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本当は今日から一泊で熊野三社へ行くパックツアーの予定でした。しかし昨日旅行会社から連絡があり台風のために旅行が中止と決定されたとのこと。残念です。 熊野はやたま神社と熊野那智大社には行っているのですが、本宮だけが行けておらず娘もどうしても本宮にも行きたいとの希望で行くことになったのですが、こういうことになりまたも行けず。これは本宮の神様にまだ呼ばれていないということなのかもしれません。 特に那智大社は私が好きな神社で、今回のパックツアーでも行けることになっていたので、私はそちらがどちらかというと楽しみでした。 呼ばれていない場合にはほとんどこういう事で行けなくなるようです。神様の呼ぶ力、来させない力というのはすごいなぁと改めて感じました。 きっとまた呼んでくださる時も来ると思うので、その時を待ちたいと思います。どうも娘が結婚したら呼んでくださるような気がしています。娘にもそう伝えて発破をかけようと思います(笑)。
2018年09月29日
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また強い台風が接近しています。前回の風台風はなかなか大変なものでした。我が家でも色々被害が発生しました。 今回は事前に準備しておかないと駄目かもしれません。まだまだ先のことと思わないで今から少しずつ風や雨への対策を講じておく方が良いと思います。 これからの日本は災害については他人ごとではなくて、いつ自分に降りかかってくるかわからないと考えて準備や対策をしておくことが大切なように思います。そういうことに時間や心やお金を使っておくことも大切だと考えます。のんきに大丈夫大丈夫と思っていたり、自分には災害何て襲ってこないと思い込んでいるのはやっぱり危険なことだと思います。 しっかりと準備をしておけば何もなくても良いと思います。無駄だとは考えずに大切なことだと考える方が利口なように思います。天は自ら助くる者を助くということわざは真理だと思います。
2018年09月27日
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学生のころ最初に夢中になったのはSF小説でした。友人に貸してもらった「レンズマン」という外国小説に夢中になったものです。今でもSF小説は大好きで続けて読み続けています。 それと冨田勲さんのシンセサイザーの楽曲にも夢中になりました。「惑星」や「展覧会の絵」等のアルバムをレコードで夢中になって聞いていたものです。その後ビートルズをサッと通り過ぎて、サイモン&ガーファンクルに夢中になりました。今でもS&Gはよく聞いています。 若いころに夢中になったものというのは、やはり心がドキドキしていたことが多いですね。年を取るとそういうドキドキが無くなっていってしまうものです。一番最近でドキドキしたのは指圧におけるお二人の先生に出会ったことだろうと思います。 師との出会いというのはドキドキの塊のようなものですね。お二人のうちのお一人は先日亡くなられてしまいました。とても良い先生で善意の塊のような方でした。最後のあたりに開発された手技がどうも命を消費するような技法だったように思います。究極を追い求めて行った結果そこにたどり着いたのですが、あの技法はたぶん緩やかに命を消費してしまうと思います。残念な結果になったと思います。 もう一人の先生は隠遁生活のようものに入られてしまって、もう指導者の席からは降りられてしまいました。僧侶としての修行生活をされておられます。 夢中になったものというのは心の中にいつまでも在り続けるものです。そのものに心が触れる時ドキドキと生命エネルギーが溢れかえるような気がします。ありがたいことだなぁといつも感じています。
2018年09月25日
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大人げないことをしてしまったと反省しているところです。開業してから20年以上になるのですが、初めてお客様を叱って追い返してしまいました。 事情はこういうことです。予約時間に30分遅れて到着された40代くらいの女性のお客様四人組の方です。紹介者の方がお一人と施療予定の方が三人さんです。予約時間を勘違いされていたようで、「この時間枠ですと施療できるのはお二人になりますね。」とお話しすると時間の間違いを謝ることは無く、そのままお一人の施療にかかることになりました。 すると施療中にその紹介者の女性がスクール用のベッドに施療できなくなった一人の女性を寝かして自分が何だかマッサージか指圧のようなことを始めました。自分が時間を間違えたことを悪いと思ったのか、どうにかしようと思われたようです。近くの壁に貼ってある全身骨格図を見ながら、ここは何とかという骨でとか説明しつつ施療しています。この際、私に断りを入れることもせず堂々と楽しそうに施療を続けていました。 これにはちょっと腹が立ってしまって一人のお客様の施療が済むと同時に叱りつけて追い出してしまいました。大人げないことをしてしまったと後で後悔しましたが、ちょっと人を無視した振る舞いだったために興奮してしまったようです。まだまだ人間が未熟です。冷静に理を通してお話すればよかったと思います。だけども小学生のお子さんでも「先生、ベッド使ってもいいですか?」と可愛く聞いてくれるのです。子供でもできることが大人の方が・・・・。 ベッドに腰掛けたり、横になるくらいなら私はどうとも思いません。そこまで狭い料簡の持ち主ではありません。どうも同業の行いを無断でされたのが気に障ったようです。自分の中の子供な部分を見つけてしまいました。反省しきりの出来事です。
2018年09月23日
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一時のあの暑さが嘘のように涼しくなりました。秋の気配が日々少しずつ増していきます。 暑さの名残で体調がおかしいまま過ごしている方もおられるようです。服や寝具を変えて行ったり、生活の中身も秋バージョンに変えていく積極的な行為が必要なようです。 暑さのぶり返しというものを警戒しつつ身体と心を秋スタイルにしていくのが大切ですね。 台風やら地震やら自然災害の続発で大変な夏だったように感じられます。まだ被災したままの方達も大勢おられるようで、本当にご苦労様ですとしか言いようがありません。ちなみに心配していた北海道の友人は連絡したところ、ご家族ともに皆無事で地震の被害もそれほどひどくなかったようで自分勝手な思いでしかありませんが、ほっとしたところです。遠く離れていても友達には何でもしてあげたくなるものですね。
2018年09月21日
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NHKの歴史秘話ヒストリアで縄文時代の埴輪や石器の特集を放映していました。 以前から私も遮光器土偶やら縄文のビーナスやらの土偶群や尖底土器などに興味があったのですが、これらの創作がどういう理由でとか、何を表しているのかなどの学者さんたちの意見を聞いて見ているうちに、何となくそれらの「本当の仕組みや訳」が視えてきました。 縄文時代というのは一万年もの間続いた平和な時代だったようです。これらの土偶や土器の特殊な形は一つの事実を表しています。と言っても私個人の勝手な見解です。ご了承ください。 縄文人は「氣」が視えたのです。 氣という生命エネルギーの流れが普通に視えたのです。私の先生のお一人に増永先生と言う京大卒の方がおられるのですが、この方は「氣」が視えた方でこれを「原始感覚」と呼ばれていました。つまりこの先生も昔の人はこの「氣が視える」という感覚があったと思っておられたと言うことです。 尖底土器は壺の底が尖っていて地面に立てて使うことができない不便なものです。しかしこういう形の土器が実はヨーロッパでも数多く見つかっています。これは狩猟採集民族が集めた自然の木の実や何やかやに含まれていた「氣」が少しずつ大地へ戻っていくその過程で土器の底から自然と抜け落ちていく過程が「視えた」からこういう形にしたのだと思います。 遮光器土偶もそれ以外の様々な異常な形の人型土偶もその人の「氣」の形がそういう風に視えたからそのまま作ったのだし、体に描かれた文様もまさしく身体の表面や中を流れる「氣」を描いたものにすぎません。 縄文人は人も自然も全て「氣」という生命エネルギーに導かれて「在る」ということに普通に理解していたのだと思います。自然災害についても氣の流れが視えれば、今の我々よりも素早く安全に逃れられたと思います。 一万年あまりの平和な時代は「氣」に守られて過ぎて行ったのかもしれません。
2018年09月19日
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20年施術を続けているとだんだんといろんなことが分かってくるようになります。鍼灸師の先生が書かれた本の中に「鍼灸を本当にやろうと思ったなら指圧を10年続けなさい。治療ポイントが自然とわかるようになります。」という言葉がありました。 本当にその通りでお客様の身体に触らせていただき続けていると自然と痛い場所や問題のある場所へ手が導かれるようになってきます。そして今ではまずお客様の「氣」と自分の「氣」をなじませていくと痛みのある点に触ると原因となる場所が分かるようになりました。 先日も演奏家の方のひじの痛みを確認していたら胸の中にスジのようなものが在ってそれが引きつっていてそのために肘の内側に痛みが来ていることがわかりました。 胸のスジが身体の表面に出てきているところを中心に磁気鍼で散らして背中側からも氣の流れを促進させると、ひじの痛みは緩解していきました。原因となる内臓・経絡の弱りもわかったので食生活改善のアドバイスをして終了しました。 人の身体というのは自然と治されるように出来ていて、人の身体の感覚的なものが研ぎ澄まされて行くといろんなことが分かるようになる・・・自然の力というか生命というものは何て偉大なのだろうと思ってしまいます。まだまだ私の解析力は万能ではなくて氣の相性というものがまだ邪魔をする場合があります。精進していかなくてはなりません。
2018年09月17日
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人の持っている宿業というものはとても深いものが在ります。それがその人の一生を決めると言っても過言ではないかもしれません。そして普通そういう宿業の中身を人は知り得ないのです。 何故自分はこういう生き方なのだろう?何故こういう運命になっているのだろう?わからないままに人は生きて行くように思います。 自らの産土の神を知ることで自分の一生の役割というものがぼんやりとわかります。そして過去世のあり様を知ることで宿業というものの内容を少しだけわかることもあります。それは知らされる「時」というものが決められていて、知るべき時がくればその人にどこかしらで知らされることになるようです。そしてその内容に腑が落ちるか落ちないか、それも一つの宿命と言えるのかもしれません。真実が知らされたとしてもそれが納得できるかどうかというのも運命としか言いようがありません。 本当にたまにそういう人の宿業の内容の一片をお知らせする機会というものが訪れることがあります。そういう時に祈るのはこのことによってその人が少しでも幸せになっていって下されれば良いのにという思いです。
2018年09月15日
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熊野牛王符というのは熊野三社に伝わる特殊な呪符のことになります。我が家では盗難除けに使わせていただいております。 数年前に我が家に不審な人物が度々侵入するという出来事があり、何も盗られたわけではなかったのですが、薄気味悪く感じたのでこの呪符を出入り口に貼らせていただきました。するとぴたりとそういう侵入は無くなりました。霊験あらたかというとになるのでしょうか。 世知辛い世の中です。窃盗や不法侵入というのはどの家でも起こる可能性があります。防犯カメラの設置等も大切ですが、霊的な守護も必要かもしれません。熊野牛王符というのはとても特殊な呪符だと感じています。霊力はとても強いものだと思います。
2018年09月13日
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人の霊性は変革の時期に入っています。どんな苦難にも負けない心というものが養われていく時代が続きます。 それは苦難の時代と言えるのかもしれません。天変地異が繰り返し人の世を襲います。今までの常識や想定と言ったものが次々と覆されて行きます。人は次に何が起こるのかをその持って生まれた想像力を駆使して考え尽していかなくてはなりません。 大切な人や故郷を失い、喪失感に苛まれる日々が来ることもあるのだと思います。そこからどうやって立ち直り、前を向いて生きて行けばいいのか?人の魂への大いなる「問いかけ」が始まっているのかもしれません。 私は未だ傍観者でしかありません。しかし発達した情報化社会によって少しではありますが、「共感者」としては生きて行っているように思います。心からの共感というものも人の心に養われて行くものの一つなのだろうと思います。 共感力と想像力、これが霊性の変革に必要な条件の一つなのだろうと私は思っています。
2018年09月11日
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カグツチノカミ様ととてもご縁の深い方を視ました。ちょっとこの神様は苦手です。とても個性の強い神様で(とは言っても神様はどの方も個性の塊なのですが・・・)迫力がありすぎるというか、ちょつとばかり偏屈なところがある方なのでお付き合いしづらいです。 火を司る神様で愛宕神社や秋葉神社という社名の社におられる方です。確か古事記の中では生まれるときにイザナミノミコトを殺してしまった神様として書かれていたような気がします。火は水を生み出すものとも考えられるのですが、この神様の業火は何物も生み出さずただ浄化するのみのような気もしています。 私の魂の性質は小さな火を含んだ水というちょっと複合的なものなので、火ともご縁が無いわけではないのですが、水が周囲を囲っているのでこういう業火には近づきたくないと思うのかもしれません。 カグツチノカミ様、どうかあくまで遠くで光り輝いていてください。畏敬の念を持って拝し奉っております。
2018年09月09日
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霊界からのメッセージがお客様への伝言という形でまた送られてきました。 大切なものを失ったと思っていても、本当は失ってなどいない。ちゃんと心の中に残っているし、そこで生きている。永遠に腕の中に抱かれていると思っていい。 そういう内容でした。 確かに私が失った父親やワンコたちは私の記憶の中で今でも生き生きと存在しています。いつでもその姿も記憶も蘇ってきますし、会話することさえ可能です。人の心の中にある世界では亡くなった人もいつまでも生きていられるのだと思います。 そんなことは単なる思い込みだし、現実にそれと触れ合うことなど出来なくなっているではないかと言われるかもしれませんが、人の想像力というのを馬鹿にしてはいけないように思います。心の中でこそ生きているとき以上に生き生きと存在することも可能だと私は思います。 実は私自身が霊的な視点を得るときに行っているのが、これと同じことでもあります。神様とつながるときにもその場所で視るよりも、その場所を離れてイマジネーションの中でその場所を思い描いてつながるほうがより確実に神霊とつながることが出来ます。想像する心象風景の中でこそ霊的な存在とはつながりやすいと言うことです。 同じように心の力を用いることで大切な人や生き物たちとつながることがいつでも可能なのだと思います。失ったわけではなくていつまでも心の中に存在し続ける魂になったのだと解釈していいのだと思います。大切なものを失うことは人にとって二度とないということだと信じています。
2018年09月07日
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我が家もいろいろ被害が出ました。と言っても大したことは無いので大丈夫です。それでも大変な被害が出ている地域もあるようなので他人ごとではありません。 我が家では三階のベランダのキウイの棚が崩壊しました。しっかり固定してあったと思うのですが、今回の台風の風はすごかったようです。窓のすだれも幾つか外さないと駄目になりました。今朝から修復祖業の開始です。少し気温が落ち着いてきて涼しくなってきたのが少し救いです。 金沢は何度も書いてきましたが、白山という山塊に守られていて台風の風を結構遮ってくれます。しかし冬はその山塊が大量の雪を降らせます。善きことも悪きことも半々ということです。 人が生きると言うことは良きことと悪きことを半々に受け続けるということなのかもしれません。善きことが来た時には大いに喜び、悪きことが来た時には少なからず悲しみ、しかしいつまでもその感情に流されず前を向いて新しい次の日に向かって生きて行くことなのかもしれません。
2018年09月05日
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今年の夏は猛暑で人の身体には相当堪えるものです。暑さと冷房の気温差が人の体温調節の機能を酷使する形になり、五十肩のような症状を引き起こしている夏病が発生しています。 特徴としては片方の肩が痛いだけではなくて反対の方の肩に痛みが移ったりすることのようです。まず私の母がそういう症状が出て、治療していると原因が首筋のリンパ節にあり、免疫機能の減退が確認できました。それと心臓機能の低下です。東洋医学でも心臓の経絡は「暑さ」に弱いことが表記されています。 母の場合は肩の痛みを抑えるツボを刺激した後で、リンパ節を刺激しつつ心臓の反射区に磁気鍼を貼りました。これで緩解していったようです。 お客様でも似たような症状の方が数名おられて同じような処置を取りました。母の治療はこういう形で時々とても参考になって普段の施術に役立つことが多いです。もちろん母もすぐに楽になるので喜んでいます。 人は環境に生かされている存在です。気圧や気温、土地の風土と言われているもの、様々な諸条件に左右されて身体は流されて行きます。自分の身体環境を適切にコントロールしていくことは快適に人生を送るうえで大切なことだと思います。何よりもどんな自然環境で在ろうと感謝して生きて行かなくてはならないとは思います。
2018年09月03日
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人の身体は天の氣と地の氣を身体に取り込み、体中を循環させてから体外へ流しています。この氣の流れによって人は外界と自らの存在を対応させていることになります。 しかし時にこの循環があまり出来ていない人がおられます。自分の体の中だけで氣を循環させていて外界との交流がない人です。こういう方は昔は多かったようですが、最近ではあまり見かけることは無くなりました。 でも先日珍しくそういう方がおられました。失礼な言い方になりますが、こういう方は頑固な性格で在ることが多いです。自分の中だけで決断を繰り返していて周りとの心からのコミュニケーションが取れにくい状態になっていることが多いようです。孤立してトラブルも増えてしまいます。 この方には樹木を使った氣の循環の訓練法をお教えしました。少しでも外界の氣との交流をしていくことが身体の為にも精神的な安定のためにも必要なことだと思います。 氣の循環が良くなると「運」も良くなる傾向があるようです。人は氣によって生かされているからなのかもしれません。
2018年09月01日
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