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2021.05.10
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カテゴリ: アート
図書館で『道化師の蝶』という本を手にしたのです。
円城さんの初期の小説であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・
円城さんの『文字渦』を読んで以来、気になる作家でした。






円城塔著、講談社、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
無活用ラテン語で記された小説『猫の下で読むに限る』。正体不明の作家を追って、言葉は世界中を飛びまわる。帽子をすりぬける蝶が飛行機の中を舞うとき、「言葉」の網が振りかざされる。希代の多言語作家「友幸友幸」と、資産家A・A・エイブラムスの、言語をめぐって連環してゆく物語。第146回芥川賞受賞作。

<読む前の大使寸評>
円城さんの初期の小説であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・
円城さんの『文字渦』を読んで以来、気になる作家でした。

rakuten 道化師の蝶


この小説のラストあたりを、見てみましょう。
p87~
 エイブラムス氏が慌てて帽子を引き寄せて、蝶へ向かって振り下ろす。蝶はすっぽり帽子に捕われ、ややあってからすり抜け羽ばたく。道化師の模様をひらめかせつつ。
 声にならない呻きをもらすエイブラムス氏の傍らに、老人がどこからか小さな銀色の捕虫網を取り出して立つ。ステッキを置き去りにして意外な速度で駆け出して、スナップを効かせて蝶を捕らえる。網の口を人差し指と中指の間にそっと挟んで、今度はゆっくり歩いて戻る。袋の中で蝶が羽ばたく。

「これも何かの御縁ですから、どちらかを進呈することとしましょう。道化師の蝶か、道化師を捕まえる網かどちらかを」
 蝶を網からはずした老人ガ、両者を右手と左手で天秤にかけつつ返答を待つ。
「それは」
 椅子の上へと崩折れたエイブラムス氏が呟いている。喘ぎながらようやく呟く。
「着想を捕らえる網だ」
「そうですか。まああまり乱用されぬのが良い。あなたの身も滅ぼしましょうし」
 老人は網をエイブラムス氏の手に押し込んで、右手の蝶を宙へと放ち、わたしへ向けて大きく手を振る。

 わたしはこうして解き放たれて、次に宿るべき人形を求める旅へと戻る。
 一打ちごとに、過去と未来を否定して飛ぶ。かつて起こったとされることたちも、これから起こることどもも、裏と表を入れ替えながら、そのたびごとに羽の格子の中の色を入れ替えながら。

 ひらひらと距離を畳んで高空へ至り、鋼鉄製の鳥が飛ぶのへ引き寄せられる。
 一人の男が難しい顔でペーパーバックの頁をめくり、膝へと投げ出し目を瞑る。その男には見覚えがある。どこで見かけたのかを思い出そうと、わたしは男の頭をへ滑り込み、中に詰まった言葉を押しのけ外へと散らす。何かを思い出したり考えたりするのはわたしではない。そんな機能はこの体に備わらない。そうした機能を得ようとするなら、何かの頭を借りねばならない。

 わたしは男の頭の中に、卵を一つ産みつける。
 言葉を食べて、卵からかえる彼女は育つ。
 こうしてわたしは思考を続ける。

 七面倒くさい道筋を辿り、ようやくなんとかかろうじて雄に会うことができ、ほっとしている。こうして卵を産むことができたのだから、屹度、雄には会えたのだ。わたしたちの種が少ない、これが理由だ。

 とにかくなんとか種を維持するほどの繁殖だけはしているのだが、繁殖の作法は固定に到らず流転し続け、いちいちが秘密に鎖されている。その度ごとに、場に機に応じた方策を、なんとか捻り出さねばならない。なにごとにも適した時と場所と方法があるはずであり、どこでも通用するものなどは結局中途半端な紛い物であるにすぎない。

 時と場所が変化をすれば、繁殖の方法だって変化をせずにはいられない。
 旅の間にしか読めない本があるとよい。
 そんな着想が男の頭でゆっくり形をとりはじめる。今はもう見届ける暇もないが、結果はいずれ知られるだろう。わたしたちの子供が羽ばたくことで。
 無数の蝶のどれが一体彼女なのかは、羽の模様で明瞭り(はっきり)とわかる。
(完)


『道化師の蝶』2 :友幸友幸についてp25~28
『道化師の蝶』1 :エイブラムス氏との会話p12~15





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Last updated  2021.05.10 01:17:23
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