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ランダム読書日記 「絵で見る幕末日本」 エメェ・アンベール (Aime Humbert) 茂森唯士訳 講談社学術文庫 352頁 ¥1100 2004.9.10 初版第1刷 発行 [目次] 序- 国家と民衆の真実を明らかにするために 著者エメェ・アンベール氏と日本 第1章 渡航、長崎と下関 第2章 瀬戸内海 第3章 江戸湾 第4章 日本のヨーロッパ人居留地 第5章 われらの隣人 第6章 国と国民 第7章 日本人の家庭生活 第8章 ミカドの邸宅 第9章 京都の芸術と流行 第10章 金沢への遠足 第11章 タイクンの居館 第12章 鎌倉の神社仏閣 第13章 東海道 第14章 ヨーロッパの使節代表 第15章 高輪と愛宕下 第16章 城の周辺 第17章 江戸の商人地区 第18章 江戸の橋 第19章 本所 第20章 芸術品と工業製品 第21章 江戸庶民の娯楽 第22章 祭りと祭日 第23章 浅草と吉原 訳者のことば 原書目次一覧 [内容] 著者(1819-1900)は幕末に来日し日本国とスイス政府の間に最初 の修好通商条約を開いた第一の功労者です。 スイス時計組合の会長であり、プロイセン国王から独立しのちに スイスに統一されたヌーシャテル臨時政府の創立者の一人でも あるという気骨のある経歴の持ち主でもあります。 幕府との交渉がながびく間に、日本の各地をまわって 見聞きしたことをまとめたのが本書です。 原書はフランス語で書かれました。 1940年にモスクワの日本大使館に大使秘書として務めていた訳者 が劇場に行く前の時間に訪ねた古本屋の書籍の山の下から偶然 掘り出したのがその1870年サンクトペテルブルクで発行された ロシア語訳の本でした。 これは440頁全62章にもわたる大著でした。 [感想] この本には幕末の江戸の家庭生活、街頭の見世物、剣術道場、 芝居、お祭り、浅草の観音様、寺院、処刑場、吉原、魚屋、床屋、 履物屋、本屋などなど、スイス人の目から見たじつにさまざまなことが、 興味深く記述されています。 とくにこの本の価値を高めているのは、沢山の手書きの詳しく 正確に描かれた庶民の風俗の絵です。百聞は一見にしかず、で これらの絵は本文をさらに助けて江戸の具体的な姿を示してくれて います。 [頁のかけら] ○ 男子と女子の身長の差は、ヨーロッパにおけるよりも、日本 において、比較にならぬほどその差が大きい。(男子の)平均身長 は5フィート1ないし2インチ(155cm)なのに、女は4フィート1ないし 3インチ(127cm)である。 ()内は往道の補足。 ○日本人は馬に蹄鉄を打たず、藁ぐつを履かせるが、しかし、 この藁ぐつは、一日ともたないので、棄てて、新しいのと替えねば ならない。 ○世界のあらゆる大都市のうちで、江戸は、その位置と気候と 豊富な植物と流水のたくさんある点で、一番自然に恵まれている。 ○江戸で最も美しい眺めは、日本橋を最高とする弓型の橋である。 (ビルや高速道路を造るために、これらはすべて破壊されてしまった) **************************************************** ランダム読書日記 by 行道はるか YUKUMICHI Haruka (2008.6.24 No.85)
2008.06.24
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ランダム読書日記 「そば通の本」 「サライ」編集部編小学館文庫 249頁 ¥457 1998.9.1 初版第1刷 発行 [目次] 蕎麦通復刻版 (やぶ忠 村瀬忠太郎)第1章 蕎麦の概況第2章 蕎麦と風土第3章 蕎麦の製法第4章 名高い蕎麦屋第5章 蕎麦屋の習わし第6章 蕎麦と健康第7章 文学の登場する蕎麦第8章 蕎麦に関する雑話第9章 補遺蕎麦口験学 森村誠一日本各地のそばを訪ねて 大槻茂 (読売新聞社勤務)解説 鵜飼良平 (上野藪蕎麦店主)[内容]手打ちそばが危機に瀕していた昭和5年に、手打ち蕎麦の伝統を守ろうと、蕎麦打ち名人と言われた当時72歳の浅草やぶ店店主村瀬忠太郎氏が語り下ろしたのが「蕎麦通」(四六書院)です。「蕎麦通復刻版」は、それを小学館の雑誌「サライ」の編集部が復刻したものです。目次が示すように、そばについての万般が語り尽くされていて文庫本ながら貴重な一冊になっています。推理小説家として著名な森村誠一氏の「蕎麦口験学」、大槻氏の「日本各地のそばを訪ねて」、上野藪蕎麦店主鵜飼良平氏の解説も、おつな味に仕上がっています。[感想]この本を読むと、そばを見る目が変わります。この本を読むと、そばを食べに行きたくなります。[頁のかけら] ○ 蕎麦は年中霧が巻いていて到底穀類など尋常に実るべくもない深山の畑地に、その霧の中でわずかに白く開花するともう秋冷の気に打たれて辛くも実を結ぶ。こうしてようやくにして得られた実にあたじけない蕎麦の実が、山中の香気を捨てざる蕎麦らしき蕎麦となるのである。山中の蕎麦といえども、豊年どしの蕎麦は掬すべき香気を欠く。○「オヤマカチャンリン、そばやの風鈴、もりかけ八厘」 ○夜鷹蕎麦は元来御鷹蕎麦の転訛であって、徳川時代には夜中に火気を用いる行商は、火災を恐れて、一切禁止されていた。ところが将軍御用の鷹匠は、鷹を拳にして、夜行しなければならないので、この苦寒を察して、鷹匠のために特に蕎麦の夜商人(よあきんど)だけを許したから、御鷹蕎麦といったのだと言われている。○ 三日月の地は朧なり蕎麦の花 芭蕉 ○蕎麦は孤独な食物である。蕎麦は一人で食するに適する食物である。蕎麦屋は接待や宴会には向いていない。 森村誠一○たとえば、蕎麦が出てきたら、まず全体の蕎麦の状況を見て、一番先に汁をなめてみる。で、汁を味わってもらって、その汁が行き届いているかどうかという感じをつかんでいただく。それで、今度は蕎麦を最初はちょっとつまんで、蕎麦だけを味わっていただく。そうすると喉(のど)越しで、蕎麦の香りがツーと出てくるんですよ。それを別々に味わう。で、その次に、はじめて蕎麦を汁にちょっとつけて食べてみる。薬味は汁の味を消さぬよう、汁の中にわさびを溶いたりはしない。ネギも本当は汁には入れない物なんです。 鵜飼良平 **************************************************** ランダム読書日記 by 行道はるか YUKUMICHI Haruka (2008.6.17 No.84)
2008.06.17
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ランダム読書日記 「軟弱者の戦争論」 由紀草一 (ゆうき そういち)PHP新書 229頁 ¥720 2006.9.1 初版第1刷 発行 [目次] 第1章 戦争は絶対悪なのか第2章 一九九〇年代前半に見えてきたこと第3章 それでも戦争に反対する人びとの言い分第4章 憲法を支える/憲法によって支えられる心理第5章 正義をめぐる螺旋階段をもうひとめぐりおわりに副題 「憲法九条をとことん考えなおしてみました」[内容]「日本国憲法は戦争を禁じているから善い」⇔「善い憲法が禁じているのだから日本は戦争ができない」戦後の日本人が陥っているこの循環論法に、あなたはなんの違和感も覚えませんか?憲法九条をめぐる長年の論争は、否定を許さない「平和主義」の理想にからめとられ、大切なことに目をつぶっている。風雲急を告げる国際情勢下で、日本が歩むべき真の平和を模索したい。戦場なんか行きたくないはずの「軟弱者」が、戦争に巻き込まれないために考えるべきこととは。いまこそ私たちにとっての憲法を問い直す。と、表紙裏にあります。著者は茨城県の公立の定時制高校教諭を務めながら発言する論客です。この本が述べていることをメモ風に自分なりにまとめてみました。(少し私見もまじえて)これまでさまざまな平和主義が唱えられている。(1)「原理的平和主義」ジュネーヴ条約の59条「無防備地区」「戦争のとき、「この地区には軍隊も軍事施設もなく、占領されてもいっさい抵抗はしない」と宣言された場所を攻撃してはならない」井上ひさしの「オープン・ネーション」論。---しかし、無防備都市論では、日本は他国に占領されたままとなる。 また、そもそも平時にそんな宣言をしても無効。(2)「非武装抵抗」論侵略には抵抗する。ただし、国家に頼らず、非武装で。井上達夫「武力侵略という暴力に対して自衛戦争という暴力で対抗するのは、侵略者と同じ不正を犯すものだとして、非暴力的手段による抵抗を呼びかける。例えば、侵略者の銃弾に倒れながらも不服従を示すデモ行進、サボタージュ、ゼネストなどを続けるころである。「殺されても、殺し返さず抵抗する」ことを要請する絶対平和主義は、マハトマ・ガンジーやキング牧師の非暴力抵抗の思想に連なる」(3)しかし自分はそれでよいとしても「家族や同胞が殺され陵辱されても黙ってみているのか」論三好十郎「日本および日本人」「もしどこかの国の軍隊が侵略の意図でもって日本の国土をふみにじり、日本人を虐殺しはじめ、そしてその事実が疑いようのない形でわれわれに確認され、私の怒りが完全に私をもえあがらせたばあいは、もしかすると、私はナイフを取ってでも眼前の敵を刺し殺すかもわからないし、またもしかすると、私とおなじ考えをもった人たちとともに、パリチザン部隊をつくって、敵と戦うにいたるかもわからない」(4)トルストイの「イワンのばか」にある「侵略されても相手にしない」論 結局これでは、侵略者に思うように支配され搾取されるだけに終わる。(6)社会党の非武装中立論。冷戦期に日本の軍備拡大を抑制する効果はあったかもしれないが、それ以上ではなかった。(7)落合恵子の反戦平和思想。「戦争好きや戦争でトクをすることを考える人たち」と「(平和を愛する)私たち」とを截然を二分する考え。戦争は単なる厄災であり、絶対悪であって、それ以上のことを考えるのは事実上拒否する。--この考えでは、ブッシュがフセインにやったように、前者を消せばよいという考えにすぐ結びつく。(8)「贖罪論」 日本がかつて遂行した戦争は、非常に悲惨だったし、悪でもあったから、日本は二度と戦争を起こしてはならない、という思想。「日本人はちゃんと反省しろ」派と、「もう十分にしたよ。どれくらい反省したらいいんだ」派。(9)「侵略があっても米国が守ってくれるから大丈夫」論(私見--果たして最後まで守ってくれるでしょうか?自国に危険が及べば、自国の利益になるとなれば、それまでの軍事同盟や不可侵条約などはすぐに反故になることは第二次世界大戦でイヤというほど肝に銘じたのではないのでしょうか?)(10)「日本を侵略する国などない」論(私見--果たしてそうでしょうか?日本を核ミサイルの標的としている国が少なくとも2つは現にあるのを知らないのでしょうか?)[著者の提案]○ 戦後の日本人は、平和のために、戦争をこそ学ばねばならなかった。○ 「戦争は絶対ダメ」に固執すると、逆に戦争でなければなんでもいい、ということになりがち。○ 人類は当分、戦争のない世界を実現できそうにない。それなら悲惨を減らすためには、せめて戦争にともなう悪を、できるだけ少なくするような方途を考えるべき。戦争なら何をしてもいいのだという野蛮な思想をできるだけ減らす、戦争のルールづくりが必要。「感想」空想的平和主義では、結局戦争を防ぐことはできないので、平和なうちに戦争について逃げずに考えるべきと思います。戦争が始まってからでは遅いのです。以下は私の「空想的平和論」です。要するに「侵略が侵略者にとり利益になるような事が絶対ないようにすべき」という提案です。(1)いかなる国も他国ないし他国領土を侵略・奪取できないような 緻密な国際ルールを平時に作成しておく。(2)侵略があった場合は、国連ないし世界の国々が直ちに必ず侵略者を告発する。告発しなかった国は歴史的に非難されること。(3)他国を侵略したり他国の領土を奪取している国に対しては、 世界の国々が、その間あらゆる協力をせず、また経済制裁を科す。(4)自国の利益のために、定められた国際ルールを破る国は、 侵略国と同罪とみなす。[頁のかけら] ○ 「平和主義者。彼らが暴力を「放棄」できるのは、他の人間が 彼らに代わって暴力を行使してくれるからだ」 ジョージ・オーウェル ○「ヨーロッパがカント流の永遠平和を実現できるのは、アメリカが 万人に対する万人の戦いというホッブズ流の世界の掟に従って 軍事力を行使し、安全を保障しているときだけである」 ロバート・ケーガン**************************************************** ランダム読書日記 by 行道はるか YUKUMICHI Haruka (2008.6.6 No.83)
2008.06.06
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