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日本には、敬老の日というのがあるのを忘れてました。「ヒロコさんは80歳になりましたか?」「はい、今年の2月になりました」「あ、それでは、9月の敬老の日に賞状がでます」「え?私、賞状などいただくような事してませんけど」「いえ、80歳になると、出るんですよ。まっててくださいね」私が、2017年からエッセイを書き続けているOrange Networkは、どうやら、オレンジ郡日系協会の雑誌らしく無料で書いているので、会員扱いになったようで、長生き賞に、お弁当、パン粉、カレールー、グミー、インスタントほうじ茶、大福など沢山の付録(爆笑)が付いてきました。お弁当を取りに行って帰宅したら、夫が、「はらへった」といって、お弁当を、全く何も残さずに平らげました。梅干も大好き男なので、なにも残りませんでしたよ。「なぜ、お弁当くれたの?」と聞くから「日本には、敬老といって、年寄りを敬う日があるのよ。日本では百歳になると、金一封もでるらしい。」「じゃ、百までいきたら?」というから、爆笑。「ここは、日本じゃないから駄目」1時からは、Zoomで、敬老のイベントがあるというので、私は二階のパソコンで、開会式から色々な番組をみて、しばしの間、日本人を楽しみました。日本の総領事のメッセージやら、太鼓、93歳のエクササイズのトレーナーのビデオやら、物忘れの『あれ、あれ、あれ』というユーモアたっぷりの歌などをきいて、あっというまに、終わりましたが、長生きしてると面白い事が沢山ありますね。来年からは、ライブのイベントになるといいですね。といってましたが、生きていたら、来年もきっと招待されるのだと思います。
2022.09.26
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若くして巨大な富を築けども才女の友もアルツに勝てずbrilliant was sheeverything she touched grew bigproduced a great wealthalas, even she could notavoid Alzheimer’s disease9/24/2022
2022.09.25
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(やっと、書く時間をみつけました) 我々がスペインの旅から我が家に戻った次の週に、スピードウォーク友達のラナと、彼女の夫君が2週間のヨーロッパの旅にでた。ラナが帰宅して二人で歩いたときに、当然「旅はどうだった?」と聞いたら、「本当にききたい?」と、ニタリとした。「それ、どういう意味?」と聞いたら、彼女のグループは28人で始まったそうだが、コロナ陽性者が続出して、終わるころには16人になっていたというのだった。「ただね、その内の一人は微熱と喉が痛いくらいで、後の人は全く症状なしだったのよ。それでもグループから外されるっての、どう?」 この、リック・スティーブ・ツアーではバディーシステムといって、先ず最初に、自分の連れ合いでないだれかと組んで、存在を確かめ合うシステム、添乗員が選んだ人と組んで、「はい、バディー・チェック!」といわれたら、お互いにその人がいるかどうか確かめ合うシステムである。それが、ラナのグループでは、数日後彼女のバディーが見つからなかったので、「私のバディーはいませ~ん」と報告したら、「コロナテストで陽性とでたので、グループから外れました」と言われたそうで、また新しい人と組まされたらしい。で、どうやら一度陽性がでると、そのツアーではテストを頻繁にやらされて、一週間後には10人落ちたのだそうだ。だけど、その内三組はグループから外れても、同じコースを個人でついて来たという。彼等は症状もなく、全くいつもと同じ健康体なので別のホテルや、バス、電車を自分達で予約して、見え隠れする影のようについて来たというのだ。勿論自費である。最後の三日になってまた二人落ち、とうとう16人になってしまった。 そして、最後のテストの時、ラナとハズバンドも陽性と出たのだが、「翌日はどうせ帰国するのだから、その日だけ外されてなんになるか、とおもって黙ってた」と言った。Honor System(名誉制度)だったらしい。 「悪い事したとは思ったけど、二人共まったく症状がでなかったし、マスクしてるし」と言った。我々の時は、陰性証明なしでは帰国できなかったから、「アメリカ側でよくオッケイしたわねえ」といったら、彼女達のツアーの一週間前に、つまり我々が帰国した翌週からノーテストでオッケイになったのだそうだ。タイミングの問題である。 ちなみに、彼女等はアイルランドにいったのだが、やはりアメリカの東海岸側にすむ知人もアイルランドへの旅でコロナの陽性になって帰国した。症状もでないけど一週間は自宅に閉じこもってるといった。 私が思うのは、ワクチンをした人々は感染しても殆ど症状がでないようになっているから、もう流感と同じレベルになっているのだと思う。今月からオミクロン菌を含んだ流感のワクチンがでると聞いていた矢先に、私の薬局から携帯に「booster ショットが入りましたからいつでもおいでください」というメッセが入っていたから、来週あたりにして来ようと思う。来月あたりから、マスク規制も無くなるそうだ。 スペインから戻ったとたんに、西ヨーロッパ、特にスペイン、フランス、ポルトガルは史上最大の山火事、極暑、コロナ感染が広がったので我々はラッキーだったと思う。グループツアーは初めてであったが、気に入ったところなら、数日いたいし、好きなレストランに行きたいし、見たくもないものは最初からいかないから、やはり私は、自分で計画をたてて行動する方が好きだなあと再確認した旅であった。(完)余談:私は、もともと旅に出ても土産品など殆ど買わないのだが、それでも雨に降られたので、仕方なく買ったフラメンコの傘、そこで売ってたサフラン、ショーホースの土産屋で買った馬のモチーフのスカーフ(午年の私)、オリーブの工場でつい買ったオリーブとか石鹸、フラメンコ・ギターのCDとか、闘牛牧場の土産店でかった瀬戸物の牛とか、結構あるので驚いてる。
2022.09.16
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私の祖母が「梅子先生の授業は寸劇が多かった」といってたのを思い出してます。発音にきびしかった、というたけあって、祖母の英語(片言でしたが)発音は良かったです。日本の女性史を替えた人だと思うので、多くの日本人にしっていただきたいですね。それで、作家のこだまさんを、応援してます。小説津田梅子ハドソン河の約束♪ピアノと朗読の集い 東京かねてから企画していた「ピアノと朗読の集い」がスタートします。津田梅子の素晴らしさを知っていただきたく各地で開催を予定しています。明治4年、6歳で「岩倉使節団」と共に米国へ留学。11年間米国で学び帰国。その後の憂鬱から立ち直り見事に近代女子教育を成し遂げた津田梅子の生涯をクラシックピアノと共にお楽しみください。ピアノ 松浦泰子津田梅子 吉田珠子ナレーション 藤原みき子 松本ゆみ楽曲 ベートーベン悲愴第二楽章 メンデルスゾーン出発 モーツァルトソナチネ 他_______📕日時 2022年10月30日(日) 15時開演 14時45分開場場所 cocobunjiリオンホール JR国分寺駅北口直結 ミーツ国分寺5階チケット代 3000円 小学生1500円 (未就学児不可)主催 ウィメンズコミュニティチケット予約は、私までメッセンジャーにて受付いたします。#ピアノと朗読の集い東京#小説津田梅子#ハドソン河の約束
2022.09.12
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水滴が水晶のごときらめくに胸踊らせる干ばつの土地I find on flowersthe sparkling water dropletslike many crystals make my heart dancing with joy it's a rare treat for drought land9/10/2022
2022.09.12
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https://www.youtube.com/watch?v=ctkdRw1oMX0今日のコンサート中継の録画です。私の属する合唱団の3年振りで観客のいるコンサートをやりました。私が英語で司会をやってます。男声が少ないので、私はテナーをやってます。まだ団員も7割くらいの参加です。観客もワクチン接種証明か、陰性証明をみせなければならないので50人弱でした。でも、徐々に普通に近づいてる事はうれしいです。私のように、日本を離れて半世紀位になる人が大勢います。日本をなつかしんで、沢山、日本の歌をうたいます。
2022.09.11
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<span;>インフレも<span;>何処吹く風と<span;>昼寝して <span;>ただ愛される<span;>犬になりたい <span;>so what inflation? <span;>like no worries in the world<span;>he lay leisurely<span;>getting abundant of love<span;>sometimes I wish I were dog <span;>9/5/2022
2022.09.06
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動くのも極度にひかえなまけ気味極暑にうれし冷たいスイカwe move minimum (5)to keep our comfort level (7)in this extreme heat (5)slice of cold watermelon (7)tastes heavenly like oasis (7)
2022.09.05
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カメラが少数の人しか持てなかった時代から、カメラを持っていない人を探す方が難しい時代に入って来た。テクノロジーの発展は良し悪しで、昔は探偵やスパイなどが尾行をして秘密の写真を撮ったりしていたが、現在では誰が、いつ、どこでシャッターを切って公開されるか分からない。その上、生年月日、住所や履歴、趣味までインターネットで調べることができる世の中、プライバシー等ないも等しい世の中である。 私の新しい携帯なぞ、「昨日あなたは〇〇歩、歩きました」「先月あなたが行った場所です」など、余計な報告が入って来る。こうなると、うっとうしくて、時々オフにしてみるが30分と続かない。電話が鳴るからである。こういう時は、テクノロジーが恨めしくなるが、運転中にタイヤがパンクしたり、迷子になったり、処方箋を聞かれたり、スケジュールのチェックが必要な時は、携帯が救いの神となる。 フィルムカメラの時代には、写し終えたフィルムを現像してもらうと、写したフィルム全部をプリントしたものが封筒に入って戻って来た。勿論、拡大したいものや、追加がほしかったら、又それだけを現像してもらう事は出来たが、要らないものはゴミ箱にすてたから可なりの無駄をだすことになった。その点、デジタル・カメラの場合は欲しいものだけ保存できるという利点がある。更に、プリントしたくなるまでコンピュータ―なり、メモリー・スティックなり、カメラに保存しておけるので場所をとらない。 フィルムカメラ時代は、このプリントされた写真がくせもので、すぐにアルバムに入れないと、あっという間にたまってしまったのである。サービスのつもりで、ある写真屋など必ず二枚プリントしてくれるようになったが、ありがた迷惑であった。アルバムに入れてもまだ一組残ってしまうのだ。勿論、他人が写っていれば、その人に郵送したが、不思議なもので、家族、友達や自分が写ってるものは二枚あっても捨てられなかったから、数十年後にダンボール3個分の写真が出て来た時は途方にくれた。 ある日、それらをより分けて、それぞれの人に送ったが、それでもまだ残ったものは、「エイ!ヤッ!ごめん!」と独り言をいって焼き捨てた。ゴミ箱で他のゴミと一緒によごれて捨てられるのが嫌だったからで、人間の心理とは摩訶不思議なものだと思った。 ところが、一つだけ困った事が起きた。母が生きていた頃、サンフランシスコ近辺に住んでいた実姉のアン (ドイツ語と英語が堪能な私の叔母)の家から古いアルバムを持ってきて「これアンから、自分が死んだら捨てられるだけだから日本に持って帰って、と頼まれたけど重いからあなたの所に置いていく」といって、一冊のアルバムを置いていったのだ。 開けてみたら、祖母の字で名前や場所や年が書いてあるものもあったり、書いてないものも沢山あった。祖母は華族女学校十二期生だったから、同窓生には歴史上人物の娘達がぞろぞろいた。祖母に育てられた私には知ってる人の写真が沢山あったが、日本の弟も妹も興味ないというし、我が子達に至ってはことさらに知らない人ばかりで興味のない話。叔母ではないが、私の死後はゴミ箱にすてられるのが目に見えている。さりとて、捨てがたい明治時代の恐らく貴重な海軍の写真や、皇族や、侍や、大名行列のような曾祖父のお葬式の写真、移民した知人一家のブラジルからの写真などが200枚も入っていたので困ったのである。 こういう時にネットというのは便利で、「どなたか良いアイディアありますか」と聞いたら、早速「福岡に海軍を祀った東郷神社というのがあるから、そこに持って行ったらいかがでしょう」という人がいて、「それだ!」と思った。早速ネットで調べて宮司さんに連絡を取り、私の祖父の一人が平八郎の従兄弟だと説明したら、話しがすぐまとまった。しかも、女性の宮司さんで「5月27日が海軍記念日ですから、その日においでになったらいかがでしょう」という事になった。 その日が来た。私はただ社務所で宮司さんにお渡しするだけの予定だったが、「先ずこちらへ」とお茶を御馳走になり、「おいしゅうございました。では宜しくお願いいたします」と帰ろうとしたら、「いえいえ、あちらにお席を用意してありますので。御榊をあげてください」と軍艦の形をした記念碑の所に案内され、見渡すと沢山のテントの下に赤白のリボンをつけた数百人のVIPがぞろりと並んで座っていて、私は東郷平八郎の親族でアメリカ代表として参加したと紹介されて驚愕した。 榊の捧かたも知らない私は、『どうか一番最後になりますように』と祈りながら、司会者が一人一人呼ぶのをじっくり見ていたら30人目くらいに呼ばれてほっとした。29人が捧げるのを凝視していたから、その真似をしただけである。 というわけで、そのアルバムは福岡東郷神社の宝庫殿に収められたのでほっとしている。
2022.09.04
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