことである。オランダ政府もそうした事実を知っているはずだが、これまでは支援してきた。一部のSCD幹部の入国を認めなかったアメリカ政府がそうした実態を把握していることも間違いないだろう。 アメリカのバラク・オバマ政権は2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)を売り出し、残虐さを演出した。その一方でダーイッシュを攻撃するという名目で連合軍を編成したが、そこにはアメリカのほか、サウジアラビア、カタール、バーレーン、アラブ首長国連合のペルシャ湾岸産油国、ヨルダン、トルコ、さらにイギリス、オーストラリア、オランダ、デンマーク、ベルギー、フランス、ドイツも加わった。つまりオランダも参加したのだが、この連合軍から離脱することも決めたという。EUの中でもアメリカの支配層から強い影響を受けていると考えられているオランダの動きは注目に値する。
2018.09.18
ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領が9月13日に中国を訪問、翌日には習近平国家主席と会談した。ベネズエラはドナルド・トランプ政権から経済戦争を仕掛けられて苦境にあり、対抗して中国やロシアとの関係を深めようとしてきた。中国はベネズエラに多額の融資をする一方、石油を輸入している。 ニューヨーク・タイムズ紙は9月8日付けの紙面でトランプ政権が昨年(2017年)からベネズエラの反体制派の将校と秘密裏に会い、マドゥロ政権の転覆について話し合っていると伝えている。 5月22日にベネズエラ政府はトッド・ロビンソン米大使と上級外交官のブライアン・ナランジョに対し、「軍事的な陰謀」を理由に、48時間以内に国外へ出るように命じていた。アメリカ国務省はベネズエラ政府の主張を否定していた。 トランプ政権はベネズエラ政権を転覆させようとしていることを隠していなかった。例えば、2017年7月にCIA長官だったマイク・ポンペオはベネズエラの「移行」が期待できるとアスペン治安フォーラムで語っている。8月にトランプ大統領はベネズエラへの軍事侵攻を口にし、ニッキー・ヘイリー国連大使はベネズエラに対して「独裁制」を許さないと語った。 勿論、ベネズエラは民主的な体制であり、ヘイリーの主張は嘘だ。民主的な体制を破壊して独裁体制を築いてきたのがアメリカであり、ラテン・アメリカを舞台にした第2次世界大戦後の有名なケースには1954年のグアテマラや1973年のチリがあるが、それ以外にもアルゼンチン、ボリビア、ホンジュラスを含む国々でも軍事クーデターが実行されている。 現在まで続くベネズエラに対するアメリカ政府のクーデター計画は1999年から始まる。この年に大統領となったウーゴ・チャベスがアメリカから自立した体制を築こうと考えたからだ。2001年に始まるジョージ・W・ブッシュ政権は02年にクーデター計画を始動させた。 このクーデター計画で中心になったのはイラン・コントラ事件に登場するエリオット・エイブラムズ、キューバ系アメリカ人で1986年から89年にかけてベネズエラ駐在大使を務めたオットー・ライヒ、そしてジョン・ネグロポンテ国連大使だ。 ネグロポンテは1981年から85年にかけてホンジュラス駐在大使を務めていたが、そのときにニカラグアの革命政権に対するCIAの秘密工作に協力、死の部隊にも関係している。2001年から04年までは国連大使、そして04年から05年にかけてはイラク大使を務めた。 2002年のクーデター計画は失敗に終わる。事前にOPECの事務局長を務めていたベネズエラ人のアリ・ロドリゲスからウーゴ・チャベス大統領へ知らされたためだが、それでアメリカ支配層があきらめることはなかった。 例えば、ウィキリークスが公表したアメリカの外交文書によると、2006年にもベネズエラではクーデターが計画されている。「民主的機関」、つまりアメリカの支配システムに操られている機関を強化し、チャベスの政治的な拠点に潜入、チャベス派を分裂させ、それによってアメリカの重要なビジネスを保護し、チャベスを国際的に孤立させるとしている。 この計画も成功しなかったが、チャベスは2013年3月、癌のため、58歳の若さで死亡した。アメリカは発癌性のウィルスを開発、実際に使っていると言われているが、チャベスのケースがそれに該当するかどうかは不明だ。 チャベスの後継者として大統領になったのがマドゥロ。アメリカの経済攻撃に対抗するため、ドル離れを決断、石油取引の決済に人民元を主とする通貨バスケット制を採用する方向へ動き出した。アメリカへ預けていた金塊も引き揚げている。 今年、ベネズエラの国家警備隊は創設81周年にあたる。そこで首都カラカスでは軍事パレードが催されたが、その最中、暗殺未遂事件が引き起こされた。爆弾を搭載した数機のUAV(無人機)による攻撃で、いずれも撃墜されたようだ。マドゥロ大統領が狙われたと見られている。 ベネズエラやイランなどアメリカが体制転覆を目論んでいる国と中国はロシアと同様、手を組んできた。その中国は一帯一路(陸のシルクロードと海のシルクロード)という交易を促進するプログラムを打ち出しているが、それをラテン・アメリカへも伸ばすようにマドゥロは求めているようだ。 海のシルクロードの東端は南シナ海から東シナ海にかけてだが、一帯一路に脅威を感じているアメリカ支配層はその海域における軍事的な支配を強めようとしている。日本政府は属国としてアメリカの戦略に従っている。この戦略が日本の利益に反していることは本ブログで書いてきた通り。
2018.09.17
現在、アメリカの支配層はロシア以上に力を入れて中国の現体制を潰そうとしている。朝鮮半島の問題は米中問題の一部にすぎない。 ロシアにとっても朝鮮は重要な意味を持っている。高速鉄道やエネルギー資源を運ぶパイプラインでロシア、中国、そして朝鮮半島をつなごうと考えているのだ。ロシアのドミトリ・メドベージェフ首相は2011年夏にシベリアで金正日と会談、朝鮮がロシアに負っている債務の90%(約100億ドル)を帳消しにし、10億ドルの投資をすることで合意、14年にロシア議会はこの合意を承認した。 朝鮮側もこの申し出に前向きの姿勢を見せ、2015年の行われる対ドイツ戦勝利70周年記念式典へ金正日が出席することも決まったが、11年12月に金は死亡してしまう。その後、朝鮮はロシアの構想にとって好ましくないこと、つまりアメリカにとって好都合なことを繰り返しすことになる。 アメリカ支配層はヨーロッパでロシアとの国境近くにミサイルを配備し、中東や北アフリカでは自国軍で侵略したり、傭兵軍を送り込んで破壊と殺戮を繰り返してきた。 1989年にベルリンの壁が壊され、90年には東西ドイツが統一された。その際、アメリカの国務長官だったジェームズ・ベイカーはソ連のエドゥアルド・シェワルナゼ外務大臣に対し、統一後もドイツはNATOにとどまるものの、東へNATOを拡大することはないと約束したことが記録に残っている。それをミハイル・ゴルバチョフも信じて統一を認めたわけだが、アメリカは約束を守らなかった。 すでにNATO軍はロシアの玄関先まで到達、軍隊を配備し、ミサイルを設置してロシアを恫喝している。その結果として軍事的な緊張は高まり、全面核戦争の危険性は冷戦時代よりはるかに高まってしまった。これがドイツ・モデル。 また、ジョージ・W・ブッシュ政権の要求に従い、リビア政府は2003年に核兵器や化学兵器の廃棄を決定したが、アメリカは約束を守らずに「制裁」を続ける。2010年にはバラク・オバマ大統領がムスリム同胞団を使った侵略計画(PSD11)を作成、「アラブの春」という形でリビアは侵略され、破壊、殺戮、略奪で現在は暴力が支配する破綻国家だ。これがリビア・モデル。 ベトナム戦争でアメリカ軍は負けたが、その戦争でベトナムの国土は惨憺たる状態。アメリカ軍による「秘密爆撃」ではカンボジアやラオスでも国土が破壊され、多くの人々が殺された。戦闘では通常兵器だけでなく、化学兵器の一種である枯れ葉剤(エージェント・オレンジ)やナパーム弾が使われている。CIAのフェニックス・プログラムでは人々を殺すだけでなく、共同体を破壊した。 ソ連が消滅してから3年後の1994年にアメリカはベトナムに対する「制裁」を解除するが、その代償としてベトナムは新自由主義を受け入れる。IMFなどの「毒饅頭」を食べることになったのだ。しかもベトナム戦争中にアメリカ側が行った犯罪的な行為は不問に付され、ベトナムの庶民は低賃金労働者として西側巨大資本の金儲けに奉仕させられている。これがベトナム・モデル。 アメリカの支配層が朝鮮半島で目論んでいるのはこの3モデルのひとつだろう。真の意味の平和など望んでいない。その先には中国やロシアを侵略するというプランがあるはずだ。それが19世紀から続くアングロ・サクソンの長期戦略。 韓国、朝鮮、中国、ロシアが東アジアの平和、そして経済発展を望んでいるのに対し、アメリカやイギリスは侵略による略奪を目論んでいる。共同連絡事務所の開設と連合軍の編成は象徴的だ。(了)
2018.09.17
韓国政府と朝鮮政府はアメリカ政府の反対を押し切り、朝鮮南西部の開城に共同連絡事務所を9月14日に開設した。文在寅韓国大統領と金正恩朝鮮労働党委員長は今年(2018年)4月27日に板門店で会談、その際の合意に基づくという。 それに対し、アメリカ政府は朝鮮へ燃料を運ぶ船を追跡するために連合軍を編成するとウォール・ストリート・ジャーナル紙が伝えている。アメリカの有力紙ということで情報の信頼度は高くないが、その報道が事実だとするならば、連合軍にはアメリカのほかイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダのアングロ・サクソン5カ国に加え、フランス、韓国、そして日本が含まれる。司令船は横須賀を母港とするブルー・リッジ。言うまでもなく、イギリスとフランスは支配グループが重複する。 ロシアは9月11日から15日にかけて大規模な演習ボストーク18を実施、日本海でも演習を行った。そのロシア軍とアメリカをはじめとするアングロ・サクソン系5カ国、イギリスと後ろ盾が同じフランス、そして韓国と日本で編成される連合軍は向き合うことになる。東アジアで戦争が始まると、日本は中国だけでなくロシアを相手にしなければならない。その意味を日本人は考える必要がある。 ドナルド・トランプ米大統領は6月12日にシンガポールで朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と会談、その翌日に朝鮮からのアメリカに対する核の脅威はなくなったとツイートしていたが、遅くとも20世紀の初頭からイギリスとアメリカは海上封鎖で内陸国を締め上げるという戦略に基づいて動いている。 その戦略をまとめたものが、1904年にハルフォード・マッキンダーが発表したハートランド理論。彼は世界支配の要をロシアだと考え、その地域をハートランドと呼んだ。そのハートランドを締め上げるため、西ヨーロッパ、パレスチナ、アラビア半島、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ内部三日月帯を、その外側に日本を含む外部三日月地帯をマッキンダーは想定した。その後、内部三日月帯の上にイギリスはイスラエルとサウジアラビアを作り上げている。 その前にイギリスは中国に戦争を仕掛けている。アヘン戦争だ。この戦争は中国を略奪する目的で実施されたが、イギリスに中国を占領するだけの戦力はなく、薩摩と長州が実権を握った日本が侵略軍としての役割を果たしている。 徳川時代の終盤からイギリスは薩長と連携、琉球併合、台湾への派兵、江華島での軍事的な挑発、日清戦争、日露戦争という流れのなかでイギリスの支配層、特に金融資本は重要な役割を果たしている。関東大震災の後、アメリカの巨大金融機関JPモルガンが日本に大きな影響を持つようになったことは本ブログでも繰り返し書いてきた。 JPモルガンを中心とするウォール街を慌てさせる出来事が1932年に起こったことも書いてきた。ニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが次期大統領に選ばれてしまったのだ。このニューディール派政権を倒してファシズム体制を樹立するため、1933年から34年にかけてウォール街がクーデターを計画したことは海兵隊の伝説的な軍人、スメドリー・バトラー少将によって暴露された。この構図は1945年4月にルーズベルトが急死するまで続く。(つづく)
2018.09.16
アメリカのドナルド・トランプ政権はイランの現体制を破壊しようとしている。ロスチャイルド資本と関係の深いネオコンにしろ、ウラジミール・ジャボチンスキーを祖とし、ベンヤミン・ネタニヤフにつながるリクードの人脈にしろ、この点は同じだ。 イランでは1979年にイスラム革命で王制が倒され、その年の11月に「ホメイニ師の路線に従うモスレム学生団」を名乗るグループがアメリカ大使館を占拠、機密文書を手に入れる一方、大使館員など52名を人質にとる。 その翌年はアメリカで大統領選挙が行われた。現職だったジミー・カーターはパレスチナ人に近すぎるとして親イスラエル派に嫌われ、反カーター・キャンペーンが展開されていたのだが、52名の人質が選挙前に解放された場合、カーターにとって追い風になって再選の可能性があった。 そこでロナルド・レーガンやジョージ・H・W・ブッシュを支援していた共和党のグループはイスラエルのリクード政権と手を組み、人質の解放を遅らせようとする。この工作は成功し、人質が解放されたのはレーガンの大統領就任式の当日、つまり1981年1月20日のことだった。 この工作でイランの革命政権ともパイプができ、アメリカからイランへ武器が密輸される。この密輸の儲けがニカラグアの反革命ゲリラ支援に使われ、この工作が発覚してから「イラン・コントラ事件」と呼ばれるようになる。 この工作の背後にはズビグネフ・ブレジンスキーが始めたアフガニスタンでの秘密工作があった。ソ連軍をアフガニスタンへ誘い込み、サウジアラビアが雇い、送り込んできたサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心に編成した傭兵部隊と戦わせるという内容で、これは成功した。 アフガニスタンでの工作資金を捻出するためにCIAはヘロインを売る。そのため非合法のケシを栽培する中心地は東南アジア(黄金の三角地帯)からアフガニスタンとパキスタンの山岳地帯へ移動した。中米における工作ではコカインが使われている。 イスラム革命の翌年、1980年の9月にイラク軍がイランの南部を攻撃してイラン・イラク戦争が始まった。イラクのサダム・フセインはCIAの手先として権力を握った人物で、アメリカ支配層の要請を受けての行動だったのだろう。この戦争でイランはアメリカから武器を調達する必要に迫られ、イランとアメリカとの関係が接近する。 イラン・イラク戦争は1988年8月に終了、その翌年にイラン大統領となったのはハシェミ・ラフサンジャニ。この政権は新自由主義政策を進め、私有化や貿易の自由化を推進した。その結果、少数の大金持ちと多くの貧困層を生み出すことになる。 当然、イランの庶民は激怒、マフムード・アフマディネジャドが2005年の大統領選で勝利した。新大統領はこうした状況を変えようと試み、まず欧米の金融資本と結びついたパールシヤーン銀行にメスを入れようとしたのだが、成功しなかった。この勢力に西側は期待しているのだろう。 ハサン・ロウハーニ大統領は西側から「穏健派」、つまりラフサンジャニに近い人物だと見られていたが、西側の思惑通りには動かなかった。そこでトランプ政権による「制裁」につながる。 イランでは1951年にムハマド・モサデク首相がイギリス系のAIOC(アングロ・イラニアン石油)の国有化を決める。この会社を通じてイギリス支配層はイランの富を盗んでいた。1950だけでAIOCが計上した利益は1億7000万ポンド、そのうち1億ポンドをイギリスへ持ち帰っている。AIOCの筆頭株主はイギリス政府で、発行済み株式の約半分を保有していた、つまりAIOCの利益がイギリスの財政を支えていたのである。イラン国民はほとんど利益を受け取っていない。 そこでイラン政府はAIOCの国有化を決めたのだが、それに対してイギリス政府はアメリカ支配層の力を借りてクーデターを実行、モサデク政権を倒している。その際に米英側はイラン政府が石油をオープン・マーケットで売却することを阻止、イランは経済的に追い詰められた。そこでソ連に接近するのだが、この商談はクーデターで成功しなかった。 トランプ大統領はこの「成功体験」を再現しようとしたのだろうが、イランの石油の約6割を買っているという中国とインドがアメリカの命令に従わない。イランの石油輸出による収入は今年3月に比べて7月は6割増になっているという。アメリカが仕掛けた経済戦争は裏目に出たようだ。
2018.09.15
シリア政府軍とロシア軍はイドリブを支配してきたジハード傭兵に対する空爆を続けてきたが、北部ハマと南部イドリブにあったタハリール・アル・シャーム(アル・ヌスラ系武装グループ)の司令部を破壊したと伝えられている。 現在、イドリブには1万人から6万人のジハード傭兵がいると言われている。空爆が始まる直前、チェチェンやウズベキスタンから来ていた戦闘員はイドリブを脱出したと伝えられているが、まだ相当数が残っているようだ。イドリブのジハード傭兵にはアメリカ系とトルコ系が存在すると言われ、トルコ政府は難しい対応を迫られている。 ロイターによると、トルコ系戦闘集団のFSA(自由シリア軍)の幹部はトルコ政府からの武器供給が増えていると語っている。ジハード傭兵は住民に対するミサイル攻撃を強めているが、その背景にはトルコ政府からの支援があるということのようだ。 アメリカが2011年3月にシリア侵略を始めた当時、トルコはイスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランス、カタールと同じようにアメリカと手を組んでいた。シリア国内にトルコ系のジハード傭兵が存在している理由はそこにある。 トルコが参加した理由として、オスマン帝国の復活やカタールからサウジアラビア経由でシリア、そしてトルコへパイプラインを建設する計画に乗ったと言われているが、戦闘が長引くににつれてトルコ経済は窮地に陥る。この侵略戦争によってトルコは経済的に関係の深かったシリアやロシアと敵対することになり、自らの首を絞めることになったのである。 そこで方針を転換したのが2016年。その前年の9月30日にロシア軍がシリア政府の要請を受けて軍事介入、トルコ軍のF16が11月24日にロシア軍のSu24を待ち伏せ攻撃で撃墜したが、その撃墜を2016年6月下旬にレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が謝罪、7月13日にはトルコ首相がシリアとの関係正常化を望んでいることを示唆した。 その2日後、7月15日にトルコで武装蜂起があった。ロシアへ接近するエルドアン政権をアメリカのバラク・オバマ政権が倒そうとしたのだが、この蜂起は短時間で鎮圧された。事前にロシアからエルドアン政権へ情報が伝えられていたとも言われている。 これ以降、トルコ政府とアメリカ政府との関係は悪化、今年(2018年)9月上旬にはエルドアン大統領はイランのハッサン・ロウハニ大統領やロシアのウラジミル・プーチン大統領とテヘランで会談、共同声明の中で3カ国はダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)、アル・ヌスラ(タハリール・アル・シャーム)、そうした勢力とつながっている個人、グループ、企てなど全てを徹底的に排除するために協力し続けることを再確認したとしている。 2011年から15年にロシア軍が介入するまでシリアで活動するジハード傭兵への主な兵站線はトルコから伸びていた。その出入りをトルコで管理していたのが情報機関のMIT。そのトルコとイドリブは接している。 トルコ系の傭兵はトルコ国内にネットワークがあり、イドリブで本格的な戦闘が始まると傭兵がトルコへ流れ込む可能性が高い。その傭兵はトルコ政府に対して武器の供給を続けるように要求、裏切った場合はトルコで戦闘を始めると脅しているが、これは現実になる可能性がある。当然、そうしたやりとりの背後にはアメリカ政府が存在しているだろう。アメリカとしては、ロシアやイランからトルコを離反させたいはずだ。
2018.09.14
明治維新から後の日本を支配している人びとはアングロ・サクソン、つまりイギリスやアメリカの支配層と密接な関係にある。19世紀後半からアングロ・サクソンは日本を中国侵略の拠点と見なしてきたのだ。 その頃、イギリスは中国(清)との貿易赤字に苦しんでいた。そこでイギリスは麻薬のアヘンを清に売りつけ、それを清が取り締まると戦争を仕掛けた。1840年から42年までのアヘン戦争や56年から60年にかけてのアロー戦争(第2次アヘン戦争)である。この戦争でイギリスは勝利、広州、厦門、福州、寧波、上海の開港とイギリス人の居住、香港の割譲、賠償金やイギリス軍の遠征費用などの支払いなどを中国に認めさせた。 しかし、これらの戦争は基本的に海で行われ、イギリス軍は内陸部を占領できなかった。それだけの戦力がなかったのだ。海上封鎖はできても中国を占領することは不可能。そこで日本に目をつけ、日本はイギリスの思惑通りに大陸を侵略していく。勿論、イギリスやその後継者であるアメリカの支配層(巨大資本)の利益に反することを日本が行えば「制裁」されることになる。 イギリスは他国を侵略するため、傭兵を使ったり第3国に攻撃させたりする。例えば、インドを支配するためにセポイ(シパーヒー)と呼ばれる傭兵を使い、アラビア半島ではカルトのひとつであるワッハーブ派を支配が支配するサウジアラビアなる国を樹立させ、パレスチナにイスラエルを建国させている。 このイギリスを日本へ行き入れたのが長州と薩摩。イギリスを後ろ盾とする両国は徳川体制の打倒に成功、明治体制(カルト的天皇制官僚国家)へ移行していく。 このイギリスの主体は金融界、いわゆるシティ。1923年の関東大震災で日本政府は復興資金の調達をアメリカのJPモルガンに頼るが、この銀行の歴史をたどるとシティ、より具体的に言うとロスチャイルドへ行き着く。アメリカの金融界はウォール街とも呼ばれるが、そのウォール街でJPモルガンは中心的な立場にあった。 このウォール街を震撼させる出来事が1932年に起こる。この年に行われた大統領選挙でニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選したのだ。ニューディール派は巨大企業の活動を規制し、労働者の権利を認め、ファシズムに反対するという看板を掲げていた。巨大企業の金儲けを優先させ、労働者から権利を奪い、ファシズムを支援するウォール街とは考え方が正反対だった。圧倒的な資金力を持つウォール街の候補、現職のハーバート・フーバーが敗北したのは、言うまでもなく、それだけ庶民のウォール街への反発が強かったからだ。 1933年から34年にかけてウォール街はニューディール政権を倒すためにクーデターを計画、この計画はスメドリー・バトラー海兵隊少将によって阻止された。こうしたことは本ブログで繰り返し書いてきたとおり。庶民の反発はニューディール派より巨大資本に批判的だったヒューイ・ロング上院議員への人気につながるのだが、このロングは1935年に暗殺された。 ロングは当初、ルーズベルト政権を支持していたのだが、ニューディール政策は貧困対策として不十分だと考え、1933年6月に袂を分かつ。ロングは純資産税を考えていたという。ロングが大統領になったなら、ウォール街を含む支配層は大きなダメージを受けることになり、内戦を覚悟でクーデターを実行することになっただろう。 そうしたウォール街の強い影響を受けていたのが関東大震災以降の日本。JPモルガンと最も親しかった日本人は井上準之助だった。アメリカのマサチューセッツ工科大学で学んだ三井財閥の最高指導者、団琢磨もアメリカ支配層と強く結びついていた。このふたりは1932年、血盟団によって暗殺された。 この年、駐日大使として日本へ来たジョセフ・グルーはJPモルガンと関係が深い。つまり、彼のいとこ、ジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻で、グルー自身の妻であるアリス・グルーは大正(嘉仁)天皇の妻、貞明皇后と少女時代からの友だち。大戦前からグルーは日本の皇室に太いパイプを持っていた。 グルーの人脈には松平恒雄宮内大臣、徳川家達公爵、秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、樺山愛輔伯爵、吉田茂、牧野伸顕伯爵、幣原喜重郎男爵らが含まれていたが、グルーが個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。 1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入するが、翌年の6月までグルーは日本に滞在、離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われてプレーしたという。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007) 第2次世界大戦後、グルーはジャパン・ロビーの中心人物として活動して日本をコントロールすることになる。グルーと親しかった岸信介。その孫にあたる安倍晋三が戦前レジームへの回帰を目指すのは、日本をウォール街の属国にしたいからだろう。 それに対し、ロシアと中国は関係を強めている。ドナルド・トランプ政権は軍事的にロシアを脅しているが、それに対し、プーチン政権は9月11日から15日にかけてウラル山脈の東で30万人が参加する大規模な演習ボストーク18を実施。その演習に中国軍は3200名を参加させている。経済面で手を差し伸べる一方、軍事的な準備も怠らない。 明治維新から日本の支配層はシティやウォール街、つまりアングロ・サクソンの支配層に従属することで自らの権力と富を得てきた。そうした従属関係が日本経済を窮地に追い込んでいる。この矛盾に日本の支配システムがいつまで耐えられるだろうか?(了)
2018.09.14
アメリカは東アジアでも軍事的な緊張を高めようとしてきた。2009年に総理大臣となった鳩山由紀夫は東シナ海を「友愛の海」にしようと提案したが、これはアメリカ支配層を激怒させたことだろう。その後、日本ではマスコミが鳩山を攻撃、鳩山は2010年に首相の座から引きずり下ろされた。 そして登場した菅直人内閣は中国との関係を破壊する。2010年に「日中漁業協定」を無視して石垣海上保安部は中国の漁船を尖閣諸島の付近で取り締まったのだ。それ以降、日本は中国に敵対する国になった。 こうした政策は日本の企業に打撃を与える。中国は日本企業にとって重要なマーケットだったからだ。アメリカの中東政策は石油価格を暴騰させる可能性があるのだが、これも日本にとっては大問題。ロシアという中東より低コストで安定的なエネルギー資源の供給源が日本の近くに存在するが、ロシアとの関係を深めることをアメリカ支配層は許さないだろう。 こうしたアメリカの政策は一貫したもの。1955年6月に鳩山一郎内閣はソ連と国交正常化の交渉を始めた。その一方、重光葵外務大臣(副総理)は同年8月に訪米してジョン・フォスター・ダレス国務長官と会談、「相互防衛条約」の試案を提示した。 その試案の中で「日本国内に配備されたアメリカ合衆国の軍隊は、この条約の効力発生とともに、撤退を開始」、「アメリカ合衆国の陸軍及び海軍の一切の地上部隊は、日本国の防衛6箇年計画の完遂年度の終了後おそくとも90日以内に、日本国よりの撤退を完了するものとする」としている。 日本とソ連は「歯舞、色丹返還」で領土問題を解決させる方向で動き始めたのだが、ダレス米国務長官は激怒、2島返還でソ連と合意したらアメリカは沖縄を自国領にすると恫喝したという。沖縄は歴史的に独立国であり、その意味でもアメリカの姿勢は傲慢だ。 こうした恫喝はあったが、鳩山首相は1956年10月、河野一郎農相をともなってモスクワを訪問、鳩山首相とニコライ・ブルガーニン首相(ソ連閣僚会議議長)は日ソ共同宣言に署名して12月に発効した。それにタイミングを合わせるように鳩山は引退する。 鳩山一郎の辞任を受けて行われた自民党総裁選でアメリカは岸信介を後押しするが、中国やソ連との交流を促進しようとしていた石橋湛山が勝つ。その石橋は2カ月後に病気で倒れ、首相臨時代理を務めることになったのが岸。翌年の2月に岸は首相に選ばれた。(つづく)
2018.09.13
ロシアのウラジオストックで2015年から毎年開催されているEEF(東方経済フォーラム)はウラジミル・プーチンの外交戦略において重要な意味を持っている。アメリカは東アジアの軍事的な緊張を高めようとしているが、それに対抗してロシアは緊張を緩和、地域の経済発展につなげようとしているのだ。プーチンの戦略に中国や韓国は賛成、連携している。この3カ国に朝鮮も加わった。 今年のEEFは9月11日から13日に開かれているが、そこで朝鮮は自国の鉄道と韓国に鉄道を結びつけることに前向きな姿勢を見せた。ロシアには以前からシベリア横断鉄道を延長して朝鮮半島を南下させようという計画がある。その計画とリンクしていることは間違いないだろう。 この鉄道計画はロシアから天然ガスや石油を輸送するパイプラインの建設計画、そして中国の一帯一路とも関係している。大英帝国の時代からアングロ・サクソンの基本戦略はユーラシア大陸の周辺部分から内陸部を締め上げていくというもの。物資の輸送が海運中心だった時代は効果的な戦略だったが、そうした戦略を高速鉄道やパイプラインは揺るがせている。 現在、東アジアでアメリカの戦略に従っている数少ない国のひとつが日本。その日本に対し、プーチンは前提条件なしで平和条約を結ぼうと日本側へ提案したという。ソ連/ロシアと中国の制圧を長期戦略の中心に据えているアメリカは日本がソ連/ロシアや中国と友好関係を結ぶことを許さない。プーチンも当然、そうしたことを熟知している。アメリカの政策で疲弊している日本へのちょっとしたメッセージだ。(つづく)
2018.09.13
シリアの北西地域にあるイドリブはトルコに接し、ジハード傭兵に支配されてきた。その地域を奪還するため、シリア政府軍とロシア軍は空爆を始めているようだ。アメリカ政府はロシア政府を恫喝しているようだが、効果があるようには思えない。 この傭兵にはアメリカ系のグループとトルコ系のグループが存在、アメリカを後ろ盾とするタハリール・アル・シャーム(アル・ヌスラ)はアル・カイダ系。アメリカ大統領のブレット・マクガーク特使はこの地域について、9/11からアル・カイダの最も大きな避難場所だと表現していた。 アメリカを含む外国勢力が2011年にリビアを侵略した際、NATOがアル・カイダ系武装勢力LIFGと連携していることが明確になり、その戦闘員が武器/兵器と一緒にシリアへ移動したことも明らかになった。つまり、シリアへもアル・カイダ系武装勢力が攻め込んでいることが否定できなくなった。 そこでバラク・オバマ大統領(当時)は「穏健派」というタグを持ち出して誤魔化そうとしたが、2012年8月、アメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)はシリアで政府軍と戦っている勢力について、サラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)、ムスリム同胞団、アル・カイダ系のAQI(アル・ヌスラを実態は同じだとDIAは報告している)だと報告している。オバマ大統領がいうところの「穏健派」は存在しないということだ。 DIAはバラク・オバマ政権の反政府勢力への支援がシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配圏を生み出すことになるとも警告しているが、これは2014年以降、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)という形で現実になった。その年にマイケル・フリンDIA局長は解任されている。 DIAが報告を出した2012年8月、オバマ大統領は直接的な軍事介入の「レッド・ライン」は生物化学兵器の使用だと宣言した。シリア政府軍を攻撃して体制転覆を目指すということであり、サラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)、ムスリム同胞団、そうした人びとによって編成されているアル・カイダ系武装集団を助けるということにほかならない。 2012年12月に国務長官だったヒラリー・クリントンはバシャール・アル・アサド大統領が化学兵器を使う可能性を口にし、13年1月29日付けのデイリー・メール紙には、オバマ政権がシリアで化学兵器を使ってその責任をアサド政権に押しつけようとしているとする記事が載る。イギリスの軍事関連企業ブリタム防衛の社内電子メールに、そうした作戦をオバマ大統領が許可したという記述があるというのだ。(同紙のサイトからこの記事はすぐに削除された) 2013年には3月と8月に政府軍が化学兵器を使ったという話が流れるが、いずれも嘘であることがばれている。これは本ブログでも何度か書いた。 嘘が明らかになるまである程度の時間が必要だが、それまでの間にオバマ政権はアメリカ軍に攻撃を始めさせようとする。9月の上旬に実行するという話が流れる中、そのタイミングで地中海からシリアへ向かってミサイルが発射される。が、このミサイルは途中で海中へ落ちてしまう。イスラエルはミサイルの発射実験を行ったと発表するが、事前の警告はなく、ECM(電子対抗手段)が使われたと言われている。この直後、ロシア政府が主導、国連の決議を経てシリア軍は保有する化学兵器を全て廃棄した。 そして2014年に登場してきたのが「残虐性」を誇示するダーイッシュ。そのダーイッシュを叩くという名目でアメリカ軍はシリア政府の承認を受けずに空爆を開始、シリアのインフラを破壊、後にシリア政府軍に対する攻撃も始めた。ロシア軍が介入するまでの約1年間、ジハード傭兵の支配地は拡大していく。 その後、嘘が明らかになっても「化学兵器話」をアメリカ政府は持ち出す。その話を広める役割を果たしてきたのがSOHR(シリア人権監視所)やSCD(シリア市民防衛)。SCDは白いヘルメットと呼ばれることが多い。ロシア国防省によると、SCDは現在、化学兵器による攻撃を受けたとするシーンの撮影を行っているという。 このSOHRはラミ・アブドゥラーマン(本名オッサマ・スレイマン)がイギリスで個人的に設置した団体だが、イギリス外務省から約19万5000ポンド相当の支援をしている。2011年にスレイマンはシリア反体制派の代表としてウィリアム・ヘイグ元英外相と会ったとも報道されている。 今年(2018年)4月7日にシリア政府軍がドゥーマで化学兵器を使ったとSCDとジャイシュ・アル・イスラム(アル・カイダ系)が宣伝、それを理由にしてアメリカ、イギリス、フランスの3カ国はOPCWが現地を調査する直前の4月14日にシリアをミサイル攻撃した。ジャイシュ・アル・イスラムを指揮していたのはイギリスの特殊部隊SASやフランスの情報機関DGSEのメンバーで、MSF(国境なき医師団)が隠れ蓑として使われてきたとも報告されている。 SCDは2013年3月にジェームズ・ル・ムズリエというイギリスの元軍人が編成、訓練してきた。この人物は2000年にイギリス軍から退役し、傭兵組織の特別プロジェクトの幹部になる。この組織の後にアカデミ(ブラックウォーターとして創設、Xeに改名、現在に至る)に吸収された。 SCDの設立資金30万ドルはイギリス、アメリカ、そして日本から得ているが、その後、アメリカ政府とイギリス政府から西側のNGOやカタールを経由して1億2300万ドルが渡った。 また、アメリカ国務省の副スポークスパーソンのマーク・トナーは2016年4月27日、SCDがUSAIDから2300万ドル受け取っていることを認めた。言うまでもなく、USAIDはCIAの資金を流すパイプ役。そのほか投機家で旧ソ連圏の制圧を目指しているジョージ・ソロス、さらにオランダやイギリスの外務省も資金を提供している。 リビアやシリアへの軍事侵略ではイギリスやフランスが積極的に動いているが、SOHRやSCDの背後にもイギリス政府が存在。アメリカのリチャード・ブラック上院議員は先週、イギリスの対外情報機関MI6がシリアで化学兵器を使った偽旗作戦を進めていると語っている。 イドリブでタハリール・アル・シャームとジャイシュ・アル・イスラムは手を組んでいる。が、正確に言うならば本体は同じで、タグが違うだけ。つまり、連合ではなく合流したと言うべきだろう。 その後にドゥーマへ入って調査したOAN(アメリカのケーブル・テレビ局)の記者やイギリスのインディペンデント紙のロバート・フィスク特派員は化学兵器が使われた痕跡はないと報告している。 また、ロシア系のこの3カ国にドイツが加わる動きは西側の有力メディアが化学兵器の被害者だとして報道した子どもとその父親を取材、その親子は化学兵器が使用されたという話を否定している。その後、現地入りしたOPCWのチームも化学兵器が使用された痕跡はないとしている。
2018.09.12
アメリカのドナルド・トランプ大統領はアップルに対し、アメリカで生産するように呼びかけた。同大統領は重い関税をかけ始めているが、それが向けられている先には国外で生産するアメリカ系企業も含まれる。そうしたアメリカ系企業の象徴的な存在が中国で生産しているアップルだ。 2011年2月、アメリカ大統領だったバラク・オバマはサンフランシスコのエレクトロニクス産業、いわゆるシリコン・バレーの幹部たちと食事をともにし、その際、アップルのスティーブン・ジョブスに対し、同社のiPhoneをアメリカで生産しないかともちかけた。同社はiPhoneだけでなく、iPadやほかの製品の大半を国外で作っている。 それに対するジョブスの返事は、アメリカへ戻ることはないというものだった。アジアでは生産規模を柔軟に変更でき、供給ラインが充実、そして労働者の技術水準が高いという理由からだという。賃金水準の低さは問題の一部にすぎない。 アップル側の推計によると、iPhoneを生産するためには約20万人の組立工と、そうした人びとを監督する約8700人のエンジニアが必要で、それだけの陣容をアメリカで集めるためには9カ月が必要。それが中国なら15日ですむ。 アメリカでは最高レベルの教育は維持されているものの、生産現場で必要な中間レベルの技術を持つ人を育成してこなかった。これが致命的になっているという指摘がある。同じ現象は日本でも引き起こされていて、かなり前から日本でも技術系学生のレベルが落ちているという声を聞く。そこで、企業は中国やインドの学生に目をつけていた。 そうした状況に陥った最大の理由は教育システムの破壊だ。思考力のある人びとは支配システムの不正に気づき、批判の声を上げる。私利私欲で動く支配層にとって目障りな存在だ。そこで1970年代から日本では「考えない庶民」を作る政策が継続されている。考えるのは一握りのエリートだけで良く、残りは支配層へ盲従すれば良いということだ。そうした政策のキーワードが「愛国心」である。 教育課程審議会の会長を務めた作家、三浦朱門は自分たちが考え出した「ゆとり教育」について次のように語っている:「平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならんということです。できん者はできんままで結構。戦後50年、落ちこぼれの底辺を上げることにばかり注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです。」(斎藤貴男著『機会不平等』文藝春秋、2004年) 日本の生産活動は中小企業で働く優秀な職人に支えられていた。その職人の技術は徳川時代までに培われたもの。その技術力が急速に低下したのは1980年代からだろう。1970年代に庶民の購買力が減少、物が売れなくなり、企業は「財テク」に走った。金融マジックの世界へ入り込み、生産を軽視するようになったのだ。 日本経済の強みは中小企業で働く技術水準の高い職人にあることを理解していたアメリカ支配層は「ケイレツ」を問題にして下請けシステムを潰しにかかる。そしてアメリカ支配層が仕掛けた円高は日本のシステムに大きなダメージを与えた。そして金融スキャンダル。前から知られていた不正が突如、問題化した。日本の支配層が腐敗している状況を利用しての攻撃だったと言えるだろう。 アメリカの貿易赤字を生み出している最大の要因は1970年代以来、歴代アメリカ政府が製造業を国外へ移転させる政策を推進してきたからにほかならない。日本や中国が原因ではない。 1970年代の半ば、アメリカの議会は「多国籍企業」の問題を取り上げていた。その象徴的な存在がフランク・チャーチ上院議員だが、1980年の選挙で落選、84年1月に脾臓腫瘍で入院、4月に59歳で死亡した。 1970年代、アメリカの議員は国境を越えた活動を展開する巨大資本の危険性を理解していたが、そうした議員の動きは潰されてしまい、国境を越えた資本の移動が自由になり、金融取引の規制はなくされて無法化していく。それを西側では「法の支配」と呼んでいる。
2018.09.11
アメリカでは2000年に大統領選挙があった。事実上、共和党のジョージ・W・ブッシュと民主党のアル・ゴアの対決だが、この選挙では「選挙監視員」による投票妨害や投票機械への疑惑が報告されている。 旧式の機械やバタフライ型投票用紙で投票が正確にカウントされていない可能性が指摘され、出口調査と公式発表との差も疑惑を呼んだのだが、2016年の大統領選挙では投票の電子化が進み、投票操作は容易になったと事前に指摘されていた。その操作をすると疑われていたのは支配層が次期大統領に内定していたヒラリー・クリントンだ。 しかし、この投票疑惑より深刻な疑惑がある。選挙キャンペーンの前に行われた人気調査では、このふたりでなくジョン・F・ケネディ・ジュニア、つまり1963年11月にテキサス州ダラスで暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領の息子がトップだった。 本人は出馬の意志を示していなかったが、1999年前半に実施された支持率の世論調査ではブッシュとゴアをケネディ・ジュニアは5ポイントほどリードしていたのだ。もし、JFKジュニアが出馬するならば2大政党以外の候補が大統領に選ばれる可能性があった。 勿論、そうした展開にはならなかった。1999年7月16日、ケネディ・ジュニアが操縦する単発のパイパー・サラトガが墜落、同乗していた妻のキャロラインとその姉、ローレン・ベッセッテとともに死亡したのである。 ニュージャージー州のエセックス郡空港を飛び立ち、目的地であるマサチューセッツ州マーサズ・ビンヤード島へあと約12キロメートルの地点で、パイパー機は自動操縦で飛んでいた可能性が高く、操縦ミスは考えにくい。墜落の3週間前、ケネディは左足首をけがしていたので、副操縦士を乗せていたはずだとする話も伝えられていた。実際、7月上旬にカナダまで飛んだときには副操縦士を同乗させていたという。 また、墜落した飛行機にはボイス・レコーダーが搭載されていて、音声に反応して動く仕掛けになっていた。直前の5分間を記録できるのだが、その装置には何も記録されていなかったという。緊急時に位置を通報するELTを搭載していたにもかかわらず、墜落から発見までに5日間を要しているのも不思議な話だ。ともかく、ジョン・F・ケネディ・ジュニアは2000年の大統領選挙に出馬することはできなくなった。 そして2001年9月11日の攻撃。「国家安全保障上の緊急事態」の発生だ。それを理由にして作られた340ページを超す「愛国者法(テロリズムの阻止と回避のために必要な適切な手段を提供することによりアメリカを統合し強化する2001年法)」がその年の10月26日に発効、アメリカ憲法は機能を停止した。 大半の議員は法案を読まずに賛成しているが、中には疑問を持つ人物もいた。トム・ダシュル上院議員とパトリック・リーヒー上院議員だが、ふたりには炭疽菌で汚染された手紙が送られている。その出来事があってから、両議員は法案に反対するのをやめてしまった。 当初、イスラム過激派の犯行であるかのように伝えられたが、菌の出所がメリーランド州にあるアメリカ陸軍のフォート・デトリックだということが突き止められた後、2008年8月にFBIはブルース・アイビンスという細菌学者の名前を出してくる。その8日後にアイビンスは「自殺」、裁判で事実が検証されることはなかった。 ジーン・キャロル・デュリーなる女性の証言からアイビンスは精神的に不安定だったとされているのだが、かつての同僚たちはそうした主張を否定している。リーヒー上院議員もFBIの説明を信じていない。 9/11にはさまざまな疑惑が指摘されている。まず南北タワーの崩壊が不自然。あのような崩壊は人為的に行わなければ不可能だろう。攻撃されていない7号館が崩壊した謎はさらに深い。7号館にはいくつかの政府機関が入っていて、エンロン倒産や国防総省の巨額の使途不明金問題を追及するための資料も消えた。 両タワーは通常のビルより頑丈に作られていたと言われている。ノースタワーは1993年2月に地下2階の駐車場が爆破され、4階層に渡って幅30mの穴があいているのだが、ビル自体は問題がなかった。 この事件を受けて警備が強化されるが、そこに治安コンサルタント会社のクロル・アソシエイツが関係する。この会社はCIAやイスラエルの情報機関モサドと緊密な関係にあり、ウォール街のCIAとも呼ばれてきた。この会社が新しい治安システムの設計や建設のためんだとして連れてきた会社はずれもサウジアラビアと関係が深い。また1994年から2000年にかけてWTCのエレベーター・システムが改造されている。(George W. Grundy, “Death of a Nation,” Skyhorse, 2017) 世界貿易センターの3ビルは爆破解体のように崩壊した。爆破解体なら大がかりな作業が事前に必要だと言う人がいるが、別の理由で大がかりな作業は行われていたのだ。 物理的な理由のほか、9/11に絡んでは事前に戦闘機による迎撃の許可権限が国防長官に限定された疑惑、いくつも実施された軍事演習、航空会社株などのインサイダー取引疑惑、当時は旅客機から携帯電話で連絡できなかったはずだという指摘、事前の警告が無視されたという告発、鉄骨など重要な証拠が速やかに処分されたことなど、少なからぬ疑惑が残されている。(了)
2018.09.11
ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官によると、9/11から10日ほどのち、ドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺では攻撃予定国リストが作成されていた。まずイラク、ついでシリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランだ。1991年にウォルフォウィッツが口にした3カ国のほか、天然ガス開発とパレスチナ問題が絡むイスラエルの隣国であるレバノン、ドル体制から離脱してアフリカを自立させようとしていたリビア、インド洋と地中海をつなぐ紅海の出入り口にあるソマリア、資源の宝庫スーダンがターゲットに加えられている。 また、攻撃から数週間後、ブッシュ・ジュニア大統領はNSAに対して令状なしで通話を傍受、記録することを許可した。形骸化しているFISC(外国情報監視法廷)のチェックすら受ける必要がなくなったわけである。2017年の段階でNSAは1日あたり25兆件の通信を傍受、記録していると推測されている。(George W. Grundy, “Death of a Nation,” Skyhorse, 2017) ブッシュ・ジュニア政権は攻撃の直後に「アル・カイダ」の犯行だと断定したが、「アル・カイダ」を率いているとされたオサマ・ビン・ラディンはその攻撃に自分たちは関与していないと主張、9月16日にはカタールのテレビ局、アル・ジャジーラに送った声明の中で、やはり自分たちが実行したのではないとしている。その後、オサマ・ビン・ラディンが犯行を認めているとする映像が流されるものの、画像が不鮮明で、怪しげな代物だ。発言内容を西側の有力メディアが「誤訳」しているとも指摘されている。 アル・カイダはCIAがアフガニスタンでソ連軍と戦わせるために訓練した戦闘員の登録リスト。そのリストに登録してある人物が率いる武装グループは存在するが、アル・カイダという武装組織は存在しない。これは本ブログでも繰り返し説明してきた。 アメリカでアル・カイダという仕組みを作り上げたのはジミー・カーター政権で国家安全保障補佐官を務めたズビグネフ・ブレジンスキー。1970年代終盤のことだ。ソ連軍をアフガニスタンへ誘い込み、疲弊させるという秘密計画で、その計画をカーター大統領は1979年7月に追認している。ソ連軍がアフガニスタンへ入ったのはその年の12月。ソ連軍が撤退したのは1989年2月のことだった。 アフガニスタンを支配するため、CIAは1994年にパキスタンの情報機関ISIの協力を受けて「タリバーン」を組織した。この武装組織は1996年9月に首都のカブールを制圧、その際にムハンマド・ナジブラー大統領を惨殺している。この年、オサマ・ビン・ラビンがアフガニスタンに入ったという。 当初、タリバーンとアメリカ支配層との関係は良好で、タリバーンのロビイストを務めていたのはリチャード・ヘルムズ元CIA長官の義理の姪にあたるライリ・ヘルムズ。アメリカの支配層はタリバーンを自分たちの傀儡政権にできると考えていたのだろう。 タリバーン政権下のアフガニスタンに最も深く食い込んでいた石油会社はアメリカ系のUNOCAL(かつてのユニオン石油カリフォルニア)だが、1996年11月、タリバーン政権はTAPIパイプラインの敷設計画でUNOCALでなくアルゼンチンのブリダスを選んでしまう。翌月、パキスタンの外務大臣がカブールを訪問してUNOCALの要求を飲むように求めるが、明確な返答はなかった。 アメリカのビル・クリントン政権は1997年から中央アジアのウズベキスタン、キルギスタン、カザフスタンの軍隊と演習を開始してタリバーン政権を威嚇、アメリカ軍派遣の準備に着手した。ウズベキスタンとはタリバーンに対する秘密統合作戦を始めている。 この翌年、タリバーン政権を攻撃する口実になる出来事が引き起こされた。8月7日にケニアのナイロビとタンザニアのダル・エス・サラームのアメリカ大使館が爆破されたのだ。アメリカ政府はオサマ・ビン・ラディンの命令で実行されたと断定、ビン・ラディンを保護していたタリバン政権とのパイプラインに関する交渉を停止、この月の20日にアメリカ軍はアフガニスタンとスーダンを巡航ミサイルで攻撃している。(つづく)
2018.09.10
今から17年前の9月11日、ニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アリーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された。この衝撃的な出来事を目にして冷戦な判断ができなくなった人は少なくない。 そうした雰囲気の中、ジョージ・W・ブッシュ政権は詳しい調査を始める前に「アル・カイダ」が実行したと宣言、反イスラムの雰囲気を広めて中東を軍事侵略する態勢が整えられていく。国内では「治安」を名目としたファシズム化が進められた。 この攻撃は支配層が1980年代の前半、ロナルド・レーガン政権から始められた計画を始動させる役割を果たすことになる。その計画とは国内のファシズム化と国外での侵略戦争。 アメリカではソ連に対する先制核攻撃計画が作成された1950年代から緊急時に地下政府を編成することになっていた。世紀の政府が機能不全になった場合を想定、「アイゼンハワー10」と呼ばれる人びとで構成される地下政府へ権限を委譲することになっていた。その延長線上にFEMA、そしてCOGがある。COGは政府の存続を目的とした計画で、レーガン大統領が1982年に出したNSDD(国家安全保障決定指令)55で承認された。(Andrew Cockburn, “Rumsfeld”, Scribner, 2007) 当初、COGは核戦争を前提にしていたのだが、1988年に出された大統領令12656によってその対象は「国家安全保障上の緊急事態」に変更され、核戦争が勃発しなくても、支配階級が国家安全保障上の緊急事態だと判断すれば憲法の機能を停止できるようになる。 本ブログでも指摘したように、1980年代にソ連ではCIA人脈とKGBの中枢が手を組んで国家乗っ取りを目論んだ。1985年3月に心臓病で死亡したコンスタンチン・チェルネンコを引き継いだミハイル・ゴルバチョフがクーデターの環境を作り、ボリス・エリツィンが黒幕たちの命令にしたがってソ連を消滅させたのだ。これがいわゆるハンマー作戦。 ソ連は1991年12月に消滅、アメリカやイギリスをはじめとする西側諸国の好戦派は自分たちが冷戦に勝利したと考え、ネオコンを中心に世界制覇の野望を一気に達成しようとする。 そこで、リチャード・チェイニー国防長官やポール・ウォルフォウィッツ国防次官のネオコン・ラインが動き、1992年2月に世界制覇計画を国防総省のDPG草案として作成した。いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンだ。1990年代以降のアメリカを理解するためには、このドクトリンを知る必要がある。 そのウォルフォウィッツはソ連でクーデター騒動があり、ゴルバチョフが失脚してエリツィンが実権を握る1991年の夏頃、イラク、シリア、イランを殲滅すると発言したという。この話は2007年にウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官が語っている。(3月、10月) ソ連を消滅させ、ロシアや旧ソ連圏を属国化することに成功したと判断したアメリカ支配層は次のターゲットを経済的に成長著しい中国に定める。それが東アジア重視。さらに、ヨーロッパ、東アジア、中東、南西アジア、旧ソ連圏が潜在的ライバルとして挙げられ、その他の国々も破壊の対象になる。 このCOGとウォルフォウィッツ・ドクトリンを始動させたのが2001年9月11日の攻撃だった。ネオコンが担ぐジョージ・W・ブッシュが大統領に就任した年。絶妙のタイミングだ。(つづく)
2018.09.10
ギリシャに対するESM(欧州安定メカニズム)の第3次金融支援が終了し、8年間におよぶ支援を脱却したのだと報道された。が、予定通り進んでも債務の返済にはあと半世紀は必要だとされている。支援の過程で経済は4分の1に縮小、若者や専門技術を持つ人びとを中心に約40万人のギリシャ人が国外へ移住、メンテナンスを放棄したことからインフラを含む700億ユーロ相当の資産が失われた。ギリシャ危機が終わったのではなく、ギリシャという国が終わったのだと言う人は少なくない。 欧米の巨大金融資本はさまざまな国で甘い汁を吸ってきた。金融の仕組みを利用することも少なくない。巨大銀行がターゲット国へ融資、その国が破綻するとIMFが「支援」に乗り出して融資、その資金は欧米の銀行へ流れ、IMFへの債務が残る。IMFの取り立てはヤミ金並みだ。 国の経済を破綻させるひとつの手法は融資と為替レートの操作。例えば、ドル安の状態でドル建ての融資を行い、頃合いを見計らってドル高にする。レート変動への対策を怠っていると返済額は大幅に増えてしまう。アメリカの支配層が通貨戦争を始める理由のひとつはそこにある。 そもそも、ギリシャの財政危機を招いた大きな原因は第2次世界世界大戦や軍事クーデターによる国の破壊であり、もうひとつは欧米巨大資本の商売。年金制度や公務員の問題などが急に悪化したわけではない。ギリシャの人びとを地獄へ突き落とす直接的な原因になったのは通貨の変更だ。2001年にギリシャは通過をドラクマからユーロへ切り替えたのだが、財政状況の問題から本来はできないことだった。 そこに登場したのがゴールドマン・サックス。財政状況の悪さを隠す手法をギリシャ政府に教え、債務を膨らませたのだ。CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)などを使い、国民に実態を隠しながら借金を急増させ、投機集団からカネを受け取る代償として公共部門の収入を差し出すということが行われていたという。借金漬けにした後、「格付け会社」がギリシャ国債の格付けを引き下げて混乱は始まった。ヤミ金の手口にほかならない。 そうした操作が続けられていたであろう2002年から05年にかけてゴールドマン・サックスの副会長を務めていたマリオ・ドラギは06年にイタリア銀行総裁、そして11年にはECB(欧州中央銀行)総裁に就任する。ECBが欧州委員会やIMFと組織する「トロイカ」がギリシャへの「支援』内容を決めてきた。 トロイカの基本スタンスは危機の尻拭いを庶民に押しつけ、債権者、つまり欧米の巨大金融資本を助けるというもの。それが緊縮財政だ。 そうした理不尽な要求をギリシャ人は拒否する姿勢を示す。2015年1月に行われた総選挙で反緊縮を公約に掲げたシリザ(急進左翼進歩連合)に勝たせ、7月の国民投票では61%以上がトロイカの要求を拒否した。トロイカの要求に従うと年金や賃金がさらに減額され、社会保障の水準も低下し続け、失業者を増やして問題を深刻化させると考えたからだ。選挙で勝ったシリザはアレクシス・チプラス政権を成立させる。 それに対し、バラク・オバマ政権はネオコンのビクトリア・ヌランド国務次官補を2015年3月に派遣した。その前年の2月にアメリカ政府はウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを成功させたが、その際に現場で指揮していたのはヌランドだ。 この次官補はチプラス首相に対し、NATOの結束を乱したり、ドイツやトロイカに対して債務不履行を宣言するなと警告、さらにクーデターや暗殺を示唆したとも言われている。イギリスのサンデー・タイムズ紙は7月5日、軍も加わったネメシス(復讐の女神)という暗号名の秘密作戦が用意されていると伝えていた。 ギリシャ政府にはもうひとつの選択肢があった。ロシアのサンクトペテルブルクで開かれた国際経済フォーラムでチプラス首相はロシアのウラジミル・プーチン大統領と会談、天然ガス輸送用のパイプライン、トルコ・ストリームの建設に絡んで50億ドルを前払いすると提案されているのだ。これを含め、ロシアと手を組む方がギリシャにとって有利だと指摘する人もいた。 また、地中海の東岸、エジプトからギリシャにかけての海域には9兆8000億立方メートルの天然ガスと34億バーレルの原油が眠っているとUSGS(アメリカ地質調査所)は推定している。しばらく踏ん張れば、国は復活する可能性があったのだが、そうなると欧米支配層は困る。その資源を自分のものにできなくなるからだ。 結局、チプラス首相はギリシャ国民を裏切り、欧米支配層の利益へ奉仕することになった。そして結果は予想通り。
2018.09.09

ジョージ・W・ブッシュ政権は国内をファシズム化し、世界制覇を目指して侵略戦争を始めた。そうした政策を推進するため、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された出来事を利用した。ブッシュ・ジュニア政権はこの攻撃を「アル・カイダ」が実行したと証拠を示すことなく主張した。 ロビン・クック元英外相によると、アル・カイダとはCIAが訓練したムジャヒディンの登録リスト。アラビア語でアル・カイダとはベースを意味し、データベースの訳としても使われる。その中からピックアップされた戦闘員を中心として編成されたのがアル・カイダ系武装勢力で、その主力はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団だ。 ダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)の問題に関するアメリカの大統領特使、ブレット・マクガークは昨年(2017年)7月、イドリブについて、9/11からアル・カイダの最も大きな避難場所だと表現していた。イドリブでアメリカの手先として活動しているタハリール・アル・シャーム(アル・ヌスラ)はアル・カイダ系の武装集団にほかならない。 ドナルド・トランプは2013年9月6日、シリアにおける「反乱軍」の多くは過激な聖戦イスラム教徒で、キリスト教徒を殺害しているとしたうえで、「一体なぜ、我々は彼らのために戦わなければならないのか?」とツイッターに書き込んでいた。その疑問は現在のトランプにも向けられている。
2018.09.08
アル・カイダ系武装勢力による殺戮と破壊を否定できなくなると、バラク・オバマ政権は「穏健派」を支援していると主張しはじめる。が、これはアメリカ軍の情報機関DIAによって否定された。 DIAが2012年8月にホワイトハウスへ提出された報告の中で、オバマ大統領の主張を否定したのだ。反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQIだとしている。 しかも、オバマ政権が政策を変更しなかったならば、シリアの東部(ハサカやデリゾール)にはサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があるともDIAは警告、それは2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)という形で現実のものになった。この報告書が書かれた当時のDIA局長がマイケル・フリン中将だ。 ダーイッシュは2014年1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にはモスルを制圧、その際にトヨタ製の真新しい小型トラック「ハイラックス」を連ねてパレードしている。そうした動きを当然、アメリカ軍は偵察衛星、偵察機、通信傍受、地上の情報網などでつかんでいたはず。ところが傍観していた。こうした展開になったことからフリンDIA局長は他の政府スタッフと激しく対立したようで、その年の8月に退役を強いられる。 フリンは2015年8月にアル・ジャジーラの番組へ出演、司会者からダーイッシュの出現について質問され、自分たちの任務は提出される情報の正確さをできるだけ高めることにあり、情報に基づく政策の決定はバラク・オバマ大統領が行ったと答えている。つまり、オバマ政権の決定がダーイッシュの勢力を拡大させたというわけだ。 アメリカ自身やイスラエルについては言及していないものの、ジハード傭兵をサウジアラビアやカタールなどが雇ってきたことはアメリカの政府高官や軍人も認めていた。 例えば、2014年9月、空軍のトーマス・マッキナニー中将はアメリカがダーイッシュを作る手助けしたとテレビで発言、マーティン・デンプシー統合参謀本部議長(当時)はアラブの主要同盟国がダーイッシュに資金を提供していると議会で発言、同年10月にはジョー・バイデン米副大統領がハーバーバード大学で中東におけるアメリカの主要な同盟国がダーイッシュの背後にいると語り、2015年にはウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官もアメリカの友好国と同盟国がダーイッシュを作り上げたと述べている。 そしてオバマ大統領は2015年に戦争体制へ入る。上院軍事委員会で直接的な軍事介入に慎重な姿勢を示していたチャック・ヘーゲル国防長官とマーチン・デンプシー統合参謀本部議長を追い出したのだ。ヘーゲルは2015年2月に解任、デンプシーは同年9月に再任拒否されている。 その直後、9月30日にロシア軍はシリア政府の要請を受けて軍事介入、それ以降、ジハード傭兵の占領地は急速に縮小していく。おそらく2015年の後半にオバマ政権はアメリカ主導軍にシリアを侵略させるつもりだったのだろうが、これはロシア軍の介入で難しくなった。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、アメリカ政府が軍事侵攻を正当化する口実として化学兵器を言い始めたのは2012年8月。シリアに対する直接的な直接的な軍事介入のレッド・ラインは生物化学兵器の使用だと宣言したのだ。DIAがホワイトハウスへ報告書をだしたのと同じ月だ。 2012年12月になるとヒラリー・クリントン国務長官がシリアのバシャール・アル・アサド大統領は化学兵器を使う可能性があると語り、13年1月29日付けのデイリー・メール紙には、オバマ政権がシリアで化学兵器を使ってその責任をアサド政権に押しつけようとしているとする記事が載る。イギリスの軍事関連企業ブリタム防衛の社内電子メールに、そうした作戦をオバマ大統領が許可したという記述があるというのだ。(同紙のサイトからこの記事はすぐに削除された) 2013年には3月と8月に政府軍が化学兵器を使ったという話が流れるが、いずれも嘘であることがばれている。これは本ブログでも何度か書いた。9月の上旬にアメリカ主導軍はシリアに対するミサイル攻撃を始めた可能性が高いのだが、これは失敗に終わった。ECM(電子対抗手段)が使われたと言われている。 そして登場してきたのが「残虐性」を誇示するダーイッシュ。そのダーイッシュを叩くという名目でアメリカ軍はシリア政府の承認を受けずに空爆を開始、シリアのインフラを破壊、後にシリア政府軍に対する攻撃も始めた。ロシア軍が介入するまでの約1年間、ジハード傭兵の支配地は拡大していった。 ところが、ロシア軍の介入で戦況は一変。昨年(2017年)7月、ダーイッシュの問題に関するアメリカの大統領特使、ブレット・マクガークはイドリブについて、9/11からアル・カイダの最も大きな避難場所だと表現している。このイドリブをアメリカ支配層は死守しようとしている。 ジハード傭兵が敗走する中、アメリア軍はユーフラテス川の北側に軍事基地を次々と建設、今では20カ所を上回っている。最近も油田地帯であるデリゾールで新しい基地を建設していると伝えられた。アメリカ、イギリス、フランスの軍隊は地上部隊をシリアへ入れて占領している。これは本ブログで繰り返し書いてきた。 シリアで続いている戦争はアメリカなどの国々による侵略であり、「内戦」ではない。この戦争を「内戦」と呼ぶことは侵略戦争を支援することに等しい。かつて日本の東アジア侵略を「大東亜共栄園の建設」という名目で正当化していたが、それと大差はないと言える。 アメリカとクルドとの関係には不明な点があるのだが、少なくとも当初、アメリカ支配層はクルドを使い、シリアの北部地方からイラクやイランにかけての地域に「満州国」を建設しようとしていた。アフリカや中東における略奪なしに欧米は「文明」を維持できない。(了)
2018.09.08
イランのハッサン・ロウハニ大統領、ロシアのウラジミル・プーチン大統領、そしてトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が9月7日にイランで会談し、共同声明を発表した。 その中で3カ国はダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)、アル・ヌスラ(タハリール・アル・シャーム)、そうした勢力とつながっている個人、グループ、企て、何らかのものなど全てを徹底的に排除するために協力し続けることを再確認した。現在、イドリブには1万人から6万人のジハード傭兵がいると言われている。 軍事作戦が実行された場合、トルコ系の武装グループはトルコへ逃がせば良いとして、イドリブの住民やアメリカ系のジハード傭兵が難民としてなだれ込む可能性があり、それをトルコ側は懸念しているようだ。 アメリカ国務省のマイク・ポンペオ長官は9月4日にトルコのメブリュット・チャブシュオール外相と電話で会談、シリア軍によるイドリブに対する攻撃は受け入れられないということで一致したと語っていたが、トルコ政府の懸念をアメリカ国務省は自分たちに都合良く表現したのだろう。 現在、シリアで残されたアル・ヌスラの支配地はイドリブ。そこを奪還するため、シリア政府軍はロシア軍と攻撃の準備を進めている。それをアメリカは阻止しようとしているが、難しいだろう。アメリカによる軍事的な脅しに対し、ロシアは武器/兵器の供給や艦船の増派などで応じた。化学兵器の使用という偽旗作戦をアメリカが実行する可能性は残されているが、それも本格的な軍事力の行使には至らない可能性がある。
2018.09.08
1991年はCIA人脈がKGBの中枢と手を組み、ソ連でクーデターを成功させた年だ。これは本ブログでも書いたことがある。ハンマー作戦だ。その勢力に操られたボリス・エリツィンは1991年12月にソ連を勝手に消滅させてしまった。 ソ連が消滅したことでネオコンたちはアメリカが唯一の超大国になったと認識、自由に世界を侵略できる条件が整ったと考え、単独行動主義へ傾斜、国連を無視するようになる。そして1992年2月、国防総省のDPG草案という形で世界制覇プランを作成した。旧ソ連圏、西ヨーロッパ、東アジアなど潜在的なライバルを押さえ込むと同時にエネルギー資源を支配しようと考えた。中国が残された中の国で最も警戒するべき対象と考えられたことから、東アジア重視が打ち出される。 このプランはウォルフォウィッツ次官を中心に作成されたことからウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれているが、その基本的なアイデアは国防総省内部のシンクタンク、ONA(ネット評価室)で室長を務めていたアンドリュー・マーシャルが考えたと言われている。冷戦時代、マーシャルはソ連の脅威を誇張した情報を流してCIAの分析部門と対立していた人物で、ソ連消滅を受けて中国脅威論を叫び始めた。 ブッシュ・ジュニア政権の終盤、アメリカ支配層の想定と違ってロシアの軍事力が強いことが判明、バラク・オバマ大統領は2010年8月にPSD-11を出してムスリム同胞団を使った侵略計画を承認した。そして「アラブの春」が始まる。 この計画に基づき、2011年2月4日にNATOはカイロでリビアとシリアの体制転覆に関する会議を開き、2月15日にはリビアで侵略戦争を開始、3月15日にはシリアでも体制転覆を目指して戦争を始めた。この侵略戦争でアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランス、トルコ、カタールが地上兵力として使ったのがムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)を中心とするジハード傭兵である。その後、様々なタグがつけられるが、基本構造に変化はない。 シリアを侵略する口実として「民主化運動の弾圧」が掲げられていたが、2010年シリアで活動を続けているベルギーの修道院のダニエル・マエ神父は住民による反政府蜂起はなかったと語っている。したがって、政府による弾圧もなかった。これは現地を取材したジャーナリストも指摘している。 「民主化運動の弾圧」という幻影を信じさせるために使われたのがシリア系イギリス人のダニー・デイエムやSOHR(シリア人権監視所)。その話に飛びつき、アメリカの侵略を受け入れた人もいるようだ。 ところが、デイエムの発信する情報が信頼できないことを示す映像が2012年3月1日にインターネット上へアップロードされた。この日、ダニーや彼の仲間が「シリア軍の攻撃」を演出する様子が流出したのだ。つまり彼の「現地報告」はヤラセだった。 2012年5月にシリアのホムスで住民が虐殺されるると、西側の政府やメディアはジハード傭兵と同じように、シリア政府軍が実行したと宣伝する。これを口実にしてNATOは軍事侵攻を企んだものの、宣伝内容が事実と符合せず、すぐに嘘だとばれてしまう。その嘘を明らかにしたひとりが現地を調査した東方カトリックの修道院長だった。 現地を調査したローマ教皇庁のフランス人司教は侵略軍のサラフィ主義者や外国人傭兵が住民を虐殺したと報告、それを教皇庁の通信社が伝えた。その司教は「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。」と書いている。 また、現地で宗教活動を続けてきたキリスト教の聖職者、マザー・アグネス・マリアムも外国からの干渉が事態を悪化させていると批判していた。シリアにおける住民殺戮の責任を西側の有力メディアも免れないと言っているのだ。(つづく)
2018.09.08
ある国のあり方を決めるのは基本的にその国の国民であるべきであり、他の国が別の国のあり方を強制するべきでないとされている。内政不干渉の原則だが、それを理解できない人たちがいる。その代表格がアメリカの支配層だ。自分たちを特別な存在だと信じている。 自分たちの意に沿わない体制、政権をあらゆる手段、つまり買収、恫喝、宣伝、要人暗殺、経済戦争、クーデター、軍事侵略などによって倒してきた。シリアもそのターゲットのひとつ。そうした事実を誤魔化すための呪文のひとつが「内戦」にほかならない。 アメリカ支配層の中でも特に侵略志向の強い勢力がネオコン。1970年代半ば、ジェラルド・フォード政権の時代に台頭した親イスラエル派なのだが、台頭の背景にはキリスト教の一派が存在していた。イエスの再臨を実現するためにはイスラエルの存在が不可欠だと信じる福音主義者(聖書根本主義者)だ。 ネオコンは1980年代からイラクに親イスラエル政権を成立させようとしていた。そのためにサダム・フセインを排除しようとする。彼らにとって1990年8月のイラク軍によるクウェート侵攻は願ってもないチャンスだったはずだ。 その年の10月、イラクに対する攻撃を正当化するため、アメリカ下院の人権会議でイラク軍の残虐性をひとりの少女「ナイラ」が証言した。アル・イダー病院でイラク兵が赤ん坊を保育器の中から出して冷たい床に放置、赤ん坊は死亡したと涙を流しながら訴えたのだが、この話には大きな問題があった。この「ナイラ」はアメリカ駐在のクウェート大使の娘で、イラク軍が攻め込んだときにクウェートにはいなかったのである。この証言を演出したのは広告会社のヒル・アンド・ノールトン。これ以降、侵略の下地を作るため、アメリカ支配層は広告の手法を盛んに使い始めた。 こうした工作が功を奏し、アメリカ主導軍は1991年1月にイラクへ軍事侵攻する。ネオコンはフセインを排除できると喜んだのだが、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領は排除しないまま停戦してしまう。その決定を知ったネオコンは怒るが、そのひとりが国防次官だったポール・ウォルフォウィッツ。彼はシリア、イラン、イラクを5年から10年で殲滅すると口にしたという。これは欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の元最高司令官、ウェズリー・クラークの話だ。 2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンにある国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され(9/11)、人びとが茫然自失の状態になったことを利用してジョージ・W・ブッシュ政権は攻撃と無関係なアフタにスタンとイラクを先制攻撃した。 アフガニスタンは石油のパイプライン利権が関係していたが、イラクは1991年の段階でネオコンが決めていたターゲット国。現在、アメリカ支配層がアフガニスタンに執着している理由のひとつは中国が進める一帯一路を潰すことにある。 9/11から10日ほど後、クラークは統合参謀本部でイラクを攻撃するという話をスタッフから聞く。その6週間ほど後、国防長官の周辺で攻撃予定国のリストが作成されていたことをやはり統合参謀本部で知らされている。そこに載っていた国はイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイラン。いずれも911とは無関係の国である。リストのトップに書かれているイラクは2003年3月に先制攻撃された。(3月、10月)(つづく)
2018.09.07
アメリカ国務省によると、同省のマイク・ポンペオ長官は9月4日にトルコのメブリュット・チャブシュオール外相と電話で会談、シリア軍によるイドリブに対する攻撃は受け入れられないということで一致したという。その前日、アメリカのドナルド・トランプ大統領はツイッターに「シリアのバシャール・アル・アサド大統領はイドリブに対する向こう見ずな攻撃をするべきでない」と書き込んでいる。 イドリブを支配してきたジハード傭兵にはアメリカ系とトルコ系のグループが存在していることから、トルコ政府の動向が注目されていた。アメリカ国務省の発表が正しいなら、トルコはイドリブの件でアメリカへ接近していることになる。 勿論、こうしたことでシリア政府やロシア政府がイドリブ奪還作戦を諦めるとは思えない。昨年(2017年)7月、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)の問題に関するアメリカの大統領特使、ブレット・マクガークはイドリブについて、9/11からアル・カイダの最も大きな避難場所だと表現していた。イドリブでアメリカの手先として活動しているタハリール・アル・シャーム(アル・ヌスラ)はアル・カイダ系の武装集団にほかならない。 こうしたシリア軍やロシア軍の攻撃にブレーキをかけるため、アメリカ政府は化学兵器を持ち出し、直接的な軍事介入で脅した。例えば、ペルシャ湾に駆逐艦のサリバンズを派遣、B-1B戦略爆撃機をカタールに配備している。 その一方、アメリカはUAV(無人機)を含む構成の兵器をジハード傭兵へ供給、シリア軍やロシア軍と戦わせようともしている。すでにUAVを使った攻撃が何度か実行されているが、ロシアのメディアによると、トルコから200機のUAVがトルコ人とチェチェン人の専門家もシリアへ運ばれたという。 言うまでもなく、「シリア政府軍が化学兵器を使ったなら」という「条件」はシリア政府が化学兵器を使ったことにする偽旗作戦を実行するということにほかならない。44名の子どもが誘拐されたと言われているが、その実行者はSCD(シリア市民防衛)、別名「白いヘルメット」だとも伝えられている。イギリスの情報機関MI6がその子どもを犠牲者に仕立て上げようと計画していうというのだ。 化学兵器に関し、ジム・マティス国防長官はジハード傭兵に化学兵器を使う能力がないと語っているが、そうした能力があることは何度も指摘されてきた。昨年10月には国務省もそうした能力があることを通達の中で認めている。 アメリカのバラク・オバマ政権が化学兵器を軍事侵略正当化の口実として使い始めたのは2012年8月、アメリカ軍の情報機関DIAが反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラと実態は同じだと指摘されていた)であり、バラク・オバマ大統領が主張する穏健派は存在しないとホワイトハウスへ報告した月のことだった。 2012年12月にヒラリー・クリントン国務長官はシリアのバシャール・アル・アサド大統領が化学兵器を使う可能性があると語り、13年1月29日付けのデイリー・メール紙には、イギリスの軍事関連企業ブリタム防衛の社内電子メールにオバマ政権がシリアで化学兵器を使ってその責任をアサド政権に押しつける作戦をオバマ大統領が許可したという記述があるとする記事が載った。(同紙のサイトからこの記事はすぐに削除された) そして2013年3月にアレッポで爆発があり、26名が死亡したのだが、そのときに化学兵器が使われたという話が流れる。シリア政府は侵略軍であるジハード傭兵が使用したとして国際的な調査を要請するが、イギリス、フランス、イスラエル、そしてアメリカは政府軍が使ったという宣伝を展開する。 しかし、攻撃されたのがシリア政府軍の検問所であり、死亡したのはシリア軍の兵士だということをイスラエルのハーレツ紙が指摘、国連独立調査委員会メンバーのカーラ・デル・ポンテも反政府軍が化学兵器を使用した疑いは濃厚だと発言している。 アメリカをはじめとする侵略勢力は2013年8月にも化学兵器を使った偽旗作戦を実行した。ダマスカスの近く、ゴータで実際に使われたのだが、攻撃の直後にロシアのビタリー・チュルキン国連大使は反シリア政府軍が支配しているドーマから2発のミサイルが発射され、ゴータに着弾したと国連で説明、その際に関連する文書や衛星写真が示されたとジャーナリストがフェースブックに書き込んでいる。 それだけでなく、メディアも化学兵器とサウジアラビアを結びつける記事を掲載、すぐに現地を調査したキリスト教の聖職者マザー・アグネス・マリアムはいくつかの疑問を明らかにしている。 この攻撃では子どもの犠牲者が宣伝されたが、この子どもたちは直前に誘拐された子どもではないかとも言われている。ゴータへの攻撃が行われる10日ほど前、反政府軍がラタキアを襲撃し、200名とも500名とも言われる住人が殺され、150名以上が拉致されているのだ。 2013年12月には調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュも8月の攻撃に関する記事を発表、反政府軍はサリンの製造能力を持ち、実際に使った可能性があるとしている。また、国連の元兵器査察官のリチャード・ロイドとマサチューセッツ工科大学のセオドール・ポストル教授も化学兵器をシリア政府軍が発射したとするアメリカ政府の主張を否定する報告書を公表している。ミサイルの性能を考えると、科学的に成り立たないという。 また、トルコの国会議員エレン・エルデムらは捜査記録などに基づき、トルコ政府の責任を追及している。化学兵器の材料になる物質はトルコからシリアへ運び込まれ、そこでダーイッシュが調合して使ったというのだ。この事実を公表した後、エルデム議員らは起訴の脅しをかけられている。 アメリカの軍事的な脅しに対し、ロシアはシリアの軍備を増強、地中海には最新鋭のフリゲート艦2隻、つまりグリゴロヴィチ提督とエッセン提督を含む15隻が配備した。前にも書いたが、ロシア軍はカスピ海からシリアのターゲットを攻撃できる巡航ミサイルを持っている。 ロシア軍は地中海で艦隊演習を実施するだけでなく、9月11日から15日にかけてウラル山脈の東で30万人が参加する大規模な演習ボストーク18を予定している。この演習には中国とモンゴルが招待されているという。万一、シリアでロシア軍とアメリカ軍が衝突、全面戦争に発展しても、その準備はできているということだろう。
2018.09.07

イギリスのソールズベリーで3月4日にあったとされている神経ガス「ノビチョク(初心者)」による攻撃に関する新たな声明をテレサ・メイ首相は発表したが、本ブログで繰り返し書いてきたが、実際にそうした攻撃があったことを示す証拠はない。 ノビチョクの毒性は別の神経ガス「VX」の10倍だと言われている。VXガスの致死量は体重70キログラムの男性で10ミリグラムと言われているので、単純に考えるとノビチョクは1ミリグラムにすぎない。本当に攻撃のターゲットになったなら、死亡する可能性が極めて高いだろうが、ターゲットになったというセルゲイ・スクリパリとユリア・スクリパリの親子は退院、ユリアは元気な姿をロイター取材陣に見せ、そのときの映像が流された。(記事、映像) メイ政権はGRU(ロシア軍の情報機関)のエージェントふたりを容疑者だと主張、その映像を公表したのだが、そのスナップショットが奇妙だと話題になっている。ふたりが同じ通路の同じ場所で撮影されたスナップショットをロンドン警視庁はアップロードしているのだが、2枚とも撮影されたのは2018年3月2日16時22分43秒ということになっている。同時に撮影されたということになるが、写真にはそれぞれひとりずつしか写っていないのだ。 アメリカ政府と同様、イギリス政府も明らかな偽情報を口実にしてロシアを「制裁」している。両国とも嘘を取り繕うために新たな嘘をつくことを強いられているが、限られた嘘を繰り返さざるをえないという事情もあるのだろう。 ちなみに、セルゲイはGRUの元大佐で、スペインに赴任中の1995年にイギリスの情報機関MI6に雇われ、99年に退役するまでイギリスのスパイとして働いていた。そうした事実が退役後に発覚して2004年12月にロシアで逮捕され、06年には懲役13年が言い渡されているが、10年7月にスパイ交換で釈放され、それからはソールズベリーで生活していた。本人もイギリスの当局も命を狙われるような状況にはないと判断していたようで、本名で生活していた。娘のユリアは2014年にロシアへ戻っている。 3月4日直後から元ウズベキスタン駐在イギリス大使のクレイグ・マリーは、イギリス軍の化学兵器研究機関であるポート・ダウンの科学者は使われた神経ガスがロシアで製造されたものだと特定できなかったと語っていた。ポートン・ダウンにあるDSTL(国防科学技術研究所)のチーフ・イグゼクティブであるゲイリー・エイケンヘッドもスカイ・ニューズの取材でマリーと同じ説明をしている。
2018.09.06
ロシア軍はシリアへ武器/兵器を運び込んでいるだけでなく、地中海には最新鋭のフリゲート艦2隻、つまりグリゴロヴィチ提督とエッセン提督を含む15隻が配備された。ロシア軍がカスピ海からシリアのターゲットを攻撃できる巡航ミサイルを持っていることもすでに証明済み。シリアを占領しているアメリカ、イギリス、フランスなどの部隊はそのターゲットになってしまう。 それに対し、アメリカはUAV(無人機)を含む高性能兵器をジハード傭兵へ供給、シリア軍やロシア軍と戦わせようともしている。すでにUAVを使った攻撃は何度か実行されているが、ロシアのメディアによると、トルコから200機のUAVが運び込まれた。トルコ人とチェチェン人の専門家も一緒だ。 NATO軍が1999年にユーゴスラビアを空爆する前には人権侵害、イラクを攻撃する前には大量破壊兵器といった作り話が流され、リビアやシリアでは民主化運動という偽情報が宣伝された。当然、西側の有力メディアもこうした嘘を熟知していたはず。そして化学兵器話。この嘘を使う理由は、今のところ、そのストーリーが最も効果的だと考えているからだろう。 西側で生活している人びとにとってアメリカは支配者であり、アメリカに逆らうと不利益を被る。目先の利益を考えれば、「賢い人」はアメリカに従う。そこで、アメリカに従うことを正当化する理由を求め、そうしたものがあれば飛びつく。そのひとつが化学兵器話だ。 もしアメリカの支配層が敗北を認め、世界制覇プランを放棄した場合、自分たちが戦争犯罪人として処罰されると恐れている可能性はある。 ロバート・マクナマラとカーティス・ルメイは第2次世界大戦の終盤、日本の67都市を焼夷弾で焼き尽くした作戦を作成した空軍の中心メンバー。マクナマラは大戦後、フォード自動車の社長を経て1961年から68年にかけてアメリカの国務長官を務めた。ルメイはSAC(戦略空軍総司令部)を経て1961年から65年にかけて空軍参謀長を務めている。マクナマラによると、ルメイは自分たちが行った空爆について、戦争に負けたなら戦争犯罪人として処罰されると語っていた。 1991年12月にソ連が消滅すると、ネオコンをはじめとするアメリカの好戦派は自国が冷戦に勝利し、唯一の超大国になったと認識して侵略戦争を始めた。冷戦の終結で平和な時代になると考えた人びとは冷戦の本質を見誤っていたのだ。 ユーゴスラビアから始まり、アフガニスタンやイラクを軍事侵攻、リビア、シリア、ウクライナはアル・カイダ系武装集団やネオ・ナチを傭兵として使ってアメリカは侵略してきた。ジョージアによる南オセチアへの奇襲攻撃はアメリカとイスラエルが黒幕だ。 こうした侵略を正当化するため、有力メディアを使って偽情報を流してきたが、本ブログでも説明してきたように、その嘘は見え見え。アメリカの好戦派はマクナマラやルメイと同じことを考えているだろう。つまり、負けるわけにはいかない。負けるなら人類も道連れだと考えている可能性は小さくない。(了)
2018.09.05
シリア政府軍とロシア軍がイドリブ奪還作戦を始めるのは時間の問題だろう。そのイドリブを占領しているのはアメリカをはじめとする外部勢力が送り込んだジハード(聖戦)傭兵。シリアでの戦いを内戦と表現するのは間違い。侵略戦争にほかならない。 そのジハード傭兵はサウジアラビアのほかにもスポンサーがいて、いくつかのグループに分かれている。現在、ジハード傭兵が支配しているのはイドリブだけだが、ここにいるのはアメリカ系とトルコ系。このうちトルコはアメリカと対立しているので、シリア政府軍とロシア軍がイドリブ奪還作戦を始めた場合、どう動くかが注目されている。 シリア政府がイドリブの奪還に成功した場合、アメリカの傭兵はユーフラテス川の北側へ逃がし、クルドと合体させた戦闘員だけになる。アメリカ軍は現在、占領地で軍備を増強してシリアへ居座る姿勢を示しているが、イドリブ後はシリア政府軍、イラン軍、そしてロシア軍と対峙しなければならない。トルコとアメリカとの関係がさらに悪化したなら、物資の補給もままならなくなるだろう。 アメリカはイドリブでリビアと同じような直接的軍事介入を目論んでいるようにも見える。化学兵器の使用、つまり偽旗作戦を実行し、それを口実にして攻撃しようということ。ジハード傭兵の占領地ではここにきて44名の子ども誘拐されたと伝えられているが、この子どもたちが偽旗作戦で使われる可能性もある。 アメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランス、トルコ、カタールといった国々がジハード傭兵を使い、シリアのバシャール・アル・アサド政権を倒す目的で侵略戦争を始めたのは2011年3月のこと。戦争が長引いたことでトルコやカタールは離脱、この両国、特にトルコは現在、アメリカと対立関係にある。結局、この侵略戦争は成功しなかった。 ところで、傭兵の中心はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団。こうした集団が傭兵に使われはじめたのは1970年代の終盤。ジミー・カーター政権の国家安全保障補佐官だったズビグネフ・ブレジンスキーがアフガニスタンで始めた秘密工作で使われたのだ。ソ連軍をアフガニスタンへ誘い込み、疲弊させるという計画で、その計画をカーター大統領は1979年7月に追認している。ソ連軍がアフガニスタンへ入ってきたのはその年の12月だ。 この秘密工作で戦闘員を送り込み、その費用を供給したのはサウジアラビア。この国で国教とされているのがイスラム系カルトのワッハーフ派。このカルトを権力基盤に据えた体制を作り上げたのはイギリスである。戦闘員はCIAが訓練、武器も提供した。 ロビン・クック元英外相によると、CIAが訓練した「ムジャヒディン(聖戦士)」のコンピュータ・ファイルがアル・カイダ。アラビア語でアル・カイダはベースを意味するが、「データベース」の訳語としても使われる。つまり、アル・カイダは戦闘員のデータベースだ。ちなみにこの指摘をした翌月、クックは保養先のスコットランドで心臓発作に襲われ、59歳で死亡した。 現在、アメリカは軍事的な圧力を強めているが、もしアメリカ軍が直接攻撃を始めたとしても、ロシア軍は反撃すると推測する人が少なくない。ドナルド・トランプ大統領は、シリア政府軍やロシア軍がイドリブを攻撃したなら数十万人が死亡する脅しているが、ロシア政府にそうした脅しは通用しない。(つづく)
2018.09.05
アメリカ政府はキエフ政権に対する武器の供給を拡大し、海軍と空軍を強化する準備を進めているという。これはアメリカ政府のウクライナ担当特使、カート・ボルカーがイギリスのガーディアン紙に語っている。脅しのつもりなのだろう。 この記事が掲載される前日、2018年8月31日にキエフ政権と対立しているドンバスの政権を率いるアレクサンダー・ザカルチェンコがレストランで暗殺されている。内部に仕掛けられた爆弾によるもので、副首相も重傷を負ったという。 キエフ政権は現在、ペトロ・ポロシェンコが大統領を務めているが、実態はネオ・ナチの体制。2014年2月22日にバラク・オバマ政権の支援を受けたネオ・ナチのグループはビクトル・ヤヌコビッチ大統領をクーデターで排除することに成功、それ以来のことだ。 ネオ・ナチのリーダー、アンドリー・パルビーはウクライナ社会国家党(後にスボボダ/自由へ改名)とウクライナ愛国者党を作り上げた人物で、2016年から国会の議長を務め、今年6月にはフランスとアメリカを訪問した。アメリカの議会は親イスラエル派で有名だが、その議会はパルビーを歓待、下院議長のポール・ライアンなどと私的に会談している。社会国家党はナチスの正式名称、国家社会主義ドイツ労働者党を連想させるので改めたと言われている。 アメリカ支配層はパルビーがネオ・ナチだという指摘に対し、ロシアのプロパガンダだと主張、それで押し切ろうとしてきたが、パルビーたちがステファン・バンデラの信奉者であり、ナチが使っていたマークに似たマークを使用してきたことも秘密ではない。 ステファン・バンデラは1930年代後半から活動していた反ロシア派OUNのリーダーで、この一派はイギリスの対外情報機関MI6のフィンランド支局長だったハリー・カーに雇われていた。 ウクライナがドイツに占領されていた時代、彼らは「汚い仕事」を引き受け、ユダヤ人90万名が行方不明になった出来事に関与していると言われている。1941年以降、バンデラ派はドイツから資金を受け取り、その幹部だったミコラ・レベジはクラクフにあったゲシュタポ(国家秘密警察)の訓練学校へ入った。 その後、ウクライナの民族主義者が独立を宣言するとナチスの親衛隊は弾圧に乗り出し、バンデラたちも逮捕されるが、ザクセンハウゼンの強制収容所では特別待遇を受けている。その間、レベジは拘束されていない。 1943年になるとバンデラ派はUPA(ウクライナ反乱軍)を編成、反ボルシェビキ戦線を設立した。この組織は大戦後の1946年にABN(反ボルシェビキ国家連合)となり、APACL(アジア人民反共連盟、後にアジア太平洋反共連盟に改名)とともにWACL(世界反共連盟。1991年にWLFD/世界自由民主主義連盟へ名称変更)の母体になる。言うまでもなく、1991年はソ連が消滅した年だ。こうした動きの背後にはCIAが存在していた。ソ連消滅後、こうした人脈は旧ソ連圏へ入り、活動を始める。 こうした流れの中でパルビーたちも暗躍、2014年のクーデターを成功させた。ウクライナのネオ・ナチへイスラエルが武器を提供していたことも判明している。 ところで、ウクライナの大統領を務めているペトロ・ポロシェンコは国立キエフ大学を卒業しているのだが、そこで親しくなったひとりが2004年から13年にかけてジョージアの大統領を務めたミハイル・サーカシビリ。 このサーカシビリは1994年にコロンビア・ロー・スクールで学び、翌年にはジョージ・ワシントン大学ロー・スクールに通っている。その後、ニューヨークの法律事務所パターソン・ベルクナップ・ウェッブ・アンド・タイラーで働き、そこでエドゥアルド・シェワルナゼの下で働いていた旧友に誘われて政界入りしたという。 2000年10月にサーカシビリはシェワルナゼ政権の司法大臣に就任するが、すぐに辞任し、01年10月にUNM(統一国民運動)を創設する。2003年11月の議会選挙ではシェワルナゼの政党が勝利するのだが、サーカシビリは選挙に不正があったと主張、混乱がはじまる。 選挙前、ジョージアでは選挙の信頼度を上げるためだとして投票のコンピュータ化を進める。そのための資金、150万ドルを提供したのはCIAの資金を扱っているUSAID。アメリカ大使として2002年からジョージアにいたリチャード・マイルズはサーカシビリ支持の若者を扇動してシェワルナゼを辞任に追い込み、サーカシビリが実権を握る。これが「バラ革命」だ。ちなみに、マイルズはジョージアへ来る前、ユーゴスラビアで政権を転覆させている。 その後、ウクライナではビクトル・ヤヌコビッチを排除するため、2004年11月から05年1月にかけてオレンジ革命が実行されるが、その正体が西側の巨大資本とその手先による国民の富の略奪にすぎないことが判明、2010年に再びヤヌコビッチが大統領に選ばれる。そこで、今度はネオ・ナチを使ったクーデターを実行したわけだ。 しかし、ヤヌコビッチの支持基盤、つまりウクライナの東部や南部ではキエフのクーデター体制に対する反発は強く、迅速に動いたクリミアはウクライナから離脱することい成功、ドンバスでは今も戦闘が続いている。そのドンバスに対し、アメリカは軍事的に恫喝した。ドンバスのリーダーを殺したのはキエフ政権だと推測する人は少なくない。
2018.09.04
少なからぬ日本人が「アメリカ様」を信仰している。「世の中はアメリカ様の描いた予定表にしたがって動く」のであり、「アメリカ様の御言葉こそが真実」で、その「御言葉」に異を唱えることは許されないという態度だ。その「御言葉」が嘘だということを事実に基づいて説明する人物が現れたなら、「陰謀論」という呪文を彼らは唱える。 本ブログでも書いたことがあるが、「陰謀論」という呪文が盛んに使われるようになったのはジョン・F・ケネディ大統領が1963年11月22日に暗殺された後のこと。新大統領のリンドン・ジョンソンはアール・ウォーレン判事を委員長とする調査委員会を設置するが、その中にはリチャード・ラッセル上院議員(当時、以下同じ)、ジョン・クーバー上院議員、ヘイル・ボッグス下院議員、ジェラルド・フォード下院議員、アレン・ダレス元CIA長官、ジョン・マックロイ元世界銀行総裁がいた。そして主席法律顧問はリー・ランキン。この委員会の説明とは違う主張をする人びとへ向けられた呪文として唱えられたのだ。 大戦中から破壊活動を指揮、ケネディ大統領にCIA長官を辞めさせられたダレスや世界銀行の総裁を経てドイツの高等弁務官としてナチスの大物たちを守ったマックロイ、フーバーFBI長官に近かったフォードがメンバーに含まれ、ランキンはCIAとFBIにつながっていた。ダレスの側近で1966年6月から73年2月までCIA長官を務めたリチャード・ヘルムズによると、彼がダレスを委員にするように説得したのだという。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015) この委員会で専任だったのはダレスくらいで、調査はダレスを軸に動いていく。そして出てきたのはリー・ハーベイ・オズワルドの単独犯行説。この報告書が出ると疑問が噴出、疑惑の目はCIAへ向けられる。その後の調査でオズワルドはFBIに情報を提供していた可能性が高いとも言われている。少なくともウォーレン委員会の主張は矛盾だらけで、説得力は全くない。 その報告書が出た3週間後、1964年10月12日に散歩していたひとりの女性が射殺された。ケネディ大統領と親密な関係にあったマリー・ピンチョット・メイヤーだ。銃弾の1発目は後頭部、2発目は心臓へ至近距離から撃ち込まれていた。 この女性が1958年まで婚姻関係にあったコード・メイヤーはCIAの幹部として秘密工作に関わっていた人物。アレン・ダレスの仲間だったわけだ。 ケネディ大統領が暗殺された直後、マリーは友人でハーバード大学で心理学の講師をしていたティモシー・リアリーに電話し、泣きながら「彼らは彼をもはやコントロールできなくなっていた。彼はあまりにも早く変貌を遂げていた。・・・彼らは全てを隠してしまった。」と語ったという。(Timothy F. Leary, “Flashbacks,” Tarcher, 1983) その後も多くの人がケネディ大統領暗殺に関して調査、今ではオズワルドの単独犯行説を信じる人は少数派だろうが、有力メディアやアカデミーの世界でウォーレン委員会の説に異を唱えると「陰謀論」扱いだ。 ソ連が消滅した後、1990年代からアメリカを中心とする西側の政府や有力メディアは証拠を示すことなく、自分たちに都合の良いストーリーを「事実」として露骨に宣伝するようになった。そうした傾向は特に21世紀に入ってから強くなり、今では事実を探すことが困難なほどだ。 ここに来て新たに使われ始めた呪文に「偽情報」とか「偽報道」というものがある。当初は西側の政府や有力メディアに向けられていた表現だが、それを批判者側へ向けている。勿論、証拠や根拠は示さない。「アメリカ様の御言葉を信じろ」ということだ。西側はすでにカルト化している。
2018.09.03
本ブログでは何度も書いてきたが、ルーズベルトが大統領に就任するとJPモルガンをはじめとするウォール街の勢力がクーデターを計画する。スメドリー・バトラー海兵隊少将によると、1934年の夏に「コミュニズムの脅威」を訴える人物が訪ねてきた。 その訪問者はJPモルガンと関係が深く、いわばウォール街からの使者。ドイツのナチスやイタリアのファシスト党、中でもフランスのクロワ・ド・フ(火の十字軍)の戦術を参考にしてルーズベルト政権を倒そうとしていた。彼らのシナリオによると、新聞を利用して大統領をプロパガンダで攻撃し、50万名規模の組織を編成して恫喝、大統領をすげ替えることにしていたという。 バトラーの知り合いだったジャーナリスト、ポール・フレンチはクーデター派を取材、「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」という発言を引き出している。 バトラーとフレンチは1934年にアメリカ下院の「非米活動特別委員会」で証言し、モルガン財閥につながる人物がファシズム体制の樹立を目指すクーデターを計画していることを明らかにした。ウォール街の手先は民主党の内部にもいて、「アメリカ自由連盟」なる組織を設立している。活動資金の出所はデュポンや「右翼実業家」だったという。 バトラー少将は計画の内容を聞き出した上でクーデターへの参加を拒否、50万人の兵士を利用してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら、自分はそれ以上を動員して対抗すると告げる。ルーズベルト政権を倒そうとすれば内戦を覚悟しろ、というわけである。 クーデター派の内部にはバトラーへ声をかけることに反対する人もいたようだが、この軍人は名誉勲章を2度授与された伝説的な人物で、軍隊内で信望が厚く、クーデターを成功させるためには引き込む必要があった。 1935年にはニューディール派以上にウォール街を批判していたヒューイ・ロング上院議員が暗殺されている。彼は当初、ルーズベルト政権を支持していたが、ニューディール政策は貧困対策として不十分だと考え、1933年6月に袂を分かつ。ロングは純資産税を考えていたという。ロングが大統領になることをウォール街が恐れたことは想像に難くない。ロングが大統領になれなくても、ニューディール派の政策を庶民の側へ引っ張ることは明らかだった。 一方、日本ではウォール街とつながっていた人物が殺されている。ひとりは1930年に銃撃されて翌年に死亡した浜口雄幸、32年には血盟団が井上準之助と団琢磨を暗殺、また五・一五事件も実行された。団はアメリカのマサチューセッツ工科大学で学んだ三井財閥の最高指導者で、アメリカの支配層と太いパイプがあった。 1932年にアメリカ大使として来日したジョセフ・グルーのいとこ、ジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりモルガン財閥総帥の妻で、自身の妻であるアリス・グルーは大正(嘉仁)天皇の妻、貞明皇后と少女時代からの友だち。大戦前からグルーは日本の皇室に太いパイプを持っていた。日本の皇室はウォール街と深く結びついていたとも言える。 グルーの人脈には松平恒雄宮内大臣、徳川家達公爵、秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、樺山愛輔伯爵、吉田茂、牧野伸顕伯爵、幣原喜重郎男爵らが含まれていたが、グルーが個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。 1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入するが、翌年の6月までグルーは日本に滞在、離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われてプレーしたという。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007) ルーズベルト政権と対立関係にあったJPモルガンは関東大震災から戦後に至るまで日本に大きな影響力を維持していた。大戦後、グルーはジャパン・ロビーの中心人物として活動して日本をコントロールすることになる。(了)
2018.09.02
1923年9月1日に相模湾を震源とする巨大地震が関東地方を襲った。死者/行方不明者は10万5000人以上、その損害総額は55億円から100億円だという。当然のことながら金融機関もダメージを受けた。 そこで政府は被災地関係の手形で震災以前に銀行割引したものを1億円限度の政府補償を条件として日本銀行が再割引したのだが、銀行は地震に関係のない不良貸付、不良手形をも再割引したため、手形の総額は4億3000万円を上回る額になり、1926年末でも2億円を上回る額の震災手形が残った。しかもこの当時、銀行の貸出総額の4割から7割が回収不能の状態だった。 そうした中、復興資金を調達するため、日本政府は外債の発行を決断し、森賢吾財務官が責任者に選ばれた。交渉相手に選ばれた金融機関がアメリカのJPモルガン。このJPモルガンと最も緊密な関係にあったと言われている人物が地震直後の9月2日に大蔵大臣となった井上準之助。1920年の対中国借款交渉を通じ、JPモルガンと深く結びついていた。 当時、JPモルガンを指揮していたトーマス・ラモントは3億円の外債発行を引き受け、1924年に調印する。その後、JPモルガンは電力を中心に日本へ多額の融資を行い、震災から1931年までの間に融資額は累計10億円を超えている。 日本に対して大きな影響力を持ったラモントは日本に対して緊縮財政と金本位制への復帰を求め、その要求を浜口雄幸内閣は1930年1月に実行する。1899年から1902年にかけての南アフリカ戦争で世界の金を支配することにイギリスは成功、金本位制を採用した国々の通貨を支配できる立場になった。会社の成立経緯を見てもわかるように、JPモルガンはイギリスの巨大金融資本の影響下にあった金融機関だ。 金解禁(金本位制への復帰)の結果、1932年1月までに総額4億4500万円の金が日本から流出、景気は悪化して失業者が急増、農村では娘が売られるなど一般民衆には耐え難い痛みをもたらすことになる。そうした政策の責任者である井上は「適者生存」、強者総取り、弱者は駆逐されるべき対象だとする考え方をする人物だった。当然、失業対策には消極的で、労働争議を激化させることになる。こうした社会的弱者を切り捨てる政府の政策に不満を持つ人間は増えていった。 その1932年にアメリカでは大統領選挙があり、巨大企業の活動を制限し、労働者の権利を認めるという政策を掲げるニューディール派のフランクリン・ルーズベルトがウォール街を後ろ盾とする現職のハーバート・フーバーを選挙で破って当選する。 そのルーズベルトは大統領に就任する17日前、つまり1933年2月15日にフロリダ州マイアミで開かれた集会で銃撃事件に巻き込まれた。ジュゼッペ・ザンガラの撃った弾丸はルーズベルトの隣にいたシカゴ市長に命中、市長は死亡した。群衆の中、しかも不安定な足場から撃ったので手元が狂い、次期大統領を外したと考える人も少なくない。 次期大統領を狙っていた可能性があるわけで、背後関係などをきちんと捜査する必要があったのだが、何も事情を聞き出せない、あるいは聞き出さないまま、ザンガラは3月20日に処刑されてしまった。(つづく)
2018.09.02
イランのハッサン・ロウハニ大統領、ロシアのウラジミル・プーチン大統領、そしてトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が9月7日にイランで会談する。テーマはシリア情勢だ。 現在、シリア政府軍とロシア軍はシリア西部のイドリブを奪還する準備を進めている。この地域を占領しているアル・カイダ系のタハリール・アル・シャーム(アル・ヌスラ)を排除することが作戦の目的だが、その背後にはアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランスがいる。 この奪還作戦にトルコが関わるひとつの理由はイドリブにトルコ系の武装集団もいるからだが、シリア政府軍とロシア軍との攻撃でタハリール・アル・シャームが国境を越えてトルコへ逃げる可能性があることも無視できない。ロシア政府はジハード傭兵を追撃する権利がシリア政府軍にあるとしているが、トルコ軍との連携は必要だろう。 ジハード傭兵を使ったイドリブ占領を続けたいアメリカはイギリスやフランスを引き連れて直接的な軍事介入を行う姿勢を見せている。その軍事介入を正当化するために化学兵器の使用を口実にすると、事実上、宣言しているのだが、シリア政府やロシア政府が化学兵器を使った偽旗作戦の存在を明らかにし、その主張を裏付ける証拠をOPCWや国連へ提出したという。そうした影響なのか、SCD(シリア市民防衛)、別名「白いヘルメット」が移動しているとも伝えられている。 ロシア軍はアメリカ主導軍の動きに合わせて艦隊を地中海へ増派するなど応戦態勢を整え、地中海で艦隊演習を実施するだけでなく、9月11日から15日にかけてウラル山脈の東で30万人が参加する大規模な演習ボストーク18が予定されている。この演習には中国とモンゴルが招待されているという。 本ブログでは何度も書いてきたが、アメリカやイスラエルの基本戦術は脅せば屈する。今回も軍事力を行使する姿勢を見せてロシアを脅しているが、ロシアは受けて立つ姿勢を示している。アメリカは脅しても屈しない相手を脅している。
2018.09.01
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