2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全31件 (31件中 1-31件目)
1
いつも応援して頂き、ありがとうございます。この旅行を利用して、トップレフトという国際金融を舞台にした小説を読みました。昔、一金融マンだった私にとって当時、悩んでいたことが一部、そのまま描かれていたのでリアリティをもって読むことが出来ました。仕事をする上において、人は誰しも現実と理想のギャップに悩むものかもしれません。当時私はそのギャップは金融機関特有のものだと思っていました。今でのその点はあるなという思いはあります。金融業は他の業界と比較して変わっている点が多いのは事実です。その中で、先日の日記にも書きましたが「制約」という与えられた条件のもと、どう考えどう行動していくのか。邦銀と外銀という同じ銀行でも全く異なる風土、システムの中で人格さえも変えてしまう会社、仕事、地位をめぐって繰り広げられるサスペンスに私は没頭してしまいました。仕事の結果と自分の良心のバランスをいかにとっていくか。この微妙な関係を金融機関だった当時の私、一広告営業マンとして働いたわずか10ヶ月の期間で感じた私、そしてこれから社員2名のベンチャー企業で働く立場としての私、あらゆる角度から見つめなおせた貴重な時間でした。今回の転職に伴う自分の決意を改めて確固たるものにさせてくれたのもこの本であり、帰りの飛行機の中でした。贅沢なクルーズ旅行で現実世界から飛躍してしまった自分の頭をこれでリセット出来たかなと思います。あなたは、心の葛藤を整理してくれる本に出会っていますか?
Jan 31, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。8日間のクルーズ旅行も終了し、日本へ帰国する前日。空港への到着時間をめぐって彼女と見解がずれていました。私は出発2時間ぐらい前に行けば十分でしょと思っていたのですが、彼女は2時間半前には到着すべき!と考えていました。普段、時間に対してあまり気にしない彼女だけに、なぜ今回だけ、そんなに急ぐの?しかも、朝の3時、4時に起きるという不規則な時間なのに。。。と思っていました。私はなかなかその行動を理解出来ませんでしたが、仮に出発時刻に間に合わないのも困るので彼女の指示に従いました。結局、朝の4時過ぎに空港に到着しましたが、受付カウンターが朝の5時のオープンで待ちぼうけになりました。よくよく彼女に聞いてみると、以前米国の出国審査で1時間以上も待たされた経験があるとのこと。だから早めに行かないと心配で仕方ないとのことでした。人は自分の過去の経験から物事を考えます。私は出国審査で苦労した経験がありません。だからあせる必要はないだろうと判断していました。これはあくまで私の判断。過去の経験から導いた独断と偏見による判断を下していました。彼女がどういう思考回路で早めに到着したいと口にしたのか、彼女の判断基準を聞く姿勢を怠っていました。自分勝手な判断はコミュニケーションにおいて極めて危険です。相手の思考回路の中に入ることは面倒ですし、労力を要します。しかし、これをやらないと相互理解はありえない気がします。ひとつの例ですがいい教訓になりました。あなたは、相手の判断基準で物事を判断出来ますか?
Jan 30, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。結局、クルーズ旅行の最中、カジノはやりませんでした。私の場合、麻雀は仲間とのコミュニケーションのひとつとして少しはしますが、競馬、パチンコ、宝くじなど賭け事はほとんどしません。賭け事に期待するほどばかげたことはないと思っているからかもしれません。しかしせっかくのクルーズ旅行。一度ぐらいはカジノもやってみようかなと思っていました。お金儲けではなく純粋にその場の雰囲気を楽しみたくてという理由です。しかし、やらなかったですね。結局、カジノそのものに興味がないんでしょうね。せっかくの機会だから。。。と自分に言い聞かせている時点で、無理があるのかもしれません。何でもやれることがあるのに、やりたいことをやらないで自分を苦しめる必要はないですよね。しかもそのこと自体が何かしら自分の成長にプラスになるのだったら喜んでやるかもしれませんが、今の私にってカジノをやることはそれ以上でも以下でもないと自然に判断したのでしょう。やらなかったことで悔いが残っていないところを見ると、カジノへの感情はほとんどなかったんでしょうね。人間結局はみんなそれぞれのエゴで行動していると思います。自分の喜びを見出すために行動しているのであって、その喜びの種類が違うから行動も変わるだけであって、喜びを求めて行動するという点は一致していると思いました。あなたは、何に喜びを見出しますか?
Jan 29, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。私は他人を「こんな傾向がある人間だ」と判断することが多いみたいです。今回の旅行で初めて感じたことです。私の彼女はそのときの自分の感情、つまりは好き嫌いで行動する傾向があります。そのこと自体は昔から気付いていたのですが、その好き嫌いが一定のものではなく、その瞬間瞬間によって変化することに旅行中、ようやく気付きました。このことに気付かず、彼女はどんな行動パターンをするんだろうと今までずっと考えていました。昔こういう行動をとったから今度はこうだろうと、私の頭の中では彼女の行動パターンを勝手にひとつの傾向に落とし込もうとしていたのです。しかしその傾向が定まらないのです。そこでもっと深く考えていったらひとつの方向性が見えてきたのです。その瞬間瞬間での気持ちで動いていると。だったら理解出来るはずがないなと。ひとつのパターンにあてはめようとする私の脳の動きは、義務教育の典型的な例かもしれません。覚えたことをそのまま紙に落とし込んだり、公式にあてはめたがるところは感情を抜きにした機械的な要素が強いかもしれません。もう少し人間らしく、柔軟に対応していきたいものです。あなたは、ひとつの傾向にとらわれていませんか?
Jan 28, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。本日はあるフェリーにのって遺跡を見に行く予定でしたが何を間違えたか、乗るべきフェリーがわからず、私たちを乗せることなくフェリーが出発してしまったので、遺跡を見ることが出来なくなりました。私と彼女は途方にくれました。特に彼女は遺跡ツアーをとても楽しみにしていたので、見れなくなったショックは大きかったと思います。フェリーを見つけられなかった責任がどっちにあるのか?きっとお互いがお互いを非難したかったに違いありません。「あなたが見つければこんなことにならなかったのに!」「あなたがあの時こういったからダメだったんでしょ!」しかし私たちはお互い、そんなことは言いませんでした。行けなくなったものは仕方ない。別の方法で楽しもうと口にはしなかったものの、そう思っていたことでしょう。結局、下船した島をレンタルバイクでドライブしました。そのとき見た、海はこの旅行一番の透明さを放っており、遺跡を見るよりよっぽど良かったと彼女も大満足の様子でした。大切なことは遺跡を見に行くことではなく、お互いが旅行を楽しむことです。遺跡を見に行くのはそのひとつの手段に過ぎません。ひとつに固執しすぎると失敗するケースは多いと思います。自然と気持ちを切り替えられ、失敗を相手に押し付けなかったことが、楽しい旅行につながったのだと思います。勿論、旅行中些細な喧嘩はたくさんしました。こんな細かいことで喧嘩するなんてバカらしいなと思ったことは数え切れません。それでも楽しいと思えたのは、大事なところで方向性を誤らなかったからかなと思います。彼女の前向きな対応に感謝です。あなたは、良好な人間関係を作るのに大切なことは何だと思いますか?
Jan 27, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。旅行中、専用のカメラマンが乗船しており、いろいろな場面で写真を撮ってくれます。それぞれ自分たちのカメラを保有しているため、いなくてもいいのになと思いつつ撮ってもらい、その写真を見ると欲しくなるのが人情です。そしてその値段が一枚約1,000円。何枚も無駄になっている写真ですが、一人当たり10枚の写真をとってもらったとして、一枚でも購入してくれればきっと原価は確保できてるんだろうなと思います。さて、今日はエイと触れ合うツアーに参加しました。そこでもそのツアー専門のカメラマンがいたのですが、そのカメラマンが持っていたのはデジカメでした。水の中ですので防水カバーはつけてありますが、撮影した写真を帰りのフェリー上でお客にPC上ですぐ見せるのです。そして気に入った写真があると写真として渡すのではなくその場でCD-ROMに焼いて渡すのです。これは素晴らしいシステムだと思いました。なぜなら無駄な現像代が一切かからないからです。カメラ屋にとってみれば、売れない写真の現像代ほど無駄なものはありません。その現像代をすべて省くことが出来るのですから、かかる費用は人件費のみです。初期投資としてPC、デジカメ、防水カバーをそろえればあとは原価のCD-ROMだけですね。勿論デジタルでバイトの問題はあると思いますが、この船に乗るようなお客さんであれば、そこそこ対応できることでしょう。デジタル化の波は船上にまで来ていました。あなたは、デジタル社会になってどんな恩恵を受けていますか?
Jan 26, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。私は大食漢です。見た目が細いのでそう思われる人は少ないようですが、よく食べます。しかも「米」を大量に消費します。日本人を実感するときですね。その私がこのクルーズ旅行で一番楽しみにしていたのが実は食事です。なぜならすべての食事がビュッフェスタイルだからです。食事の場所は基本的にコース料理が運ばれてくる「メインダイニング」と、自分で並んで好きなものを好きなだけお皿に盛る「カジュアルビュッフェ」の大きく2種類があるのですが、これらでの食事はクルーズ料金に含まれているので、好きなものを好きなときに好きなだけ、しかも「無料で」で食べられる感覚です。勿論、量だけにこだわっているのではなく、その質もなかなかのもので、そのあたりにある食べ放題にすれば客がくると思っている量重視のお店とは一線をかくします。このビュッフェスタイルを3,4日も続けていると、感じることが出てきました。日常生活のようにお金を出していざ食べ放題となると、何でも食べてやろう!という貧乏症が出てしまうのですが、今回のようにいつでも食べられるとなると、自分の本当に好きなものだけ食べようという気になるのです。普段食べられないものではなく普段から食べているもの。つまり私の大好きな「白米」と「水」。これを自然ととるようになるのです。人間、制限がなくなると本質に回帰するものなのかなとフト頭をよぎりました。今、時間もお金も制限された状態で生きています。もしお金が無尽蔵にあったらどのような生活を送りますか?何をやってもいい時間が永遠に続いたら何をしますか?私たちは日々制約された中で生活しているため、その制約から逃れたいと思っている人が大半でしょう。しかし、いざその制約が永遠になくなったらどうでしょうか?本当に納得して満足する生活が出来るのでしょうか?私はビュッフェスタイルの食事を繰り返していて何事にも制限はあった方がいいなと思いました。生きていく上では法律、会社の中では会社のルール、家族の中では家族のルール、スポーツではそれぞれのルール。すべてにおいて制限があります。その範囲でやるからこそ、いろいろな刺激や楽しみが生まれるものかもしれません。あなたは、世の中の制約から解き放たれたいですか?
Jan 25, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。本日は生まれて初めてパラセイリングに挑戦しました。普段、陸上で生活していることもあり、「海」と「空」は必ず経験したいと常々思っていました。大学の卒業旅行でスキューバダイビングの免許をとったことをきっかけに「海」での楽しみは満喫してきました。しかしスカイダイビングやパラセイリングといった「空」はまだ未経験でした。そのため、この機会にどうしても!と思い、ついに念願がかなったかたちになったのです。水面からどれほどの高さになったのでしょうか。20mなのか30mなのかその感覚は全くわかりませんが、不思議な浮遊感がありました。地上で生活していると、空に浮くなんて不可能だと思いますが、一度浮いてしまったら浮いた状態を維持するのはそんなに難しいことではないのかもしれません。あれだけ重い飛行機が浮いていられる理由も感覚的にわかったような気がしました。また空に浮いているときは、すごいスピードで飛んでいたはずなのですが、風はほとんど感じませんでした。まるで自分だけが別世界にいるかのように、海や砂浜、船までの距離感やスピード感、時間といった概念がすべて吹き飛んでしまう、そんな感覚に陥りました。たった10分ほどの短い「空」の経験でしたが、感動というより不思議な感覚が残りました。あなたは、「海」と「空」の活動を経験したことありますか?
Jan 24, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。本日は一日中、船内での生活でした。しかし、飛行機の生活と違って何をしてもOKの完全フリー状態。さっそく朝目覚めてから、見渡す限りの海を目の前にジョギングしてジムで体を鍛えました。筋トレ大好きな私にとっていつでも自由に使えるジムは最高の設備です。そのジムに行くと、朝から多くの欧米人がせっせと体を動かしていることに驚きました。日本人で朝から運動する人は少ないでしょう。彼らには予防医学の概念が浸透しているのかもしれません。というのは、日本人は病気になってから病院に行きます。歯も一緒で痛くなってから歯科に駆け込みます。一方米国人は保険料が高いためか(いくらかは知りません)病気になってから手をつけるのではなく、病気になる前の健康管理に気をつかうそうです。歯にしても半年や一年に一度、痛みがあるないにかかわらず歯科に通って見てもらうそうです。悪いところの早期発見ですね。朝から体を動かして汗を流すと、体調がいいこといいこと。朝食は最高に美味しいし、自分が生きているなと実感出来ます。それを朝感じられることが素晴らしいなと思います。一日のスタートが良ければ細かいことはすべてを包括してくれるような気がします。船の中は基本的にビュッフェスタイルなので、きっと食べ過ぎることでしょう。歯止めが利かない食欲を無理して抑えるのではなく、こうして体を動かしてエネルギー消費を増やすことでカバーしようと思いました。あなたは、体を動かして生きている実感をもっていますか?
Jan 23, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。ヒューストン経由でマイアミに到着。マイアミのホテルに一泊し、いざ出港すべくマイアミポートに向かいました。マイアミポートに向かうタクシーの中で実際に乗る船を見たのですが、そのあまりの大きさに愕然としました。「こんなにも大きな物体が本当に船なのか!」と。乗った船はロイヤル・カリビアン・インターナショナル社の「ナビゲーター オブ ザ シーズ」。14万トンクラスは世界トップクラス。乗客収容人数3,114名もトップクラス。名実共に巨大船でした。なんせ船なのに15階まであって、船の中には3層吹き抜けのメインダイニングや、現実世界のショッピングストリートが船内にあるのですから。船上にはプールやトラック、バスケットコート、ゴルフ場、ロッククライミングなどの施設が備えられており、まさに遊ぶ空間。東京湾クルーズで船に乗ったときも驚きましたが、その範囲をはるかに超えるものでした。きっと今回のナビゲーターを見た後でしたら、東京湾の船には感動しないんでしょうね。自分の知らないことを知ったとき、人は心を動かされます。その知らない範囲をどこまで広げることが出来るか。これがその人のキャパシティにつながると思います。今回「乗客船」というテーマでくくると、ほんの数ヶ月前まで私はそんなものがあることも意識しない程無知でした。それが今では最大級の船まで経験し、船に関してはどんなものが出てきてもそれほど驚かない状態になっています。どんな分野にも強くなれたらどれだけ楽しいことでしょうか。あなたは、未知の分野に臆することなく踏み込んでいますか?
Jan 22, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。本日、地域新聞社からマジカルポケットへ転職する間の休暇を利用してカリブ海のクルーズ旅行に旅立ちました。社会人になってからの海外はもっぱら飛行機で4,5時間程の近場だったため、今回のようの米国までの長時間旅行は久しぶりでした。長時間のフライトで感じたことは、飛行機内はまさしく養豚場だということです。狭いスペースにじっとさせられ決して美味しいとは思えないバランスの悪い食事が三度も運ばれてきて、ひたすら体内に放り込む作業を行うのです。体を動かすことなく食べて寝てを繰り返すのは、養豚場そのものではないでしょうか。日頃、体も頭も自由に働かせることがどれほどイキイキした生活につながるのか、改めて感じました。幸い、ぐっすり寝ることが出来たためフライトそのものは長く感じませんでした。日々の生活はちょっと手を抜くと養豚場になりがちです。望んでいないにもかかわらず、勝手に怠惰な生活になってしまうのは人間らしいかもしれませんが、そうならないように今日の制限された十数時間を心に刻みたいものです。あなたは、養豚場生活に慣れていませんか?
Jan 21, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。世の中では毎日のように殺人事件がニュースに取り上げられます。世間が物騒になったなと思えばそれまでですが、このニュースそのものが殺人事件を後押ししているような気がします。「他人がやっているからおれもいいかっ!」心のどこかで人間がもっている性です。殺人事件を毎日見せられると自分がやっても当たり前の感覚に陥ってもやむを得ないと思います。無意識のうちに人間の潜在意識の中に刷り込まれるほど怖いものはありません。意識下ではなく無意識下なので、身体が勝手に反応してしまうからです。正確なデータはわかりませんが、昨夏開催されたオリンピック期間は殺人が少なかったんじゃないかなと想像しています。世間が皆、オリンピック一色になって日本人の活躍に一喜一憂していたからです。人々の心がオリンピックに向いていたからこそ、殺人がテーマにならないかもしれません。「事故多し!スピード減速せよ!」「心にゆとりを!ゆったり運転が家族を守る」あなたはどちらに安心感を覚えますか?身体が素直に反応して、気持ちよくなるのはどちらですか?ニュースを取り扱うメディアの方々には、世の中を変える大きな力をもっていることを再度認識してもらいたいです。あなたは、言葉のもつ力を信じますか?
Jan 20, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。一部の方にはすでにご連絡させて頂きましたが、本日が地域新聞社での最終出社日となりました。4年間勤めさせて頂いた前職を退職し、地域新聞社に入社したのが昨年4月。わずか10ヶ月もの短い勤めに終止符が打たれました。「10ヶ月なんてあまりに短かった」というのが正直な感想です。個人的には何も成し遂げず「これでいいのか?」という気持ちもたぶんにあります。きっと2年、3年と過ごすうちに見えてくることがたくさんあるはずです。一概にひとつの会社に長く勤めればいいとは思いませんが、長く勤めるからこそ見えてくることってあると思います。その良さを知らずに縁のあった会社を去ることは、とても心残りです。しかし、私は決断したのです。友人が経営している社員2名の会社で挑戦し続けることを。ポイントは「挑戦し続ける」ということです。地域新聞社では、入社当時から長くて4年と決めていました。社長にもそのことはお話させて頂きました。そのため、一生働き続けるという意識が皆無で、言ってみればいつ退職しても良い状態にあったと言えます。だからといって業務をおろそかにすることはありませんでしたが、コミットが弱かったことは自分でも認識しているつもりです。今度は違います。「次はない」と腹をくくっています。何があっても這いつくばってやり遂げる。その意思を明確に出来たからこそ、わずか10ヶ月で地域新聞社を退職し、新たな道へ挑戦する道を選択したのです。人は私のことを「忍耐弱い人間だ」と言うかもしれません。きっとそういう評価をすることでしょう。こんなこと気にしていたら前に進めません。今やるべきことをやるだけ。そこにコミットするだけ。やりぬくだけ。だから今年の目標は「がむしゃら」なのです。地域新聞社の社員の皆さん、パートさん、さらにはお客さんすべてに暖かく見守って頂いて、ありがとうございます。この場を借りて、心より御礼申し上げます。地域新聞社は本当に働きやすい環境でした。これからもさらに仲間を増やし成長していって欲しいです。本当に短い間でしたが、お世話になりました。あなたは、新たな旅立ちに何を決意しますか?
Jan 19, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。66歳のルーマニア人女性が出産に成功しました。66歳というとすでに定年退職を向かえ、あとは悠々自適に年金生活を楽しむ頃ですよね。そんな時期に出産なんて、私には想像もつきませんでした。この時点ですでに既成概念にとらわれているのかもしれません。限界は自分の脳が勝手に作り出している!と、耳にしたことはありませんか?以前の日記でこの話題に触れたことがあります。営業を行う私も、どれほどお客さんの立場を知らずに自分で「このお客は買ってくれない」と思い込んだことでしょうか。頭が痛くなるばかりで、目も開けられません。今回の66歳の女性の出産は体外受精だそうです。さらに帝王切開で生まれてきた赤ちゃんの体重は1,400グラムのようです。全ては通常と異なります。通常と違うことに目を向けるのか、それとも生んだ奇跡に目を向けるのか。私は「産みたい」という気持ちがそれほど強かったんだなと感じました。気持ちの持ちようで人間はどこまでも生まれ変われます。そのことを証明するひとつの出来事になりました。結局は気持ち次第。行動を細分化することの大切さを書いたばかりなのに、すぐ逆のことを書くと疑われそうですが、個人的には「ハート」を重要視した生き方をしたいですね。あなたは、人間の限界をどこまで信じますか?
Jan 18, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。あなたは自分の弱みを他人に素直に見せられますか?私は大胆に自分の弱さをさらけ出してしまう傾向にあります。いつもは我をはっていますが、それでも自然体で強み弱み関係なく、また家族恋人友人とも関係ないようです。他人はそんな私を見て、「もっと接する人によって対応を変えていかないと駄目だよ」と指摘してくれます。その方がきっと世の中うまく渡れるんだろうなと思います。しかし、私は素直に出来ないのです。ありのままの自分でいたいという思いが強いからでしょうか。誰もに対して分け隔てなく接することは、難しいと思われていますが、簡単なことです。自分が第三者を「誰」という定義をしなければいいのです。脳の中で勝手に判断して区分けするから、対応が変わってくるのです。勿論、私もお会いする人の性格や雰囲気によって対応は変化させますが、それでも友人家族恋人といった定義上の区分けで分類することはありません。そういった物事の概念で区分けしていると、他人も自分のことを区分けして見るような気がします。「私を私として見て欲しい」という勝手な願望をかなえたいと思うからこその行動になっているだけかもしれませんね。あなたは、個人・団体、どちらの自分で見られたいですか?
Jan 17, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。人間の許容量(キャパシティ)はそう簡単にアップするものではないそうです。では、なぜこの人は許容量が大きいという話が飛び交うのでしょうか。ある人の話では次の方程式が成り立つそうです。「負荷量+受容量=許容量(キャパシティ)」キャパシティは受け入れる度量(受容量)だと思い込んでいた私にとってストレス(負荷量)を指標として取り入れることは想像すらしませんでした。日常生活で起きる様々なことに、いつも怒っている人って周りにいませんか?常にストレスがかかっている状態ですね。このような人は「負荷量」がとても高くなります。そのため、受容量が極端に少なくなり、結果としてキャパシティが狭いと思われるそうです。世間で言うキャパシティを増やすには、受容量を増やすことであり、そのためには「負荷量」を減らすことが最短のルートになります。細かいことにイライラしていたり、神経をとがらせていては、周囲から見てキャパシティが狭い人間と思われます。いつでも冷静で怒りを感じない体質を身に着けることが受容量アップに欠かせませんね。あなたは、自分の対応でキャパシティを減らしていませんか?
Jan 16, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。私はどんなに自分の対応を変えても態度が変わらない人を前に、「この人は何をやっても変わらない頑固な人だ」と思い込み、あきらめていました。大いに誠意を尽くしても、私の意見を全く聞こうとせず、自分の考えを押し付けてばかりいるので、いい加減いやになってしまったのです。このことを第三者に話したところずばり言われたことは「あなたは、その人への対応方法を細分化出来ていない だけ。やり方を知らないだけであきらめている。」でした。何も反論出来ませんでした。「やるだけやった。」のは確かかもしれませんが、そのやった範囲はあくまで自分の知っている範囲のみ。人生経験豊富な他人の意見を聞くでもなく、本などで新たな知識を吸収するでもありませんでした。もっともらしいことを言って現状から逃げているだけでした。どうにもこうにもならない状況を他人のせいにするのは楽な方法です。私自身、自分に原因を見出そうとしているつもりだったのですが、行動は全くそうなっていませんでした。恥ずかしい限りです。誠意を見せれば何とかなると思い、当たって砕けていたのが私であり、その方法論や対応方法を行動レベルに細かく分ける能力がなかったため八方塞になっていました。次に打つ手は何か?わからなかったら聞く。わかれば実行する。うまくいかなかったら見直す。ただひたすら自分の行動レベルを見つめることが、新たなきっかけを切り開くものだと思いました。あなたは、やるべきことを行動レベルに落とし込んでいますか?
Jan 15, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。「人を信じる能力」は、人それぞれ異なります。皆さんはどれほどの力をもっていますか?純粋に他人を信じることが出来ますか?疑いもなくこの人となら!と思える瞬間がありますか?他人から指摘されてわかったことですが、私はこの能力が高いようです。人に惚れやすい性格だからですね。何をするかより、誰とするか。物より人重視の傾向があります。最もこの能力は高ければよいものではありません。惚れやすいということは、騙されやすいとも言えます。「こいつなら簡単に騙せる」と思われたら最後。徹底的に吸い尽くされるかもしれません。その怖さをまだ味わっていないので、純粋に人を信じられるのかもしれません。もしくは騙されていることに気付いていないだけかもしれません(笑)。どちらにせよ、私のもっている貴重な武器のひとつなのでいつまでも大切に守り続けられればなと思います。あなたは、他人を純粋に信じられますか?
Jan 14, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。今年に入ってからというもの、新聞では「少子化」をテーマにした記事が圧倒的に増えています。今後日本は未体験ゾーンに突入していくことになります。日本に出回るお金の量に変化がなく、人口が減ればそれだけ裕福になるんじゃないの?なんて、楽観的なことを考えることもありますが、単純に考えて、人口が減ればそれだけ消費をする人が減って、労働する人も減るので全体の活動量そのものが低下傾向になります。それが何を意味するのか?正直私はつかめていません。子供の頃、毎年のように物価が上がっていくのを見て、不思議に思っていました。同じものなのにどうして一年後に買うとこんなに高くなるのだろう?ってね。インフレという言葉を知らない子供時代。時間の価値を無視した突拍子もない発想かもしれませんが、普遍的なことへの疑問は当時の方がもっていたかもしれません。日本の活動量のパイを下げないためにも、元気なお年寄りを増やしたり、海外からの移民を受け入れる、さらには、子供を育てやすい環境作りなどの体制作りが、いまや必要不可欠になっています。現実化してから手を打つのではなく、あらかじめわかっていることに対処しない手はありません。現実から目をそらさないように、常に現場密着!コツコツありたいものです。あなたは、小さなことでもコツコツ継続出来ますか?
Jan 13, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。私は結論主導型の人間のようです。何かをしようと思ったとき、まず結論があります。自分の直感なのか、確信なのかわかりませんが、とにかくまずは結論があります。その結論に対して決断してから、物事に取り組みます。そのため理由が明確でない場合がけっこうあります。直感に従っているのでやむをえないです。しかし、この直感を第三者に伝えなければならないときは大変です。理由は後から考えればいくらでも出てきます。きれいに並べることは簡単です。しかし、その理由は本質を突いていないため、自分の言葉にならないのです。自分の想いを他人に伝えられないほど悔しいものはありません。この気持ちわかってくれよ!と思えば思うほど気持ちばかりが先走り、論理的思考が弱まります。コンサルタントのように理論整然と物事をストーリー性をもって力強く語れるようになりたいものです。あなたは、自分の想いを100%他人に伝えられますか?
Jan 12, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。「日本には失敗した人に再チャレンジする風土がない」と言われます。「失敗を非」ととらえる傾向にあるからでしょう。失敗した人を「駄目な人間だ」と片付けることは簡単です。何も考えなくていいからです。そこで立ち止まって欲しいなと思うのは、その失敗の本質は何?ということです。なぜ失敗は起きたのか?必然だったのか?それとも偶然だったのか?失敗をどのように活かせるのか?二度と起こさない方策はあるのか?起きた事象のみを見て、本質を見ようとしない風潮が問題ではないでしょうか。失敗を失敗としか捉えられないのは、まさしく詰め込み式教育の弊害としか思えません。立場を変えると、失敗した人にも考え方に問題があるように思えます。本当に誰にも相手にされないですか?失敗した人の頭の中で「失敗=復帰のチャンスなし」と勝手に決めつけていませんか?立ち上がろうと頑張ってちょっと壁にぶち当たっただけで「やっぱり日本にはチャンスがないんだ」とあきらめていないでしょうか?あきらめなければやがてチャンスがくると思います。日本には1億2,000万人の人間がいます。世界を見れば60億人の人間がいます。そのすべての人間がチャンスを与えてくれないとは決して思いません。自分で勝手な方程式を作るのは極めて危険だなと思います。あなたは、勝手な思い込みで行動に制限をかけていませんか?
Jan 11, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。私は昨年の4月3日から「一日一通実践中」と称して毎日、手書きの葉書を送っていました。この日記のように一日も欠かさず書かせていただいたのですが、年末年始は年賀状を書いたため、中止していました。1,2週間、中止したことで気付いた点は、葉書を書くことは結果として自分のためにやっていたんだということです。葉書をもらった人もうれしいとは思いますが、実は書いている私自身の心が穏やかになっていたようです。今、「一日一通」を実践していないためか、他人に対してつっけんどんになったり優しく出来なかったりする自分に気付いてしまいました。葉書を書いていないことが直接の原因かはわかりませんが、他人に対する思いやりや感謝の気持ちを感じる瞬間をあえて作ることで、自分が生かされている実感をもてるのかもしれません。ちょっとした行動の習慣でこれほどまでに気持ちに変化が生まれるなんて信じられませんが、本質のようです。あなたは、精神状態を維持する習慣をもっていますか?
Jan 10, 2005
いつも応援していただき、ありがとうございます。私の大学時代の友人が5月に結婚します。その夫婦と2日間共にしたのですが、その息のぴったりさに私は驚きを隠せませんでした。お互いのんびり屋らしく、マイペースな時を刻んでいて、そのスピード感が二人を作り作り出しているんだなと感じます。お互い付き合って1年ほどしかたっていないようですが、まるで昔から付き合っているかのような錯覚に陥るほど、二人のかもし出す空気感が自然でした。夫婦ってこういうものなのかもしれないと思いました。付き合っている長さや外見ではなく、自然と会話が続くような関係。まるでいつまでも交わらない線路のようにくっつぎ過ぎず離れ過ぎずの間柄こそ、良い関係を築く秘訣なのでしょうか。二人を見ていてほほえましくなりました。あなたは、特別な人と一緒に自然体でいますか?
Jan 9, 2005
いつも応援していただき、ありがとうございます。自分と違う意見を素直に聞けなくなったら終わりだなとつくづく感じます。私はこの日記のように自分の意見を何の迷いも無くストレートに表現する傾向があります。そのため、「その意見は違う!」とか「もっとこう考えるべきだ」というコメントを頂くことがあります。そのとき、私の心では正直反抗したい気持ちが多々生じます。「好き勝手なこと言ってるぞ」「まあ、そう考える気持ちもわからなくはないけど。。。」「あなたはそう考えるかもしれないけど。。。」それをいかに言葉に表さないか。そして自分の意見を絶対的なものだと思わないかが、とてつもなく大切な事だと感じています。じっと私心を落ち着かせて冷静になってみると、自分の意見ほど適当で自分勝手なものがないことに気付きます。「自分の意見はいつだって言えるけど、他人の意見はその場しか 聞けない」と自分に言い聞かせる事が、解決の近道かなと思います。自分に意見を言ってくれる人を大切にしたいものです。あなたは、外部の意見を素直に受け止められますか?
Jan 8, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。相手の大切にしていることを大切にしてあげることが良い関係を築くコツかなと思います。というのも、私がとても大切にしている人のことを他人から批判されると、自分が批判されるより悔しいし、やるせなくなります。逆に他人から間接、直接に限らず私の大切にしている人を誉められるほどうれしいことはありません。自分のことなら何とでもなるけど、他人のことになると突然、冷静さを失う人もいます。その気持ちわからないでもないですね(笑)。悪口を言うなら、本人の前で言えばいいと思いませんか?私の前で言わないで欲しい。というのが本音です。住み良い環境、人間関係を築いていくには時間がかかりますが、じっくりと目の前の人間と目の前にいない人間に気を配っていくことが大切なのかもしれません。あなたは、大切な人の大切にしていることを大切にしていますか?
Jan 7, 2005
いつも応援していただき、ありがとうございます。人生の主人公は、いつだって自分。だからこそ自分の生き方を貫きたい。人生の節目節目で決断しなければならないことがあります。その際、どのような判断、決断をしていくかが人生を決めていきます。他人の意見を参考にすることは自分にない意見を取り入れるという点で優れていますが、ただ他人の意見に流されるだけでは自分の人生を貫けない気がします。他人の意見はあくまで他人のもの。耳は傾けるものの、全てをあるがままに受け入れることは危険かなと思います。というのも、最近になって本当に多くの方々に意見を頂くことが多くなっているからです。じっくりお聞きすると、すべて正しく感じます。実際、何も反論する余地がありません。そこで「完全受け入れ態勢」を示す方が楽ですが、それでは自分本位の人生になりません。私の「一貫性」が見えません。私とはどういう人間だ!と力強く宣言出来ない生き方を、私は望んでいません。ようやく見えてきたような気がします。「揺るがない信念」を持ちつづけたいものです。あなたは、自分が何者かを明確に語れますか?
Jan 6, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。皆さんは、周囲の期待に応えていますか?それとも、周囲の期待を裏切っていますか?どちらにせよ、ある意味では幸せなのかなと思います。なぜなら、他人からレベルの差さえあれ、期待されていることに変わりがないからです。「期待される」。つまりは、自分の存在価値を他人から認められることです。うれしいことではありませんか。一方、期待を裏切ってしまった時の悔しさ・さびしさは、期待されていない状況より大きいのではないでしょうか。自分の価値を認めてくれていたにもかかわらず、その価値がなかったことを証明してしまうようなものなので、自分の居場所がなくなったと感じる人もいることでしょう。人間は自己重要感を得たい動物です。・自分の存在価値を認めてくれる。・誰かの役に立っている。・誰かに必要とされる。誰しもに共通したことかもしれません。誰かのためにと頑張ることも大切ですが、他人からの評価ばかり気にしていては、自分本来の姿を出せずに終わってしまう可能性もあります。たまには、フッと肩の荷を降ろすものいいかもしれません。あなたは、周囲の期待を感じすぎていませんか?
Jan 5, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。長い冬休みも終了し、今日が仕事はじめとなりました。私の会社は12月25日から休暇だっため、合計10日間もの長期休暇を頂いておりました。この期間、仕事にはほとんど触れていなかったため、「今日からいよいよビジネス開始だ」と思ったものの、身体も頭も休みモードが抜けきらず休み前のようには動きませんでした。「経営者は24時間365日ビジネスのことを考えている」と言います。自然とそうなるのかもしれませんが、一度でも考えることを中断してしまったら、再び頭をビジネスモードに切り替えるのに、多くの労力を費やすことを知っているからではないでしょうか。私の感覚では、完全復帰するには休んだ分だけの日数が必要になる気がします。つまり、1日休んだら完全復帰するまで1日必要で、1週間休んだら完全復帰するまで丸1週間必要になるということです。絶えることなくやり続けることの大切さは誰もが口にすることです。絶えてしまってはじめて気付くこの絶望感。自分の理想通りに身体が動かないほどもどかしいものはありません。理想を追求するのは、日々の積み重ねでしかないことを改めて気付かされました。あなたは、何を得るために日々を積み重ねていますか?
Jan 4, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。私の今年のテーマは「がむしゃら」ですが、それとは別に意識するひとつとして「食べ過ぎない」があります。私は食いしん坊なので、ついつい限界まで食べ過ぎてしまう傾向があります。おいしいから食べる。食べれば太る。わかってはいるけど止まらない。そんな経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。太るのは「必然」。決して偶然ではありません。太るを例にとりましたが、太る以外にも「偶然」ではなく「必然」で導かれているものは思いのほか多いのではないでしょうか。・会社の業績不振・夫婦の不仲・世界的な大災害これらの原因を他人や偶然のせいにするのは簡単です。自分が一番可愛いのは人間の性(サガ)ですので、自分以外に原因を求める手っ取り早い方法をとる傾向のも当然でしょう。ただ、世の中に起きることをすべて「必然」と思うことでどれだけ見方が変わることでしょう。必然と仮定することで脳が自発的に考え出し、さらに外部に依存した考えを払拭出来る可能性を秘めています。すべてを「必然」として受け止めるとどれほど楽になれることか。私自身、身をもって感じています。怒りや愚痴、嘆きがなるなる人生ほど素晴らしいものはありません。あなたの行動は必然ですか?それとも偶然ですか?
Jan 3, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。皆さんは初詣に行かれましたか?また、行かれた人は神に何をお祈りしましたか?普段、神を意識しない方も初詣だけは特別な場合も多いのではないでしょうか。ある意味、日本人の特徴かもしれませんね。さて、プレジデントに興味深い記事が掲載されていました。ワタミフードサービス の渡邊社長も毎年、初詣に行かれるそうです。上場企業の社長ですので、そこでお祈りすることは、「売上●億円」とか「店舗数●店」と想像したのですが、実際には「感謝」のようです。「自分の夢を追わせていただける環境を与えてくれて ありがとうございます。どうぞこれからも夢を追い 続けさせてください」成功者は他人とは違うと感じることが多いですが、渡邊社長のお祈りには脱帽しかありません。何かを求める場合は感謝の気持ちを伝えるだけ。求めるものは自分で掴むものであり、他人から与えられるものはないを実行していますね。この精神状態になるまでには、まだ時間がかかりそうです。あなたは、初詣で何をお祈りしましたか?
Jan 2, 2005
いつも応援して頂き、ありがとうございます。いよいよ2005年のスタートです。年始といえば「目標」ですよね。皆さんはどんな目標を立てましたか?私はこれといった明確な目標は立てませんでした。というのも、目標ではなく「テーマ」を決めたからです。テーマはずばり「がむしゃら」です。年齢を重ねて知識が増えるに伴い、徐々に子供の頃の初心を忘れていることに気付きます。何も考えずただひたすらに前を向いて取り組んでいたあの気持ち。今ではどこに消えたのかさえわからずにいます。熱く燃える魂。勿論自分ではもっているつもり。他人からも「熱いね」「今時珍しいね」と言われます。ただ、残念ながら私自身は気付いています。あの頃の一心不乱に打ち込んでいた燃え滾るものはすでに私の心にはなくなっていることを。世間はこれを「大人」と言うかもしれません。きっと私もその姿を望んでいたのでしょう。ただなってみて気付くこと。それは何も格好いいものではないということ。だからこそ、私は初心を取り戻します。テーマは「がむしゃら」!2005年、私は「がむしゃら」に突き進みます!あなたの今年のテーマは何ですか?
Jan 1, 2005
全31件 (31件中 1-31件目)
1