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月曜は、何もなければ整形。いい加減、ネット予約とかにならないの?と思うのだが、ここは朝に診察券を出して、順番をもらい、大体の目処をつけて、いい時間に出かける。今日は6:20ころ着いて、7,8番。まあ、10時前か10時半過ぎか微妙だ。もう二週間に1回でいいだろうと思っている。そして、かかりつけ医は診察なしで薬だけもらいに2週間に1回。今度辺りから、どうやら院外処方になりそうで、そうなると20分くらい時間がかかる。これも、今週行かなければならず、午後2時半くらいに。その間、ファジルサイ、三階近射、射場、明日の予習がまだ一題あるので、結構忙しい。というわけで、仕事には行かないのだが、月曜日はやはり一週間が始まる気分である。
2022.10.31
昨日の試合。仲間内の非公式戦だが、どんな試合でも、最初の一戦は緊張する。一回目は9-9-8の出だし。ああ、またダメなのね、と思った。裏は10-9-9で何とか54。最初は270目標でいいや、と思った。結果は274。8点が4本、7点が1本。ということは10点が10本だ。少しだけ射の感覚がよくなった。上的がよく中っている。10本のうち8本くらいが10点。二回目は281。8が1本、7が1本。10は14本。10点は増えたが、またしても7点を射ってしまいがっかりだが、3本射っ必ず1本は10点に入っていた。全体を通して、8点、7点がなくなれば、10点が24本だと564点。これならまずまずかもしれない。合計555点がインドアのスタートになる。確か去年のベストが555だったから、状態は悪くない。今週は、8、7のような切れなくてバランスを崩す射をどうなくしていくか、をテーマにできる限り練習したい。近射と射場、両方の練習が少し効果があるように思う。一週間前の時点では、270も覚束ないような中りだったのだから、まあ、ここまでよく頑張った。仕事は火・水の2日間だけなので、土曜、出発直前を含めて、やれるだけのことはやってから公認に臨みたい。
2022.10.31
ここ一週間は、仕事、弓、ピアノ、ライブ、麻雀……という自分の世界を満喫した。まず、仕事についてはいつものように授業8+特講。まあ、これはどうということもないのだが、今朝はこれから小論文図表・グラフ問題の読み方、解き方を書こうと思っている。共通テストでは、「論理」問題で図表・グラフは複数資料として結構出る。社会学系の文章に多い。来週は、いや、もう今週は、木曜日が祝日で、現代文は2,3年とも1時間しかない。2年は「李徴はなぜ虎になったのか」という提出課題を書き始め、質問に応じる。3年は、SNSについての社会意識調査と文章。短く読めて、現代の問題テーマを一通り教えられる教材を見つけたので、この際、教科書は中途でやめて、そちらをやろうと思っている。また、ここでも「時評」のジャンルで取り上げたい。どうせ、生徒に配布する解答例の原案みたいになるから、ここでも仕事をしているようなものだ。次に、ライブ居酒屋。こちらは、昨日行ってきた。『君のスピードで』が好評。後は『アゲイン』、『眠れない夜』。最後の一曲はアップテンポと決めている。悲しいのは』、『リンゴ』なんかがいい。立て込んでいて、1回しか回ってこなかったが、伴奏にも入った。『言葉』、『白夜』。これも大好評だった。やはりピアノが入ると厚みが違う。歌いながらもいいのだが、伴奏だけだと、もう少し上手く弾ける。ファジルサイは11日に自分もレッスン日なので、ちょっと気合いを入れて、しかし、先走りせず、まずしっかり弾くことを最優先に練習中だ。一日2回に頻度を上げる。健康麻雀は今週も水曜日に。妻がピアノの先生のお母さんに妙に気に入られ、ランチに行くというからちょうどいい。さて、弓だ。昨日の練習では、大分感触がよくなっている。まだ、狙いきれないのだが、前からみると、随分真ん中近くで放す、というか離れるようになってきている。今日は地元月例会が昼から。どのくらい射てるだろうか、ちょっと予測がつかない。来週日曜の公認遠征に向けてちょうどいいタイミングだ。そうそう、DVD『HOME LAND』も終わりに近づいている。今、シーズン7で次はファイナルシーズンだ。これが終わったらどうするか、まだ考えていない。まあ、安いお金で睡眠安定剤代わりに見るのだから、よほど酷くなければ、何でもいいのだ。というわけで、次の一週間も自分は上機嫌で過ごすだろう。「機嫌良く生きてけばいいですちゃ」というのは、亡くなった叔母の口癖だった。
2022.10.30
昨日は雨で、どうせ行っても誰もいなけりゃつまらないな、と思ってやめておいた。夕食は6時半。妻とウィスキーを飲みながら、しょうもない冗談を言い合って食べる。一日の終わり方だ。後は、ピアノで歌い、果物、アイス、風呂。19時オープンとはいっても20時くらいにならないと人が来ないライブ居酒屋は、自分の生活ペースを崩さないと行けない。弓の遠征でも19時にはホテルの部屋でゆったりと一日を終える感じで過ごすのだから、夕食をウィスキー抜きで食べ、そこから車を30分走らせ、19時半ころ着くように出かける、というのが、もうすでに自分にとってはかなり無理をしていることになる。今日は、そうやってでも行きたいのだが、どうなることやら。
2022.10.29
18m先にある直径8cmの円内に、なかなか矢が入らない。それで、ついつい狙ってしまう。そうすると、「カチッ」から「ポン!」がなだらかに続くどころか、完全に別のことになってしまう。一方で三階近射では、一応狙いはつけるものの、「カチッ」から「ポン!」はなだらかに続く。意識は、的ではなく自身の身体感覚に置ける。解決策を考えた。三階5mの近射で的を貼って狙ってみる。多分、これしかないだろう。今日は午前中はゆっくり家で過ごし、ピアノ、仕事、的つきの近射。1時に射場の畳の処分があるので、射場に。午後は18m先の8cmを狙ってみる。まあ、そんなところかな。
2022.10.29
マルチン・ブーバーというシオニズムの哲学者は、「自己ー他者」関係を「Ich-Es」の関係と、「IchーDu」の関係に分け、ハイデガーなどの無神論的実存主義の、あるいは広くは西洋文明全体の「自己」は、「他者」を「Ich-Es」関係でしか見ていないと痛烈に批判した。「Es」とはドイツ語で、英語で言えば「It」なのだが、要はモノに与えられる人称代名詞である。「他者」とは端的に「モノ」であり、それは「利用の対象」、「手段」でしかない。デカルトのコギト(我思う、故に我あり)は、自己の存在を根拠づけるが、そこには「他者」という視点がまったく欠けている。「他者」を考慮しない「自己」というのが、西洋的自己の姿である。前項で「自己意識」が強いほど、「他者」は希薄なものとなると書いたが、ブーバーの文脈では「他者」は「Es」に落とし込まれるのである。一方、「IchーDu」関係は「オレーオマエ」の関係で在り、人間は「自己」としてではなく、この関係の中に生まれる。「オレ」は眼前の「オマエ」のために、最大の自己犠牲を払うことができる。「自己」は、最初の「オマエ」つまり母親の自己犠牲によって誕生し、育てられる。この時、母親の「自己」は子どもという「Du」のために「犠牲」として存在する。それは、ちょうど「神」と「人間」の関係に象られるような「関係」である。前項では逆に「自己意識」が弱いほど、「他者」がくっきりとした輪郭を持つものとなると書いたが、母親の「自己」は「子ども」を生み育てることに自己を生け贄としており、そこには限りなく弱い「自己意識」しかない。母親が考えるのは我が子が無事育つことだけだ。このように、意図的にかなり図式的に「自己ー他者」関係を哲学史のおさらいとして描いてみた。一方は「自己100、他者0」であり、もう一方は「自己0、他者100」である。しかし、我々の現実生活はそう極端なものではなく、「自己50、他者50」の天秤のどちらが重いかということだろう。次項では、そのことを考えてみたい。
2022.10.29
先週は、定年になり、セミリタイアの勤務で初めて、「欠勤」をしてしまった。まあ、歳だとはいっても楽な勤務なのだから、珍しいことだ。いろいろ予定が狂い散々だったが、今週は元気に働いた。ちょうど3年の推薦出願の志望理由書とか、そういうのがたまってくる時期で、専任がどうしようもなくなったところで、自分にお鉢が回ってくる。「もう、どうにも直せないので、先生いいですか?」と言われると、「いいよ、いいよ」と引き受ける。昨日の生徒は、11月1日の出願だが、指定字数よりも200字ほど多くなってしまい、「本人の気持ちが入っていて、これ以上どうにも削れなくて」と頼み込まれた。「いいよ、いいよ。置いといて。暇見て読んでおくから」と答えたが、この同僚教師は、自分の話も適当なところで削れない性分なので、直すのは案外簡単だろう、と思った。読んでみると、予想通り、志望者としての善良さ、真面目さも伝わるいい文章なのだが、言いたいことが、一部、整理できていない。少し書き換えてあげて、多分字数に収まるかな、というところまでにはした。後は、直接本人と話した方が早い。昼休みに呼んでもらって、生徒を隣に座らせ、一緒に文章を読む。これが、非常に大事で、赤ペンで直したのを返すだけでは何も伝わらない。別の生徒の話だが、他の教師がいろいろ評価を書き連ねたものを、自分に見せて「○○先生に見てもらって、返されたんですけど、これ読んでも、どうしたらいいか分からなくて」と言う。例えば「~~という表現は最悪です。もう少し読む人に伝わるように」などと書いている。その書き方が「最悪」だ。例えば、ピアノならピアノを習っているとすると、「その弾き方はちょっとね。もっと感情を込めて」などというのはYAMAHAなどの三流の音大を出た講師である。「そこはクレッシェンドで盛り上げたいところなんで、こんなふうにここから段々強くして。それで音階を意識して、山の頂上に登っていくような力強い足取りで、ここまで一気にね。両手が無理だったら、まず右手からこんな感じで!」というふうに、まず自分がやってみせることが大事だ。自分たちのピアノの先生は演奏活動もしているので、そういう教え方をする。自分で弾くこともできないのに、教えられるはずがない。「ここさ、言いたいことが二つあって、その両方を一つの文で書いてるでしょ?だけどさ、日本でジェンダー問題がまだ残っているという意見は、女性の貧困という全体の主張の中で、前とも後ろともつながりがないよね?だから、それは切って、前後の部分とつながるところだけ残すと、こうなるの。分かる?」と添削した自分の文章と読み比べさせる。自分は赤ペンを使わない。少し濃い鉛筆で、生徒の文章に並べて書くだけだ。文章だから、どう書こうが本人の自由なのだが、「言いたいことが、こうやって書くともっとスッキリするでしょ?」という提案をするのだ。「添削」ではない。間違いを正すのではなく、よりよくする方法を提案するだけだ。ほとんどの場合、生徒は、こちらが書き換えた文章を読んだ途端、その方が自分が書きたいことが伝わると、納得する。泳ぎを教わっているのに、もう少し上手く、速く泳げ、というのは、指導でもないし、批評ですらない。「こうやって手をもっと上げて」と言って手本を示さなければ、指導にも何にもなりゃしない。「これ、大事なことだから覚えといて」と言って「一文一事」と原稿用紙の脇に書いておく。「困ったらね、一つの文で一つのコトしか言わない!って思うといいよ。そうすると、これ、もう一文作って言うほどのことなの?って分かるから。それやらないから、長くなっちゃうんだよ。これで2行削れたでしょ?」とまあ、15分くらいかけて一通り全文を読み切り、いくつかの書き換えの理由を説明し、「後はもう一度自分でも整理してみて、書いてみて。出願初日には出せないけど、火曜日朝に担任に預けてくれたら、それもう一度読んで、それでも字数オーバーだったら、直して、それを清書したら出願できるようにしておくから」。生徒は「はい!」と喜んで帰っていく。元の文章自体が非常にいいので、最高レベルの志望理由書になるだろう。だが、決して、休みの月曜日に行ってまでは指導しない。そもそも非常勤講師の仕事は授業だけであって、自分が教えている生徒の志望理由書すらみてやる義理はないのだ。しかし、生徒がこの人に頼りたい、教わりたいと思ってくるのを、無碍には断ったりはしない。それが、同僚であっても同じだ。今回は、もう少し早く持って来いよ、とは思ったが。あ、そうか、一日休んだから、しょうがないのか!
2022.10.28
生物学的「自己ー他者」論は、結局のところ、自己と他者という区分け自体が、必然的になされたものでない、というだけであり、「自己とは何か」、あるいはその反照としての「他者とは何か」という問いに、何も答えてくれない。にもかかわらず、「科学」の装いによって、この哲学的アポリアを小馬鹿にしたように、「高みから見下ろす」のだが、それなら、そういう生物学者に問うてみればいい。「それで、結局、あなたにとっての他者とは一体、何なのですか?」と。そこで、彼が「細胞壁の内側には自己ならざるものがあり、それが他者だと……」と繰り返すようなら、後は放っておくしかないだろう。しかし、「他者とは自己ならざるものである」という命題は、一つの出発点となり得る。本当にそうだろうか。「自己ならざるもの」の具体例をあげてみればいい。海王星や冥王星は、「他者」である。それは、そうだろうが、天文学者ならともかく、肉眼で見たこともない惑星を我々は決して「他者」と感じはしないだろう。どこか日本ではない島国の歴史上の人物は?これも歴史学者でもなければ、やはり「他者」と感じはしないだろう。それでは、テレビに映るアジアやアフリカの聞いたこともない部族たちは?彼らは「他者」であり得る、つまり、そう感じてUNISEFのマンスリーサポートに応じる人もいる。しかし、多くの人にとってそれは意味ある「他者」ではない。同じくテレビに映る相対的貧困と呼ばれる新たな下流の人びとは?多くの人は、それを「他者」と感じるだろう。彼自身がその新たな下流の中にいても、それは彼自身ではないのだから「他者」である。つまり、「他者」とは、通常は同時代を生きる、そして自分の射程内に収まる(考えが及ぶ)人たちのことである。そしてさらに重要なのは、誰を「他者」と感じるかは、その人の「自己」感覚と密接に関わる。曖昧な言い方だが、「自己」感覚が強ければ強いほど、「他者」感覚は弱く、「自己」感覚が微弱であれば、「他者」感覚は強い。次項ではこの問題、つまり「自己」感覚と「他者」感覚の関係を考えてみたい。
2022.10.28
たいして上手くもないピアノだが、ファジルサイのジャズアレンジ・トルコ行進曲は、ほぼ暗譜もできており、曲想をつけていく段階に入ったな、という感じだ。今は、少なくなったミスタッチをさらに完璧にするためにゆっくりと弾き、つまづいたらそこでやり直しながら、通すのを数回。最後は、ミスタッチしても、とにかく最後まで通す。その時に、曲想を意識しつつ弾く。結局、完全な変奏部分を挟んで、2回リピートしていく曲構成なので、1回目と2回目の弾き方が同じでは、全然面白くない。1回目より、2回目は速くなっていくのがいいし、最後の山場も2回目は速く、強くというのが、全体のプランだ。それにしても、車一台分くらいの高い買い物だったがグランドピアノを買ってよかった。自分も妻も、十二分に楽しめている。
2022.10.27
久しぶりの健康麻雀では、たいした手は上がらなかったが、放銃がほとんどない1位が2回。誰かがバカづきしなければ、そうなる。少し、ふざけて打つと、3位も4位もあり得るが、ゲームとしてはその方が楽しい場合もある。ただ、『天鳳』は今、三麻が1級、四麻が2級まで戻ってきたが、雀婆たちと違って、なかなか手強い。振り出しに戻って「新人」から始まったのだが、最初は1位率50%くらいだった。今は2位率がそのくらいである。ガードを固めないと、3位、4位にすぐ転落する。赤ドラがあり、誰かがドボン(ハコ割れ)した時点で半荘終了というルールも、健康麻雀とは大きく違うところだ。トップ目なら、数千点しかないラスを狙って上がるのが必勝法だ。他家がそういうトップ目の時は、自摸られても2位というところをしっかりと死守する。まあ、3段くらいまでは簡単だと思うが、そこからは結構厳しい。リアルとバーチャル、両方で楽しめるから面白い。
2022.10.27
『グレイズアナトミー』を見終って、今、見続けているのが『HOMELAND』。双極性障害のCIA諜報員がヒロインだが、そもそもそんな重大な病気を抱えて、テロ対策の最前線に立つというスタートの時点で、失敗している。だったら、見なければいいともいえるのだが、所々に面白い台詞が出てくるし、人を裏切り続ける諜報員が、信じあえる人を渇望する、という登場人物たちに通底する感情も面白い。出来の悪いドラマでも、見所は結構あるのだ。それに、適度に退屈する、というのも自分にとっては、悪くない。というのも、毎晩、テレビは面白くないから、海外ドラマを見ながら眠りに就くというのが、最近の習慣で、ドラマの出来がよすぎると眠れない。ああ、この後の展開は見えるな、と思ったところで安心して目をつぶった途端、眠りに落ちる。そうすると6時間は寝通せる。今は、6時間+昼寝30分、というのが、自分の理想的睡眠時間だ。何度も繰り返される「9・11以降、この国はおかしくなってしまっている」という台詞は。イスラムであるというだけで、テロリスト扱いされる下層の人びと。一つのラジオ局から、延々と流れるヘイトスピーチ。そういうドラマのディテールは、結構面白い。
2022.10.27
一週間で一番ハードな火曜日は何とかこなした。そのご褒美ではないが、今日は授業1時間だけ。3時間目なので、10時で家を出ればいい。それで、朝から30分くらいかけて「他者論(2)」を書いた。多分(5)くらいまではかかりそうな気配だ。まあ、それは自分の思考トレーニングみたいなものであり、読んでも???、という文章だろうが、構わない。構うのはピアノと弓だ。ピアノの方は正式に発表会の出演が決まり、あと3ヶ月、やっと暗譜で弾けるようにはなったが、まだまだミスタッチだらけのファジルサイを、そろそろ本格的に仕上げる時期になった。2曲目はシューベルトの子どものための楽曲「鬼ごっこ」、1分で演奏できる曲だが、面白い。演目では、それを最初に弾いて「いいね、老後にピアノ習い始めて、あのくらいまで弾けるようになって、エラいねおじいちゃん」と思わせておいて、初心者ではとても弾きこなせないファジルサイであっと驚かせ、スタンディングオベーションの嵐!というバカげた妄想を楽しんでいるが、そうはうまくいかないだろう。とにかく、二回ある山場を強いタッチで弾く、というか「叩く」ことができるように、今は基本に戻ってゆっくり弾くことだ。11月までは、それをじっくりと。「鬼ごっこ」は短いのに、暗譜できていない。基本に戻るのは、弓も同じで、ドローイング、アンカリング、エイミング、カチッ、ポン! をいかに滑らかにするか、である。一つ一つの動作を確かなものにしていくプロセスである。昨日も昼に1時間だけ射場で射ったが、まだまだ赤が出るレベルだ。アンカリングを少し改善したら、大分マシにはなってきた。グリップもまだいいところが探しきれていない。今日は朝に少し三階で。麻雀の帰りに射場に寄って、それぞれ30射くらいずつ、と考えている。こちらは、11月初めが、遠征公認試合。目標はそこである。そんなに忙しいなら、麻雀やめといたら?という声も聞こえてきそうだが、息抜きというものも必要なのだ。真剣に遊ぶばかりでは、疲れる。「遊び半分」でできるのが「麻雀」と「ライブ居酒屋」なのだ。そちらは金曜日かな。
2022.10.26
生物学的にいうと、「自己」と「他者」の境界はそれほど確かなものではない。我々は、一般に「自己」を皮膚に囲まれたその内部というイメージで捉えている。しかし、自己の内部には他者が棲み着いている。例えば、腸内のバクテリアは、千種類、数兆個もあり、それを全部並べると地球を15周することができるほどだ。もちろん、このバクテリアがなければ、我々は自己の生命を維持することはできない。もちろん、バクテリアは腸膜という一種の「皮膚」に覆われた場所に棲み着いているのだから、それは「自己」の外部であるといえなくもない。しかし、細胞膜の中のミトコンドリアはそれ自身DNAを持ち、増殖を続けるバクテリアのなれの果てだ。そうなると、我々が「自己」としてイメージする、まさにその場所に、自己の生存のための絶対条件として、「他者」を棲まわせているのだと言ってもいい。以上のような、生物学の知見から、「自己ー他者」という区分け自体が無意味だという短絡的主張がなされることもあるが、ことはそれほど単純ではない。細胞は分化し、死滅と誕生を繰り返すから、そもそも「自己」は絶えず変わりつつある存在とも言える。しかし、我々の自己イメージは、変わらないものとして自己を捉えている。「変わりつつ、変わらない」というのが、自己のあり方だといえば、それは生物学に限った話でもなくなるだろう。時代や年齢、環境によって自己のあり方は、不断に変わっていくが、「変わる」という述語の主語が「私」であるということは「変わらない」。「私」は今とは違う「私」になるかもしれないが、それが「私」であるということは、確保され続ける。体内細胞がすべて入れ替わったとしても、「私」は「私」なのだ。自己の中に他者が潜み、そのことによって自己は更新され続けていくという命題は、生物学的な意味でも、また我々の日常的経験からも真であると考えていいだろう。しかし、「他者」とは「私」の内部の他者ではなく、「私」とは別の皮膚に囲まれた存在の内部であり、彼は私の外部に存在し、私とは物質的に相互不可侵であるという、もう一方の他者論がある。「私」は別に腸内バクテリアという「他者」との関係に悩んだりはしない。自己の内部の他者という議論は、普通の意味での「他者」論の参考にはなるかもしれないが、それをもって「他者」という問題の本当の姿はみえてこないだろう。今も世界では殺し合う「自己ー他者」関係もあれば、許し合うそれもある。他者は自己の利用価値でもありうるし、アイデンティティの基盤でもありうる。「他者」は「自己」の対概念であり、「他者」論とは、結局「自己」論に他ならない。
2022.10.26
やはり、18m先の的は小さい。今はとてもじゃないが、3本黄色というのでさえ難しい。せいぜい、30射270というところだろう。問題は、「カチッ」から「ポン!」が長いことである。「カチッ」の瞬間は的についていても、そこから首がこわばり、前重心になり、「ポン!」がなかなか来ない。引いているつもりでも、引けていない。理想は「カチッ」が「ポン!」の「通過点」でしかなくなることだ。それは、ある程度までは近射で、18m先を狙うときも、「カチッ」のあと、エイミングがずれることを気にせず、引き続けることでしか、身につかないだろう。少し、忙しくなるが、三階近射と、インドア射場の両方で練習し続けたい。当分は、健康麻雀もライブ居酒屋も、控え目にしよう。この二つは、ネットや自宅で練習できるが、弓だけは代替できるものがなく、実際に射たなくては、どうしようもないのだ。
2022.10.25
十勝は、肥沃だが、寒暖の差が激しく、現在でも農業の中心は米作ではなく、玉蜀黍(とうもろこし)、小麦、小豆、甜菜糖(ビート)、馬鈴薯(ばれいしょ=ジャガイモ)などである。広大な畑を耕す労力としての牛馬もいて、畑作農家は酪農家でもある。その十勝から、毎年この時期なのだが、昨日ジャガイモが届いた。「北あかり」というブランドで10kg。高校の同級生だったG君からだ。G君は、自分と同郷だが、帯広という小都会で公務員の子として育った自分と、中音更という畑ばかりの土地で馬鈴薯農家の跡継ぎとして生まれたG君とは、中学まではまったく接点がなかった。高校入学後も、英語が得意でAFSという非常に難関だった留学制度に合格し、その当時では進学校でも数年に一人という海外留学を経験し、卒業が1年遅れたG君とは、あまり親交はなかったのである。自分は、アーチェリーをやり、ジャズ研に出入りし、グリー部にもちょっとだけ入り、煙草と酒を覚え……という一昔前なら「不良」、その当時の蔑称では「プチブル(小市民)」、あるいは「ノンポリ」だった。G君のような「青雲の志」は持ち合わせていなかった。それが、毎年ジャガイモを送ってくれる関係になったのは、G君の娘さんが勤務先の特進コースに入学し、首尾よく国立大医学部に現役合格して以来のことである。デモシカ教師になった自分は、出来の悪い生徒に教えることにウンザリしていたのだが、校長が代わり、進学に力を入れるようになって、特進の初代担任をして、卒業生を出してから間もなくのことだった。その当時、特進は相当な無理をしながらも、成功を収めつつあった。よく覚えていないのだが、特進の運営責任者、国語科主任、進路指導部長、生徒募集責任者などを次々にこなしていた時期だった。大学受験の国語、小論文の指導も、急速に力をつけつつあり、生徒からの信頼は、自分で言うのも何だが、絶大だった。弓の方もどういうわけか、好調の兆しが見え始めていた。今、思えば、自分も一番いい時だったのかもしれないし、G君も「馬鈴薯農家」(当時、それは「貧農」の代名詞、蔑称に近い言葉だった)から脱するべく、サラブレッド用の牧草の生育などに活路を見出し、会社組織を立ち上げたりと、順調に人生を切り開いていた。そういう中で、なぜか「同郷」意識が強く、自分を一人娘の「恩師」だと思い込んでいるG君が、ある時から、毎年ジャガイモを送ってくれるようになった。今は、息子さんが跡を半ば継いでいるらしい。毎年のことで悪いな、とは思いつつ、こちらからはお礼の電話でしばし歓談するだけで、何の返礼もしていない。今度、インドアの遠征に行くことにしたので、その時に、こちらの名産でも携えて訪ねてみようかと考えている。こちらの同期会もコロナで一頓挫しており、久しぶりにあの時代を誰かと語ってみたくなっている。
2022.10.25
的紙を30枚ほど購入した。「カチッ」がエイミング後のドローイングのプロセスであり、なお、そこから少しだけドローイングを続けると切れる。これが、目指す射である。今日、明日はそれだけを考え、とりあえず、どこかは狙うが、的紙を貼らず、三階近射を。
2022.10.24
大学、大学院と哲学を学んだものとして、その集大成を書こう、などと無謀なことを考えた。衒学的なものではなく、あくまでも自らの言葉で、自らの思惟を紡いでいこうと考えている。最初は「他者論」。言うまでもなく、西洋近代哲学はデカルトの「コギト」から開始された。「我思う、故に我在り」というあまりにも有名なこの命題は、方法的懐疑の末に手にした自己の存在の確かさを言ったものである。その時、他者は他の多くの同じく、認識されるものではあっても、その認識を完全に信じることが出来ない故に、存在の確かさを与えられない。しかし、多くの人びとは、「人間関係」すなわち「他者との関係」に日々、苦悩するのであって、「他者」とは自明の存在なのだ。むしろ、自明と思われていた「自己」の存在は絶えず揺らぎ、不安定であるかのように思われている。本論考では、現代の「他者」について考えてみたい。
2022.10.23
『とんとご無沙汰』は前に書いた『君の好きなスピードで』とのダブルA面(といっても、レコードのシングルとかLPとかいう名称も分からない世代には、何のことやら?という話だが、)この歌詞は妙に気に入っているし、歌うのも好きだ。まだフォーライフにいたころ、95年の作品だ。『君の好きなスピードで』は離婚した四角佳子との間の娘さんに二十年ぶりに会ったことをきっかけに生まれたそうだが、そう思うと歌詞の幾つかのフレーズが、違うニュアンスを帯びてくる。ずっと遠い昔 過ぎたものは二人の 本当の 距離なのにもう一方の『とんとご無沙汰は』ライブ居酒屋でも時々歌うのだが、こちらは歌詞は阿木燿子の作詞。だが、やはり、こういうところに似た思いを読み取ってしまう。とんとご無沙汰どうしてました?気にはしててもついつい気後れ 臆病風まあ、大袈裟に言えば、曲の解釈は、演奏者の自由に委ねられているわけで、ベートーヴェンのようにそれを嫌い、偏執狂的に楽譜に指定を入れても、作曲家の思いまでは再現できない。だから、上の歌詞を別れて久しい妻と娘を思って、という心境を歌ったものだと思うのは、こちらの自由なのだろう。
2022.10.22
金曜日の出発に間に合うように頼んだCX5の車検が今日上がる。3時以降にディーラーで代車と交換。あ、交換と言えば、冬用ワイパーも交換してもらうんだった。ちょっと早いのだが、10月の声を聞けば、峠は雪ということもあるから、この時期にスタッドレスとの交換は頼んである。夏用タイヤは預かってもらって、また4月の点検で交換。自分でタイヤ交換しなくなってから、もう10年くらい経つ。授業は2,3だから、そこからゆっくりこれから作るサンドイッチ、カップスープ、コーヒーなどで、昼食をすませ、健康麻雀に。3時ころまで打ってディーラーに、という予定だ。その前に代車に積んだ弓も引き上げるのだが、さて、一度射場に行って、ちょっとだけ射ってからにするか。気温5℃、風は2m。やっぱりやめてこう。予習もあるし、サンドイッチも作るし、ファジルサイの練習もある。その代わり、三階で10本だけ近射を。
2022.10.19
先日、奥様を亡くされた弓友から、例年と同じく、里芋や薩摩芋、ほうれん草などが送られてきた。やっと、49日が終わったくらいで、自分たちが訃報に接したのは、これもまた例年のごとく送ったいくらの塩漬け、醤油漬けのお礼のメールで。慌てて、こちらから御霊前にとお供えの茶菓を送ったのだが、多分、気を落として、例年ような物のやりとりはできないだろうな、と思っていた。少なくとも、先に、こちらから、何か送ったりするのは、控えておこうね、という話を、妻とはしていた。その矢先に、例年通りの時期に、里芋が送られてきたのだ。自分たちも、それで期間限定のサッポロクラシック富良野ヴィンテージを送らせていただいた。家族を亡くしたとき、支えになるのは、ルーティンなのかもしれない。季節ごとの物の贈答、仕事、趣味。「普段と変わらない」ことをして、「普段、起こるとも思わなかった悲劇」をやり過ごす、と言うと適切でないかもしれないが、「乗り越える」機縁とするのかもしれない。万が一、自分が妻に遺されたときに、どうするだろうかと考えずにはいられなかった。同じように、弓友にいくらや、メロンや、ビールを送ることが出来るだろうか。「普段と変わらないこと」をするのだろうか。昨夜は、その里芋で作ったけんちん汁を美味しくいただいた。ほりたての里芋は、もうスーパーで買って食べる気がしなくなるほど美味しい。自然、遺された弓友、亡くなった奥様の話などをしながら。それが「供養」になるのかどうか分からないが、自分としては、例年のヴィンテージビールを美味しく飲んでもらえば、と願うばかりである。
2022.10.19
すっかり、忘れていた。60m 26850m 27440m 282まあ、惨敗という感じなのだが、HBCで通すことはできたし、この程度で済めばよかったともいえる。ここが起点になり、インドアというつもりである。今年は、しっかり調整をして、的紙も自分で50枚ほど用意して、気合いを入れて頑張りたい。とりあえず、30日に非公認、6日に遠征公認である。練習は、一週間は休んで来週から。調整は、明後日かな。
2022.10.18
アウトドアシーズンも終わり、何だか腑抜け状態。昨日はそれでも練習には行ったのだが、今朝は寒すぎてハナから行く気もなかった。昨日の練習は30mで、どうやったら安定的に切れる状態になるかを探った。ポンドも1回転思い切って落とす。やはり、筋力の余力が全然違うようだ。仕事は、答案の返却が2クラス。『山月記』。『釣りのハイパーセミオティクス』。今朝はブロッコリー、カリフラワー、南瓜、林檎、ピザとコーヒー。睡眠は相変わらず、不調。どうも全体的に元気が出ない。鼻風邪気味。
2022.10.18
何事にも終わりがある。人の生もそうだ。それは、突然始まって、しばらくすると、その意味を考え始めるが、結局、結論は出ないまま、突然終わる。人生の中のいろいろなことは、そう突然、というわけではないが、大事なことは突然終わるような気がする。周りから見れば、そうなるのは分かっていたよ、ということでも、当人にとっては、「突然」なのかもしれない。そして、「突然」終わり、失うものは、たいてい、当人の愛着が深いものだ。「終活」はそうした人生へのせめてもの「抵抗」なのかもしれない、突然、終わる前に、自分が決断して、終わる。いや、終える。それも、またいいのかな、とも思う。昔は「出家」がそれにあたることだったのだろう。今は「断捨離」。モノだけではなくコト、ヒトとの関わりはいつか終わるのだから、せめて自分が決断して終える。自分も、昔ならとっくにそういう年齢に達している。現在の高齢化社会でも、そろそろそういう時期なのだろう。
2022.10.17
今日はFITA900。といっても、まあ、お遊びの試合で、以前は70,50,30の距離を30射ずつ。「大的大会」と呼んでいた。合計点数に年齢×2倍を足して、順位をつけるというやり方だった。再開してまもないころは30代。当時も70歳くらいの人はいて、まあ、70点のハンデをあげたことになる。せっかくFITA900という競技形式があるんだから、お遊びだとしても、そっちでやろうという話になった。年齢の倍を足すという形式は変わりないのだが、自分が再開したときと違って、そのハンデはたいしたことはなくなった。何しろ平均年齢は65歳を越えていて、立派な高齢者大会なのだ。前理事長が、いつも全員分の蕎麦を打ってきてくれる。そちらも楽しみの一つだ。これが、終わったら、来週は薪割りをしてインドア準備に入る。あ、薪割り、出られないか。札幌の孫の誕生日だった。三泊四日。自分は、全国旅行支援、妻はサッポロ割、というチグハグな取り方だが、まあ、安く行ける。ただ、今回は駐車場のないところだから、どこか近場に探さないといけない。金曜に出て、月曜に帰る。高速をどうするか迷っているが、最後だしドラ割を使おうと思う。11月にインドア遠征があるが、もうその時期はドラ割はやっていない。今年も、たっぷりと弓を楽しんだ1年だった。遠征は4回、2回優勝した。久しぶりである。長年苦しんでいたターゲットパニックからやっと脱しつつある。インドアに向けて、いい状態だと思う。今度こそ、7時7点とかについたまま射つというウソ射ちから脱することができそうだ。今日は風もないという予報だし、8月遠征のFITA900で優勝した時の点数は上回りたい。しかし、まあ、それは実はどうでもいいのだ。いつまでできるか分からないのだが、楽しめる今を楽しむ、それでいいじゃない!
2022.10.16
カスケードの「カチッ」はちょうどクリッカーみたいな感覚だ。これを一定に鳴らすことで、リリースも一定になるのかな、と思ってやっている。今の理想は、エイミングの開始と同時か、そのちょっと後。「カチッ」はバックテンションで、その後は身体全体で、という感覚だ。さて、デミオに弓は積み替えたから、これから朝練。
2022.10.15
CX5を購入して4年目。2回目の車検に今出している。35,000kmくらいの4年落ち中古車だったので、車としては8年目を迎えることになるのかな?よく分かってない。買うときに新規車検としたので、3+2+2+2とはならない。距離は90,000kmを少し越えた。4年で55,000km。結構、走る方だと思う。まして週3勤務のセミリタイアの身ならなおさらだ。もちろん朝練、通勤、遠征、妻の送迎、病院などがあるからだ。1台ですべてまかなうとこうなってしまう。「あと2回は車検通すから、整備はがっちりやってね」と担当に。下回りの防錆も頼んだ。車検の重量税、自賠責などの固定費用が6万数千円、その他に13万(次の車検までのメンテナンスのパッケージ代金込み)かかる。リヤブレーキ交換、ファンベルト交換が入った。トータル20万。それでも、まあ、しょうがないなと思っている。なんだかんだ結構気に入っているのだ。今まで乗った中で一番大きい車だが、やはり長距離は楽だ。逆に日常的にはちょっと大きすぎる。「センセイ、これで最後の車ってことはないでしょ?」と店長が。購入したときは販売課長。なかなかのやり手でつき合いは長い。「うん、まあ、そうかな。今度はね、小さいのでいいよ。ハスラーとか」「でも、遠征行くなら軽はちょっと苦しいんじゃないですか」「うん、ソリオとか1000ccくらいのこんな感じのあるでしょ?ああいうのいいんだけどね。マツダであのタイプ作ってないでしょ?」「いや、取ります!それで整備はウチでということにしてもらえば」「え?そんなことできるの?」「ええ、お客さん逃がさないようにやってます!」へえ、そうなのか。まあ、弱小メーカーと言ったら失礼だが、マツダの本店だが、軽を入れても市内でもそれほどの販売台数ではない。8位くらいのディーラーである。よその車でも何でも、整備と車検だけは、ということらしい。自分の車選びの基準は「腰に負担がかからないか」だけである。まず、着座位置の低いセダンなどは全部ダメだ。少し高い方がいい。ソファに腰掛ける感じではなく、ダイニングチェアの感じ。同じ理由で柔すぎるのもダメ。何なら軽トラだっていいのだ。今の代車はマツダデミオ。途中で気づいたが、ディーゼルだった。エンジン音は、だから似ている。加速も悪くない。ただ、椅子がやはり低すぎる。後方に向かって傾斜がついているのが最悪だ。まあ、しかし、あと4年乗るとして、72歳。仕事も弓もどうなっているか微妙だ。次は、どこかで程度のいい中古車を買ってきて、マツダに「整備、頼むわ」でいいかな。多分、それが人生最後の車かもしれない。いまさら500万も出して新車を買うこともないな、と思う。
2022.10.15
「振り出しに戻る」という言葉を覚えたのは、幼年時代の双六遊びだった。少年雑誌の付録などにオマケとして双六がついてきて、多分両親と遊んだのかもしれない。自分は先日書いた通りの「リリーサー・ジプシー」だし、リリーサーに限らず、射型やいろいろ工夫したことが、「元の木阿弥」になることも珍しくない。といっても今朝は、弓の話ではない。愛好している麻雀サイト「天鳳」の話である。「天鳳」はAI相手ではなく、リアルに麻雀を打ちたい人が予約をして、対戦する仕組みだ。段位、級位があって大体同じレベルで面子を揃えてくれる。自分は四人麻雀、三麻ともに三段だった。四人の方は四段まで行ったが降格の憂き目に遭った。先週、やろうとしたら、いきなりIDを要求された。え?そんなのあったの、という感じ。当然知ってる訳がない。まあ、いいや、と思い同じネームで新規登録したら、見事に「新人」。つまりは「振り出しに戻る」である。麻雀は単なる趣味というか「暇潰し」であって、多少はうまくなりたいが、「極める」というところまでは目指してはいないから、まあ、いいや、と思ってやっている。今は四麻、三麻ともに3級。というよりは、今度は両方とも同時に昇級、昇段するように片方が上がったら、もう片方を、という具合にやっている。昇級に要するのは2級だと確か100ポイントで、2回トップ、2位を1回で上がるから、最低で三半荘必要だが、一人が箱割れするとその場で終了なので、案外時間はかからない。このところ、採点や弓のことで忙しかったので、さほどやっていないが、順調に上がってきている。ただし、そろそろラスを食うと、持ち点が減点されるし、段位になると昇段に必要なポイントが上がるので、難しくなっている。確か5段に上がるには8000ポイント必要だった。まだまだ3級程度だと、レベルの低い相手が多く、その点ではリアルで週1通っている健康麻雀に近い。さて、今日は午後の予定は決まっていないし、11時から3時間くらいリアル麻雀にでも。
2022.10.15
昨日は40mから距離を段々遠くする。40m 28750m 28160m 270計 837まあ、8月のマスターズより、12点いいのだが、あの時はM1本だったから、さして変わらない850を越えるには60mがやはりこの点数では厳しい。せめて275までは出さないと。そういうわけで今日はこれから60mだけ。
2022.10.14
こんなに人を愛せるなんて またひとつ世界が広がったようだ 孤独という親しい友と うまくやって行くつもりだったが 僕にはけしてないものを 君が持っている 生まれ変わることはできないからすべてをひとつにしなくていい君の好きなスピードで僕のテンポで(吉田拓郎 『君のスピードで』)70年代以降は、ほとんど吉田拓郎の曲を聴いていなかった。『結婚しようよ』『襟裳岬』などが売れて、これはもう歌謡曲だね、と見切りをつけたこともある。何しろ、当時は大学で一番と言われたバンドのキーボードで、ディープパープルとかのコピーを演奏していたのだから、フォークソングならともかくフォーク歌謡なんて、と思っていた。ライブ居酒屋はいつもマイクテストを兼ねてマスターが数曲歌うのが口開けで、その中に聞いたことはないけど、いい曲がある。「誰?」と聞くと、吉田拓郎。初期のものならたいてい知っているが、まったく聴いたこともないのはたいてい80年代後半から90年代の曲だ。『君のスピードで』は息子がプレゼントしてくれた、2017コンサートDVDの中の1曲。このコンサートのテーマは「ロックンロール」で自分の好みに合っている。オーケストラがバックにいないバンド構成だ。調べてみるとフォーライフ時代の最後くらいの曲。スローバラードで、コード進行もいわゆる拓郎節とは違う。メロディーラインも美しい。歌詞は何だか甘ったるくて好みじゃないな、と最初思った。二番は、こう続く。困ってるなんて思わないでくれ何もかも今さら打ち明けたりはしない僕の前にいるのは君で君が苦しめば僕もつらいはず眠れぬ夜はいつだって思いが沈むずっと遠い昔過ぎたものは二人の本当の距離だったのに君の好きなスピードで僕のテンポで何だか、以前の恋人と再会して、関係が復活したみたいな歌詞なのかな、と思った。2000年に入ってから『言葉』とか『外は白い雪の夜』のように松本隆のような作詞家に依頼し、自身は曲だけ書いた時代があるので、そのハシリみたいに思っていた。ところが、いろいろ見ていると、どうもこの歌の「君」は最初に離婚した妻が生んだ娘さんのことらしい。そうすると「生まれ変わることはできないから すべてをひとつにしなくていい」とか「ずっと遠い昔過ぎたものは 二人の本当の距離だったのに」という歌詞は、また違う色合いを帯びてくる。へえ、結構いい歌作ってたんだね、と今さらながら思う。今度行くのは多分月が変わってからだが、歌ってくるべく練習中だ。
2022.10.14
「リリーサー・ジプシー」という言葉がコンパウンドアーチェリーの世界ではある。自分は立派なその一人だと自負(?)しているのだが、要は何を使っても中らず、リリーサーを次々に取り替えていくアーチャーのことだ。自分の場合は、しかし、「何を使っても中らず」には多少の異議を唱えたい。と言うほどの戦績ではないのだが、それでも、全日にもフィールドやインドアを含めると10回程度は出場(だけではあるが)しているのだ。だから「何を使っても多少は中るのだが、より精度の高い的中を目指して、リリーサーを次々に取り替えていくアーチャー」と再定義したい。しかし、ジプシー、すなわち遊牧民を、彼らが定住しないからといって、非難がましく「一つ所に落ち着けない」というのも、それはそれで間違っている。彼らの多くは、放牧している羊とともに、草を求めて、夏に北上し、冬に南下するという単純な往復の移動生活を送る。彼らは決して「流浪の民」ではない。その点でも、自分は正しい「リリーサー・ジプシー」であって、トリガーとトリガーレスの間を往復しているのだ。自分に言わせれば、トリガーリリーサーをあれこれと替えるのも、トリガーレスだけの中であれこれ替えるのも、「ジプシー」の名に値しない。彼らは「ジプシーもどき」である。言ってみれば、都市生活者なのにSUVに乗って「アウトドア」派を演出しているような似而非者にほかならない。従って、「リリーサー・ジプシー」を「何を使っても多少は中るのだが、より精度の高い的中を目指して、リリーサーをトリガーからトリガーレスに、またトリガーへと替えていくアーチャー」と再々定義しておかなければならない。なんちゃってね!……以上は、要は5時起きの暇に飽かせて書いた「本格評論文体風戯作文」である。昨日の朝練では、リリーサーをより本格的な(何が「本格」なのかはよく分からないが)HBCに替え、40m、36本。スコープは見ず、ただただ、「カチ」から「ポン」の間に意識を集中した。つまり、リリース直前からその瞬間までを意識した。身体のどういう動きが「ポン」を生み出すのか、バックテンションなのか、中指の意識なのか、押し手をやや張るのか、むしろ「棒立ち」のようにするのか。結論はまだ出ないが、次第に狙いは正確になり、的中率は上がっていった。といっても、最後2エンドは56,55で8点1本。この辺りも「何を使っても多少は中るのだが」という最終定義に、見事に合致するのだ。
2022.10.13
昨日は、2時間の授業と1時間の試験監督。朝からちょっと鼻風邪気味でバテた。やはり、金曜日のフォーク居酒屋がちょっとキツかったのかもしれない。夜の7時から10時半まで、街に遊びに出るというのは、自分にはもう許容限度を越えているのだろう。その辺りから不調だった。天候不順も影響している。帰ってきてから、珍しく強い空腹感を覚え、一昨夜の焼き肉の残りとご飯。それからすぐ昼寝。2時間近くぐっすり眠って、何とか回復した。やはり食べて眠る、それに尽きる。それからかかりつけ医に。薬をもらうだけにして、梨と柿を買って帰る。帰宅。採点。だいたい、3分の1くらいつけて、後は今週いっぱいかけてゆっくりやればいい。もう一冊は木曜日に出る。今日は、試験監督1時間のみ。鼻水もとまっているし、昨夜も9時台に入眠し、5時半までベッドにいたから、体調も回復した。久しぶりに朝練に行こうかと思っている。7時から射場に立ち、30本くらいで十分だ。40mで狙う練習をしたい。ちょっと厚着で行く。帰宅後にファジルサイ。YouTubeの速さではとても弾けないが、何とか発表会までにはそれに近い速さにもっていきたい。今は、そこそこのテンポでも正確に弾くことを目指す。試験監督後は、健康麻雀に11時から13時半でいい。帰って昼寝をしてから、教室生のお迎え。最初はインドアの場所が分からないから、アウトドア射場で待ち合わせ、連れて行く。二人とも車がないそうなので、帰りのバス時間を調べておいてあげれば、後は弓友に任せていいかもしれない。何とかそんな一日になればいいなぁ。
2022.10.12
最近は、朝練もあまり行かず、6時前後に起床という感じだ。朝イチのお仕事は鍋を洗うのが、多い。昨夜は、今年でもう5回目くらいのパンプキンスープ。栗南瓜が安く手に入り出したので、天麩羅、煮付けなどいろいろ食べているが、やはりパンプキンスープが一番だ。ちょうど二人で食べきれるくらいの量しか作らないから、鍋は空になる。それを一晩水に浸しておくと、汚れが取れやすい。たわしでゴシゴシとやると、よく落ちる。また、今日何かに活躍するかもしれない鍋だから、かなり念入りにきれいにする。それから前夜のウィスキーグラスとかを、これも丁寧に洗い、食洗機の食器を片付ける。朝の家事は、後はコーヒーを淹れ(今朝は昨日作ったのが大量に余ったから、温めるだけ)、ひとかけらのピザを焼き、場合によってはサラダを作っていただく。今朝は、サラダはやめておいて、今年作った桑の実ジャムを出したので、バナナ、プルーンと一緒にヨーグルトで。後は朝のお薬。自分の一日はそんなふうに始まる。今週は3年のテスト。ということは採点がある。授業は2年の2時間だけだが、特講のテキスト準備などもあり、結構忙しい。今日は、ちょっと早めにかかりつけ医に。孫の誕生日で再来週出かけるから、少し薬の余裕がほしい。明日は、新規の教室生4名が来る。弓友と一緒に最初はみてやることにしている。金曜日はピアノを自分も見てもらう。発表会でやるような仕上がりではまだ全然ない。暗譜は大体OKだが、まだちゃんと弾けない。テンポを上げたいのだが、上げるとたちまち音を外す。。
2022.10.11
内閣支持率は40%を切ったが、当の政権はあまりこたえてもいないようだ。同じ共同の調査で、物価高で打撃を受けていると答えたのは80%弱。あまり、あるいは、まったく受けていないは20%強。自分たちは、もちろん打撃を受けてはいるが、極力それを少なくするべく努力中というところだ。何でもかんでも切り詰めるのではなく、楽しむことにはお金は使う。にしても、全国旅行支援のようにお得なことは徹底的に使い倒す。それは、オマエが庶民の苦しみを分からないからだ、と言う人もいるかもしれないが、自分はどう見ても庶民の一人だ。ただ、庶民なりに努力して、ある程度は蓄財し、40代で住宅ローンは完済、それ以降借金などしたことがない生活だ。同じ職場だが、第二、第三の再雇用もあり、年金と僅かな給料で、現役の時とそう変わらない生活ができているだけである。現役の時だって、そうリッチな生活ができていたわけではない。まあ、しかし朝刊に入っていた全国うまいもの展。いつも買っている沖縄の蜂蜜も値上げしそうな感じだが、まあ、買いに行くだろう。他にも何か…、と思ったら、どれも高くて、しかも美味しそうでもなくて、やめておこうかな、という感じ。せいぜい柿の葉寿司くらいかな。まあ、庶民はこんなものである。
2022.10.10
「スポーツの日」なんだそうだが、生憎の雨である。休日だから、整形はなし。スポーツといっても弓が射てないのでは、どうしようもない。インドアに行く手はあるが、準備が出来ていない。今年は、ストリングスを張り替えるときに、インドア用に、弓を調整してもらう予定だ。まあ、一階の掃除と、衣替えかな。
2022.10.10
昨日の点取りは、ダメだった。268ー276-274=318特に40mはガタガタだった。明らかに切れない射が続く。切れないので引き直しもした。後半、業を煮やして、HBCを取り出したら、やっと切れるようになった。いまさら、カスケードにまで戻す気はない。とにかくトリガーレスだ。要は、きちんとした姿勢で、ドローイング、エイミングまで持っていき、後は、エイミングを続けながら、押し引きをして、切れるのを待つほかない。それがある程度予測できるような時もあるが、今は、とにかく我慢の時だ。インドアは11月第1週が遠征。それまで、トリガーレスを引き続けるだけ。今日は雨、久々に三階で掃除しながら、射とうかな。
2022.10.10
ターゲットパニックをやっと脱しつつあり、最初は狙い優先でカスケードを使っていたが、やはり緩みが出た。それで恐る恐るトリガーレスを再び手にしたら、思いのほか狙える。ただ、トリガーレスでは切れないことが自分にとっては大問題だった。それが、昨日の練習で、ふとしたことで解決した。「後ろ足に重心の意識を」。これだけである。実際「後傾」というほど傾いてはいない。あくまで「意識」だけの問題だが、そうすると不思議なほど切れてくれるし、射のバランスもいい。試しに10本ずつ射って、30射の点取りをしてみたら60m272,50m280だった。大的とはいえ、優勝したマスターズの時よりずっといい。これだとFITA900で850オーバーを目標と出来る感じだ。今日は、寒いが8時に朝練に出て、6本射ちで点取りをしてみて、さらなる課題を見つけるつもりである。それにしても、毎日、弓を射ち、麻雀を打ち、ピアノを弾き、歌い、美味しいものを食べ、楽しく仕事も出来る生活が続くのは、望外の幸福だ。
2022.10.09
先週発疹した妻の帯状疱疹が薬でようやくおさまったので、クリニックに。今は、発症72時間以内に飲めば軽く済む薬があるので、先週土曜日に急遽行ってきた。昨日は、一応確認。もう完治で、服薬も必要なしとのことだった。1週間分で5000円くらいだったから、高い薬だ。保険適用だが、それ以前は一粒2000円という話だった。その帰りに、鮨屋に。地元の水産会社の回転寿司で、普通に一皿500円とか700円するから、はま寿司とかとは全然違う。二人で3000円くらい。朝イカが入っていたので、お決まりのほかにそれを頼んだだけ。例の認証店応援クーポンで支払った。帰ってからは、2時間くらい昼寝。そのおかげで、今朝は3時ころ目が覚め、うつらうつらしながら、最近はずっとこれだった『グレイズアナトミー』の残り二巻をを見た。シーズン16。今、レンタルで出ているのはここまでで、長期に渡って全米視聴率NO1を記録している。ここまで長いと役者たちが段々歳を取るのも分かるし、登場人物も替わっていく。が、最近はほぼ惰性で見ていたから、やっと終わったか、という感じだ。実際はシーズン18くらいまで、配信しているようだが、そこまでして見たいとは思わない。今日、射場の帰りに、20巻近くを返却して、また何か物色してくる予定だ。
2022.10.09
昨日、意外な訃報を聞いた。もう20年近く交流のある弓友の奥様が8月末に亡くなられたということだった。お会いしたことは、三、四回だと思うが、娘さんが北大で、大学病院で歯科矯正を担当したのが娘だった。その時にはもう交流があったから、20年を越しているかもしれない。毎年、土地のものを送り、向こうも送ってくれる。我が家は、妻がそういうことを担当してくれているので、自分よりも妻の方がメールのやりとりをしていた。生筋子を塩と醤油に浸けたものを送ったら、その返事で訃報を知った。奥様とはお会いしたことはなかったが、話はよく聞いていた。まだ四十九日前なので、御霊前にお供えにしてもらえばと、心ばかりの銘菓を送った。まだ61歳。早すぎる。心よりご冥福をお祈りいたします。
2022.10.09
「どうも季節の変わり目はねえ……」マスターのぼやきを聴きながら、レモネードを飲んでいた。ベースのDさんもしばらく顔を出していないそうだが、7時15分くらいに着いて、ずっと客は自分一人。「まあ、練習でもしますか」というマスターの声で、それじゃ、と「白い一日」「好奇心」「伽草子」「ファイト!」を連続で。マスターもギターでセッションしてくれたが、今ひとつ盛り上がらない。「ここはね、最後はぐっとテンポダウンしてやるとカッコいいよ」などというアドバイスをもらいながら、もう一度やってみる。なるほど、といろいろ教わった。「白い一日」「好奇心」が好評だった。8時半くらいに、やっと一人。名前は知らないが、歌いにではなく、飲みに来る人だ。話をすると、弘前出身で、ひとしきり「ねぷた」とか「りんご」などの話題。マスターに持って来たお土産のりんごを「センセイにも一つ出してあげて。ヒロサキ好きだって言うから」。これが絶品だった津軽富士とかいう新品種で、妹さんの嫁ぎ先の林檎農家から送られてきたという。ちょっと傷があるだけで、商品にならないそうだが、もったいない話だ。「甘みと酸味とどちらもたっぷりで美味しいですね」というと、ことのほか喜んでくれて、さらに話は盛り上がる。ついつい歌いそびれて、10時ちょっと過ぎに引き上げた。これは、来週もう一回だな。その前に来週は金曜にピアノの先生が来て、自分も見てもらうから、ファジルサイを真面目に練習しないと。
2022.10.08
いつものように、今週の仕事は昨日でオシマイ。今週は特講はなかったし、ラクな週のはずだったのだが、結構疲れた。朝練もここ3日休んでいるし、あまり、疲れる原因はないのだが。思い当たるのは、急な冷え込み。先週は最高気温25℃の日もあり、半袖で授業していたが、今週は最低気温は一桁、夏物で比較的生地の厚いブレザーを着ても寒いくらいで、ちょっと鼻風邪気味だ。もう衣替え、というより冬支度の季節である。試験答案の採点、評価はあったが、それはたいしたことはない。家の中での温度差にも弱くなっているから、居間のストーブは24℃に。今、玄関のファンヒーターも点けてきた。ピアノの部屋も、そろそろエアコン暖房ではなくストーブにしようか。それで、今日は朝に居間や風呂の掃除。それから、久々に射場という予定である。再来週FITA900なので、60mからまたサイトを。そう変わりはしないだろうが、トリガーレスならどうか、ということはある。射場からの帰りに、郵便局に寄ってタクシークーポンを。1万円で1万4千円分。今年は忘年会、新年会もありそうだし、使いどころはあるだろう。昼は、多分いつも通りうどん。いつもの一袋95円の冷凍讃岐風うどんが、110円に上がっていた。普段の買い物感覚では、20%近く物価が上がっている気がする。午後は十分昼寝をして、夜は3週間ぶりくらいにライブ居酒屋。今回は陽水『白い一日』、拓郎『好奇心』を新たにと思っている。後は『ファイト!』をやりたいが、まだ歌詞を写してない。今はコードと歌詞が分かるサイトがあるので、楽なのだが、著作権の関係でコピーができないのが残念だ。始まりが7時で終了は25時だそうだが、今はとてもじゃないが、10時くらいまでが限界だ。大体、2回歌って6曲というのがいつもの感じである。もう少し早く始まるといいんだが、そうもいかない。この4連休は月曜日が祝日なので、整形も行かないし、他には特に出かける予定もないが、1回くらいはどこかで外食をに行くのもいい。食事のクーポンがまだ残っている。さて、そろそろ、風呂とトイレの掃除から始めるか。
2022.10.07
一日の始まりを、自分はどういうことをどれだけして過ごしているのか。昨日は、まず目が覚めたのが3時くらい。さすがに早すぎるし、起きても何もすることがない。ベッドサイドにDVDプレーヤーとTVが置いてある。ここでTVを見ることはほとんどなく、毎晩、DVDを見ながら眠りにつくのが、ここ数年の習慣だ。で、朝は、前夜最後まで見ずに就寝したところあたりから、DVD。今はグレイズアナトミーシーズン16。3ヶ月くらい前に見始めたが、1シーズン22話くらいだから、もう300話以上見ていることになる。まあ、平均すると1日3話だろう。ゲオの株主優待レンタル半額がなくなったのは痛いが、配信に変える気は今のところない。面倒だし、居間のTVでは用をなさない。昨日の朝は、もう一話分見た。ちなみに、昼寝の友もDVD。グレイズアナトミーはそれなりに面白いし、寝ずに見てしまうことも多い。それから、起きだして、前夜の食器などを片付け、朝食を作り、食べる。朝練があれば、5時くらいに出かけるから、ササッとやるが、今はそうではない。特に今朝は今季大谷の最終登板が5時からなので見逃せない。これがなくなったら、ますますDVDの比重が高まるかもしれない。ここでじっくりものを書くのも、朝の習慣で、思ったことを書くだけだ。何と言えばいいか、毎朝、自分の立ち位置を定位するというか、精神衛生上、そんな役割を果たしているのかもしれない。だから、自分の朝の暇潰しは、MLBとDVDとBLOG。夏なら、弓がメインだが、これからの長い冬は、そうやって過ごすことになりそうだ。さて、そろそろ大谷が始まる。
2022.10.06
整理能力に欠陥があるので、元来書類仕事は苦手である。昨日は、午後一日かけて、いや、といってもかかりつけ医にも行ったので、だから午後2時間くらいかけて、選手強化、普及推進、指導員研修などの市スポーツ課に提出する報告書をまとめた。エクセルのフォーマットで報告書を記入し、決算書を書き、要項、写真とともに印刷してまとめておく、というだけの仕事なのだが、なかなか捗らない。今、まとめたものが、見つからない。イライラする。それでも何とか、仕上げて、後は会長印を押し、控えを取って出すだけである。本来、理事長の仕事ではないのだが、担当していた理事が去年突然キレて、年度途中で放り投げた。今でも、会員として来ているが、いったいどういう神経なのか。まあ、理事長も任期は後1年と少し。こんな面倒なことに、老後の貴重な時間を費やしたくないから、もう辞める予定でいる。今年は、クレーマーが現れて、その対策にも翻弄された。この上、インドア射場を作るとか、とてもじゃないが、やってられない。一応、仕事もしている。選手としても、全日という冠の付く大会に何度も行った。まあ、理事長もしかたなく引き受けたのは、校長とそう事情が変わらない。そんな仕事よりも、射場、教室という現場にいたい。そして、両方ともあと10年はいられないかもしれない。できなくなったら、すっぱりやめればいい、と思っている。弓の方は、授業と比べれば、才能がないから、努力はしてきた。授業は、ほとんど努力なしでやれる。もちろん、決して簡単ではないし、それなりの準備の時間もかかる。さっきも、今日か明日教える問題を一題解いたところだ。だいたい20分。そう難しくはない入試レベルだが、そのくらいの時間はかかる。しかし、それが辛いとか面倒だとかは思わない。それをやって、コーヒーを淹れ、昨日のさつま汁の残りとピザで朝食を食べつつ、ここに向かっている。その前に、昨日の鍋を洗い、食洗機の食器を片付けた。いろいろなことを同時並行的にやることは得意である。というか、その方が楽だ。一つ一つ、というのが苦手なのかもしれない。だから、書類仕事は苦手である。
2022.10.05
どうやら、スタグフレーションの気配は濃厚である。物価高に賃金上昇が追いつかず、家計は今、引き締めに躍起だ。旅行の取りやめ。食費の節約。高額消費を控える等々。そういう中で、現政権は、上がり続ける電気料金の抑制や住民税非課税世帯への一律5万円給付、全国旅行支援など、一貫性のない政策を、しかも小出しにやろうとしている。異次元金融緩和はさらに続き、先進国とは反対のベクトルを向いている。つまり、ストックは株式などを含め増えない。最低賃金を1,000円にしただけで、中小企業は悲鳴を上げる。これでは賃金が上がるはずはない。年金頼りの高齢者は平均で2,000万程度、中央値でも1,000万程度の現金資産を持つが、老後がどんどん長くなる現状では、年金が上がらないのだから、現役世代よりもさらに財布のひもは固くなる。一方、穀物など生活必需品の大部分を輸入に頼る現状では、海外の資源高は仕入れコストの上昇を招き、製品価格に反映されていく。10月の値上げ品目数は最大だそうだが、それを上回る物価上昇はおそらく来年やってくる。現政権のケチ臭い、各省庁の面目だけに配慮した経済対策は、焼け石に水以下の効果しかない。さて、高齢者世帯でもある自分たちはどうするか。まず、また地域クーポンが出るそうだから、それは最大限購入する。今年はこれで2回目。今どき20%の利子がつくなんて、怪しい投資話くらいしかない。食事のクーポンも最大限買った。タクシークーポンも。これだけでも、むこう半年は物価上昇に見合う。つまり、使うお金はけちらない。できるだけクーポン、ポイントを利用して物価高に対抗する。旅行は、全国旅行支援をできる限り利用する。それもGOTO以来、もう何度も利用している。たいして量を食べる必要はないから、美味しいものを少量食べる。暑さ寒さは体にこたえるから、冷暖房はけちらない。趣味も止めない。しかし、衣類は必要ない限り新しいものは買わない。いまあるのも、かなり捨てた。使えるものですます。まあ、そんなふうに暮らしていく予定である。
2022.10.04
昨日は、新人戦。経験2年未満の高校生たちが主役だが、同時に団体戦を組む。つまり、高校生1人+CPベテラン2人か、高校生2人+CPベテラン1人のグループの合計点で団体戦。いつもだと高校生の数が多いので、高校生1人+CPベテラン2人という組はないのだが、やはりコロナの影響で、高校生が少ない。さらに母校のアーチェリー部は、秋休み中で出場ゼロ。寮生が多いので帰省するのがほとんどだ。人数がちょうど3で割れたので、自分も出ることにした。一人余るようなら、弓友に任せていた体験教室か、試合後に提供するジンギスカンの手伝いと思っていた。試合は30m36射。ABCの3立ち。タイムは計らない。という緩いルール。まあ、340は出しておきたいのだが、トリガーレスに変更したばかりで、30mでもたまに8点が出るのだから無理だろう。団体戦は、高校生1人+CPベテラン2人の組で、この組ではCPの上位点+高校生の得点×2でチーム合計を出す。そうでないと、CPが二人いる方から1~3位が出てしまう。それでも、まだ有利だ。もう一人のCPアーチャーはせいぜい320台だから、自分が稼がないといけない。と思ったらいきなり9-8-8から始まった裏は10-10-10で何とかなったが、2エンドは53。まずいね、と思い、引き直しをすることに。タイム制限がないので、納得するまで、引き直した。その後は59、58などでまずまず。結果は338で340に後2点。8点を3回も射てばしょうがない。高校生N君ががんばって236。10点数の差で惜しくも新人戦は2位だったが、団体戦はぶっちぎりの優勝。金メダルをもらったが、値上がりしていて、ずいぶん小さなメダルだった。このメダルは、もう10個近くあって、ちょっと処分に困っている。競技後、ジンギスカン。この10日間で4回目の羊肉。今週、来週と特講もないので、楽だ。しばらく空いてしまったフォーク居酒屋も行きたいが、助成を受けているスポーツ協会への事業報告もあり、ちょっとそちらが忙しい。大谷がさっきヒットを打って、17試合連続。MLBもあと4試合。録画して、整形、その後弓に。
2022.10.03
試験を作り、採点をする。非常勤講師の仕事の本業は授業だが、試験作成と採点も授業の延長線上の仕事であるのは当然だ。ただ、5教科以外の場合は必ずしもそうではない。そういうとここに手当があってもいいようにも思うが、そんなものはどこの学校にもない。試験についての自分の考え方はすでにどこかで書いたかもしれない。もちろん生徒にとっては試験点数は最も気になるが、それ以上に教師にとってそれは重要な「評価」であることを忘れてはいけない。というか、そういうことに無自覚な教師は掃いて捨てるほどいる。「ホント、あのクラスは出来が悪くて」と生徒の点数が低いことを、クラスのせいにする。もっと酷い場合は、クラス担任のせいにするような教師を実際何人も見てきた。クラス横並びで、複数の教師が担当しているような場合は、隣のクラスの教師と差が出ると、困るから事前に問題演習をするような教師もいた。まあ、教師の自分が言うのはなんだが、教師ほど責任逃れをあらゆる手段で講ずる人間もいないのである。自分の場合はもう何年も1クラスしかない授業の担当なので、横並びで問題を作ったりすることもない。だから、自分で教えて、問題を作り、採点をする。国語の場合は、記述の部分点をどう与えるかという問題も厄介だ。そもそも、記述問題の正解が書けない能力の教師もいる。指導書の解答例に振り回されるから、場当たり的で、形式的になってしまう。その通りの表現でないと×で、同義表現でも×を平気で付ける。まあ、そういう教師に教える手間がないから、今は楽だ。さて、生徒の得点は教師にとっても自己の評価になるという話だが、簡単なことだ。ちゃんと教えれば、ちゃんとした点数を生徒はとるし、教え方が失敗すれば、得点もでない。さて自分のテストだが、現代文の場合はいつでも平均点目標は60点である。古典を教える場合は70点。覚えれば出来る古典と、思考力を要求する現代文では、目標点が違って当然だ。そこより高い得点だと、簡単すぎる問題だし、極端に低ければ、問題が難しすぎるか、よほど授業が酷いかのどちらかだ。今回の2年現代文の平均点は58。まずまず想定通りの点数だが、一人一人を子細に見ていくと、問題点はたくさん見つかる。まあ、詳細は省くが、要は自分の授業はこの生徒にとってどうなのか、ということだ。今回、点数を酷く気にして「先生、もうつけた?」と聞いてくる生徒が二人ほどいた。出来は、まあ、よくない。しかし、こういう時は、どう勉強すればいいかを教えてやると、次から得点が跳ね上がる場合が多い。今回も一人そういう生徒がいた。自己抑制が強く、なかなか難しい生徒だが、少し気にして、声かけをしてやるだけで、自分の授業に不安よりは安心を感じるようになり、前に出て板書課題を毎回書くようになった。それだけで、平均点より少し上のところから、クラストップ近くまで得点が伸びた。まだ、思考よりも暗記に頼っている生徒も多く、これから何とかしないといけない。クラス全体として出来はよくない特進だが、このまま担当すれば、全道上位の力はつけられると思っている。
2022.10.02
昨夜は、ずいぶん迷ったのだが、右の中指を深爪してしまい、ちょっと痛かったのと、今日から2日間、体験教室があるので、体力温存ということで、ライブ居酒屋は止めておいた。6時間ほど眠って大分体力は回復。7時過ぎに出て、明日は30mの団体戦にも出られそうなので、ちょっと30mを練習することにする。昨日、トリガーレスでどのくらい出るかな、と思って点取りしてみたら、311-316。まあ、まだ切れなくて苦労することが多いが、57とか中るときはビシッと矢が集まる。今、意識しているのは肩甲骨を伸ばすこと。エイミングから伸びていって、伸びきる前に切れることが理想だが、的の意識が強すぎると、前屈みになってしまい、切れなくなる。押し手よりも引き手を意識すると切れる。インドアまで、何とかものにしたい。教室は今日は3人、明日は4人。弓友が今日は都合で来られないので、自分ともう一人で教えることになる。実は、人に教えるのはかなり苦手だ。高校で始めたが、特にリカーブに関しては、あまり教わったことがないので、どう教えていいか分からない。この辺りは、仕事とはえらい違いである。採点は、これから少しやるが、全体の7割ほど。月曜日までに全部つければいいから、こちらはわりと余裕だ。まあ、今日はライブ居酒屋は発表会だから、行くかもね。
2022.10.01
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