《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

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2010年11月19日
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カテゴリ: 幸せ読書日記

前回途中になってしまった高藤菜穂子についてのつづき。

カンボジアで戦争の悲惨を痛切に感じた菜穂子は、湾岸戦争の傷跡深いイラクへ向かう。

そこで戦災孤児となったストリートチルドレンの救済活動をしていた。

それまでのイラクにおける日本人は、平和の国から来た人、という"免罪符"を持っていた。

湾岸戦争の際、出兵を拒否したから。

世界をめぐるボランティア活動家やジャーナリストは"免罪符"によって安全な活動が可能だった。

それが、自衛隊の派遣が行われたことで一変した。

ただ、当事者達はそれを感じることができず、武装ゲリラに拉致されたことは、まったく予想できない出来事だったはずだ。

目の前の不幸の民を救うことに熱心であったがために、安全の地の住民に非難されることとなる。

バッシングにより奈落のそこに突き落とされた菜穂子であったが、再びイラク支援のために立ち上がる。

イラクの友人達からのメールが彼女を蘇らせた。

「親愛なる菜穂子。君はイラクのためにベストを尽くしてくれた。

信じてください。私たちはみんなあなたを誇りに思っています。

私はあなたから、どんな人間でも愛せることを学びました」

戦禍に喘ぐイラク人を、そして菜穂子自身を励まし勇気付けたのは"愛"だった。

以来6年間、宣言どおり彼女はイラクにもどり、周辺国で難民支援活動を続けている。

仏教徒の日本人が(死んだら寺の墓に入る人は仏教徒です)、ヒンズー教の国インドで、キリスト教のマザー・テレサに感化され、イスラム教徒を救っている。

中東戦争は宗教戦争だと言う者もいるが、ここに宗教を乗り越えた人がいるではないか。

『愛してるって、どういうの?』の中で、

"傷つくまで愛しなさい"というマザーテレサの言葉。私もよくわかりませんでした。実際にそれを体験するまでは・・・

という謎のメッセージを残している。

謎が解けるかどうか、マザー・テレサの言葉から辿ってみようと思う。

   『マザー・テレサ 愛と祈りのことば』 ホセ・ルイス・ゴンザレス・バラド編

聖なる人になるということは、何か特別なことをして得られることではありません。イエスが私たちに贈り給うひとつひとつのことを、ほほえみをもって受け入れることにとって得られるものなのです。そのひとつひとつを、神のみ旨として受け入れ、その旨に沿って生きる時に得られるのです。

祈りは願いごとではありません。祈りとは自分自身を神のみ手の中に置き、そのなさるままにお任せし、私たちの心の深みに語りかけられる神のみ声を聞くことです。

救われるためにどうしたらよいでしょうと尋ねる人があったら、私の答えは「神さまを愛することです。そして、何よりもまず祈ること」

犠牲の精神なくして、祈りの生活なくして、苦業を喜んで受け入れる態度なくして、私たちの仕事は決してできません。

「キリスト信者ってどういう人たち?」誰かがヒンズー教徒に尋ねました。「キリスト教の人たちは、もらうことより与えることを考える人たちだよ」というのが答えだったそうです。

私がお願いすること。飽くことなく与え続けてください。しかし残り物を与えないでください。痛みを感じるまでに、自分が傷つくほどに与えつくしてください。

インドでは、貧しい人々は僅かのお米を他人から受けることで満足し、幸せになれるのです。一方、ヨーロッパの貧しい人々は、自分の貧しさを受け入れることができずにいるので、その多くにとって、貧しさは、失望の源でしかないのです。

与えることを学ばねばなりません。でも、与えることを義務と考えるのではなく、与えたいという願いとすることが大切です。一緒に働いている人たちにいつも言っていること。「余った物、残り物はいりません。私たちが仕えている貧しい人たちは、あなた方からの憐れみも、見下すような態度も必要としていないのです。彼らが必要としているのは、あなた方の愛と親切なのです」

貧しい人々のみじめさ、物質的な貧しさばかりでなく、その精神的な傷口にも私たちは手当てをしてあげねばならないのです。私たちが彼らと一つに結ばれてその悲しみを分かち合う時にのみ、彼らの生活に神をもたらし、また彼らも神に近づいて癒されるのです。

大切なことは、たくさんのことをし遂げることでも、何もかもすることでもありません。大切なことは、いつでも何に対してでも喜んでする気持ちがあるかどうかなのです。貧しい人々に奉仕している時、私たちは神に仕えているのだと確信していることなのです。

持ち物が少なければ少ないほど、多く与えることができます。矛盾としか思えないでしょう。でもこれが愛の論理なのですよ。

ある人がかつて私に、百万ドル貰っても、ハンセン病者にはさわりたくないと言いました。私も答えたものです。「私も同じです。お金のためだったら、二百万ドルやると言われても、今の仕事はしません。しかし神への愛のためなら喜んでします」

病気にはそれぞれ特効薬があります。ところが、愛されないが故の寂しさだけは、薬では癒されません。私たちがしている仕事を評価してくださっている方々にお願いしたいのは、どうぞ自分の周囲を見まわして、愛にうえている人々に喜んで愛を与え、その人たちに奉仕してくださいということです。

自分が犠牲になり、自分が傷つくまで人を愛することを恐れてはなりません。イエスさまの私たちへの愛は、彼を死まで追いやったではありませんか。

もしも私たちが謙遜ならば、ほめられようと、けなされようと、私たちは気にしません。もし誰かが非難しても、がっかりすることはありません。反対に、誰かがほめてくれたとしても、それで自分が偉くなったように思うこともありません。

死の瞬間、私たちが裁かれるのは自分の善業の数によってでもなければ、一生の間に手に入れた資格によってでもありません。私たちは、どれだけの愛をこめて仕事をしたかによって裁かれるのです。

先進国にも、一つの貧しさがあります。それは、お互い同士、心を許していない貧しさ、精神的貧困、淋しさ、愛の欠如からくる貧しさと言っていいでしょう。愛のけつじょこそ、今日の世界における最悪の病です。

私が思うのに、この世で一番大きな苦しみは、一人ぽっちで、誰からも必要とされず、愛されていない人々の苦しみです。また、温かい真の人間同士のつながりとはどういうものかも忘れてしまい、家族や友人を持たないが故に愛されることの意味さえ忘れてしまった人の苦しみであって、これはこの世で最大の苦しみといえるでしょう。

キリスト者であるためには、キリストに似たものでなければならないと、私は固く信じています。ガンジーがかつてこう言いました。「もしもキリスト信者たちが、その信仰に忠実に生きていたら、インドにはヒンズー教を信じる者たちは一人もいなくなってしまうだろう」と。人々は私たちがキリスト信者らしくいきることを期待しているのです。

キリストに近づこうとしている人にとって、キリスト信者が最悪の障害物になっていることがよくあります。言葉でだけきれいなことを言って、自分は実行していないことがあるからです。人々がキリストを信じようとしない一番の原因はそこにあります。

私の勇気をほめてくださる人々に申しあげたいのは、私が、ハンセン病者の体に触れ、言いようのない悪臭を放つうみの流れる体に触れる度に、聖体でいただくキリストの体に触れているのだとの確信なしには、私にはその勇気はあり得ないということです。

もしも私たちの仕事が、ただ単に病人の体を潔め、彼らに食事を食べさせ、薬を与えるだけのものだったとしたら、センターは、とっくの昔に閉鎖されていたことでしょう。私たちのセンターで一番大切なことは、ひとりひとりの魂と接する機会が与えられているということなのです。

いつもなら、引用の後に僕のコメントを載せたりするのだが、おそれおおくて憚ってしまうほどの精錬さだ。

編者のホセはマザー・テレサについてこう言う。

マザー・テレサの思いを集めた一冊の本に、文学的な性格を求めるのは間違いというべきでしょう。それは、マザーが文学的なものを軽視しているからではなく、またはマザーに文学的才能がないからでもなく、彼女は、文学的作品を書こうなどとは、夢にも思っていない人だからなのです。

マザー・テレサが、いつもイエスの最も小さな兄弟姉妹のために、出来得る限りのことをしたいという気持ちで働いていることは、周知の事実です。しかしながら、マザーが恵まれない人々に抱いている気持ちは、決して抽象的な理論から生まれたものではありません。彼女のしているすべてのことは、自身の言葉を借りていうならば、「ただ、イエスのみ言葉に従っているだけのこと」なのです。

確かに、マザーの言葉はトルストイのように格言集に収まるものではない。

"魂"の宿った言葉そのものなのだ。

―追伸 ―

マザー・テレサの言葉を調べる前に、イラク戦争を仕掛けたジョージ・W・ブッシュの言葉を見ていた。

あまりのひどさにボツにしようと思ったけど、"魂"のない言葉のサンプルとして載せておく。

本来ジョークとして読めるのだが、笑えない。

『ブッシュ妄語録』

●8歳の子供に世界貿易センタービルに一機目の飛行機が突入した映像を最初に見たときの感想を聞かれて「下手なパイロットがいたものだ」

●米国の不況をどうしたらよいかと聞かれ「低所得者に金を与えたらいいんだろ」

●「ブラジルにも黒人はいるの?」と訊いた。

●子供たちに、悪と戦うとはどういうことかと聞かれ、「老人ホームに行ってボランティアをするようなこと」

●911直後、カナダ首相と同席した会見で「カナダ・メキシコ間の国境関係がこれほどよかったことはいままでにない」

●01年 ロンドンで子供に「ホワイトハウスはどんなところ?」と聞かれて「白いよ」

●貿易不均衡についての演説中「アメリカの輸入の100%は、外国からだ!」

●上院議員レセプションで「サダム・フセインが武装解除しないのであれば、アメリカが武装解除するまでだ」←「サダム・フセインが自ら武装解除しないのであれば、アメリカが武装解除させるまでだ」の言い間違い。

●2003年、セネガル大統領の前で。「とても興味深いことに、ここセネガルを離れ、アメリカに向かった奴隷たちの忠誠心、宗教、そして自由を信じる心がアメリカを変えてくれたのだと思います」

●「いいかい、自由な国家は大量破壊兵器なんて開発しない」

●2000年9月ミシガン州にて 「人間と魚は平和的に共存できる」


 ●「私はリーダーシップに関して、みなさんとは少し違った考えを持っています。リーダーシップとは人々をまとめる力をさすのです」

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最終更新日  2010年11月20日 05時02分59秒
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