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世代が引き継がれていく。 音もなく、言葉もなく、 教室に熱い流れが創られていく。 毎年、この時期は受験生たちが巣立ち、 新たな小さな受験生たちが生まれていく。 先輩たちの鼓動を感じてきた空気が、 ある一線を境に静止し、新しい言葉を探し始めていく。 受験生のいない教室。 それは、後輩たちの視線が動き始める瞬間。 新たな主役となった彼らが、心を、存在を確認し合うときだ。 昨日はかなりの数の中2生が集まった。 ちょうど学年末の終わった日と重なった生徒が、 達成感か疲労からか、机に伏しまどろんでいた。 徹夜だったらしく、講師が15分だけ許したらしい。 教室のあちこちで「頑張る」という漠然とした言葉が、 「頑張りたい」という能動的な姿勢に替わっていこうとしている。 小さな受験生たち。 まだまだ試練を知らない君らには、大きな壁が必要だ。 だがそれは、待っていても都合よく向き合ってはくれない。 自分で探し、挑み、辛さを知ってこそ、 最高の約束が手にできるものなのだ。 この教室の仲間として、私は君たちにこれから幾度も試練を与えていく。 その一つ一つを素直に感じ、真剣に処理し、 一年後の記録シートに誇れるものがはみ出るほど、大きく雄飛して欲しい。 まだ受験に染まっていない君たちよ。 受験というものは、決して味気ない詰まらないものではない。 自分のために力を蓄え、使い、より高いステージを目指していく。 それは人生に一度の、際限なく成長できる期間。 自分の力でゲートを越えて行く、素晴らしい達成感が待っている。 先輩たちは昨日、受験をすべて終えた。 それは同時に、君たちが受験のバトンを引き継いだということだ。 自覚することの大切さを、時の流れに感じて欲しい。 君らには今日から厳しく当たる。 その覚悟を決めて欲しい。 今の笑顔よりも、数ヵ月後の笑顔の方が数倍素敵なのだ。 その意味を語ってあげたいと思う。 今日の夕方、中2生の保護者を集めた進路説明会がある。 生徒も数名同席する。 申し訳ないが、いきなり厳しいことを語るつもりだ。 受験は変えられない。 待ってはくれない。 その漠然とした思いを、今日、確たる前提に変えて欲しい。 受験生と共に歩んできた数々の出来事が、この教室に刻まれている。 笑い、涙し、くぐり抜けてきた熱い闘いがここにある。 その本質を、その掛け替えのない素晴らしき足跡を、 今日から引き継ぐ君らにも語ってあげたい。 私も講師たちも、君らが可愛い。 だからこそ、伝えなくてはならない大切なものがある。 君らにはまだそれが何か分からないだろう。 それでいいのだ。 少しずつ、一歩ずつ築いていくことを日常に、 君の中にやがて見つかる小さな軸を育てていけばいい。 厳しくなるが、しっかり主体を保って欲しい。 先輩たちが次々と巣立ち、空白があちこちにある教室。 君の使命は、まずそいつを真摯に受け入れること。 そして、私たちの言葉をラインに、自らが有意に動き始めてくれること。 空気が替わるぞ。 耳を澄ませよ。 今の笑顔よりも、数ヵ月後の笑顔の方が数倍素敵なのだ。 その意味を語ってあげたいと思う。 君たちは、本気で泣かなくてはならない。 その意味を語ってあげたいと思う。
2009.02.28
入試の学力検査も終わり、あとは面接のみとなった。 もうみな寝床に就いたと思うので、案内するが、 入試の解答についてはこちらから見られる。 『正答と配点』。 正確に分析は出来ないが、生徒たちの反応やネットの掲示板などを見ると、 やや難化したという意見が多い。 問題を見させてもらったが、 例年と大きな変化のない、いつものパターンである。 リスニングは13点、作文(国語)も8点と、例年通りだ。 強いて言えば、「英作文」が二分割で7点と、 配点比重が高まった点が気になった。 科目別に見てみよう。 国語の問題量は過去と大差はないが、少し記述の量が多い感がある。 出題形式は、従来のままで、さほど戸惑わずに解けたのではないか。 大問3の「小問集」、5の「古文」とも難問はないが、 4の「論説文」はやや難。 大問2の「漢字」では、舞踊を舞踏と読み間違えた生徒が多かったのではないか。 作文は予想通りの型で、 テーマも体験に触れやすい「時間を守ること」で、書き易かったと思う。 数学もいつもと同じ型で、オーソドックスな問題だった。 関数が計3問あったが、いずれも難問ではない。 前半は北辰や模試のパターンであり、得点しやすかったと思う。 作図は2点配点だが、やや発想に苦しんだ生徒が多そうだ。 正三角形を途中に設け、その二等分線を引けば出来る。 確率はすべてのパターンを書き出せば導き出せる問題で易。 社会は相変わらず14ページと大量で、 スピード力がない生徒は苦戦したのではと思われる。 だが問いの内容には、大幅に時間を割くようなものはなく、 資料分析もさほど難解ではない。 やや短文記述に新傾向が見られ、戸惑ったと思う。 それに反し、用語の記述はベタである。 記号の量が多いので、ここの精度が得点を分かつことになりそうだ。 理科は今までのパターンとほとんど変化なく、 ある大問に時間を割いたりしなければ、解き易かったと思われる。 大問4、5の「化学」と、6の「物理」が平易で、平均点に影響しそうだ。 第二分野の実験観察が複雑であり、時間をロスした生徒が多そうだ。 最後の電流は基本問題なのだが、捻りがあり計算ミスが心配される。 短文記述、用語とも平年並みである。 英語は問題量に変化はないが、先の英作文に難化が見られた。 部分点の取り方がキーポイントだろう。 会話文、長文とも例年並だが、テーマがやや重く圧倒される印象有り。 和訳や英文記述などの2点問題の出来が、得点結果を決めそうだ。 総合的に見て、飽くまでも私個人の予想だが、 国語=やや難 数学=並 社会=並~やや難 理科=やや易 英語=やや難 全体では、昨年より平均点は下がると思われる。 教育委員会の予想点も今日出ると思うが、 まずは面接試験終了後に自己採点をしてみよう。 塾に来てやるといい。 理社については、後日ここで細かく分析する予定である。
2009.02.27
後期受験生たちは今ちょうど、 最後の英語を解いている最中だ。 15時10分終了なので、残りあと2分ぐらいか。 英作文に頭を捻っている者も多いことだろう。 最後まで諦めるなよ。 終了の合図までペンを置くなよ。 1点にこだわった者が勝つ。 その可能性に攻め込んでいく姿勢を最後まで貫けよ。 筆記に関しては、もうすぐお疲れさんだな。 みんなよく頑張った。
2009.02.26
受験生たちを送り出したあと、教室に一人残り色々と考えた。 今年の受験生はみなよく頑張った。 それは講師たちの誰もが認めるほど、凄まじいものだった。 この名学館の歴史はさほどではないが、その過去を辿ってみても、 今年ほどエネルギーに溢れていた仲間はいない。 毎日夕方になる前から、必ず誰かが自習に訪れ、 教室を熱い空気にしていた。 初めは特定のメンバーだったものが、やがて連鎖を呼び、 夏からは受験生の溢れる風景が、教室の普段の風景として焼きついている。 彼らはいつも高い意欲を見せ、結束力も強かった。 付き合いのない他校同士が、回を重ねるごとに関係を深め、 受験生という共通の立場に、それぞれの目標がクロスしていった。 私がこの教室に求める「コミュニティ」の原型がそこにあった。 彼らは授業の有無に関係なく毎日ここに来て、会話し、励まし合い、 そして自分の役割を全うするかのように、真剣に課題と対峙していた。 暑い夏は、彼らの熱意が、宿泊特訓というかたちで昇華した。 積極的に向き合い、自分を高めたいという思いが、 常にこの教室の中で共鳴していた。 流れをリードする者は、学年1位、2位、3位、6位、7位と結果を残しつつ、 それでもまだ志望校を目指して上昇したいという、強い意欲を離さなかった。 北辰の結果に悔しがる生徒を何人も見て、 私は彼らととことん付き合うことを決めた。 冬の年末特訓、24時間特訓、いずれも彼らが受けるべくして存在した。 年が明けてからの皆の気合は凄まじく、 椅子がなければ床で勉強している者もいた。 合格したいというエネルギーは、連日深夜まで続いた。 膨大な力を時間の流れに溶かし、手応えを掴んでは大きくなっていく。 指示しなくとも、自分の課題を広げ攻め込んでいく。 そんな風景があちこちで見られた。 まるで教室が自分の最高の部屋であるかのように、 力強い受験生の瞳が幾つもそこにあった。 彼らは今日、進路を分かつ決戦場に出向いていく。 蓄えた力を背負いながら、自力でゲートをくぐろうとしている。 送り出してしまえば、塾は非力だ。 もう手を加え、文句を言ってあげることも出来ない。 だが私は思うのだ。 これだけ努力した仲間たちが成功しないはずがない。 だから自信を持てと。 勉強が嫌いで方法も分からなかった者が、 ここに足を運ぶことを選び、 いつからか、何時間も健気に自分と闘えるようになっている。 今日、受験に出向く者の中には、 小6や中1からここで共に歩んできた者が何人もいる。 そんな彼らの成長を最後まで見届けられたということが、何よりも嬉しい。 今となっては、一人一人に頑張れよとしか言えない。 いつもの厳しい口調がもう使えないというもどかしさと、 やっとこの日が来たのだなという思いが混ざった、不思議な感覚だ。 彼らはいつか巣立っていく。 腕を磨き、経験を重ね、大きな希望を期待するように、 自ら最後のハードルを目指していく。 そして私は、そっと背を押し、勇気と自信を語ってあげる。 毎年繰り返される約束事が、今年はやけに重い。 だが、トロッコはもう走り出した。 いよいよ会場で勝負する時。 今日まで刻んだ記録を無駄にするなよ。 ラストの執念を、今日という最高のステージで開花させるのだ。 答案を前に、君の存在を精一杯描いて欲しい。 さあ、 あのコーナーを曲がると、観衆の奥にゴールが見えてくる。 君はそのテープに向かい、全力で駆け抜ければいい。 最後の「GOAL通信」。 それは君自身がゴールを目指す、闘いのラストランだ。 長かった道程。 そこに残した無数の足跡は、確実に君の今のエネルギーになっている。 自信を持てよ。 歩調を保てよ。 満開の桜は、あのゴールの先にある。 15歳の春。 今日は、君のつぼみを開く時だ。
2009.02.26
入試全体の注意点として、 今まで何度も言ってきたことを、 最後に幾つか書き出しておきたい。 「休憩時間に、終わった科目の採点などは絶対にしないこと」 「休憩時間は20分と長いが、暗記物などをせずに頭を休めること」 「1限目の国語は、作文を必ず制限字数まで埋めるように」 「作文に資料があったら、必ずそれに触れること」 「作文は最後にしないで、時間の途中から書き始めること」 「昼休みも友達と午前中の3科の話などせず、午後の理科に視点を向ける」 「答案の名前は丁寧に書くこと」 「苦手教科はできそうな問題から始めること」 「用語や短文で、自信のない漢字はかなで書くこと」 「答案は採点してもらうことを考え、丁寧に書くこと」 「解答用紙の解答欄の大きさに、誤答の発見のヒントがある」 「答案を消すときは、部分消しで済まないかをまず見よ」 「問題用紙は線や印を付け、問いの指示を確認しながら進める」 「理科では問いの数値や条件に必ず印を付ける」 「問題用紙は折っても逆さにしても構わない」 「記号は必ず埋める」 「漢字の点ひとつに細心の注意を払うこと」 「空欄補充では、余計な文字を二度重ねしないこと」 「社会・理科の短文記述は、書けば部分点をもらえるかも知れない」 「ラストは慌てて欲張らず、色々と手を出さないこと」 「最後の5分は、すでに解いた部分の見直しに徹するべし」 「1点を大切にし、最後の1秒まであきらめないこと」 「周りを見て、緊張してそうなやつを探せ」 「絶対に勝つと信じ、攻め続けること」 「周りに支えられているという、感謝の気持ちを持つこと」 「合格線上ではたった1点に、10~20人がひしめいていると思え」 「どんな問題でも1点は1点だ」 「時間と闘っただけ、君は確実に強くなっている」 「集中したいときは、深呼吸をせよ」 以上、いってらっしゃい。
2009.02.25
社会の最後の仕上げは、やはり本番慣れしておくことに尽きる。 埼玉の社会は、何と言っても量が多い。 40分の試験時間で量を比較すると、全国1位か2位である。 それを前提にスピード力を付けておかないと、時間切れになる可能性がある。 過去問を開き、資料やデータを読み取る問題の即解のコツを身に付けておきたい。 またこちらも理科と同様に、 「短文記述」問題の出来不出来が、得点を大きく変えるだろう。 特訓で渡した、地・歴・公の《記述ベタ》を、今一度見直しておこう。 用語の回答も多いので、漢字のミスには注意だ。 自信のない場合はかなにしておくのがベストだが、 ハイレベルな高校では、漢字で書けないと減点されることも想定し、 チェックを出来るだけしておくことを勧める。 歴史で効果があるのは、今一度、教科書を通読しておくことだ。 図版や資料、グラフも入念に見直し、 特に時代ごとの括りと、流れの把握に重点を置く。 あるキーワードをもとに、何時代かを即答出来るようにしておきたい。 農業・経済史、文化史はぜひ別枠で押さえておきたい。 地理は産業データや貿易グラフ・地形図をしっかりと。 教科書は終わりの方の「日本の特色と世界との関係」だけでも目を通しておくといい。 公民は、やはり教科書の再チェックが最も効果がある。 政治における様々な数値や憲法条文が出てくるので、確実に押さえておこう。 国際関係・環境資源問題・略称も必修である。 公民全体では、国民の生活向上や保護を前提とした動きに注意したい。 毎年必ず出るので、各種法律や制度、新しいしくみについて再度確認しておこう。 本番では一部、歴公、地公などの融合問題も出るが、難問ではない。 問題量が多いのでスピード力が必要だが、用語の誤記には注意しよう。 最後にぜひ押さえておきたい項目を挙げておく。 「砂漠化・熱帯林の減少、温暖化などの環境問題」 「時差計算」 「経済水域と育てる漁業」 「人口ピラミッドと少子高齢化」 「季節風、海流、雨温図などの日本の自然」 「IC、鉄鋼、発電所などの立地」 「律令制~バブル崩壊までの経済・産業発展の通史」 「文化史」 「大陸との外交史」 「選挙権の制限の流れ」 「略称(特にPKO・NGO・NPO・ODA・NIES・ASEAN)」 「税金区分と累進課税」 「国会と内閣の仕事の比較」 「社会保障制度の4つの柱」 「直接請求権」 「クーリングオフ、PL法などの消費者保護」 「法律の制定、憲法改正の流れ」 「裁判員精度、介護保険などの新しい動き」 最後に、 とにかく時間の許す限り教科書を読みなさい。
2009.02.25

受験生がまだ頑張っている。 日付が替わり、とうとう入試前日になった。 M君、H君。 結果が出るといいな。 今日の夜は塾長の最後の授業だ。 本当にオーラスの、最後の授業。 頑張ろう。
2009.02.25

理科はあと何をやっておけば有効だろうか。 ひとつ挙げるならば、やはり教科書のチェックだろう。 実験・観察・イラスト・写真・図表を中心に、全体を読書してみる。 注意と書かれている部分は、特に入試でも狙われやすい。 あと取り組んでおいて損はしないのは、「短文記述」 の練習だ。 練習というよりは、もう暗唱訓練といった方がいいだろう。 何度も模試などで登場した、いわゆるベタを外さないようにすればいい。 リストは特訓やゼミで渡し、何がベタかも指示済みのはずだ。 筆記の時の漢字が引っかかる者は、そこも見直そう。 前の記事でも触れた 「過去問」 も、 感覚を鈍らせないために、目をやるようにしたい。 問いのパターンを知り、どういう時間配分で処理すべきか、 ある程度の段取りは決めておいた方がいいだろう。 あとは本番で何が出るかという単元の問題だが、 去年も予告したように今年はここでは発表しない。 塾生たちには、より詳しく分析したものを、すでに先日の直前補習で配布した。 生徒たちには 「予想ではなく、確率に沿った傾向分析だ」 と伝えているが、 あまり深入りして誤用することだけは注意して欲しい。 やるべきことをしっかり築けば、理科は素直に点に表れる教科だ。 欲張ってあれこれ手を広げず、 パターンの最終確認と、答案に復元させるシュミレーションをしながら、 今の知識の 「精度」 を上げることに専念しよう。
2009.02.24
受験生たちは本番に向けて、 教科別の得点をシュミレーションをしていると思う。 さあ、果たしてそれは効果的だと言えるだろうか。 確かに5教科各40点で、配点は均等だ。 だが実際には平均点が違えば、各自の得点能力も違う。 例えば国語で35点取ると割り振った場合、何を根拠に35点なのだろう。 これは言い換えれば、ミスが5点しか許されないことであり、 大失敗でもすれば予定が狂うどころか、修正不能となる。 それは予想を15点と割り振っても同じことだ。 なぜ15点なのか、何を根拠に失点25点なのか。 北辰の成績推移で考えているのなら、そんなナンセンスなことはやめよう。 実際の入試では、そううまい具合に予想通りにはいかないものだ。 教科単位で「結構できた」「ダメだった」と一喜一憂するのではなく、 全体をひとつの塊で考えると気分は楽になる。 200点満点の試験を1教科受けるのだと考えてみよう。 その200点には細かい単元ごとの設問がいっぱいある。 それらをどう組み立てて、目標点に合わせていくかを考えるのである。 そういう捉え方が出来ると、残りの期間にすべき作業が見えてくる。 まず、実際の出題傾向をよく分析してみる。 そして、満点を想定して、何を準備しておかなくてはならないか、 細かい単元を教科別に書き出してみる。 ある教科が50、ある教科が10とばらついても構わない。 次にそれをB4かA3の用紙に落とし込んでいく。 ちょうどディズニーランドのアトラクションMAPのように、 自分の 「対策マップ」 を作るのである。 英語ゾーン、社会ゾーンと大きく括り、そこに課題とされる単元を記入していく。 遊園地ならば、アトラクションが故障したり、設備に不具合があれば、 必ず修繕するだろう。 君の対策マップにおいても、重大な欠点や課題があれば直さなくてはならない。 各ゾーンごとに、全体の出来栄えに大きな影響を与えそうなものに印を付け、 リカバリーの工程を組んでいく。 理科に欠点項目が20個あるから、とにかく全部何とかしたい。 気持ちは分かるが、それは夏休み頃に進める作業だ。 残り二日となった今すべきことは、 全体の運営に大きな支障をきたす部分の「応急処置」を手際よく進めること。 飽くまでも 「対策マップ」 全体を大きく捉えることが最優先であり、 それが総合力となり、合否を決めるのだということを忘れてはいけない。 前の記事で「合わせる」ということを書いたが、 対策マップは、処置を施しながら、 当日の試験問題とリンクした方向に合わせていかなくては意味がない。 傾向を調べ、ADFKLNRSVZが重要にも係わらず弱いのなら、 そのADFKLNRSVZに視点を注ぎ、失点を食い止めることだ。 ある教科に集中していても構わない。 君が見るべきは 「全体力」 であり、 ここまで来たら教科バランスを細かく考える必要もない。 国語がうまくいかなければ、もう終わりなどということはない。 数学の○○と、社会の○○でというように、 単元ごとに切り崩していけばいいのだ。 200点満点の1教科という捉え方が、どこまでイメージ出来るか。 入試では大半が1問2点、要するに100問だ。 100問という量に対し、3時間50分もくれる。 落ち着いて処理すれば、勝機は誰にもある。 教科ごとのシュミレーションではなく、 一度、全体シュミレーションをしてみよう。 そして傾向に沿ったマップに課題があれば、何か応急処置をしておきたい。 この二日で、 「全体力」 を伸ばす処置をぜひ意識したい。
2009.02.24
入試直前の学習法で最も大事なこと。 それは、本番に向けてのリズムを保つことに尽きる。 いざ試験会場において、スーッと問題に入っていける、 「解く」という感覚を、身体全体で持ち続けることである。 三日後にレースを控えた陸上選手は、どのようなメニューをこなすだろう。 理論書を読んだり、深夜まで筋トレしたりするだろうか。 実際にコースを走り、本番への感覚を磨くことに集中するのではないだろうか。 マラソンなら起伏や風や日差しを計算しながら、 実際に走りペース配分を割り振っていく。 短距離選手なら、アンツーカーの硬さを計り、 スタートの感覚がしっくりくるまで何度でも練習する。 それは散々蓄積してきた技術をさらに研くということではなく、 実戦に「合わせる」という行為である。 自分の持ち合わせている力を、イベントの目的に「合わせる」のである。 入試というイベントを考えてみよう。 当日は朝何時に起床し、何時に家を出て、何時から試験が始まり、 どういう教科がどの順番で試されるかも決まっている。 試験問題がどのような「型」で与えられるかも、すでに分かっている。 本番に合わせ、感覚を保つとは、 そのシュミレーションに自分の力を嵌め込み、流れを掴むことにある。 受験が迫ると誰もが不安になり、あれもこれもと手を出したくなる。 社会のここが出そうだ。 英会話表現の暗記が不十分だ。 そうして、これでもかとばかりに知識を抱えようとする。 これには大きな落とし穴がある。 これは私の理論だが、直前の新規インプットはほとんど意味がない。 と云うよりは、作業が間違っているのだ。 仕上げの段階では、先も言ったように、 本番に合わせた実戦感覚を研くことに、重心を置いていなくてはならない。 試験問題を前にして、スーッと解き始められるリズムを漲らせる。 そのためにすべきことは、 「インプット」ではなく、「アウトプット」なのである。 直前にインプットで固められた頭は、 一問一答のような型に嵌った問いには対応出来るが、 思考を試す問いや、分析、応用力を試される問いには非力だ。 問いのパターン分析やシュミレーションもしていなければ、 答案は断片的になり、流れを掴めないまま時間切れになる。 一方、アウトプットの訓練に徹し、「解く」という感覚を保ってきた者は、 問題を崩しにかかる手順が正確で、速い。 本番に「合わせる」という行為は、 ないがしろにされがちだが、とても重要なことなのである。 この二日前に、君がもし、一所懸命に知識を蓄えようとしているのなら、 一度手を休め、今までの収穫の再確認に留めるべきである。 そしてその時間を、 今の力で試すという「アウトプット」に注ぐべきである。 現在の力でどう戦うべきかという、シュミレーションをすべきである。 過去問を題材に、「解く」リズムをどう高められるかという、 オリジナルな作戦の完成を図るべきである。 直前二日間は、徹底して「解く」という感覚を築いてみよう。 今から100暗記して、ガチガチの頭にしても、 使うべき場はほとんどない。 仮にあって、それが得点になっても、 全体の解くための型が空白ならば、理想的な点の蓄積は出来ない。 入試はクイズではない。 点をどのようにして連結していくかという、完成度が試される場だ。 数日前に、「木を見て、森を見ず」という記事を書いたが、 まさにその感覚である。 目先の知識に没頭し、全体を見失ってはいけない。 三日後に君は試験会場に座っている。 答案を開いた時に、まずどう切り崩していくかということを、 自信が漲るくらいに、入念に組み立てておかなくてはならない。 そのために「合わせる」という感覚を研くのである。 陸上選手が身体で覚えるように、 君は頭でそのリズムを覚えるのである。 解くという一連の作業の「流れ」に徹底してこだわってみよう。 過去問や予想模試と向き合いながら、 当日に波長を合わせていくのだ。 ただ覚えただけの武器では埋められない、 安定したペンの動きがそこにはある。
2009.02.24
受験生に対し、 直前学習のポイントを幾つか挙げておこうと思う。 「こうしなければいけない」という訳ではなく、 自分の仕上がり状態や、得手不得手、受験校レベルなどに合わせ、 アレンジしながら有効に活用して欲しいと思う。 今の君の状態が基本になる。 状態というのは、長いこと受験勉強をしてきて、 今現在の君が持っている実力や学習リズムを指す。 それをリセットするのではなく、+αのヒントとして活かして欲しい。 君の状態を基盤とし、工夫し、研きをかけていく発想が何よりも大事だ。 今夜(深夜)から水曜にかけて色々書く。 ところで今日、具合が悪くて休んだ受験生が数名いた。 うち一人はインフルエンザらしいが、大丈夫だろうか。 明日から最後の大事な2日間。 無理をせず、静養して欲しい。 受験前に渡したい大切なプリントなどは、 場合によっては、郵便受けに入れておく。 万全の体調で26日の試験に臨めることを願う。
2009.02.23

受験生たちよ。 受験準備期間としては、あと三日だ。 2009年2月23日。 2009年2月24日。 2009年2月25日。 この三日間を、今までの人生で最高の日にしよう。 二週間後にこの三日を振り返り、「よく頑張ったよな~」と言える、 記録的な日にしよう。 週末あたりからカウントダウンが現実味を帯び、 受験生たちもかなりピリピリしていた。 その空気は私も感じていたが、一切特別扱いせずに普通に接してきた。 理科が気になる生徒を呼び寄せ、仕上げの確認もした。 理解が不十分でも妙な励ましはしたくない。 「もう何度説明したよ」 「こないだも出るって言っただろ!」 厳しい言葉をぶつけ、奮い立ってくれるのを待っている。 それはあと数日でも変わらない。 頑張ってきたのだから何とかなると言ってしまえば、 そこで成長が止まってしまう。 無責任な励ましはしたくない。 いや、してはいけない。 まだ伸びるはずだ。 ギリギリまで伸ばし、可能性を高めてあげたい。 その思いが、強い口調になって生徒に向けられている。 受験生たちも私のそういった雰囲気を期待している。 「こんなんで受かると思ってるのか!」 「おいっ! 真剣に、命懸けで覚えろ!」 直前までこんな苦言を叫ぶ者は、もう私しかいないだろう。 ならば・・・・ 語ってあげようと思う。 私がGOサインを出すのは、受験前日の深夜だ。 それまでは鬼の塾長でいてあげたい。 気合が萎えそうになった時には、 背筋を伸ばしてあげ、檄を飛ばしてあげられる、 そんなエネルギーに溢れた教室であり、私でありたい。 一週間ほど前の特訓で配った「ウカルピス」。 君の言葉は何だったか覚えているか。 支えてくれる人たちに感謝し、 精一杯ラストランを走り抜けよう。 塾長はいつもの通り、厳しく君に接する。 ダメなものはダメと揺さぶる。 安心や慰みは他の人からもらいなさい。 私に指摘され、突き落とされ、悔しければ泣けばいい。 涙することで、熱い何かが拾える。 それがギリギリの場面で最後の切り札になるのだ。 きっとなるのだ。 あと三日。 真剣な瞳を携えてきて欲しい。 凛々しい空気をここに運んできて欲しい。 まだ間に合う。 その密度を決めるのは、 志望校に入りたいという君の執念だ。
2009.02.22
中2生のテスト対策には全員が参加した。 何とかしたいという意欲の高まりが、少しずつ見えてきている。 ただし実際に指導し、確認してみると、 行為とは裏腹に、準備不足の生徒がかなりいた。 今回の理科などは特に顕著で、自学や補習をどう取り組んできたかによって、 生徒一人一人の完成度はみなバラバラだ。 試験の直前に慌てて詰め込んでも、十分なレベルには届かない。 何度説いても同じことが繰り返される。 どう改善させるか。 計画の提出、チェックテスト(理社)の定期的な実施などを取り入れるべきか。 来期に向けての大きな課題である。 中1の男子がテスト対策後に率先して居残り、夜まで自習していった。 途中、少し理科のポイントを補習した。 よく理解出来ているが、踏み込んだ部分での甘さがまだある。 80点ではなく、90点台後半を取るためには、 あらゆる問題を想定し、どう答えるか準備しておかなくてはならない。 気体の部分で「アンモニアはなぜ上方置換なのか」という問いがあり、 彼は「空気より軽いから」と答えたが、 実際の試験でそれをやると×になる。 自習している中3生が6名いたので、呼び寄せた。 「おーい、お前ら、これ分かるか~」 飛んで来た受験生たちがボードを見て次々と答える。 「空気より軽く上の方に集まるので・・・」 「はい、ダメ」 「空気と比較して軽い気体であるため・・・」 「あのなあ・・・・俺そう教えたか?」 「水に溶けやすくて、空気より軽いため!」 やっと答えが出た。 そうなのだ。 水上置換が使えないということに触れ、両方を述べなくてはいけない。 中1生の彼は頷いていたが、先輩を巻き込み答えを導き出したことで、 きっと強い印象が残ったことだろう。 受験生たちにとっても、よい再確認が出来た。 それにしても彼はよく頑張る。 中2の春からは、私に理科を教わることになっている。 磐石の力を与え、大きく伸ばしていきたい。 中2生たちも10名ほど残り私の補習を受けていったが、 不安ならば何度でも喰らい付いてきて欲しい。 待っていても力は漲らない。 自分の納得のゆく状態を目指すには、 攻めるしかないのである。 日曜はしっかり時間を過ごせよ。 数十点の蓄積は、君の意識次第で一日でも可能だ。
2009.02.21
今年も「激励文」を受験生に渡した。 共に歩んできた先生たちの言葉に、 何かヒントを見つけてくれたら嬉しい。 最後まで歩調を緩めず、走り抜けよう。 決戦まで、あと5日だ。
2009.02.20
勉強で成果を出すには、時間が必要だ。 自ら取り組んでいく、絶対的な時間が必要だ。 時間を掛けずに成果を飛躍的に上げる「奇跡の方法」というものは、 残念ながら存在しない。 これは何十年、何百年も前から引き継がれている法則なのである。 成果を、成績を上げたければ、そのために時間を注ぐ。 時間に賭けてみるのだ。 1回だけトライした者と、10回繰り返しトライした者が勝負する。 5分間だけ暗記した者と、2時間何度も暗記を繰り返した者が勝負する。 テキストを途中までしか読んでない者と、完読を3回往復した者が勝負する。 失敗をザーッと一度だけ確認した者と、時間を掛け5度、6度と反復した者が勝負する。 結果は歴然としている。 結果の精度は絶対に裏切らない。 それの安定性は、費やした時間に無条件に比例していく。 ゼロを2個付けてみよう。 1回だけトライした者と、1000回繰り返しトライした者が勝負する。 5分間だけ暗記した者と、200時間何度も暗記を繰り返した者が勝負する テキストを途中までしか読んでない者と、完読を300回往復した者が勝負する。 失敗をザーッと1度だけ確認した者と、時間を掛け500度、600度と反復した者が勝負する。 考えるまでもない開きがそこにある。 埋められない、歴然とした開きだ。 1回や10回では大差はないと思ってはいけない。 回数や時間の多寡は、少しずつ安定の度合いを変えていく。 1回よりも2回の方がより定着する。 2回よりも3回、3回よりも4回の方がさらに定着度を増す。 君はその原理を素直に受け入れなくてはならない。 だから回数を重ね時間を費やすことは、 成果を得るための可能性を自分に形成することなのだ。 なぜ1回しかやらない。 なぜその1回すらやらない。 やらずに成果が欲しいだと? そんな魔法があったら誰もが天才だ。 勉強というものは、その努力の度合いで開きが出るから勉強なのである。 計画や実践に伴うものだから、やり甲斐があるのである。 何も勉強せず、時間を注ぐことに逃げている限り、 君のステージはいつまでも今のままだ。 君はそこで満足しているのか。 成果を掴みたければ、上のステージに這い上がりたければ、 そのための行動に出なくてはならないのだ。 5分で挫折していた暗記を、6分、7分と喰らい付き、 かたちを得るまで何度でも向き合うのである。 100のうち3しか頭に残らなかったものが、 そのエネルギーにより、4になる確率が増すのだ。 たかが1と思ってはいけない。 それがあらゆるジャンルで掴めれば、数百という集合体になっていく。 2だったら、3だったらと。 蓄積というものは、そうやって手応えというかたちを作っていくものなのである。 勉強で成果を出すには、時間が必要だ。 自ら取り組んでいく、絶対的な時間が必要だ。 時間を掛けずに成果を飛躍的に上げる「奇跡の方法」というものは、 残念ながら存在しない。 成果を、成績を上げたければ、そのために時間を注ぐ。 時間に賭けてみるのだ。 毎日、夜の時間が3時間あるのなら、 自分の成果のために何が出来るか考えてみる。 そして少しまた少しと、有意義な時間を割り当ててみる。 その絶対量がやがて納得のゆく結末に繋がっていくのである。 定期試験前に5時間やった者と、10時間やった者では、 得点できるエネルギー量が違う。 時間ではない、中身だと言うのは、明らかな詭弁だ。 そういう台詞は、時間を十分に費やし、さらに密度を上げようとする時の、 改善としての言葉であり、 やっていない者が吐く台詞ではない。 そんなことを言っている間に、机に向かうのである。 1分でも2分でも、テキストを開き、読むのだ。 ペンを持ち、書いてみるのだ。 失敗を次からどうしたらいいのか、考えてみるのだ。 そして何度も繰り返し、練習するのである。 初めて自転車を習った時、君は何もせずに眺めていたか。 何もせずに乗れるようになれると、本気で思っていたか。 練習時間じゃないよ、中身だよと親に語っていたか。 勇気を持ち、初めてペダルを踏み込んだ。 その瞬間を思い出して欲しい。 転びながら、ふら付きながら、やがて安定していった、 その時の過程を思い出して欲しい。 毎日練習した成果が、今の君の運転に生きている。 今なぜ運転できるのだろう。 それは、練習という行為に「時間」を託したからではないか。 上手くなるには、反復し、改善を繰り返していくしかない。 勉強もまったく同じだ。 ゼロから始めても、場数を踏めば誰でも可能性を手に出来る。 繰り返し、地道に向き合うことで、 確実に進歩していける。 成果は黙っていてはやって来ない。 君が自ら掴みに行かなくては、鮮明なかたちを描けないのである。 身近な出来ることを探し、ほんの少しの時間を大切にし、 自己投資を始めて欲しい。 勉強で成果を出すには、時間が必要だ。 自ら取り組んでいく、絶対的な時間が必要だ。 時間を掛けずに成果を飛躍的に上げる「奇跡の方法」というものは、 残念ながら存在しない。 成果を、成績を上げたければ、そのために時間を注ぐ。 時間に賭けてみるのだ。 たった5分でも10分でもいい。 自分を高める努力をしてみよう。 10回書いて覚えられなければ、11回目に挑むのである。 成果とは、そういった行為の蓄積によって動いていくもの。 その行為の奥の方で、 君が引き出すのを待っているのだ。
2009.02.19
後期入試の志願者数が確定しているので、 急ぎで知りたい人は、ここを閲覧して欲しい。 地元で二日間の変更により、35人も増えた高校があった。 増えると予想された高校だ。 細かい解説は不要かと思う。 また私も再三ここで言っているが、塾生内には、 倍率が高いからと安易に変更してしまった生徒はいないかと思うが、 この変更によって結局大差がなくなってしまうこともある。 数字は単純に倍率だけでなく、 男女比、レベル、地区、周辺校の倍率などを総合して見なくてはいけない。 その視点や判断は、資料のある塾に相談するのが一番である。 さて、自分の行きたい高校に正しく出願できたか。 もう最終決定だ。 あとは、合格の可能性を高めるのみ。 もう一つ、現中2生もしっかり動向を見ておくこと。 明日の朝刊にも載るので、保存されたし。
2009.02.18
先週の12日、中2生のSさんに理科を補習した。 翌日、Yさんからも申し出があり、早速16日に補習を行った。 17日にはM君とS君が授業のない日に来て、やはり補習を申し出てきた。 仲間のS君とS君も一緒に受けたいらしいと言う。 月初めには、いち早くFさん、Mさんの補習希望を受け入れ、 彼女たちは18日に実施する予定でいる。 Sさん、Yさんの2回目も19日に行う。 他にも別ルートで、S君、E君の予約が入っている。 今回の理科は 「化学変化と原子・分子」。 学校によっては、「電流と磁界」 も範囲になっている。 定期試験まで10日を切り、だんだんと自分の課題が見えてきたのだろうか、 理科に関してだが、今までと違う、強い前向きな空気が中2生たちに溢れている。 それだけ厄介な、「まいったな」という感じなのだろう。 補習は一切強要していない。 ボードやお知らせなどで駆り立ててもいない。 先月末の個別面談で希望は受けると告げたが、 その他で告知したのはこのブログぐらいである。 自分で試験準備をしてみて、気になる教科が理科だったのだろう。 何とかせねばという意欲が、もうすぐ受験生になる彼らを動かしているようだ。 中3受験生のラスト一週間と重なり、私の日程も過密だが、 可能な限りは対応したいと思っている。 理科、社会というものは、 普段から触れているかどうかの差が、 中3後半になってはっきりと出てくる教科だ。 高校受験を考えるのなら、定期試験の時だけ慌てるのではなく、 年計画のもとに、一からの実力練成を進めて欲しい。 試験前に補習していても、入試には勝てない。 春からのコース変更は、以前お知らせしたように今週19日の木曜まで。 理社を授業に組み入れたい者は、至急申し出て欲しい。 入試制度の変更は確定し、 県内の生徒たちも、自分は何をすべきかを考え動き始めている。 先輩の受験が終わる来週の26日。 その日から正式に、君たちが新たな受験生だ。 長いようで短い一年が始まる。 前半で出遅れるなよ。 繰り返しになるが、夏までに理社を真剣に研きたい。 中1の春から2年間で学んだことを、しっかり復元しておこう。 受験後半戦の最大の武器になるぞ。 まずは来週以降に行われる学年末試験だ。 貴重な補習を有効に活かしてもらいたい。 出るパターンは毎回決まっている。 今回申し出てきたメンバーの意欲に、しっかり応えてあげようと思う。
2009.02.17
公立後期の出願倍率が出たが、 出願先で悩んでいる生徒が2名ほどいる。 17日及び18日の午後4時までなら、一度だけ出願先を変更できる。 その生徒はいずれも1.8倍から2倍ラインの、かなりの人気校を希望している。 一人は先週末の出願の時に、もう一人は今回の数値を見て、 親御さんからどうしたものかと直接相談を受けている。 こういうケースは毎年あるのだが、私の考えをまとめておきたいと思う。 まず第一に、受験は倍率よりも自分の格付けを大切にしたい。 それは合格可能性を超えた、尊いものである。 リスクを背負えば確かに可能性は低くなるが、受験は可能性の検証ではない。 受かればいいというものではない。 3年間通う高校だ。 毎日、颯爽と登校し、充実した納得のゆく高校生活を実現させて欲しい。 北辰で、模試で、1年間書き続け、励みにしてきた高校を、 ラストの1週間で白紙にしていいものなのか。 ぜひじっくり考えて欲しい。 私が生徒たちに願うことは、 合格発表の日に自分の番号を見つけ、最高の笑顔で報告に来てくれることだ。 ともに喜べる高校に受かってくれることだ。 そして高校卒業の時には、誇れる3年間だったと語れるよう、 有意な時を過ごして欲しいことだ。 ランクを落とせば可能性は高まる。 だが同時に何かを失うのならば、慎重に考えるべきだろう。 もう一つの問題は、 倍率と偏差値ランクの兼ね合いである。 偏差値が高く倍率の低い高校と、偏差値はやや下がるが倍率の高い高校。 この両者で悩んでいる生徒がいる。 埼玉基準では偏差値は「2」違うが、倍率は下の高校の方が0.5ほど高い。 単純に1.5倍と2倍で比較した時に、どちらの方が入りやすいのか。 その生徒は決定に悩んでいる。 素直な希望としてどちらに行きたいのかを別にして、数字だけで判断すれば、 倍率を加味しても下の方が入りやすいだろう。 偏差値というものは、集まる受験生のレベルを示している。 突出したレアケースではなく、平均値である。 過去の倍率推移を経て、ある程度定まっている数値である。 生徒もまたそれを基準に出願している。 だから倍率が高いからと言っても、 急に今年に限り、ハイレベルな生徒が集まっているわけではない。 実力相応の受験生の 「コア」 の部分が膨らんだと解釈すべきだろう。 それは倍率の下がった高校でも同じことだ。 いくら倍率が低くても、やはり偏差値に沿ったレベルの受験生が集まっている。 仮に1.1倍であっても、偏差値○○ならば、 その○○の実力層がコアを作っているものなのだ。 だがこれは飽くまで数値上の比較である。 ただ入りやすいだけで、肝心な進学の本質を見失ってはいけない。 自分が本当に行きたい高校はどちらなのかをよく考え、 それに沿った選択をすることが何よりも大切だろう。 その大望を実現するために、私立の確約も取ってきた。 悔いのない選択を決め、強く踏み出して欲しいと思う。 高校受験はあと1回しかない。 その意義を考え、最高のスタンスとは何かを決断しよう。 入りやすさを超えた、「価値」 とは何かを感じてみよう。 1.8~2.1倍の生徒が今年はかなりいる。 みな初志貫徹で、自分のための仕上げに入っている。 倍率が何だ。 ある生徒の言葉に、ぶれない強い軸を感じた。 あと9日ある。 いや、まだ9日もある。 執念で完成を目指し、当日に8点もぎ取ればいい。 それだけで偏差値は2上がるのだ。 合格発表の日の笑顔をイメージしてみよう。 そこが自分にとって最高の高校であり、 一生の記念日となる瞬間であって欲しい。 君の今までの頑張りを知っているだけに、 そう願う。
2009.02.16
これは、以前に一度紹介した曲だ。 たぶん知っている人は少ないと思う。 古い曲だが、最高に元気が出る名曲である。 『走って下さい』(沢田聖子) 画像が残念だが、詩をかみ締めて聴いていただけたら有難い。 「合唱コン」 や 「卒業ソング」 にもぜひ使って欲しい。 この年になっても元気付けられる、 私の中では、忘れられない名曲だ。 ・・・・・・・ 走ってください あなたのたのために 光る汗流しながら 立ち止まらず 走ってください あなたらしく この道に 決まりはないから 僕たちは今 青春の風の中 ガラスの迷路みたいさ 手探りで 黒い闇の中 誰もいないよ独りきり 淋しさに 押しつぶされる日は 優しいあの子の家へ電話 してご覧 走ってください あなたのために 少しぐらい 遠回りしても構わない 走ってください あなたらしく この道に 決まりはないから 行く道は とても長いから 休みたくなる日もあるさ 砂時計 逆さにしてみても 時は過ぎ行く 返らない でこぼこの道は走りにくい そこが袋小路なら すぐに 引き返せ 淋しさに 押しつぶされる日は 優しいあの子の家へ電話 してご覧 走ってください あなたのために 時の流れがあなたを 追い越す前に 走ってください あなたらしく 今ならまだ 間に合うから 走ってください あなたのたのために 光る汗流しながら 立ち止まらず 走ってください あなたらしく この道に 決まりはないから 走ってください あなたのために 時の流れがあなたを 追い越す前に 走ってください あなたらしく この道に 決まりはないから 走ってください あなたのたのために 時の流れがあなたを 追い越す前に・・・・ ・・・・・・・ 走ってほしい。 走り抜けてほしい。 光る汗流しながら、立ち止まらず、 あなたのために、 そして、あなたらしく。 この道に決まりなどないのだ。 不安の中を走り続けている、 ラストランの受験生たちに贈りたい。
2009.02.15
今年の受験生は自分から学びに来ている。 家での学習を避け、早い時間からここに来て、 自ら時間密度を上げようとしている。 誰に指示されるわけでもない。 みな決められたスケジュールのように自習モードに入り、 自分の課題に対する回答を探している。 受験生全体の3分の2ぐらいだろうか。 中には集中が途切れず、夜の12時近くまで闘っている者もいる。 塾の授業があるかどうかではない。 授業のない日も来て、闘っている。 彼らにとっては、私立や公立の試験前日も特別な日ではない。 授業を正しく受け、さらに居残りで頑張っていく。 そのリズムは大切なことだと、私も何度も説いてきた。 明日は試験だから休む。 そういう生徒も必ずいるが、 それは親御さんの意識の表れだと思っている。 家庭の方針としてそれを容認しているのなら、塾は受け入れざるを得ない。 だがよく考えてみれば、直前にすべき課題があれこれあるということは、 計画や手順の不手際が、その前にあったということではないだろうか。 数年前、私も息子を塾に送り出していたころがあったが、 定期試験前日などでも、基本的に休ませ甘やかすことは一切しなかった。 それが習慣化してくると、子どももそういうものなのだと理解するようになる。 塾に通うということは自分の仕事。 そのスケジュールを前提に、計画学習ができるようになっていった。 定期試験で休むことを許された生徒は、 こと入試となれば、なおさら休んで自由になりたがる。 その甘えが習慣化してしまうのが怖いのである。 今までズーッと続けてきた学びのリズムが、 入試直前で狂ってしまう。 親御さんはすべきことに打ち込めるのならと気に留めない。 本人も効率のよい選択だと思っているので気付かない。 だが塾のスケジュールを調整するということは、 その間に仲間たちが得た可能性を自ら断ち切ること。 自分がしたいことを進めている間に、 仲間たちは違う方向に、少なくとも何かしらの変化を得ている。 確実にプラスになっている。 よく私的な理由で休んでから、あとで当日のプリントが欲しいという生徒がいる。 プリントは渡すにしても、その日の指導は復元できない。 語りの中の価値は、その場にいなければ得られないのである。 私などは授業中に無数の情報をぶつける。 そいつをどうメモし、再加工していくかが肝なのだ。 授業というものは、ただ解いて丸付けしてお終いではない。 言葉やボードによる説明に、 臨場感の強弱を感じ取って、初めて価値が見えてくるのである。 毎回来て、収穫をしっかり持って帰る。 その意義を再認識して欲しいと思う。 今の受験生たちも、大半はあと2週間で卒業していく。 後期入試まで塾との係わりは9日間。 その一日一日を大切にして欲しい。 来なければ得られない情報がある。 来ることで手にできる世界は、自分次第で無限に広がっていく。 同じ立場の仲間たちと語り合い、師の言葉に勇気をもらい、 最後まで前を見詰めていて欲しい。 自習している生徒たちよ。 課題や不安があればこそ、進んでいく手応えが大きいのだ。 目的は、もうただ一つ。 カバンに詰めて毎日ここに来なさい。 エンディングのリズムを保てよ。 君の基地は、君が来るのを待っている。
2009.02.15
「五箇条の御誓文」の条文を見て、それを「刀狩令」という生徒がいる。 「ポーツマス条約」の条文を見て、それを「ベルサイユ条約」という生徒がいる。 「フランス人権宣言」の条文をみて、それを「日本国憲法」という生徒がいる。 「ぺリー」の写真を見て、それを「マッカーサー」という生徒がいる。 「分国法」の資料を見て、それを「独占禁止法」という生徒がいる。 いずれも12日後に、命運を決する後期入試を控えた生徒たちだ。 ここまで様々な補習や強化特訓に関わってきた生徒もいれば、 補習や講習会を避け、社会などを後回しにし、 ズルズルと苦手意識を持ってしまった生徒もいる。 どんな経緯にせよ、仕上げを図る段階でこうなっていることに、 深い反省を感じてならない。 学習は後手になると、追いつくためのエネルギー供給が必要になる。 そうなる前に、常に自分で点検し、 補強への絶対的な時間を確保していくことが大切だ。 向き合う時間が足りないのである。 解く量が足りないのである。 課題を拾い上げ、「まとめる」 という作業が足りないのである。 覚えるためのメニュー設定が足りないのである。 社会などは、テーマを煮詰め、まとめながら理解していく教科だ。 関連や重点を押さえ、リスト化し、 指示に沿って引き出せるように、頭に収めていく。 ある問題が与えられた時、何を使って解くのかが即断できるように、 自分なりにメニューを決め、訓練していかなくてはならない。 歴史資料がよく分からないのなら、歴史資料をすべて抽出する。 そして判別のヒントをはっきりさせ、資料の背景を知ってみるのだ。 地理の産業グラフが分からないのなら、それだけをノートにまとめる。 何が出ても、空欄があっても、どんな比較が問われても判定できるように、 繰り返し頭にイメージ化していくのだ。 公民の国会と内閣の仕事の比較が分からないのなら、 国会と内閣の仕事を自分で表にしてみる。 そしてそこが問われても絶対的な自信で答えられるように、覚えるのである。 ピンポイントとして、どれだけ特化した作業ができているか。 定着が不安定な生徒に共通していることは、 その、自分の手で理解しやすいように 「まとめる」 という行為がないことだ。 あるいは、しても中途半端か、不完全なまま放置していることだ。 市販の 「表」 や 「まとめ」 を眺め、赤やマーカーを入れる。 それはそれで立派な学習だが、定着しづらいという弱点がある。 請け負いなのである。 これを覚えろと攻め込まれていて、攻めていないのだ。 与えられた知識をただ準え、暗記するのではなく、 自分の頭脳や性格に適したかたちに加工し、 まとめながら、「手作業の知識」 として攻め込んでいくのである。 こういった行為をコツコツと積み重ねてきた生徒は、 試験における知識の引き出しが安定してくる。 入試まで日数がないといっても、慌ててはいけない。 課題があるのなら、ただ漠然と眺めるのではなく、 頭に残すべきものを手作業でまとめてみよう。 不安なものをテーマごとにリスト化し、少しでも自分の武器に変えてみよう。 忠告するが、 要点集やプリントを見ていても、深い定着は期待できない。 使える情報をしっかり頭に残すということに、 意識を集中させてみることだ。 完成度が問われるこの時期に、基本が不安定な生徒がいる。 できる生徒たちとの理解度には、大きな開きがある。 苦手だからという理由で、定着させる勉強を疎かにしてきた結果が、 冒頭のようなかたちに表れている。 夏も秋も冬も、「やれよ」と指示し続けてきたが、 結果として達成できていない。 20世紀年表を配り、自作してみろと指示しても、やろうとしない。 上記のポーツマス条約にしても、日本国憲法、独禁法にしても、 年表に落としていないから時代が分からない。 やらなければ、やった者との差は開く一方だ。 入試は5教科の総合力で決まる。 このブログでも何度も触れてきたが、 理社の出来栄えによって受験地図は大きく変わるものなのだ。 塾で英数を強化するのは絶対必要だが、 理社の配点も同じなのだということを、もっと意識して欲しい。 それは中間期末での範囲に沿った暗記ではなく、 入試という流れに沿った 「積み上げ」 という意識のことだ。 来期は、この受験を睨んだ 「理科・社会の安定」 というものに、 さらに力を注いでいくべきなのだろう。 土曜理社講座のスケジュール化も検討材料だ。 今の2年生から入試は100×5の500点満点に変わる。 理社の合計が70点の者と、170点の者では、 5教科計では、偏差値が約 「10」 も違ってくる。 そのことを塾生全員に意識させ、伸ばす技術を与えていきたい。 くどいようだが、 定期テスト対策と受験対策は根本的に違う。 早期に受験に照準を合わせ、その方法に沿った組み立てをしないと、 追い込み期に攻め込まれ、全体のバランスを失うことになる。 定期テストの理社は暗記で凌げても、 受験は暗記だけでは対応できない。 そして同時に、計画的にこなしていく絶対的な時間が必要なのだ。 その理由は、今の受験生が知っている。 まとめるということは、自分の完成に向けて攻め込んでいくことだ。 どんな形に切り取り、嵌めていけばいいのか、 自分の空白地図に、効率よくアレンジしていけばいい。 手にしたものをただ並べ、貼り付けるだけとは違う。 既成の形にこだわるから、並べたときに隙間が生じるのである。 情報の 「要不要」、「強弱」 は、人によって違う。 理想的な 「配置」 や 「密度」 も違う。 もちろん、「絶対量」 も違う。 そういったことにどこまでこだわれるかが、 効率を決定付け、最終的な安定に繋がるのである。 どうあるべきか、また書きたい。
2009.02.14
私の理社を受けている受験生は、現在10名。 うち、進路が確定した者は2名。 残り8名は、後期受験までにあと2回ずつ授業が残っている。 来週の1回目に、それぞれにファイルを渡す予定だ。 今まで私の指導を受けてきて、 その中で渡した膨大な資料や要点を、さらに選りすぐり、 確実に制覇すべき最重点としてファイルしたものだ。 そいつを2週に分け、完璧を目指して刷り込んでいく。 私は授業でよく「Sランク」「SSS」と語ってきた。 それは君らが受ける入試を想定しての言葉だった。 表現が悪いが、学問として大切云々ではなく、 それは入試問題の傾向としての頻度ランクの 「指示」 である。 実際に狙われる用語・図表・資料・問題パターン・短文記述がある以上、 受験者はしっかり押さえておく必要がある。 得点源であり、そこで差が付くからだ。 その情報の定着の大切さを、 解説でも問題を解いている瞬間でも、強く指摘し、繰り返し問うてきた。 今回渡すファイルは、その集大成とも言える、 「塾長の理社指導の軌跡」 である。 ただの暗記確認リストではない。 問題通じてセルフチェックし、自分の確立、完成を図る仕様にするつもりだ。 表紙には、ノルマとして、後期試験での到達点(得点)を記入して渡す。 過去の指導を通じ、また北辰などを加味して設定した数値だ。 受験に向けての技術や視点は、特訓などで皆に分配してきた。 だが私の指導を受けているメンバーには、 それとは別の特典を 「かたち」 として与えたい。 うるさい私の指導に耐えてきたことへの褒美と言っては変だが、 これを完成させ、受験会場に送り出すような、 いわゆる 「修了証書」 のようなものと思って欲しい。 残りの期間でどこまで精度を上げられるか。 各自、2週間で目標のパズルを組み立ててみなさい。 拾えよ。 そして、並べろよ。 ファイルのページ一つ一つに、ピースは山のようにあるから。 長いようで短かった君たちとの授業。 入試へのカウントダウンとともに、 私の授業も卒業を迎える。 やり残したことはないか。 君たちにいつも叫んでいる言葉が、 ここに来て、 やけに自分への問いかけのように感じられる。
2009.02.13
受験生たちもいよいよ戦闘態勢に入った。 昨日は直前特訓の3日目。 朝8時半に集合し、夕方まで約7時間学習し、 夜には普段の授業があるので、自習で残るか再度集合となり、 さらに生徒によっては夜11時半まで頑張っていった。 15時間塾にいて、12時間学習している。 そんな生徒が何人もいる。 普段息切れしたり、マイナスのせりふを語っていた者が、 頑張って日に何度も塾に足を運び、自分の受験のラストと向き合っている。 みな、いつになく真剣だ。 完成の形はみなばらばらでも、手を加え、時間を有効に消化することで、 本人にとってのベストが実現できる。 今も数名が残り自習している。 明日は後期出願の日。 その前夜祭のように、みな自分を高めようと真剣だ。 まだ伸びる。 いや、これからが勝負なのだ。 土曜には特訓の4日目がある。 集合はいつもと同じ8時半。 気合をしっかり持って来い。 あと13日だ。
2009.02.12
PC不調につき、後ほど書きます。 フリーズ、切断が直らず、復旧中。 そろそろ寿命か。
2009.02.11
「木を見て森を見ず」 という言葉があるが、 試験においては、この言葉は大きな意味を持っている。 目先の問題に追われ、答案全体の仕上がりに目がいかない。 全体のバランスを見ようとせず、一つ一つを丁寧に考えようとする。 結局時間切れになり、掴むべき得点のベースを逃してしまう。 こういう失敗をしたことはないだろうか。 試験の判定は○の蓄積によって有利に動く。 だから一つ一つの問い(木)を大事にすることには意味がある。 しかし勝負というものは、個々の緻密さではなく、 最終的には全体の仕上がり、いわゆる答案(森)の精度によって決まっていく。 目先の問いに呑まれてはいけない。 術中にはまり、流れを見失う前に、まず全体を把握する。 冷静に全体を俯瞰する習慣を身につけることだ。 俯瞰することに慣れてくると、 森の部分ごとの粗密や、手を加えるべき位置が見えてくる。 時間と照らし合わせ、森をどう仕上げていくかという視点が生まれてくる。 入試は 「木」 ではなく 「森」 の出来栄えで決まる。 配点を頭に入れ、作業の比重をどこにどう置くべきかを、 常に捉えながら答案を埋めていかなくてはならない。 森をしっかり観察しよう。 そして手順のキレを研こう。 全体バランスは、遠巻きに眺めない限り分からないものだ。
2009.02.10
公立高校前期の合格発表の日だ。 朝8時36分。 生徒からの吉報で目が覚めた。 やったな。 素敵な結末を見事力で奪い取ったな。 お前ならと思っていたが、最高の親孝行だ。 第一志望合格おめでとう。 連絡はまだ一件だが、他の仲間はどうなのだろう。 前期は実質募集枠の4分の1程度しか取らない。 志願者はもともと募集枠全体よりも多いので、 必然的に4倍の後半~6倍くらいの倍率がつく。 人気校は7倍という激戦だ。 受験生には、前期は受かったら幸運というスタンスの者が多いが、 受験というものは幸運だけで決まるものではない。 受かるべくして受かる者もいるのである。 前期は日ごろの努力の蓄積。 言い換えれば自分という作品の完成度で決まる。 後期は研いた技術の切れ味。 言い換えればパワーの質と度合いで決まる。 前期では内申の中身や人物が問われる。 どんな足跡を残し、今後どんな成長を構築していこうとしているのか。 いわゆる自分自身のプレゼンが淀みなくでき、 そこに実力判定の総合問題の成績が、そこそこ合致すれば合格する。 よく内申点が悪いから・・・と言うが、 もしそれだけで決まるのなら、書類選考で終わりだ。 何のために自己PR書を懸命に書き、面接や前期試験を受けたのかを考えたい。 自分というものの過去、現在、未来の総合力が判断される。 評定や活動記録という過去の蓄積だけでなく、 それを元に、今後どう動くかが自分自身でしっかり把握でき、 有意な展望にどれだけ満ち溢れているかという点が見られるのである。 前期は後期に向けての通過点と言われるが、 決してそんなことはない。 受かったら儲けもの、ほとんど受からないんだからダメでも気にするな。 そうだろうか。 少なくとも後期を受けるのなら、前期の失敗を反省しなくてはいけない。 失敗には理由がある。 倍率が高かったから。 内申が悪かったから。 総合問題で大失敗したから。 面接があがってうまくいかなかったから。 生徒たちが言ってくる台詞は、大方このいずれかだろう。 だが、大事なことを忘れていないだろうか。 その高校に入りたいという 「強い意志」 である。 意志の度合いが強ければ、試験にも面接にもプラス効果が表れてくる。 後期は、倍率が下がり、内申基準も緩くなる。 試験も面接もすべてリセットし直しだ。 だから合格しやすいという考えをもし持っているのなら、 その表面的なものの奥に、 必ず、自分の本質である 「意志」 や 「意欲」 というものがあり、 それがすべてのパワーを引き上げるのだということを知っておきたい。 そして残りの期間、そいつをしっかり掴んでいて欲しい。 あと15日。 長かった受験もそこで終わる。 技術に走ってはいけない。 自分を信じ、内部の力を見方にするのだ。 限界まで挑める磐石な意志を持ち、集まりなさい。 合格に向け、執念だ。
2009.02.10
ある中2生が補習を申し込みに来た。 学ぶことを前向きに考えている、やる気のある女子だ。 彼女は仕上げには絶対の自信を持っている。 いつも試験に照準を合わせ、高い成果を残してきた。 今回の申し出は理科だったが、 前回の期末では厄介な 「電流」 が範囲でありながら、100点を取っている。 安定して90以上は取れる力を持っている、そんな彼女が、 今回はまったく分からないと言う。 範囲は 「化学変化と原子・分子」。 単体、化合物の区分を学び、分解・化合の様々な実験を通じ、 化学式と反応式まで押さえる入試頻出の単元だ。 どうやら、法則や仕組みというものが理解できないらしい。 興味ももう一つ湧かないのだろう。 先日の面談の席でも、補習の希望を口にしていた。 彼女にとってこれは、恐らく初めての試練なのだろうと思う。 自分の組み立てる 「安定」 に、程遠い完成度なのだろう。 彼女の真剣な表情を見て、私は何十年も前の自分を重ねていた。 中3の時だったか、物理分野の 「運動」 が理解できず、悩んだ時があった。 テキストと睨めっこし、何度も問題を解き、解答と照らし合わせた。 だがいくら時間を掛けてもスッキリしない、分からない部分が幾つもあった。 試験の3日ほど前だろうか。 私は決心し、職員室の理科の先生に訊きに行った。 先生は丁寧に教えてくれたが、それでもまだ納得のいく理解は得られなかった。 その後は自分で完成を目指したが、途中で時間切れとなり、 もやもやしたまま試験を迎えることになった。 答案は何とか埋めたものの、結果は惨敗だった。 7回連続学年トップが途切れた瞬間だった。 試験前に先生に訊きに行ったということは、 自分の描く完成度に遠く及ばず、かなりの危機感を感じていたのだろうと思う。 当然、10分程度の解説ではその不安は払拭できなかった。 今思えば、もっと足繁く訊きに行くべきだったと思う。 彼女が意を決して申し出てきた感覚は、 そんな中3時代の私の感覚に妙に似ている気がする。 こんなはずではない。 自分の想定ラインに届かないジレンマ。 何とかしなければという焦りが、どこかにあるのだろう。 今週、補習をするが、この単元はそんなに難解ではない。 試されるパターンも決まっているので、そこを徹底して刷り込もうと思う。 試験で30点にさえ届かないメンバーが、 補習はおろかテレビでゲラゲラ笑っている間に、 自分のノルマを高く設定し、真剣に向き合おうとする健気な生徒がいる。 大切にしたいと思う。 行為にも、向上心にも、 しっかり応えてあげたい。 過去の自分の心境と重ねながら、そう思った。 高得点取ろうな。 範囲には 「磁界」 も入っているぞ。 頑張ろう。
2009.02.10
地元中学の3年社会は、 教科書が終わらないまま入試へ送り出している。 現在、公民の経済分野の前半をやっている。 先日の公立前期試験は、未履修分野を大量に抱えたままの、 ハンディ受験となった。 社会色の強い問題であり、 環境をテーマにした作文などにも影響があったのではないか。 後期まであと2週間少々。 極めて出題頻度の高い、「税」「社会保障」は何とか間に合うとしても、 「国際問題」「環境」「国連と世界平和」はどうやらノータッチになりそうだ。 そもそも公民に入ったのが2学期の途中から。 当然終わるわけもなく、強引に飛ばせば中身は薄くなる。 未履修が山のようにあるため、北辰や判定模試はもちろん、 過去問を解いても正確な実力チェックが出来ない。 みな、リズムを掴めず、頭を抱えていた。 自己防衛せよと指示し、 それぞれが意識して先取りを進めながら、何とか凌いでいる状態である。 すぐ隣の中学は、公民はとうに終わり、歴史の復習を進めているという。 同じ地域で道路を一歩越えただけで、授業進度がこうも違い、 有利不利を背負わなくてはならないのは、何とも理不尽なことだ。 もう、どうあるべきだと語っても始まらないので、 とにかく後期までに完成させることを考えたい。 毎年繰り返されるこの状態。 現中2生も注意しろよ。 教科書は春のうちにひと通り読書だ。
2009.02.09
このサイト、 まだしっかり記事が更新されている。 塾関係者も、保護者や生徒たちも、 ひと通り閲覧すればすごく勉強になるリストだ。 当ブログが居るのはおこがましい限りだが、 さすがに上位は中身が濃い。
2009.02.09
後期まであと17日。 ちょうど私立入試の日から今日までと同じ期間だ。 一日平均6時間なら、ちょうど100時間。 毎年言うが、今年も君たちに言っておきたい。 100時間という 「時」 を君はどう思うだろう。 1 まだ100時間もある。だから真剣にやらなくてもいい。 2 まだ100時間もある。だから真剣にやれば何とかなる。 3 もう100時間しかない。だからもう真剣にやってもダメだ。 4 もう100時間しかない。だから真剣にやらなくてはダメだ。 さあ、君は何番だろうか。 考え方によって、与えられる時間の質は大きく変わっていく。 それは計画に表れ、行動に表れ、表情へそして自信へと転化していく。 仮に今、不安を感じ、非力を悔いているのなら、 それは違うと言いたい。 他者と比較し、一律のラインを保つことを前提にしてはいけない。 君には君の歩んできた経路がある。 君だけの強みがある。 そのエネルギーを、思いっきりぶつける勇気を持とう。 将棋の 「歩」 は、どう見ても 「角」 には敵わない。 だが、「角」 の頭に打ち込むことで、動きを封じ込めることが出来る。 封じ込めるどころか、相手は取られまいと逃げるだろう。 しかも、「角」 がいくら動いても、「歩」 は取れない。 筋がずれているので、取られることはないのだ。 この 「角」 が退散する感覚を、小さな 「歩」 は覚えておきたい。 決して非力ではないのである。 思いっきり勝負に出ることで、大局が動くことがある。 力の多寡ではない、精神的な強さの度合いで決まることがある。 不安ならば自ら勝負に出ることだ。 攻められるのを待っていては、局面は悪化する。 今の力を信じ、勇気をもって打ち込む。 それが次の展開の伏線になり、勝負の詰めを左右するのである。 100時間もあるのなら、何種類の作業が出来る。 それを10種類かなと思う時点で、君の負けが決まるだろう。 私なら、200種類は出来る。 いや、300種類だろうか。 自分を原点に考え、そこから作業の触手を伸ばしていく。 だから無数の行為が可能になるのである。 合格可能性を超えたものが手元にある。 そいつを引き寄せ、武器にするのは君だ。 人工的なラインやマニュアルなど捨ててしまえばいい。 ラストは、 泥臭い人としての 「勝負心」 や 「精神力」 が全体を占うもの。 思いっきり 「角」 の頭に打ち込もう。 自分を主体にした、攻め込む100時間。 そこにはきっと、 君だけの 《正》 のエネルギーが宿っている。
2009.02.08

中2生たちに向けたメッセージ。 先週、教室のWボードに書いた。 生徒たちはこれをチラチラ見ながら授業を受けている。 受験生も最後の追い込みに入り、 教室の空気が日増しに緊張感で満たされていく。 すぐ近くで自分のために闘っている先輩たち。 何時間もテキストと向き合い、ペンを握り締めている。 その真剣なリズムを感じてか、 中2生たちの動きに変化が表れてきた。 毎年繰り返される風景。 受験の終わりと、受験の始まりが、 誰が指図するでもなく、無言の了解で引き継がれていく。 来年自分は何をしているのだろう。 どうしていたいのだろう。 そのためには何をすべきなのだろう。 中2生たちは、自問しながら時の重みを感じていく。 そして、自分にとってのカウントダウンの中に、 やがて小さな覚悟が生まれてくる。 ここには大切なものがある。 ここに来ることで手に出来る、強いものがある。 待っていては得られない力を、しっかり掴みに来て欲しい。 数字はもう「あと370日」になった。 週末、北辰を初めて受ける生徒が申し込みに来た。 意識し、流れに乗ることを決めた北辰デビュー。 覚悟を大事にしろよ。 来年どうあるかは、すべて今日の一歩から始まる。
2009.02.08

天下の教科書が間違いを載せてはいけませんね。 これは中学用教科書、東京書籍「新しい社会・歴史」の、 一つ前の版(今は頭に「新編」と付いている)。 数年前まで全国で使われていた、最もポピュラーな教科書だ。 奥付を見ると、平成13年検定、16年発行となっている。 問題の箇所は、192ページ。 国際関係の変化というセクションで、日中関係の動きが語られている。 目を追っていくと、上の方に 「日中平和友好条約」 の調印式の写真があり、 男の子がこう言っている。 「友好のしるしとして、パンダが日本に贈られたんだよ」 よく見て欲しい。 平和友好の印としてスルーしそうな言葉だが、 おいおい、何か違うぞ。 パンダが贈られたのは、1972年の 「日中共同声明」 の時だ。 田中角栄が首相の頃で、沖縄返還と同じ年。 日中平和友好条約は1978年で、福田赳夫の時のはず。 その時もパンダが来たのかと調べてみたが、 72年の 「カンカン・ランラン」 以後、 80年の 「ホアンホアン」 まで来日はない。 そもそもパンダは、日中の 「国交正常化」 の記念として贈られたもの。 天下の教科書、しかも毎年数十万人の生徒が手にする、 最大手の 「東書」 さんが気付かなければ、 それを検定してOKを出した文科省も大問題だ。 それでなくとも、何かと話題になるお隣中国のこと。 もっとシビアに検査すべきではないのか。 日本の歴史認識の甘さが、こんな所にも出ているように思えた。 今発行している「新編」の方は、 この写真のページは違う編集になっている。 おやおやと思い、他の教材も見てみた。 まさか同じ間違いはないだろうと思っていたが、 ありましたよ。 ほら、堂々とやってくれてます。 これも教材大手の「○理」さんだ。 しかもこれ、現在発売中のテキストである。 活字の誤植ではなく、これは明らかな情報の誤りなので、 早急に訂正文を折り込むべきだろう。 教科書は言語道断だが、 仮に塾専用教材であっても、 生徒が誤解し、入試の失点に繋がることも考えれば、 笑い話では済まない。
2009.02.07
△を○にしなさいと何度も言ってきた。 曖昧なものを正確なものに変えていく。 ちょうど機械や製品の点検のように、 一つ一つ問題点や欠陥を修繕していく。 曖昧な知識は本番では使えない。 苦悶の末、何とか思い出せたとしても、 そのための時間ロスは、全体の得点力に大きく影響する。 問題の紙面にそんな△の情報が10もあれば、 答案はあちこちが空欄だらけになり、何度も見直さなくてはならない。 時間が掛かり、綱渡りするような曖昧な知識は、本番では使えないのである。 △を○にするとは、一度仕入れた情報を復元させることだ。 仮に頭に5000の情報があるとする。 それらをすべてチェックし、状態のランクを確認する。 曖昧なものが500あったなら、 それを一つのグループとして括り、リスト化していく。 そして使える状態にすべく、再確認の刷り込みを施していく。 本番の試験では、△がいくつあっても解けない問題がある。 問いは全てが一問一答ではない。 複数の知識を絡めながら答えを導き出す、いわゆる応用問題や文章記述の問題。 これらは、知識がどこまで定着しているかという点と、 その知識を自在に組み立てられるかという思考力が試される。 いわゆる○の安定性と使い込みが問われるのである。 この時期に来たら、新しい情報を闇雲に集めるのではなく、 頭の中のもやもやしたものを整理し、復元させることに視点を置くべきだろう。 ゼロから新情報をインプットする行為と違い、 リカバリーならば、労力は数段少なくて済むはずだ。 何にターゲットを絞ればいいのか、 まず全体の点検から入り、△を囲い込んでみよう。 もし△ではなく×がゾロゾロ出て来たとしても、 ×を△にすることよりも、△を○にすることにこだわるべきだ。 この直前で△を増やしても使えない。 そもそも点検で×ということは、新情報と同じこと。 ○に出来ない情報をかき集める時間があるのなら、 ○に出来る可能性のあるものに注ぐべきだろう。 ○への復元をひと通りやり、時間に余裕があるのなら、 二巡目に×に手がけていけばいい。 具体的な方法については、明日の特訓でも触れる。 まず、チェックするという行為があり、 それによって個人個人のターゲットが見えてくる。 さあ、君の頭の中の○の量は何%か。 70%と50%。 君ならどちらを選ぶ。
2009.02.06

受験生のA君、N君、A君が、遅くまで残り、 「一世紀年表」 の仕上げを確認し合っていた。 修了したのは夜の11時20分頃か。 20世紀をやっていたが、暗記もだいぶ進んだようだ。 「一世紀年表」とは、そもそも年号をただ暗記するのではなく、 一覧にして100年単位で配列をイメージ化することにあった。 20世紀なら、共通の 「19」 という年号は省略できる。 年号を二桁にして表に書き込み、 位置関係を画像としてインプットしていくのである。 用紙はタテヨコ10ずつの枡。 年表で押さえておくべき項目をどんどん掻き込んでいく。 イメージし易いように、分野ごとに色分けしてもいい。 米騒動=ご飯、日中共同声明=パンダ、ポツダム宣言=原爆、 第一次護憲運動=「護」、関東大震災=「震」と、 印象付ける絵や文字を描いてもいい。 関係性を矢印でつないでもいい。 そして試験で問われた時に、 その項目が用紙のどの辺にあったかを、頭の中で復元していくのだ。 満州事変の 「中国の赤い旗に満の字が描かれたイラスト」が、 4列目の最上段にあったなと分かればいい。 それだけで年号が判定できる。 いや、この作業の利点は、ただ年号を判定するだけでなく、 項目の「配列」と出来事の「流れ」がイメージ化できることにある。 入試によく出る、「年代順の並べ替え」や「年表の位置選択」などで、 強い武器になる。 夏休みの特訓で私が教えたことを、彼らは忠実に実行している。 私が知る限り、10名ほどが自作の年表を作り、イメージ化を試みている。 一方で、サンプルの用紙を手にしても、仕舞い込んだままの者がいる。 ただ聞き流し、適当に折りたたみ、存在すら忘れている者もいる。 ヒントをどう活用するか。 使い方は我流で構わない。 可能性を模索してみるかどうかの、ほんのちょっとの差が、 成果を生むかどうかのきっかけに繋がっていく。 彼らの手元には書き込んだ「一世紀年表」があった。 へたくそだが、使い込んでしわになった年表だ。 やった者とやらなかった者の違い。 夏の参加者全員に配った用紙に、 誰が、合格の執念を刻んできたか。 それはきっと、入試当日にはっきり分かる。
2009.02.06
中1生、中2生との個人面談を進めている。 週末に残りの2名を行い、全員完了する。 今回は面談前に「個人学習調査票」というシートに各自記入してもらい、 それを資料にしながらカウンセリングを進めている。 漠然とした見方や、思い込みを避けることと、 正しい状況と本人の本音を踏まえ、適切なアドバイスを与えたいからだ。 項目には、 学校からの帰宅時刻、就寝時刻、平日の学習時間、土日の学習時間、 得意教科、苦手教科、今一番力を入れている教科、勉強方法を知りたい教科、 学年末の目標点、いつもの定期試験の準備期間、家で長時間没頭していること、 といった記入事項と、家庭学習や塾についてのアンケートがある。 私がまず驚いたのは、「学習時間」についてである。 平日で「0」や「30分」という生徒が相当数いたことだ。 土日もそれは同じで、平均はむしろ土日の方が少ないくらいだった。 毎日3時間という生徒もいたが、延べると「45分程度」といったところか。 部活などで疲れ、眠くなってしまうのは分かるが、 宿題を含めこの程度の時間で、 果たしてどこまで自分のための課題学習ができるだろうか。 家でやっていることには、「テレビ」「読書」「ケータイ」が多かった。 私のアドバイスとしては、これらの時間とのバランスを考え、 メリハリのある生活を心掛けることに尽きる。 睡眠を削り、苦痛を感じながら学習するのは好ましくない。 隙間時間の利用や、切り替えのタイミングを見直すことで、 自己投資に使える時間はかなり確保できる。 勉強ができるようになりたい。 そう思っているのなら、まずそのコースへ身を委ねなくてはならない。 時間とエネルギーを注ぎ、動かなくてはならない。 傍観者でいては、納得のゆく結果は掴めないのである。 試験前にはみなそこそこの期間を対策に充てている。 だがこれは、誰もがやること。 前も言ったが、ここでは差が付かないのだ。 成果の多寡は「普段の学習習慣」のあり方で決まる。 試験と試験との間を、自分を意識し、リズムを保ち、蓄積し続け、 日々どう過ごしたかで決まるのである。 定期試験をその場しのぎの勉強で越えてきた者は、 模試のような復習型実力テストに弱い。 範囲が広く漠然とするため、付け焼刃が通用しない。 本物の定着が問われるからである。 定期試験後に復習し、一つ一つをノートなどにまとめていく。 そういう、自分の課題を発見し、記していく作業が大切なのだ。 弱点は誰しもあるが、そいつをどう料理するかが、 後々の差になって出てくるのである。 放置すれば傷口は大きくなる。 大きくなれば修正に時間が掛かる。 時間が掛かれば他に対応できない。 他に対応できなければ全体力が落ちてくる。 全体力が落ちてくれば勉強そのものが嫌いになっていく。 このスパイラルのような展開に対し、どこで歯止めを掛けるか。 ヤバイなと思ったら、そこから動いてみよう。 全体力が落ちてきた生徒がよく言う。 「何をどうやったらいいか分からない」 言い換えれば「すべきこと」が一杯になり、 どう手を付けていいかが分からない状態だ。 彼らには、「こうしてみなさい」と指示しても、 それを継続し踏ん張っていく体力や免疫力が備わっていない。 一日だけやって、果てしない山の頂上を眺めては諦めてしまう。 何をしたらいいか。 それはまず、自分の背後をよく見て反省をまとめ上げ、 次に足元をしっかり見ながら一歩を刻んでいくことだろう。 先が果てしない蓄積であっても、前に進まなければ他者が進んでいく。 進めば確実にゴールは近づくのである。 普段の生活をもう一度冷静に分析してみよう。 ロスはないか。 もしあるのなら、そいつをプラスの時間に塗り替えていこう。 技術の習得には時間が必要だ。 スポーツも、職人技も、時間を費やすことで上達していく。 勉強も同じなのだ。 結果はすぐに出なくても、 今解いている1問がその次の1問に繋がっていくのである。 ゴールの位置は決まっている。 君はそこを目指し進んでいけばいい。 だがもう一つ、 ゴールまでの時間も決まっている。 君はその限られた時間の中で、自己の完成を目指さなくてはならない。 残された期間と、すべきことの量。 常にこの二つを天秤に乗せ、行動の指針としていたい。 期間がどっしりと重く、針がピクリともしないのならいい。 だが、すべきことがどんどん増え、やがて針が不安定になってきているのなら、 すべきことを消化し、量を減らしていかなくてはならない。 仮に今安定していても、すべきことを放置していれば、 やがて針はフラフラと動き始めるだろう。 なぜなら、 期間の重さは毎日少しずつ減っていくのである。 学習について、具体的にどうしたらいいか。 科目ごとのヒントを交えてまた書こう。 すぐ知り行動に出たい生徒は、聞きに来なさい。
2009.02.05

教務用テキストの盗難が多発している。 受験生の追い込み期でもあり、 コピー教材による積極的な学習を奨励していたが、 教材ごと消えてしまうのでは、困ったものだ。 その自己管理を高めてもらうために、10月より、 コピーした物を各自責任もって専用ノートに記入してもらっていた。 許可を得てから複写し、正しい保管場所に返す。 最初のうちはみな守っていたが、 いつの間にか無許可で撮り放題。 ノート記入も曖昧。 コピー機も教材も事務所にあるので、自由に出入りしている状況だ。 枚数はノートだけで月間700枚を超えている。 学習のために必要なものをプリントとし、意欲的に解く。 それは大いに奨励したい。 何枚撮ろうが、その場で解く量の常識の範囲ならいい。 だが定位置に返却しないなどルールを守れない上、 他の者にとっても必要な教材がそのまま消えてしまうようでは、 仕組みを再考せざるを得ない。 運営している私が「公共の福祉」を守らなくてはならない。 教務用の教材は、 その価値や情報をみなに分配するためにあるのだ。 授業や補習でも使用するのである。 昨日も使おうとしたが、とうとう見当たらなかった。 私も腹を決めた。 結論として、 事務所への生徒の勝手な出入りは、禁止とする。 教材等のプリントが必要ならば、 私に許可をもらい、複写後に手渡しで返却する。 または、他の講師の立ち会いのもとで複写する。 要するに、勝手なコピー以前に、事務所への許可のない出入りを禁止とする。 私が事務所にいない時は、勝手に入り教材類に触れることを禁止とする。 このように仕組みを変えることにした。 受験生は困惑するかも知れないが、 消えていく教材もすべて受験絡みのものである以上、 君らにも腹を括ってもらおう。 そう言えば、秋口に消えたこいつ。 まだ戻って来ない。 誰が持っていったのか、今からでも帰ってきてくれるなら、 教室の守護神として復活して欲しい思う。 開塾以来、数百の生徒たちを見守ってきた教室のシンボル。 今でも待ちわびている。 事務所の出入りとコピーの使用については、 教室にも告知する。 近日、システムの改善として、棚やコピー機の若干の配置換えも考えたい。 間仕切りも選択肢として検討しよう。 いずれも通達をもって実効とする。 紛失は今までも何度かあったが、その都度保留してきた。 だが最近の状況は対応せざるを得ない状況。 ちゃんとルールを守り、有効に活用している者がいることも知っている。 だがね・・・・ 今回も戻ってくれば考えたいが、 この大事な時期に、困ったものだ。
2009.02.04
後期入試まであと22日。 公立志望の生徒は、そこにしっかり照準を合わせよう。 今までの努力を結実させる最後の関門だ。 気分が乗らないとか、解らないとか言っている場合ではない。 日々の1分を貴重な収穫源にすべく、最後の執念を見せて欲しい。 今日は、明日に面接を控えている者も、全員休まずに顔を揃えた。 前期の結果は来週判るが、それは君の流れの中の通過点に過ぎない。 結果にそわそわせず、今の課題をとにかく積み上げ、研いていなさい。 週末の特訓も控えている。 仕上げとして視点をどこに置き、何をすべきなのか、 みっちり叩き込んであげよう。 限界以上に覚え、解きまくり、パターンを熟知してみなさい。 やったという実感が得られた時。 それが勝利なのだ。 あと22日。 試験前日に、この期間の反省を悔やむなよ。 時は正確に君の 「達成感」 を刻んでいく。 執念でテキストを開くのだ。 執念でペンを握りしめるのだ。 執念で書きまくり、解きまくるのだ。 執念で限界点まで頭に叩き込むのだ。 桜咲く春まで、あと少し・・・・
2009.02.03
解答が出たようだ。 「総合問題A」 「総合問題B」 Bの生徒に問題を見せてもらったが、かなり難しかったようだ。 難問というよりは、時間切れで埋めきれないといった感じか。 昨年、大きく平均点が下がり、今年は易化すると読んでいただけに意外ではある。 明日面接が控えている生徒は明日以降でいいが、 自己採点はしておいた方がいい。 後期に突入した場合、後期試験の問題にも関係してくる。 AはBの問題も、BはAの問題も、それぞれチェックしておくことを忘れずに。 問題分析はまたしたい。
2009.02.03
「電流と磁界」のあとに「化学変化」。 オームの法則と電磁誘導で頭が混乱しているところに、 「分解・化合」「原子・分子」「化学式」「反応式」。 もう《理科なんて嫌いだ》現象が、中2生に増えてきている。 ここはひとつ試練である。 化学式って全部覚えるんですかと訊いてきた生徒。 全部覚えるんだよ。 水素、二酸化炭素で行き詰っていては、入試問題は対応出来ない。 これから受験まで、いや高校に入ってからもずっと使っていく。 反応式も君らは10種類くらいしか学ばない。 でも法則さえ理解出来れば、簡単に書くことが出来る。 受験生たちには毎年特訓で、100%書けるまで反復させる。 君らのように興味がなく、全然書けない者が全員書けるようになる。 私の授業の生徒たちは、 「鉄と酸素の化合」のような複雑な反応式までマスターする。 それはただ暗記するのではなく、法則や原理が理解されているから出来るのだ。 理科は暗記に頼ることなく、法則を掴みにいこう。 「そういうことか~」という感動を得たければ、 補習を申し出なさい。 電流の見直しもしてないだろう。 入試最頻出単元だぞ。 模試でも今後二桁は登場するぞ。 テストが終わってからヤバイと補習をするなら、 テスト前にやって好結果を出そう。
2009.02.03
いよいよ出陣だな。 君の目指す公立高校の門戸が、 今日君のために開かれる。 辛いこともあっただろう。 でも振り返れば、 この一年は人生で一番充実していた。 そんな君の感慨に、塾はエールを贈りたい。 ここまでやってきた一歩一歩の重みを、 しっかり捕まえながら、 君らしい門出をしようじゃないか。 思い出があるのなら、カバンに詰めていくのだよ。 不安に潰されそうなら、友の笑顔を思い出そう。 先生は応援している。 だからいつもの頑張りを、堂々と主張してきなさい。 それが君らしい姿。 君らしい最高の姿。 塾は知っている。 君の足跡が、君の背後に無数に残されていることを。 安心すればいい。 努力は裏切らないのだ。 自分で納得できる記録を刻んだのなら、 それを誇らしく翳して踏み出せばいい。 君の辛さは、君の軸にあるだろう。 何万もの汗を染みこませ、 自分と闘ってきた成長した軸を、 今日、試験会場で楔として打ち込んでくればいい。 普通でいいのだよ。 君の笑顔と熱いものを、 先生たちは誇らしく思う。 夏からの修練を経て、君は確実に大きくなった。 成長したぞ。 だから、安心して攻めてきなさい。 たじろいだら、一歩戻り、 また二歩踏み込もう。 前に進んでいけば新しい展開が待っている。 そいつを掴むのだという自信を、 信念に覆すのが今日だ。 君にとっての最高の瞬間を、 能動的にしっかりと刻んでこい。 塾は待っている。 君が数え切れないほど訪れたこの教室で、 仲間たちのエネルギーとともに待っている。 これだけやった。 こんなに踏ん張ってきた。 その数万ページの闘いは、君の中にある。 それで十分だ。 教えを守り、紙面を埋めてきなさい。 勢いを保ち、面接を受けてきなさい。 15歳の君らしい、温かい姿勢で、 今日の空気を感じていよう。 門戸は今日、 君のために開かれる。 『追記』 総合問題の作文の決め台詞は、 「私たち一人一人が真剣に考えることはもちろん、国や地方も協力しあい、 全体が課題を共有しながら対応していくことが大切なのだと思う」 少子高齢、環境、エネルギー、社会保障、差別など、 社会上の諸問題に向けて意見を述べるときに、何にでも使える、 大人受けする便利な表現だ。 いわゆる共生社会。 覚えておこう。
2009.02.03
先ほどの総合問題のテーマに、一つだけ加えておきたい。 「貨幣」 である。 貨幣には歴史的な流れがあり、 また、我々にとって身近な存在で、生活の軸とも言えるものだ。 視点を広げれば、「役割」や「かたち」「素材」などを使った総合的な問題が作れそうだ。 たとえば、 貨幣の歴史、富本銭、和同開珎、定期市、流通の発達、現在の通過、肖像、 日銀、公定歩合、銀行、郵便局、民営化、税金の種類、消費税計算、年金、 累進課税、価格の決定、需要供給曲線、貨幣のデザインからの発展、 アルミや銅(素材)の化学反応、紙の原料、金山銀山、石見銀山遺跡、 コインの表裏確率問題、並べた図形問題、転がす滑らすなどの運動の問題、 穴や円形を使った距離計算、自動販売機、キャッシュカード、インフレ、 景気、円安・・・ 無理があると言えばそれまでだが、 何となく紙面のイメージが湧くのなら、準備学習をしておいたらどうだろう。 貨幣のデザインから発展していくと、社会・理科・国語と何でもある。 なお、先に触れた「食」については、第一回の17年に取り上げられているが、 あまり掘り下げていないA問題だったので、 今年のB問題あたりにさらに別展開で登場する可能性がある。 そのために敢えて書いたと補足しておく。
2009.02.02
前期総合問題試験が明日行われるが、 何が狙われそうかは、対策などを通じてもう何度も言ってきた。 可能性の高いテーマは自分で必ずチェックしておこう。 生活に根ざしたもので、普段あまり意識していないもの。 当然あるべきもので、社会問題にも関係してくるもの。 問題作成上、理科・社会・数学・技術家庭などに展開しやすいもの。 「食」はどうだろう。 食文化、稲作の歴史、鎌倉から江戸への農業の発達、農具の普及、自給率、 輸出入、冷凍食品、レトルト、ファーストフード、ジャスマーク、食品表示、 食汚染、食習慣の変化、栄養素、消化吸収、柔毛、食べ物の季語、漁業、 経済水域、食糧難、貧困と飢餓、国連・・・ 「電気」はどうだろう。 産業革命、発明、オートメーション、日本の近代化、発電、発電による課題、 クリーンな発電、エネルギー資源、二酸化炭素、節電、電力と熱量計算、 電磁誘導、夏の電力消費、ヒートアイランド、電気自動車、電気エネルギー、 電車や交通、照明、街灯、公共料金、家電製品、耐久消費財、電動車椅子・・・ 発想を広げていけば、どんどん出てくる。 「原子力などの発電のグラフが出るな」「理科の発電機の原理が出るな」 こういったイメージの広がりが、そのまま使われることがある。 総合問題は今回が最後だ。 大きな変化はないと思う。 対策で触れた5つほどのテーマはしっかりまとめ、 知識を再確認しておこう。 人々の生活や環境に繋がる展開になることは間違いない。
2009.02.02

中2生たちと面談をし、模試を返却している。 学習記録票を記入させ、 勉強に対する意識や生活習慣へのアドバイス、改善へのヒントなどを語っている。 入試はまだ1年先。 日々すでに動いている者もいるが、それも少数派。 部活で疲れるからという理由で、 気合が入らないまま何となく過ごしている者が圧倒的に多い。 だが、模試の偏差値や志望校判定を見てだろうか、 頑張るという言葉や、やらなければという気合は伝わってきた。 学年末の目標にも高い意欲は感じられた。 課題は、自分のためにいつ一歩を踏み出せるかだろう。 同時にその価値を、 これから先、どれだけ感じていられるかだろう。 昨日中3生たちはこの教室で10時間学習した。 休憩を除き、実質10時間。 まだ続きがあり、3日半で都合30時間は行う予定だ。 30時間とは、1日1時間の蓄積の1ヶ月分に相当する。 毎日30分しか机に向かわない今の中2生などから見れば、 あり得ない話だと思うが、 期限が迫り、自分の置かれた立場が分かってくると、 それも当然のようにこなせるようになる。 今の中3生たちも、1年前は1日1時間すら勉強しない者がゾロゾロいた。 それが歯を喰いしばり、自分のために時間をエネルギーに変えようとしている。 皆いつか、その転換期を迎える。 個人差があるが、締め切りがある以上、皆いつかは自分を見つめ始める。 精度も深さも手法もバラバラだが、することに価値を探し始める。 学習の安定は意識変革から生まれる。 誰しも初めから理想的な学習が出来るわけではない。 何度も経験を重ね、成功や失敗を受け入れ、 信じられるかたちを模索しながら進んでいく。 見るもの、聞くものの一つ一つに、感情を絡ませながら、 小さな価値を積み上げ大きくしていく。 学びが 「築く」 という行為であるならば、 意識変革がいつ訪れるかで、後の安定性がある程度決まってしまうだろう。 早くから意識できた者には、余裕が生まれる。 小さなカベにぶつかっても、対応できるだけの時間がある。 工夫や改良を施し、それを武器に変えていくチャンスが与えられる。 だが、意識が後手になると時間も余裕もなくなる。 毎日を必死にこなしていけば、追い込むことは可能だが、 もともと後手になった者は、 「なった」 ではなく 「してしまった」 者に多い。 急に人が変わったように、神がかりで没頭出来るものではない。 力を得るためには、 「得る」 ための行動を起こさなくてはならない。 前にハードルがあるのなら、越える前提で準備しなくては越えられない。 受験はハードルではなく 「大河」 だ。 脇を抜けたり、またいだり、倒したり、 誤魔化しながら進んでいける小さな障害とは違う。 向こうの河岸まで自力で渡りきる力があるかどうか。 その判定が第三者によって行われるのである。 川を渡るための力や道具とは、別に大それたものではない。 それは自分の意識によって培われていく素朴なものだ。 だが築き納得できるものにしていくには、 やはり時間とリンクした経験を重ね、免疫を強化していかなくてはならない。 学習の安定は意識変革から生まれる。 誰しも初めから理想的な学習が出来るわけではない。 何度も経験を重ね、成功や失敗を受け入れ、 信じられるかたちを模索しながら進んでいく。 中2生たちよ。 自分の足跡を辿ってみないか。 自分は何をし、どう工夫を凝らしてきたのか、 素直な記録を残してみないか。 そこに課題があり、先のゴールに価値が感じられるのなら、 まず一つ動いてみよう。 スタートは早いほど有利だ。 何をすべきか見えないのなら、相談しなさい。 君と同じ立場でくぐり抜けてきた、 過去の先輩たちの記録はここにある。 数百の意識変革の記録は、 君の中で生まれ変わるのを待っている。 にほんブログ村 ↑ 生徒たちへの応援(クリック)お願いします
2009.02.01
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