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早朝から雪が降り始めました。京都でこれだけ雪が降るのは珍しい。 一年を閉じる日にはふさわしいフィナーレ。素敵♪素敵♪なんやかんや言いながらも紅白を見ながらお酒を飲み2010年を見送る。待っていた桑田さんが出てきた。歌詞の中にあった、『終わりなき旅の途中は予期せぬ事ばかり』そう、予期せぬことが起こるから人生。今年は超忙しかったけど楽しい一年でした。今までのどんな時よりも自分をちゃんと生きれた気がした一年でした。来る年も、今年の自分に負けないようもっと踏ん張っていきたいと思う。そんな自分の足がかりになる素敵な年でした。たくさんの人と出逢い、繋がったこのご縁をずっとずっと大事に続けて生きたいと思います。2010年ありがとう。
December 31, 2010
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少しづつおせちの準備を始めました。今年は初めて『くわい』を加えました。ここのところ、和食をいただくと必ずくわいが入っていてそれが美味しくて。 小さな実をこつこつと剥くのは手の調子が悪い私にはちょっとした至難の業でした。それでも無心で包丁を握っていることが落ち着く瞬間でもありました。おせちに並ぶものはどれも下ごしらえの準備に細やかな作業が伴う。難しくはない。ただ手間をかけることが必要なことなのかなって思う。手間をかけながら今年を振り返り来る年を思う。忙しく駆け抜けながら慌ただしく料理をした今年せめて年末年始くらいは素材に向き合おうかと。家族それぞれの芽が出ますように。そして、ぐんぐん伸びて飛躍出来ますように。
December 30, 2010
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便せんを購入した。越前和紙のさくら模様。大切な手紙を書きたいとそう思って一生懸命選んだ。ここのところ、手の調子が悪いのでペンを持つことから遠ざかっているだから余計に丁寧に書きたいと思う。売り場は春色一色だった。寒い季節だからこそ春を思う。お日さまは冬の底を蹴って上昇し始めている春の季節に思う春より今思う春の方が輝いて見える気がする。また来るのかさくらの季節が。
December 29, 2010
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ちょっと先の未来を夢見る。早くそこへワープすることができたなら。ハーモニーの中から探す音を聞き分ける。その片思いをなぞるように。きっとどこからでも見つけることが出来る。探して望んで願って。湯船からでたふたつのひざ小僧はちょうど掌に収まる。この手の中に願いを全て包んでしまえたなら。でも、この手に収まるほどの未来なら私は満足しないのだろうか。小さな未来は面白くない。敢えてそう思おう。手に負えないからきっと嬉しくて悲しくて楽しい。ちょっと先の見えそうで見えない自分の姿見えないから必死にそこへ進む。叶う姿をイメージして。
December 28, 2010
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本日が仕事納めでした。やり取りのメールごと、お電話ごとに、お世話になった本年のお礼と引き続き来年のお付き合いをお願いし、来る年が良い年であるように御挨拶をしました。あと4日で今年が終わる。本当に忙しく楽しい一年で出逢った方々と支えていただいた方に感謝の気持ちでいっぱいです。この部署についてからの年越しは2回目だけれど、着任すぐに年の瀬を迎えた昨年と違い未熟ながらも仕事を必死でやり切った感が今年の私を支えてくれています。迷いや悩みを抱えた分だけ成長したいとしんどい思いを無駄にしないでどんなことも力に変えて伸びてゆきたいと思った一年でした。そんな思いを沢山の方に受け止めていただいたことが私の力になり、ちゃんと見て下さって評価をしてくださった。沢山のご挨拶が出来る分だけうれしくて来年はもっともっと沢山の方に御挨拶が出来るようアイビーのツルの様に季節に関係なくどんどん伸びてゆきたいと思う。しぶとく、力強く。
December 27, 2010
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友人たちとの忘年会は伏見の梅の花でした。 美味しいお料理と楽しいおしゃべりはどんどん進みあっと言う間に楽しい時間は過ぎてしまうのでした。お店の玄関から続く行燈を見ながら、帰りがけに話題に上ったのは、皆で泊まった温泉旅館の話。 それがほんの20年前。今までがあっと言う間。それでも皆変わらずにこうして時折会えることは本当に嬉しい。それぞれの場所での頑張りは互いの明日の力になり、敏感なビタミン剤。
December 26, 2010
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天神さんに行ってきました。今日は終い天神。すごく寒くても沢山の人でした。 長女が受験生なので絵馬所へもしっかり拝んできました。 ならんだ絵馬にはそれぞれに深い思いがうかがえました。みんな頑張れ境内に千を超える露店が並びこの終い天神においてはお正月用品が並んでいるけれど、そんな気分を振り払って机に向かっている子供たちが悔いなく全力投球を出来ることを望むばかりです。
December 25, 2010
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X'masだった。けれど、待っていたプレゼントは届かなかった。スーパーポジティブの私が久しぶりに凹んだ。久しぶりの分、懐かしい感触だった。小さなこと。目にも見えないくらいの刺がささったみたいだった。2時間かかって刺がとれたら私が戻ってきて、次のステップを探し始めた。本当に小さなこと。諦めたらそこでお仕舞い。じゃ、諦めない。それだけ。
December 24, 2010
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年賀状ができた。できたといってもパソコン管理の宛名にイラスト集からの取り込みプリントアウトしてメッセージを一言。たった一日で出来てしまう。それでも宛名を見ながらの一言には結構時間がかかる。普段、会えない人や話すことのない人。昔は話しかけられなかった人。今年は何だか喪中が多い。この中で、どれだけの人に来年は会えるだろう。このはがきを手にとって私からのメッセージを読む年始の数秒だけ私はその人の時間を占有できる。一年に一度、一瞬だけありがとう。何をするでもなくただ、その存在が私の人生の中にある事実を確かめる。ただ、存在感は時の流れとともに流動的に居場所が変わることがある。それは自分が流れているから景色が変わるから。それでも、そこここに皆がいてくれる事を実感したくて自分の居場所を確認するように私は今年も年賀状に大切なメッセージを綴る。多分、実は自分の為に。
December 23, 2010
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今日は冬至もう冬至。いきなり22日が降ってきた様な気がする。冬至はお日さまの冬の底だから、ここより深くなることはない。冬の底。一番長い夜を超えよう。寒く長い冬の底は今日はなんとも暖か。冬至らしくないこの暖かさはご挨拶に持って来いの話題となって助かった。今日の夜を超えたら気温は益々下がっても気配は春を思わせる。明るさは視覚の味方。光源は心を照らす。寒くても気配を感じることができればそれは新しい季節の希望
December 22, 2010
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今日は一日目が乾く感じがしていた。コンタクトがうまく馴染んでいない様な。そんなことがいくつも起こるのは身体がずいぶん擦り切れてきたのかとこの頃よく思う。昔から、病気とは縁のない身体だった。どんな無茶をしても全然平気で、自分はある種、無敵だと思っていた。それがここ数年、急に生きた心地がしてきた。祖母が玉ねぎやジャガイモの買い物を重くて持てないということが理解できるほど擦り減る事を事実、自分のものにして擦り減った自分を代償に反比例して経験や思いを手に入れたなんにもないよりも痛んだ分だけそれが優しさに換えることにできたら。まだ未熟な私はそれでもその優しさに素直になれずに葛藤している。ろくろを回し少しずつ少しずつ器を広げて土が乾かない間に。手に入れたいものが多すぎるでも欲張ったら、きっと壊れてしまうだろう。そのちょうどいい器になれるよう。すり減らし、研ぎ澄まし完成は別れの時。乾燥しないよう。とりとめのない思いはまだまだ固まらない。
December 21, 2010
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スーパーでちっちゃい子が大きな買い物カゴを引きずるようにしながらお母さんの後ろにくっついてお買い物をしていた。「かわいい♪」本当にかわいいけれどお母さんは一番大変な時期だと思う。私のその頃はよく街のおばちゃんに「一番いい頃やなぁ」と言われ続けた。反してその頃の私は、子供たちよ早く大きくなって欲しいと思っていた。そして、子供を大きくしての今、会社の若い女の子に「仕事もバリバリできて、 結婚もされていて、 子供さんもおられて うらやましい」と言われた。私からしてみれば独身で好きな事ができて若くてきれいで自分の為に時間がいっぱいあって会社でも頼りにされて仕事をしている彼女の方がずっと羨ましく思う。人生の『いい頃』は人に決められるものではないその人の価値観と状況。でも『いい頃』ってその時には分からないものかもしれない。通り過ぎて、振り返ってから思う。「あぁ、あの頃は良かった」と。ただ、私の人生で思えるのは今の自分のベストを尽くしていく事が進行形の自分に胸を張れることだと思っている。べストを尽くし続けることが自分に自信を持てることであり未来の自分の力となる、いつも今の自分が自分の『いい時』でありたい。
December 19, 2010
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手を痛めた。初めて経験するその痛みと痺れは恐ろしく思えた。色々と調べておおよそ、その原因が手に入ればそれは身近なものに変わった。手作業が圧倒的に多い女性のそれも中年以降に多いものだとあった。どれほどの女性がこの同じ痛みを共有しているのかと思うと心強くどれほどのこの年代の女性がこれほどに手を酷使しているのかと思うと心痛い痛みさえも身体の一部になろうとしながら
December 18, 2010
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『オペラ座の怪人』金曜ロードショーで観ました。劇団四季の『オペラ座の怪人』を観たいと思ったのが23年前。当時、付き合っていた人の会社が協賛していて、ただ、それだけで、たったそれだけでこのミュージカルが観たいと思った。結局、観に行けずだったんだけれどそれを忘れることなくなんとなくずっと私の中で気になっていた作品だった。ミュージカルは終わったけれどでも、ストーリーだけは知りたいと思って原作を読もうと、ちゃんと読みたいと思っていた。それでも図書館で貸出中だったり、すっかり忘れていたり。なんとなく手にするタイミングを逸していた。そして、結局23年。今日やっとちゃんと観ることができた。中学2年の末娘と一緒にハラハラして観ました。独身の時から、長い時間を経てこうして娘と思いを重ねながら観ることになるとは思いもよらなかった。娘は付きあって10カ月の彼氏がいる。恋愛進行形の心と一緒に『オペラ座の怪人』を観たのはとても不思議でそして、なんかいい感じだった。人を想う事を親子で思えて、私はいつの間にかここまできたんだなぁと娘は人を好きになる気持ちを持っていることと併せてちょっとだけ、素敵な思いが充満しました。
December 17, 2010
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結局、「手帳は高橋」を購入した。ずっと決めきれずにいたのがどんどん来年の予定が入ってくるので、やむを得ず、昨日、急遽、梅田の紀伊国屋にて購入した。書き始めると、鬼が笑い過ぎる。お腹を抱えてきっと這いつくばってる。来年の私なんて想像できない。今年がそうであったように。でもひとつだけ言えることは確実に前に進んでいること手帳は高橋今年はじめて使ってみる。いい年になるように素敵な予定で埋まりますように。思いを込めて書き始めた。
December 15, 2010
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御多分に漏れず、『もしドラ』を読んでみた。はじめ、『もしドラ』ってドラえもんの「もしも~」っていう道具?と思ったのだけれど、今年のベストセラーのランキングをNHKでやっていて、ようやく繋がった。全く私の分野外だったので、どうかと思ったのだけれどさすが、ベストセラー結構読める。ストーリーに不満はあるものの主人公が『マネジメント』を分かりやすく解いてくれるのでそんな風に読み解く事が出来るということに感心して、どんどん読めた。時折出てくる『マネジメント』の抜き出し。その中でいくつか心惹かれるモノがあり、経営学なんてほど遠い私でもじっくり読んでみたいと思った。こうして起こるチャレンジは私は大いに前に進めるべきだと早速、間接的に『マネジメント』から学んだ気がしている。・・・人のマネジメントとは、人の強みを発揮させることである。人は弱い。悲しいほどに弱い。問題を起こす。手続きや雑事を必要とする。人とは、費用であり、脅威である。しかし人は、これらのことゆえに雇われるのでは無い。人が雇われるのは強みゆえであり能力のゆえである。組織の目的は、人の強みを生産を生産性に結び付け人の弱みを中和することにある。・・・・・
December 14, 2010
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大阪出張の帰り道。梅田の阪急百貨店を覗いた。店内は平日にも関わらず人でいっぱいだった。アクセサリー売り場やバック売り場では商品よりも選ぶ人たちの方がキラキラ輝いていた。京都へ戻る阪急電車並走していた電車が離れていくと窓の外が急に暗くなる。向こうに見えるビル群がどんどん遠ざかるオフィスビルの誇らしげな光の窓がバームクーヘンみたいに重なってお腹をすかせた小さな人たちが行き交う今年最後の流星群がきてるはずなのに無情の雨がハサミのない切り取り線になって窓に斜めに貼り付く私は切り取り線に透明テープを貼って何事もないように繋ぎ続ける。何かを支えていることはそれらに支えられている事とイコールだと昨日の深夜、夢をみて目覚めてそのフレーズだけが手元に残っていた。どうしてその言葉を発したか夢のストーリは消えてないのに。安定した切り取り線は本当は切られるべきではなく、A4の用紙の一部のままで完成していた。それよりもこの厚い雲を切り取って下界にお構いなしに流れている流星群を観ることができたら、昨日の夢を思い出すだろうかそれともサンタさんが夢を拾って届けてくれないだろうか。きっと百貨店のショーケースに換え難い夢であるならば。
December 13, 2010
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何度か行こうと候補に挙がってもどういうわけか行けなかったつゆしゃぶ「CHIRIRI」さんへやっと行くことができました。お出汁で食べるしゃぶしゃぶはたっぷりのおネギとゆずトウガラシがとても相性良くてあっさりといただけました。最後にお蕎麦まででてきて(画像はないですが・・)お腹も大満足の内容でした!つきだしのごま豆腐とお刺身 つゆしゃぶ かぶら蒸し お寿司 デザートはプリンとシャーベット
December 12, 2010
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ものすごく素敵なものをいただきました。 清水の近くにある骨董のお店やさんの店主の貴道裕子さんのお出しになった御本。私は、骨董なんて分からないし、お店に入ることも経験したことがない。あると言えば、月に一度の天神さんの市に立つ露店の骨董屋さんをなんとなく眺めるくらい。そんな私だけれどもこの御本に収められている様々な「まめざら」の美しい写真と寄せられているエッセイを読んでつかの間、すごく豊かな気持ちになれた。素敵な本だと思った。その思いと同じことが帯に山藤章二さんが書いておられる「せわしない日々、ひと呼吸入れたくなったとき、豆皿に見入る。すっと心が休まる。自分が戻ってくる。」本当にそのとおりだった。私にとっては、この中の写真がそうなのだけれど。そして何より、この本の為の包装がとても素敵。和紙でピッタリの大きさに包まれその留のシールは豆皿のシール。そして、なかに挟み込まれている栞にはお香がしのばせてあってなんともすごい演出に感動!このシリーズは他に何点かあって、手元に揃えたいと思った。こんな御本を人に贈れる女性にそんなことが似合う女性に大人になったら(笑)なりたい。【送料無料】貴道裕子のまめざら(2)伝えたい日本の美しいもの 全5巻セット 貴道裕子著
December 12, 2010
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先日、ご紹介を受けた「水無月」の美味しい和菓子屋さんを木屋町に出かけたついでに覗いてみた。「水無月」は6月のものだとばかり思っていたけれど、『月餅家直正』さんの店頭には特別な水無月だけの専用ケースがその存在感を醸し出していた。店頭には『一保堂』の紙袋をもったお姉さま方であふれていてそれも店内のショーケースをものすごく真剣に吟味されていたので私はすぐに「水無月2本」を注文することができました。 観光客のお姉さま方はものすごく細かい注文をそれぞれにされていましたがお店の方はニコニコと対応されていたのがとても好印象でした。そして、家に帰って実食!!おいしい!!本当に美味しかったのです。ちょうど良い甘さで、もっちりとしてて。1本¥680とは思えない!「水無月」は絶対ココと決めました
December 11, 2010
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先週の日曜日に購入した雑誌を1ページも開くことなく1週間が過ぎた。1週間は早い。ことに12月は。1年のまとめの月。ここのところ、お送りするメールには今年一年のお礼を付け加える。そして、来年も引き続きのご縁をお願いして。うまい具合にご案内するイベントがあるのでかこつけてご挨拶を兼ねることができた。そのエクセルデータは私の2010年の大切な記録と記憶。来年は、もっとちゃんとしていたい。不安定をなくして、自分に少しでも自信が持てるよう一歩でも進めたら。今、目の前にある道を。
December 10, 2010
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哲学者の鶴見俊輔氏の「もうろく帖」のお話が掲載されていた。その中で、「何か楽しい事があっても、 その、喜びをつかまえて自分のもとに長く置こうとせず、 放つように心得よ」と詩人のウイリアム・ブレークの言葉を引用されていた。なんか素敵だと思って。喜びを留めておかず放つその自由をまた世にかえしてことは回っていく。実は誰も知らないうちに。
December 9, 2010
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うやうやしている。思いがアウトプットできなくて。形づくりは多分、きっかけ。大阪へ向かう電車の中移り変わる景色温かいおひさまと音楽があれば、少しくらいの不幸は車窓からはドラマチックに変わる。その変換方法をうまく利用できないかと師走のオフィス街をたくさんのサラリーマンに紛れて分かったふりをして歩いてみた。実は探しものをしながら。下を向いたら黄色い時間が積もっていた。積もった時間の中にはかさこそ音はするけれど探しものはみつからない。探しものは自分の中にそこがいちばん難しい。
December 9, 2010
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ねずみ色の重い雲が白い空にぶらさがっていた。冬の日。寒くなるとの予報に身構えてみるものの、案外、まだまだ大丈夫。大きなクリスマスツリーが飾られたキャンパス内に不似合いなお餅つきの準備を学生が進めていた。餅米を蒸し上げる湯気が師走を感じさせる。どんどん暮らしから季節感は遠ざかって行くのだけれど。重い雲にするりと空いた隙間に青のベースが見え隠れする。街路樹はいつの間にか葉をすっかり落とし、樹の下から葉っぱ越しに見えた風景がダイレクトに空へつながる。空は何層かに折り重なるようにして色を重ね下界からは一枚に見える平面。どうしても手の届かないものを手に入れようと私はシャッターを押す。手軽になったものだ。そうやって手に入れたレプリカをポケットに入れて今日は早く帰宅できたので自宅でもクリスマスツリーを飾った。
December 7, 2010
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今朝の玉子焼はうまくいかなかった。原因は分かっている。少し慌てすぎた。失敗した玉子焼き。結婚した当時、義母に初めて玉子焼きを作った。緊張して、とにかくきれいに焼くことに力を注いだ。ものすごくきれいに焼けた。大満足で食卓に並べ一緒にいただいた。まったく美味しくなかった。義母は「きれいに焼けるのね」と誉めてくれたけれど恥ずかしかった。体裁ばかり気にして玉子の柔らかさや挟み込まれる空気感が置き去りになっていた。そこに必要とされるモノは何が一番なのかそれからよく考えるようになった。今朝の玉子焼き失敗しつつもちゃんと復活できる業を主婦を20年近くもしていると出来るようになった。美味しいことそのあとにきれいなこと私の毎朝の5つのお弁当作りはまだまだ続く。
December 6, 2010
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かもめ食堂を観た。マザーウォーターが観たかったからかもめ食堂を観ておかなくてはと思った。思った通りの作品だった。時間の流れのゆっくりに登場人物の個性が生きていて自分もそこに居る様な気がしてリラックスできる。忙しい時間のなかでは生きることが複雑で息苦しくなる。生きることに何か目標が無ければならなかったり色んな区切りの中でその小さなワクを自分で作ってしまって狭い範囲でもがいたりしている。自由を探してるはずなのに実は自分が跳べないことに言い訳を探している臆病をひた隠し何かのせいにする。それは誰のせいでもなくて解放の鍵を皆、探している。ただ、かもめ食堂にその鍵は要らない。そんな場所がただ、そんな空間がなんとなく過ごす時間がしかも確実な存在。でも、間違いなく素敵にその芯は凛としている。だからこそゆるい時間を過ごす事が出来る。私の先はそうでありたいと思う。
December 5, 2010
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昼休み突然、雷がなったうれしくて。急に空が曇り雨降りだした。風が吹き、落ち葉を舞いあげ通行人の傘を奪う。傘を裏返しにされた人はみな不思議に大笑いをしている。気持ちはよくわかる。不意にやってきた嵐は笑うしかない。きっと。笑うしかない事態はいろんな場面にやってくる。立ち向かうとき、下を向いているより笑えた方がいい。雨が上がったのを(名残惜しく)見計らって外へ出かけた。お寺の境内を通り抜けたら湿ったみどりの匂いが充満していた。嵐の後、足元には茶色い松がいっぱい落ちていた。松が落ちている風景は見ていた今まで。だけど、今日、改めて、湿ったみどりの匂いのもとに気付いた事がある。秋になって紅葉して葉を落とすのは広葉樹で針葉樹は紅葉しないことからそのトゲトゲした姿も手伝ってなんだか強い無敵な感情のない木々のイメージを私は勝手に描いていた。ごめん。針葉樹も葉を落とすんだったね。葉を落とし、枝を伸ばし成長を遂げる。攻撃的な姿は身を守る知恵。このみどりの匂いと共に。勝手な思い込み。無敵なんてない。反省の雨あがり。
December 3, 2010
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2022年のFIFAワールドカップの開催地が今、発表されようとしている。あと12年後のこと。一方では、NASAが地球外生命体についての記者会見をすると聞こえてきた。12年後は想像できない先のことの様に思うし、ましてや宇宙の中での時間の感覚はどんなだろうかと思えば、どんな場所にいてもどんなことしていても自分なりに輝いていることができれば本望。どれほど時間を背負っていても。ワールドカップの試合を宇宙人と見ることが出来たらといつまでも先の見えない未来を思う事は楽しい。見えないから未来は楽しみでだからこそ、今を精いっぱい、満喫していかなきゃ人生は短い。
December 2, 2010
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仕事で季節のメールを時々お送りする。出逢った人に私を忘れてもらいたくなくて。返信をいただけなくても全然構わない。それでも、返信をいただけたら、本当に嬉しい。今日いただいた返信に今、もう一度返信をした。「今年は出逢えていい年でした」と今日から12月。今年はあとひと月で終わる。振り返りの月に思う。本当に今年は沢山の人に出逢った。素敵な出会いがいくつもあって幸せの年になった。色んな事があるけれど人の出逢いは何にも換えられない。人は人で生かされている。私は毎日助けられている。人の手の温かみに人の作った音楽にその人の存在に生きてるからこそ。どんな事があっても生きて人と繋がっていれば。友人の命日に思う。
December 1, 2010
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