それでも翻訳論は商売柄、興味のある分野なので、読みやすくてためになりそうなものはないかと探していたら、ローレンス・ヴェヌティ(Lawrence Venuti)という人のThe Scandals of Translationがアンテナに引っかかってきた。題名を訳せば『翻訳のスキャンダル』。何やら不穏なタイトルではないか。興味津々で、さっそく読んでみた。
気軽なエッセイではないので、難しい用語も使われている。制度とか、実存とか、脱中心化とか、われわれ翻訳者が日常的に翻訳を語る際には絶対に出てこないような言葉も登場する。「同一性の倫理(an ethics of sameness)」「差異性の倫理(an ethics of difference)」というキーワードもある。ごく簡単にいえば、good morning は朝の挨拶である、と考え、同一の意味をもつ日本語「おはよう」に置き換える立場を「同一性の倫理」と呼び、言葉や文化の差異をはっきりさせるために「いい朝だ」と置き換える立場を「差異性の倫理」と呼ぶらしい。われわれが「意訳」「直訳」というものに近い。
ちゃんと読みこなせたかどうか自信はないが、文化間の力関係や社会制度の面から翻訳を捉えたThe Formation of Cultural Identities(文化アイデンティティーの形成)という章が面白かったので、ちょっとご紹介しよう。この章は、アメリカで翻訳出版された日本の小説を例にとって話を進めている。
Steeped in a sadness so great Icould barely cry, shuffling softly in gentle grouwsines, Ipulled my futon into the deathly silent, gleaming kitchen, Wrapped in a blanket, like Linus, Islept.