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ラストに鉄道関連のリンク先を追加しました。
久しぶりに美術ネタでも・・と思ってセレクトしていたのですが、構想を練るうちに写真が足り無い、資料が無い。結局東京に戻ってからでないと完成できない事に気がつき断念
それはいずれ・・。
そんな訳でまたまた迷走して、写真集めと資料集めに中之島の図書館と大阪駅を行ったり来たりと3日歩きました。
年中使っている大阪駅ですが、知らなかった事がいっぱい。新しい発見も・・。
で、今回は初めての方に解るように写真をたくさん載せて大阪駅の紹介をしてみようかと思います![]()
全2回の予定。
大阪駅( Osaka Station
) 1 (5代目大阪駅と初代駅舎)
大阪ステイションシティー(Osaka Station City)
現在の5代目大阪駅舎
初代の大阪 駅(梅田ステンショ)と初代駅舎
大阪ステイションシティー(Osaka Station City)
東京駅ほどではないが、JR大阪駅はかなり広い駅である。
※ JR大阪駅に新幹線の乗入れは無い。新幹線は新大阪の駅に発着する。(大阪駅から東海道線で一駅)
南側にはサウスゲートビルデイング(大阪ターミナルビル)がそびえ、大阪駅の顔
となっている。
※ 旧アクティ大阪
そこにはデパートやホテル(グランビア大阪)も付随しているし、最近では、北側の操車場が無くなり、その広大な跡地の開発を進めている。
すでに 北側にはJR西日本がショッピングモールやレストラン、オフィスにフィットネスなど誘致した複合施設、ルクア(Lucua)とルクアイーレ(Lucua1100)が建つ。それがノースゲートビルディング
である。
その新ビルにスムーズに入る為に造られたノースゲートからの3階コンコースと3階改札(連絡橋口)はとても使い勝手が良い
![]()
さらにノースゲートの北
側に建つグランフロント大阪も連絡橋で接続されているのでJR大阪駅に直結。
JR西日本では、自社の駅と施設をまとめて大阪ステイションシティー(Osaka Station City)と銘打って宣伝
している。
鉄道以外の商売にも熱心なようである。
ホームからの北(ルクア1100)方面 右上に見えるのが新たにできた3階の改札(連絡橋口)
プラットホーム全体を被う屋根が付き、台風などでも濡れずにすむようになった。
この駅舎の鉄骨架設工事は送り出し工法で2004年4月から始まり2011年4月までの7年がかりで完成。
3階改札(連絡橋口)に向かう途中の通路から



3階の改札(連絡橋口)通路 奧が北エリアのルクア方面。
南側 のサウスゲートビルデイングから北側のノースゲートビルディング(Lucua とLucua1100
)に繋がるコンコース(鉄橋)。さらにはノースゲートビルディングからグランフロント大阪には別の連絡橋でつながる。
3階の改札(連絡橋口)中
こちらは内部のが広いからすっきり。乗り場も解りやすい。
大阪駅の問題点
全体に良くなっているが、中央ゲートなど(地上階の昔からの改札)
はとにかく動線が悪く、 問題点はまだいろいろある。
一日の乗降車数850000人。列車運行本数1500本。と利用客が増えているだけに年々手狭になっているのは事実。
現在も乗降客はぶつかるように交差しながら狭い通路を進み、改札を出なければならない状態
だ。
人が多すぎて止まるとぶつかるし、先もよく見えない。
しかも、 下からだとホームの位置や番号も見つけにくい
。(初めての人には解りにくい。)
なぜだろう? 理由は東京駅の造りと比べると良くわかる。
大阪駅は、駅の南北への一般の通り抜けが優先されて、通路が広く確保されている一方、駅利用者の改札内部のスペースがあまりに狭すぎる
のだ。(現在の利用客数に見合っていない狭さ。)
東京駅を参考にするなら、現在一般客が通り抜けしている通路全体を改札内部にすれば、すっきり解決できるだろうに。
因みに東京駅にも通り抜け通路は存在している。でも圧倒的に駅利用者を優先した造りになっている。
それ故、東京駅の構内は恐ろしく広い。完全駅中のマルシェが多数存在しているのも納得なのだ。
ついでに問題点をもう一つあげると、大阪駅はバリアフリーにはほど遠い構造だと言う事。
今でこそ、多少エレベーターなども設置されてきたが、車イスの方やベビーカーを押す人、あるいは大きなスーツケースを持って歩く人にはかなり不便な環境なのである。
それは、駅自体が継ぎ足し拡張である事が上げられる。
また、サウスゲートの大丸とグランビアの入る正面ビルと中央ゲートからのコンコースは、土地の高さにかなりのズレがある事だ。
中央改札からサウスゲート側に出るのに、階段を10段ばかり上らなければ外に出られない。
しかも、そこにスロープもエスカレーターも無い。かなり迂回するか、
持ち上げて階段を登るしかない。
そう言う意味も含めて、 初めての方や、体の不自由な方、また荷物のある方などは3階のコンコースから改札を入る事をお勧めする
。
3階からだと全てのホームが一目。ホームも見つけやすい。(うろたえないですみます
)
※ 地下鉄乗り換えの場合は話が別。3階までの昇降時間を考えると、地上階にある中央ゲートや、御堂筋口ゲート、桜橋口ゲートを使用する方が早い。
因みに、 大阪駅では改札により、目的地がはっきり別れている
。
しかも、駅構内は解りにくいほど入り組んでいる。間違えると後が厄介です。
だから 誰かに聞くなら、まずはホームの上で「どの改札」を出たら目的地に近いか聞く事をお勧めします
。
ルクアイーレ(Lucua1100) にある「大阪ステイションシティー(Osaka Station City)」のジオラ
マ
※ 映り込みが激しいので背景を消しました。
右の建物が南ゲート のサウスゲートビルデイング(大阪ターミナルビル)
現在の5代目大阪駅と周辺をざっと紹介。

地図はJR西日本が発行している冊子からのものです。6ヶ国語くらいに対応してました。
ピンクの囲い・・JR西日本の「大阪ステイションシティー(Osaka Station City)」のエリア
北側 ブルーのビル・・ルクア(Lucua)とルクアイーレ(Lucua1100)
中・・・ JR大阪駅(Osaka Station)
南側 オレンジ・・ サウスゲートビルデイング(大阪ターミナルビル)
(上階・・ホテル・グランビア大阪)(下の階・・大丸デパート梅田店
)
参考に
グリーンで囲った所・・阪急デパート梅田店と阪急電車梅田駅。
薄いブルーで囲った所・・阪神デパート梅田店と阪神電車梅田駅。
現在の5代目大阪駅舎
大阪駅西側 桜橋口
各ホテルの送迎バスの発着所がガード下にあり、右手前の桜橋口前はタクシー乗り場になっている。
下の写真は、桜橋口を上から見た所。
四つ橋筋からの撮影。大阪駅サウスゲート となるサウスゲートビルデイング(大阪ターミナルビル)

サウスゲートビルデイング(大阪ターミナルビル) 正面

旧 アクティ大阪の時は、駅舎としの存在意義に欠けていた。
ノースゲートとの連絡通路の接続の為に改修工事が行われ現在は大阪ターミナルビルとして一役かっている。
実際サウスゲートビルデイング(大阪ターミナルビル)が大阪駅の顔だしね ![]()
現在、新たな駅前地下道の工事中。完成されれば、歩道も広がり、利用のアクセスももっと良くなるはず。
真っ直ぐ進めば大丸デパートの間を通り段差を経て、中央コンコースに。
エスカレーターで2フロア上がると、先ほど紹介した3階の連橋口に出る。
左が大阪駅グランビア大阪。中には大丸デパート梅田店が・・。
正面のビルが阪急デパート梅田店。写真右の建物が阪神デパート梅田店。
ここはデパートのトライアングル地点ですね![]()
因みにこの道路の地下には阪神電車の梅田駅がある。
今度は反対に御堂筋の歩道橋の上から南側駅前通りを撮影。
御堂筋の歩道橋の上から大阪駅東側。バス停車場と ピンクの↓下が御堂筋口
。
参考までに、飛行場までのリムジンバス乗り場の地図を乗せました。
地下道だけではどれも行けず(雨の時は困る)、いずれも不便です。
初代の大阪駅(梅田ステンショ)と初代駅舎
不思議に思っていた事がある。
都会の一等地なのに、貨物車の駅があったり、操車場があったり近年まで大きな開発がされないできた事に・・。
理由はそればかりではないかもしれないが、前々 回 「大阪ミナミ 戎橋界隈と法善寺横丁 2 (千日墓所と法善寺&大坂七墓)」
の中で書いたよう、 かつて梅田墓所や火葬場があった場所に大阪駅はできた
からのようだ。
リンク 大阪ミナミ 戎橋界隈と法善寺横丁 2 (千日墓所と法善寺&大坂七墓)
古い記録には 、「摂津国西成郡第三区七番組曾根崎村、通称梅田千日の墓所を取り払い停車場を建つ
」と記されているそうだ。
当初、大阪駅は堂島に建設する予定だった
らしい。しかし土地の買収を終えた後も「火の粉で人家が火事になる。」と、反対運動が再燃。
そんな事から 人家を遠く離れた梅田三昧(さんまい)墓地(通称 梅田千日墓所)に決まったらしい
。
※ 場所の移動にともない、路線も堂島から本庄・中津経由の吹田であったのが、本庄から吹田に変更。
かくして初代の
大阪駅は西成郡曾根崎村字旧天童(旧大阪中央郵便局の西裏)に変更
された。
当時の梅田は泥田の中に葦が生える荒れ地。そしてそにあるのは墓地と火葬場くらい。土地も安い。
とは言え、鉄道用地として一反(いったん)(300坪、990平米)45円と高額に買いあげたらしい。
※ 坪15銭。
だから駅を建設した後も卒塔婆(そとば)が残っていたと言う。
※ 資料はルクアのジオラマの所にあった駅史と、中之島図書館で見つけた「旅客輸送の100年(大阪府寄贈)」と、「大阪春秋13号、大阪駅舎物語」から。
※ 近年の再開発でもお骨や墓石が出てきているようです。
初代駅舎 1874年(明治7年
)~1899年(明治32年)

※ 写真は、ルクアイーレ(Lucua1100)オフィス入口の展示コーナーより。
1874年(明治7年)5月11日。大阪~神戸 間に関西で初めての鉄道が開通。
我が国2番目に施設された鉄道だったらしいが、駅舎の建設が間に合わず、ホーム以外は仮の状態でのスタート。
※ 日本初は1872年(明治5年)10月、新橋駅~ 横浜駅 間。
駅舎は木造に赤煉瓦貼り。二階建て瓦葺きの西洋風
。
前面に池と植木が植えられ、当事としてはハイカラな駅舎。皆がお弁当を持って見学にきたと言う。
「梅田ステンショ」の愛称で親しまれたそうだ。 ステンショ ? Station ?
大阪発の神戸間20里(約74.54km)余り、所用時間は1時間10分。※ 1里=約3.927km。
1日8往復。
車両もレールもイギリス製。高給の外国人技師によって運転されていたらしい。
運賃は大阪から神戸までで片道 上等1円。中等70銭。下等40銭。
当事米一升が5銭。 ※ 米1升=10合=約1.5kg。1円=100銭。 (Xg:100銭=1.5kg:5銭)
上等1円の運賃で米が30kg買えた事になる。
つまり高額すぎて乗車できたのは、華族か、金持ち。あるいは居留地の外国人か貿易業者くらい。
それでも一生の思い出? 冥途の土産? に乗った年寄りも多かったらしい![]()
1889年(明治22年)7月、東海道本線、新橋~神戸 間が開通。 急行列車で所要17時間。
1900年(明治33年)寝台車が連結。
2代目駅舎に変わるのは1901年(明治34年)。
その話は次回につづく。
リンク 大阪駅(Osaka Station) 2 (大阪駅舎の歴史とノースゲート)
大阪については以下も書いています。
リンク 大阪ミナミ 戎橋界隈と法善寺横丁 1 (ミナミと言う街)
リンク 大阪ミナミ 戎橋界隈と法善寺横丁 2 (千日墓所と法善寺&大坂七墓)
リンク 大坂の陣 古戦場 1 茶臼山と真田幸村
リンh 大坂の陣 古戦場 2 安居神社(真田氏終焉の地)
リンク 世界の看板 2 大坂ミナミ(道頓堀通りの巨大看板)
リンク 大阪 造幣局 桜の通り抜け
リンク 旧 仁徳天皇陵(大仙陵古墳)の謎
リンク 四天王寺庚申堂
鉄道関連のB ack number
大阪駅(
Osaka Station
) 1 (5代目大阪駅と初代駅舎)
リンク 大阪駅(Osaka Station) 2 (大阪駅舎の歴史とノースゲート)
リンク ドクターイエロー(Doctor Yellow)
リンク
東海道新幹線開業50周年の日
リンク オーストリア国鉄レールジェット(railjet) 1 (機関車と制御車)
リンク オーストリア国鉄レールジェット(railjet) 2 (列車レストランのメニュー)
リンク ユーロスター(Eurostar)
リンク ミュンヘン中央駅(München Hauptbahnhof)
リンク ザルツブルグ中央駅(Salzburg Hauptbahnhof)
リンク ブリュッセル中央駅(Brussels Central)
リンク ブリュッセルのメトロとプレメトロ 1 (メトロとプレメトロ)
リンク ブリュッセルのメトロとプレメトロ 2 (プレメトロのトラム)
リンク 西武鉄道のレストラン列車「52席の至福」
西武鉄道のレストラン列車「52席の至福」 2023年02月25日
大阪駅(Osaka Station) 2 (大阪駅舎の歴… 2017年11月25日
ドクターイエロー(Doctor Yellow) 2017年10月07日