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図書館で『夜を乗り越える』という新書を、手にしたのです。著者初の新書とのことであるが・・・作家として出世したものである。ところで、帰って調べるとこの本を借りるのは2度目であると分かったのでこの記事は(その4)とします。【夜を乗り越える】又吉直樹著、小学館、2016年刊<「BOOK」データベース>より芸人で、芥川賞作家の又吉直樹が、少年期からこれまで読んできた数々の小説を通して、「なぜ本を読むのか」「文学の何がおもしろいのか」「人間とは何か」を考える。また、大ベストセラーとなった芥川賞受賞作『火花』の創作秘話を初公開するとともに、自らの著作についてそれぞれの想いを明かしていく。「負のキャラクター」を演じ続けていた少年が、文学に出会い、助けられ、いかに様々な夜を乗り越え生きてきたかを顧みる、著者初の新書。<読む前の大使寸評>著者初の新書とのことであるが・・・作家として出世したものである。rakuten夜を乗り越える「第2章 創作について」で又吉さんの読書遍歴を、見てみましょう。p51~54<本を読む。ネタを書く。散歩する。> NSC(吉本興業のお笑い養成所)の時間以外、昼間はずっと本を読んでいました。 アルバイトあ日雇いのような、その日に登録して働けるものばかりでした。コンビニのアルバイトは「暗い。声が小さい」という理由で、面接で落とされ続けていたのですが、ようやくその年の終りに初めてうかりました。やっと一般的なアルバイトが始められたという気持ちでした。 上京した時持ってきた本は、新潮文庫の太宰と芥川を何冊かでした。そこに三島由紀夫の『金閣寺』と谷崎潤一郎の『痴人の愛』も混ざっていたかもしれません。後は誰かから借りパクしていたシドニィ・シェルダン。図書館などの施設から借りパクしたのではないのです。 地元の寝屋川にいる時、僕の実家の近所に古本屋はありましたが、マンガしか置いていませんでした。他にはちょっとだけ文庫コーナーがある程度。東京に来て一番嬉しかったのは、街中にある小さな古本屋でも充分なほど読みたくなる文学の本がたくさんあるということでした。 吉祥寺と三鷹にある古本屋をほぼすべて廻りました。西荻窪、荻窪辺りまで遠征に行くこともありました。何軒も見て歩き、店の表に出ているワゴンの中から安いものを買いました。それぞれの古本屋の棚は全部頭に入っていました。歩き疲れたらどこかお店に入ってネタを書きました。本を読む。ネタを書く。散歩する。これしかやることはありませんでした。 最初に入ったのは、三鷹に住んでいた時、駅から5、6分で家の近くにあった普通の古本屋でした。深夜2時までやっていたからよく行きました。この間行ってみたらつぶれていました。 漱石も谷崎も太宰も芥川も、近代文学の文庫はそこで全部買えました。町田康さん、村上春樹さんの単行本も置いてありましたが、当時の僕には高くて買えませんでした。読みたいけど読めない。古本屋に並んでいる二百円の文庫本が高いという感覚でした。 店の表のワゴンの中で日に焼けていて、5冊で百円。土地柄か、国木田独歩の『武蔵野』と山本有三の文庫本ばかり並んでいました。後はやっぱり太宰が多かった気がします。太宰は吉祥寺、三鷹に限らずかもしれません。 上京してすぐの頃は、多分人生で百冊ぐらいしか本を読んでいなあったから、あれも読みたいこれも読みたいと、その店でだいたい揃えました。太宰、漱石、芥川、谷崎、三島、武者小路、その辺りで読んでいないものを見つけたら買って読むという日々でした。 当時僕が本に求めていたのは、自身の葛藤や、内面のどうしようもない感情をどう消化していくかということでした。近代文学は、こんなことを思っているのは俺だけだという気持ちを次々と砕いていってくれました。その時、僕が抱えていた悩みや疑問に対して過去にも同じように誰かがぶつかっていて、その小説の中で誰かが回答を出していたり、答えに辿りつかなくとも、その悩みがどのように変化していくのかを小説の中で体験することができました。ウーム 三鷹から荻窪辺りまでの古本屋を廻って安い古本を買い漁ったのが、すごいですね。。『夜を乗り越える』3:文章のハウツーp146~149『夜を乗り越える』2:「火花」執筆p89~92『夜を乗り越える』1:初めての出版p69~71()
2021.05.21
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犬のしっぽを撫でながら』という本を読んでいるのだが…このところ集中的に小川洋子の本を読んだわけで、ミニブームとなっているのです。で、それらの本を並べてみました。・『あとは切手を、一枚貼るだけ』5(2019年刊)・『歓待する文学(NHKテキスト)』5(2019年刊)・小川洋子の陶酔短篇箱(2014年刊)・注文の多い注文書(2013年刊)・ことり(2012年刊)・とにかく散歩いたしましょう(2012年刊)・言葉の誕生を科学する(2011年刊)・妄想気分(2011年刊)・ミーナの行進(2009年刊)・小川洋子対話集(2007年刊)・博士の本棚(2007年刊)・犬のしっぽを撫でながら(2006年刊)・海(2006年刊)・密やかな結晶(1994年刊)・妖精が舞い下りる夜(1993年刊)R9:『密やかな結晶』を追記『あとは切手を、一枚貼るだけ』2:一通め『あとは切手を、一枚貼るだけ』1:『幸福の王子』『歓待する文学(NHKテキスト)』5:『ことり』『注文の多い注文書』1:『肺に咲く睡蓮』の注文書『注文の多い注文書』2:『肺に咲く睡蓮』の納品書『注文の多い注文書』3:『貧乏な叔母さん』の注文書『注文の多い注文書』4:『貧乏な叔母さん』の納品書『とにかく散歩いたしましょう』『言葉の誕生を科学する』4:時間の発見は、ゼロの発見にも等しい『言葉の誕生を科学する』3:おふたりの対談(続き)『言葉の誕生を科学する』2:おふたりの対談『言葉の誕生を科学する』1:言葉の起源『妄想気分』1:ミーナの行進『妄想気分』2:フランス語への翻訳者との付きあい『妄想気分』3:私の書いた本たち『妄想気分』4:小川さんの読書体験『ミーナの行進』『小川洋子対話集』『博士の本棚』1:『中国行きのスロウ・ボート』を開きたくなる時p273~275『博士の本棚』2:翻訳者は妖精だp94~97『博士の本棚』3:風の歌を聴く公園p150~152『博士の本棚』4:『中国行きのスロウ・ボート』についてp239~241『犬のしっぽを撫でながら』1:アルルの出版社p46~49『犬のしっぽを撫でながら』2:書店の役割p71~73、本を買う贅沢p175~178『海』1:バタフライ和文タイプ事務所『密やかな結晶』1『密やかな結晶』2***********************************************************************【あとは切手を、一枚貼るだけ】 小川洋子×堀江敏幸著、中央公論新社、2019年刊<「BOOK」データベース>よりかつて愛し合い、今は離ればなれに生きる「私」と「ぼく」。失われた日記、優しいじゃんけん、湖上の会話…そして二人を隔てた、取りかえしのつかない出来事。14通の手紙に編み込まれた哀しい秘密にどこであなたは気づくでしょうか。届くはずのない光を綴る、奇跡のような物語。<読む前の大使寸評>巻末を見ると、文芸誌に2017年7月~18年8月まで連載されたエッセイを単行本として構成したもののようです。いわば出版社の企画の勝利というか、一粒で三度美味しいケースでんがな♪rakutenあとは切手を、一枚貼るだけ***********************************************************************<『歓待する文学(NHKテキスト)』5>図書館で『歓待する文学(NHKテキスト)』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、多和田葉子、小川洋子、カズオ・イシグロ、村上春樹等々・・好きな作家が多く 魅力的なテキストになっています。ところで、帰って調べたら、この本を借りたのは二度目であることが判明しました(またか)。で、この記事は(その5)とします。【歓待する文学(NHKテキスト)】小野正嗣著、NHK出版、2018年刊<商品説明>より文学は私たちの心にどう入り込み、個人の生活や社会に影響を与えるのか。芥川賞作家である著者が欧米、アフリカ、中東、アジアの選りすぐりの作品を紹介。書き手がどのような土地に根ざし、どういう言語で作品を生み出したのか、それが読み手にどう作用するのかを探る。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、多和田葉子、小川洋子、カズオ・イシグロ、村上春樹等々・・好きな作家が多く 魅力的なテキストになっています。rakuten歓待する文学(NHKテキスト)第5回講座では小川洋子著『ことり』が取りあげられています。***********************************************************************【小川洋子の陶酔短篇箱】小川洋子編著、河出書房新社、2014年刊<「BOOK」データベース>より魅惑の16本と小川洋子のエッセイが奏でる究極の小説アンソロジー集!【目次】河童玉(川上/弘美)/遊動円木(葛西/善蔵)/外科室(泉/鏡花)/愛撫(梶井/基次郎)/牧神の春(中井/英夫)/逢びき(木山/捷平)/雨の中で最初に濡れる(魚住/陽子)/鯉(井伏/鱒二)/いりみだれた散歩(武田/泰淳)/雀(色川/武大)〔ほか〕<読む前の大使寸評>短篇16本それぞれに、小川洋子の解説と短篇の語り口がセットされるという構成になっています。やや古風な作品が多いが、それが小川洋子の好みなんでしょう。rakuten小川洋子の陶酔短篇箱***********************************************************************【注文の多い注文書】小川洋子×クラフト・エヴェング商会著、新潮社、2013年刊<「BOOK」データベース>より【目次】人体欠視症治療薬/バナナフィッシュの耳石/貧乏な叔母さん/肺に咲く睡蓮/冥途の落丁<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、クラフト・エヴェング商会の通信歴のような構成となっていて、写真の挿入も多く…装丁や編集が素晴らしいでぇ♪rakuten注文の多い注文書***********************************************************************【ことり】小川洋子著、朝日新聞出版、2012年刊<「BOOK」データベース>より世の片隅で小鳥のさえずりにじっと耳を澄ます兄弟の一生。図書館司書との淡い恋、鈴虫を小箱に入れて歩く老人、文鳥の耳飾りの少女との出会い…やさしく切ない、著者の会心作。<読む前の大使寸評>この本を『歓待する文学』というNHKテキストで、小野正嗣さんが高く評価していたので、即、図書館に予約していたものです。<図書館予約:(1/19予約、副本14、予約0)>rakutenことり***********************************************************************【とにかく散歩いたしましょう】小川洋子著、毎日新聞出版、2012年刊<「BOOK」データベース>より締切前の白紙の恐怖。パン屋での五千円札事件。ハダカデバネズミとの心躍る対面。何があっても、愛する本と毎日の散歩ですべてのりきれる…心にじんわりしみるエッセー集。【目次】「る」と「を」/ハンカチは持ったかい/イーヨーのつぼの中/本の模様替え/散歩ばかりしている/ポコポコ頭を叩きたい/盗作を続ける/長編み、中長編み、長々編み/肉布団になる/自分だけの地図を持つ〔ほか〕<読む前の大使寸評>小川洋子の著作といえば『博士の愛した数式』のタイトルを知っているだけで・・・その著作を読むのは初めてなのだが、動物好きのほんわりしたテイストが、いけるかも♪rakutenとにかく散歩いたしましょう***********************************************************************【言葉の誕生を科学する】小川洋子×岡ノ谷一夫著、河出書房新社、2018年刊<商品説明>より言葉は〈求愛の歌〉から生まれた。鳥のさえずり、クジラの鳴き声、ハダカデバネズミの歌……言語以前の“歌”から“言葉”へ、ジャンプした謎に、人気作家と気鋭の科学者が迫る。<読む前の大使寸評>言葉の誕生には鳥のさえずりが関係していたそうで・・・鳥大好きな大使のツボに、ヒットしたのです♪rakuten言葉の誕生を科学する***********************************************************************【妄想気分】小川洋子著、集英社、2011年刊<「BOOK」データベース>より異界はいつでも日常の中にある。目を凝らし耳を澄ますと入口が見えてくる。そこを覗くと物語がはじまる。創作をめぐるエッセイ集。<読む前の大使寸評>内田先生の『呪いの時代』という重厚なタイトルのエッセイ集も借りたので、もう1冊は明るく軽いエッセイ集で中和しようという魂胆があったのでおます。rakuten妄想気分***********************************************************************【ミーナの行進】小川洋子著、中央公論新社、2009年刊<商品の説明>より美しくてか弱くて、本を愛したミーナ。あなたとの思い出は、損なわれることがない――懐かしい時代に育まれた、二人の少女と、家族の物語。 <読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると…土地勘のはたらく芦屋~神戸が舞台で、本を愛するミーナのお話になっています。これは期待できるかも♪データは文庫本だが、借りたのは2006年刊のハードカバーでした。amazonミーナの行進***********************************************************************【小川洋子対話集】小川洋子著、幻冬舎、2007年刊<「BOOK」データベース>より日ごろ孤独に仕事をしている著者が、詩人、翻訳家、ミュージシャン、スポーツ選手と語り合った。キョロキョロして落ち着きがなかった子供時代のこと、想像力をかきたてられる言葉や文体について、愛する阪神タイガースへの熱い想い、名作『博士の愛した数式』秘話など心に残るエピソードが満載。世界の深みと、新たな発見に心震える珠玉の対話集。<読む前の大使寸評>小川洋子対話集ってか…目次を見ると対話者が異色で、期待できそうである♪amazon小川洋子対話集***********************************************************************【博士の本棚】小川洋子著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より本という歓び、本という奇跡。『博士の愛した数式』で第一回本屋大賞を受賞した著者が、大好きな本の数々を紹介しつつ、本とともに送る生活の幸福を伝える極上のエッセイ。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、大使は書名も著者名も知らない洋書の数々、村上春樹の作品などが出てくるではないか…これは期待できるかも♪amazon博士の本棚***********************************************************************【犬のしっぽを撫でながら】小川洋子著、集英社、2006年刊<商品の説明>より『博士が愛した数式』の著者の痛快エッセイ。数の不思議に魅せられた著者の「数にまつわる」書き下ろしエッセイのほか野球の話、本の話、犬の話などを収録。<読む前の大使寸評>個人的な小川洋子ミニブームの一環で借りたわけでおます。rakuten犬のしっぽを撫でながら***********************************************************************【海】小川洋子著、新潮社、2009年刊<「BOOK」データベース>より恋人の家を訪ねた青年が、海からの風が吹いて初めて鳴る“鳴鱗琴”について、一晩彼女の弟と語り合う表題作、言葉を失った少女と孤独なドアマンの交流を綴る「ひよこトラック」、思い出に題名をつけるという老人と観光ガイドの少年の話「ガイド」など、静謐で妖しくちょっと奇妙な七編。「今は失われてしまった何か」をずっと見続ける小川洋子の真髄。著者インタビューを併録。【目次】海/風薫るウィーンの旅六日間/バタフライ和文タイプ事務所/銀色のかぎ針/缶入りドロップ/ひよこトラック/ガイド<読む前の大使寸評>小川洋子の初期の短編集か…期待できそうやでぇ♪なお 借りたのは2006年刊のハードカバーでした。rakuten海***********************************************************************【密やかな結晶】小川洋子著、講談社、1999年刊(単行本は1994年刊)<「BOOK」データベース>より記憶狩りによって消滅が静かにすすむ島の生活。人は何をなくしたのかさえ思い出せない。何かをなくした小説ばかり書いているわたしも、言葉を、自分自身を確実に失っていった。有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、現代の消滅、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。<読む前の大使寸評>今年の英国ブッカー国際賞の最終候補になったそうで、同賞の選考委員は「あまりに現代的で目を見張らされた」と評したそうです。<図書館予約:(10/8予約、副本4、予約59)>rakuten密やかな結晶***********************************************************************【妖精が舞い下りる夜】小川洋子著 、KADOKAWA、1997年刊<「BOOK」データベース>より人が生まれながらに持つ純粋な哀しみ、生きることそのものの哀しみを心の奥から引き出すことが小説の役割りではないだろうか。書きたいと強く願った少女が成長しやがて母になり、芥川賞を受賞した日々を卒直にひたむきに綴り、作家の原点を明らかにしていく、珠玉の一冊。繊細な強さと静かなる情熱を合わせ持つ著者の、人と作品の全貌がみえてくる唯一のエッセイ集。<読む前の大使寸評>ちょっと古い本であるが小川洋子の原点が載っているかもと、期待するのでおます♪なお 借りたのは、1993年刊のハードカバーでした。amazon妖精が舞い下りる夜
2021.05.13
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図書館で予約していた『密やかな結晶』という本を待つこと5ヵ月半でゲットしたのです。今年の(2020年10月予約当時)英国ブッカー国際賞の最終候補になったそうで、同賞の選考委員は「あまりに現代的で目を見張らされた」と評したそうです。【密やかな結晶】小川洋子著、講談社、1999年刊(単行本は1994年刊)<「BOOK」データベース>より記憶狩りによって消滅が静かにすすむ島の生活。人は何をなくしたのかさえ思い出せない。何かをなくした小説ばかり書いているわたしも、言葉を、自分自身を確実に失っていった。有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、現代の消滅、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。<読む前の大使寸評>今年の(2020年10月予約当時)英国ブッカー国際賞の最終候補になったそうで、同賞の選考委員は「あまりに現代的で目を見張らされた」と評したそうです。<図書館予約:(10/8予約、副本4、予約59)>rakuten密やかな結晶この小説の最終章を、見てみましょう。p389~396<28> 鉛筆を置いたあと、わたしはぐったり疲れて机にうつぶした。言葉を探し出しつなげる困難のほかに、肉体的な疲労も大きかった。わたしに残された身体の部分は、もうほんのわずかになっていたからだ。 左手で書かれた文字はたどたどしく、所々、線は消え入りそうに細く震えていた。すべての文字が泣いているように見えた。わたしは原稿用紙を束ね、クリップで止めた。これが彼の望んでいる物語というものなのかどうか自信はなかったが、とにかく言葉の連なりは最後の場所にたどり着いた。彼のために残してゆける唯一のものを、完成させることができた。しかしその物語の中でも、結局“わたし”は消えてゆくのだけれど。 小説が消滅したのはそれほど昔ではないのに、ここまで書きつなぐのにずいぶん回り道をしてしまった。地震があり、フェリーが沈み、乾さんの彫刻が壊れ、中から“品物”が現れ、別荘へ彫刻を取りに行き、検問に会い、そしておじいさんが死んだ。一個一個の出来事はみんな偶然に左右されているようでありながら、確実に一つの方角へと向かっていた。その方角に何が待っているのか、島中の人たちみんなが薄々感付いていながら、誰もことさら口に出して言おうとはしなかった。誰も怖れてはいなかったし、逃れようともがいてもいなかった。みんな消滅の性質をよく理解していたし、それに対応する一番適切な方法を心得ていた。 ただR氏だけがわたしをここへとどめるために、考えつくかぎりの抵抗を試みていた。そのどれもが無駄な努力だと分かっていながら、わたしは余計な口を挟まなかった。彼は空洞になった身体をさすり、数々の"品物"にまつわる記憶を話して聞かせた。彼の投げる小石は私の心の沼に投げ込まれ、底へ着地することなく、どこまでもただ舞い落ちてゆくばかりだった。「よくがんばったね。こうしてまた、君の原稿を手にすることができてうれしいよ。僕と君の間にいつも物語が存在していたあの頃が、よみがえってきたんだよ」 彼は原稿用紙の束を大事に撫でながら言った。 「でも、心の衰弱を食い止める手立てにはならなかったみたいだわ。物語は完成したけれど、やっぱりわたしは自分を失い続けているんですもの」 わたしは彼の胸にもたれかかった。身体を支えていられないほどの重苦しい疲労に包まれていた。「さあ、ゆっくり休むといい。ここでぐっすり眠れば、すぐに元気になるよ」「わたしが消えたあとでも、物語は残るかしら」「当たり前じゃないか。君が書きつけた言葉は、その一つ一つが記憶として存在してゆくんだ。僕の消えない心の中でね。だから安心していいんだよ」「よかったわ。何か一つでも、自分がこの島に存在していた痕跡を残すことができて」「今日はもう眠った方がいいよ」「そうね・・・・・・」 わたしは目を閉じた。すぐに深い眠りが訪れた。(中略) 物語を書き綴る左手、涙がこぼれる目、それが伝う頬と順番に消えていった。最後に残ったのは声だった。人々は輪郭のある存在をすべて失った。声だけがあてもなく漂っていた。 わたしはもう彼の腕に飛び込まなくても、隠し部屋へ降りてゆけるようになった。重たい床板を持ち上げなくても、わずかのすきまをくぐり抜けられるようになった。そういう意味では身体が全部消滅したことは、一種の開放感をもたらした。しかし目に見えない頼りなげな声は、少しでも油断するとすぐに、風と一緒に遠くへ流されてしまいそうになった。「声だったら安心よ」 わたしは言った。「声だったら、最後の最後の瞬間を静かに穏やかに迎えることができると思うの。痛みも苦しさもみじめさも残さないでね」「そんなこと考えちゃだめよ」 彼はわたしに腕をのばそうとして、そのまま動けなくなった。行き場のない手が宙に浮いていた。「あなたはとうとう、ここを出て行けるのよ。外の世界で自由になれるのよ。秘密警察はもう記憶狩りなんてしないわ。声だけになって、どうやって人を捕まえることができるの? そうでしょ?」 わたしは微笑もうとして、すぐにそれが無駄なことだと気づいた。「外の世界は雪に覆われて荒れ果てているけれど、あなたの濃密な心があれば大丈夫。少しずつ世界の強ばりを溶かしてゆくことができると思うわ。ずっと隠れ家に潜んでいた他の人たちもきっと出てくるはずよ」「君が一緒にいてくれなきゃ何にもならないよ」 彼はそれでもどうにかしてわたしの声をに触れようとしていた。「いいえ。わたしはもう、何の役にも立たないわ」「なぜ?なぜなんだ」 彼は声が漂っていると思われるあたりの空気を両手で包んだ。本当に声が存在している場所とそこの間にはずれがあったが、それでもわたしは彼のぬくもりを感じ取ることができた。 空気の流れが変わり、それを合図にしたかのように声が外側からゆっくりと消えはじめた。「わたしがいなくなっても、この隠し部屋は大事に残しておいてね。あなたの心を通して、記憶がここでずっと生き続けられることを祈っているわ」 だんだん息が苦しくなってきた。わたしは隠し部屋を見回した。床に並んだ品々の中に、わたしの身体もあった。それはオルゴールとハーモニカにはさまれ、両足を斜めに投げ出し、手を胸の前で合わせて目を伏せていた。彼はたぶん、オルゴールのぜんまいを巻くように、ハーモニカを吹くように、この身体に触れて繰り返しわたしの記憶をよみがえらしてくれるだろう。「どうしても、行ってしまうんだね」 彼は包んだ空気を胸に抱きしめた。「さようなら・・・・・・」 最後に残った声ははかなくかすれていた。「さようなら・・・・・・」 彼はいつまでも両手の中の空洞を見つめていた。そこにはもう、何も残ってはいないのだということを、十分すぎるくらいの時間をかけて自分に言い聞かせてから、彼は力なく腕を下ろした。そrから一段ずつゆっくりと梯子を上り、扉を外し、外の世界へ出て行った。一瞬光が差し込み、すぐにまたそれはさえぎられ、扉がきしみながらふさがった。と同時に、絨毯をかぶせるわずかな気配が伝わってきた。 閉じられた隠し部屋の中で、わたしは消えていった。(完)『密やかな結晶』1
2021.05.12
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『TVピープル』という本(短篇集)が積読状態になっているのだが・・・これは安く入手してほっとしたせいかもしれないのだ。この際、村上さんの短編集『回転木馬のデッドヒート』を読んだ余勢で、積読『TVピープル』に手をつけた次第でおます。【TVピープル】村上春樹著、文芸春秋、1990年刊<「BOOK」データベース>より得体の知れないものがせまる恐怖、生の不可解さ、そして、奇妙な欠落感…。生と死、現実と非現実のあいだ…。小説の領域をひろげつづけてきた作家の新しい到達点。【目次】TVピープル/飛行機ーあるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか/我らの時代のフォークロアー高度資本主義前史/加納クレタ/ゾンビ/眠り<大使寸評>この際、村上さんの短編集『回転木馬のデッドヒート』を読んだ余勢で、積読『TVピープル』に手をつけた次第でおます。rakutenTVピープル不眠症といえばわりとよく見られる不調であるが、村上さんはどのようなお話しを語ってくれるのでしょう。p133~136<眠り> 夫も子供も、私が一睡もしていないことにまったく気づいてはいない。私も何も言わない。何か言うと、病院に行けと言われるだろうから。そして私にはわかっている。病院になんか行っても無駄なのだと。だから何も言わない。これは昔の不眠症の時と同じだ。私にはただ単にわかるのだ。これは私が自分ひとりで処理しなくてはならない種類のことなのだ。 だから彼らは何も知らない。私の生活は表面的にはいつもと変わりなく流れている。とても平穏に、とても規則的に。私は朝に夫と子供を送り出したあと、いつものように車で買い物に行く。夫は歯科医で、私たちの住むマンションから車で10分ほどのところに診療所を持っている。彼は歯科大時代の友人と共同でその診療所を経営している。そうすれば技工士も受付の女の子も二人共同で雇えるからだ。どちらかの予約がいっぱいなら、もうひとりがその患者を引き受けることも可能だ。 夫も友人も腕はいい方だから、ほとんど何のコネクションもなしにその場所で開業してまだ5年しかたっていない割りには、診療所はかなり繁盛している。どちらかといえば忙しすぎるくらいだ。「僕としてはもっとのんびりやりたかったんだけれどな。でもまあ、文句は言えないよ」と夫は言う。 そうね、と私は言う。文句は言えない。それはたしかだ。診療所を開くために、私たちは銀行から最初に予想していた以上の額の借金をしなくてはならなかった。(中略) 診療所を開いたとき、私たちはまだ若くて貧乏で、生れてまもない子供を抱えていた。私たちがこのタフな世界の中で生き残れるかどうか、誰にもわからなかった。でも5年かけて、まがりなりにも私たちは生き残ったのだ。文句は言えない。借金だってまだ三分の二近く残っているのだ。「たぶんあなたがハンサムだから患者が押し寄せてくるんじゃないかしら」と私は言う。いつもの冗談だ。私がそう言うのは彼が全然ハンサムじゃないからだ。どちらかと言えば夫は不思議な顔をしている。今でも私は時々こう思うことがある。どうして私はこんな不思議な顔の人と結婚しちゃったんだろう、私にはもっとハンサムなボーイフレンドだっていたのに、と。 彼の顔の不思議さを、私はうまく言葉で説明することができない。もちろんハンサムではないが、かといって醜男というのでもない。いわゆる味のある顔というのでもない。正直に言って、ただとしか表現のしようがないのだ。あるいは「捉えどころがない」という形容が近いかもしれない。 (中略) でも彼は世間のおおかたの人に好感を持たれたし、言うまでもないことだがそれは彼のような職業にとってはとても重要なことだった。歯科医にならなくても、彼はたいていの職業で成功しただろうと思う。多くの人々は彼と会って話していると、知らず知らず安心感を抱いてしまうようだった。私は夫に会うまで、そういうタイプの人に一度もめぐりあったことはなかった。私の女友達も、みんな彼のことが気に入っている。もちろん私だって彼のことが好きだ。愛しているとも思う。でも正確に表現するなら、とくに「気に入って」はいないと思う。 『TVピープル』2:加納クレタ『TVピープル』1:「我らの時代のフォークロア」
2021.05.12
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ジョン・ル・カレ著『繊細な真実』を途中まで読んでギブアップしたのであるが・・・ジョン・ル・カレ著『The Constant Gardener』と映画『ナイロビの蜂』を紹介します。原作が先か、映画が先か風の並べ方になっていますが、もちろん、映画が先でした。【The Constant Gardener】ジョン・ル・カレ著、POCKET BOOKS、2001年刊<商品説明>よりイギリス人外交官ジャスティン・クウェイルの趣味はガーデニング。自己流のフリージア栽培に凝り、暇さえあれば、ナイロビにある自宅の庭園で過ごしている。それに、かなり年下の魅力的な妻、テッサを溺愛する夫でもある。一方、テッサはジャスティンとは正反対。社会改革を熱烈に望み、「この世で一番珍しいもの、つまり正義を信じる弁護士」として働いている。その活躍ぶりは、「アフリカ貧者のダイアナ妃」の異名をとるほどだ。しかしそのテッサが、こっそり訪れていた人里離れたケニアのトゥルカナ湖で、死体となって発見される。衣服をはぎ取られ、レイプされて。旅の同行者である、コンゴ系ベルギー人のハンサムな医師、アーノルド・ブルームの姿は消えていた。と同時に、クウェイルの、のんびりした生活も消し去られたのである。 <読む前の大使寸評>映画『ナイロビの蜂』の原作The Constant Gardenerということで、借りたが・・・読破はいつになるやら?AmazonThe Constant Gardener結局この本は読破できなかったのです。・・・で、2006年9月に観た『ナイロビの蜂』の感想を復刻します。この時は原作者がジョン・ル・カレとは知らずにいました。ナイロビの蜂(The Constant Gardener)より9日から続く永年勤続休暇の最終日は、くだんの2本立館に行ってきました。久々に いい映画を観た気がします。ヒロインの顔は良く知っているが、男優もどこかで見たと思ったが・・・イングリッシュペイシェントに出ていたんだ。おっと キャストのことよりも、内容のほうだ。サスペンス、社会派、映像美の映画なのか?・・・・やはり公式HPにもあるようにラブストーリーなんでしょうね。始まってすぐ、愛妻テッサが殺されてしまうというサスペンス仕立てになっているが・・・・覚悟に満ちた愛だけが、巨悪に立ち向かう武器だと教えてくれる。(公式HPより)ラストシーンがいいですね。巨悪に対して致命的なダメージを与えたうえで、避けることのできない死を従容として受け入れる夫の態度には・・・・サムライスピリットにも似たジェントルマンシップが覗えます。そして、穏やかな夫をかくも激しい行動に導いたのは、無き妻への愛だったのでしょう。原作がいいのか?監督がいいのか?キャストがいいのか?脚本がいいのか?残念ながら、こういう映画は日本では出来ないだろうなー。明日から 定年到達日までは仕事が残っているし・・・仕事だ、仕事!感想のほうは 落着いたら追記することにしよう。
2021.05.11
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『TVピープル』という本(短篇集)が積読状態になっているのだが・・・これは安く入手してほっとしたせいかもしれないのだ。この際、村上さんの短編集『回転木馬のデッドヒート』を読んだ余勢で、積読『TVピープル』に手をつけた次第でおます。【TVピープル】村上春樹著、文芸春秋、1990年刊<「BOOK」データベース>より得体の知れないものがせまる恐怖、生の不可解さ、そして、奇妙な欠落感…。生と死、現実と非現実のあいだ…。小説の領域をひろげつづけてきた作家の新しい到達点。【目次】TVピープル/飛行機ーあるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか/我らの時代のフォークロア/加納クレタ/ゾンビ/眠り<大使寸評>この際、村上さんの短編集『回転木馬のデッドヒート』を読んだ余勢で、積読『TVピープル』に手をつけた次第でおます。rakutenTVピープル加納クレタ、マルタ姉妹のお話しを、見てみましょう。大使は子どもの頃に「マルタ島攻防戦」という戦争映画を観たことが、記憶に残っているいるのでこの短篇小説をチョイスしたのです。p107~109<加納クレタ> 私の名前は加納クレタ、姉の加納マルタの仕事を手伝っている。 もちろん私の本当の名前は加納クレタではない。これは姉の手伝いをするときの名前だ。つまり仕事上の名前である。仕事を離れたときは、加納タキという本名を使っている。私がクレタと名乗っているのは、姉がマルタと名乗っていたからだ。 私はまだクレタ島に行ったことはない。 ときどき地図で眺めてみる。クレタはアフリカに近いギリシャの島だ。犬のくわえた骨つき肉のようなごわごと細長い形をしていて、有名な遺跡がある。クノッソス宮殿だ。若い英雄が迷路をつたって女王を助ける話。もしクレタ島に行く機会があったら是非そこに行ってみようと思う。 私の仕事は姉が水の音を聴く手伝いをすることだ。私の姉は水の音を聴くことを職業にしている。人の体を浸している水の音を聴くのだ。言うまでもないだろうが、これは誰にでもできるということではない。才能も必要だし、訓練も必要なのだ。日本ではたぶん姉にしかできない。姉はその技術をずっと昔にマルタ島で習得した。姉が修行をした場所にはアレン・ギンズバーグも来たし、キース・リチャードも来た。マルタ島にはそういう特別な場所がある。 その場所では水がとても大きな意味を持っているのだ。姉はそこで何年も修行していた。それから日本に戻ってきて、加納マルタと名乗り、人の体の水音を聴く仕事を始めたのだ。 私たちは山の中に古い一軒屋を借りて二人で暮らしている。地下室もあって、姉はそこに日本各地から運んできた何種類もの水を集めて置いている。陶器の水瓶に入れて並べてあるのだ。ワインと同じで、水の保存には地下室がいちばん適している。私の役目はその水をきちんと保存することだ。ごみが浮かんでいたらすくいとり、冬は氷がはらないように気をつける。夏は虫がわかないようにする。それほど難しい仕事ではない。時間もかからない。だから私は一日の大部分の時間を、建築図面を引いて過ごしている。姉のところにお客があるとお茶を出したりもする。 姉は地下室に置いた水瓶のひとつひとつに毎日耳をつけて、それらの発する微かな音に耳を澄ませている。毎日二時間か三時間くらい。それが姉にとっての耳の訓練なのである。ひとつひとつの水はそれぞれに違う音を立てるのだ。姉は私にもそれをやらせる。私は目を閉じて、体じゅうの神経を耳に集中する。でも私には水の音がほとんど聞こえない。たぶん私には姉ほどの才能がないのだ。 まず水瓶の水音を聴きなさい。そうすればそのうちに人の体の中の水音も聴けるようになるからと姉は言う。私も懸命に耳を澄ませる。でも何も聞こえない。ほんの少し聞こえたかなあと思うことはある。ものすごく遠くの方でふと何かが動いたような気配を感じる。小さな虫が2、3度羽を動かしたような音が聞こえる。聞こえるというよりは、空気がほんのちょっと震えたという程度のものだ。でもそれは一瞬で消えてしまう。かくれんぼでもしているみたいに。映画「マルタ島攻防戦」を紹介します。【マルタ島攻防戦】ブライアン・デズモンド・ハースト監督、1953年英制作<ストーリー>より第二次世界大戦中。航空写真偵察の名手、イギリス空軍中尉ピーター・ロス(アレック・ギネス)らの乗ったカイロへ向う輸送機は燃料補給のためマルタ島の英軍基地に着陸したところを独空軍に爆撃されて炎上し、足を奪われたロスはマルタ基地に配属されることになった。そのころ、イギリスは最大の努力を払ってマルタ島を確保しようとしていた。ここを奪われると地中海全域の制空権を失いアフリカのロムメル軍が俄然有利となるからだ。ロスは偵察飛行に出たとき、航空司令(ジャック・ホーキンス)の命を冒してイタリア南部を飛び、軍法会議にかけられそうになったが、彼の撮影したフィルムにはマルタ進攻を目指すグライダー満載の貨車群が写っており、首脳部は緊迫した空気に満たされた。マルタ島での彼我の応酬は日ごとに激しさを加え、イギリスは米空母からスピットファイア機の空輸を敢行して攻撃態勢を整えた。<大使寸評>大使は子どもの頃に「マルタ島攻防戦」という戦争映画を観たことが、記憶に残っているいるのです。わりと戦争映画フリークだったのかも。moviewalker「マルタ島攻防戦」『TVピープル』1()
2021.05.10
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『TVピープル』という本(短篇集)が積読状態になっているのだが・・・これは安く入手してほっとしたせいかもしれないのだ。この際、村上さんの短編集『回転木馬のデッドヒート』を読んだ余勢で、積読『TVピープル』に手をつけた次第でおます。【TVピープル】村上春樹著、文芸春秋、1990年刊<「BOOK」データベース>より得体の知れないものがせまる恐怖、生の不可解さ、そして、奇妙な欠落感…。生と死、現実と非現実のあいだ…。小説の領域をひろげつづけてきた作家の新しい到達点。【目次】TVピープル/飛行機ーあるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか/我らの時代のフォークロアー高度資本主義前史/加納クレタ/ゾンビ/眠り<大使寸評>この際、村上さんの短編集『回転木馬のデッドヒート』を読んだ余勢で、積読『TVピープル』に手をつけた次第でおます。rakutenTVピープル村上さんの自伝のような「我らの時代のフォークロア」の語り口を、見てみましょう。p67~70<我らの時代のフォークロア> これは実話であり、それと同時に寓話でもある。そしてまた、我らが1960年代のフォークロア(民間伝承)でもある。 僕は1949年に生まれた。1961年に中学校に入り、1967年に大学に入った。そして例のどたばた騒ぎの中で20歳を迎えた。だから僕らは文字どおり60年代の子供たち(シックスティーアウ・キッズ)であった。人生の中でいちばん傷つきやすく、いちばん未成熟で、それ故にいちばん重要な時期に、1960年代のタフでワイルドな空気をたっぷり吸い込んで、そして当然のことながら、宿命的にそれに酔ってしまったのだ。ドアーズからビートルズからボブ・ディランまで、BGMもばっちりと揃っていた。 1960年代という時代には、確かに何か特別なものがあった。今思い出してもそう思うし、その時にだってそう思っていた。この時代には何か特別なものがあると。 僕は何も回顧的になっているわけではないし、また自分の育った時代を自慢しているわけでもない。僕はただ事実を事実として述べているだけだ。そう、そこには確かに何か特別なものがあったのだ。もっとも(僕は思うのだけれど)そこにあったもの自体はとりたてて珍しいものではなかった。 時代の回転が生じさせる熱や、そこにかかげられた約束や、ある種のものがある種の時期に生み出すある種の限定された輝かしさ、そして望遠鏡を逆から覗いているような宿命的なもどかしさ、英雄と悪漢、陶酔と幻滅、殉教と転身、総論と各論、沈黙と雄弁、そして退屈な時間待ち、エトセトラ、エトセトラ。どの時代だってそういうものはちゃんとあったし、今でもちゃんとある。でも我らが時代にあっては、そういうものがひとつひとつ、くっきりと手に取れるような形で存在したのだ。 ひとつひとつ棚に載っていたのだ。それに、今みたいに何かを手に取ったら、隠れ蓑をかぶった広告だとか役に立つ関連情報だとか割引サービス券だとかグレードアップのためのオプションだとか、そういうややこしいものがぞろぞろくっついてくるということはなかった。マニュアル・ブックをどっさりひとかかえて手渡されることもなかった。 僕らはただシンプルに何かを手に取って、家に持ってかえることができたのだ。夜店でヒヨコを買うみたいに。すごく簡単でワイルドだった。そしてそれは、おそらくそういうやり方が通用した最後の時代だったのだ。 高度資本主義前史。 女の子について話そう。ほとんど新品の男性用生殖器を身につけた我々と、その頃まだ少女であった彼女たちとの、どたばたした愉快で物悲しい性的な関係について、それがこの話のテーマのひとつである。 まず処女性について。 1960年代においては、処女性というのは、現在に比べればまだ大きな意味を持っていた。僕の感じでいけば(もちろんアンケートを取ったわけではないからおおよそとしか言いようがないわけだが)僕らの世代で20歳前に処女を捨てた女の子は全体のおおよそ五割くらいではなかったかと思う。少なくとも僕のまわりには、比率はだいたいそのくらいだった。つまり半分近くの女の子は意識的にかどうかはわからないけれど、処女性というものをまだ尊重していたわけだ。 今になって思うのだけれど、僕らの世代の女の子の多くは、結果的に処女であったにせよなかったにせよ、内心あれこれと迷っていたのではないかと思う。今更処女性が大事だという風にも思えないし、かといっておんなもの意味ないわよ、バカみたい、とも断言できなかったのだと思う。だからあとは要するに(ありていに言ってしまえば)成り行きの問題だったのだ。状況次第、相手次第、というわけだ。僕は思うのだけれど、これはかなり妥当な考え方であり、生き方である。(中略) いつの時代でもそうなのだけれど、いろんな人間がいて、いろんな価値観があった。でも1960年代が近接する他の年代と異なっているところは、このまま時代をうまく進行させていけば、そういう価値観の違いをいつか埋めることができるだろおうと我々が確信していたことだった。 ピース。
2021.05.10
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図書館で『道化師の蝶』という本を手にしたのです。円城さんの初期の小説であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・円城さんの『文字渦』を読んで以来、気になる作家でした。【道化師の蝶】円城塔著、講談社、2012年刊<「BOOK」データベース>より無活用ラテン語で記された小説『猫の下で読むに限る』。正体不明の作家を追って、言葉は世界中を飛びまわる。帽子をすりぬける蝶が飛行機の中を舞うとき、「言葉」の網が振りかざされる。希代の多言語作家「友幸友幸」と、資産家A・A・エイブラムスの、言語をめぐって連環してゆく物語。第146回芥川賞受賞作。<読む前の大使寸評>円城さんの初期の小説であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・円城さんの『文字渦』を読んで以来、気になる作家でした。rakuten道化師の蝶この小説のラストあたりを、見てみましょう。p87~ エイブラムス氏が慌てて帽子を引き寄せて、蝶へ向かって振り下ろす。蝶はすっぽり帽子に捕われ、ややあってからすり抜け羽ばたく。道化師の模様をひらめかせつつ。 声にならない呻きをもらすエイブラムス氏の傍らに、老人がどこからか小さな銀色の捕虫網を取り出して立つ。ステッキを置き去りにして意外な速度で駆け出して、スナップを効かせて蝶を捕らえる。網の口を人差し指と中指の間にそっと挟んで、今度はゆっくり歩いて戻る。袋の中で蝶が羽ばたく。「これも何かの御縁ですから、どちらかを進呈することとしましょう。道化師の蝶か、道化師を捕まえる網かどちらかを」 蝶を網からはずした老人ガ、両者を右手と左手で天秤にかけつつ返答を待つ。「それは」 椅子の上へと崩折れたエイブラムス氏が呟いている。喘ぎながらようやく呟く。「着想を捕らえる網だ」「そうですか。まああまり乱用されぬのが良い。あなたの身も滅ぼしましょうし」 老人は網をエイブラムス氏の手に押し込んで、右手の蝶を宙へと放ち、わたしへ向けて大きく手を振る。 わたしはこうして解き放たれて、次に宿るべき人形を求める旅へと戻る。 一打ちごとに、過去と未来を否定して飛ぶ。かつて起こったとされることたちも、これから起こることどもも、裏と表を入れ替えながら、そのたびごとに羽の格子の中の色を入れ替えながら。 ひらひらと距離を畳んで高空へ至り、鋼鉄製の鳥が飛ぶのへ引き寄せられる。 一人の男が難しい顔でペーパーバックの頁をめくり、膝へと投げ出し目を瞑る。その男には見覚えがある。どこで見かけたのかを思い出そうと、わたしは男の頭をへ滑り込み、中に詰まった言葉を押しのけ外へと散らす。何かを思い出したり考えたりするのはわたしではない。そんな機能はこの体に備わらない。そうした機能を得ようとするなら、何かの頭を借りねばならない。 わたしは男の頭の中に、卵を一つ産みつける。 言葉を食べて、卵からかえる彼女は育つ。 こうしてわたしは思考を続ける。 七面倒くさい道筋を辿り、ようやくなんとかかろうじて雄に会うことができ、ほっとしている。こうして卵を産むことができたのだから、屹度、雄には会えたのだ。わたしたちの種が少ない、これが理由だ。 とにかくなんとか種を維持するほどの繁殖だけはしているのだが、繁殖の作法は固定に到らず流転し続け、いちいちが秘密に鎖されている。その度ごとに、場に機に応じた方策を、なんとか捻り出さねばならない。なにごとにも適した時と場所と方法があるはずであり、どこでも通用するものなどは結局中途半端な紛い物であるにすぎない。 時と場所が変化をすれば、繁殖の方法だって変化をせずにはいられない。 旅の間にしか読めない本があるとよい。 そんな着想が男の頭でゆっくり形をとりはじめる。今はもう見届ける暇もないが、結果はいずれ知られるだろう。わたしたちの子供が羽ばたくことで。 無数の蝶のどれが一体彼女なのかは、羽の模様で明瞭り(はっきり)とわかる。(完)『道化師の蝶』2:友幸友幸についてp25~28『道化師の蝶』1:エイブラムス氏との会話p12~15
2021.05.10
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『ヴィクトリア朝空想科学小説』という短編集のなかの「来るべき能力」という作品を読んだが、これが言語学的小説とでもいう趣きがあり、大使のツボがうずいたわけです。・・・ということで、言語学的SFという括りで、小説や映画を集めてみました。・『ヴィクトリア朝空想科学小説』(1994年刊)・『道化師の蝶』(2012年刊)・『ことり』(2012年刊)・『紙の動物園』(2015年刊)・『地球にちりばめられて』(2018年刊)・『文字渦』(2018年刊)・『メッセージ』という言語学的SF映画(2016年制作)表意文字(『メッセージ』より)R4:『道化師の蝶』を追記、刊行順に並び替え*****************************************************************************【ヴィクトリア朝空想科学小説】風間賢二編、筑摩書房、1994年刊<「BOOK」データベース>より科学の時代への扉が大きく開かれた頃、最新の知識や技術は人々の好奇心と想像力をかきたてていた。未来は限りない可能性を秘め、その前で畏れと憧れに身を震わせる作家たちがいた。19世紀後半から20世紀初頭にかけて書かれた空想科学小説の傑作を集めて、当時の人々が思い描いた壮大な夢の跡をたどる。<読む前の大使寸評>日記を見たら、11年前にこの本を読んでいたことが分かったのです…覚えていなくて当然でんがな。amazonヴィクトリア朝空想科学小説ヴィクトリア朝空想科学小説byドングリ***************************************************************************** <『道化師の蝶』>図書館で『道化師の蝶』という本を手にしたのです。円城さんの初期の小説であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・円城さんの『文字渦』を読んで以来、気になる作家でした。【道化師の蝶】円城塔著、講談社、2012年刊<「BOOK」データベース>より無活用ラテン語で記された小説『猫の下で読むに限る』。正体不明の作家を追って、言葉は世界中を飛びまわる。帽子をすりぬける蝶が飛行機の中を舞うとき、「言葉」の網が振りかざされる。希代の多言語作家「友幸友幸」と、資産家A・A・エイブラムスの、言語をめぐって連環してゆく物語。第146回芥川賞受賞作。<読む前の大使寸評>円城さんの初期の小説であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・円城さんの『文字渦』を読んで以来、気になる作家でした。rakuten道化師の蝶『道化師の蝶』2:友幸友幸についてp25~28『道化師の蝶』1:エイブラムス氏との会話p12~15*****************************************************************************『ことり』2図書館に予約していた『ことり』という本を、待つこと3日でゲットしたのです。この本を『歓待する文学』というNHKテキストで、小野正嗣さんが高く評価していたので、即、図書館に予約していたものです。【ことり】小川洋子著、朝日新聞出版、2012年刊<「BOOK」データベース>より世の片隅で小鳥のさえずりにじっと耳を澄ます兄弟の一生。図書館司書との淡い恋、鈴虫を小箱に入れて歩く老人、文鳥の耳飾りの少女との出会い…やさしく切ない、著者の会心作。<読む前の大使寸評>この本を『歓待する文学』というNHKテキストで、小野正嗣さんが高く評価していたので、即、図書館に予約していたものです。<図書館予約:(1/19予約、1/22受取)>rakutenことりこの本を言語学的SFとまでは言えないが、言語学的ファンタジーであるので、ここに収録したのです。*****************************************************************************<『紙の動物園』>図書館に予約していたケン・リュウ著『紙の動物園』というSFを、ようやくゲットしたのです。中国人の著わしたSFを初めて読むことになるのだが・・・・3冠に輝いた現代アメリカSFの新鋭ということで、期待できそうやでぇ♪この本には、あちこちに大きな手書きの漢字が見られるのです。【紙の動物園】ケン・リュウ著、早川書房 、2015年刊<「BOOK」データベース>よりぼくの母さんは中国人だった。母さんがクリスマス・ギフトの包装紙をつかって作ってくれる折り紙の虎や水牛は、みな命を吹きこまれて生き生きと動いていた…。ヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞という史上初の3冠に輝いた表題作ほか、地球へと小惑星が迫り来る日々を宇宙船の日本人乗組員が穏やかに回顧するヒューゴー賞受賞作「もののあはれ」、中国の片隅の村で出会った妖狐の娘と妖怪退治師のぼくとの触れあいを描く「良い狩りを」など、怜悧な知性と優しい眼差しが交差する全15篇を収録した、テッド・チャンに続く現代アメリカSFの新鋭がおくる日本オリジナル短篇集。<読む前の大使寸評>3冠に輝いた現代アメリカSFの新鋭ってか・・・・期待できそうやでぇ♪<図書館予約:(9/27予約、4/12受取)>rakuten紙の動物園『紙の動物園』1*****************************************************************************ディアスポラのHirukoが創りだした言語“パンスカ”が大使のツボに響くわけで・・・即、予約したのです。【地球にちりばめられて】多和田葉子著、講談社、2018年刊<「BOOK」データベース>より留学中に故郷の島国が消滅してしまった女性Hirukoは、ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出した。Hirukoはテレビ番組に出演したことがきっかけで、言語学を研究する青年クヌートと出会う。彼女はクヌートと共に、この世界のどこかにいるはずの、自分と同じ母語を話す者を捜す旅に出る―。言語を手がかりに人と出会い、言葉のきらめきを発見していく彼女たちの越境譚。<読む前の大使寸評>ディアスポラのHirukoが創りだした言語“パンスカ”が大使のツボに響くわけで・・・即、予約したのです。<図書館予約:(2/18予約、副本3、予約34)>rakuten地球にちりばめられて*****************************************************************************<『文字渦』2>図書館に予約していた『文字渦』という本を、待つこと1ヵ月ほどでゲットしたのです。「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。【文字渦】円城塔著、新潮社、2018年刊<出版社>より昔、文字は本当に生きていたのだと思わないかい? 秦の始皇帝の陵墓から発掘された三万の漢字。希少言語学者が遭遇した未知なる言語遊戯「闘字」。膨大なプログラミング言語の海に光る文字列の島。フレキシブル・ディスプレイの絵巻に人工知能が源氏物語を自動筆記し続け、統合漢字の分離独立運動の果て、ルビが自由に語りだす。文字の起源から未来までを幻視する全12篇。<読む前の大使寸評>「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。<図書館予約:(9/05予約、10/16受取)>rakuten文字渦『文字渦』2:「第5回遣唐使」『文字渦』1:CJK統合漢字「新字」という章で「第5回遣唐使」が語られているので、見てみましょう。p111~114<新字> 堺部がこうして唐にやってくるのは12年ぶりのことであり、一度目は白雉4年の第2回遣唐使の第1船に、学生として乗り込んでいた。白い雉が見つかったために改元して白雉ということだから、どうも自分の人生の変転期には瑞獣が関わりがちなようである。 瑞獣は天子の徳を讃えるのではなく、堺部の運命を告げにやってきているという見方もありうる。堺部としては12年前のあのときに自分の半分は死んだと考えている。ほぼ同数の人員を乗せたニ船から構成された遣唐使の第2船は九州の先で沈んで、ほとんどの者は助からなかった。自分が第1船に乗ったのはたまたまであり、生き残ったのは偶然である。であるならば、自分は半分死んでいる生者なのだと、堺部はすっきり考えている。 前回は学生としての渡唐だったが、今回は重大な外交任務を負っている。大使は、小錦、守君大石。先の白村江の戦いにおける負将である。次に位の高いのが、小山である堺部石積ということになる。小錦は上から五位、小山は七位を数える。まだ三十代に手の届かない堺部が副使に任じられたのは、家柄と才、留学時の人脈を期待されてのことなのだが、単に体力を見込まれての人選である。(長くなるので省略、全文はここ)*****************************************************************************<『メッセージ』という言語学的SF映画>『メッセージ』という言語学的SF映画が5月19日公開とのことで・・・これは期待できるかも♪言語学とSF映画という大使のツボが二つかぶると・・・期待はいや増すのでおます♪このドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は、『ブレードランナー 2049』も手がけるそうで、すごいやんけ。【メッセージ】ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、2016年、米制作<Movie Walker作品情報>よりSFファンから絶大な支持を受けるテッド・チャンの短編小説を映画化し、第89回アカデミー賞で8部門にノミネートされ、音響編集賞に輝いたSFドラマ。突然、地球に襲来した異星人との交流を通して言語学者が娘の喪失から立ち直っていく姿が描かれる。主人公の言語学者をアカデミー賞では常連の演技派エイミー・アダムスが演じる。<観るまえの大使寸評>言語学とSF映画という大使のツボが二つかぶると・・・期待はいや増すのでおます♪Movie Walkerメッセージ『ブレードランナー』続編と『メッセージ』の共通点
2021.05.09
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図書館で『道化師の蝶』という本を手にしたのです。円城さんの初期の小説であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・円城さんの『文字渦』を読んで以来、気になる作家でした。【道化師の蝶】円城塔著、講談社、2012年刊<「BOOK」データベース>より無活用ラテン語で記された小説『猫の下で読むに限る』。正体不明の作家を追って、言葉は世界中を飛びまわる。帽子をすりぬける蝶が飛行機の中を舞うとき、「言葉」の網が振りかざされる。希代の多言語作家「友幸友幸」と、資産家A・A・エイブラムスの、言語をめぐって連環してゆく物語。第146回芥川賞受賞作。<読む前の大使寸評>円城さんの初期の小説であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・円城さんの『文字渦』を読んで以来、気になる作家でした。rakuten道化師の蝶飛行機の中で、読書について語られる会話を、見てみましょう。p12~15「読めないというのは、あなたが三本腕の人間ではないからではなく」 エイブラムス氏が膝の本へ再び目をやる。そういう事情もあるのでしょうが、と銀色の帽子を載せたまま、私も本へ目を落とす。『腕が三本ある人への打ち明け話』ペーパーバック版は、ハードカバー版がベストセラーリスト入りしたという触れ込みで空港に山と積まれていた代物なのだが、正に腕が三本ある人にしか理解できないものらしく、ここでこうして重しをしている。「本は読まれませんか」「読みませんね」 尋ねるわたしに、エイブラムス氏は鼻を鳴らして事業家としての大度(たいど)を開陳していく。「一体、本というものがわたしの役に立ったことなんてないのでありまして、高校を出たらやめてしまいましたな。高校の間も読みませんでしたが、別に役にも立たないものの相手をする時間はわたしにはない。どうしても本を読まねばならない窮地に追い込まれたら、そう、本を読む人間を雇いますな。別にあとからあらすじを聞こうとかいうつもりもない。他人のやった要約なんてろくでもないものに決まっております。本の方でも誰に読まれるかなんてことは気にしない。誰かがただ読めればよい。おれで本の目的は達えられる」 会話のきっかけを充分に確保したと判断したのか、わたしの頭から網をよけると、エイブラムス氏はあとを続ける。「しかし需要があるというなら話は別です。あなたは読書家とお見受けしますが、そうですか、読めませんか。そうして旅行中に読めるような本が欲しいとおっしゃる」 わたしは頷き、「こうして移動をしていると、気持ちがどこかに飛んでしまって、本に集中できなくなるのです。印刷ばかりが目についてきて、時間も場所も脈絡もどんどんとりとめもなくなってしまって、内容がどんどん分裂していき、前に何が書かれていたのか思い出せなくなってしまって、先に何が書いてあるのか霧に包まれてしまうのですよ。通勤に使う電車の中ではなんとか読めても、新幹線やICEではどうも読めない。飛行機となると尚更ですから、これはきっと速度に関係した何かがどこかにあるのでしょう。速度の方に取り残されて、思考が体を離れてしまう。そいつをまあ、着想と呼ぶのも自由なわけで、そいつを捕まえて歩いているのがあなたなのだということになる」 わたしは、再び気ままに振られはじめた網を指さす。 こうして話が通じてみると、エイブラムス氏の目的にとり、大型旅客機というのは確かに良い選択なのだと思えてくる。大勢の人間が高速で移動する箱に閉じ込められて座席に縛りつけられており、てんでに何かを思いついては、何かを思いついては、形にならない着想たちを放出している。こう真顔で言われてみると、なるほどそういう仕組みな気分もしてくる。「旅行中に読める本とは、どうして書くことができますか」 脇腹をこちらに押しつけ身を乗り出してくるエイブラムス氏の素朴な問いに、さて、とわたしは首を傾ける。そんなものが実際につくれるならば、とうの昔にできているような気もするのだけれど、見逃されてきただけとも思える。何々用の本というのは、読書家には嫌われるものだろうから。贈答用の本、友人の見舞いに持っていく本、逆立ちする間に読む本、移動中に読むための本、実業家のための本。読まずにいても問題ない本。読まない方がむしろ良い本。何かの用に供するために書かれた本とは、どこか興醒めの気配が漂う。思いつきを口にしておく。「翻訳かも知れませんね」「翻訳」 エイブラムス氏は鸚鵡返しし、「どこかの国のベストセラーを自分の国の言葉に直すということですか」「そうではなくて、何々用に翻訳するということなのではないでしょうかね。移動中に読むためのドストエフスキー。実業家のためのプーシキン」 言いつつ、それは何かが違うと思う。以前読んだ『文字渦』を紹介します。【文字渦】円城塔著、新潮社、2018年刊<出版社>より昔、文字は本当に生きていたのだと思わないかい? 秦の始皇帝の陵墓から発掘された三万の漢字。希少言語学者が遭遇した未知なる言語遊戯「闘字」。膨大なプログラミング言語の海に光る文字列の島。フレキシブル・ディスプレイの絵巻に人工知能が源氏物語を自動筆記し続け、統合漢字の分離独立運動の果て、ルビが自由に語りだす。文字の起源から未来までを幻視する全12篇。<読む前の大使寸評>「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。<図書館予約:(9/05予約、10/16受取)>rakuten文字渦『文字渦』2:「第5回遣唐使」『文字渦』1:CJK統合漢字()
2021.05.09
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図書館で予約していた『密やかな結晶』という本を待つこと5ヵ月半でゲットしたのです。今年の(2020年10月予約当時)英国ブッカー国際賞の最終候補になったそうで、同賞の選考委員は「あまりに現代的で目を見張らされた」と評したそうです。【密やかな結晶】小川洋子著、講談社、1999年刊(単行本は1994年刊)<「BOOK」データベース>より記憶狩りによって消滅が静かにすすむ島の生活。人は何をなくしたのかさえ思い出せない。何かをなくした小説ばかり書いているわたしも、言葉を、自分自身を確実に失っていった。有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、現代の消滅、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。<読む前の大使寸評>今年の(2020年10月予約当時)英国ブッカー国際賞の最終候補になったそうで、同賞の選考委員は「あまりに現代的で目を見張らされた」と評したそうです。<図書館予約:(10/8予約、副本4、予約59)>rakuten密やかな結晶この本の語り口を覚えておく意味でも第4章の一部を見てみましょう。p33~36<4>より「ここへ来る途中、怖いものを見てしまったんです」 出版社のロビーでわたしは編集長のR氏に言った。「記憶狩りですか・・・・・・」 R氏は煙草に火をつけた。「ええ、最近特にひどくなってきたみたいですね」「全く、どうしようもない状況だ」 彼は長く煙を吐き出した。「でも、今日出会った記憶狩りは、少し様子が違っていました。昼間、町の中のビルで、しかもいっぺんに四人も連れ去られたんです。これまでわたしが出会ったのは、夜、住宅街から家族の一人を連行するパターンばかりでした」「たぶんその四人は、隠れ家に潜んでいたんでしょう」「隠れ家?」 聞き慣れないその言葉を繰り返したあとで、わたしはあわてて口を押さえた。こういうデリケートな話は、人前でしない方が安全だと言われていた。どこに覆面の秘密警察が紛れ込んでいるかもしれないからだ。記憶狩りに関しては、あらゆる噂が島中に飛びかっている。 ロビーは閑散としていた。ベンジャミンの鉢植えの向こうで、スーツ姿の男性が三人、分厚い書類をはさんで込み入った話をしている以外には、受付の女性が退屈そうに座っているだけだった。「ビルの一室を隠れ家にしていたんだと思うよ。身を隠す以外、彼らに方法はないからね。彼らを支援し、かくまうための、かなりしっかりした地下組織が存在いているという話だ。あらゆるつてを張りめぐらせて、安全な場所や物資やお金を確保しているんだ。でも、そうした隠れ家さえ秘密警察に踏み込まれたとなると、本当に安全な場所なんてものはないということだ・・・・・・」 R氏はまだ何か言葉をつぎ足そうとしたが、コーヒーカップに指をのばし、中庭に視線を向けて、そのまま唇を閉じた。 中庭にはレンガで囲んだ小さな噴水があった。特別な仕掛けは何もない。素朴な噴水だった。会話が途切れると、ガラス越しに水音が聞こえた。遠くの方で、楽器の柔らかい玄をつまびいているような音だった。「前から不思議に思っていたんですけど」 彼の横顔を見ながら、わたしは言った。「どうして秘密警察は、そういう人たちを見分けることができるんでしょう。つまり、消滅の影響を受けない人たちのことを。外見に共通の特徴があるとは思えないんです。性別も年齢も職業も家柄も、みんなばらばらです。だからちょっと注意してほかの人たちに合わせていれば、うまくごまかせるんじゃないでしょうか。消滅が自分の意識の上にもちゃんと及んでいる振りをすることは、そんなに難しいことじゃないはずです」「いや、それはどうだろう・・・・・・」 しばらく考えてから彼は言った。「君が思うほど、簡単なことじゃないはずだよ、たぶん。自分の意識なんてものは、その何十倍もの無意識に包み込まれているんだ。だからそううまく操作できないと思う。彼らには消滅がどういう状態のものなのか、想像もできないんだ。そうじゃなきゃ、隠れ家に潜んだりはしない」「確かにそうですね」最近、読んだ『ことり』が良かったので、紹介します。【ことり】小川洋子著、朝日新聞出版、2012年刊<「BOOK」データベース>より世の片隅で小鳥のさえずりにじっと耳を澄ます兄弟の一生。図書館司書との淡い恋、鈴虫を小箱に入れて歩く老人、文鳥の耳飾りの少女との出会い…やさしく切ない、著者の会心作。<読む前の大使寸評>この本を『歓待する文学』というNHKテキストで、小野正嗣さんが高く評価していたので、即、図書館に予約していたものです。<図書館予約:(1/19予約、1/22受取)>rakutenことり『ことり』2『ことり』1
2021.05.07
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図書館で『回転木馬のデッドヒート』という本を手にしたのです。村上さんの初期の短篇小説集であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・図書館めぐりの役得というか、一期一会なんでしょうね♪実はこの本を借りたのは2度目であることが、帰って調べたら分かったのです(またか)で、この記事を(その6)とします。【回転木馬のデッドヒート】村上春樹著、講談社、1985年刊<「BOOK」データベース>より現代の奇妙な空間ー都会。そこで暮らす人々の人生をたとえるなら、それはメリー・ゴーラウンド。人はメリー・ゴーラウンドに乗って、日々デッド・ヒートを繰りひろげる。人生に疲れた人、何かに立ち向かっている人…、さまざまな人間群像を描いたスケッチ・ブックの中に、あなたに似た人はいませんか。【目次】はじめに・回転木馬のデッド・ヒート/レーダーホーゼン/タクシーに乗った男/プールサイド/今は亡き王女のための/嘔吐1979/雨やどり/野球場/ハンティング・ナイフ<読む前の大使寸評>村上さんの初期の短篇小説集であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・図書館めぐりの役得というか、一期一会なんでしょうね♪rakuten回転木馬のデッドヒート「タクシーに乗った男」の冒頭を、見てみましょう。p36~39 <タクシーに乗った男> 何年か前のことだが、ペンネームを使って小さな美術誌のために画廊探訪のような仕事をしたことがある。画廊探訪とはいっても僕は絵についてはまったくの門外漢だからべつに専門的な記事を書くわけではなく、画廊の雰囲気やオウナーの印象を軽いタッチでまとめるといった種類の作業である。 僕としてもとくに意欲的にとりくんだというわけでもないし、ちょっとしたいきがかりでたまたま始めたことだったのだが、結果的にはこれはなかなか面白い仕事になった。僕自身も小説を書きはじめてまだ間がない頃だったので、いろんな種類の人々に会って話を聞き、それを記事にまとめるという作業をすることは文章を書く上でとても良い勉強になったように思う。世の中の人々が何を考えていて、それをどんな風にことばにするかというところを僕はなるべく注意深く観察し、それをうまく刈りとって、僕自身の文章に再構築するようにつとめた。 その連載記事は1年間つづいた。雑誌は隔月発売だから、全部で6回ということになる。編集部に(といったって編集者一人きりしかいないのだが)面白そうな画廊をいくつか紹介してもらい、僕が自分の足で歩いてみてそのうちのひとつを選んで記事にするというものだった。四百字詰めにして15枚ほどの記事だったが、僕自身がどちらかというと不器用で人見知りする性格であったために、はじめのうち作業は難航した。いったい相手に何を訊ね、どうまとめればいいのかまるでわからないのだ。 それでも何度か回をかさね、細かい試行錯誤をくり返すうちに、僕はそこにひとつのコツらしきものを発見しいた。インタヴュアーはそのインタビューする相手の中に人並みはずれて崇高な何か、鋭敏な何か、暖かい何かをさぐりあてる努力をするべきなのだ。どんなに細かい点であってもかまわない。 人間一人ひとりの中には必ずその人となりの中心をなす点があるはずなのだ。そしてそれを探りあてることに成功すれば、質問はおのずから出てくるものだし、したがっていきいきとした記事が書けるものなのだ。それがどれほど陳腐にひびこうとも、いちばん重要なポイントは愛情と理解なのだ。 僕はそれ以来数多くのインタビューの仕事をしたけれど、インタビューすの相手に対して最後まで一片の愛情をも抱けなかったという例はたった一度しかなかった。それは週刊誌の大学探訪記事を書くためにある有名な私立大学を取材した時で、僕は1週間近く大学を歩きまわって、権威と腐敗と不誠実の匂いしかかがなかった。学長や学部長を含む十人近くの教員にインタビューして、まともなことばで語ることができた相手は一人しかいなかった。そしてその助教授は2日前に退職願いを出したばかりだった。(中略) 僕に「タクシーに乗った男」という題の絵の話をしてくれたのは40歳前後の女性のオウナーだった。彼女は決して美人とは言えなかったが、人の心をふとなごませてくれるようなおだやかで上品な顔つきをしていた。大きなリボンのついた白いブラウスにグレーのツイードのスカートをはき、黒いすらりとしたハイヒールをはいていた。生まれつき足が悪く、彼女が木貼りの床を横切ると、不揃いな足音がガランとした室内に楔のように響きわたった。 彼女は青山のビルの1階で版画を中心とした画廊を経営していた。その時壁に飾られていた版画は僕のような素人が見ても上出来な作品とは思えなかったが、彼女の人柄の中にはある種のマグネティズムのようなものが潜んでいて、その奇妙な力が彼女をとりまく様々な事物を実際以上に輝かしく見せているように僕には感じられた。『回転木馬のデッドヒート』5:レーダーホーゼンp16~19『回転木馬のデッドヒート』4:「ハンティング・ナイフ」の冒頭p165~168『回転木馬のデッドヒート』3:今は亡き王女のために(つづき)p97~100『回転木馬のデッドヒート』2:今は亡き王女のためにp79~84『回転木馬のデッドヒート』1:はじめにp7~9()
2021.05.07
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本屋の店頭で『たちどまって考える』という新書を手にしたのです。パラパラとめくってみると、ヤマザキマリの最新評論集のような本になっています。これは図書館予約している場合ではないでえ・・・ということで、衝動買いしたわけでおます。【たちどまって考える】ヤマザキマリ著、中央公論新社、2020年刊<「BOOK」データベース>よりパンデミックを前に動きを止めた社会。世界を駆ける漫画家・ヤマザキマリもこれほど長期間家に閉じこもり、自分や社会と向き合ったのは初めてだった。しかしその結果「たちどまることが実は必要だったのかもしれない」という想いにたどり着く。ペストからルネサンスが開花したようにまた何かが生まれる?混沌とした日々を生き抜くのに必要なものとは?自分の頭で考え、自分の足でボーダーを超えて。あなただけの人生を進め!<読む前の大使寸評>ヤマザキマリの最新評論集のような本になっています。これは図書館予約している場合ではないでえ・・・ということで、衝動買いしたわけでおます。rakutenたちどまって考えるヤマザキマリがテレビのコンテンツに苦言を呈しているので、見てみましょう。p150~153<ゴールが決まっているコンテンツ事情> 戦後間もない日本には、コマーシャルの世界でも巨人がいました。コピーライターの元祖とも言える、作家の開高健さんです。作家として生活ができるようになる前の彼は壽屋(現サントリー)の宣伝部に所属し、数々の名コピーをつくっています。 古代ローマ時代のラテン語の格言に由来しているものですが、「悠々として急げ」といった彼の言葉からは、難しいことは言わないけれど実直な人から発せられた言葉のような、哲学的なメッセージ性を感じさせられます。あれだけのハイスペックな作家が商業コピーを書いていた時代があったことも、素晴らしいですね。 紀行番組もコマーシャルの世界も、発信する側が高い水準のものを提供することで、受け手側の一般の人もそれについていこうと頑張っていたところが、かつての日本にはあったように思います。メディアがつくり出すコンテンツから知的触発を受け、そこから視野が広がって、何か考えさせられるような時代というのが、かつてはたしかにありました。 それが現代ではどうなっているのか。私の実感から言えば、クリエーター側もあらかじめ「ゴールが決まっている」ような発信を意識している印象があります。一般の人にとって「わかりやすい」ものを想定し、受け取りやすいイメージに合わせてコンテンツをつくろうとしている、とでも言うような。 そのアプローチには、視聴者や読者のレベルを低く見積もってしまう危うさがあると思いますね。制作者にその意図がなくても、こう言っちゃなんですが、受け手を舐めているような発信の仕方にも見えます。 20年前、地方局でテレビのレポーターをしていたとき、やたらとラーメンとカレーの特集ばかりやるので「もっと珍しいものにしたほうが」と提案したところ、「いや、これじゃないと視聴率取れないから冒険はしたくない」と返され、それはあんたたちの先入観なんじゃないの、と感じたことがありました。あの違和感はいまだに払拭されていません。 誰かが考えた通りのもの、想定したイメージのもの、最初からゴールが決まっているようなものを世のなかに発信していても、化学変化は起きません。「思いもかけないことが起きてしまいましたね」という展開があってこそ、文化的なルネサンスが起きるのです。 もう一つ歴史に学ぶならば、イタリアのルネサンスが始まったときには、その「思いもかけないこと」を許容するスポンサーがいました。芸術家たちに惜しみなく資金を提供したフィレンチェのメディチ家です。そのエネルギーと寛容性がなければ、ルネサンスは成功していなかったかもしれません。 メディチ家はもともと教養のある家柄ではありませんでしたが、メディチ家の紋章にも残っていうように薬を売るようになり、金融業にも手を出し、どんどん成功していきます。ペストのパンデミックがヨーロッパを席巻した14世紀後半の頃は、銀行業で成功を収めたジョバンニ・ディ・ビッチ・デ・メディチの代です。彼は端的に言うと、欲しいものに貪欲な「成金」だったと思います。 そして、このジョバンニの息子が、やがて「祖国の父」と称されるような芸術の大パトロンとなる、息子の大コジモ・デ・メディチです。彼がメディチ家当主になった時期にはパンデミックも落ち着きつつあり、このときに表現者たちのなかに蓄積していたものすごいエネルギーが、堰を切ったように文化のなかに注入されることになります。 現在、雑誌『芸術新潮』に連載してる「リ・アルテジャーニ」では、日本での知名度は低いけれど、この時代を築き上げていったという面で絶対に特筆すべきだと私が判断しているルネサンスの画家たちを取り上げているのですが、コジモはそうした多数の芸術家たちに、既存の枠に収まることのない創作と、生活のための資金を与えていきました。『たちどまって考える』6:松田聖子は「アイドル界のカエサル」p150~153『たちどまって考える』5:日本人の教養p146~148『たちどまって考える』4:ニッポンのコロナ感染『たちどまって考える』3:ニッポンの世間体p204~206『たちどまって考える』2:外国語の習得p200~203『たちどまって考える』1:漫画家のくせにp195~197()
2021.05.07
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図書館で『回転木馬のデッドヒート』という本を手にしたのです。村上さんの初期の短篇小説集であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・図書館めぐりの役得というか、一期一会なんでしょうね♪実はこの本を借りたのは2度目であることが、帰って調べたら分かったのです(またか)で、この記事を(その5)とします。【回転木馬のデッドヒート】村上春樹著、講談社、1985年刊<「BOOK」データベース>より現代の奇妙な空間ー都会。そこで暮らす人々の人生をたとえるなら、それはメリー・ゴーラウンド。人はメリー・ゴーラウンドに乗って、日々デッド・ヒートを繰りひろげる。人生に疲れた人、何かに立ち向かっている人…、さまざまな人間群像を描いたスケッチ・ブックの中に、あなたに似た人はいませんか。【目次】はじめに・回転木馬のデッド・ヒート/レーダーホーゼン/タクシーに乗った男/プールサイド/今は亡き王女のための/嘔吐1979/雨やどり/野球場/ハンティング・ナイフ<読む前の大使寸評>村上さんの初期の短篇小説集であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・図書館めぐりの役得というか、一期一会なんでしょうね♪rakuten回転木馬のデッドヒートレーダーホーゼン「レーダーホーゼン」の冒頭を、見てみましょう。p15~19 <レーダーホーゼン> 僕がこの本に収められた一連のスケッチのようなものを書こうと思いたったのは、何年か前の夏のことだった。そのときまで僕はこのような種類の文章を書きたいと思ったことは一度もなかったし、もし彼女が僕にその話をしてくれなかったら(そしてこういう話は小説の題材として成立し得るものなのかどうかと質問しなかったとしたら)僕はあるいはこの本を書いていなかったかもしれない。そういう意味ではマッチを擦ってくれたのは彼女だったということになる。 しかし彼女がマッチを擦ってから、その火が僕の体に燃えうつるまでにかなり長い時間がかかった。僕の体についている導火線のうちのある種のものはひどく距離が長いのだ。ときにはそれはあまりにも長すぎて、僕自身の行動範囲や感情の平均的な寿命さえをも超えてしまうことがある。 そうなるとその火がやっと体に届いても、もはやそこには何の意味も見出せないということも起こりうるわけである。でもこの場合、発火はなんとかその制限時間の中におさまり、結果的に僕はこの文章を書くことになった。 その話を僕にしてくれたのは妻のかつての同級生だった。彼女と僕の妻とは学校時代はとくに親しいというわけではなかったのだが、三十を過ぎてからふとしたところでばったりと顔をあわせ、それがきっかけとなって、以来かなり親しく往き来するようになったのだ。 僕はときどき妻の友人くらい夫にとって奇妙な存在はないような気がするのだが、それでも彼女には最初に会ったときからある種の好感を抱くことができた。彼女は女性にしてはかなり大柄な方で、背丈も体つきも僕と殆んど同じくらいのものだった。職業はエレクトーンの教師だったが、仕事以外の時間の大半を水泳やテニスやスキーに割いていたので、筋肉は固くしまり、いつもきれいに日焼けしていた。 彼女の各種のスポーツに対する姿勢はマニアックと表現してもいいくらいに情熱的なものだった。休日になると彼女は朝のランニングを済ませてから近所の温水プールでひと泳ぎし、午後には2、3時間テニスをし、それからエアロビックスまでやった。僕もスポーツは結構好きな方だけど、質をとっても量をとっても、とても彼女にはかなわなかった。 しかしマニアックとはいっても決して彼女が様々な物事に対して病的であったり偏狭であったり攻撃的であったりするというわけではなかった。逆に彼女は基本的には穏やかな性格で、感情的に他人に何かを押しつけたりすることもなかった。ただ単に彼女の肉体がほうき星の如く間断のない激しい運動を希求しているだけだった。 そのせいかどうかはわからないけれど、彼女は独身だった。もちろん(というのは多少大作りではあるにせよまずまずの美人だったから)何度か恋愛もしたし、結婚を申しこまれたこともあったし、彼女自身もその気になったこともあった。しかし結婚という段になると、そこに必ず何かしら思いも寄らない障害が生じて、その話は立ち消えになってしまうのが常だった。「運が悪いのよ」と妻は言った。「そうだね」と僕も同意した。 しかし僕は全面的に妻の意見に同意したわけではなかった。たしかに人生のある種の部分は運というものに支配されているかもしれない。しかしそれはまだらになった影のように我々の人生の地表を暗く染めているかもしれない。しかしそれでももしそこに意思おいうものが存在するなら(そしてそれが20キロを走り、3キロを泳ぐことのできるほどの強固な意志であるならば)大抵のトラブルは便宜的な梯子のようなものを使って解決することができるはずだと僕は思った。 彼女が結婚できないのはそうすることを彼女が心からは望んではいないからであろうと僕は想像した。要するに結婚というものが彼女のエネルギーのほうき星の範囲内に、少なくとも全的には含まれていないのだ。 そんなわけで彼女はエレクトーンの教師をつづけ、暇さえあればスポーツに励み、定期的に不運な恋愛をした。 大学二年生のときに両親が離婚して以来、彼女はアパートを借りてずっと一人暮しをつづけていた。「母が父親を捨てたのよ」とある日彼女は僕に教えてくれた。「半ズボンのことが原因でね」「半ズボン?」と僕はびっくりしてききかえした。「変な話なのよ」と彼女は言った。「あまりにも突拍子もない話で、他の人にあまり話したこともないんだけど、あなたは小説書いてるから何かの役に立つんじゃないかしら。聞きたい?」 是非聞かせてほしい、と僕はいった。 トライアスロンさえ出来るくらいタフな(村上さんもトライアスロンに出場しているが)彼女との交流が淡々と語れています。ちなみに、タイトルにもなっているレーダーホーゼンとはドイツ人がよくはいている吊り紐つきの半ズボンのことでした。『回転木馬のデッドヒート』4:「ハンティング・ナイフ」の冒頭p165~168『回転木馬のデッドヒート』3:今は亡き王女のために(つづき)p97~100『回転木馬のデッドヒート』2:今は亡き王女のためにp79~84『回転木馬のデッドヒート』1:はじめにp7~9()
2021.05.06
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本屋の店頭で『たちどまって考える』という新書を手にしたのです。パラパラとめくってみると、ヤマザキマリの最新評論集のような本になっています。これは図書館予約している場合ではないでえ・・・ということで、衝動買いしたわけでおます。【たちどまって考える】ヤマザキマリ著、中央公論新社、2020年刊<「BOOK」データベース>よりパンデミックを前に動きを止めた社会。世界を駆ける漫画家・ヤマザキマリもこれほど長期間家に閉じこもり、自分や社会と向き合ったのは初めてだった。しかしその結果「たちどまることが実は必要だったのかもしれない」という想いにたどり着く。ペストからルネサンスが開花したようにまた何かが生まれる?混沌とした日々を生き抜くのに必要なものとは?自分の頭で考え、自分の足でボーダーを超えて。あなただけの人生を進め!<読む前の大使寸評>ヤマザキマリの最新評論集のような本になっています。これは図書館予約している場合ではないでえ・・・ということで、衝動買いしたわけでおます。rakutenたちどまって考える出だしの松田聖子にはぶりっ子のような振る舞いが、やや鼻についたものであるが・・・彼女が歳を重ねてからは歌の上手さに惚れ直したものです。ヤマザキマリがその松田聖子を語っているので、見てみましょう。p150~153<松田聖子は「アイドル界のカエサル」> パンデミックが起きて以来、自宅にいる時間が増えたおかげで、普段なら特別意識しないようなことまで考えるようになりました。たとえば「アイドル」についてです。 母がヴィオラ奏者ということもあって、私にとって生れたときから音楽は常に身近にあるもので、なくてはならない存在です。現在も連載中の『プリニウス』(新潮社)の共著者であるとり・みきさんとのバンドではボーカルを担当し、ボサノバやジャズなどを歌ったりもしています。 ただし音楽ばかり聴いていると、思考を働かせて「学習する」ことをなおざりにする傾向が強くなりがちです。30年以上前に安部公房が私的していた事実については先ほど触れましたが、人は特に苦境に置かれると、考えることを放棄して、言語化が不要のエンターテインメントという易きに流れる傾向がある。もちろん、エンタメは私たちのメンタリティにとって大事な栄養素ですからそれはとてもいいことなのですが、加減が必要ではないかとも思うわけです。 そこで私のお勧めは、音楽を聴きながらの読書。または普段聴いたこともないようなジャンルの音楽を聴いてみる。適度な癒やしを得ながら、脳への刺激になるような気がします。 なお、この機会にあまり聴いていないジャンルの音楽として私が選んだのが、松田聖子さんの楽曲でした。私は彼女のアイドル全盛期をリアルに体感していた世代ではありますが、今回の自粛期間中に何とはなしにあらためて聴いてみて、彼女の歌唱力にしみじみ感動したのでした。そして、彼女のカリスマ性があれだけのファンをつくり、女性たちに強い影響力を与えた、アイドルという社会的現象が気になり始めたのです。 実は今に至るまで私は、アイドル、というものをもったことがありません。まわりの友だちが騒いでいたような男性の有名人にはまったく興味が湧かず、それは今に至ってもそうです。何がどうしたら、テレビの画面のなかにいる人に対して、心躍らされるような気持ちになれるのかがさっぱりわからない。 人として何か重要な感情が欠落しているのではないかとすら思ったこともあります。こういうことは、パンデミックの自粛期間に考えるにはうってつけでしょう(笑)。 たとえば今のアイドルたちは一様にグループ編成となっていますが、松田さんが連日テレビの歌番組に出演していた昭和のアイドルは、たった一人で人前に立ち、自分の歌唱力だけで歌うことが求められていた時代です。群棲のアイドルと単独のアイドルの精神性の違いや、ファンの思い入れの差異など、気になることはたくさんあります。 単独アイドルである松田聖子さんは、ほかのアイドルと比べてどこか一歩成熟した意識をもっているように思えるのはなぜなのか。動画サイトを何度も見ながらわかってきたのは、彼女はファンの求める“像”に忠実でいながらも、自分がもって生れたルックスの影響力を客観的によくわかっていらっしゃるということ。 往年のヒット曲「小麦色のマーメイド」における「ウィンク、ウィンク、ウィンク」という歌詞のくだりでの小さなウィンクは、あのつぶらでありながらも吸引力のある目でなければ成し遂げられないものです。外国人はよくウィンクをしますが、それとはまったく別物です。 あのウィンクを含む彼女のアイドルとしての表現力、人心に強く訴求する政治力は相当なものです。時に頼りなげだったり、色気があったり、天真爛漫だったり、ころころ変わるあの表情と歌声は松田聖子という人の弁論力です。 歴代、カリスマ性をもち多くの支持者を得ていた歌手たちは、おそらくみなそういった歌唱による弁論力を備えていたといえるかもしれません。自分の歌でローマ帝国を統治しようと考えていた皇帝ネロなんかが見たら、それはもう悔しがったことでしょう。ウン バンドではボーカルを担当しているマリさんならではの、指摘でしたね。『たちどまって考える』5:日本人の教養p146~148『たちどまって考える』4:ニッポンのコロナ感染『たちどまって考える』3:ニッポンの世間体p204~206『たちどまって考える』2:外国語の習得p200~203『たちどまって考える』1:漫画家のくせにp195~197()
2021.05.06
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図書館で『絵本作家ターシャ・テューダー』という絵本を手にしたのです。彼女の絵本を見るのは初めてであるが、いきものや自然にそそぐ眼差しがええわけです。とにかく農場を持っているわけで・・・農本主義の絵本作家とでも言いましょうか。【絵本作家ターシャ・テューダー】ターシャ・テューダー, 内藤里永子著、KADOKAWA、2014年刊<「BOOK」データベース>よりターシャの絵本世界に旅をしましょう!世界初の本です。初期から中期へ、後期へ、“たぐい稀なターシャ”が現れてきます。ターシャ・テューダー絵本・挿絵作品年譜付き。<読む前の大使寸評>彼女の絵本を見るのは初めてであるが、いきものや自然にそそぐ眼差しがええわけです。とにかく農場を持っているわけで・・・農本主義の絵本作家とでも言いましょうか。rakuten絵本作家ターシャ・テューダー『ターシャの農場の12ヶ月』で農場の月歴を、見てみましょう。p66~69『ターシャの農場の12ヶ月』 この絵本の縁飾りは花型です。季節がその中に美しく美しく描かれています。 これはターシャ・テューダー家の農場の月歴です。 冬には大地は雪の下です。雪がまだらに残る3月に、メープルシロップ作り、月が変わり、春の土おこし、がちょうやあひるに雛が生まれ、鶏小屋にたくさんの雛が育ち、こひつじが若草の上を跳ね、め牛の乳をしぼり、蜂蜜を採り、初夏に干草を刈り、秋に果実を野菜を収穫し、ジャム、ピクルスを作り貯蔵する。村祭りがあり、落ち葉を集め、ハロウィーン、感謝祭、クリスマス。 農場の12ヶ月はどの月も、その美しさを見せて移り変わっていきます。どの月も、どの月も、農作業のよい匂いが空気に満ちています。 『ターシャの農場の12ヶ月』は、ことばを最小限に抑えて、絵が語ります。個人の身に、たとえ何が起こったとしても、大自然は美しい。息を呑むほど美しいのです。農作業のかぐわしい匂いが空気に満ちています。ここに、こうして日々暮らしていくことに、すべてがあります。 『ターシャの農場の12ヶ月』のページを繰ると、目を洗われたように、新鮮に、生きるというしみじみした意味が、入ってきます。 けれど、これは悲しみと痛みの日々に生れ出た絵本です。家庭がきしきしきしんで壊れつつあるのを感じながら、執筆し、描いた絵本なのです。 ウーム ターシャにも悲しみと痛みの日々があったのか。ところで、この本も絵本あれこれR8に収めておくものとします。『絵本作家ターシャ・テューダー』2:マザーグース『絵本作家ターシャ・テューダー』1:『がちょうのアレキサンダー』()
2021.05.03
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図書館で『絵本作家ターシャ・テューダー』という絵本を手にしたのです。彼女の絵本を見るのは初めてであるが、いきものや自然にそそぐ眼差しがええわけです。とにかく農場を持っているわけで・・・農本主義の絵本作家とでも言いましょうか。【絵本作家ターシャ・テューダー】ターシャ・テューダー, 内藤里永子著、KADOKAWA、2014年刊<「BOOK」データベース>よりターシャの絵本世界に旅をしましょう!世界初の本です。初期から中期へ、後期へ、“たぐい稀なターシャ”が現れてきます。ターシャ・テューダー絵本・挿絵作品年譜付き。<読む前の大使寸評>彼女の絵本を見るのは初めてであるが、いきものや自然にそそぐ眼差しがええわけです。とにかく農場を持っているわけで・・・農本主義の絵本作家とでも言いましょうか。rakuten絵本作家ターシャ・テューダーコルデコット優秀賞受賞の『ターシャ・テューダーのマザーグース』、見てみましょう。p48~49『ターシャ・テューダーのマザーグース』マザーグース 長男セス・テューダーは、日本語版の「あとがき」で、こんな風に語っています。「『マザーグース』の生き生きした繊細緻密な挿絵を描いたときのターシャは、まだ20代後半の若い母親だった。結婚して5年、夫トマスとターシャは2歳と4歳のふたりの子どもを抱え、・・・・・・この魅力溢れる、楽しい傑作を生み出したのである」 先にわたしは、「ターシャ・テューダーに絵本の師はいません」と書きました。絵本の手ほどきこそ、受けたことはありませんが、ターシャの母親は肖像画家でした。ターシャの母親のイーゼルの下で育ったのです。大切にしていた母親言葉があります。「実物をデッサンすること。素早さこそ、挑戦よ」。 ターシャは、10歳からスケッチブックを手放さなかったと言います。動物や子どもの動作を、素早く、素早く、何冊もスケッチしています。それから次の訓練も積みました。「本物そっくりに、本物を想像力で変えること」。ですから、ターシャは技量の面で用意ができていました。 ターシャは、初めに遊び唱をもってきました。子どもたちの群像を描きます。表情も動作もさまざまな子どもたち。 くるくる ばらの花わ、 ポケットいっぱい、花びらつめて、 ハックション、ハックション ああ、みんな、たおれた。 生活の光景を描きました。羊飼い、乳搾りの娘、糸車繰り、バター作り、チーズ作り、干し草刈り、パン焼き、パイ売りとさまざまです。『絵本作家ターシャ・テューダー』1:『がちょうのアレキサンダー』()
2021.05.02
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図書館で『絵本作家ターシャ・テューダー』という絵本を手にしたのです。彼女の絵本を見るのは初めてであるが、いきものや自然にそそぐ眼差しがええわけです。とにかく農場を持っているわけで・・・農本主義の絵本作家とでも言いましょうか。【絵本作家ターシャ・テューダー】ターシャ・テューダー, 内藤里永子著、KADOKAWA、2014年刊<「BOOK」データベース>よりターシャの絵本世界に旅をしましょう!世界初の本です。初期から中期へ、後期へ、“たぐい稀なターシャ”が現れてきます。ターシャ・テューダー絵本・挿絵作品年譜付き。<読む前の大使寸評>彼女の絵本を見るのは初めてであるが、いきものや自然にそそぐ眼差しがええわけです。とにかく農場を持っているわけで・・・農本主義の絵本作家とでも言いましょうか。rakuten絵本作家ターシャ・テューダーキャラコブック2作目の『がちょうのアレキサンダー』を、見てみましょう。p14~15『がちょうのアレキサンダー』 がちょうが主人公です。 この、どうしようもない食いしん坊のオスのがちょう(名はアレキサンダー)は、人の目を盗んでは、畑に入り込んで、食べてはいけない花や、若い野菜の芽を食べるのです。当時ターシャの農園に、元気いっぱいの、我がもの顔で生きるオスのがちょうがいました。 同種の群れの中で、個性がひときわ強く、羽も毛もいちだんと艶やかな、いのち輝く生きものが、ターシャの絵本の主人公として、そののちも登場します。お花畑荒らし、野菜畑荒らしのアレキサンダーは、死に方も変わっていたとか。桶の水に跳び込んで自殺したんだって、水鳥のがちょうの身で! 破壊的なことをしでかしても、人間家族に愛される、こぶたや、こひつじや、め牛や、からすや、カナリアたちは農場に居なくてはならないものたちです。畑を荒らす動物たちもいのちを輝かせ、生き生き暮らしているからこそ、農場です。 この、人間たちと生きものたちと「いっしょ」の感覚。これを仮にtogethernessと、わたしは名付けてみました。この日常のすがたをして現れる「いっしょ」の感覚こそ、ターシャの初期絵本の基調です。 題材の「がちょう」について、ターシャが語っていることがあります。「わたしは納屋や家で仕事をしているときに、自分が人生でおかしたすべての失敗を思い出すことがあります。そんなときはすばやく頭から追い払って、スイレンの花を思います。スイレンの花はいやな想い出を消し去ってくれます。がちょうの雛の目が、とても可愛いのをご存じ? 観察したことは? この世でいちばん可愛いものです。あ、こやぎと、コーギは、また別だけど」 ターシャには、がちょうが格別な存在だったのです。ウン このふてぶてしいアレキサンダーが、ええでぇ♪()
2021.05.02
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図書館で『洋書ラビリンスへようこそ』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、見事なまでに知らない本ばかりであるが・・・欧米では知られた本のようで、興味深いのでおます。【洋書ラビリンスへようこそ】宮脇孝雄著、アルク、2020年刊<「BOOK」データベース>より日々、好奇心の赴くままに膨大な洋書を読んできた翻訳家の乱読・多読な読書案内。読むほどに洋書や翻訳書やいろいろな本が読みたくなってくるエッセイ集。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、見事なまでに知らない本ばかりであるが・・・欧米では知られた本のようで、興味深いのでおます。rakuten洋書ラビリンスへようこそ翻訳を考察する『翻訳のスキャンダル』という本を、見てみましょう。p212~文化、社会制度など多面的な視点から「翻訳」を考察する 翻訳をテーマにした書物は、日本でもたくさん出ている。一番多いのは、翻訳の作法や実践法を語るハウツーもので、英語関係の出版社からよく出ている。 それ以外には、翻訳に関するエッセイがあり、昔の翻訳者はグレープフルーツなど食べたことがなかったので「ザボン」と訳した、などというエピソードが書かれていたりする。 中には、翻訳とは何か、というテーマに挑んだ本格的な「翻訳論」もあるが、フランス現代哲学の用語を使って書かれていたりするので、読み通すのはなかなか大変である。 それでも翻訳論は商売柄、興味のある分野なので、読みやすくてためになりそうなものはないかと探していたら、ローレンス・ヴェヌティ(Lawrence Venuti)という人のThe Scandals of Translationがアンテナに引っかかってきた。題名を訳せば『翻訳のスキャンダル』。何やら不穏なタイトルではないか。興味津々で、さっそく読んでみた。 気軽なエッセイではないので、難しい用語も使われている。制度とか、実存とか、脱中心化とか、われわれ翻訳者が日常的に翻訳を語る際には絶対に出てこないような言葉も登場する。「同一性の倫理(an ethics of sameness)」「差異性の倫理(an ethics of difference)」というキーワードもある。ごく簡単にいえば、good morning は朝の挨拶である、と考え、同一の意味をもつ日本語「おはよう」に置き換える立場を「同一性の倫理」と呼び、言葉や文化の差異をはっきりさせるために「いい朝だ」と置き換える立場を「差異性の倫理」と呼ぶらしい。われわれが「意訳」「直訳」というものに近い。 ちゃんと読みこなせたかどうか自信はないが、文化間の力関係や社会制度の面から翻訳を捉えたThe Formation of Cultural Identities(文化アイデンティティーの形成)という章が面白かったので、ちょっとご紹介しよう。この章は、アメリカで翻訳出版された日本の小説を例にとって話を進めている。 英語に翻訳された日本の現代小説で、かつて一番有名だったのは、川端康成の『雪国』である。相前後して、谷崎潤一郎や三島由紀夫の作品も翻訳された。ただし、その翻訳者は、ほぼ全員が、太平洋戦争を契機に日本語を習得した大学の先生であった。その先生がたには戦前の日本文化に対するノスタルジーがあり、そうしたインテリ層の好みに合わないもの、アメリカナイズされた日本を描いた作品や、花鳥風月とは縁がなさそうな滑稽な日本人が登場するユーモア小説などは、アメリカにおける「日本小説翻訳体制」の中心になることはなかったし、たとえ訳されても周辺部に追いやられていた。 日本がアメリカの従順なパートナーであった時代を通して、その体制は守られてきた。吉本ばななの『キッチン』はどう英訳されたのか? ところが、1990年代に入って、日米関係は新しい段階に入った。ある年代以上の人はアメリカの国会議員が東芝のラジカセを叩き壊すニュース映像を憶えていると思うが、日本はアメリカの従順なパートナーではなく、経済的な敵国になったのである。その頃から、「日本小説翻訳体制」にもひびが入って、これまで訳されなかった小説が新しい翻訳者によって紹介されるようになった。 たとえば、1991年にはアルフレッド・バーンバウム翻訳編集による日本の現代作家短編集『猿脳寿司』()が出て、山田詠美や小林恭二や高橋源一郎や島田雅彦や村上春樹など、11人の作家が紹介された。 そういう事情を踏まえた上で、最後に、吉本ばななの『キッチン』の英訳の話になるが、実はそこが一番面白い。『キッチン』は、偉い先生のお墨付きがあって訳されたわけではなく、まずイタリア語版も出そう、という軽いノリで翻訳が始まったらしい。これも旧体制の崩壊を意味する出来事で、ヴェヌティさんはそのことを評価し、『キッチン』を批判する学者に反論している。(中略) この部分は、既成の英訳では、次のように訳されている。Steeped in a sadness so great Icould barely cry, shuffling softly in gentle grouwsines, Ipulled my futon into the deathly silent, gleaming kitchen, Wrapped in a blanket, like Linus, Islept. ヴェヌティさんは、吉本ばななは、英訳する価値がないといったミヨシ教授に対し、作品の文学的評価は保留した上で、今、本になっているこの英訳なら充分に読む価値があるではないか、と反論している。 ちなみに、吉本ばななの原文は、「涙があんまり出ない飽和した悲しみにともなう、やわらかな眠けをそっとひきずっていって、しんと光る台所にふとんをひいた。ライナスのように毛布にくるまって眠る」 というものである。私から見ると、ミヨシ教授の英訳は、ため息が出るほど見事なもので、「同一性の倫理」にかなっていると思うが、実はヴェヌティさんは、「差異性の倫理」を大事にしよう、という考え方の人で、「ふとん」をそのままfutonと訳したりするのを評価している。『洋書ラビリンスへようこそ』3:『19世紀英国小説の入門書』『洋書ラビリンスへようこそ』2:『ニッポン大誤解』『洋書ラビリンスへようこそ』1:ロアルド・ダール()
2021.05.01
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図書館で予約していた『マナーはいらない』という本を待つこと3ヵ月でゲットしたのです。Web連載「小説を書くためのプチアドバイス」の単行本化とのこと・・・ええでぇ♪【マナーはいらない】三浦しをん著、集英社、2020年刊<「BOOK」データベース>より長編・短編を問わず、小説を「書く人」「書きたい人」へ。人称、構成、推敲など基本のキから、タイトルのつけ方や取材方法まで、本書タイトルにあやかって「コース仕立て」でお届けする大充実の全二十四皿。あの作品の誕生秘話や、手書き構想メモを初公開。もちろん(某きらめく一族への)爆笑激愛こぼれ話も満載で、全・三浦しをんファン必読の書…!金言ばかりのWeb連載「小説を書くためのプチアドバイス」を完全書籍化。<読む前の大使寸評>Web連載「小説を書くためのプチアドバイス」の単行本化とのこと・・・ええでぇ♪<図書館予約:(1/9予約、4/10受取)>rakutenマナーはいらない11皿目で「セリフ」について、見てみましょう。p88~91<セリフについて(前編)> これまで、「推敲」「枚数感覚」「構成」「人称」「1行アキ」「比喩表現」「時制・時間感覚」について考えてきましたが、ほかに小説を書くうえで大事なことってあるか?・・・・・・たくさんある気もするけれど、なにしろ私自身が、理詰めでものを考えようとするとすぐに、「んぎゃー、無理!」ってなる派なので、もう思いつかないです。 たとえば、「セリフ」や「描写」は大事なポイントですが、登場人物の性格や作品の色合いによって決まってくる面が多いでしょうから、「こうするのがいい」と一概には言えません。なによりも、作者個々人の感性や好みやリズムによるところ大ですものね。「こうしてみたら」と言われても、なかなか反映や修正がむずかしい部分だということは、経験からもわかります。 セリフや描写に関しては、自分で自分の弱点に気づき、なんとかクリアすべく工夫を重ねるしかないと思うのですが、あくまでも「私の場合は」ということで、書いてみます。もし、少しでもご参考になることがあれば幸いです。 小説を書きはじめたころ、「どうも私が書く登場人物のセリフは、ぎごちないというか芝居がかっているな」と感じていました。創作物なのですから、「現実ではこんなこと言わんだろ」というセリフがあったって、もちろんいいのです。むしろそういうセリフがあってこそ、物語が盛りあがり、読者として胸キュンすることが多々あるのではないのか、諸君!と、なぜか演説調になるのであるが、しかし私が書くセリフはそんなレベルじゃなく、とにかくぎごちないことはなはだしい(気がした)。こりゃいかんな。なんとかせねば。 そこで私が実践したのは、「電車内で他人の会話に聞き耳を」です。それまでも、電車内で乗客の会話を聞くともなしに聞いているのが大好きだったのですが、よりいっそう本腰を入れて、耳をそばだてました。タヌキのキン〇マぐらい広がった私の耳が邪魔で、満員電車がよりいっそう窮屈なものになってしまったことをお詫びします。 その結果わかったのは、 一、いわゆる「男言葉」「女言葉」は、現代の口語表現ではあまり使われていない。 二、現実の会話は、けっこうあちこちに話題が飛んだり、肝心なところまで行き着かな いうちになんとなく終わってしまったりと、決して理路整然とはしていない。 ということでした。 以降、セリフの語尾に気をつけて書くようになりました。女性の登場人物だからといって、語尾に「わよ」「よね」を多用したり、男性の登場人物だからといって、語尾に「だぜ」「さ」を多用したりするのは、古くさく感じられるうえに、ぎごちなさを醸しだす要因にもなるので、なるべく避けたほうが無難です。 また、「現実の会話は、決して理路整然とはしていない」を、小説にどう反映するかですが、これはなかなか塩梅がむずかしいです。現実に倣いすぎて、ダラダラと無駄なセリフの応酬をつづけすぎてしまうと、「話がちっとも進まねえな」と読者をいらいらさせる危険性がある。かといって、セリフのみに頼ってぱっぱと話を進めると、「全部をセリフで説明すんのやめろ」と、これまた読者がいらいらしてしまう。「無駄なセリフの応酬がありつつも、実は会話を通して、もしくは会話をするあいだも、的確にストーリーが進んでいる」というのが、ベストな塩梅でしょう。 『マナーはいらない』3:1行アキの作法p55~58『マナーはいらない』2:短篇の構成についてp22~24『マナーはいらない』1:枚数感覚についてp18~21()
2021.04.29
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図書館で予約していた『マナーはいらない』という本を待つこと3ヵ月でゲットしたのです。Web連載「小説を書くためのプチアドバイス」の単行本化とのこと・・・ええでぇ♪【マナーはいらない】三浦しをん著、集英社、2020年刊<「BOOK」データベース>より長編・短編を問わず、小説を「書く人」「書きたい人」へ。人称、構成、推敲など基本のキから、タイトルのつけ方や取材方法まで、本書タイトルにあやかって「コース仕立て」でお届けする大充実の全二十四皿。あの作品の誕生秘話や、手書き構想メモを初公開。もちろん(某きらめく一族への)爆笑激愛こぼれ話も満載で、全・三浦しをんファン必読の書…!金言ばかりのWeb連載「小説を書くためのプチアドバイス」を完全書籍化。<読む前の大使寸評>Web連載「小説を書くためのプチアドバイス」の単行本化とのこと・・・ええでぇ♪<図書館予約:(1/9予約、4/10受取)>rakutenマナーはいらない7皿目で1行アキの作法について、見てみましょう。p55~58<1行アキについて(前編)> は~、もうアドバイスできることなんてないよ! そもそも私、あんまり論理的に考えず、自分の書きたいように小説を書いちゃてるしなあ。にもかかわらず、「小説を書く際に気をつけるべき点」をアドバイスなんて、おこがましいにもほどがあるぜ。 早くもネタ切れの危機に瀕しているコース料理(?)ですが、担当編集さんから、「『1行アキの入れかた』で、気をつけてるところはありますか?」と、質問をいただきました。 それ、重要! 私も投稿作を拝読していて、ちょっと気になっていたので、7皿目では「1行アキ」について書いてみることにします。 近年、コバルト短篇小説新人賞の最終候補作で散見されるのが、「なんか1行アキの位置とかお作法とかが変かも?」という作品です。みなさん、自作の小説のどんな局面で、1行アキを入れていらっしゃいますか? 小説(ひいては創作物全般)には、いろんな「お約束」があります。ストーリー展開のパターンや、登場人物の性格づけのセオリーは、作劇上のお約束だと言えるでしょう。具体例を挙げると、ドラえもんはさまざまな秘密道具をポケットから出してくるけど、ネズミが極端に苦手ですよね。こういったお約束が有効に働くと、物語がより効果的に転がっていきます。 しかしお約束は「ストーリー展開」や「登場人物の性格づけ」だけではなく、「小説の表記」に関しても、ある程度存在しているものなのです。たとえば、「この一文に、余韻や含みを持たせたい」というときは、「そうだったのか・・・・・・。」 と表記しますよね。「そうだったのか・・・。」 と表記しても、表現したいことはなんとなく伝わってきます。でも、「中黒(・)を三つ重ねる」のではなく、「三点リーダー(…)を二つ重ねる」のが、小説における表記の一般的なお約束です。 しかし、これはまあ些細なことだ。もちろん、一般的な表記のお約束に則って書いたほうがいいとは思いますが、いざとなったらゲラ(校正刷り)で直せますから、大丈夫です。 お使いのパソコンで、どう打ったら「・・・・・・」を出せるのかわからない、というかたは、「・・・」としとけばよろしいかと思います。「あまり小説を書き慣れていないんだな」という印象を選考するひとに与えてしまうかもしれませんが、それが原因で新人賞に落ちるということはありえません。 ただ、「・・・・・・」よりもっと重要な、表記のお約束があります。それが1行アキです。この1行アキを、自在かつ効果的に使いこなせるかどうかで、小説の出来にも影響が出てくるからです。 近ごろの投稿作で散見されるのは、1行アキの乱用です。これはたぶん、インターネット上で文章を読み書きする機会が増えたことが関係しているのだろうと思います。 たしかにネット上では、あんまりダラダラと文章がつづいていると非常に読みにくい。そのため、1行アキを多く入れる傾向があります。でも、基本的に紙で読むことを想定した小説の場合は、1行アキを入れるのは必要最小限に抑えたほうがいいでしょう。そうすることによって、1行アキの効果が増すからです。 では、1行アキはどういうときに入れるものなのか。私が思うに、 一、語り手(視点)が変わるとき。 二、場面転換するとき(ある程度、時間の飛躍があるときなど)。 です。ウーム ネット上の読み書きと、原稿用紙上の読み書きは違うので……三浦さんが1行アキの乱用を指摘するんだろうね。 それから、大使の場合三点リーダー(…)を一つで打っていたけど、二つ重ねで打つべきかな。『マナーはいらない』2:短篇の構成についてp22~24『マナーはいらない』1:枚数感覚についてp18~21()
2021.04.27
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図書館で『デザイン偉人伝』という本を手にしたのです。日本絵画のフラット性をデザインという物差しで語っているところが・・・ええでぇ♪【デザイン偉人伝】松田行正著、左右社、2020年刊<「BOOK」データベース>より俵屋宗達はトリミングの達人、モネはオールオーバーの先駆者だった!…「デザイン」という言葉が生まれるずっと以前から偉業は成されていた!偉人たちの手法や着想のヒントを時代背景とともに解き明かす。目からウロコのデザイン史!<読む前の大使寸評>日本絵画のフラット性をデザインという物差しで語っているところが・・・ええでぇ♪rakutenデザイン偉人伝ポスターの流行が語られているので、見てみましょう。p100~10419世紀パリのポスター流行の背景 19世紀後半、シェレはポスターというメディアを創始したが、ポスターが注目を浴びるようになったのにも当然背景がある。 まず、紙の大量生産が可能となったこと。それまであった事前検閲制度が撤廃されたこと。印刷技術が発達したこと、加えて、パリのあるセーヌ県知事、オスマン男爵による大改造によってパリが味気なくなったための彩りをポスターが担ったこと。新聞などのメディアの発達などが挙げられる。シェレのポスター それまでのパリは路地が入り込み、汚物やゴミなどをそのまま道路に投げ捨てていたため不衛生極まりなかった。そうした都市の汚物はセーヌ川を汚染した。飲み水をセーヌ川から得ていたため、疫病もあとを絶たなかった。 また、道路が入り組んでいたため、暴動が起きたときも簡単に鎮圧ができず、ゲリラ活動にうってつけだった。暴動はフランス革命以来、パリの名物でもあった。 皇帝になったナポレオン三世は、オスマン男爵に、パリの衛生状態改善とともに、軍隊をすぐ派遣できる広くてまっすぐな道路づくりを命じた。 そして、凱旋門を中心に放射状に広い道路が延び、円形の道路が放射状の各道路を結ぶ、現在のパリ市街ができあがった。 画一的な形に生まれ変わったパリは、オノレ・ド・バルザックやヴィクトル・ユーゴーらが描いた往年の風情を失った。規則性が都市をつまらなくしたのだ。かつての入り組んだ街路では、暴動によるバリケードばかりではなく、大道芸、演芸小屋、劇場などが並び、「街路は娯楽に捧げられていた」。 その風情を幾分か取り戻した気分にさせてくれたのがシェレが描いたポスターだった。踊り子たちが乱舞する姿態は、かつてのパリの猥雑さを彷彿させてくれた。 また、1851年にロンドンで世界初の万国博覧会が開催され、フランスを含めてヨーロッパ各国は、工業化をめざした。それにともなってメディアも発達する。新聞、雑誌、キオスク、展示会、音楽会、サーカス・見世物などの興行も発展した。新聞は広告収入も得るようになり、広告の重要性が高まるとともに、イラストレーターなどのクリエーターの需要も増えた。情報化社会のはじまりである。そのなかでポスターは媒体の最前線に位置づけられた。 ■シェレのポスター革命 シェレは、1858年に、オペレッタの創始者、ジャック・オッフェンバックの依頼で公演ポスターの制作を引き受ける。オッフェンバックのオペレッタは当時最先端だった。 このときにつくったのポスターが世界初の多色リトグラフのポスターとなった。一応タイトル文字は絵柄の一部として使っているような感じだが、あまり評判を呼ばなかった。 おそらく、テーマに沿っているとはいえ色使いが、濃い緑とくすんだオレンジで地味だったのと、全体にイラストがゴチャゴチャしてポイントが明快ではなかったことが理由として挙げられる。 その後、シェレはパトロンを得て、自らのリトグラフ工房をつくり、ポスター制作に仕事の中心を置いた。(中略) 以後シェレは、十数年で1000点くらいのポスターを制作したというから驚く。シェレなしではパリを語れない時代だった。 そして、シェレの活躍は、ポスターを蒐集するギャラリーや富裕層を生むなど、ポスター表現をアートにした。戦間期、ベル・エポック時代を迎え、ポスター・アートが、蔓延する享楽に火を注いだ。『デザイン偉人伝』2『デザイン偉人伝』1()
2021.04.27
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図書館で『デザイン偉人伝』という本を手にしたのです。日本絵画のフラット性をデザインという物差しで語っているところが・・・ええでぇ♪【デザイン偉人伝】松田行正著、左右社、2020年刊<「BOOK」データベース>より俵屋宗達はトリミングの達人、モネはオールオーバーの先駆者だった!…「デザイン」という言葉が生まれるずっと以前から偉業は成されていた!偉人たちの手法や着想のヒントを時代背景とともに解き明かす。目からウロコのデザイン史!<読む前の大使寸評>日本絵画のフラット性をデザインという物差しで語っているところが・・・ええでぇ♪rakutenデザイン偉人伝シェレのポスター革新的だったジュール・シェレが語られているので、見てみましょう。p92~97文字を絵として扱ったシェレ 文字を絵のように扱っているといえば、真っ先に浮かぶのは書道である。書道は、紀元前の中国にまで遡る。日本は9世紀ごろの平安時代から、中国では時代ごと、あるいは統治者が替わるたびに公用書体も切り替わった。したがって書道で書かれる書体は時代を投影したものだった。 ところが日本で「かな」が発明され、書道に活かされるようになると、書体の枠を超えて自由に羽ばたくことができるようになった。 中国・日本以外だと書道ではなく、カリグラフィと呼ばれる。 ここで採り上げるジュール・シェレは、書道・カリグラフィでもなく、文字を絵の一部、絵に文字を組み込んで一体化させた最初の人である。いまでは、とりたてていうほどのこともない普通の表現だが、それが当たり前でなかった時代のシェレの試みはきわめて革新的だった。■装飾文字の発達 文字を飾って絵のように扱った現存する最古の本は、スコットランドの福音書の写本『ケルズの書』(8~9世紀)。キリストのモノグラムを渦巻き模様などで飾っている。ケルト神秘思想から生れた表現だ。ケルズの書神や聖なる存在は人のかたちではなく、彩色、光、装飾といった「イリュミネーション」という言葉で総合されるような形象で顕現する(清水徹『書物について』) そして、その後の写本では文頭の一文字を絵のように飾ることが当たり前となった。 12世紀ごろ登場したブラックレター体は、垂直線を基本として細い線などで飾りつけた書体。全体に太い垂直線が目立ち、黒々としているところから「ブラックレター」体と呼ばれるようになった。そして、天に伸びたゴシック建築のイメージもある装飾文字となった。 当時使っていた紙は羊皮紙で、ヤギや羊の皮からつくったので当然高くつく。前出の『ケルズの書』一冊では、約190頭の子羊を屠ってつくったとされている。 そこで、高価な羊皮紙を節約してページを圧縮するために、文字幅を削ったブラックレター体が生れた。傾けた太いペンで一気に書け、装飾部分もペンを傾けたままで表現できるので、写本時間も節約できた。黒々としているため、各文字の判別を容易にするために飾りがついたのだろう。いずれにせよ、読む以前にみて楽しむ書体として開発された。 ブラックレター体は、その美しさから一種荘厳な感じがしてドイツを中心に人気があったが、独特な飾りが読みづらく、18世紀には廃れる。 20世紀はじめに、タイポグラファー、ルドルフ・コッホがブラックレター体をリ・デザインして、モダンな味付けをした。過去の栄光を利用して勢力拡大を図ることを基本方針としていたヒトラーは、コッホによってモダンに生まれ変わったブラックレター体を公用書体とし、告知・命令文などで使った。ユダヤ人迫害文も主にブラックレター体が使われ、書体の印象は悪くなった。■書体に注目する ヨーロッパで書体への関心が高まったのは、もうすでに触れたが、グーテンベルグによって印刷がはじまってから、手書きでなく金属活字をつくらなければならないので、どんな書体にするかが重要案件となった。 グーテンベルグは写本時代の主流だったブラックレター体にこだわっていたが、ルネサンス真っ盛りのイタリアでは、ブラックレター体は醜いと、通称ユマニスト書体を開発した。 書体が主張した最初の例といえば、18世紀後半のボドニ体、ディド体だろう。ボドニ体、ディド体は、イギリスで産業革命がはじまったころ、イタリアとフランスで開発された。いわば、「工業化」というイメージに沿った書体。それまで書体にあった余計なニュアンスを極力はぶいて、縦線は太く、横線は細くとメリハリを利かせた書体だ。 このメリハリのおかげで書体に緊張感が生まれ、ボドニ体が並んでいるだけで空白が保たれると評判になった。そこから、ボドニ体、ディド体は、近代化された書体という意味でモダン・ローマン体と呼ばれた。 19世紀はじめには、ボドニ体のようなセリフ体の縦横の太さを同じにした通称スラブ・セリフ体、スラブ・セリフ体から張り出し部分(セリフ)をとったサン・セリフ体(日本ではゴシック体と呼ぶ)が登場、インパクトのある書体という考え方が定着する。『デザイン偉人伝』1()
2021.04.26
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図書館で『デザイン偉人伝』という本を手にしたのです。日本絵画のフラット性をデザインという物差しで語っているところが・・・ええでぇ♪【デザイン偉人伝】松田行正著、左右社、2020年刊<「BOOK」データベース>より俵屋宗達はトリミングの達人、モネはオールオーバーの先駆者だった!…「デザイン」という言葉が生まれるずっと以前から偉業は成されていた!偉人たちの手法や着想のヒントを時代背景とともに解き明かす。目からウロコのデザイン史!<読む前の大使寸評>日本絵画のフラット性をデザインという物差しで語っているところが・・・ええでぇ♪rakutenデザイン偉人伝等伯の松林図屏風アヴァンギャルドな等伯を見てみましょう。p32~34フラットカラーで余白に意味をみつけた等伯■等伯とフラットカラー 長谷川等伯は安土桃山時代の代表的な画家。ほかに狩野永徳、海北友松らがいる。かれらは、金箔地を使った「フラットカラー」を推し進めたことで知られている。このあたりはおいおい説明する。いいかえれば、フラットカラーは、当時の先進的な、いわばアヴァンギャルドな表現だったのだ。 したがって、この三人のどの人物を取り上げても問題はないが、本章では、そのなかの等伯に光を当てる。等伯は水墨画でもすばらしい作品を残していたからだ。 フラットカラー(平塗り)とは、壁や紙面の全部、あるいは、大きな面積を一色で塗りつぶすこと、印刷用語では「ベタ塗り」という。 フラットカラーは、20世紀以降、グラフィック・デザインはもちろん、アート・建築・プロダクトなどあらゆるジャンルにおいて、これなしではデザインが成立しないほどお馴染みの表現となった。 日本では、安土桃山時代以降の日本画、浮世絵、そして20世紀のマンガ、アニメと、連綿と二次元表現を追及してきた。「余白」や「シンプル」という発想もこの二次元表現からの派生概念で、フラットカラーがそれらを促した。 それでは、なぜ日本人は二次元表現を好んだのか。そのあたりからはじめてみよう。大きな要因はいくつかあるが、そのひとつは「かな」の発明だったといえる。■「かな」による自由なデザイン 日本語を表記するためには漢字だけではもどかしかった。そのため、漢字の音だけを使って表記する万葉仮名もつくってみた。しかし、意味のある漢字と音だけの漢字の混在はやはりもどかしい。和歌を表現するのにいまひとつ伝わらないような気がした。いや漢字だけの連なりはそのように感じさせた。 その穴を埋めたのが、宮中の女性たちがつくった「かな」である。彼女たちは漢字を使うことを許されていなかったので、彼女たちだけに通じる仲間内の符合を、漢字をもとにつくった。「かな」は、当時の権力側である男性たちの目の届かないところで自由な発想でつくられたのだった。 そんな、小さい世界からはじまった、漢字のニュアンスを秘めた「かな」を、紀貫之などの男性陣も、和歌を書くのに便利だ、女性を口説くのにちょうどいい、などと使いはじめ、より洗練され、とうとう日本を代表する文字のヒーローにまでのし上がった。 漢字だけの堅苦しい世界にアニマ(生命)を与えたのだった。「かな」のその自由な線の動きが、漢字と漢字をつなぐ役目を超えて、重要なヴィジュアル要素の一部となって全体に躍動感をもたらした。 そして、漢字とかなで書かれた和歌は、「料紙」と呼ばれた、模様紙などを貼り合わせて風景のイメージを表現した紙に記された。料紙は「かな」が映えることをめざしてつくられたのだった。 背景のなかで自由に躍る、シンプルな線による「かな」の視覚効果は絶大で、背景と文字という二次元性が浮かび上がった。加えて、「かな」のシンプルな線が、平面性に基いた形への執着をもたらした。「輪郭」の魅力に気づいたのだった。家紋文化はこの輪郭の延長にあり、のちの浮世絵の輪郭中心の表現につながっていく。ウーム シンプルな線による「かな」の視覚効果ってか・・・このヴィジュアルな発想には驚いたのでおます。
2021.04.26
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図書館で予約していた『内なる町から来た話』という本を待つこと5ヵ月半でゲットしたのです。めくってみると予想以上に文章が多く、大人向きの絵本になっています。マルチタレントのショーン・タンは元々、絵本作家であり・・・大使はそのイラストが大好きでおます♪【内なる町から来た話】ショーン・タン著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より“人間を訴えたクマ”“カエルを救う秘書”“空の魚を釣り上げた兄弟”25話のセンス・オブ・ワンダー!世界三大児童書賞のひとつ、ケイト・グリーナウェイ賞2020年受賞作!<読む前の大使寸評>めくってみると予想以上に文章が多く、大人向きの絵本になっています。マルチタレントのショーン・タンは元々、絵本作家であり・・・大使はそのイラストが大好きでおます♪<図書館予約:(11/3予約、副本3、予約35)>rakuten内なる町から来た話クマの集団訴訟を、見てみましょう。p175~176<クマが弁護士をつけた。> じつにシンプル、かつ恐ろしい。 長い長い年月の末、誰も思い出せないし思い出す気もしないほど長い年月の末に、クマたちは法定代理人を通じて、はじめて声をあげた。クマ語を習得した黒い法衣の男女が、依頼人が銃で撃たれることなく市中を歩くことを許可した分厚い証書を高々とかかげ、そして彼らはあるいた。 銃を持った警官や動物管理局の職員の前を過ぎ、呆気にとられるドライバーや通行人や勤め人や買い物客の前を過ぎ、裁判所の大きな建物の中にまっすぐ入っていった。 そして私たちは知った。人類が訴えられたのだということを。かつてないほど大規模な集団訴訟だった。クマ科対ホモ・サピエンス。 だが驚くのはまだ早かった。 私たちは知った。人間の法律だけが地球上の法体系ではなかったということを。唖然とする法廷を前に、クマ側の弁護士たちは説明した。 この世には種の数だけ法律があり、その下ではすべての動物は法的主体である。そしてそれら法体系が一つのヒエラルキーを形成している。そのヒエラルキーにおいて、人間法はさほど上位ではなく(どうやらセイウチ法の下あたりらしかった)、たいていの場合、クマ法のほうが優先される。私たちがそのことをまったく知らなかったことじたい、クマ側の主張の正しさを裏付けているように思われた。 驚いたかって? たしかに。だが不安はなかった。こんなことで怖じ気づく人類ではない。私たちはおよそ金で買える最高の弁護士チームを雇い、ただちに猛反撃を開始した。クマ法などというものは認めない! そんな馬鹿げたものが存在するはずがない! 悔しかったら現物を見せてみろ! するとクマ側は見せた。 たしかにそれは存在した。私たちが今まで目もくれなかったような場所に、まごうかたなくはっきりと。ニジマスの尾びれに。樹皮の裏に。川床の泥の層のあいだに。ガやチョウの鱗粉に。大陸を一周する、筆記体のように曲がりくねった海岸線に。コケに、砂に、朝露に、ベリー菓の種子の配列に、花粉に、バクテリアに、あらゆるものに。石を薄くスライスして正しい角度で光を当てれば、それはそこに、文字通り“石に刻まれ”ていた。 それは恥じ入るほどに美しく、疑う余地がなく、そして恐ろしかった。そのすべてだった。これまでずっと都会のオフィスで仕事をしてきて、人間界のファイルキャビネットと図書館の中身しか知らなかった弁護士チームにとっては、なおのことそうだった。私たちは知った。それらはしょせん人間の書いたものにすぎなかったのだと。世界全体から見れば、じつにちっぽけなものだったと。 だが驚くのはまだ早かった。 クマ側の弁護士たちは、私たちの要請に応じて人間の言葉に翻訳した訴状を提出した。書類の束が入った巨大な箱、その箱がぎっしり詰まったコンテナ、そのコンテナを荷台に満載したトラック、そのトラックが列をなして、地平線のかなたまで連なっていた。都市の交通をマヒさせて、トラックは一台また一台と最高級の法律事務所の車寄せにバックで入っていき、蛍光灯という蛍光灯、マホガニーの合板という合板をびりびりと震わせた。 その眺めだけでも気持ちがくじけるというのに、訴状の中身は、さわりを読んだだけで暗澹たる気分になるものだった。それは何万年にもわたって人類が積み重ねてきた罪状の数々だった。ウーム この本は絵本のような体裁をしているが、その内容は高学年の子供あるいは大人向けになっているようですね。この絵本も絵本あれこれR7に収めておくものとします。『内なる町から来た話』1()
2021.04.26
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図書館で予約していた『内なる町から来た話』という本を待つこと5ヵ月半でゲットしたのです。めくってみると予想以上に文章が多く、大人向きの絵本になっています。マルチタレントのショーン・タンは元々、絵本作家であり・・・大使はそのイラストが大好きでおます♪【内なる町から来た話】ショーン・タン著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より“人間を訴えたクマ”“カエルを救う秘書”“空の魚を釣り上げた兄弟”25話のセンス・オブ・ワンダー!世界三大児童書賞のひとつ、ケイト・グリーナウェイ賞2020年受賞作!<読む前の大使寸評>めくってみると予想以上に文章が多く、大人向きの絵本になっています。マルチタレントのショーン・タンは元々、絵本作家であり・・・大使はそのイラストが大好きでおます♪<図書館予約:(11/3予約、副本3、予約35)>rakuten内なる町から来た話文章のページの冒頭を、見てみましょう。p11~13 ワニが87階に住んでいる。しかも、すこぶる快適に。 きれいな水と泥と葦がたっぷりとあり、気温も湿度も適度に保たれ、新鮮な肉が週に二度運びこまれる。 壁は継ぎ目のない長い1枚ガラスで、太陽は東の端から西の端まで一日かけてゆるゆると渡っていく。 下界の全爬虫類がうらあやむ、ぜいたくな日光浴だ。もちろん金融街を一望できる眺めは絶品だ。見えない場所にある通風孔からは、自然界の有線BGMさながら沼地の環境音がエンドレスに流される。要するに、ワニたちは時の止まった楽園を生きている。 はるか下界で熱波のような都会の喧騒にまみれている哀れな僕らをよそに、ここでは昨日と変わらぬ今日が繰り返され、名前も番号もない月が来ては去り、年は音もなく蒸発してゆく。 みんな疑問に思うだろう。ワニたちはここがどこだか理解しているんだろうか。そもそも他の階にひしめくおおぜいの勤め人たちは、エレベーターのボタンの横に書かれたという表示を何だと思っているんだろう。これが文字通りの意味だと、一度も想像してみたことはないんだろうか? それとも実体のないただのイメージだとでも思っているんだろうか・・・ファッションブランド、保険会社、広告代理店、はたまたIT企業の名前? 自分たちとは取り引きもアポイントもない、したがって何の興味もない、この街にはゴマンとある会社の一つだとでも? 待合室というのは得てして人から想像力を奪う場所だけれど、エレベーターは、この世でいちばん狭い待合室にほかならない。 いちど下の階の勤め人たちが天井からの水漏れに気づいたことがあったが、それも修繕されて何十年か経つ。上の階の勤め人たちは、自分のエナメルの靴の真下で太古の大トカゲどもがのたくっているなどとは想像だにしていない。 そんな彼らも気づいていることが一つある・・・デスクでうとうとするときまって、暗いジャングルを裸で逃げまどい、言葉にならないサルの悲鳴をあげている夢を見る。そして目が覚めると生まれ変わったように体じゅうに力がみなぎり、頭もすっきり冴えわたっているのだ。 88階のオフィスが昼寝用のハンモックを導入したところ業績がめざましくアップした、というのは今もこの街の語り草だ。彼らはそれを“ひらめき”と呼ぶが、裸のサルの知恵などしょせんその程度のもの。ワニの叡智の足元にも及ばない。(中略) 裸のサルのやることなど、しょせんその程度のもの。ワニたちのひんやり涼しい脳内では、この街はただの待合室にすぎない。ある一時期ひょっこり出現した、彼らにとっては取り引きもアポイントもなく、したがって何の興味もない、この世でもっとも巨大な待合室に。この絵本も絵本あれこれR7に収めておくものとします。この本の姉妹編ともいえる『遠い町から来た話』を紹介します。遠い町から来た話3()
2021.04.25
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図書館で『洋書ラビリンスへようこそ』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、見事なまでに知らない本ばかりであるが・・・欧米では知られた本のようで、興味深いのでおます。【洋書ラビリンスへようこそ】宮脇孝雄著、アルク、2020年刊<「BOOK」データベース>より日々、好奇心の赴くままに膨大な洋書を読んできた翻訳家の乱読・多読な読書案内。読むほどに洋書や翻訳書やいろいろな本が読みたくなってくるエッセイ集。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、見事なまでに知らない本ばかりであるが・・・欧米では知られた本のようで、興味深いのでおます。rakuten洋書ラビリンスへようこそロアルド・ダール大使の好きなロアルド・ダールが述べられているので、見てみましょう。p64~67短篇の名人ロアルド・ダールの童話は大人をも魅了する 1990年に亡くなったロアルド・ダール(Roald Dahl)は、世界中に読者をもつしあわせな作家だった。初期の頃は「短篇の名人」といわれ、『あなたに似た人』という短篇集(原題はSomeone Like You、ペンギン・ブックスに入っていて、翻訳はハヤカワ文庫から出ている)などは、半世紀ほど前から小説好きの必読書になっている。 やはりすでに亡くなった日本の作家、森揺子さんも、デビューしたときに「ロアルド・ダールのような短篇を書きたい」といったはずである。松本清張もダールの短篇を下敷きにした作品を書いている。 「南から来た男」や「味」といった代表作(どちらも『あなたに似た人』に収録)は、ギャンブル愛好家、ワイン収集家などを扱って、いかのも洒落た大人の小説だったが、どういうわけか、1960年代以降のダールは、童話作家に転身してしまった。 もしかしたら、今の読者の中には、ロアルド・ダールのことを児童文学者だと思っている人がいるかもしれない(映画や舞台になった『チャーリーとチョコレート工場』が有名ですね)。 ここで思い出話をすれば、数十年前、列車でイギリスを旅行したとき、スコットランドに近い田舎の駅で、乗り換え列車の到着を2時間ほど待たされたことがある。あちらの国鉄(今は民営化)は、時刻表通りに来ないのが普通なのである。 待合室には、幼い女の子を連れた若い母親と、スコットランド訛りの老夫婦がいた。この老夫婦のじいさんのほうは、まだ昼下がりだというのに早くも酔っ払っていて、いろいろこちらに話しかけてきたのだが(「なに? 日本から来た? ちょっと待て。前に日本の首都の名前を聞いたことがある。ええと、あれは、たしか、そうじゃ、ヨコハマだろう!」)、親子連れのほうはベンチで本を読んでいた。 人がそばで本を読んでいると、何だか気になるもので、じいさんの相手をしながらちらちら見ているうちに、表紙が目に入って、ロアルド・ダールの童話だとわかった。そのお母さんも、初めのうちは子供に読んで聞かせていたのだが、やがて自分が話に引き込まれたらしく、そばに娘がいるのも忘れて、熱心に黙読を始めた。当然、子供のほうは、窓の外を見ながら、つまらなそうな顔をしていた。 ダールの童話には大人を夢中にさせる魅力があるらしい、と気がついたのはそのときである。奇妙な言語障害をもつ牧師が田舎町に着任して・・・ ダールの童話は、日本でもあらかた翻訳されているが、現地では亡くなったあとも遺作が何冊か出版されている。今回紹介する、『ニブルズウィックの牧師さん』(The Vicar of Nibbleswicke)もその1冊で、短いながらもなかなか楽しめる作品だ。 ひと言でいえば、これは言語障害の若い牧師のお話である。主人公のリー牧師は、子供の頃、言語障害に苦しみ、どうにか克服したはずだったが、新任の牧師としてニブルズウィックという田舎町に着任したとたん、またその障害に苦しみ始める。 ただし、彼の症状は特殊なもので、ときどき単語が逆さまになって口から出てくるのだ。たとえば、こんな具合である。‘My dear Miss Twerp!' cried the Reverend Lee.‘I am your new rotsap! My name is Eel,Rovert Eel' A small black and white dog appeared between Miss Prewt's legs and began to growl. The Reverend Lee bent down and smiled at the dog.‘Good god' he said ‘Good little god'「どうも、トゥワープさん!」と、リー牧師はいった。「新任の牧者です。イールと申します。ロバート・イールです」 そのとき、白と黒のぶち犬がミス・プリュートの足もとに現れ、低くうなり始めた。リー牧師はしゃがみ込んで犬に笑いかけた。「いい神ですね」と、彼はいった。「かわいい神さまだ」 要するに、Prewtという名前はTwerpになり、pastor(牧者)はrotsap(「馬鹿げたウィスキー」と解釈できなくもない)になって、vicar(牧師)はracivになるのである。犬と神がさかさまになるのも困ったものだが、自分の名前Leeは、何と、Eel(うなぎ)になってしまう。玄関にやってきた人が、「わたしはウナギです」と自己紹介すれば、誰だって驚くだろう。 奇妙な言語障害をもつ牧師がやってきて、田舎町に愉快な騒動が起こる、というのは、童話の筋としてやや異色だが、言語障害というテーマをダールが選んだのには理由がある。もともと、この作品は、ロンドンの言語障害治療センターの依頼を受け、晩年のダールが無償で書いた童話だったのだ。最初はその言語障害治療センターのパンフレットでしか読めなかったものが、こうして普通の本のかたちで改めて出版されたのである。()
2021.04.25
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図書館で予約していた『マナーはいらない』という本を待つこと3ヵ月でゲットしたのです。Web連載「小説を書くためのプチアドバイス」の単行本化とのこと・・・ええでぇ♪【マナーはいらない】三浦しをん著、集英社、2020年刊<「BOOK」データベース>より長編・短編を問わず、小説を「書く人」「書きたい人」へ。人称、構成、推敲など基本のキから、タイトルのつけ方や取材方法まで、本書タイトルにあやかって「コース仕立て」でお届けする大充実の全二十四皿。あの作品の誕生秘話や、手書き構想メモを初公開。もちろん(某きらめく一族への)爆笑激愛こぼれ話も満載で、全・三浦しをんファン必読の書…!金言ばかりのWeb連載「小説を書くためのプチアドバイス」を完全書籍化。<読む前の大使寸評>Web連載「小説を書くためのプチアドバイス」の単行本化とのこと・・・ええでぇ♪<図書館予約:(1/9予約、4/10受取)>rakutenマナーはいらない3皿目の「短篇の構成について」を、見てみましょう。なかなか本格的な講座になっているのが、ええでぇ♪p22~24<短篇の構成について(前編)> 「小説の書きかたを考えてみよう」というコース料理(?)も、三冊目。推敲の大切さが骨の髄まで染みこみ、枚数感覚を養うトレーニングも怠りないぜ、となったところで、今回のお皿は「構成について」です。 もちろん、各人が自由に、やりやすい方法で構成を立てていいですし、あえて構成を立てないという選択をしてもいいと思います。ただ、まだあまり小説を書き慣れていない場合は、構成を立ててから取り組んだほうが、筆が進むのではないかなという気がします。 そこで、「三十枚の短編」の構成の立てかたを例に、考えてみます。小説に関して、「こうすればうまくいく」という絶対の公式はないので、以下をご参考に、ご自身でカスタマイズしてみてくださいね。 推測なのですが、「こういう話を書きたい」と思いつくとき、「こういう話」として思い浮かんでいるものの内実は、おおまかに言って二種類にわけられる気がします。 一、登場人物の会話、置かれたシチュエーションなどが思い浮かんでいる。 二、登場人物に関しては曖昧で、むしろ「ある感情」だったり、作品の雰囲気や主題のようなものだったりが思い浮かんでいる。 私は圧倒的に「二」のパターンばかりで、登場人物がどんなひとか、どういう会話を交わすのかは、当初はほぼ思い浮かんでいません。しかし、小説を書いているひとに話を聞くと、「一」のパターンのかたも相当数いるようです。「話が思い浮かんだ時点」ですら、ひとによって傾向がさまざまなのですから、一口に「構成を立てる」と言っても、なかなかむずかしいですよね・・・。 短篇の場合、キレ味や読後の余韻が重要になってきますから、あまり微に入り細を穿った構成は立てなくてもいいでしょう。まず、話の「肝」となる部分を頭のなかで定めます。肝とは、ストーリーが大きく展開する部分、あるいは登場人物の感情が一番高まる部分です。 「登場人物の会話」がまっさきに思い浮かぶひとの場合(以下、「『一』のパターン」とします)、その会話が肝になるかもしれません。「ある感情や雰囲気や主題のようなもの」がまっさきに思い浮かぶひとの場合(以下、「『二』のパターン」とします)、「ある感情」がいよいよ発生するシーンや主題が立ちあらわれるシーンが肝になるケースが多いでしょう。 「一」のパターンの場合、問題となるのは、思い浮かんだ会話が、短篇の冒頭のワンシーンだった、というケースです。冒頭に肝が来る小説も皆無ではないですが、常道はやはり、肝が中盤以降に来る構成でしょう。となると、冒頭の会話しか思い浮かんでいない場合、そこからまったく話を進められないことになってしまいます。 では、どうするか。登場人物の性格や、どんな立場でどういう暮らしをしているのかを、具体的に想像します。名前ももちろんつけます。「どんなひとなのか」をつかむのです。そのうえで、冒頭の会話をしているひとたちの身に、なにか決定的な破滅(あるいは修復)が起こるとしたら、どんなエピソードがふさわしいか、を考えます。そのエピソードを、中盤以降の肝として設定するのです。『マナーはいらない』1:枚数感覚についてp18~21
2021.04.25
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三宮の古書店の店頭で『Bernard et Bianca au Pays des kangourous』という絵本を、手にしたのです。おお フランス語版のディズニー絵本が200円で売られているが・・・持ってけ泥棒価格が嬉しいのです。【Bernard et Bianca au pays des kangourous】Les classiques Disney編、France loisirs社、1999年刊<商品の説明>よりAmmareal est une librairie professionnelle specialisee dans le livre d?occasion. Nous expedions partout dans le monde. Nous avons plus de 250 000 ouvrages en stock dont un grand nombre de livres techniques et academiques. Nous reversons jusqu?a 15% du prix de vente de chaque livre a des organisations caritatives, des bibliotheques et des associations luttant contre l?illettrisme. Ce que nous ne vendons pas nous le donnons, ce que nous ne donnons pas nous le recyclons.<読む前の大使寸評>おお フランス語版のディズニー絵本が200円で売られているが・・・持ってけ泥棒価格が嬉しいのです。abebooksBernard et Bianca au Pays des kangourousこの絵本の最終ページを、見てみましょう。p96 ≪Miss Bianca..., chuchote Bernard, vourez-vous m'epouser? -Oh! cher Bernard,j'avais tellement peur que vous ne me le demandiez jamas≫, repond-elle, au comble du bonheur. Et Bernard offle enfin le precieux bijoux a sa ravissante fiancee...持ってけ泥棒価格の絵本 1
2021.04.23
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図書館で予約していた『マナーはいらない』という本を待つこと3ヵ月でゲットしたのです。Web連載「小説を書くためのプチアドバイス」の単行本化とのこと・・・ええでぇ♪【マナーはいらない】三浦しをん著、集英社、2020年刊<「BOOK」データベース>より長編・短編を問わず、小説を「書く人」「書きたい人」へ。人称、構成、推敲など基本のキから、タイトルのつけ方や取材方法まで、本書タイトルにあやかって「コース仕立て」でお届けする大充実の全二十四皿。あの作品の誕生秘話や、手書き構想メモを初公開。もちろん(某きらめく一族への)爆笑激愛こぼれ話も満載で、全・三浦しをんファン必読の書…!金言ばかりのWeb連載「小説を書くためのプチアドバイス」を完全書籍化。<読む前の大使寸評>Web連載「小説を書くためのプチアドバイス」の単行本化とのこと・・・ええでぇ♪<図書館予約:(1/9予約、4/10受取)>rakutenマナーはいらないニ皿目の「枚数感覚について」を、見てみましょう。p18~21<枚数感覚について> 「小説なんて書いてられっか!」ってぐらい暑い日がつづいていますが、みなさまお元気でしょうか。夏ノ暑サニモ負ケズ、1日ニ五枚ノ原稿ヲ書ク、サウイフモノニワタシハナリタイ。ぐすんぐすん。 ところで、問題は「五枚」です。この「五枚」とは、A5用紙にびっしり五枚でも、ティッシュペーパーに五枚でもなく、原稿用紙に五枚です。 「そんなことはわかっとるわい!」とおっしゃるでしょうけれど、待たれぃ。話を聞いてくだされ。 実際に原稿用紙に手書きしているかたは、現在では少数派だと思います。私もこの原稿をパソコンで書いています。しかし日本語の原稿では、いまでも分量の基準が「原稿用紙」なのです。もっと言うと、20字×20行=400字詰めの原稿用紙です。 出版社から小説やエッセイの原稿を依頼される場合、「75枚でお願いします」 「10枚でお願いします」などと言われます。これらはティッシュペーパーではなく、「400字詰めの原稿用紙で換算して、75枚(あるいは10枚)」という意味です。 例外として、雑誌のレイアウトがかっちり決まっている場合や、新聞からの依頼は、たとえば「13字×52行でお願いします」と、字数×行数を細かく指定されます。広告関係の依頼の場合は、「1600字でお願いします」とざっくりした文字数を提示されることもあります。 しかし原則は、あくまでも原稿用紙換算です。小説家としてデビューしたら、主に出版社と仕事をするはずなので、「原稿用紙1枚ぶん」がどれぐらいの分量なのか、身体感覚としてつかんでおかなければなりません。そうじゃないと、依頼された枚数でどれぐらいの内容が書けるものなのか、まったく見当もつかないまま執筆に取りかからねばならない、ということになってしまうからです。 この問題は、小説の構成をどうたてたらいいのか、ということとも深くかかわっています。たとえば、コバルト短篇小説新人賞の規定は、「原稿用紙25~30枚」です。しかし応募原稿を拝読していると、「内容に枚数が合ってないな」と感じる作品にしばしば遭遇します。30枚に話が入りきらず、駆け足になったり尻切れトンボになったり、逆に、枚数がまだあるのに、エピソードをふくらましきれず終わっていたり。 こういうケースは、一言で言えば「構成の失敗」なのですが、その背景には、「原稿用紙1枚の分量、そして原稿用紙30枚の分量を、身体感覚としてつかめていない」という問題があるのでは、と推測されます。 みなさんはパソコンで文章を書くとき、字数はどういうふうに設定しておられますか? また、行数がちゃんと表示される設定にしておられますか? 手の内を明かしますと、私は「1行20字」設定で書いています。行数も表示し、常に自分が、いまどのぐらい書いているかを意識しています。ちなみにここまでで、原稿用紙3枚とちょっとです。 枚数の感覚がまだつかめていないな、というかたは、「1行20字」あるいは「1行40字」設定にし、「いま原稿用紙換算でどれぐらい書いたところなのか」を、パッと暗算しやすいようにしたほうがいいと思います。そうすれば、「これぐらい書いて、5枚なのか。そのわりに話が全然進んでないぞ」「もう25枚目に差しかかってるのだから、そろそろ話を収束させる方向に持っていかないと」といった具合に、書く際の目安になります。 これを繰り返しているうちに、「30枚の短篇だから、こういう展開にしよう」と、書くまえに構成を立てる力がついてきます。つまり、枚数に見合った話を思いつきやすくなるのです。 いま何枚目を書いているのか把握できない状況で執筆するのは、地図も道しるべも通行人もない場所で迷子になってるのと同じです。自分がどれだけ歩いてきたのか、あと何キロ歩けば目的地にたどりつけるのか、まずはその点を身体的に把握するのが肝心です。 自宅から最寄り駅まで、何分かければ到着するか、みなさんは経験則としてわかっておられるでしょう。それと同様に、「原稿用紙30枚」なら30枚の分量を把握すべく、字数×行数を意識しながら、経験を積まなければなりません。(中略) この感覚を養わないかぎり、「せっかく構成を立てたのに、思いどおりに枚数に収まらなかった」という悲劇が起こりつづけます。場数を踏めば感覚は身につくので、枚数を意識しながら書くよう、心がけてみてください。ここで、三浦しをん著『舟を編む』を見てみましょう。「枚数感覚」は当然としてバッチリでしょうね。【舟を編む】三浦しをん著、光文社、2011年刊<「BOOK」データベース>より玄武書房に勤める馬締光也。営業部では変人として持て余されていたが、人とは違う視点で言葉を捉える馬締は、辞書編集部に迎えられる。新しい辞書『大渡海』を編む仲間として。定年間近のベテラン編集者、日本語研究に人生を捧げる老学者、徐々に辞書に愛情を持ち始めるチャラ男、そして出会った運命の女性。個性的な面々の中で、馬締は辞書の世界に没頭する。言葉という絆を得て、彼らの人生が優しく編み上げられていくー。しかし、問題が山積みの辞書編集部。果たして『大渡海』は完成するのかー。<読む前の大使寸評>映画化された作品でもあるが、まだ読んでなかったのです。遅ればせではあるが、読んでみようと思ったのです。rakuten舟を編む『舟を編む』3:『大渡海』の完成祝いパーティp256~259『舟を編む』2:荒木が大手出版社に入社したあたりp6~7『舟を編む』1:冒頭の語り口p3~4()
2021.04.22
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図書館で『仕事にしばられない生き方』という新書を手にしたのです。日々「仕事にしばられない生き方」で暮らしている大使にとって必要性は薄いが、ヤマザキマリが説く骨太な生き方には惹かれるのでおます。【仕事にしばられない生き方】ヤマザキマリ著、小学館、2018年刊<「BOOK」データベース>よりチリ紙交換のバイトに始まり、絵描き、大学教師、テレビリポーター、普通の勤め人等々、経験した職業は数知れず。働き方を考え続けてきた漫画家が体験を元に語る、仕事やお金との向きあい方。好きな仕事ならばどこまでもがんばるべきなのか。金にならない職業をいつまで続けるか、などについて考察。さらに、契約を軽視する日本の慣行についても言及。「働くこと」を考えるヒントが満載の体験的人生論!<読む前の大使寸評>日々「仕事にしばられない生き方」で暮らしている大使にとって必要性は薄いが、ヤマザキマリが説く骨太な生き方には惹かれるのでおます。rakuten仕事にしばられない生き方マリさんがスティーブ・ジョブズを語っているので、見てみましょう。p146~149■たったひとりでも味方がいてくれたら どん底に落ちた時でも、とりあえず生きてさえいれば、うちの母なら非難したりはしないだろう、そう確信していたことも、大きかったと思います。 母には、私が妊娠したことも、デルスを産んだことも、言いませんでした。余計な心配を増やすという以前に、忙しい母をおもんばかると、とても言い出せなかった。帰国後、「実は、新しい家族が増えました」と言ったら、一瞬ぽかんとしたけど、自分も女手ひとつで娘達を育ててきた人ですから、すぐに「あらそう、よかったじゃない」。そして「〇」とも。 ありがたいことに、ヴァイオリンを教える時も、ちっちゃかったデルスをおんぶしたままやってくれたりして、子育てもうんと手伝ってくれました。責められることもなかったし、なぜそうなったのか、理由を問い質したりもしなかった。それまでのすべてと別れ、帰国した私にとって、それがどんなに心強かったか。 母は母で波瀾万丈の人生を歩いてきたんでしょうね、たぶん。でもそれは母がしゃべりたくなった時に、しゃべってくれたらいいことで、私もあえて聞かないし、聞かなくても、そういう片鱗から「生きているとお互い、いろんなことがあるよね」というのが汲み取れるわけです。(中略) そのせいでしょうか。のちに『スティーブ・ジョブズ伝』を3年かけてコミカライズした時、変人、変人と言われ続けた彼の気持ちがわかるような気がしたんです。 アップルの創業者のひとりであり、iPodやiPhoneなどエポックメイキングなツールを生み出したスティーブ・ジョブズとは、どんな男だったのか。その人物像に迫った評伝は、アメリカで刊行されると、たちまちベストセラーになりました。漫画化しないかという話があった時、実はいったん依頼をお断りしたんです。 理由は、カリスマ的な人物の輝かしいサクセスストーリーには興味がもてなかったし、何より子どもがアップルストアで散財ばかりしていたので、その商売の体制が嫌いだったから。 でもその後、息子デルスの「なんで?しっかり原作を読んだら、絶対に面白いと思うよ」のひと言に背中を押されるようにして、とりあえず原作を読んでみたら、彼の孤独、一切の妥協をしないあり方に惹きつけられたのです。 人からは傲慢な支配者だと非難され、アップル社を追われ、パートナーだったウォズニアックと袂を分かつことになっても、なぜ、自分のやり方を貫くことができたのか。 どこかに帰属しようと思うと、そこのルールに自分を合わせないといけなくなる。でもジョブズは、誰も自分のことを理解してくれなくて、組織を追い出されることになったとしても構わない、いつだって身ひとつの自分に戻るだけだと思っていたんだと思います。 そして、そんなふうに腹をくくることができたのは、ジョブズの養父母が、どんなに変人だろうと「スティーブは特別」と言い続けてくれたからだと思うんです。生まれる前から養子に出されることが決まっていて、実の親に捨てられたと思っていたジョブズにしたら、この人達さえ自分のことをわかっていてくれたらそれでいいと、100万の味方を得た思いだったに違いありません。『仕事にしばられない生き方』1:骨太の貧乏生活
2021.04.20
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図書館で『仕事にしばられない生き方』という新書を手にしたのです。日々「仕事にしばられない生き方」で暮らしている大使にとって必要性は薄いが、ヤマザキマリが説く骨太な生き方には惹かれるのでおます。【仕事にしばられない生き方】ヤマザキマリ著、小学館、2018年刊<「BOOK」データベース>よりチリ紙交換のバイトに始まり、絵描き、大学教師、テレビリポーター、普通の勤め人等々、経験した職業は数知れず。働き方を考え続けてきた漫画家が体験を元に語る、仕事やお金との向きあい方。好きな仕事ならばどこまでもがんばるべきなのか。金にならない職業をいつまで続けるか、などについて考察。さらに、契約を軽視する日本の慣行についても言及。「働くこと」を考えるヒントが満載の体験的人生論!<読む前の大使寸評>日々「仕事にしばられない生き方」で暮らしている大使にとって必要性は薄いが、ヤマザキマリが説く骨太な生き方には惹かれるのでおます。rakuten仕事にしばられない生き方マリさんの骨太の貧乏生活を、見てみましょう。p72~76■やりたい仕事とお金のための仕事と 若くして、家族のもとを離れ、海の向こうで暮らすことになったおかげで、自立心は、早くから鍛えられることになったと思います。お金がないことも、絵の勉強をするために来ているのだと思えば、そこまでつらいとは思いまえんでした。 とはいえ、仕送りの5万円は、家賃を払ってしまうと、いくらも残らない。 絵を描くことでは食べてはいけませんから、どうしても違う仕事をすることになって、だんだん、絵を描く時間さえとれなくなっていったことが、つらかった。 俳優やミュージシャンのっような仕事を目指している人も、そうなりがちだと思うのですが、そうなりがちだと思うのですが、やりたいことでは食べていけないからと別の仕事をするうちに、その仕事にとられる時間にとられる時間の方が長くなっていく。 そうなった時に、自分の気持ちとどう折り合いをつけるのか。 やりたいことで身を立てたいと思ってはいても、それがどうしてもうまくいかなかった時に、この先も続けていくべきか。それとも、どこかで踏ん切りをつけるべきなのか。 私の場合も、そのことが、次第に心に重くのし掛かってくるようになったのです。 結局、フィレンツェには、17歳から29歳まで10年以上、暮らすことになりました。 楽しいこともあったけど、それを思い出せないくらい、大変なことが山ほどあったので、まさかそんなに長くいることになるなんて思ってもみませんでした。 生活していくためには、自分の意にそわない仕事もやらざるをえませんでしたから、そういう時に、どうしのいでいかばいいのか。 フィレンツェ時代の自分なりの仕事とのつきあい方について、少し長くなりますが、振り返ってみたいと思います。 歴史をさかのぼれば、フィレンツェはもともと金融都市として栄えた町です。 日本でもよく名の知られたフェラガモが入っている建物だって、もともとは銀行ですから。ルネッサンスの中心地として文化や芸術が花開いたのも、銀行家、政治家として莫大な財産を築き上げたメディチ家がボッティチェリ、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロほか、名だたる芸術家達のパトロンになったからでした。(中略)■詩人と暮らして そしてフィレンツェは、私にとってジュゼッペと暮らした街です。 同じアパートに住んでいた4歳年上の彼は、ジャン・コクトーそっくりのとても整った顔立ちをしていました。初めて会った時、マヤコフスキーという36歳で自殺した旧ソビエトの詩人の詩集を持っていて「俺も36歳で自殺して死ぬから」とよく言っていました。「ま、死なないだろうな」って、内心、思っていましたけど。 ジュゼッペは詩人であり、プロレタリアートにかぶれたバリバリの左翼でした。金持ちのお坊ちゃんが詩人を志して、左翼思想にかぶれるとどうなるか。 まったく働かなくなる。 たまに皿洗いの仕事を見つけてきたというから、やれやれと思っていると、2日ともたずにやめてしまいました。そりゃあ、そうですよ。「36歳で死ぬ」みたいな世界観の人に肉体労働が長続きするわけがない。 ほとんどひと目惚れみたいに恋に落ちたのは、彼があまりにも、私が頭の中で思い描いていた「詩人」のイメージにピッタリだったからです。そして、自分で望んで来たわけじゃなかったイタリアに滞在し続けられる理由を、あの頃の私が必要としていたからだと思います。好きな人がいれば、簡単に諦めて日本に戻ろうと思わなくなりますから。 彼と一緒に暮らし始めてからは、光熱費も食費も何もかも私持ちでしたから、ますます生活は苦しくなりました。それなのに彼は、欲しい本があると我慢できなかった。腹が立つけど、詩人に向かって「本を買うな」とは言えませんでした。演奏家という商売の人に向かって「楽器を買うな、楽譜を買うな」と言えないのと同じです。 「なんだか、うちの母と似たような人をつかんじゃったな」と思った時には、あとの祭り。うちの母なんて「」って、ジュゼッペのことをずっと毛嫌いしてましたが、どこか自分と似た匂いを感じていたに違いありません。
2021.04.20
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図書館で『トキワ荘と日本マンガの夜明け(芸術新潮2020年11月号)』という雑誌を、手にしたのです。おお トキワ荘と日本マンガってか・・・興味深い特集やでぇ♪【トキワ荘と日本マンガの夜明け(芸術新潮2020年11月号)】雑誌、新潮社、2020年刊<出版社>より 手塚治虫、藤子・F・不二雄、藤子不二雄A、石ノ森章太郎、赤塚不二夫……。日本マンガ界のスターたちが若かりし頃を過ごした伝説のアパートがある。4畳半の部屋が並ぶその「トキワ荘」に彼らが住んでいたのは10年ほどに過ぎないが、残された驚愕のエピソードは数多い。 藤子F、藤子A、石ノ森、赤塚が行方不明になった手塚の連載を代筆したり、赤塚がギャグマンガでブレイクするきっかけとなったピンチヒッター事件があったり――。そんなトキワ荘の青春を、ルポマンガで人気の吉本浩二による描きおろし絵物語でご紹介。 紅一点の水野英子をはじめ、住人だったマンガ家たちのインタビューからも熱気が伝わってくる。さらに、当時発表された貴重作品から39頁分を一挙再録。そして7月に開館した「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」を徹底取材。内装はもちろん、壁の汚れや階段のきしむ音、時代を物語る家具や雑貨など、綿密な調査によるリアルな再現の舞台裏にも迫る。<読む前の大使寸評>おお トキワ荘と日本マンガってか・・・興味深い特集やでぇ♪shinchoshaトキワ荘と日本マンガの夜明け(芸術新潮2020年11月号)p14~21<トキワ荘と日本マンガの夜明け> 手塚治虫、藤子・F・不二雄、藤子不二雄A、石ノ森章太郎、赤塚不二夫…。 彼らが住んでいた伝説のアパートが「トキワ荘」です。 手塚の登場はいわば日本マンガの“ビッグバン”。 衝撃を受けた少年たちはマンガを描き始め、 そんな中から頭角を現してきた若きマンガ家たちが、 ひと部屋4畳半の小さなアパートに集い、 マンガの“宇宙”はぐんぐん膨張していったのです。 マンガに一途な思いを捧げた若者たちの熱きドラマをたどり、 黎明期の日本マンガ表現の“革新”に迫る特集をお届けします。■「トキワ荘」とは? トキワ荘は、2階建ての木造アパートだった。当時の最寄り駅は、西武池袋線で池袋駅からひとつめの「椎名町」。昭和27年(1952)12月に棟上げされた。 ひと部屋は4畳半で、1階と2階それぞれに10部屋ずつあった。風呂はなく、炊事場とトイレは協同。このアパートの2階に、マンガ家たちが続々と入居してくるのだ。<トキワ荘の青春> ■「ジャングル大帝」最終回、藤子A感涙のアシスタント 『新宝島』『ロストワールド』『メトロポリス』・・・。 戦後まもなく刊行された手塚治虫のマンガ単行本は、日本の少年たちに大きな衝撃をあたえた。映画的な動きやスピード感、SF設定などによる長大なストーリー等々、「のらくろ」や「冒険ダン吉」といった従来のマンガとは、まったく違っていたのだ。 そんな手塚マンガがいよいよ雑誌連載へと進出し、大人気となった記念碑的作品が「漫画少年」誌の「手塚治虫」だった。この連載中に、手塚は兵庫県の宝塚から東京へと居を移し、昭和28年(1953)にはトキワ荘に入居する。 その頃、藤子・F・不二雄と藤子不二雄Aは、富山県高岡市で二人三脚でマンガを描いていた。もちろん彼らも手塚治虫に心酔し、その背中を追っていたのだ。 昭和29年2月、藤子Aは、東京を訪れていた。勤めていた地元の新聞社を辞めて、いよいよマンガ一本で勝負すべく、上京の準備を進めていたのだ。下宿予定の親戚の家に挨拶に行き、出版社をまわり、最後にトキワ荘の手塚を訪ねた。しかし、手塚は超多忙。「これからカンヅメにされるから」と、向かいの部屋の寺田ヒロオを紹介してくれた。 寺田は「漫画少年」の投稿者の中では最高峰にランクされる存在だった。藤子Aは、寺田とは初対面ながら、すぐに意気投合した。そして1週間ほども、寺田の4畳半の部屋で寝泊りさせてもらうことになった。 すると、寺田から声がかかった。「ピンチなので、手伝ってほしい」。描いていたのは、なんと「ジャングル大帝」の最終回! レオと探検隊が、吹雪の中でバタバタと倒れていく…。感動的なシーンだ。 手塚は、仕事中は必ずといっていいほど、音楽をかける。この時は、チャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』だった。 壮大なメロディーが部屋中に響きわたる中、藤子Aは、こぼれ落ちる涙をこらえることができなかった。
2021.04.18
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『犬のしっぽを撫でながら』という本を読んでいるのだが…このところ集中的に小川洋子の本を読んだわけで、ミニブームとなっているのです。で、それらの本を並べてみました。・『あとは切手を、一枚貼るだけ』5(2019年刊)・『歓待する文学(NHKテキスト)』5(2019年刊)・小川洋子の陶酔短篇箱(2014年刊)・注文の多い注文書(2013年刊)・ことり(2012年刊)・とにかく散歩いたしましょう(2012年刊)・言葉の誕生を科学する(2011年刊)・妄想気分(2011年刊)・ミーナの行進(2009年刊)・小川洋子対話集(2007年刊)・博士の本棚(2007年刊)・犬のしっぽを撫でながら(2006年刊)・海(2006年刊)・妖精が舞い下りる夜(1993年刊)R8:『言葉の誕生を科学する』『あとは切手を、一枚貼るだけ』を追記『あとは切手を、一枚貼るだけ』2:一通め『あとは切手を、一枚貼るだけ』1:『幸福の王子』『歓待する文学(NHKテキスト)』5:『ことり』『注文の多い注文書』1:『肺に咲く睡蓮』の注文書『注文の多い注文書』2:『肺に咲く睡蓮』の納品書『注文の多い注文書』3:『貧乏な叔母さん』の注文書『注文の多い注文書』4:『貧乏な叔母さん』の納品書『とにかく散歩いたしましょう』『言葉の誕生を科学する』4:時間の発見は、ゼロの発見にも等しい『言葉の誕生を科学する』3:おふたりの対談(続き)『言葉の誕生を科学する』2:おふたりの対談『言葉の誕生を科学する』1:言葉の起源『妄想気分』1:ミーナの行進『妄想気分』2:フランス語への翻訳者との付きあい『妄想気分』3:私の書いた本たち『妄想気分』4:小川さんの読書体験『ミーナの行進』『小川洋子対話集』『博士の本棚』1:『中国行きのスロウ・ボート』を開きたくなる時p273~275『博士の本棚』2:翻訳者は妖精だp94~97『博士の本棚』3:風の歌を聴く公園p150~152『博士の本棚』4:『中国行きのスロウ・ボート』についてp239~241『犬のしっぽを撫でながら』1:アルルの出版社p46~49『犬のしっぽを撫でながら』2:書店の役割p71~73、本を買う贅沢p175~178『海』1:バタフライ和文タイプ事務所***********************************************************************【あとは切手を、一枚貼るだけ】 小川洋子×堀江敏幸著、中央公論新社、2019年刊<「BOOK」データベース>よりかつて愛し合い、今は離ればなれに生きる「私」と「ぼく」。失われた日記、優しいじゃんけん、湖上の会話…そして二人を隔てた、取りかえしのつかない出来事。14通の手紙に編み込まれた哀しい秘密にどこであなたは気づくでしょうか。届くはずのない光を綴る、奇跡のような物語。<読む前の大使寸評>巻末を見ると、文芸誌に2017年7月~18年8月まで連載されたエッセイを単行本として構成したもののようです。いわば出版社の企画の勝利というか、一粒で三度美味しいケースでんがな♪rakutenあとは切手を、一枚貼るだけ***********************************************************************<『歓待する文学(NHKテキスト)』5>図書館で『歓待する文学(NHKテキスト)』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、多和田葉子、小川洋子、カズオ・イシグロ、村上春樹等々・・好きな作家が多く 魅力的なテキストになっています。ところで、帰って調べたら、この本を借りたのは二度目であることが判明しました(またか)。で、この記事は(その5)とします。【歓待する文学(NHKテキスト)】小野正嗣著、NHK出版、2018年刊<商品説明>より文学は私たちの心にどう入り込み、個人の生活や社会に影響を与えるのか。芥川賞作家である著者が欧米、アフリカ、中東、アジアの選りすぐりの作品を紹介。書き手がどのような土地に根ざし、どういう言語で作品を生み出したのか、それが読み手にどう作用するのかを探る。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、多和田葉子、小川洋子、カズオ・イシグロ、村上春樹等々・・好きな作家が多く 魅力的なテキストになっています。rakuten歓待する文学(NHKテキスト)***********************************************************************【小川洋子の陶酔短篇箱】小川洋子編著、河出書房新社、2014年刊<「BOOK」データベース>より魅惑の16本と小川洋子のエッセイが奏でる究極の小説アンソロジー集!【目次】河童玉(川上/弘美)/遊動円木(葛西/善蔵)/外科室(泉/鏡花)/愛撫(梶井/基次郎)/牧神の春(中井/英夫)/逢びき(木山/捷平)/雨の中で最初に濡れる(魚住/陽子)/鯉(井伏/鱒二)/いりみだれた散歩(武田/泰淳)/雀(色川/武大)〔ほか〕<読む前の大使寸評>短篇16本それぞれに、小川洋子の解説と短篇の語り口がセットされるという構成になっています。やや古風な作品が多いが、それが小川洋子の好みなんでしょう。rakuten小川洋子の陶酔短篇箱***********************************************************************【注文の多い注文書】小川洋子×クラフト・エヴェング商会著、新潮社、2013年刊<「BOOK」データベース>より【目次】人体欠視症治療薬/バナナフィッシュの耳石/貧乏な叔母さん/肺に咲く睡蓮/冥途の落丁<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、クラフト・エヴェング商会の通信歴のような構成となっていて、写真の挿入も多く…装丁や編集が素晴らしいでぇ♪rakuten注文の多い注文書***********************************************************************【ことり】小川洋子著、朝日新聞出版、2012年刊<「BOOK」データベース>より世の片隅で小鳥のさえずりにじっと耳を澄ます兄弟の一生。図書館司書との淡い恋、鈴虫を小箱に入れて歩く老人、文鳥の耳飾りの少女との出会い…やさしく切ない、著者の会心作。<読む前の大使寸評>この本を『歓待する文学』というNHKテキストで、小野正嗣さんが高く評価していたので、即、図書館に予約していたものです。<図書館予約:(1/19予約、副本14、予約0)>rakutenことり***********************************************************************【とにかく散歩いたしましょう】小川洋子著、毎日新聞出版、2012年刊<「BOOK」データベース>より締切前の白紙の恐怖。パン屋での五千円札事件。ハダカデバネズミとの心躍る対面。何があっても、愛する本と毎日の散歩ですべてのりきれる…心にじんわりしみるエッセー集。【目次】「る」と「を」/ハンカチは持ったかい/イーヨーのつぼの中/本の模様替え/散歩ばかりしている/ポコポコ頭を叩きたい/盗作を続ける/長編み、中長編み、長々編み/肉布団になる/自分だけの地図を持つ〔ほか〕<読む前の大使寸評>小川洋子の著作といえば『博士の愛した数式』のタイトルを知っているだけで・・・その著作を読むのは初めてなのだが、動物好きのほんわりしたテイストが、いけるかも♪rakutenとにかく散歩いたしましょう***********************************************************************【言葉の誕生を科学する】小川洋子×岡ノ谷一夫著、河出書房新社、2018年刊<商品説明>より言葉は〈求愛の歌〉から生まれた。鳥のさえずり、クジラの鳴き声、ハダカデバネズミの歌……言語以前の“歌”から“言葉”へ、ジャンプした謎に、人気作家と気鋭の科学者が迫る。<読む前の大使寸評>言葉の誕生には鳥のさえずりが関係していたそうで・・・鳥大好きな大使のツボに、ヒットしたのです♪rakuten言葉の誕生を科学する***********************************************************************【妄想気分】小川洋子著、集英社、2011年刊<「BOOK」データベース>より異界はいつでも日常の中にある。目を凝らし耳を澄ますと入口が見えてくる。そこを覗くと物語がはじまる。創作をめぐるエッセイ集。<読む前の大使寸評>内田先生の『呪いの時代』という重厚なタイトルのエッセイ集も借りたので、もう1冊は明るく軽いエッセイ集で中和しようという魂胆があったのでおます。rakuten妄想気分***********************************************************************【ミーナの行進】小川洋子著、中央公論新社、2009年刊<商品の説明>より美しくてか弱くて、本を愛したミーナ。あなたとの思い出は、損なわれることがない――懐かしい時代に育まれた、二人の少女と、家族の物語。 <読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると…土地勘のはたらく芦屋~神戸が舞台で、本を愛するミーナのお話になっています。これは期待できるかも♪データは文庫本だが、借りたのは2006年刊のハードカバーでした。amazonミーナの行進***********************************************************************【小川洋子対話集】小川洋子著、幻冬舎、2007年刊<「BOOK」データベース>より日ごろ孤独に仕事をしている著者が、詩人、翻訳家、ミュージシャン、スポーツ選手と語り合った。キョロキョロして落ち着きがなかった子供時代のこと、想像力をかきたてられる言葉や文体について、愛する阪神タイガースへの熱い想い、名作『博士の愛した数式』秘話など心に残るエピソードが満載。世界の深みと、新たな発見に心震える珠玉の対話集。<読む前の大使寸評>小川洋子対話集ってか…目次を見ると対話者が異色で、期待できそうである♪amazon小川洋子対話集***********************************************************************【博士の本棚】小川洋子著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より本という歓び、本という奇跡。『博士の愛した数式』で第一回本屋大賞を受賞した著者が、大好きな本の数々を紹介しつつ、本とともに送る生活の幸福を伝える極上のエッセイ。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、大使は書名も著者名も知らない洋書の数々、村上春樹の作品などが出てくるではないか…これは期待できるかも♪amazon博士の本棚***********************************************************************【犬のしっぽを撫でながら】小川洋子著、集英社、2006年刊<商品の説明>より『博士が愛した数式』の著者の痛快エッセイ。数の不思議に魅せられた著者の「数にまつわる」書き下ろしエッセイのほか野球の話、本の話、犬の話などを収録。<読む前の大使寸評>個人的な小川洋子ミニブームの一環で借りたわけでおます。rakuten犬のしっぽを撫でながら***********************************************************************【海】小川洋子著、新潮社、2009年刊<「BOOK」データベース>より恋人の家を訪ねた青年が、海からの風が吹いて初めて鳴る“鳴鱗琴”について、一晩彼女の弟と語り合う表題作、言葉を失った少女と孤独なドアマンの交流を綴る「ひよこトラック」、思い出に題名をつけるという老人と観光ガイドの少年の話「ガイド」など、静謐で妖しくちょっと奇妙な七編。「今は失われてしまった何か」をずっと見続ける小川洋子の真髄。著者インタビューを併録。【目次】海/風薫るウィーンの旅六日間/バタフライ和文タイプ事務所/銀色のかぎ針/缶入りドロップ/ひよこトラック/ガイド<読む前の大使寸評>小川洋子の初期の短編集か…期待できそうやでぇ♪なお 借りたのは2006年刊のハードカバーでした。rakuten海***********************************************************************【妖精が舞い下りる夜】小川洋子著 、KADOKAWA、1997年刊<「BOOK」データベース>より人が生まれながらに持つ純粋な哀しみ、生きることそのものの哀しみを心の奥から引き出すことが小説の役割りではないだろうか。書きたいと強く願った少女が成長しやがて母になり、芥川賞を受賞した日々を卒直にひたむきに綴り、作家の原点を明らかにしていく、珠玉の一冊。繊細な強さと静かなる情熱を合わせ持つ著者の、人と作品の全貌がみえてくる唯一のエッセイ集。<読む前の大使寸評>ちょっと古い本であるが小川洋子の原点が載っているかもと、期待するのでおます♪なお 借りたのは、1993年刊のハードカバーでした。amazon妖精が舞い下りる夜
2021.04.04
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図書館で予約していた『神様2011』という本を待つこと5日でゲットしたのです。パラパラとめくってみると「神様」と「神様2011」の二部構成となっています。よく似た内容だが「神様2011」は“あのこと”の後であることが書かれています。【神様2011】川上弘美著、講談社、2011年刊<「BOOK」データベース>よりくまにさそわれて散歩に出る。「あのこと」以来、初めてー。1993年に書かれたデビュー作「神様」が、2011年の福島原発事故を受け、新たに生まれ変わったー。「群像」発表時より注目を集める話題の書。<読む前の大使寸評>パラパラとめくってみると「神様」と「神様2011」の二部構成となっています。よく似た内容だが「神様2011」は“あのこと”の後であることが書かれています。<図書館予約:(3/21予約、副本11、予約1)>rakuten神様2011「神様2011」の「あとがき」を、見てみましょう。p39~42<あとがき> 1993年に、わたしはこの本の中におさめられた最初の短編「神様」を書きました。 熊の神様、というものの出てくる話です。 日本には、古来たくさんの神様がいました。山の神様、海や川の神様、風や雨の神様などの、大きな自然をつかさどる神様たち。 田んぼの神様、住む土地の神様、かまどや厠や井戸の神様などの、人の暮らしのまわりにいる神様たち。祟りをなす神様もいますし、動物の神様もいます。鬼もいれば、ナマハゲもダイダラボッチもキジムナーもいる。 万物に神が宿るという信仰を、必ずしもわたしは心の底から信じているわけではないのですが、節電のため暖房を消して過ごした日々の明け方、窓越しにさす太陽の光があんまり暖かくて、思わず「ああ、これはほんとうに、おてんとさまだ」と、感じ入ったりするほどには、日本古来の感覚はもっているわけです。 震災以来のさまざまな事々を見聞きするにつけ思ったのは、「わたしは何も知らず、また、知ろうとしないで来てしまったのだな」ということでした。以下は、ですから、あれ以来のにわか勉強のすえに知った、いくつかのことです。専門家ではありませんので、もしかするとまちがった比喩、表現などあるやもしれません。その時は、どううぞ教えてください。 さて、ウランです。 東日本大震災によって福島第一原発のメルトダウンが起こる前まで、一号機、二号機で熱を発するべくさかんに核分裂していたのは、ウラン235という放射性同位体だそうです。ウランの放射性同位体は、もともと自然界に存在するものとか。どこかの山の中、どこかの地中、どこかの町の真下などに、天然ウランとして。 ただし、天然ウラン中には三種類のウラン同位体がふくまれている。ウラン234とウラン235とウラン238です。そして、ウラン234及びウラン235よりも、ウラン238の方が、ずっと量が多いのです。(中略) いったいぜんたい、ウランの神様は、こうやってわたしたち人間がウラン235たちを使役することを、どう感じているのだろうか。日々伝えられる、原発の「爆発的事象」や「危機的」ニュースを見聞きするたびに、わたしは思っていました。 235がレアだと言いました。 実は、もっと昔は、45億年くらい前です。地球ができて、すぐの頃です。 でも、235は、238よりも、短命です。238は45億年でようやく半数が死ぬだけなのに、235は、たった7億400万年で、半分が命を散らしてしまう(半減期というやつです)。そしてさらに7億400万年たつと、その半分になる。そうやって、235は、人知れず地中でひっそりとゆっくりと、半減しつづけてきたのです。人間が彼を発見するまでは。『神様2011』1
2021.03.28
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「『Shall weダンス?』アメリカを行く」という本を読んだのだが、面白いアメリカ紀行、フィールドワークであった。寡作の周防監督は、冤罪とか終末医療とかシビアな題材を取り上げるようになったが・・・『Shall weダンス?』以来、娯楽作品が見られないのが惜しまれるのである。・・・ということで、大使が観た周防監督作品や著書を集めてみました。・『カツベン!』2019・『終の信託』2012・『それでもボクはやってない』2007・『インド待ち』2001・『Shall weダンス?』1996・『シコふんじゃった』1991R3:『インド待ち』を追加<『カツベン!』を観た>新聞に映画『カツベン!』の広告が出たので、心騒ぐ大使である。(12月13日より、全国公開中)以下のとおり、個人的予告を作ったのだが・・・これだけ入れ込むと、結局、劇場に足を運んだのです。【カツベン!】周防正行監督、2019年制作、2019・12・18鑑賞<movie.walker解説>より「Shall we ダンス?」の周防正行監督が、無声映画上映時に作品の内容を解説する活動弁士を取り上げた青春喜劇。一流の活動弁士を目指す俊太郎は、隣町のライバル館に客も人材も取られ人使いの荒い館主夫婦ら曲者ばかりが残った映画館・青木館に流れ着く。主人公の俊太郎を「愛がなんだ」の成田凌が演じる。作中には、「椿姫」(1921)を再現した「椿姫」や1932年版を参考に制作した「金色夜叉」などの元のある再現作品や、「南方のロマンス」などといった本作オリジナルの無声映画が登場する。第32回東京国際映画祭特別招待GALAスクリーニング作品。<見る前の大使寸評>個人的予告を作ったのだが・・・これだけ入れ込むと、結局、劇場に足を運んだのです。movie.walkerカツベン!無声映画はまずアメリカで作られたようだが・・・カツベン付き上映は、日本独特の催しだったようですね。弁士、楽団、映写技師のアドリブ上映が素晴らしい♪それから、隣町のライバルと張り合う館主夫妻(竹中直人、渡辺えり)と地域のボス(小日向文世)の演技もええでぇ。ネットで、この映画を探してみました。周防正行監督映画最新作『カツベン!(仮)』キャスト発表!より 周防正行監督最新作の主人公は“活動弁士”!! 今からおよそ100年前、「映画(活動写真)」がまだサイレントでモノクロだった頃。日本では楽士の奏でる音楽とともに独自の“しゃべり”で物語をつくりあげ、観客たちを映画の世界に誘い、そして、熱狂させる【活動弁士】、通称“活弁”(カツベン)が大活躍。他にはない日本独自の文化が花開き、映画を観に行くよりも活動弁士のしゃべりを聞きに行くほど。 本作はそんな時代を舞台に、活動弁士を夢見る青年が、とある小さな町の映画館に流れついたことからすべてが始まる【アクション】×【恋】×【笑い】の要素を織り交ぜたノンストップエンターテインメント!!超満員の映画館、隣町のライバル映画館、再会を果たした初恋相手、大金を狙う泥棒、ニセ活動弁士を追う警察までもを巻き込み、やがて事態は誰もが予想もしなかった展開へ……。周防監督は絵コンテを描かないが、その理由はスタッフの自由度を拘束しないためという。『それでも僕はやっていない』では、冤罪問題の取材に2年以上かけたという。手を抜かない職人のような監督やで♪【終の信託】周防正行 監督、2012年制作、12年10月30日観賞<goo映画解説>より呼吸器内科医の折井綾乃は、同じ職場の医師・高井との不倫に傷つき、沈んだ日々を送っていた。そんな時、重度のぜんそくで入退院を繰り返す江木秦三の優しさに触れて癒やされる。やがて、お互いに思いを寄せるようになる二人だったが、江木の症状は悪化の一途を辿る。死期を悟った彼は、もしもの時は延命治療をせずに楽に死なせて欲しいと綾乃に懇願する。<周防監督インタビュー>より周防監督「折井綾乃は、目の前に座る人を国家権力というよりは1人の人間として、彼が投げかけてくる質問に対して、本当にきちんと向き合って、誠意を持って答えてる。でもその言葉はなかなか届かないんですよね。この映画って、折井綾乃という人が、どうきちんと向き合って生きてきたかっていう映画だと思うんですよ。自分を振り返っても、現代人ってあまりきちんと人と向き合わないでいる気がする。そういう風にしなくても生きていける世の中になってきてしまった。3.11以降、絆とか信頼ってよく言われてますけど、僕はそういうものは、きちんと人や物事を向き合わない限り生まれないものだと思うんですよ。この映画で、折井綾乃は、社会的には敗者のように見えるかもしれないけど、僕は人間としては敗者ではなく、彼女は本当に大事なことを得ることが出来た人だと思ってるんです。だから、この映画で観てほしいことは、人と人とが向き合うこと。誠実に向き合うことの大切さを、どこかで感じてもらえたらいいなって思います」――経験からくる感情と、入念な取材によるリアリティの両方を追求されたんですね。周防監督「それで分かったのは、この映画は1990年代後半が舞台なんです。その必要性というのがあって、医療現場の状況がここ10年でガラっと変わってるんですよ。一例をあげると、お医者さんは自分で自分に処方箋を書けないんですね。睡眠薬がほしいとしたら、違う病院に行ってでも誰かに処方箋を書いてもらわないと手に入らない。主治医1人の判断では何もできないとかも。だから、あの小説を描くにはこの年代を選ばなきゃいけないだっていうのは、取材を通して分かりました」goo映画終の信託「終の信託」を観た byドングリ【それでもボクはやっていない】周防正行監督、2007年制作、2007年観賞<goo映画解説>より大事な就職の面接を控えた日の朝、大勢の通勤客に混じって満員電車から駅のホームへ吐き出されたところを痴漢に間違われ現行犯逮捕されてしまった金子徹平。連行された警察署で容疑を否認すると、そのまま拘留される。その後も一貫して無実を主張するものの、結局は起訴される事に。徹平の無実を信じる母や友人・達雄の依頼でベテランの荒川、新米の須藤の二人の弁護士が徹平の弁護を引き受け、いよいよ裁判が始まる…。<大使寸評>冤罪事件を題材にして映画にした、周防監督の「コロンブスの卵」のような着想と粘り強い制作に拍手です。頻発する冤罪事件の逆転判決にいくらかでも力になったのではないでしょうか。goo映画それでもボクはやっていないそれでもボクはやっていないbyドングリ<『インド待ち』>図書館で『インド待ち』という本を、手にしたのです。おお周防監督のインド旅行記か・・・面白そうである。周防さんの「『Shall weダンス?』アメリカを行く」という本が面白かったので、この本も折り紙つきでんがな♪【インド待ち】周防正行著、集英社、2001年刊<「BOOK」データベース>より周防監督「インドの魂」を探る!歌と踊りとアクションがぎっしりの「マサラムービー」。インド映画の元気の秘密を求めて大娯楽映画のメッカを行く書き下ろし旅の記録。<読む前の大使寸評>周防さんのインドの旅とは如何なるものか、興味深いのです。周防さんの「『Shall weダンス?』アメリカを行く」という本が面白かったので、いわば折り紙つきでんがな♪rakutenインド待ち『インド待ち』2『インド待ち』1【『Shall weダンス?』アメリカを行く】周防正行著、太田出版、1998年刊<「BOOK」データベース>より日本映画界の野茂英雄になる-の決意も固く、映画先進国アメリカに乗り込んだ周防監督。ハリウッド流儀を蹴散らし、契約至上主義ビジネスの罠をかいくぐり、米国アカデミー賞に異議を申し立て、前代見聞、満身創痍の悪戦苦闘の末に勝ち取ったのは、「中年の危機」に悩めるアメリカ人の大喝采と、日本映画初の全米大ヒット。強いアメリカに押されっぱなしの日本人のうっぷんを晴らす、痛快ノンフィクション。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、日米の映画産業事情とか、アメリカ人の人間模様が出ていて面白そうである。amazon『Shall weダンス?』アメリカを行く『Shall weダンス?』アメリカを行く8byドングリ【シコふんじゃった】周防正行監督、1991年制作<movie.walker解説>よりひょんな事から大学の相撲部に入ることになった大学生の奮闘をコミカルに描いた異色相撲コメディ。脚本・監督は「ファンシイダンス」の周防正行。撮影は「風、スローダウン」の栢野直樹がそれぞれ担当。<大使寸評>追って記入movie.walkerシコふんじゃった
2021.03.26
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このところ、多和田葉子の作品を集中的に読んでいるのだが・・・デジタル朝日で『(文化の扉)多和田文学、ふわり越境』という記事を見て、この際、多和田さんのアンソロジーを編んでみました。・星に仄めかされて(2020年)・(文化の扉)多和田文学、ふわり越境(2019年)・文学界(2019年1月号)(2019年)・歓待する文学(2018年刊)・地球にちりばめられて(2018年刊)・言語、非言語、文化、異文化のはざまで言葉を編む(2016年)・献灯使(2014年刊)・雪の練習生(2011年刊)・尼僧とキューピッドの弓(2010年)・ソウル-ベルリン玉突き書簡(2008年刊)・エクソフォニー(2006年刊)・容疑者の夜行列車(2002年刊)R8:「星に仄めかされて」「尼僧とキューピッドの弓」を追加***********************************************************************『星に仄めかされて』3:ハンブルグまで行く連中『星に仄めかされて』2:「だるまさんが転んだ」という遊び『星に仄めかされて』1:「パンスカ」が出てくるあたり『文学界(2019年1月号)』2:古市憲寿とメディアアーチスト・落合陽一との対談『文学界(2019年1月号)』1:台湾人作家・温又柔との対談『地球にちりばめられて』4:「第10章 クヌートは語る3」『地球にちりばめられて』3:「第9章 Hirukoは語る3」『地球にちりばめられて』2:第6章 Hirukoは語る2『地球にちりばめられて』1:独自の言語“パンスカ”『歓待する文学』4:小野正嗣さんのフランス体験『歓待する文学』3:J・M・クッチェーの『マイケル・K』『歓待する文学』2:村上春樹の自伝的エッセイ『歓待する文学』1:雪の練習生『献灯使』4:言語の輸出入『献灯使』3:日本の鎖国『献灯使』2:「ナウマン象」『献灯使』1:『献灯使』の語り口『雪の練習生』『尼僧とキューピッドの弓』1『ソウル-ベルリン玉突き書簡』4:ヨーロッパの景観『ソウル-ベルリン玉突き書簡』3:旅の楽しみ『ソウル-ベルリン玉突き書簡』2:中国人ディアスポラ『ソウル-ベルリン玉突き書簡』1:漢字や東アジア人の名前『エクソフォニー』4:ハンブルグ『エクソフォニー』3:森鴎外とドイツ語『エクソフォニー』2:マルセイユ『エクソフォニー』1:北京『容疑者の夜行列車』2:北京へ『容疑者の夜行列車』1:グラーツへ***********************************************************************【星に仄めかされて】多和田葉子著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より世界文学の旗手が紡ぎだす国境を越えた物語の新展開!失われた国の言葉を探して地球を旅する仲間が出会ったものはー?<読む前の大使寸評>多和田葉子さんと言えば・・・ドイツに在住の作家で、なんといっても「パンスカ」という言葉を造語した言語感覚が素晴らしいのです。つまり汎スカンディナビア語を「パンスカ」としたのです♪<図書館予約:(1/05予約、副本5、予約20)>rakuten星に仄めかされて***********************************************************************<(文化の扉)多和田文学、ふわり越境>デジタル朝日が「日独2言語で/言葉遊びとユーモアと」と説いているので、紹介します。この記事を紙媒体でスクラップしたのだが、電子媒体でも保存するところが、いかにも老人であるなあ。(この記事を6/24デジタル朝日から転記しました)ドイツ在住の作家、多和田葉子が世界的に注目を集めている。日本、ドイツ、米国で権威ある文学賞を受けてきた。作風は前衛的で国境や言語にとらわれないコスモポリタン。と同時に、日本語の魅力を追究した日本文学である。 多和田葉子は大学卒業後、22歳でハンブルクに移住した。現在はベルリンに暮らす。日本語とドイツ語の両方で、小説や詩を発表してきた。日本では芥川賞、谷崎潤一郎賞、野間文芸賞といった純文学の大きな賞を次々に受賞。ドイツではクライスト賞を受け、独特の文体が評価された。いま、世界で活躍する日本人作家のひとりだ。 昨秋には英語版の「献灯使」が米国の権威ある文学賞、全米図書賞の翻訳文学部門を受賞した。大災厄の後に鎖国を選んだ近未来の「日本」が舞台。訳者の満谷マーガレットさんは、「受賞作は震災後の汚染された日本を描く。決して日本だけの問題ではない。全米図書賞という重要な賞を受けたことでこの作品が世界で広く読まれ、受け止められる、その意義は大きいと思う」と話す。 100歳を超えても頑丈な老人たちが社会を支え、子どもは弱くて歩けない。「彼女のファンタジーは現実に根ざしているから力がある」と満谷さん。深刻な物語だが、ユーモアに包まれ、読後感は朗らか。理由の一つに多和田作品の特徴である言葉遊びがある。「献灯使」では「みどりの日」があるなら「赤の日」も、と休日が際限なく増えていく。すたれてきた性交を奨励する「枕の日」、「インターネットがなくなった日を祝うのは「御婦裸淫の日」だ。***********************************************************************<『文学界(2019年1月号)』1>図書館の放出本のラックで『文学界(2019年1月号)』という雑誌を、手にしたのです。表紙に出ている特集に多和田葉子の名前が載ているのがゲットする決め手となりました。【文学界(2019年1月号)】雑誌、文芸春秋、2019年刊<商品の説明>より▼2019年を占うビッグ対談落合陽一×古市憲寿 「平成」が終わり、「魔法元年」が始まる多和田葉子×温又柔 「移民」は日本語文学をどう変えるか?<読む前の大使寸評>表紙に出ている特集に多和田葉子の名前が載ているのがゲットする決め手となりました。amazon文学界(2019年1月号)『文学界(2019年1月号)』1:台湾人作家・温又柔との対談*********************************************************************** <『歓待する文学』>図書館で『歓待する文学』という本を手にしたのです。小野正嗣が選りすぐりの作品について十三回の放送で紹介する構成であるが、取りあげた作品が、ええでぇ♪【歓待する文学】小野正嗣著、NHK出版、2018年刊<「BOOK」データベース>より文学は私たちの心にどう入り込み、個人の生活や社会に影響を与えるのか。芥川賞作家である著者が欧米、アフリカ、中東、アジアの選りすぐりの作品を紹介。書き手がどのような土地に根ざし、どういう言語で作品を生み出したのか、それが読み手にどう作用するのかを探る。<読む前の大使寸評>小野正嗣が選りすぐりの作品について十三回の放送で紹介する構成であるが、取りあげた作品が、ええでぇ♪歓待する文学この本でJ・M・クッチェーが語られているので、『多和田葉子アンソロジー』R5を参照ください。***********************************************************************【地球にちりばめられて】多和田葉子著、講談社、2018年刊<「BOOK」データベース>より留学中に故郷の島国が消滅してしまった女性Hirukoは、ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出した。Hirukoはテレビ番組に出演したことがきっかけで、言語学を研究する青年クヌートと出会う。彼女はクヌートと共に、この世界のどこかにいるはずの、自分と同じ母語を話す者を捜す旅に出る―。言語を手がかりに人と出会い、言葉のきらめきを発見していく彼女たちの越境譚。<読む前の大使寸評>言語学的なSFは、モロに太子のツボであるが・・・ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出したHirukoという元ニッポン人が、興味深いのです。<図書館予約:(2/18予約、8/28受取)>rakuten地球にちりばめられて***********************************************************************【献灯使】多和田葉子著、講談社、2014年刊<「BOOK」データベース>より鎖国を続ける「日本」では老人は百歳を過ぎても健康で、子供たちは学校まで歩く体力もないー子供たちに託された“希望の灯”とは?未曾有の“超現実”近未来小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/09予約、副本4、予約94)>rakuten献灯使***********************************************************************<『雪の練習生』>図書館に予約していた『雪の練習生』という本を、待つこと1週間ほどでゲットしたのです。ホッキョクグマ三代の物語とのことで、興味深いのでおます。【雪の練習生】多和田葉子著、新潮社、2011年刊<「BOOK」データベース>よりサーカスの花形から作家に転身し、自伝を書く「わたし」。その娘で、女曲芸師と伝説の「死の接吻」を演じた「トスカ」。さらに、ベルリン動物園で飼育係の愛情に育まれ、世界的アイドルとなった孫息子の「クヌート」。人と動物との境を自在に行き来しつつ語られる、美しい逞しいホッキョクグマ三代の物語。<読む前の大使寸評>ホッキョクグマ三代の物語とのことで、興味深いのでおます。<図書館予約:(8/01予約、8/08受取)>rakuten雪の練習生***********************************************************************【尼僧とキューピッドの弓】多和田葉子著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>よりドイツの田舎町に千年以上も前からある尼僧修道院を訪れた「わたし」は、家庭を離れて第二の人生を送る女性たちの、あまり禁欲的ではないらしい共同生活に興味が尽きない。そんな尼僧たちが噂するのは、わたしが滞在するのを許可してくれた尼僧院長の“駆け落ち”という事件だったー。紫式部文学賞受賞作。<読む前の大使寸評>地元の図書館所蔵で、予約ゼロの場合は、やはり超速ゲットになるんでしょうね。なお、手にしたのは2010年刊のハードカバーでした。<図書館予約:(6/03予約、6/06受取)>rakuten尼僧とキューピッドの弓以降については、『多和田葉子アンソロジー』R5による。『多和田葉子アンソロジー』R5
2021.03.24
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図書館で『インド待ち』という本を、手にしたのです。おお周防監督のインド旅行記か・・・面白そうである。周防さんの「『Shall weダンス?』アメリカを行く」という本が面白かったので、この本も折り紙つきでんがな♪【インド待ち】周防正行著、集英社、2001年刊<「BOOK」データベース>より周防監督「インドの魂」を探る!歌と踊りとアクションがぎっしりの「マサラムービー」。インド映画の元気の秘密を求めて大娯楽映画のメッカを行く書き下ろし旅の記録。<読む前の大使寸評>周防さんのインドの旅とは如何なるものか、興味深いのです。周防さんの「『Shall weダンス?』アメリカを行く」という本が面白かったので、いわば折り紙つきでんがな♪rakutenインド待ち『ムトゥ 踊るマハラジャ』インドでの映画作りが語られているので、見てみましょう。p267~269 <旅の終りに旅の始まり> 午前十時半、ようやくバスは大通りに停車した。どうやら撮影許可がなかなかおりず、「インド待ち」となったので市内観光をかねて走り回ったようだ。クーラーの効いたバスを降りると、ちょうど歩道が木陰になっていて、そんなに暑さは感じなかった。 午前十一時、ようやく近くのバザールに移動して撮影が始まった。まずは、商店街の歩道を歩いた。歩道にはお店の商品が溢れ出て、品物を選んでいるお客さんもいる。道行く人ともばんばんすれ違う。カメラは後ろから手持ちで僕を追いかける。僕はインドにやって来た理由を喋った。これがオープニングになる予定だ。淡々と、いわゆる文化人っぽく(ウー嫌いだ文化人)、ドキュメンタリー番組によくある誠実さを感じさせる調子で喋っておいた。もっとも、バラエティ番組のノリで喋って下さいと言われても無理だったと思うから、わりに正直な姿勢だ。「去年、日本では、ここ南インドの映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』が大ヒットしました。映画に主演したラジニカーントは南インドを代表する大スターです。日本の観客は、笑いあり、涙あり、アクションあり、ラブストーリーあり、そして突然歌い、踊り出すインド映画の破天荒な魅力に拍手喝采を送りました。実を言えばインドは自国で作られる映画がハリウッド映画よりも人気があるという世界でも珍しい国です。 インドの人はどんな風に映画を楽しみ、どんな風に映画を作っているのか、その秘密を探りたい、というのが今回の旅の目的です。」 カットはかからず、再び最初から僕は喋り始め、高岡さんも回しっぱなしでついてくる。そうやって続けることで硬さもとれて自然な雰囲気で喋ることができるようになるのではないかという狙いだろう。一度目に言い忘れたことや言い回しのおかしかったところに修正を加えて喋った。ありがたいのはカメラが、背後にあったので、その存在を気にしなくてよかったことだ。お陰で緊張しなくてすんだ。三回目でOKが出た。 次に僕がとうもろこしを満載したリヤカーの横を歩くカットを正面から撮り、続いて僕の見た目風に、手持ちで歩いて撮った。おして、同じ喋りを正面からの手持ちトラックバック。困るのは独白の処理だ。歩きながらこんな説明的な事を一人で喋ることは日常的にはありえない。当然この独り言はテレビの前に座っている視聴者に向けられているのだから、カメラを見るべきなのだ。でもそれができない。恥かしい。従ってキョロキョロする。 誰に言ってるか曖昧になるから、何となく喋り方もぎこちなくなる。おまけに、「今回の旅の目的です」の後に「映画はいつでも国境を越えます。去年インド映画は日本にやって来ました。では果して日本映画がインドに来ることはあるんでしょうか」と付け加えることになったから更に落ち着かない。『インド待ち』1
2021.03.24
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<『もう一度倫敦巴里』1>図書館で『もう一度倫敦巴里』という本を、手にしたのです。おお和田誠のビジュアル本ではないか・・・パラパラめくると似顔絵や贋作マンガが満載で、面白そうである。【もう一度倫敦巴里】和田誠著、ナナロク社、2017年刊<「BOOK」データベース>より和田誠の戯作・贋作大全集。これが遊びの神髄だ!<読む前の大使寸評>おお和田誠のビジュアル本ではないか・・・パラパラめくると似顔絵や贋作マンガが満載で、面白そうである。rakutenもう一度倫敦巴里贋作「雪国」がいやというほど載っているが・・・野坂昭如版「雪国」を、見てみましょう。野坂さんは関西弁でしたね。p43 <野坂昭如版「雪国」> 国境の長いトンネル抜ければまごう方なきそこは雪国。夜の底白くなり、信号所に汽車が止まると向側の座席から一人の女立ち上がり、あれよと見守るうち、島村の前のガラス窓落としたから雪の冷気いやが上にも流れ込む。 女はと見ると窓いっぱいにそのむちむちした身体のり出し、遠くへ叫ぶように「駅長はあん、駅長はあん」明かりを下げてのっそり雪を踏んで来た男、襟巻で鼻の上まで包み、耳には帽子の毛皮垂れている。 さほどに思わなかったのだがその姿眺めればもうそんな寒さかと島村あらためて外を見ると、鉄道の官舎らしいバラック山裾にさむざむと散らばりそこまでいかぬうち、雪の色、闇に呑まれていた。 「駅長はん、わてや、ご機嫌よろしゅう」女がいい、駅長と呼ばれた男「なんや葉子はんやないか、お帰り、また寒ぶなったっで」「弟がえらいお世話になってるそうで」 和服に外套の駅長、毛皮の一つ一つにしみこむ寒い立話切りあげたいと見え、もう後姿となり「ほんだらお大事に」「弟をよう見たってな」その声悲しいほど美しく、高い響きのまま夜の雪から木魂して来るようで、女を窓にのり出させたまま汽車はまた動きだす。次に、丸谷才一版「雪国」を、見てみましょう。丸谷さんは旧仮名使いとして知られていますね。p167 <丸谷才一版「雪国」> なにがしといふ人の説によると、国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国ださうである。この説はすこぶる評判がいい。言葉にはずみがあるし、むやみに単純で切れ味がいいし、第一わかりやすいからでせうね。 おまけに雪が喜ばれるといふ民俗学的状況も見逃せない。雪が降るのは豊年の前兆で、めでたいものなんです。それに闇のトンネルを抜けてまっ白な世界に出てゆくのは,黒の玉が白の玉によつて倒されるのを祝ふカーニヴァルのやうな、祭祀としての性格が感じられ、呪術性がさようする。言ふまでもなく無意識のうちにではあるけれど。 ところでわたしの体験を言へば、トンネルを抜けると雪国ではなかつた。わたしの生まれは山形県だから、そのせいで東京にゆかうと汽車に乗るときは、雪国から雪国でない方にトンネルを抜けるのだった。ここで言ふ雪国とは越後をさすのだけれど、庄内の人間にとつても事情は同じである。 したがつてわたしなら、トンネルを抜けると雪国ぢやなかつたとか、上野の国に出たとか、群馬県だつたとか言ふことになる。文学性からはちよつと遠ざかるけれど、なーに、かまふもんか。
2021.03.23
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<『遠い太鼓』3>図書館で『遠い太鼓』という本を、手にしたのです。ギリシャ・イタリアへ長い旅の旅行記とのことであるが・・・村上さんの若い頃(若いといっても30代末期)の三年間の旅の記録だそうで、興味深いのです。【遠い太鼓】村上春樹著、講談社、1990年刊<「BOOK」データベース>よりある朝目が覚めて、ふと耳を澄ませると、何処か遠くから太鼓の音が聞こえてきたのだ。ずっと遠くの場所から、ずっと遠くの時間から、その太鼓の音は響いてきた。-その音にさそわれて僕はギリシャ・イタリアへ長い旅に出る。1986年秋から1989年秋まで3年間をつづる新しいかたちの旅行記。<読む前の大使寸評>ギリシャ・イタリアへ長い旅の旅行記とのことであるが・・・村上さんの若い頃(若いといっても30代末期)の三年間の旅の記録だそうで、興味深いのです。rakuten遠い太鼓ミコノス島ミコノス島の美味い話を、見てみましょう。p149~151<港とヴァンゲリス> 僕らはここでよくイカ(カラマリという。モンゴイカはスピア)を買った。ここのイカは柔らかくて、とろけるように美味しかった。ギリシャ人はイカをだいたい焼いて食べるが、とてももったいなくて、我々にはそんなことはできない。もちろん刺身にする。ときどきは寿司ごはんを詰めて食べたりもした。 日によって違うけれど、イカはだいたいキロ七百円くらいした。ギリシャの物価からすればけっこうな値段でえある。それから鯵に似た魚(サブリージという)を買って、酢のものにしたり、焼いたりして食べた。これは姿かたちは大型の鯵だが、味には鯖の風味も加わっているという不思議な魚だった。これはそうしょっちゅうは上がらない。 小型の鯛(シナグリーザ、あるいはリスリーニ)は煮るか、あるいは葱と一緒にソテーして食べた。その他にアナゴやヒラメやタチウオやカマスや、実にいろんな魚がいた。どういうわけかカマスは青山の紀ノ国屋なみに高かった。その他見たことのない魚もいれば、わけのわからない魚もいた。スコルピオという刺のいっぱいある不気味な魚をごった煮風スープにすると美味しいときかされて試してみたのだが、たしかにこれはなかなか美味しかった。しかし河豚と同じで、舌先にちょっとぴりっとする感触があった。そしてあとでおなかをこわした。 海は週に四日くらいは荒れた。窓から見ると、大きな波が東映のタイトル・バックみたいに岬の突端の岩にぶつかり、十メートルくらい上にまでしぶきをあげていた。海は見渡す限り白波に覆われている。そしてJ・G・バラード的に暴力的な風が吹いている。もちろん漁船は出航しない。窓から見ると、漁船は港の中に入って、係留されたままゆらゆらと帆柱を波に揺らせている。(中略) 焼き魚はレジデンスの管理人であるヴァンゲリスから借りた七輪と網で焼いた。僕はそれまでヨーロッパ人が七輪で魚を焼いて食べるなんてまったく知らなかった。でもある時ヴァンゲリスがその七輪と網を使って管理人室の前で古いパンを焼いているのを見て、彼に「それで魚は焼かないのか」と訊いてみた。「もちろん焼くよ」と彼は言った。 それで僕は彼にその七輪を借りて、テラスで鯵を焼いてみた。キッチンのレンジは電熱式なので、これがないと魚は焼けない。燃料は残念ながら木炭ではなく木っ端だが、それでも久し振りに食べる鯵の塩焼きは感動的に美味しかった。何しろ匂いがいい。煙が鼻の穴から脳の奥へとつうんとしみわたっていくのがわかる。細胞がだんだんわくわくしてくる。 魚を焼いているとヴァンゲリスがやってきて、「魚はこうするのがいちばん美味しいんだ。ドイツ人やらフランス人やらは、魚の食べかたを知らないんだ」と得意そうに言った。近所の猫たちも匂いを嗅ぎつけてやってきた。『遠い太鼓』2:ベルギー人との交流『遠い太鼓』1:はじめに(〇)
2021.03.21
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先日、『のろのろ歩け』という中篇小説集を読んで良かったのだが・・・中島京子が「河合隼雄物語賞・学芸賞」の物語賞を受賞したと、新聞に載っていました。・・・河合隼雄物語賞とは西加奈子も受賞した渋い賞である♪なかなかいけてるやないけ。で、この際、中島京子関連を集めてみます。・夢見る帝国図書館(2019年刊)・怖い絵のひみつ。(2017年刊)・現実の中に非論理性(2015/7/16)・長いお別れ(2015年刊)・小さいおうち(山田洋次監督、2013年制作)・眺望絶佳 (2012年刊)・のろのろ歩け(2012年刊)・東京観光 (2011年刊)・エルニーニョ(2010年刊)・エ/ン/ジ/ン(2009年刊)・ツアー1989(2006年刊)・イトウの恋(2005年刊)R8:『夢見る帝国図書館』を追記【夢見る帝国図書館】中島京子著、文藝春秋、2019年刊<出版社>より「図書館が主人公の小説を書いてみるっていうのはどう?」作家の〈わたし〉は年上の友人・喜和子さんにそう提案され、帝国図書館の歴史をひもとく小説を書き始める。もし、図書館に心があったならーー資金難に悩まされながら必至に蔵書を増やし守ろうとする司書たち(のちに永井荷風の父となる久一郎もその一人)の悪戦苦闘を、読書に通ってくる樋口一葉の可憐な佇まいを、友との決別の場に図書館を選んだ宮沢賢治の哀しみを、関東大震災を、避けがたく迫ってくる戦争の気配を、どう見守ってきたのか。<読む前の大使寸評>冒頭をちょっと読むと・・・年上の友人・喜和子さんの、常識人とはかけ離れた、気ままで圧倒的な迫力に引き込まれるのです。<図書館予約:(3/09予約、副本15、予約0)>rakuten夢見る帝国図書館『夢見る帝国図書館』2:弱冠22歳のベアテ・シロタの活躍『夢見る帝国図書館』1:喜和子さんの気質【怖い絵のひみつ。】中野京子著、KADOKAWA、2017年刊<「BOOK」データベース>より「怖い絵」展の主要14作品を中野京子が徹底解説!「怖い絵」を楽しむために知っておきたい5つのこと。あの「怖い絵」はここにある。世界「怖い絵」MAP。「怖い絵」展オリジナルグッズ。汗と涙と苦労の連続!?「怖い絵」展ができるまで。<読む前の大使寸評>各地の美術館で「怖い絵」の展覧が続いているが・・・このブームの発端は中野京子の「怖い絵」シリーズだったようですね。rakuten怖い絵のひみつ。<現実の中に非論理性>中島京子さんが小説「かたづの!」で第3回河合隼雄物語賞を受賞したそうです。・・・なかなか、渋い賞ではないか♪2015/7/16現実の中に非論理性―物語賞・中島京子さんより心理学者で元文化庁長官の故・河合隼雄さんの業績を記念した第3回河合隼雄物語賞・学芸賞(河合隼雄財団主催)の授賞式が7月に京都市内であった。 人の心を支えるような物語を作り出した文芸作品に与えられる物語賞に選ばれたのは、作家の中島京子さん(51)の小説「かたづの!」(集英社)。江戸初期の南部藩に実在した女性領主の苦難の人生を、彼女が少女期に接した羚羊(かもしか)の一本角の視点から描いた物語だ。 中島さんは「物語というものが事実に見える何かより、ときに深く真実を照らしてくれると信じさせてくれたのが河合先生。受賞はうれしい」とあいさつした。 選考委員の作家、小川洋子さんは「理屈に合わない、時に馬鹿げた視点で物事を見ることで、現実の中の非論理的なものが見えてくる。角の言葉を聞く耳を持ち、事をややこしくするのは男の論理と思っている女性のキュートな魅力が小説を支えている」と評した。しかし、ま~、アラファイブという年齢が、エアーポケットというか、渋いというか、なんともビミョーである。<長いお別れ>短編、中篇に抜群の切れ味を見せる中島さんの私小説はどんなかな♪というわけで・・・期待を込めて読んでみようということでおます。【長いお別れ】中島京子著、文藝春秋、2015年刊<「BOOK」データベース>より帰り道は忘れても、難読漢字はすらすらわかる。妻の名前を言えなくても、顔を見れば、安心しきった顔をするー。認知症の父と家族のあたたかくて、切ない十年の日々。<読む前の大使寸評>短編、中篇に抜群の切れ味を見せる中島さんの私小説はどんなかな♪というわけで・・・期待を込めて読んでみようということでおます。大使の父も、晩年の数年はボケていたが…老人とはそういうものだと思っていたわけです。ときどき父の思い出が出てくる、今日この頃である。<図書館予約:(11/23予約、7/23受取)>rakuten長いお別れ長いお別れbyドングリ【小さいおうち】山田洋次監督、2013年制作、2015年3月1日テレビで鑑賞<movie.walker解説>より第143回直木賞に輝いた中島京子の同名ベストセラー小説を、名匠・山田洋次監督が映画化したミステリアスなドラマ。とある一家で起きた恋愛事件の行方を見守った1人の女中。60年後、彼女がつづったノートを手にした青年によってその出来事が紐解かれていくさまが描かれる。女中を黒木華、一家の若奥様を松たか子が演じる。<大使寸評>雇い主に対するたったひとつの背信を抱えて、その女中は生涯を終えたのです。彼女の生き方を定めたのは、女中という雇用環境と戦争という時代背景があったわけで・・・結婚するには、社会的環境が整っていなかったと言うべきか?movie.walker小さいおうち小さいおうちbyドングリ【眺望絶佳】中島京子著、角川書店、2012年刊<「BOOK」データベース>より昭和33年、東京タワーが立ったあの頃から遠くここまで来てしまった。それでもわたしたちは立っていなければならない。スカイツリーのように。もの悲しくも優雅な、東京タワーとスカイツリーの往復書簡。2011年の静謐と小さな奇跡を切りとった、「東京」短篇集。<読む前の大使寸評>中島ワールドの真骨頂!とのこと・・・・中島さんの短編は期待できそうかも♪rakuten眺望絶佳眺望絶佳byドングリ【のろのろ歩け】中島京子著、文芸春秋、2012年刊<「BOOK」データベース>より『北京の春の白い服』-1999年、中国初のファッション誌創刊に向けて派遣され北京で奔走する夏美。『時間の向こうの一週間』-2012年の上海、赴任したばかりで多忙な夫の代わりに家探しを引き受けた亜矢子。『天燈幸福』-「台湾に三人おじさんがいるのよ」という亡き母の言葉を手がかりに旅に出た美雨。時間も、距離も越えて、新しい扉をひらく彼女たちの物語。<読む前の大使寸評>中島京子の小説ならいけてるのではないか…映画の『小さいおうち』も良かったし。rakutenのろのろ歩けのろのろ歩けbyドングリ【東京観光】中島京子著、集英社、2011年刊<「BOOK」データベース>より恋情、妄想、孤独、諧謔…中島京子ワールドへようこそ女の部屋の水漏れが、下に住む男の部屋の天井を濡らした。女が詫びに訪れたのをきっかけに二人は付き合い出し、やがて男は不思議な提案をするが…。(「天井の刺青」)。直木賞作家が紡ぐ珠玉の7篇。<読む前の大使寸評>おお 中島京子の短篇小説集ではないか・・・このところ、海外作家の短篇小説を集中して読んだので、趣向を変えて国産の短編小説を読むのもええやんけ、ということでおます。amazon東京観光【エルニーニョ】中島京子著、講談社、2010年刊<「BOOK」データベース>より女子大生・瑛は、恋人から逃れて、南の町のホテルにたどり着いた。そこで、ホテルの部屋の電話機に残されたメッセージを聞く。「とても簡単なのですぐわかります。市電に乗って湖前で降ります。とてもいいところです。ボート乗り場に十時でいいですか?待ってます」そして、瑛とニノは出会った。ニノもまた、何者かから逃げているらしい。追っ手から追いつめられ、離ればなれになってしまう二人。直木賞受賞第一作。21歳の女子大生・瑛と7歳の少年・ニノ、逃げたくて、会いたい二人の約束の物語。<読む前の大使寸評>追って記入amazonエルニーニョ【エ/ン/ジ/ン】ムック、角川グループパブリッシング、2009年刊<「BOOK」データベース>より身に覚えのない幼稚園の同窓会の招待状を受け取った、葛見隆一。仕事と恋人を失い、長い人生の休暇にさしかかった隆一は、会場でミライと出逢う。ミライは、人嫌いだったという父親の行方を捜していた。手がかりは「厭人」「ゴリ」、二つのあだ名だけ。痕跡を追い始めた隆一の前に、次々と不思議な人物が現れる。記憶の彼方から浮かび上がる、父の消えた70年代。キューブリック、ベトナム戦争、米軍住宅、そして、特撮ヒーロー番組“宇宙猿人ゴリ”―。<読む前の大使寸評>追って記入amazonエ/ン/ジ/ン【ツアー1989】中島京子著、集英社、2006年刊<「BOOK」データベース>より記憶はときどき嘘をつく。香港旅行の途上で消えた青年は何処へ。15年前の4日間をめぐる4人の物語。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、中国ツアーの短篇小説集のようである。怖い物見たさというか村上春樹風でもあるし借りたわけでおます。amazonツアー1989【イトウの恋】中島京子著、講談社、2005年刊<商品の説明>より「FUTON」に続く会心の書下ろし第二弾明治に日本を旅した英人女性の通訳の日本人若者の手記と現代のさえない独身男と男勝りの女性との関係を重ねて、欧米と日本、男と女の今を機知とユーモアで描く。<読む前の大使寸評>おお イザベラ・バードの通訳と関係を重ねて描くという着想が、いいではないか♪amazonイトウの恋
2021.03.20
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図書館で予約していた『夢見る帝国図書館』という本を待つこと1週間でゲットしたのです。冒頭をちょっと読むと・・・年上の友人・喜和子さんの、常識人とはかけ離れた、気ままで圧倒的な迫力に引き込まれるのです。【夢見る帝国図書館】中島京子著、文藝春秋、2019年刊<出版社>より「図書館が主人公の小説を書いてみるっていうのはどう?」作家の〈わたし〉は年上の友人・喜和子さんにそう提案され、帝国図書館の歴史をひもとく小説を書き始める。もし、図書館に心があったならーー資金難に悩まされながら必至に蔵書を増やし守ろうとする司書たち(のちに永井荷風の父となる久一郎もその一人)の悪戦苦闘を、読書に通ってくる樋口一葉の可憐な佇まいを、友との決別の場に図書館を選んだ宮沢賢治の哀しみを、関東大震災を、避けがたく迫ってくる戦争の気配を、どう見守ってきたのか。<読む前の大使寸評>冒頭をちょっと読むと・・・年上の友人・喜和子さんの、常識人とはかけ離れた、気ままで圧倒的な迫力に引き込まれるのです。<図書館予約:(3/09予約、副本15、予約0)>rakuten夢見る帝国図書館喜和子さんの気質が描かれたあたりを、見てみましょう。p10~11 「あらやだ」 白髪女性は言った。あとからわかったことだが、 「あらやだ」は彼女の口癖だった。それから次のように続けた。 「あたしとおんなじ! 握手しよう。あたし、喜和子っていうの。喜ぶに、平和の和に子どもの子ね」 行きがかり上、わたしは自分の名を名乗り、彼女の乾いた手を握った。 「喜和子さんは、小説家なんですか?」 「うーん、そういうわけじゃないけど」 足元に寄って来る鳩をちょっと足で牽制するようにして、喜和子さんは答えた。 「書こうかなって、思ってんの」 そう言って喜和子さんはにこにこ笑った。その笑顔にうっかりつられて、わたしは初対面の彼女に話し出した。 「わたしもいま、書いてるものがあるんです」 「あら、なんなの、それ」 「言いません 「あら、なんで言わないの?」 「言うとなくなっちゃうような気がするから言わないんです」 「そう。じゃあ、書けたら見せてよ。うんと楽しみにしているから」 わたしは隣に座った白髪の女性をもう一度ゆっくり見てみた。 喜和子さんはたしかに、突拍子もない服装をしていた。ジャケットに端切れをはぎ合わせて作ったコートの下に、かなりくたびれたTシャツを着て、茶色の、長い、頭陀袋めいたスカートを穿いて、足元は運動靴だった。けれど、その短い白い髪に包まれた小さい顔は、目鼻立ちがくっきりしてどこか品もあった。本を読む人なんだな、ということがわかった。この人は図書館が好きで、住んでいるくらいに通ったことのある、本好きな人なんだなと思った。「書けたら見せてよ」というフレーズにはなんとなく慰められもした。喜和子さんは国立大学の先生の愛人として暮らしていたが、先生が定年になった頃から、仲がおかしくなっていて・・・p46~49 わたしのほうは、喜和子さんが大学教授の愛人をしていたことはもちろん、それ以前には広小路の飲み屋で働いていたことも、そののちお弁当屋さんでアルバイトしていたことも、「学生ですらない」人物と恋愛沙汰らしきものに陥って、大学教授との仲を精算する羽目になったらしいことも、すべて初耳だった。たしか、結婚していたことがあると言っていた気はしたのだったが、こうなるともう、いったいいつのことだかもわからない。 「僕もねえ、あなたがああいう男とどうにかなるとはおもわなかったよ」 最初から、その話以外する気がないのか、先生は喜和子さんの制止などとんと耳に入らない様子で、そんなことを言う。 「どうにもなってませんよ。先生が勝手に嫉妬して大騒ぎしただけじゃないの」 「あなたは金のない男が好きなんだ。だけども、大学教授だってそんなに自由になる金があるわけじゃないんだから、それにあなた、こっちはなけなしの」 言いかけて、それ以上話すとみじめになるとでも思ったのか、肩をそびやかして先生は黙り、そうすると喜和子さんは、まあまあまあとか言いながら、意外に色気のある仕草でお酒を注いであげた。そうなると男という人種は、どんなにひどい目に逢わされても恨みが消えるのだか、ずいぶんやさしい目つきで喜和子さんを眺めて、 「あなたって人は」 と言うにとどめ、静かにお酒を飲んでいた。 わたしたちは先生につきあって十時ごろまで飲み、千葉だかどこかの、かなり遠い家に帰るのを日暮里駅で見送った。そのとき、わたしたちはなぜだか、翌週の週末に湯島聖堂で行われるイベントに行くことを約束させられていた。先生が『山海経』という中国の化け物事典みたいな本について話をするのだそうで、 「だって、あなたは湯島の聖堂が好きなんだろう? 僕がときどき、あそこで講義をすることを知ってさ」 と、先生が絡むように誘い、喜和子さんも無下に断れず、わたしを道連れにすることにしたのであった。(中略) 御茶ノ水駅で待ち合わせて聖橋を渡り、相生坂を下りた。湯島聖堂の敷地の中には古いがけっこう立派な建物があり、カルチャーセンターのようなものであるらしく、入り口に、 「古尾野放哉先生特別講義『山海経』」 というポスターが貼ってあった。 古尾野先生が化け物の絵をいろいろと示しながらなにを話したのだか、わたしはきれいさっぱり忘れてしまったが、退屈した喜和子さんと二人でこっそり筆談した内容だけあやけにはっきり覚えている。 「先生と付き合ってたのって、いつごろ?」 「七、八年前。十年くらい前からか」 そう書いて、一瞬おいて彼女は、 「若かった。五十代」 と、付け足した。 五十代なんか若いもんかとそのときは思ったけれども、いま思えば喜和子さんの五十代はじゅうぶん若く、魅力的だっただろう。 「古尾野先生と別れる原因になった男の人ってどんな人?」 「山本学っていう俳優に似てた」 「職業は?」 「上野公園のホームレスさん」 「まじで?」 「なにもなかった。プラトニック」 「プラトニック!」 「でもインテリ」 「喜和子さん、インテリに弱い?」 「弱い」
2021.03.19
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図書館で『遠い太鼓』という本を、手にしたのです。ギリシャ・イタリアへ長い旅の旅行記とのことであるが・・・村上さんの若い頃(若いといっても30代末期)の三年間の旅の記録だそうで、興味深いのです。【遠い太鼓】村上春樹著、講談社、1990年刊<「BOOK」データベース>よりある朝目が覚めて、ふと耳を澄ませると、何処か遠くから太鼓の音が聞こえてきたのだ。ずっと遠くの場所から、ずっと遠くの時間から、その太鼓の音は響いてきた。-その音にさそわれて僕はギリシャ・イタリアへ長い旅に出る。1986年秋から1989年秋まで3年間をつづる新しいかたちの旅行記。<読む前の大使寸評>ギリシャ・イタリアへ長い旅の旅行記とのことであるが・・・村上さんの若い頃(若いといっても30代末期)の三年間の旅の記録だそうで、興味深いのです。rakuten遠い太鼓ミコノス島ミコノス島に住みついたベルギー人との交流を、見てみましょう。p166~169<ミコノス撤退> 11時15分にジョンがやってくる。 ジョンはベルギー人だ。この男の本名はすっかり忘れてしまった。耳なれないかなりややこしい名前だった。この男もずっと昔にギリシャにやってきて、そのままここにいついてしまった。非常に流暢な英語とドイツ語とフランス語とギリシャ語を喋る。歳はたぶん40前後だろう。髪のはえ際はずっと後ろまで後退して、いつもほころびたセーターを着ている。たぶん結婚しているのだと思う。ギリシャ人の女性と、その母親らしい婦人と一緒にいるところを一度見かけたから。 でもエーゲ海に住んでいる割りには顔の色は青白い。そして唇はいつも6ミリほど歪んでいる。アントワープの方にむけて歪んでいるのだ。彼はおおかたのギリシャ人のことを憎んでいるし、一方おおかたのギリシャ人は彼のことを無視するか馬鹿にするかしている。僕が作家だというと、彼はそのことで僕にとても興味を持った。 「なあミスタ・ムラカミ、君と僕はインテリだ。ここにいる他の奴らはみんな阿呆だ。阿呆の野蛮人だよ」とジョンは言う。彼はミコノスに住みついている他のヨーロッパ人たちの頭脳程度のことも馬鹿にしているのだ。 彼は旅行代理店に勤めていて、僕の借りた部屋の現地のエージェントをやっている。僕は彼に家賃を払い、苦情があれば(いくつかある)苦情を言う。ジョンは今日、電気料金を精算するためにやってきたのだ。彼はメーターの数字を手帳に書きこみ、金額を計算する。僕は彼に五千円ほどの電気料金を払う。 彼は入っていいかとも聞かずにレインコートを脱いで部屋に入ってくる。そして気むずかしそうな顔をしてソファに座り、30分ばかり僕と話をする。 「ねえミスタ・ムラカミ、僕は昔は編集者になるつもりだったんだよ」と彼は言う。「でも結局ならなかった。どうしてだと思う?」 わからないと僕は言う。わかるわけない。 「失望したからさ」と彼は8ミリほど唇をアントワープの方に歪めて言う。「出版界のありかたに対してね。わいかるかい?」 よくわからない、と僕は答える。 「僕が我慢できないのは、あの大量生産システムだよ。イアン・フレミング著、007がなんとかかんとか、シリーズ第18作。あれじゃまるでハンバーガー・ショップのチェーン店だ。資本のある出版社はそんな具合にくだらない本をだしてますます儲ける。肥え肥る。そして志のある人間は最後まで踏みつけられるんだ。これが現在の出版状況なんだよ。僕はそういうのに我慢ができなかったんだ。今だって我慢できない。わかるかい、ミスタ・ムラカミ?」 ふむふむ。 「だからこそ僕はベルギーを離れたんだ。さっぱりとね。そしてギリシャに来た。どうしてギリシャを選んだのかって? それはギリシャがヨーロッパの端っこだったからさ。ヨーロッパを出てやっていけるという自信はなかったからね。だあから端っこまで来たんだ。良いところだよ。ギリシャ人を別にすればね。正直に言わせてもらえば、あいつらはどうしようもないと僕は思うね。たとえばヴァンゲリス。あいつなんか英語だって喋れない。グズで気がきかない怠け者だ。救いというものがない。ああいうのを見ていると、ときどきうんざりしてベルギーに帰りたくなる。たとえそれがインチキの文化であるにせよ、少なくともあそこには文化というものがあるものな」 ベルギー版団塊の世代というところだ。やれやれ、世界中のあらゆる場所で我らが世代は健在なのだ。さすがに少し疲れて色褪せているにせよ。でも僕は何も言わない。実を言うと、僕はジョンよりグズのヴァンゲリスの方がずっと好きなのだ。20倍くらい。でもそんなこと言うわけにはいかない。 「僕はミシマとオーエが好きだ」とベルギー人のジョンは言う。「君はどちらかと会ったことがあるか?」 ない、と僕は答える。 ジョンは何度か首を振る。それは残念、という具合に。「ところで君はどんな小説を書いているのかな、ミスタ・ムラカミ?」 それを説明するのはとても難しい、と僕はいう。 「前衛的なものかな?」 少しは前衛的といえるかもしれない、と僕は答える。そうかな? 彼はまた首を振る。首を振ることが人生の重要な一部であるというように。僕は膝の上で手をこすりあわせる。僕にだって人生の重要な一部はあるのだというように。『遠い太鼓』1
2021.03.19
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図書館で『遠い太鼓』という本を、手にしたのです。ギリシャ・イタリアへ長い旅の旅行記とのことであるが・・・村上さんの若い頃(若いといっても30代末期)の三年間の旅の記録だそうで、興味深いのです。【遠い太鼓】村上春樹著、講談社、1990年刊<「BOOK」データベース>よりある朝目が覚めて、ふと耳を澄ませると、何処か遠くから太鼓の音が聞こえてきたのだ。ずっと遠くの場所から、ずっと遠くの時間から、その太鼓の音は響いてきた。-その音にさそわれて僕はギリシャ・イタリアへ長い旅に出る。1986年秋から1989年秋まで3年間をつづる新しいかたちの旅行記。<読む前の大使寸評>ギリシャ・イタリアへ長い旅の旅行記とのことであるが・・・村上さんの若い頃(若いといっても30代末期)の三年間の旅の記録だそうで、興味深いのです。rakuten遠い太鼓まず冒頭の「はじめに」を、見てみましょう。p13~15<はじめに> その三年のあいだ、僕は日本を離れて暮らしていた。 とはいっても、三年間まったく日本に戻らなかったというわけではない。仕事上の必用もあって、何度かは帰国した。外国にいるあいだに書きためた原稿を出版社に渡し、それをゲラ刷にしてもらい、そのゲラ刷をチェックし、編集者と細かい打ち合わせをする。何冊かの本を出版する段取りをまとめてやってしまうわけだ。だから最低1年に1度は日本に帰ってこなくてはならない。 期間としては、だいたい2ヶ月くらいである。でもそれを別にすれば、僕は殆んどの期間をヨーロッパで暮らしていた。そしてそのあいだに、断るまでもないことだが、3年ぶん歳を取った。具体的に言えば、37歳から40歳になった。 40歳というのは、我々の人生にとってかなり重要な意味を持つ節目なのではなかろうかと、僕は昔から(といっても30を過ぎてからだけど)ずっと考えていた。とくに何か実際的な根拠があってそう思ったわけではない。あるいはまた40を迎えるということが、具体的にどういうことなのか、前もって予測がついていたわけでもない。 でも僕はこう思っていた。40歳というのはひとつの大きな転換点であって、それは何かを取り、何かをあとおに置いていくことなのだ、と。そして、その精神的な組み換えが終わってしまったあとでは、好むと好まざるとにかかわらず、もうあともどりはできないのだ。試してはみたけれどやはり気に入らないので、もう一度以前の状態に復帰します、ということはできないのだ。それは前にしか進まない歯車なのだ。僕は漠然とそう感じていた。 精神的な組み換えというのは、おそらくこういうことではないかと僕は想像した。40という分水嶺を越えることによって、つまり一段階歳を取ることによって、それまではできなかったことができるようになるかもしれない。たぶんできるようになるだろう。それはそれで素晴らしいことだ。もちろん。でもそれと同時にこうも思った。その新しい獲得物とは引き換えに、それまでは比較的簡単にできると思ってやっていたことができなくなってしまうのではないだろうかと。 それは予感のようなものであった。でも30も半ばを過ぎるころから、その予感は僕の体の中で精神的な組み換えが行われてしまう前に…、何かきっちりとした仕事をして残しておきたかったのだ。もうおそらくこの先、こういう種類の小説は書かないだろう(書けないだろう)というようなものを書いておきたかったのだ。 歳を取ることはそれほど怖くはなかった。歳を取ることは僕の責任ではない。誰だって歳は取る。それは仕方のないことなのだ。僕が怖かったのは、あるひとつの時期に達成されるべき何かが達成されないままに終わってしまうことだった。それは仕方のないことではない。 それも、僕が日本を長期的に留守にしようと思った理由のひとつだった。日本にいると、日常にかまけているうちに、だらだらとめりはりなく歳を取ってしまいそうな気がした。そしてそうしているうちに何かが失われてしまいそうな気がしたのだ。僕は、言うなれば、本当にありありとした、手応えのある生の時間を自分の手の中に欲しかったし、それは日本にいては果たしえないことであるように感じたのだ。 もちろん、どこにいようと、人はだらだらと歳を取ってしまうものだ。日本にいようが、ヨーロッパにいようが、どこでも同じだ。歳を取るというのはそういうことだからだ。そして逆の言い方をすれば、日常にかまけてだらだらと歳を取ることができるからこそ、人はまだなんとか正気を保っていられるのだ。僕も今では(40になった今では)そう思う。でもそのときには、それとは別な考え方をしていた。
2021.03.19
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図書館で『私が作家になった理由』という本を、手にしたのです。阿刀田高さんといえば・・・ロアルド・ダールの短篇集『キス・キス』の存在を教えてくれた作家である。その阿刀田高さんが来し方を振り返るとは・・・興味深いのである。【私が作家になった理由】阿刀田高著、日本経済新聞出版社、2019年刊<「BOOK」データベース>より84歳の作家が“小さな説”で来し方を振り返る。人生の説明のつかなさこそ、いとおしくて面白い。【目次】1(読書好き/双子の兄 ほか)/2(司書/三帖一間で ほか)/3(ギリシャ神話/旧約聖書 ほか)/4(自国の言葉/国語審議会 ほか)/5(朗読/大震災 ほか)<読む前の大使寸評>阿刀田高さんといえば・・・ロアルド・ダールの短篇集『キス・キス』の存在を教えてくれた作家である。その阿刀田高さんが来し方を振り返るとは・・・興味深いのである。rakuten私が作家になった理由阿刀田高さんの転身が語られているので、見てみましょう。p85~88著述家に転身 雑文書きで生活費くらい見込めるようになると、 …図書館勤務をやめるかな… フリーの著述業者に転身することを考えるようになった。もとより危険をともなう決断である。五人の知己に相談した。三人は編集者で私の筆力をそれなりに知っている人たちだ。 一人は少し前にサラリーマンをやめてフリーの著述家となった先輩だ。そして残りの一人は文筆とは関わりなく、古くからの私の生き方を見ている友人だった。もし否定的な意見が多数を占めるなら転身をあきらめるつもりだった。 結果は四対一で肯定的なサジェッション。編集者はおおむね私の将来を保証してくれた。古くからの友人は、 「なんとか暮らしていけるなら自分の好きなことをやるべきじゃないのか」 と、これが決め手となった。 もちろん、妻の承諾はえてあった。 初めから小説家を志していたわけではない。11年間務めた公務員生活を捨て、しばらくは収入を確保することにひたすらだった。字を書いてお金をまらえる仕事あたいていこなした。翻訳も、その下請けをやった。ゴースト・ライターもやった。そのうちに、 「せっかくフリーになったのだから小説を書いたら」 と編集者から勧められ、実際に注文を出してくれる雑誌もあって、 …やってみるかな… と思案をめぐらした。 小説はよく読んでいたけれど、自分で書こうと考えたことはなかったのだ。 …あれは、すこぶる特異な能力を必要とするもの。私には無理だな… 本気でそう思っていたし、50年この仕事をやってきて今でも特異な能力の必要性については考えが変わらない。たまたま、なぜか私にほんの少しこの能力が恵まれていた、ということだろう。 小説を書くよう依頼を受けたが、なにを、どう書いていいかわからない。 …推理小説なら書けそうだな… 殺人事件が起こり、探偵役が登場して謎を解く。とりあえずこれを綴ったが、雑誌の一番低いレベルは通過したらしく、処女作が活字化され、原稿料もありがたくいただいた。珍しいことである。 続けて二つ、三つ発表したが、われながら、うまくない。なによりもすでにある作品に似ていて、劣っている。自分の独創性がどこにもない。 …これじゃあ駄目… と悩んだとき、思い出したのが、欧米のユニークな短篇小説たちだった。 日本の小説に私小説風が多いのに対し欧米の短篇には意表をつく作り物がある。 …あんな作風を日本の風土の中で、日本人を登場させて書いたら、私の独自性が創れるかもしれない… 療養生活で読んだ数多の短篇小説がヒントになってくれた。とりわけ『南から来た男』などトンデモナイ短篇を書くロアルド・ダールが手本となった。私の初期の短編集には、このあたりの思案がよく反映されているだろう。 そして、初めての単行本『冷蔵庫より愛をこめて』が直木賞の候補となり、ついで上梓した『ナポレオン狂』で受賞となったのは、まったく幸運であった。習作の体験は乏しく、ただ小説を数多く愛読したことがデビューの原因となったのだ、と思う。『私が作家になった理由』3:国会図書館司書時代『私が作家になった理由』2:国語力の重要性『私が作家になった理由』1:山梨県立図書館()
2021.03.16
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図書館で『私が作家になった理由』という本を、手にしたのです。阿刀田高さんといえば・・・ロアルド・ダールの短篇集『キス・キス』の存在を教えてくれた作家である。その阿刀田高さんが来し方を振り返るとは・・・興味深いのである。【私が作家になった理由】阿刀田高著、日本経済新聞出版社、2019年刊<「BOOK」データベース>より84歳の作家が“小さな説”で来し方を振り返る。人生の説明のつかなさこそ、いとおしくて面白い。【目次】1(読書好き/双子の兄 ほか)/2(司書/三帖一間で ほか)/3(ギリシャ神話/旧約聖書 ほか)/4(自国の言葉/国語審議会 ほか)/5(朗読/大震災 ほか)<読む前の大使寸評>阿刀田高さんといえば・・・ロアルド・ダールの短篇集『キス・キス』の存在を教えてくれた作家である。その阿刀田高さんが来し方を振り返るとは・・・興味深いのである。rakuten私が作家になった理由国会図書館司書時代について語られているので、見てみましょう。p70~72司書 文部省図書館職員養成所の特科で学んだのち採用試験を受けて国立国会図書館の司書となった。図書館は、そのころ赤坂離宮にあって、ここへ行くには四ッ谷駅からまっすぐな道路が敷かれている。主要道路のほうが左右に遠慮して迂回しているのである。バッキンガム宮殿を模した美姿を正面に見ながら行くのは、しがないサラリーマンながら少しうれしかった。 が、すぐに永田町の新館が竣工し、この引越しが大変だったなあ!滅多にないことだが、図書館の移転は蔵書もろともだから、まったく容易ではない。 新館に移ってすぐに整理部の分類係に配属され、ここは入って来た本を内容に従って分類し、分類番号を記すところだ。係長一人に、係員一人で、忙しい。国立国会図書館は納本図書館であり、日本で出版された本や雑誌は(原則として)全部入ってくる。 新しいものは全部、分類係の係員の前を通り、 「えーと、これは日本の小説だから913.6、これは明治憲法だから323.13」 日本十進分類法(当時はこれ、現在は独自の分類法)に従って数字を記す。 たいていはペラペラと表紙をめくって目当がつくが、時折、厄介なものがある。 それにしても、この仕事をやってみて、 …知らないこと、多いなあ… つくづく実感した。自分が格別もの知りとは思っていなかったけれど、仏教の経典はどう分類するのか、基礎医学と臨床医学は明確に異なるとか、電子工学はどんどん進んでいるとか、困惑してしまう。知らない分野の入門書や概説書を覗いて応じたが、これにより少しく知識がひろくなったかもしれない。 私の仕事をチェックする係長が言うのである。 「君は自信がないとき、数字が小さくなるね」 本のタイトル・ページの裏に鉛筆で分類番号(数字)を書くのだが、言われてみると、そんな気がしないでもない。くやしいから逆に大きく書くように心がけたが、いつのまにか本来のくせが…自信がないと字が小さくなるケースが現れてしまう。 今でもあのころの本たちが図書館の書架で大小いろいろの分類番号を背負って潜んでいるだろう。過日、たまたま借り出した本に、その一つを認めて…私の筆跡を見つけて、 「おい、元気か」 奇妙に懐かしかった。 毎日毎日、目の前に新しい本が運ばれてきて、少しは目を通すわけだから、 …へぇー、こんなこと、買いてある… 仕事を離れて目を止めてしまう。『私が作家になった理由』2:国語力の重要性『私が作家になった理由』1:山梨県立図書館
2021.03.16
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図書館で『いくつもの週末』という本を手にしたのです。甘く、ビターなエッセイ集てか・・・老いのエッセイがしっくりするのだが。著者みずからの「結婚生活」をつづっているそうであるが・・・大使の新婚時代なんて半世紀ほど昔なので記憶のかなたでおます。【いくつもの週末】江國香織著、世界文化社、1997年刊<「BOOK」データベース>より「いつも週末だったら、私たちはまちがいなく木端微塵だ。南の島で木端微塵。ちょっと憧れないこともないけれど」いくつもの週末を一緒にすごし、サラリーマンの彼と結婚した著者。今、夫と過ごす週末は、南の島のバカンスのように甘美で、危険だ。嵐のようなけんか、なぜか襲う途方もない淋しさ…。日々の想い、生活の風景、男と女のリアリズム。恋愛小説の名手がみずからの「結婚生活」をつづった、甘く、ビターなエッセイ集。【目次】(「BOOK」データベースより)公園/雨/よその女/月曜日/ごはん/色/風景/歌/桜ドライヴとお正月/一人の時間/自動販売機の缶スープ/放浪者だったころ/猫/甘やかされることについて/キープレフト/RELISH<読む前の大使寸評>甘く、ビターなエッセイ集てか・・・老いのエッセイがしっくりするのだが。著者みずからの「結婚生活」をつづっているそうであるが・・・大使の新婚時代なんて半世紀ほど昔なので記憶のかなたでおます。rakutenいくつもの週末夫婦の風景としての「ごはん」を、見てみましょう。<ごはん>p43~51 しばらく一人旅をしていない。 そう思ったら、とても旅にでたくなった。 私は、こういうときだけ行動がはやい。手帖をひらき、仕事のスケジュールを考えて、旅行は9月ということに決めた。パスポートが切れていたので、その日、散歩のとちゅうで写真をとり、区役所から書類をもらってきて、翌日には申請した。 夜、会社から帰ってきた夫にまっさきに告げた。 「9月に旅行にいってくる」 背広やネクタイ、ワイシャツヤズボンや靴下をそこらじゅうに脱ぎ捨てていた夫は、服を脱ぐ手をとめ、ぽかんとした顔で私をみてこう言った。 「じゃあ、ごはんは?」 今度は私が、ぽかんとする番だった。 ごはん? 何秒かのあいだ、どちらも黙っていたと思う。それからようやく私は言った。 「ごはん? 最初の言葉がそれなの?」 きょうこれからでかけるというのならともかく、何ヶ月も先の旅行の予定をきいてでてくる言葉が、どこにいくの、でもなく、何日くらいいくの、でもなく、ごはんは、だなんて。 私は、自分の存在の第一義がごはんであると言われたような気がしてかなしくなった。 このてのことはしょっちゅうおこる。 ごはん これはくせものだ。結婚してニ、三ヶ月たつと、いやでもそのことに気がつく。会社から帰ってごはんを食べて眠る、という一連の行動にあまりにも無駄のない夫をみていると、あの、書くも陳腐な新妻の疑問(このひとは、ごはんのためだけに私と結婚したんじゃないかしら)を心のなかから追い払うのは至難の業だ。 それで、ある日ごはんをつくらずにおいてみた。会社から帰ってきた夫は、空っぽのテーブルや整然とした台所をみて不思議そうな顔をして、ごはんは? と訊いた。背広やネクタイ、ワイシャツヤズボンや靴下を脱ぎ散らかしながら。 「ないの」 私はこたえた。 「どうして?」 「つくらなかったから」 私は夫の背広やズボンを拾いあつめながらこたえる。夫はしばらく黙ってから、妙に真剣な様子で、どうして、と、もう一度訊いた。 「つくりたくなかったから」 私はこたえ、おそばでもとりましょう、と提案した。 「おそば!?」 夫は変な声をだした。 「そば屋なんてもうやってないよ」 十時半くらいだったと思う。結局、私たちはその日、夫の車でデニーズにいって夜ごはんを食べたのだった。 そして、そのことが逆効果になってしまった。毎日ごはんがあるとは限らない、と知った夫は、あの忌まわしいセリフ、「ごはんは?」を、しばしば玄関で発するようになったのだ。不安に駆られるのだろう。ドアをあけるやいなや、ごはんは?と。 いうまでもなく、これは私をほんとうに悲しくさせた。これを読んだ人の多くは夫に同情するのかもしれないが、ドアを開け、ひとの顔をみて最初に言う言葉が「ごはんは?」だなんて、途方もなく失礼な話だと私は思う。 もし私が、もう一生涯ごはんをつくらないと言ったら、あなた私と離婚する? 一度そう訊いてみたことがある。お風呂のなかで新聞を読んでいた夫は、しないよ、とこたえる程度には私の質問に対する「傾向と対策」を学習していたが、その返事を鵜呑みにしない程度には、私も彼というひとを学習してしまっている。(中略) 「9月の旅行、私の我慢なのは知っているわ」 数日後に私は言った。ごく一般的にいって、結婚したら、みんなそうそう気軽に一人旅になどいかないものであるらしいことも知っていた。 「でも私はその我慢をなおすわけにはいかないの」 ほかに言い様がなかった。 「そのこと、ほんとうはわかっているんでしょう?」 夫はしぶしぶうなづいてそれを認めた。 「やっぱりね」 私の声は、自分の耳にさえ嬉しそうに響く。
2021.03.09
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図書館で『バンクシー アートテロリスト』という本を、手にしたのです。21世紀のピカソ? 詐欺師? ビジネスマン?と問われるバンクシーであるが・・・表紙のコピーにもある「アートテロリスト」がしっくり来るのかも。【バンクシー アートテロリスト】毛利嘉孝著、光文社、2019年刊<「BOOK」データベース>より正体不明の匿名アーティスト、全体像に迫る入門書の決定版!【目次】第1章 正体不明の匿名アーティスト/第2章 故郷ブリストルの反骨精神/第3章 世界的ストリート・アーティストへの道/第4章 メディア戦略家/第5章 バンクシーの源流を辿る/第6章 チーム・バンクシー/第7章 表現の自由、民主主義、ストリート・アートの未来<読む前の大使寸評>21世紀のピカソ? 詐欺師? ビジネスマン?と問われるバンクシーであるが・・・表紙のコピーにもある「アートテロリスト」がしっくり来るのかも。rakutenバンクシー アートテロリスト防潮扉に描かれたネズミの絵「はじめに」のあたりを、見てみましょう。p2~6<はじめに> ■発端は小池百合子・東京都知事のツイッター 2019年1月、東京都港区の東京臨海新交通臨海線の日の出駅近くの防潮扉で一匹のネズミの絵が見つかりました。トランクケースを持ったネズミが傘を差してどこか旅行にでもでかけようとする姿を描いた小さな絵が、その後大騒動をもたらします。 そのきっかけは、1月17日の小池百合子・東京都知事の写真入りのツイッターの投稿でした。あのバンクシーの作品かもしれないカワイイねずみの絵が都内にありました! 東京への贈り物かも? カバンを持っているようです。(小池百合子@ecoyuri) 大騒動になったのは、これが単なるネズミの落書きではなく、世界的に有名なストリート・アーティスト、バンクシーの作品かもしれないとされたからです。 「えっ! あのバンクシーが日本に来ていたのか?」 「これは本物なのか?」 「もし本物だったら、いったいいくらぐらいの値段がつくのだろうか?」 小池知事のツイッターをきっかけにマスコミが騒ぎ始めます。けれども当のねずみの絵は、騒ぎを想定していた東京都が、あらかじめツイッターの投稿の前日1月16日に撤去してしまったために見ることができなくなっていました。 にもかかわらず、マスコミの報道は過熱します。その日の夜のニュースで取り上げられたのをきっかけに、ワイドショーでは特集が組まれ、本物かどうかの議論が始まりました。■次々と“発見”される「バンクシーの作品かもしれない」落書き こう書き始めると他人事のようですが、実は私自身もこの騒動に巻き込まれた人間の一人です。バンクシーに関する本を三冊翻訳したこと。そして雑誌や自分の本の中でバンクシーのことを紹介していることもあり、テレビや新聞の取材攻勢に二週間ほど晒されることになります。 「巻き込まれた」という表現も正確ではないかもしれません。私自身、このバンクシー騒動のきっかけを作った一人でもあったからです。知事のツイッターのその日のうちにテレビ局から取材を受けて、作品の真贋を問われ、「バンクシーの作品である可能性がきわめて高い」とメディアで答えたのは私でした。小池知事のツイッターとともに、こうしたコメントがバンクシー騒動を加熱させたのです。 私は、結局、テレビ東京を除くすべてのテレビのキー局、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、共同通信などの取材を受けて、すべてに同じようなコメントを発表しました。最初の頃は半信半疑だったメディアも、一週間も経つと日の出駅近くの防潮扉のネズミを「〇」ものとして扱うようになりました。 けれども騒動は、それに留まりませんでした。防潮扉のネズミをきっかけに、日本中で「バンクシーの作品かもしれない」落書きが次々と発見されったのです。 都内だけではありません。大阪や愛知、さらには千葉の九十九里浜や茨城の高萩などいろんなところで見つかり、その度に都庁や自治体、テレビ局や新聞社に問い合わせが入ります。これは本物のバンクシーなのか。本物なら消したらまずいのだろうか。本物だったらいくらくらいするのだろうか・・・。 残念ながら、私が見る限り、日の出駅近くの防潮扉に描かれたネズミ以外は本物のバンクシーの作品ではなかったようです。バンクシーの作品は、型紙を作ってその上からスプレーを吹きかけて描くステンシルという手法で作られているのですが、型紙さえ作ってしまえば、バンクシーに似た作品や本物そっくりの作品を作ることはそれほど難しくありません。たぶん、バンクシーのファンか、今回の騒動に便乗した人が描いたのではないでしょうか。 特に最近は、もはやストリート・アーティストという枠を超えて大掛かりなプロジェクトを展開しているので、日本にわざわざ立ち寄って小さなグラフィティを残すというのはありえないと思います。 あとで詳述しますが、防潮扉の作品は、2002年頃、まだ今ほど有名ではなかったバンクシーが日本に来て描いたものだと考えられます。それは、各地で見つかった「バンクシーの作品かもしれない」ものとは一線を画すものだったのです。『バンクシー アートテロリスト』2:お金に対する考えp249~252『バンクシー アートテロリスト』1:はじめに(続き)p9~12
2021.03.07
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図書館で『バンクシー・ビジュアル・アーカイブ』という本を手にしたのです。ゲリラ的な落書きアートなので、今も残っているとはかぎらないわけで・・・アーカイブ記録集になるのでしょうね。・・・ということで、バンクシー関連本やネット記録を集めてみます。・バンクシー新作、看護師をヒーローに(2020年)・『バンクシー アートテロリスト』(2019年刊)・バンクシー(2019年刊)・バンクシー・ビジュアル・アーカイブ(2018年刊)・BANKSY IN NEW YORK(2016年刊)R3:「バンクシー アートテロリスト」を追記***********************************************************************バンクシー新作、看護師をヒーローに『バンクシー アートテロリスト』2:お金に対する考え『バンクシー アートテロリスト』1:はじめに『バンクシー』2:ディスマランド(憂鬱大遊園地)『バンクシー』1:聖地、イーストロンドン『バンクシー・ビジュアル・アーカイブ』2:「世界一眺めの悪いホテル」『バンクシー・ビジュアル・アーカイブ』1:「FLOWER THROWER」『BANKSY IN NEW YORK』2:ミートパッキング『BANKSY IN NEW YORK』1:序論***********************************************************************<バンクシー新作、看護師をヒーローに>バンクシーといえば、抵抗のアーチスト、ゲリラのように神出鬼没とのイメージであるが・・・今度の新作はほのぼのしたものです。コロナウイルスに対応している医療従事者を励ます新作です。デジタル朝日の記事を見てみましょう。2020/5/07バンクシー新作、看護師をヒーローに 「すべてに感謝」より 謎の路上芸術家、バンクシーが、新型コロナウイルスに最前線で対応している医療従事者を励ます新作を英南部サウサンプトンの病院に贈った。英公共放送BBCが6日、伝えた。1メートル四方の白黒の絵には、男の子がヒーローのようなマントをつけた看護師のおもちゃで遊ぶ様子が描かれている。 男の子の脇には、スパイダーマンやバットマンのおもちゃが籠に入ったままになり、看護師のおもちゃは片手を上げてスーパーマンのようなポーズをとっている。なじみのヒーローのキャラクターよりも、医療現場で奮闘する看護師を真のヒーローとしてたたえているようだ。 BBCによると、絵にはバンクシーから医療スタッフに向けて「あなた方がしているすべてのことに感謝します。白黒だけど、これが少しでも明るさをもたらしますように」とのメモが添えられていた。 バンクシーは6日、インスタグラムにも投稿。スポーツの試合で流れを一気に変える選手にたとえて「ゲームチェンジャー」との説明を添えた。 絵は今秋まで病院の玄関に飾られる。その後は競売にかけられ、売り上げは、病院の運営母体で、無料で医療を提供する国民保健サービスに寄付されるという。(ロンドン=下司佳代子)***********************************************************************<『バンクシー アートテロリスト』2>図書館で『バンクシー アートテロリスト』という本を、手にしたのです。21世紀のピカソ? 詐欺師? ビジネスマン?と問われるバンクシーであるが・・・表紙のコピーにもある「アートテロリスト」がしっくり来るのかも。【バンクシー アートテロリスト】毛利嘉孝著、光文社、2019年刊<「BOOK」データベース>より正体不明の匿名アーティスト、全体像に迫る入門書の決定版!【目次】第1章 正体不明の匿名アーティスト/第2章 故郷ブリストルの反骨精神/第3章 世界的ストリート・アーティストへの道/第4章 メディア戦略家/第5章 バンクシーの源流を辿る/第6章 チーム・バンクシー/第7章 表現の自由、民主主義、ストリート・アートの未来<読む前の大使寸評>21世紀のピカソ? 詐欺師? ビジネスマン?と問われるバンクシーであるが・・・表紙のコピーにもある「アートテロリスト」がしっくり来るのかも。rakutenバンクシー アートテロリスト***********************************************************************【バンクシー】吉荒夕記著、美術出版社、2019年刊<出版社>より「アートの世界は、最大級のジョークだよ。」--バンクシーなぜ、作品はオークション会場で細断されたのか?世界各地で巻き起こされる“事件”から、覆面アーティストの真相に迫る。<読む前の大使寸評>図書館に予約していたこの本を約2週間という短期間でゲットしたわけであるが・・・素早い予約が奏功したのかも♪<図書館予約:(11/27予約、12/11受取)>rakutenバンクシー***********************************************************************【バンクシー・ビジュアル・アーカイブ】ザビエル・タビエス著、グラフィック社、2018年刊<「BOOK」データベース>より天才覆面グラフィティ・アーティスト「バンクシー」。初期作から、2017年3月パレスチナ自治区ベツレヘムの「分離壁」の前にバンクシー自身が創設した“世界一眺めの悪いホテル”まで代表作品を収録。<読む前の大使寸評>ゲリラ的な落書きアートなので、今も残っているとはかぎらないわけで・・・アーカイブ記録集になるのでしょうね。rakutenバンクシー・ビジュアル・アーカイブ***********************************************************************【BANKSY IN NEW YORK】レイ・モック著、パルコ出版、2016年刊<「BOOK」データベース>より憂鬱な遊園地“Dismaland”を英国にて開催し世界中で物議を醸したバンクシー。彼がニューヨーク市中をハックした1カ月を追った全記録!<読む前の大使寸評>おお バンクシーの比較的初期の本ではないか。ぱらぱらとめくってみると、警察とのいたちごっこのような写真が多数見られます。rakutenBANKSY IN NEW YORK
2021.03.05
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図書館で『バンクシー アートテロリスト』という本を、手にしたのです。21世紀のピカソ? 詐欺師? ビジネスマン?と問われるバンクシーであるが・・・表紙のコピーにもある「アートテロリスト」がしっくり来るのかも。【バンクシー アートテロリスト】毛利嘉孝著、光文社、2019年刊<「BOOK」データベース>より正体不明の匿名アーティスト、全体像に迫る入門書の決定版!【目次】第1章 正体不明の匿名アーティスト/第2章 故郷ブリストルの反骨精神/第3章 世界的ストリート・アーティストへの道/第4章 メディア戦略家/第5章 バンクシーの源流を辿る/第6章 チーム・バンクシー/第7章 表現の自由、民主主義、ストリート・アートの未来<読む前の大使寸評>21世紀のピカソ? 詐欺師? ビジネスマン?と問われるバンクシーであるが・・・表紙のコピーにもある「アートテロリスト」がしっくり来るのかも。rakutenバンクシー アートテロリスト「Think Tank」ビジネスマン?のあたりを、見てみましょう。p249~252<お金に対する考え> ところで、マーケットの話になったので、脱線してそのままアート・マーケットの話を少し続けましょう。 最初に確認したいのは、バンクシーは作品を売ってお金を得る商行為自体を否定しているわけではないということです。彼は、自発的な無償の行為としてストリートの作品を作っていますが、「芸術のための芸術」を作っているわけではありません。彼はブラーの『シンク・タンク』のジャケットの仕事を引き受けた理由について、2006年の『スウィンドル』誌のシェパード・フェアリーのインタビューの中で次のように言っています。支払わなきゃいけない請求書があったので、ブラーの仕事を引き受けた。いいレコードだったし、お金も大きかった。これは重要な区別だと思う。もし自分が信じられるものだったら、コマーシャルなことを行うことは、それがコマーシャルだからといってゴミみたいな仕事だということじゃない。やなきゃ、資本主義を全部拒否して社会主義者にならなきゃいけなくなる。資本主義的かもしれないけど、素晴らしい作品のヴィジュアルと一緒になって、その一部になるというのはしばしば耐え難い矛盾かもしれない。でも、時にはそれは完全に共生可能なんだ。 かといって、お金を稼ぐだけのために作品を作っているわけでもありません。『ニューヨーカー』誌のインタビューではバンクシーは次のようにも言っています。最近自分の作品が生み出すお金には、少し居心地が悪く感じているんだ。けど、簡単に解決できる問題でもある・・・単にぐちぐち悩むのをやめて、全部そのお金をどこかにあげてしまえばいい。世界の貧困についてのアート作品を作って、その売り上げを全部いただくというのは、さすがのオレにもアイロニーが効きすぎている。(『ニューヨーカー』誌2007年) その上で、「オレが資本主を気に入っているところは、敵にさえも場所を作ることだ」とも続けています。資本主義は資本主批判をする人も中に組み込んでしまうのです。もちろん、実際のところバンクシーがどのような生活をしているのか、どのようにビジネスを行っているのかをインタビューだけで判断することは、あまりにもナイーブかもしれません。 けれども、こういう発言を見る限り、ある種イギリスの労働者階級的な倫理を持っていることがわかります。それは、働きに見合った必用なお金は貰うけれども、それ以上は必用がないという倫理なのです。<防潮扉のネズミの値段> 今回、日の出駅附近の防潮扉でバンクシー作と思われるネズミの絵が発見され、たくさんの取材を受けました。いろんな質問が出るのですが、序章でも書いたように、「これは本物ですか」という最初の質問のあとの二つ目の質問は、だいたい「本物だとすればいくらですか」というものでした。 私は、ギャラリストではなく、アート・マーケットのことについては門外漢です。「本物だとすればいくらですか」という問いに「専門ではないのでわかりません」と答えると、だいたい残念そうな顔をされました。 シュレッダーで裁断された≪風船と少女≫が1億5000万円だとすると、きっとそれなりの値段がつくにちがいないと期待しているようです。確かに、ここで金額を答えるとそれが記事の見出しになり、大きな話題になるのかもしれません。『バンクシー アートテロリスト』1()
2021.03.05
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