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ただ怖くて消極的になって踏み出せない一歩も何であの失敗が有ったかその原因を観つければ未熟を改めて別の一歩が踏み出せる過去の失敗は消せないが修正浄化することで成功のめどが立ってくるジンクスや常識も固定観念にとらわれなければ気の問題だと気が付くことが有る恐れは未生のもので現実でない勇気と気力で挑戦すること改善すれば先に行ける無理だ、ダメだと思う心が暗病反の言葉になり、自分の可能性を閉ざしてしまう。過去の失敗の恐怖に負ければ、その原因を正すことなく、ただ逃げようとしてしまう。苦手意識が芽生えれば、その分野のことにはできることまで消極的になって、避けて通ることから、願いとは違う道を歩むことになる。何であの失敗が有ったのか、未熟の必然を思えば、必ず改善できる原因が有る。その修正浄化をすれば前に進むことが出来る。前進か回避かは、重大な分岐点で、負けた心で回避すれば全く違う、望まない末路が待っている。願うことに全力を尽くすには、迷いを取り除く必要が有る。いつも逃げていれば、何も勝ち取れるものが無く、自信を失って間違った信念を持つようになってしまう。失敗は必然の仕組みで、どこかにその原因を見付ければ正すことが出来て、障碍や試練を超えることが出来る。悪いジンクスをつくらず、良くない常識から脱して、固定観念を抜けることで、強い意志をもてば、確たる信念と共に勇気と気力が湧き出してくる。自分の甘さに負けないこと。克己することで、弱気から脱皮することが出来て先を拓くことになる。その心次第で運命を変え、未来を歓びに換えることが出来るようになる。 2018年3月31日 琢
2018年03月31日
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人には意外な一面がある外見では見えなかった面も付き合えば見えてくる自分の常識からは意外でも他の常識からは普通のことで自分の常識の狭さを知るには多くの常識を知って理解し、認め合うことでゆたかな自分に成れる懐の深さがそこに有り器の大小も許容範囲の広さに比例する下座の行をすれば謙虚さ、素直さが育まれて敬意と感謝の念が生まれてくる自分は最も低い人間だと自覚できれば、背伸びの必要もなく、見栄体裁にとらわれることも無くなって、交友が広がってゆく。自分をさらけ出すことで、隠しても乱されれば愚かさが出てしまうもので、警戒心を解くことが出来て、本心からの付き合いができるようになる。人には意外な一面が有るが、外見で見えなかった面も付き合えば見えてくる。生い立ち、基盤の影響が強く、そこでの常識の中、条件、制約の中で浸み込んだ常識の違いがある。多くの交友からその違いを学ぶことで、視野が広くなり、理解し、認め合うことで、懐の深さや人としてのゆたかさが身に付いてくる。器の大小にも関係が有って、許容範囲の広さに比例している。下座の行は、自分を最も低いところに置くことで、観えなかったものが観えてきて、本当の心が現れてくる。実るほど首を垂れる稲穂かなと言われるように、上には上があることを自覚できて、今自分が何をすべきかも見えてくる。それまでの自分には多くの救いに恵まれてきたことの自覚もできて、世の中を甘く見てきたことの自覚もできるようになる。感謝、反省、敬意で歩むことが出来るようになり、強靭な精神力も培われてゆく。 2018年3月30日 琢
2018年03月30日
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見たものにとらわれる常識・基盤の影響が有ってその一点にとらわれるが見ていないものも有る見たものに魅力を感じ見ないものに価値を感じない表皮を見て選択すれば勘違いに嘆くことも多い嫌なものが好きになり好きだったものが嫌いになる食わず嫌いの多くは味わったことの無い美味さに気が付かず本当の味を知ることが無い外見だけでの判断は悔いを残す人のとらわれは、ものごとの良し悪しで見ている場合が多く、良し悪しは,葦と芦のたとえで言えば、葦の髄から天井覗くと言って、見識の甘さを言っている。人は常識や生い立ち育ちの基盤の影響が強く、第一印象のとらわれが多い。見たもの、目に入ってきたもののとらわれが多く、見ていないものに気が付いていない部分も多い。価値観や魅力も人それぞれ異なるもので、表皮だけで判断すれば、その本質を観ていないことが多く、勘違いで失敗することも多い。好きなものと縁有るものは同じでないことが多く、経験を積むほど苦に学んできたことが、先を見る智慧になっている。嫌いだったものが好きになり、好きだったものが嫌いになることは多い。食わず嫌いの多くは、本当の味を知らない場合が多く、外見だけでものを観ることの怖さを教えている。入学、クラス分け、初めて見る顔と態度、自分の場合も、こいつとは友達になれないと思っていたやつが、卒業後も親しい付き合いになっていた。人は見かけによらないものと言うが、見た目、快苦での判断は見識の甘さを露呈して、奥の深さを知らない場合が多い。 2018年3月29日 琢
2018年03月29日
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どうしようもない過去の傷跡痛みは消えても残っているものそれが戒めになる過去の失敗に留まるかそれを未来に生かすか成長は失敗から学ぶもの過去は過去失敗の無いものは無く教訓を得て先に進むことから殻を破って一皮剥ける過去のとらわれ、既成概念、固定観念、信念の間違い責任転嫁を滅すれば新たな自分が誕生する生き残れるのはお金持ちでなく、権力者でもなく世の変化と共に自分を変えられるもの過去に絶望しようと、それは人生の終わりでなく、別の光に向かうチャンスのときと自分を変えて別人のように成れるときだろう。過去は変えられず、忍辱してそこに止まらないこと。それでも地球は回っている。それでも時と共にカオスが与えられていると思えば、生きてさえいれば過去の汚名挽回のチャンスは与えられている。そう思えば、ありがたいもので、そこで終わりでなく、新たな自分に変えること、そのチャンスを与えられているということだろう。どうしようもない傷跡が残っていても、それを戒めとして、変えようのない過去に留まることなく、自分を改めることで未来を変えてゆくことが出来る。それが人としての成長ということだろう。過去は過去。失敗の無いものは無く、そこに教訓を得て先に進めば新たな視界が広がっている。殻にこもって厭世的にならず、改めるべきは改めること。信念に間違いは無かったか、既成概念、固定観念に凝り固まっていなかったか、過去にとらわれていなかったか、原因を人のせいにして逃げていなかったか、それが変われない原因になっている。責任転嫁を滅することで一皮剥けた自分に成ることが出来る。その途上の背中が他の照らしになることも有る。 2018年3月28日 琢
2018年03月28日
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共生は人の宿命で良き友と補い合える反面集団では思い通りにできない苦が有る認識を深めて許し合う心理解して受容する心良い言葉、誉める言葉、感謝の言葉が和の元になり助け合うことで自分の役を果たすことが出来るそれぞれには救いの恩恵が有って精進と共に深化してゆく無私、利他の布施は徳を積み他の役に立つことが生き甲斐と感じ、使命の自覚になってゆく忘却、喪失、無知で生まれてくるのが人間で,仮我・けが、偽我で迷い、葛藤の歩みを重ね、善我を育みながら真我に至ろうとする道をゆくのが人生だろう。夢や希望の願いに向かいながら自分を整えてゆくことで、共生での摩擦が少なくなってゆき、途上では忍土の自覚、愚かさの自覚、恩恵の自覚と共に自分の役を果たしてゆくことになる。共生は人の宿命で、自然の摂理の中で、良き友と補い合える反面、自分だけ思い通りにできない苦を味わうことになる。それぞれの生い立ち、育ちの影響から基盤の違いが有って、常識の違いを受け入れることになる。互いに認識を深めて許し合う心、理解して受容する心が必要で、場の雰囲気を良くするには、良い言葉、誉める言葉、感謝の言葉で敬意と共に交流することで和が生まれてくる。助け合うことで一人ではできないこともできるようになる恩恵に恵まれる。自分を整えるために、忍辱、精進しながら役に立てる自分に成ろうとしてゆく。無私、利他の誠心で布施と共に徳積みをすることに歓びを感じるのが人間だろう。そこに自分の使命の自覚がある。 2018年3月27日 琢
2018年03月27日
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志は他の為になるところに有り満足はその役に立つところにある人の歓びに自分の歓びが有り他が必要とするところに自分の役が有る補い合いが有るところに助け合いが有りそこには愛が有る菩提心が共生の元で明るい笑顔が苦を超えさせてくれる障碍や試練に向かう勇気を与え越えるたびに深化がある常識の違いは支障にはならない自分がうれしいと思うことには、親や尊敬する人に褒められるときとか誰かの役に立って誉められたり、好きな人にはどんなことでもしてあげたいと思うことに有る。子供だけじゃなくても、人は褒められる方向に伸びてゆくもので、好きこそものの上手なりで、それが自分の個性を生かせるところで、そこから専門分野を掘り進めることになる。志は人のために成るところに有り、満足はその役に立つところにある。役に立つことで必要とされれば、それが自分の役を果たすところで、嬉しく思えばもっとしてあげたくなってしまう。至らないところを補い合うこと、それが助け合いになっていて、そこには愛が有る。人の歓びは他の歓びの中に有るもので、愛を行使する菩提心が共生の元になっている。そこにはいつも明るい笑顔が有って、それが一つでもあれば、どんな苦でも超えさせてくれる。四苦八苦のあらゆる障碍や試練に向かう勇気を与えてくれるもので、苦を超えるたびに深化がある。共生での常識の違いは障害にならず、受け入れて補い合うことで、一人ではできないことをさせてくれる。苦は智慧と強靭な精神力を培うために与えられたものと、そのための呼びかけと思う方が良いだろう。どんなものも実践しなければ得られない。 2018年3月26日 琢
2018年03月26日
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自分の評価は他人がするもので無私、利他の誠心は自利の元になり見る人は見ているもの見せるものでなく、見られているもの心を体で表しカオスへの対応は適切にする評価のための行為でなく整えた心で行為する調和は了解のもとで見えないところでも受容され代償を必要とせず押し付けや恩着せもしない愛は与えっぱなしというが、唯物的、刹那的、利己的思考では、ギブアンドテイクというより、テイクアンドテイクの思いが強く、とられっぱなしでは損をすると思ってしまう。愛は菩提心、大慈大悲の心を言い、生まれたときから与えられている良心の中に有るものだろう。人の行いは心が体の一部を使ってするもので、その評価は自分でするものでなく他人がしてくれるものだろう。無私、利他の誠心は自利の元になり、人を救う救済が多いほど歓びが多いもので、それが自信と信念になっている。見せるものでなく、見られているもので、人知れず積み重ねるほど深みを増してゆくのが心の領域だろう。共生する中での自分の行為は評価の対象で、どんな評価をされたかは与えられた現実を見れば分かるもので、それだけいい加減な行為をできないということだろう。対立や衝突が有れば末路を考えることが基本で、いかに心を乱さないかで人の評価は高くなる。心で為すことは、評価の為でなく、望まない現実を与えられないように調整した心で悔いの残らないように、明るく笑顔でいられるような自分に成るためだろう。そこに目標が有って、そこに向かう一貫性の有るものが、心の満足に至れるのだろう。代償を求めず、押し付けや恩着せもしない心が目標を引き寄せてゆくのだろう。 2018年3月25日 琢
2018年03月25日
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傾向と対策を練ること今自分にできること場の空気を読みより良い対応を考える愚かさの自覚と共にタイミングを見計ること相手の状況を考慮しながらさりげない一手を打っておく大局的視野に立って目標に一貫性をもたせるその布石を打っておくことで理解と認識を得ること前向きに明るく歩を進め甘さを克服して気力を整える時を設ける何をするにもその心構えが必要で、そのための準備が成就を引き寄せることになる。過去にとらわれて後ろ向きにならないように、甘い気持ちを引き締めて、何が起きても動揺せず、未熟には真心で対応すること。決して逃げようとせず、正面で受け止めること。自分の傾向を知って、愚かさを自覚しておくことで、今後の目標への傾向と対策を練ること。今自分に何ができるか。場の空気をよく読んで、より良い対応をすること。ものごとには力と手を打つタイミングが大切になる。相手の状況を考慮して、機が熟していないときはさりげない一手を打ってその反応を見ること。大局的視野に立って状況を判断すること。先で生きてくる布石を打っておくことも大切なことで、相手の理解と認識を得ておくことは重要なことだろう。準備段階にはいくらでもやっておくことは有る。過去の失敗の原因を正し、自己の修正浄化をしておくことは必須のことで、自分を整えながら、前向きに明るく歩を進めることが大切なことだろう。自分の甘さを克服して気力を整えること。学び、実践、体験、応用、共有,響働から、友情と絆を強く結ぶことだろう。 2018年3月24日 琢
2018年03月24日
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この世は変化して止まず一つとして同じ瞬間は無い悟ったと言えばそこにとらわれる解ったこともその時のもの人の習性が分かっても別のものに変わってゆくこの世に断定できるもの無く心の命ずるままに生きて帰ってゆく進化、変化に苦はつきものでただ前を向いて今を明るく機嫌良く生きること生きていれば必ず出遭うのが四苦八苦【生老病死、愛別離苦、求不得苦、五蘊盛苦、怨憎会苦】で、忘却、喪失、無知のゼロから始めることになっている。魂の中には意識の蔵が有って、潜在意識には転生の記憶が入っているというが、どんなものか、何を課題に生まれてきたのかを思い出す歩みが与えられた人生という。人には業・カルマが有って、途上の進化の障碍、試練の元になっている。常識の違いを受け入れて和すること。そこに自分の為すべきことが有る。この世は変化して止まず、一つとして同じ瞬間は無い。菩薩・悟りへの道を歩むも頂上が見えない道をゆく。悟りに至らなくても為すべきことの自覚ができれば煩悩に惑わされることが無く、道を歪めることも無い。空の状態になれば摩擦は起こさないが、有るものは無に成らず、心を乱さず、有るがままに、有のままに生きてゆくのがいいだろう。この世に絶対の正しさは無く、断定できるものも無い。時と共に逆らうことなく、変化と共に別のものに成ってゆくことを受け入れること。そこに必ず自分にしかできないことが有る。笑顔を多くする歓びを得ようとすれば、自分がその状態であること。今を明るく機嫌良く生きることだろう。 2018年3月22日 琢
2018年03月22日
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栄枯盛衰は世のつきものもっと良いものは必ず現れる創造は破壊のはじめなり今に満足せずよりよい未来を目指す現状維持は保守的になり新たな創造のブレーキになる時代の流れは止められず季節の変わり目のように美しい花も実を残して枯れてゆく新たな生命が芽吹いて自然を彩っている人の心も春夏秋冬と共に心境に変化が訪れて進化してゆく人生は山あり谷ありで、上りが有れば下りも有る。心の赴く方向に向かって、ただ前に進むこと。歩を止めればそれだけ遅くなる。失敗は無駄な時間でなく必ず通過する通過点で、その屈辱が有るから改善が有り、次の失敗を防ぐことにもなっている。できなかったことが出来るようになり、もらうばかり、とるばかりでなく、してあげたくなるのが大方の心だろう。歴史を見れば栄枯盛衰はつきもので,より強いもの、もっと良いものは必ず現れている。創造は破壊のはじめなりと言える。今に満足せず、より良いものを目指すこと。この世に絶対的正しさは無く、できるだけ悔いの無いようなベターライフを生きるということだろう。現状維持はその勢いを止めて自己保存に入り、創造のブレーキになってしまう。時の流れは止められず、季節の変わり目のように、美しい花も実を残して枯れてゆく。反面新たな生命が芽吹いて大自然を鮮やかに彩っている。人の心も春夏秋冬と共に、以前の自分ではなくなってゆき、心境の変化と共に深化してゆく。それは止めようのない自然の摂理だろう。 2018年3月21日 琢
2018年03月21日
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交友の楽しさ互いの近況の語り合い共通点の交換そこで得る共感と共に信頼関係の構築ができること良き因縁側での関わりから得た恩恵に感謝できて協力関係に発展することで良き相棒は自信になり一人ではできないことも可能性が増してくる役に立てるうれしさ相手の歓びが力に代わるとき強い意志と共に勇気が湧いてくる挑戦無しに得る果報は無い好きな友達と会うときの楽しさは明るく前向きで、自分や相手の近況の語り合いから、共にどういう人間かが見え始め、行動をともにしながら助け合えることをうれしく感じる。どこに向かいたいか、何か困っていることは無いか、自分が何かの助けに成れないか、無私、利他で思考する誠心の交友が自分を高めてゆく。互いに信じ合うことから信頼関係が構築されて、勇気と自信が湧き出して、その恩恵に感謝できるようになる。良き縁と共に開花に向かう歓びは、お金やものに換えられないものがある。本心からの歓びは、お金やものを得ることでなく、目的や目標に向かう良き縁に成ることの方がうれしさが倍増する。果報を得たいと思えば、気力と勇気を以って挑戦すること。その根拠になるのが友や仲間、同志の存在だろう。どんなことも自分一人でできたと思うことは傲慢なことで、社会の中では周りとの何らかの関わりが有って、理解し合い、認め合うことが無ければ成立しないことばかりだろう。誰かの協力や遠慮の元に成り立っていることが多い。その役に立てることはうれしく、相手の歓びが自分の力になってゆく。自利、利他の関わりから強い意志と勇気が湧き出して挑戦意欲を高めてくれる。 2018年3月20日 琢
2018年03月20日
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思い込み、見ていないもの表皮と第一印象で危険な歩みをしている親が我が子を見るように人の歩みは紙一重天の助けや恩恵が有るから本人は自分で歩いていると思っている一つ間違えばどうなっていたか分からないそんなヨチヨチ歩きが人に多くの経験をさせる痛い目に遭うたびに勉強して智慧と共に方向が定まって来る多くの体験から得た智慧が未来を拓いてゆく幼年、少年、青年期には、自分は生かされているなんて思ってもみなかった。自分の力を信じるしかなく、幸運に恵まれた歩みだなんて思ったことも無かった。やること為すことみんな失敗ばかりで、自分を守るのは自分しかいない、謙虚なふりをして生かされているなんて言えるはずがないと思っていた。思い込みが激しく、見えるものも見ていないものが多く、ものの表皮と第一印象【偏見に溢れたもの】で、今思えば危ない歩みをしていた。神仏から見れば人の歩みは紙一重のところが有るが、天の助けや恩恵が仕組まれていることに気が付くことなく、自分で歩いていると思ってきた。一つ間違えばどうなっていたか分からず、そんなヨチヨチ歩きが、人一倍の失敗と未熟な敗北の繰り返しだった。痛い目に遭うほど勉強し、厳然と残る変えられない痕跡を好転させなければと、愚かゆえの絶望から這い上がるしかなかった先には、二見【勝った負けた、損得、比較競争】から抜け出す道しか残されていなかった。絶望は人生の終わりでなく、それまでに背負ってきた荷物を下ろして良いときだったことに気付いて、そのとらわれから解放されたとき、生かされてきた自分に気が付いたように思う。 2018年3月19日 琢
2018年03月19日
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人は時と共に変わってゆくもの本質はなかなか変えられないが日々の努力の積み重ねで周りの評価が変わって来る自分ではそれが自然になっていて何の進化も無いと嘆くが自己顕示が無くなれば我欲を抑制して一定の評価が得られる欲を出せば信頼が揺らぎ自己保存に成れば我が身本位の都合優先で人望を失うことになる空の難しさがそこに有る動物には無くて人間に有るものは、同族の殺し合いをすることで、旧皮質脳と新皮質脳との違いが有るという。人間には自己顕示欲、自我我欲、自己保存が有るそうで、一定の地位を得ようとするとき、得たものを継続させたいときにはたらくもので、それが業・カルマとして苦の原因になってしまう。どんなものも時と共に変化してゆくのが自然の摂理で、人もそれに合わせるように自分を変えてゆくことが出来る。失敗の原因を正しながら、心に戒めたこと、心掛けたことを念じ込むことで、それが少しずつ自然にできるようになって、身に付いたころには人の評価が変わって来る.あの人この頃怒らなくなったとか明るくなったとか、前より良くなっていると言われるようになる。本質はなかなか変わらないものだが、日々の努力の積み重ねで、自分では気が付かない内に変わってきている。体幹に入ったものは自然体のときにちゃんと出てくるようになっている。有るがまま、有りのままが空の状態で、業・カルマが混濁していない状態、自己顕示欲、自我我欲、自己保存の身勝手な欲が鎮静化している状態には、良心・菩提心が愛を行使するようになっているのが人間だろう。欲の暴流は人望を失い、信頼を損なうことになってしまう。 2018年3月18日 琢
2018年03月18日
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目に入ってくるものでも見ているものと見ていないものがある見えたものを確認すればとらわれが生じ見ていないものに気が付いていない他人の話も聞いてはしい趣旨とは別のものに主旨から逸脱、飛躍したものにとらわれて意見の相違が生じ違う思い込みをしてしまう自分の都合に合わせれば本質の見落としもある人には妄想、錯覚が有り誤解が平行線をつくってしまう自分はどこかおかしいのかも知れない。本質がつかめていない。自分の考えはピントが外れている。などと思うときがある。自分が探しているものだけしか見ていないことが多い。もし映像が残っているなら、ちゃんと全部を観ることが出来て、照準を合わせることが出来るのに、そんな思いで自信を無くすときも有る。眼に入ってくるもののどれを見ているかは、生い立ち育ちや常識の違いによって異なる場合が多い。見たものにとらわれてゆくのは有情・生きとし生けるもの・プドッカラの特徴だろう。見たものだけでなく、聞くことにも自分の都合だけで聞いていることが多い。欲界に入れば、集団の中の美人、美男だけを探している。興味の無い人の名前を聞いても憶えられず、話を聞いても上の空、これだけは憶えておかなきゃと思ったものほど抜けていってしまう。想像力はゆたかな方が良いが、勉強不足を補おうとすれば、違うものを想像し、恐れ始め、妄想や錯覚に陥ってしまうことも多い。洞察すること、心眼で見聞きすること、表層だけにとらわれず、深層を知ることで、悩みの多くは解消するだろう。 2018年3月17日 琢
2018年03月17日
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煩悩は有るもので無にはならないもの外に出ないように内で治めるもの理性と持戒で抑制するしかなく理想に向けて強い意志をもつことカオスへの対応の失敗には業・カルマの作用が有って望まない現実を好転させるために過去に学んで未来を変える智慧を得ること煩悩やカルマに振り回されていては歪んだ道を歩むことになる業・カルマは誰にも有るもので、何度も同じ失敗を繰り返し、分かっていても止められず、逃げてもついて回るもの、煩悩は煩わしいものでも、それが有るから生きていられるものだろう。仏教では有情と無情、有漏と無漏で分別しているもので、有るものは有るもので空と言われている。無にはならず、無と空の違いをわきまえて、自分に甘くならないように、暴れ出さないように日々の自戒と心掛けが必要なものだろう。理想に向けて強い意志をもつこと。夢や希望に向かう飽くなき努力を積み重ねる中で、自分の都合の優先をせず、邪気を祓って、為すべき準備の積み重ねをすること。怒らず、怨まず、憎まずに、赦す心を培っておくことも準備の内だろう。望まない現実を与えられないように、煩悩、カルマを抑制し、多くの障碍や試練を超えてゆくことが、自分を強くする唯一の方法だろう。過去の失敗は消すことが出来ないが、その原因を見つけて、その部分を改めることで、学んだことを実践、体験することで得た智慧が未来を拓くことになる。 2018年3月16日 琢
2018年03月16日
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人は見かけによらないもの容姿で年齢は分からず昔よりスタイルが良くなっているO脚が少なくなっている化粧をすれば男性でも超美人に変身するどんなものも表皮だけでは本質が見えず事件を見ただけでは断定は難しい因縁を観て自業、カルマを観なければ見えるべきものが観えて来ない洞察力の大切さ心眼で観る必要を感じる人や大概のものは見れば分かるが、本当はどんなものかは親しく交友しなければ見えて来ない。第一印象で分別することになるが、食べものと同じで、どんな味かは分からない。心は表情に出るものだが見抜くには多くの経験が必要になる。人の第一印象はその生い立ち育ちと常識によって異なるもので、点や線だけでは本質が見えて来ない。六方を敬えというが、前後左右上下のあらゆる方位から立体的に観なければ判断を間違うことが多い。見た目だけで判断するのは危険で、どこにその良いところが有るかは、言葉や態度、仕草、教養の有無は内容をよく観なければ分からない。どんなものも表皮だけを見て断定ができず、出会い、出来事、事態もその奥に有るものを見抜かなければ断定は難しい。起きた因縁を観ること、自業、カルマを見抜くことで、見えるべきものがやっと観えてくる。洞察することの大切さ。心眼で観ること。そのために多くの知識と実践、体験から身に付けてきた智慧が、判断を間違えない自分をつくり上げて、ベターライフを歩ませてくれるようになる。 2018年3月15日 琢
2018年03月15日
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たとえは適切な表現法で一言でその情景を想わせる長い説明よりも自然の動植物のたとえがイメージしやすく比喩が印象を良くする場合が多いユーモアにも使えて熱弁よりもゆたかさを伝える心に浮かんでくるものを言葉にするのは難しくそれをイメージさせるたとえが場の雰囲気を和やかにさせる想像力のゆたかさが人に好印象を与える伝えることの難しさ。自分の心の中に有るもののすべてを言うには時間が無く、聞く人にとっては長すぎて,何を言わんとしているかがぼやけてしまうことも多い。そういう時には比喩やたとえが有効な場合が多い。一言でその全部を想像できることも多く、長い説明よりも自然や動植物のたとえの方がイメージさせやすいことが多い。理解されやすく、比喩が印象を良くすることが多い。固い話にもユーモアが出る場合も有って、熱弁をふるうよりもゆたかさを伝えることにもなる。心に浮かんでいるものを言葉にしたり、説明することは難しいが、イメージ、想像させるたとえ話が適切であれば、場の雰囲気を和やかにさせることになる。機転を効かせたり、想像力のゆたかさがその場にいる人たちに好印象を与えることが多い。人に心の中のものを伝えるには、直接的な伝え方よりも間接的な伝え方の方が効果が上がる場合が多い。お釈迦さんも比喩がうまかったと言われている。 2018年3月14日 琢
2018年03月14日
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親しくなることは相手を認め、理解して赦す心で受け入れた状態で信頼関係が生まれて知り合いから友へ生涯の親友にもなる互いの弱点を許し合えてその修正浄化に関わる至らないところを埋め合って自分を信じ、相手を信じるそこには絆が生まれ命を懸けても惜しくないと思える良き縁として開花に向かい歓びや悲しみを共有できる友は自分の中の貴重な財産で、多いほど視野を広げられる。自分の可能性を高めてくれる良き因縁側のもので、大きな恩恵と言える。出会い、出来事、事態には感謝、反省、敬意で対応すれば、自己の向上に大きな関わりになる。交友と共に親しくなれば、認め合い、理解し合えて赦す心が芽生え、常識の違いを受け入れられる。そこには信頼関係が結ばれて、単なる知り合いから友となり、関わりが多くなれば親友にもなってゆく。互いの弱点を許し合って、その修正浄化に因縁側で関わってゆく。至らないところを埋め合い、自分を信じ、相手を信じることから深い絆が生まれてゆく。友と共有し合った責任を分担し合うこともできて、命を懸けても惜しくはないと思うように成れる。良き縁との関わりは、恩恵の自覚と共に感謝できて、敬意と共に報恩に向かえば、自己の開花を歓び合うことが出来る。歓びや楽しみの明るいことや苦しみや悲しみの暗いことまで、分かち合うことが出来るのが友だろう。 20018年3月13日 琢
2018年03月13日
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不穏な情勢の中でどう心を整えるか不安は想像から妄想へ安住が有るほど変化を好まず楽な方を選ぶが慣れることの恐ろしさを思えば新たな段階にもそれを何かの呼びかけと忍土の厳しさを覚悟すれば迫るカオスへの対応に甘さが消えてその重さを素直に受け止めて慎重に確かな歩を進めることが出来る安易な対応は悔いを残すことになる災い転じて福となす。ピンチがチャンス。四苦八苦の連続は避けられず、苦しいことばかりが続くことが多いが、過去の失敗にとらわれて萎縮していれば、汚名返上ができずに過去の延長を続けるしかない。失敗の原因を正し、自分を変えてゆくことの努力を積むことで、未来を変えることが出来る。今日の明日は変わらなくても、その戒めと心掛けが身に付いてゆくことで、次第に他から見れば変わってゆく自分がいる。始めはぎこちなくても慣れるにしたがって自然にできるようになる。禅定での呼吸法も同じだろう。今からでも遅くはない。不穏な情勢の中でどう自分を整えてゆくか。安住が有るほど変化を好まないのは人情だが、楽な方を選べば過去の自分を変えることはできない。慣れにも良い慣れと悪い慣れが有って、良くない慣れを切断する必要が有る。新たな段階へ進むには、障碍や試練は厳しいが、それを何かの呼びかけととらえて、忍土の厳しさを覚悟すれば、未来を拓くカオスへの対応に甘さが消えてくる。その重さを真摯に受け止めれば、慎重かつ適切な歩を進めることが出来て、過去の延長の流れを変えることが出来る。甘い心で楽をしようとしないことだろう。達人はいつも難しい方を選んでいる。 2018年3月12日 琢
2018年03月12日
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人を愛する心男女の愛、親子の愛、友情愛は生殖だけでなく互いに助け合い恩恵になるもの子をかわいく思い大切に育てその成長をうれしく思う心人を愛する心はその行動に現れる心を体を使って表現しその心の奥には魂がある魂の中には意識の蔵がある蔵の中には転生の記憶が詰まっている無明から誕生して愛で育ち、愛を育て、愛を実らせる無明からの誕生は、忘却、喪失、無知の状態で、十二縁起【無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死】と共に人生を歩むことになる。もらう幸せからできる幸せを得ようと、親から教えられたことを実践しながら何にでも挑戦し、どんなものかが分かってできるようになれば、他にしてあげる歓びを知る。人には愛する心が有って、男女の愛、親子の愛、友情、人間愛、自然を愛する心・良心と共に共生している。生殖だけでなく、互いに助け合い、良き縁に成り合って悔いの無い生き方をしてゆくのが人生だろう。子は可愛いもので、その成長をうれしく思い、どんな犠牲をもいとわないのが親だろう。人を愛する心は、その行動に現れるもので、心を体を使って表現し、その心の奥には魂がその心の根拠になっている。魂の中には意識の蔵が有って、そこには転生の記憶が詰まっている。魂が願うことに悔いは残らず、心の満足感はそこから湧き出してゆく。人は無明から誕生して、愛で育ち、愛を育みながら、実践体験し、身に付けた智慧と共に未来を実らせてゆく途上の人生を生きている。 2018年3月11日 琢
2018年03月11日
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公衆の心のよりどころお祭りや神事神社仏閣や仏像国宝や重要文化財と国の指定以外のもの風習はお金に換算できないもの故郷には永遠に有ってほしいものがある移動できないその地のものそこに行けば必ず有ってほしいもの懐かしさや思い出の多くは必ずそれと共に有る故郷は忘れられないもの捨てられない大切なものそこに行けば初心に戻れる心が洗われるところが人の原点だろう原点回帰の大切さ。生まれて親に教えられなくても必ずあるものが良心で、魂からの意識というものだろう。袋小路や難しい局面で惑い悩むときには、初心に戻れという。すべての民・公衆の心のよりどころが有る。故郷を思い出させるものには、お祭りや神事、神社仏閣や仏像、国宝や重要文化財とか国の指定以外のものにも、大自然の海・山・川にも心の原点がある。風習はお金に換算できず、移動できないもの。そこに行けば必ず有るもの。懐かしいものや思い出の多くは、必ずそれと共に有る。故郷は忘れがたく、捨てられない心の財産で、そこに行けば、絶望の闇の中でも光のようなものが観つけられる。心が洗われるところ。それが人の心の原点になっている。アメリカ貿易センタービルの旅客機突入の事件のときにつぶやいた、全人類よ、今心を原点に戻せ!。あれ以来乱心の世、宇宙大自然の周期的調整期、人工の自業自得のときが重なって来たような時代には、原点回帰が必要な時が来ているのだろう。 2018年3月10日 琢
2018年03月10日
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遺したいものは新鮮な心、素直な心背伸びや偽りの姿は自分でなく現実を素直に受け止めて意地を張らずに認める心子供の頃のあどけなさ有のままの、有るがままに人としての可愛いところ続けたいのは今の幸せや安全なところ変化を好まずこのままでと思っても時と共に移ろう変化の中で諸行無常は如何ともしがたくできるだけ忘れないようにそういう心を遺しておきたい人が生きた痕跡はいたるところに残っている。どう生きたかを観れば、、そこに貫かれた心が観えてくる。これから先を思えば、何のために生まれてきたのか、何の使命があるのか、自分に合った天職は何なのか、それが解れば迷いや葛藤が無くなるだろう。何に向いているのか、本心で歓べること、嬉しいと思えること、そこには結論の出ない円環的思考が有る。一貫して遺しておきたい心はどんな心か。新鮮な心、素直な心でいつもいたいと思う。背伸びや偽りの姿は本当の自分でなく、与えられた現実を素直に受け止め、変えようのない過去には必ず改めるべき原因が入っているもので、意地を張らずに認めて素直に改める心。子供の頃のあどけなさ。有のままの、有るがままに生きる。そこに人としての可愛さが残っている。人情として続けたいものは、今の幸せやこのままでずっと変わらない安全地帯。変化を好まずにこのままでいいと思うのも正直な心だろう。季節の移ろいのように時と共に変わってゆく自然の摂理の中で、諸行無常は如何ともしがたいものだが、できるだけ忘れたくない心。一貫して通してきた心だけは失いたくないと思う。 2018年3月9日 琢
2018年03月09日
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歩みには山あり谷ありで上りは心臓を使い下りは足腰に負担がかかる双方鍛錬を積めば逞しく心の向かうところに運んでくれる程良い休息が必要だが休息が過ぎれば気が萎える遊びは潤いになるが遊行が過ぎれば意志が弱くなる分相応、足るを知ってかけた情けは水に流し受けた恩は石に刻む感謝、反省、敬意と共に報恩に向かう歩みはすべて自分の足で、その責任は自分がとる。その自分の歩みは自分の意志で、その主導権は自分に有る。良くない現実を人のせいにして改めなければ、その場は逃げても主導権は自分のものではなくなってしまう。その報いは自業自得で、いつか自分に返ってくることになる。人生は山登りのようなもので、頂上は一点しかなく、どこから上ってもその一点を目指すことになる。途上では上りは心臓に負担がかかり、下りでは足腰に負担がかかる。鍛錬を積むことで人は逞しく成れ、心の赴くところに運んでくれる。体は心の表現のために使えるものだが、程良い休息も必要で、心にはそれが転依・てんねに成って、気分を転換することの大切さがわかる。休息が過ぎれば気力を失い、目的意識がどこかに消えてしまう。遊びは潤いになるが、遊行が過ぎれば意志が弱くなってしまう。人には分相応が有って、足るを知ること、愚かさを自覚することが身を救うことになる。かけた情けは水に流し 受けた恩は石に刻む誰にも救いの恩恵があるもので、その恩恵を自覚して、感謝、反省、敬意と共に菩提心を育んで報恩に向かえば悔いを残すことは無いだろう。 2018年3月8日 琢
2018年03月08日
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人生の途上には楽しいこと、苦しいこと、悲しいこといろんな経験がある明るく生きるか、暗く生きるかは自分の心次第楽しいことは短く苦しいことは長い楽しみを得るために苦を超える深い闇も光が照らせば消えてゆく無知ゆえの闇は学ぶこと未熟ゆえの闇は実践体験すること体幹に入った智慧が先を拓き悔いが智慧を絞り出してゆく大志をもてば、それだけ障碍や試練を超えて、不完全な自分を修正浄化してゆくことになる。四苦八苦【生老病死、愛別離苦、求不得苦、怨憎会苦、五蘊盛苦】は誰もが出遭うものだが、無知や未熟がさらに大きな苦を超えることになる。何もしなければ失敗は無いが、無知の闇に覆われる。やってできないことはないが、自分を整えなければ思うようにはならない。好奇心が知識欲に駆られて、どんなものかを学ぶことになる。人生の途上には、楽しいこと、苦しいこと、悲しいことのいろんな経験を積むことが有る。明るく生きるか、暗く生きるかは自分次第で、幸せは我がこころに有り,美は観る人の心に有りで、楽しいことは短く、苦しいことは長い。成就の歓びはうれしく、楽しいものだが、必ずその先が見えていて広がっている。すべて途上の通過点で、先の光に向かう道を行くことになる。深い闇も光が照らせば消えてゆくもので、無知ゆえの闇、未熟ゆえの闇は、学んだ知識に終わらせることなく実践、体験して身に付けることで智慧に転じてゆけば光が射してくる。体幹に入った智慧は応用の効くもので、未来の運命を変えてしまうこともできる。過去の失敗に不完全な部分を見つけ出して修正浄化することで、人の役に立てる自分に成ることが出来る。 2018年3月7日 琢
2018年03月07日
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煩悩は危ういもので自分も人も煩わせるものその抑制が難しくそれを克服すること己に勝つ克己で他に迷惑をかけないように自己管理をする願いに向かえば障碍や試練に出遭うが誰もが出遭う四苦八苦と共に煩悩や業・カルマで対応することなく自己検証をしながら瞬時に動く感情の統制をして平静を保つ努力を重ねることしまったと思うことはしばしばあるもので、長く生きるほどそのしまったで後悔を重ねることになる。戒めておかなければ、失敗は続くもので、やってから気付くのが自分の愚かさだろう。自分を変えたいと思えば、いつも持戒が必要だが、初めは苦しいもので葛藤の連続から、次第に慣れてくるだろう。その積み重ねからそれが当たり前のように成って身に付いてくるころには、人から見れば、怒らなくなったとか柔らかくなったとかやさしくなったと思われるようになるが、自分ではちっとも変ったようには思えなくなっている。自分の評価は人がしてくれるもので、認められ、理解されたいとし促さなくても、観る人は見ているものだろう。煩悩は危ういもので、自分も人をも煩わせてしまうものだろう。その抑制は難しいものだが、自分を甘やかせることなく、己に負けないこと、克己ができていること、その努力の積み重ねが、いつか成り行きだった自分から一皮剥けた自分に変わっているだろう。他の迷惑にならないように、自己管理を怠らず、願いに向かえば障碍や試練に出遭うことになるが、超えるたびに深化するのが自分だろう。四苦八苦と共に煩悩や業・カルマで対応することなく、菩提心で対応するように心掛けることから、少しずつ良い現実を与えられるようになるのだろう。 2018年3月6日 琢
2018年03月06日
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業の深さは肉体と魂の遺伝から興味を破壊して過ちを繰り返し少しの自戒で止められず新たな荒野を歩むことになる何故孤立するのか怒りは納められず野辺の花にも腹が立つ努力の矛先は相手に向けられいつもリングの上にいる心の休まるときが無くいつも孤独と闘っている過去の交友を思えば、良い人ばかりだったが、中には共有したい歓びの材料をつくっても、自分だけのものともっていって消えていった交友も有ったことが思い出される。誰にも煩悩は有るものだが持戒と共に良識と理性で抑制しながら歩んでいる。至らないところを自覚できれば分相応、足るを知って、愚かさや恩恵の自覚と共に感謝の念が湧き出し、途上の苦の原因を探して、自分の修正浄化をすることになる。業の深さは、肉体と魂の遺伝から来ているもので、空の中に有るものは無にはならず、その自分に克己する歩みが人生とも言える。内から湧き出す怒りを抑えられず、自分の道さえ破壊してしまう人も多い。過ちは少しの自戒では抑えきれず、いつも新たな荒野を歩むことになる。治まらない怒りは野辺の花を見ても腹が立ち、重ねた努力の矛先は相手に向かってゆく。どこにいてもいつもリングの上にいて、自分から闘いを仕掛けていってしまう。心の休まるときが無く、いつも孤独と闘うことになる。そういう人もいたことを思い出すが、時を待つことしかできない自分がいて、自分の中にもそういうものが有るかも知れないと、そうならないように心掛けてきた自分を思う。末路を想えば、持戒しか無いだろう。 2018年3月5日 琢
2018年03月05日
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人を断じないこと人は日々進化の途上に在りある点を見て決めつけないこと良かれと思うことの押し付け、恩着せをせず代償を求めないことかけた情けは水に流せ受けた恩は石に刻めこの世は順送りで報恩は広く後進に向ける感謝、反省、敬意を主軸にして心の赴く方に歩むことそこに悔いや執着を残さないこと第一印象は自分の常識や基盤の影響が強く、その常識が絶対に正しいとは限らず、人それぞれの常識で生きていることを思えば、その時点だけでこういう人だと断じ切ることはできない。人は日々進化の途上に在って、ある時点だけで決めつけることはできない。相手の立場を考慮して因縁側で良かれと思うことも、押し付けや恩着せはできず、代償を求めることもしないこと。人の為にさせていただいたと思えば、徳を積ませていただいたことになって、その歓びは自分の恩恵になっている。かけた情けは水に流せ 受けた恩は石に刻め 長野県善光寺の石碑恩恵を自覚すれば、そこに感謝の念が生まれ、報恩に向かうことになる。この世は順送りで、直接その恩を受けた人に返すことでなく、報恩は広く後進に向けることで、感謝の心を広げてゆく方が良いだろう。できない言い訳を並べることなく、素直に自分の心の赴くところに向かうことで、悔いや執着を残さないことが重要なことだろう。人の世は 必然の道 天の道 歩むべき道 辿るべくして 2018年3月4日 琢
2018年03月04日
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夢や希望をもてばその目的への目標を立て多くの障碍や試練を超えて少しでも近くに行こうとするそのために勉強して実践する縁の必要性から人と関わってゆく目標の一つを果たせばその度に明けた引き出しを報告と感謝と共に閉めてゆく開けっぱなし、頼みっぱなしで一つの終戦処理を怠れば自分の都合だけの人として誰にも相手にされなくなってしまう仕事を入手しようとすれば、ターゲットを絞り、その関係先と関わってゆく。頼みごと、協力を求めること、繋ぎをとりながら、点を線にし、線を面にして交流しながら立体的にして縁を深めてゆく。夢や希望に向かうときも、その目的に向かって当面の目標を立てて多くの障碍や試練を超えてゆく。そこに少しでも近付こうと、そのための勉強、準備をしながら、必要な縁を結んでゆくことになる。一つの仕事でも多くの人との関わり、交友があり、そのために人脈を必要とする。願いごと、頼みごとは自分や友人、仲間の人脈を必要として、その引き出しを開けてゆくことになる。目標の一つを果たしたりすれば,その報告と感謝と共に開けた引き出しを閉めてゆくことが必要だろう。 開けっぱなし、頼みっぱなし、ほったらかしで終戦処理を怠れば、自分の都合だけの人間として、誰にも相手にされなくなってしまう。多くの人との関わりを粗末に扱わないこと、感謝、反省、敬意とその挨拶を忘れないことが、人との信頼関係を固く結ぶことになる。 2018年3月3日 琢
2018年03月03日
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学校での勉強は現象の学で既に有る自然現象に学び過去の歴史の経緯から内圧を高めて未来への希望を引き出すもの目に見えるものから目に見えないものを描かせてその青写真を目標とする人間の夢や希望はカオスに自分なりの色を付けて未生の願いを現象化させるもの目的が無ければ根の無い空想に終わってしまう実績は自分が歩んだ途上で経験したもので、日々の努力の積み重ねによる結晶化した過去のこと。そこには自分が望んで準備して実践した心の願いが入っている。三つの幸せには、もらう幸せ、できる幸せ、あげる幸せが有って、生まれたときは無知から始めて、この世で生きるために必要なことが出来るように、どこでも生きてゆけるすべを会得する歓びのこと。学校での勉強はそのための現象の学で、自然の摂理の一定の法則を学びながら自己実現の方向付けをする。過去の歴史の経緯から自分の願いを定めて内圧を高め、未来の希望を引き出させるものだろう。眼に見えるものから、目に見えないものを描かせ、その青写真の実現に向かって歩んでゆく。人間の目的意識は、直面するカオスに自分なりの色を付けて、未生の願いを実現させようとするもので、強い意志と気力を必要とする。その根拠に成るもののすべてが準備段階のもので、目的意識をもたなければ、根の無いただの空想に終わって悔いを残すことになる。願いの成就、それが他の為に成っていれば至上の歓びになっている。人生の醍醐味は菩提心から得られるものだろう。 2018年3月2日 琢
2018年03月02日
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話しも行為も自分のペースに引き込めばやりやすく心地が良いが面白いことは何度も続かずワンパターンと思われるとき興味を失ってしまう話しを飛躍し過ぎれば反感をもたれて粗末な扱いになり孤立することになる話術も相手の心に立って理解し、認め、敬意を示さなければ行き詰まりから深い闇に入る家族の支えが無ければ廃人のようになる助け合い、支え合って生きているのが人間で、みんな自分の心に有る光に向かって歩んでいる。自分一人では生きられず、助け、支え合っている以上身勝手は許されない。暗い闇を恐れ、明るい光に向かってゆこうとすれば、面白いことがたくさん有って笑うことの多いことが場を明るくさせて、そこに自分の居場所を求めようとする。調子に乗らないことをいつも心掛けておく必要が有る。話しも行為も自分のペースに引き込めば、その時はやりやすく心地が良いが、いつも人の興味を引くことは不可能で、ワンパターンと思われてしまえば、受け入れられなくなってしまう。相手の立場を考えずに飛躍した話をすれば嫌な思いをする人もいて、反感をもたれて孤立することも多い。話術も相手の心に立って、理解し合い、認め合って敬意を示すことで絆と信頼が築き上げられてゆく。自分だけが目立とうとすれば、迷惑になっている人も多く、行き詰まりからしまいには深い闇にに入ることになって、厭世的になれば廃人のようになってしまうことも多い。有頂天のときほど気を付ける必要が有る。 2018年3月1日 琢
2018年03月01日
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