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人の歩みは生い立ち育ちの条件制約と共に影響とその常識からそれぞれの道を選択して迷いや葛藤しながら自分にどんな使命があるのか天職は何か自分に合った仕事を模索しながら家族を養うには組織の方針に従って忍辱の日々を重ねる時には方向を転換しながら心の赴くところに歩んでゆく他によろこばれ、必要とされるところに尽くしそこに生き甲斐を感じている人は同時にいくつもの荷を背負いながら歩んでゆくことになる。自己の向上、種族保存、経済的維持、夢や希望の実現など多くの青写真の具現のために、多くの障碍や試練を乗り越えながら艱難辛苦の旅をしているようなものだろう。自分の心の奥に有る魂の中にどんな意識が入っているのかが分からず、観えずに暗中模索の迷い、葛藤を重ねてゆく。生い立ちや育ちの条件、制約を受けながら、その影響を受けた常識と共に、自分の傾向を知り、その個性を生かすこと、役に立つこと、自分の使命が何か、天職が何かを自覚できず、自分に合った仕事を模索し、自業自得の責を負いながら、経済的維持をし、そのための忍辱の日々を重ねてゆく。失敗、摩擦に学ぶところが多く、自己の改善をして自分を整えてゆき、多くの障碍や試練を超えて、夢や希望の成就のために耐え忍びながら歩んでいる。悔いの無い歩み、他に求められ、それに応えながら、人の歓ぶ顔がうれしく、そのために自分を必要とするところに尽くすことから、それが生き甲斐と感じ、これが自分の使命だったのかも知れないと思えるようになってゆく。 2018年9月30日 琢
2018年09月30日
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幼い頃の思い出は山で、川で、焼け跡でのあそび隠れ家をつくって宝物を隠し友達と見せ合いをした弓をつくり笹の茎を矢にしたり水鉄砲をつくったり楽しい思い出がたくさんだが学校の成績は最低だった勉強ができる子の真似をしたが相手にされず海に釣りに行ったり釣り道具は自分でつくったり自然と親しむしかなくおもちゃは買ってもらえず工夫して遊ぶしかなかった戦後の復興のときは食べるものは無く、おもちゃも無く、ガムやバナナやチョコレートが口に入ることは全くなかった。子供はそれでも楽しく遊ぶもので、それが懐かしい思い出にもなってゆく。台風が来ることが楽しく、みんなでその用意をすることが楽しかった。幼い頃の記憶は,山や川や焼け跡でのあそびの懐かしい記憶が残っている。隠れ家をつくって宝物を隠し、友達と見せ合いをした。弓をつくり,笹の茎を矢にしたり、水鉄砲をつくったり、楽しい思い出がたくさん有った。学校の成績は最低で、勉強のできる子の真似をして友達になろうとしたが相手にもされなかった。大森海岸や平和島に釣りに行ったり、釣り道具はお金がないから全部自分でつくっていた。自然と親しむしかなく、おもちゃなど買ってもらえず、全部遊ぶための工夫は自分でするしかなかった。今思えば、有事のときはあの自給自足に戻ればいいと思うが、今の子供たちには戻るところが無く、自然と親しむ場所も無いのが都会の子たちだろう。 2018年9月29日 琢
2018年09月29日
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苦が多いのは当然で時の変化への対応ができていない常識の違いの認識不足それぞれには願いが有って同じでなく自分が正しいと錯覚して修正浄化しない迷いが多く自分に甘いこと無私、利他の誠心になっていない唯物的、刹那的、利己的なこと自己顕示、自我我欲、自己保存が有ること摩擦の原因は自分じゃないと思っている原因と結果の法則に気が付いていないことすべて偶然は無く必然であること分相応に生きることだろう何で生まれてきたのか、どう生きればいいのか、もし自分の魂の中が観えれば、どんな記憶が入っているか、どんな願いが有るのかが解るのだろうが、前世までの記憶はゼロ意識の状態、忘却、喪失、無知の状態で生まれてくるから一から始めなければならない。仮我・偽我から始めながら遍行と共に、失敗の多くから自分を正してゆくことになる。苦が多いのは当然のことで、時の変化への対応ができていなかったり、常識の違いの認識不足、それぞれに願いが有って全部違っていること、自分だけが正しいと錯覚していて苦の原因は他のせいにして自分を改めようとしない。見えないものを信じ切れず暗中模索の途上であること。迷うのは当然のことで、無私、利他の誠心で相手を理解するゆとりがない。やっていることは、自己顕示、自我我欲、自己保存を強引に押し通そうとすること。だから動物とは違って同族同士の殺し合いにまで発展してしまう。摩擦の原因を正すこと、原因と結果の法則・因縁果報の自覚と共に自分を整えておくこと、苦は偶然でなく必然のもので、愚かさを自覚して分相応に生きることから、自分の為すべきことの自覚をもつことだろう。 2018年9月28日 琢
2018年09月28日
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自分のリズムを保つことその難しさは時と共に変化してゆく外と内の変化への対応と共にズレが生じるからだろう平静、規則正しく、不動への道に日々の努力の途上には必ず伴うのが苦で甘さは許されず慣れと智慧が道を歪めず自分の願いに向けて強い意志が気力と共に満足感を引き寄せてゆく時々負けそうになるときがある。深化のひずみと言おうか、先を想おう程、今こんな自分でいいのかと言う不安が圧迫感に負けそうになるからだろう。焦る心や急ぐ心が自分を責めていたり、途上の障碍や試練を超えられるだろうかと言う不安に負けそうになるときがある。自分のリズムを保つことの難しさを思う。時と共に変化してゆく外と、自分の変化への対応にずれが生じるからかも知れない。平静を保つこと、規則正しく生きて、不動を求める心が、進化の途上で必ず伴うのが苦で、甘さは許されず、克己しながら挑戦し、慣れと共に智慧を身に付けてゆくことで道を歪めなくなってゆく。学んだことは単なる知識にとどめず、実践して体幹に入れること。願いに向けて果報を急がず準備を重ねておくこと。何度失敗しても放棄せず、諦めずに身を正しながら強靭な精神力を培ってゆけば、満足感が湧き出して求める領域に立つことが出来るだろう。 2018年9月27日 琢
2018年09月27日
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迷いは選択肢と共に膨らみ末路を視野にその一つを選ぶ人の選択に人生の正解は無くどの道でも生きられるが最善の満足を求めて人は迷うのだろう悔いの無い道を求め自分に何が求められているか暗中模索の連続だが自分を必要とするところでどう応えるかの自覚のためにいつも円環的思考を繰り返す経験からの気付きが確かな自覚をさせてくれるああそうだったのか、そう思うことがよく有るが、時と共に薄れていってしまい、あれは何だったんだろうと思うことも多く、魂の中のものは不思議と縁有るものを呼び寄せるように、別の体験からそれを思い出させてくれる。いつも選択肢が多く、どれを選ぶべきかの迷いばかりで、末路を視野にその一つを選ぶことになる。人の選択に人生の正解は無く、どの道をゆこうが生きてゆくことはできる。それでも最善の満足を求めるから人は迷うのだろう。悔いの無い道を求め、自分に何ができるか、求められているものが何かの暗中模索を繰り返している。自分を必要とするところで、どう応えるかの自覚のために、いつも円環的思考を繰り返しながら、多くの経験を積み重ねて、そうだったのかの気付きが、次第に確信めいた自覚をさせてくれるようになってゆく。それは多くの障碍や試練を超えた先に至れる境地なのだろう。始めは頑丈な垣根が有ったものも、もうそこに垣根は無く、綺麗な花に囲まれているのだろう。 2018年9月26日 琢
2018年09月26日
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生命力は本能的なもので意識で抑制できない体力と共に衰えてゆくが本能の赴くところに活性化が有る先ず食べること排泄すること気力と共に分泌を活性化させることで顔色が良くなり艶が出てくる気が萎えれば悔いを残して衰弱してゆくそこに生きるための闘いが有る甘さは許されない生きるということは、体を動かすることで、人の生命力は与えられた本能的なものだろう。意識や心では抑制できないものだが、体力の衰えと共に衰弱してゆくもの。本能の赴くところに活性が有って、先ず食べること、排泄することで生き生きとして、気力と共に分泌も活性化すれば、顔色が良くなり艶も出てきて、心は明るく、希望が湧き出してくる。何をするにも気力が必要で、失敗が有っても修正浄化することでできることが多くなり、挑戦意欲は体の活性と共に強く成ってゆく。気が萎えてしまえば、何もする気が無くなって、心は闇の中、出口のない袋小路に入ってしまう。生きるための闘いは光に向かうことで、甘さは許されず、気力さえ有れば何度挫折しても這い上がることが出来る。共生の中で摩擦を起こさず、他の為にはたらくほど気は活性化して歓びを感じ、ますます輝きを増してゆくのが人の生だろう。 2018年9月25日 琢
2018年09月25日
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永い歩みの途上で多くの痛みや苦しみと共に自分の限界を深め耐え忍ぶことを学ぶが病と共に与えられる限界の浅さ未知の領域の体験でそれを超えなければ綺麗な死に顔に至れないこと超えることの難しさを新たに知ることになるそのわずかな間に自分に何ができるかそんな状態でもできることが有る常識を超えた忍耐に人は感動するどんなことにも耐え忍ぶこと。弱音をはけば自分に負けて余計に苦しくなってゆく。何度も自分の甘さを思い知ることで、初めて自分の愚かさを知り、自分の限界がどの程度のものかが分かって来る。永い歩みの途上には多くの痛みや苦しみが有るが、どこまで耐えられるか、忍ぶことが出来るかによって自分の限界を知り、それを深めてゆくことになる。病と共に与えられる痛み、苦しみの限界の浅さを味わい、未知の領域の体験と共に、それを超えなければ、綺麗な死に顔になれないと耐え忍ぶことになる。超えることの難しさを新たに知ることになる。伴う恐怖感、死ぬ直前の断末魔を思えば、まだ死ぬ資格さえないことが解かる。それまでのわずかな間にもできることが有るはずだと思うが、苦痛を超えるまでは何もできなかった。これは人間には耐えられないとナースは言うが、みんな必ずその時を体験すると思えば、その常識を超えた忍耐にも人に感動を与えることが有る。 2018年9月24日 琢
2018年09月24日
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誰にも一定のリズムが有る個性と共に相応のリズムが有って人を保たせているその交友には必要な縁が仕組まれ相互に支え合うようになっているリズムが乱れれば自分でなくなってしまう休息が必要で再起因することで修復と共に強い意志が願いに向かわせる魂の中にはそのすべてが入っている自分を信じることだろう人は信じることで歩み始めるが、無知が埋まるまでは方法的懐疑で疑問をもちながら歩むことになる。多くの失敗と共に一通りのことが出来るようになってゆくが、そこには一定のリズムが有って、個性と共に好不調が有る。大自然に季節が有るように、それぞれに相応のリズムが有って保たれている。運や縁の流れが有って、必要に応じて何かに必然的に仕組まれている。この世に無駄なものは一つも無く、必要なもの同士が支え合うようになっている。それにも流れが有って、時と共に一定のリズムになっている。そのリズムが乱れれば本来の自分でなくなってしまう。流れを悪くする要因のすべてはストレスからで、挫折や絶望には休息が必要になる。魂は智慧もつ意志のエネルギーで、その中には転生での記憶が刻まれている。何のために生まれてきたかの太因、どんな死に方をしたいかの大果・魂の願いに向けて再起因するときも必要になる。強い意志が願いに向かわせるもので、自分が為すべきことのすべてが自覚できれば、1本の白い道が浮き上がって来る。自分を信じることだろう。 2018年9月23日 琢
2018年09月23日
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気力と生命力生命力は気力を呼び起こし苦を気力で超えさせる目的さえ有れば苦を苦と感じさせず何度でも苦を超えさせる体力の衰えも気力でカバーして己を高めてゆく気力を失うとき生命力は萎えて動くことさえできなくなる迷いは一時のものゆくべきところに向かっていれば気力は復活して来るやる気が有るか否か、挑戦意欲が有るか否かはめくら蛇のようなところが有って、中身が整っているか以前の問題になる。中身は失敗とその反省、修復によって整ってゆくもの。何でもやってみなければ一歩も進むことが出来ない。遍行によってどんなものかが分かって来る【作意、触、受、想、思】もので、別境では、欲界、勝解、念、定、慧と、単なる知識だけのものから何度もやることから身に付いてきて智慧になってゆく・転識得智。気力と生命力に深く関係している。生命力は気力を呼び起こし、苦を気力で超えさせる。目的さえあれば、苦を苦と感じさせず、何度失敗しても放棄させず、諦めさせることが無い。体力の衰えも気力でカバーして己を高めてゆく。やる気も挑戦意欲も気力が萎えてしまえば、生命力が衰え始めて動くことさえできなくなってしまう。迷いや挫折は一時のもので、そこで終わりではなく始まりだと言ってもいいだろう。強靭な精神力が身に付けば、行くべきところに向かってさえいれば気力は復活して来るだろう。 2018年9月22日 琢
2018年09月22日
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【ありがとうございました】何と爽やかな言葉だろう宿泊した子供たちがエントランスホールに整列してホテルのスタッフさんたちにお礼を言ったサービスしていただいた感謝の言葉は奉仕するものにとってのこの上ない歓びになるだろう混迷の中で人としての在り方を観た感謝、反省、敬意の大切さその誠心が有れば人は道を歪めないだろう観ている方もほほえましいいつもブログの原稿を書きに行っているホテルで、ある朝エントランスホールに子供たちが整列した。【ありがとうございました】全員でフロントのホテルマンたちにお礼の言葉を言った。シェフたちもいてみんなうれしそうな顔で子供たちに頭を下げていた。何と爽やかな言葉だろうと思った。高校野球の秋田からのチームも泊まっていた。驚くことに決勝まで勝ち抜いた金足農業高校の子たちで、あの吉田君も元気な顔を見せていた。みんな礼儀正しく和の雰囲気を見せていた。サービスに努めたものへの感謝の言葉は奉仕するものにとってこの上ない歓びになるだろう。混迷の中で、人としての在り方を観たような気がして日本人で良かったと思う。2020年の東京オリンピックに向けて最近は、外国語が多くなったホテルでの出来事だった。見た目は日本人とほとんど変わらず、ファッションもほとんど見分けがつかないが、マナーが良くない人たちも多い。日本人の礼儀正しさ。感謝、反省、敬意の大切さ。その誠心が有れが、人は道を歪めることが無いだろう。 2018年9月21日 琢
2018年09月21日
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男の出血は怪我、病気、手術、毒以外にない血を見て卒倒する人もいる出血は痛みを伴う場合が多く体のどこかで出血が有れば心は平静でいられなくなる無知なほど怯えるもので原因と仕組みを理解すれば動揺は少なくなる自分の進む道を歪めずどんな場合でも目的意識を失わず専門分野に托身すればとらわれが少なくなる慣れも必要で心を乱さない心掛けが必要だろう人間の身体はうまくできているもので、すべての機能が自律的に動いていて、自分の道を普通に歩いていても体はちゃんと調和できるようになっている。出血は疾患を知らせるもので、専門医に診てもらうための警告とも言える。血を見て卒倒する人もいるが、体のどこかで出血が有れば、心は平静でいられなくなる。大病を恐れて先送りをするほど手遅れになる場合が多い。無知なほど怯えるもので、原因と仕組みを理解すれば、動揺しなくなる。異常を感じたときのために有るのが病院だろう。最近は総合病院と地域医療の連携がとれているために、地域医療で大病を発見すれば、総合病院が検査とその治療を施すことになっている。道の途上では疾患が有れば托身して専門分野にまかせ、自分の歩むべき道を信じて進むことが必要だろう。どんな場合でも目的意識を失わず、我が道をゆくことが迷いを少なくすることになる。慣れることも必要なことで、人は同じことで何度も驚くことは無くなってゆく。何が有っても心を乱さないことだろう。 2018年9月20日 琢
2018年09月20日
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人の命ははかないものだが途上には魂の成長が有る生まれれば必ず死ぬときが来るその経緯は本人だけのもので顔を歪めて死ぬも穏やかな顔で死ぬも日頃の積み重ねによるもの今もどこかで大きな壁を超えている人がいる多くの病を体験しても生命力が強いほど衰弱までの苦が多い托身するしかないが耐え忍んで超えるしかないその心境に至るには本人にしか分からないこの一瞬に生まれる人,死にゆく人がいる。快苦はいつどこにでも有って、苦は自分を超えるまで続くもの、自分の甘さに打ち勝つ克己ができるまで続く、いつも自分との闘いだろう。夢や希望の成就までには多くの準備が必要で、至らない部分には障碍や試練を与えられ、自己の修正浄化の先にしか至れない領域が有る。生老病死、その間にどう生きるかが課題で、生まれた以上必ず死ぬときが来る。顔を歪めて死ぬも、穏やかな顔で死ぬも、本人の心次第で、日ごろの積み重ねがその差をつくることになる。自分もそうだったが、この瞬間にも大きな壁を超えている人がいる。多くの病を体験しても、その苦は全部違うもので本人にしか分からない。生命力が強いほど苦は大きく、衰弱するまで耐え忍ぶしかない。其処にも学ぶことが多く、死ぬまでが学びと言ってもいいだろう。領域に至るには托身して、耐え忍ぶことも多く、快感を原則にした甘い生き方に悔いが残り、変化に応じた自己の適応力を、他の歓びのために育んでゆくことだろう。どんな苦も自業自得ということだろう。 2018年9月19日 琢
2018年09月19日
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痛みや苦しみを体験するほど怖いものが多くなり警戒心が増えてくるが反面そこに楽しいことも多く人との良き出会いも有る障碍や試練は超えることで強く成り楽しみは心をゆたかにして明るい表情になる覚悟は托身することで定まり快苦だけで判断しなくなる人は自覚と共に成長し道を歪めず目的に向かえるようになる人の話を聞けば、みんなたくさんの紆余曲折の苦労が有り、自分の体験なんて大したことじゃなかったと思えて、これから先の苦に備える準備の心を培うことになる。生きる途上には何が起きるかの予測ができず、どんなことにも対応できる自分に成ろうとし、失敗から多くのことを学べるようになる。痛みや苦しみを体験するほど怖いものが多くなるが、危機感と共に備えるようになることから失敗は少なくなってゆく。良いことも多く、楽しいことや人との良き出会いも有って、良き縁と共に人は深化することが出来る。楽しいこと、嬉しいことは心をゆたかにさせて、表情は明るくなってゆき、光に向かって勢い良く前進できるようになる。覚悟は托身することで定まってくるもので、自分の為すべきことの自覚ができれば、快苦だけで判断しなくなってゆく。人は自覚と共に道を歪めることが無くなってゆき、夢や希望の成就に向かって強く進むことが出来るようになる。 2018年9月18日 琢
2018年09月18日
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ふと我に返れば自分は何をしてきたのだろうか何のために生きているのか大きな要因は家族のため、経済的要因が大きくはたらくことが使命とは思えない何の取り柄も無い人間で得た智慧も粗末なものでこの世にいなくても支障のない人間近いところには求める人もいると思えば今ここにいるのはその何かの為で他の歓びが自分の歓びになっていて理解され、認められれば感謝してそれに報いたいと思っているよく思うことだが、これだけたくさんの失敗や挫折を味わったのは自分の未熟と前世からの罪消しのためかもしれない、徳切れで再び徳積みをするためかもしれない。そう思う反面、何かに救われてきたことも事実で、お金やものの獲得や名声を得ることは確実に自分の使命でないこと、他の為になることをうれしく思う、単純なところに自分の何かの役が有るのかも知れない。神経症からうつ病、初期の喉頭がん、大腸がん、心臓の冠動脈の狭窄、詰まりと血管の狭窄、膀胱がんで2度の手術、生きているというより生かされているとしか思えない。すべてが事前に処置する早期発見だったこと。何のために生かされているんだろう。お金のために動く気にならなかったこと。ものに心を売ることが出来ず、自分なりのセンスで細々と生きている。自分を必要とする人の為には何でもしたいと思う男。他の歓びが自分の歓びになっている。理解され、認められれば感謝してそれに報いたいと思う単純な男。どんな意味が有るんだろうと思うことも有る。 2018年9月17日 琢
2018年09月17日
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歴史は日々の積み重ね残ってゆくものでこの世に起こる現象には改善に学ぶ必然が有り新たな道もその延長に有る今自分がどう在るか先をどうするかはすべてがカオスで現在の業が未来の現実になる人の心は因として体を使って行為する言葉、行い、態度に必然の応答が返って来るカオスを粗末に扱わないことだろう失敗の多くはいい加減な取り組みの末のことで、この世で為すことのすべては、真剣、慎重であるほど失敗の原因を見つけやすく成る。人との対応もいい加減であるほどまともな応答が返ってこず、どれが本当か分からなくなって、自分すら信じられなくなってしまう。人のすることは残ってゆくもので、過去の歴史を辿れば、あらゆる問題解決のヒントになるものが見つけられる。答えは歴史に有りと言ってもいいほど、選択のとき、決断の時、主義主張、日々の生き方のヒントになるもの、改善に学んだ必然が有って、新たな道もその延長に有ることが解かる。今自分がどう在るべきか、先をどうするかはすべて自分次第、すべてがカオスと言え、現在の業が未来の現実をつくり出してゆく。原因と結果の法則が有り、こころを因として人は体を使って行為していることから、必然の応答が返ってきたものが与えられた現実ということになる。迫り来る目前のカオスは、絶対に粗末に扱わないことだろう。 2018年9月16日 琢
2018年09月16日
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夢や希望が有ればその青写真を描きその実現に向けて飽くなき努力を重ねてゆく心の中の見えないものを具現化するには相応の準備の積み重ねが必須で良き縁の協力が必要になる無かったものを現実にするには実力だけでなく恩恵が必要で多様性、協調性、忍耐力と強い意志と勇気が必然の果報を生み出してゆく人生の歩みはある意味で自己満足の世界とも言える。納得できないことには後悔し、こだわったことが出来るように成ればうれしく思い、お金を積まれても嫌なものは嫌で、素直に成れずに意地を張ることも多い。いつも心の満足を求めて歩んでいるがほとんど思い通りにはならないのが現実だろう。夢や希望をもてば、その青写真を描き、実現に向けて飽くなき努力を積み重ねてゆく。心の中に描く見えないものを具現化するには、相応の準備の積み重ねが必須のことで、良き縁の協力が無ければ一人だけでできることは微々たるもので、満足できるものを現実にするには、実力だけでなく、恩恵が必要になる。そのためには多様性、協調性、忍耐力が求められ、その上には強い意志と勇気が無ければ具現化はできない。すべてが整えられたときに、必然の果報が生み出されてゆくことになる。未熟、未練を残さず、自分の甘さを克服する克己、失敗を先に生かす智慧が、自分を整えることになる。 2018年9月15日 琢
2018年09月15日
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苦を被害者的に見ればその原因を他に押し付けて自分のものと思わず自分を正そうとしないいつも責任逃れで孤立してゆくことになる自分はいつも正しく間違いをしていないと思うが常識に絶対正しいというものは無く観えていないものはたくさんある相手の立場に立てれば察することが出来るようになり必ずしも自分が正しいとは言えず他の苦を理解できるようになる人は苦と共に成長してゆく自分の常識が正しいと思えば、他のすることが理解できず、都合の悪いことが起きれば、その責任を他のせいにして自分を改めようとしなくなる。人は自尊心を傷つけられることを嫌がるもので、怒られること、説教されること、自分が不利になることを嫌うあまり、自己正当化で責任転嫁をしてしまう。正論を押し付けて、いつも優位でいたいと思う人ほど自分ができていないことで他を責め、いつも自分に都合よく改めさせようとする。自分はいつも正しく、間違いをしていないように思うが、常識に絶対的な正しさは無く、どの道を選ぼうが、どう生きようがすべて自分の選択の自由が有って、自業自得で、その責は自分に返ってくることになる。身の周りでの摩擦は自分に関係ないわけはなく、自分がその原因をつくっていると思っておくこと。他のせいにして自分を正さない人に進歩は無く、未熟のまま更に苦を重ねるようになってしまう。相手の立場に立ってみるようになれば、察することが出来るようになり、自分がされて嫌なことをしなくなってゆく。自分を客観的に見ることで、人としてやってはいけないことの分別が出来るようになってゆく。 2018年9月14日 琢
2018年09月14日
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思えば至らないことばかり何一つ極めたものは無くすべてを整えることもできなかった分相応に自分にできることをする努力を怠ることなく不完全でも身に付けておくこと言葉だけで釈明せず為すべきときに為すべきことをする諦めず、放棄せず継続こそ力なりと自分にしかできないことをする何かをするということ、遍行は、やろうとする気になること・作意、やる勇気をもつこと・挑戦、やってみればどんなものかが分かり、失敗でもその原因を正せば出来るようになる。別境では、その仕組みが解かって来れば、どういう種類のものかの分類ができて、その成り立ちの因縁果報が観えてくる。自分はいつも中途半端で、多くの障碍や試練を超えなければならなかった。すべての悟りは今生では無理だと、自分に自覚できたことをするしかない。同じことをしても自分にしかできない仕様が有り、個性の違いがある。分相応に自分にできることをやるしかない。うれしくなること、歓びと感じること、それはいつも自分の為でなく、自分が強く成れるときは人の為だったこと、克己は自分の甘さを滅すること。そこに至れば迷いが少なくなってくる。言葉だけで釈明、言い訳をすることなく、為すべきときに為すべきことをすること、そこに自分の居場所や生き甲斐が有ること、必要とされる自分に成ることだろう。諦めることなくる、投げ出すことなく、継続は力なりと、自分にしかできないことをすれば、悔いは残らない。 2018年9月13日 琢
2018年09月13日
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今生きているが明日生きている保証は誰にも無い明日良いことが有るか悪いことが有るかは自分の心次第今を明るく機嫌良く生きること良い現実を願うなら今の行いを良くすること因・心の転換をすればカオスから良い芽が出てくる批判せず、文句を言わず与えられた現実に感謝できれば報恩に生きられる悪因悪果、善因善果で悪因を転換すればその果報は好転する感謝、反省、敬意の心掛けは、言葉の発信や行為することに現れる。良い言葉、誉める言葉、感謝の言葉を善意で発信すれば、場の雰囲気が良くなって、与えられる現実も好転し始める。自分がうれしいと思うことは自分の歓びになっていて、誰かのために善意ですることは、その人の歓びでもあり、自分の歓びにもなっている。明日生きている保証は誰にも与えられていないが、今を明るく機嫌良く生きること、心一つで現実が変わってくる。悪因悪果、善因善果で悪因を断てば好転の現実に恵まれる。ご案内2018年高橋佳子講演会 演題「最高の人生のつくり方」グレートカオスの秘密「これが私の本当にしたいこと!」、「この人生で良かった!」心底そう実感できる最高の人生ーーー。そこに至るカギは、グレートカオス【人生の大転機】にある。 記場所11月4日 パシフィコ横浜国立大ホール11月11日 大阪南港ATCホール11月18日 名古屋国際会議場センチュリーホール時刻開演 13:00 終了 17:00会費 3000円 2018年9月12日 琢
2018年09月12日
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人の顔も顔も体も心も一つとして同じものは無く病は気からというが心は宇宙規模で気の置き所によって与えられる現実が違い心と身体の負担はそこに身を置かなければその苦の分別はできない生きるに必要なものは無駄なく与えられている自然の摂理に偶然は無く同じ仕組みが与えられているその心が行為するとき相応の現実が与えられる何でこんな目に遭わなければと何度も思う末には、神も仏も有るものかとさえ思ったことがある人も多い。自分のことばかり考えていれば他人のことが観えず、この忍土で生きようとすればすべての人が多くの障碍、試練を受けていることさえ分からなくなってしまう。人はそれを超えるたびに深化してゆくもので、願いが有れば試練を与えられることを知れば、超えるしかなく、逃げていれば進化が止まってしまう。人の顔や体や心は一つとして同じものは無く、心は宇宙規模でも、気の置き所によって与えられる現実が違う。その心と身体の負担は、そこに身を置かなければその苦の分別ができない。生きるに必要なものは無駄なく与えられているもので、自然の摂理に偶然は無く、与えられる現実には相応の仕組みがはたらいている。それぞれの心が行為するときには、相応の現実が与えられるもので、そこに感じる苦は同じものでなく、自分だけに与えられたものじゃないだろう。心は整えて調和するまで摩擦が消えることは無く、それぞれが描く夢や希望への青写真の具現には、それ相応の準備が必要になって来る。怠惰に栄光は無いだろう。 2018年9月11日 琢
2018年09月11日
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四苦八苦の体験は経験したものにしか分からず痛みを超えてみなければ自分の傾向が分からずすべての生い立ちの仕組みは交友の縁が無ければ解らない常識の違いを知れば何が絶対に正しいかは無くその仕組みは洞察して察することでしか理解できないどの人生が良いかどう生きるべきかはそれぞれの心の中に有り強要することはできない自分が体験したことは自分にしか分からないが、それを他に解らせようとはせず、押し付けもしないこと。かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻むこと。恩着せや押し付けを慎むこと、自分の経験したことだけが絶対ということは無く、四苦八苦は誰もが経験し、その試練から何かを学んでいることを知ることだろう。自分の傾向を知るには、外から見えている自分を知ることだろう。すべての生い立ちの仕組みは,交友の縁からでしか解らない。常識の違いを知ること、受け入れることが出来れば、この世に何が正しいかは無いことが解かる。どんな人生が良いか、どう生きるべきかは、それぞれの心の中に有って強要することはできない。他の在り方を参考に自分の在り方を自覚して、自分の道は自分の足で歩き、その責任は自分でしかとることが出来ない。責任転嫁で逃げた時に進化は止まり、後悔にさいなまされることになる。 2018年9月10日 琢
2018年09月10日
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一時代は過ぎ去ってゆく幼かった頃青年の頃壮年の頃あの頃には戻れない体力の有った頃何にでも挑戦できた頃楽しかったこと、苦しかったこと痛みや悲しみを超えて魂は成長してゆくのだろう暗中模索の中で迷い未だに不動になれず多くの割り切りや見切りから自分が何たるかの自覚でしか悟りは程遠い自分の至らなさは何をやっても抜けが多く、中途半端なことばかりで未熟という言葉がぴったりだろう。過去に何一つ成就したものが無く、失敗の連続だったが、核心を追求できず、いつも中途半端な原因しか見ていなかった自分を思う。少年期、青年期、壮年期を通して何を学んできたのかと思う。もうあの頃に戻ることはできず、忍土の本当の厳しさがまだ分かっていない自分、だから、神経症やうつ病、3度のがんにも、心臓の治療にも、暗くはならず、痛み苦しみを過ぎたところからすぐに明るさを取り戻すことが出来ていた。会社の倒産は父のときと自分のときがあったが、解っていない分絶望からの脱出が早かったために想念を暗くすることが無かった。忍土の自覚、愚かさの自覚、恩恵の自覚は有る程度はできたのかも知れないが、自分は阿呆で良かったと思う部分も有る。物欲を捨て、名誉欲を捨て、今は食欲が減ってきているが、気だけは若く、懲りない阿呆さ加減は減っていない。暗中模索の迷いは少なくなったが、不動には成れていない。多くの割りきりと見切りから、自分の何たるかが少し観えてきたように思う。 2018年9月9日 琢
2018年09月09日
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タイトロープのように人はギリギリの選択と共に人生を渡っているすべてが必然の現実を与えられ未知の途上に在る終止符までにどう生きるかその求道から得るものはすべて意識に記憶されてゆくこの世に絶対はなく分相応の果報が与えられる唯物、刹那に惑わされず利己に走らず自分の為すべき役を果たすこと悔いや執着を残さないように我が道をゆくことだろうもし神様のようにすべてが観えているとしたら、人は一歩も前に進めないだろう。この世の苦、痛みがいつどのように訪れるか分からないから、何にでも挑戦しその結果はすべてがカオスで、どんな結果が与えられるか分からないけどやってみることが出来る。多くの失敗でその原因を知ること、その修正浄化をすることから、できなかったことが出来るようになってゆく。上から見れば危険な道、瞬間をギリギリの選択をしながらみんな歩んでいるのだろう。誰もが未知の途上に在って、必然の死までどう生きるか,うれしいと思うこと、歓びを生き甲斐として、誰かの役に立って歓んでもらえる自分に成りたいと思っている。その求道から得るものは、すべて魂の意識の奥に記憶されてゆく。この世に絶対的な正しさは無く、どの道をゆくのも自由で、人は悔いの無い道を失敗に学びながら智慧を身に付けてゆく。それぞれには分相応の果報が与えられ、唯物、刹那に惑わされることなく、利己に走ることなく、自分を整えて調和された道をゆこうとしている。自分の為すべき役を果たすこと、悔いや執着を残さないように、手探りの我が道をゆくしかないだろう。 2018年9月8日 琢
2018年09月08日
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人生はある意味で日々が命がけ電車、バス、信号が1つ遅れただけで違う景色が待っている見切り、割り切りが無ければ自分でいられないああすれば良かった、こうしておけば良かったととらわれに支配されてしまうが悔いても時は戻ってこない前を向いて歩くしかなく自己の調整は振り返ること、回顧反省だが感謝を忘れず反省と共に改めることだろう毎日の出勤、登校や約束の場に向かうときなど、いつもすれ違う人がいたり、挨拶する人や目に入って来る同じ景色も、電車、バス、信号が1つ遅れただけでその日の運命が変わってしまう。通る道を変えただけでも違う運命が待っている。厳密に考えれば日々は命懸けだともいえる。日航機墜落事件も、キャンセルした人が助かり、キャンセル待ちの人が不運な事故に出遭ったり、自分でよく見切り、割り切っていなければ、諦めのつかないことばかりになってしまう。ああすれば良かった、こうしておけば良かったととらわれれば1歩も前に進めなくなってしまう。悔いても時や現実、過去に成ったものは戻ってこない。何かの目的に向かって前に進むしかないだろう。仏教には四諦【苦、集、滅、道】が有るが、滅することは消化、消去することで、ただ消せばいいものでなく、自分が進もうとする方向や願いに適切な消し方が有り、苦になっていること、ストレスを感じていることは紙に書き出して日付け入りで消してゆく、自分なりの消去法が有る。とらわれは割り切り、見切りを付けなければ、転依・てんね《気分転換、チャンネルを変える、全く別のことをすること》もできなくなってしまう。自己回帰、回顧反省は振り返ること、失敗の何故かの原因を見つけて修正浄化すること,恩恵には感謝すること、敬意を示すこと、反省と共に改めることだろう。 2018年9月7日 琢
2018年09月07日
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光に向かうか闇に浸るか努力を選ぶか怠惰を選ぶか自分を正すか、他のせいにするか選択の自由は自分に有るそのすべての責任は自分に有る怒り、恨み、憎しみに生きるか明るく共生するか夢や希望・光・に向かうか自分を正し弱い甘えに克己する怠惰に栄光なし、闇の中恩恵に感謝して敬意と共に報恩に向かう自分の人生は自分の足で歩むどの道をゆこうがいつも選択のときに迷い、葛藤するが、どれを選ぶかは自分が決めることで、どれが絶対に正しいというものは無い。想念が悪ければ表情は暗く、想念が良ければ表情は明るい。一瞬暗くするのは失敗、後悔だが、その原因を正してゆけば明るくなってゆく。失敗に学ぶことが多く、自分の未熟を埋めるのはその原因の修正浄化しかない。本当の悔いは失敗を恐れて挑戦しないことだろう。光に向かうか、闇に向かうか、努力を選ぶか怠惰を選ぶか、自分を正すか責任転嫁をするか、その選択の自由は自分に有って、与えられる現実のすべてが自業自得で、その責任は自分に返って来る。怒り、恨み、憎しみに生きるか、明るく共生するか、夢や希望が前を向かせ、怠惰に栄光なしを自覚して克己と共に挑戦し、障碍や試練を超えてゆけば悔いは残らない。恩恵に感謝し、敬意と共に報恩に向かうこと。青写真の具現に必要なのはあらゆる準備の積み重ね、継続しかないだろう。自分の人生は自分の足で歩むもので、悔いを残さずに、いつも明るく機嫌良く生きることだろう。 2018年9月6日 琢
2018年09月06日
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時は止められず戻すこともできない与えられた現実は受け入れるしかなく元に戻せない描いた理想に向けてどの道をゆくかは自分の自由で青写真を描くのも自由その具現を求めるのも自由すべてはその過程の努力に有って終止符は天にまかせるしかない行けるところまで行く一貫揺るぎない信念が新たな道を拓かせる突き進むしかないだろうあれやこれや考えてみても思い通りにならないのが現実で、失敗を重ねて恥を忍ぶ日々を重ねるのがこの世に生きている証拠とも言える。修正浄化は失敗の原因を正すもので、これをしなければ進化は止まってしまう。時は止められず、戻すこともできない。何もしなければ何も得られず、何かをすればその与えられた現実を受け入れるしかない。元に戻せず、描いた理想に向けて進むしかない。どの道を選ぼうが自分の自由。青写真を描くのも自由。その具現を求めるのも自由。すべてはその途上での努力に有って、終止符は天にまかせるしかない。行けるところまで行く一貫。揺るぎない信念が、本心からの使命の自覚をさせ、気付きと共に新たな道を拓かせる。その根拠は心の奥に有る魂で、智慧もつ意志のエネルギーと言われ、意識の中に潜在する願いに向かわせる。ただただ突き進むしかないだろう。 2018年9月5日 琢
2018年09月05日
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どんな残酷な告知でも受け止めて心を整えること他のせいにすることなく托身して専門家を信じその早期の処置を受けること救いの恩恵は与えられるもので敬意と感謝を忘れないこと面倒なことも必然でチャージして時を待つ休養も必要で明るく前を向いて理想の現実に向かう回帰して道を歪めず一貫した道をゆく心の奥で最も恐れていたことが現実になるとき、我を忘れて乱れてしまうが、そこをぐっとこらえることも、経験を積むほど出来るようになる。すべてに準備が必要で、途上には必然的に与えられる苦の現実が有るが、動揺するたびに道を歪めてしまう。目的意識を捨てないこと。どんな残酷な告知を受けても、受け止めて心を整えること。すべて自業自得と心得て、他のせいにすることなく過去の因を改めること。托身して専門家を信じ、その早期の処置を受けること。救いの恩恵は与えられているもので、敬意と感謝を忘れないことだろう。面倒なことに出遭うのも必然で、チャージして待つことも必要な時が有る。休養も必要で、明るく前を向いて理想の実現に向かう。心に描いた青写真の具現には、多くの障碍や試練が必然のもので、それを具現への呼びかけととらえて、超えること、修正浄化することも準備の一つだろう。自己回帰して道を歪めず、一貫した道をゆくことだろう。 2018年9月4日 琢
2018年09月04日
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時と共に自然は変化し人も変化してゆく昨日の自分は今日の自分でなく心も体も変化してゆく絶対的に正しいことも永遠も同じ状態ではないこの世はカオスで明日同じ状態に無く天候、気温、状況に合わせて人は生きている過去に戻れず前をゆくしかない時々思うことだが、子供の頃に返ってみたい、あの楽しかったころに戻れるものなら戻ってやり直したいと思うことが有る。1年が長かったのはいろんなことのすべてが勉強で、収穫がたくさん有って充実した日々を送っていたような気がして、懐かしさと共にもっと違う歩みがしたかったと思うのは、今の自分に満足できていないからかも知れない。すべてが時と共に変化してゆくのがこの現象界で、自然に合わせて人も変化してゆく。昨日の自分と今日の自分は微妙に違っているもので、自分の心も体も変化していて、若さを取り戻したいという気がしてくる人も多い。絶対的に正しいことも、永遠も同じ状態に無く、あの世は不変でもこの世は可変で、創造は破壊のはじめなりというほど、時と共に新しいものにすべてが変わってゆく。だから霊魂・魂は何かの願いと共に転生しているのだろう。この世はカオスで、明日同じ状態のものは一つも無い。過去に戻ることはできず、過去に学ぶことで、それを未来に生かすことが出来る。日々変化と共に生きてゆくとき、この命をどう使うかで、前を向いて生きてゆくしかないだろう。 2018年9月3日 琢
2018年09月03日
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試練は与えられるものその原因は過去に有って偶然でなく必然のもの超えるには過去の因を正すこと自己検証せずに放置すればもっと大きな試練が来る傷は小さな内に治しておくこと何もお考えずに先の果報だけを求めれば必ず挫折が来る自分の甘さに負けて他に頼るばかりでは何も得られず主導権は他の手中に有る自分の歩むべき道に気が付くことだろうもらうことばかり考えずに自分でできるようになること。それには何でもやってみること。やってみればどんなものかが分かって、その仕組みを知ることから、どれにも当てはまる共通点に気が付くことになる。自然に学ぶことが多く、その摂理を知ることから一定の法則が有ることを知り、すべて当てはまる公式を発見したものが科学というものだろう。魂に潜在する意識にはそういう転生の記憶が入っているが、生まれたときはそのすべてが忘却、喪失、無知の状態で、初めから失敗を重ねながらその真理を学ぶことになっている。魂には以前からの願いが有るが、今生でそれを発見し、気が付いて何を為すべきかを模索しながら自分の使命の自覚に至ろうとするのが人生だろう。始めからできるものは無く、失敗と共に自己の改善をし、願いの成就に向かえば必ず与えられるのが試練だろう。そういう意味では試練は何かを気付かせる呼びかけだという。超えるたびに道が鮮明になってゆき、未熟の解消から本心からの歓びを知り、そこに自分にしかできない役を果たせるようになってゆく。放置、先送り、怠惰に栄光なしで、修正浄化なしに成就するものは無いだろう。 2018年9月2日 琢
2018年09月02日
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百億人いれば百億通りの顔と身体が有る心の中は無限で時空を超えているその言葉と行為は心を体で表したもので自分の常識をはるかに超えた宇宙規模のものそのすべてを悟ることは不可能で一転生一条件下での限り有る自覚しかないそのすべてがカオスで与えられた現実を観て学ぶしかないその智慧は経験でしか得られないどんな知識も博識と言えても身に付いたものでなく、ただ知っているだけで応用が利かないものばかりだろう。忘却、喪失、無知で始める人生では、学ぶことからだが、遍行で得たものでしか本当の理解に達することが出来ない。何でもやってみること、知ったことは実践体験してみなければ、その仕組みを理解できず、身に付いたものだけが応用で使うことが出来る。その智慧が先を拓き身を救うことにもなってゆく。人それぞれ生い立ち育ちや常識や願いが違うもので、その想いは宇宙規模のものでも、自分だけの思い通りになることはない。心の中は無限で、いつも動いていてその言葉や行為は心を体で表したもので、空想は自分の常識をはるかに超えたものでも、そのすべてを悟ることは不可能だろう。自覚できることは一転生一条件下でのものだけで、限り有る自覚しかできないだろう。人の心は動いているもので常に同じ状態とは限らず、自分の印象でのレッテルを貼っても、カオスの状態だろう。自分としては失敗から学び、与えられた現実を観て整えて調和させてゆくしかないだろう。そういう智慧は経験でしか得られない。 2018年9月1日 琢
2018年09月01日
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