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もうひとつ秋の風景をお届けします。たわわに実をつけた栗です。栗という言葉が出て来る歌は万葉集に2首あります。(栗の木) 三栗(みつぐり)の 那賀に向へる 曝井(さらしゐ)の 絶えず通はむ そこに妻もが (万葉集巻9-1745 高橋虫麻呂歌集)(三つ栗の中、その中ではないが、那賀(那珂)に向き合っている曝井の水の絶えないように、絶えることなく通って来たいものだ。そして、そこに愛しい妻がいたらなあ。)松反(まつがへ)り しひてあれやは 三栗(みつぐり)の 中(なか)ゆ上(のぼ)り来(こ)ぬ 麻呂といふ奴(やっこ) (万葉集巻9-1783 柿本人麻呂歌集)(松反りのように体の自由が利かなくなった訳でもないでしょうに、三栗の中上りもして来られませんのね。麻呂という奴は。<あなたこそ、どうなさったのですか。私に文句を仰るなんて逆ではございません?>) (注)松反り・・「しひ」は身体の機能・感覚を失うこと、失った 状態を意味するが(例、「目しひ」)、松反りは、 これにかかる枕詞。松の木をねぐらとする鷹が羽 の生え変りのため、秋の頃、松の木の枝に止まっ てじっと動かずにいる状態を指す言葉が「松反り」 というとのこと。 中上り・・国司が報告などのため、その任期中に上京すること。 上の2番目の歌は「妻の和ふる歌一首」と詞書にあり、その前の「妻に与ふる歌一首」に答えたものです。それも挙げて置かないと、この歌の面白さが分からないでしょうから、下に記して置きます。雪こそは 春日(はるび)消(き)ゆらめ 心さへ 消え失(う)せたれや 言(こと)も通はぬ (万葉集巻9-1782 柿本人麻呂歌集)(雪なら春になれば消えてしまうでしょうが、雪でもない貴女は心まで消えてしまったのでしょうか。便りも寄こさないなんて、いったいどうしたのですか。) 栗の実(正確には種子と言うべきか。)は、毬栗(いがぐり)の中に必ず三つ入っている。という訳で「中、なか」の枕詞として「三栗」が使われる。 栗は、このように枕詞として万葉集に登場するけれど、栗の実や栗の木そのものを歌った歌は万葉集にはないようだ。この点は「蛍火の」という「ほのか」にかかる枕詞はあれど、蛍そのものの歌が存在しない、蛍とよく似ている。 さて、何という木か知らないが赤く色付いた、妙な形の実(実だと思うのだが・・)のなっている木がありました。これは何という木ですかね?ご存知の方いらしたら、ご教示下さい。(この木何の木?) 秋とは何の関係もない話ですが、道の辺に鴨であろうか、鳥の屍が・・。強い日差しに曝されて、干からびたようになっていました。埋葬までは致しかねたが、アスファルトの上に剥き出しのままの屍は痛ましいので、街路樹の根元の草の中に移して置いた。こういう行為もゴミの不法投棄になるのだろうか。(鳥の屍) 下記の歌を思い出しました。家にあらば 妹が手まかむ 草まくら 旅に臥(こや)せる この旅人あはれ (万葉集巻3-415 聖徳太子)(家に居たなら、妻の手を枕とするだろうに、草を枕の旅先でひとり倒れ臥しているこの旅の人は気の毒なことだ。) 鴨山の 岩根しまける 吾をかも 知らにと妹が 待ちつつあらむ (万葉集巻2-223 柿本人麻呂)(鴨山の岩を枕に死んでゆく私であるが、妻は、それを知らずに、私の帰りを待っているのであろう。) そして、最後はまたアメリカデイゴです。先日撮った写真の花は散ってしまっていたのに、今日見るとまた新しい花を付けていました。デイゴは鴨よりも逞しい。そんな気(木)がしました(笑)。(アメリカデイゴ) 残念ながら、写真ちょっとピンボケですな。(補足)上の「何の木」は春に白い花を咲かせる、あの 「コブシ(辛夷)」であるとご教示戴きました。
2009.08.29
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萩の花が咲き匂っています。万葉集には萩の歌が141首もあります。全部は大変なので、ここでは巻8までに出て来る萩の歌を挙げて置きました。秋を心ゆくまでお感じ下さいませ。吾妹子(わぎもこ)に 恋ひつつあらずは 秋萩の 咲きて散りぬる 花にあらましを (巻2-120 弓削皇子)高円(たかまと)の 野辺の秋萩 いたづらに 咲きか散るらむ 見る人無しに (巻2-231 笠金村)高円(たかまと)の 野辺の秋萩 な散りそね 君が形見に 見つつ偲はむ (巻2-233 同前)かくのみに ありけるものを 萩の花 咲きてありやと 問ひし君はも (巻3-455)指進(さしずみ)の 来栖(くるす)の小野の 萩が花 散らむ時にし 行きて手向(たむ)けむ (巻6-970 大伴旅人)春日野に 咲きたる萩は 片枝(かたえだ)は いまだ含(ふふ)めり 言な絶えそね (巻7-1363)見まくほり 恋ひつつ待ちし 秋萩は 花のみ咲きて 成らずかもあらむ (巻7-1364)吾妹子が 屋前(には)の秋萩 花よりは 實になりてこそ 恋ひまさりけれ (巻7-1365)ほととぎす 声聞く小野の 秋風に 萩咲きぬれや 声のともしき (巻8ー1468 小治田廣瀬王)わが岳(をか)に さ男鹿(をしか)来鳴く 先萩(はつはぎ)の 花嬬(はなづま)問ひに 来鳴くさ男鹿 (巻8ー1541 大伴旅人)わが岳(をか)の 秋萩の花 風をいたみ 散るべくなりぬ 見む人もがな (巻8ー1542 同前)さを鹿の 萩に貫(ぬ)きおける 露の白玉 あふさわに 誰(たれ)の人かも 手にまかむちふ (巻8ー1547 藤原八束(やつか))秋萩の 散りの亂(まがひ)に 呼び立てて 鳴くなる鹿の 聲のはるけさ (巻8ー1550 湯原王)明日香河 行き廻(み)る岳(をか)の 秋萩は 今日ふる雨に 散りか過ぎなむ (巻8ー1557 丹比真人國人(たぢひのまひとくにひと))うづら鳴く 古(ふ)りにし郷(さと)の 秋萩を 思ふ人どち 相見つるかも (巻8ー1558)秋萩は 盛(さかり)過ぐるを いたづらに 插頭(かざし)にささず 還(かへ)りなむとや (巻8ー1559)妹が目を 始見(はつみ)の崎の 秋萩は この月ごろは 散りこすなゆめ (巻8ー1560 大伴坂上郎女)わが屋戸(やど)の 一むら萩を 思ふ兒に 見せずほとほと 散らしつるかも (巻8ー1565 大伴家持)雲の上に 鳴きつる雁の 寒きなへ 萩の下葉は もみちせるかも (巻8ー1575)朝戸開けて もの思ふ時に 白露の おける秋萩 見えつつもとな (巻8ー1579 文寸忌馬養(あやのいみきうまかひ))さを鹿の 来立ち鳴く野の 秋萩は 露霜負ひて 散りにしものを (巻8ー1580 同前) 秋萩の 枝もとををに おく露の 消(け)なば消(け)ぬとも 色に出でめや (巻8ー1595 大伴像見(かたみ))秋の野に 咲ける秋萩 秋風に なびける上に 秋の露おけり (巻8ー1597 大伴家持)さを鹿の 朝立つ野辺の 秋萩に 玉と見るまで おける白露 (巻8ー1598 同前)さを鹿の 胸別(むなわけ)にかも 秋萩の 散り過ぎにける 盛かも去(い)ぬる (巻8ー1599 同前)高円の 野辺の秋萩 このころの 暁露に 咲きにけむかも (巻8ー1605 同前)秋萩の 上に置きたる 白露の 消かもしなまし 恋ひつつあらずは (巻8ー1608 弓削皇子)宇陀の野の 秋萩しのぎ 鳴く鹿も 妻に恋ふらく 我には益さじ (巻8ー1609 丹比真人)秋萩に おきたる露の 風吹きて 落つる涙は 留(とど)めかねつも (巻8ー1617 山口女王)玉に貫(ぬ)き 消(け)たず賜(たば)らむ 秋萩の 末(うれ)わわら葉に おける白露 (巻8ー1618 湯原王)わが屋前(には)の 萩の花咲けり 見に来まさね 今二日ばかり あらば散りなむ (巻8ー1621 巫部痲蘇娘子(かむなぎべのまそのをとめ))わが屋戸(やど)の 秋の萩咲く 夕影に 今も見てしか 妹が光儀(すがた)を (巻8ー1622 大伴田村大嬢)わが屋前の 萩の下葉は 秋風も いまだ吹かねば かくぞもみてる (巻8ー1628 大伴家持)手もすまに 植ゑし萩にや かへりては 見れども飽かず 情(こころ)盡さむ (巻8ー1633)
2009.08.29
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第42回智麻呂絵画展 8月も残りすくなくなり、朝夕は随分と秋めいてまいりました。皆さま、お元気にお過ごしでしょうか。本日は第42回智麻呂絵画展であります。智麻呂絵画のファンの皆さま、どうぞお楽しみ下さいませ。(胡蝶蘭)天山の 道のはるけし いにしへゆ 白き胡蝶の 青き空ゆく (偐家持) (エノコログサ)道の辺の えのころ草の 穂の揺れて 風にも秋の 色はあるらし (偐家持) (酸漿)酸漿の 灯す明かりや 梅雨明けぬ (筆蕪蕉) (睡蓮)睡蓮の 夢は黄色に 花咲きて (筆蕪蕉)(葡萄)ひとふたみい 房よりこぼる 葡萄の実 じっと見ている 秋の実の色 (偐家持)(花)秋されば ちひさき秋の 花飾らむ 秋のやさしき 顔もや見ゆる (偐家持)
2009.08.25
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本日は久しぶりに教会の礼拝に出席。 I 氏からご案内戴き、昔、通っていた教会の礼拝に。 礼拝の中で戦争体験の語り部・本田立太郎氏の講話があるとのことで、参加したもの。 本田さんは95才、自己の戦争体験を色んな集会で語り続けて来られ、今回が1292回目だか1293回目だか仰ってらしたが、その活動は尊敬すべきものと言うほかない。淡々と語られる事実が、氏の語り口と相俟って、胸を打ち、心を静かな感動とシンパシーで満たす。 戦争体験や被爆体験を肉声で語れる人もだんだん少なくなってゆく中で、本田さんのような人は貴重な存在であるだろう。氏が少しでも長生きされて、戦争というものの理不尽さ、恐ろしさ、愚劣さを、いつまでも語り続けて戴きたいものです。 (参考)「戦争出前噺1000回を祝う会」(2004年12月5日) 教会は自宅最寄り駅の「枚岡」から5つ目の「小阪」駅から徒歩数分の処にある。自転車で約30分で行けるので、電車よりもよかろうと、自宅を自転車で出発。途中で携帯電話を忘れたことに気付き、大急ぎで引き返したのだが、それでも礼拝開始時間には悠々間に合いました。 忘れ物と言えば、礼拝に出るのに、聖書も讃美歌集も忘れて来て、教会備え付けのものを借りる始末でした。これではキリスト者とは言えませんな。心がけがなっていない。 礼拝終了後、通り掛りのレストランで昼食をとり、中央環状道路を自転車で一路南へ。大和川に出た処で川岸の自転車道を遡上。柏原市役所前、高橋虫麻呂歌碑の処から北に道を取り、恩智川沿いのいつもの道を辿って自宅まで、今日はいつもの「近隣散歩」を少し上回る距離となったかも(笑)。(小阪駅前のお地蔵さん) 今日、明日と地蔵盆にて、道すがら地蔵堂が何処も飾り付けされていました。小阪駅前のお地蔵さんもこの通りです。(大和川・奥に二上山が見える。) 中央環状道路をひたすら南方向に走ると大和川にかかる橋。橋を渡ると藤井寺市であるが、渡らずに川沿いの自転車専用道を東へ。 柏原市役所前でしばし休憩していると、車でやって来た親子連れに「柏原スイミングスクールはどちらに行けばいいですか?」と尋ねられる。「存じませんね。」近くに居たガードマンさんに聞いてみてあげるが要領を得ない。まあ、小生にできるのはここまでと、自転車でその場を立ち去る。 ついでに、近くの「石(いわ)神社」に立ち寄って行くことに。(石神社)<関連記事>高井田横穴公園(2008.6.8.) 石神社については、このページもご覧下さい。(石神社の境内の楠の大木) 神社の裏手(横手かな?)にあるブドウ畑には美味しそうな葡萄が・・。柏原は葡萄の産地でもある。河内ワインだって生産されている。(ブドウ畑)
2009.08.23
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今朝の銀輪散歩は南方向、八尾市へ。 花園中央公園・花園ラグビー場をひと巡りしてから、東花園駅前の踏み切りを南へ渡り、恩智川沿いをひた走る。 東大阪市の南隣が八尾市。八尾市に入って直ぐの地区は楽音寺という優雅な名前。その地にかなり大きな前方後円墳がある。心合寺山(しおんじやま)古墳である。この古墳、今は整備されて小奇麗な公園になっているが、まだこのように整備されていない頃、犬養先生と共に歩くという万葉ウォークの時に、この墳丘に初めて登ったのであったことなどを思い出す。もう随分昔の話である。 それはさて置き、明日は24節気の「処暑」である。この日を境に朝夕冷気が益すとされる。いよいよ秋めいて来るという訳である。という訳で、本日の銀輪「近隣散歩」のテーマは、「秋の気配」を探しに・・である。(楽音寺の畑野のススキ) 秋は萩ですが、ススキは更にも秋の趣深しですな。花園公園の雑草にも秋はゆら揺れていました。(写真下)わが屋戸に 韓藍(からあゐ)蒔(ま)き生(おほ)し 枯れぬれど 懲りずてまたも 蒔かむとそ思ふ (巻3-384 山部赤人)秋さらば 移しもせむと わが蒔きし 韓藍の花を 誰か摘みけむ (巻7-1362)(鶏頭)(鶏頭) 鶏頭(ケイトウ)は、万葉では「韓藍(からあゐ)」として登場する。秋の部の花ですな。 最近は色んな園芸種が出回って色も形も様々ですが、鶏頭と言えばやはり昔ながらの、この花でしょう。八尾市楽音寺の畑に沢山咲いていました。(シモツケソウの種子) 春から夏の花シモツケソウも今は実を付けています。これも秋の気配?(心合寺山古墳・前方部)(心合寺山古墳・後円部)(復元模型) かたち 前方後円墳 大きさ 全長約160メートル 時 代 5世紀前半 史蹟面積 約3万平方メートル 埋葬施設 後円部-粘土槨3基 前方部-木棺1基 出土品 き鳳鏡、甲冑、太刀、鉄剣、玉類、 水の祭祀場を表した埴輪、円筒埴輪、 朝顔型埴輪、形象埴輪(家・蓋・盾・鶏など) (注)心合寺山古墳の全景写真は以前に本ブログにアップしてい ますので次をご参照下さい。 2008年5月11日「桐の花散りにけるかな」(コグマザサ)(モミジアオイ) アオイは夏の花なれど、名前がモミジとあれば、これも「秋」の気配を醸すというべく、道の辺に美しく咲いていたので、パチリです。 ところで、秋とは何の関係もありませぬが、本日45678番目という数字並びのアクセスがありましたので、記念に記録にとどめて置きましょう。どなたかは存じませぬが有難うございました。 456782009-08-22 08:25:11*.e-mobile.ne.jp
2009.08.22
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銀輪散歩も南北の移動が中心の最近であるが、本日は東へ。 我が家は生駒山系の山の西側斜面の山裾にあるので、東へ行くというのは、即ち山に登るということを意味する。急峻な坂道故、殆どの行程、自転車を押して歩くしかないのであるが、それでも傾斜が少し緩やかな処は頑張ってペダルを踏む。汗が目にしみる~。 大阪府と奈良県との境の峠が暗(くらがり)峠である。この峠を越えて、奈良県側に下った処に犬養孝先生揮毫の万葉歌碑があるのだが、今日はそれを写真に収めようと、ただそのためだけの銀輪散歩である。前回(2009.1.29.)の暗峠行きの際は犬養万葉歌碑のある処までは行かず、画竜点睛を欠く気分でもあったので、今回は、という次第。(枚岡公園内の道ー1) 山越えの道は枚岡公園から始まる。この公園自体が既にかなりの高みにあり、ここまで登ってくるだけでも自転車では相当にハードである。上の写真の辺りはまだ何とかペダルを踏めるが、下の写真の辺りになると、もうお手上げ。(枚岡公園の道ー2)(暗峠への道) 暗峠はまだまだ先であるが、坂道はいよいよ急峻に。振り返ると先ほどひと休みしたお堂が下の方に。このお堂の脇にキツネノカミソリがひっそりと咲いていました(写真下)。(キツネノカミソリ)(万葉の路入口) 府民の森「なるかわ園地」への道である「万葉の路」入口でしばし休憩。府民の森は自転車乗り入れ禁止であるし、この路は階段の道なので、自転車では入れない。ここまで来れば暗峠はもう直ぐである。(万葉の路) ミンミンゼミとツクツクボウシの合唱に混じって、ヒグラシの澄んだ声が響き渡る。ヒグラシは秋の使いかも知れませんな。涼やかで、もの寂しさを感じさせるその声は秋を思わせる。汗だくになっていてもである。さやかに風の吹きも来る。(暗峠の棚田・大阪府側) やっと峠の手前までやって来ました。棚田が美しい。写真右奥の森に府民の森への入口がある。 黄花コスモスやタデが咲き、ヒョウモンチョウ、アゲハチョウ、アオスジアゲハなどの蝶が舞う。(黄花コスモス)(タデ) 峠には何軒かの民家がある。石畳の道の処でおばあちゃんと出会う。「こんにちわ」と声をかけると、人なつっこい笑顔で「歩いても大変なのに、自転車ではさぞ・・。冷たい水あげよか。」と言って下さる。(暗峠の棚田・奈良県側)(暗峠・奈良県側) 眼下に見えるのは生駒市の市街。その向こうの丘陵は矢田丘陵。矢田丘陵を越えると奈良市です。(峠のお地蔵さん・奈良県側) お待たせしました。やっと、犬養万葉歌碑です。 歌碑までは随分とかかるでしょう(笑)。(犬養万葉歌碑) 防人 下野國梁田郡 上丁 大田部三成 奈尓波刀乎 己岐泥弖美例婆 可美佐夫流 伊古麻多可祢尓 久毛曽多奈妣久 孝書 (注)「泥」は、原文は「泥」の下に「土」を書くのだが 文字が使えないので「泥」として置きました。難波津を 漕ぎ出て見れば 神さぶる 生駒高嶺に 雲そたなびく (巻20-4380 大田部三成)(棚田に野焼きの煙、秋の風情が・・) 犬養万葉歌碑にお別れして、再び暗峠まで喘ぎつつ坂道を登る。峠からは大阪側へは一気に落ちて行くような下りである。登りの苦労が嘘のように瞬く間に下界へ。花園公園までひたすら下る。(花園公園から生駒山を望む。) 左奥のテレビ塔のある山が生駒山である。右手前の山から生駒山の右肩へととりかかる道が暗峠越えの道である。 生駒山の裏側少し下った処に犬養万葉歌碑があったのだから、そこまでを往復したことになる。振り返って見ると結構な距離だ。
2009.08.21
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今朝の銀輪散歩は、出鱈目に 走っているうちに深北緑地へと続く寝屋川沿いの道に出たので、久しぶりに深北緑地まで足をのばしてみた。(深北緑地への道)朝風に 秋の色あれ 日に焼くる 夏の道なり 深北の道 (偐家持) 公園内をグルリひと巡りするが、夏休みとは言え、ウィーク・デイと暑さの故か、人影はまばら。花にでも挨拶してまいりましょう。(深北緑地公園東入口付近) 写真右が舗装されていない公園外周道路、左が公園内に進入する舗装された道路。(深北緑地公園・砦広場) 木陰で休みながら水分補給をしていると、3才位の女の子を連れた若いお母さんがやって来て、近くにある遊具で子供を遊ばせ始めました。(左:不明<ヤナギバヒマワリか?>、右:百日紅)(アガパンサスの実)(蓮池)(サルビア・グアラニティカ) 舌を噛みそうな名であるが、要するに青いサルビアですな。深い青色が涼しそうである。実物はもっと濃い青色でありました。(メランポジウム) 出口の花壇のメランポジウムの黄色い花に見送られながら、公園を後にして、野崎観音の方向へとMTB(マウンテン・バイク)を走らせる。 途中、反対方向から自転車でやって来た中学生位の少年に四条畷神社への道を尋ねられる。「この道を真っ直ぐに行き右に入る。何処で入るかは走っているうちに分かる。」と、何ともいい加減な説明。まあ、神社なんぞというものは、行けば何となく分かるものなのだ。だから、これでいいのだ(笑)。 野崎観音の下の「野崎まいり公園」の休憩所でひと休み。下の写真の休憩所の前に停めてある自転車が我が愛車のMTBです。(野崎まいり公園の休憩所)(野崎まいりの絵をプリントした暖簾) 休憩所は朝9時から夕方5時まで開いていて、地元の方が何かでお使いになっている場合を除き、誰でも出入り自由である。 休憩所建物の傍らにガマが穂を付けていました。(ガマの穂)<本ブログ内関連記事> 深北緑地 野崎観音
2009.08.19
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今朝の銀輪散歩でランタナの花が咲いているのを見かけました。ちょっと可愛い花ではあるが、今まで特に気にも止めることもなかった花でした。しかし、今日は写真に。 先日、智麻呂邸でこんなことがありました。 智麻呂邸を訪ねると、テーブルの上にランタナの花が飾ってありました。恒郎女様 「この花、何ていう花かしら。」げん家持 「あ~、これは、ラ・・、ラ~、ラ~、ラ・・? ラ、何とか云うのだけど、思い出せません。 簡単なカタカナの名前だったと思うのだけど・・。」 智麻呂氏が買って来られたという植物図鑑を恒郎女様が取り出されたので、「ラ」で始まる名の花を調べてみたら、「ランタナ」であることが分かりました。 こういうことがあると花の名前もしっかりと頭に入りますな。今後は、この花を見て、「ラ~、ラ~、ラ~・・」と呻くこともないでしょう(笑)。 というわけで、名前をしっかりと記憶した記念に写真に収めたという次第。 この花は、赤、黄色、オレンジ、ピンク、白と色々な色に咲くので、別名「七変化」ともいうらしいです。この点はアジサイに似ていますな。中南米の原産とか。 <参考> ランタナ
2009.08.18
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お盆は家でゴロゴロしていました。 9月の若草読書会で取り上げるという本(小田実「オモニ太平記」)、書店では見つからなくて、偐山頭火さんに倣って、アマゾン・ドット・コムで取り寄せて、読み始めていましたが、いつの間にか課題図書は、村上春樹の「国境の南・太陽の西」に変更になっていました。 また、大学の先輩が関わって居られる、或るNPO法人のイベントとして、「万葉ウォーキングをするので、そのコース選定と講師をお願いしたい。」との依頼メールが、先輩のN氏からあり、そのコースと和歌の選択などをしたりと、脈絡もない日々でありました。朝夕の銀輪散歩も近隣散歩のみ。 そんな「グータラお盆」のけん家持を知ってか知らずか、先日、友人から2冊の図書が届いた。 ひとつは、友人のS君からのもので、彼の22番目になる映画評論集。彼は多忙な弁護士でありながら、映画評論家でもあるという変わり種。もうひとつは若草読書会の仲間でもある景郎女様からのもの。彼女のエセーと和歌が掲載されている季刊誌「弦」という本(写真)。なかなかお洒落な表紙のデザインである。 さて、近隣散歩の方の話題は、これと云ってないので、枚岡神社の一の鳥居をご紹介して置きます。この鳥居の傍らの石灯篭は貞享2年(1685)の銘があるとかで、市内で最古の灯篭であるそうな。秋の祭には近郷各地区の布団太鼓台がこの鳥居前の道(東高野街道)に集結し、順番に鳥居をくぐって正面奥の山裾の枚岡神社へと太鼓台を進め宮入りするというのが、古来からの習わしである。(一の鳥居) 鳥居の道は神社の参道にて「松の馬場」と呼ばれていたらしいが、今は松並木もなく、住宅が建て込み、昔の風情はない。この参道は東西の道にて、「一の鳥居」の処で南北に走る東高野街道と交差している。(市内最古の石灯篭)<関連記事> 枚岡神社 枚岡神社秋郷祭
2009.08.16
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今朝の銀輪散歩で見慣れない花を付けた木を見かけた。何となく南方系の花のイメージだったので、まず頭に浮かんだのがデエゴという名でした。 ネットで、「デエゴ」をキーワードにして、調べてみると、或る方のブログで「アメリカデエゴ」として似たものの写真が掲載されているのがありました。 さて、これは、アメリカデエゴですかな? もし、違っていたらご指摘下さい(笑)。 (注)正しくは「アメリカ梯梧・アメリカデイゴ」ですね。 ちょっとなまってました。修正します。(8月13日)(アメリカデイゴ) ついでに、向日葵も掲載して置きます。隣の市の大東市の何とかいう小学校の横の遊歩道に沿った花壇に咲いていました。小振りなので、コマワリですかな。(ヒマワリ)
2009.08.12
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筆蕪蕉による俳句・川柳もどき集その3です。単に575になっているだけでありますので、「もどき」といたしました。すべて、どなたかのブログの記事へのコメントの一部として書き込まれたものです。春なれど 夏日なるかや 竹の秋 (冬子)竹の秋 三輪の風吹き 麦の秋 (偐春夏)連休の スタートなるか 墓参り (偐線香)銭葵 銭になるから 咲くんじゃない (偐平次)夏立ちぬ 心の池は 亀だらけ (偐亀田兄弟)言の葉の 及ばざりけり 蓮の葉に (偐「物は言ひ葉」)羊草(ひつじぐさ) 咲きて昼寝の 夢も醒め (筆蕪蕉)鎮魂の 歌に供へむ 椿花 (筆蕪蕉)たちあふひ 咲けばあふべし 花のもと (筆蕪蕉)麦の風 吹きて実りの 麦の秋 (筆蕪蕉)黙々と 草刈る媼(おうな) 越の夏 (筆蕪蕉)友来たり 遠回りして 帰る初夏 (筆蕪蕉)あぢさゐの 恋ははかなき 色に咲き (筆蕪蕉)ひつじどき ひるねどき咲く ひつじ草 (筆蕪蕉)午睡(ひるね)どき 目覚めに咲ける ひつじ草 (筆蕪蕉)未草(ひつじぐさ) 閉じて山から 申(さる)の来る (偐「時間です。」)中秋の 玉兎(ぎょくと)の餅の つくを見む (筆蕪蕉)雀らも 稲刈り待ちて かしましき (筆蕪蕉)クリスマス キャロルの道に 雪の舞ふ (筆蕪蕉)おひばねの 音の途切れて 笑ひ声 (筆蕪蕉)虫取りに 飽きて茱萸(ぐみ)取り 日暮れ前 (筆蕪蕉)青嵐 青息吐息 青き山 (偐青息)着せばやな 裸仏に 花衣 (筆蕪蕉)ときめきの いづちゆくらむ 仙人掌花(さぼてんか) (筆蕪蕉)口実(くちのみ)も ついばんでみよ 石雀(いはすずめ) (筆蕪蕉)六月の 風に吹かれむ 鈴懸けと (筆蕪蕉)蝶も袖 濡らしもぞする 五月雨(さつきあめ) (偐紀伊)梔子の 雨に濡れてぞ 香もかなし (偐面よき)田舎百合 見透かされてや 立ち往生 (偐ゆりもどき)西空に みすじの雲か 蝶一頭 (筆蕪蕉)難波では 大和しじみと なるや梅雨 (偐まほろば)時の日に ほっとけいよと 白き花 (偐時計花)洗濯は 梅雨の晴れ間に 鳧(けり)なけど (筆蕪蕉)笹ユリも カルタ取りでは 鬼百合に (偐負けず嫌い)大阪は カンナまでもが 豹柄や(それ位、知っ虎と、知っ鷹鰤)麻生では 痛し痒しの 秋の陣 (さりとてもハムレット)青空に 咲きて悲しき 百日紅 (筆蕪蕉)しばしなら 休んでもゆけ 豹紋蝶 (筆蕪蕉)梅雨明けも せぬまま蝉の 声高し (筆蕪蕉)木曜日 うれてとまとふ 蛮茄(ばんか)なり (トマト売り)歌麿も 写楽風なり 梅雨の明け (歌楽)朝風に カンナの赤き 原爆忌 (筆蕪蕉)猿芸の 滝の白糸 夏の空 (白猿)風船の 葛に揺れて 秋立ちぬ (筆蕪蕉)飛び出して 風船葛 舌もつれ (筆蕪蕉) 以上45句
2009.08.10
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今日は長崎原爆の日。 広島の日と共に僕らが心にとめておくべき日。 1945.8.6.08.15. 1945.8.9.11.02. この一瞬に吹き飛び、焼かれ、打ち砕かれた人達の 幾万の痛み、苦しみ、無念、恨み、悲しみ。 その悲惨さ、むごたらしさに僕らが想像力をもって 向き合うべき日。 そして、また・・・・。 静かな怒りと深い悲しみと他への優しさをもって ふたたび歩き始めるべき日。 合掌。(昨夕の花園中央公園の夕映え)
2009.08.09
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第41回智麻呂絵画展 残暑お見舞い申し上げます。 今日は立秋。まだまだ暑さは続きますが、暦の上では早や秋であります。 8月23日が処暑。これ以降は朝夕冷気が加わるとされ、言わば残暑もこの日までです。あと暫くどうぞ皆さまご自愛下さり、残暑をお元気に乗り切って下さいませ。 さて、本日は第41回智麻呂絵画展であります。暫し暑さを忘れ、智麻呂ワールドにお遊び下さい。(蘭)(凡鬼農園夏野菜) 凡鬼さんの菜園にて収穫された夏野菜です。先日、智麻呂邸にお届け下さったもの。下の玉葱もそうです。(玉葱) 茄子トマト ジャガイモ胡瓜 玉葱は 背子持ち来たる 夏野菜なり (偐家持)(ナナちゃんの朝顔) これは、お孫さんのナナちゃんがプレゼントしてくれた朝顔。 なな媛の はしき貌花 今朝咲きて 今日も元気と 我に笑むらし (偐家持)(祥麻呂の朝顔) これは前回にも登場した祥麻呂殿の朝顔ですな。(カンナ) カンナの花の散りたる後の姿ですが、蕾のようにも見えますな。 散りてなほ カンナの赤き 原爆忌 静かなりけり 祈りの朝は (偐家持) (祝・お誕生日) 智麻呂氏が通われているデイサービスで、氏のお誕生日を祝ってお花をプレゼントして下さったものとか。 生まれたる 日にてありけり 来し方に 享けしや神の 愛をし思はむ (偐家持)
2009.08.07
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本日、本ブログのアクセス件数が44444を超えました。 同じ数字が並ぶというのは、理由もなく何か愉快である。222222008-09-30 22:53:58*.ocn.ne.jp333332009-03-21 11:51:47*.wakwak.ne.jp 444442009-08-06 10:50:32*.eonet.ne.jp 44444件目のアクセスは書き込んで戴いたコメントから、小万知さんであることが分かりました。44444件目の訪問者が若草読書会の仲間の一人であったということが、愉快さを倍加させるようでもあります(笑)。(ベロニカ <小万知さん撮影>) 本日の松風さんのブログによると、鶴見緑地の大池の回りにも、今、ベロニカが咲いているようなので、ベロニカの花をアップして置きましょう。 本日、智麻呂邸を訪問。新作の絵画3点を撮影して来ました。在庫の4点と併せ、計7点となりましたので、近日中に第41回智麻呂絵画展を開催します。どうぞ、ご期待下さい。なお、「智麻呂絵画傑作選集」を印刷製本したものを、ご近所の方やお知り合いに配布なさった処、大変な反響のようにて、智麻呂邸には多くの御礼状が届いて居りました。偐家持美術館のヒット作第1号となりましたな(笑)。花の絵が 結ぶ心の 笑みひとつ ふたつみつよつ いつもうれしき (偐家持)
2009.08.06
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朝の銀輪散歩。愛車のMTBで大東市まで走った後、水走交差点から石切神社に立ち寄り、神社の参道の坂道に挑戦。思ったより坂道は長かった。自転車で坂道を一気に登り切ろうとするが、最後の登りがもう一杯一杯。何とか登り切ったら、もう息が切れて、ハアハア。ちょっと頑張り過ぎました。汗はどっと噴き出し、滴り落ちる。さすがに疲れて、石切公園の木陰で水分補給も兼ねて、しばし休憩。(朝。石切公園から生駒山を望む。) 今日は、囲碁の会の日でもあったので、銀輪散歩から帰宅後直ちにシャワーを浴びて身づくろい、12時01分発の電車で梅田へ。(昼。近鉄・枚岡駅・・けん家持の最寄り駅です。) 囲碁の方は相変わらずのヘボ碁にて、5局して2勝3敗。5局もするとへぼ碁でも頭が疲れる(笑)。 囲碁から帰宅すると午後6時少し前。未だ明るいので、再びMTBで軽く1時間半の夕照銀輪散歩。帰途につく頃は暗くなりかかっていました。吹く風に何となし秋の気配も感じなくもない。そう言えば、朝の石切公園で赤トンボが飛んでいましたな。立秋も間もなくではある。とは言え暑い毎日ではある。どうぞ、皆さまご自愛下さいませ。遅ればせながら、暑中お見舞い申し上げます。(夕。水走交差点付近にて夕照を眺める。) 本日もこれといってネタもないので、朝、昼、夕の三景をアップしてお茶を濁して置くことといたします(笑)。
2009.08.05
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偐万葉・大和はまほろば篇(その3)恒例により、本日も偐万葉です。大和はまほろば篇(その3)です。<関連記事> 偐万葉・大和はまほろば篇(その1) 偐万葉・大和はまほろば篇(その2) 偐万葉・お蔵百人一首篇 大和はまほろばさんのブログ入口 偐家持が大和の国まほろばの麻呂に贈りて詠める歌23首立葵 咲きたる野辺に 妹恋へば かそけき風に 夕月立ちぬ穂の糸の 光なるらし 麦の風 吹かれ行かむや 大和まほろばわが愛(は)しき 五月(ごがつ)のゆくを 惜しみつつ 虹のかすみて 奈良の暮れゆく早咲きの コスモス襲ふ 夏の蝶 かと思ひきや 花誘ふなり (偐「事の真相」)早咲きの コスモス襲ふ 夏の蝶 けふよりわれは コスモス蝶よ (偐襲名披露)早咲きの コスモス襲ふ 夏の蝶 花重ね着は 暑苦しからん (偐「今日からクールビズでっせ」)六月や 栗毛の馬の 汗が飛ぶ 消(け)のこる雪の 額(ひたひ)にあるも (偐栗駒山)落日は 癒しの色の 金色(こんじき)の 去り行くひとの 最後のゑまひ (偐中也)右脳で 見し古時計 音と顔 ありし昔の 時ぞゆかしき (偐左脳)大寺の 塔を横切る 青嵐 千歳あまれる 恋の吐息の (偐青息)夏の野の 繁みに咲ける 姫百合も 見透かされては 恋なりがたく (中伴坂下郎女)白樫の 森より出でて くろひかげ ジャノメの傘も なきや梅雨空 (日陰者)まほろばの 石のベンチは 固けれど しばし夢見の 床となりける (偐昼間寝太郎)夏の花 さはにぞ貰ふ 石仏 佐保の祈りの 川の辺の道シンジュサン 山守(も)る神の 使ひなり 頭(かうべ)を垂れて 人かへるべし大空に 燃えんと欲す 紅蜀葵 あふひ待たなむ もみつ秋の葉佐保なるや さにはあらずて 石仏 天理の道に 花貰ふとは穏やかな 気持ちを壊す 戻梅雨(もどりづゆ) 音の繁けく さ夜更けゆけば水曜日 市場に残る 蛮茄(ばんか)かな うれのこりても うれてやあらむ (売れ熟れトマト)ゴムスクの 町はいづくや はろばろと 遠き旅ゆく 列車のありて氷店 魔法の蜜を とり揃へ やさしき婆も 子ら待つらむか (トトロの夏)怪しげな 雲の出てゐる 梅雨の明け まだ明けやらぬ 不況の色の雲ゆきの あやしくなって 梅雨の明け 不況の空の 明けもやらねば<注>上の和歌の赤字の575は大和はまほろばさんの俳句です。 下二句は偐家持が付けています。 写真は大和はまほろばさんのブログからの転載です。
2009.08.04
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次の2作が河内温泉大学図書館に収蔵され、一般の閲覧に供されることとなりましたのでお知らせ申し上げます。 下記から河内温泉大学図書館に入っていただき、「別冊銀輪万葉集」の棚、及び「偐家持美術館」の棚から当該作品を閲覧またはダウンロードして下さい。 河内温泉大学図書館入口 「まほろば偐百人一首」 大和はまほろば氏のブログに掲載の俳句(575)に下2句(77)を偐家持が付けて和歌に仕立てたものですが、小倉百人一首の歌の下2句をもじっていますので、百人一首のパロディになっています。「中川智麻呂絵画傑作選集」 本ブログで開催しております智麻呂絵画展にてご紹介の絵画の中から偐家持が選んだ約80点の絵画が掲載されています。絵画展が40回に達しましたので、記念に編纂いたしました。
2009.08.02
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