全47件 (47件中 1-47件目)
1
先日、まだ夏休みで学校に遊びに来た今年の卒業生4人。その中の誰一人として名前を思い浮かべられなかったのだが、その中の一人は個別試験の得点開示請求が来て、「国語」は90%以上の得点だったという。共通テスト国語は178点で9割を割り込んだが、それ以上二次で得点したことになる。北大の二次の国語は、古典は簡単だが、現代文は決して簡単ではない。字数要求が厳しく、東大のように行数指定ではない分、同じ問を出されると、難易度は上がる。この学年は、2年で現代文、古典の両方。3年では、現代文と特講を担当していた。2年担当すると、記述の力はかなりつく。古典も、解釈力はかなり上がる。自分の非常勤になる前の最後の卒業生だったので、いい結果がそれなりに残せて満足している。そもそも国語は英数に比べると得点偏差の小さい科目で、つまりは平均点のあたりに人数は集中する。平均点と中央値はあまり変わらない。ということは、国語で逆転することは極めて難しいということだ。あるレベル以上の大学受験経験者なら分かると思うが、国語の数題の間違いなど、数学の大問一つで余裕で挽回できる。それでも、記述問題はやはり差が出やすい。選択問題はできるが、記述はまるでダメというレベルの受験生は北大レベルならまだいるし、彼らが合格する場合もないわけではない。英数の得点力が高ければ、大丈夫だ。件の卒業生の場合、数学はキツかったと思う。それを国語で挽回した形だ。もし、偏差値を出せば、平均点は50%前後で90%の得点なら、ss85は優にあるだろう。まあ、自分の場合は実は数学で合格したのだと思う。なにしろ、まるで勉強しなかったから、国語の古典はちんぷんかんぷんで、現代文だけは多分満点。当時の問題のレベルは数学は大問4つのうち、一つ完答できれば、文系は合格と言われていたが、自分は3問完答して、もう1問も半分は解けた。数学は、授業は嫌いではなかった。英語は、すごい先生に教えられたので、ある程度得意だったから、問題なし。日本史、世界史は中公の15,6巻のを読んでいたから大丈夫。生物は、新傾向で自分で実験方法を考えるような問題だったから、これも自信があった。後で聞いた話では、文系トップだったそうだ。仮に国語が現代文だけが完璧で50%は取れたとしても、それが受験科目中の最低点だっただろう。まあ、共通一次前夜、国立大が一期校、二期校というふうにはっきりと色分けされいた時の話である。
2022.08.31
昨日の朝練は、まずCARBON1で点取り。54-53-58-57-51-51=324。例によって最後に失速。しかし、一回目だからスタミナの問題ではない。メンタルだ。「射を射つ」のではなく「点数を射ちにいく」とこうなる。そんなことは、もう30年もやって分かっているのに、まったく情けない話だ。練習でそんなんでは、試合はダメだろう。それも分かっている。次にPROFIELDを取り出してみた。重い分、サイトは下がるだろうと思ったが0.5くらいだった。中らないということはないが、同じ黄色の中でもバラけるのははっきりしている。CARBON1と合わせて12射してみると、上下、左右ともPROの方がバラつく。多分ダメかなと思うが、明日、もう一度だけ試してみることにした。
2022.08.31
しばらくなかったのだが、昨夜、二時半ころに右の脹脛が盛大に吊った。「盛大に」というのもおかしな言い方だが、いつもより範囲が広く脹脛全体が、しかも最深部で吊った感じだ。頸椎ヘルニアは左だったが、腰は右が悪く、足も右が吊ることが多い。首のあたりで交感神経、副交感神経が交差するから、そういうことになるのかと勝手に思っているのだが、よく分からない。ベッド脇のテレビ台の68番をすぐに飲み、吊り自体はいつものようにすぐなくなったが、その後、まだ痛い。今、モーラステープを巻いて、朝食を済ませたところだが、右足に体重をかけるのはまだちょっと恐い。それで、少し跛行気味に歩いている。原因は先々週のマスターズ優勝以来、ちょっと無理をしすぎたことだと思う。仕事の始まった先週火曜日から、10射×5回=50射を毎朝射ち、9時には家を出て3時間、2時間、3時間の授業。水曜日には健康麻雀。金曜以降は、点取りをして大体72射~100射。土曜日は発表会。そして、昨日も、朝に1時間半射ってから、3時間+特講。午後に一端帰宅して昼寝をしたら2時間眠ってしまったのだが、疲れが取れたという感じはなかった。まあ、歳も考えず無理をするとこうなる。今朝は雨で射場に行けないが、選手権まで、後、最大で8回練習できるが、あまり無理をせず、やっていきたい。
2022.08.31
火曜日は、2~4限の授業。今持っている3種類の授業がすべて入っていて、なおかつ特講が16時45分から20時まで。夏明けからは演習形式となり、今日は論理的文章と漢文。仕事上は、一番きつい日で、午後を空けてくれるよう頼み、一度帰って昼寝というのがきつい一日を乗り切るために不可欠である。まあ、そういう仕事できついなんて、と思われる方も多いのだろうが、授業も特講もピッチャーで言えば全力投球の連続だから、自分としては結構大変だ。ここを乗り切れば、明日は3,4の授業。明後日は2,4、5で授業。それで一週間がオシマイなのだから、セミリタイアの仕事としては理想的だ。稼ぎは理想には遠いのだが、まあ、それは好きでやっているのだから構わない。明日は雨の予報なので、今朝は朝練2時間と思っている。
2022.08.30
一昨日から三階の片付けをしている。妻は、もう少し前から弓関係以外の、子どもたちのものとかをいろいろやっていた。圧倒的に弓関係のものが多いので、一昨日は矢を少し整理した。その結果4,50本の矢は現在もう使わないので処分することにした。右で最後に使ったX10profieldが7本ある。6本射ちの試合では微妙な本数であるが、取れていた羽根を付け、ノックも付けて、射てるようにはした。火曜日は特講もあり、朝練するときついのだが、起きてしまったし、これから試してみようと思う。左の最初のころは、弓との相性がよくなくシャフトが当たり、羽根がよく取れていたのだが、今はどうなのか。やってみないと何ともいえない。
2022.08.30
昨日茹でたトウモロコシの輪切り、枝豆7,8個、南瓜の煮付け一つ、これも昨日の肴として買ったイカのフライ3つをワンプレートに並べ、コーヒーと一緒に。いわば、自分流ファストフードである。この歳になってしまうと、ハンバーガーとかフライドチキンとかいう世間の「ファストフード」はまったく食べる気がしない。丸亀にも一時、結構行ったのだが、うどんでも自分で家で作った方がはるかに美味しい。今朝はこれから整形→射場で忙しいのだが、それでも一日の最初の食事は、ちゃんと調理したものを食べたい。まあ、いつもはサラダと市販のピザにいろいろ載せて焼くだけなんだが、今朝よりはよほど時間がかかる。イカのフライを除けば、全部、昨日妻が作って、大部分は昨日のうちに食べたのだが、まだ結構残っているのを冷蔵庫から出して、朝食にした。こういう「作り置き」があると助かる。射場から帰ったら、デザートのヨーグルト、グレープフルーツで朝食完了となる。慌ただしいといえば慌ただしいのだが、好きなことと必要なことのために、慌ただしいのだから、まったく文句はない。今朝の練習の主眼は、カスケードのトリガーレス射ち。点取りをしてどのくらいがスタートラインになるのかを確認する。320前後が出れば、スタートラインとして申し分ない。それだとゴールラインに330が見えてくる。【追記】今朝の点取りは323-319。まあ、ぎりぎり合格点だ。もう少し、トリガーレス的な射を続けていく必要がある。
2022.08.29
今朝の練習はカスケードで始めたが、なかなか中らない。とうとう最後に、カスケードをトリガーレスのように射つやり方に戻った。一昨年、レフティでの自己記録はこの射ち方で出した。暴発の危険もあるのだが、しっかりと狙ったところで押し、それから押した親指を半分だけ浮かす。その状態のまま、狙い続けると、トリガーレスのように切れる。押し手で何とかする余地はなくなる。最後のエンドは57が出た。狙いがずれたときに切れると、7点くらいまで外す可能性もあるが、それはどのみちあるのだから、この射を追求することにした。明日からまた頑張ろう。
2022.08.28
「酒に宿酔(ふつかよい)があるようにがあるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当する時期がやってくる。そいつがいけなっかた。」(梶井基次郎 『檸檬』)妙に気になる冒頭の一節だ。どうやら、自分にも「宿酔に相当する時期」がやってきたのかもしれない。今週は健康麻雀も、昨夜の発表会も思ったほど楽しめなかった。体が疲れていて、あまり気も進まないのだが、これから弓に。今日は、後は大谷先発の試合も見て、三階を少し片付けて……あまり気が乗らない。とまあ、そんなことを言っても仕方がない。今できることを、できるだけしっかりとするだけだ。昨日の練習でトリガーレスはやはり無理なので、カスケードに戻すことにした。今日は点取り。
2022.08.28
一体、何を考えているのか。官房長官は「外国からの弔問客が多く、その弔意に応える形として国葬がふさわしい」と昨日言ったそうだが、話は完全に逆である。「国葬」と言ったら、諸外国からの弔問が増えたのである。時系列を辿れば明らかなことなのに、新聞は、そのことについて何も書かない。また、「国葬は国民に弔意を強制するものではない」という発言もおかしい。「国葬」なら当然国民全体が弔意を持つ葬儀となるのが当然で、その一部始終はテレビ中継されるだろう。また、各官庁が弔意を示すための半旗を掲揚するのも当然だ。どうやら、それをするかしないかまで、結論を先送りしたようだ。そんな中途半端な国葬に2億5千万の税金を投ずるというのは、どう考えてもおかしい。これは「国葬」という最初の判断が、完全に間違っていたことを糊塗する、というか糊塗にもならない子どもの言い訳みたいなもので、政治の劣化を表すものだ。どうやら世論も反対や疑問の声が増えてきているようだが、この事態を収拾するには、亡くなった元総理のご遺族からの国葬辞退の申し出を受け、内閣自民党葬に改めるほかないのではないかと思う。
2022.08.27
さて、今日のメインは夜の「発表会」。3ヶ月程前から通い出したライブ居酒屋は、月末に「発表会」と称して、各自練習してきた新たなレパートリーを披露するという趣旨なのだが、まあ、必ずしもそういうわけではない。ただ、聴きに来る人、いつもの歌を歌う人などさまざまである。このところ、朝はファジルサイや新たに買ったシューマンの曲を弾き、夜は弾きながら歌うという感じなのだが、意識しているのは、声の量とピアノのバランス。ジャズのようなコード進行だと、合奏の場合無理なので、オーソドックスなコード進行に乗せることなどだ。さて、何を歌ってこようかな。
2022.08.27
選手権の選手決定通知がきて、無事通った。といってもCP男子7人中5位の申請点なので、ほぼ「出るだけ」の人である。勝っていたころはたいてい1位通過だったが、何とかここから優勝目指して頑張りたい。一昨日、予想通り、都道府県民割の延長が決まり、定宿のホテルは昨日正午からの電話受付け。3分ほど待って繋がり、3泊分の道民割が取れた。駐車代を含めて、クーポンの1泊2,000円も入れると、1泊当たり2,000円弱で行けることになる。去年のGOTOに始まり、もうこれでこの種の割引をどれだけ利用したか分からないくらいである。多分、3月、4月に出産手伝いに行った妻の分を入れると30泊以上である。GOTOは去年3回利用した。その他にも、市のプレミアム商品券10万円(実質11万円)、道の食事券5万円(実質6万円)など、ほぼ上限額まで購入して使い切っている。あ、食事券はまだ2万円分残っていた。もちろん高速なら3日間か4日間のフリーパスの割安料金で乗る。今回は3泊なので4日間だが、たいして急ぎもしないから、一般道でもいいかな。好きな「道の駅」もあるし。まあ、ダイエーの「価格破壊」の時代を生きてきた世代だから、「割引」には弱い。今なら当たり前なのだが、JR切符や航空券+ホテル代などの割安旅行商品は悉く利用した。昔はそれで出張も定額請求できたから、結構おいしかったのだが、今は駅ネット利用の実質費用しか支給されない。出張先で食べて飲めば、まるまる自己負担になってしまうから、若い人は気の毒である。自分の場合は、結構接待もあった時代だった。後で問題になったが、センター試験の自己採点結果などは複数の予備校から旅費と講演費(といっても講演するわけではなく、分析を聴くだけだが)などが支給されていた。まあ、いい時代だったのだろう。
2022.08.27
54-55-52-53-57-54=32556-54-55-51-53-51=320 645昨日のカスケードでの点取り。最後の3エンドは完全に失速したが、スタミナの問題ではないと思う。カスケードはどうしても、最後に身体で微調整をして、いわば辻褄を合わせて黄色に入れてしまう。その微調整がうまく働かなくなると、7点、6点が出る。それまで皆無だった7点以下を最後の3エンドで4,5本射ってしまった。それで、性懲りもなくトリガーレスを取り出したが、まあ、そこそこは狙えるし中るのだが、カスケード以上にはいけそうもない。サイトが少し下がる。それだけカスケードは張ったつもりでも緩みは出てしまうのだろう。さて、どうしようか。悩んでいても仕方ないから、連休中、カスケードかトリガーレスかを決めたい。今朝は雨模様だが、大丈夫そうなら5時半ころ射場に。
2022.08.27
火・水・木というのは、ここ3年続いている自分の勤務日なのだが、まあ、長年勤めた職場で、自分だから通るワガママということはよく承知している。月曜日、土曜日に比べると、祝日ということがあまりないが、それでも毎週4連休なら文句はない。特講を除いて、今週はすべての授業をやった。授業外でやったのは、夏休み課題の小論文の採点、2年の読書感想文10人分の添削、来週特講のプリント印刷、『山月記』初読感想の整理などであるが、こういう仕事は別に手当など付かない。まあ、それが当たり前だからいい。最初の週だし、弓も毎朝50射を勤務日の3日間続けたし、結構きつかった。さて、4連休の予定だが、最大のイベントはライブ居酒屋の「発表会」。といっても、いつもと変わらないのだが、一応みんな新しい曲を頑張って仕上げてきたりするので、自分も何か一曲くらいはと思っている。最初に弾いていたときとは、大分変わってきているので、そういうのでもいい。アップテンポでガンガン鳴らす弾き方から、ベースやギターが入りやすいオーソドックスな感じに変えてきているし、スローバラードのリフはいっそうジャズっぽくなっている。歌い方も、シャウトはあまりせず、ファルセットで高音をごまかすことにした。その日、妻は各地の音大に進んだ人たちの「里帰りコンサート」。まあ、義理でチケットを買ったみたいなものだが、それでも張り切って「着物は単衣だ」とか言っている。弓の方は、時間もたっぷり取れるから、今朝は6時過ぎに出ようと思う。通常の6本射ちにして、72射点取りを。324×2くらい、350が目標。そのくらい出せないと、予選1位の通過は覚束ない。トーナメントは15本で140前後は出さないと、勝てないだろう。まあ、何にしても、申請点を射って出られればいいや、と思っていた選手権に、この歳で余裕で出られ、密かに優勝も狙うというところまで、自分の射が戻ってきたのだから、文句はない。あ、そうそう道民割が思った通り延長され、申込みは今日正午からだから忘れないようにしないと。これままたジョニ黒が手に入る。さて、そろそろ朝練に。曇っていることもあるが、それにしても夜明けがどんどん遅くなる。5時くらいに起きたが、まだ暗かった。今日は、後は玄関ドアの調整、草抜きなど家の仕事を少しやればいいかな。
2022.08.26
一昨日の授業。2年は『山月記』をスタートした。例年、CDの朗読を聴かせ、「李徴についてどう思うか?」という感想を付箋一枚に書かせる。例年、感想は、李徴に対して「同情的」「批判的」「共感的」とそれ以外に四分される。CDが不調だったのか、再生機の問題なのか、朗読が一向に始まらない。「しょうがないなぁ。時間がもったいないからオレ読むね」と自分が読み始めた。「籠西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして虎榜に名を連ね、次いで江南尉に補せられた。」と読んでいく。もう数十年教えていて、論文も書いたくらいだから、ほぼ暗唱できるくらいにはなっている。それでも、数カ所は、今の言い方で言うと「噛んで」、20分ちょっとで読み終えた。「マスク越しだからね、死ぬかと思った!ちゃんと聞こえた?」生徒は「すごく聴きやすかった」と言う。まあ、そう言われると満更でもないのだが、プロの朗読に比べると、結局素人であることは自分で分かっている。ただ、放送局のコンテストの朗読指導などはしていたし、詩の朗読テストなどもしたこともあるので(コロナで3年ほどやっていない)、音読に関しては、自信はある。教師が読むのを「範読」と呼ぶが、最近、英語などはほとんどCDでやっている。それは違うだろう、と自分は思っている。やはり、今はこれもコロナで無理なのだが、読み手の口元の動きが見えないのは、英語なら致命的だと思う。音声学的には、音だけで幼児は言葉を覚えていくというが、ある段階までは母親の顔をじっと見ながら、聴くことが重要なのは言うまでもない。自分の二十数分に比べたら、英語のセクション一つくらい、どうということもない。「範読」しないのは、ネイティヴ信仰が、未だに根強いからだろう。アメリカ流の発音でなければいけないという思いが強すぎる。インド人、中国人などは日本人から見ると酷い発音で、どんどん話す。アメリカ人はそれを揶揄するが、彼らは堂々と自分の主張をし、それを通す。日本人は、アメリカ人の尻馬に乗って「酷い発音」だと笑うだけで、流暢な英語の使い手であっても何も主張しない。だから、彼らに置いて行いかれる。話が逸れた。高校生の場合、自分が「範読」するのは、詩や古文、漢文に限られる。大概は生徒に少しずつ「指名読み」させて、読めないところを正すだけだ。1,2年生なら、古文、漢文は教え終わったところまで、必ず「斉読」させて授業を終える。しかし、たまにはこうやって「範読」するのも悪くないと思った。
2022.08.25
授業も始まり、いつものように週半ばは結構忙しい。先日のFITA900では、まずまずの結果だったし、選手権に向けて昨日から練習を開始している。毎日50射を自分に課している。10射×5回だ。目的の一つは射型の完成。10本射つと、その中で改善できる。どうしても今のところは6射に1射くらい、ミスショットがある。その中には、何か分からないが辻褄が合ってしまって、黄色に入るようなものもあるが、ミスはミスだ。ミスの一つは、押し手がどうしてもしゃくり上げ気味なことで、ターゲットパニックの時に、7時7点くらいにしかエイミングできなかったことの後遺症だ。しかし、10点につけられる今、それが出ると、矢は2時7点くらいにいってしまう。まあ、理屈は合うわけだ。カスケードを押し手から、押し引きをもう少し頑張ると、フォロースルーもきれいにとれて大体黄色には入る。今朝は、そこを意識した。もう一つの目的は、射のスタミナをつけること。6本より10本の方が、やはり後半キツい。そこを頑張る。最近、後半がバテ気味なので、その対策だ。6射2立ちでも、矢取を挟んで、12本射つことになる。だから、12本いっぺんに射てばいいのだが、あいにく矢がない。大体、50分で50射は射てる。射場まで往復で30分。今朝は5時ちょっとに出て、6時半前に帰ってきた。これから、今日はお花なので軽く掃除をし、弁当のサンドイッチを作り、ちょっと予習などをして9時に出勤。11時40分に授業は終わるから、それからサンドイッチをつまみながら健康麻雀だ。もはや、遊びも仕事も区別がなくなりつつある。要は、どちらも楽しい。
2022.08.24
「拾遺」とは「残り物を拾う」という意味で、説話の『宇治拾遺』は『今昔物語』に収めきれなかった説話を拾ったものだし、勅撰集『拾遺集』は『古今』『後撰』に続く三番目の勅撰集である。これも『古今』に収めきれなかった和歌と、その後の藤原公任などの和歌が載っている。などと、国語教師なら誰でも知っている、「蘊蓄」とも言えないことを書いたのは、まあ、一種の照れ隠しだ。実は、まだ忘れ物がありました。ホテルから午後に電話があり、「お部屋の方に白い帽子が残っておりました」と。たいしていいものではないのだが、タオル地で、弓にはピッタリの帽子なので、「9月にまた泊まりますので、それまで保管していただけますか?」と頼んだ。まあ、行きも帰りも忘れ物の遠征だった。9月は常任理事会、選手権があり、3泊の予定で出かける。それから、忘れ物ではないのだが、もう一つ。土曜日、大会前夜は地元からの遠征組3人でホルモン焼きの店に前夜祭に。こんなことはやはり3年ぶりだ。安くて美味かったというのは書いた通りだが(書いたかな?)、結構混んでいた。美味しい肉をたっぷり食べ、生ビールとハイボールですっかり上機嫌でホテルに帰った。翌朝、試合に出かけようとして靴を履くと、どうも違和感がある。サイズが0.5cm大きいようだ。どうやら、前夜、似た靴を間違って履いてきたらしい。早朝で、試合後すぐ移動するので、もうどうしようもない。申し訳ないが、同じような靴なので、そのまま履いて試合に出た。そんなことを言うと叱られそうだが、わりといい履き心地だ。ん?待てよ。自分は1サイズ大きいから履けるのだが、間違えられた人は……?まあ、いいや。ごめんなさい。
2022.08.23
フルリタイアになれば、1年中が休みなのだから、夏休みも何もないのだろうし、旅行は安いチケットの取れる時期に行けばよくなる。だが、今のところは、夏休みや冬休みや春休みを心待ちにしている、といえば小学校以来ずっとそうなのだが、そういう生活が自分としては嬉しい。昨日が夏休み最終日だった。朝早くホテルを出発し、途中で高速を降り、いつも立ち寄る道の駅で、野菜、いちご、スイカ小玉、プルーンなどをしこたま買い込み、自宅そばのGSで給油、洗車をして、帰宅したのが12時過ぎ。昼は、やはり道の駅で買った山菜五目稲荷。それに大葉、茗荷などで妻が作った味噌汁。これは旨かった。それからスイカを半分に切って、甲子園決勝。仙台育英が、東北勢としては10度目の正直で優勝。大学のあった街で、7年間そこで過ごしたから、やはり応援していた。手に汗握る展開ではなく、圧勝だった。下関も亡くなった叔母が晩年を暮らした街で、何度も足を運んだ。テレビに映っていたパブリックビューイングの商業施設は「シーモール」というところで、娘も息子も叔母に連れて行ってもらったところだ。下関国際にしても、仙台育英にしても、学校自体はまったく知らない。育英は甲子園常連校で、確か早稲田の監督をしていた佐々木投手のころ一度観戦した記憶がある。荷物を片付け、優勝賞品を開けたら、ブレンディのカフェオレスティック。自分は飲まないから、勤務先の給湯室にでも置いておけば、そのうちはけるだろう。いろいろあったが、最初から最後まで楽しい夏休みだった。
2022.08.23
今日は、甲子園決勝に間に合うように帰ろうかと思っているが、まあ、間に合わなくてもナビをテレビに切り替えて行く。今回の宿は道民割、市民割の両方が利いて、8100円から5500円の割引+駐車料500円+クーポン4000円分だから、結局ただで泊まったことになる。おいしい旅だった。道民割継続の決定があるはずなので、注意しておいて見たらすぐまた申し込む。道民割の方は前回のコンビニでジョニ黒を買った。そこの4階がグランドピアノを買った楽器店で、ポイントがあるので、シューマンの『こどものための曲集』をポイントで買う。それから市民割の方は、使える店が少なくて、結局、駅中の土産店で小さな缶詰を3品。池田牛のワイン煮とか、酒の肴にちょうどいい。明日は休み明けの授業。2限からだが、少し早めに行ってプリントを刷ったりしないといけない。予習はやりようがないから、まあ、ぶっつけ本番で。明後日は、家でお花の先生が来るから、自動的に健康麻雀に行くことに。土曜日はライブ居酒屋の発表会。何を弾くか未定。新しいのを一つは弾きたい。『流星』をまだ弾いていない。まあ、そんなわけで今週は超多忙である。
2022.08.22
昨日のFITA900。自分たちの年代では、懐かしい弓友に会えるかもしれない機会でもあり、50代、40代の選手なら、滅多にない形式の試合での腕試しとも言える大会だ。自分にとってはその両方といってもいい。15年ぶりくらいの優勝を狙えるチャンスだったし、850を越えればローカル記録も狙える。晴れたが、風は強い。朝練でもある程度の風のなかで射ったし、何よりも狙えるようになったことは、心強かった。60m269。自分としては最低限が275だと思っていたし、練習では楽に射てていたから、大丈夫と思っていた。しかし、試合本番と風という条件下ではこんなものか。この時点で2位に10点差の1位。問題は50mである。練習でも逆クロスが何度もあった。出だしは54-53とあまりよくない。3エンドで57。一息ついた。風は段々強まり、4エンド3射目(3射矢取のローカルルールだった)、風に煽られ、どうにも狙えず一度引き戻す。黄色信号になり少し焦った。しかし、今度はきちんと狙えた。リリース……無音。「レストダウンだ!」とすぐ気づく。少し焦った分、ドローイングが雑になり、矢がレストから落ちた。普段なら気づくが、狙いを今度こそ、という気持ちが強くて、まったく気づけなかった。矢は的手前5mくらいの地面に刺さっていた。4エンドは46。これじゃ、優勝も危うい。結局50mは267。結局、また、逆クロスだ。まあ、1Mで、2位との差は9点に縮まっただけだから、ラッキーとすべきだろう。ところで、今回はM(0点)を射つと「M賞」という不思議な賞がいただける。122cmの大的で普通ならベアボウでも0点は出ない。各距離の終わりに賞品が渡される。50mでは3人ほど。当然、自分もその中の一人だった。40m。ここまで来たら、点数はもう無理なので優勝を狙うだけだ。2位のKさんが好調で、3エンドまでは1,2点負けていた。自分もしかし、何とか持ちこたえ、最終エンド前半で痛恨の8点を射ったが、トータル289。練習を含め、ベストスコアだった。11点差の総合優勝。多分15年ぶりかそれ以上である。スコアは今回の方がよかったかもしれない。優勝カップはすぐ返還したが(来年レプリカがもらえる)、優勝賞品とM賞賞品の二つをもらって、まあ、満足。選手権に向けて、エイミング精度をさらに上げれば、これも15年ぶりくらいに勝てるかもしれない。
2022.08.22
「さあて、今回は道民割、サッポロ割のダブルだから、何を買おうかな」高速で一回目の休憩を取って、また走り出し、そんなことを考えていた。「あ、忘れた」慌てて、次のインターで降り、そのままUターンして、自宅に引き返す。今回の忘れ物は「ワクチン接種証明」。これがないと、割引もクーポンも全部パーだ。合計8000円くらいだろうか。「忘れた~~~」「え、何?弓?財布?」「ワクチン接種の」「あ、やっぱりね」家で妻とこんな会話があった。自慢じゃないが、というか本当に自慢じゃないのだが、忘れ物は子どものころから一向に治らない。弓だけに限っても、射場に弓の入ったケース、矢、スコープ。すべて、試合後である。車に乗ってから、たいていは、弓友から電話がかかってくる。仕事では大事なことは忘れないが、教科書を忘れて、前の生徒に借りて授業することは年に1,2回はある。生徒も慣れたもので、「先生、今言ったこと、メモっといて!」などと、こちらの弱みにつけ込んで、不当な要求をしたりする。子どものころから、といったが、小学生の時「遠足」で、「靴」を忘れて帰ってきた。まあ、裸足で外を子どもたちが走り回っていた時代である。高校の時は、校内マラソンでゴールするのを忘れて、というか、あの時は疲労困憊で、意識朦朧だったのだが、寮のベッドに倒れ込むようにして寝て、気づくと真っ暗になっていた。一人、帰ってこない生徒がいると言って、大騒ぎしていた。しこたま叱られた。就職試験の日にちを、これは忘れたのではなく、勘違いしたのだが、一日遅れになったこともあった。まあ、そのおかげで今のところに40年以上勤めたのだから文句はない。さて今日はFITA900。とにかく忘れ物なしで、帰ることが目標だ。
2022.08.21
アーチェリーを再開してから30年くらいになる。これから年に1回のFITA900に向けての遠征になるが、これでもう何回目の遠征になるのか、1年4,5回として優に100回は越えている。全日に出ていたときは、年10回くらいだったろう。昨日の練習は50mから。50m281,40m283。50mはともかく40mが酷い。最後に60mを15本だけ。142。倍にすると284。何だか訳が分からない。今朝は5時ころに目が覚め、久しぶりにサンドイッチを作った。レタス、トマト、胡瓜、クレソン、紫玉葱、ハム、生ハムが具材。朝に、ひとつ。昼用に二つ。妻用にひとつ。2泊3日だが、やはりスーツケースが楽だ。昨日のうちに衣類、薬は入れて、今朝は弁当とか、思いつくままにいろいろ。弓は昨日矢を1本修理して、車に積みっぱなしだから、ともかくも試合には出られる。行きがけに、ウィスキーの小瓶と煙草を仕入れる予定。この後、PCと充電器などを入れればOKだ。どうやら、空は雨模様。片道500km強だと思うが、気をつけて行ってくる。まあ、試合の方は射てるだけで十分だ。
2022.08.20
もうすっかり、風は秋。早朝は、暖房がちょっとほしいくらいの感じだ。昨日の朝練は、60m275,50m274。6点とか7点を射っているようでは、850は覚束ない。孫2号が家に来た。泊まるのはずっと向こうだが、昼間は何度も来てくれる。二階で車に乗るのがお好みらしい。大分、言葉も出てくるようになった。やはり、大勢の中にいることがよかった。昼は、ピザ、うどん。ピザ3枚、うどんは半人前以上。小さいのによく食べる。あ昨夜はまた嫁さんの実家でご馳走になった。その孫2号も今日帰る。自分と先方のお母さんが見送る。お父さんの方も、空港にはかけつけるらしい。妻はピアノのレッスンが入っている。そういうわけで我が家の夏休みは、今日でおしまい。明日は遠征に出発し、月曜日に帰宅。火曜日から授業だ。夫婦二人の日常が戻る。どこにも行かなかったが、いい夏休みだった。こういう夏はもうないかもしれない。しかし、もっと楽しい夏はあると思っている。今日も6時くらいから朝練。https://plaza.rakuten.co.jp/archeryq/diary/202112190000/↑ ところで、昨日は360ほどのアクセスがあり、【教師論】生徒依存症の教師たち、という記事がこの日記では最多だと思うが閲覧100となった。自分としても、現在の教師の抱える最も深刻な問題を抉ったつもりなので、まあ、よかったら読んでくださいな。
2022.08.19
昨日の朝練。ほぼ10日ぶりくらいに射ったが、結構狙えるし、射てる。60mも50mも55平均くらいの感じだし、40mは57くらい。あと2,3点積み増せば、850という目標は可能かもしれない。今日はこれから整形の診察券を出しに行き、帰りがけ、風は強いが少し射ってくる予定。腰は、ほぼ普段と変わらないくらいまで回復した。息子も帰り、孫2号も明日帰る。ここで、きっちりと暮らし続けながら、フルリタイア後のことも妻といろいろ話していきたい。
2022.08.18
5時起床。射場にこれから行く。腰痛は大分、回復した。FITA900が日曜だが、そちらの方は、もう点数は諦めてはいる。しかし、出場はしたい。明日、整形に行く予定。連日、息子のお嫁さんの実家に呼ばれ、夕食をともにしている。昨日は地元の人気バーガー店とピザ店のもの。安価だがそれなりにお金もかかるし、こちらも連日、ビールや桃などを差し入れている。まあ、焼肉屋でこちらがかなりの部分を負担したから、向こうも、というのもあるかもしれないが、それよりも、近所でいられるあと少しの間、楽しみたいと言っていたそうだ。自分たちも、セミリタイア生活7年目に入り、今はそれを満喫しているのだが、そろそろフルリタイア後のことも考えておかないとならないと思わされた夏でもあった。今のところは、ここで二人で健康に過ごせるうちは、と考えているが、さてそれが後何年なのか、先のことはまったく分からない。自分だって、いつ癌が再発するか、というか、今だって治療未満と言われているが、前立腺癌という診断は出ているし、妻もいつまで元気でいられるか。仮に終の棲家を違う土地で、と考えると、さて……雪のない冬を過ごすのも、悪くはないのかもしれない。
2022.08.17
孫2号に「高い、高い!」をやった後、彼女が突然「お馬の親子」を歌い出した。戦後間もなく発表された童謡唱歌らしいが、詳しいことは知らない。ただ、亡くなった父の背にまたがり、この歌を歌っていた幼時の鮮明な記憶がある。それでつい2号を背中にまたがらせようとして、ギクッとなった。もう5日くらい前だ。その後、1号が来て、彼は自分のことを無二のトモダチと思っているから、その期待に応えようと、痛みを隠して「ヤキュー」とかいろいろやっていた。投げるのも打つのも、運動神経のいい孫は、5歳児とは思えない。しかも体力オバケである。日に日に腰痛は悪化し、朝に座薬を刺し、痛み止めを倍飲んで凌いでいたが、どうにもならず、オムロン製腰痛治療器の存在を思いだした。いわゆる整形での「電気を当てる」というやつで、1回15分、痛いところにパッドを当て、10段階の10の強さにする。意外にも、これが一番効き目があった。おかげで、孫滞在の間は運転も支障なかったし、「ヤキュー」もできた。ポケットに機械を突っ込んで、上から腰痛ベルトをして押さえて、一日中、ほぼ当てっぱなし。稼働させない時間もあったが、やばそうな時は、常にやっていた。過剰な使用かもしれないが、背に腹は代えられない。いや、腕に腰は替えられない。おかげで、念願の息子とのライブもつつがなくできたし、ファジルサイ(何と、息子もこれを弾きたくて、楽譜を手に入れたようだが、全然弾けないそうだ。やはり、血は争えない)も披露できたし、言うことなしである。ピアノは全力で弾くと腰に来る。今も、電気を当てている。今日、整形にと思ったが、木曜日に妻と一緒にということにした。それまでは、オムロンに頼る。
2022.08.16
孫二人が帰る朝、風はもうすっかり秋の風で、こんな風が吹けば、孫1号も買ってやった凧をもっと高く上げられたのに、と思った。「体力オバケ」の異名を取る孫1号も、さすがに無風の道路を凧を担いで、何往復も走るのはきつかったようだ。庭に白蝶が風に逆らえず、歩くように低空飛行をしていた。「もう少し、頑張れ」と声をかけたくなった。
2022.08.15
出ていく人より見送る人の終わりのない顔やさしい冬がもしもあるならそれも見てみたい(泉谷しげる『寒い国からきた手紙』)孫1号、3号の父親、つまり娘の旦那さんが昨日到着。その夜は、孫1号~3号、その両親4人、その祖父母4人で、馴染みの焼肉屋に。ここも息子さん夫婦に代替わりしていたが、お母さんはまだ出ていた。やはり、値上がりしていて、お得なセットがなくなり、安いセットで4400円。それを6つ。後は好きな肉を自由に、ということにした。こんなふうに集まるのがこの先あるかどうか、多分ないのかもしれない。まあ、とにかく極上の肉を堪能した。孫1,2号も随分と食べた。亡くなった母の口癖は「子どもだからといって安い物を食べさせちゃいけない」だったが、おかげで我が家も息子娘のところもエンゲル係数は高い。適当な大きさの個室を用意してくれていて、2時間大いにくつろげた。その後、自分と息子は隣のフォーク居酒屋に。息子は河島英五、福山雅治。自分と息子、マスターの電話で呼び出されたベースDさん、マスターで、『どうしてこんなに悲しいんだろう』『悲しいのは』『言葉』『唇をかみしめて』など。散々、歌って2時間。この店では初めて飲んだ。カクサンをロックで2杯。今回、できたらいいなと思っていた息子とのセッションが実現し、言うことのない夜だった。その娘夫婦、孫1号、3号は今日午前のうちに帰路につく。帰路は車。きっとまだ混雑しているかもしれないが、どうだろうか。我が家はまた元の夫婦二人の生活が始まる。息子は17日、息子の嫁と孫2号は19日に飛行機で帰る。嫁さんの実家も夫婦二人の生活に戻るが、こちらは空けていた勤務のシフトを埋めるので仕事で忙殺されるだろう。嫁さんの実家のご夫婦も、いつまで近所に住むのか。息子の話だと、1,2年もしないうちに、ということだそうだ。そうなると、自分たちがここに残る最後の二人となり、子どもが孫を連れて来ては帰る数年が続くのだろう、と思ったりする。
2022.08.15
部屋の真ん中の長座布団では、ミルクを求め、孫3号がギャン泣き。その隣では、孫1号がその母親になぜ昼寝をしないのかとかいうことで、延々と叱られている。口が達者な孫1号は、それなりの理屈で反論し、それが母親の怒りに油を注ぐ。ソファでは、孫2号が、発音不明瞭で何だか分からない歌を大声で歌っている。それを、その母親が一眼レフのカメラで撮っている。そんな光景が、延々と続く。ああ、これはさすがにつきあいきれないや、と思った自分と息子は庭先で一服する。息子は、昨年は講演だけで、50万ほどの所得があり、専門学校での非常勤のバイトなどもあって、すでに自分が一番稼いでいたときに近い収入を得ているし、その他に研究費が45万だそうだ。まあ、マンションでも買うなら頭金が500万は要るだろうから、せっせと貯めろ。ん、まあ、そだね。昨日は、昼にビーガンの店。いつも行くロシア料理の店なのだが、ありがたいことに貸し切りにしてくれた。しかもマスターの方もいて、夜のメニューも出してもらった。初めて食べた息子、嫁、娘は「おいしい!これは、通うわ」と感激していた。孫1号もやっとハンバーガーというものを食べたが、一番美味しかったのはポテトフライだそうで、こいつはまだ食べさせがいがない。その後、交通公園に行って孫1号は自分と4周、母親と2周。孫2号は叔母になる自分の娘と一周。帰ってきて、孫1号は例によって昼寝をするしないで散々母親と喧嘩し、疲れ果てて昼寝。自分も。その後、亡くなった母が介護でお世話になった通称「羽衣」ちゃんが、会いに来てくれた。娘とは孫1号が1歳の時にあっているが、息子とは高校以来。聞けば、もう50歳だそうで、ホームヘルパーの資格を我が家に来ていた時に取得し、それ以来管理的な仕事にも入っているらしい。夜は、スーパーの寿司でいいだろうということで、自分が買い物に。値札が貼り替えられると、すぐなくなるのだが、羽衣ちゃんの分も合わせてちょうど6人分あった。それに子ども向けに納豆巻きを買う。デザートは夕張メロン。この時期ではもうほとんど出ていない。夕食後は花火。庭先で子どもでも出来るものにしたが、孫1号はマンション暮らしで火気厳禁。花火遊びは初めてである。2号も手に持たせてもらって、初体験。とまあ、こんなふうに昨夜は過ぎた。娘と息子の間では、お互いの子どもに何かおもちゃを買ってやろうという相談がまとまったらしく、今日はトイザらスに行くと言う。「ということは、運転手のオレも行くってこと?」「あ、そういうことになるけど、大丈夫?」「聞いてないんですけど、ハハ」。それから、娘の旦那さんが札幌から車を走らせ到着することになっている。今夜は、孫2号のおじいちゃん、おばあちゃんも入れて焼肉屋で4家族全員集合の大宴会。その後、自分と息子はライブ居酒屋でちょっと歌ってから帰る、という予定だ。こんなことは、多分この先ももうないのかもしれない。「阿鼻叫喚」は地獄絵図だが、それは極楽涅槃の風景でもあるようだ。
2022.08.14
孫2号に「お馬の親子」をやって以来、腰痛が治らない。治らないどころか、日に日に酷くなっている。昨夜は3年半ぶりの花火。今日は交通公園とビーガンの店での昼食。卵アレルギーの孫1号は初めてハンバーガーが食べられる。楽しみにしているから、何とかつきあってやらないと。まあ、仮にマスターズがダメになっても、ここで痛いのを我慢してでもつきあってやらないとね。にしても、痛い。
2022.08.13
冬期ならともかく、今日も雨と腰で練習はなし。これで4日連続弓を引いていない。腰も、むしろ弓を引いた方がいいような気がしないでもないのだが、今は雨で無理だし、妻が起きてくれば、止められるだろう。まあ、自分でもちょっとやめとこうかな、という感じだ。明日から4日間は孫1号との遊びを優先するし、多分「じいちゃんと寝る!」というから、一階居間に布団を敷き並べて寝て、朝には朝食を二人で食べて、すぐに「じいちゃん、遊ぼう!」に応えてやらなければならない。そうなると、通算8日間、弓を引かない日々が続く。夏期でそれだけ休むのは初めてではないか。休むのは必ずしも悪いことではなく、練習でも試合でもなかなか出来なかったことが、久々に射場に立つと、ふと、しかもいとも簡単にできているということもある。来週は土曜日に出発、日曜日がマスターズ、FITA900。目標は850点。前回練習で60m280点は出ているので、可能性はあると思う。来週前半、火曜日から金曜日までしっかり練習して臨みたい。
2022.08.11
必然というべきか、やはり歳なのだというべきか、疲れが腰に出て、昨日は半ギックリ腰状態。申し訳ないが、孫2号との予定をすべてキャンセルし、一日中、寝ていた。腰は、今はまあまあという感じだが、治ってはいない。今日、娘と孫1号、3号が来る。明日は、息子が鹿児島から。両方とも空港には自分が行くことになっているから、最低限、それだけはしないといけない。まあ、一日中寝ていたおかげで大谷の10勝目も見られたし、そう悪いことばかりでもない。今日は、買い物もある。娘の飛行機は16時着だから、今日もなるべく休んで、山場を乗り切りたい。
2022.08.11
一昨日。夕方、フィールドの時に出た蕎麦をゆがいて、孫2号の家に。昨日。夕方、家で浸けた梅酒を手に、孫2号の家に。今日は、孫2号を連れて、息子の嫁が我が家に。何だかものすごく慌ただしい。雨が酷くて、朝練に行くこともできないのだが、昨日午後は健康麻雀。こう毎日予定がある日々からは、すっかり遠ざかっていて、適応するのが結構しんどい。そういうわけで、ここもしばらく閉めることになりそうだ。なにしろ、孫1号はきっと「オレはじいちゃんと寝る!」と言うだろうし、そうなれば朝の6時から遊んでやらないといけない。そうなると、ここで、ゆっくりとコーヒーを飲みながら、画面に向かう時間も来週までは取れなさそうである。雨で今月末のFITA900の練習もまったく出来ていないのだが、ま、何とかなるでしょう。
2022.08.10
大分前からフィールドは6点制にルールが変更された。5点の中に、ターゲットアーチェリーで言えば、Xに相当するさらに細い円が描かれ、そこが6点。20cmなら、インドアのCPの10点が6点である。リカーブの9点が5点。12ポストあるから、6点制の満点は216点というキリの悪い数字になる。5点制の時は、180点だった。自分のベストは5点制の時の172ではなかったかと記憶している。6点制になってから、その記録を上回ったことがない。つまり、満点が36点も上がったのに、得点はせいぜい160台で低迷している。昨日は、1回目148点、2回目156点。自分でもちょっとびっくりするほど悪かった。エイミングはうまく付けられることが多かったのだが、前下がりの足場が特に酷い。矢は左に行くのだが、エイムオフがうまくできない。無理にすると、さらにとんでもないところに飛んでいく。2点を全部で4,5回射ったのだが、それ以外は4点が圧倒的に多く、そんなに悪くない感じではあったのだが、結局1回目は1ポストオール4点の144点+4点。2回目は1ポスト5-4-4の平均である。そう考えると、過去のベストの172は1ポスト5-5-4平均+2点という数字で、しかも6点がないのだから、自分ながらすごい。全日の試合に出られたのも当然だ。まあ、そんな昔のことを言っていても始まらないのだが、自分としては、エイミングが付き、放す時にちょっとズレてしまう射が多かったのが反省だ。ターゲットアーチェリーなら、足場はいつも同じにできるから、最後までズレない射を目指しやすい。木曜日以降は、孫1号と遊ぶから朝練も多分できない。今日を含めて3日、あまり天気はよくないようだがが、行けるときは行くつもり。今日は病院2件だが、朝に診察券を出した帰りがけに射場に。
2022.08.08
昨日午後は、妻と「キエフバレー」を観に行った。ウクライナ侵攻が始まってから、ヨーロッパ各地の散り散りになっていた、バレーダンサーを集めて、バレー団として世界各地で公演をしている。日本では東京、大阪など4カ所での公演。よく、こんな街に呼べたな、と思う。例によって(?)、一部はあまり面白くなくて、ついウトウトしてしまった。気がつくと、ダンサーが変わっている。まあ、孫2号と遊んだ疲れが出た。二部は、「悲劇の白鳥」の演目もあり、最後の大団円はすごくよかった。珍しく、客席の一部ではスタンディングオベーションが起こった。ところで、「キエフバレー」とチケットに明記された公演名称は、「キーフバレー」と変更されていた。もちろん、ロシア語ではなくウクライナ語の原音にカタカナ表記を合わせたのである。それは、まあ、別にいいといえばいいのだが、それなら、グルジアを、なぜ今ジョージアと呼ぶのか、まったく整合性がない。ここにきて急に公演名を変更するのは、NHKニュースが「節電のため背景を暗くしています」とテロップで流すのと同じくらいちゃんちゃらおかしい。独善、偽善の匂いが鼻につく。もっとおかしいというか、許せないのは、チャイコフスキーなどロシアの音楽家の名を冠した演奏会もやらないし、コンサートの演奏曲目にも入れないような風潮である。いくら、ロシアが非人道的な侵略を続けているとはいっても、そのことでチャイコフスキーの音楽の魅力が減じるわけでもない。美しいものは、美しいのであり、それを愛でることは、国籍も地域も無関係なのだ。トルストイやドストエフスキーの本が書店から消えるなどというとんでもない愚行もあると聞く。そういう人間が、状況次第ではロシア軍と同じ事をしでかすのだ、と言っておきたい。
2022.08.07
孫2号で明け暮れた、昨日。一転、今日は自分は、4月は欠場したので今季初フィールド。妻は休養日である。孫が来ているからといって、ずっと向こうに行きっぱなしでは、こちらも向こうも疲れるし、結果としてその方が長く仲良く付き合えるのだと思っている。息子の嫁さんの実家との関係は、もう15年くらいになるが、ずっと「不即不離」の関係ですごくうまくいっている。どこかに出かければ、気を遣わない程度のお土産を渡し、ちょっとの間、家でお茶を飲んで、孫の話や、お互いの近況を話す。考えてみれば、子どもたちの関係も、今はそうだ。妻のお花の友人は、もう40歳を越えた息子さんから毎朝電話が来るのだそうだが、それはちょっとねぇ、と思う。まあ、月に数回、ラインでビデオ通話したり、娘とは近いので年に数回行ったり来たりする。息子はなにしろ遠いから、こちらが1年に1回は行くようにしているが、向こうが来るのは3年半ぶりだ。夫婦の関係もそうで、今は夫婦二世帯住宅。といっても、夕食は一緒だし、セミリタイアしてからは昼食も一緒が多い。夕食は妻、昼食は自分、そして朝食のサラダくらいは自分が作っておく。今日はサラダとハムエッグを作っておいた。玉葱、ピーマン、インゲンなどをたっぷり使った。朝の2時間くらいを、弓や仕事に充てているが、妻は二階で寝ているから、ガサガサして起こしてしまうなどということはない。旅先でも、自分は鼾が酷いので、シングル2つが自分達流だ。最近、そういうご夫婦もポツポツ話を聞くようにはなった。自分達はもう20年以上そういうスタイルである。昨日は、孫2号と、身体的コミュニケーションをたっぷりととったが、それは例外的に「不即不離」とは真逆のべったりとした関係だ。木曜日にやってくるもう5歳になた孫1号と遊ぶのは心底疲れるが、しかし、子どもの時に無条件に体ごと可愛がられる経験は、彼らの人生の原体験になるのだから、祖父としては頑張りどころだと思っている。
2022.08.07
今日は朝練の後、10時ころに孫2号が我が家に。「高い高い」、「ヒコーキ」など定番のお遊びをすると、孫2号はウキャウキャ喜んで、「タカイカタイ!」「ヒコーキ」と言ってせがむ。こういうことがコミュニケーションの原型なのだと改めて思った。2号は自分の顔を、触りたがり、自分も頭や顔を撫でてやった。今日の「タカイタカイ」と「ヒコーキ」だけでも、遠い鹿児島からやってきた甲斐があったなと自分は思う。祖父としてできることは限られているのだが、それでも、今夏は孫2号のためにできるだけ時間と体力を使ってやろうと思っている。
2022.08.06
一昨日生まれて以来初めて帰ってきた孫2号は、始終歌っている。多分、レパートリーは20~30曲。どれも、音程が正確で、リズム感もいい。これは、やはり天性のものなのだろう。どういう人間に育っていくのか、まだ全然分からないし、子どものこれからの人生は大体想像できるのだが、孫は全員どうなるか、残念ながら、見届けることはできないだろうし、もちろんその方がいいに決まっている。考えてみれば、亡くなった両親も孫がどうなるかは見届けられなかった。母は、息子の方が頭がいいと言っていた。中学、高校、大学と娘の方が順調にいったのだが、息子の方はあちらこちらで躓きながらの十代だった。それでも、母は頑としてそう言っていた。今になると、息子は学者になり、娘は歯科医師。まあ、二人とも立派に職業人となったが、頭の良さを求められるのは、息子の職業であることには違いない。去年、共著で出版した保育系の論文集を読むと、まともないい文章を書くようになった。あちこちで講演もしているらしい。もちろん、母は息子が大学生の時までしか生きられなかったから、その後の姿を見届けていないが、「おばあちゃんが喜んでいるだろうね」という話は何かの折に出る。父は母より5年ほど長く生きたが、孫娘が大好きだった。その孫娘が、難関大学に受かって、誰よりも喜んでくれた。その父も、娘が結婚し、今や二児の母であり、歯科医と育児で忙しい日を生きている姿は見ていない。しかし、父も母も、孫たちの将来について、何か揺るぎない自信のようなものを持っていた。あれは、なんだったのかな、と思う。自分は一人っ子だったので、父母にとっては、一人息子が結婚し、二人の孫を得たことになる。そして、自分たちは、二人の子ども、三人の孫を得た。父や母が持っていた、三人の孫すべてが、いい人生を送る確信のような感情は、残念だが、自分にはまだない。一番年上の、従って一番よく遊ぶし、仲がいい孫は、体力もあり、頭もいい。でも、こいつは小学校でアタマの悪い教師に当たると苦労するだろうな、と今から心配だし、二番目の孫は歌はうまいが、言葉が遅い。大丈夫かな、とやはりこれも心配している。もっと関わってやりたいのだが、何しろ遠い。三番目は生まれたてで、まだ全然分からない。ともあれ、ようやく、その孫たち全員がやってくる。そういうことがこの先、何回あるのか。いろいろなことについて、そう思うことが多くなった。。
2022.08.06
ライブ居酒屋のマスターに「すごい。また、練習してきたね!」と毎回、言われる。「根が真面目ですからね~」と応じているのだが、案外、そうなのかもしれない。早朝はやる気が出なかったのだが、結局、9時から10時15分くらいまで、風の中、5m刻みできっちりサイトを取ってきた。60~45mまでは、3.5ずつサイトが上がる。そこから25mまでは3.0ずつ、15mまでは2.0、そして10mは1.0。FATBOYは30mから取った。それを、ポストイットに書いて、雨で濡れると困るのでビニールテープで覆い、弓に貼った。これで、日曜日の準備はできた。明日は、5時くらいから射場でフィールド練習の予定。今日は、5時に孫2号宅にまた二人で行く。歩いても10分なので、久しぶりに飲んで来ようということになった。
2022.08.05
昨日、孫2号を待ちくたびれて、というのもあるが、今朝は朝練に行く気がしない。日曜日にフィールドなのだが、サイトもろくに取っていない。今日は、一日風も強いし、まあ、行ってもね~、というのもある。60~20mのサイトは大体分かるから、後は試合前の練習で確認すればそれでいい。何なら、インドアで確認する手もある。あ、それいい考えだな。9時くらいに行けば、1時間くらい練習できる。FATBOYと普通の矢の両方取れればいい。「普通の矢」って、すでに名前を忘れてしまってるし……。物忘れが酷いのは、子どものころからだからな、とは思っているのだが、どうも認知症の初期なのかも、とも思える。昔はすごく大事なことを忘れたり、勘違いしていたが、今はどうでもいいことを忘れることが多い。というと、なんだか今の方がよさそうに聞こえるのだが、そうでもない。あまり居心地がよくないのだ。CARBON1!!。気になるので、2階玄関にあった矢を見てきた。昨日、荷室を空けるために弓はそこに置いたのだ。それとFATBOYとの二刀流というのが、今回の試合の戦略だが、これは10年前くらいに試して全然ダメだった。しかし、どうやっても点数にならないし、すでに今季の目標はFITA900の総合優勝と選手権の左での初優勝である。そのレベルにいくスタート地点には立っていると思う。何しろ狙えるようになったから。今までは、7時6点くらいにしかサイトがつかず、それでも310台くらいは射てていたのだから、何とかなるのではないかと思えるのだ。ところで、思いだしたのだが、インドアが開くのは明日だった。などと、駄文を綴って、居間の掛け時計をつい習慣で見ようとしたが、さっき電池切れで外しておいたのだった。電池替えたいのだが、さてどこにあったか、思い出せないのである。さてこれから探しますか。
2022.08.05
昨日、午後8時半。東京の雷雨で遅れに遅れた便が、やっと着陸した。予定では午後4時の到着だったが、そもそも鹿児島を出るのが2時間以上遅れた。羽田でも、搭乗手続きが中断され、そのたびに遅れるというメールが入る。迎えに行くのが自分の役目だったので、こちらもそのたびにいろいろなことを中止したり、早めたり。どうも孫2号は乗り物運が悪いのかもしれない。そもそも里帰り出産の時にも、東京からの飛行機が、こちらの濃霧で引き返し、東京一泊して、一日遅れでやってきた。まあ、それでも無事に着いて何よりである。先方で一緒に夕食を、という予定だったが、あまり遅くなるので、ちょっとだけお邪魔して、それでも帰ると10時近かった。今日、またお邪魔することになった。ここから、2週間ほど、孫2号は滞在。孫1号と3号は来週、息子はそこから一日遅れでやってくる。
2022.08.05
コロナの新規感染者が過去最高を更新し続ける中、今度は「全数把握」をやめるという動きが出てきた。「弱毒化して、重症比率は高くない」などともっともらしい理屈はつけているが、コロナはそもそも5類相当の著しく危険な感染症ではなかったのだから、当然なのだ。重症化率、死亡率はインフルエンザ並みである。2類への引き下げも今後検討されるようだが、遅きに失した感は否めない。第3波くらいからは、実は重症化率も今とそう変わっていないはずだ。なぜなら、去年までは故意にPCR検査を少なくして、実質的に「全数把握」など行っていなかったからだ。分母が実はもっと大きかったのであれば、率は下がる。批判を受けて、検査体制を拡充したことが、現在の「過去最高」の原因だろうと自分は見ている。今朝の朝刊もコロナ過去最高の記事は、左上に追いやられ、一面トップはペロシの台湾訪問である。あれだけ煽りに煽っていて、今になって手のひらを返したようなこの報道のあり方もどうかと思うが、まあ、まともに近くなったのだから、それでいいだろう。自分たちのコロナへの対し方は去年からまるで変わらない。インフルと同じでワクチンも接種するが、罹らないうちは自粛要請になど応じなかった。もちろんマスク、手洗い、消毒などの感染対策はやっていたので、コロナどころか風邪も引いていない。GOTOや県民割を利用し尽くしてあちこち出かけた。「自粛警察」やそういう気分になっていた人たちは、自分たちのバカさ加減を大いに知るべきなのだと思う。まあ、マスコミが騒げば、同調するだけの人間に何を言っても無駄だとは知っているのではあるが……
2022.08.04
例の統一教会問題。選挙資金や運動の人員を提供してもらった議員たちは、そもそもどういう団体か分からなかったなどと言い訳しているが、そんなはずはないだろう。献金だけでなく、運動員まで提供してくれるとなれば、え、どこなの、そんな有り難いところは?となるはずで、ちょっと調べれば、統一教会絡みの関連団体だということが分からないはずはない。日本医師会○○県支部、とか連合○○とかなれば、それは立派な圧力団体だから、素性は分かっている。農協、漁連、地元の商工会議所など、ずらりと圧力団体が並ぶ中で、「世界平和何とか連合」などという名称はそもそも胡散臭く、おかしいと思わないはずはない。おそらくほとんどすべての議員たちは、それが統一教会絡みだと分かっていて、確信犯的に、支援を受けるどころか、支援のお願いにまで行っている。集会での講演などを行っていた議員も多い。自分の受け取った献金が多くの信者の人生を壊すほど多額な金で印鑑、壺などを買わせた霊感商法で稼いだ金の一部であり、無償の運動員がマインドコントロールされた信者であることも知っていただろう。にもかかわらず、彼らには「後ろめたさ」などは微塵も感じていなかったようだ。それはいかにも日本人的な「みんな、やっている」という安心感からだった。ベテランから若手まで、みんな統一教会の支持を受けながら、選挙戦を戦っていたのである。派閥の親分がやっているんだから、自分がやって悪いはずがない、ということだ。その親分の一人が、統一教会と深く関わっていると信じた男、母親が入信し、1億もの献金をし、自己破産、進学校にいたのに大学進学もできなかった、つまり、自分の人生を壊された派遣社員の男の、恨みの銃弾を受けて亡くなった。子分の一人は、関連団体に出向いて、選挙をどうかよろしくと、頭を下げている。親分自身も、そこにビデオメッセージを送っている。これは親分が子分を議員にするために、そこをそれと分かっていて引き合わせたのであろう。その親分の葬儀が国葬で行われる。どうかしていると自分は思うのだが、世間はそうでもないらしい。政治評論家たちも、したり顔で、「銃撃事件と統一教会問題は分けて考えなければならない」と言うが、なぜ分けて考える必要があるのか。統一教会に恨みを抱いた男が、そことつながりの深かった元首相を暗殺したのだから、この問題はすべてつながっていると言うべきだろう。
2022.08.04
最近、見続けているDVDのタイトルだ。全部で何シーズンあるか分からないが、今はシーズン7になっている。インターンからレジデントへそして(おそらくこれから)アテンダントへと成長していく、若い医師たちの群像劇。登場人物のキャラクターが見事に造形されている。その中心に母親が名医であったグレイがいる。彼女の人間性の解剖、というほどの題意なのだろうが、それを取り巻く仲間たちの物語りでもある。結局、彼らが求めるのは新しい「家族」の形で、グレイ夫婦の家には何人も同居していて、いつも集まるバーの場面も多い。普通の意味での「家族」が壊れてしまっている状況で成長した人間が多い。彼らが診る患者たちもさまざまな問題を抱えている。アメリカの「保険」は治療費が上限を超えると自己負担になってしまうことも、昨日、このドラマで知った。日本ではその逆。上限を超えるとその分は戻ってくる。自分も、現役のころは、毎年、医療費の控除で数万円戻ってきていた。保険がないために治療費が払えないとなれば、結局、退院させられる。そういう患者のために偽装結婚する女医もいる。とにかく、展開の意外性がいつも楽しめる良質のドラマだと思う。
2022.08.03
昨日、かかりつけの整形で4回目の接種を妻と一緒にした。総合保健センターで前回はしたのだが、あいにくモデルナしかやっていない。それで、ファイザーを打つ整形に変えた。モデルナについては職場の同僚とか知人の何人かがかなり副反応でしんどかったと聞いていた。一晩経って、肩の筋肉の痛みはあるのだが、弓が引けないということもない。雨だったので、朝練は行かなかったが、そうでなければ行ったかもしれない。36.8℃で、微熱なのかどうか微妙なところだが、頭痛などはない。妻の方は38.5℃くらいで、これはちょっときついようだ。お粥を食べてまた寝ている。弓はともかく麻雀は打てそうだから、今日は健康麻雀。明日、孫の一人が来るから、来週いっぱいはいろいろ忙しいのである。フィールドのサイトも全然取れていないのだが、60-20mは10mおきには大体分かっているから、あと1回やればいい。うまくいくかどうか分からないが、20m以下はFATBOYにしてみようかと思っている。まあ、うまくいったらお慰みというヤツだ。フォールドに関しては、レコードもタイトルも取ったことがない。元来、苦手だし、好きではない。
2022.08.03
昨日は久々に、午後に息子の嫁さんのご両親のご訪問。クレソンなどのたくさんの野菜、だんごなどを買ってきてくれた。いよいよ、明後日にまず嫁さんと娘、つまり初孫がやってくる。仕事の都合でお迎えが無理なので、こちらで引き受けた。こちらは、年一度は鹿児島に行って会ってきているのだが、向こうは出産以来、初孫に会えていない。それは楽しみだろうと思う。それから2時間近く昼寝。本格的に眠った。やはり発表会や講習の疲れが溜まっているらしい。雨で朝練はしていないのだが、それでもここらへんで一度ゆっくりすることを体が要求しているらしい。夕食はパンプキンスープと鱒のステーキ。いただいたクレソンなどをたっぷりと添えた。10時前後に就寝。すぐに寝入って、朝5時まで熟睡。自分としては、久しぶりのことである。やはり、体が疲れている。今日は講習の最終日。80分で、模擬問題を解き、自己採点→解答解説配布という流れなので、まったく教えなくていい。論理的文章、文学的文章、古文、漢文と4日間演習+解説+補充問題とやってきたので、その総仕上げである。真面目に、復習と補充問題をやっていれば力は1ランクくらい上がる。それを確かめるのが今日だ。講習後、すぐ帰宅し、妻と4回目のワクチン接種に。孫たちが来る直前で、タイミングとしては一番いい。娘の孫二人は、先月半ばに保育園で感染したが、ほぼ無症状だった。娘夫婦は陰性。息子夫婦も、抗原検査などで陰性を確認してから来る。まあ、そこまでしなくても、と思うのだが、それはそれで自分たちの安心に繋がるのならそれでいい。今、モーサテで日本のコロナに対するあり方は、すでに世界からみてガラパゴス状態だと言っている。まったくその通りだと思うのだが、「自粛要請」を何の疑問も持たず、「行動制限」と読み替える国民性なのだから、それも仕方がないのだろう。
2022.08.02
何だか三題噺みたいなタイトルだが、昨日、講習が終わって帰宅。昼食は明太子スパゲティ。冷凍食品で「BIG」という冠名がついている。これだと、二人で十分。最近はうどんでも蕎麦でも、一人分を分けて食べることが多い。段々、量が食べられなくなっている。それから、一昨年買った居間の緞通をクリーニング屋に。3畳くらいのものだが、これがずっしりと思い。丸めて、引きずるように居間から、玄関先の車に。荷室をフルにしても足りず、カーナビの所まで先端がくる。その下に、オートマのシフトがある状態。クリーニング屋でも降ろすのに一苦労だった。帰りがけ、近所の紫陽花公園が見ごろだったので寄った。随分人が来ている。みんな、コロナの新規感染者数など気にしてはいない。屋外なので、マスクを外して歩いている人も多い。それが当たり前だろうと思う。それから、いつもの牛乳メーカーのやっているソフトクリームを食べに行った。ここはもっと人出がすごい。子ども連れが多い。日曜日、近場に出かけようという人も多いのだろう。定期観光バスのコースに組み込まれているが、時間が遅いのだろうか、バスはなかった。しかし、大分とか湘南とか帯広とか、いろいろなところからの車が停まっている。去年、今よりももっと感染者数の少ない第2波の時、他県ナンバーを敵視していたことなどコロッと忘れているかのようだ。やれ、去年はワクチンがなかったとか、薬がなかったとかいうが、そうではないと思う。マスコミが煽り、国民がまんまとそれに乗せられただけだ。そのマスコミが手のひらを返すかのように「経済活動」と言い出した。それほど日本は意味のない自粛=制限を続けていたのである。ここで、いつものように肉コロッケを二つ買ってそれで夕食ということにした。コロッケとキャベツ、トマト、胡瓜のサラダ、鮪の刺身に生ワサビ、南瓜の煮付け。日曜日の夕食は先週は生寿司だったが、基本、わざわざ作らないようにしている。コロッケははっきり分かるくらい小さくなった。実質的値上げなのだが、まあ、歳を取って食べるのも少量になったのだから、別に食事を変えるつもりはない。
2022.08.01
昨日は、講習は古文。普段、授業担当ではないのだが、実は自分は古文も漢文も苦手ではない、というか得意である。文法などの丸暗記主義は嫌いで、小テストをバカみたいに毎時間やることには反対だ。そうではなく、文法ならどうしても躓くところが幾つかあるので、それを全員がマスターできるまで繰り返すテストはやる。口頭でやる場合が多い。というのは、言葉は声に出さないと覚えられないからである。「全員ができる」ということが大事で、今でもよく覚えているのは、そういう口頭での文法テストをやっていて「最後の一人」になってしまった生徒が、やっと二段活用(口語にはないので、最初に躓くのがここだ)が言えたとき、涙ぐんだのだが、クラス全員が大きな拍手をしたことだ。その後、そのクラスは、3年間教え続けたが、センター試験国語平均点が全道1位だった。要は、特進はいかに得点力をつけるかであり、その過程はいろいろあるだろうが、自分の場合は、古典は多読、現代文は精読というのが基本的やり方だ。現代文は、なかなか教える自信のある教員がいなくて、自分がずっと最終学年の担当になっているが、古典ならある程度できると思うからだろうか、ここ数年やっていない。しかし、自分が担当すれば、いくらでも得点力はつけられると思っている。が、まあ、職業生活もあと数年なのだから、別に構わない。そんなわけで久々に古文を教えて楽しかった。「自他未分化語」(例えば、「つらし」は自分が「辛い」のと、そういう思いをさせる他者の「冷淡」さを一語で意味でき、そういう言葉は古語に多い)などの文法教科書や、重要古語集には載っていない「意味論」を教えると、生徒は初めて聞いてびっくりしたような顔をしている。その概念さえ分かれば、後は応用を利かせて「これは自他未分化語かな?」と思うだけで、解釈が落着する場合が多い。要は、古典は「解釈学」であり、未知の古文や漢文の解釈がすらすらできるような高校教師など一人もいない。いや、専門の学者にもいない。入試で出るのは未知の古文、漢文だから、あらゆるものを使って解釈可能性を探る、というのが正しい読み方だ。教師自身がそのことを知らない。古語や文法や句法を暗記させれば試験で点数が取れると思い込んでいる。自分は指導書の訳文というお手本があるのだから、もっともらしい顔をして教えているだけだ。本当に自分で訳をつけていけば、問題集の解説の訳文などには誤訳が頻繁に見つかるのだが、そういうことすらしない。多分、自分が古文や漢文の「解釈」がそれなりに出来るようになったのは、「哲学」をやったからだと思う。ニーチェやハイデガーなど、そのまま直訳しただけではまるで分からない難解な文章を、どう解釈するか。学部、大学院とそればかりやってきた。その時に、正解があらかじめ用意されていない問いと初めて格闘した。何度も言うが、教育大のレベルでは、そういう勉強はとてもじゃないができない。何しろ、彼らの関心は「どう教えるか」にしかなくて、「何を教えるか」についてはまったく関心を払わないからだ。「何を」については、教師用指導書に書いていると思い込んでいる。例えば、夏休み後、2年は『山月記』をやるが、自分がここ数年この教材で教えたいことは「自由競争社会で他者の評価に曝されることへの恐れ」である。もちろんそんなことは指導書には書いていない。
2022.08.01
全47件 (47件中 1-47件目)
1