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第 四百七 回 目 「 子供は 社会の宝 なのか? 」 ―― 架空の本音 闘論会 実況中継 人物:歴史研究家 哲学者 宗教家 詩人 ババ(一般普通人代表) 場所:裏口大学ドクターコース研究室 司会者「それでは非公開で実施される、意欲的にして真に人間社会に貢献する事を目指す第一回目の闘論会議を開始したいと思います。私は司会の歴史学専攻のレキシです。それでは着席順に自己紹介を兼ねてテーマに対する御自身の本音のエッセンスを、簡単に御発言頂きたいと思います」 哲学者「テツガクです。こういう問題は何とでも言えるのですが、敢えて今日は断じて宝などではない、という立場で見解を述べましょう」 司会者「ほーう、早速に意欲的な立場の表明がありました。つまり子供は社会の宝ではない、と言うご意見の様ですね」 哲学者「左様です。えてして先生などと世間から持ち上げられている人種に限って、世間に迎合する、つまり口当たりの良い嘘ばかりついている。そこで私はズバリ本音を御披露したい」 宗教家「シュウキョウです。宝でもあるし、宝でもない。私はそういう立場から意見を述べたいと考えます」 司会者「成程。興味深いご意見が拝聴出来そうです」 詩人「シジンですが、この世で子供ほど大切な宝物は二つとない。これは私の信念です」 司会者「有難うございます。最後に一般の方を代表して、柴田えつこ様にオブザーバーとしてご参加頂きました。専門家ではない世俗社会を代表して、忌憚のない率直なご意見をお願い致します」 ババ「柴田です。吾は匿名にする必要を感じませんでしたので、実名を名乗りました。吾の立場は在り来たりですが、子供は世の中の宝であって欲しいと希望しています」 司会者「一通り本日の参加者の御紹介を終えましたので、即座にテーマの核心に入りたいと考えます」 哲学者「昨今の社会で頻発している現象を見れば直ぐに分かるのですが、子供は大人の邪魔、いや、必要悪とでも言うべき嫌な存在でしかない。子育てには金がかかり、教育にも莫大な費用が要るし、まともに育つのはそのうちのほんの一部でしかない。いや、大部分が腐った果実に等しく娑婆塞ぎとは、まさにこの事を言うのでしょう」 詩人「暴論ですよ。みんな大人が悪いから、純真で無垢な子供達が罪もないのに毒されている」 宗教家「お二方とも極論に走り過ぎです。社会を維持していく為には生殖行為が必要であり、子供はその過程で大切にされなければならない。宝と考えれば宝だし、邪魔だと見做せば邪魔とも変ずる。大人の側の心掛け次第なのですから」 司会者「昔から貧乏人の子沢山と言う事があったのですが、今日では少子化が問題視されている。皮肉なもので、多くても又少なくても問題が出て来る」 ババ「難しい話が多くて吾には訳が解らないのですが、子供は文句なく可愛いでしょうに」 哲学者「そう言う感情論を持ち出されると、理論は進まなくなってしまう」 詩人「しかし、人間は感情を持った動物ですからな。感情を抜きにしたら人生は無味乾燥なだけの砂漠のような世界になってしまう」 宗教家「私達人間にとって子供とは一体どのような存在なのか。結局は絶対者と人間との関係に帰着せざるを得ない命題です」 哲学者「つまり、人間存在とはそもそもどの様なものなのか。究極の疑問に直結する」 ババ「それで、その難しい問題の答えはどうなるのですか。そして、子供は宝なのか、そうでないのか、吾はそれが知りたい」 司会者「いよいよ議論は白熱して参りました。一寸早いのですが少し準備の都合もありますので、十五分程の休憩を取らせて下さい」 数分後。劇中劇 ― ロールプレイの 「1」 新宿の夜の公園 一人の若い女性が暗い街灯の下でベンチに腰を掛けている。誰か人を待っている様子。酔っ払いなどの男達が何か興味を惹かれながらも、通り過ぎていく。 ナレーション「この十代の娘は所謂 神待ち と言って自分に興味を持って声を掛けて来る男を只管に待っているのだ…」 ロールプレイの 「2」 学校近くの路上、近くには「子供は地域の宝」との看板がある。 小学生の男の子数人が一人の同級生らしい男子をいびっている。 男の子1「こいつ汚い、身体中がばい菌だらけだ」 男の子2「ほんとだ、ばい菌の嫌なにおいがしている」 苛めに遭っている小学生は「僕は汚くなんかないよ」と抵抗するが、グループの男の子たちは面白がって尚もはやし立てる。 男の子3「こいつお風呂入ってないぞ」 男の子4「臭い臭い、鼻がもぎれそうに嫌なにおいだ」 小学生は「ぼく、毎日お風呂に入っているもん」と抵抗するが多勢に無勢で、その場にしゃがみ込んでしまう。 ナレーション「これもごく普通に行われている虐めの典型例である」 元の研究室で指定の席に座っている闘論会の参加者たち。 司会者「無作意にサンプル例をお示ししましたが、これらを参考材料に加えて頂いた上で、闘論を続けたいと考えます」 宗教家「子供達は社会にとって宝であるか否かという問題以前の由々しき、深刻極まりない事態ですナ」 哲学者「同感です。むしろ大人の生き方の反映として捉えるべき現象ですね。無論、子供は社会の宝などではなく、社会の重い荷物と化している」 詩人「前の例と後の例とでは問題の所在が違っている。神待ちとは、家庭の中に居場所を失った子供の実に哀れ極まる人間性の喪失であり、又、虐めは大人社会に遍在する弱者に対する陰湿で卑劣な力の行使が、低年齢化したものと理解出来ますよ」 司会者「ペッキングオーダーと言うのがあります。鶏小屋でボスの雄鶏が隣の鳥をくちばしで突(つつ)く、順次強い鳥から弱い鳥へとつつきがあって、最後の若鳥が首をうなだれて終わる。鶏小屋内部での序列の確認行動です。人間も動物ですから、こう言った本能が存在している。それが弱者への攻撃として捌け口を求めると見るのが、正しい理解と言えるでしょう」 詩人「ノーベル平和賞を受賞したマザーテレサが、愛の反対は憎しみではない。無関心なのだと明言を吐いているが、誰からも相手にされないよりは、男の玩具になる方が孤独地獄に堕ちた娘には、有難いとでも主張しているのでしょうか」 ババ「(独白)まさか、そんなことを若い娘が考えているわけではないでしょうよ。ただただ寂しくって、哀しくって…」 司会者「歴史的に考えると、貧乏の為に子供を売りとばす親が居た。人身売買ですな。客観的に見れば子供への虐待、乃至は命に対する止むを得ざる軽視、と言った現象が言わば常態化していた」 詩人「親自身が極貧状態で食えなかったから、文字通りにわが身を削るような辛さに堪えながら、子供を手放した。しかしそれは、逆に言えば子供が宝であったことを、裏切り示してもいる」 宗教家「間引きや堕胎、つまり幼児殺しの一種と言えますが、これを子供の生命を軽視していたと解釈するのは、問題がある。つまり経済上の都合、懐具合の問題に還元されてしまう」 哲学者「強者が弱者を食い物にする。これは謂わば神の計らい、天の摂理です。生物界を幅広く支配している鉄則のようなもの。子供の命が大切な宝であるか否かという命題は、生ぬるい、中途半端な問題意識のなせる業であり、私に言わせればナンセンスであります」 ババ「ナンセンスってか、ということはバカらしいと言う事ですか」 哲学者「左様。ですから私としては強いて言えば断じて宝などではないと、そう申し上げているわけです」 ババ「なんてまあ、学者などと言うお方は人情味のない、冷たいお人であること」 詩人「学者は真理を冷静に探究するのが使命でありましょうが、私は美を追求する芸術家の一人として、白銀も 黄金も珠も 何せんに 勝れる宝 子に如かめやも と子供は親にとって絶対的に大切な至宝だと、こう強く主張致したい」 ババ「あなた様のお言葉は素晴らしいのですが、実際に生きている子供達は、大切にされていない。宝物としての当然の扱いを大人や社会から受けていない。それが問題なのではありませんか」 司会者「柴田さんの仰ることは分かりますが、問題を解決するには先ず、科学的で合理的な分析が無くてはなりません。それで我々としてはその現状に対する理解・把握、そして認識を深め、対策や対処法を研究するべく…」 ババ「研究とか議論はもう沢山です。現に大勢の子供達が苦しみ、悩んでいる」 哲学者「ですから、司会者も言われたように問題解決の為には、問題の所在を確かめ観察や思考による叡智の結集によって、その…」 ババ「呑気に暮らしていける暇人はそんな能天気な事ばかり言って、時間を潰していればよいでしょうが、今現に生きて困っている、悲鳴を上げている子供達は、一体どうしたらよいのでしょうかね、ええ」 宗教家「救いは既に神という絶対者によって与えられている。後は我々人間が如何にしてその有難い救いを具体化するか、その手段や手法に掛かっている。限界有る者が狭い枠の中でどの様に行動するのか、或いは行動しないのか。その意味からは選択の問題と言ってもよい」 詩人「まさに行動の問題なのです。我々大人として直ぐに出来る事と言えば、子供に正対する、可能な限りで寄り添う、その事に尽きるでしょうか」 司会者「現実の冷厳な事実に対処する謂わば特効薬のような処方箋はなかなか出てはこない。しかし、何時いかなる場合でも絶望してはいけない。明るい希望を胸に未来に向かっていくべきなのでありましょう。本日は御参加有難う御座いました」 期間経過。キャンパスを抜けて、細い商店街の中の道を行くババとジジの姿がある。 ババ「吾、自分が貧乏で、年寄りであることがしみじみ有難い事だと、今日は思ったよ」 ジジ「ほーう、それは又何でなんだい」 ババ「今の子供や、これからの子供達は本当に大変だと思うから」 ジジ「それと、貧乏で年寄りが有難い事とは、どんな関係があるわけ」 ババ「吾、頭が悪いから上手い事言葉で喋れないけれど、ただそう感じた訣」 ジジ「ふーん、俺もそう言われてみたら、貧乏で年寄りだってことが、妙に有難い事に思えてきたよ」 ババ「あんたは何時でも賢いね、感心するよ」 ジジ「そのセリフ、あんたから言われたのでなかったら、素直には聞けないけれど…」 ババ「だから、だから、頭がいいって言うのよ」 ジジ「お褒めに預かって俺、本当に嬉しい」 二人は固く手を握り合って街中を歩いて行く。 《 完 》
2019年02月24日
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第 四百六 回 目 「 縄文杉 の在る 嶋にて 」 時代:現代 場所:屋久島の中 人物:青年 老人 少女 ババ その他 ババが一人で森の中を歩いている。辺りは静寂に包まれている。突如、頭の上で朗らかな笑い声がした。ババは不思議そうにそれを聞いた。しばらく進むと海岸に出た。すると一人の青年が懐かしい人でも出迎える様に、ババを待っている。 ババ「あんたさんとは、確か初対面の筈だが…」 青年「初対面と思われるのは当然かも知れません」 ババ「と、いう事は以前にお逢いしている?」 青年「ええ、まあ、そうなのですが僕は一目で、貴女が好きになりました」 ババ「これはどうも…(傍白)こんな素敵な青年に好きだなんて言われると、吾、もうどうしたらいいか分からなくなってしまう。あのォー、吾はこの島に初めて来たのですが、あんたさんはどうなんですか?」 青年「僕ですか、僕はこの島の生まれです」 ババ「ありゃまあ、土地っ子さんですか。それは好都合でした。吾は三日前から此処に来て、一通りガイドブックに載っている名所には行ってみたのですが、こう言っては何なのですが、何かこう物足りない気がしているのです」 青年「そうでしょうね。ですから僕が貴女のお相手をしようと」 ババ「ありゃまあ、又また驚いた」 青年「あっ、彼女がやって来てくれました。柴田様、こちらが僕のガールフレンドのミドリ君です」 実に感じのよい少女が、忽然として青年の隣に立っていた。 ババ「あんたさん、吾の名前まで御存知だったのですね。あっ、御挨拶が遅れてしまった。青森から来た柴田と言う婆です。どうぞ宜しく」 と、そこへ「助けて下さい」と言いながら若い女性が走って来た。「どうしました」と言って後ろ手に女性を庇う形になるババ。 若い男「済みません、何でもないのです。さあ明美、こっちへおいで」と無理矢理に女性を連れて行こうとする男。 ババ「あの、一寸あんたさん、この方は怯えてこんなに震えているではありませんか」 男「なあに、何でもないのです」と尚も強引に女性の手を引張って連れて行こうとする男。 ババ「この人、こんなに怯えているのだから」と言って相手を遮ろうとする。 男「邪魔をしないでくれ。他人のあんたには関係のない事なのだから」と乱暴にババの手を払い除ける。女は地面にしゃがみこみババの脚にしがみついた。 ババ「事情はよく分からないけれど、とにかく力ずくで事を運ぼうとするのはやめて」とババは決然として男を睨んだ。タジタジとなる男。すると、そこに小さな男の子が走って来てババにすがりついた。 男の子「怖いよ、ママが、ママがぼくを打(ぶ)つんだ」 見ると杖を手にした母親が恐ろしい剣幕で後を追い掛けて来た。両手を広げてそれを制止するババ。 母親「家の子をこっちに寄こして」 ババ「この子は貴女のお子さんですか」 母親「そうですよ、早くその子をこっちに寄こしなさい」と、鬼の形相である。 ババ「寄こしなさいって、こんなに怖がっているじゃありませんか」 母親「躾をしているのです。自分の子供に躾をしているのですから、他人がつべこべ言って邪魔をしないでもらいたいわ」 一時間後。海岸の別の場所でババと青年と少女が海を眺めながら話をしている。 少女「私の祖父が私を迎えに来てくれました」 ババ「まあ、何てハンサムで品の善いお年寄りだこと」 老人「今日は。遠路はるばるようこそ私共の嶋にいらっしゃいました」 ババ「優しい歓迎の言葉も素晴らしい。何だか吾、急に何もかもが満たされた様な気持ちになれている。どうしてだろうか?」 老人「それは貴女の心根が素晴らしいからですよ、柴田さん」 ババ「不思議だ、この御方も初対面なのに吾の名前を知っている」 少女「お爺さん、さっき嫌な事があったのですよ」 老人「そうだったね、しかし、世の中には嫌な事もあれば、愉快な事もある」 青年「それでは、この素晴らしいゲストに相応しい歌を歌って、私達のささやかな歓迎の気持ちを表明しましょうか」 老人「それがいい、それがいい」 少女「それでは私から始めますよ。お婆さん、喜びの唄、と私達が呼んでいる秘密の長歌なのですが」 ババ「吾の為にあんたが歌を聴かせてくれるってか」と、ババは底抜けに明るい表情になった。 少女の歌「 青い青い空、広い広い海、純白の白い雲が流れ、鳥たちが喜びの囀りをかわす、ワッファッふぁ、ウッフッフうっふっふ、ワッファッファファ。太陽がまばゆい光を放って水平線を離れる、今朝も平和だ、新鮮だ、空も海も山も、木々も獣も笑い声を立てる、ほっほっほ、げらげら、ほっほっほ、げらげら、これは愉快だ、やめられないよ、愉快だな 」 青年の歌「 風が風がそよぐ、緑が緑が揺れる、波が波が騒ぐ、魚が笑う、海藻が叫ぶ、オーフォフォフォおーふぉっふぉ、これは堪らない愉快過ぎる、楽し過ぎる、笑いが止まらない、ゲラゲラげらげら、オーフォフォおーふぉふぉ、げらげらげ 」 老人の歌「 満月が煌めいている、星々がさんざめいている、ふっふっふ、あっはっは、フッフフあっふぁふぁ、もう我慢が出来ない、みんなで大爆笑しよう。ゲラゲラ、ゲラゲラ、げらげら… 」 ババ「吾も何だか謡いたくなった、笑いたくなった、あっははっは、あっは、あっはハハハ」 三人の愉快で底抜けに明るい歌声が海岸をなお一層明るくしている。 青年「僕らもこの唄を歌うのは久しぶりですが、気分が爽快になりました」 少女「こんなに朗らかになれたのは、生まれて初めてのことです、お婆さん、本当に有難う」 ババ「いやいや、お礼を言わなければならないのは私の方ですよ」 老人「わしも久しぶりに心の底から愉快だった。昨日も沖を通り過ぎたイルカの群れがこんな事を言っていたよ。世界中の海と言う海が、何処もかしこも汚染されてしまった。悲しいね、とさ」 少女「私のお友達も同じような事を言っていたわ。世界中の空が汚れてしまって、哀しい、哀しいって」 青年「さっきの、あの旅行者達も皆、心にゴミを抱えていた。でも自分達ではそれに気づいては居ないらしい」 少女「おじいさん、昔はどうだったのかしら、おじいさんが子供だった頃は」 老人「昔か、そうだな…、もうほとんど忘れてしまったが、台風の風は今日びのような凄まじい風を巻き起こしてはいなかった、ような気がするよ」 数か月後のと或る遊園地。ババとジジの二人が仲好く観覧車に乗っている。 ジジ「こうして高い所から眺めると景色が綺麗だね」 ババ「本当だね、実際、自分たちの年齢を忘れて童心に還れるね」 ジジ「ところで、屋久島への旅はどうだったの、随分と楽しみにしていたようだけれど」 ババ「楽しかったよ、想像していた以上に」 ジジ「そうか、それはよかった。それで、一番の思い出は何?」 ババ「腹の底から笑ったこと」 ジジ「腹の底から、笑った? それはまた、どういう事なの。説明してくれないか」 ババ「吾も意外だった、憧れていた南の島で、心の洗濯をしようと思っていたけれど、大笑いして気分が爽快になったのだから」 ジジ「大笑いした、それはどういう事なのかな」 ババ「吾にもよく分からない所があるのだけれども、兎に角気分のいい人達に会えた。そして愉しい唄を一緒に、大声で歌って…」 ジジ「楽しい唄を、大声でね」 ババ「そう、四人して子供のように無邪気に」 ジジ「子供の様に、な」 ババ「そう、不思議だよ。吾、自分で実際に体験した癖に、後から思い出すとあれは本当にあった事なのか、それとも夢でも見たのか、分からなくなってしまう」 ジジ「本人が実際の事か、夢の中の事か分からないと言う以上は、俺には判断がつかないことだけれども、どっちにしても気分がすっきりしたのだったら、よかっじゃないの」 ババ「そうだね、あんたは本にほんに頭がよいのだね」 ジジ「お褒めに預かって、嬉しいよ、俺は」 ババ「分かった、吾、今になってはっきりと理解出来た。あれは、あの三人はあの島の精霊たちだったのだ」 ジジ「精霊か、あんた随分難しい事を知っているのだね」 ババ「分かった、分かった、全部が分かったよ」 ジジ「俺には何のことかさっぱり分からないけれども、とにかくあんたが喜んでいるのだから、何も言う事はないよ」 ババ「賢いね、あんたさんは。偉いよ」 ジジ「他の人からそう言われたら俺はバカにされたような気がして、腹を立てるでしょうが、おめえからそう言ってもらうと、素直に嬉しいよ。所で、何が分かったの、一体」 ババ「世の中の事が、全て分かったような気がしただけ…、でも、頭が急に良くなったわけではないよ」 ジジ「それはそうかも知れないけれど、あんたは前から賢かった。それだけは折り紙付きだ」 ババ「有難う。本当に有難う」 《 完 》
2019年02月19日
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第 四百五 回 目 「 泥棒 アカデミー 」 ―― 試作品 人物:石川 五右衛門 ババ アカデミーの生徒達 その他 ビルの中の立派な教室で授業が行われている。 教授「つまり、泥棒にとっての良心などと言うものは、邪魔になるだけで無用なもの。そう心得て貰いたい。ここまでで何か質問は」 生徒 A「先生、良心とは一体何なのでしょうか、僕には皆目見当もつきませんが」 教授「(絶句している)」 生徒 A「(後ろを振り向いて)誰か良心が分かる人いますか」 ババ「(恐る恐る挙手した)はい」 教授「(救われた様に目を輝かせて)あなた、そこの老婦人、どうぞ前に出て説明して下さい」 おずおずと席を立ち、前の教授の横に立ったババ。 ババ「吾は頭が悪いから、学問的な事はよく分からないけれども、人間として大切な事は一通り弁えているつもりです。良心とは良い心と書いて、書いて字の通りで善悪を判断する自分の善い心を言うのでしょうよ、常識としては」 教授「(生徒達に拍手を求めながら)素晴らしい、ブラボー。はい、みんな拍手」 全員が一斉に拍手をババに送った。 教授の傍らに控えていた助手の中村が、突然立ち上がって発言する。 助手「御参考までに、国語辞典による良心の項を読み上げておきます。自分の本性の中にひそむ欺瞞、つまり嘘を吐いて騙す事ですが、その欺瞞・打算的行為、つまり自分にとって損か得かを計算する態度ですが、打算的行為や、不正直・不誠実・ごまかし・怠惰の念などを退けて、自分が正しいと信じる所に従って行動しようとする気持ち、とあります」 弟分の助手「平たく申し上げますと、道徳的な善悪をわきまえ区別して、正しく行動しようとする心の働きのことです」 教授「有難う。それではまた講義を続けます。国内での泥棒の超スパースターに石川五右衛門という人がいますが、今日はその五右衛門さんに特別ゲストとして教室に来て貰うことにしました。五右衛門さん、どうぞ教室に入って下さい」 廊下側のドアが開いて、ゴエモンが登場する。 ゴエモン「ゴエモンです。今日は泥棒の極意について何か喋れと言われているが、俺は人の物をくすねる事にかけては名人・達人だが、話術の方はからきし苦手なので、簡単に済まして勘弁して貰うつもりで推参した。何かそちらから質問があればそれに答えるのが俺には都合がいい。何か質問はあるかな?」 生徒 B「貴男の事を良く知りませんが、辞世の歌というのが残っていますが…」 助手「石川氏の辞世の歌は、石川や 浜の真砂は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ」 弟分の助手「意味について念の為に説明します。海岸に無数の砂粒があるけれども、その無数の砂粒が無くなってしまうような時代が仮に来たとしても、それは絶対に考えられないことだけれども、この娑婆世界から泥棒が姿を消す時代は、絶対にやっては来ない。つまり、どのような世の中になっても、泥棒だけはなくならないよ、そんな意味ですね」 教授「有難う。ゴエモンさん、実に素晴らしい、人間性の核心を鋭く突いた古今の名歌ですね。諸君、ゴエモンさんに盛大な拍手をどうぞ!」 生徒席からはまばらなパチパチという反応しか起こらなかった。小声で話し合う生徒の C と D の遣り取り。 生徒 C「君はゴエモンなどという泥棒をしっているのかい」 生徒 D「いや、全然聞いた事もない。怪人二十一面相なら知ってるけど」 生徒 C「僕もだよ」 教授「これこれ、其処の二人。神聖なる教室で私語は厳禁です。静粛に願いたい。処で、私からのお願いです。ゴエモンさん、貴男の泥棒哲学といった物がありましたなら、教室にいる若くて理解力の弱い学生諸君にも納得が行くように、簡潔で分かりやすい説明が頂戴出来ると、非常に有難いのですが」 ゴエモン「拙者には哲学などという高級な物の持ち合わせはない。が、敢えて申すならば 好きこそは物の上手 の諺に言う、まさにそれですな。拙者は生まれついてこの方手癖が悪く、一度他人の持物をくすねる味を覚えてしまうと、もう金輪際止める訳にはいかなくなってしまう。好きな事を存分に究める。その事に尽きますな」 教授「素晴らしい、実に素晴らしい。天才にして此の言あり、実に素晴らしい」 ババ「(独白)ばっかじゃないの、もう呆れて物も言えないよ」 教授「さて此処で肝腎要の泥棒学の要諦について、ゴエモン殿に伺いたい。あなたはそんじょそこらにゴロゴロと転がっているけち臭い唯の盗人とは違います。その名も義賊と大衆からの熱烈な支持を博するところの、いわば英雄であり、偉人でもあります。どのようにしてその様な高みにまで盗みの術を高めることが出来たのか、先程小生が哲学と表現したものでもありますが、これも簡潔にして明瞭に御教授願いたいのです」 ゴエモン「(頭を掻きながら)弱りましたな、俺は生まれついての泥棒で、ただ単に大金持ちから盗む方が身入りがよいに決まっている。それだけのこと」 教授「いやいや、益々感服致しました。有難うございました、中村君、ゴエモンさんをお送りして下さい。ここで十五分程の休憩を取ります」と自分の研究室へと去った。 寛いだ態勢で雑談する生徒達を近くでそれとなく観察しているババ・ 生徒 A「期待して来たけれど、期待外れだな」 生徒 B「僕は違うな、何だか期待が膨らんで来たよ」 生徒 A「どんな風にだい」 生徒 B「だってテーマ自体が卓抜そのものじゃないか。今の世の中、何が正義で何が悪なのかがはっきりしないのだから」 生徒 C「独自の視点から世相をばっさりと斬り、目の醒めるような新しい展望を示す。確か案内書にはそう書いてあったけれど」 生徒 D「これからがこのセミナーの本論に入るわけだから、大いに期待しようじゃないか」 そこへ一人の小柄な男を伴って教授が教室に戻って来た。 教授「ちょっと早いけれど、ゲストの方のスケジュールも詰まっている模様なので、諸君が宜しいようであれば、講義を再開します」 離席していた学生達も各自の席に着いたのを確認して、 教授「ご紹介します。こちらが有名な義賊の鼠小僧の次郎吉氏です。お忙しい中を当教室にお越し頂き有難うございます。早速ですが質問です。貴男は何故よりによって危険の多い大名屋敷ばかりを選んで盗みに入ったのでしょうか」 ジロキチ「簡単至極、入り易かったから、ですな。あっしは小僧の頃鳶の見習いをしていましたから、金持ちの商人屋敷より武家方の方が警戒がずっと少ない事を知っていた」 教授「成程、成程」 ジロキチ「義賊の、貧乏人を助けたのと、世間では様々に言っているようですが、あっちには少しも関わり合いのないことで」 教授「有難う御座いました。非常に参考になりました。中村君、それと小林君も、御客様を鄭重にお見送りして下さい」 鼠小僧は既に煙の様に姿を消していた。 例の公園で、いつもの様にババとジジが仲良く会話している。 ジジ「それで、何か収穫はあったのかい」 ババ「有ったと言えばあったし、無かったと言えば何もなかった」 ジジ「随分、難しい話だね。俺は学もあるし頭も悪くはないのだが、あんたの話には時々ついていけなくなるよ」 ババ「あら、そうかしら。吾はただ思ったままを言っただけだけど」 ジジ「そうだろうとは思う。だけど、まるで哲学者の返答みたいで俺には何のことか、さっぱり呑み込めないよ」 ババ「おめえが分かってくれなくても、別に困りはしないけれど、じゃあ順序立てて話すから、よく聴いて下さいよ」 ジジ「有難う、あんたは何時も優しいね」 ババ「そんな他人行儀は言わなくてもいいの。行ってよかったのは、泥棒にも三分の理、という意味がよく分かった事」 ジジ「どんな風に」 ババ「どんな事にも理窟を附けようと思えば、幾らでも理窟はつく。そういう事で、バカバカしいと感じたのは、今時の高学歴者などというのは本当に阿保らしいことばかり考えている。そういうこと」 ジジ「ふーん、随分と高級な事を悟って来たのだね」 ババ「吾は生まれつき頭は悪いけれど、心は悪くないよ。健康だよ」 ジジ「それは俺も保証するよ。それから、頭の方もあんたが言うほど悪いとも感じないよ」 ババ「有難う、そう言って貰うと安心するよ」 ジジ「確かリカレントと言ったかな、一旦社会に出てから必要に応じてまた学問の場に戻る事。そのリカレントも余り大した期待は持てないようだね」 ババ「少なくとも吾達には必要ないみたいだ」 ジジ「そのようだね」 ババ「吾はやっぱり世界一の倖せ者だった」 ジジ「俺も、俺も同感だよ」 急にジジに背を見せて歩き出したババ。ジジも、嬉しそうにその後を追う。 川沿いの道を行くババとジジの姿がある。ウオーキングや散歩で二人と行き違う人たちが優しい微笑みを浮かべて会釈して行く。いつの間にか二人の手は軽く繋がれている。その二人をそっと撫ぜるかのように若草色の風が何度か、音も無く吹きすぎて行くのだった。 《 完 》
2019年02月15日
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第 四百四 回 目 短編の舞台劇 の試作の下書き 「 結 婚 」 ○ 小さな居酒屋 ―― 若い二人の出会い 季節は初冬、場所は東京の新宿駅に近い、ビルの地下にある飲食店街の一隅。六七人の客で満員状態になる狭さの、カウンター席だけの店内。 陽子は 二十一歳、光夫は 二十九歳。若い二人は突然に、何の前触れも無く出会った。 店の外に客たちを見送りに出る店主の陽子。最後に、革の手袋をしたままで陽子と握手をする 光夫。客達が去った後で、光夫が手渡した名刺を和服の帯の間から取り出し、唇を押し付ける 陽子。 [ 溶暗 ] ○ 結婚した二人のデート (二三年後) 声「いらっしゃいませ。はーい、いつもの別嬪さんが、お見えになられました」 店主「奥様、お幸せでいらっしゃいますね。こんなにお優しいご主人がいらっしゃって…」 店外に出た途端に、プリプリと怒っている 若妻の陽子 。 陽子「なんであの人たち、あんな風にしか言わないのかしら。どうして、この様にお美しい奥さんがいらっしゃって、御主人、とてもお幸せですねって、何で言わないのかしら!」 ○ 上野駅・寝台列車のプラット・ホーム 青森の実家に夏休みで帰省する陽子と幼い男の子二人を、見送りに来ている光夫。 男の子二人「お父さん、可哀そう…」 光夫はテレビドラマの制作の仕事で忙しいのだ。 ○ 浅草・老舗の料亭での陽子の大活躍 お店の宣伝係として、テレビの名店紹介番組の出演などで、大忙しの陽子である 。 ○ ホスピス・ケア病棟の病室・個室 ―― 魂の結婚として二人の本当の結びつきが完了 末期のガンで 光夫 に付き添われて、ベッドに横たわっている 陽子 。光夫のナレーション「平穏で静かな最期だった。春の日差しが穏やかに窓から差し込む真昼に妻は永眠した。四十年余りの結婚生活であったが、あっという間に過ぎ去った。しかしこれが終りではない、これから新しい生活が開始されるのだと考えるのは、間違いであろうか。いや、間違いであっても構わない。なぜなら、それは既に始まっているのだから…」 《 完 》 劇は俳優と観客との相互交流の積み重ねがあってこそ健全な発展を遂げる。同様に台本もまた幾度かの公演・パフォーマンスがあって初めて、完成形へと成長することが可能となる。 上の例で言えば、一人の音読から複数者での音読を経て、必要な手直しなどを加えた末に、一応の劇作品とまとまる事を想定している。台本作者としての立場からのお願いとしては、温かく、そしてまた好意的な鑑賞による建設的なご意見を頂戴する事で、作品は大きくその可能性を伸ばすことが可能なのだと認識して頂き、音読の読み手、その鑑賞者、劇の(或いはコントとしての)観客の立場、演じる俳優の立ち位置、などからの率直にして前向きな感想やコメントがこのささやかな作品を太らせ、生まれ変わらせる本当に重要な要素なのだと、御承知おき下さい。 人と人との間の信頼関係の根底からの再構築。これこそ混迷を深めるかに見える人間社会に共通の急務であり、大きな課題でありましょう。 視野には地球村としての全世界を捉えながら、個人として自分に最も身近な存在との関係をしっかりと捉えて、着実に、大地に足の着いた行動を前に進める。 私・草加の爺にとっては目下のところは、台本作家としての実績を積むこと。具体的に解り易くて面白く、そして人々の役に立つ、そう言う実例を可能な限り作品として纏める。文句なく「傑作」だと自他共に認定できる作品を可能な限り制作すること。これが今の私に実行できる唯一の事柄であるし、現時点では才能の有る無しを問わずに、全力でこの課題に挑戦する人間は、この私しかいないわけでありますから。いずれにしても、この仕事は片手間では実現不可能であります。 それで、私は十五年余り継続して来た学習塾講師を辞めることにしました。新たなスタートを切るために。そして、その新たなスタートは既に始まっている。そしてこれは亡妻との二人三脚の旅立ちでもある、そう確かに。 こう言う発言をするから「あいつ、ちょっとばかり頭がおかしくなっているのでは、ないか。いや、きっと、そうに違いない」などと、余計な心配を誰かさんに掛けてしまう。その事については自分でも先刻よく承知している。正直言って、私・草加の爺は「とち狂って」などいません。私の人生でこんなにも冷静で、沈着な判断が下せる時期は他にはありませんでした。「可笑しい」とすれば私の人生そのものがきっと「可笑しい」ものだったに相違ない。 それは兎も角として、私自身は大マジでありますし、既に「元は取ってしまっている」のです。結果に拘らないと言ってしまえば無責任なようですが、「結果は、神様の言う通り」と心得て、余計な気づかいはせず、自分のベストを尽くすのみと覚悟の臍も固めてしまった。 何度も書きましたが、私は幼時から「自分は何の為にこの世界に来たのか?」と気に懸っていた。そして、青年時の夢は作家になることだった。そして今、物の見事に目的が明確に示され、これから作家生活に入ろうとしている。こんな最高に恵まれた人生を夢にも考えたことはなかった。ところがいともた易く実現してしまった。一時は何かの錯覚か、気の迷いかも知れないと、何度も頬っぺたを抓ってみたが、どうやら夢や幻想ではないようだ。後は自分を信じ、妻を信じ、自分を支えてくれた多くの人々に感謝を奉げつつ、他者への奉仕を喜び勇んで実行しよう。どうして実行しないでいられようか? 考えてみれば私はそれと知らずに、つまり自覚がないままにこの世で周囲の人々から様々な hospitality ホスピタリティー・親切にもてなすこと、款待(款とは真心であり、誼・よしみ、真情を言うから、真情以って客を迎え遇すること)、厚遇を受けて今日に到っている。今にして思えばそうなのだが時に虐待と感じ、嫌がらせや弱い者いびりの類と受け止めた「悪意」の数々も多分に混じっていた。幸いな事に、艱難汝を珠にする、とばかりに私はそれらの逆風を、禍転じて福となす、ことが出来た。本当に心底から有難い事だと感謝の念に堪えない。 だからこそ、綺麗ごとを言うようだがこれからの残された時間を、恩返しの万分の一の真似ごとをしたとしても、罰は決して当たるまいと思う。それどころか、それこそ我々子孫に伝えたかった先人達の遺言のようなものなのではあるまいか。則天去私の難解な意味も、私流に砕いて解釈を施せば、自分などと言う訳の分からない物に何時までもしがみついていないで、天・全体・社会の為に身を粉にして尽くしなさい。滅私奉公と結局は同意義になる。 滅私奉公という言葉に何か違和感を覚えるという御仁がいたならば、それは言葉の表現の方の責任ではなく、言葉に勝手な意味を附け加えて強制した、人間の振る舞いが悪かったのだと悟るべきでありましょう。 これに類した事が私たちの社会では頻繁に起きています。来年の夏に開催予定のオリンピックですが、ホスピタリティーを合言葉に大勢の人々が歓迎している。それはこの上も無くけっこうな事であって、異論を差し挟む余地もないようなものですが、ひとつ心配なことがある。衣の下の鎧ならぬ、おもてなしの裏側にそろばん勘定が丸見え状態である。オリンピック精神そのものが既に空念仏になってしまっているのだから、どうでもよいことのように見えたりもするが、この人間の行為は「天に唾する」に等しいと、私達一人一人がまなじりを決して正気で正対しないかぎり、目には見えない手痛いしっぺ返しとなって、我々の身に近い将来禍しなければよいが、などと余計な心配をしているのは悲しいかな私一人なのであろうか…。 ともあれ、人が人に対して誠を尽くしてサービスする、本当に欲得は抜きで。情けは他人の為ならずで、廻りまわって必ず自分に還って来る。躾と称して自分の娘を虐待死させた男は、自己の愚かしさ弱さに死んでも気づかないのだろうか。何と言う罰当たりな人間なのか。斯く言う私も人間の端くれとしてこの馬鹿者の盲腸にも似た弱点や弱味を、気付かないうちに身内に隠し持っているに相違ない。対岸の火事とばかりにふやけた批判を加えてなどいないで、他山の石として厳しく自己を戒める材料とすべきではあるまいか、いま世間で今更らしく姦しく騒ぎ立てている「虐め現象」と根っこはひとつなのだから、実際他人事などと傍観しては居られない、誰一人として。 劇の神髄は真の意味の款待そのものです。私は当面野辺地の町興しの手段としてセリフ劇を構築・確立し、この地を地上に於ける理想の演劇のホームグラウンドとしたいと考えて居ります。実は、それはほんの通過点でしかない。真の目標は地上に文字通りの楽園・ユートピアを実現することにあります、嘘ではありませんよ。 お前になんでそんな事が分かるのだ、という質問が何処からか飛んで来ました。お答えしましょう。岡目八目の地の利を生かした、合理的な判断によると。 もうひとつ、序でにと言っては恐縮ですが、次のような譬えを用意しました。つまり、彫刻家の名に値する程の者なら、材料が木であれ石であれ、もともと素材に隠れて存していた形を彫り出す仕事をするだけのことだ、と。素人目には何もないと見える場所に、明確で間違い様のない姿形をみて、後はただ余計な物を鑿で取除けばよい、という。その伝で、私も歴然と見えている道筋を辿ってゴールまでガイド役を勤めればよい。その様に心得て居ります。 先人の知恵や工夫や失敗や、過誤も含めて豊富な材料が与えられている。それを適当に按配し、アレンジする。それに少しばかりの創意工夫と、臨機応変の柔軟性とを兼ねて持ち、町の人々の協力を得るように努力を継続するならば、門外漢が想像するであろうような困難は排除出来る。 ですから、楽しく愉快に、ストレスなどは一切感じることなく仕事が捗ることは、間違いのない所であります。案ずるよりは産むが易しと、昔から言うではありませんか。 が、飽くまでも油断なく、不慮の不運にも備え、細心の注意を払いながら、着実なる前進を期したいと考えて居ります。
2019年02月13日
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第 四百四 回 目 「 空中散歩 」 時代:現代 場所:空の中 人物:ババ ジジ 行者 仙人 その他 或る麗らかに晴れた好い天気の日である。ジジとババが仲好く散歩している。前方に七色の虹のようなアーチ型の橋がある。二人は如何にも楽し気にそのアーチを渡り始めた。 声「仲のよいカップルさん、よかったらこちらにお出でなさい」空中から優し気な声が掛けられた。二人は何の迷いも無く声のした方に向かった。すると、其処はもう雲の上である。 ババ「こんなに美しい空は、吾これまでにまだ見たことがないよ」 ジジ「俺もだ。何て見事な景色なんだ」 行者「気に入ってくれたかな」 ババ「何処のどなたかは存じませんが、本当に御親切に有難うございます」 行者「どういたしまして、喜んで頂けたらそれでわしも本望じゃよ」 すると其処へ赤鬼と青鬼が息咳切って駈け込んで来た。 赤鬼と青鬼「大変です、大変です」 行者「どうした、この愚か者たちが、また埒もない事を大騒ぎしおってから」 赤鬼「本当に大変な事が勃発したのですよ、行者様」 青鬼「そうですとも、これを大変と言わずに、何を大変と言ったら宜しいでしょう」 行者「落着いて、息を整えて、その大変とやらいう事を話してみなさい」 赤鬼「仙人様が、またもや乗っていた雲から墜落してしまったのです」 青鬼「そうなんです、また性懲りもなく、いい年をして」 行者「何だ、そんな事か。分かったからお前たちはもうあっちに行って、命じられた仕事の続きをしなさい」 赤鬼と青鬼「はい、畏まりました」と、不承不承に退散する鬼たち。 ババ「あのォー、大変に不躾な質問を致すようで恐縮ですが、雲の上から落下した仙人と言いますと、まさか…」 行者「御明察の通り」 ババとジジは顔を見合わせて「やっぱり」と頷き合っている。其処へクメの仙人が腰をさすりながら登場。 仙人「私としたことがとんだへまをやらかしてしまった」 行者「ああ、クメさん、ご紹介しましょう。こちらは柴田さんと佐藤さんのナイスカップルです。お二方、こちらが有名なクメの仙人殿です」 行者に紹介されてババとジジが仙人と挨拶を交わした。 ババ「あのォ―、お会いして早々にこんなことをお尋ねするのも何なのですが、お年を相当に召した仙人様でも、若い女性の色香には悩殺されてしまうものなのですか? 吾、人一倍好奇心が旺盛なものですから」 仙人「(頭を掻きながら)いやァー、お恥ずかしい。昔のもう旧聞に属することですが、例のスキャンダルは今のお方にも聞こえておりましたか」 ジジ「ついさっきも、その、またもや神通力を失って雲の上から地上に落下されたとか…」 仙人「いやはや、お耳が早い事で。ですが、今度のは単なる過失と言いますか、眩暈が致してついふらふらと足元がふらついて」 行者「ですから拙者があれほどご注意申し上げたではありませんか、今の霞は唯の清浄な霞ではなくなってしまっているので、よくよく用心なさるようにと」 仙人「いやはや、面目もない。とんだ油断を致してしまいました」 ババ「重ねてお訊ねしますが、今のお二人の会話が分かりにくいので、私にも分かるように説明して頂けると嬉しいのですが」 行者「おお、それそれ、我々の会話は俗人には通じにくいかも知れませんな。クメ殿は仙人ですから、つまり食事をしなくとも生きられるのですが、空中の霞を食すのが一種の癖のような習慣になっている。ところが、最近の大気には汚い不純物が大量に含まれているので、つまり食中毒を起こしたというわけですな」 ジジ「成程、われわれ俗人の言う食中毒を起こして」 ババ「貧血を起こして、足元がふらついた」 仙人は、再び頭を掻いて恥ずかしそうにしている。 ババ「序でと言っては何なのですが、この際、思い切って質問しますが、先程の鬼共について疑問があるのです」 行者「どうぞ、何なりと質問して下さい」 ジジ「赤鬼と青鬼と言うのでしょうか、先程の人達。あれは一体どういう人間がなるのでしょうか教えて頂きたいのですが」 行者「反省のない人間がなるのですな」 ババ「反省のない人間、と言いますと?」 仙人「名誉回復の為に、そこからはわたしが御説明致しましょう」 ババとジジ「お願い申します」 仙人「私も行者殿もあなた方同様、もともとは普通の人間でした。それが行者とか仙人とか呼ばれる自由な身になれたのは、苦しい修行を積んだからです。人一倍我慢を重ねる修練をしたからです。ところが、あの鬼共はその我慢が出来ない。そして悪い事をしても反省をしない。要するに我慢と反省の出来ない我儘な人間の成れの果てが、あの醜い姿なのだ。謂わば自業自得だわさ」 ババ「我慢と反省が出来ない」 ジジ「自業自得」 行者「その通り。人間は誰でも誤りを犯すものだし、苦しい事や面倒な事は極力避けたいと思うものじゃ。誤りを犯したら素直に反省する。嫌な事でも出来るだけ我慢してそれに耐える。それが非常に大切なのじゃ」 仙人「我慢と反省。言葉で言えば簡単そうだが、これがなかなかに難しい」 行者「仙人と呼ばれる程の達人になっても、時には色香に迷い、食い意地の誘惑には屈してしまう。自戒すべし、自戒すべし」 仙人「面目次第も御座らぬ」 行者「いやいや、仙人殿に嫌味を申したのでは御座らぬ。拙者自らに対する、文字通りに自戒の言葉なのです」 ババ「分かった。いや、何だか少し分かったような気がしただけだけど。なにしろ、吾、頭が人一倍悪いから」 ジジ「いいや、そうでないよ。おめえは頭が切れるよ。決してバカではないよ」 ババ「有難う、そう言って呉れるのはあんただけだよ」 仙人「いやー、素晴らしい。実に素晴らしい」 行者「ナイスカップルでしょ。だから私は特別に我々の世界に招待したわけです」 仙人「成程、成程」 行者「それでは我々からのスペシャルプレゼントを存分に御堪能あれ」 突然に行者と仙人が姿を消している。二人は眼下に広がっている素晴らしい自然のパノラマに気がついて、心の底から感動している。 ババ「あれは、烏帽子岳じゃないかい」 ジジ「確かに烏帽子だ。そして御覧よ、あれが八甲田山だ」 ババ「すると、あれは、十和田湖だ」 二人は子供の様にはしゃぎ、喜んでいる。 数日後の公園、ババとジジが並んでブランコに乗っている。 ジジ「ところで、ねえ…」 ババ「うん、吾もおめえと同じことを考えていた」 ジジ「どうして分かったのか、不思議だな」 ババ「今更、不思議だなんて水臭い事を言うもんじゃないよ」 ジジ「ごめん、ごめん」 ババ「その御免もおめえの悪い癖だよ、必要もないのに」 ジジ「ごめん、あっ、これは失言。それにしても気になるな」 ババ「(素直に頷いた)気になる、気になる」 すると二人の後ろから誰かが近づいて来て、ババとジジの後ろからそっと目隠しをした。 二つの声「だーれだ」 ババとジジ「(同時に)鬼だろ」 赤鬼と青鬼が吃驚して手を放した。 赤鬼「どうして俺たちだと直ぐにわかったのですかね」 青鬼「ほんと、ほんと。不思議を通り越して、普通なら腰を抜かすところなのだが」 数分後の河原。ババとジジ、赤鬼と青鬼が仲良く雑談しながら散歩でも楽しむように歩いている。通りすがりの人達は、奇妙な仮装行列でも見るように好奇の視線を向けるが、四人は少しも気にする気配も無い。 ババ「成程ね、あの行者様は何もかもお見通しなのだ」 ジジ「わしら凡人とは元から出来が違う」 赤鬼「いえいえ、あなたと婆(ばば)さんは、唯の凡人ではありませんよ」 青鬼「そうそう、仙人殿も申されていた。特に婆(ばば)さんの方は非凡だと」 ババ「この吾が、ひぼん、つまり勝れているってか」 赤鬼「左様じゃ」 ジジ「俺もそう思うよ」 ババ「バカじゃないの、あんたたち、吾のどこが一体勝れているって言うのよ」 ジジ「とびっきりの別嬪さんだ」 ババ「それは、その点だけは素直に認めるよ」と澄ましている。 こうして、他愛の無い会話は続くのであった。 《 完 》
2019年02月10日
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第 四百二 回 目 愛しちゃったのよ 愛しちゃったのよ あなただけを 死ぬ程に 愛しちゃったのよ 愛しちゃったのよ ねてもさめても ただあなただけ 生きているのが つらくなるよな 長い夜 こんな気持ちは 誰もわかっちゃくれない 愛しちゃったのよ 愛しちゃったのよ あなただけを 生命をかけて いつから こんなに いつから こんなに あなたを 好きになったのか どうしてこんなに どうしてこんなに あなたの為に 苦しいのかしら もしもあなたが 居なくなったら どうしよう 私一人じゃ とても とても生きちゃいけない 愛しちゃったのよ 愛しちゃったのよ 生命をかけて 生命をかけて 生命をかけて 歌謡曲「愛して愛して愛しちゃったのよ」 此の世に大勢の人々が居て、男と女が居て、誰もが思春期を迎える頃から恋心を覚えて、例えば上に示したような気持になる。しかし、百人百色と申しますが、その同じ内容を表現するにも実際には百通りの表現が存在し、人間が人間であることを止めない限りは、無数の 言い方 が存在し続ける、に相違ない。 そこで、私流の俳優論であります。これまでの有名俳優は自分自身しか表現できなかったし、それで十分と、自他共に割り切って存在した。 しかし、理想のセリフ劇における俳優・役者・演戯者・表現者はまるで違う存在としてある。彼や彼女は自己は勿論のこと、人間の全てを 演じ分ける ことが要請され、その可能性を不断に開発・開拓する努力を惜しみなく継続する必要がある。仮令、上手や下手があったとしても。 何故なのか? 人間であるから、と一先ずお答えして置きましょうか。何故山に登るのか、と訊かれて「そこに山があるから」と答えた人を真似ているようで恐縮ですが、難し過ぎて俄かには答えられない。そう告白するのが本当の處でしょうか。 私は「上手な俳優」は必ずしも必要ではないと主張しています。何故でしょうか? この質問に対してなら即座に返事が出来ます。 所謂巧みな俳優の演技は、上辺の、見せかけのテクニックにしか過ぎない。従ってそれは対象となる観客の目や耳や頭脳などに訴えるかも知れないが、人の心、その琴線には触れて来ないもの。肝腎要の魂に響いてはこない、残念ながら。人間の全存在を根柢から揺さぶり、震撼させ、強い酩酊感や覚醒の喜びを喚起させては呉れないからだ。 それでは俳優はどうしたらよいのか? どうにも出来はしない、自分達だけでは。観巧者の、「観客」の達人との「奇跡」に近い出会いの瞬間を待たなければ。 そうです、劇の場でも、いや、劇の場だからこそ人と人との真の意味の出会いが、それを敢えて「心と心の結婚」と呼んでもよいのだが、真実の表現者と真実の鑑賞者とが間違いなく出会い結ばれる純粋にして無垢な結びつきの瞬間こそが、待望されて然るべきなのだ。 しかしながら、こうした理想の出会いはそう簡単には実現できない。表現者と鑑賞者とのたゆみない不断の努力こそ、それこそが必要とされる。どちらか一方だけでは完成しないものだから。だからこそ尊いのであります、それ故にこそ又、有難く、勿体無いものなのですね、実際に。 よくこれからは A I やロボットの時代で、人間の出番が少なくなる、そう言った事が多くの人の口から聞かれる。仕事の大半もそうした強力な新戦力に取って代わられる、とも。 そうした予測が的を射た物なのかどうかという問題は、ここでは一応棚に上げて置いて、話を先に進めますよ。劇・芝居・ドラマだけは人間でないと駄目なのですね、絶対に。ロボットが俳優を演じ、ロボットが観客として劇場に居る図を想像して下さい。究極のホラーではありませんか、まさに。今の儘で行くと人間の行為・行動は全てロボットの類に置き換えられて、全ての血の通った人間が抹殺される未来が、容易に予想される。清潔で、合理的で、非の打ちどころのない完全な未来。正に現代人が無意識の裡に志向している天国の実現! この究極の合理性を纏った真性の狂気を匡(ただす)のも劇の重要な役割のひとつでありますが、本当に理解して頂けるのでしょうか? ここから後の事は、まさしく神仏に祈りを奉げるしか私達にはなす術がない。 モーツアルトは「死は、人間達の真実にして、最上の友人だ」とする考えに狎れ親しんでいた、らしい。モーツアルトの真意が那辺に在ったかは別として、今の私には極めて健全な考えだと素直に首肯できる。死という海に戯れる光という名の魚群。果てし無く無限に広がる闇の中で無邪気に、無心に遊戯してまた闇の中に姿を没する有限の輝きの美しさ、いとおしさ、かなしさ…。天才モーツアルトの音楽をそのように受け止めてみようか。最高の人間賛歌だと褒め称えよう。 そして、私達の目指す セリフ劇 も同様にそのように美しく、健全であることを理想とする。男と女とが出会い、別れ、愛憎を繰り返し、そして様々な死を迎える。その実人生という舞台をより一層輝かすべく、私達は劇と言う素晴らしい祝祭の場を準備しよう。進んで仮死を演じよう、健康で明るい新しい人生を新たに構築する為に。 世の中に平和運動と言う名前で呼ばれる一連の行動があります。何もしないでいるよりは幾分は有効だし、第一当事者の気が紛れる。そんな風に割り切っていられる御仁は、まあよしと致しておきましょうか。私の如き小心者はそのようなレベルでは気も済まない。で、セリフ劇の構築に残りの人生を傾注する、たとえ余計なお世話と毛嫌いされたとしても。おっと、あまりに性急に先を急ぎ過ぎてはいけない。劇や演戯の話に戻りましょう。 男女の別がある。動物にはメスとオスの違いがあり、植物にも雌雄の差異が見られる。プランクトンにも動物性と植物性がはっきりと分かれている事からも明瞭に認識出来るように、原始状態の生命体は、たとえばアメーバ―に例を採ればメスやオスの違いどころか、動物・植物の差異もなかった。単一の微小な命が分裂を際限も無く繰り返して、命のバトンを、D N A を伝達して今日に至っている、らしい。だから「進化」というような概念を忘れてしまえば、単一であることが生命の本来の在り方であるらしい。 それが環境との折衝・折り合いを付ける中で、一旦は両端に別れる方が戦略上で有利と見てプラスとマイナスに分裂した形態を擬装した。しかしより高次の生命体としての「延命」を演出する為には両端の結合が、合体が要請される。これが有性生殖の仕組みであります。 この原理を劇の特性に則して置き換えてみましょう。もともとは同一である人という同一の単位が、観客と俳優という役割を担って「劇場」という空間・時間の中で「結婚」する。新しい健康で活力に溢れた人として、「劇と言う仮の場」から出て来る。観客はもとより、俳優も。 劇場という架設の場所で人々は一体何を得るのか? 癒しであり、心の平安であり、明日を元気に生きる上での新たな活力なのであります。これは人にだけ出来る特性でありますから、人という唯一の資格さえ備えていれば O K なわけです、原則としては。 扨て茲で、ちょっと途中下車してみることにします。私は劇の本質を説明して思わず知らず「結婚」と言う言葉を口に出した。それは生物的な観点からすれば延命、つまりは究極として「永生」を目的とした実に遠大な野望であったとも、言い切ってみました。 そうした視点で以って昨今の結婚の在り方に、少しばかりメスを入れてみようかと思うのです。勿論、永生を夢見るなどとは愚の骨頂だ、くらいの皮肉は当方も心得て居ります、しかし、否定の為の否定はナンセンスであり、反語と同様に否定はいつの場合でも肯定を強め、強調する手段でなければなりませんよ。 つまりは、こういう事ですね。われわれ人間は生物の一部であり、その生の直中にある者が例えば人生などくだらない、永生を願うなどとはもっと下劣だ、と切って捨てたとする。結構、大いに結構であります。結論は至極簡単でありまして、即刻に生を、生きるのを止めるに如くはないのですから。哲学論争などという無駄口を叩いていないで、即刻「死の海」に身を投げ入れてしまえばよいのですからね。これは冗談などではない、全くの大真面目な話なのであります。 話を続けましょう。永生こそは人類共通の切ない願望であり、それは既にスタートを切った時点で解決済みの事柄でもあった。いや、とんでも無い、一体何処に「永生」があると言うのか、何処にも一度だってそんな例は無かったではないか。頭を冷やして、冷静になって判断してもらいたい。個人のレベルでは確かにそうだ。だが、考えてみてくれたまえ、最初から、そもそもの生命の始めから生命は一部、部分としての永生を断念して、全体としてのそれを実現しようと志向した。そしてものの見事にその願望を果たしてのけた。見事の一語に尽きる。 しかし、何十億年が経過して遥かな子孫の末端に連なる者のほんの一部に、愚かにも己一身の永生を願う悲願を、是が非でも実現したいと、途轍もなく無謀極まりない野望を抱くたわけ者が現れたりする、愚かにも…。 取り敢えず、否定やニヒリズムは健全な肯定を前提とした場合のみ、有効で意味が認められる。わざわざ仏教を引合に出すまでも無く、これは自明でありましょうから、再び結婚の話題に戻ります。 結婚とは個人のものであって、実は人類全体の存続の為の、社会的な仕組みであり、制度でもある。その様に前提して、考えるのが正論であると思われる。もっと俯瞰して広く範囲を広げれば動植物を含めた生命体全体の中で、結婚を捉えて見るのが至当であろう。また、一国の一時代だけの在り方だけではなく、様々な地域の様々な時代の結婚に関する生態・制度も参考にして、然るべき筈のものであろう。少なくとも、個人主義が根本に於いて強く、鞏固に信奉されている現状にあって、その「乱れ」や「諸問題」を考察し、それを正しい方向に振り向けるにはどうしたらよいのか、を判断する場合には。 このように理窟をこねてみた私の意図は、と言えば簡単至極であります。女性の「男性化」現象に物申したい、ただそれだけのこと。但し付け加えておきますが、男女同権に異議を唱える訳ではありません。女性にもっとチャーミングさを取戻して貰いたい。その一言に尽きるのであります。 暴言を吐きますよ、そもそも日本では歴史始まって以来、すくなくともその底辺部分では女性が社会をリードして来ている。天照大御神、卑弥呼に代表される如くに農耕型の母系社会が根柢にある我が国では「女性上位」がずーっと続いて来た。そして太平洋戦争後、急激に家庭内での女性の影響力が弱まったせいで、様々な問題が芋蔓式に発生するようになった。非常に粗雑な管見による社会史でありますが、私が最も問題視したいのは、女性が馬鹿な男共の真似をして自らの魅力をかなぐり捨てた、事であります。 因みに申し上げますが、私の幼時から知っている女性達は皆一様にチャーミングでしたよ。母親、妹、姉、姪など、これに亡妻が加わりますが、とも角も皆が揃いも揃って魅力あふれる存在だった、文句なく。 要するに、女性も男性も、全員がチャーミングになって欲しい。そして素敵な人生を謳歌して頂きたい。その思いを セリフ劇 に託したい、セリフ劇にはその様な偉大な潜在力が、ポテンシャルが無尽蔵に秘められている。そう申し上げたい。
2019年02月08日
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第 四百一 回 目 前回の続きで、戯曲類の読みの難しさについて解説します。日本の近代劇は大半が外国の翻訳劇であります。シェークスピア、イプセン、チェーホフなどの有名なものは当然ながら、原語ではなく翻訳者の日本語訳に依っています。翻訳という厄介な仕事に少しでも真剣に取り組んだことがある方なら、御理解頂けるでしょうが、シェークスピアの日本語訳は既にして、原作者の物とはまるで違っている。似ても似つかない代物になっている。と言うよりは、そうならざるを得ない宿命の下に置かれている。 しかし、現実にはあたかも原作その物を演じるが如くに、公演され、受容されている。しかし、然しながら、特殊な演出家と、風変わりな役者と、似非観客以外には心から、心底からは受けていない。当たり前ですよ、原作とは似ても似つかないまがい物が堂々と、本物のような顔をして、舞台上で演じられているのですから。 更に日本の近代劇の運動を推進した新劇が好んで取り上げた戯曲は、ヨーロッパの思想劇や問題劇ばかりであった。日本には歌舞伎の伝統はあったが、欧州に於けるような well made plays ( 佳くできた芝居 )という近代劇の伝統が皆無だったところに、それに輪をかけるような難解な戯曲ばかりが輸入され、強引な形で人々の前に提示された。普通にこうしたお芝居見物が楽しかろう筈も無く、失敗に帰した。極めて当然の現象が起こったに過ぎない。 ここで私・草加の爺はクルアーン(通常はコーラン)の事を考える。クルアーンはアラビア語で書かれているが、外国語に翻訳された物はどのような立派な訳でも、クルアーンとは認められないそうですが、宜(むべ)なるかなと首肯されます。 もう一つ、私の拙い経験をお話しなければならない。シェークスピアのソネット・十四行詩に関する事です。御承知の方も多いと思いますが、この沙翁のソネットは英語で書かれた詩の中でも最高傑作のひとつと称賛されています。学生の頃、原語でこのソネットに挑戦しましたが、当時の語学力ではまるで歯が立たなかった。そこで、翻訳で仕方なく読んだのですが、案の定ちっとも魅力を感じなかった。翻訳者が悪いのではなく、翻訳そのものがそもそも不可能だったから。 詩の翻訳はいずれにしても全く不可能事なのだ。直訳にせよ、意訳にせよ。序でにと言ってはなんですが、暫らく前にブログ上で私は無謀にもこの不可能に挑戦した、つまり、沙翁のソネットにインスピレーションを受けて「創作的翻訳」を試したが、ある種の手ごたえを得た。自我自讃めいて気が引けるのだが、これしかないと強く感じた。天の許しがあって時間が出来たならば、セリフ劇の台本の中で、再挑戦、再々挑戦のチャレンジ精神を発揮してみたいと、心密かに野望を抱いてもおります。その意味からも、是が非でも計画全体を成功に導きたいものと、意欲を新たにしている。 こうして日本における近代劇の不作が主として何に起因しているかを、極めて大雑把に説明しましたが、そういう意味からも今度のセリフ劇立ち上げの試みの持つ意味・意義は極めて大きいと声を大にして吹聴しなければいけない。そういう次第であります。お解り頂けたでしょうか。 ババもの 「 夢の 中で 」 時代:不明 場所:何処か 人物:卑弥呼 ババ 秘書 その他 始め周囲は深く濃い霧が立ち込めている。ババが一人の少女に手を曳かれてその霧の海に漂う小舟の様に姿を現した。 ババ「まだ着かないのですか、お嬢ちゃん」 少女「もうすぐですよ、お婆さん」 やがて、さっと視界が開けて美しい湖が忽然と見え始めた。 ババ「どこかで見たことがあるような湖だこと」 少女「ほら、あそこにヒミコさんが出迎えにお見えですよ」 二十代の若い娘がにこやかにババを見迎えた。 ヒミコ「さぞお疲れのことでしょう。この椅子に腰を掛けて、休息を取って下さい」 ババ「御親切に有難うございます」と勧められた椅子に腰を下ろしてしばしの休憩を取る。 すると感じの好い青年が洒落たお盆に水を入れたコップを載せて運んで来た。 青年「先ずはこの水で咽喉を潤して下さい」 ババは勧められた言葉の通りに素直にコップの水を一気に飲み干した。 ババ「あーあ、本当に美味しい水だこと。すいませんがもう一杯いただけませんかね」 ヒミコ「気に入って戴けて幸いです。遠慮などなさらずにどうぞ召し上がって下さい」とババに気さくに応対する。 ババ「早速ですが、吾の気懸りな相談事の件ですが、占いの方はどうなりましたでしょうか?」 ヒミコ「はい、その件ですが非常に珍しい結果が出ております」 ババ「はァ、珍しい、結果、と言いますと…」 ヒミコ「これは前以ってお断りしておきますが、私を介して高天が原の神々の女王、太陽神が下された判断ですので、紛れもなく真実を言い当てていることです。そしてまた、それを信じるも信じないのも同様に貴女の自由裁量にゆだねられていること。ですから、私の仕事はそれをお伝えするだけです」 ババ「はい、分かりました」 ヒミコ「貴女は稀に見る瑞相、つまり素晴らしい幸運に恵まれる星の下に産まれ、素晴らしい人生を送られ、今まさに倖せの絶頂にいらっしゃる。悩みなどは一切ない筈。そんな風に神のお告げは申して居られます」 ババ「ひえーっ、たまげたよ、ほんとに本当のことですか? 吾、とても信じられない」と頭を抱え込んでしまった。そのババの様子をヒミコは優しい微笑みの表情で見ている。先程からヒミコの傍らに控えていた青年が、ババの様子を見兼ねたように口を開いた。 青年「私はお嬢様の秘書の山彦と申しますが、柴田様のご質問に出来る限り分かりやすく、お答え致しますので、ご遠慮なく何なりとお尋ね下さい」 ババ「それはどうも御親切に有難う御座います。何しろあの事前の約束事がありましたから、ヒミコ様には一切質問の類をしてはならない。そう固く禁じられていましたから、吾は今のお告げを聞いた途端に目の前が真っ暗闇になってしまったようで。困った、困ったと心の中で繰り返していたのですよ、吾は人一倍頭が悪いので…」 青年「どう致しまして、誰だって貴女様のお立場でさっきの様な謎のお告げを耳にされたなら、困惑してしまうに相違ありませんから」 ババ「あんたさんは、顔がイケメンなだけではなく、ハートもとびきりハンサムな若者なのですね」 青年「大変お褒めに預かりまして、恐縮で御座います」 ババ「いえね、実際の話が、吾がもう少し年齢が若かったら、抛ってはおかないのだけれど。あんたさん、さぞかし女性達に持てるでしょうね?」 青年「恐れ入ります、私は異性にはさっぱり持てませんで…。ところで、お告げの件ですが」 ババ「ああ、そうそう、大事な話を忘れる所でした。ねえ、あんたさん、吾はもうシルバー世代もいいところの糞婆あですよ。人生で一番の絶頂期にあるだなんて、冗談も休み休み言って貰いたい、あっ、これはつい口が滑ってしまった。御無礼を申しました」 青年「いえいえ、どういたしまして。確かに柴田様は現在老齢にいらっしゃいます。しかし、どうして老人が倖せの頂点にいては、いけないのでしょうか」 ババ「何故って、恋をするにも何をするにも、若いあなたの様な花の盛りの方が、文句なく幸せになれるでしょうが」 青年「果たしてそうでしょうか、少なくとも私はそうは思いません。私の事で恐縮で御座いますが、今柴田様は恋を例に挙げられましたので恋の事で申し上げましょう。実は私はヒミコ様に強い恋心を抱いて居ります。ヒミコ様もその事を重々御承知でいらっしゃいます。ですが、ですが私達二人は結ばれる事に関しては最初から諦めて居ります。ヒミコ様には大切な使命が、大勢の人々の命運を左右する重要な役割が神々によって授けられて居ります。私はその様な使命を授かったヒミコ様がなお一層愛おしい、愛さずには居られない。ですから、こうして姫の介添え役として進んで奉仕致して居るのです。そして二人は、私共は最高に倖せであります」 ババ「(大きく頷いている)…」 ヒミコ「山彦さん、もうその事には触れないで下さい。私も人の子の一人です。この身内には熱い血潮が滾り立つように流れています」 青年「分かりました、今後は二度と禁忌・タブーを破るような言動は厳に慎む様に致します」 ババ「タブーですって。するとあなた様は吾の為に、その禁止されている掟を敢えて破ってまで、吾の、老人の愚かな発言を窘めて下さった」 ヒミコ「実はそうなのです。山彦はとても冷静で、任務に忠実な人間ですから、先程のような発言は通常ならとても考えられない、異常とも呼べる失言だったのです」 ババ「そうですか。それは申しわけもない事を年寄りがしてしまいました。ですが、頭の悪い年寄りの身としては、納得の行かないことは納得が行かないわけで、御親切の序でと言っては申し訳がないのですが、もう少しお訊ねしても宜しいでしょうか」 青年「はい、どうぞ、何なりと質問して下さい」 ババ「三十代までは自分の生活の為に追われ、四十代からは両親の介護で手一杯の生活、そして気が付いたらシルバー世代などと言われる老人の仲間入りをしていた。そんな吾が、瑞相と言うことは素晴らしい人生を約束されていた、という事でしょうが、吾には全く理解出来ない」 青年「仰ることは分かりました。そう仰るお気持ちもよく理解出来ますね。そういう貴女の人生の何処が一体悪かったというのでしょうか。どこも悪くはなかった。苦しみには満ちていたかも知れませんが、充実して、生き甲斐に溢れた生活だった筈…」 ババ「そう、言われてみれば、無我夢中でその時その時を精一杯生きられた、それだけは間違いないけれど」 ヒミコ「私も、勿論山彦も、全てにおいて満ち足りている生活を送っているわけでは、決してありません。けれど、充実した時間を精一杯楽しむことは、それだけは間違いなく出来ている。それを幸福だと感じないのは、勿体無いことだと、正直思いますわ」 ババ「勿体無い、ことですか…」 公園のベンチでうたた寝から醒めたババ。ジジが急ぎ足でやって来た。 ジジ「ごめん、ごめん、すっかり遅れてしまった」 ババ、ベンチから立ち上がると、ジジの手を取って静かに歩き出した。ジジはいつものババの態度が違うので、ちょっと不思議そうにしたが、直ぐに上機嫌になり、 ジジ「今日も好い天気だね」と隣のババに軽く声を掛けた。 ババ「分かった、吾は最高に倖せ者だった」と優しくジジの顔を見た。 ジジ「吾も、最高にいい気分だよ」とババの顔を見返した。 二人は若いカップルに劣らない倖せ感一杯の姿をみせて、静かに立ち去って行く。 《 おわり 》
2019年02月03日
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第 四百 回 目 ババ物 「過去の人物にインタヴューする」 時代:現代 場所:都会の中の空間 人物:武蔵坊弁慶 ババ その他 場所は何処かのテレビ局のスタジオのような所である。司会者のような女性と隣り合ってババが椅子に座っている。 女性:柴田様、本日はお忙しい中をわざわざ遠くから本番組の為にお越し頂きまして、誠に有難う存じます」 ババ「(心の中で独白)吾は忙しくもないし、わざわざ遠くから来たわけでもないよ…」 女性「それでは、早速本日のメインゲストの有名人の方を御紹介致しましょう。ゲストの方、どうぞスタジオにお入りくださいませ」 一人の男性が姿を現し、ババの隣の席に並んで腰を下ろした。 女性「柴田様、ご紹介いたします、この方はあのスパースターの武蔵坊様です。武蔵坊様、お隣の方が貴方様の熱烈なファンでいらっしゃる柴田様です」 隣り合った二人が軽く会釈し合う。 女性「ここで番組をご覧の視聴者の方に武蔵坊様の略歴を、簡単にご紹介致しておきましょう。此処からは敬称を省略させて頂きますが、通称は弁慶で通っていますので以後は弁慶と呼ばせて頂きましょうか、弁慶は和歌山県の生まれで、幼少から乱暴者として有名を馳せていましたが、やがて比叡山で学僧として修行に励みます。そして、あの源の義経、幼名を牛若丸と称しましたが、牛若丸との劇的な出会い、以後は義経の忠実な側近として仕え、最後も奥州平泉の戦いで壮絶な最後を遂げられた」 ババ「あの、質問をしても宜しいですか?」 女性「ああ、どうぞご遠慮なく」 ババ「(弁慶に向かって)あの、吾の乏しい知識によると、衣川のいくさで亡くなったのではなく、北海道から大陸にまで渡られたと聞きますが、それについては真相はどうなっているのでしょうか?」 女性「素晴らしい、いきなり核心を突いた素晴らしい質問が飛び出しました」 弁慶「それについては申し訳ないのですが、ノーコメントと言う事に致します」 女性「柴田様に御説明致します。武蔵坊様に出演交渉致しました際に、条件として一つの申出がありました。それはある種の事情によって答える事を禁じられている項目があるので、その場合にはノーコメントとさせて貰うという事でした。悪しからずご了承をお願い致します」 ババ「分かりました。それでは別の事を伺います。貴方は何故、牛若丸、つまり義経にあれ程の忠誠を尽くされたのでしょうか、何か異常な物を感じてしまうのですが…」 弁慶「異常ですか、今日から見れば異常なのですが、当時は異常でも何でもありません。ごく当たり前の事にしか過ぎません。つまり真に強い者、真実信じられる対象を義経公、御主人様に見出したのですから」 ババ「それは愛ではないのですか」 弁慶「二十一世紀の今日で言う、同性愛の関係とは似て非なるものと言うべきでしょう」 女性「一種の同性愛だと思われますが」 弁慶「(極めて冷静に)そう考えるのは自由ですが、事実は崇拝、奉仕の感情と呼ぶのが正しいでしょう」 女性「封建的な主従関係を支える、支配と服従と言う事でしょうか」 弁慶「私達の絆は何時の時代でもあり得るものでして、今の人が考えたり想像したりするような低級な、陳腐な感情では断じてない、それだけはこの際言い添えて置きたい、又、強調したい」 ババ「セックス感情は抜きの、純粋な愛情の一種だと仰る」 弁慶「当然です」 女性「まあ、私としたことが飛んだ思い違いをしておりました」 ババ「吾もてっきり男だけの世界に特有の男色とか衆道といった類かと」 女性「私だけではなく、世間一般の見る目はそのように考えるのが、言わば常識なのでは」 弁慶「下衆の勘繰りと言うやつですナ」 ババ「ところで弁慶さん、貴方は女性をどう思っているのですか?」 弁慶「それはとても難しい質問ですね」 女性「私からも同じ女性としてお訊ね致します、貴方は異性をどの様に考えていらっしゃるのでしょうか、無理にもお答え頂きたいのですが」 弁慶「ですから、難しい質問だと申しているのです。女性にも色々ありますから」 ババ「じゃあ、思い切って伺いましょうか、例えばこの吾のことを、この皺くちゃ婆さんをどんな風に思われますか、あんたさんは?」 弁慶「それを早く仰ってくださいな。それなら答えは簡単です、大好きです」 ババ「(本気で怒っている)あんたさんね、ひとをおちょくるのはいい加減にしてくださいよ。(横を向いて独語する)ほんにまあ、いけ好かない男だよ」 弁慶「私は、冗談など言って居りません。貴女のような女性なら本気で愛せますよ」 ババ「(絶句している)…」 女性「(何故か慌てている)あのォー、ちょっとお伺いしますが、あのォー、念の為にそのお訊ねするのですが、私の事はどういう風にお感じになられているのでしょうか、率直にお聞かせ下さいませんでしょうか」 弁慶「嫌いです、大嫌いですよ」 女性「えっ、何ですって、大勢のイケメンから愛の告白を雨霰と受けているこの私を、きらい、ですって」 弁慶「(平然としている)」 ババ「分かった、やっぱりあんたさんは女性を愛せない性質の、特殊な男性なのだ」 弁慶「(にこやかに爽やかな笑顔を浮かべて)どういたしまして、貴女の様にチャーミングな女性なら、何人でも小生は愛せますよ。愛する能力にかけては、人後に落ちませんね。ところで今度は小生の方から質問しても宜しいですか?」 女性「(不機嫌に)構いませんよ」 弁慶「確か柴田さんと仰いましたね、柴田さん、貴女は何故、どういう理由から私に会いたいなどという突拍子もないことを考えたのでしょうか。其処の處をどうかお聞かせください」 ババ「何故ってか…、正直言ってそれは吾にも解っていない」 女性「えっ、何ですって、柴田さん、貴女自身が分かっていないで、どうして当番組に応募されたのでしょう、こちらの係の者が膨大な時間と人脈とを駆使して、この歴史上の超スーパースターをスタジオにお招きしたというのに、えーと、応募書類には何と書かれてあったかしら…」 弁慶「司会のお方、私は何もこの柴田様にクレームをつけているわけではありません。ただ、素朴に嬉しくて、お会いしたらとても魅力的な女性だったので、感激の余りについつい口が滑っただけですから、無理に理由を言って戴かなくとも、構わないのです」 女性「そうですか、そう仰って頂けると当方としましては大助かりなのですが…」 ババ「英雄崇拝の感情、そう、アイドルに憧れる気持ちと同じ物」 女性「(何故か怒っている)ちょっと柴田さん、この超、超が幾つもつく歴史上のスーパースターをその辺にごろごろと転がっている くちばしの黄色い 学芸会に毛の生えたようなアイドルなどと一緒にしないで下さい」 弁慶「司会者のお方、お言葉ですが、私は柴田様のお言葉に素直に感動・感激しています。涙が出る程に嬉しい。この番組に出演出来て本当によかったとさえ思っています」 女性「(何故かひどく感情を害している)武蔵坊様、お言葉では御座いますが、私には全く納得が出来ません。どうか分かりやすくご説明をお願い出来ないでしょうか」 弁慶「わかりました。造作もないことです。英雄崇拝と仰るのなら、素直に私の御主人の義経公を選択されるのが自然であり、筋というもの。それを敢えて武骨な小生に白羽の矢を立てられた。感謝感激の一語に尽きます」 女性「有難う存じます。丁度お時間となりました。御出演のお二方にはご苦労様で御座いました」 席から立ち上がったババと弁慶が固い握手を交わして番組の収録が終了した。 十分後、帰り支度を終えたババがスタジオ施設のある建物の廊下をやって来る。ベンチに腰を掛けてババを待っていたジジが立ち上がって、 ジジ「お疲れさま」 ババ「……」、ジジを無視して行きすぎる。ジジは素直にババの後を追う。 数分後の路上。二人並んで歩くババとジジ。ババが突然立ち止まって、 ババ「分かった、弁慶さんに会ってよかった」 ジジ「それはよかった、それはよかった」 ババ「何が、よかったよかったよ、何も分かっていない癖に」 ジジ「吾はなんでもいい、あんたが喜んでいればそれで満足なんだから」 ババ「弁慶さんはとても素敵だったよ、でも、おめえはそれに輪をかけてもっと素敵だよ」と、言い捨てるようにして、さっさと先を行ってしまう。嬉し気に後を追うジジである。 《 おわり 》 馬鹿馬鹿しいと言ってしまえばそれまでですが、過剰な芝居や演出は無用です。ただ、自然に、その時点での役者の技量に応じて素直に演じて貰えれば十分です。目指すのは、ゲストのストレス発散のみ。 ここで、参考の為に少しだけ解説めいた事を申し上げておきます。読み の難しさ、と言う事ですが、これは活字で書かれたもの全般に当てはまる。取り分け、台本を正しく読む、理解する事は普通に考えるよりずっと難しい。きっちり読めるようになる為には年季が要る。 例えば、現代文の読解という学科ですが、これが今の高校生には非常に難しい仕事になってしまった。ぼんやりと考えると、日本人が日本語で書かれている文章を読んで、理解するのに何が難しいことがあるのか。難しい筈がないと、安易に判断しがちなのですが、そうではないのです。因みに、英語の長文読解というのがあって、大学受験などでは高校生が非常な努力を強いられていますが、同じ読解と言っても、その内容のレベルが格段に違う。 私は学習塾で指導する際に、内容が大人と子供の違い位に異なっていると、よく説明した。つまり英語の長文は子供の内容で、現代文は大人のレベルだから、難しいのは当たり前なのだ、と言う風に。正しく理解するには英語の長文読解などとは比較にならない程に高度で難解なのです。 ことほど左様に、現代語、日常語が豊富に含まれている文章すら、正確に読み解くのは難解至極なもの。取り分け訓練が行き届いていない人にとっては。更にまた、台本、ドラマや芝居の台本や戯曲は猶更です。これに近代になって流入した翻訳ものに到っては、殊の外「正読」が期し難い。 セリフ劇ではゲストの心の中でカタルシス・ストレスの解消がスムースに行われるのが主眼ですので、そうした心得を持った上での読みの工夫が、上手く加えられる必要もあるわけですから、想像以上に難しい。どうしても指導者が、劇の本質をよりよく心得た 教育者 が要請される。
2019年02月01日
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