全3件 (3件中 1-3件目)
1

このガクアジサイも我が家にやって来て10年になるんだよね。ふつうの鉢植えは10年もすると、大概は劣化すると思うんだけど、こいつは一向にそんな気配を見せない。今年も花を50個くらいつけている。それだけでもたいしたもんだ。シーズンになると、萼や花の色が日々変化していくので、それを観察するだけでもけっこう楽しい。萼は白っぽいクリーム色から水色を経て、青、紫へと変わっていく。そして、萼の色が赤紫になる頃には、内側に結集している粒々状の花の多くが開き出す。あれ?こんな色、今まで見たことないぞ!アジサイの鉢なんてウチには一つしかなく、咲く花はいつも決まってブルー系である。それがどうしたことか、今年は隅っこにポツンとピンク系の花がついているではないか。一般的に、酸性の土には青い花が咲き、アルカリ性の土には赤い花が咲くと言われている。ということは、土の一部がアルカリ化しているということだろうか。アルカリ性の肥料なんてあげてないんだけど…ひょっとして、これは10周年を記念しての単発マジックなのかもしれない。何それ?まあ、いつものことながら、庭の精霊が仕掛けるジョークってとこかな。 笑ふん、10周年が何さ。あたいらなんか、新米のアジサイなんかよりずっと前からこの庭に居着いているんだからね。忘れてもらっちゃ困るってもんだわ。なにせ、今の水撒き人夫がこの家に戻ってくるずっと前から、あたいらはここで咲き続けているんだから。舐めてもらっちゃ困るってもんだわ。と、デイリリーのお姐さんたちがちょっぴり拗ねているようなので、久しぶりに便乗撮影してあげた。なかなかワイルドな咲きっぷりだ。と同時に、萎みっぷりも野趣満点。エントロピー美学の礼賛者にはきっとウケるだろう。 笑おや?何じゃ、このケッタイなシロモノは。新しい味覚ですよ、お客さん。名付けて、メロンシャーベット on 水餃子。うーん、相変わらず下手な喩えだなあ。 笑食通の女性なら、もっと気の利いたネーミングを思いつくかもしれないが、こちとら何せメロンシャーベットすら食べたこともない食べ物音痴のジジイなので、そのへんはどうかご勘弁を。実はこれ、最近我が家にやって来られたアポフィライト様である。はるばるインドのとある鉱山からのお出ましであるぞよ。 笑どうやら良質のアポフィライトはその大半がインド産らしい。そんなこと言われても、鉱物に興味のない人にはピンとこないよなあ。水晶とかダイヤモンドとかサファイアみたいな知名度があるわけでもないし。ぱっと見、そんなにキレイなわけでもないし。中にはめちゃくちゃ透明感のあるアポフィライトだってあるにはあるが、そんなのは高すぎて、我が家にお出でいただくわけにはいかない。でも、いちおうアポフィライト様だろ。そのへんの河原に転がっている石とは当然違うんだろ?まあ、そんなふうに言われても、この鉱物の何がいいのか自分でもよくわからない。鉱物図鑑では「フッ素魚眼石」という名前をつけられて、珪酸塩鉱物のグループに分類されているけど、そもそも何故「魚眼石」と呼ばれているのかもイマイチよくわからない。結晶のガラス光沢に、何となく独特なツヤを感じるくらいかな。それでも、この標本はわしの好奇心を刺激してやまない。一つには、アポフィライトと共生している引き立て役の鉱物にも味があるからではないだろうか。先程の喩えで言うと、水餃子の部分である。たぶんこれはスティルバイトではないかと思われる。和名は灰束沸石(はいそくふっせき)。消臭剤や土壌改良剤等に利用されているゼオライトの一種である。色や晶癖はアポフィライトと全然違うけど、同じ珪酸塩鉱物で、成分的にはかなり似たもの同士である。気に入っている点は、葉片状(薄板状)の結晶を指先で触れた時の感触かな。 笑それと、スピリチュアル的には、その並外れた浄化力に期待してしまう。今日のオマケはこれ。どこからどう見てもスイーツだよね。バニラアイスの上にキャラメルシロップがかけてあるような…スイーツ女子ならそうは言わないのかもしれないが、哀しいかな、ジジイにはそれ以上の言葉が見つからない。 笑これは先日、某オンラインミネラルショップの50%オフセールで購入したバナジン鉛鉱である。それにしても、50%オフって凄いなあ。ミネラル業界のカラクリが透けて見えそうな。いったい仕入れ値はいくらなんだー!まあ、それはいいとして、このジョークのような鉱物について、ここでちょっとばかりの情報を提供しておこう。バナジン鉛鉱はバナジウムを主成分とする鉱物で、別名を褐鉛鉱という。名前のとおり、鉛の二次鉱物として鉛鉱床の酸化帯で生成。モロッコが主要な産地で、鮮やかな赤、オレンジ色が特徴。しばしば重晶石や方解石と共生。上の写真は強い白色光を当てた状態を想定して補正をかけてあるが、ふつうの照明下で見ると、オレンジ色というよりキャラメル色に近い色あいに見える。白っぽい母岩の部分は、たぶんバライト(重晶石)だと思われるが、カルサイト(方解石)と言われれば、そう見えないこともない。なにせ、両者ともバラエティに富んだ鉱物なので、素人目にはどれがどれやらはっきりしないことが多い。で、次回はそのバライトとカルサイトがメインディッシュとして登場するかもしれない。誰も期待などしてないと思うが、とりあえず、一度はしてみたかった予告なるものをしてみた次第である。 笑
2025.06.22
コメント(0)

近所のSさん家で咲いたエキノプシス・オキシゴナ近頃のわしのマイブームと言えば、「ひとり現代美術ごっこ」かな。スマホのライブラリに保存してある PEANUTS MINERALS の鉱物写真の中から、この遊びに適したものをチョイスし、その写真をそれが鉱物だということがわからなくなるまで拡大する。その度に「ほー!」とか「おおっ」とか、感嘆の声をあげる。PEANUTS MINERALS の鉱物はもともと天然のアートみたいな絶品揃いなので、拡大すると、そのまま現代アートに早変わりなのである。まあ、こんな遊びは無尽蔵の暇に恵まれたアウト老じいさんにしか楽しめないけどね。 笑ところで、先日ネット上でミネラルショップ巡りをしていたら、マルチカラーのステキなフローライトを見つけてしまった。数日経っても興味が失せないので、もう一度そのサイトを覗いてみると、なんということか、すでにその商品には SOLD OUT のマークが付いていた。いつか余分な金ができたら買ってもいいかなと思っていたが、その石はわしだけのために出品してあるわけではなかった、当たり前の話だが。これ、鉱物コレクターのあるある話の中に必ず出てくる話ではある。いいなと思ったらその場で即購入しないと、この世で唯一無二のその石は、他の誰かさんに持っていかれちまうんだぜ。 笑そういう経験を経て、人はいつの間にか石沼にハマっていくんだろうな。と、人ごとみたいに言っているけど、現にこのわしがついにオンラインミネラルショップで初の買い物をしてしまった、という話をこれから始めてみようかと思う。実を言うと、そのオンラインショップでわしが気になっていた石はフローライトだけではなかった。もう一つ、それと同等か、それ以上に惹きつけられる石があったのだ。で、フローライトが人の手に渡ったことを知ったわしは、そのもう一つの石もいずれ近いうちに売れてしまい、結果的にわしの元にやって来るチャンスが永遠に潰えてしまうような気がした。よし、では、モノは試しだ。写真でこんなにキレイに見える鉱物が実際のところはどうなのか、この機会に一度試してみよう。そう思い、軽い気持ちで買ってみた石がこれである。裏側から撮影ぱっと見でこれが何かわかったあなたは、まあまあの鉱物通と言えるだろう。そう、これはアズライト、和名は藍銅鉱という。炭酸塩鉱物のグループに属し、マラカイト(孔雀石)と同じく銅の代表的な二次鉱物として、銅鉱床の風化帯で産出される。一般的には、古来より「群青」の顔料に使用されてきた鉱物として有名なのではないだろうか。上のアズライトはモロッコ産で、サイズは35×20×20mmくらいで、ほぼサムネイルタイプのかわいらしい石である。ショップの商品説明の文をそのまま紹介してみよう。「ぎゅっと濃い青色をしていて、とても素敵なアズライトです。鮮やかで艶があり、キラキラしています。素晴らしいアズライトです。」ホンマかいな。商品が届くまでは正直、半信半疑だったのだが、実物を見て得心。店主の言う通り、群青の青さが半端ないくらい深い。上の写真は明るめに撮っているので、そのへんがちょっと伝わりにくいかもしれないが、夜、LED照明の下で見ると、その青色の深さに思わず吸い込まれそうになる。 笑また、アクリルベースを手に持って、少し動かすと、劈開面に光が当たってキラキラ輝く。上の説明文は決して誇張ではなく、写真も決して盛っているわけではなかった。むしろ、実物はそれ以上に素晴らしいのである。ということで、わしはこの初めてのオンラインショップ体験で、改めて鉱物の魅力に目覚めてしまったのかもしれない。さあ、大変だ。 笑数日後、調子に乗ったポポイさんの家には、別のミネラルショップから新たな石が送られてきたのだった。これもちょっと前から気になっていたんだよなあ。まずは、その産地。ナミビアのグランドバーグ産とある。どこかで聞いたような…あ、そうだ!これ、ブルータスの珍奇鉱物特集号でも見たし、亀田氏のファインミネラル図鑑にも載ってたぞ。たしかアメシストの有名な産地なんだよね、ここは。そう、これはうっすらとしたラベンダー色の滲みが魅力的なアメシストの標本である。いわゆるファントムアメシストの類いではないかな。これだけでも目玉は揃っているのだが、こいつにはさらに珍しいインクルージョン(内包物)というオマケがついている。インクルージョン? 内包物?ああ、中に入っているゴミのことか?たぶん、鉱物のことに疎い人や宝石至上主義の人からすれば、中に不純物が入っているようにしか見えないかもしれないが、原石趣味の人にとっては、こうしたインクルージョンこそ、その石の個性を際立たせる重要な要素の一つといわれている。それは特にクォーツにおいて著しい特徴となっていることが多い。例えば、オイルインクォーツ、ルチルインクォーツ、ヘマタイトインクォーツといったいわゆる「インクォーツ」ものから、ガーデンクォーツやファイヤークォーツといったものまで、その種類は多岐にわたっている。さて、さて。それで、わしが買ったこのアメシストには何が入っているのかという話だが、売り手側の記載によると、こいつはレピドクロサイトだそうだ。ちょっと耳慣れない名前だが、和名は燐鉄鉱といって、文字通り、鉄を主成分とする鉱物らしい。しかも、もっぱら水晶の内部に鱗状、針状という形状で内包される真紅もしくは赤褐色の鉱物だという。一番わかりやすいのがファイヤークォーツと呼ばれている水晶で、これは中に含まれているレピドクロサイトのおかげで、鮮やかな赤色に見える。ところが、わしのアメシストをよく見てみると、赤い鉄錆のようなものに加えて、黒っぽい石の薄片のようなものもけっこう混じっているんだよね。これ、全部レピドクロサイトなのかな?と、疑問に思い、例の亀田氏の図鑑をめくってみると、ブランドバーグ産アメシストの箇所でこんなことが書いてあった。「その内包物はヘマタイトやレピドクロサイトと言われていましたが、レピドクロサイトに関しては分析データがなく当該産地での記載は控える傾向に。」そして、写真の下のキャプションには、Amethystwith Hematite と記してある。ということで、わしが買ったアメシストも、「レピドクロサイト in アメシスト」ということになってはいるけど、実は「ヘマタイト in アメシスト」と呼んだ方がいいのではないかという話である。ヘマタイトなら、赤のみならず黒もあるしね。あ、それからもう一つ。わしのアメシストには、さらにオマケの特徴があることをつけ加えておこう。2枚目の写真を見てもらうとわかるが、柱面にアナルサイム(方沸石)の透明な結晶が見られる。なんだかイボみたいに見えるけど、これもレアと言えばレアなわけで、ちょっとした付加価値にはなっているのではないだろうか。ということで、いつものように知ったかぶりの口調でダラダラと駄弁ってしまったけど、要はこのアメシストもお買い得だったということが言いたかっただけ。
2025.06.11
コメント(2)

サフランモドキ(ゼフィランサス)先月、どういうきっかけだったかは忘れたが、ネット上でたまたまみうらじゅんのインタビュー記事に遭遇し、ちょこっと読んでみたところ、何故かしらその不真面目さに波長が合ってしまった。このジジイ、わしと同じようなこと考えちょるなあ。年はいくつなん?調べてみると、同い年だった。 笑ひょっとしてこいつは笑えるかもしれんぞ。近頃、あまり笑ってなかったので、ちょうどいいタイミングだったのかもしれない。というわけで、4月に出たばかりの『アウト老のすすめ』を買って読んでみた。はじめは同じ武蔵美系ということで、赤瀬川原平の『老人力』みたいな路線の本かと思っていたのだが、実はこの本、「週刊文春」の連載「人生エロエロ」の記事に加筆、修正を加えてまとめたものらしく、その点は予想していたものとはだいぶ違っていた。「アウト老日記」をはじめ、たしかに「老い」や「老人」に関する記事もあるにはあるが、全体的にみると、特に老人論というテーマでまとめてあるわけではない。どちらか言えば、下ネタに特化した雑談って感じ。 笑でも、予想に違わず笑えたので、まあいいか。記事の数が多い(95)のと、読了後しばらく経っていることから、内容はだいぶ忘れてしまったが、それでも印象に残っているものがいくつかある。今回は、その中からマイベスト3をチョイスして、感想めいたことをざっと記してみたい。第3位 「君の名は…」この記事は、親の仕事の都合でヨーロッパから日本の学校に転校してきた「ヴェロニカ」という少女の視点で語り始められる。そして、最後はこんなふうに締められている。「要するに、私の実がその犬のふぐり、いや、もうハッキリ言うわ。犬のキンタマに似てるってことなんでしょ! 失礼だわ。それに日本古来のイヌノフグリは現在、絶滅危惧種っていうじゃない。それじゃこの先、私がキンタマの汚名を一手に担うってこと? もう、許せない。いつか必ず、ルッキズムで訴えてやるから!」これを読むと、Veronica persica という外来種が何故「オオイヌノフグリ」と呼ばれるようになったかがよくわかる。その実が在来種の「イヌノフグリ」に似ていたからである。でも、実際は、オオイヌノフグリの実はどちらかと言えばハート型で、イヌノフグリの実とはそれほど似てないという意見もある。近頃はベロニカ・オックスフォードブルーという園芸種が出回っているが、こいつはオオイヌノフグリと花がよく似ている。同じクワガタソウ属だし、学術名からもわかるように明らかに同族である。ということで、ここらでオオイヌノフグリの方ももっとオシャレっぽく改名してあげた方がいいのではという意見もちらほら耳にする。でも、もともとこの植物には「天人唐草」とか「瑠璃唐草」という別名があるんだよね。それが気に入らないのであれば、単純に「ベロニカ・ペルシカ」という学術名で呼んでもいいのではないだろうか。オオイヌノフグリの実 Wikipedia より第2位 「アウト老日記」「今日は『夕陽のガンマン』を観に行った。当然、そのDVDは持っているが大画面で観るのは初めて。とてもワクワクした。主演のクリント・イーストウッドは賞金稼ぎ。テンガロンハットにポンチョ姿。髭面で、やたらタバコを喫う。1960年代、大流行したマカロニウエスタン。憧れたのは、そのアウトローっぷりだ。それは当時のロックにも通じるところがある。」みうらじゅん氏のイラスト同い年だけあって、みうら氏のサブカルネタはほぼすべてが懐かしい。わしも中学生の頃、テレビでマカロニウエスタンをよく観たものだ。ジュリアーノ・ジェンマに、クリント・イーストウッドに、フランコ・ネロ。中でも、リー・ヴァン・クリーフが助演を務めた『夕陽のガンマン』と『続・夕陽のガンマン』がわしのお気に入り。当時は時代劇でも『無用ノ介』とか『木枯し紋次郎』みたいな賞金稼ぎや無宿者のヒーローが流行った時代。そう、わしらの思春期はまさにアウトロー全盛の時代だった。みうら氏も確実にわしと同じ時代の空気を吸っていたに違いない。というわけで、「アウト老」というネーミングの源流はこのクリント・イーストウッドに代表されるマカロニウエスタンということになりそうである。たぶんみうら氏は世間一般の老人像からは大きく外れた老人を目指しているのだろう。名付けて、無法老人、あるいは無頼老人。やっぱ、わしらの世代にとってカッコいいのは、若作りより、老けづくりだよなあ。 笑第1位「切ないダンカン」これはポール・サイモンがS&G解散後、初めてリリースしたソロアルバム『PAUL SIMON』のジャケット写真である。このアルバムからは「母と子の絆」「僕とフリオと校庭で」「ダンカンの歌」の3曲がシングルカットされ、いずれもヒットしている。わしはこの3曲のレコードをすべて買ったのでよく知っている。みうら氏も同じ時期にこれらをよく聴いていたようだ。で、話は「ダンカンの歌」のことであるが、みうら氏も言うように、この曲はS&G時代のヒット曲「コンドルは飛んで行く」に似たフォークロア調の演奏で、どことなく「アンデスの寒空が頭に浮かんでくる」ような切ない感じの曲調である。ところが、歌詞を読むと、全然曲のイメージと違うのである。「訳詞を読むと変な出だしに戸惑った。何と、ダンカンはひとりで壁の薄いモーテルに泊まり、隣の部屋から聞こえてくる悶え声になかなか寝つけない ー 。そんな歌なの!? 後半には群衆の前で聖歌を歌ってた彼女に誘われ、森の中で童貞喪失したんだって!」これは洋楽ものにはよくありがちな話である。同じ頃流行った「カリフォルニアの青い空」だって、和名タイトルや曲調に騙された人は大勢いると思う。実はこの曲、田舎から成功を夢見て都会に出てきた若者が悪戦苦闘の末に夢破れ、自暴自棄になっている姿を歌ったものなんだよね。「南カリフォルニアでは雨が降らないと言うけど、降れば必ず土砂降りなんだよ」当時の中学生で、It never rains but it pours の意味をちゃんと把握している者がどれだけいただろうか。もちろん、わしもようわかっとらんかった。 笑先程挙げた「母と子の絆」だってそうだ。田舎の中学生にとってはレゲエという初めてのリズムが真新しく、すこぶる心が踊った覚えがあるが、歌詞の内容はイマイチわからなかった。何となく大切な人との別離がテーマになっているような気がしたが、何度も繰り返し歌われるthe mother and child reunion is only a motion away という歌詞の真意はずっと謎のまま。ただ、インターネットを使うようになって初めて、この「mother and child reunion 」というフレーズの出どころがわかり、ちょっと唖然とした。ポール・サイモン自身が語ったところによると、「Mother and child reunion 」というのは当時彼がよく行っていたレストランで出されていた料理名だという。なんでも、それは鶏肉と卵の料理だったらしい。日本で言うと、親子丼みたいなノリだろうか。たしかに、鶏肉と卵って「母と子の再会」だよなあ。 笑ちゅうことは、例の歌詞って、ひょっとして「母と子が(あの世で)再会するなんてことは、ほんのちょっとしたことなのさ」みたいな意味なのかもしれんな。
2025.06.03
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1


