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定型 まんまんずやってみれ
2026年08月31日
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まんずやってみれ地道にコツコツと
2026年08月30日
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ボケボケとネムケ
2026年08月29日
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すな、素直、正直で率直に
2026年08月28日
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ボオボオットした状態
2026年08月27日
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わざ「転禍為福」
2026年08月23日
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ぐう「偶然」ということもある。
2026年08月22日
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相当重症。娘がいろいろな大事なことを報告してくれていたらしいが、一つも覚えていなかった。ピータンというのは、わが家のセキセイインコである。よく生きている!ここのところ、私が一日二回のピータンの世話は何とか忘れずにやっているようだ。そして、一日二回、カレンダーへ記入してきた。しかし、ここ数日、記入しないのが、日常になってしまった。その一方、去年まで長年進めてきた「研究と論文執筆」は、再開して、ほんの少しずつ進み始めた。と自分に言い聞かせながら、字がちょっとぼけているが、10数ページの、論文「問題解決は全身全魂で」第4章前半を書いてしまったのだ。AI(人工知能)グロックさんの力を借りながら。私のやる気のある、「理屈や言葉より行動」で、進み始めている。ネムケから覚めた、ほんの少しの時間での行動の積み重ねだ!つづく
2026年08月21日
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これは、昔、幼稚園の卒園式のとき使っていた歌「思い出のアルバム」の歌詞の一部です。文字は、私が「ぶっつけ本番」で書きました。数年前に。読めれば合格という考えで書きました。、これから、私の手がけてきた、いろいろな問題解決の例を思い出して行きましょう。そして、奇しくも、私がこの曲をアコーデイオンで弾こうと練習し始めたところに、ピータンがいたのでした。ピータンというのは、わが家で飼い始めたセキセイインコです。ピータンです。そして、私が弾き始めたら、一緒に、ギャーギャーと大きな声を出し始めたのです。真似をしようとしたわけではないでしょうが。それに対し、私も、ツッカエ、ツッカエでしたが、負けずに弾き始めたのでした。というか、まだ弾けない状態で、練習を始めたところでした。そして、気がついたら、かなりの音量で「合奏」していたのでした。丁度そのとき、二階(私とピータンは一階)では、娘が、書道教室をやっていて、相当うるさかったらしいです。30分ぐらいはやっていたらしいです。なお、ここまでの数行を、30分ぐらいもかけて、夜中に目が覚めて、少し何かができるような状態になった私が書き上げました。グロックさんの力は借りないで。私が描いています。つづく
2026年08月20日
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言葉や理屈より、まんずやってみれ!なのですが、そう言うだけではダメなのである。地道にコツコツと、何度も、何度も挑戦する覚悟も必要なのである。そのとき、ボオットした状態で体を動かすだけではダメなのである。何をやりたいのか?具体的に。その気持ちが強いか。少しずつ考えていこう。恰好な問題が現われた。「ギックリ腰」の兆候を認めたことである。ちょっと調子に乗って、研究の再開に着手しようと思ってしまったことである。これまで、ボオッした状態が続いていたが、いくらか頭が働くときがあることに気づいてしまったのである。即ち、今の状態で、なにもできず寝てしまっても、目が覚めた直後は、考えを少しまとめられたのである。それで、夜中に目が覚めたときに、論文のまとめに着手しようとしてしまったのである。AIの力を借りながら、ほんの少しずつであるが、論文をまとめを始めてしまったのである!そうしたら、ほんのチョッとであるが、ギックリ腰の兆候が出てしまった(何十年ぶりかに)のである。即座に「論文」は止めたが、数日間、階段の上り下りが大変になってしまった。直ちに、数年前開発した一人整体と体操で、何とか「治した」のではあったが、これは本当にショックであった!そもそも、この整体は、膝痛と五十肩のために開発した方法で、腰のことまで考えていなかった。後になって、腰にまで効いていたということを認識した。だから、腰が痛くなったらどうするなどということは全く検討もしていなかった。膝や肩用の指圧や体操しかなかった。そして、それだけでどこまで対応できるか全く分からなかった。今、そのやり方で、なんとか、ギックリ腰のビリビリや痛みは治ってはいるが、再発しないようにできるかどうかは全く分かっていない。今、この努力を鋭意続けていて、そうしながら、できるだけ体を動かすことも、努めている。特に、歩くことを多くしている。つづくつづく
2026年08月19日
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今年になってから、ボケとネムケで、ボンヤリ状態が続いた私ではあったが、音楽で、少し回復の兆しが見えてきた。電子ピアノを一時間以上弾き続けてしまったのだ!ピータンのお陰でもある。但し、副作用もある。物忘れが増えてきているのだ。
2026年08月18日
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和歌山カレーヒ素事件判決に見る裁判官の不正 図書現代人文社 2024/10 河合 潤 著 鑑定不正 カレーヒ素事件 図書日本評論社 2021/08河合 潤∥著 上記の2冊の本は、京都大学名誉教授の先生が書枯れた2冊の本でさくら市図書館にあります。2026年 和歌山カレー事件で林被告が死刑判決を受けています。上記の報告に基づいて再審請求をしていますが、まだ再審なしです。
2026年08月17日
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論文「問題解決は全身全魂で」第4章スタート!もう研究と論分執筆を始めたということ。(ボケでもオッケー)題名は、理屈や言葉ではなく行動だ!思いついたところから。目覚めたときに始めてみよう!論文に挑戦!まず、 二、三行ずつでいい!人工知能の力も借りよう!言われたことを鵜呑みにしない!沢山質問しよう!勿論、今できているところ、料理と一人整体は地道にコツコツと!素直、正直で、率直を心がけよう!できればやる気も!チェック機能も!クセにしよう!
2026年08月16日
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郡山 藤ノ井 元首前に買ったお酒松の奥 遊佐
2026年08月15日
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郡山 藤ノ井 元首
2026年08月15日
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Adguardを入れたのですg、Xに書いた記事を投稿できなくなりました。一回はできるようになったと思ったのですが。
2026年08月14日
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楽天ブログの記事をXに投稿できない。動作が鈍くなる。
2026年08月13日
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物忘れがひどい。少し考えられるようになった。料理、一人整体は、眠くならないでできる。最近。楽器演奏も前より長く続けられる。歩くことはずっとできている。むく眠くならない。つまり、小さいときから身に付いて居続けているということか。飲み込むのが大変なときもあるが、なんとか食べられている。こういう作業は見についている。小さいときから。クセになっている。眠くならない。
2026年08月12日
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物忘れがひどい。少し考えられるようになった。料理、一人整体は、眠くならないでできる。最近。楽器演奏も前より長く続けられる。歩くことはずっとできている。むく眠くならない。つまり、小さいときから身に付いて居続けているということか。飲み込むのが大変なときもあるが、なんとか食べられている。こういう作業は見についている。小さいときから。クセになっている。眠くならない。
2026年08月12日
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さくら市の市役所を通して送ろうとしたのですが、ホームページでその場所が見つからず、熊本へ直接送金しました。さくら市からも物資等送っているのですが、私もと思ったのですが、うまく行きませんでした。少しでもお役に立てればと思います。
2026年08月11日
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最近、少し、研究と論文のことを考えられるようになった。依然、ボケとネムケはあるが、眠りから覚めた直後は頭の働きがいくらかいいことを発見した。夜中、目が覚めてしまったとき、古文書(200年以上前の俳句の本)の解読を試みたら、いくらか読めたのである。さらに、ある俳句で、読めない部分を、私が適当に補って、スマホで検索してみたら、AIの回答が出てきてしまった。読めない部分は、私が直感で思いついた5文字でしたが、それが正解で、句の作者だけでなく、句の意味も説明してあり、情感とか、気持の解説までしてあった。びっくりすると同時に、しめたと思ってしまった。AIに昔の人の心が理解できるかどうかは別として、1回では読めなくても、対話を続ければ(読めない部分の言葉をいろいろ変えるとか、新しい情報を付け加えるとか)、答えに到達できるかもしれないと思ったのである。そして、10句程度の解読に成功してしまったようである。中には、全く分からなかった句もあり、その場合は句の意味の解説があり、もしかしたら私が作ったものかと聞かれ、もう少しよくする助言をしていいと言われた!?それで気づいたのが、この日記の表題にあるように、私自身が、自分の心身の回復のためにやっていることをそのまま論文にするという行動にしてしまおうかと思ったのである。AIに相談しながら。つづく
2026年08月10日
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毎日、ピータンに餌をやっていたが、1日ずつ間違えてカレンダーに書き込んでいた!これは本当に危険!
2026年08月09日
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題名は、「言葉や理屈より行動」。今、やっていること(論文執筆)をそのまま文にしていく。それも、そう容易ではない。今年初めの妻の死で、ボケとネムケでパソコンもスマホも入力がうまくできない。考えがまとまらない。この状態から脱しようとする行動と努力の過程を論文にしたい。イロイロな行動を、つべこべ言ったり、準備したりしないで、直感で行動を始めるようにしている。料理と一人整体(自分の体の痛みを指圧みたいな行動で治そうとする)は眠くならないでできる。日本を第9条を守る国にしたい。原発は止めさせたい。再生可能エネルギーに頼る国にしたい。去年まで太陽電池と蓄電池でエネルギーを大事にする努力を続けてきた。手応えあり。緑を減らすのに反対してきた。生活を慎ましくしてきた。知足を心がけてきた。自分で自分の体を健康にしたい。医療費を減らしたい。日本を自然の恵みに感謝し、自然を守る国にしたい。音楽を自分の生活を楽しくすることに使いたい。その一環で、わが家のセキセイインコと私との間の影響の与え合い(お付き合い)を研究している。この行動で、私の楽器演奏能力が上がっている。軍事費を増やさない国にしたい。武器の生産を減らし、輸出しないようにしたい。日本を原爆を作らない(作れない)国にしたい。日本を核兵器禁止条約に参加させたい。核兵器をなくすために先頭になり、行動する。日本をアメリカの言いなりにならない独立国にしたい。日本を、国語を大事にする国にしたい。エネルギーを大事にする国にしたい。借金のない国にしたい。古文書の解読で、昔の日本人の心や気持に触れたい。また、日本語そのものの理解も深めたい。手書き仮名交じり文書の理解を深めたい。日本の経済のことを理解するために、自腹で、できるだけ沢山の種類の株を最小単位ずつ買い、なるべく売らないで、株価の動向を観察している。税金は、配当をもらったときだけ払う努力をしている(できる限り売らない)。分かり易い日本語で話し、文が書けるようになりたい。古文書の研究から、昔の私達のご先祖達の心や気持ちに触れるとともに、自分の国語の理解力を増したい。私自身が、常に、素直、正直で率直に行動するよう心がける。以上のような行動を行ないながら、何をやったかを、できるだけ正確に文にしていく予定である。
2026年08月08日
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題は、「言葉や理屈より行動」これまで、会社の、科学技術的な問題から始まって、退社後は、社会や自分の問題に検討分野を広めて、より一般的に。「問題解決の考え方」について研究し、論文にしました。まず、原発事故のことを含めた、「私の問題解決の考え方」1部だけ自分で手漉き和紙に印刷した。棚の内側の巾約36センチ、厚めの手漉き和紙裏表に、自らパソコンで印刷しました。これは、和紙のお経が千年以上経っても残っているという話に感動して、自分の論文をできるだけ長く残したという考えで実行した努力の結果です。綴じてしまうと読みにくいので、手透き和紙装丁の箱に収めるというやり方を考えました。しかし、紙は長い間残っても、墨汁で印刷したわけではないので、どのくらい持つか分かりません。 そして、表紙だけ手漉き和紙の紹介版を研究の協力者の皆さんに送りました(2015)。
2026年08月07日
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式典には5万人の人が集まったそうです。二人の子供達、広島市市長、国連事務総長(代読)達からは、心が伝わってきたが、わが国の総理大臣は唯一の被爆国と言っていたが、これからどうするかという話は伝わってこなかった。NHKもそれを察したのか、総理の話の「唯一の被爆国」というところだけを、首相の声として伝えてくれた。つづく
2026年08月06日
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軍事費を減らす。武器の生産は止める。武器の輸出はしない。核兵器禁止条約に参加する。世界の先頭に立って、大国に核兵器を持たせないようにする。改めて戦争をしないことを誓う。原発は止め、放射性物質は持たないようにする。アメリカの言いなりにならない。
2026年08月06日
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理屈や言葉ではなく、行動して下さい。
2026年08月06日
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理屈や言葉では全く駄目です。非核三原則なんて言葉だけです。実際には、核兵器禁止条約に参加すらしていないのです。自国の軍事費を増やし、兵器の増産と輸出を促進しています。二人の子供達の言葉をかみしめてください。やるべきことは行動のみです。言葉や理屈より、行動です。まんずやってみれ!
2026年08月06日
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唯一の被爆国のニッポンはどうなってしまうのだろう。和と自然を大事にすると思っていた、この国、日本の起源とも言える、大和の国出身の高市首相!今の状況をどう思っていらっしゃるのでしょうか。直ぐやっていただきたいことが沢山あります!★核兵器禁止条約に参加。非核3原則はどうなった?(参加するだけでなく、先に立って行動してもらいたい。)★原発再稼働をしない。核物質も持たない。★自然の恵みに感謝し、自然を大事にする国に!★国債を減らし、知足(贅沢を望まない、慎ましい生活を受け入れる)を推進する国を目指す。 (経済大国ではなく、必要以上の便利さを望まない国へ。) 今日、広島の式典に、14万人の人達が集まっています。若い人も多いようです。心から平和を望む若者達が沢山いる思います。そして、昔より、思ったことをはっきり言える若者が増えていると感じます。また、教育もその方向に進んでいると思います。首相も、若者達に後れを取らないように、考えを改め、行動して下さい!
2026年08月06日
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この私のパソコンが、ウィルスチェックを名乗る対策勧誘(マルウェアとか言うらしい)サイトに取りつかれてしまい、消せなくなってしまったのである。強制終了させても、スイッチを入れるとまた出てきてしまうのである。言うことは聞かず、消そうととして、いろいろやったがダメで、結局、パソコンを買った店に持っていき、除去してもらえることにやっとなったが、本当に困ってしまった。疲れ果ててしまい、午後は横になっていた。つづく
2026年08月05日
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大地震のことをどのくらい考えていたのでしょうか。福島原発を作ったときには、千年に一度しか起きていない地震、津波のことなど考えなくてもいい、として、強行してしまい、あのような大事故が発生してしまったのです。今回の予測は何年に一回だか分かりませんが、十年前にあのような大地震が起きている(事実がある)のに、新しい工場などをどんどん増やしてしまったのです。住んでいた人達のためにも、大地震への対応をもっと真剣に考えておくべきだったと思います。10年前から点検などし、注意をしていたはずなのに(日本製紙の大煙突など)、倒れて死亡者も出てしまったのです。つづく
2026年08月04日
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日本の、です。今は、さくら市です。ここへ家を建てたのは2013年ですが、まず、初めて、JR氏家駅で降りて、外に出たとき、とても空気がきれいだ、と感じたのです。駅の建物は古く、暖房も、冷房もありませんでした。でも、緑の窓口はあったのです。埼玉の元住んでいた家(妻がそこに住み続けていて、私は二つの家を行ったり来たりしていた)や、毎年何回か秋田(東北方面)へ行くときの切符を買うのに便利でした(ジパング俱楽部)。氏家は、何となく、ゆったりしていて、おしゃべりができ、気持が落着くのです。忘れ物が多い私ですが、これまで全部出てきています。栃木弁も理解できないところもありますが、気に入っています。三角床屋のYさん、氏家町の元助役のTさん、不動産屋の会長のNさん、スーパーの副店長さん、肉屋さん、果物屋さん、私の論文担当の印刷屋Kさん(奥さんも)、論文装丁担当の伝統和紙屋Fさん、コンビニの店員さん、一人暮らしの高齢者で音楽、書道など芸術が好きなIさん、市民活動支援センターの職員さんや掃除をしてくれているAさん、隣町のトンカツ屋のTさん、など、いろいろな人達と知り合いになりました。また、昔、水戸の殿様が秋田へ移ったせいか(こちら栃木の人も大勢秋田へ行っている)、セリの根を食べる、手まりを作るとか、似ているところが感じられるのです。実際に、会社の先輩のFさんのご先祖は水戸の殿様について行っていっていたのです。そして、もっとずっと前(源平合戦の頃)のご先祖は、氏家のすぐそばにいたという話さえ残っているのです(宮城県岩出山町にも。別のところからの話で、氏家には弓の名人が何人かいたとされているのです。後になって、そこに城を持っていた氏家氏の調査から)。因みに、あの那須与一は、Fさんの一番古いご先祖(那須家から福原家)の弟だったのです。氏家氏ともつながりがあったかもしれません。そういえば、わが家のうらにある高校にも弓道部があり、練習に励んでいます。これ。もしかしたら、r氏家の伝統の一つかもしれませんよ。上記のTさんは自分の町氏家のことを調べてきていますが、もしかしたらヒントになるかもしれません。私は自分の周りに、いろいろな因縁みたいなものを感じます。今、私が書いている論文も、いろいろな縁やつながりで、科学技術以外の問題解決の例を広く含めるようになっています(問題解決としては一緒)。★わが家のエネルギー節約の努力(知足の生活)★株式の研究(自腹でほんの少し(最少額)ずつ株を買い、見守る)★山菜採りと料理★体の痛みを減らす整体法★古文書の解読(自然を大事に思っていた昔の日本をもっと知りたい)★分かり易い日本語の文を書く技術(外国語への依存を減らす)★原発を止めさせる努力★自然災害の確率についての考え方★問題解決の考え方の共通性★行動に移すことの重要性(まんずやってみれ)(言葉や理屈より)★挑戦する回数を増やすことの重要性(地道にコツコツと)★自然を大事にする★自然の恵みに感謝する★音楽の演奏(アコーデイオン、電子ピアノ)★書道 練習しない。★自然の成り行きで決まってしまうことがしばしばある。★何かをどうしてもやりたくなることもある。やる気。山菜採り。★ぶっつけ本番を大事にする。★ネットの消せない迷惑広告一方、上記のように、私も自分の国日本と日本語についてもっと学び、大事にしたいと思ってきていて、退社後、2000年代になってから、それまでの研究に続き、わが国での私自身の研究と、日本語での論文執筆を始めましたが、いつ完成するか分からないのです。その頃から、私は日本語で、会社で行なった科学技術の研究中心に、その他の分野の問題も含めて「私の問題解決の考え方」という研究と論文執筆を始めていたのです。日本語で書きたいと思った起源は、会社に入ってから、日本の理系の研究者の多くが、外国の論文に毎日目を通し、英語で論文を書こうとしていたことです。私としては、論文は、まずは一番うまく使える自国の言葉で、できる限り分かり易く書くべきだと思っていました。ですから、海外では私はあまり知られていなかったのです。ところが、東京の知人の先生のお陰で、アメリカの有名学会の巻頭論文を英語で書くことになってしまったのです。なんとなく引き受けてしまったのですが、図に乗って、依頼されたのは数ページだったのですが、もっと長いのを書きたいと言ってしまったのです。そうしたら、それでよいと許可されてしまったのです。その結果、学位論文になるくらいの、数10ページの論文になってしまったのです。さらに、この学会誌の編集長は分かり易さをとても大事にしていて、日本では許される、分析法の名前、例えばESCAなど、略号の使用は許さないのです。言葉の使い方も、分かり易さをとても大事にして、この論文と関係ない分野の研究をする副編集長に頼んで、より広い範囲の研究者でも理解できるような論文にしてくれたのでした。このように、言葉の分かり易さを大事にしてくれたのでした。私は、この態度に感謝するとともに、私自身が日本語で論文を書くときも、この気持ちを失ってはならないと強く感じたのでした。因みに、古文書の勉強で読んだ、有名な国語学者さんが書いた論文が、しばしばとても分かりにくいのです。自分の国の言葉を使いこなせていないのです。また、昔でも、日本は公文書は漢文を使っていて、本当の日本語(仮名や一般に使われていた言葉)は理解されていないし、確立もできていなかったのです。これまで、いろいろな分野の研究に頭を突っ込んできましたが、より一般的に。問題解決の一つと考えると、解決の考え方としては、共通点やつがりが沢山あることが分かってきました。そして、基本的な考え方は同じ、ということで、さまざまな問題に対応できるようになってきています。そして、今、私自身は妻の死で、ボケとネムケで実質的に研究も論文執筆も難しくなっていますが、最近、少し回復の兆しが見えてきました。とにかく、理屈や言葉より行動です。★ぶっつけ本番で、いまやっていることを論文にしていきます(行動)。★まだパソコンの使い方も忘れてしまって、文を打ち込むだけでも大変です。時間がかかる。★今、眠くならないで、できるのは、料理と一人整体です。これらは、寿命の延長に効果?★山菜採りで、やる気が出ています。(但し、放射能でまだ解禁になっていない。原発を増やしてはいけない。)★それから、楽器の演奏が他のことより続けられるようになっています。(これにはわが家のセキセイインコの協力がかんけいしています。)★また、眠りから覚めた直後は頭の働きがいいのです。★そして、AIの利用で古文書の解読が進み始めています。こにのやり方を他の研究にも使えるかもしれません(AIの使い方の開発として)。★自然の成り行きを大事にします。偶然に期待するとも言えます。★自分の考えで(直感でもいい)判断、行動する。★何らかのチェック機能を持つようにする。★一つのことを繰り返す覚悟で始める。★日本語を大事にして、言いたいこと(書きたいこと)を少しでも誰でも分かるように努力する(アグネスチャンさんを見習いたい。つづく
2026年08月03日
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この国、日本の人間は、どうも自分の国の言葉を大事にしないように思える。昔は、国の言葉(かなりメチャクチャではあるが)があるのに、漢語(中国語)を大事にしていた。公文書は漢文で書いていた。漢字や仮名を混ぜて使うのが日常的になっても、キチンとした状態にはなっていなかった。表音文字はあっても、仮名や片仮名はあっても、同じ発音を表わす沢山の文字があったり、くずし字で勝手な書き方が無数にあったりで、現代人が昔の日本を読むのも容易ではない。昔は今より違う発音の文字があっても、よく分からなくなっている。当時の発音が分からない(録音されていない)のである。今も、一応は、漢字と平仮名と片仮名の活字体はできても、外国語を片仮名で書いたり(アクセスレポート、カテゴリー・・)、アルファベットを使った略号(IOC、NEC、HTML,・・)、略した片仮名(テレビ、パソコン、スマホ、セキュア―サーチ、管理TOP、ブックマーク・・)、など、私には理解しきりれない。分析法だけとっても、ESCA,XPS,XMA,IMA,TEM,SEM・・・)など,いくらでも出てくる。さらに、わが国の理系の研究では、外国の学会誌に英語で論文を書くのが普通になっている。私は、へそ曲がりのところがあり、まずは日本語で書くようにしてきたが、研究の先端を行く研究者のやり方ではなかった。しかし、偶然というか、そのときの自然の成り行きで、つづくは
2026年08月02日
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昔の手書きの文字の書物の解読により、一方通行ではあるが、私達のご先祖様達が自然を愛し、大事なものと感じていたことが推測されます。当時の俳句を読むと、月一つをとっても、その気持ちが伝わってきます。江戸時代になれば、既に、沢山の書物が発行され、一般の人達でも読むことができたのです。但し、手書きの崩し字の文を版画の技術で印刷したので、今の人達で読める人は少ないのです。版画技術ですから、絵のカラー印刷も広く行なわれていたのです。また、作者が、自分が手書きで書いた文を、版画の原稿にすれば、作者の手書き(ほぼ)の状態の本を読むことができるのです。本居宣長(もとおりのりなが)の宇比山踏(うひやまふみ)という本(初めての登山という意味で、最初に学問を始めるときの手引きを説明した本です。当時は公文書などは漢文(中国語)で書かれていたのですが、日本語をもっと大事にすべき、だという強い気持をこの本で勧めて、200年以上後に生きる私にも、かなり理解できる文で、勉強を始めるときの心構えを説明してくれています。(理想的な形)つづく つづく
2026年08月01日
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