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【未亡人になっても年金は2人分貰えない!】お客様や知り合いから「私がもらう遺族厚生年金はどれくらい?」 よく、こういう質問を受けますもしご主人が先に亡くなり、ひとり残されたら奥さんはどうやって暮らしていくか一見不謹慎なようで、実は切実な問題です蜂やカマキリのオスとメスの関係を見れば分かるように男性は生物として女性よりも生命力が劣ります奥さんよりも先に逝くのがさだめですから奥さんはご主人に遠慮せず、しっかりと調べておくことが大切ですところで、「夫が亡くなったあと、夫の年金を受け継ぐのが遺族年金」「この遺族年金と私の国民年金の2人分あるから何とかなる」と思っていませんか? 残念ながら、政府は1人に2人分の年金はくれませんでは、どうしてそう思えるのでしょうか「夫が貰っていた厚生年金の4分の3が貰える」 と、世間では言われています これをそのまま信じれば「すこし減るけれど夫の年金の4分の3と、私の年金で2人分」 と思えるからなのでしょう年金について簡単に説明します年金は、おおきく分けて1)公務員などが加入している共済年金2)民間のサラリーマンなどが加入する厚生年金3)会社につとめない人が加入する国民年金の3種類がありますこのうち、いわゆる2階建て年金なのが、1) の共済年金と、2) の厚生年金です1階建て年金しかないのが、3) の国民年金2階建ての1階は「定額部分」、2階は「報酬比例部分」です国民年金は1階の「定額部分」だけですご主人が厚生年金、奥さんが国民年金だけの受給権者だと、ご主人は2階家に住み、奥さんは1階建ての平屋に住んでいることになりますでも二人で暮らしている間、2つの家はつながっていますから奥さんはご主人の2階へも上がれますこうした状況の下、政府は次のルールを作りました細部の説明や例外を省きます 国民年金に加入していた既婚者で、その人のつれあいである 厚生年金か共済年金に加入していた配偶者が亡くなったときは 配偶者の年金の「報酬比例部分」を4分の3受け継ぐことができるつまり「配偶者が亡くなったら、配偶者の2階家がなくなるので 配偶者の2階部分を少し減らして、あなたの年金に乗せ変えます あなたの平屋を2階家に改築してあげます」と言っています 2軒の家は持てませんが、平屋が2階家になるのです これが「2人分は貰えません」という意味ですでは、共働きなどで奥さんも厚生年金に加入していた場合は?奥さんはすでに2階部分をお持ちですこのときは、どちらの2階部分が高いか、などと選ぶことができます実際の選び方はこんなに単純ではなくて、これ以外にもいろいろあるのですが大体こんなところを押さえていてくださいなお、ここまで説明してきた遺族年金は、遺族厚生年金ですそれも、すでに年金を貰っているつれあいが亡くなったときのことですつれあいが、60歳以前の年金受給前に亡くなった場合は別の話になりますが、ここでは触れませんまた、遺族基礎年金(国民年金の遺族年金)にも触れていませんこちらは遺族母子年金と思ってくださいというのは、ご主人が亡くなったときに20歳前のお子さんがいるときだけに出る年金だからですまだいろいろとお金のかかる子供がいるとき子供の養育費の一部と考える年金ですこれを受給できる人はあまりいないので取り上げませんさて話を戻します実際にいくら遺族厚生年金がもらえるのでしょうか?それはご主人の年金額によりますし実際の年金はこの説明のように単純ではありませんからぜひお近くの社会保険事務所へ行って相談してみてください相談にはご主人のと奥さんのと、両方の年金手帳が必要になります絶対に忘れないでくださいもうひとつ社会保険事務所では相談のときに、「照会回答票」という、ほとんど数字と記号が並んだ書類を出してくれますこれを全部もらってきましょうなぜなら、社会保険事務所の年金相談窓口で聞いた内容は家に帰ったら全部分からなくなると思えるからです年金額は実は1つではありません今は60歳のときの年金額(定額部分だけ)その後に出る(定額部分+報酬比例部分)を合せた年金額そして、続けて勤めた場合の年金停止額などいろいろあるから複雑ですこれらをその場で理解するのは至難の業でしょうとりあえず、これらの書類をもらっておいてしばらくしてからまた復習してくださいそして分からくなってたらふたたび社会保険事務所へ聞きに行ってくださいまたは市区町村や郵便局、街頭などで行われる年金相談窓口へ行きこの書類を見せて、あらためて説明を受けてもいいですそうして徐々に理解を深めてくださいやっかいですが、遺族厚生年金はご主人がいなくなったあと、生活するための重要な要素ですから、予想額調べはかならずやっておきましょう
2005年02月27日
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簡単にオイキムチを作る方法がないかと思いました。そして、まずは市販キムチの漬け汁を利用する方法で作ろうと思いました。キムチを買って食べ終わると漬汁が残りますねこれを利用してのオイキムチに挑戦です「胡瓜の塩漬け」オイキムチは胡瓜の塩漬けにキムチをはさんだものなので胡瓜の浅漬けをつくります。胡瓜を2~3本用意します胡瓜は1本を4等分にした筒型に切りますばっさり4等分に庖丁を入れたものが筒型です3等分でも5等分でもかまいません小さくしたほうが食べやすいかも知れませんね個々の筒型胡瓜の断面の片方へ、十文字に切り口を入れます切り口の深さは全体の半分くらいがいいでしょう切った上から塩をまんべんなく振りかけます胡瓜を軽くをこすり付けるようにもんでから、ビニール袋へ入れます胡瓜をさらにちょっとだけ、袋の外から軽くやさしくもみますもみ終わったら、袋の口をふさいで冷蔵庫で半日~1日置くと、胡瓜の塩漬けができます食べるときは、胡瓜を袋から取り出す前に袋に水を入れます口をふさいで数回ゆすって塩を洗い落とします袋を5~6回シェイクするんです袋ごと網にあけて水を切ります胡瓜を皿へタテに並べて盛りますここでキムチを取り出して細かい千切りにきざみますこれを胡瓜の十文字の中へ挟み込んで 「即席オイキムチ」の出来上がり参考にとあちこちで市販のオイキムチを買って食べ比べてみましたわが家が気に入ったオイキムチは、大根、生姜、人参、が千切りされたキムチが胡瓜に挟まっているものですとくに生姜が効きますそこで、大根、生姜、人参、を千切りにして、うすく塩を振ってもんでから残っているキムチの漬け汁へ漬けました大根がメインです、人参は彩り程度、生姜は薬味の程度ですこれら千切りキムチの材料、大根、生姜、人参の仕込み時間は5分くらいあまりたくさんいらないので、作り過ぎないようにしますこちらは1~2日以上漬けたほうが美味しいです1日後、これを胡瓜に挟んだら、「うん、これはいけるぜ!」ってなりました千切りキムチは、タテに詰めるとかっこいいですでもそれだとあまり詰まらないので量が少なくてツマラナイですそこで胡瓜のまわりにも千切りを添えて出しますと胡瓜と一緒に食べられて美味しいです胡瓜の込み時間5分、これを半日後か1日後に食べます2日後に食べるときは、胡瓜が漬かり過ぎますから充分に水で洗ってください生姜はふつうの漬物に刻んで乗せても美味しいですね生姜はキムチでも合いますでは、ゆずは合うのか、どうなんだ、という疑問が生まれましたこれはまた試してみようと思います
2005年02月26日
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レシピに「寄せ煮」という名前を付けました作り方〔材料〕 3人前鶏もも肉 1塊の半分白菜の葉 3枚油揚げ 1枚モヤシ 1袋椎茸 3枚調味料 昆布 1枚 醤油 適当 料理酒 適当〔作り方〕-材料を切る-鶏肉は口に入れやすいくらいの小さなかたまりに切る白菜は鍋用に切る油揚げは短冊に切る椎茸は5mmくらいのスライスに切るきのこはしめじ、えのきなどでも良い-煮る-鍋に水を入れて、削り節と昆布でダシを取り切った鶏肉と野菜を入れて煮るその他に、人参、ネギ、白滝などを加えるとさらに美味しい酒と醤油は同量を目安にすこしづつ入れて味をみながら調える酒は入れすぎても問題ないが醤油を入れすぎると色が濃くなってしまうから気をつけるこれだけですここまで読んでお気づきの人もいらっしゃるでしょうがこれは「寄せ鍋」そのものですでもこれを鍋で食べないのは、副菜にしたいからです大きな鍋をテーブルの真ん中へ置いて鍋をつつくと、どうみても鍋が主役になってしまいますでも、鍋を主役にしたくないときがあります例えば、「ざるそば」を食べたいときなどでも、さるそばだけだともの足りないしバランスが悪いですねそばの他に野菜と蛋白質を加えたいところですそこで、鶏肉と野菜をたっぷりとろうということであれこれ考え、この煮つけに行き着きました最初は白菜とモヤシと油揚げだけだったのがさらに、これも合う、これも、これも・・・と足していったらこんな煮ものになりましたここまでいろいろ放り込んでみて、これはなにか分からないけれど、知っている味だと、いろいろ思い巡らした結果ああ、なんだ、これは「寄せ鍋」じゃないか、と気がつきました味付けはお好みで、ということになりますが元来が鍋ですからうす味がいいですね鶏肉と野菜からダシが充分出ているのでうす味にしておけば味付けはまず失敗しませんうす味にすると、いくらでも食べられるのにカロリーは高くないので安心して食べられて栄養満点ですただし、小鉢に盛って出すとどうしても冷めます冷めるのがいやな人は、各人に鍋焼きウドン用の一人前用土鍋で温めて出せばいいでしょうこうなると半分主役になってしまうけど名前は「寄せ鍋」から「鍋」を取って「煮」をつけて「寄せ煮」というのはどうでしょうさっぱりしていて、私のような中高年向きですが育ち盛りの息子もパクパク食べてくれます
2005年02月21日
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私が参加している地元荒川区のテニスサークルに連絡用のメーリングリストがありますこのメーリングリストはテニスに関する連絡よりもそれ以外での活用の活発ですそして「テニス以外」のほうが断然面白いいま、アップされているテーマは圧倒的にキムチに関するものですちょっと紹介しますね--------------------------------------------------------キムチを使った、一見ミスマッチの感じがする「キムチトースト」のレシピがアップされました「ふつうのパンにバターをぬってキムチを乗せ、さらにその上に、とろけるチーズを乗せて焼くちょっとかぶりついたとき、ガーリックトーストを思わせるこれが実にいけます!すっごくおいしいよ、ご報告まで」次なるアップは夏場にお中元でいただいた「そうめん」がけっこう余ってない?ということで「キムチそうめん」「そうめんに麺つゆ(冷)をかけ、キムチと、お好みで温泉タマゴを乗せるだけ、手軽でさっぱり!冷麺みたいで、冬場でもけっこうイケます」在庫整理にも役立つ、とのこと私はこの中の「お好みで温泉タマゴ」というのが気に入ってこれを作りたいから温泉タマゴの作り方を教えてくれぇと頼みましたするとスッミマセ~ン温泉玉子は“コープのお兄ちゃん”が定期的に運んできてくれるものなのでワッカリマセ~ンという返事が返ってきて温泉タマゴの作り方HPを紹介してくれましたすると別のメンバーがフォローアップしてくれました「温泉卵ではないけれど、簡単半熟たまごで代用はいかが?『レンジで作る温泉たまごモドキの作り方』たまごを器に割り入れる。黄身につまようじでちょっと穴をあける。(これを忘れると爆発)ラップをし、レンジにかける。黄身と白身のかたまる時間にずれがあるので、美しくきれいに温泉卵がというより、半熟たまごができあがるはず。でも、どのくらいチンすればよかったか忘れた。誰か実験してください。」またまた他からフォローが入りました「500Wか600Wか、レンジの出力にもよりますが、うちの場合、冷蔵庫から出したばかりだと真ん中において40秒で具合よくできます。600Wだったら、30秒くらいから始めたほうが良いと思います。」という経過がありまして私はさっそく簡単半熟タマゴを試作しましたこれが大成功この簡単半熟タマゴを、なんとカレーライスに乗せて食べたんです。うまか~!
2005年02月20日
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昨日、テニス仲間と「もんじゃ」を食べに行きました。京成町屋駅の高架線路下にあるお店もんじゃで定評のある店なんだそうです天井は低く、畳敷きの床がゆがんでいて、雰囲気が出ています出てきたもんじゃは具だくさんで私が50年前に5円玉を持って、かぎりなく水に近かった駄菓子屋で遊んだもんじゃとは大違い焼き方もまったくちがっていましたまず、もんじゃの材料が入ってる器から、具だけを取り出してこれだけを鉄板に敷いて焼きますこれがある程度焼けたところで、この焼けた具をドーナツ状に広げて土手を作ります真ん中を空けるんですそして、空いたところに器に残っていた汁を流し込むすると、中でグジュグジュ煮え始めますいい加減煮えてきて、ドロドロになったらまわりの土手をくずして合せて、出来上がりこれをヘラで食べる、というか、舐めるというものこれが「お好みもんじゃ」なんだ、としばし感慨にふけったのですまあ美味しいですでも私からみると、これはやっぱり「お好みもんじゃ」で「駄菓子屋もんじゃ」ではない当然ですよねだからと言って、むかしのもんじゃは「遊び」であって食べものじゃないだからやっぱり「お好みもんじゃ」でいいのでしょう具によって、1杯、500円~1000円でした値段はお好み焼と同じですで、昔の駄菓子屋もんじゃを食べたいか、ウン、食べたいというより、「駄菓子屋で遊びたい」な
2005年02月13日
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皆さんが知っておいたほうがいいと思われる労災保険に関する最小限の知識をご紹介します。サラリーマンの場合、労災保険と健康保険の間で、私傷病(仕事外でのケガや病気)と業務上傷病(仕事中のケガや病気)の区別は、はっきり分けられています。社員が通勤のため家を出て、会社または仕事先で仕事を行い、ふたたび家へ帰るまでの間に被ったケガや病気は業務上傷病。前記以外のケガや病気は私傷病です。皆さんは意識しないかも知れませんが、病院へ行くと受付で「どうなさいました?どこが具合悪いですか?」と聞かれます。これは患者さんの症状を知るためと、同時に私傷病か業務上傷病かの判断をしています。病院は患者さん個々の傷病を、どちらかに決めなくてはならないからです。私傷病なら健康保険へ、業務上傷病なら労災保険へと治療費の請求先が異なるからです。労災保険は私傷病を扱わないし、健康保険は業務上傷病を扱いません。例えば、社内ですべって転んでケガをしたら、業務上傷病で労災扱いになります。会社で薄着をして風邪を引いたら?おそらく私傷病と判断されると思います。理由は、薄着と仕事との因果関係がないと考えられるからです。では、会社の帰りに飲みに行き、転んでケガをしたら?まだ家には着いていませんが、これは仕事外ですから私傷病になります。アルコールが入ったら、まず私傷病になると思ってください。実際には、私傷病か業務上傷病かを私たちが判断する必要はありません。すべて病院と労働基準監督署の判断に任せましょう。しかし私がいままで扱った労災申請は、最初に健康保険にかかっていたケースがかなりあります。怪我をしたり病気になったら、何も考えずに健康保険でと考えてしまい、労災を申請しようとは思わなかったというのがほとんどです。こんなときは病院の窓口で、私傷病のつもりで説明をしてしまうのでしょう。健康保険と労災保険の主なちがいを述べますと、健康保険での治療には患者に治療費の3割負担がありますが、労災保険は治るまで治療費はかかりません。健康保険では、私傷病で仕事を休まなければならなくなったとき休業補償をしてくれる「傷病手当金」が申請できます。この額は1日あたり賃金額の約60%です。でも労災保険の休業補償給付は80%です。休業補償期間について、健康保険は初診日から1年半まで、労災保険は被災から治療と休養による休業が終わるまでです。休業補償で気をつけなければいけない点は、健康保険の傷病手当金の場合、休んでいる間に会社から賃金その他の支援を受けた日についてはなにも出ないことです。有給休暇を使っても出ません。労災保険では、会社からの支援を賃金の60%以上受けると支給されなくなります。もうお分かりでしょうが、労災保険のほうがずっと条件がいいので、傷病はすべて労災で、と言いたいところです。でも最初に言いましたように、「業務上は労災保険、業務外は健康保険」と明確に分かれています。私たちにできることは、病院に行ったとき、どこでどうしてケガをしたか、病気になったかを正確に伝えることです。そして病院が労災扱いと判断したら、労災を申請してください。申請用紙は労働基準監督署が用意しており、労災課でもらえます。労災による治療の場合は、申請書に記入して病院へ渡せば終わりです休業補償の申請は、申請書に病院の医師から「休業が必要」との証明をもらって、労働基準監督署へ届けます労働基準監督署が遠くて申請書をもらいにいくのが大変だというのであれば大きな文房具屋さんで「労災の法令様式」と言えば購入できます。傷病報告、労災治療、薬代の補償、休業、などの申請書が必要です。なお、営業の人などが車を運転していて自動車事故に遭ったときも労災扱いになります。みなさんはこういうとき、すぐ損害保険会社へは連絡するでしょうが、労働基準監督署へも申請しておくことが大切です。事故でケガの回復が長引いたときなど、労災のありがたさがよく分かります。労災は正しく申請することで、手厚い補償を受けることができます。※以上の説明は、 国民健康保険へ加入されている方には該当しませんのでご承知ください。 国民健康保険は業務上傷病と業務外傷病(私傷病)を区別していません。
2005年02月11日
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夜6時からのアポイントがあった客からの、本来の仕事が終わってからゆっくり打合せたいという要望による訪問先はわりと自宅に近いので、私としても帰りがけの立寄りという気分にはなるしかしこの打合せのために、昨日の午後から今日一日、あれこれと準備をしたかなりの時間がかかったのにプレゼンテーションは1時間くらいだ客は、私が準備のためにそんなに時間をかけているとは想像できないだろう終わって挨拶をし、客先を出るとホッと一息つく都電で家路につく都電を待つ間、停留所は暗く寒かったが20分後には家に着くのだ今週は金曜が休日なので、明日が今週の最終稼動日だ明日は立ち寄りからスタートなので帰ってから家で持帰った明日の打合せ書類を流し読んだいちおう準備OKだ午後には訪問を受けるので、明日は実質的に接客で一日終わる感じだやはり金曜に事務処理がまわってしまうだろう稼働日が1日短いのは嬉しくもあり、困ることでもある休日に事務所の電話は鳴らないから優雅に仕事ができると思うのだか、実際そのときになってみないと分からない時間がゆったりしているという気の緩みからつい思いつくままに、ついいろいろと余計なことをしてしまうそれで、ハッと気が付くと夕方になっているああ、今日はなにをしたのだろうとちょっぴり悔やむそれでもやったことを振り返えり、なにもやらないよりはましかなと思うことでよしとしているまだどうなるかわからないが目下3連休の第1日目、金曜は事務所に出る予定だ2日目の土曜は、調理を中心に家事雑事に使おうと思う夜にはテニス仲間との「もんじゃ・お好み焼の会」が入っている3日目はゆったりテニスをする久しぶりに5時間コートが取れているのでお弁当を持ってのんびり打てそうだ
2005年02月09日
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私は荒川区で地元のテニス・サークルに参加している。このサークルは主に週末に集まってテニスをしているが、そのための連絡にメーリングリストを使っている。初めはこのメーリングリストを、テニスに関する連絡に使っていたが、そのうちに、その日にやったゲームの感想と反省などを上げ始めた者がいた。技術的な問題や悩みをあげて、その解決方法を聞いたりし始めた。やがて飲み会の話や、子育ての悩み相談などに発展していった。いまはもっぱら料理の話が飛び交っている。料理が話題になったのは、メンバーのひとりが「自分の母はキムチを作って知り合いに売っている」という話をしたのがきっかけだった。「それなら私も買って食べてみたい」という者が何人か手を上げた。ここからメーリングリストを介してのキムチ・セールスが始まった。これと並行してキムチ料理の話題がネットに上がるようになる。キムチ鍋やチゲからオイキムチの作り方へ。やがてレシピはキムチからパスタ料理に飛び火して、当面はとどまるところを知らない。レシピを上げてくれるのは主に30歳代の男性である。私も料理の話は好きなので、もっぱら彼と、ああだこうだと料理Q&Aを繰り返している。メンバーの中には、本来はテニスをやるための連絡網を、キムチセールスに利用するのはどうか?と疑問を感じている人もいるようだ。このメーリングリストは、違法行為をしたり、犯罪をそそのかしたりしないかぎり「なんでもあり」でいいと私は思う。このメーリングリストの目的はテニスも含め、サークルのみんなが楽しいコミュニケーションをとるための潤滑油であれと思う。私が子供のころ、町内にはとなり組というのがあった。町内のところどころに掲示板が立っていた。家には回覧板が回ってきた。このメーリングリストは、その、今様掲示板であり、回覧板にあたるのだ。このサークルは、はじめはテニスだけの付き合いだったのが、一緒に飲んだり、スーパー銭湯へいったり、キムチビジネスがあったり、料理の話をしたりと、どんどん幅が広がっていく。最近はなにかで集まることがあると、メンバーの家族もちらほらと顔を出すようになってきた。メンバー個人の参加だったのがじょじょに家族単位の参加になりつつある。こうしてサークルはさらに厚みが増し、ちょっとやそっとでは壊れない集団になっていく。それでいて形式ばったところはなく、気の合った者の集まりなのである。幅が広がれば広がるほど楽しさがふくらんで行く。メンバーだけでなく、家族もいっしょに楽しんでくれるようになってほしい。家族もまるごとメンバーになってほしい。そうなったときは、ただのテニス・ネットではなく、ご当地コミュニティネットと言うことができるだろう。「地元の輪」は着実に根付いている。
2005年02月06日
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私の参加している、地元のテニス・メーリングリストでこの数日、料理レシピが飛び交っているレシピをアップする中に、私と、もうひとり男性がいるふたりとも夜に会社(私は事務所)でレシピを打ち、メーリングリストへアップするこれを読んだ他の男性メンバーの感想が以下だ> う~ん> 会社で打ってるんだから> レシピは もう脳を経由せずに > 指からキーボードに じかに カシャカシャと> 入っていくんだよね。すごいよなぁ。まあ、そんなものであると思う囲碁や将棋のプロが、自分の対局棋譜を全部おぼえているようにテニスでも、うまい人は自分のゲーム経過をおぼえているようにあれと同じだ彼の感想は続く> わかる というのは 実践がともなった下敷きがあって> その自分の経験から来るイメージに照らし合わせて> はじめて 想像力が膨らむのかなぁ彼はテニスがうまいので、自分の経験と比較するそのとおりだと思う普段から料理を作る人は、レシピを読むと材料が頭に浮かび切った形、加熱の入れ加減、その匂い、盛付ける器、盛付けの配置と色合い、味などが、だいたい浮かびあがる飲食店で食べる料理も見て、味わえば、だいたいの作り方は想像できるただしコツをつかむのは難しい このイメージが、どこまで具体的に想い浮かべることができるかで これから作る料理の出来が決まってくる彼はさらに続ける> テニスの戦略とか コートセンスとかもそうなのかなぁ。> パソコン話も わかる人、わからない人で、そいうところ> あるような気がするなあ。スポーツ選手のイメージトレーニングの大切さがよく分かる 私たちも、すべてのものごとについて、日ごろからそのイメージが浮かぶか浮かばないかで段取りや対処の方法から、仕上がり具合に差がでてしまう そこへいくと私のテニスについてはそのイメージがまだまだ足りないのであるでは、イメージはどの様にしたら付くのか私の答えは、試行錯誤という体験の積み重ねだ
2005年02月05日
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〔前回エドワード・ラジアー教授理論の要旨〕・若いときは貢献ほどに賃金が支払われないが、 ある一定年齢を超えると貢献以上に賃金が支払われる」・「貢献と賃金の総額はほぼ一致する」・この2つが年功賃金と終身雇用・定年制の特徴である。・若いときに少なく支払われた賃金の残りは「人質」として企業に残り、 これは定年まで働くことにより戻ってくる。----------------------------------------------------------------上の理論を日本の社会へ当てはめて考えるとき、定年は60歳を前提としていいでしょうか。私が社会人になって勤め始めたとき、会社はすでに60歳定年を約束していました。しかし今、現実には50歳を境に役職定年、関連企業への出向、賃金ダウンなど、終身雇用における「定年」が実質的に前倒しされる傾向にあります。これを団塊世代はまともに受けています。この理論によれば会社は60歳定年を約束し、60歳までは面倒見る約束をしたといえます。社員は自分の賃金について、若いときは少ないが徐々に増えて行き、60歳までは上向きカーブを描くと思っていました。そして60歳で退職金をもらって年金生活に入るだろう。皆さん、そんなにはっきりとは思ってなかったにしろ、漠然とは思っていたでしょう。私は思っていました。会社はもともと、55歳定年でした。それが、法改正で60歳に延ばされてしまった。法律で強制的に延ばされてしまったので、就業規則に仕方なく「60歳定年」と書かざるを得なかったのです。しかしこの改正に伴い、年功序列制による5年延長分の賃金を用意できる企業はほとんどなかったのでしょう。それで、この5年の延長期間は「いちおう在籍させておく」という対処方法が精一杯だったと思います。会社に籍はありますが、組織のとしての仕事は55歳終了の予定だったので、会社に55歳以後の仕事は実質的に用意されていませんでした。このため、社員は55歳を過ぎると、そのうち何人かは「窓際」へ追いやられました。これがさらに50歳で仕事終了となり始めたのは、バブルの崩壊で会社が人員過剰を感じはじめ、人件費の抑制に向かうようになってからです。リストラが始まりました。このリストラはクビ切りではなく、大部分が社内に子会社をつくったり、関連会社へ押し付けてたりして、そこへの出向や転籍という形をとりました。これらのリストラによって「貢献以上に賃金が支払われる」期間がさらに5年間短くなりました。一般的に企業は、50歳からの10年間を次のように正当化していると思います。「50歳までが約束の期間である。60歳までの10年は法律が改正されて延びたオマケの期間だ。オマケの雇用期間には貢献以上のものは出せない」しかし、本当のところは55歳が定年でした。各企業の古い就業規則を見ても、例外なく55歳と書かれています。私たちはそこで「会社が55歳定年を、法律で60歳に延ばされて、仕方なく5年の猶予をあたえた」という考え方を認めたとしましょう。そう考えても50歳での実質的な正社員打切りは5年の約束反故であると言えます。私たちは「会社の経営状況が悪くなったから」という理由で5年間のしわ寄せを受けています。このしわ寄せを黙って受け入れたくはありません。でも私たちは5年間の賃金差額をよこせという要求をどこにも出せません。勤め先にこの要求をしたら、鼻先で笑われてさらに閑職部門へ追いやられるのがオチでしょうかといって「団塊世代は団結し、かつての春闘のような闘争を展開しよう!」というのは非現実的です。それより、考え方をガラリと変えて「私たちは日本の産業界に5年間の貸しがある」という認識を持って社会に臨むのはどうでしょう。「この貸しは、ニクソンショック、オイルショック以後の日本を支えた企業戦士の債権である。」という考え方です。これからの人生を設計するときに、団塊世代の精神を支えるゆとりと自信になるのではないでしょうか。これからの人生を生きる上で、社会にたいして大いに発言し存在を示すための要素になると考えます。※ =定年制の意味(その2)=の修正はこれまでとします次は「団塊世代の債権と、これからの団塊世代の社会参加」というテーマで考えようと思います。
2005年02月04日
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地下鉄千代田線は「新御茶ノ水」駅でJR「御茶ノ水」駅と連絡しています。千代田線のホームはかなり深いところにあるので、千代田線からJRへ乗り換えるには長いエスカレータで昇ることになります。初めて見る人は、だれもがエッと驚くほどの長さです。約30年前に駅ができた当時は東洋一のエスカレータと言われました。エスカレータは今、左側は立ち止まって昇る人、右側は歩いて登る人、と分れて乗る習慣が浸透していますが、こんな長いエスカレータでも歩いて登る人がいるのでしょうか。実際に御茶ノ水へ通いはじめ、このエスカレータを朝の通勤時間帯に利用するようになると、歩いている人が結構いるのに驚きました。ある日、どんなものだろうと試しに歩いてみると、途中でくたびれて止めたくなりました。でも左側はいっぱいで割り込むことができません。仕方なく上まで歩きましたがぐったりと疲れてしまい(もうやらないぞ!)と思いました。しかし立ったまま運んでもらう左側はいつも混んでいます。朝は4本のエスカレータのうち3本が上りになるのですが、ラッシュアワーのときは長蛇の列です。電車もひっきりなしに到着するので、列の途切れることがありません。このため列に並んでからエスカレータに乗るまで20~30秒くらい待つことになります。その間、歩いて登る人は私の横をどんどん通り越して行きます。かれらの背中を見ながら順番を待つのは、自分に体力のないことを表明しているようでちょっとシャクです。そうかと言って歩くのは疲れるし・・・・エスカレータを待つ列でこんな自問を繰り返しました。ある日電車から降りて「今日は歩くぞ!」と決めました。並んでいる列を横目で見ながら追い越すのは気分がいいな。さあ、いよいよスタートだ。デパートのエスカレータの長さなら、いつも歩いているからどうってことありません。問題はその先です。デパートのエスカレータに例えれば、2つ目くらいの終わりあたりからちょっと疲れを感じ始めました。3つ目に入りますといよいよ胸突き八丁で(まだかな、あとどれくらいかな)という気分になります。ようやく終わりに近づき、階段が平らになり始めてホッとしました。ヤレヤレです。そのおかげで改札を出るのがいつもより1分近く早くなりました。次の日も歩きました。今やめたらあの決意を自ら否定することになる、それはいやだ、という意地があります。でも歩いてみるとやっぱりキツかった。きっといつか慣れるだろう、そうしたらきっとキツさは和らぐだろうと願います。ある日「エスカレータの段を数えながら登ったらどうだろう」と思いつきました。そしてその日は一歩づつ数えて登りました。するとこれはびっくり、段を数えながら登るとキツさが和いでいました。そしてこの日以後エスカレータ登りが苦にならなくなりました。どうして数えながら登るとキツさが和らぐのだろう、と考えました。それは多分こういうことだろうと思います。数えて登ることで気がまぎれること。登りの終点が具体的に見えたこと。終点が見えると自分が今どの辺にいるか分ります。自分の位置が分れば、あとどのくらい頑張ればいいか、自らを励ましたりして気持ちをコントロールできようになります。このためほとんどキツさが消えてしまったのです。もうエスカレータの前で(登るぞ!)と気合を入れることもなく、すんなり右側を選ぶようになりました。メデタシ・メデタシ!ここでチェックです。私は普段このエスカレータを60歩で登っています。寝不足などでちょっと疲れ気味のときは、ややゆっくり登ります。すると歩数は57~59くらいになります。逆に調子が良くてサッサッと速めに登ると60歩を超えることが分りました。エッ、ゆっくり登ると歩数は多くなるのでは?、と思いませんか予想と反対の結果が出て驚きでした。でもこれは本当なんです。ゆっくり登る人ほど歩数が少ないのです。極端な例として、もっともゆっくり乗っている「立ったままの人」は、乗るときの1歩と降りるときの1歩で、合計2歩しか使ってないのです。
2005年02月02日
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(日経記事のスクラップから)企業の定年は今、法律で60歳以上に定められています。しかし61歳以上に定めている企業はほとんどありません。ほとんどの方が60歳で定年になります。もし60歳を超えて、その企業で仕事を続ける場合には再雇用となり、身分は嘱託になるのが一般的です。そして賃金は定年前より下がるのが普通です。私はいつも、60歳以後の賃金がそれ以前より下がるのはどういう理由なのだろう、不公平じゃないか、と考えていました。よく言われるのは体力が落ちて以前のように働けないから、というもの。でも、体力は落ちても知識と経験はずっと豊富なのだし、仕事関連で築いた社外との人脈はとても重要で、その人あってのものです。これらは充分に体力の衰えをカバーするのではないか。体力の衰えは理由にならないと思います。そんなことを考えていたら、ある日の日経新聞に「なぜ定年が存在するのか」という内容の記事が載っていました。なるほどと思われるので抜粋してご紹介いたします。-----------------------------------------------------------エドワード・ラジアー教授(現スタンフォード大学)の「なぜ定年制があるのか」という論文の中に、日本の定年制や年功賃金について考える上で重要な示唆を与えてくれる部分がある。重要なポイントが2つ記されている。1つは「若いときは貢献ほどに賃金が支払われないが、ある一定年齢を超えると貢献以上に賃金が支払われる」もうひとつは生涯で見れば「貢献と賃金の総額はほぼ一致する」という点である。この2つが年功賃金と終身雇用・定年制の特徴である。若いときに少なく支払われた賃金の残りは「人質」として企業に残り、これは定年まで働くことにより戻ってくる。戦後日本の終身雇用・年功賃金制にもこの関係が当てはまる。年功賃金のもうひとつの重要な側面は「この賃金体系を通じて、企業内の若い世代から年配の世代への所得移転が行われている」こと。若者が相対的に多い人口構成の下ではこうした世代間の所得移転は合理的なものだった。従業員にたいして、年を取るにつれて賃金が上がるという生活給的な所得を保証した。ただこの年功賃金制は、定年制とセットになってはじめて成立する。ある一定年齢を超えた人には貢献以上の賃金が支払われているが、貢献以上の賃金はいつまでも払い続けることはできない。そこで、どこかの年齢で「定年」によってこの状況に終止符を打たねばならない。つまり年功賃金制が強固に運用されるほど、定年制もきちっと適用されなくてはいけない。定年制があるのは定年前の労働者が貢献以上の給与を受け取っているからである。-------------------------------------------------------------定年制と終身雇用をセットで考えたとき、そういう考えがあるのかと思いました。いま終身雇用は崩壊しつつあります。それに替わって成果主義賃金が登場しました。でも、これはまだうまく機能していません。それより、大部分の企業では、相変わらず終身雇用のままです。むしろ、50歳を境に役職定年、関連企業への出向、賃金ダウンなど終身雇用における「定年」が実質的に前倒しされる傾向にあります。これを団塊世代はまともに受けています。「いまからどうすると言っても遅い」と言わず、まずはここから考えるべきなのだと思います。引用記事:日経新聞 平成15年12月1日朝刊やさしい経済教室「年金改革と高齢者雇用」からの一部分東大教授 伊藤元重
2005年02月01日
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