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内川雅人くんは幼いころから本を読むのが大好きでした。最初に読んだ本として記憶されているのは母に購入してもった講談社版世界名作全集に入っていたバーネットの『小公子』でした。アメリカ生まれの無垢な心のセドリック少年がイギリスの名門ドリンコート伯爵家に跡継ぎとして入り、伯爵領内の人々のみならず頑固な伯爵の心も和らげ変化させていくという物語で、何度も繰り返し読んだものでした。
近所の東向き商店街の豊住書店の書棚には児童向けの講談社版世界名作全集が何十冊か並べられており、雅人は母親から毎月の本代二百円をもらうと同全集の『宝島』 、『ロビンソン漂流記』、『ガリバー旅行記』、『西遊記物語』 、『三銃士』、『ロビン・フッドの冒険』 、『ジャングル・ブック』、 『ドリトル先生航海記』 、『怪盗ルパン1』、『三国志物語』、『八犬伝物語』、『太閤記』等の物語を次々と購入していきました。雅人少年はあるときはシャーウッドの森で弓の名手として活躍し、あるときはインドの密林で黒ヒョウのバギーラを従えて凶暴なトラのシア・カーンと対決しました。
いつ頃からでしょうか、雅人は冒険物語の主人公として活躍ができなくりました。自分が何事も怖れぬ勇気ある人物ではなく、惨めで卑小な人物であるとを知るようになりました。そんな内川雅人少年の心を救ったのが芥川龍之介や太宰治の作品でした。
雅人が中学一年生のとき母親が筑摩書房の『芥川龍之介全集』を勧めてくれましたが、この芥川全集にはすでに講談社版世界名作全集で読んでいた『今昔物語』の説話を素材とした小説が何編か入っており、児童小説から文芸小説への格好の橋渡役を果たしてくれました。
芥川龍之介の作品で初めて読んだのが「羅生門」でした。この小説には羅生門に棲み着いた平安時代の極貧の人々の惨めな姿が描かれていましたが、あまり面白いとは感じませんでした。しかし次に読んだのが「鼻」で、同作品には長い鼻に強いコンプレックスをいだく禅智内供の哀れで滑稽な姿が描かれており、この作品には大いに惹かれました。
また「芋粥」に描かれた何の才能も無く風采の上がらぬ都の下級役人の姿にも自分を投影したものです。彼は日頃いつも芋粥を飽きるほど食べたいという願望を持っていましたが、地方の有力者に招かれて実際に大量の芋粥を目にしたとき、すっかり食欲が失せてしまうのですが、この心理にも大いに共感させられました。
さらに雅人は、太宰治の作品に惹かれるようになりました。太宰治の『人間失格』には幼いころから自分を欺き道化を演じるしかない主人公の苦悩が描かれていましたが、鉄棒に失敗して転んでしまい同級生から笑われる主人公よりも、背後から「ワザ、ワザ」と声を掛けた竹一少年の姿に強い印象を残したものでした。
雅人は芥川や太宰の作品に登場する様々なコンプレックスを抱いたり、他人を妬んだりする卑小な人物たちの存在を知り、冒険物語の主人公からいつしか路傍の惨めな徘徊者となったいた彼にとって大いに心の救いとなりました。
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