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平静を保つことどんな状況下に在っても言葉や行為に惑わされず感情を抑制して理性的に対応する協調性、多様性が有れば赦し、認め、理解し合える常識の違いに柔軟に成れて和が生まれるカオスは自分の対応如何で与えられる現実が違ってくる錯乱は心に無い言動をさせ信頼を失うことが多い心の表れに慎重であること自然体であること誰でもそうだろうが自分の感情をコントロールすることは難しく、相当訓練を積まなければその抑制ができないことが多い。慣れることも必要だが、自分の常識だけが正しいと錯覚すれば、悪意としか思えずに感情の乱れからすぐに攻撃的、挑戦的な心に支配されてしまう。自分を未熟に感じるときが多く、人が高揚するほど冷静になる人をうらやましく思うことも有る。何が有っても常に平静を保つこと、その心構え、戒めを心の奥に持っておくこと。感情の抑制をして理性的に対応することが望ましい。協調性、多様性が有れば、赦すこと、違いを認めること、理解することが出来るようになる。この世に共生すれば、人それぞれの生い立ち育ちの違い、常識の違いは有って当然で、それぞれ絶対的な正しさは無いだろう。交友には柔軟性が必要で、何でも一応受け止めることが大切だろう。そこに和が生まれれば交友が楽しいものに変わってゆく。カオスは自分の対応如何で与えられる現実も違ってくることになる。心が乱れ、錯乱状態に成れば、心にも無い言動で信頼を失うことが多くなる。自分の心、感情の動きを良くつかんでおくこと、それには止観【感じ、受け止め、考え、行為からどこでストップをかければ良かったかを観ること】して慎重に対応を整えてゆくこと、それが自然にできるようになってゆく訓練が必要だろう。 2018年8月31日 琢
2018年08月31日
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共生は得たものを分かち合い独り占めしないことそれぞれの努力を認め合い理解し合って助け合う使う言葉は良い言葉、誉める言葉、感謝の言葉表情は笑顔で柔和場の雰囲気が良く成れば思わぬ力も出てくるもので善意の心は菩提心に満ちて無私、利他の誠心が魂を安堵させ和と絆が強く結ばれる今を明るく機嫌良く生きることが出来るいがみ合って生きるより、怒らず、恨まず,憎まずで、感謝、反省、敬意を以って明るい方に生きる方が心・魂に悔いが残らず、明るく楽しく生きていられるだろう。この世に共生するということは、得たものを分かち合い、独り占めせず、それぞれの努力を認め合い、理解し合って生きることだろう。使う言葉は、批判的、刺激的な言葉を避けて、他の感情のを乱さないように、善い言葉、誉める言葉、感謝の言葉を多用することから場の雰囲気を良くすることになる。表情は笑顔、柔和なものを心掛ければ、互いの垣根を外し、心を開いて協力し合えるようになってゆく。信じること、自分を信じ、人を信じることで信頼関係が構築されて、警戒心がとれれば構える必要もなく、自然体でいることから思わぬ力を引き出すこともできる。善意の心は菩提心に満ちて、無私、利他の誠心で交流することが出来て魂を安堵させることから、その中に潜在する願いに気が付くことになる。今生の使命の自覚ができれば迷いが少なくなって、今を明るく機嫌良く生きることが出来るだろう。 2018年8月30日 琢
2018年08月30日
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実力は認められるもの貢献度は他が評価するもの自慢は自己顕示で人知れず積み重ねたものは他が認めて理解するもの自画自賛は慎むこと誰も見ていないところでゴミを拾い善意で陰の支えになるかけた情けは水に流し受けた恩は石に刻む他の為にするうれしさは心の歓びで口に出さなくても観る人は観ている調子に乗って自慢話をする人は空しさを感じるときも有る有ろう。以前は自分もそうだったように思う。誰にも誉めてもらえない自分、その値打ちも無かったからだろうが、誉められる材料をつくろうとしている愚かな自分がいた。父は褒めることは全くなく、注意事項やダメなところの指摘が多かった。人それぞれそれなりの生い立ち育ちが有って、その条件制約の中で人の基盤が出来上がってゆく。嬉しいと思うときのすべてが他の評価が上がるときで、自分で自分の評価ができず、媚びたり、ゴマをすったりが多くなってしまう。実力は認められるものだが、評価のすべてが受け身で、その貢献度も他が評価するもの、自慢は自己顕示になってしまう。人知れず積み重ねたものは、他が認めて理解を示すもので、自画自賛は慎むべきだろう。誰も見ていないところでゴミを拾い、かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め、善光寺の石碑を思い出す。他の為にするうれしさは心の歓びで、誉められなくても自分の好きでやっていることで、役に立ったり、歓んでもらえればなおうれしくなるものだろう。観る人は観ている。 2018年8月29日 琢
2018年08月29日
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できない言い訳を並べるときやる気がないから勇気がないから辱をかきたくないから失敗したくないから聞く方は失望するやってみなければ解からない挑戦する姿勢に期待する他の役に立つことも助けになることも逃げていては自信を失い自分がそこにいる意味がなく与えられる仕事も減ってゆく前向きな姿勢は場を明るくする自分に自信を持つことは、内側に力を秘めて、やってできないことはないと、失敗に学び、できるようになればさらに自信が増してゆく。挑戦する姿は新鮮で若々しく、失敗しても成し遂げる姿に人は期待を寄せる。期待に副える人は認められ、理解され、信頼されてゆくことになる。失敗に学ぶものはなんにでも対応可能になってゆくが、失敗を恐れれば深化は止まってしまう。できない言い訳を並べるとき、やる気がないから、勇気がないから、失敗すれば格好が悪いから、やる前から腰が引けた状態に人は失望してしまう。何でもやってみなければ解からないもので、挑戦する姿に清々しさを感じさせる。人の期待は、他の役に立つこと、助けになること、良き縁に成ってくれることに寄せられている。逃げていては自信を失うもので、自分がそこにいる意味さえ感じなくさせてしまう。人に期待されなくなれば、与えられる仕事も減ってゆくことになる。暗病反の言葉が多く成れば場を疲弊させて意気消沈させてしまうが、明元素の言葉が多くなり、前向きな姿勢が多くなれば、場を明るく活気の有るものにする。 2018年8月28日 琢
2018年08月28日
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部分的思考と大局的思考両方大切だが専門分野を掘り進めて全体を見渡すこと理想と客観との両立で足並みをそろえること為す人,観る人の調和建前と本音と本心のバランスを保つことギャップを埋めること現象の学と魂の学で常識の違いを包含できればそこに自分の居場所が見つかり役割の分担で響働すれば変化にも対応できる人の集まりで意見をまとめることは難しい。それぞれの生い立ち育ちで常識の違いが有ってそ、願っていることがみんな違うからだろう。全体の流れに沿ってそれぞれには何らかの果たすべき役割が有る。個人の願いと全体の願いは別ものでも、多様性と協調性が有れば、同じ目的意識をもつことが出来る。思考には部分的思考と大局的思考が有って、その両方が大切なものだが、全体的には専門分野を掘り進めて全体を見渡すことが重要なことだろう。理想と客観の両立で、全体の足並みをそろえること。為す人と観る人の調和がとれていること。その本音と建前に本心のバランスが保たれているところに充実感がある。そこに有るギャップを埋めておくことには、現象の学と魂の学の実践が必要で、失敗を恐れて何もしないことより、失敗に学び,欠陥を埋めることで、何にでも挑戦する勇気が必要だろう。すべての人の常識は違うものとして、その常識の違いを包含してカオスへの対応をすることで、自分を必要とする現実が与えられれば、そこが自分の居場所になってゆく。それぞれが役割の分担で響働することで、どんな変化にも対応できるようになるだろう。 2018年8月27日 琢
2018年08月27日
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巡礼は自己回帰のために西国三十三ケ寺、四国八十八ケ寺の観音菩薩礼拝だけでなく沿道、途上の人々のぬくもり与えられるやさしさ、親切に触れ自分の愚かさを自覚するその恩恵に感謝し、涙をこぼしながら歩む忍土の厳しさの中にも人の心有り難さに観自在する大自然の一員として、共生するものとしてあまりにも唯物的、刹那的、利己的であった自分を見悔過・けかして洗われた心になる人間としての原点に戻るときだろう巡礼は秩父三十六ケ寺も有って、インドにもベナレスという聖地が有る。人は自分に疑問をもったり、どうしたらいいか分からなくなったときに聖地を巡礼すること、考える時間をもつこと、人のぬくもりに触れることで、自分がどう在るべきかに気が付く時を得ようとする。自己回帰の意味、悔過・けか、懺悔のために巡礼で聖地の菩薩巡りをする。沿道では休憩場所やお茶を用意してくれ、いたわってくれる人のぬくもりや傷心の人との出会いと共に、人のやさしさや親切に触れながら涙しながら歩むことになる。自分の愚かさを自覚し、代償を求めない人の恩恵に感謝しながら歩む。忍土の厳しさの中にも人の心の有り難さに触れ、観自在してどう在るべきかが観えてくる。大自然の一員として共生している自分。あまりにも唯物的、刹那的、利己的であった過去の過ちを悔いて、人間としての原点に戻ることの大切さを思う。 2018年8月26日 琢
2018年08月26日
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普通の人が平凡に大きなことでなくささやかなものでも人の心を打つときがある狙ってするものでなくにじみ出すやさしさ、親切さで忍土だからこそ癒しを必要とする乱れた心に、怒り、怨み、憎しみに我を取り戻すために人知れず、さりげなく代償を求めず与えっぱなしの愛それが一番強い二度目の入院のとき味わったあの痛み、苦しみ、不安、体の限界を感じた5時間、三日後の再手術、麻酔から覚めたときの不安感は恐怖感も伴っていた。自分の体を信じられなくなったあの絶望感から退院後は出血が止まっているが、トイレに行くたびにその不安がいまだに消えていない。次の講演会にMさんを乗せてあげようの提案に、一瞬ものすごいプレッシャーを感じ、もしあの出血がの不安、それでも運転手として送迎の義務が有ると、自分を責め悩み、自分の身体を気使ってもらえない提案者に恨み言を言い、自分の気の小ささや菩提心の無さに思い悩んでしまった。今朝このブログで、50日前の原稿を書くことになっていたことに改めて反省に入っている。人は弱いものでも、ちょっとした気配りで救われる人がいる。愛は代償を求めず、与えっぱなしで、そこに自分は無い。昨日の心の乱れな何だったのかと思う。未生の恐怖感、弱くなっている自分、約束すれば守らなければというプレッシャーに負けていた自分。人はみんなそれを超えて生き抜いている。自分の甘さを思う朝になった。 2018年8月25日 琢
2018年08月25日
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心に宝ものをプレゼントしたいお金やものでなく刹那的なものでなく永遠のもの祈るときのもの人の本心からの願いは心に刻まれるもの飽きないもの、目指したいもの誰でもできるものの中で自分にしかできないものを他が歓べばうれしくそこに充実感が有って未練が残らないもの菩提心が差し向けるもの誉められたい、喜ばれたい、嬉しくなることがしたい、そういう心はみんな持っている。あれがなかったら、あの人に会わなかったら今頃どうなっていたか分からないという経験は誰にも有るもので、救いや恩恵は仕組まれているものだろう。自分もそういう存在になりたいと思う心は誰の中にも有るものだろう。してあげたいという奉仕の精神は、菩提心からくる布施の心だろう。人には、誰かの心にプレゼントをしたいという心が有る。お金やものでなく、刹那的なものでなく、永遠に残ろもの、祈るときのもの。人のの本心からの願いは、誰かの心に刻まれるもの、飽きないもの、目指したいもので、誰でも出要るものの中で、自分にしかできないものをして差し上げたいという願望が有る。他が歓んでくれればうれしく、そこに充実感が有って、未練が残らないもので、菩提心が差し向けるものだろう。使命の自覚はそういうものが見つかったときに得られるものだろう。必要とされ、それに応えることで誰かの役に立って喜ばれる自分に成りたいと誰もが願っている。 2018年8月24日 琢
2018年08月24日
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忍土では厳しい障害や試練の多いところだがどの生き方が正しいというものは無く常識は千差万別で絶対的な正解は無いそれぞれが夢と理想を描いてその具現に向けて一貫性をもたせることが出来る気力と強い意志と共に良い縁と協力者を得て自分の可能性を無限に広げることが出来る信じること、整えること、調和すること適切な準備を重ねて継続することが願いの成就を引き寄せるこの世は苦の世界だと思ってしまうが、自分の無知と未熟を背負った仮の姿を思えば、何でもやってできるようになり、その仕組みが解かるほど、失敗と共に賢くなってゆく自分がいる。そのために多くのことを学び、それを単なる知識に終わらせずに実践して身に付けてゆけば、先の失敗を少なくする智慧になってゆく。そこには三つの自覚が芽生え、忍土の自覚、愚かさの自覚、恩恵の自覚と共に、何でもできるようになれば人にしてあげたくなってゆく。生き方にはどれが絶対に正解というものは無く、自分の心の赴く方に選択しながら、自分が描いた青写真の具現に向かって、良き因縁側の交友と共に、自分の望む花を咲かせることが出来る。選択はただ思い付きや他の指示で流されてゆくのではなく、その責任を背負って主導権を以って決断することが大切だろう。気力と強い意志が良き縁と協力者を得て自分の可能性を無限に広げることが出来る。自分を信じ、人を信じることでしか先に進めず、感謝と敬意を以って、適切な準備を重ねて継続することでしか、願いの成就を引き寄せることが出来ないだろう。 2018年8月23日 琢
2018年08月23日
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学問は現象の学・科学で多くの専門分野が有って一般教養とは違い一点を掘り進め誰も至っていない領域を求める更に新たな分岐に研究を進めれば博士号を与えられる一般常識は広く浅くだが極めれば同じ哲学に至る何処を掘っても地下の水脈に当たるように地下水には同じ流れが有る深さによって共通点が違い心の在り方も人によって違う共通点を求めれば掘り進める以外に無いだろう現象の学と魂の学は生まれた以上触れずに歩むことはできない。霊魂不滅の法則が有って、その意識の蔵に記憶されているものは、忘却、喪失、無知の状態で生まれ、三つの「ち」【血筋、土地の風土、時代の知】の条件制約の中で学ぶのが魂の学で、信仰と共に不動、空を求める。かたよらず、こだわらず、とらわれず、広く、ひろく、もっとひろくの境地を求める。現象の学は一点を掘り進めて誰も至っていない領域に至れば博士号が与えられる。一般常識は広く浅くだが、極めれば同じ哲学が得られる。どこを掘っても地下の水脈に当たるように、地下水には同じ流れが有る。深さによって共通点が違い、人の心の在り方も人によって違うものが有る。話しを合わせようとすれば、共通点を求めて掘り進める以外にない。 2018年8月22日 琢
2018年08月22日
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子は神が育て親は火を点すこと親の都合を押し付けず子の意思を尊重する人それぞれには個性が有り何に向いているか誉めることで好きな分野を見つけさせやる気に火を点すこと型にはめることなくその条件制約の中で何を選択するか不安と迷いの支えになること自分の責任は自分で背負うこと約束は守ること良心に恥じないことの良き縁に成ること思うように育てようとするほど思い通りにならないのが子育てだろう。束縛や繋縛を嫌うもので、親が出来なかったことを子に託そうとするが、自分ができていない正論を押し付けても、反抗してゆくのが子供で、子は神が育ててくれるもの、親は火を点すことだと思っておく方がいいという。子の意思を尊重し、親の都合を押し付けないこと。人それぞれには個性が有り、何に向いているかは、誉めることで好きな分野を見つけさす方がいい。そのやる気に火を点すのが親の役目だろう。型にはめることなく、自分がそうであったように、子の条件制約の中で、何を選択するか、その不安と迷いの良き聞き手になってあげることも大切なことだろう。自分の責任は自分で背負うこと、決して逃げないことを教え、約束したことは絶対に破らないことが必須条件だろう。子は親の背中を観て育つというが、長いスパンでは親のすべてを子は観ているもので、卑怯なことやずるいことをすれば、子もそのように育ってしまう。良心に恥じないことの良き縁に成ること。そのためには自分も身を正しておくことが大切なことだろう。 2018年8月21日 琢
2018年08月21日
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やります、できます,うれしい、楽しい明元素は心を明るくし他の期待に応える無理だ、いやだ、損だ、苦しい暗病反は先を閉ざし他を失望させる助力、協力を求めるときは誰でも前者を選ぶ忙しいときのカオスが自己を向上させ感謝、反省、敬意から先に光が観えてくる逃げ腰より前向きの方が恩恵が多くなり、願いを引き寄せるやると決めたら愚痴を言わず、覚悟を決めたら泣きごとを言わない。不安が自分を消極的にしてゆくもので、それを口に出すほど頼みにくい人に成ってしまい、誰にも期待されなくなってゆく。そういうところにも孤独に覆われてゆくことになる。やります、できます、うれしい、楽しい、そういう明元素の言葉を使うことで、他に期待されるようになってゆく。無理だ、いやだ、損だ、苦しい、そういう先に言い訳がましい暗病反を多用すれば、先が閉ざされてゆくことになってしまう。他をがっかりさせ、助力や協力を求められなくなってゆく。仕事でもそうで、もし自分に部下がたくさんいる中で上から大きな仕事を依頼されれば、誰を使うかでは当然前者から選んでゆくだろう。人は忙しいときに失敗が多くなるが、カオスへの対応の扱い如何で自己の向上へ向かうことにもなる。感謝、反省、敬意から、他を粗末に扱うことが無くなって、先に光が観えてくるだろう。逃げ腰より前向きの方が恩恵が多くなり、願いを引き寄せることになる。今を明るく機嫌良く生きること 2018年8月20日 琢
2018年08月20日
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人の体は車のように点検が必要で潜む欠陥を見つけ補修しておけば体の不安は解消して迷いを少なくすることができる不安からの妄想、錯覚は自己暗示が多く有りもしない病をつくり出す想像力は明るい方に使うことで新しい光が観えてくる想ったことは実現するもので想念が良ければ運も良くなり想念が悪ければ顔色が黒くなる途上の不安の多くは体の不調からくることが多く、思い悩むほど暗い表情になり、正常な判断が出来なくなることが多い。車検のように定期的に点検しておけば、欠陥部分が有れば補修することで不安解消になる。病は進行するものが多く、放置するほど悪化することが多い。早期発見は重要なことで、先送りで逃げないよう戒めておくことが必要だろう。体の不安が無くなれば、妄想や錯覚は無くなってゆく。自己暗示が有りもしない病気をつくり出してしまうことが多い。想像力は明るい方に使うことで、新しい気付きや発見が有るもので、運も良い方向に向けることが出来る。思ったことは実現するもので、想念が良ければ運も良くなり、想念が悪ければ顔色まで黒くなってしまう。今を明るく機嫌良く生きるには想念を良くすることだろう。 2018年8月19日 琢
2018年08月19日
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心の友は自分の成長の同伴者歓びや苦しみを共有し袋小路や試練の心の糧になる自分を横に置いて無私、利他の誠心で尽くし合う常識の違いや個性を認め合い励まし合い、補い合う互いに敬意と感謝の念で接し二見を離れて思いやる生涯の良き縁としての存在は前世からの約束かも知れない人は何かの因縁を感じれば、垣根を外しながら受け入れてゆく。因は自分の心、縁は成長のための同伴者、良き糧になるもので、因縁側での交友から親しさが増してゆき、生涯の親友になってゆく。それだけに心の交流は霊的なものも加わって絆を深めてゆくことになる。歓びや苦しみを共有し合い、袋小路の抜け道を探し、障碍や試練の心の糧になってゆく。自分を横に置いて、無私、利他の誠心で尽くし合う。常識の違いや個性を認め合い、励まし合い、補い合う。その恩恵を肌で感じ、互いに敬意と感謝の念で接し、その向上を尊重し合うことが出来る。互いに切磋琢磨するが二見【勝った負けた、損した得した、プラスマイナスにとらわれる見方】を離れて尽くし合うことが出来る良き因縁側での関わりは、心の安定の友として、生涯の良き縁としての存在は、前世からの約束が有ったからかも知れない。 2018年8月18日 琢
2018年08月18日
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勝負には変わり身の早さや洞察力、先見能力を要するが主義や信念には一貫性が必要で都合次第で色を変えることは信用にかかわって来る品格は別の問題でただ勝てば良いのでなく退くことを負けと思わず忍辱と柔軟性が求められる唯物的、刹那的、利己的を戒めて初心を忘れずぶれないことが信頼になるよく使われる言葉に、勝ち組とか負け組とかが有るが、それは唯物的な物の獲得の多さから判断する場合が多い。比較競争の世界にいれば、負ければ格好悪い、辱をかく、なりふり構わず勝ちたいというとらわれが多く、人生ではただ勝てばいいというものでなく、人のものでも取り上げて自分のものにする身勝手は許されない。分かち合うことの大切さ、そこに摩擦は少なく、どんなことにも必然の果報を得られるが、信念や主義には一貫性が必要で、自分の都合次第で色を変えることは信用に関わるものだろう。人の品格は勝負とは違うもので、ただ勝てば良いということは無く、退くことを負けと思わず、長いスパンでものを観ることが必要になる。忍辱と柔軟性、協調性や多様性が求められてゆく。唯物的、刹那的、利己的な心を戒めて初心や理想とするものを失わないことが重要になる。ぶれないことが信頼を深めてゆくことになるだろう。 2018年8月17日 琢
2018年08月17日
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突然の疾患も潜伏期間が有るもので日頃と違う症状を見逃さないこと早期処置のカギは想像して恐怖を重ねるより専門医に診てもらうこと手遅れには先延ばしが多く病根を抑える必要が迫っている放置しないこと歩みの途上には多くの障碍や試練が有り打つ手の呼びかけがある冷静に確実にカオスに対応すれば為すべきこと、果たすべきことが観えてきて悔いの無い取り組みになる何でもタイミングが有って、チャンスをつかむのも逃すのも、すべてが自分にかかっている。機が熟すときはすぐにアクションを起こし、それまでは待つことだが、焦りは禁物で、早合点やのんびりも戒めておく必要が有る。突然の疾患も、潜伏期間が有るもので見逃さないこと、早期の処置が必要で、想像して恐怖を重ねるより、専門医に診てもらうことが先決だろう。何でも手遅れには先延ばしが多く、病根の進行を抑える必要が最優先だろう。何ごとも粗末に扱うことなく、放置することの戒めも必要だろう。歩みの途上には多くの障碍や試練が迫って来るが、打つ手の呼びかけと思っておく方がいいだろう。心掛けや戒めは、日々の積み重ねと慣れが自然に身に付いてくるようになれば、体感に入って先を拓く智慧に転じてゆくもので、単なる知識だけでは智慧にはならず、学んだことはすぐに使うこと、実践して体験することで転識得智が身を救うようになる。冷静に確実にカオスに対応すること、タイミングを逃さないこと、粗末に扱わないことが自分を救うことになり、為すべきことや果たすべきことも見えてきて、悔いの無い取り組みが出来るようになるだろう。 2018年8月16日 琢
2018年08月16日
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誰も知らないところで積み重ねる努力立てた目標に立ち向かう強い意志放棄せず、諦めず継続する地味な準備多くの障碍や試練を超えて修復と成長と共にやがて報われるときが来る人はこの瞬間を観て感動して涙する子供はそこに夢や希望を描くがそれまでの過程を誰も知らない青写真を描くことと具現することの違い強靭な精神力と共に報われる歓喜の一瞬も至ってみればその先が観えてきて更なる新たな階段を上ることになる下には下が有って安心することも多いが、上を観れば上が有って、一点の頂上ははるか先に霞んで見えるもの。人には夢や希望が必要だが、その準備段階で多くの人がその厳しさ、苦しさ、己の無力を感じることになる。描く青写真はまだ未生のもので、人が描く願いのすべてがまだ現実のものでなく、その具現には多くの障碍や試練が仕組まれている。その一つ一つを超える途上で自覚できることが、忍土の自覚、愚かさの自覚、恩恵の自覚だろう。仮我・偽我では至らないことばかりで、失敗を重ねながら至らなかった部分・原因の修正浄化と共に、その三つの自覚が出来るようになってゆく。ピンチはチャンスで障碍、試練が至らない原因を教えてくれて、自己の修正浄化と共に強靭な精神力を培ってゆくことになる。その積み重ねの先には必ず歓喜の歓びを得るときがやってくる。人はその瞬間を観て感動の涙を流し、子供たちはそれを夢や希望にすることになる。至った本人には歓びも束の間で、更にその先の目標が観えてくることになる。この世でこれで良しということは一つも無く、いつも至らない先を観て歩むのが人生ということだろう。果てしなく 険しく続く 天の道 受容してなほ 見えぬ道のり 2018年8月15日 琢
2018年08月15日
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体は三次元のものでも心は次元を超えたもの人の心には宇宙が有り思うことは次元を超えている思考には快苦が有って迷いの苦は無限に広がってゆく分岐点では一点に絞り他の思考は切り捨てる割り切ってゆかなければ一歩も先に進めないあれもこれもでは生きられず他の評価に自分の主導権は無い見栄や体裁を気にしていては我が道をゆけず悔いを残すことになる苦、集、滅、道は四諦のことで、苦諦・くたい、集諦・じったい、滅諦・めったい、道諦・どうたいが一つの悟りの道になっていて、途上の苦をどう超えてゆくかのこと。滅はただ滅することでなく、自分の本心からの願いに向けて、周りとの調和、自己の向上、相互の和を目指し、悪因の切断、好転の因と共に、目標をもって自分を整えてゆくことを意味している。人の体は三次元のものでも、心は次元を超えるもので、その思考は宇宙規模に広がっている。思いは時空を超えていて、快苦だけの判断では、迷いの苦は無限に広がってしまう。大きな分岐点では迷い、悩み、葛藤を重ねながら一点に絞ることになるが、その選択に絶対的な正しさは無く、後悔しないこと、尾を引かないこと、そのためには見切ること、割り切ることしか無く、決定後には、あれにすれば良かった、これにしておけば良かったと思い悩まないことだろう。歩みは自分の足で歩むもので、他の評価には自分の主導権は無い。見栄や体裁を気にしていては、一歩も歩むことが出来ず、堂々巡りのくり返しで、我が道を歩むことさえできないだろう。 2018年8月14日 琢
2018年08月14日
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車は全部も一部の交換ができるが人間はそれができず与えられた体と心は有るがままで努力の積み重ねで変えることはできるが無にはならず有るもので生きている体を使って心を表わし語り、行為しながら生きている六根を通して外界との交流をし夢や希望の願いへの道を歩んでいる理想に向けて無知、未熟を埋めながら自己の修正浄化と共に摩擦を起こさず、必要とされる自分を求めて限り有る時を歩んでいるどう生きるかは心次第で自分にしかできないこと、為すべきことを模索しその自覚と不動の自分を求めて途上の努力を重ねている業・カルマは誰にも有るもので、煩悩の抑制と共に苦の原因の修正浄化をしながら自己の向上と願いの成就への途上に在るのが今ということだろう。悪癖を止め、改めるべきを改め、担うべきを担い、超えるべきを超え、自己回帰と共に自分を再起因する、それが今だということだろう。体は肉体舟で魂が乗っているのが人間だが、心と身体は通じ合っているもので、古くなった車のように部品交換はできず、ただ、素直に、有るものを大切に,大事に使って生きてゆくしかない。心は体を使って表現してゆくが、六根【眼、耳、鼻、舌、身、意】は六識で、六つのセンサーを使って外界との交信をしているのが人間ということになる。苦はその交信、交流から摩擦を起こすことで、自己の改善と共に深化の道を拓いてゆくことになる。意識は八識まで有って、六識と七識がマナ・末那識、八識がアラヤ・阿頼耶識が有り、マナは希望、アラヤは勝解、念、定、慧で潜在意識とも言われているが、魂の中にその意識の蔵が有り、転生で記憶したもののすべてが入っていると言われている。それを思い出す旅が人生ということだろう。悟りは無理でも、今自分に出来ることは、為すべきことを自覚することだろう。 2018年8月13日 琢
2018年08月13日
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記憶に残るものはカメラのように全部を焼き付けることは無く自分が見たものだけで同じ本を読んでも人それぞれ感じるところが違う同一人物でも読む時によって感じるところが変わってゆく体験や経験の中に大きな影響が有って重要なポイントも時と共に変わってゆく先が読めれば見逃しはしなかったと悔いることが多いいい加減と言えばいい加減なことだが、心に映るものは時と共に変わってゆくもので、自分の好みもいつの間にか変わっている場合も多く、視野を広げるたびに経験と共に観るものも変わってゆく。人の記憶も常識の違いによって、同じものを見ても感じるところが違う。カメラのように全部を焼き付けることなく、自分が見たものだけを記憶してしまう。選別能力の変化と言おうか、同じ本を読んでも、人それぞれ感じるところが違う。同一人物でも、読む時と場合によって感じるところが変わってゆく。体験、経験を積むこと、生きる途上では大きな心の影響が有って、重要なポイントでさえ、時と共に変わってゆく。子供のときのように、欲しかったものも手に入れれば飽きが来て別のものに興味を抱くようになってしまう。感動も、人に夢や希望を与えるが、努力の積み重ねで頂上は変わって見えるようになってゆく。先を読めれば、あのときに見逃がしはしなかったと悔いることも多い。洞察力は観るものを変えてゆくのだろう。 2018年8月12日 琢
2018年08月12日
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人の好みには顕在意識からのものと潜在意識からのものが有る記憶に残る良いイメージは顕在意識に残り魂の中から湧き出す潜在的なものは何となくその方向に魅かれてゆく人が見るものは好奇心がはたらくもので在っても見ていないものも多い煩悩で見るときは見逃しているものが多く眼中に無いものの中にも大切なカオスが多い同じ景色を何人もの人が見ていても、人それぞれに見ているものが違うことも多く、見るべきものを見ていないことも多い。視野の広さや、過去のとらわれの影響が有るが、心の奥に有る魂によるものも有って、受けた印象が違う場合も多い。人の好みには顕在意識からのものと潜在意識からのものが有って、記憶には顕在意識の中に残っていく。心に刻んだものは魂に刻み込まれてその意識の蔵の中に遺されてゆく。五感【眼、耳、鼻、舌、身】に感じたものは意識【顕在意識】に入り、潜在意識には自分ではまだ経験していない意識【マナとアラヤ】が有ると唯識で言っている。魂の中の願いは、なんとなくその方向に心を赴かせてゆく。煩悩・業・カルマの影響が強く出てしまい、理想を掲げて理性で抑制しなければ、本能と感情の赴きだけで行動して摩擦を多くし、他の迷惑になることをしてしまうことが多い。偽我・仮我は障害や試練の苦から善我を育みながら深化してゆき、忘却、喪失、無知から、潜在意識の中のものに気が付いて、真我を求めて求道の途上に在るという。単なる知識も実践して体験することで智慧に転じてゆくことが出来る【転識得智】。一寸先は闇だというが、いつも自分の対応如何にかかっているのが眼前に迫るカオスだろう。日々を大切に一期一会の心で歩むことが大切だろう。 2018年8月11日 琢
2018年08月11日
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慌てないことどんな場面に遭遇しても心の乱れは間違いを起こしやすく適切な対応ができない自分を守ることが精一杯で粗末な対応から大きな落とし穴に落ちてしまう踏みとどまって冷静になることが自分を救うことになる心にも無いことをしないように変化に柔軟であること訓練と経験が他の信頼になってゆく心に嫌な過去はたくさんつくってしまうもので、思い出すたびに至らなかった自分を恥じることも有る。思いもしないことが突然に起こったときに、自分を試されることが多い。嫌なこと、苦手なこと、未熟なことが目前に現れたときは、慌てないこと。試されていると思って、どんな場面に遭遇しても心の鎮静化に努めること。心の乱れは間違いを起こしやすい状態で、視野が狭く、他を助けることより自分が逃げてしまう自己保存に陥りやすい状態に成っている場合が多い。本心でない反応が出やすく、粗末な対応しかできなくなっている。自分が信じられなくなるときや未熟さに自信を失う場合が多い。そういう体験も必要だが、できるだけ自分で自分の落とし穴を掘らないように心掛けておくことが大切だろう。そういうときほど、無私、利他の誠心が必要で、その心が他の助けになり、自分を救うことになる。こころにもないことをしないように、変化には柔軟な対応が必要で、訓練と経験が他の信頼につながり、それが先を拓く智慧になってゆくのだろう。 2018年8月10日 琢
2018年08月10日
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選択には見切り、割り切りが必要であらゆるカオスの反応を想定し最善のものに絞り込む迷いはその時で障碍や試練を覚悟する動けば摩擦は起きるもので厳しい現実も自分の進化の為で人智を尽くし、人智を超えるとき一皮むけた自分に成っている結論の無い円環的思考から時と経験と共に本心から為すべきことが絞られてくる仮我・偽我から善我を育み、真我に至る道が観えてくる今この時、目前のもののすべてがカオスと思っておくこと。先に進むとき、確定的なものは一つも無く、どういう結論が出るかはすべて自分の責任の上で、現れた現実と共に自分の願う方向に向けてどう歩むかは、すべて自分の意志がつくり出すものだろう。多くの選択には見切り、割り切りが必要で、あらゆるカオスの反応を想定し、最善と思うものに絞り込んでゆくが、迷いはこの時に湧き出すものだろう。障碍や試練はつきもので、逃げていては自分の進化を止めるようなもので、自分を修正浄化することで失敗を少なくしてゆくしかない。厳しい現実を与えられようと、すべて自己の進化のためのもので、目前のことに集中しながら、人智を尽くし、人智を超えることが求められている。その積み重ねから一皮剥けた自分に成って行けるのだろう。いつも結論の無い円環的思考を重ねながら、日々の積み重ねた時と経験と共に、本心からの、自分の為すべきことが絞られてくるだろう。人は宿命の洞窟に迷い込んで、仮我・偽我から善我を育むことで,摩擦を少なくし、魂の願いと共に、ついには真我に至る道を発見することになるのだろう。人の世は 必然の道 天の道 歩むべき道 辿るべくして 2018年8月9日 琢
2018年08月09日
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好不調はその日のバイオリズムに関係が有り強い日と弱い日が有るその流れは何となく感じているもので程良い対応が必要になる場の流れを考慮して押して良いときと、引く方がいいときがある不自然な流れにならないように気を配る必要が有る交渉事には経験で得た智慧が必要で変化への対応を含め懐の広さが求められる人生を左右する分岐点も視野に入れて最善を尽くせば悔いは残らない経験が無いことには失敗が多く、その失敗から自己この向上が有る。何でもやりたいようにはできないことを知れば、自分の甘さや未熟さを戒めて改める努力を重ねることから、場の状況や自分の愚かさの自覚が出来るようになり、無鉄砲なことをしなくなってゆく。人の好不調には、その上での、その日その日のバイオリズムが有り、強い日と弱い日がなんとなく分かるようになる。場への対応は自分だけの都合は通らず、程良い対応が必要になる。よく場の流れを考慮しながら、押して良いときと引く方がいいときをわきまえておくことが大切だろう。不自然な流れにならないように、気を配る必要も有る。どんな場合でも交渉事には、経験で得た智慧が必要で、変化への対応も含めて懐の広さが自分を守ることにもなってくる。人生を左右する分岐点も視野に入れて、最善を尽くすことで、人智を尽くし、人智を超えて、悔いの残らない歩みが必要だろう。必ずそこに自分の為すべきことが有る。 2018年8月8日 琢
2018年08月08日
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A君は1冊の本を信じB君は多くの厚い本を学んでいた全体の成績はB君の方が上だった大学受験のとき同じ大学、同じ学部の合格発表ではA君だけが合格していた多くを網羅しても至れず信じた疑わないものが至れる厳しい現実は迷いに与えられる忍土とはそういうものだろう一転生一条件の元では真の悟りに至れなくても一点を信じて自覚するところに可能性が広がっている大学受験のときに感じたことは、欧米では入るのはやさしいが出るのが難しいと言われ、日本では入るのが難しく、入りさえすれば出るのは簡単だったこと。今その差が世界のランキングに現れている。試験問題も間違い探しが多く、多くのひろい知識が求められていた。日本語は難しいものだが、自分の場合9年間も英語の勉強をしたが会話ができなかったのは、正しい英文を頭の中でこしらえてから話そうとするために会話にならなかった。文法や語彙、発音を気にして間違えば格好悪いという意識がそうさせていたのだろう。A君は1冊の参考書を信じ、B君は多くの厚い参考書を学んでいた。全体の成績ははるかにB君が上だったが、大学受験のときは、同じ大学、学部の合格発表ではA君だけが合格だった。多くを網羅しても自分を信じなければ至れず、自分を信じて疑わないものが至れる。厳しい現実は迷いに与えられるのだろう。忍土はそういうものだろう。一転生一条件の元では真の悟りに至れなくても、一点を信じて自覚するところに、多くの可能性が広がっている。 2018年8月7日 琢
2018年08月07日
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多くの試みから自分の欠点を見つけ改善を重ねることいつもそこに自分は無いが出てしまっているのが自我で業・カルマ、癖は無にはならず仮我・偽我から善我を育み本心からの歓びを知るとき真我への自覚ができてくる根底には愛が有り菩提心で行使すること自分のためには弱く他に尽くすときには強い自分がいる命を何に使うかを自覚するときが来る成長に従って、ますます自分が何ものかが分からなくなって、何のために生まれてきたかを模索するようになる。魂が何であるか、そこに何が入っているのか、潜在意識に何が有るのか、心の奥に有るもの、意志の根拠になるもの、自分は何者か、多くの結論の出ない円環的思考と共に、夢や希望、自分の天職の手探りの日々を重ねる。人は多くの試みから、自分の傾向と欠点を見つけ、自己改善を重ねてゆく。多くの人々と共生し、それぞれにはそれなりの違う願いや常識が有ることを知る。摩擦を起こす原因は業・カルマ・癖のようなものだが、無にはならず、いつもへばりついたような粘液のように空の中に有る。忘却、喪失、無知から始めた自分は仮の姿、仮我・偽我で、成長と共に善我を育んで、摩擦を起こさないように自分を整えてゆく途上で,本心からのうれしさや歓びを得ることから真我に至る道をゆくようになる。その根底には愛が流れ、菩提心と共に行使してゆくとき、自分のためには弱く、人の為には強い自分に成れることを知る。自分の命を何に使うかの自覚ができれば、迷いは少なくなってゆく。 2018年8月6日 琢
2018年08月06日
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世界70億人の1番でなくてもその一員であること天才、秀才でなくても最も低いと思っておけば背伸びの必要もなく今できることを為し明るい笑顔が有れば絶望の淵に立つ人の癒しになれる努力の方向は自由でその中でちょっとした歓びだけで生きている実感が有るベストは限られたものだけでベターは向上を願うものに満足を与えるこの地上には70億の人たちが生きている。国や地域、土地がらによって願いや思い、常識が違っていて、すべての一人一人の生き方が違う。人にはどれだけ生きたかよりどう生きるかが問題だろう。すべてに正しいことなど有り得ず、どの生き方も自己満足の世界のようなものだろう。悔いを残さず、快苦だけの判断を戒めて、どれだけ自分らしく生きるかが魂からの趣だろう。天才や秀才でなくても、その中で最も低い自分と思えば、背伸びの必要もなく、本心をごまかす必要もない。今自分が為すべきことを為し、明るい笑顔が有れば、今この瞬間に絶望の淵に立つ人の癒しになれる。誰かの役に立つこと、必要とされること、自分にしかできないことは誰の中にも必ず有るだろう。努力の方向は自由で、自分らしく生きること。その中でちょっとした歓びが有れば、生きている実感が有るだろう。ベストは限られたものだけに、ベターは向上を願うもののすべてに当てはまることだろう。選択に迷い、何を為すべきかに葛藤して本心からの歓びを、できるだけ引き寄せたいと願うのが、善かれと願うものの必然の生き方だろう。 2018年8月5日 琢
2018年08月05日
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天は二物を与えず得るべき解釈は良いところが一つ以上有ること一つに専念すれば素晴らしい才能を発揮する無能と思う人にも食べる幸せ、元気な幸せが有るそれさえない人もいる上を見れば切りがなくもっと低いところにいる人がいる普通、平凡の素晴らしさ梵は宇宙の根本原理自分が何者か分からなくても明徳、不生の悟りに至らなくても今を明るく機嫌良く生きること美は観る人の心に有り、幸せは我が心に有り、で、心の在り方一つで表情は明るく成れる。想念が悪ければ表情は暗く、信じようとするほど明るくなってくる。天は二物を与えずと言うが、羨む心には、人のいいところばかり見て自分のいいところを信じない人が多い。一つのことに専念すれば、人には素晴らしい才能を発揮する能力が備わっている。無能と思う人にも自分に合ったこと、好きなこと、嬉しくなることを掘り進めることで満足が得られる。食べる幸せも、元気なことも、それさえ失っている人も多い。上を観れば切りがなく、底辺にはいつくばっている人もいる。普通、平凡の素晴らしさ、思い方の難しさ、至らなさはまだ先が有ってずっと生かされると思えばいい。至ったつもりでもその先が続いていて、自分はまだまだだと思う。人の可能性は広がっていて、その中に自分がうれしくなること、歓びが得られるところが有る。そこには自分を必要とする人々がいる。自分の居場所が有る。自分が何ものかが分からなくても、明徳、不生の悟りに至らなくても、分相応に、足るを知って、自分にできることをすることが、その自覚ができれば、今を明るく機嫌良く生きることが出来るだろう。 2018年8月4日 琢
2018年08月04日
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人それぞれには独特の癖がある意識してするものでなく無意識に出てしまうもので心の傾向や体の特徴になっている歩き方や行為にも現れてものの見方や判断にも表れる迷惑に成るものや見本になるものも有る成績や容姿が良ければ真似をするものも出てくる悪い部分には業・カルマも有って直すべきものと有って良いものが有る有るものは無にはならず空に有るものとして有るがままに、有りのままに生きることだろう小さいころ学校では、勉強ができる子がもてていて、その子の笑い方や仕草を真似ると自分もそうなれているような気がしたものだが、親しい友達に何となく似てくるのもそういうことかも知れない。人にはそれぞれ独特の個性、特徴が有って、無意識に出てしまうもので他に影響を与えることが多い。そこに心の傾向が有って,体の特徴になっているものが有る。歩き方や行為にも現れて,ものの見方や判断にも影響している。他の迷惑に成るものも多く、見本、手本になるものも有る。成績や容姿が良ければ、真似をするものもあらわれる。悪い部分には業・カルマが有って、直した方が良い部分と、そのまま有って良い個性になっているものが有る。自分では気付いていない部分も有るが、無と空の違いをわきまえて、有るものは無にはならず、傾向や特徴は個性として、自己主張しないように心掛けておくことだろう。空に有るものとして、有るがままに、有りのままに意地を張らずに生きることだろう。 2018年8月3日 琢
2018年08月03日
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慣性の法則は心得ておくべきこと良いことも悪いことも長くは続かない時の変化への対応も慣れることで違和感が無くなるが新鮮味は消えてゆく辛いことも、苦しいことも慣れれば耐えられる歓びも時と共に変化して新たなものを求めてゆく戒めや心掛けも慣れれば自然にできるようになる初心を忘れないこと慣れに依存しないこと苦は慣れたぶん軽くなるこの世にも宇宙にも慣性の法則がはたらいていて、どの星の軌道も同じところを回っている。地球は自転しながら太陽の周りをまわっていて、季節ごとに見える星の位置は変わらない。人も六道輪廻を繰り返してしまう。心得ておくべきは、魂もあの世この世と輪廻しているが、あの世は宇宙と同じ不変で、この世だけが可変だから、この世でランクを上げるために何度も転生している。良いことや悪いことは長くは続かず、時の変化・諸行無常【不随の定め、崩壊の定め】と共に慣れることで違和感が無くなってゆく。その分新鮮味は消えてゆくが、辛いこと、苦しいことや悲しいことも慣れることで耐えられるようになる。歓びも時と共に変化して、新たなものを求めてゆく。そのために初心を忘れないこと、戒めや誓った心掛けも、慣れることから自然にできるようになってゆく。体幹に入ること、身につくことで特別なもので無くなってゆく。感動も時と共に色あせてゆくものだが、決して忘れてはいけないことがそれぞれには有るもので、慣れに依存しないことだろう。その間に苦は慣れたぶん軽くなってゆく。 2018年8月2日 琢
2018年08月02日
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大志はもつべきもの分不相応のものでも努力を積めば理想への修正と共に相応の収穫を得られ近い領域まで行くことはできる目的の無い歩みよりも進化の効果が表れる身分に関係なくその努力の背中が他の励みになって損得を離れたところで心豊かな領域に入っている充実感はそこに有る自分も体験したことだが、夢や希望はもつべきもので、そのもの自体の結果を得られなくても、その間ちゃんと一族郎党が生きてゆくことが出来た過去が有った。経済的にも、家族は成長するもので子供たちの成人までつなぐこともできた。少年よ大志を抱け、夢や希望は大きな方が良く、そこに至るための青写真とその理想への努力の成果は必ず現れる。目標を大きなところに描くことで目的をもたない人より深化してゆくもので、分不相応のものでも、理想への修正浄化と共に相応の収穫が得られる。身分などには関係なく、どんな人でもその努力の背中を観れば、良い刺激になって、感動を与えたり大きな励みになり、相乗効果も大きなものが生まれてくる。唯物的、刹那的、利己的にならず、損得を離れたところでは、無私、利他の誠心と共に、助け合いや補い合いができて、良き因縁側での交友が出来るようになり、心豊かな領域に入ってゆくことになる。悔いや未練がなく、充実感がそこには有るだろう。 2018年8月1日 琢
2018年08月02日
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大志はもつべきもの分不相応のものでも努力を積めば理想への修正と共に相応の収穫を得られ近い領域まで行くことはできる目的の無い歩みよりも進化の効果が表れる身分に関係なくその努力の背中が他の励みになって損得を離れたところで心豊かな領域に入っている充実感はそこに有る自分も体験したことだが、夢や希望はもつべきもので、そのもの自体の結果を得られなくても、その間ちゃんと一族郎党が生きてゆくことが出来た過去が有った。経済的にも、家族は成長するもので子供たちの成人までつなぐこともできた。少年よ大志を抱け、夢や希望は大きな方が良く、そこに至るための青写真とその理想への努力の成果は必ず現れる。目標を大きなところに描くことで目的をもたない人より深化してゆくもので、分不相応のものでも、理想への修正浄化と共に相応の収穫が得られる。身分などには関係なく、どんな人でもその努力の背中を観れば、良い刺激になって、感動を与えたり大きな励みになり、相乗効果も大きなものが生まれてくる。唯物的、刹那的、利己的にならず、損得を離れたところでは、無私、利他の誠心と共に、助け合いや補い合いができて、良き因縁側での交友が出来るようになり、心豊かな領域に入ってゆくことになる。悔いや未練がなく、充実感がそこには有るだろう。 2018年8月1日 琢
2018年08月01日
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