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最近は6時間以上連続して眠ることがない。自分の場合は10時就寝だと4時起床である。今朝も4時に始まった。いくら何でも朝練にはまだ早い。それでいつもなら、ここで駄文など綴って、天鳳をして、という感じなのだが、今日はスポ協に出す申請書、予算書を2つ作った。理事長の仕事ではないが、昨年ちょっとした事件があって、やむを得ず代行している。まあ、少人数なので、このまま数年は代行しなければならないだろう。それから、ここで駄文を綴り、弓に。今日は昼からは健康麻雀。夜はフォークライブ居酒屋の約束がある。一端麻雀から帰って昼寝、夕食を食べてからまた出かける。まあ、「遊び三昧」なのだが、さすがにちょっと仕事(といっても弓関係の書類作成)を、という訳である。健康麻雀の前は、妻と軽く花見に。桜通りをちょっと見て、妻は地域振興券10万で12万円分を買いにデパート。自分は健康麻雀というわけだ。朝イチで仕事をすると、何だか気分よく遊べる気がするが、まあ、サラリーマンの悲しい性というべきかなぁ。
2022.04.30
9日に授業交換を入れたため、11連休である。この間に、やりたいことを書いておくと、まずは弓だ。だいたい310~20くらいを射てるようにはなったが、その先は壁がある。毎朝、2時間くらいずつは射ちたい。今朝もこれを書いたら出かける。弓と言えば、スポーツ協会への補助金申請書を整える仕事も一つだ。次は、麻雀。連休中に五段に上がりたいのだが、ちょっと難しそうだ。リアルの方はとりあえず明日。それから仕事。6月末の定期試験の問題をそろそろ考え始めないといけない。教科書ではない文章なので、切り貼りかベタ打ちかしないといけない。後は、出かけることもない。というかここまでに出かけすぎて、その気力もない。さてもう一半荘やってから弓に。
2022.04.29
昨日は、忙しくて、朝にここで駄文を綴る余裕もなく、弓→出勤(2,3限)→退勤→来客→スポーツ協会理事会総会、という自分としては「超過密スケジュール」。もちろん、その間に「天鳳」を数回やっている。また、ピアノも弾いている。来客、というのは一昨日申し出た「外貨建て生保」の解約のため担当を引き継いだ方が来ていた。6年ほど前、契約したもので、一括で32,000ドルほど支払い、死亡時45,000ドル受け取れる生命保険として契約した。当時の担当に説明を受け、こちらからも質問して理解した契約内容は、運用はアメリカ国債のみでするのでそれがデフォルト(不払い)に陥らない限り、ドルでの元本割れはない。5年間は解約に対する手数料は高くなるが、それ以降はほとんど手数料なしで解約できる。円払いで受け取ることも可能で、その場合為替手数料(50銭)がかかる。「ということは、6年目でもし今より円安の局面があれば、解約して運用益と為替差益を得ることができるから、そういう局面を待っていればいいんですね。生保としては、共済の1,000万掛け捨てのに入っているから、それから見ても、そう魅力はないと思いますけど」というような話をしたことを覚えている。他の教職員にも、パンフを配ってくれという依頼もあったがそれは断った。その当時から「外貨建て○○」という金融商品には、いろいろな問題があったからである。ただ、非常に有名な会社で、まさかアメリカ国債がデフォルトになることはないし、その当時のレート(114.5円/1ドル)はやがて必ず120円にはなると思ったので、自分は一括払いで契約した。「国民生活センター」のHPでは、「元本保証」と言われた、「銀行員に勧誘されたが、まったく知らない外資系の会社だった」「解約したら数十万損をした」などのクレームが増えているという。まず、投信などの株式ファンド運用であれば「元本保証」はあり得ないので、担当者が虚偽の説明をしたことになる。しかし、米国債等での運用ならドル(運用国通貨)ではデフォルトしない限り「元本保証」である。ただし、それを円に換えたときに、為替差損が出て、運用益より差損が大きければ、円での元本割れにはなる。そういうことは「約款」に書く義務があり、ちゃんと書いてある。パンフにも小さいが記載はある。数百万のお金の運用をするのに、そもそも仲介した銀行の商品と思っていた、とか為替リスクの理解をまったくしていないとか、自分から言わせると、そっちの方が信じがたい。「契約」は車の購入だろうが、クレジットの支払いだろうが、その当事者が確認するのが、常識だ。大卒で勤務し定年退職したいい大人がコロコロ騙される、というか騙されたのではなく、たいていは当人の理解不足なのだが、それは当人の責任であることが大半だ。自分は定年退職の年に契約したのだが、今の円安の時がいい潮時だと思い解約した。自分の予想では年内に130円/1ドルを超す円安局面はあると思うが、ピンポイントで解約するのは無理だと思っていた。ドル円は多分来年は今の「異次元緩和」総裁が退任し、実際は緊縮財政派の現総理が辞めなければ、再び円高に向かうと思う。6年間で60万円ほどの運用益を得たのはラッキーだったが、年率だと3%程度である。以前やっていたNISAのインデックスファンド型の積立投信では20ヶ月、月10万の積立で、30万ほどの運用益を得たから、こちらの方が年率はよかったことになる。この時も契約内容に関しては、しつこいほど確認したし、リスクも理解していた。まあ、このくらいの運用益は、今回三番目の孫が生まれ、お祝いをあげたり、夫婦二人で20泊もホテルに泊まり、通いでお世話をしたりすれば、いくら道民割をフル活用してほとんど2,000円以下でホテルに泊まったにしても、それでトントンなんだけどね。
2022.04.28
am6:00~7:30。72射。課題は、引きつけて射つ。バランスが崩れると、中らない。
2022.04.26
朝、5時半起床。今日は、授業3時間の後、一端帰って4時に特講に。その間は昼寝など。昨夜は9時過ぎからぐっすり眠った。大分、疲労も回復したので、今日から朝練を復活。気温10℃。ほぼ無風。絶好のコンディションだ。72射、ワンテーマで射ち続けることで、基礎的訓練になる。そのたびに点数を気にしていては何も変わらない。麻雀の方は暇に飽かせてPCに向かっていたが、ちょっと比重を落とそうかと思う。というか弓も試合が近いし、グランドピアノもきた。そういえばファジルサイのトルコ行進曲ジャズバージョン。思ったより弾けそうである。ハノンなどと合わせて毎日30分から1時間は弾きたい。ライブ居酒屋にも今週、顔を出す約束をしている。リアルの麻雀は土曜日、強い人たちの集まる卓でやりたい。何だか、とても欲張りな一週間になりそうだ。
2022.04.26
先ほど朝食を食べ、コーヒーとともに部屋に戻った。昨夜は妻と銀座ライオン。特別品質の黒生と何かの飲み比べセット。カットステーキ。ジャガイモとソーセージの醤油炒め。妻は檸檬ハイ。後はデザートのアイス、ガトーショコラ。食べたのはそれだけで、十分満腹。安いし、旨い。特に黒生は、やはりビアホールの味で、家では味わえない。「まあ、よくやったね。ご苦労様でした」で乾杯。本当に、妻も自分もよくやったな、と思う。祖父祖母として、十分ではなかったかもしれないが、できることはやった。家事の手伝い、上の孫の相手、そして出産祝い、上の孫の入学祝い。入学は来年だが、ランドセルなど高額なものを買うので前年にあげることが多いようだ。そういうことを自分たちなりに、十分やったと思う。子育てではあまり味わったことのない達成感に近い気分である。後はチェックアウト。それから6時間のドライブ。事故などに遭わなければ、それでいい。
2022.04.25
今、ホテルに入り、今回の旅の任務は完了した。後は、今夜、妻とまたどこかで夕食ということになる。9時くらいに娘のマンションに。自分と娘、上の孫の三世代で、ゼンカイジャー・ラストライブに。編隊物と総称される仮面ライダーの後継TV番組。客層は、自分たちのような組み合わせ。母と息子。そして、20代の女性。どうも、ここにも「~~女(ジョ)」と言われる女性達がいるらしい。第一部のドラマ仕立てのショーももちろんだが、二部のトークショーがお目当てらしい。しかし、この女子達をどう呼ぶのか。「ヘンタイ女」なら誤解をされそうだしね。すごい音量の中で、自分は爆睡してしまった。連日の疲れが出たらしい。帰って、孫と一緒にくじで五等賞の景品の弓矢で遊ぶ。ゴム紐の弓で、吸盤着きの矢だから安全なのだが、それでも「人が前にいるところでは、ゼッタイ引いちゃダメだからね」と何度も孫に言った。物事は最初が肝心である。まだ少年用の15ポンドでも10ポンドでも引けないだろうが、小学3年くらいなら、今度は本当のアーチェリーを教えてもいい。が、その時まであと4年。自分は70歳を越えている。ともあれ、明日、気をつけて帰れば、やっと孫の世話の旅は終了だ。
2022.04.24
妻は、3日ほど前からちょっとばててしまい、ホテル療養。といっても、多分コロナではなく、単なる疲労蓄積。念のため、昨日は娘がよく行く内科でPCRをしたが、結果は陰性。昨日からホテルが変わるので、昨日までのホテルのチェックアウトを延長してもらった。自分は13時ころ、娘のところに行き、孫とご対面。それから車を駐車場にとめて、妻と待ち合わせ。ホテルは3月にも利用したところで、わりと居心地がいい。チェックイン後それぞれ昼寝をして、6時半からいつもの居酒屋に。やはり、食事は一人で食べるのと違い、おいしい。旬のたけのこ、ホタテのバター醤油炒め、おでん、焼き鳥、山わさび、マグロと生わさびの巻寿司など。二人×3泊なので道民割12,000円分のクーポンのうち9,500円を使った。いつもは10,000円は越えるのだが、昨夜はそれほど食べなかったのかな。さすがに9時過ぎには寝入ってしまい、6時間以上通して眠った。最近では久しぶりである。起きてから、持ってきた仕事。一昨日出しておいた課題の説明プリント。wordではなく、手書きで。基本的には生徒も受験では手書きなので、たまには同じようにして作る。解答に至る読解の道筋と解答例。字数調整などは手書きのほうが直した跡が残るのでわかりやすい。これから朝風呂に入って、6時半に朝食に行く。妻は多分9時くらいになるだろう。シングル2部屋というのは、妻との旅行ではいつもそうなのだが、自分のペースで生活できるのがいい。
2022.04.23
今月で2回目。先月末も行ったから、ここひと月で3回目。また新しい孫に会いに行く。今、妻が行っていて、案の定少しバテてしまったらしい。この時間に起きてしまい、かなり寝不足。一度風呂に入って、アタマをすっきりさせ、それからできたらひと眠りしてから出たい。だいたい準備はできている。
2022.04.22
今日は、さっきの記事を書いた後、特上卓で一戦。6段が二人、7段が一人で、自分が一番格下だった。際どいところで、オーラスを逃げ切り、1位。タンヤオ、ドラ3だった。結果は圧勝だが、一つ間違えると最下位もあった。その後、7時ころに射場に。久々に弓友に会い、72射。スコープを置かず、とにかく「引き込む」ことだけを考えて射ち続ける。310前後、320前後くらいの中りだった。1時間。それから風呂。最近は朝風呂がマイブームである。洗濯機を回す。今は大谷を観ながら、弁当のスパゲティをレンジに。今日の出勤は11時だ。
2022.04.21
四段になり、上級卓、特上卓への参戦資格を得たのだが、それには有料会員になる必要があった。まあ、たいした額ではない。60日で1,000円程度。毎週のように行っている、リアルの健康麻雀でも、目一杯5時間打つと1,500円である。上級卓は1級以上の有料会員なので、まだすごいメンバーというわけではない。昨日初めて打ってみた。トップ争いをオーラスまでしていたが、オーラスで振り込み3位。上がれば1位の手が入っていたから、それは仕方ない。就寝前に、今度は特上卓で初めて打った。四段でレイティング1800以上という資格。この「レイティング」という数字がどうやってつくのかイマイチ理解していない。確か、最近1800をわずかに超えたところで、ラスを引いたりすると1700台に戻っていた。1800を維持しているうちに、とにかく特上卓で一度打ちたかった。全員四段。今までの無料の一般卓では、「新人」とか「4級」くらいが混じっていて、それは別に構わないのだが、途中でゲームを放棄してしまう人がいる。自分も用事ができたり、来客があったり、時間が来たりして、数回ゲームを途中放棄したことがあるのだが、そうではなく、例えば東一局で、親の満貫に放銃してしまったら、後はもう放棄という人がいる。その人の持ち点が赤い字になるから分かるのだが、放棄するとツモ切りを続けることになる。残りの三人は、南4局まで、その状態で戦わなければならない。迷惑な話なのだ。初の特上卓では、そういう人はいない。最初から大きな手の応酬となった。自分は東場はやや遅れて17,000点くらいの4位だったが、南1局で満貫を上がり、原点復帰。その後、2局の親でたいした手ではないが連チャンしてトップ。オーラスで自摸られたが、トップのまま終了となった。やはり、麻雀は強いメンバーと打つ方が数倍楽しい。とにかく自分が上がりたいだけで、闇雲に危険牌を打ってくる初心者は、結局こちらも手を仕上げたり、迷彩を施したりという技術を放棄せざるを得なくなる。運任せの聴牌競争になってしまうから、興趣が薄い。それでも、リアルで打つ楽しさもあるから、なるべく土曜日には行きたいのだが、当面は天鳳が中心になりそうだ。
2022.04.21
狙ったポイントに、矢を放つ競技だが、アーチェリーはボウリングとは違う。ボウリングはどちらかといえば、投球に似ているが、弓はバッティングと同じような気がする。あるいはゴルフ。どちらも「ショット」と呼ぶ。「シュート」はおそらく同源の語だ。今朝は3℃。あまりにも練習に行けてないので、30分だけと思っていった。36射。2エンドまでは酷かったが、3,4と55,56とまずまず。課題は引きつけて射つ。よくバッティングで使う用語だ。最後の一引きで射型を安定させる。そういう射になると黄色からは外れない。その感覚だけを追って射ち続けた。今週も忙しい。明日、朝、もう一度行けるかどうか。
2022.04.20
今朝9時。ピアノ搬送業者とサッシ屋さんと出入りの大工さんが、たまたま同時に到着。窓枠を外す作業、ピアノを吊す作業が同時進行。窓枠は下準備をしてあったので、すぐ外れ、サッシ屋さんは、二階の一昨日外した窓枠のコーキング。その間に吊されたピアノは無事に祖母の部屋に収まり、保護材を外している。少しすると二階の作業を終えたサッシ屋さんが、今度はさっき外した窓枠をまた戻している。脚をつけて、位置を決め、大工さんが昨日作ってくれた木製の脚置きの上に、ピアノの脚置きを置き、そこにピアノが置かれる。サッシ屋さんの作業も、コーキングでおしまい。この間、一時間。10時には、すべての作業が終わり、ピアノがデンと構えている部屋が残った。恐る恐る、触ってみるとちゃんと鳴るし、音も狂ってない。安心して『枯葉』を弾いてみた。吉田拓郎『アゲイン』、『白い恋人たち』などいろいろ弾いてみた。『枯葉』をもう一度弾いて録音して送った。音が店で聴いたときより、キンキン響くのだが、部屋との関係でそうなるようだ。クリアな音質で悪くない。何回か続いた『グランドピアノ顛末記』。購入の検討から始まり、今日の搬入をもって終了である。。
2022.04.18
ドル円が126円台に乗り、これはどうも130円くらいにはなりそうだ。外貨建て生命保険に1本入っているが、今、解約すると40万くらい利益が出る。ピークアウトはゴールデンウィーク明けのようだから、来週解約しようと思っている。「噂で買って、事実で売れ」という相場格言があるが、そろそろいいタイミングかもしれない。円安は、結局日本の購買力が弱っているということで、おそらく、長期に渡って続き、200円もそのうち来るだろう。物価もじわじわと上がるはずで、庶民の生活は先細りになってくる。まあ、人生先細りだからいいかなとも思うが、最後で貧しい思いはしたくもない。せいぜいうまく立ち回って、時々臨時収入があればいいかな、と思っている。
2022.04.18
昨日、大工さん達が来るのを待つ間「天鳳」をやっていた。4段まであと5点。2位以上なら昇段である。東3局くらいで、4万点弱のトップの時に「ピン、ポーン」。こうなると放棄せざるを得ない。放棄するとすべてツモ切りになり、ロンもできない。まあ、でもうまくいくと2位くらいで止まるだろう、と思っていた。午前中で搬出がだいたい終わったので、サイトを開いてみると、「四段昇格、おめでとうございます」。どうやら2位にはなれたみたいだ。1位で+35、2位で+10、3位はゼロ、4位、ラスを引くと-70というルールで600点スタートで1200点まで積み上げたのだから、結構苦しかった。600点がゼロになると降段ということにもなる。一度、初段から1級に降格している。ちょっと調べたら4段以上は全体の4%で、会費を払えば特上卓に入れる。まだ上級卓にすら入っていないのだが、この際、たいした額でもないから有料会委員になろうかな、と考えている。搬出が終わった後で、健康麻雀に。最強メンバー、冷えピタ、有段者、寡黙(全部自分が勝手に付けたあだ名)。三半荘やって1位、3位、1位。三回目は二人をハコテンにしてのぶっちぎりだった。最初のころは強いな、という印象だったが、今はそうでもない。少し雀力もついてきたかな。
2022.04.17
今は保険でも車でも「比較サイト」というのがある。車の年式や走行距離などを入力して登録するだけで、近くのいくつかの買い取り業者からの査定が入る。その中の一番高いところと契約して売るだけ。通常はディーラーの下取りより高値で売ることができる。相続した叔母の家は下関という遠方なので、このサイトを予約した。確か3社から見積もりが入り、その中の一番高いところに出向き、売った。もちろん事前の下見などがあったが、それは近所で鍵を預けていた叔母の友人に対応してもらった。一番安いところとは倍以上の開きがあった。二階のアップライトは別にそのままでもいいかな、と思っていたら、大工さんが「売れますよ、これ」と。やはり改築などの際に、もう弾かなくなったピアノを何とかしてほしいという客の要望があり、それで買い取りサイトが分かったという。結構古いものでも30万近い値が付いたこともあったという。まあ、家のピアノは妻が子どものころから使っていたもので、もう50年は優に経っている。無料でも引き取ってもらえば、くらいの気持ちだったが、6万の値がついた。これで大工さんとサッシ屋さんの手間賃を払っておつりが来る。そういうわけで、ここに越して以来、二階の居間の床下補強までして息子も娘も弾いていたアップライトは、昨日搬出した。それに伴って、母の部屋の介護用ベッド(母が亡くなった後に買ったのだが、二階には運べないと分かって、10年以上置きっぱなしにしていたもの)を自分の部屋に、自分の部屋のベッドは二階に運んでもらった。それも手間賃に入っている。サッシはシャノンというメーカーのもので、日本で最初に入ってきた二重サッシ。片開きで外すのはえらく手間がかかった。我が家の窓は、後で取り替えた3箇所を除いて、みんなそうだ。当時、オールシャノンは街で初めてだったらしい。クレーンで吊り下がったピアノの写真を息子と娘に送った。
2022.04.17
群馬の弓友が例年送ってくれる「タケノコ」。娘のところにも比較的小さめのを二つ送った。昨日の午前にはもう着いていて、早速妻がさばいて、筍ご飯と若竹汁を作ったという。あとは天ぷら。これは自分には無理だ美味しい、美味しいと娘からラインが来る。本当にいいタイミングいただいた。例年、お礼に行者大蒜を送っているのだが、さて今年はどうなのか。明日がフィールド整備なので、生えていたら、採ってくる、まだのようなら、来週のどこかで。といっても来週までびっしりだ。今日はアップライトピアノの搬出とベッドの移動が9時から。明日はフィールド。明後日はいよいよ朝にグランドピアノが入る。火水木の授業は目一杯。行けるとしたら、水曜日の午後しかない。
2022.04.16
昨日、午後にもう一度射場に。幾分暖かいし、風もそうは出ていない。試射1回の後、点取り。スタートの点数を毎年こうやって取る。51-55-48-55-48-50=307何だかぱっとしない。確か去年も一昨年もスタートは310点台だったはずで、そこから10点近く落ちている。練習不足が大きい。最後の方で、目一杯引いて「切れる」を目指し、バランスが崩れそうになったら「切る」という射が一番精度がいい。
2022.04.16
小雨が上がり、まだ寒く、風も出てきたが「ほんのお印だけ」と思って、車に弓を積み込み射場に。30mを6本射ってから50mに。サイトの左右が大分違い、サイトレンズを相当出した。それやこれやで時間もかかり、結局、4回くらいでやめた。最後は10-9-8-8-8-7でちょうど50。まあいいか。
2022.04.15
さきほど、ちょっと寒いなぁと思ったが、それでもアウトドア初射ちに行こうとした。2階の弓をおろし、車に積もうとしたときに、小雨が。この気温と小雨ではさすがにやめておいた。もう少しで上がりそうな気配でもあるのだが。いったい今年度のスタートはいつになるんだろう。
2022.04.15
昨日は忙しかった。仕事は、2,4,5限の3時間。少し早めに行って、成績管理のタブレットが新たになったので、登録をしなおし、授業を設定し、昨日までの出欠を入力。初めは大変だが、どうということはない。そのタブレットに特進や国語の連絡を、今度は別のアプリで入れてあるという、その登録が面倒だった。開いてみると、知っていることばかりで、意味がない。コース主任なのだが、困った人間だ。悪気はないのかもしれないが、こんな連絡をわざわざ新たなアプリを入れて、どうする気なのか。言えば1分で済む話、該当者は9人だから10分弱。作って、データを入れて、全員が確認するまで数時間は要する。ペーパーレスといって張り切っているが、特講の案内などは、生徒には紙で渡っている。それを担当の9人だけがペーパーレスで連絡を受けても、どうしようもないではないか。ともあれ、朝の余裕はそれで潰れた。そんなことより、自分のスカスカの中身の授業を何とかすべきなのだが、気づきもしない、どころか、大量の自作プリント、それも単なる文法書のポイント抜き書き程度のものを作って配る。ペーパーレスどころかペーパー過剰で、生徒は何を軸にしていいのか右往左往する。自分の頭の混乱がそのまま生徒に伝播する。まさに「人格が陶冶する」である、はは。2時間目の授業は内田樹の『下流志向』を使った問題演習。いつか書いた「教育サービスの受け手」として登場する子どもの話だが、設問・文章とも高校生には難しい。じっくりと解説していく。分かるレベルぎりぎり。4時間目もたまたま学年は違うが同じ。その間の3時間目に、特講の2回分のプリントを作った。古文、漢文。共通テストの模擬問題だが、古文、漢文の勉強法をしっかりとたたきこむつもりだ。そうでないとさっきの主任に振り回され、生徒はどうしていいか分からなくなる。朝に炒め直した焼き肉をご飯の上にのせて作った弁当を昼に食べ、進度表や教科目標シートなどをでっちあげ(どうせ誰も読まない)、5時間目は丸山真男。さすがに1960年代の政治思想評論は、内容こそ今でも十分読む価値があるが、二重否定の連続する、ことさら難解な文章は生徒にはきついし、自分には鼻につく。仕事だけでも大変だったが、「怒濤」だったのはその後だった。まず蜂蜜を買いにデパート。木曜日なので生協は5%オフ。帰りがけちょっと買い物に行く。帰宅すると、まだタケノコの不在通知は入ってなく、ちょっと大事なスポーツ協会からの封筒があった。総会資料と補助金申し込み。グランドピアノの運送会社に電話して到着時間を聞く。月曜朝9時から10時の間。てっきり昼だと思っていたら、夜中に向こうを出るらしい。なかなか大変な仕事だ。電話している間に、ピンポン。宅急便。タケノコだ。一応開けて個数を確認。4個だった。そうそう、こちらの大工さんにも電話しておかないと。月曜の搬入時間を伝え、今のアップライトを土曜の何時に搬出かを確認する。9時。その時にベッドの移設も頼んである。タケノコ。4個のうち1個は息子の嫁の実家に。2個は妻が今行っている娘のところに。早い方が新鮮なので、今日送ってしまおうと思う。妻が作り置いて後で送ってくれと言っていた冷凍食品とタケノコ2個を冷凍便と常温便。いつも行く空港近くのクロネコに。途中、息子の嫁の実家に寄った。帰りがけに射場に寄ってフィールドの申し込みが来ていたのを弓友に。去年、ちょっとゴタゴタがあって、彼と自分でそういうことを全部回さなければならなくなった。空港から帰ると5時を回っている。そこからタケノコの皮むき。途中、妻に電話しながらやり方を聞く。茹でる。こんなことなら、今日は弁当にすればよかったのだが、鶏肉を解かしていて、焼き鳥の予定だった。葱、ピーマン、アスパラ、ちょっと高いソーセージと一緒にいつもの電機焼肉器で。あとは鰹のたたき。忙しかったが、美味しくいただいた。妻が子どものころから50年使ってきたアップライトとも、今日明日でお別れなので、1曲「アゲイン」を録音して、息子のところに音声データを送る。「吉田拓郎だね」と返事が来た。グランドピアノを買うとも送ったのだが、何の反応もない。例によって、ちゃんとメールを見ていない。風呂に入って一息つくと、10時近い。忙しく、いろいろなことをやった一日だった。今日は仕事は休みだが、また忙しくなりそうだ。
2022.04.15
このところ、すっかり弓はお留守となり、麻雀にハマっている。昨日も妻を送った後、市役所で協会の仕事をしてから、健康麻雀に。時間は2時間ほど。最初にリーチ、チャンタ、イーペイコウの満貫を逃したが、すぐ次の局でリーチ、チャンタ、ドラの満貫を上がった。チャンタは一般に手牌の悪いときに降りながら作る手だが、わりと上手くいくことが多い。その後も、上がり続け、リーチ、ホンイツ、チートイツ、ドラドラの倍満が昨日一番高かった。2半荘やって、どちらもダントツのトップ。まあ、ほとんど初心者の卓だったからでもあるが、「天鳳」の方でも、一時勝てなくなったが、四段1200ポイントまで、600ポイントからスタートしてあと170ポイントくらいまできている。「天鳳」はPC画面を見続けるので、ちょっときついこともある。まあ、アウトドアシーズンも始まったし、今朝は寒すぎるが、明日は朝の風のないときに射つ予定。いったんそれが始まると、朝に「天鳳」はしなくなるだろう。
2022.04.14
昨夜は焼き肉。自分ができる数少ない料理の一つだ。まあ、もっと込み入った料理もできなくはないが、簡単だし、多めに作れば今日の弁当にもなるし。妻はいつもの居酒屋で旬のタケノコ料理などを楽しんだようだが、クーポンのおかげで1000円で済んだらしい。今日は娘のところに行く予定。タケノコといえば今日は弓友から届く予定。おそらく再配達依頼ということになる。9時に出て、帰りは3時くらいにデパートに寄って、いつもの蜂蜜を買ってくるから帰宅は4時を回るだろう。小浜養蜂場という。半年に一回くらい沖縄から来て、そのたびに案内はがきが来る。多分1000ccのを1本買う。小さなおまけの瓶もついて10%引き。焼き肉だけじゃ足りないので、朝にシーチキンサラダでも作る。弓、と一瞬考えたが、気温は2℃。やめておくことにした。
2022.04.14
今日は3年「国語演習」が2時間続き。そうするように頼んでいたのだが、実際の所、どう展開するかは、やってみないと分からない。テキストはプリントしてある。テーマは医療問題のトピックを学ぶこと。特に患者主体の医療という考え方である。日本で「患者様」という言い方が定着し始めたのは、おそらく2000年に入ってからだろうと思う。それは「患者主体の医療」のいびつな現れ方だと自分は思っている。それなら「生徒主体の学校」を目指すなら「生徒様」である。「患者様」という自分にはどうしても違和感を拭えない呼び名は、呼称を変えれば、すべてが変わるという「言霊信仰」の残滓さえ感じられるのだ。まあ、それはそれとして、患者主体の医療が70年代アメリカの公民権運動に端を発するということを初めて知った。「弱者」の権利を重視した運動は黒人、女性、子ども、そして病者に向かったのである。医療や教育の世界では「医師ー患者関係」「教師ー生徒」関係において、圧倒的に差がある。その差の第一は「知識」である。医師は患者の病気について、どこの国でも最難関の医学部で長い年月をかけて学び、研修医の期間を経て、一人前の医師になる。医学の世界は日進月歩だから、絶えず学び続けることが職業的義務となる。ところが、患者は自身の病気について何も知らない。それは九九について何も知らない小学生が、教師に教わるのと同じだ。だから「お医者様」の言うことを、患者はただただ聞いて、その指示に従うしかない。これが「パターナリズム」(保護者主義)という医療の在り方だった。医者は、無愛想に患者に病名や治療方法を、それがあたかもご託宣のように告げ、患者は平伏して従う、という構図である。現在も、そういう風潮はないわけでもない。そこで効力を発揮するのは患者の医師への「付け届け」である。母が肝臓癌を患ったとき、その当時日本で有数の専門医が国立がんセンターにいて、かかりつけ医が紹介してくれた。手術は成功し、その後も数ヶ月に一度、東京に行った。そのたびに50万ほど持って行っていたと後から分かった。叔母も下関から同じ時に上京し、100万ほどその医師に「付け届け」をしてくれた。その結果、母親は予約なしでいつでも診てもらえる、最恵患者となった。まあ、そのおかげで母の寿命は4年延びたのだが、パターナリズム医療の典型だったと思う。もちろん看護師だった母は普通の人よりも医療知識はあっただろうが、「お医者様」を持ち上げておくことが、いかに大事かも知っていたのだろう。しかし、そんなことができる人間は限られている。自分たちにはとてもできない。「パターナリズム」は傲慢な医師を大量に生みだし、やがて激しい批判にさらされていく。知識も技術もないのに、ただ威張りくさっている医師は自然淘汰されていく。まあ、授業の「マクラ」はそんなところだろうか。そこから「患者主体の医療」がどう実現されてきたかを説明していくことになる。そもそもこれが「国語」教師の役割ではないことは承知しているのだが、じゃあ誰が教えるかというと誰もいない。
2022.04.13
今回の道民割クーポン、合計で4000円あったが、最初の2000円はコンビニでワインでもと思っていたが、ふと気が変わり、ジョニーウォーカーの黒ラベルを買った。確か昔はスコッチの最高峰で、20代の時には7000円ほどしたように記憶している。とても手が出なくて、それでも一度だけジョニ赤を飲んだことがある。それでも3000円以上はした。それから、随分値段が下がったことは知っていたが、まさかコンビニに並ぶとは思っていなかった。2000円クーポンに1000円出しておつりがきた。それでもちゃんと高そうな箱に入っている。昨夜開けて妻と飲んでみたが、やはりおいしい。同じ黒でもブラックニッカとは違う。次の2000円はイオンで鹿児島産の旨水うなぎ。ひとつ1980円のパックを3つ買って娘のところの夕食にした。十分大きいので大人3人+5歳の孫で十分の量だった。クーポンはその1/3分ということになる。まあ、それでも中国産よりちょっと高いくらいで国産うなぎが食べられたのだから御の字である。妻はこれから12泊だから、24000円分のクーポンがつくが、使えるところが少ないのが欠点で、デパートなどはほとんどダメ。チェックアウト日までの使用期限なので、何でも使ってしまわないとメリットがなくなる。これからちょっと調べてみるか。
2022.04.12
昨日は8時少し前に出て、途中大分休みを取って、家に帰る前に給油し、車を洗って、帰宅したのが13時前。実質的には4時間ほどで帰宅できた。かなり速い。やはり家から10分で高速に乗れるようになったのが大きい。高速(無料)ー一般道ー高速(有料)ー一般道というルートで、距離的にも一番短いし、時間的にも一番速い。すべてを高速にすると、50kmほど遠回りになる。帰って、妻と久しぶりの夕食。チカの天ぷら、野菜スープ、明太子茶漬け・・・こういうのがやはり一番だ。今日以降のスケジュールを考えていたが、大事なことを忘れていた。理事会で、射場開きには出られず、自分は今年まだアウトドアで射っていない。射てるとしたら、金曜日あたりだろう。とりあえず50mでどこまで射てるかを試さないと。
2022.04.12
やっと三泊のホテル滞在が終わり、朝食後に出発する予定だ。そろそろ荷物をまとめる時間である。帰って2日後、水曜日に妻が飛行機でこちらに来る。妻は12泊のホテル暮らし。まあ、産後生活の手伝いに通うということだ。最後の3泊は、自分が車で行き25日に一緒に帰る予定だ。ということは、自分は1週間ちょっと一人暮らしである。その間、今のピアノの搬出、グランドピアノの搬入、フィールド射場の設置など、結構忙しい。仕事もフルに授業、来週からは授業+特講。当然だが、洗濯、掃除、調理などのいわゆる家事をこなしつつ、暮らすことになる。まあ、別に大変とは思わない。家事は一通りできるし、冷凍食品も多用することになるだろう。これは、一人暮らし「演習」かなと思っている。3年の「国語演習」の初授業で、こう話した。「『演習』ってどういうことか知ってる?授業以外で『演習』って使うのは例えば『軍事演習』って言葉知ってるでしょう?あれは、本番の戦争に備える模擬訓練。みんなの学校行事の中で、一つだけ『演習』があるけど、それは『避難訓練』だよね。だからこの授業は本番に備えた『模擬訓練』だと思ってね」。まあ、そういう「本番」は来てほしくないのだが、たまには「演習」しておくのもいい。。
2022.04.11
3番目の孫を抱き、まるで最初の孫と同じ顔をしているのが、不思議な感じだった。その母親、つまり自分たちの最初の子どもである娘は、もう立派なアラフォーであり、その年齢くらいの時、自分はフルタイムで勤務し、進学指導部を任され、妻もその数年後には非常勤講師をやっていた。一世代30年というが、それ以上の時間が経過している。妻との二人暮らしも、もう15年、父は亡くなる前、5年ほど入院していたから、実質的には20年になる。もちろん、ずっとこのまま暮らせるわけではなく、身体が言うことを聞かなくなったり、頭がしっかりとものを考えられなくなったりすれば、適当な施設に入ることになるだろう。そのお金は何とかなるだろう。できることなら、そういう時がなるべく遅くなればいいのだが、それは自分の力ではどうしようもできないことだ。世の中には「いつまでも若々しく」などというサプリや健康法があふれかえっているが、それは「いつまでも死なない」ということであり、虚言中の虚言である。別に毎日せっせと一万歩歩いてる老人たちを批判する気は毛頭ない。しかし、近所で仲良く散歩していた老夫婦とちょっと知り合いになったと思ったら、もう2年もその姿を見ていない。きっとどちらかが施設に入ったか、あるいは亡くなったのか……施設に入るということは、いわゆるフルリタイアであり、家族ともたまにしか会えないだろうし、まあ、あとは死ぬのを待つ人生だ。「余生」である。そこへ向けて要領よく立ち回るようなことはあまり考えてはいないが、そろそろどういう施設があって、どのくらいお金がかかるのかくらいは調べておいていいだろう。まあ、その時まであと10年くらいはありそうなので、今のところは、今まで通り過ごせればいい。新たな孫のために祖父祖母としてできることはしてあげて、息子の方の孫とも、今年も一度は会いたい。要は家族仲良くという言葉に尽きる。そのためには、適切な距離が必要で、娘も息子ももうすっかり一人前なのだから、余計な口は出さない、何かの節目にはお金は出す。そして、夫婦二人の生活をちゃんと楽しむ。まあ、家族についての「目標」などという大げさなことはないのだが、あえて言えば、そういうことかな。
2022.04.11
スイートをひと月も借り切るようなお金持ちなら違うのだろうが、自分のような庶民にはホテル暮らしは、かえって疲れる。生活のスペースもペースもまるで違うから、狂ってしまうのだ。今日は、午前中は会議。午後から車を出してイオンに行って鰻でも買って、娘のところにということになっている。明日帰って、早速明後日には授業二週目。8時間がすべて入る。特講はその次からなので、その準備は必要だ。13日には妻が自分と交代する形でこちらに来る。妻は12泊。道民割が1ホテル5泊までなので、4つのホテルを渡り歩く。最後の3泊は、自分も同じホテル。前回、泊まったホテルで、まあ悪くない。3月、4月で自分も合計すると10泊以上だが、やっぱり我が家のほうがリラックスできる。
2022.04.10
今回のホテルは、娘の結婚式の時、妻、息子夫婦、息子の嫁のご両親と泊まって以来だ。今回は道民割で2泊、道民割が満室でしょうがなく今日は普通泊で1泊。共済関係の5000円券が2枚あったので、駐車料を含めて、朝食付き3泊で5000円ちょっと。いつものホテルとは違って格段に広い。朝食は洋食を選んだが、きちんとしたものだった。ジュース、ミルク、コーヒー、スクランブルエッグ、ハム、ソーセージ、サラダ、スープ、パンが3種類。とても全部は無理でクロワッサンを持ち帰った。さて、午前だがピアノを買った楽器店に行って、ポイントで楽譜を買ってこようかと思っている。なにしろ200万近くだから相当貯まったと思っていたら、そうでもなく8000円分ほどのようだ。まあ、それでも2,3冊は買えるだろうか。後は、今日まで有効の2000円分の道民割ポイント。これは駅ナカの土産屋でワインでも買う予定。そんなわけで午前中は過ごして、午後からは総会。これが今回の主目的なのだが、昨日は二番目の孫に会い、上の孫と遊び、さすがに疲労困憊。会議はあらかた寝るだろう。今晩は、行くのをちょっとやめておこうかな。
2022.04.09
金銭の貸し借り、ということは自分は基本的にしない。何かをローンで買うという経験も、住宅ローン以外はない。車や家電、あるいは教育ローンなど、同僚の中にはこれでもかというくらい何でもローンという人もいて、大丈夫なのかな?と他人事ながら、要らぬ心配までしてしまう。定年になり、非常勤なのにまだ教育ローンがあるという。いつも金に汲々としている感じだ。一昨日の初授業。3年生は丸山真男の『「であること」と「すること」』であった。その中に、こんな一節がある。……金を借りて催促されないのをいいことにして、ねこばばを決め込む不心得者が得をして、気の弱い善人の貸し手が損をすると言う結果になるのはずいぶん不人情な話のように思われるけれども、この規定(時効という規定*筆者注)の根拠には、権利の上に長く眠っている者は民法の保護に値しないという趣旨も含まれている。(中略)今考えてみると、請求するという行為によって時効を中断しない限り、単に自分は債権者であるという地位に安住していると、ついには債権を喪失するというロジックの中には、一民法の法理にとどまらない極めて重大な意味が潜んでいるように思われます。ここから、憲法12条の「…自由及び権利は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない」という条文の具体的意味に話は進んでいくのだが、「いや、むかしのことだけどね。友人と飲んでて、彼がちょっとお金足りないからと3000円貸したことがあったんだよね。それが全然返ってこない。たかが3000円なんだけど、貸した方は覚えている。だけど、こっちから『返せ』とも言えないまま、そのうち疎遠になっちゃったんだけどね。まあ、余計なことだけどさ、友だち同士なら、お金の貸し借りは絶対しない方がいいと思うよ。友だちでなくなっちゃうこともあるからね」などというエピソードを挟みながら、「さて、『この憲法の規定に、先ほどの「時効」について見たものに著しく共通する精神を読み取ることができる』ってあるでしょ?この『著しく共通する精神』って何?80字以内。これ次の板書課題ね」と言って、1時間目の現代文Bは終了。昨日、チェックインしてからPCを取り出し、解答を書いた。債権や主権といった権利を持つ人は、それが何もしなくてもずっとあり続けるものと思って、その行使を怠っていると、いつしか権利自体を喪失してしまうのだ、という考え方。(80)もちろん、この解答に至るプロセスを説明して、全体がA4、1枚のプリントになったわけだが、こういうことを大体毎週一回やっていく。予め、プランとしてあったのではなく、生徒にとっては難解な文章の冒頭部分の理解度をこの問で確認しておきたかった、ということである。ちょっと急ぎ足になったから、生徒が読めなかった「不心得者」と「不断」と「普段」の違いは辞書を引き、イントネーションを含めて確認したが、「趣旨」は「主旨」との違いを含めて、辞書を引かせて確かめなければいけなかった。それは次週で。「授業」が「ジャズ」の即興演奏に近い、と前項で書いたのは、まあ、こんな意味合いである。
2022.04.09
さて、今日は今年度の初授業である。といっても、43年目の教員生活。今は、授業だけが仕事の非常勤講師。それなりの準備もしているから、特にどうということもない。まあ、時間割を間違えないようにということだけだ。この仕事をできるだけ長く続けられるように、50分の授業をできる限り分かりやすくやって、学ぶ意欲を高め、知的関心を惹起する、というのが目標だが、実のところ、そんなふうに自分が考えるようになるなどとは、つい10年前までは夢想だにしなかった。完全リタイアして、資産もある程度はあるから、贅沢はできないまでも遊んで暮らしていきたいと思っていた。しかし「遊ぶ」ことは、実はなかなか難しい。何よりも面白さが持続しなければならない。ちょっと遊んで、次の遊びへと渡り歩くには、体力もお金も足りない。そうかといって、うまくできる「遊び」にひたすら打ち込むというのではつまらない。自分の場合、「弓」がそれだろうが、そこに一定の限界が見えていることは、昨日書いた通りなのだ。自分がもう一つ得意なのはピアノを弾いて歌うことだが、これは確実に腕前が上がってきていると感じる。再来週、グランドピアノが来たら、その部屋を少しいじってちゃんとした録音ができるようにしたい。しかし、コロナでオープンマイクのあるライブ居酒屋などは激減しているし、そもそもピアノを設置しているところは少ない。話を戻そう。「授業」はジャズの演奏に似ていると以前から思っている。テーマはあるが、そのテーマの弾き方は一つではない。バカの一つ覚えみたいに、「譜面通りに」教えるのは好きではない、というか大嫌いだ。いろいろな変奏があり、その場に応じたアドリブがある。それが授業の醍醐味である。「醍醐味」というのは、元々牛から絞った乳の第五番目のもので、最も美味だという。転じて仏教の最上の悟りのことを意味するようになったので、醍醐寺という名前の寺もある。何のことはない。仕事は遊びと何も変わらないのであり、それをできるだけ長く楽しみたい、というだけのことだ。
2022.04.07
4月だし、「年度」という区切りで目標というか、まあ、このくらいできればいいかな、ということを書いておこう。昨日のインドアで30射ほど射ち、今日は健康麻雀、明日は仕事、明後日以降は札幌なので、4/10で閉めるインドアの最終練習となった。カスケード+カーボン1の組み合わせで、アウトドアはスタートする。この年齢だと、自己新というより、昨年のレベルよりいかに低下を少なくするかという目標の方が現実的で、いまさら680とか言っても無理だ。レフティの自己記録は650台だから、648つまり1射平均9.0を目標にしたい。仕事も多少増え、去年まではなかった健康麻雀という趣味も増えたので、練習に避ける時間は去年より少なくなるかもしれない。朝、起きて風があったりすると、「天鳳」をやっていそうな気がする。こちらはこちらで「競技」だから、それなりの努力が必要になるし、一定の練習量は必要なのだ。幸い、ターゲットパニックからは脱しつつあり、フォーム自体は去年よりよくなってきている。新たな道具も不要だ。遠征は、道内3箇所の公認には出たいし、マスターズ大会にも出たい。とにかく健康で弓を楽しめれば、それで十分だ。
2022.04.06
自分が忘れないためにも、ちょっと4月の予定を確かめておく。今日、かかりつけ医に行き、スポーツ協会に書類を提出。明日は妻の送迎と健康麻雀。明後日から授業が始まるが、その前の準備を今朝1時間ほどで終えた。木曜日が3時間だが、ちょっと間延びした感じで入っているので、時間割をちょっといじりたいところだ。まあ、プリント作成などの仕事をすればいいかもしれないから、しばらく様子を見る。明後日から弓関係で札幌。もちろん生まれたての孫にも会ってくる。月曜日に帰り、その週は授業がフルに。特講はまだないからいい。水曜日に産後の手伝いに行く妻を空港に送る。妻はそれから道民割をフル活用して、ホテルを流浪することになる。週末にアップライトを搬出、月曜日にグランドピアノ搬入。間の日曜日はフィールド準備。次週は、自分が再び札幌に。金曜出発、月曜に帰る時は妻と一緒。それで最終週はまあ、やっと平常通り。多分特講はこの週から。なんだかとても忙しいのだが、5月8日に遠征試合なので、アウトドアの練習も始めないといけないな。
2022.04.05
雪が深かった割には、解けるのも速く、もう道ばたにも雪はほとんどない。久しぶりに妻と近所の散歩に出ると、ふきのとうがあちこちに。すっかり開いてしまうとだめだが、つぼみのようになっているのは天ぷらがにすると旨い。大分、開いたのが多いが、それでも15個くらいは採って帰った。鮮度がすぐ落ちるので、水に浸けておいて、早速天ぷらに。油がほどよく浸透していて、美味。それと、去年旧友からいただいたジャガイモの芽が出かかっているので、ポテトサラダ。後は豚ロース生姜焼き。我が家の食材はほとんど近所の生協か、車で行くスーパーで買うのだが、たまにこういう採集したものやいただいたものが混じる。毎年、弓友からいただく里芋もたびたび食卓に登場する。行者大蒜もそろそろ芽吹いているころで、フィールド準備の日に見てこないといけない。これは1,2回採りにいって、弓友と息子のところに送る。そういうやりとりは楽しいし、買った物より確実においしいのだ。
2022.04.05
そういえば、先週だったか、全国マスターズ通信大会の表彰状が届いた。50mcp部門男子60代の8位だった。ここで書くことを再開して5年目だが、レフティで何とかまともな点数が出始めた一昨年から、4位→6位→8位と順当に順位は下がっていく。それはそうで、60代といっても昨年は67歳。一昨年は65歳だったことになる。その間、次々に若手の(?)60代が新規参入してくるわけで、次に賞状がもらえるのは、70代に足を踏み入れてからかもしれない。昨日は、60射ジャスト射とうと思って射場に。最初はダメだったが、40射あたりから、どんどんよくなった。矢が集中しだし、ノック1本破損。そのあたりから、Dループが切れかかっていて、ああ、これはダメだな、帰ったら交換しよう、と思っていた。アウトドア10点枠には2本納めて、今日の最後と思って引いた途端、切れた。カキーンという金属音。引いた途端なので、どこに矢があるか分からないのだが、一緒にやっていた弓友が見つけてくれて、ああ、これは破損だな、と。どうやら矢は倉庫の梁の鉄に当たったらしい。こうなるとポイントだけでは済まず、矢の先端が広がってしまった。ああ、10本しかないのに、と思って帰宅後、三階で探したら、矢は後2本あって合計11本。どうやらこの矢で今シーズンはいけそうである。
2022.04.04
よく、食事は何を食べるかではない、誰と食べるかだ、という言葉を聞く。いつ、自分がそうなるかもしれない話なのだが、スーパーで明らかに一人用の惣菜を買っていく高齢男性を見かけるのだが、あれは、なんとも言えない気分にさせられる。待っているのは、寒い部屋とテレビ、という生活はできることならしたくない。食べる、というのは人間の最も動物的本能に基づく。しかし、だからこそ人間は集い、話しながら、また、味わいながら食べる。それは、かえって人間の最も人間らしい振る舞いにまで昇華された文化である。昨夜は、妻の遅めの誕生祝いと孫の出産祝いを兼ねて、馴染みのロシア料理店に。蔓延防止措置の間は、ほとんど客も入らなかったそうだが、昨晩も二組。いつもカウンターでシェフと話をしながらいただく。自分は車なので飲めないのだが、ワインはジョージアのもので美味しい(そうだ)。ノンアルコールでもやはりワインが料理には一番合う。釣りキチのシェフの釣果をまずお刺身でいただき、その後コースになるのが定番。最後にロシア紅茶とシフォンケーキ。十分満足して、一時間ほどの食事が終わった。幸いなことに自分も妻も食事制限などをしなければならないということもなく、今度娘のところに行ったら、久しぶりのフランス料理の店にも行きたい。明日は、勤務先での新人歓迎会。まあ、昼に仕出しをとって、という形だが、それも行く予定だ。
2022.04.03
昨日、出勤前にやっと「天鳳」で三段に昇段した。「新年度が始まるまでに三段」というのが目標だったので、ぎりぎりセーフだったことになる。これに限らず、自分の人生は何だかぎりぎりセーフの連続だったな、と思えることは数多い。今なら御法度の予備校などでのバイトも家庭教師もずいぶんやった。これも、あと10年遅ければできなかったことだろう。そういう副収入のおかげで、子どもも二人とも大学院までやることができ、そのための借金も一切しなかった。極めつけの「ぎりぎりセーフ」はモルト型リンパ腫で、これは管理職、理事を辞めた翌年に見つかった。もし、理事長の望み通り、後1期続けていたら、検査すらしなかっただろうし、リンパ腫だから転移もしていただろう。話が逸れた。「天鳳」である。これからは上級卓で戦うことにした。さらに上の特上卓に行くには、確か4段にならないといけない。そういうシステムがあったことを知ったのは、昨日のことで、今までは一般卓でやっていた。通りで新人とか8級とかいうのが混ざっていたはずである。そういう人は「健康麻雀」もそうなのだが、こちらもツキに任せて打つほかない。いくら捨て牌に迷彩を施したって、気づきもしないでブンブン振ってくるだけなのだから、できるだけ速く聴牌してリーチというやり方しかない。今日は、ちょっと遅れて妻の誕生日祝のディナーなので、少しずつ時間を短くして、勤務先に契約書提出→健康麻雀→弓→ディナーという結構な忙しさである。
2022.04.02
昨日、年度初めの会議があり、久々の出勤。今朝、労働契約書に一通り目を通し、署名捺印を済ませた。授業1時間当たり3120円というのが定められた単価であり、まあ、いよいよそういう立場になったのだなと思う。実際は、年間35時間で契約しているが、3年生がほとんどなので、実質は30時間。そう考えると、3600円ほどになるが、それにしても安い。若いころ、予備校でバイトしたときは5000円。模試の作問料は20,000円だったと記憶している。家庭教師は最低で5000円だったが、10,000円の時もあった。もちろん授業以外に作問、採点、監督などがあるし、自分の場合は小論文指導という完全なサービス残業がある。まあ、しかし、そういう計算をどうしたところで、あまり意味はないのだ。「働く」ことの意味が、時間当たりの賃金でしかないというのは、たとえそれが最低賃金に比べて随分高かったとしても、貧しいことだ。自分にとって仕事は「極上の暇潰し」である。もちろんそれは諧謔であり、実際は教えることに、お金には換算できない面白みを感じている。最低でもあと3年はそれが味わえるし、その後数年もそういう生活がしたい。
2022.04.02
一昨日、昨日の練習で気づいたのは、サイトレンズの傾きを水準器だけでなく、「面」で修正すること。例えば、80cmほどの直径5cmほどのレンズがまっすぐであるかどうかを見る時に、垂直方向はいいとして、左が少し前にあるか、それとも右かということはレンズの面の向こうの景色の見え方で分かる。本当に微妙な差だが、18m先では9点の縁までは外れる。何となくだが、レンズの向こうの的の見え方でそれが分かってきたし、それを意識しながらリリースまでもっていくことができるようになった。そうなると、黄色からは外れない。
2022.04.01
「両立」といえば、「勉強」と「部活動」の両立、という言葉をすぐに思いだすほど、我々は学校教育によって「洗脳」されているのだが、それは勉強嫌いの部活教師の努力の賜物と言うべきなのだろう。とにかく、彼らは本来は「趣味活動」の一部に過ぎない「部活動」を、学校本来の役割である「知を与える」(「啓蒙」(enlightning<英>=光で照らすこと)、「陶冶(とうや)」<独>(Bildung=打ち立てること)などなんでもいいのだが、とにかく社会で生きるための知識を身につけさせること)と「両立」するほど重要なものという地位にまで引き上げた。前項の記事をこんなふうに書き始めたのだが、それはほんの「話の枕」のつもりだったのに、どうも話の方向が狂った。書きたかったのは、自分の趣味と趣味の「両立」問題である。昨日は、1時から3時半までは「健康麻雀」だった。まあ、あまりレベルは高くないのだが、それでも元プロの「先生」の適切な指導(といっても、自分は指導の対象ではないらしく、他の初心者の卓で言っているのが聞こえるだけなのだが)は有益である。たまに一緒に打つが、最近はほとんど放銃してくれなくなっている。こちらの打ち方がすっかり分かられている感じだ。わりと本気で打ってくれるから、面白い。「健康麻雀」より手軽ではるかにレベルが高いのが「天鳳」というサイトで、今、二段で三段目前なのだが、昇段はなかなか厳しい。なにしろラスを引くと今は-40。トップでも+30で400ポイント積み上げないと、昇段できない。今は後50ポイントだが、ラスを1,2回引けばまた一からやり直しだ。三段から四段だとさらに厳しい。こちらの方は一日4半荘くらい打っている。なにしろ朝5時で100人くらいの待機者がいるくらいなのだ。ちょっと待てばすぐメンツが揃い、「競技」開始となる。「麻雀」にハマりだして、「弓」の方は少し日を空けてということが多くなった。週に、それでも4回くらいは射場に行くのだが、時間も長くはない。昨日も麻雀の帰りに射場に寄り5,60射は射った。まあ、こちらはスポーツなので、過度にやると故障がでるから、年齢的にもこのくらいで、ちょうどいいのかもしれない。さて、今日から新学期で非常勤講師としての仕事が始まるわけだが、もはや、こちらも「趣味」といった方がいいくらい。ただし「麻雀」も「弓」もたいした金額ではないがお金がかかるのに対し、こちらはまずまずの額がもらえるから、極上の「趣味」と自分は思っている。しかも、「授業」の腕前が自分では三つの趣味の中で「最高」だと思っている。欠点を強いて挙げれば、時間が予め決められていて、自分の思惑でずらしたり、伸ばしたり、切り上げたりできないことだ。「何、言ってるんだ、バ~カ!!」という声が聞こえてきそうだが、自分としては大真面目なのだ。自分の今後しばらくの生き方は、だから趣味と趣味と「趣味」との「鼎立(ていりつ・・・三本脚で支えていること。因(ちな)みに、二人で話すのは「対談」、三人なら「鼎談」と呼ぶ)なのだ。もちろん、そのことと「家族」が自分にとって大事なものであり、お金も大事だが、多少の物価高でも何とかなるからそれは二の次だ。
2022.04.01
「両立」といえば、「勉強」と「部活動」の両立、という言葉をすぐに思いだすほど、我々は学校教育によって「洗脳」されているのだが、それは勉強嫌いの部活教師の努力の賜物と言うべきなのだろう。とにかく、彼らは本来は「趣味活動」の一部に過ぎない「部活動」を、学校本来の役割である「知を与える」(「啓蒙」(enlightning<英>=光で照らすこと)、「陶冶(とうや)」<独>(Bildung=打ち立てること)などなんでもいいのだが、とにかく社会で生きるための知識を身につけさせること)と「両立」するほど重要なものという地位にまで引き上げた。彼らの、「勉強」の成果が偏差値によって輪切りされ、その最下位層の大学にしか入れなかったという「ルサンチマン」が次の世代へと引き継がれてきたわけで、それはそれで日本の学校教育の大問題だと思うのだが、今は、そんなことはどうでもいいのである。「今は」というのは、その学校教育という場であろうことか、42年も働いてきた学校嫌いの教師の戯れ言にすぎない、という自虐の念もあるし、しかしとりあえず「今は」そんなことを書こうとしたわけではないのだから、後でまたしっかりと書く、ということでもある。今年度、つまり今日から自分は非常勤講師という身分となる。これは、単に授業のコマを埋めるだけの仕事であり、学校の意思決定にもその機能を維持していくための重要な仕事にも関わることなく、与えられた50分の授業を、問題を引き起こすことなくやっていればいいのだ。しかし、元来、「授業」とは「生業(なりわい)」を授けることであり、それこそ学校教育の目的そのものなのだから、それを時間単科いくらの非正規労働者に委ねていていいのか、という議論はあるだろう。もっと問題なのはその非常勤講師の方が「専任」よりも、はるかに授業の腕前がいいことである。まあ、そうでない人もいるわけだが、そういう人は自然に淘汰されていく。何しろ終身雇用の専任とは違い、非常勤は1年ごとの契約更新なのだ。自分が勤務するところは、まさしくそういう状況が続いていて、主要教科で最も授業力があるのは非常勤である。別に自慢ではなく自分もその一人だ。「現代文」を自分ほど面白く教えられる教師はいない。「面白く」というのは、まさに「啓蒙的」に、という意味であり、それは「テクスト読解の理論」に基づいた日本語の文章の読み方を身につけ、また、そこから現代の問題を引き出し、生徒の知のスタートラインを作るという意味である。これは、一種の「解釈学」であり、そんなことを知るよしもない凡百の国語教師にはとてもできることではない。だから古典だって、十分教えられるのだが、古典は、外国語学習と同じ基礎的なトレーニングという部分があるので、それは誰でもできる。まあ、それだっていくらでも「面白く」できるのだが。ともあれ、職業生活の最後の数年が今日から始まるわけで、気持ちも新たに「仕事」をしていきたい。
2022.04.01
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