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多くの人は「カルト教団」という語を、意味が十分に分からないまま不正確に用いている。神学者の中には、混乱を防ぐ目的で、この語の使用を実際に避けている人もいる。ワールドブック百科事典は、「伝統的には、カルトという語は、あらゆる形式の崇拝や儀式を指していた」と説明している。その基準からすれば、すべての宗教組織はカルト教団の部類に入ることになるだろう。しかし今日の一般的な用法では、“カルト”という言葉には別の意味がある。同百科事典は、「1900年代の半ば以来、カルトが知れ渡って、この語の意味は変わった。今日この語は、新しい、非正統的な教義や慣行を推進する生きた指導者に従うグループを指す」と述べている。ニューズウィーク誌はこの語の一般的な用法を取って、カルト教団は「普通は小さな非主流派のグループで、その信者は自己意識や目的を一人のカリスマ的な人物から得る」と説明している。アジアウィーク誌も同じように、「[カルト]という語自体はあいまいだが、それは普通、一人のカリスマ的な指導者を中心に作り上げられる新しい宗派を指す。その指導者は大抵、自分は神の化身であると主張する」と述べている。米国メリーランド州の第100回議会の合同決議で用いられた言葉も、カルトという語に軽べつ的な意味があることを伝えている。その決議は、「カルト教団とは、ある人物や考えに対して極端な献身を示し、その指導者の目的を推進するために、非倫理的で巧妙な説得と支配の手法を使うグループや運動である」と述べている。明らかにカルト教団は、正常な社会行動として今日受容されているものに反した、急進的な見方や慣行を有する宗教グループであると一般に理解されている。普通、彼らは宗教活動を秘密裏に行なう。こうしたカルト教団のグループの多くは共同社会を作り上げて、実際に外の世界から孤立している。自称指導者に対する献身は、無条件で排他的であるかもしれない。多くの場合そうした指導者は、自分は神から選ばれたとか、あるいは自分は神の性質を持つとさえ言ってはばからない。大抵カルト教団の信者は、友人や家族、また一般社会からさえ孤立する。また信者を得るために,詐欺的で非倫理的な手法を用いる。カルト教団の指導者は、追随者に対してマインド・コントロールを行なうためにごまかしの手段を用いることで知られている。人間の指導者に従い、人間の指導者を崇敬しているのである。
2004年03月31日
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それは1993年2月28日のことだった。100人を超える連邦捜査官が、子供を含む多数の男女の住む建物群を急襲した。その目的は、違法武器の捜索と容疑者の逮捕であった。しかし驚いたことに、建物の内部から銃弾が雨あられと飛んできた。そのため捜査官はそれに応戦した。この衝突で、10人が死亡し、幾人かが負傷した。その後50日間、何百人もの捜査官が、小規模の戦争が行なえるほどの銃砲をもって建物群を包囲した。この行きづまった状態はついに決定的な事態に至り、86人が死亡したが、その中には子供が少なくとも17人含まれていた。しかし、敵はだれだったのか。麻薬の取り引きをするギャングの集団だったのか。ゲリラの一派なのか。そうではない。“敵”は一宗教の信者のグループ、あるカルト教団のメンバーだった。米国テキサス州中部の平原にあった目立たないその教団の本部は、この悲劇で国際的な注目を集めた。ニュース・メディアは、狂信的なカルト教団の危険に関する報告や分析や論評で放送電波や印刷物を満たすこととなった。一般の人々は、カルト教団の信者が指導者によって死に追いやられるという、以前にあった例を思い出した。1969年にカリフォルニア州で起きたマンソンによる殺人、1978年にガイアナのジョーンズタウンで生じたカルト教団の信者の集団自殺、1987年に韓国のカルト教団の指導者パク・スンジャが画策し、32人の信者が命を失う結果に終わった殺人的自殺協定などがそれである。これらの人々のほとんどが、自分たちはクリスチャンであると主張し、聖書を信じていると公言するのだから、事は重大である。神の言葉として聖書に敬意を払う多くの人が、これらのカルト教団による厚顔な聖句の誤用にぞっとするのもうなずける。その結果、カルト教団を監視し、その危険な慣行を暴露するための組織が何年かの間に幾百も設立されてきた。カルト教団の行動に関する専門家は、数年後に迫った新しい千年期の到来を契機にカルト教団が急増することを予測している。あるニュース雑誌によると、反カルト団体は、幾千ものカルト教団が「あなたの体を強奪し、あなたに対してマインド・コントロールを行ない、あなたの魂を腐敗させようとして身構えている。……武装している教団は少ないが、ほとんどの教団は危険なものとみなされている。彼らはあなたをそそのかし、あなたからだまし取り、あなたの結婚式や葬式を行なうようになるであろう」と述べている。
2004年03月30日
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興味深いことに、ほとんどの図書館は風水に関する本を占星術や運勢判断関係の書物として分類している。実際、「大辞泉」 は地相を、「住居などを定める際、その土地の吉凶を占うこと。また、その判断」と説明している。であるから、風水などの地相学が運勢判断の一種であることは広く認められている。これらには占いや心霊術が関係している。人類にとってそれらは少しも目新しいものではない。イスラエル人がエジプトを出て、ついにカナンの地に入った西暦前15世紀ごろは、両方の地においてありとあらゆる種類の占いが広く行なわれていた。神はモーセを通して、Deuteronomy 18:14.に記録されている次の言葉を語られた。「あなたが立ち退かせるこれらの諸国民は、魔術を行なう者や占いをする者たちに聴き従っていたのである。しかし、あなたに対して、あなたの神はそのようなものを何一つお与えにならなかった」。エジプトやカナンで行なわれていた様々な占いの起源は、古代バビロンにあった。神が言語を混乱させたので、バビロンの住民は他の土地に散っていったが、そのときにバビロンの占いや心霊術に関係した慣習も携えていったのである。―Ge 11:1‐9.神はイスラエルに対して、諸国民の慣行である占いを行なわないようにと何度も厳しく警告し、こう言われた。「あなたの中に、……占いに頼る者、魔術を行なう者、吉凶の兆しを求める者……などがいてはいけない。すべてこうした事を行なう者は神にとって忌むべきものであり、これら忌むべき事柄のゆえにあなたの神は彼らをあなたの前から打ち払われるのである」。(De 18:9‐12. Le 19:26、31)占い師は必ず死に処されることになっていた。―Ex 22:18. Le 20:27.占いがそのように厳しく断罪されたのはなぜか。Acts 16:16‐19.は、「占いの悪霊」につかれた一人の女性について述べている。そう、占いは悪霊崇拝と切っても切れない関係にある。であるから、どんなものであれ占いを行なうなら、サタンや悪霊たちと接触することになるのである。それは霊的な破滅をもたらしかねない。―2Co 4:4.東洋風であれ西洋風であれ、人気の高い装飾や造園の様式の中には、最初は風水のような偽りの宗教的慣習の影響を受けていたものもあるかもしれない。しかし、多くの場合、そのような様式はその宗教的な意義を完全に失っている。それでも、風水を利用して将来を占ったり、幸運や健康を招こうとすることは、神の律法に対する明らかな違反になる。そうすることは、どんな「汚れた物」にも触れてはならないという聖書のはっきりした命令に違反することになるのである。―2Co 6:14‐18.
2004年03月29日
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アジアでは、墓地を選ぶのも、建物の設計や装飾をするのも、不動産を売買するのも、それに従って行なわれる。それとは、風水として知られている、一種の地相学または吉凶判断のことである。風水は、アジアでは何百年にもわたって広く受け入れられてきたが、近年、西洋の国々にも広まっている。風水に従って超高層ビル、オフィス、住まいなどを設計する建築家もいれば、室内の装飾にこれを取り入れる主婦もいる。風水を広め、教える出版物やインターネットのウェブサイトも少なくない。このように人気が上昇している理由はどこにあるのだろうか。ある支持者に言わせると、風水は「よりよい暮らし、健康、良縁、夫婦円満、富、心の安らぎ」をもたらす。たいへん魅力的に聞こえるが、風水とは実際にはどのようなものだろうか。風水の起源は、様々な東洋哲学が出現した何千年も昔の時代にさかのぼる。そうした哲学の一つに、いわゆる陰陽(暗と明、寒と熱、マイナスとプラス)のバランスを説く思想があった。陰陽の概念に、文字通りには「空気」や「息」を意味する気の考えが結びつけられた。陰、陽、気は、木、土、水、火、金から成る、いわゆる五行と共に、風水説に不可欠な構成要素である。風水信奉者は、どんな地形にも強力なエネルギーの流れがあると信じている。目標は、土地や空のエネルギー、つまり気のバランスが取れている場所を突き止めることにある。このことは、地形自体に手を加えるとか、建物内部の特定の場所に変化を与えることなどによって達成される。このバランスを取るようにすれば、そこで働く人、あるいはそこに住む人に幸運が臨むと考えられている。普通、風水師は羅盤を参考にする。 これは、基本的には占星術の表の中央に小さな方位磁石をはめ込んだものである。羅盤には幾つもの同心円が描かれており、それらは何本もの線で細かく仕切られている。一個の羅盤に、星座、四季、節気などに関するデータが含まれている。一つの場所または建物を分析する際には、何度も羅盤を調べる。風水師は、羅盤の針が盤上のそれぞれの目と交差するところをよく観察し、それに基づいて、何がその場所を“いやす”のに必要かを見定める。ある場所を調和のとれた所にする方法を決定する際には、近くの地形、水路、下水道、また建物の窓やドアの位置まで、あらゆるものが考慮に入れられる。例えば、カナダのある女性店主は、店の裏口のドアに鏡を掛けた。そのドアの位置を“修正する”ためである。風水師はほかにも、建物や部屋のバランスを図るため、植物や家具を移動させること、絵を替えること、風鈴を吊すこと、水槽を置くことなどを勧めることがある。
2004年03月28日
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だれでも将来はどうなるのかを知りたいと思うのは当然なことである。また、どこの人でも幸運をつかみ、有害なことを避けたいと願うもの。だからこそ、どの時代の人々も霊や神々に導きを仰いできた。そして、そうする際に心霊術、魔術、占星術その他の迷信的な慣行に関係してきた。昔の人々は魔よけやお守りを着けて身の守りにしたり、いやしを求めて、祈とう師や魔術士に頼ったりした。人々は今日でも依然として“聖”クリストフォルスのメダルを下げたり、“幸運”のお守りを身に着けたり、また降霊術の会に出たり、ウィジャ盤、水晶球、ホロスコープ(十二宮図)、タロー・カードなどを所持したりしている。心霊術や迷信に関する限り、人間はほとんど変化していないようである。もちろん、前述のようなことは迷信にすぎず、それらには実際の根拠は何もないことに気づいている人々は少なくない。それで、単なる楽しみのためにそうしているにすぎないと付け加えて言うかもしれない。ほかには、魔術や占いは、これに頼らないとすれば、生活で直面する障害のためにひどくおびえてしまいかねない人々に心理的な安心感を与えるので、実際には有益だと主張する人たちさえいる。しかし、それはすべて、単なる無害な楽しみ、もしくは心理的な助けといえるだろうか。この一連の日記で考慮した心霊術的で魔術的な慣行をはじめ、まだ指摘していない他の多くの慣行の源は一体何だろうか。心霊術や魔術や占いなどの様々な面をこれまで調べてみて、それらが故人の魂や善霊や悪霊が存在するという信仰と密接に結びついていることに気づいた。それで、基本的に言って、霊や魔術や占いに対する信仰は、人間の魂の不滅性に関する教理に根ざす一種の多神教に基づいている。このような信仰は自分の宗教の健全な基盤と言えるだろうか。これを読まれている方はそのような土台に基づく崇拝を受け入れることができると思われるだろうか。1世紀のクリスチャンも同様の疑問に直面した。当時のクリスチャンはギリシャ人やローマ人に囲まれていたが、それらの人々は多くの神々を奉ずると共に、迷信的な儀式を行なっていた。その一つの儀式は、食物を偶像に供えてから、その食物を一緒に食べることであった。まことの神を愛して、その方を喜ばせることに関心を持つ人が、果たしてそのような儀式に参加しただろうか。使徒パウロがこの疑問に対してどのように答えているかに注目していただきたい。「さて、偶像にささげられた食物を食べることについてですが、わたしたちは、偶像が世にあって無きに等しいものであること、また、神はただひとりのほかにはいないことを知っています。多くの『神』や多くの『主』がいるとおり、天にであれ地にであれ神と呼ばれる者たちがいるとしても、わたしたちには父なるただひとりの神がおられ、この方からすべてのものが出ており、わたしたちはこの方のためにあるのです」。(1Co 8:4‐6)パウロや1世紀のクリスチャンにとって真の宗教とは多くの神々を崇拝すること、つまり多神教ではなく、「父なるただひとりの神」だけに専心することだった。聖書は、「それは、人々が、その名をJehovahというあなたが、ただあなただけが全地を治める至高者であることを知るためです」と述べて、この神のみ名を明らかにしている。―Psalms 83:18.しかし使徒パウロは、『偶像は無きに等しいものである』と述べたものの、人々が魔術や占いをしたり、犠牲をささげたりして頼った多くの「神」や多くの「主」は存在しないと言っているのではないということに注目しなければならない。では、要点は何か。パウロは同じ手紙の後の箇所で、「諸国民が犠牲としてささげるものは、悪霊に犠牲としてささげるのであって、神にささげるのではない、と言うのです」と記して、その点を明らかにしている。(1Co 10:20)そう、諸国民は自分たちの神々や多くの主を通して、実際には悪霊―まことの神に反逆して、自分たちの指導者、悪魔サタンと一体となったみ使い、つまり霊の被造物―を崇拝していた。―2Pe 2:4. Jude 6. Re 12:7‐9.人々は迷信や恐れのとりこになった、いわゆる未開民族のことをしばしば哀れに思うものでありそして、血生臭い犠牲や残忍な儀式にうんざりさせられていると言う。それはもっともなことなのだが、今日でも依然としてブードゥー教やサタン崇拝について、また人身供犠についてさえ耳にする。これらは極端な例かもしれないが、それでも秘術に対する関心が依然として盛んであることを証明している。それは“無害な楽しみ”として、また好奇心から始まるかもしれないが、その結果、しばしば悲劇や死をもたらす。「冷静さを保ち、油断なく見張っていなさい。あなた方の敵対者である悪魔がほえるライオンのように歩き回って、だれかをむさぼり食おうとしています」という聖書の警告に聴き従うのは、何と賢明なことだろう。―1Pe 5:8. Isa 8:19、20.
2004年03月27日
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将来に関するしるしや兆しを天に求める仕方にはつかみどころがないように思えるとすれば、占いに手を出す人々にとって、もっと直接的で、容易に近づき得る方法がほかにもある。ユダヤ人の神秘主義に関する13世紀のテキストである「ゾハール」、もしくは「セフェル ハゾハール」(ヘブライ語、「光耀編」の意)はこう断言している。「宇宙を包んでいる天空には、恒星や惑星によって作り出される多くの模様が見える。それらの模様は隠された事柄や深遠な秘密を明らかにする。同様に、人体を取り囲んでいる皮膚には、人体の星ともいうべき形や特徴がある」。このような原理から、顔や手のひらの予言的なしるしを調べて将来を占ったり、予告したりする、さらに別の方法が生まれた。洋の東西を問わず、このような慣行は依然として広まっている。しかし、その起源は占星術や魔術に根ざしているのである。人相学とは、目、鼻、歯、耳の形のような顔の特徴を調べて吉凶判断を行なう方法である。1531年にフランスのストラスブールでインダジンのジョンという人が目、鼻、耳その他の様々な形をした、生き生きとした顔の図版を載せ、解釈を述べた、人相学に関する本を出版した。興味深いことに、その著者は、大きな明るい丸い目は忠誠と優れた健康を意味する一方、落ち込んだ小さい目はそねみや悪意や疑いのしるしであるという根拠として、Matthew 6:22.の、「それで、もし目が純一であれば、あなたの体全体は明るいでしょう」という、イエス・キリストの言葉を引用した。ところが、1533年に出された「人相学概説」と題する同様の本の中で、著者バルトロメオ・コクレは、大きな丸い目は気まぐれで怠惰な人を表わすと主張した。なんと一貫性のない不確かなものかがお解かりになるだろう。易者たちによれば、頭部に次いで手は体の他のどんな部位よりも上からの力を反映させるものである。そこで、手の筋を見て、人の性格や運命を判断するのが、人気のある、もう一つの形態の占い、つまり手相術である。これは普通、単に手相占いと呼ばれている。中世の手相術者は自分たちの手相術の裏づけを聖書に求め、「彼すべての人の手を封じたもう。これすべての人にそのみ業を知らしめんがためなり」とか、「長き日々がその右の手にあり、その左の手には富と誉れとあり」というような聖句を提出した。(Job 37:7; Pr 3:16、ジェームズ王欽定訳)手のひらの隆起部、つまり宮も考慮された。なぜなら、それは惑星を表わしているため、当人個人とその将来についてある事柄を明らかにすると考えられていたからである。顔や手の特徴を研究して吉凶判断をすることは、東洋ではたいへん人気がある。職業的な易者や顧問が人々の便宜を図っているほかに、素人や自分で占いをする人たちも大勢いる。なぜなら、占いに関するあらゆるレベルの出版物が広くどこでも入手できるからである。多くの場合、人々は娯楽の一環として手相占いに手を出すが、これを真剣に行なう人々も少なくない。しかし、普通、たった一つの占いの方法だけで満足する人はほとんどいない。人々は深刻な問題に直面したり、重大な決定に迫られたりすると、仏教、道教、神道その他どの宗教を奉じているにせよ、神社仏閣にお参りし、神々にお伺いを立て、次いで占星術者を訪ねて星運を見てもらい、易者に手相や人相を見てもらったりして、あげくの果てに家へ帰ると、亡くなった先祖に伺ったりする。自分たちにとってふさわしいと思える答えをどこかに見いだしたいと願うのである。
2004年03月26日
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占星術によれば、太陽、月、恒星、および惑星は地上の営みに影響を及ぼすことができ、人の誕生時のそれら天体の配置は人の生活の中である役割を演じるとされている。しかし、科学上の発見は占星術にとって侮り難い挑戦となっている。コペルニクス、ガリレオ、およびケプラーなどの天文学者の研究により、地球は宇宙の中心ではないことが明確に実証された。また、今では、ある星座の中にあるように見える恒星が多くの場合、実際には一つのグループに拘束されているのでないことが知られている。そのあるものは宇宙空間のはるかかなたにあり、他のものは比較的近くにあるようである。そこではっきりと言えるのは、様々な星座の黄道十二宮上の特性は純粋に想像の産物であるということだ。天王星、海王星、および冥王星などの惑星は望遠鏡が発明されるまでは発見されなかったので、初期の占星術者には知られていなかった。では、それより何世紀も前に作られた占星術用の図表は、それらの惑星の“影響”をどのように説明したのだろうか。さらに、今日、科学的研究により、惑星はすべて基本的には無生物である岩石やガスの塊で、宇宙空間を猛烈な速度で飛んでいることが知られている以上、どうして惑星によってその“影響”に「善し悪し」があり得るのだろうか。遺伝学は、人間の人格的特性が誕生時ではなく、父親からの何百万もの精子のうちの1個が母親からのたった1個の卵細胞と結合する受胎の時に形成されることを示している。ところが、占星術によれば、人のホロスコープ(十二宮図)は誕生の瞬間により決められる。このような約9か月の相違のために、占星術の言葉で示される全く異なった性格が人に付けられるはずである。地球に限定された観測者から今見える、星座の間を通る太陽の運行のタイミングは、占星術の図表や時間表が作られた2,000年前のそれより約1か月遅れている。であるから、占星術によれば、6月末か7月初めに生まれた人は、かに座生まれの(非常に神経質で、むら気で、内気な)人とされる。ところが、実際には、その時点で太陽は双子座に位置しているので、その人は話し好きで、しゃれが上手で、おしゃべりな人であるはずである。明らかに、占星術には土台とすべき、合理的、もしくは科学的な根拠はない。そのようなものに信頼を置くかのような態度やまた事実、導きを求めることははたして道理にかなっていると言えるのか…その答えは明白ではないだろうか。
2004年03月25日
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太陽、月、恒星、および惑星間の秩序正しさは多年、地上の人々を魅惑するものとなってきた。西暦前1800年のものである恒星の一覧表がメソポタミアで発見された。バビロニア人はそのような情報に基づいて、月食、星座の出没、および惑星のある種の運行などの天文学上の多くの事象を予言することができた。エジプト人、アッシリア人、中国人、インディアン、ギリシャ人、ローマ人その他の古代諸民族も同様に、空を観察して、天文学上の事象を詳しく記録した。人々はそのような記録を使って暦を作り、年ごとの活動を規定した。天文学上の観察を行なってゆくうちに、地上のある出来事が天界のある事象と同時に起きるように見えた。例えば、季節の変化は太陽の運行に密接に従っており、潮の干満は月の位相と一致しており、ナイル川は毎年必ず、最も明るい恒星シリウスが昇った後にはんらんした。それで当然のこととして、天体が地上のそれらの、またその他の事象を引き起こす上で重要な役割を演じているという結論になった。事実、エジプト人はシリウスのことをナイル川をもたらした者と呼んだ。星が地上の出来事に影響を及ぼすという考えから、いち早く天体に頼って将来を予告できるという概念が生じた。こうして、天文学から占星術が生まれた。やがて、王や皇帝は重要な国事に関して星を調べるため、公式の占星術者を置き、一般の人々も同様に自分たちの個人的な運勢に関して星に頼った。ここでバビロニア人がまたもや登場した。彼らは神殿が神々の地上の住まいであるように、星は神々の天の住みかであると考えた。こうして、恒星を種々の星座に分類する考え方をはじめ、特定の明るい星やすい星などの食や出現のような天界の変動は地上の不幸や戦争を予示するという信仰が生まれた。メソポタミアで出土した遺物の中には、占星術者が王たちに提供した何百もの報告が見つかった。例えば、その中には、差し迫った月食はある敵が敗北を喫するしるしであり、ある星座に現われたある惑星は地上に“大いなる憤り”を招くことを意味するなどと述べた報告があった。さらに、バビロニア人がそのような形態の占いにどれほど頼っていたかは、彼らに対してバビロンの滅亡を予告した預言者イザヤの次のような嘲笑の言葉からも分かる。「さあ、あなたのまじないと、あなたが若い時から労してきたそのおびただしい呪術とをもってじっと立て。……天を崇拝する者たち、星を見る者たち、新月の時にあなたに臨むことに関する知識を授ける者たち、さあ、彼らを立ち上がらせよ、あなたを救わせてみよ」―Isa 47:12、13.占星術はバビロンからエジプト、アッシリア、ペルシャ、ギリシャ、ローマ、およびアラビアに伝わった。東方ではヒンズー教徒や中国人も手の込んだ独自の体系的な占星術を持っていた。福音宣明者マタイが伝えている、幼子イエスのもとにやって来た“マギ”は、「東方からの占星術者たち」であった。(Mt 2:1、2)中には、これらの占星術者たちはパルチアから来た、占星術のカルデアおよびメディア・ペルシャ学派の人々だったのかもしれないと考える学者もいる。このパルチアはペルシャの一つの州であったが、後に独立したパルチア帝国となった。しかし、占星術を今日行なわれているような形に発達させたのはギリシャ人である。西暦2世紀に、エジプト、アレクサンドリアのギリシャ人の天文学者クラウディオス・プトレマイオスは占星術に関する当時のすべての情報を収集して、今日まで占星術の基本的なテキストとなっている、「テトラビブロス」(「四部書」の意)と呼ばれる書物を著わした。この書物から、いわゆる出生占星術、つまり出生表、もしくはホロスコープ(十二宮図)を研究して人の将来を予言する体系的な方法が発達した。その表は人の誕生の瞬間に出生地から見た種々の星座の間の太陽、月、および様々な惑星の位置を示すものである。西洋では十四、五世紀までに占星術が広く受け入れられるようになった。大学では占星術が種々の言語や数学の実用的な知識を必要とする一学問として教えられ、占星術者は学者とみなされた。シェークスピアの作品は、人間社会の営みに対する占星術的な影響を示唆する言葉で満ちている。どこの王宮にも、いつでも相談できる私的な、おかかえの占星術者がおり、また多くの貴族もそうしていた。戦争、建築、事業、あるいは旅行その他、どんな企画であれ、まず星のことを考慮せずに物事を行なうことは、ほとんどなかった。占星術は立派な学問になっていた。科学的な研究の進歩と共に、コペルニクスやガリレオなどの天文学者の著書により、正統な科学としての占星術は大いに信用を落としたが、今日まで生き延びてきた。バビロニア人により創始され、ギリシャ人の手で発達を遂げ、アラブ人によりさらに拡張を見た、この神秘的な技術は、科学技術の進歩した国々をはじめ、発展途上国のへき地の村々でも、一国の長に対してであれ、一般の人々に対してであれ、今日でも依然として影響を及ぼしている。
2004年03月24日
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隠された情報を明らかにしたり、しるしや兆しで将来のことを伺ったりするために、多くの場合、魔術が使われる。これは占いとして知られており、この点でバビロニア人は有名だった。「魔術、超自然力信仰、および宗教」という本によれば、「彼らは打ち殺された動物の肝臓や腸を調べたり、火や煙を見たり、宝石の輝きを観察したりして将来を予言する先見術の熟練者であった。彼らは泉から水がさらさら流れる音や植物の形状から出来事を予告した。……大気中のしるし、雨、雲、風、稲妻なども前兆として解釈され、家具や鏡板のひび割れも将来の出来事を予告する手掛かりとなった。……ハエその他の昆虫、それに犬も神秘的な知らせを伝えるものであった」。聖書のエゼキエル書は、ある軍事行動の際、「バビロンの王はその分かれ道、二つの道の頭の所で立ち止まった……占いをするためである。彼は矢を振った。テラフィムによって伺いを立てた。肝を調べた」と伝えている。(Eze 21:21)まじない師、魔法使い、および魔術を使う神官もまた、バビロニア朝廷の紛れもない肝要な成員だった。―Da 2:1‐3、27、28.東洋および西洋双方の他の国々の人々もまた、多くの形態の占いに手を出した。ギリシャ人は重大な政治上の出来事をはじめ、結婚、旅行、子供などの個人的な俗事に関しても神託所に助言を求めた。その最も有名なのは、デルフォイの神託所であった。アポロから来ると考えられる答えは、女神官、もしくはピュティアを通して、分かりにくい音で与えられ、神官により解釈されて、あいまいな詩の形に組み立てられた。古典的な一例は、「もしクロイソスがハリュス川を渡るなら、彼は力ある一帝国を滅ぼすであろう」という、リュディアの王クロイソスに与えられた答えである。滅ぼされる、その力ある帝国はこの王自身の帝国だった。クロイソスはハリュス川を渡ってカパドキアに侵攻した時、ペルシャのキュロスの手にかかって敗北を喫した。西洋の占いの技術は、ほとんどなすことすべてに関して兆しや異兆を求めることに取り付かれていたローマ人と共に頂点に達した。社会のあらゆる階層の人々が占星術、魔法、お守り、易断、その他多くの形態の占いを信じていた。そして、ローマ史の権威エドワード・ギボンによれば、「ローマ世界で流行した様々な崇拝様式を人々はすべて等しく真実であるとみなし」た。有名な政治家で雄弁家のキケロは鳥の飛び方に兆しを求める専門家であった。ローマ史家ペトロニウスは、ローマの幾つかの町のおびただしい数の宗教や祭儀から考えて、それらの町には人々の数よりも多くの宗教があるに違いないと述べた。中国では、西暦前第2千年紀(殷王朝)以降の年代の神託用の骨や貝殻が10万点以上出土した。殷朝の神官たちはそれらのものを使って、天気から部隊の行動に至るまであらゆる事柄に関して神の指導を求めた。神官たちはそれらの骨に古代の文字で疑問を書き、次いでその骨を熱し、現われたひび割れを調べて、その同じ骨に答えを書き記した。中には、中国語の書体がこの古代の文字から発達したと考える学者もいる。占いに関する古代中国の最も有名な論文は「易経」で、西暦前12世紀に周の最初の二人の皇帝、文王および周公によって書かれたと言われている。「易経」には対立する二つの力である陰陽(つまり、暗と明、否定的と肯定的、女性と男性、月と太陽、地と天、その他)の相互作用が詳細に説明されており、多くの中国人は今でもこの陰陽が人生のあらゆる事柄の背後の支配的な原理であると信じている。この原理によれば、万物は常に変化しており、恒久的なものは一つもないという状況が示されている。どんな仕事にせよ、成功するには、あらゆる瞬間の変化を意識し、それに調和して行動しなければならない。であるから、人々は疑問を述べて、くじを引き、次いで「易経」に答えを求める。「易経」は何世紀にもわたって、易断や土占い、その他の形態の中国の占いすべての基礎となってきた。
2004年03月23日
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魔術的な慣行は民族によって異なり、驚くほど多種多様なものがあるが、その背後の基本的な考え方はたいへん似通っている。まず第一に、類は類を生む、つまり望ましい効果はそれをまねることによって生み出せるという考えがある。これは模倣魔術と呼ばれることがあり例えば、雨が不足して作物が危険にさらされると、北アメリカのオマハ族のインディアンは、水を入れた容器の周りを回って踊る。次いで、一人の人がその水を少し口に含み、小雨かにわか雨に似せて、水を空中に吐きかける。あるいは、男の人が傷ついた熊のように地面を転がって、首尾よく熊狩りができるようにしたりする。詠唱用の歌やささげ物を含め、もっと手の込んだ儀式を行なった民族もいた。中国人は大きな紙製の、あるいは木製の竜、つまり雨の神を作り、それを持って練り歩いたり、あるいは神々の偶像を日なたに置いて太陽の熱を感じさせれば、雨を降らせることができるかもしれないと考えて、その偶像を神殿から取り出したりした。東アフリカのヌゴニ族は儀式の一環として雨の神殿の境内に埋めたつぼにビールを注ぎ、「主なるチャタよ、あなたは私たちに対して心を固くされました。私たちに何を行なわせたいとお思いでしょうか。私たちはまさしく滅びうせるに違いありません。あなたに差し上げたビールがございますので、あなたの子供たちに雨をお与えください」と祈る。それから、残ったビールを飲み、その後、歌ったり踊ったりして、水に浸した木の枝を振る。魔術的な慣行の背後には、人の所有する物件は所有者から離れた後でさえ、引き続き当人に影響を及ぼすという、もう一つの考え方がある。そのために、かつてある人の所有していたある物品に力を及ぼすことにより、その人に魔法をかけることが行なわれた。ヨーロッパ大陸や英国では十六、七世紀当時でさえ、人々はそのような力で人に危害を加え得る魔女や魔法使いのことを依然として信じていた。そして、ある人の像をろうで作り、それに針を刺したり、人の名前を紙片に書いて、それを火で焼いたり、人の衣服の切れ端を埋めたり、あるいは髪の毛や切った爪、汗や、はては排せつ物に対してさえほかの色々なことをしたりする方法があった。このような、あるいは他の方法がどの程度まで行なわれていたかは、1542年、1563年、および1604年に英国の議会が魔法を行なう者に死罪を科す法令を定めたことからも分かる。このような魔術はあらゆる時代を通じて、ほとんどあらゆる国民の中で様々な仕方で行なわれてきたのである。
2004年03月22日
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無生物界は善悪両方の霊で満ちているという信仰が一度確立されると、人々は容易に次の段階、つまり指導や祝福を求めて良い霊と交信すると共に、悪い霊をなだめるよう試みる段階に進んだ。その結果、魔術が行なわれるようになり、それは昔も今も、ほとんどあらゆる国民の中で栄えてきた。魔術とは、最も基本的な意味では、自然の、あるいは超自然の力を制御、もしくは強制して、人間の命令どおりに行なわせるよう試みることである。初期の種々の社会の人々は日常の多くの出来事の真の原因を知らなかったため、ある魔術的な言葉や呪文を繰り返したり、ある儀式を行なったりすると、ある種の望ましい効果をもたらすことができると考えた。ある儀式は実際に効を奏したので、そのような魔術が信用できるように見えた。例えば、スマトラ西部のメンタワイ諸島の祈とう師―本質的には魔術師もしくは呪術師―は下痢で苦しんでいる人々を驚くほど効果的に治すことができたと伝えられている。患者を時々がけの縁の近くにうつぶせに横たわらせて、土をなめさせるのが、その魔術の方法だった。それがどうして効を奏したのか。そのがけの土には、今日のある下痢の薬に普通に使われている白い粘土鉱物であるカオリンが含まれていた。そのような少数の成功例のお陰で、失敗した事例はすべてたちまち消し去られて、魔術による治療者の評判が確立された。それらの人々はやがて、恐れ敬われる、大いに尊敬される成員、つまり神官、長、魔術士、祈とう師、呪術医、霊媒などになった。人々は治療、病気の予防、紛失物の捜し方、泥棒の見分け方、魔よけ、あるいは復しゅうの仕方などの問題を持って彼らを訪ねた。ついには、そのような事柄と共に、出産、成年、婚約、結婚、死別、埋葬などの生活上の他の行事を扱う、数多くの迷信的な慣行や儀式が行なわれるようになり、やがて人々の生活はあらゆる面で魔術の力と神秘に支配された。
2004年03月21日
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初期の時代の人々の生活は神秘で満ちていたようである。人々は不可解で当惑させられるような出来事で取り囲まれていた。例えば、申し分のないほど強健な人が一体どうして突然病気で倒れるのか、普通の季節に一体どうして空から雨が降らないのか、あるいは一見死んだように思える葉のない樹木が一年のある時期に緑に一変し、命にあふれるようになるのは一体どうしてか理解できなかったことだろう。自分自身の影や心臓の鼓動や息さえも神秘だったであろう。人間には生まれつき霊的なことを考える性向があるので、それらの神秘的な事柄や出来事をある超自然的な力のせいにするのは、ごく自然なことだった。しかし、正しい指導や理解がなかったために、人間の世界はやがて魂や霊、幽霊や悪霊の満ちる所となった。例えば、北米のアルゴンキン族のインディアンは人の魂を「彼の影」という意味の“オタチュク”と呼んでおり、東南アジアのマライ人は、人間が死ぬと、魂は鼻孔を通って逃げて行くと信じている。今日、霊や死んだ人の魂が存在することや、ある方法でそのような霊や魂と交信する企てに対する信仰は、ほとんどどこにでも見られる。同様に、自然環境の中の他のもの、すなわち太陽、月、恒星、大洋、川、山々も生きていて、人間の諸活動に直接影響を与えるように見えた。それらのものはそれぞれ独自の世界を占めているように見えたので、霊や神々として神格化された。その中には慈悲深くて人を助ける者もいれば、邪悪で人を害する者もいた。そして、創造されたものを崇拝することが、ほとんどすべての宗教の中で顕著な位置を占めるようになった。そのような信仰は、ほとんどすべての古代文明の宗教の中に見いだすことができる。バビロニア人やエジプト人は太陽神や月神、および星座の神々を崇拝した。動物や野獣も彼らの崇敬の対象になった。ヒンズー教徒は幾億もの数に上る神々の万神殿で有名である。中国人は神聖な山々や川の神々を常に奉じてきたし、先祖崇拝を行なうことによって孝行をする。イギリス諸島の古代のドルイドはオークの木を神聖視し、オークに自生するヤドリギに特別の崇敬の念を表した。後に、ギリシャ人やローマ人が一役買って、霊、神々、魂、悪霊その他、あらゆる種類の神聖な事物に対する信仰が確立された。今日、ある人々はこのような信仰をすべて迷信とみなすかもしれないが、それらの考え方は依然として世界中の多くの人々の宗教的な慣行に見られる。ある人々は依然として、ある山や川、奇妙な形をした岩や古木その他、数多くの物が神聖であると考えており、それらを専心の対象として崇拝している。そして、そのような場所に祭壇や聖堂や神殿を建てる。例えば、ガンジス川はヒンズー教徒にとって神聖な川で、同教徒の最大の願いは、生きているうちにその川で沐浴し、死後、自分の骨灰をその水にまいてもらうことである。仏教徒はインドのブッダガヤーにある霊場にもうでることを特別な経験とみなしている。その霊場の菩提樹の下で仏陀が悟りを開いたと言われている。カトリック教徒はメキシコにあるグアダルーペの聖母マリアのバシリカ聖堂までいざったり、あるいは奇跡的ないやしを求めて、フランスのルルドの霊場の“聖”水で沐浴したりする。創造者ではなく、創造されたものをあがめることは、今日でも依然として目立っている。―Ro 1:25.
2004年03月20日
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進化論者の主張に反して、人間には霊的な特性があり、その点で人間は下等動物と異なっており、それよりも勝っている。人間には生まれつき、知られていないものを探求しようとする衝動がある。そして、人生にはどんな意味があるのか、人間は死後どうなるのか、人間は物質界と、いや、実際のところ、宇宙とどんな関係を持っているのかなどという疑問と絶えず取り組んでいる。また、少しでも自らの境遇や人生を制御しようとして、自分自身よりも高度な、もしくはより強力な存在に到達したいという欲求によって動かされている。アイバル・リスナーはこのことについて、自著、「人間、神、および魔術」の中でこう述べている。「人間が自らの歴史を通じて、自分自身以外の存在に達するため不屈の努力を傾けて奮闘してきたことを考えると、ただただ驚嘆させられるばかりである。人間は決して専ら生きるのに必要なもののためだけに自分のエネルギーを振り向けたりはしなかった。人間は到達し難いものにあこがれて、絶えず探し求め、さらに模索してきた。人間固有のこの不思議な衝動が人間の霊性なのである」。もちろん、神を信じない人たちは物事をそのように考えるわけではない。そのような人々は、普通、人間の心理的、あるいはそれ以外の必要のゆえに人間にはこの傾向があるのだと言う。しかし、普通の経験からすれば、大抵の人々は危険や絶望的な事態に直面すると、まず最初に神、あるいは何らかのより高度な力に助けを求めるのではないだろうか。このことは今日でも昔の時代と全く同様である。リスナーはさらにこう述べている。「最古の未開民族の中で研究を行なってきた人で、未開民族がすべて神のことを考えていること、つまり至上の存在に対する鋭敏な意識を持っていることを理解できない人は一人もいない」。人間が未知のものに到達したいという、持って生まれた欲求を充足させるため、どのように努力したかは、全く別の問題である。遊牧民の狩猟者や牧夫は野獣の力におののいたし、農民は特に天候や季節の変化に順応した。密林の住人は砂漠や山地に住む人々とは全く異なった仕方で反応した。人々はそのような様々な恐れや必要に直面して、当惑させられるほどの様々な宗教的慣行を発達させ、そのような慣行によって慈悲深い神々に訴えたり、恐ろしい神々をなだめたりしたいと考えた。しかし、それらの宗教的な慣行はたいへん多種多様であるにもかかわらず、ある共通の特色が認められる。その中には、神聖な霊や超自然的な力に対する崇敬や恐怖の念、魔術の使用、しるしや兆しによって将来を占うこと、占星術、その他様々な吉凶判断の方法がある。それらの特色を調べてみると、それが今日の人々をさえ含めて、あらゆる時代の世界中の人々の宗教思想を形成する上で重要な役割を果たしてきたことが分かる。
2004年03月19日
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人々のする事柄の多くは、当人が気づいているかどうかにかかわりなく、迷信もしくは迷信的な慣行と結びついており、そのあるものは神々あるいは霊と関係がある。例えば、誕生祝いの起源は、人の実際の誕生日を大いに重視する占星術にあることをご存じだろうか。誕生日のケーキについてはどうか。それはギリシャの女神アルテミスと関係があるようだ。その誕生日は、ろうそくを載せた、はち蜜入りの月形のケーキを作って祝われた。あるいは、葬式で黒い服を着用することは、元来、そのような時に潜んでいると言われる邪悪な霊の注意を免れる一つの策略だったことをご存じだろうか。色の黒い一部のアフリカ人は体を白く塗ったり、他の土地では泣き男が異様な色彩の服を着たりして、それらの霊に気づかれないようにする。そのような民間の慣行のほかに、どこでも人々は迷信を信じており、恐れを抱いている。西洋では、鏡を割ったり、黒猫を見たり、はしごの下を歩いたりすること、それに場所によって異なるが、13日の火曜日や金曜日などはすべて、不吉な事柄の前兆とみなされている。東洋では、日本人が着物を着る場合、左を上にして前を合わせる。なぜなら、遺体にはその逆の合わせ方をするからである。また、昔、日本では家を建てる場合、北東に面する側には窓や戸を付けなかった。その方向から来ると言われる悪霊が、入口を見つけられないようにするためであった。フィリピンでは、人々は死者を埋葬する前に、“聖”ペテロに死者を歓迎してもらうよう、死者の靴を脱がせて両足のそばに置く。老人は、人影のように見える月面の“聖”ミカエルが若者の行ないを見守って書き記しているということを指摘して、行儀をよくするよう若者に命じる。しかし、霊や神々に対する信仰は、一見無害に思える習慣や迷信に限られてはいない。未開社会でも現代社会でも、人々は恐ろしい霊を制御したり、なだめたり、あるいは慈悲深い霊の恵みを得たりするために様々な手段に訴えてきた。当然、まず最初に、遠い密林や山地の住民で、病気あるいは他の大変な窮境の際、霊媒や祈とう師や魔術士(魔術を行なう祭司)に相談する人々のことを考えるかもしれない。しかし、大都市や小都市の人々もまた、将来のことを伺ったり、重要な決定をする助けを得たりするために、占星術者、超能力者、占い師、および易者などのところに行く。中には、名目だけにせよ、何らかの宗教に属している人でさえ、そのような慣行に頼って熱心に助けを求める。心霊術、黒魔術、および秘術を自分たちの宗教にしている人々も少なくない。このような慣行や迷信すべてにはどんな源、もしくは起源があるか。それらは単に神に近づくための異なった道にすぎないのか。また、たいへん重要なこととして、そのような事柄は、これに従う人々に対して何をするものとなるのか。このような疑問に対する答えを得るには、人間の歴史をさかのぼって調べ、初期の人間の崇拝の仕方をかいま見なければならない。
2004年03月18日
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聖書は怪異な力や魔術に言及する場合必ずそれを非としているという点で、他の古代民族の書物とは著しく異なっている。聖書が“黒”魔術のまじないを打ち消すための“白”魔術を奨励している箇所は一つもない。むしろ聖書は、目に見えない「邪悪な霊の勢力」からの、また魔術の影響力を含め、それらの勢力に関連したあらゆる活動からの保護として、信仰と祈り、また神への信頼を推奨している。(Eph 6:11‐18)「詩編」の中で、義なる者は悪からの救出を祈り求めている。イエスは、「邪悪な者から」の救出を祈り求めるよう教えてくださった。(Mt 6:13)一方、タルムードとコーランは迷信と恐れに屈している。外典の「トビト書」は、魔術につながる呪術に関するばかげたくだりを含んでいる。―トビト 6:5、8、9、19; 8:2、3; 11:8‐15; 12:3.したがって、イスラエル国民はこの点で同時代の人々のようではなかった。神はご自分の民にその状態を保たせるために、オカルトの力に通じている者たちに関する幾つかの非常に明確な律法をお与えになった。「女呪術者を生かしておいてはならない」。(Ex 22:18)「魔術を行なってはならない」。「男や女でその内に霊媒の霊や予言の霊が宿る者,その者は必ず死に処せられるべきである」。(Le 19:26; 20:27)「あなたの中に、……魔術を行なう者、吉凶の兆しを求める者、呪術を行なう者、また、まじないで他の人を縛る者、霊媒に相談する者……などがいてはいけない」―De 18:10‐14.神の預言者も、神は呪術にふける者たちすべてを断つと宣言した。(Mic 5:12)サウル、イゼベル、マナセなど、神を捨てて何らかの呪術に頼った人々は、見倣うべきではない過去の実例である。―1Sa 28:7; 2Ki 9:22; 2Ch 33:1、2、6.クリスチャン・ギリシャ語聖書も、イエスや使徒たちの時代のローマ帝国各地に呪術者たちが横行していたことを述べている。キプロス島にはバルイエスという名の呪術者がおり、パウロはその者を、「あらゆる詐欺とあらゆる罪悪に満ちた……悪魔の子」と呼んで糾弾した。(Acts 13:6‐11)しかし、魔術の行ないをやめてキリスト教を受け入れたサマリアのシモンのような人々もいた。(Acts 8:5、9‐13)ある時エフェソスでは、「魔術を行なっていたかなり大勢の者が自分たちの本を持ち寄って、みんなの前で燃やした。そして、それらの値を計算してみると、合わせて銀五万枚[デナリであれば、3万7,200$になることが分かった」と記されている。(Acts 19:18、19)使徒パウロはガラテアの人々に手紙を書いた時、「肉の業」の中に心霊術的なオカルトの慣行を含め、「そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません」と警告した。(Ga 5:19‐21)その栄光ある王国の外にいるのは、それらのバビロン的な行ないに固執するすべての人々である。(Re 21:8; 22:15)彼らは、呪術によって諸国民を惑わすことで悪名高い大いなるバビロンもろとも、すべて滅ぼされることになっている。―Re 18:23.
2004年03月17日
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(Magic and Sorcery)自然を超えた事柄を成し遂げるために使われるとされている秘術や怪異な力。心霊術やオカルトの力と関係があある。“黒”魔術は、敵に害を与えるまじない、特別なのろい、“悪魔の目”などで成り立っていると言われている。一方、“白”魔術は、その実践者によると、まじないを打ち消したり、のろいを解いたりすることによって良い結果を生み出すとされている。古代の幾つかの民族は、死刑によって“黒”魔術を禁じていた。しかし聖書は、それよりもさらに一歩進み、あらゆる種類の心霊術的な魔術を禁じている。(Le 19:26; De 18:9‐14)それを職業にしている人は、超自然の知識や知恵によって得られると言われる呪文を使うことにより、人々に影響を与えたり、将来の出来事を変えたりしようとする。この点で魔術は占いとは異なる。占いは、将来の出来事を知ろうとするだけであり、それに影響を与えたり、それを変えたりしようとはしない。魔術につながる呪術の概念の多くは、邪悪な霊たちを促して人から出させたり人に入らせたりすることができるという信条や、それらの霊たちをだましたり欺いたり、さらには木片や土偶の中に捕まえたり閉じ込めたりすることができるという信条に基づいている。例えば魔術師は、蜜や他の心地よいもので魔法の道を作ることにより、悪霊たちを意のままに操ることができると言われている。そのような概念はいずれも、魔術を行なう祭司たちのこうかつな一団を生み出した。彼らは人々の生活に大きな力を及ぼし、悪霊たちの力を上回る超自然の力を持っているように見せかけて、自分の影響下にある人々から多額の報酬を巻き上げるのである。それらの職業的な呪術者は、悪霊を呼び出して従わせることができるのに対し、悪霊は呪術者以上の力を持ってはいないと考えられていた。こうした心霊術の行ないや、いわゆる学問は、バビロニアの古代カルデア人の間で発達し、彼らによって用いられた。イザヤは西暦前8世紀に、当時のバビロンがあらゆる種類の呪術に満ちていたことを示している。(Isa 47:12‐15)その100年余り後のダニエルの時代にも、魔術を行なう祭司たちは依然としてバビロンの廷臣の中に含まれていた。(Da 1:20; 2:2,10,27; 4:7; 5:11)この「魔術を行なう祭司」という表現は、ヘブライ語からの明確な字義訳である。バビロニア人は、魔法使いや魔女と呼ばれる奇形の人々が“黒”魔術を行なうと考えていたため、彼らをひどく恐れていた。一方、祭司たちは、“白”魔術を修得していると言われていた。人々は、同じ呪文でも祭司が述べると病人は健康になるのに対し、魔法使いや魔女が唱えるとその病人は死ぬと考えていた。バベルで言語が乱されたために人々が世界中に散らされた時、彼らはそうした魔術の概念を幾らか携えて行ったのかもしれない。(Ge 11:8、9)今日、マントラの魔術、すなわち、民間のヒンズー教のなぞめいた呪文や賛歌、まじないで縛るための祈りなどを行なう人は非常に大勢いる。魔術を行なう祭司、祈とう師、まじない師、あらゆる種類の呪術師は、世界中の多くの場所に見られるが、西暦前18世紀のヨセフの時代のエジプト人の間にもそのような者たちが見られた。(Ge 41:8、24)ヨセフが奴隷として売られてから2世紀余の後、エジプトの魔術を行なう祭司たちは、モーセが行なった最初の二つの奇跡をある程度まねることができたようである。(Ex 7:11、22; 8:7)しかし、ぶよを生じさせる段になると彼らは何もできず、それは「神の指です!」と認めざるを得なかった。また彼らは、自分たちがはれ物の災厄に悩まされるのを防ぐこともできなかった。―Ex 8:18、19; 9:11.
2004年03月16日
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(Conjurer)アッシャーフというヘブライ語(アラム語、アーシャフ; 欽定は「占星術者」)の正しい定義は、「まじない師、交霊術者、魔法使い」というものである。まじないをするに相当する英語は「共に誓う」ことを意味しており、これは人がいわゆる死者の霊を厳粛に呼び出したり呼び求めたりする時のように、誓約や呼び掛けによって行なわれる。交霊術者に相当する英語には、字義通りには「死者の占い師、つまり死者との交信を通して将来の出来事を予告したり繰ったりしようとする人」という意味がある。死者との交信とされるものは、いかなる形態のものであれ神により非とされていた。「そして、もし人々があなた方に、『霊媒に、または、さえずったり低い声でものを言ったりする予言の霊を持つ者たちに問い合わせよ』と言うのであれば、どの民もその神に問い合わせるべきではないか。生きている者たちのために死者に問い合わせることがあってよいだろうか」。(Isa 8:19)不忠実なサウル王が訪れた『エン・ドルの女性霊媒術者』は、イスラエルでは非合法とされていたにもかかわらず、死者のまじない師として悪霊たちと接触を持っていた。―1Sa 28:7; Le 20:27.まじない師は特にバビロニア人の間で活躍した。バビロンに捕らわれ人として連れて行かれたダニエルとその3人の友は、カルデア人の言葉で3年間の特別な学校教育を受けた後、領土内の「魔術を行なう祭司やまじない師のだれより十倍も[知恵と悟りの点で]優れている」ことを示した。―Da 1:3‐20.約8年後、ネブカドネザルはまじない師に限らず全部門の占い師を呼び寄せ、まず自分の見たある夢を明らかにすること、それからその夢を解き明かすことを要求した。(Da 2:1‐3、27)王は彼らに不信感を抱いた。それは、「お前たちは、偽りとたわ言をわたしの前で言おうと申し合わせ……ている」という発言からも分かる。また、彼らが状況の変化を期待して時間稼ぎをしていることにも十分気づいていた。それでネブカドネザルは、自分の見た恐ろしい幻を賢人たちが本当に解き明かせるというある程度の保証を得るため、まずどんな夢を見たかを告げてみるようにと迫った。「その夢をわたしに告げよ。そうすれば、お前たちがその解き明かしも示せることを、わたしは知るであろう」と王は言った。(Da 2:4‐9)まじない師や仲間の占い師たちが答えを探しあぐねていると、王は怒ってバビロンのすべての賢人を滅ぼし去るようにと命令した。しかし、ダニエルも王のこの勅令(ダニエルとその友たちも恐らくそれに含まれていた)について知るようになった。それで「その秘密が[神によりダニエルに]明らかにされた」後、ダニエルは急いで王にそのことを告げた。その際ダニエルは、それを決して自分の手柄にはしなかった。その点は、「この秘密がわたしに明らかにされていますのは、他の生ける者すべてに勝ってわたしに知恵があるからではありません」という言葉から分かる。―Da 2:19‐30.数十年後、ベルシャザルは自分では読むことのできない『壁の上の手書き文字』を見て衝撃を受けた。王は「まじない師、カルデア人、占星術者たちを連れて来るよう大声で呼ばわ(って)」から、この上なく寛大な申し出をした。「だれでもここに書かれたものを読んで、その解き明かしをわたしに示す者、その者は紫をまとい、金の首飾りを首に掛け、この王国の第三の者として支配することになろう」。(Da 5:5‐7)まじない師たちは心霊術を行なう他の占い師たちと同じく解き明かしを行なうことができず、ここでもやはりダニエルの神Jehovahが解き明かしをお与えになった。―Da 5:8‐29.
2004年03月15日
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(Foreteller of Events)将来に起きる事柄を予測する能力があると主張する人。聖書はその例として、魔術を行なう祭司、心霊術を使う占い師、占星術者その他を挙げている。「出来事の職業的予告者」と訳されるヘブライ語のイッデオーニーは、ヤーダ(知る)という語根に由来しており、普通の人には隠されている知識を暗示している。この語はしばしば「霊媒」という意味のオーヴと共に出て来る。(De 18:11)中には、悪魔サタンの配下にある、神に敵する邪悪なみ使いたち、つまり悪霊たちとの接触によってオカルト的な力を持っていた人もいる。悪魔サタンは悪霊たちの支配者である。(Lu 11:14‐20)古代において、これらの予言者たちは予言のメッセージを得るために、星を見つめること(Isa 47:13)、犠牲としてささげられた動物の肝臓や他の内臓を調べること(エゼ 21:21)、兆しを解き明かすこと(2Ki 21:6)、いわゆる死者の霊に相談することなど、様々な方法を用いた。―De 18:11.エジプト人の生活は、バビロニア人の生活と同様、占いをする人によってかなり規制されていた。(Isa 19:3)一方、神の真の僕たちは決してそのような者に情報を求めなかった。エジプトでの束縛から解放された少し後にイスラエルに律法が与えられた時、彼らは「出来事の職業的予告者」に相談することを厳しく禁じられた。(Le 19:31)それらの者たちと「不倫な交わり」を持つなら、神の民の中から(死によって)断たれることになった。そして、そのような術を使う者に関して、律法は続けて、「男や女でその内に霊媒の霊や予言の霊が宿る者、その者は必ず死に処せられるべきである」と述べている。(Le 20:6、27)そのほぼ40年後に、イスラエルは約束の地に入ってその住民を追い立てる態勢を整えた時、次のことを思い起こさせられた。「あなたはそれら諸国民の行なう忌むべき事柄を見習ってはならない。あなたの中に、……霊媒に相談する者、出来事の職業的予告者、死者に問い尋ねる者などがいてはいけない」―De 18:9‐11.それから350年以上後に、イスラエルの最初の王サウルは出来事の予告者を国内からすべて除き去った。しかし、死ぬ前には神からかなり離れていたので、自分の将来を予告させるために自ら「エン・ドル(の)女性霊媒術者」を捜し出した。最初、彼女はそのような術を使うのを恐れるが、サウルが「サムエルを連れ出(す)」よう迫ると、幻を呼び出した。彼女はその姿を『そでなしの上着を着ている年取った人』と説明した。サウルはそれが預言者サムエルであることを確信した。(1Sa 28:3、7‐19)しかし、それが実際にサムエルであったはずはありえない。彼は死んでおり、死者には『何の意識もない』からである。(Ec 9:5)生前のサムエルは霊媒などとはかかわりを持たなかったはずであり、神とその聖なるみ使いたちもそのような者には協力されないはずである。神は自らご自分の民にこう言われた。「もし人々があなた方に、『霊媒に、または、さえずったり低い声でものを言ったりする予言の霊を持つ者たちに問い合わせよ』と言うのであれば、どの民もその神に問い合わせるべきではないか。生きている者たちのために死者に問い合わせることがあってよいだろうか。律法と証しとに問え!」 神はこう続けておられる。「確かに、彼らは夜明けの光を持たないこの言葉にしたがって語りつづける」。―Isa 8:19、20.サウルの治世のほぼ400年後に、ユダのマナセ王は「神の目に悪いことを大規模に行なって、神を怒らせ」たが、その悪いことの中には彼の支配下で栄えた出来事の職業的な予告者たちに相談することが含まれていた。(2Ki 21:6; 2Ch 33:6)これらの者たちすべては、マナセの孫である義にかなったヨシヤ王によって国内から一掃されなければならなかった。―2Ki 23:24.クリスチャン・ギリシャ語聖書の中で悪霊による将来の予告について述べているのは、使徒パウロがフィリピ市で「霊、つまり占いの悪霊につかれたある下女」を救ったことに関する箇所だけである。彼女は「予言を業として」、自分の主人たちに多くの利益を得させていた。そのような行ないが本当に悪霊的で、神に真っ向から反対するものであるという事実を明らかにしているのは、悪霊を追い出された下女の主人たちがフィリピでパウロを大いに苦しめた出来事である。彼らがパウロとその仲間のシラスを行政官たちの前に連れて行くと、行政官たちは二人を打ちたたくように命じ、それから二人を獄に入れた。―Ac 16:12、16‐24.
2004年03月14日
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占星術がモレクという神の崇拝と密接に結び付いていたことを示す証拠がある。この神は雄牛の頭を持つ神として描かれることがあった。雄牛はバビロニア人、カナン人、エジプト人その他の民族によって神々―マルドゥク、モレク、バアルその他―の象徴として崇拝された。雄牛は黄道帯の最も重要な宮の一つ、つまりタウロスであった。太陽神はしばしば雄牛によって表わされ、その角は光線を意味し、雄牛の強い生殖力は“命の与え主”としての太陽の力を表わした。雌の牛には、イシュタルやアスタルテといった様々な名前で呼ばれた女神の象徴として同等の誉れが付与された。であるから、アロンやヤラベアムがイスラエルにこのような雄牛の崇拝(子牛崇拝)を持ち込んだ時、それは唯一真の神の目から見て確かに大きな罪であった。―Ex 32:4、8; De 9:16; 1Ki 12:28‐30; 2Ki 10:29.背教したイスラエルの十部族王国はこの占星術の祭儀に加わったことで糾弾された。こう書かれているからである。『彼らは自分たちの神のすべてのおきてを捨てて、自分たちのために鋳物の像、二頭の子牛を造り、聖木を造り、さらに天の全軍に身をかがめ、バアルに仕えはじめた。また、自分たちの息子や娘たちに火の中を通らせ、占いを行ない、兆しを求めた』―2Ki 17:16、17.南の二部族王国では、邪悪なアハズ王とその孫のマナセが両者とも、星の神々を崇拝したり、残忍にも自分たちの子供を生きたまま犠牲としてささげて焼いたりするといったことを率先して行なった。(2Ki 16:3、4; 21:3、6; 2Ch 28:3、4; 33:3、6)しかし、善良なヨシヤ王は、「バアルや太陽や月や黄道帯の星座や天の全軍のために犠牲の煙を立ち上らせ」ていた『異国の神の祭司たちを廃し』、高き所を破壊し、トフェトを礼拝のために用いられなくした。「だれも自分の息子や娘を火の中を通らせてモレクにささげることがないようにするため」であった。(2Ki 23:5、10、24)神はご自分の預言者であるゼパニヤやエレミヤを通し、占星術的な慣行に携わっていたことで彼らを、「屋上で天の衆群に身をかがめている者たち」、また「マルカム[モレク]にかけて誓いを立てている」者たちと呼んで糾弾された。―Zep 1:5; Jer 8:1、2; 19:13.モレクの崇拝、子牛崇拝、および占星術が相互に結び合わされていたことをさらに示しているのは、荒野におけるイスラエル人の反逆に関するステファノの説明である。イスラエル人がアロンに向かって、「わたしたちに先立って進む神々を作ってください」と叫んだ時、神は「彼らを渡し、天の軍勢に神聖な奉仕をささげるように引き渡された。預言者たちの書にこう記されているとおりである。『……いけにえと犠牲をささげたのはわたしに対してではなかった……あなた方が取り上げたのはモロクの天幕や神レファンの星……であった』」―Ac 7:40‐43.
2004年03月13日
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『肝を調べる』慣行は占星術の特別な一面だったようである。(Eze 21:21)ハンムラビの時代のものとされるバビロンのある神殿学校で、肝臓の粘土製模型が見つかった。その片面は「昼」と「夜」を表わす部分に分かれていた。縁は16の部分に分かれていて、その各々の部分には天の神々の対応する名前が付されていた。であるから、この種の占いでは天が全くの想像に基づいて分けられたように、彼らは自分たちの犠牲の動物の肝臓を同様に分けた。彼らはそれらの犠牲をささげる時、神々が自分たちにどのような兆しを示しているかを確かめるために、肝臓を天の縮図的な反映とみなしてそれを見た。何の意味もねぇじゃん。吉兆占いの愚かさがよく分かります。
2004年03月12日
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占星術者(ギ語、マゴイ; 「マギ」、ア標 脚注、信心会、ウェイマス; 「魔術師」、ダイアグロット)は幼子イエスに贈り物を携えて来た。(Mt 2:1‐16)インペリアル聖書辞典(第2巻、139ページ)は、このマゴイがどんな人たちであったかについて注解し、こう述べている。「ヘロドトスによれば、マギとは夢を解き明かすと称し、神聖な儀式を公式に監督していたメディア人の一部族であった。……要するに、彼らは学識のある祭司階級で、本を読んだり星を観察したりして、起ころうとしている出来事に対する超自然的な洞察力を得る能力を持っていると考えられていた。……後代の調査研究では、最盛期を迎えたマギ教の中心地をメディアやペルシャではなく、むしろバビロンとする傾向がある。『最初、メディア人の祭司たちはマギとは呼ばれていなかった。……しかし、彼らは自分たちの祭司階級を指すマギという名称をカルデア人から受けた。ヘロドトスがマギのことをメディア人の一部族と述べた理由はそのようにして説明できる』……(ヘルツォーク百科事典のJ・C・ミュラー)」―P・フェアベアン編、ロンドン、1874年。それで、殉教者ユスティヌスやオリゲネスやテルトゥリアヌスがマタイ 2章1節を読んだ時、マゴイを占星術者と考えたのはもっともなことだった。テルトゥリアヌスはこう書いている(「偶像礼拝について」)。「我々は魔術と占星術が相互に関連し合っていることを知っている。だから、……最初に彼[イエス]に『贈り物』を差し出したのは、星のことを解釈する者たちであった」。(「ニケア会議以前の教父たち」、1957年、第3巻、65ページ)マギという名称は「東方の占星術者を指す一般的な用語として」広まるようになった。―「新フンクとワグナルズの百科事典」、1952年、第22巻,8076ページ。それで、状況証拠は、幼子イエスを訪れたマゴイが占星術者であることを強く示している。そのため、C・B・ウィリアムズ訳の新約聖書では「星を見つめる者たち」となっており、脚注で「これは地上の出来事に関連させて星を研究する人たちのこと」と説明している。であるから、現代の英訳でマタイ 2章1節が「占星術者たち」となっているのは適切なことである。―聖ア、新英、新世、フィリップス。「東方から」のこれらの占星術者たちのうち何人が幼子イエスのところに「金・乳香・没薬」を携えて来たのかは明らかにされていないが、3人いたという伝統的な見解には事実に基づく根拠がない。(Mt 2:1、11)占星術者であったそれらの人は偽りの神々の僕であり、それと知りながら、あるいはそれとは知らずに、動く「星」のように見えたものによって導かれた。彼らは「ユダヤ人の王」が生まれたことに対してヘロデの注意を喚起した。そのため、ヘロデはイエスを殺させようとした。しかし、その企ては失敗した。神が介入し、占星術者たちの悪霊の神々より勝っていることを示された。それで占星術者たちはヘロデのもとに戻る代わりに、「夢の中で神からの警告」を与えられた後、別の道を通って帰国した。―Mt 2:2、12.
2004年03月11日
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(Astrologers)ガーゼリーンという言葉はダニエル書の中のアラム語で書かれた部分にだけ出ており(Da 2:4後半‐7:28)、その語根には「切り出す」という意味があるが、これは天を星位に分ける人に言及していると考えられる。(Da 2:34)幾つかの英訳聖書(ドウェー、欽定、リーサー、ア標)では、原語のアラム語のガーゼリーンという言葉が「予言術者」と訳されている。(Da 2:27; 4:7[4節、ドウェー; リーサー]; 5:7、11)占星術を行なうこの集団を成していたのは、「様々な計算法や区分によって、誕生時における星の位置から人の運命を見定める」人々だった。(「ゲゼニウスのヘブライ語・カルデア語辞典」、S・P・トレゲリス訳、1901年、166、167ページ)占星術は本質的に多神教論に基づくものである。下メソポタミア渓谷で占星術が出現したのは、大洪水のすぐ後に人間が神への清い崇拝に背を向けた時にまでさかのぼる。やがてカルデア人という名称は事実上、「占星術者」の同義語になった。この占星術という偽りの科学では、天の各々の部分はそれぞれ異なった神により支配されていると考えられていた。日の出や日没、春分や秋分、夏至や冬至、月の位相、食、いん石など、天界の動きや現象すべては、それらの神々の仕業であると言われていた。であるから、こうした宇宙の動きに対して定期的に注意が払われ、その発生回数を記した複雑な図表や一覧表が作成され、それらのものに基づいて人間社会の事柄や地球上の出来事が予言された。すべての事柄は公のものも個人的なものも、天のそれらの神々により支配されていると信じられていた。その結果、政治上または軍事上の決定は、占星術者たちが呼ばれ、兆しを読んで解き明かし、助言を述べるまでは行なわれなかった。このようにして祭司階級は民衆の生活に大きな権力と影響力を及ぼすようになった。祭司たちは超自然的な力や洞察力や偉大な知恵を持っていると主張した。バビロニア人の間で建てられた大きな神殿で、独自の天体観測所を備えていないものはないほどだった。西暦前8世紀に、預言者イザヤはバビロンの滅亡を予告した際、滅びに定められた同市の、星を観測する占星術的な助言者たちに対し、同市を救ってみるようにと挑戦して、「あなた[バビロン]はその大勢の助言者にうみ疲れた。天を崇拝する者たち、星を見る者たち、新月の時にあなたに臨むことに関する知識を授ける者たち、さあ、彼らを立ち上がらせよ、あなたを救わせてみよ」と述べた。―Isa 47:13.やがて歴史は進展し、ダニエルとその3人の友が占星術者たちのいるその地の捕らわれ人になった。バビロンの王はこれらのヘブライ人が「知恵と悟りに関するいっさいの事柄に関して」試みられた結果、「その全王土にいる魔術を行なう祭司やまじない師のだれより十倍も優れている」ことに気づいた。(Da 1:20)ダニエルはその後、「魔術を行なう祭司たちの長」と呼ばれるようになった。(Da 4:9)しかし、注目すべきなのは、ダニエルが真の神の崇拝を放棄し、星の観測により『天を分ける者』になるというようなことが決してなかったことである。例えば、ネブカドネザルは、自分の見た夢を占星術者や他の「賢人たち」が明らかにすることができなかった時、非常に激怒して、「お前たちは手足を切り取られ、お前たちの家は公衆の便所とされることになる」と言った。(Da 2:5)ダニエルとその友たちもこの見境のない命令に含まれていた。しかし、処刑が行なわれる前にダニエルが王の前に連れて来られ、王に対してこう言った。「天に神が、秘密を明らかにされる方がおられます」が、「わたしについて言えば、この秘密がわたしに明らかにされていますのは、他の生ける者すべてに勝ってわたしに知恵があるからではありません」。―Da 2:28、30.
2004年03月10日
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(Divination)占いとは一般に、心霊術的なオカルトの力の助けによって、秘められた知識、とりわけ将来に起きる事柄に関する知識を得ようとすることに関係したすべての分野を包含する。占いの特定の分野に関し、「占星術者」、「出来事の予告者」、「まじない師」、「魔術と呪術」などについて後に少し調べてみる。占いをする人は、ある種のしるしや兆しを読んでその意味を解釈する訓練を受けた人々に超人間的な神々が将来の物事を啓示する、と信じている。彼らは、そのようなしるしや兆しが次の様々な方法で伝えられる、と言う。すなわち、天文現象(恒星や惑星の位置や運動、食、流星)、地球の物理的な力(風、あらし、火)、生き物の行動(犬のほえ声、鳥の飛行、へびの動き)、茶わんの中の茶の葉の様子、水面にできる油膜の形状、矢の落ちる方向、犠牲動物の体の器官(肝臓、肺臓、腹わた)の外観、手のひらの筋、くじ引き、死者の「霊」などである。ある種の占いには特定の名称が付けられている。例えば、ローマ人の間で流行した、兆し・異兆・思いがけない現象などを調べる吉凶判断、手のひらの筋から未来を予告する手相術、肝臓の様子を見る肝臓占い、内臓の様子を見る腸卜占い、矢で行なう矢引き占い、占い棒を用いる棒占い、夢で占う夢占い、死者に問うとされる口寄せ。ほかに、水晶占いや託宣などもある。
2004年03月09日
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「あらゆる職種の人々が、易者、占い師、さらには幻を見ると自称する人々に高額の費用を払って相談を持ち掛けるようになり、オカルト、超自然現象、超常現象は儲かる商売になった」と、US・ニューズ・アンド・ワールド・リポート誌は論評している。米国の場合、そのような幻を見る人には、占星術者、霊媒、降霊術者、それに約60万人のオカルト施術者が含まれるが、彼らは与える助言に対して300$(約5万1,000円)も請求する。オカルトを扱った雑誌、書籍、テープ、映画のためにも幾百万ドルものお金が費やされている。英国でも状況はこれと似ている。オカルト的な慣行に用いられる書籍や物を供給する通信販売の店が繁盛しており、英国の主要な販売業者の一人が「毎週[さばいている]注文は幾百件にもなり、店の本を定期的に愛読している人々は2万人くらいいる」ということである。1985年3月6日付のロンドンのガーディアン紙の伝えるところによれば、「5年前には英国で魔術を行なう者は約6万人と算定されていたが,魔術を行なうある人たちの推定によれば、今日その数は8万人に増加している」とのことである。確かに西欧世界は今、ワールドブック百科事典が「広範に広がる、オカルトの復興」と呼ぶものを経験している。多くの人はオカルトに心を奪われているが、それを詳しく調べるとどんなことが明らかになるだろうか。危険な面があるのか。そうであるとしたら、その危険とは何か。以上は80年代半ばの話だが現在も確実にオカルトに傾倒する数々のものが一般的に受け入れられているようだ。法外な金銭を要求するものなど全くもって金金金の世の中である。しかし、お金の損失だけでは済まない大きな危険がオカルトには潜んでいる。係わりはもちたくないものだ。そのためにも識別力を働かせる必要がある。
2004年03月08日
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ローズマリー・ブラウンという夫人の例を考えてみる。子供の時に音楽の訓練を受けたことなどほとんどなく、とりわけ音楽に関心があったわけでもなかった彼女が、大人になってから、本人の言葉を借りれば、ベートーベン、ブラームス、シューベルトから口授されて、楽譜を書き出したのである。新ブリタニカ百科事典1977年版の大項目(英文)には、この夫人に関する調査結果が次のように記されている。「この[楽譜]を見せられた著名な専門家たちは、もしこの楽譜がどこかの粗末な屋根裏から発見されたとしたら、紛れもなく本物とみなされる、という点で意見の一致を見た。どの楽譜も単なるそれらしい模倣作品ではなく、そこには作曲者の感情や個性として知られているものがそのまま表現されていた。高度の訓練を受けた音楽の専門家でさえ、これほど優れた作品を(絶対にとは言えないまでも)容易には生み出せないのではないか。労働階級に属し、音楽の訓練らしいものはほとんど受けなかった平凡な婦人にどうしてこのようなことができるのか、とりわけ作曲については全く教えられていないことを考えると、不可解としか言いようがない」。こうした経験を聞くと、多くの人は心を奪われてしまう。どうしてそのようなことができるのだろうか。新ブリタニカ百科事典は、「これらドイツの作曲家の亡霊が列をなし、最近作曲したものを英語で婦人に口授したという考えは魅力的ではない」と認めながらも、「この事実に反論の余地はない。すぐには明確な説明ができない。こうした話はこれに似た他の多くの話の典型である」と述べている。英国はサウス・ハンバーサイドのフリックスボロウからの報告も考慮してほしい。1974年6月1日の午後4時53分に、ある化学工場で大爆発が起きた。ところが、その5時間ほど前のこと、およそ40Km離れた場所に住む一人の若い女性が、その爆発と、その工場で働いていた人たちが死亡し、負傷したことを伝えるニュース速報をテレビで見たと言いだしたのである。この人は、その日の午後2時前に、自宅を訪れていた二人の人にそのことを話していた。その後、夕方になってテレビのニュースが事件を伝え、爆発の時刻を午後の遅い時間と発表した。その地域で放送を行なっているテレビ会社は口をそろえて、そのようなニュース速報を事前に流した事実はない、と述べた。みなさんも、他の多くの人と同じく、このような経験に心を奪われるだろうか。さらに、全く他愛のない娯楽のように見える“ゲーム”がある。ウィジャ盤と呼ばれるものを使うのだが、盤の種類はいろいろあり、普通は縦が約61cm横が約46cmの長方形で、厚さは6mmほどである。盤の上にはアルファベットの文字と、1列に並んだ1から9までの数字と0、それに“イエス”と“ノー”の文字が記されている。最も重要なのは、ハート型をした小さな指示器で、これがそれぞれの文字を指して、あるメッセージを造り上げる。ウィジャ盤を使うには、ひざの上に盤を置き、ハート型をした指示器に軽く指を触れ、何かの質問をして答えを待つ。本当に答えが出るのだろうか。答えが出ると言う人は少なくない。コラムニストのジョージ・R・プラジェンツは、「その答えは驚くほど正確であることがある。ウィジャ盤は後に起こる出来事を予告することでも知られてきた」と書いている。幾百万もの人々がこのゲームに心を奪われた。実際、このゲームは「米国における最も人気の高いゲームで、その人気はモノポリー(不動産売買ゲーム)を凌ぐ」と評された。
2004年03月07日
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不気味、神秘的、恐ろしい。オカルトを描写するのに、多くの人はそのような言葉を用います。オカルトという語には字義的に、“隠された”、“覆われた”、“秘密にされた”という意味があります。ウェブスター新国際辞典 第三版は、オカルトを「神秘的なもの、あるいは超自然的なもの」と定義しています。ですから、オカルトには普通の方法では説明できない経験や出来事が含まれることになります。「科学的に理解し、認めることのできる現象の範囲を超えた」と定義されるパラノーマル(超常の)という語も、オカルトを論じるときには頻繁に用いられます。ジョセフ・バンクス・ライン博士は1930年代からオカルトの謎を解き明かす研究に着手し、「超感覚的知覚」(ESP)なる語を導入しました。「今なお謎に包まれている暗黒の部分に科学的な研究の光が広がるようになれば」オカルトは消滅する、というのが同博士の予言でした。同博士はこう述べています。「オカルト的な占星術の慣行が天文学という科学に道を譲り、オカルト的な錬金術が科学的な化学に変わり、魔術を使う癒しが健全な医学に取って代わられたように、残存するオカルトの体系もやがて信頼性の高い基盤に取って代わられるであろう」。ところが、オカルトに関する広範な研究が行なわれたにもかかわらず、依然として謎が残されています。人の心を奪うその力は弱まるどころか、強くなっているのです。
2004年03月06日
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幾百万という人は、決定を下す際に聖書が信頼できる導きとなることを知るようになった。詩編作者ダビデが述べたように、「神の諭しは信頼でき、経験のない者を賢く」する。(Ps 19:7; 119:105)これは、あらゆる状況における適切な対応の仕方が聖書に明示されている、という意味ではない。それでも、神の言葉には、わたしたちが知覚力を訓練するのに助けとなる数々の原則が収められている。こうして知覚力が訓練されると、何が正しく、何が悪いかを見分けて、賢明な決定を下せるようになる。―Hebrews 5:14.であるから、真のクリスチャンが楽しみのためであれ、好奇心からであれ、星占いにアドバイスを求めるべきでないことには、もっともな理由がある。むしろ、クリスチャンは知恵を働かせ、神の言葉の警告に留意する。神の言葉は、見分けのつきにくいものを含め、悪霊の影響は一切避けるようにと警告しているのである。黄道十二宮ではなく、聖書が生活に影響を及ぼすようにすることにより、あなたもとこしえにわたって神からの祝福を享受できる。―Psalms 37:29、38.占いには、オカルト的な力によって、とりわけ将来起きる事柄に関する知識を得ること全体が含まれる。
2004年03月05日
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バビロニア人とは異なり、忠実なユダヤ人は占星術を行なわなかった。それにはもっともな理由がある。明確な警告が神から与えられていたからだ。その警告とは…「あなたの中に、……占いに頼る者、魔術を行なう者、吉凶の兆しを求める者、呪術を行なう者、また、まじないで他の人を縛る者、霊媒に相談する者、出来事の職業的予告者、死者に問い尋ねる者などがいてはいけない。すべてこうした事を行なう者は神にとって忌むべきものであ(る)」。 ―Deuteronomy 18:10‐12.神の僕たちは、占星術をきっぱり退けた。例えば、忠実な王ヨシヤは、「バアルや太陽や月や黄道帯の星座……のために犠牲の煙を立ち上らせる者たちを廃し」た。ヨシヤの取った行動は、「神の目に正しいこと」と述べられており、そのことで神はヨシヤを祝福した。(2Ki 22:2; 23:5)しかし、『占星術師の予言で的中したものも少しはあるのではないか』と尋ねる人もいるかもしれない。興味深いことに、クリスチャン・ギリシャ語聖書には、「予言を業として、自分の主人たちに多くの利益を得させていた」女性に関する記述がある。この女性が予告した事柄の中には、的中したものもあったようである。その女性の特殊な能力によって、主人たちは利益を得たからだ。とはいえ、将来起きる事柄を予言するこの能力の背後には何があったのか。聖書は、この女性が「霊、つまり占いの悪霊」の影響下にあったと述べている。―Acts 16:16.聖書によれば、「全世界が邪悪な者の配下にあ(る)」。邪悪な者とは、悪魔サタンのことである。(1 John 5:19)サタンと悪霊たちは、ある種の予言が的中するよう事態を動かすことにより、かなりの数の人の注意を引いてきた。占星術が「悪魔の策略」の一つであり、悪魔はそれを用いて人々を操り、感化し、自分の目的を遂げようとしているというのは単純明快な真理である。であるから、聖書がクリスチャンに、サタンの巧妙な企て―占星術を含む―にしっかり「立ち向か(う)」よう説き勧めているのは、少しも驚くべきことではない。(Eph 6:11)では、将来に関する導きは何も与えられないのだろうか。
2004年03月04日
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種々の黄道十二宮の起源は、歴史に残る最初期の文明にまでさかのぼることができる。聖書も、「黄道帯の星座」について述べている。(2 Kings 23:5)古代において、黄道十二宮にアドバイスを求めることは、ヒンズー教徒、中国人、エジプト人、ギリシャ人、その他の民族の間で行なわれていたようである。とはいえ、黄道十二宮の星座に言及する最古の物品は、古代バビロンで発見されている。バビロニア人は、将来に関する情報を得ようとして占星術を編み出した。天体の運行に注意が向けられ、手の込んだ図表や一覧表が作成された。それらに基づいて、人間に関係した事柄や地球上で起きる事柄が予言された。多くの場合、政治上ないし軍事上の決定は、占星術者たちが呼ばれて助言を述べるまでは行なわれなかった。こうして、特別な知恵や超自然の力を身につけたと唱える祭司階級が、大きな影響力を持つようになった。事実、バビロンのどの大神殿にも天体観測所が備わっていた。現代においても、黄道十二宮の星座は、多くの人の生活の中で引き続き重要な役割を担っている。星占いを信じると口に出すわけではなくても、楽しみのために、あるいは好奇心から、時たまそれにアドバイスを求める人がいるかもしれない。もちろん、占星術師による予言が的中した場合もある。しかし、だからといって、星にアドバイスを求めることが益になるのだろうか。実際、古代の神の僕たちは、占星術に興味を持つことをどうみなしていたのか。
2004年03月03日
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「成人しているか否かにかかわらず、自分の運命のしるしを星から読み取ろうとする人は、跡を絶たない」。法王ヨハネ・パウロ2世。ある調査によると、アメリカ人の4人に1人は、決定を下す時に占星術を活用する。占星術的なしるしにアドバイスを求めるのは、決してアメリカだけの現象ではない。金銭上の問題、旅行の計画、仕事の変更、結婚式の日取り、軍事戦略などに関して、黄道十二宮つまり十二星座にアドバイスを求めるのは、ほぼ世界的な現象である。黄道十二宮の自分の星座によって、将来の配偶者が分かり、相性の悪い相手を特定することもできると言われている。洋の東西を問わず、占星術はかなりの数の人々の注意を引いてきた。では、黄道十二宮にはどんな起源があるのだろうか。
2004年03月02日
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助けや贈り物を与えられた人は例外なく感謝する、と言えれば理想的なのですが、残念ながら、いつもそうであるとは限りません。助けの申し出や善意の贈り物が全く感謝されないことも多いため、誠実な気持ちで与えた人は、『もう二度とするものか』と思うかもしれません。こちらがどんなに愛想よくあいさつしたり手を振ったりしても、隣人からは心ない会釈が返ってくるだけ、という時もあります。しかしながら、多くの場合、与えられた人は実際に感謝していないわけではありません。ただ、表面的には感謝していないように見えることがあります。もしかしたらその人は、文化的な背景ゆえに遠慮したり当惑したりして、一見無愛想でそっけない態度を取ってしまうのかもしれません。一方、感謝の欠けたこの世の中にあって、あなたの好意を不自然に感じる人や、動機を疑う人さえいるかもしれません。そういう人は、安心させてあげる必要があるでしょう。したがって、友好的な関係を築くのに時間がかかり、辛抱強さが求められる場合があります。それでも、進んで与える人、与えられて感謝する人となるすべを身に着ける隣人たちは、隣近所の平和で幸福な雰囲気に貢献します。
2004年03月01日
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