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湊かなえさんの、作家生活15周年記念となる書き下ろし長編。 デビュー作『告白』を彷彿させるとのことですが…… *** 帯には「イヤミスの女王、さらなる覚醒」の文字。 この帯と購入した書店のポップで、私は初めて「イヤミス」という言葉を知りました。 表紙カバーには青色と赤色で蝶が描かれ、白抜き文字でタイトル、著者名と出版社名が。 裏表紙にも、表紙よりは小さめに、赤色と緑色で蝶が描かれています。カバーを外すと、光沢のある表紙に、いくつもの花がモノトーンで描かれており、それを捲った青地の見返し(遊び)には、銀色で書かれた湊さんのサインとスタンプが。12月12日(火)に立ち寄った書店で見つけたこのサイン本には、そのあて紙と共に、購入した際にもらったレシートや、その書店カフェの飲食割引券も挟んだままになっています。見返しを捲ると、色鮮やかな絵画を背景に、タイトル・著者名・出版社名が記されていて、その裏面からは、6体の「人間標本」グラフィックが続きます。そして、8頁に及ぶカラー頁の最後には、黒地に小さく白抜き文字で「口絵 高松和樹」と記されています。「人間標本 榊志朗」は、蝶の分野では権威と呼ばれる明慶大学理学部生物学科教授・榊史朗が、投稿サイトにあげた手記の部分。彼の父・一朗は、大切な式典の場で「人間の標本を作りたい」と発言、画壇から追放されますが、藝大時代の同級生・一ノ瀬佐和子は一朗に肖像画を依頼、完成後に彼が住む山の家を訪問します。その際に同行した娘・留美は、小学1年生の史朗が夏休みの宿題用に作った蝶の標本を譲り受け、25年後に史朗と再会した時には、色彩の魔術師と世界中で称賛される画家になっていました。そして今年の初夏、中2の息子・至宛てに、留美から合宿参加の招待状が届きます。それは、娘・杏奈をモデルに絵を仕上げさせ、自分の後継者に相応しい一人を選ぶというもので、集まったのは、深澤蒼、石岡翔、赤羽輝、白瀬透、黒岩大、そして榊至の6人の少年たちでした。手記には、史朗が「人間標本」を作るに至った動機や、各作品に関する記録も示されています。「SNSより抜粋」は、「未成年男性6人死体遺棄事件」に関するSNS上の一連のコメント部分。事件発覚の経緯や、世間の声が記されています。『夏休み自由研究 「人間標本」 2年B組13番 榊至』は、榊至が記した「人間標本」作製に関するレポートで、そこに至った心境も詳細に書かれています。「独房にて」は、裁判で死刑判決が出た榊史朗の回顧録。蝶の観測から帰宅した後、家の様子に違和感を感じた史朗は、息子の夏休み自由研究や、明後日に新たな被害者が出るかもしれないことに気付き、息子を殺害後、息子の罪を背負い、自らの罪も罰してもらえるよう、手記を書き始めたのでした。「面会室にて」は、面会室での史朗と杏奈との対話で、そのキーワードは「擬態」と「目」。杏奈は、母親に自分を後継者と認めさせたくて「人間標本」作製を企図し、至も側にいたと告白。しかし、志朗は矛盾を感じ取り、首謀者が留美で、杏奈は計画継続を託されたのだと気付きます。そして、自身の指示通りに、完成した標本を史朗に見せることが出来なかった杏奈に対して、留美が「役立たず、やっぱり失敗作だった」と言った後に、息を引き取ったと知らされます。さらに、杏奈が標本を作成したことで、新たに「目」を手に入れ、逆に、留美がその「目」を失ってもがき苦しみ、史朗に再び救いを求めていたことや、遺体を切断、装飾を施した至が、父親の手で「人間標本」にされるように誘導しながらも、父親が「擬態」に気付いてくれることにも期待していたと思い至り、激しく後悔するのでした。「解析結果」は、作品6に使用された花畑の絵の、科捜研による解析結果。絵の下には「お父さん、僕を標本にしてください」の文字が書かれていました。次の頁には、主要参考文献、ウェブサイトが、さらに次の頁には、「本著は書き下ろしです。本作品はフィクションであり……」の一文が、そして最終ページには、著者紹介や発行日(2023年12月13日)等が記されています。続く見返しは、遊び、効き紙共に赤色です。
2023.12.16
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慧月の体と入れ替わった玲琳は、歌吹から事情を聞き出すことに成功すると、 歌吹と共に、金淑妃と藍徳妃が祈祷師・安妮をもてなす宴に忍び込む。 すると、3年前の事件の真相や、鑚仰礼における今後の陰謀が明らかに。 一方、慧月は、尭明や辰宇、景彰に入れ替わりを気付かれ経緯を説明することに。 途中、潜入に気付かれそうになった玲琳と歌吹を救ったのは、賢妃・玄傲雪。 これまで隠し続けてきた本心を語る賢妃に、玲琳は公明正大な復讐を提案する。 そのためには、鑚仰礼・終の儀で、5家の雛女が協力することが必要だったが、 玲琳の顔をした慧月は金清佳の、慧月の顔をした玲琳は藍芳春の説得に成功する。そして迎えた鑚仰礼・終の儀、安妮は玲琳を炎尋の儀に掛けるが、炎に包まれたのは安妮の方。慧月の顔をした玲琳が手当のため中座した後、雛女たち5人で作った宝鏡が皇帝・弦耀に贈られる。皇帝が鏡を向けた先には雪花模様が浮かび上がり、その後、安妮と慧月の姿が映し出された。それにより、安妮の本性や金淑妃と藍徳妃との悪行が、皆の知るところとなったのだった。 ***今回は、慧月の活躍が、これまでにない程に目立ちましたね。そして、入れ替わりについて知る人の数が、随分多くなってしまいました。5人の雛女たちの関係性も大きく変化したことで、今後新たな展開が生まれそうです。気になるのは、慧月の道術に気付いた皇帝の動きと、皇后・絹秀の玲琳に対する本心ですね。
2023.12.13
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現役弁護士の五十嵐律人さんによる第62回メフィスト賞受賞作。 映画も11月10日に全国公開されました。 最近は、『贖罪の奏鳴曲』など裁判を扱った作品を読む機会が多かったのですが、 本作を読んで、五十嵐さんの他の作品も読んでみたくなりました。 ***久我清義と織本美鈴は、同じ児童養護施設で生活を共にする高校生だった。施設長・喜多が自分の部屋で美鈴を裸にさせ、写真を撮っていることを知った清義は、部屋で待ち伏せるが、揉み合いとなり喜多の胸元にナイフを突き刺すことになってしまう。しかし、美鈴が隠し撮りした映像で喜多を脅したことで、清義は少年院送致を免れる。二人は大学に進学するための費用を入手するため、痴漢詐欺を始める。ある日、美鈴はターゲットにした相手が警官だと知ると、その場を逃れようとするが、警官は美鈴の手を離さず、ホームの2階から二人は共に階段を落下、美鈴は右腕を骨折する。清義は、倒れた警官のジャケットの胸ポケットにペン型カメラを入れ、その場を立ち去った。そのカメラには盗撮映像が保存されていたため、警官は実刑判決を受けることに。しかし、控訴はせず、警察を懲戒免職され、妻とは離婚、服役中に精神を病んで自ら命を絶った。一方、清義と美鈴は、共に法都大ロースクールで学ぶことに。そこで、何者かが清義が児童養護施設にいた時の集合写真と喜多を刺した新聞記事を配ると、清義は、学年メンバー間で行われていた模擬法廷・無辜ゲームに名誉棄損として開廷を申し込む。写真と記事を配った犯人は明らかになるが、それらを誰が提供したかは不明のままとなった。そして、今度は美鈴の家のドアスコープに、脅迫文が添えられたアイスピックが突き刺される。清義は、学年で唯一既に司法試験に合格し、無辜ゲームで審判者を務める結城馨に相談。彼の助言により、美鈴の部屋が盗聴されていたことや、その犯人は明らかとなるが、その依頼主は不明のまま、清義と美鈴は司法試験に合格、法都大ロースクールを卒業する。弁護士となった清義に、馨から「久しぶりに無辜ゲームを開催しよう」とのメールが届き、5分遅刻で模擬法廷の場に足を運ぶも、そこには血を流し倒れている馨の姿が。そして、美鈴からは「私が殺したんだと思う?」の言葉。美鈴の弁護人を引き受けた清義は、墓荒らしの裁判と並行して、真相を明らかにすべく奔走する。そして、馨があの警官・佐久間悟の息子で、事件の一部始終を見ていたこと、これまでの一連の出来事が、馨が描いたシナリオ通りに進んできていたことを知る。しかし、最後の最後でそのシナリオに狂いが生じるも、そのことすら馨は想定していた。それは、美鈴が清義を過去の罪から救おうとする行為だった。
2023.12.10
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李奈の『十六夜月』の5週連続1位を阻止した丹賀笠都は、 極端かつ急進的差別主義で、多数の熱狂的支持者を得ているベストセラー作家。 一方、その父・源太郎は、古き良き本物の文豪と呼ばれるベテラン作家で、 李奈の友人である作家・曽埜田璋も通う丹賀文学塾を主宰していました。 その丹賀文学塾閉塾の宴に、李奈は、現役弁護士で作家の佐間野秀司、 元検事の作家・樋桁元博、元刑事の作家・鴨原重憲と共に招かれます。 18歳の女優・樫宮美玲、同じ事務所の小山帆夏、マネージャー・舛岡も同席しますが、 そこで、岡本綺堂著『怪談一夜草子』に擬えた事件が勃発、李奈は解決に向け奔走することに。 ***今回は、3つの異なる世界が層をなす構成となっています。まず最初は、皆さんが暮らす現実の世界。次に、松岡さんが描く『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 』の世界。そしてさらに、その作品の中で白濱瑠璃が描く『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 』の世界。例えば、 小説で得た知識が李奈の身体を突き動かした。 李奈はすばやく上体をひねり、蛭井はわずかにのけぞったものの、 致命傷はあたえられていない。(中略) だが李奈は冷静に間合いを見切り、猛然と旋風脚、 すなわち中国拳法の回し蹴りを浴びせた。 踵が蛭井の顔面に命中すると、巨体は木の葉のごとく高々と宙を舞った……(p.275)これまでの李奈からは、とても考えられないような戦闘シーンですが、この直後、この部分は白濱瑠璃による創作シーンであることが明かされます。 押し合いへし合いのなかで李奈は涙ぐんだ。 小説の主人公ならたちどころに解決するだろうが、 現実には荒くれ男の群れに肝を潰すばかりだ。 もうやだ。助けて優莉結衣。(p.187)これは、李奈が事件の解決に向けて、刑事たちと共に時津風出版に乗り込んだシーン。読み進めていた際は、ちょっとした違和感を感じはしたたものの、いつもの李奈の世界の出来事としてとらえ、読み飛ばしていました。しかし、後から考えると、これも白濱瑠璃による創作部分と考えた方が良さそうです。 櫻木沙友理から助言を得ていた。 映像化に関し原作者のとるべき行動は、 契約書に署名捺印するかしないか、その二択しかないと。 いったん契約を交わしてしまったら、邦画にありがちな安っぽく陳腐な演出になろうとも、 薄幸の主人公を演じる女優が宣伝のためテレビに出演してはしゃごうとも、 映画に似つかわしくないハードロックのテーマ曲をあてがわれようとも、 いっさい文句は言えない。 すべてを許せる神のような心境にならないかぎり、 映像化の要請に応じてはならない。(p.77)これは、『十六夜月』が映画化・テレビドラマ化されるとの情報を得た舛岡が、樫宮美玲のキャスティングをプッシュしようと接近してきた際に、李奈が言った言葉。一見すると、李奈の世界に生きる櫻木沙友理の考えが述べられているように思えますが、ひょっとすると、これもまた白濱瑠璃が書き表したものなのかもしれません。ただ、いずれにせよ、これまで多数の作品が映像化されてきた松岡さんの思いが、強く滲み出ているような気はします。 『十六夜月』が売れて以降、読者が趣味でない人からもサインを求められるようになった。 差しだされた『十六夜月』にブックオフの値札が貼ってあることもめずらしくない。 ほかにもにっこり笑いながら、図書館で順番まちなのでまだ読んでません、 そんなふうにいってくる人もいる。 いずれも著者がどう思うか、想像がつかない相手の心理に、むしろびっくりさせられる。 断固として買わない気ですかと心のなかで突っ込みたくなる。(p.165)これは、ようやくヒット作を生み出した李奈の現在の思いが書き記された部分。この『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論』シリーズでは、同じような内容のことが、これまでにも何度か書かれていたように思います。やはり書き手である、松岡さんの思いが強く滲み出ていると感じました。 「世間が村上春樹をどうとらえてるか知ってます? なんか知的で崇高な本だと思いこんでる。 『ノルウェイの森』とか『1Q84』とかも、 大ベストセラーではあっても国民全体からすれば、読んだ人はごく一部で、 みんなが知っているのは題名だけ。 じつは露骨な性描写だらけなのに」(p.24)これは、李奈の最も親交が深い同世代の作家・那覇優佳子の言葉。李奈が生きる世界のなかでの言葉ですが、松岡さんもこのように受け止めている? 「松岡某ってのはいないんだよ。 東映の八手三郎と同じく共同ペンネームみたいなもんでね。 でなきゃ毎月だせるはずがない」 瑠璃が鼻を鳴らした。 「『八月十五日に吹く風』と『万能鑑定士Q』がおんなじ作者のはずがないよね。 Qシリーズは莉子さんの旦那さんの著書でしょ」(p.279)これは、李奈とやりとりするKADOKAWAの編集者・菊池と瑠璃の言葉。もう、このあたりになると、何が何だか訳が分からなくなってきました。「でなきゃ毎月だせるはずがない」は、全くその通りだと思うし……取り敢えず、これまで未読だった『八月十五日に吹く風』は、読んでみようと思います。
2023.12.02
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先日『復讐の協奏曲』を読んで、その主人公・御子柴礼司に衝撃を受け、 彼のことをより詳しく知るため、シリーズ開始巻である本著を手にすることに。 期待通り、そこには園部信一郎が佐原みどりを殺害した際に抱いていた感情や、 事件後の逮捕、鑑別、審判、医療少年院送致に至る経緯が記されていました。 少年院では、島津さゆりが弾くピアノにより眠っていた感情が覚醒したものの、 将来は弁護士になりたいと語っていた、最も親しかった隣室の嘘崎雷也が自死、 教官・稲見を半身不随にしてまでその脱走を幇助した夏本次郎も事故死してしまいます。 その時、稲見が突きつけた言葉が、御子柴のその後の生き方を決定付けたのでした。 後悔なんかするな。悔いたところで過去は修復できない。 謝罪もするな。いくら謝っても失われた命が戻る訳じゃない。 その代わり、犯した罪の埋め合わせをしろ。 いいか、理由はどうあれ、人一人殺めたらそいつはもう外道だ。 法律が赦しても世間が忘れても、それは変わらない。 その外道が人に戻るには償い続けるしかないんだ。 死んだ人間の分まで懸命に生きろ。 決して楽な道を選ぶな。 傷だらけになって汚泥の中を這いずり回り、悩んで、迷って、苦しめ。 自分の中にいる獣から目を背けずに絶えず闘え(中略) 自分以外の弱い者のために闘え。 奈落から手を伸ばしている者を救い上げろ。 それを繰り返して、やっとお前は罪を償ったことになるんだ(p.276)そして今回、御子柴が国選弁護人として担当したのは、東條美津子の上告審。彼女の夫で製材所を経営する彰一は、落下してきた積荷の木材が頭部に当たって入院後に死亡。ところが、事故の10日前に彰一が多額の保険に入っていたことから、美津子が人工呼吸器を意図的に遮断した疑いで逮捕され、一審・二審ともに敗訴していました。そこに、先天性脳性麻痺を抱える息子・幹也や、この事件を追うフリーライターの加賀谷竜次、さらには、加賀谷の変死を捜査する埼玉県警捜査一課の渡瀬と古手川和也も絡んできて、二転三転する状況に、読者は事件の全貌について全く見当がつかぬまま振り回され続けます。そして、最後の最後に安武里美による御子柴への一撃。コラムニスト・加山二三郎さんによる巻末の「解説」も素晴らしく、渡瀬や古手川らが『連続殺人鬼カエル男』にも登場していたことや、御子柴誕生の背景に「高校生首切り殺人事件」があることも、それで知りました。『心にナイフをしのばせて』はまだ読めていなかったので、そのうち読もうと思います。
2023.11.25
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雛女の序列を決めるための中間審査である鑚仰礼。 金淑妃・麗雅や藍徳妃・芳林は、自家の序列を上げるべく陰謀を企て、 雛女である金清佳や藍芳春にも、黄玲琳を引きずり落すよう圧をかける。 初の儀が始まると、玲琳は水白粉が異物と入れ替わっていることに気付く。 さらに、控えの場の巨大な天幕の柱が倒れ、慧月と共にその下敷きに。 玲琳は慧月を庇い足を負傷するが、最後まで務めを果たし、淑妃と徳妃を牽制するのだった。中の儀では、慧月が詩を書き連ねた宣紙が炎上、祈祷師に窮地に追い込まれるも、玲琳が氷の張る泉の中に身を浸してその宣紙を拾い上げ、事を納めることに成功。しかし、慧月は怒りを爆発させ玲琳を執拗に罵倒、その場から立ち去ってしまう。金家や藍家の策略によって玲琳はさらに平静を失い、慧月との距離は開いたまま。冬雪や莉莉は、主人たちの喧嘩を納めようと東奔西走、尭明と景行・景彰兄弟にも協力を仰ぐ。一方、玄歌吹は、賢妃・玄傲雪の制止を振り切って、姉・舞照を陥れた炎尋の儀の真実や、姉が命を失った直接原因である薬草・霊麻の不足を引き起こした人物を探り続ける。そして、玲琳のいる四阿を訪れた際、玲琳が当時から霊麻を豊富に所有していたことを知ると、すりこぎで玲琳のこめかみのあたりを強打、古井戸の中に放り込んだのだった。炎術で玲琳と繋がり、その窮状を知った慧月は、冬雪らと共にその居場所に辿り着くと、瀕死の玲琳の体と自身の体とを入れ替え、玲琳らにその体を引き上げてもらったのだった。 *** 「筋違いのことで怒られたから不快だったんじゃない。 友達に怒られて悲しかったんです。 空回りして悔しかったんじゃない。 思いが伝わらなくて、悲しかったんですよ。」(p.264)これは、莉莉が玲琳に語った言葉。そして次は、尭明が慧月に語った言葉。 「自分が無力なせいで、相手を危険に晒してしまう。 そのことに惨めさを感じるのは、本当なら自分が相手を助けたいと願うからだ。 そしてそれが叶わぬ状況に、罪悪感を抱くから」(p.303)いよいよ、慧月の体と入れ替わった玲琳の反撃が始まります。次巻では様々な謎が明らかになり、陰謀を企てた人々に天罰が下ることでしょう。
2023.11.19
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予備知識なしで、初めてこのシリーズを、いきなり最新刊で読み始めたため、 プロローグの段階で、相当な衝撃を受ることになってしまいました。 それは、冒頭の幼女殺害事件が、あの少年Aの事件を彷彿とさせるものであり、 その犯人が、本シリーズの主人公である弁護士・御子柴礼司だったからです。 ***<この国のジャスティス>というブログ主の呼びかけにより、御子柴に対する懲戒請求書が大量に届き始めたことを受け、御子柴は、懲戒請求者全員に名誉棄損と業務妨害で損害賠償を請求することに。以後、和解についての電話が事務所へ掛かり始めるが、中には事務員・日下部洋子を脅す者も。そして、洋子は外資系コンサルタント・知原徹矢殺害の容疑者として逮捕されてしまう。洋子を弁護することになった御子柴は、知原と洋子が食事をしたフレンチレストランや知原が勤務していたオフィスを訪ねて回るうち、何者かにハンマーで襲われてしまう。さらに、洋子の家族関係を探る中で、彼女が自らが殺めた幼女と友人であったことを知る。 ***残り30頁を切ったところで、ようやく洋子を被告人とする裁判の第2回の公判が始まり、ここから怒涛の如く、次々に真実が明らかになっていく様は圧巻で、流石は七里さん!津田倫子や佐原成美について知るためにも、シリーズ既刊を読んだ方がよさそうですね。それでは最後に、本著で最も印象に残った箇所を紹介します。 体制を批判し、政治家の失言と芸能人の下半身事情を拾い集め、 児童の事故対応について学校関係者を責め立てる。 どれもこれも新聞の売り上げ、 視聴率のアップには欠かすことのできない正義です。(p.299)
2023.11.12
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同名の映画が公開され、話題になった頃に購入したのですが、 読了までに随分時間がかかってしまいました。 人のものの見方や価値観が移り変わるものであるということや、 「不易と流行」ということについて考えさせられる一冊でした。 「汝自身を知れ」とか、「己を省みよ」とか、こういう文句には、 考えてみると小学校以来、もう何度お目にかかってきたことか知れません。 もういい加減古臭い感じがして、どこかでこんな文句にお目にかかっても、 ああ、またあれか、というぐらいな気持ちしか起こらなくなっています。 そして、その文句の言葉どおりの意味なら、コペル君も、とうに知っていました。(中略) しかし、言葉だけの意味を知ることと、 その言葉によってあらわされている真理をつかむこととは、別なことでした。(p.272)巻末の著者・吉野源三郎氏による「作品について」には、この作品が、盧溝橋事件が発生した昭和12年7月に発行されたことや、山本有三編纂『日本少国民文庫』全16巻の最終配本、倫理を扱う一冊として、病気で執筆不能となった山本氏に代わり、著者が執筆した経緯が記されています。また、丸山真男氏にによる「『君たちはどう生きるか』をめぐる回想」も、この作品が書かれた背景や、その持つ意味合いを理解するうえで、とても貴重なものでした。 地動説への転換は、もうすんでしまって当たり前になった事実ではなくて、 私達ひとりひとりが、不断にこれから努力して行かねばならない きわめて困難な課題なのです。 そうでなかったら、どうして自分や、自分が同一化している集団や「くに」を中心に 世の中がまわっているような認識から、 文明国民でさえ今日も容易に脱却できないでいるのでしょうか。 つまり、世界の「客観的」認識というのは、 どこまで行っても私達の「主観」の側のあり方の問題であり、 主体の利害、主体の責任とわかちがたく結びあわされている、ということ- その意味でまさしく私達が「どう生きるか」が問われているのだ、 ということを、著者はコペルニクスの「学説」に託して説こうとしたわけです。(p.317)
2023.11.05
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『優莉凜香 高校事変 劃篇』、『優莉結衣 高校事変 劃篇』に続く 『高校事変』のスピンオフ第3弾。 『高校事変』で言うと『15』の前に当たる時期を描いたお話で、 優莉匡太の七女・伊桜里の名をタイトルに掲げる一冊。 ***5歳で児童福祉施設に一時保護された後、里親に引き取られて養子縁組を結んだ伊桜里。しかし、家庭では母親から虐待を受け、学校でもいじめられ暴行を受ける日々が続いていた。中学3年生になった伊桜里は、自ら命を絶つことを決意するが、それを救ったのは結衣。以後、伊桜里は結衣の効率的な指導により様々な生き抜く術を身につけていく。その頃、EL累次体からの度重なる過剰要求に業を煮やした武井戸建設は、独立を決意。EL累次体の一員に渡す上納金にC4爆弾を仕込み、受け子として潜入してきた伊桜里に運ばせる。途中で伊桜里の行方を見失った結衣は、智沙子になりすまして武井戸建設に乗り込んだ後、篤志が操縦するヘリで伊桜里がいる山中へと向かい救出に成功、EL累次体の志鎌と対峙する。 ***今巻には、日本国内のベトナム人裏社会を牛耳ってきたディエン・チ・ナムや警視庁捜査一課の坂東、スマ・リサーチ社の玲奈&桐嶋らが登場。さらに、伊桜里は中学校卒業後に凜香や瑠那が通う日暮里高校への進学を希望しており、今後、『高校事変』本編でも絡んでくることは間違いなさそうですね。
2023.11.05
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盲目の少女とその母の愛に満ち溢れたお話、と思いきや…… この先、どうやって生きていけばいいのだろう。 クロウタドリは歌うのをやめ、 とわの庭の友人たちも、完全に口を噤んでしまった。 それに母さんは、もう二度とここへは帰らないだろう。 あの揺れが、わたしにそのことを教えてくれた。 わたしは、決定的な事実を突きつけられた。(p.128)裸足のまま、扉を開けて、外へと出たとわは、自分の足で、ゆっくりと前へ歩き始める。児童養護施設に保護されてスズちゃんと出会い、自身の出自や母親、二人の兄、オットさんのことも明らかに。そして、田中十和子として、グループホームから1年間特別支援学校に通った後、自立支援ホームでの暮らしを経て自分の家へと戻ることに。そこでは盲導犬・ジョイとの生活が始まり、ピアニストのシミズマリや付き添いボランティアのリヒト、思い出の写真館の店主らとの出会いが待っていました。とっても小川糸さんらしい作品、でした。
2023.10.29
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「漢方薬局てんぐさ堂の事件簿」シリーズがスタート。 「薬剤師・毒島花織の名推理」シリーズ(4)に登場するやいなや、 圧倒的存在感を示した花織の元同僚・宇月啓介(36)がメインキャラを務めます。 爽太に当たるポジションを務めるのは、てんぐさ堂専務・天草奈津美(27)。 ***第1話「漢方薬入門」では、出版社に勤務し、編集の仕事に携わる加納有紀(32)が、男性作家から『大麻解禁が日本を救う・超高齢社会への処方箋』の企画を受け取った後、てんぐさ堂に立ち寄って、宇月から漢方薬に関する基本的な知識を指南してもらいます。しかし、彼女が手にした企画資料の中には、大麻が入った茶封筒がはさまれていました。 第2話「夏梅の実る頃」では、70歳を過ぎた箕輪京子がドングリが苦手な理由を宇月に吐露。それは、かつて祖父の病気に効くと手渡されたお菓子の空き箱の中に、大量のドングリと共に小さな黒い虫が入っていたからでしたが、彼女はそれが悪戯だったと言い切れないと言います。宇月は、それがドングリではなくマタタビであったことと共に、京子の記憶違いにも気付きます。第3話「ノーテイスト・ノーライフ」では、匂いと味を感じなくなった大久保友梨亜(23)が、てんぐさ堂で処方された漢方薬を飲み始めるも、リコリス菓子も食べるようになっていきます。そのことを本人から聞かされながら、宇月に指摘されるまで危険性に気付けなかった奈津美は、宇月と共に友梨亜の家へとタクシーで向かったのでした。第4話「長男の務め」は、宇月のカウンセリングを受けた川島浩一郎(57)が、実家で一人暮らしをする父親の介護や遺言状を巡って弟妹と対立するお話。父親から自身の認知機能が進んだ時には、長男の務めを果たすよう言われた川島に、宇月は、今の時代の長男の務めについて助言したのでした。 ***シリーズのスタートということもあって、今巻は、宇月が大学生の頃に同級生の恋人に毒を飲まされて体の一部に麻痺が残った経緯や、奈津美の祖父がてんぐさ堂を開局してから、現在に至るまでの紆余曲折も記されています。武史がてんぐさ堂に復帰、奈津美が薬剤師の国家試験にまた挑戦する日は訪れるのでしょうか?
2023.10.29
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数多くの文豪が代表作を発表してきた文芸一筋の老舗・鳳雛社(ほうすうしゃ)。 その編集者・岡田眞博から執筆依頼を受けた李奈は、純文学に挑戦することに。 しかし、提出した『十六夜月』の原稿は、物語の終盤を変更するよう求められる。 やり手の副編集長・宗武義男が、喪失を描く結末を望んでいると言うのだ。 鳳雛社はここ数年ミリオンセラーを連発していたが、 その大半が、主人公が死んで幕を閉じるお話。 あらゆる文学賞を総なめにした最新ミリオンセラー・飯星佑一の『涙よ海になれ』も同様で、 自作の結末変更について譲ることが出来ない李奈は、鳳雛社での出版を断念する。そんな李奈に、宗武は小説『インタラプト』の元原稿を渡し、続きを執筆するよう依頼。それは、鳳雛社文芸第一部を舞台とするノンフィクションで、岡田が暴走する様が記されていた。李奈は、宗武の依頼には乗り気でなかったものの、岡田と飯星の間に起こったことが気になり、関係者たちを訪ね、『インタラプト』に記されていた内容について取材を進めていく。やがて、飯星の新作原稿データを盗みだした岡田が警察に連行されたものの、PCは初期化され、李奈たちが見つけたSDカードやUSBメモリも破壊されてしまっていた。飯星がデータ復元会社にPCを持ち込む最中、警察からの電話を受けた宗武は車を走らせるが、ガードレールを突き破って河川敷へと転落してしまうのだった。 ***宗武の行方は不明のまま、そこに、ちびっこ速読会でのトラブルやアパートの賃貸問題等が絡んで、事件は混沌としていきます。しかし、最後には李奈が次々に事の真相を明らかにしていくことに。 「竹芝までは電車で2時間かかったんですよ。クルマでもそれより早くは着けません」 「じつはウイングスーツでムササビのように飛ぶ競技のアスリートではないですか? それなら竹芝まで時速300キロで8分……」(p.225)これは、自身のアリバイについて述べる飯星に対し、『インタラプト』の元原稿を書いた白濱瑠璃が問い返した場面。『高校事変Ⅱ』で、結衣が横浜ランドマークタワーからダイビングしたことを想起させる言葉に、松岡作品の愛読者なら、思わずにんまりしてしまうシーンでした。 「抵抗の意志は純文学以外のジャンルにひろがったんです。 人の死なないミステリが同時多発的に生まれました。 すべてが定石とは逆。どれも本業の探偵ではない、男性ではなく女性が主人公で、 犯罪捜査以外の知識を発揮し、誰ひとり命を落とさない世界での推理劇を描いた」(p.269)本著の副題は「人の死なないミステリ」。Qシリーズのキャッチフレーズは「面白くて知恵がつく 人の死なないミステリ」。p.268から李奈が語る、平成10年代前半以降のブームについての言葉には、色々なことが思い出され、「そうだったのか」と納得させられました。
2023.10.22
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どんなお話か全く知らないまま読み始めました。 スタートは、タイトルに即したお話から始まりましたが、 しばらくすると、全く予想していなかった展開に。 主人公は小学校教員となり、やがて学級崩壊に苦悩する状況に陥ります。 校内の誰にも相談できず、気付いてもらえず(本当は気付いていたでしょう)、 高校教員である夫にも、相談できず、気付いてもらえず、まさに最悪のパターン。 夫が気付かなかった理由は、後半で明らかとなり、色々と納得させられますが、 主人公に対しては「よく踏みとどまった」と共に「何でそうなるの?」という思い。子供が生まれないこと、いないことに対し、家族や世間からプレッシャーを受けながら、夫婦が子供を産もうと努力を重ね、遂に断念していく過程は、本当に痛々しいもの。さらには、夫までも精神科へ通うこととなり、主人公は自らの体験を生かしそれを支えます。そんな中、母親の態度が穏やかになっていったことだけが救いでした。
2023.10.15
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パリ8区にある小規模なオークション会社に勤務しながら ゴッホとゴーギャンを中心に19世紀のフランス絵画史研究を続ける高遠冴。 そこに50代の女性が現れ、ゴッホを撃ち抜いたという一丁の拳銃を持ち込むと、 その真贋を明らかにすべく、冴はゴッホに関わる場所を次々に訪れることに。 ***本作は、オーヴェールの畑で見つかったリボルバーとゴッホ他殺説を主軸に据え、ゴッホとゴーギャン、さらにゴッホの弟・テオとの交流の日々を丁寧に描きつつ、そこにタヒチの少女を絡めることで、極上のミステリーに仕上げています。最後に明かされる、このお話の鍵を握っていた人物には、誰もが驚かされることでしょう。ゴッホとテオの二人は、『たゆたえども沈まず』でも描かれていましたが、本作では、そこにゴーギャンが加わることで、より立体的な仕上がりになっています。
2023.10.15
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『TVアニメ放送開始! 2023年10月21日より日本テレビ系にてOA』 帯に踊る文字に、否が応でも期待が高まります。 しかしながら、放送開始時刻は何と25:05! さらに、初回3話一挙放送とのことですので、心してその時に備えましょう。 ***燕燕は、姚に趣味の悪い恋文をよこしてきた男に対し、迷惑行為をやめるよう直談判すべく猫猫を誘って、皇帝に一文字賜った一族同士が集う名持ちの会合へと向かいます。恋文の送り主は辰の一族の男で、その一族は40年ほど前に家宝がなくなったことにより、里樹元妃の実家・卯の一族と先代当主同士が大喧嘩をし、以来不仲となっていました。猫猫は、両家を仲直りさせ、卯の一族の力を回復させようと目論む羅半と共に密談部屋に入り、消えた家宝について説明する辰の一族の大奥様に、事の真相を吐露させることに成功します。すると、羅半の合図で卯の一族の当主が現れ、辰の大奥様に黄金の龍の置物を返却。遅れて宴会場に現れた恋文男は、羅半兄との決闘に敗れ、姚のことを諦めることになりました。一方、卯の一族の当主に馬閃を紹介したい麻美は、猫猫に里樹の後宮での様子を語らせた上で、当主に縁談を持ち掛けますが、当主は卯の一族の現在の苦境を仄めかせ、即答を避けたのでした。名持ちの会合を終えた猫猫を、次に待ち受けていたのは緑青館の強盗騒ぎ。女華の部屋にあった組木細工のからくり箱が盗まれましたが、翡翠牌は無事でした。猫猫は緑青館のあちこちを見て回り、盗人と共謀したのが梓琳姉だと見抜きます。そして、女華から預かった翡翠牌を壬氏に見せ、本来の持ち主を調べてもらうことに。猫猫が新たに配属された武官の修練場近くの医務室には、最近多くの怪我人が訪れるように。その背景には、皇后派と皇太后派の派閥争いがありました。猫猫は、恋文男・憂炎と決闘して怪我を負わせた馬閃に事情を聞くため修練場に行った後、新人官女・妤の求めで花街へと同行し、彼女に疱瘡の処置をした克用との再会に立ち会います。さらに、皇太后派の若者が集う狩猟場に、李医官、天祐と共に出向くと、そこで壬氏に遭遇。壬氏から翡翠牌が元皇族で伝説の医者である『華陀』の物だと考えられると知らされます。壬氏は、猫猫から天祐も華陀の末裔で、彼の故郷がこの周辺であると教えられると翡翠牌の半分を所持していた天祐の父を、賊として排除しようとしていた憂炎を一刀両断。その後、天祐の父が、翡翠牌が二つに割られた経緯や『華陀の書』の隠し場所について語ると、猫猫がその家宝の在処に見当をつけ、無事見つけ出すことに成功したのでした。一方、雀は今回の若い武官たちの一連の動きを誘導したのが卯純であると見抜き、修練場で本人にそのことを確認すると、自分の後継者になるよう持ち掛けたのでした。
2023.10.08
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2年前の2009年にリリースされた「スピラ」という名のSNS。 それを運営する株式会社スピラリンクスが、満を持して新卒総合職の採用を開始、 初任給50万円ということもあって、採用枠若干名に5000人超が応募。 最終選考のグループディスカッションは、1か月後の4月27日に行われることに。 九賀蒼汰(慶応大)、袴田亮(明治大)、矢代つばさ(お茶の水女子大)、 嶌衣織(早稲田大)、波多野祥吾(立教大)、そして森久保公彦(一橋大)の6人は、 当初、全員内定もあり得るので今後1カ月で最高のチームを作り上げるよう求められるが、 その後、議論の中で選出された1名だけに内定を出すことに変更になったと通知される。最終選考当日、6人は2時間30分のディスカッションの冒頭と以後30分ごとに計6回投票し、得票数合計が最多の者を内定者とすることで合意するが、途中で白い封筒の存在に気付く。封筒の中には、参加する6名が個々に用いることを指定した少し小さな封筒が入っていたが、その小さな封筒の中には、6名個々にとってそれぞれに不都合な情報が記されていた。他人に知られたくない過去の秘密が次々に暴露されていき、それは投票結果を大きく左右。そして2時間30分後、一人の内定者が選出されたのだった。2019年、スピラリンクスに勤務するその人物は、封筒の犯人を改めて捜し始める。その中で、思いもよらなかった事実が次第に明らかになっていくのだった。 ***巻末の瀧井朝世さんによる「解説」が秀逸。 他者の言動のひとつをピックアップして、 その表面だけを見てジャッジすることなんてできない、 ということを体感したのではないか。 翻って考えてみると、私たちは日々、たとえばSNSで偶然見かけた人に対し、 じっくりと検証することなく「どう評価するか」、 もっというならば、「その人を信頼するか」「その人を否定するか」を 決めてはいないだろうか。 しかし人間は、すべてが善良で正しい人と すべてが極悪で間違っている人に振り分けられるわけではないのだ。(p.356)映画化が決定したとのことですが、この作品は「叙述トリック」を用いた作品なので、そのあたりをどのようにするのかも見ものですね。
2023.10.07
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久し振りに亜樹凪が復学した日暮里高校2学期始業式に、爆破予告声明文が届く。 しかし、瑠那と凜香、蓮實により起爆は阻止され、故尾原文科大臣の画策は失敗。 これを受け、EL累次体の主要メンバーとなった藤蔭覚造新文科大臣は、 JAXAの国産ロケット打ち上げを利用し瑠那と凜香の抹殺を謀るが、これも失敗。 するとEL累次体は、産業スパイとみられる中国系正社員エンジニアの身柄を拘束。 中国連合参謀部参謀長ハン・シャウテンと共謀し、核爆弾搭載人工衛星の制御力奪取を目指す。 さらに、日暮里高校の防災訓練を利用して全生徒と教員、そして凜香と蓮實の拘束にも成功。 神社や自宅まで焼失させられてしまった瑠那の前に結衣が現れ、「究極の細菌兵器」を託す。 *** 瑠那は足をとめ振りかえった。 五十代前半、丸々と太った米熊亮平教諭が、メガネを曇らせながら駆けてきた。 用件なら見当がつく。瑠那は戸惑いがちに挨拶した。 「どうも。米熊先生……」 「こんな日に済まない。入部の件、考えてくれたかな」 「いえ……。きょうはいろいろ慌ただしかったので」 凜香が聞いた。 「米熊先生って、演劇部の顧問だろ?」(p.56)何気ない高校生活の一コマかと思われたこのシーンですが、実に重要な意味を持っていました。 教職員のひとりが女子生徒の死体に駆け寄った。 中年の男性教師は横たわる女子生徒の脈をとった。 血の気が引いた顔で教師がつぶやいた。 「ほんとうに死んでいる……」 ざわっとした驚きがひろがるなか、男性教師も発症した。 嘔吐のように濁った声を発し、肺に溜まった血を床に撒き散らした。(p.314)この瑠那の仕込みが、核戦争勃発阻止に繋がっていきます。もちろん、人工衛星のエンジニアと互角にやりとりする超人的能力あってのことですが。それにしても、結衣が活躍するシーンがだんだん増えてきましたね。これから、ますます楽しみです。
2023.10.07
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表題作の他、5つのお話から成る短篇集。 しかし、読み始めると「これ、本当に伊坂さん?」というのが第一印象。 短篇だから? それとも意図的にいつもと違う書きぶりをしている? その真相は、巻末のや「文庫化記念インタビュー」で明らかに。 ***「逆ソクラテス」。面白いタイトルだなと思っていたら、実はかなり意味深長。 「草壁、それは違う、 さっきも言ったように、 ソクラテスさんは、自分が完全じゃないと知っていたんだから。 久留米先生は、その反対だよ。逆」(p.33)これは、小学6年生の安斎が同じクラスの草壁に言った言葉。久留米先生は、安斎たちのクラスの担任です。そして、安斎は、これも同じクラスの加賀にこんなことも言っています。 「あるよ。だって加賀のお父さんが情けないかどうかは、 人それぞれが感じることで、誰かが決められることじゃないんだ。 『加賀の親父は無職だ』とは言えるけど、『情けないかどうか』は分からない。 だから、ちゃんと表明するんだ。僕は、そうは思わない、って。 君の思うことは、他の人に決めることはできないんだから」(p.26)さらに続けて 「久留米先生はその典型だよ」(中略) 「自分が正しいと信じている。 ものごとを決めつけて、それをみんなにも押し付けようとしているんだ。 わざとなのか、無意識なのか分からないけれど。 それで、クラスのみんなは、久留米先生の考えに影響を受けるし、 ほら、草壁のことだって、 久留米先生が、『ダサい』とラベルを貼ったことがきっかけで」そして、安斎の「久留米先生の先入観を崩してやろうよ」の言葉を契機にして、小学6年生たちが行動を開始し、後に一人のプロ野球選手を生むことへと繋がっていくのです。一人の教員が全教科を教える学級担任制、その学級担任の影響力の計り知れない大きさに、今更ながら気付かされると共に、担任の先生方には反面教師として欲しいお話でした。「逆ワシントン」の中で、謙介の母親が、姉のクラスで語った言葉(p.270~273)もスゴイです。ぜひ、ご一読を!
2023.09.27
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前巻を受けての、南領を舞台とするお話の締めくくり。 玲琳と入れ替わった慧月は、尭明に命じられた茶会を敢行。 芳春は、慧月を陥れようと、他家の雛女たちに巧みに言葉を連ねますが、 慧月はその言葉を逆手に取り、他家の雛女たちの認識を改めさせることに成功。 茶会後、慧月は尭明から今回の事件の真相を聞かされ、共に邑へと向かいます。 その頃、玲琳は、瀕死の重傷を負った雲嵐を必死に治療していました。 途中、彼女にしては珍しく挫けてしまい、危うい行為に及ぼうとしかけます。 しかし、辰宇や尭明に押しとどめらるうちに、雲嵐が意識を取り戻したのでした。江氏や林煕が邑に辿り着くと、そこでは予想外の光景が繰り広げられていました。慧月が舞い、邑の女たちが田植え歌を紡ぎ、尭明が豊穣祭の執行を宣言。そして、皆の前で江氏の悪行が次々に暴かれると、彼には天罰が下ります。さらに、尭明は林煕に、今回の件は既に藍家当主に伝達済みだと知らせたのでした。そして、舞台は雛宮へ。玲琳と芳春のその場が凍りつくような舌戦を、慧月がハラハラしながら見守ります。やがて、二人は本性をあらわにして言葉をぶつけ合い、慧月もそこに引きずり込まれ……双方とも一歩も譲ることなく、今回のバトルは終了。 ***絹秀が亡き妹・静秀に語りかけた「最高だな、おまえの娘は」に続く「-そして、最低だ」の声が、とても気になります。そして、特別編「微笑と予言」も、景彰の心の葛藤が丁寧に描かれたものでした。著者の感情を細やかに描き上げていく筆力には、感心させられます。
2023.09.08
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尭明に慧月との入れ替わりを気付かれてしまい、 今後、入れ替わりを見抜かれたら、彼の雛女であり続けることを約束した玲琳。 豊穣祭の開催地となった朱家の治める南領に、皇族や雛女たちと共に赴きますが、 そこで発生した悶着を機に、思いもよらずまた慧月と入れ替わってしまうことに。 そのことで慧月は危機を脱したものの、玲琳は賤民に攫われてしまいます。 しかし、兄・景行と共に邑(むら)で農作業に精を出し、さらに辰宇の支援も受けながら、 玲琳は自らを攫った前頭領の息子・雲嵐たちの心を徐々に開かせていくのでした。 ところが、玲琳たちが禍森で猪狩りをした後、邑人が痢病で次々に倒れ始めます。玲琳たちは寝食を忘れて看病に当たり、雲嵐は一人で郷長のもとに出向き邑の窮状を訴えます。ところが、この痢病は藍家の指示で郷長・江氏が引き起こしたものでした。林煕(りんき)たちに深手を負わされながらも、雲嵐は邑に危機が迫っていることを伝えます。その頃、慧月は自らを陥れようとする藍家の雛女・芳春の言葉に絶句していました。 ***今巻は、玲琳がメンタル面だけではなく、身体能力の高さまで見せつけてくれました。一方、慧月も少しずつ成長していきそうな兆しが。最後のページに至っても、南領を舞台とするお話は終結を迎えず、雛宮における五家の権力闘争が露わなものとなってきたところで、次巻へと続くことに。
2023.08.27
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『思い出が消えないうちに』に続くシリーズ第4弾。 ただし、舞台は『コーヒーが冷めないうちに』の翌年という設定で、 シリーズ第3弾『思い出が消えないうちに』はもちろん、 シリーズ第2弾『この嘘がばれないうちに』よりも昔のお話です。 *** 第一話『「大事なことを伝えていなかった夫の話』は、考古学者で冒険家の男が、事故で脳に障害を負って植物状態となっている妻に、伝え忘れたことを伝えるため、過去に戻るお話。第二話『愛犬にさよならが言えなかった女の話』は、自分が寝たせいで愛犬の最期を看取ることが出来なかったと激しく後悔する女が、過去へと戻り、自分が知らなかった愛犬の行動について夫から知らされるお話。第三話『プロポーズの返事ができなかった女の話』は、男からの求婚を受け入れることが出来ず、その後突然フラれてしまった女が、男の訃報に接し、その本心はどんなものだったのかを確かめるため、過去に戻るというお話。第四話『父を追い返してしまった娘の話』は、宮城県から訪ね来た父親に悪態をつき追い返した娘が、東日本大震災で父親を失ったものの、過去に戻って父親と語り合うことで、自らの幸せへと歩み始めるというお話。 ***お話の中には、『コーヒーが冷めないうちに』に登場した清川二美子や竹高奈々が登場。二人がどんなキャラクターなのかを知れば、今回のお話をより楽しめることでしょう。そして、シリーズ第5弾『やさしさを忘れぬうちに』も既に刊行されているので、また機会を見つけ、読んでみようと思っています。
2023.08.26
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理不尽な理由で辞めさせられた会社への侵入、器物損壊、窃盗未遂で逮捕され、 送検、起訴を待つばかりの身となった直井玲斗を釈放してくれたのは、 亡くなった母の義姉で、ヤナッツ・コーポレーション顧問の柳澤千舟。 その際、伯母が提示した条件は、「クスノキの番人」をすることでした。 玲斗は、満月と新月の夜の前後に、月郷神社の奥に鎮座するクスノキへと、 祈念のためやって来る人たちへの対応を始めます。 そしてある夜、クスノキにやって来た佐治寿明の後を、こっそりつけてきたのが娘の優美。 父の外出や不審な行動について明らかにしようと、玲斗に協力を求めてきます。その後、佐治寿明の兄・喜久夫が、5年前にクスノキを訪れていたことに気付いた玲斗は、優美と共に喜久夫が入所していた介護施設を訪ねますが、これといった情報は得られず、寿明がクスノキで祈念する様子を盗聴しようとしますが、すぐに見つかってしまいます。しかし、二人からここに至った経緯を聞かされた寿明は、事の真相を話し始めたのでした。一方、クスノキを訪れていた和菓子メーカー『たくみや本舗』会長・大場藤一郎が亡くなると、今度は、その息子・大場壮貴が、新たにクスノキを訪ねてくるようになりました。祈念が上手くいかない壮貴は、祈念が失敗した際のルールについて玲斗に尋ねると共に、自身が直面している『たくみや本舗』の後継者争いについて話し始めます。他方、玲斗は柳澤グループ謝恩会で、箱根の『ホテル柳澤』が閉鎖されると知り、後日、千舟と共にそこを訪れた際に、総支配人・桑原に閉鎖の理由を尋ねます。さらに後日、千舟の指示で『ヤナッツホテル渋谷』に宿泊することになった玲斗は、千舟と現在の代表取締役・柳澤将和との理念の違いに気付くのでした。その後、兄・喜久夫がクスノキに預念したピアノ曲は、弟・寿明を経て、その娘・優美が受念し、それを楽譜に再現した岡崎実奈子が、兄弟の母親が入居する介護施設で披露します。そして、玲斗から壮貴へのアドバイスで、『たくみや本舗』の後継者問題も一気に解決。さらに、玲斗の名演説により、『ホテル柳澤』の存続は改めて協議することになったのでした。 ***千舟の手帳に秘められた事実が、私にとってはかなりの衝撃でした。でも、本人にとっても周囲にとっても、切実な問題ですよね。このお話も、やがて映画化されることになるのでしょうが、私のイメージとしては、玲斗は菅田将暉さんです。
2023.08.20
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前巻を受け、まずは、玲琳付の筆頭女官・黄冬雪が、 玲琳と慧月の入れ替わりに気付いた時の状況を振り返り。 その後、お話は皇后・絹秀の雛宮時代を舞台をするものへと大転換し、 問題児・絹秀と『殿下の芙蓉』と称えられていた朱雅媚との関係が描かれます。 皇后には、優美にして慈愛深き朱雅媚を。 貴妃には闊達で華やかな金麗雅を、淑妃には藍芳林、徳妃には玄傲雪、 そして最下位の賢妃に、妃としての栄華を望まない黄絹秀を。 5人の未来の序列は、誰の目にも明らかで、 それがかえって雛宮に平和をもたらした。(p.072)しかし、伝染病に罹患した皇太子を、絹秀が我が身をかえりみず看病したことで形勢は逆転。その数か月後、皇太子が帝位を引き継いだ際、絹秀が皇后の座に就くことになりました。さらに、雅媚は皇子を儲けながらも死産、一方の絹秀は尭明を産んだことが発端となって、今回の入れ替わりが起こり、皇后・絹秀が床に臥せる事態へと繋がっていったのです。その後は、玲琳と慧月が協力して、絹秀の危機を救うべく、『蟲毒(こどく)』に立ち向かう姿が描かれていきます。さらに、入れ替わりの事実に気付いた尭明と辰宇の異母兄弟が、玲琳を巡って弓で競い合う姿も描かれます。
2023.08.16
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婚姻前の子女である雛女(ひめ)を集め、次期妃育成を行う雛宮(すうぐう)。 ここへ入内を許されるのは、東領を司る藍家、西領を司る金家、北領を司る玄家、 南領を司る朱家、直轄領を司る黄家の五家と縁のある女のみ。 五家から送り込まれた5人の姫君が、皇后と4夫人の座を巡って競い合います。 その中で、誰の目にも次期皇后にふさわしいとされていたのが、15歳の黄玲琳。 病弱でありながらも純真さを保つ玲琳は、現在の皇后・黄絹秀の姪であり、 皇太子・尭明(ぎょうめい)にとっても従兄妹に当たる関係。 周囲からは、『殿下の胡蝶』と呼ばれる存在でした。一方、朱慧月は、4夫人の中で最も権威のある朱貴妃が後見する雛女でありながら、上位者にはおもねり、下位者にはきつく当たるとの評判。周囲から最も軽蔑すべき人物とされ、「雛宮のどぶネズミ」とあだ名される有様で、尭明に焦がれる彼女は、玲琳のことをひどく妬んでいました。そして、乞巧節(たなばた)の夜、玲琳は慧月に乞巧楼から突き落とされてしまい、目覚めるとそこは牢の中、体は慧月のものと入れ替わっていました。慧月の道術により引き起こされたこの突然の事態に、健康体を得た玲琳は自分らしく対処。「獣尋の儀」を乗切り、荒地を楽園に変え、中元節の儀に備え、徹夜弓を引きます。その中で、鷲官長・辰宇に疑念を生じさせ、女官・莉莉の心を掴んでいき、玲琳付の筆頭女官・黄冬雪も、入れ替わりの事実に気付いたのでした。 ***今巻の中で、最も印象に残ったのが、次の台詞。 「死んでしまうまでは、生きているということでございます。 同じく、噛まれるまでは、噛まれていないということ。 噛まれる前から痛がっていては、体力が持ちませんでしょう?」(p.038)まさに、「尋常でない数の死の危機を回避しつづけてきた、鋼の精神を持つ女」です。
2023.07.30
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先日、『52ヘルツのクジラたち』を読みましたが、 今回も、タイトルに「クジラ」が付された作品を読むことに。 ただし、今回の作品は、「クジラ」そのものとは全く関係がなく、 次に記されている通り、あくまでも「クジラ頭の王様」のお話なのです。 都内の動物園に、男三人で来ていた。 僕と池野内議員は背広姿、小沢ヒジリは爽やかなジーンズ姿で、 ハシビロコウのいる場所の前で長いこと立っている。 プレートに説明書きがあり、この鳥の和名と英名が並び、学名も記されていた。 ラテン語で「クジラ頭の王様」という意味らしい。(p.427)この男三人が、このお話のメインキャラクター。8年前、金沢のホテルで火事に遭遇した三人が、夢の中で共に戦い、そこで勝利すると、現実世界のトラブルを回避できることに次第に気付いていきます。そして、お話の舞台は一気に15年後へと移り、これまでにない試練に立ち向かうことに。 *** ニュースや話題になるのは、物事の実際の重要性や危険性よりも、 多くの人たちの感情が優先される。 不快なものは不快、理屈を飛び越える。 その気持ちは僕も分からないでもない。 あの動物は狩って食べてもいいが、この動物を獲るなんて残酷! といったことはよくあるし、有名人の不倫でも、大目に見られる人もいれば、 世の秩序を乱す大悪党さながらに糾弾される人もいる。 重要な外交問題そっちのけで、変わった飛び方をするムササビがテレビで話題になる。 情報操作や誘導にかかわらず多くの人は、感情に正直なだけなのだ。(p.14)伊坂さんの作品を読んでいて心地良いのは、お話の流れとは直接深く関わらないようなところで、強く共感できることが、サラッと書いてあるところ。感性が似ているのだろうな、と感じます。 人間を動かすのは、理屈や論理よりも、感情だ。(p.430)これなんかは、ズバリ一言。まさに、直球ですね。 「自動車メーカーも小説家も、喫茶店経営者も、自分たちの首を絞めるものに対しては、 それがいかに世の中を良くするものだとしても、反対しますよ。 少なくとも賛成はしません。 自分は不利益を被ってもいいからみんなのために、なんて言える人は貴重です」(p.103)これもスゴイですね。「真理」です。 何度か、「大丈夫?」と訊ね、彼女は、「全然平気」と答えるが、 だからといって本当に平気かどうかは誰にも分からないのだ。(p.180)これは、『シーソーモンスター』でも、同じようなことが書いてありましたね。本当に、そうだと思います。 手に余るほどの忙しさではなかったが、 それなりに仕事が積まれていたのはありがたかった。 暇になると人は心配事に溺れてしまう。 忙しい間は、天が落ちてくる心配をしなくてもいい。(p.345)これもイイですね。強く頷きながら、読んでいました。 ***作家・川原礫さんによる巻末「解説」では、「ゲーム小説」について述べられており、そこには岡嶋二人さんの『クラインの壺』の名も登場しています。また、本著第4章で登場する「パスカ」についても触れられていました。「パスカ」は、同じく近未来を舞台とした『スピンモンスター』でも登場していますね。
2023.07.30
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優莉匡太元死刑囚の6女にして、友里佐知子によるステロイド実験の産物、 そして、日暮里高校1年生の杠葉瑠那に、重要計画を2度も潰されたEL累次体。 尾原文科大臣、国立大教授の築添、政権与党シンクタンク勤務の菜嶋は、 瑠那が参加する夏季巫女学校に、杢子神宮の巫女・松崎真里沙を送り込みます。 彼らは、真里沙に「維天急進派と関係の深いEL累次体の名簿一覧」を持たせ、 瑠那と相思相愛の関係になることを命じると共に、 彼女のバックアップとして、指定暴力団組長を父とし、女子刑務所服役中の世暮藪美と、 さらにそのバックアップとして、築添の娘を送り込み、瑠那を排除しようとします。 *** 握りこんだ豆のすべてを、サイドスローの姿勢で大きく振りかぶり、 満身の力をこめ鬼に投げつけた。 胎児のころからのステロイド注射により、瑠那の筋肉は本質的に異常なほど発達している。 至近距離から投げつけた豆でも秒速四百メートルに達する。 その威力は散弾銃に匹敵した。 けたたましい音とともに、鬼の全身に無数の豆が深々と食いこんだ。(p.89)実際、散弾銃の初速は秒速400m程だそうです。これは、時速換算すると1440km。 その一瞬を逃さず、瑠那は右手に握ったナイフの尖端を、 左手で保持した弾の薬莢の底、雷管に突き刺した。 一ミリのずれも許されない、まさにミクロな対象物を、 しかも満身の力をこめ瞬時に突いた。 銃もないのに発砲音が轟き、瑠那のてのひらに燃えるような熱がひろがった。 薬莢から打ちだされた弾丸が、藪美の眉間を貫いた。(p.244)結衣の横浜ランドマークタワーや、火星20号のエピソードも驚きましたが、今回の瑠那のこの二つのエピソードは、それを凌駕する勢い。もはや、人間業ではありません。
2023.07.30
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2017年にデビューした町田そのこさんは、 2021年に、本作で本屋大賞を受賞しました。 ちなみに、その時2位となったのは、青山さんの『お探し物は図書室まで』。 町田さんは、翌2022年にも『星を掬う』で本屋大賞10位となっています。 ***三島貴瑚は、高校卒業後、全国的に名の知られる製菓会社への就職が内定していましたが、母親の命により、就職せず、ALSを発症した義父の介護に明け暮れることに。 その後、義父が緊急入院した際、母親が放った心無い言葉に追い詰められてしまいますが、高校時代の友人・美晴と、彼女が働く会社の先輩・アンさんが、救い出してくれました。その後、貴瑚は就職した会社の専務・新名主税(ちから)との交際を始めますが、彼には正式な婚約者がおり、貴瑚には愛人であり続けることを求めてきます。そのことが契機となって、アンさんが自ら命を絶ってしまったため、貴瑚は、柳刃包丁を手にした末、主税と揉み合いとなり、腹部を刺されてしまったのでした。貴瑚は、主税の父親からの示談金を元にして、かつて東京で芸妓をしていた祖母が、60歳の頃に移り住んだ家を、母親から譲り受け、ひとり引っ越してきます。そこは、昔は大いににぎわっていたものの、現在は過疎化が進む大分の漁師町でした。貴瑚は、家の修繕をお願いした業者で、貴瑚に想いを寄せることになる村中や、何かと口やかましいおばあさんたち、元中学校校長で老人会会長の品城(しなぎ)、その娘で『めし処よし屋』で働く、村中の同級生・琴美らと出会います。そしてある夜、その琴美の息子が、母親から虐待を受け、貴瑚の家に逃げ込んできたのでした。貴瑚は、少年を世話してくれる可能性のある彼の祖母に会うため、美晴らと共に小倉へ向かいますが、祖母はすでに交通事故で亡くなっていました。そして、大分に戻ると、貴瑚は少年を誘拐したことになっていましたが、村中とその祖母の力添えで騒動は一段落、そして、貴瑚はある決意を固めます。その後、貴瑚と少年は、彼の叔母のいる別府へと向かったのでした。 ***愛(いとし)の祖母・昌子が、貴瑚と孫に対して示した考えは、とても納得のいくものでした。しかしながら、愛の成長を感じさせるエピソードとして、急激に認知症が進んでしまった品城を、村中家のバーベキューに乱入させたことについては、何かしら引っかかるものが残ってしまいました。
2023.07.23
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青山さんの小説家デビュー作『木曜日にはココアを』の続編。 東京と京都を舞台とした1月から12月までの12の連作短篇集。 『木曜日にはココアを』に登場したキャラクターたちはもちろん、 『猫のお告げは樹の下で』で登場したキャラクターたちも登場します。 ***偶然マーブル・カフェのイベントに訪れた、携帯ショップで働くマフラーの女性妻・理沙との記憶が合致しないときがあることに悩む夫・ひろゆきメディアでも取り上げられる人気ランジェリーショップ「p-bird」を営む尋子1週間前に雄介との婚約を破棄し、ライブ活動を続けることにした佐知京都の和菓子屋・橋野屋の娘で、様々な場所で「紙芝居」を披露している光都長男が夫の跡を継いだ後、店の事業から一切手を引き、孫の面倒を見てきた橋野タヅ右が黄色で左が青いオッドアイの白い野良猫10年前に脱サラして古書店経営を始めた吉原生まれて初めてできた彼女・千景にわずか1カ月であっさり振られた大学生・孝晴マスターと長年のビジネスパートナーで、シドニーでインテリアの仕事をしているマーク画家である父・テルヤの出張が増え、家にシッターのはなえが来るようになった小学生・拓海京都の老舗茶問屋・福居堂の一人息子で、東京支店を任された吉平 ***『木曜日にはココアを』と同様、これらの人々が、12の短篇の中で様々に関わり合いながら、物語が紡がれていきます。既刊に登場したキャラクターたちのその後や、新たな一面を知ることが出来る嬉しい構成で、海堂さんの「桜宮サーガ」のように、青山さんも自らの創作世界を築きつつあります。
2023.07.17
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優莉家の四女・凜香と六女・杠葉瑠那がメインとなる新シリーズ第2弾。 今回は、凜香と瑠那が通う日暮里高校の体育祭が舞台。 冒頭は、蓮實庄司が雲英亜樹凪の危機を救うシーンからスタート。 蓮實は亜樹凪を護ることに全力を傾け、心を奪われていくことになります。 一方、瑠那の机上に置かれていた赤い封筒には、切手大のメモリーカードが。 PCのスロットに挿入し起動させると、ブックメーカーのサイトに繋がり、 そこでは、日暮里高校の体育祭が賭博の対象になっていました。 一番人気は凜香で、瑠那は最下位、そして瑠那のスマホに非通知番号から着信が。瑠那は、危機に見舞われながらも、ブックメーカーについて情報収集を進めていき、蓮實から、”Killer Deeper"という存在について知らされます。体育祭当日、文部科学大臣・尾原輝男が訪問視察に訪れる中、その”Killer Deeper"が張っていたのは、”All students died”という項目でした。女子100m予選で圧勝した凜香以上に、観客の目を引いたのは400m予選に出場した亜樹凪。しかし、途中負傷した凜香の代走として出場した瑠那は、亜樹凪を圧倒します。そして、クラス対抗リレーで瑠那がスターターの合図を待っている時に事件は発生。銃声が鳴り響き、日暮里高校は週末まで休校となりました。亜樹凪は、父の遺品である戦術中性子爆弾DBT19を用いて、仲築間を壊滅させるべく、蓮實の元婚約者の桜宮詩乃を人質とし、彼にその時限装置を起動させようとします。蓮實はDBT19を奪い、モーターボートに載せると、全速力で海上を飛ばしますが、そこに水上バイクに乗った瑠那が、姿を現したのでした。 ***最後は、もちろん瑠那の思惑通りに展開し、亜樹凪の企ては失敗に終わります。ただ、瑠那が亜樹凪に放ったのも、恐らく「血糊弾」だったのでしょう。凜香と結衣が、2人で言葉を交わすシーンがとっても良いですね。きっとまた、結衣が大活躍するシーンが見られるはずです。
2023.07.15
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『満月珈琲店の星詠み』シリーズの第2弾。 今回も、猫たちが星占いで、迷える人々を導ていきます。 *** 市原聡美は、渋谷にある広告代理店に勤務するイベントプランナー。 もうすぐ交際7年目になる筑波大講師の諒から、クリスマスイブに会いたいと言われますが、 都内に住み現在の職場で仕事を続けたいため、その日に求婚されることを恐れていました。 そんな時、兄の娘で小学1年生の愛由を東京の街に案内し、1泊2日を共に過ごすことに。派遣先の広告代理店で、市原聡美の下で働く鈴宮小雪は、8歳で交通事故で父を亡くし、16歳で新しい父が来て、18歳で弟がいて、専門学校進学時に一人暮らしを始めた22歳。満月珈琲店で実の父から事故死の真相や、母や新しい父について聞かされた小雪は、クリスマスケーキを手に、父と母と弟がいる実家へと向かったのでした。市原純子は、大学生の時に昭和気質の古い価値観を持つ父と絶縁、そのため、実家で飼っていた愛犬・リンの死に立ち会うことが出来ませんでした。そんな父が病に倒れ入院、純子は娘の愛由と共に父の見舞いに鎌倉へ行くことに。そこには、父と絶縁していた弟・次郎とその婚約者・中山明里も姿を見たのでした。 ***愛由が夢中になっている人気番組『流星エンジェル』。この脚本家として芹川瑞希、プロデューサーとして中山明里の名前が登場し、そこから、市原純子の弟が、どうやらスタイリスト・次郎らしいと気付かせてからの、二人そろって登場という、いかにも望月さんらしいサービス精神に溢れた展開でした。
2023.07.12
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伊坂さんの呼びかけで始まった「螺旋プロジェクト」。 8人の作家さんたちが、「海族」vs.「山族」の対立を描いたり、 共通キャラクター、シーン、象徴モチーフを登場させるなど、 ルールを踏まえながら 原始から未来までの歴史物語を一斉に描いています。 伊坂さんは、本著表題作の『シーソーモンスター』で昭和後期を、 もう一つのお話の『スピンモンスター』で近未来のパートを担当。 ***『シーソーモンスター』は、北山家の嫁・宮子と姑・セツの対立を軸としながら、義父の死に疑問を抱いた元情報員の宮子が、その真相を追う様が描かれていきます。最後は思いもよらぬ展開で、さらに『スピンモンスター』にも影響が及ぶのですが、後から振り返れば、なぜ気付けなかったのだろうという悔しさも残ったお話でした。一方、『スピンモンスター』は、見知らぬ男から一通の手紙を託された配達人の水戸が、その男の友人・中尊寺と共に、その男の死と人工知能・ウェレカセリの闇に迫るお話で、水戸にとって因縁の相手である檜山が、その都度水戸の前に立ちはだかります。ただし、全てが解明されてのエンディングではないため、「?」感は拭えません。 *** 「それでもなかなか嫌とは言えないものだよ。 面白いことに、人はね、『大丈夫?』と訊かれれば、 『大丈夫』とうなずいてしまうものなんだよ。 決まり文句だ。 大丈夫じゃない時にも、病気が悪くなっている時にも、大丈夫、と答えてしまう。 不思議なものだね」(p.11)「確かに、そうだなぁ」と、感心させられたところ。「このことは、常に頭に置いておかねば」と、改めて思いました。 「おかげで私も興味が出たんだ。 教科書に載っている歴史上の人物が、年表のような薄っぺらいものじゃなくて、 地面の上でちゃんと生活していた、自分たちと同じ人間だと感じられたんだ。 聖武天皇にも頼朝にも物語はある。」(p.61)「自分たちと同じ人間だと感じられた」こんな風に思ってもらえるような教え方が出来れば、もう最高です。
2023.07.09
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「この世の喜びよ」で第168回芥川賞を受賞した井戸川射子さんが、 第43回野間文芸新人賞を、史上初の選考委員満場一致で受賞した表題作と、 小説家としてのデビュー作である「膨張」とを合わせて収録したもので、 紙面に添えられた最後の頁番号が’162’というコンパクトな一冊。 しかしながら、「この世の喜びよ」と同様、 読み進めるのには、想像以上にかなりの労力を要しました。 ***表題作は、近所を淀川が流れている児童養護施設で暮らす小学5年生の集が、日々の様子を、淡々と関西弁で語っていくという形で展開していくのですが、私は関西弁を聞いたり話したりすることは、普段から当たり前のようにしている状況なので、そこがネックとなって、読み進めるのが困難ということにはならないはず……それでも、関西弁を活字として拾い上げ、理解するとなると、また、違った難しさが生じてしまうからなのかとも考えましたが、阪神タイガースの岡田監督の囲み取材でのやりとりを、そのまま活字として掲載した記事を読むのに、苦労したことはただの一度もありません。そして、アドレスホッパーについて、標準的な日本語で描写した「膨張」を読み始めても、読み進めるのに要する労力は、ほとんど変わりませんでした。これは、やはり関西弁がネックになっていたわけではないと悟った私は、改めて、本書のページを最初から捲り直し、あることに気付いたのです。井戸川さんの書く文章は、一つ一つはそれ程長いわけではないけれど、改行が極端に少ない。そのため、見開き2頁に渡り、ぎっしりと活字が詰め込まれた状態になっていることが多く、読み手は、息継ぎのタイミングが上手くつかめないまま、読み続けなければならない。その結果、息苦しくなり、次第に疲れがたまり、読み進めるペースが遅くなってしまう……井戸川さんが描き出す世界観は独特のものがあり、読む者に強烈なインパクトを与えます。だからこそ、数々の賞を受賞し、今注目される作家となっておられるのです。そして、それを支えている一つの要素として、このような個性的な文体があるのでしょう。今後の井戸川さんの作品が楽しみです。
2023.07.02
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西洋占星術をモチーフにした作品を書きたいと思っていたに望月麻衣さんが、 SNSで桜田千尋さんのイラストを目にしたことをきっかけに、 大阪で開かれた同人イベントに出向いて名刺交換をしたことから、 出版の運びとなったのが、この『満月珈琲店の星詠み』シリーズです。 『京都寺町三条のホームズ』シリーズや『わが家は祇園の拝み屋さん』シリーズのラブコメとは趣が異なり、私がよく読んでいる作家さんで言うと、青山さんの作品群と近い感じがしました。「西洋占星術」については、『わが家は祇園の拝み屋さん』でも取り上げていましたね。 ***シナリオ・ライター・芹川瑞希は、大学卒業後に小学校の非常勤講師として勤務するも、20代でゴールデンタイムの脚本を手掛けるヒットメーカーとなったため教職を退く。しかし、30代半ばになると視聴率が取れなくなり、現在はワンルームマンション暮らし。ソーシャルゲームのシナリオ募集に応募し、それを仕事につなげながら細々とやっている。テレビ制作会社のディレクター・中山明里は、広告代理店の営業・塚田巧が、既婚であることを伏せたままアプローチしてくるが、スマホのディスプレイに表示された妊娠中の妻からのメッセージでそれと気付く。現在は、オネエ言葉を使う40代前半のスタイリスト・次郎のことが気になっている。20代半ばの女優・鮎川沙月は、つい先日、既婚者俳優と不倫していた記事が週刊誌に載ったばかり。大学時代に友人の安田雄一と共にIT会社の経営を始めた水本隆は、2か月ほど前に小学校で一緒の登下校班だった3歳年上の早川恵美に出会い、恵美からの依頼で、伏見桃山の理美容室を訪ねる。安田が手掛けていた女性向けソーシャルゲームのシナリオを瑞希が手掛けていたことが発覚。明里の幼馴染の美容師・早川恵美は、勤務していた梅田の店を辞め、両親の営む理美容室へ。フリーになったのを機に、自分のウェブサイトを作成しようと水本隆に相談する。 ***芹川瑞希が勤務し、下校時に付き添っていた小学校の登下校班には、6年生で班長の中山明里と同級生の早川恵美、年下の鮎川沙月、3年生の水本隆がいました。ある日、児童公園で下校班を解散する際、瑞希は、いつも聞こえてくるピアノの音が聞こえてこないことに気付きます。やがて、瀟洒な洋館に住む老紳士が、病気で寝込み動けなくなっていることが判明しますが、約1月後に老紳士は亡くなり、飼っていた猫たちは保健所行きになりかけます。そんな時、工務店を営む両親を説得し、里親が見つかるまで預かったのが水本でした。そして、あの登下校班にいたメンバーたちが、次々に満月珈琲店に招かれた……のでしょう。
2023.07.01
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村田沙耶香さんのエッセイ集。 私はこれまで、 「エッセイと言えばノンフィクションの世界」と思い込んでいたのですが、 本著を読み進めていく中で、 「エッセイにもフィクションの世界があり得るのか?」と、 大いに困惑してしまうことになりました。 *** ある道を歩いていても、一人はそこが新宿方面に繋がっていると言って疑わず、 もう一人はこの先は公園になって行き止まりになっていると主張する。 たとえ現実には その道は二年前かに工事されて渋谷方面に繋がるようになっていたとしても、 二人は違う現実の中を歩いている。 そんな風に考えると、今、同じ場所を歩いている隣の人も、その隣の人も、 自分の作り上げた異世界で暮らしているんだと思えてくる。 同じ場所を歩いていても、脳が違う限り、私たちは違う光景の中にいるのだ。(p.75)本著のタイトルに繋がっている部分でしょうが、「なるほどな」と頷けるものではあります。しかしながら、本著の中で明かされていく村田さんの脳世界は、凡人である私などからすると、そのぶっ飛び具合はなかなかのもので、同じ世界を生きているとは、とても思えないように感じるところも少なくありませんでした。そんな感覚から、「これはノンフィクションの世界ではなく、フィクションの世界を描いたものなのか?」と、思ってしまった次第です。しかしながら、この感性こそが、独特の世界観を小説の中に紡ぎ出していける理由なのでしょうね。
2023.06.28
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「別冊文藝春秋」に掲載された8つの短篇をまとめた一冊。 そのいずれもに、淀川が舞台装置として登場する。 暴力が連鎖する家庭での辛かった幼少期を妹と共に振り返る38歳の姉。 父の再婚で弟となった少年が野球をするのを眺める中学生の少女。 婚活バーベキューに挑む30歳代の女性。 妻が流産し、淀川の河口から源流の琵琶湖へと歩く夫。二人の女子と共に映画の自主製作に励む男子高校生。愛犬を失ったことから夫と離婚することになった女性。父親に対する母親の姿を見て生涯独身を誓った個人投資家の男。級友と一緒にいじめた男児に素直に謝れず、護身術を教えようとする男児。将来に明るい兆しが見えるお話もあれば、そうでないものもある。まさに、人生悲喜交々である。
2023.06.11
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小学校に併設されたコミュニティハウスの図書室。 カウンターで出迎えてくれるのは、司書になるべく勉強中の小柄な森永のぞみ。 そして、奥にあるレファレンスコーナーにいるのが、 白くて大きなベテラン司書・小町さゆり。 訪れた人に「何をお探し?」と声をかけ、そのリクエストを確認すると、 ものすごい速さでパソコンのキーボードに入力し、お薦めリストをプリントアウト。 そこには、リクエストに応える何冊かの書籍と共に、「?」の一冊が。 さらに、付録として彼女が手作りした羊毛フェルトが手渡されます。総合スーパーの婦人服売場で働いているものの、転職を考えている21歳の朋香には、パソコンの使い方が載っている本と共に『ぐりとぐら』、そして付録のフライパン。家具メーカー経理部で働きながら、アンティーク雑貨屋の開業を夢見る35歳の諒には、起業について書かれた本と『英国王立園芸協会と楽しむ 植物のふしぎ』に付録のキジトラ猫。かつては出版社の雑誌編集をしていたものの、現在は資料部で働く40歳の夏美には、絵本と石井ゆかりの著作『月のとびら』、そして付録の地球。30歳にもなって就職もせず家でぷらぷらしている浩弥には、『ビジュアル 進化の記録 ダーウィンたちの見た世界』だけが記され、付録は飛行機。半年前に定年退職し、妻の勧めでコミュニティハウスの囲碁教室にやって来た65歳の正雄には、囲碁の本と草野新平の著作『げんげと蛙』、そして付録のカニ。そして、この「?」の一冊と付録との出会いが、5人が、それぞれに新たな道を歩んでいく契機となっていくのです。期待を裏切らない青山さんらしい一冊。気分ほっこりです。
2023.06.11
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『わたしの美しい庭』に続く、私にとって2冊目となるの凪良ゆうさんの作品。 2020年に第17回本屋大賞を受賞した作品で、弥が上にも期待が高まります。 が、1ページに42文字×18行=756文字は、私の眼にはかなり厳しい…… 創芸文芸文庫は、皆同じ規格なのかな? ***9歳の小学4年生・家内更紗は、父が1年前に病死すると、母は新しい恋人と家を出た行った。その後、伯母の家に引き取られるも、夜になると中2の一人息子・孝弘が部屋にやって来る。「帰らないの?」 「帰りたくないの」「うちにくる?」 「いく」19歳の大学生・佐伯文が住むマンションで過ごした2か月は、更紗に心の安寧をもたらすが、更紗の望みで動物園にパンダを見に行くと、文はそこで誘拐犯として逮捕されてしまう。15年後、ファミレスでバイトをする更紗は、2年間同棲をしている中瀬亮から求婚されていた。職場の同僚と立ち寄ったカフェ『calico』で文に再会するも、彼の隣には女性の姿が。その後、亮の実家を訪れた際、従兄妹から彼の両親の離婚理由や彼のDV癖について聞かされる。さらに、犯罪まとめサイトで『家内更紗ちゃん誘拐事件』が更新されていることに気付く。そこには、職場の同僚・安西から先日預かった8歳の娘・梨花が『calico』にいる写真があった。そして、亮のからの暴力……更紗は文の住むマンションの隣室に引っ越すも、また暴力。さらに、あの事件の週刊誌騒ぎから、亮が階段から落下する事故が発生し、警察沙汰に発展。更紗と同様、文も警察に事情聴取され、梨花までもが保護されることに。誤解が解けた後、『全国被害者支援ネットワーク』のパンフレットを差し出す警察官に。更紗は、「文は、あの家から、わたしを救い出してくれたたったひとりの人でした」。しかし、自宅マンションから退去を促され、『calico』も閉店せざるを得なくなってしまう。あれから5年、長崎でカフェを営む文と更紗は、13歳になった梨花に会っていた。 ***文が逮捕された後の更紗の行動を、他の読者の方々は、どのように受け止めているのでしょう?「仕方がないなぁ……」、それとも「何でかなぁ……」。とにかく、文が不憫……。
2023.06.02
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その圧倒的な既視感。 でも、すぐには思い出せないでいた。 「読み終えたら、探さなくっちゃ」と思いながらページを捲り続けると、 「あとがき」に全てが書かれていました。 ***「本当のわたしが生きて暮らしているのは、高い壁に囲まれたその街の中なの」17歳のぼくと16歳のきみは「高校生エッセイ・コンクール」の表彰式で初めて出会った。2週間に1度ほど手紙のやりとりをしたり、ぼくがきみの住む街に出かけて行ったりした。しかし、長文の手紙を最後に音信が途絶え、ぼくは45歳を迎えて間もなく穴に落下した。壁に囲まれた街の入り口で、私と私の影は門衛によって引き剝がされた。そして、図書館で出会った君は16歳のままなのに、私はもう遥かに年上だった。君はそこに並ぶ古い夢を管理し、私が〈夢読み〉として読む。そして、図書館を閉めた後、私は君を家まで送っていく。寿命が迫った私の影から、もう一度一緒になって壁の外の世界に戻ろうと私は誘われる。南の溜りで影を見送り、自らは街に留まることにした私だったが、気付くと影があった。中年と呼ばれる年齢にさしかかった私は職を辞し、福島のZ**町の図書館長に就任する。元館長・子易さん、司書・添田さん、コーヒーショップの女性店主らと過ごす日々が始まった。頻繁に図書館に姿を見せるイエロー・サブマリンのヨットパーカーを着た少年・M**が、私が語る壁に囲まれた街に興味を示し始め、やがて姿を消してしまう。私は夢の中でM**の抜け殻を見つけるが、右耳たぶをちぎれるほど嚙まれてしまう。そしてある夜、川を上流に向かって歩き続け、17歳になった私は16歳の彼女を見つける。真夜中に目覚めた私は、イエロー・サブマリンのヨットパーカーを着た少年に気付く。彼は、自分には影がなく、抜け殻をあちらの世界に残してきたと言う。そして〈夢読み〉になるため、あなたと一体になりたいと言い、私の左耳たぶを嚙んだ。その後、表面的には平穏な日々を経た後、私は「そろそろ行かなくては」と言って目を閉じた。 ***『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(文庫版は上巻と下巻の二分冊)は、村上さんの作品の中でも大好きな作品ですが、「街と、その不確かな壁」をもとに新に紡がれた作品は、また、大好きな作品のひとつになりました。
2023.05.28
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例によって、芥川賞2作が全文掲載されているので購入。 今回は、よく知っている方の娘さんが受賞されたので、とても楽しみでした。 まずは、いつも通り塩野さんの「日本人へ・234」を読みました。 龍之介に関する一文で、引用文が結構長めでしたが、新たな気付きがありました。 それから、第168回令和4年下半期芥川賞の選考委員による選評を読みました。 いつものことながら、受賞作に対する各選考委員の受け止め方は実に様々。 その中で、各選考委員の『この世の喜びよ』に対する評価は概ね高いものでしたが、 松浦寿輝さんが、本作を含むどの候補作に対しても辛口だったのが印象に残りました。そして、受賞者2名のインタビューを読みました。井戸川さんは現役の高校国語教師、佐藤さんは現役の書店員という、これまでにない異色の組み合わせで、どちらもとても興味深い内容でした。お二人が、今後どのような作家生活を歩んでいかれるのか楽しみです。その後、いよいよ『この世の喜びよ』を読み始めました。二人称による語りには、最初はかなり戸惑いましたが、次第に慣れていきました。お話はショッピングセンターを舞台に、喪服売場で働く主人公・穂賀が、フードコートで出会った15歳の少女やゲームセンターの店員・多田、メダルゲームに熱中するおじいさん、喪服売場の同僚・加納などと過ごす様子や、母として、大学生と社会人の二人の娘たちと過ごす時間が描かれていきます。少女との言い争いのシーン等、私にはもう一つピンとこない箇所もありました。けれど、川上さんの次の書評の一文には、強く同意します。 作品の持つメッセージ性や物語性などよりも、 言葉が組み合わされることによって生まれる何か。 音楽を聴いた時のような喜び。 絵画を見た時のような驚き。 意味ではなく感情や感覚。 それらを味わわせてくれるのが、井戸川射子の小説なのだと思います。(p.274)その後、『荒地の家族』を読み始めましたが、なかなか読み進めることが出来ず、現在は中断したまま。読み終えることが出来たら追記します。
2023.05.27
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2020年に『流浪の月』で第17回本屋大賞を受賞し、 2023年にも『汝、星のごとく』で第20回本屋大賞を受賞した凪良ゆうさん。 私は、まだその作品を一度も手にしたことがなかったのですが、 今回、2020年に第11回山田風太郎賞候補となった本作を読むことに。 ***「わたしの美しい庭Ⅰ」は、小学5年生の百音(10歳)視点のお話。百音が住むマンションの屋上にある『御建神社』の神職で翻訳家の統理が、元妻とその再婚相手との間に生まれた百音を、2人が事故死したため5歳で引き取った経緯や、二人と朝食を共にする屋台バーのマスター・路有との暮らしの一コマが描かれます。「あの稲妻」では、総合病院の医療事務として十数年働いてきた高田桃子(39歳)が、母親から勧められてお見合いに出かけるも、翌月、先に相手から断りの返事が入ります。職場でも、医療事務の指導リーダーとして難しい立ち振る舞いを求められる桃子でしたが、高校生の時に作った浴衣を着て、百音、統理、路有と一緒に屋上で線香花火を楽しみます。そこで交通事故で亡くなった坂口創と過ごした日々を振り返り、新たな見合い話を断るのでした。「ロンダリング」では、別れた元カレ・藤森忠志からのハガキを受け取った路有が、人生ワースト3のとき、いつも手を差し伸べてくれた統理のことを思い出しつつ、忠志の家まで車を走らせると、忠志から一緒に逃げてくれと頼まれます。路有は忠志が『逃げ癖』と書いた形代を統理に渡し、お祓いをしてもらうのでした。「兄の恋人」では、10年務めた準大手ゼネコンをうつで退職した坂口基(33歳)が、2週間に1度通うメンタルクリニックで、先週から勤務し始めた兄の元カノ・桃子に出会います。再就職や交際中の真由との関係に焦る基でしたが、兄の命日に墓参り行くと、そこで出会った桃子から、兄との思い出や結婚観、労働観等について話を聞くのでした。その後、基は真由から別れを告げられ、路有のバーで酔いつぶれてしまいますが、翌日、路有や百音、統理、桃子と過ごす中で、改めて自分自身を見つめ直すのでした。「わたしの美しい庭Ⅱ」では、百音が、道徳の授業で習った「おもいやり」について統理と路有に訊ね、統理に引き取られた日のことを振り返ります。「ぼくの美しい庭」は、統理が朝ご飯を炊くのを忘れたエピソード。祠に向かって手を合わせ、「ぼくに中庸をお与えください」と一心に祈りを捧げるのでした。 ***登場するキャラクターは、それぞれに難しい状況を抱えた人たちばかり。その中で、懸命に生きていく姿に心打たれます。個人的には、「兄の恋人」が最も考えさせられるところが大きかったです。基の気持ちだけでなく、真由の気持ちもよく分かりますが、それでも基は辛いですよね……
2023.05.14
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昨年9月末に18巻を読んで以来、久々の読書。 本著が刊行されたのは今年2月だったのですが、 18巻読了後に読み始めた『わが家は祇園の拝み屋さん』シリーズを 先に読み切ってしまうことにしたため、読むのが少し遅くなってしまいました。 ***「プロローグ」では、清貴が、最近チラチラと葵が自分の方を見てくると小松と円生に相談。その後、小松探偵事務所に賀茂澪人が現れ、鑑定と調査の仕事を依頼したのでした。第1章「変わらないもの、変わりゆくもの」では、清貴が父・武史に新作について助言。そして、新車で葵と『きぬかけの路』のドライブを楽しみながら京都北部『中川』の遠藤邸へ。清貴は、遠藤達夫の亡父のコレクションを鑑定後、土蔵で怪異の原因・大井戸茶碗を発見。澪人が祝詞を唱え、清貴が茶碗に話しかけることで、想念は静まったのでした。幕間「それぞれの恋慕」では、香織が葵に『陶器と花の展覧会』への参加を促しつつ春彦との恋の経緯を語り、晴彦も清貴に香織との関係について相談していたのでした。第2章「黄昏のホラーハウス」では、清貴、利休、小松、秋人、澪人が、愛宕山の洋館へ。清貴は、依頼主・真里の父母が離別した理由、母親の死の真相、遺体のある場所を次々に解き明かし、後日、澪人と共に、その時のことを葵と武史に語るのでした。「終章」では、『陶器と花の展覧会』会場に、円生が描いたスケッチが3枚飾られていました。そして。晴彦は香織をデートに誘い、葵は清貴に誕生日プレゼントを渡したのでした。 ***澪人が登場したこともあって、『わが家は祇園の拝み屋さん』色が濃いお話でしたが、時期としては、「EX」より随分前のお話ということになるのでしょうか?さて、最後の最後に、円生の前にあの男が現れた感じ。また、大きな波乱が予想され、当然イーリンも絡んできそうですね。
2023.05.07
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スピンオフ『優莉凜香 高校事変 劃篇』と『優莉結衣 高校事変 劃篇』を経て、 『高校事変Ⅻ』から続く待望のシリーズ新刊が登場。 巻数表記が”ローマ数字”から”アラビア数字”に改められた今巻では、 これまで主人公だった優莉家の次女・結衣が、何と大学生になっていました。 これを受け、シリーズの主人公は、優莉家の四女・妹の凜香にバトンタッチ。 と思いきや、優莉家の六女・杠葉瑠那(ゆずりは るな)という新キャラが突如登場。 凜香と同じ日暮里高校に通うことになった彼女の周辺では、次々に事件が発生して…… 今巻は、そんな瑠那の生い立ちが、次第に明らかになっていく様子が描かれていきます。 ***さて、現時点で判明している優莉匡太の子どもたちは、警視庁捜査一課長・坂東志郎を主語とする、次の一文から知ることが出来ます。 それ以外の兄弟姉妹は現状、脅威とは考えにくい。 次男の篤志は、父親の逮捕以降ずっと行方不明で、 とっくに死亡した可能性が高いとされる。 三男の健斗は葉瀬中バス事件により、新潟山中の廃校内で猟銃自殺。 長女の智沙子はシビック政変のさなかにヘリから転落死。 三女の詠美や五女の弘子も、幼少時に死亡している。 公安が把握する六女の瑠那は、平穏に神社の巫女を務める一方、余命幾ばくもない。 四男の明日磨は間もなく中3だが、発見時にひどく衰弱していた後遺症で、 いまも通院がつづいている。 七女の伊桜里も中3になるものの、優莉家との接点はない。 中学にあがる五男の耕史郎に至っては、もう赤の他人も同然だ。 ほかにもいるが、優莉匡太の逮捕時に幼児だった者が多く、 その後の発育過程に問題はないと思われた。(p.57)これに長男・架禱斗、次女・結衣、四女・凜香を加えた面々が、現時点で判明している優莉匡太の子どもたちということになりますが、五女・弘子は存命しており、岸本姓を名乗っています。四男・明日磨や七女・伊桜里、五男・耕史郎も、今後登場することがあるのでしょうか?そして、今巻最大のサプライズは、日常の何気ない会話の中に仕込まれていました。それは、凜香を交えての、瑠那とクラスメイト・鈴山耕貴との次のやりとりです。 怪訝そうな顔で鈴山はつぶやいた。 「だけどナポレオンもチビだったらしいし、アルバタル・サギールとかの例もあるし……」 「なに? アルバ……誰だって?」 すると瑠那が微笑を浮かべた。 「きいたことがあります。2015年からのイエメン内戦かなにか……。 ケニー・ベイカー・レジェンドだっけ」(中略) 瑠那はいつものように控えめではあるものの、 鈴山の前だからか、意外にもわりとよく喋った。(中略) 鈴山が笑った。「冗談みたいなものだったらしいけどね。 内戦勃発の翌年か翌々年に、小人症の兵士が国内難民キャンプを全滅から救ったんだよ。 アルバタル・サギールはアラブ語で、小さな英雄って意味。 身体が小さくなきゃ入れない土管の奥に潜りこんで、爆弾を処理したとか」(p.183)最初、読んだときには、よく分からないままスルーしてしまっていたのですが、後で読み返すと、「なるほどな」と唸らされます。 ***今回のお話の軸は、”女子高生連続失踪致死事件”と”生命の畑”。知能指数の高い子供を必要なだけ生産しようとする計画の本格推進の背景には、施術を受けた胎児が出産後、短命に終わらずに済む治療法が完成したからと睨んだ瑠那が、その拠点である奥多摩の段丘崖の上、放棄分譲地にある廃校舎と廃病院に乗り込みます。”生命の畑”の計画実行者は、殷堕棲(インダス)こと奥田宏節医師。彼は、恒星天球教で教祖阿吽拿(アウンナ)こと友里佐知子の側近だった人物。そして、彼に加担するのが、警視庁公安部公安総務課刑事の青柳俊淳と、”異次元の少子化対策”を推進する浜管武雄少子化対策担当大臣。彼らの陰謀を阻止すべく、瑠那、凜香と共に、かつて陸自特殊作戦群に在籍していた凜香の担任・蓮實庄司や、以前、凜香に妻子共々印旛沼に沈めかけられた警視庁の坂東志郎捜査一課長が立ち向かい、ハードな戦闘シーンが繰り広げられます。一方、まだまだよく分かっていないのが、”EL異次体”という組織についてと行方不明となっている矢幡嘉寿郎前総理の立ち位置。さらに、留年して日暮里高校3年生となった雲英亜樹凪(きらあきな)の行動も不透明。5月25日発売予定の次巻では、そのあたりのことも次第に明らかになっていくのでしょう。
2023.04.29
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副題は「太宰治にグッド・バイ」。 本著を読み始めて、しばらくしてから、 「これは、やっぱり原作を読んでおいた方が良い?」と思い立ち、 『人間失格』と『グッド・バイ』を読んでから、本著の続きを読みました。 ***「太宰治の5通目の遺書とみられる文書」が発見され、文科省委託の筆跡鑑定家・南雲亮介が鑑定を進めていた。しかし、その報告書が仕上がる当日、書斎でボヤが発生し、南雲は一酸化炭素中毒で死亡。李奈は、警察の要請で南雲邸に向かい、そこに集っていた週刊誌記者たちに遭遇する。南雲の前に科学鑑定をした元大学教授・吉沢は音信不通という状況の中、李奈は、渋谷署の扇田刑事と共に南雲の妻・聡美や週刊誌記者、専門家らから話を聞く。一方、李奈と同時に本屋大賞にノミネートされた柊日和麗(ひいらぎ ひかり)の失踪を、鷹揚社で彼の編集を担当する小松由紀から聞かされると、柊の足どりも追い始める。鷹揚社の文芸編集長・田野瀬抄造が、柊失踪を外部へ情報提供しないまま時は過ぎ、やがて、柊の遺体が三崎港で発見されると、担当編集者・由紀は入院してしまう。後日、由紀から柊のプリントアウトした遺作原稿を見せられた李奈は、その内容に衝撃を受けるが、終盤には違和感をおぼえたのだった。一方、南雲邸近隣に落ちていたビニール袋から南雲のDNA型が検出され、吉沢元教授の居場所が判明、逮捕されると、李奈は全ての真相に気付く。そして、南雲邸に集った渋谷署の扇田らと南雲聡美、吉沢、週刊誌記者たち、さらには鷹揚社一行を前にして、李奈が驚愕の事実を語り始めたのだった。 *** 「そうです。ゲラ直しにしても、自分が書いたときの記憶が消えるぐらい、 日数を置いて取りかかったほうが、第三者に近い脳の状態でおこなえますよね。 いわゆる原稿を”冷やす”ことに、無関係の趣味の本が重宝するんです。 わずか数分でそれなりに冷やせます」(p.145)由紀とのやりとりの中で、李奈が語った言葉です。なるほど、です。
2023.04.23
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田島周二(34歳)は闇商売から足を洗い、雑誌編集に専念しようとしていた。 一女を授かった先妻を肺炎で失うと、埼玉の農家を実家とする女性を後妻とし、 母子を後妻の実家に預けたまま、自身は単身東京でしこたま儲けていた。 しかし、3年を経た時点で気が変わり、母子を田舎から呼び寄せたくなったのだ。 ところが、彼には10人近く愛人がおり、彼女たちと上手に別れる必要があった。 そこで田島は、文士の入知恵により、すごい美人を探してきて事情を話し、 彼女を妻ということにして、一緒に愛人たちを歴訪することにした。 そして、闇商売で関ったことのある、鴉声で怪力の持ち主・永井キヌ子に声をかける。キヌ子を伴って、まずは日本橋の某デパート内美容室に勤務する青木さんを訪ねる。そして、一寸位の厚さの紙幣束を彼女の上衣ポケットに滑り込ませ、「グッド・バイ。」と囁く。その後、キヌ子を口説き落とそうと、彼女のアパートを訪ねるも失敗した田島は、乱暴者の兄と同居する洋画家の水原さん宅に、怪力のキヌ子を伴い訪問しようと考える。 ***『グッド・バイ』執筆は、『人間失格』脱稿後の昭和23年5月15日に開始され、5月下旬には、第10回までの連載原稿が朝日新聞社に渡されていました。その後、6月13日に、太宰はこの世を去りましたが、その時には、第11回分から第13回分までの連載原稿が残されていたのです。そのため、このお話は、ここで未完のまま終わっています。
2023.04.23
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大庭葉蔵は、東北地方の金持ちの家の末っ子。 小さい時から人間を極度に恐れ、道化の一線でわずかにつながる事が出来た。 しかし、中学校の同級生・竹一には道化を見抜かれてショックを受け、 「きっと、女に惚れられるよ」「偉い絵画きになる」という二つの予言をされる。 その後、東京の高等学校に進学、議員である父の上野桜木町の別荘で過ごす。 そして、本郷千駄木町の画塾に通うようになると、6つ年長者の堀木正雄から 「酒」「煙草」「淫売婦」「質屋」「左翼運動」を知らされ、自堕落な生活に陥る。 しかし、父の都合で住まいが本郷森川町の古い下宿へ移ると、金銭状況は一変した。葉蔵はその頃3人の女性と付き合っていたが、そのうちの一人、銀座のカフェの女給・ツネ子と、我を失うほど飲んだ翌日の夜、2人で鎌倉の海に飛び込むが、ツネ子だけが死んでしまう。葉蔵は自殺幇助罪で警察に連行されたものの、丁寧に扱われた上に、起訴猶予となり、葉蔵の父親からヒラメと呼ばれていた書画骨董商・渋田の家に引き取られて行ったのだった。高等学校を追われ、今後の展望の持てない葉蔵は、ヒラメの家を出て堀木の家を訪ねると、そこで出会った雑誌社の記者・シヅ子が、5歳の娘・シゲ子と暮らすアパートに身を寄せることに。漫画の依頼も入り、生活も多少落ち着いてきたものの、外で飲み歩く癖は一向に収まらず、母子2人だけの幸せそうな様子を覗き観た葉蔵は、高円寺のアパートへはもう帰れなかった。次に葉蔵は、京橋のすぐ近くのスタンド・バアのマダムに迎えられ、その2階に身を寄せるが、向かいの煙草屋の看板娘・ヨシ子に、酒を止めたら嫁になってくれと言って約束をする。葉蔵は、約束を守ることが出来なかったが、ヨシ子はそれを信じようとせず、2人は結婚。築地のアパートで真っ当な生活が始まったと思われたが、堀木が訪ねてくると元の木阿弥に。そして、ヨシ子が汚される現場を目撃した葉蔵は、後日、砂糖壺の中にジアールの箱を発見。その催眠剤を全て飲み干すと、三昼夜生死の狭間を彷徨った末に覚醒したのだった。その後、薬局でモルヒネを入手した葉蔵は、やがて中毒状態となって脳病院へ。3か月後に長兄が用意した海辺の温泉地で療養生活を始めた葉蔵は、今年27歳になった。 ***高校時代に現代国語を教えてくれていた若い男の先生が、ことあるごとに「太宰の文学は……」と言っていたのを思い出します。小説を書くことを志していたようで、「その締めの部分は、もう既に決まっているのだ」と何度も仰っていました。その先生が、その後どうなったかは知りませんが、私のよく知っている先生の娘さんが、今年芥川賞を受賞されました。太宰が欲してやまなかった芥川賞、本当にスゴイ事ですね。
2023.04.15
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『ラプラスの魔女』の前日譚。 『マスカレード・イブ』と同じパターンの作品であり、 元の作品を決して傷付けることのない優れた作品であるところも同じ。 本当に、東野さんはスゴイ……。 ***鍼灸師・工藤ナユタは、北稜大学で流体工学を研究する准教授・筒井を通じて、日本を代表する脳外科医・羽原全太朗の娘・円華と知り合う。彼女は、7年前に北海道で発生し、大きな被害をもたらした竜巻により母親を失っていたが、その秘められた力によって空気や水の流れを読み、様々な人たちを手助けするのだった。「第1章 あの風に向かって翔ベ」では、引退の危機に追い込まれていたかつてのスキージャンプの名選手・坂屋を復活へと導き、「第2章 この手で魔球を」では、ナックルボールを補給できなくなった若手捕手・山東から、再挑戦の意欲を引き出す。「第3章 その流れの行方は」では、水難事故で息子が植物状態となってしまった教師・石部を、新たな希望に目を向けさせ、「第4章 どのみちで迷っていようとも」では、パートナーが自死したと苦悩するピアニスト・朝比奈に、真実を提示する。しかし、円華の本当の目的は、工藤ナユタを工藤京太に戻すことだった。かつて工藤京太として、13歳で映画『凍える唇』で主人公を演じた工藤ナユタ。甘粕才生監督の作品は、人間の本質に迫ったすごい映画と評論家たちからも褒め称えられたが、その内容は、主人公が性に溺れ、さらには同性愛にも目覚めるという内容だった。「第5章 魔力の胎動」は、一転して青江修介視点のお話。3年前のJ県灰堀温泉村で起こった硫化水素中毒事故が描かれる。親子3人が亡くなった不幸な事故の真実を解明し、男性客の自殺を未然に防いだ青江は、3年前を思い出しながら、D県警の要請で赤熊温泉駅へと降り立ったのだった。 ***こうして、お話はスムーズに『ラプラスの魔女』に続いていくのですが、シリーズ第3弾『魔女と過ごした七日間』が、3月17日に発売されています。円華は魅力的なキャラクターなので、今後もシリーズは継続しそうな予感。映画化も間違いなしでしょう。
2023.04.15
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本編が15巻で完結した7カ月後に、番外編として出版されたのが本著。 「EX」は「Expert」「Exhibition」等の語の省略形としても用いられますが、 本著タイトルの「EX」は、もちろん「Extra」の省略形ですね。 あれから5年後のお話が、15巻に登場した一ノ瀬寿々の視点で描かれています。 ***「プロローグ」では、学徳学園高等部に入学した寿々が、幼馴染の海藤剛士、葉山透、藤原千歳にOGMの再結成を呼び掛けます。寿々、透、剛士は、興味津々でかつての『ミステリー研究会』部室を見て回りますが、千歳はそれに加わることなく、一人で立ち去ったのでした。第1章「抹茶クリームソーダと恋の味。」では、寿々がOGMで何があったかを明らかにすべく、学徳学園大学部『京都民俗学』専任講師となった澪人に会いに行きますが上手くいきません。しかし、小春が東京の大学に進学したとの情報を得た後、出版社に勤務する愛衣を訪ねると、心霊スポットで危機に陥るも、審神者となった朔也に助けられ、2人から話を聞けたのでした。第2章「懐かしい桜餅と彼らの真相。」では、寿々、透、剛士が、安倍公正宅を訪ねると、和人、由里子に出会って話を聞くことに成功、千歳が澪人に腹を立てていると聞かされます。翌日、中庭の塔で久しぶりに澪人に対面した千歳は、苛立ちの感情を激しくぶつけます。そして土曜日、祇園『さくら庵』には、澪人と小春が二人で一緒に現れたのでした。第3章「愛しき回顧録。」は、小春視点の振り返り、澪人視点の振り返りのお話の後、櫻井家で行われた結婚の宴の様子が描かれています。これまで不明だったことや、誤って伝わっていたことが実際はどうだったのか等、色々なことが次々に明らかになっていきます。「エピローグ」では、新たなOGMの活動に千歳も加わり、顧問は澪人が務めることに。「おまけの宴」では、5月某日に賀茂邸で開かれた澪人と小春の結婚披露宴が描かれています。 ***お話も、いよいよこれでおしまいのようでもあり、書こうと思えば、新たなOGMのお話を、まだまだ書き続けることが出来るようでもあります。でも、「あとがき」を見る限りは、これでおしまいですかね。ただ、今巻の「おまけの宴」に、家頭清貴が登場していたように、『京都寺町三条のホームズ(19)』には、澪人が登場しているらしいですが。
2023.04.15
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「プロローグ」では、澪人が祇園の櫻井家を去っていく様子が描かれます。 第1章「紅姫竜胆の想い。」は、 伏見『さくら庵』のスタッフとなった、元賀茂家の管理人・松原信二郎のお話。 松原の兄・信一郎は、許嫁だった香澄が、ハイキングの途中、山道で滑落し、 亡くなってしまったことから、その妹・安曇と結婚しました。 しかし、安曇との間には子宝に恵まれず、別の女性と間に子供が生まれていました。 かつて想いを抱いていた安曇の苦境を知った信二郎は、実家の旅館へと向かうのでした。 第2章「和栗のモンブランと深まる謎。」は、旧幼稚舎に怨霊を集めた犯人を追うOGMのお話。朔也はコウメと共に、三善家の除霊師たちからの情報収集に努めます。一方、澪人たちは、安倍家訪問前に清明神社で、陰陽師の葛葉久義と遠藤卓の2人に、そして、安倍公正の家では算盤塾に通う霊力の強い小学生・剛士、徹、寿々の3人と出会います。第3章「かりそめの想いと特製あんぱん。」では、朔也と和人が稲荷山で遠藤卓に遭遇。その頃、千歳は葛葉久義から「探しものを手伝ってほしい」と頼まれていました。第4章「過去の清算と懐中しるこ。」では、葛葉が異界への入口を探していたことが判明。千歳は異界の中で安倍晴明と出会い、かつて葛葉を救った巫女の救出に奮闘します。「エピローグ」では、澪人が京都民俗学を学ぶため大学院進学を決意。小春はフリースクールで働きたいと、皆に宣言します。他のメンバーも、それぞれに自身の進む道について語り合うのでした。 ***遂に本編が終了しました。でも、番外編である『EX』が既に刊行されているので、早速読んでみます。さて、今巻にも登場した清明神社に、1か月程前に行ってきました。平日の午後でしたが、流石に人気スポットだけあって、結構たくさんの人が参拝されていました。参拝後、書置き御朱印を納める「御朱印フォルダー」を頂いてきました。
2023.04.09
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「プロローグ」では、祖母と京都に住むことになった千歳が、 祇園『さくら庵』に現れ、小春に求婚します。 第1章「金魚焼きと前途多難な幕開け。」は、朔也の陰陽師『顔見せの会』と、 祇園『さくら庵』に集ったOGMメンバーによる餃子パーティーが描かれます。 第2章「モダンな羊羹と除霊。」では、現代の安倍晴明・巫狐を自称する者が、 京都の心霊スポットへ除霊に赴く動画を配信している件について、澪人が宗次朗に相談。 その件について話し合うOGMメンバーは、吉乃の幼馴染である徳松学長から依頼を受け、 幽霊が現れると聞いた旧学徳幼稚舎に出向き、除霊を行ったのでした。第3章「それぞれの想いと疑惑。」では、朔也と愛衣が巫狐の正体を探ろうと、演劇部部長に繋がる故・東堂周平の孫・静流に会うため、北大路通の『アンティーク堂』へ。第4章「柚子饅頭とダムの龍神。」では、巫狐が天ケ瀬ダムに現れそうだと気付いたOGMが、現地で動画撮影する2人組が青龍を怒らせるのに遭遇、澪人と若宮がそれを鎮めたのでした。「エピローグ」では、澪人と千歳の囲碁対決中、小春の中学時代の元カレが『さくら庵』に。澪人は集中出来ず敗戦を喫しますが、小春が昔結婚したかったのは宗次朗だったと判明します。 ***今巻は、心霊スポットの動画騒動を軸にしながらも、登場人物たちの恋模様や、これからについて描かれているシーンが多かったです。本編も残すところ1巻となり、著者も締めくくりにかかっていることが伝わってきました。さて、どんなフィナーレが待っているのでしょうか。
2023.04.05
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「プロローグ」では、ハチ公像前で澪人と待ち合わせをしていた小春が、 中学時代のクラスメート3人に出会い、余裕の対応を見せてくれます。 第1章「初秋の水羊羹とかぐや姫の想い。」では、 故・東堂周平の娘・竹美が、祇園の和雑貨店『さくら庵』を訪れます。 父母の離婚の真実を知ったことで思い悩む竹美の心を、吉乃が癒すのでした。 その後、『さくら庵』に泥棒が侵入しますが、若宮が追い払い、澪人が下宿を再開します。第2章「京の鯖寿司と白狐の依頼。」では、伏見の地を護る眷属神の白狐・シロの依頼で、今度伏見にやって来る『やんごとなきお方』を喜ばせるため、OGMが協力することに。そして、中秋の名月の黄昏時、イベントで賑わう商店街に現れたのは、何と宗次朗と杏奈。二人は結婚し、伏見稲荷参道商店街で和菓子屋を始めることにしたのでした。第3章「ご挨拶の三笠と玉露の時間。」では、朔也が西の本部長から陰陽師に指名されて大喜び。掌編「真夜中のホットミルク。」では、嵐の夜に、小春と澪人が甘い一時を過ごします。「エピローグ」では、伏見の和菓子屋『さくら庵』の開店当日の様子が描かれます。そして「あとがき」では、著者が前巻を振り返りつつ、お話の継続を宣言。 ***番外編「拝み屋さんと鑑定士」は、『京都寺町三条のホームズ(18)』に掲載された「拝み屋さんと鑑定士[彼の胸の内]」のもととなったお話です。『京都寺町三条のホームズ(18)』を読んだ時点では、よく分からなかった部分も、今ではすっかり理解できるようになりました。
2023.03.26
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