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元気というのはほとんどの人が持っておられる心身の「氣」の元になる生命エネルギーのことになります。 精神疾患などを患うとこの元気というものが失われたりします。先日お客様の元気というものが復活する姿を確認できました。回復の兆しであると思われるので嬉しい限りです。 元気というのは人の心身の中にある小さな太陽のようなものだと感じられました。人は心身の中にお日様を持っているのだなと何だかちょっと感動しました。現実世界には本物の太陽が輝いていますが、これこそが生命全てにとっての「元」となるものなのだなと思います。 自然界にあるものすべてがその元気によって生かされているのだなと実感します。ありがたいことです。
2018年06月29日
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さすがに暑くなってきました。日中30度を超えてきて朝晩も25度前後になってくると苦手な夏がやってきた感があります。 最近のお客様の傾向は血液がドロドロになっておられることが多い感じでした。こういう状態で夏を迎えるのはあまり良い状況ではありません。血液をサラサラにしておかないと東洋医学で言うと「暑さ」は心臓の経絡に悪い影響を与える気候ですので、ますます体調を悪くしてしまいます。 ネバネバ食材と言われる納豆、オクラ、山芋などの摂取に加えて玉ねぎなどの血液サラサラ効果のある食材を努めて摂るようにしていってほしいものです。 暑い時は我慢をしないでエアコンを適宜使用した方が良いです。そして肝心なこと、それはお風呂に入ること。二日に一度はきちんと湯船に浸かることです。シャワーばかりだと身体の芯にたまった「冷え」エアコンによるものが取れません。 お風呂はそんなに熱くしないで入ってください。風呂上がりの発汗は良いもので、汗臭くならない汗が出ます。お風呂でいったん身体が温まるとその後の睡眠時に適切に体温が下がって寝やすくなる効果もあります。 夏を上手く乗り切る工夫をして健康に過ごしていただきたいものです。
2018年06月27日
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亡くなられたご家族からのメッセージです。現世に生きているあなたが亡くなった私を思って悲しめばその悲しみは倍になって私を襲います。貴方が私を思って懐かしく嬉しい思いに包まれれば私はその何倍もの喜びと懐かしさに包まれて幸せになります。 だから決して私のことで悲しまないで、決して苦しまないでください。現世のあなたの思いは何倍にもなって私に訪れるのです。 霊的なつながりは途切れることなく亡くなった家族と現世の家族を繋いでいます。だから生きている私達は明るく元気に前を向いて生きて行かなくてはならないのだと思います。
2018年06月25日
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時々当院にも不登校のお子さんが連れてこられることがあります。いつも適確に対応できるわけではないのですが、中には上手く対応が出来て、学校へ行けるようになったり自分で自立して留学までして立派になったお子さんもおられます。 私がそういうお子さんへの対応で結果的に心掛けているのかなぁと思えるのは、目には見えなくても守護する存在が必ずいると信じてもらえるようにすることなのかもしれないと思います。不安と怖れが充満している子供たちの心の中に、自分の魂のルーツのようなものがあって目に見えないけれどしっかりといつも見守っていてくれる存在があると信じれることが生きて行く力になるはずだと霊界の方達は教えてくださっているようです。 昔ミルクキャラメルのCMソングに「だ-れもいないと思っていても♪どこかに♪どこかに♪エンゼルが・・・」という歌がありましたが、そういうことではないかと思います。子供たちの存在を必ず守っていてくれる存在はいるので、現実的な力は何一つ無い存在ですが、必ず見守っていてはくれるのです。 不登校になっても家族もそばにはいてくれるし、社会は拒絶したりしないし、自分なりの道は必ず前に続いているし、いつでもその道を歩いていける自分の足はあるのだと思います。 これまでにお二人ほどですが、私の手の微かな先から立派に巣立っていったお子さんがおられます。そのうちのお一人は今も当院に時々来てくださいます。ありがたいことです。
2018年06月23日
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久しぶりに倶利伽羅不動尊山頂院へ行ってきました。驚いたことに参道の石段が改築されて手すりが中央について、しかも横に身障者用の駐車場が新設されてスロープが出来ていました。 これはお年寄りには嬉しい施設だなぁと感じました。倶利伽羅さんはいつきても陰明な氣に満ちていて雨が降っていても暖かく包み込んでくださるような雰囲気があります。自宅からだと車でも30分くらいはかかるのですが、いつも何故か行きたくなるパワースポットです。 しかもここには倶利伽羅そばと倶利伽羅栗大福という美味しいお土産もあります。どちらもとても美味しくて私達家族の大好物です。 源氏平家の戦いの場としても有名で旧の北国街道が通っている場所でもありますが、私には心穏やかになる癒しのスポットでありお不動様と語らいの場でもあります。
2018年06月21日
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お客様から施療前に「今日はご相談したいことがあります。」と言うようなことを言われたり、雰囲気的に相談されるかなという場合はお客様の守護しておられる方に上がってきていただいておく場合があります。 ただしそれは守護の力というか割合が高い方の場合で、それほどでもない方の場合は私自身の守護霊様に上がってきていただいております。お客様の守護霊様の場合は結構ずけずけとはっきりとした忠告や酷評が出る場合が多く、きっと普段から伝えたくてイライラしているのかもしれないなぁと思います。 もちろんあちらの世界の方達は基本的に慈愛の波動に満ち溢れていますから、ずけずけも酷評もその方のことを心から思ってのメッセージではあるのですが。 ご相談の内容によっては現実的な対処が必要だったり、法律的な内容も含まれる場合がたまにあってそういう場合は私自身の考えを入れてお話しする場合もあります。 心が安らかになれば身体も癒されることになります。どんなに身体がリラックスしていても心が乱れていれば身体はまた歪んでいくことになります。ご相談事も癒しのお仕事の一部なのだろうと考えております。
2018年06月19日
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馬頭観世音様とはあまり御縁が無いなぁと思っておりました。お客様にもこの方の守護を得ている方は少なかったのでねご縁が無いんだなぁと・・・。 そしたら以前からの常連の方の守護がこの方だと先日判明。よくよくこの観世音様を調べてみたら明王様の別の形態ということがわかり、それでは改めてご縁を感じるほども無いくらいに近しい方だったのかなと思いました。 善く働いておられる方の守護に就いておられることが多い観音様ではあります。見た目は明王様系なのでとても怖い観音様ですが、労働者の味方のような方でとても庶民的な仏様でもあるようです。 北陸の観音霊場で見ると福井県の方に多いような感じです。観音霊場はお参りして廻りたいとは思っているのでいつか色々と出会いを重ねていきたいものです。たぶん呼ばれる時がくれば周らせていただけると思っております。力強い仏様なのですが、きっと隆盛を極めた時代は少し前のような気がします。江戸時代から明治にかけてあたりではないでしょうか。
2018年06月17日
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毎朝、神棚には朝一番のお水と濁り酒をお供えして禊祓いの言葉とともに神様にご挨拶をさせていただいています。 濁り酒は神様からのリクエストで、どうも清酒よりもこちらのほうがお好みなようです。 禊祓いの言葉はそれぞれの神様で内容が少しずつ違うようで、私は一番一般的なものを使わせてもらっています。仏壇には時々お参りするのとお水はできる限り新しいものをお供えしています。仏さまは人の身近にいてくださる存在なので、心さえ向いていればそれでよいと思っています。 神様は日々の万物とのご縁を作っておられる存在なので毎日のご挨拶を欠かしてはいけないように思います。自分の都合の良いような解釈で行っている日々の神事・仏事ですが、気持ちだけは大切に思う心を添えて行っています。 癒しのお仕事を「氣」というものを使って行っている以上、清浄な氣を身体に流していないとお客様に触れる限りは善くないと思っています。武者小路実篤氏の描く馬鹿一のようになりたいと昔から思っていました。そういうのが私の理想なのかもしれません。
2018年06月15日
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自らの精神世界を完璧に把握している人などというのは絶対におられないとは思います。そんな人がいたら神か仏だと思います。 ただ自分の精神世界というものに対してしっかりと目を向けて、理解しようと努力することは大切なことだと思います。言うなれば精神世界というのは大きな森や湖のようなものだと考えます。どんな木が生えているのか、どんな実が成っているのか、どんな道がどこへどんな風に続いているのか、そういうことをできる限り正確に知っていくことは自分をコントロールするために必要な知識になるだろうと思います。... 私なんかは東洋医学をかじってきたので、それらの知識が自己分析にはとても役立ちます。自分の精神構造というのは、健康に関わる身体情報ともつながる部分が多いので健康管理にも役立つように思います。 自分を見つめなおすというと何だか漠然としていて曖昧な感じですが、自らの精神世界の地図を作っていくのだと考えれば何となくわかりやすいようにも思えます。
2018年06月13日
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土日と愛知県の知多半島のまるは食堂旅館へ行ってきました。今回は母と弟の二人といっしょです。 いつもは家内と娘と一緒に行っているのですが、母と弟にもここの良さを味わってほしいなぁと思って連れて行くことにしました。途中の高速で弟氏わピックアップして名古屋へ行き、私も母も生まれて初めてという「ひつまぶし」を堪能しました。ネットで調べた名店へ飛び込みで行ったのですが、30分ほど待って入店できました。ひつまぶしはなかなか美味しくて、母にも好評でした。 それから一時間半ほどで知多半島の宿に到着。ここは料理で有名な宿で、海産物がとても美味しくて安いお宿です。客室は全て海に面していて窓の下には岩盤むき出しのきれいな海が広がっています。 お目当ての夕食はしゃこやらワタリガニやら名物のジャンボエビフライやら、どれも美味しくて海産物にはうるさい金沢人でも満足するレベルのものでした。ワタリガニはちょうど旬なのか、お腹に卵がたっぷりと入っていて美味でした。 ただこの知多半島というところは他に珍しい観光スポットというのがあまりありません。半島の突端から高速船で行く離島めぐりくらいが珍しいくらいです。 それでも母と弟と三人でのんびりと美味しいものを食べてくつろいだ休日となりました。母は86歳なのでいつまでもこんな風に元気に旅に出れるのかわかりません。貴重な日々だと感じています。
2018年06月11日
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私の住んでいるところは飲食街のど真ん中なのでカラスたちはとてもたくさん生息しています。ハトを襲ったり、子猫を襲ったりととても獰猛でワイルドな奴たちです。 でもそれは彼らの生存競争の形なので仕方のないことだし、私自身はカラスたちが嫌いではありません。時には様々な彼らの知恵の形も見せてくれるのでなかなか面白い奴らだと思っています。 ただカラスは一般的には不吉な鳥と思われていて、それは特に人が亡くなるときにカラスがよく鳴くという言い伝えが原因なのかもしれません。 しかしこれは母から聞いたことなのですが、人が亡くなるときに鳴く「カラスの三度鳴き」というのは、とても特殊な鳴き方であり、滅多に聴けないものなのだそうです。それを聞いたときに何かカラスの霊的な力のようなものを感じました。 亡くなった人の身近な人がその声を聴いて、あれがカラスの三度鳴きかと気づくのかもしれません。そういう伝承を思いつつ今日もすぐそばに生きているカラスたちを友達のような目で見ている私であります。
2018年06月09日
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何故かタカムスビノカミ高御産巣日命様と突然つながったように感じます。 お客様に奈良の某神社関連のお守りわいただいたことが機縁だったのかもしれません。なにがしかのご縁を作り出すのが神様のお力ですので、何よりこの神様はその根本に近いところにおられる方なので、またご縁の力が強くなるのかもしれません。 導かれて導かれて・・・そう言うことが続きまくっている我が人生という気がします。決して自分の意思ではないものに引っ張られて今の場所まで来ているように思います。余分に与えられると言うことや物はなくて、必要最小限のものだけが与えられて生かされているような気もしています。 足るを知るということがとても大切。それを神様は導いてくださりつつ教えてくださっているように思います。タカムスビノカミ様もきっとそういうことが大切だとおっしゃっているような気がします。深い感謝の念が心の中から湧き上がってくるように思われます。
2018年06月07日
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半島の突端に行くことが意外とよくあり、好きなこともありますが、ご縁のようなものも感じています。 それは仲の良い神様である猿田彦命様とのご縁かもしれないと思っています。具体的な土地で言うと能登半島の突端や愛知県の知多半島の突端などです。京都府の天橋立なども突端に近いかもしれません。それに島根県の境港なども突端の付け根になりますね。 半島の突端というのは何というか神秘的で、霊的に特殊な場所という感覚があります。陸地の端っこというものでしかないのですが、そこに何故そういうものがあるのか?できたのか?なにがしかの意味があるように思えてなりません。 四国にある加佐岬だったかなと思うのですが、いつか行きたいと思っております。
2018年06月05日
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いつでもとんでもないことというは突然やってくるものです。特に人の死というのは一部の場合を除いていつも突然です。 私も今年の初めに義父を亡くしました。とても優しい人で周囲の人たちにも数多く慕われていた人でした。糖尿病を患っていてここ数年は人工透析にも通っていました。お風呂で倒れてそのまま帰らぬ人となりました。別れも何もなくあっという間にいなくなってしまいました。家内などはいまもまだ心の底では信じられていないような感じで、きっと後二年ほどしたら実感するのだろうなぁと思っています。 突然の出来事というのは人を動揺させ、事態を揺るがし、そして何もかもが少しずつ変化して落ち着いていきます。雨降って地固まるということわざとはちょっとニュアンスが違うような気がしますが、それでも青天の霹靂ということは何か日常の生活に対して化学変化をもたらすもののように思います。 私は不思議と昔からこういうハプニングに遭遇すると逆に妙に落ち着いてしまって、普段以上に冷静に対処できてしまうという変な性格なので、いつも意外ときちんとできているようです。 突然の出来事も緩やかな化学変化の一つと捉えられたらいいのかもしれません。もちろん不幸な出来事は無いほうが良いのです。
2018年06月03日
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菅公というのは菅原道真公のことであり天神様として祀られている神様の愛称のようなものになります。 昨日は雷がさかんに鳴っていました。天神様は「雷神」としても知られています。「クワバラ、クワバラ」という怖い時に口にする言葉は雷除けに道真公が所領として持っておられた土地の名前「桑原」を唱えると良いとされたことから皆が口にするようになったとされています。 天神様とは私もご縁が多少あり、娘はきっちりと神縁わいただいているようです。天神様とご縁が深い人は電気関係に優れているか電気製品を触っただけで壊すかするようです。娘は後者の傾向があるようです。 北陸は昔から落雷がとても多い地域です。河北潟というおおきな湖の干拓地が金沢の西北にあるのですが、ここは金沢大学の落雷の計測地点として有名でした。 天神様は学問の守り神として有名ですが、電気の神様としてのほうが本質に近いような気がしています。
2018年06月01日
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