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今朝の4時、月齢正に15の満月が流れる雲間から、西の中空に輝いていた。赤味を帯びた霞んだ春の月も良いが、矢張り青く澄んだ秋から冬の月が好きだ。因みに、月は秋の季語とされている。天文学でいうように、地球の衛星であると言えば一言で終わってしまうが、夜空で最も人間に身近な月は潮の満ち干だけでなく、古来より人の生活・文化にも深くかかわってきた。昔は、蛍の光と窓の月で本を読んだらしい。月ではウサギが餅を搗いており、竹取物語では満月の夜にかぐや姫が月に帰って行く。間貫一は熱海の海岸でお宮さんに向かって、1月17日の夜の月を来年も再来年も、10年後も僕の涙で曇らせて見せるとの名セリフを吐いている。尾崎紅葉に月暦の知識があったら、決してこのようなセリフはなかったはずである。毎年の同じ日に満月になることはありえないし、晴天の日であっても月齢によっては月の出ない年もあるからだ。大事な見せ場の場面でのセリフであり、たとえ誤りであるとはいえ、恋に破れた貫一の嘆きの胸中を他のセリフ回しでは、これ以上的確に表現することは出来なかったのではないだろうか。古来月は、詩歌にも盛んにうたわれており、百人一首を見ただけでも11首に月が詠まれている。中でも人口に膾炙されているのは、安倍仲磨の゛天の原天ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に 出でし月かも゛であろう。土井晩翠は名曲荒城の月の4番まである歌詞の2か所で ゛夜半の月゛と書いている。夜半は、夜または夜中のという意味を指しているのだろう。 童謡では月、十五夜お月さん、雨降りお月さんなどがよく知られている。お月さん幾つと月に歳を聞いているものもある。その答えが、「十三七つで未だ歳ゃ若いだ」。十三は満月の前の十三夜を、七つは東海道五十三次をうたった゛お江戸日本橋七つ発ち゛と同じで時刻を指しており、前者は午後4時を後者は午前4時を指している。満月の数日前で、夜の帳の下りる前の薄明かりの残っている空に浮かんだ月を、未だ満月までには早いと謳ったものだろうか。十三夜の月が美しいとしているのは、沖縄民謡では『月ぬ美しゃ 十日三日 女童美しゃ 十七ツ』で唄われている。十日と三日で十三夜の月が、女性は十七歳が美しいと言っているのだ。また歌謡曲では、「りんご畑でお月さん今晩は」と月に挨拶している。月に関連する物を探し集めていったら限が無いほどである。日本と文化の異なる西欧のホラー作品は、ニンニクや十字架に弱い吸血鬼の相棒として、満月になると狼に変身する狼男が出てくるが、こちらは何故か銀に弱点があるようである。--------------------------------------------------------------------------------
2012年10月31日
甲斐駒ケ岳の麓の山里でも、3年ほど前から画眉鳥という帰化鳥の美しい囀りが聞かれるようになった。関東では箱根、高尾山、多摩川河川敷などで声を聞く程度であったが、この数年の間に生息域を急拡大し、平成24年には宮城県から熊本県までの18都県で確認(独立行政法人国立環境研究所)され、一般に知られるポピュラーな鳥となった。あまりに急に生息区域を広げたため、この鳥の囀りを初めて聞いた人が増えて、鳥の名前すら知らない人も多い。その鳴き声は、時には煩く感じるほどの透き通った高音が特徴である。非繁殖期の夏の間は10羽程の集団で近くを周遊飛来しながら、我が家の周りでも庭先の樹木をソングポストにして囀り、時には高い大きな声で鶯の声を真似ることもある。もともとは東南アジアや中国に棲む鳥で、中国では鳴き声を楽しむための飼い鳥としての人気もあり普通に飼われている。我が国では、飼い鳥ブームに乗って昭和45年頃から愛玩用として大量に輸入されたが、10年ほどで人気がなくなり、ペットショップの店頭から姿を消してしまった。都会地ではその甲高い鳴き声が騒音とされたこと、洋鳥に比べて羽色が地味なうえ、餌もウグイスやメジロなどの和鳥と同じ摺り餌で、手数がかかることも敬遠された理由とされる。急激な勢力拡大の原因となったのは、売れなくなって大量に抱えこんで処分に困ったペットショップ業者が、放鳥したからだともいわれている。平成17年に施行された、「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」で特定外来生物に指定されており、侵略的外来種ワースト100選定種にもなっている。同じように昭和40年頃から、本州全土に生息地を広げた外来種の鳥にコジュケイがある。この鳥は「一寸来い、一寸来い」と聞こえる特徴ある声で鳴く。鶏と同じように、高い所を継続して飛翔しない鳥である。大正年間に狩猟用として放鳥され、昭和45年頃には本州の至る所で見かけられ、当時は毎年100万羽以上も捕獲されたといわれるが、現在は激減して滅多に声を聞くこともなくなった。飼養が禁じられている画眉鳥は、狩猟鳥としてのコジュケイと異なり人間という天敵がいないから、これからも勢力を広げ生息地を拡大して行くのだろうか。食性は昆虫や果実であり、同じ地上採食性のツグミやヒタキ科の鳥の生存を脅かすとの説がある。ハワイ諸島には、ホノルルの中華街の火事が原因で逃げ出した画眉鳥が定着し、在来種が減少しているとの報告がある。山里の朝、すでに聞きなれた画眉鳥の囀りで目覚めるのも趣があり、在来野鳥に悪影響を与えないのなら、自然のままにして見守りたいと思うのは私だけであろうか。
2012年10月30日
年齢を重ねるごとに、食べ物や飲み物の嗜好が変化するのはなぜだろうか。青年期にはとても食べられなかった珍味のウルカや鮒ずし、酒盗と呼ばれるカツオの塩辛などが酒のつまみによく合うのだ。アワビのキモやカニ味噌などだけを集めた瓶詰も販売されていて、しかもかなり高価である。アワビやサザエのキモ、あるいはカニ味噌と言われるものは、動物学的には中腸腺と呼ばれている。中腸腺は、エビ・カニなどの節足動物やタコ・イカなどの軟体動物では消化管の中腸の部分に開口する、先端が閉じた嚢状の器官である。節足動物のそれは脊椎動物の肝臓に相当し、栄養を取りこむ多様な生理機能と消化液を分泌する機能とを併せ持っているので肝膵臓と言われ、軟体動物の場合は単に肝臓と呼ばれることもある。カニ味噌やイカのワタがこれである。中腸腺は、食品として美味で栄養も豊富であるが、アサリやハマグリの様な二枚貝では、渦鞭毛藻などの有毒プランクトンを摂取して、その毒成分を蓄積し食中毒の原因となる。また海藻を餌とするサザエやアワビなどでは、春先から初夏(2~5月)にかけて、餌の海藻由来の葉緑素(クロロフィル)の分解産物(フェオホルバイト)が中腸腺に蓄積し、これを摂食すると、場合によっては光過敏症の原因となる。致死毒性はなく、治癒までには20日前後を要するとされている。葉緑素は植物が光合成を行う際、光エネルギーを効率よく吸収して、化学エネルギーへと変換する役割を担う重要な化学物質である。一方、動物に葉緑素の分解産物のフェオホルバイトが取りこまれると、生体に対して強い光過敏症を起こす。フェオホルバイトによる中毒の例としては、アワビの中腸腺やクロレラ加工品の喫食による光過敏症の発生が知られている。その毒性の発現機序は、フェオホルバイトが血液によって生体内各組織細胞に運ばれ、摂取後1~2日で光により活性化された酸素が、細胞膜を構成している脂肪酸等を酸化して過酸化脂質をつくり、この過酸化脂質が生体膜の組織細胞を破壊したり、その他の障害(顔面、手指の発赤、腫脹、疼痛、皮膚痒様感)を誘発する。一方、カロチンやビタミンE 等が、フェオホルバイトの毒性の発現に拮抗する働きをすることが分かっている。アワビによる中毒例として、明治時代に北海道と長崎県で2例、昭和22年に岩手県で1件16名の患者が発生した記録がある。東北地方には「春先のアワビのキモを食べさせるとネコの耳が落ちる」という言い伝えが古くからある。サザエなど海藻を餌とする貝類には、弱いながらフェオホルバイトが蓄積される。クロレラのクロロフィリンは、100度で3分加熱することで不活化されるとしている。(厚生省局長通知 昭和56年)現在クロレラ製品は、国の通達に基づいて加工するよう指導されている。アワビについては、以前大手スーパーで購入したアワビのツノワタの瓶詰を食べて手足、顔などの露出皮膚に発赤、腫脹、痒様感、熱発の症状が出たとの苦情が寄せられたが、医療機関の診察を受けておらず、アワビのツノワタの瓶詰が原因であったのか詳細は不明である。クロレラ加工品の事故が発生したのは現役時代であり、管内に商品を扱う事業所があった関係で、製品の回収・返品などの確認立ち会いに直接関わった経験がある。フェオホルバイトによる事故の発生は、稀な事例であるとはいえ、現実に過去において事故が発生していることは事実であり、アワビのキモを飲食店で提供する場合、念のため、過去に体調異常の経験が無かったか、確認してから提供することが求められる。君子危うきに近寄らず、2月から5月の春の期間、美味しそうに見えてもアワビのキモは食さない方が安全だろう。
2012年10月29日
南アルプス甲斐駒ケ岳の麓にも、秋が近づいてきた。夕方の空には、幾筋もの飛行機雲が浮かぶ。上空に雲を乱すような強風が無いのか、何時までも真っ直ぐな白い雲が形を崩すことなく浮かんでいるのだ。陽が落ちてくると見渡す限り人の影が見えず、秋の山里は一入人恋しさを感じるのだ。こんな穏やかな夕暮れが、間もなく八ヶ岳颪と言われる猛烈な山風に見舞われるようになる。信州に生まれ東京で暮らし、始めてこの山里に暮らしてみて、゛甲州の空っ風゛と言う土地の言葉がある事を教えられた。殆ど毎晩家鳴り振動がするほどの強風で、熟睡出来ないほどの風が吹く。田畑地に樹齢50年を超えるほどの、大木のヒノキや杉の防風林が点在しているが、雪の降るときに防風林の効果がハッキリわかる。丘の上の防風林から200メートルも離れたところにある道路で、丘の防風林が途切れた場所には、強風で吹き飛ばされて雪が積もらないのだ。我が家は防風林の途切れた場所に位置するうえ、二階建にしてしまったので風当たりの強さは恐ろしい程である。5月の連休を過ぎる頃になると、颪はすっかり影をひそめて強風が吹いた時の怖さを忘れてしまい、再びそんな季節が巡ってくるとまた思い出すのだ。人間の記憶には、可なりいい加減な部分があるのだ。
2012年10月28日
わが国には、60種を超える花粉症の原因植物が報告されている。3~5月にかけて大量に飛散する、スギやヒノキの花粉が原因となることは有名だがマツ、イネ科、キク科のブタクサ・ヨモギなどの花粉に感受性のある人も多い。花粉症には地域性があり、スギが少ない北海道にはスギ花粉症は少なくイネ科や白樺の花粉症がある。六甲山周辺では、空中窒素の固定能力があるとされるオオバヤシャブシが、法面緑化や肥料木として大量に植栽されたことで、この花粉によるアレルギーが社会問題化したことがある。花粉症は国によって原因植物が異なり、アメリカではブタクサ、ヨーロッパではイネ科、北欧はカンバの木による花粉症が多い。植物が授粉する方法で、虫によって花粉が運ばれて授粉するものを虫媒花といい、花粉を空中に飛散させて授粉するものを風媒花という。花粉症の原因となる植物は、ほとんどが風媒花である。しかし、その花粉を長期に大量に吸い込んでいれば、全ての植物の花粉がアレルゲンとなる可能性はある。その例として、人工授粉を行う果樹栽培農家や生け花を生業とする人に、花粉症が発症することが知られている。春ほどには騒がれないが、秋にも花粉症がある。一時期、秋の花粉症はセイタカアワダチソウが原因だとされ、目の敵にされたことがある。北アメリカ原産のセイタカアワダチソウは、アキノキリンソウと同じキク科の多年草である。日本国内へは、明治の末に園芸目的で持ち込まれた。昭和のはじめ、牧野植物図鑑にはすでに帰化植物と記述されている。この植物は昭和40年代以降に、種子と根茎の増殖によって猛烈な勢いで日本国中に広がった。一説によると戦後、種子がアメリカ軍の軍需物資に付いて輸入され、また蜜源の少ない時期の採蜜用の花として利用するため、養蜂家が種子を蒔いて植生を広げたとも言われている。蜜源にしようとしたとすることからも分かるように、セイタカアワダチソウは蜜を分泌する虫媒花であり、花粉を飛ばさないのだから花粉症の原因植物とは成りえない。セイタカアワダチソウとブタクサの繁茂し始めた時期が重なったため、この二種の名前が混同された経緯があり、真っ黄色でばけばしく至る所で目についたセイタカアワダチソウが、花粉症の原因植物として濡れ衣を着せられたのである。日本の権威ある医学雑誌に「セイタカアワダチソウの花粉症患者について」と言う、東北のある保健所長の投稿記事が掲載されたことがある。また、首都圏の薬草園の一角には、花粉症の原因植物としての掲示と植栽圃があった。セイタカアワダチソウは、根から他の植物を駆逐する化学物質(アレロパシー)を分泌することが知られている。ススキの群生地にまで増殖できたのはこのためである。しかし、日本国中の荒地や草地を席巻したセイタカアワダチソウも、繁茂を始めて40年程経過して、自ら分泌するアレロケミカル(他の植物を駆逐する化学物質)によって、今や衰退の一途をたどっているのである。平成24年10月25日朝日の朝刊に、福島第一原発事故で作付けが出来なかった楢葉町の水田や畑が、セイタカアワダチソウで覆い尽くされてしまったとの記事があった。他の荒地と異なり、わずか一年半の間にこのように繁茂出来たのは、水田や畑がセイタカアワダチソウにとって処女地であり、アレロパシーの蓄積がなかったことにもよるのだろう。2メートルにもなるこの花の真っ黄色な群落が、秋風に一斉にたなびく様子はけばけばしくまた毒々しく感じるが、数本だけであれば家の中に生けても良いような、案外綺麗な花であると感じるのは私だけだろうか
2012年10月25日
10月も中旬を過ぎ、秋風が冷たく感じられる頃になると、イヌサフラン(コルチカム)が咲きはじめる。この球根は植え込まなくても机上に放置したままで花を咲かせる。雌蕊が、料理用スパイスや染料に利用されるサフランの花と酷似するが、アヤメ科のサフランに対して、こちらはユリ科に属しグロリオサと同科である。全草に有毒のアルカロイド物質(動物に対して特異的なしかも強い生理作用を持つ有機化合物の総称。)であるコルヒチンを含有する。新潟県では、平成19年に食用のギョウジャニンニクと間違えて食べ1名死亡、平成20年には球根を誤食して4名の食中毒患者が出ている。コルヒチンは1820年にフランスの化学者ピエールによって初めて分離された。゛イヌ゛と言う言葉は多くの植物の名称の頭に付けて、似て非なるの意味があり゛もどき゛と同じように使われ、基準の植物が人の役に立つ場合、イヌが付いた方は全く役立たないとの否定的ニュアンスが含まれる。ただし、イヌサフランの場合は観賞用・薬用として用いられていて例外である。人が文明の進化と共に贅沢になると、食べるときの果実の種が邪魔で面倒に思うようになる。種の無い果実を作ろうと努力した結果、作出されたものの典型が種なしスイカや種なしブドウである。殆どの生食用ブドウは種なしだが、これは植物生長ホルモンのジベレリン処理による人工のものであり、種なしスイカはコルヒチンを用いて作るのである。スイカの染色体数は2倍体である。2倍体のスイカの発芽後にコルヒチン処理を施し、4倍体のスイカを作る。このスイカに2倍体のスイカの花粉を授粉して、3倍体のスイカを作る。3倍体は不稔なのでこの種子を育てると、種なしスイカが出来るのである。(この方法を開発したのは、遺伝学者の木原均である。)一時話題になったが、現在は栽培に手数がかかるのと若干食味が落ちることから、我が国の果物屋の店頭からは殆ど影を消してしまった。イヌサフランは、既にローマ帝国のころから痛風に劇的に効くと言うことが分かっていた。(医者:ペダニウス・ディオスコリデス「デ・マテリア・メディカ」薬物誌) コルヒチンの作用機序は、人の細胞の微小管に結合して、細胞の機能を障害し白血球の炎症部分への移動と炎症物質を放出することを妨害することで、痛風の発作を鎮めるのである。効果の強い薬は、一方では副作用も強い。服用によって、下痢・吐き気・嘔吐・腹痛・腸管出血・発疹・全身のかゆみ・発熱・脱毛・血尿・乏尿などの症状がでる。現在はその副作用の激しさから、痛風の消炎に対してはステロイド剤を使用し、コルヒチンを処方する医師は少なくなった。私は30数年前の痛風発作で、コルヒチンを処方され4日間ほど服用したが、服用後10日ほど後から放射線照射の副作用のように、頭髪が猛烈に抜け落ちた。まさにコルヒチンの副作用である。その時に毛根も傷つけられたのだろうか。今では波平さんの頭になってしまった頭髪のせいで、夢見る少年の頃の容姿が見る影もなくなってしまった。
2012年10月24日
40歳代初めから、30年以上痛風と付き合っている。今までに3回の発作で、右足の親指付け根に、見事な痛風結節が出来てしまった。親兄弟に痛風患者はいないので、遺伝的要素に因る発病では無く、完全に自分自身の不摂生が原因である。第一の要因は、尿酸排泄を抑制する降圧剤の長期連用である。加えて副次要因として日ごとの飲酒と、モツ煮込みなどプリン体の多い食事の摂取、運動不足などが重なったことが発症の引き金になったようだ。明治時代までは日本では稀な病であったとされ、帝王病・贅沢病とまで言われていた痛風だが、戦後の食生活の欧米化に伴い、糖尿病や高血圧、心臓病などと同じ生活習慣病の範疇に入れられ、現在わが国の患者数は50万人とも言われている。尿酸値の高い、所謂隠れ痛風患者予備軍を入れたら恐らく倍の100万人は超えるだろうと思われる。血中尿酸値は薬剤でコントロールすることが容易で、巷間言われるように厳しい食事制限は必要としないし、飲酒も適度であれば可能である。現に私は30年発作が起きていない。痛風の語源については諸説あるが、風があたっても痛みを感じるほど痛いから付いた名前と言うのは、信じるに足る根拠が無い。なぜなら少しでも物が触れると、我慢できないくらいの猛烈な痛みを感じるが、赤紫色に腫脹した患部に、相当に強い風が当たってもそれほどの痛みは感じないからである。痛風と言う言葉は、14世紀の南北朝時代に有隣と言う人が「福田方」の中で初めて使ったとする記録がある。漢方の考え方で、人体は自然界から風、熱、湿、燥、寒の影響を受けるとされ、「風」には、健康を助長する「良い風」と健康を蝕む「悪い風=風毒」があり、悪い風つまり「風毒」により引き起こされる病気の全般を、「風疾」と言う。脳卒中による身体麻痺は、「中風=中気」と言って「風毒」が脳に関わった結果であり、ウイルスが原因の風疹は「風毒」が肝機能に関わって起き、これが腎臓に関われば[痛風]を起こすとされている。つまり痛風の「風」は、痛みが起きる「全身の病気」と言う意味で使われている。ナマズと言われる真菌による皮膚病があり、同じように「風」と言う字が使われているが、何故「癜風」と呼ばれるのかについては不明である。
2012年10月23日
今年の甲府盆地は、8月初めから9月中旬まで猛暑と干天が続いた。道路や土手の雑草も茶色になって枯れる程だった。また庭木や草花の中には、枯死するものも出たほどだった。サトイモは葉が縮れ、30程で成長を止めてしまった畑も出た。植物は漸く台風18号で一息ついたのだが、キウイは半分以上はを落としてしまい、今年は甘い果実の収穫を望めそうもない。ところで10年前、長野の善光寺から拾ってきた種を蒔いて育てたヤマボウシが、4メートルにも成長して初夏には木全体が真っ白になるほど花が咲くようになった。秋口には毎年真っ赤に実を付けるのだが、今年は姫リンゴ程もある大きな実を付けた木があった。今まで、こんな大きなヤマボウシの実を見たことは無い。家内は放射能の影響で突然変異ではと気味悪がるが、巨大な実を付けたのは一本の樹だけで、他は普通の大きさであることから、実の巨大化は今年の気候に大いに関係があったのではないかと推察している。
2012年10月22日
秋風が吹くようになって花の少なくなった高原や樹陰に、紫色の花が目立つようになった。全草に猛毒があるとされる、トリカブトである。生け花の花材として、花屋の店先に見ることもある。トリカブトの根は、生姜の根のようにごつごつしていて、附子と呼んでいる。ブスの語源には諸説があるが、トリカブトの毒を指すブシから派生したとする説が正しいように思う。キンポウゲ科のトリカブトは、植物のうちで最も強力なアコニチンという毒を持っている。トリカブトは、全草が有毒であり特に根は毒性が強く附子(ぶし)と呼ばれる。昔蝦夷地では、附子を矢毒として狩りに用いていた記録がある。独眼竜正宗が幼時、生母から毒殺されそうになったが、その時に使われたのもトリカブトの毒であったとされている。附子という狂言があるが、ここではブスと読まれている。毒島と書いてブスジマと読ませる苗字があり、附子すなわち毒であることからきている。こんな強力な毒でも、鎮痛作用、強心作用、血管拡張作用などがあり薬としても利用されているのである。東北地方では、幼女の頬が寒さで赤紫色になることを、ブス色になるという。この場合のブスは、頬の色がトリカブトの花色を連想することから、ブシ色→ブス色に音便変化したものだろう。またトリカブトの毒に中った場合、麻痺した顔貌が醜くなることから美しさに劣る婦女子を、附子に中(あた)った顔のようだ→ブス顔だと言うようになったものではないだろうか。
2012年10月19日
一本の木で枝によって花色の異なる花を咲かせる、いわゆる咲き分けをする植物の代表的なものにツツジ類やハナモモ、梅、桜、百日紅などがある。咲き分けは、染色体の中を移動して正常な遺伝子に異常を起こす、動く遺伝子(転移遺伝子)によって発現するとされている。一方、時間の経過によって同じ一つの花の花色を変化させる植物もある。よく知られたものに酔芙蓉・月見草、高山植物のウコンウツギの花がある。酔芙蓉は一日花で、早朝の咲きはじめは純白だが次第にピンクに変化し、夕刻には濃いピンクもしくは赤色になって落花する。酔芙蓉と同じように一日花で、花色が変化するものに、宿根朝顔(琉球朝顔)がある。この花は、朝方は濃紺の花を咲かせるのだが次第に紺色が薄くなって、夕方にはピンクに変化するのだ。植物には、果実や花の青・赤・紫を表出するアントシアニンという水溶性色素が広く存在する。因みにナスの色は、アントシアニンの一種でナスニンと言われる色素である。アントシアニンはph(水素イオン濃度)に反応し、酸性で赤、アルカリ性では青に変化する。酔芙蓉の花色変化は、花弁の細胞内にこのアントシアニンが蓄積してくることによっておきると推定されている。一日花ではないがニオイバンマツリの花は、逆に咲き進むにつれて紫から白に変わる。仕組みは解明されていないが、アントシアニンが酵素分解によって分解されることによって、変色するのではないかとする説がある。亜高山から高山にかけて自生するスイカズラ科のウコンウツギの花は、咲き出しは黄色で授粉に成功すると赤色に変化する。マルハナバチによる、効率的な授粉を受けるための変化とされている。植物の不思議である。我が家の庭先の、大輪一重咲きの酔芙蓉はぼつぼつ花が終わるが、今年も多くの人の目を楽しませてくれた。また普通の朝顔はもう終わりだが、琉球朝顔は今まさに最盛期で、まだこれから霜が降りる頃まで頑張って咲いてくれる。
2012年10月18日
独特の節回しで歌う森繁久弥の歌が好きで、ipodに入れてあってよく聞く。彼のアルバムの「全曲集俺が歌さ」12曲目に、お座敷歌の゛金毘羅船々゛が収録されている。その歌い出しが妙に気になって、調べて見た。♪ こんぴらふねふね おってにほかけて シュラシュシュシュと歌っているのだ。これに漢字を当てはめると♪ 金毘羅船々 追っ手に帆掛けて シュラシュシュシュとなるのだろうか。実際に、歌詞を紹介しているものの中には追っ手と書いているものも多い。ここに追っ手と言う漢字を当てると、どうしても意味が通じなくなってしまう。追っ手は、敵や罪人を追いかける人の事だから、罪人が船で追っ手から逃げると言うことになって、この歌の意味が明らかに違ってしまう。多くの歌詞は追風と書いて、おいてと読ませていることから、こちらの方が正しいように感じる。追風は、おいてと読みおってとは読まないから、歌うときはおってに…ではなく、おいてに…と歌うのが正しいと思う。立てた帆に追い風を受けて、大阪の港から丸亀まで金毘羅さんの参拝客を乗せた乗合船が、順風満帆で航海すると言うことなのだろう。
2012年10月17日
何れ菖蒲か杜若(いずれあやめかかきつばた)と言う言葉がある。アヤメもカキツバタも同じ科の花のため区別しにくいので、どちらも優れていて選択に迷うことからでた言葉。この使い方の正しいことは、次の文を見て貰うと分かる。源頼政が鵺(ぬえ)退治で、菖蒲の前(あやめのまえ)という美女を賜るに当たって、同じような綺麗な美女12人の中から、菖蒲の前を選ぶように命じられた時に読んだ和歌●「五月雨に 沢べのまこも水たえて いづれあやめと 引きぞわづらう」。(出典:太平記一二一)何れの次に「が」を入れて、「何れがアヤメかカキツバタ」として、似ていて花の区別が付かないと言う意味で使われることも多いようだ。しかし本来は、どちらも優れていて甲乙つけ難いと言う意味で使われる言葉とされる。「が」を入れた場合のように、確かにアヤメ・カキツバタ・ハナショウブはかなりの知識が無いと判別が難しい。簡単には花菖蒲は黄色、カキツバタは白、アヤメは網目状の模様が花弁の基部にあることで区別する。アヤメには花色の異なる園芸品種があるが、私の好きなのは濃い紫一色で他の花にさきがけて咲く゛魁アヤメ゛だ。アヤメやカキツバタは株分けで増やすのが一般的で簡単な方法だが、私は山小屋の周辺で植栽している人から、8月末に今年結実した種を貰ってきてプランターに蒔いた。発芽率は数パーセントで効率は良くないが、発芽したものは数センチの大きさに伸びてきた。うまく育てば2~3年で開花すると思われる。今から数年先の開花が待たれる。
2012年10月15日
昨日の夕方5時前、急に部屋に赤色が射してきた。カーテンを開けて外を見ると、西の方角の雲が茜色に染まっていた。久しぶりに綺麗に焼けた空を記録に残そうと、カメラを携えて外へ出て見たが、画になりそうな空が無いことに気がついた。家屋や電柱・電線、テレビアンテナなどが邪魔をして、画にならないのだ。与謝野晶子ではないが、東京には空が無い…。近くの公園まで遠征して、漸く撮影することが出来た。私の住居の近くに、米軍の厚木飛行場があって、戦闘機がタッチアンドゴーの訓練をするときは我が家の真上を通り、その轟音でテレビの音は聞こえず家の中でさえも会話が成立しない。撮影時、丁度厚木から横田飛行場へ向かう飛行機が、茜空を横切って行った。夕焼けに浮かぶ飛行機だ。枕草子に、゛秋は夕暮れ夕日のさして山の端いとちかうなるに…゛の段があり、秋の夕空を愛でている。夕焼けは季語では夏とされているようだが、夏の季節にはこのように美しい夕焼けは現れない。透き通った秋空の夕焼けはまた格別である。6月末の日の入りは19時、今の時期は日の入り16時50分だから、2時間以上も日没が早くなっている。この時間帯は、子供が家路に向かう頃に当たり、それだけに幼時の記憶にあって懐かしく思われるのだろうか。夕焼けは、赤とんぼや夕焼け小焼けなどの童謡にも謳われ、八王子市上恩方陣馬街道沿いには、作詞者中村雨紅の生家宮尾神社があり、゛夕焼け小焼けで日が暮れて゛の歌碑が建っている。絵画で有名なのは、何と言ってもミレーの゛晩鐘゛だろう。昨夕の夕焼けが、広い大地の地平線に現れたものだったら、また一つ名画が生まれたかもしれない。
2012年10月15日
今年の夏は殊のほか暑く、かてて加えて干天の雨無しが40日も続いた。水不足で、街路樹や庭木の枯死が目立ち葉を落とす樹木も多かった。都の水道局では、久々の給水制限が行われた。幸いにも大きな災害も無かった、台風18号のもたらした雨でダムの貯水が若干持ち直して漸く一息つけた。鰯雲が見られるようになって、季節は正に秋真っ盛り。この時期になると、例年松茸の香りが懐かしくなってくる。国産松茸は、全国的にマツノザイ線虫に因る松枯れの増加と松茸山の手入れ不足で、松茸の発生と収穫が年々減って来て、正に宝石並みの値段となってしまった。松茸は例年、金木犀の花の開花時期の前後が発生の最盛期である。今年は、10月10日前後に金木犀が満開の時期を迎えた。しかし、夏の間の干天雨無しの影響で、山も乾燥してしまった結果、キノコの発生には最悪の条件となってしまった。今季は殆ど収穫が無い。ところで金木犀だが、今年は10月10日頃満開を迎えたが、2~3日の間しか香らず、知らない間に花が終わってしまった。ところが2日ほど前から、一度咲いて散った木にまた沢山の蕾が付いて今朝は開花が始まり、周囲に盛んに独特の芳香を放ち始めた。毛虫や台風の風で痛め付けられた桜の木は、秋に開花することのあるのは良く知られているが、2週間ほどの間隔で咲く金木犀については初めての経験だ。夏の高温雨無しと、一度目の開花後に高温期が続いたことも影響しているのではないか。金木犀の開花時期との関係からすると、これから待望の松茸が発生してくるのではと淡い期待を持っている。
2012年10月14日
次回の運転免許更新時の年齢が、70~74歳の範疇に入ったので今回初めて高齢者講習の通知を受けた。この講習会を受講していないと、運転免許の更新を受けることができないのだ。公安委員会が指定した、民間自動車教習所が実施するもので、午後1時集合で4時30分まで実車、静止・動体視力・視野、運転適性の各検査に加えて、座学と称して法令の講義があった。検査結果は自分の場合、いずれも30~59歳の平均に比較して稍や優れているとの判定だった。しかし拘束時間と講習受講費の5,800円に対して、その内容が乏しいと感じたのは自分だけだったのだろうか。幸い自分には何の問題も無く理解できたが、同時に受講した人の中には用紙への記入要領が理解できない人もいた。高齢者講習会にも、75歳以上の人に実施する予備検査のようなもので受講者をクラス分けして、残能力の程度に応じたクラス分けをした講習が必要だろう。
2012年10月13日
山小屋周辺には以前から猿の集団が定期的に出没し、せっかく作った畑の作物を荒らしていた。特にカボチャ・トウモロコシ・サツマイモは目をつけられると収穫0になることもあった。近年は猿に加えてイノシシ・鹿・ハクビシン・狸・狐・ツキノワグマまで出てくる。標的になる作物もサトイモ・トウガラシ・ピーマン類を除いて、ほとんと゛すべての作物が狙われる。8月には散歩中の人が熊に襲われ重症となった。養鶏場ではニワトリが60羽も被害にあった。耕作者の高齢化と作物の動物被害で、耕作を諦める畑が増え土地の荒れ地化と野生動物の増加と言う悪循環が始まっている。私は動物忌避に効果があるとされる、高価なウルフピーを購入して設置したが、イノシシ・鹿には効果があったと思われるが、猿やハクビシンにはほとんど効果がなかった。地区猟友会会員の高齢化で、猟がなされなくなったことも動物増加の原因らしい。市の補助による猟友会会員の若返りや住民が希望する場合に、簡便な罠の使用を許可し、捕獲することも動物の適正な数を保つ上で必要ではないだろうか。
2012年10月13日
今日は朝から快晴の秋晴れ。秋が深くなってきて、ボツボツ日差しが恋しい季節となった。3日前に、夏の間日除けとして活躍したヘチマに引退して貰い、茎をカットして地際を一升瓶に誘引し、ヘチマ水を採取。今朝確認するとほぼ満タン、約1800mlが採れた。これをガーゼで漉して、ヘチマコロンを作る。これは、家内の1年分の化粧水となる。
2012年10月12日
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