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2021.05.07
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カテゴリ: アート
図書館で『回転木馬のデッドヒート』という本を手にしたのです。
村上さんの初期の短篇小説集であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・
図書館めぐりの役得というか、一期一会なんでしょうね♪

実はこの本を借りたのは2度目であることが、帰って調べたら分かったのです(またか)
で、この記事を(その6)とします。




村上春樹著、講談社、1985年刊

<「BOOK」データベース>より
現代の奇妙な空間ー都会。そこで暮らす人々の人生をたとえるなら、それはメリー・ゴーラウンド。人はメリー・ゴーラウンドに乗って、日々デッド・ヒートを繰りひろげる。人生に疲れた人、何かに立ち向かっている人…、さまざまな人間群像を描いたスケッチ・ブックの中に、あなたに似た人はいませんか。
【目次】
はじめに・回転木馬のデッド・ヒート/レーダーホーゼン/タクシーに乗った男/プールサイド/今は亡き王女のための/嘔吐1979/雨やどり/野球場/ハンティング・ナイフ

<読む前の大使寸評>
村上さんの初期の短篇小説集であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・
図書館めぐりの役得というか、一期一会なんでしょうね♪

rakuten 回転木馬のデッドヒート


「タクシーに乗った男」の冒頭を、見てみましょう。
p36~39
<タクシーに乗った男>
 何年か前のことだが、ペンネームを使って小さな美術誌のために画廊探訪のような仕事をしたことがある。画廊探訪とはいっても僕は絵についてはまったくの門外漢だからべつに専門的な記事を書くわけではなく、画廊の雰囲気やオウナーの印象を軽いタッチでまとめるといった種類の作業である。

 僕としてもとくに意欲的にとりくんだというわけでもないし、ちょっとしたいきがかりでたまたま始めたことだったのだが、結果的にはこれはなかなか面白い仕事になった。僕自身も小説を書きはじめてまだ間がない頃だったので、いろんな種類の人々に会って話を聞き、それを記事にまとめるという作業をすることは文章を書く上でとても良い勉強になったように思う。世の中の人々が何を考えていて、それをどんな風にことばにするかというところを僕はなるべく注意深く観察し、それをうまく刈りとって、僕自身の文章に再構築するようにつとめた。

 その連載記事は1年間つづいた。雑誌は隔月発売だから、全部で6回ということになる。編集部に(といったって編集者一人きりしかいないのだが)面白そうな画廊をいくつか紹介してもらい、僕が自分の足で歩いてみてそのうちのひとつを選んで記事にするというものだった。四百字詰めにして15枚ほどの記事だったが、僕自身がどちらかというと不器用で人見知りする性格であったために、はじめのうち作業は難航した。いったい相手に何を訊ね、どうまとめればいいのかまるでわからないのだ。

 それでも何度か回をかさね、細かい試行錯誤をくり返すうちに、僕はそこにひとつのコツらしきものを発見しいた。インタヴュアーはそのインタビューする相手の中に人並みはずれて崇高な何か、鋭敏な何か、暖かい何かをさぐりあてる努力をするべきなのだ。どんなに細かい点であってもかまわない。

 人間一人ひとりの中には必ずその人となりの中心をなす点があるはずなのだ。そしてそれを探りあてることに成功すれば、質問はおのずから出てくるものだし、したがっていきいきとした記事が書けるものなのだ。それがどれほど陳腐にひびこうとも、いちばん重要なポイントは愛情と理解なのだ。

 僕はそれ以来数多くのインタビューの仕事をしたけれど、インタビューすの相手に対して最後まで一片の愛情をも抱けなかったという例はたった一度しかなかった。それは週刊誌の大学探訪記事を書くためにある有名な私立大学を取材した時で、僕は1週間近く大学を歩きまわって、権威と腐敗と不誠実の匂いしかかがなかった。学長や学部長を含む十人近くの教員にインタビューして、まともなことばで語ることができた相手は一人しかいなかった。そしてその助教授は2日前に退職願いを出したばかりだった。
(中略)

 僕に「タクシーに乗った男」という題の絵の話をしてくれたのは40歳前後の女性のオウナーだった。彼女は決して美人とは言えなかったが、人の心をふとなごませてくれるようなおだやかで上品な顔つきをしていた。大きなリボンのついた白いブラウスにグレーのツイードのスカートをはき、黒いすらりとしたハイヒールをはいていた。生まれつき足が悪く、彼女が木貼りの床を横切ると、不揃いな足音がガランとした室内に楔のように響きわたった。

 彼女は青山のビルの1階で版画を中心とした画廊を経営していた。その時壁に飾られていた版画は僕のような素人が見ても上出来な作品とは思えなかったが、彼女の人柄の中にはある種のマグネティズムのようなものが潜んでいて、その奇妙な力が彼女をとりまく様々な事物を実際以上に輝かしく見せているように僕には感じられた。


『回転木馬のデッドヒート』5 :レーダーホーゼンp16~19
『回転木馬のデッドヒート』4 :「ハンティング・ナイフ」の冒頭p165~168
『回転木馬のデッドヒート』3 :今は亡き王女のために(つづき)p97~100
『回転木馬のデッドヒート』2
『回転木馬のデッドヒート』1 :はじめにp7~9
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Last updated  2021.05.07 00:46:32
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