"読み友達"のN子さんがお勧めの本を貸してくれた。
人はどんな本を好んで読むかで、人間性を如実に語るなぁとつくづく思った。
何事にも前向きな、心の爽やかなN子さんらしい本である。
アメリカ(欧米)にはクリスマスの奇跡というジャンルがあり、映画でも『クリスマス・キャロル(ディケンズの小説が原作)』を始め、『34丁目の奇跡』『素晴らしき哉、人生』など名作も多い。
この小説も、クリスマスの夜に奇跡が起こる。
自分の身の上に起こっている小さな奇跡に気づかないまま、一生を過ごしてしまう人がいる。
その奇跡というのは、毎日、神さまが与えてくれる喜びや、笑い、悲しみなどの小さな贈りもので、それによって僕たちはかけがえのない大切な何かに近づくことができるのだ。
僕はずっと、そんな奇跡に気がつかないで生きてきた。
物語は二組の夫婦が同時進行でストーリーを作る。
主役となるロバートは敏腕弁護士である。
つまり学歴が高く、金持ちで、忙しい。
妻のケイトとは学生結婚をし、まだ二人が貧しかった時代はそれなりに力を合わせ、快適な暮らしをしていた。
それが、法律事務所に勤め、お金が入ってくるようになると、生活の質がどんどん変化していく。
子どものためにと大きな豪邸を手に入れ、法律事務所の共同経営者となり、さらに大きな収入を求めて仕事に没頭した。
そして、数年後のクリスマスを前に、妻から凍るような言葉を突きつけられる。
「ごめんなさい、ロバート。でももう耐えられないの。もう、幸せな夫婦のふりをつづけられないのよ。ダメなの。ただ一つの屋根の下に住んでいることが、一緒に生きているということじゃないわ。それ以上のものが私には必要なの」
「現実を直視しましょう。あなたは家族を何年も前に捨てたのよ。このクリスマスを最後に私たちの結婚生活は終わりにしましょう」
ジャックは自動車修理工で、マギーはスーパーで働いている。
つまり貧乏な夫婦だ。
雨漏りのするアパートに息子のネイサンと3人で暮らしている。
マギーが二度目の妊娠を告げたとき、ジャックの目は涙で潤み、マギーは夫の愛を感じ、神さまがジャックとめぐり合わせてくれたことに深く感謝した。
しかし、生活が苦しくなるのは目に見えていた。
ジャックは夜中に生活費のことが心配になると、胸が苦しくなり寝がえりをうった。
そんなとき、マギーはいつも彼に言うのだ。
「『欲しいもの』すべてが『必要なもの』ではないわ。私たちは必要なものはすべてもっているわ」
また、ガレージセールや中古品店でしか買いものをしない妻を見て、ジャックは申し訳ない気持ちになることがあった。
「みんなと同じように、たまにはデパートで買いものができればいいのにね」
彼がそう言うと、マギーは夫の顔を自分の両手で挟んで笑った。
「ジャック、そんなこと構わないわ。どうだっていいことよ。私たちは健康だし、幸せじゃない!ほかはみんな余分なことじゃないかしら。いつかはそういうものも持つかもしれないけど、今はいらないわ」
そんな言葉を聞くと、ジャックは満ちたりた気持ちになった。
マギーだけはいつでも彼の魂に安らぎを与えていたのだ。
両家が始めて接点を持つのは、マギーとケイトだった。
マギーの産後、体調が優れず検査をうけた病院に、調査の仕事でケイトが来院していた。
待合室で二人は打ち解けあうが、検診をおえたマギーは震えていた。
いくつかの検査結果が、子宮がんであることを示していた。
ロバートが家族で実家に遊びに行ったとき、二人のよそよそしさを母親が感じ取った。
ケイトを実の娘同様に愛している母親は、単刀直入に言った。
「あなたが愛したのは職場だけだったわけね。家庭のことは、全然考えていなかった。子供が初めて歩いたことも,壁にはってあるクレヨンで描いた絵も、初めて歯が抜けたことも、そういうことはあなたにとってどうでもいいことだったのよ。
そういう瞬間、そういう毎日の愛の出来事が、あなたにとってなんの価値もないことだった。でも、ケイトにとっては、それがすべてなのよ」
「あなたが選ぼうとしていることは、あなたがこの世を去るときにはなんの価値もないことだわ」
「あなたとケイトはまだやり直せるわ、まだ間に合うわよ。
でもあなたが自分自身をなおすことから始めないといけないわ。他人を変えたいと思うのはとても簡単だけど、難しいのは自分自身を変えることなのよ」
「ロバート、誰かに自分を捧げるという経験を持たない人は、充分に生きたと言えないのよ」
マギーの病気は進んでいた。
ジャックもマギーも残された時間については口にしなかったが、もうあまり長くないことはお互いにわかっていた。
マギーは八歳の息子に伝えるべき言葉を必死で探した。
「もう少ししたら、大人の人たちが『かわいそうに、まだ若いのに神さまに連れていかれてしまった』って言うのを聞くと思うわ。でもそれは間違いなのよ。そういう人たちは間違っているし、あなたには、そういうことを聞いてほしくないの。そういうことを言われたら、私が今言っていることを思い出してちょうだい。神さまは私を連れていってしまうのではないの、私を受け入れてくださるのよ」
マギーは息子のおびえた目を見つめた。彼にはまだ分からないかもしれない。
「ママ、天国っていうこと?」
彼はささやくように聞いた。その言葉を聞いて、マギーの心は痛んだ。
「そうよ、天国よ」
ロバートは最後のクリスマスに贈るプレゼントを選んでいた。
しかし、何を買っていいか分からない。
一年前に、ケイトが大事にされている気がしないと文句を言うので、彼女に五千ドルもするダイヤのネックレスを買ってあげた。
彼女のことをどれだけ大事に思っているかを見せたかったのだ。
でも二人の関係は何も変わらなかった。
店を歩いていると、売り場を走り回っていた幼い少年がぶつかってきた。
「気をつけなさい」
ロバートはかっとなって子供を叱った。
その子は、ジャックとマギーの子、ネイサンだった。
ネイサンは女性用靴売り場の、安売りのラックにあった一足を持ち上げて、しげしげとみつめた。
その靴は赤、青、緑のラインストーンとスパンコールで飾られ、銀色に輝いていた。
少年が前に進んで、レジ係が靴の値札をスキャンした。
14ドル25セント。
少年は古びたジーンズのポケットから小さく折りたたまれたお札と、小銭をばらばらととりだした。レジ係がお金をより分けた。
「ぼうや、4ドル60セントしかないよ」
少年の目に、涙がたまった。
彼が突然、振り向いた。
「ねえ、おじさん。僕、この靴を母さんのために買わなくちゃいけないの」
彼の声は震えていた。
この少年が話かけているのは、僕だった。
「ママの病気が悪くて、夕飯をたべているときに、パパが、ママは今晩イエスさまに会わないといけないかもしれないって」
僕はカゴを持ったまま立ち尽くした。
「ママがイエスさまに合うときに、きれいな靴を履いていてほしいの」
彼はそう言って助けを乞うように僕を見た。
物語はメルヘンである。
このあとロバートに訪れた奇跡が、現実に起こる可能性は低い。
こじれた夫婦が修復するのは、容易なことではない。
でも、まだ独身のN子さんは、結婚を夢見ていてもいいはずだ。
少なくとも、ジャックとマギーのように、いつでも話すことがあって、一緒にいることが世界中の何よりも幸せな夫婦というものを、理想にするのはいい。
僕だって今なら、そんな夫婦に憧れる。
男はどこで勘違いをしてしまうのだろう。
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