にし~びだけが はいる せまい部屋でふたり
君~にできる ことは ボタンつけと~掃除
だけど~満ち足りていた~♪
1974年の布施明のヒット曲、『積木の部屋』、有馬稲子作詞、川口真作曲、当時憧れの同棲生活がモチーフとなっています。
「私には何にも特技がないし...、料理もできないし...、掃除は少しできるけど...」
ある女性との会話で、ふと彼女が漏らした言葉です。
ボタン付けはともかく(需要もないことですし)、掃除ができるなら、幸せは君の手の中にあります。
それを保障してくれるのが、小林正観の「そ・わ・か」の法則。
以前にも紹介していますが、( http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201111300000/ )改めてその秘密をおさらいします。
(小林正観 著 『宇宙を味方にする方程式』『釈迦の教えは「感謝」だった』より)
【掃除・笑い・感謝で幸せになる】
すべての悩みは「そ・わ・か」で解決
【悩み苦しみというのをよく見ると、大きく三つのジャンルに分かれます。その一番大きなものはお金と仕事の問題。二番目が体と健康のこと。三番目が人間関係。この三つが大きな悩み事のジャンルです。
そして、この三つの問題は「そ・わ・か」で解決できます。お金と仕事の問題は「そ」で終わり、体と健康の問題は「わ」で終わり、人間関係の問題は「か」で終わりです。
般若心経やいろいろなお経を見ると、一番最後が「薩婆訶(そわか)」という言葉で締めくくられているものがたくさんあります。でも、私の言う「そ・わ・か」はお経とは関係ありません。この「そ・わ・か」は「掃除・笑い・感謝」のことです。この三つを覚えておくと、悩み苦しみ、苦悩煩悩は一切なくなります。】
―人生に"問題"はつきものです。
ひとつひとつの問題を、冷静に分析して、対処することも必要ですが、
直接解決に繋がらないように見えても、間接的に絶大な効果が現われる"ワザ"があります。
"おまじない"か"願掛け"の類だとしても、なぜか効きます。
それは、宇宙の方程式にのっとっている方法だからです。
素直な気持ちで、実行してみると、あら不思議、問題が解消してしまいます。―
【お金と仕事について悩みたくなければ、とりあえず水周りを中心として掃除をする。特に自分が使って汚れたトイレは必ずきれいにして出てくる。
どうして? 何も考えなくていい。考えず、説明を求めず、ただそうしてみることです。
他の人の分までやらなくてもいいから、最低限、自分が使ったトイレはきれいにして出てくるようにすると、お金と仕事に困らなくなるみたいです。
大変おもしろいことに、トイレ掃除をやっていると、うつ病も治るという事実がたくさん報告されています。うつ病の人は自分で自分が嫌いだという人が結構多いのですが、トイレ掃除をしている自分というものがどうも好きになるようです。
そして、自分で自分が好きになると、うつ病はあっという間に治ってしまう。】
―成功した社長さんの逸話に、掃除好きという話は良くあります。
なぜ掃除をすると商売が繁盛するのか、いろいろ理屈はつけられますが、決定的には判りません。
"宇宙の法則"と一致するからとしか言えないのです。―
【「そ・わ・か」の「わ」は「笑い」です。小林正観がつまらないダジャレを言う。言ったときに「つまーんない」と言っている人は、神の加護がありません。つまらなくてもいいから、おもしろいと言っている人は、それだけで神の加護があります。
ダジャレのレベルが上か下かという問題ではなくて、とりあえず笑ったほうが神様を味方につけることができる。笑って、おもしろがって、うれしがっていると、神様はうれしいのです。
しかも笑っていると免疫力がものすごく高くなる。人間は一笑いで二千個のガン細胞を消滅させることができるのです。
大体普通の健康な人は二百万個ぐらいのガン細胞を持っていますから、毎日二百回ぐらい笑って五日間過ごすと、それで完全にガン細胞がなくなってしまいます。だから、とにかく笑わないと損。】
―現在の医療界で、最も優れた抗ガン剤は"笑い"です。
笑いには、ガン細胞を退治する"NK(ナチュラル・キラー)細胞"を増やす働きがあるからです。
笑いにはストレス緩和の効果もあり、ストレス起因の病気からも体を守ります。
同じものを見ても、面白いと感じて笑うのと、何が面白いのかとムスッとしているのとでは、罹病率が全然違います。
健康は何事にも変え難い宝です。
笑うことでそれが得られるのなら、こんな素晴らしい健康法はない。
笑う習慣が得られれば、世の中のすべてのことが楽しく映ります。―
【「そ・わ・か」の「か」は「感謝」。おもしろいことに、「そ・わ・か」を心の中で思っているだけではダメなんですかと聞く人が必ずいます。もちろんダメです。トイレ掃除を思っているだけじゃダメ。笑うのも思っているだけじゃダメ。感謝も「ありがとう」と思うのだったら、思ったことを全部口に出して言わなきゃダメ。「んんん...」と言っていてはダメなのです。
神様を使いこなすコツは、目の前の現象について「うれしい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ついてる」という肯定的な言葉だけを口にする。
病気をしたら、「ああ、うれしい」。
なぜか? 病気をしたことで、無事に自分の足で歩けること、何もないときの自分がどれほど幸せだったかということに気がつくからです。
病気や事故は何のために起こるかというと、何事もなく普通にすごせている日々がどれほどありがたいことかと感謝するために存在している。そのことへの感謝が足りないから、病気や事故という経験を自分の感謝の材料として体の中のプログラムに埋め込んであったということなのです。】
―人生の真理は感謝です。
感謝をすることによって、すべての問題は消えてなくなります。
それが宇宙法則です。
46億年以前の地球生命誕生から、連綿と引き続かれた命のバトン。
あなたが今生きているのは、その命のバトンを受け取ったからです。
さらに地球誕生や、ビッグバンを思うと、計り知れない大きな力を感じずにはいられません。
宇宙の一部である存在として、感謝の心は、神様の意思に沿うものでしょう。
現在のあなたの存在を許容した環境や、これまでに関わった人々、そして、あなた自身にも感謝をしましょう。
すべてをひっくるめた、自分自身に感謝ができれば、現在もこれからも問題はなくなります。―
釈迦の教えは「感謝」だった
【「感謝」ということの意味を、広く大きく宇宙的に見つめていくと分かってくるのですが、人間は何かが思うようになっていないと、おもいどおりになっていないことだけを上げ連ねるものです。仕事も、対人関係も、健康も。しかし多くの場合、不足している以外の9999ヵ所は、スムーズにいっている。
そのことに対して、一度も、一ヵ所にも手を合わせたことがなく、感謝したこともない。
どこか不調だったり、お金がうまく流れていかなかったり、集まってこなかったらどうでしょうか。「ああ、そうか。足りないことをもっと寄こせ、もっと寄こせ、ではなく、これまでほんとうにたくさんいただいたことに、感謝が足りなかった」と気がつくかもしれません。
何かが叶ったから、手に入れたいものが手に入ったから感謝するという感謝は、実は本当の感謝ではありません。それは感謝ではなく、我欲が満たされたというに過ぎない。
我欲が満たされたなら、また次の要求をして、さらにその我欲が満たされたら感謝する-これは、本当の感謝ではないように思います。
「感謝」とはすでにいただいていた9999のものに対して気づくこと、手をあわせること。それができるようになると、何かを叶えてくれとか、何かを手に入れたいなどとは考えなくなります。
だから、神社仏閣はお願いに行く場所ではなく、お礼を言いに行くところ。
むろん、神社仏閣にお礼を言いに行ってもいいのですが、空に向かって、宇宙に向かって、神に向かって感謝をするのであれば、神社仏閣に行く必要はありません。わざわざ行かなくてもいい。家の中に居ても、車の中でも、電車の中でも、いくらでも手を合わせて感謝することはできます。】
―人生の壁となって立ちはだかっているものは、つきつめると自分の"欲"でした。
ああなりたい、これがしたいと憧れていたものは、虚栄心。
お金が欲しい、有名になりたい、権力が欲しい、鬼に心を支配された"餓鬼"でした。
自分を苦しめ、自分を悩ませていたものが、自分自身と知れば、そこから脱するのも自分です。
それを解るために、今日までの苦しみや悩みがあったのかもしれません。―
【いま目の前に起きている最高の幸せとは、淡々とした何も特別なことがない日々、普通に家族がいて、普通に仕事があって、普通に食事ができて、普通に歩くことができて―それが、とんでもなく幸せなんだ...と言うことです。
それが分かったら、目の前の現象について、「これが気に入らない、あれが気に入らない」とは言わなくなります。感謝の心が増してくると、文句を言わなくなる。そして、突き詰めていくと、夢や希望もなくなる。
「感謝」プラス「夢や希望」の総和を、100とします。
「夢や希望」が90なら、「感謝」が10になり、「夢や希望」が10なら「感謝」が90になる。夢や希望がゼロになると、「感謝」が100になる。
これが最高の至福の時。私は人生の中で最高の幸せをずうっと味わいながら生きていて、至福の時をずうっと味わっています。
そこでは、何にも特別なことは起きていない。普通の日々が、普通に続いているのです。
お釈迦様は、この世の悩み・苦しみは、「思いどおりにならないこと」と見抜きました。
「般若心経」という、どうしても後世に伝えたかったお経の中で、
「五蘊(色・受・想・行・識)は空なり」と言いました。
だから、「受け容れればいい」と言いました。
受け容れることの最高の形態は、感謝すること。
「 有難 」という表現で、「ありがとう」と感謝することが大事だよと言いました。
「人の生を受くるは難く、限りある身の 今 命あるは 有り難し」
という言葉を遺しました。
そうしてみると、釈迦の教えは、「ありがとう」という感謝だったのです。】
―掃除をする君は、笑っている君は、感謝をする君は、
今、幸せな人生の、真っ只中で生きているのです。
そのままの君が、素適です。
その生き方を貫くことで、まわりの人にも幸せが伝わっていくでしょう。―
近藤誠著『「健康不安」に殺されるな』 2023年04月15日
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