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来週木曜から始まる特別講座では、 中3理社において最強のゼミを考えている。 すべて私一人で行う。 「理社スーパー特訓」の参加者は25名。 今年はコツが分からずに伸び切れていない生徒が多い。 こうすればいいという処方箋と、徹底した訓練を通じ、 一人一人に衝撃的な成果を持って帰ってもらう。 各科とも偏差値で5のアップをすでに公言している。 実現すれば全員で250の伸び。 5科偏差値は平均で3上がるだろう。 そのための入念な準備を、今、秘策を組み込みながら進めている。 昨年も一昨年も、夏明けに一気に伸びた生徒がいた。 彼らに共通していたことは、講座を真剣に受け、 自分を変えようとしていたこと。 成績を上げたい、理解を高めたいという執念が、 高い成果を怒涛のように呼び込んだ。 一番大切な部分である。 どんなに質の高いレクチャーを受けようとも、 本人がものにしてやろうという姿勢をぶつけなければ、 収穫はスキだらけの不安定なままだ。 逆に言えば、手探りしながら質を高めていく鍵は、 君が握っているのである。 ぜひ真剣な姿で私と対峙して欲しい。 成果を貰うのではなく、奪い取る。 そういった姿勢を連ね、凛とした空気をここに印して欲しい。 私も厳しく接する。 泣く者が何人出るか。 悔しければ自分のために奮起せよ。 秋から独りで闘っていく免疫を、しっかりと掴んで帰りなさい。 その起点となる儀式を、 暑い夏に行う。 教材は今日から渡そう。 夏の標語、「1点を取りにいく」。 その目標達成のための第一弾だ。
2009.07.31

勉強なんて、誰だって最初からできたりはしない。 ひとつ知り、またひとつ知り、 その薄っすらとした 「知恵」 のようなものに、 描線を少しずつ描き込みながら、自分を生産していく。 そういった過程のすべてに、 本物の勉強というヤツは力を湛えながら眠っている。 君がそれを引き当てるのを待っている。 あいつは頭がいい。 言うのは簡単だ。 だがそう言い、自分を引き下げていて、君に可能性は転がって来るだろうか。 何度も言うが、勉強は誰もが初めからできたわけじゃない。 知らないものを掴み、知る努力を経由して、 刷り込み、根付かせていった技量なのだ。 君はまずそのことをしっかりと知るべきなのである。 そして、可能性を高めるために、 「努力」 することを惜しんではいけないのである。 学ぶということは、実に楽しいものだ。 時間をかけ取り組むことで、見えなかった世界が見えてくる。 今を当たり前とした平面に、アクティブな深さが手に入る。 それは君に強さと生命感をもたらし、 次の道への選択肢を用意してくれる。 勉強ができるようになりたかったら、時間と向き合い、汗をかくことだ。 ペンをしっかりと握ることだ。 目の前に崩すべきものがあるなら、崩そうと動くことだ。 待っていては変わらない。 他人を評じていても、君は変わっていかない。 課題の重みを真剣に感じ、まずは自分を評ずるのである。 すべきことが、こんなにもある。 何とも素晴らしいことではないか。 階段を一段ずつ上っていく、 そんなわざとらしい準備も、時としてやってみる価値はある。 君の知らない、上の方の世界。 達成感に満ちたステージは、意外と近くにあるもの。 だから、 ペンを放してはいけない。 諦めてはいけない。 逃げてはいけない。 勉強ができるようになりたいのなら、 そいつを握り、その過程に思いっ切り記録を綴ってやれ。 紙が破れるくらいに強く。 強く・・・ インクはまだこんなに残っているぞ。 ↓ ↓ (ぜひご訪問を) にほんブログ村
2009.07.30
夏期講習は今日で6日目が終わり、明日から第3段階(C)に入っていく。 夏の計画は順調に進んでいるだろうか。 中3生には7月8日からの計画を立ててもらったが、 今日が終わるとその計画日数のちょうど40%が終了することになる。 40%、4割だ。 ここで一度反省を行い、計画や姿勢の改善を施すことが大事だろう。 どんな収穫があったのか。 第三者に具体的に述べられる、自信に満ちた君の収穫とは何なのか。 しっかり振り返って欲しい。 そして計画が飾りになり、中途半端な記録しか残っていないのなら、 今日からギアを入れ替えよう。 夏の特別講座はまだ受け付けている。 中1、中2は部活を避けて夜に実施する。 特に中2は受験の流れを決定的にする大切な期間。 ぜひ真剣に考え、自分と向き合って欲しい。 中3で部活の都合が付いた者なども、追加合流が可能だ。 中3の特別講座(対策ゼミ・理社の平均)参加率は95%。 24時間トライアルもまだ希望者を待っている。 いずれも今週いっぱいで締め切る。 打ち込める時間は返って来ないぞ。
2009.07.29

昨日はあるメールマガジンにてご当ブログをご紹介いただき、 一気にアクセスが増えました。 一日で約2000件のアクセスがあり、 楽天のジャンル別ランクでも、全国6位となっています。 色々な方にご訪問いただき、大変有難く思っています。 どや先生、感謝です。 アクセスと言えば、最近 「Google」 「Biglobe」 「Goo」 などで、 「名学館」で検索すると、 当ブログが、数十万件の中で大体全国5~9位くらいでヒットします。 なにも対応していないのにトップページにランクされる。 これもまた、広く知っていただける上で有難いことです。 妙なサイトに引き込む悪質な書き込みが増えただけで、 問い合わせはほとんどありませんが(笑)・・・ また、ブログ村はトップにバナーを張っただけで、 ここのところ放置状態です。 よろしかったら、再び応援クリックをお願いします。 色々な役立つ情報も見ることができます。 ↓ ↓ にほんブログ村
2009.07.28
歴史が本当に苦手で困っているのなら、 次の7つをヒントにしてみよう。 『教科書を何度も読書する』 通読と精読を織り交ぜ、最低でも5回は読む。 3回目位から、「流れの理解」の変化に自分自身で気づくはずだ。 実はこの方法が最も効果がある。 『教科書のコピーにラインやマーカーを引き、徹底理解を試みる』 よく分からない時代だけでもいい。 項目も資料・図版も頭に複写していくように、線や印を付けまくる。 用語は紙に書きながら覚えるとよい。 『重点ポイントを幾つも表にし、暗記できるリストにしていく』 対やグループで覚えるべきものが、歴史には多い。 それらを表に収め、比較しながら押さえていく。 文化史、テーマごとの通史などに非常に有効だ。 『人物を、この人=○○という型にして一覧化していく』 教科書の索引を活用する。 白河上皇=院政、井原西鶴=浮世草子、といったA→Bをリスト化していく。 複数項目がある場合は、聖徳太子(建築物)=法隆寺のようにくくるとよい。 クイズ感覚で覚えていく。 『年表項目をカードに書き、年代並べ替え訓練を試みる』 裏に年号を書いておき、並べたらひっくり返して正解かを確認してみる。 シャッフルし、何度でも繰り返せるのが利点だ。 機械的に年号を覚えるのと違い、時代の流れが掴める。 枚数は3、4、5枚と段階を追って増やしていく。 『入試要点集を購入し、先に反復暗記してみる』 要点集は何を押さえればいいのかという「到達リスト」でもある。 模試などで問われるベクトルを知る意味でも、早めに目を通しておこう。 『家の中に暗記項目を呆れるくらいに貼りまくる』 覚えきれないのなら、繰り返し目に付く地点に貼ってみる。 手書きで大きく書くことが条件。 コーナーごとにテーマを決め、定期的に差し替えていく。 歴史はまず、流れを掴み知識を蓄えることが大切だ。 問題を解く前に、読書とインプットをこなしてみよう。 一問一答集があるのなら、それを用いてもいい。 知っている量が素直に得点のベースになる教科である。
2009.07.27
「♪上機嫌でいこっと ♭倉庫」のねこにゃ~☆先生の、「ブックマーク」には、 ここ2年の私の記事が、有難いことに200以上も取り上げられています。 何を書いてきたか辿る時に、大変ありがたいリストです。 もう一つは、りんご先生のニュースサイト「りんごアンテナ日記」の、 「GOAL通信・記事一覧」。 こちらのサイトへは随分古くから紹介されており、 感謝しています。 メッセージ、啓発文が主体ですが、 主に2007年以前の私の思いが、貴重なリストとして残っています。 下の(古い50日分)を開いていくと、100数十の記録が辿れます。 最近、過去の記事に触れたメールやコメントが増えました。 何度もご訪問いただき、 さらにお子さんの指導へのヒントとして活かしておられるという。 また、子どもに読ませ、会話の材料にした。 記事に何か感じたのか、学ぶ姿勢が変わった。 そういうお話を幾つもいただいています。 今開いているこのブログの左袖からも、 月ごとに拾うことですべての記事が読めます。 カテゴリーごとの検索では、 例えば「学習方法」をクリックし「前のページへ」を使えば、 テーマごとの古い記事がすべて閲覧出来ます。 学習のヒントやモチベーションに関わる内容は、 大半が「学習方法」と「生徒たち」に分類していますので、 必要ならば、ぜひ使えるヒントを見つけてください。 結構古い記事に、今の言葉の原型があったりします。 勝手なことも言ってますので、それはご容赦を。 ※両先生へ 勝手にリンク貼らせていただきました。 今後も宜しくお願いいたします。
2009.07.26
夏期講習を120時間取っている生徒がいる。 自習や繋ぎ時間を含めれば、恐らく200時間を超えるだろう。 勉強は時間ではないと言うが、 自らを闘える状態に置くということには、やはり大きな可能性がある。 戦闘体勢の瞬間が幾度もある者と、ほんの数回である者の違い。 それは実際に時を過ごしていく上で、成果の手応えとなって出てくる。 そんな泥臭い、我々が昭和の頃に経験した法則が、 今もしっかり残っている。 「勉強は時間ではなく中身だ」という者に限って、 不思議と中身が伴わない「無為な時間」を過ごしているものだ。 中身だなんだと論評する前に、まず、絶対的な時間を確保してみる。 そしてその流れに沿って有効なものを、じっくり探してみる価値はある。 まず、死に物狂いで、しゃにむに頑張ってみる。 時間とともに、君の中に収穫や反省がきっと生まれてくるだろう。 質の向上というものは、そういった量を経ることで見えてくる。 泥臭い行為に汗をかくことで、 定点として残っていくものなのだ。 初めから格好いい台詞で気取ってはいけない。 評論家になる前に、闘ったという実績を素直に残してしてみればいい。 学問や実業界の過去の成功者たちは、 決して初めから「中身」を追求したりはしなかった。 他人が認めないようなことに時間をかけ、努力し、 時には睡眠を削り、 発見や効率や、自分なりのスキルを掴んでいったのである。 時間に身を置くことで、思考が生まれる。 思考が生まれることで、目標が定まっていく。 目標が定まることで、具体的な計画が可能になる。 そして、計画が緻密になれば、工程に効率が追求されていく。 まず時間を意識してみよう。 仲間が5時間向き合ったのなら、君はその倍を費やそう。 圧倒的な時間は、 必ず改善を生む。 家で集中できないのなら、教室で闘いなさい。 昨日も9時間ほど自習していた受験生がいた。 講習会のあと居残り、何時間も頑張っていた中1生もいた。 私が近くに立っても見向きもしない。 そんな集中できる空気を、彼らは自然に体得していた。 学びには正攻法も裏技もない。 君にとっての手応えある発見は、 君が発見しようという環境を創ることから始まる。 他人に負けない、 圧倒的な時間の中で生まれるのである。
2009.07.26
達成には個人差がある。 大人から見て簡単なことも、 子どもたちにとっては途轍もないカベに感じることもある。 我々大人は、その個人差を常に丁寧に、 可能性の捌け口として受け入れてあげる素養を持っていたい。 一回で済む者がいれば、五回でも終わらない者がいる。 一分で理解する者の陰に、一時間でも導入さえ掴めない者がいる。 個人差は悪いことではない。 罪でも何でもない。 理解できないという現実があるなら、 理解できるまで道を敷いてあげる。 時間が掛かるなら、それがその子の学びのリズムであり、 精一杯のルートなのだ。 こうすればいいという方法論を示すことで、 あるいは指導者も真剣なのだということを共有していくことで、 一歩、二歩と、動いていけることがある。 初め2問しかできなかった問題が、 30分後には20問もできるようになっている。 特別な能力ではない。 甘えを捨て、観念させることで得られる成果。 とにかくやるのだという観念が、かたちを残していくのである。 子どもが複数いれば、当然個人差が生まれる。 教科によって微妙に歪んだ「差」を生んでいく。 それを能力と片付けるのはた易い。 だが、その差を前提としたハードルを我々はどれだけ抱えているだろう。 実際に、いつ、どこで、どれだけ設置してきただろう。 頑張れなどという抽象語は、誰にでも言える。 そうではなく、 どう頑張るのか。 何故頑張らなくてはならないのか。 子どもたちに観念させ、真剣にペンを握らせる言葉がある。 個人差は悪いことではない。 罪でも何でもない。 理解できないという現実があるのなら、 理解できるまで道を敷いてあげる。 時間が掛かるのなら、それがその子の学びのリズムであり、 精一杯のルートなのだ。 点が取れない者を切るという発想は、ここにはない。 点が取れないのなら、取れるように磨けばいい。 60点を90点にすることも、20点を50点にすることも、 同じ30点という理解の達成。 結果の数値だけでは量れない、本人にしか分からない過程がある。 トライアルで、追試を一回でクリアする者。 6回目でやっとクリアする者。 7回目であと2点のラインまで這い上がってきた者。 「姿勢」「努力」「意識」。 我々の型に嵌った考え方と別の次元で、 彼らは強い可能性をジリジリと見せてくれる。 何度も挑戦し、15点が95点になった。 その80点の達成がすべてなのだ。 仮に何回であっても、最後に達成した値はここにある。 辿った距離が長いのなら、 それは、立派な過程を経た証明だろう。 個人差は誰にでもある。 大切なのはそれを受け入れ、活かそうとすること。 その子の道にも、必ず達成のラインがある。 他者の道に自分を合わせていては得られない、 君だけの完結がある。
2009.07.25
地元中学でまずい事件が発覚したようだ。 何でかなぁ。 子どもたちへの影響を考えないのかなぁ。 ニュースも既に出回っている。 学校はどう対応し、コメントを出すのだろう。 今後の授業運営にも影響が出るだろうな。 生徒はとんだ迷惑。 うちの塾生たちにも係わること。 困ったもんだ。
2009.07.24
疲れたとか、眠いとか、部活が大変だとか、 いつまでも言ってんじゃない。 お前は塾に籍を置き、何をしに来ている。 お前が最優先させることは何なのだ。 言ってみなさい。 お前の学費は、両親が働いて得た貴重な金銭で成り立っている。 お前はそれをどこまで有難いと感謝している。 詰まらないとか、かったるいとか、 そんなことしか言えない、情けない人間にはなるな。 辛くとも、学べる環境があることに感謝しなさい。 机をもらい、部屋を与えられ、 有り余るほどの道具に囲まれ、 テレビを観てゲラゲラ笑い、 飯はたらふく平らげ、洗濯物は放り投げ、 周囲はすき放題に散らかし、 面倒なことから逃げ、文句を言い、 それでいて俺には自由がないだと? 疲れただと? 言っておくが、お前よりお前の両親の方が数百倍疲れている。 それでも皆、すべきことを必死に頑張っている。 お前のために。 将来の道のために。 それがとても大切と感じているから。 有難いという、感謝の気持ちを忘れてはいけない。 すべての行動の強さは、そこから湧きあがって来るものなのだ。 眠いだと? 時間がないだと? 塾長は50歳だが、毎日睡眠時間は4時間だ。 昨日から連続22日間、早朝3時就寝、7時起きが続く。 その間、7回は徹夜で頑張る予定だ。 限られた中でどうしたら時間を手に出来るか、 執念で可能性を掴み続けている。 お前たちに力を与えるために。 笑顔を与えるために。 お前の親や塾長は、いつも泣き言を言っているか。 自分を正当化してはダメだ。 辛いと感じるなら、それは有難いことだと思うのだ。 一歩ずつ、お前の力を前に向けていけばいい。 そして、辛抱によって得たものを大事にしていこう。 それがお前の仕事。 眠ければ、眠くならない方法を考える。 かったるいのなら、かったるくならない方法を考える。 詰まらない、面倒という思いは、 お前の甘えからくる感想であり、制御できること。 やってる暇がないというのも、都合よく逃げているだけだ。 そもそも「すべき学習」は、「暇」に処理するものか。 余分なものと捉えているから、そういう台詞が出るのである。 世の中には勉強したくても出来ない仲間だっている。 贅沢な環境も道具もなく、たった独りで闘っている者もいる。 自分の恵まれた周囲に、もう一度目を向けてみなさい。 そして何をすべきなのか、考えてみなさい。 お前の大切な身近な人は、今日も汗を流している。 話しかけ、ご飯を作ってくれる。 病気になれば看病してくれる。 問題が起きれば、一緒に謝ってくれる。 真剣に考え、怒ってくれる。 勉強がかったるい。 そんなことを言えない空気を感じて欲しい。 それが理解できた時、 本物の勉強の有難さが、きっと見えてくる。 疲れたという気持ちを、自分の中でどう処理していくか。 少しずつ大人になっていく今だから、 大切なのだ。
2009.07.24
ギアを変えるタイミングがある。 受験生は 「今」 がその時だ。 夏休みに入り、何となく数日が過ぎてしまった。 机には向かっているが、どうも気合が入らない。 でも、そろそろ本腰を入れてやらないとまずい。 君がそう思い始めたとしたら、 「今どうするか」 は、間違いなく今後の流れを決すると思っていい。 ギアを変える瞬間は、受験期に何度かある。 学年が替わった春の初日、1学期の期末が終わった当日、 夏休みの開始直後、師走の期末終了の日、願書を記入した当日の5回。 今回はその中でも、途轍もない収穫を左右するであろう、 Sランクのタイミングなのである。 ギアを変えるには、今まで引きずってきた習慣を捨てなくてはならない。 そう、リセットするのだ。 何となく塾に通い、何となく受け身で濁していた学習を捨て、 自分主体で組み立てる算段を始めなくてはならない。 宿題をやってる暇がない。 学校で教わってないので知らない。 問いかけに対し、「知らない」 「解らない」 「聞いてない」。 覚える努力も 「しない」、ノートまとめも 「しない」。 授業では自分中心で騒ぎ、甘え切っていた姿勢。 理屈ばかりで、いつも逃げていた。 振り返るとすべてが中途半端だった曖昧な日々。 その一つ一つを捨て去り、反省し、 自分で鮮明なラインを引くという 「覚悟」 が必要なのである。 受け入れるという 「覚悟」 が必要なのである。 私は君たちに対峙する。 今のタイミングが君の可能性を開花させることを知っているから、 何度も厳しく、重い修練を与えていく。 不平が出ることも、険悪な空気になることも知った上で、 敢えて課題をぶつけていく。 学びの流れは合流を重ね、 いつか奔流となる手応えの生まれる瞬間が待っている。 高校に行くのは君だ。 ハードルを越える瞬間に期限があるゆえに、 君は常に100日後の自分を描いていなくてはならない。 100日後の自分に、 責任を持っていなくてはならないのだ。 今までが当たり前として過ごして来たのなら、 このタイミングで必死に自分を見詰めて欲しい。 数々の先輩たちが刻んでいった足跡も、 強いエネルギーもすべてここにある。 掬い、 掴み、 加工し、 半年後の展望を、君の手で描いてみなさい。 変えるべき覚悟の姿勢を、 今というタイミングを逃さずにここに持って来なさい。 メーターが振り切れるように。 しっかりと、熱く。 ギアは君の軸にあるはずだ。
2009.07.23
1枚の紙を用意しよう そして 自分をプレゼンしてみよう 課題は 夏休みのスタート10分の1で得たもの 何が書けるか どんなドラマやシーンが語れるか じっくり考えてみよう これを頑張った こんなに時間を注ぎ 解き 覚えた 強く語れるものがあるのなら 思いっきり大きく書いて 主張すればいい でも そこに 中途半端なつまらない自分しか書けないのなら 君は 今日を大切にしなければならない 受験生であるならば 昨日までの4日間は 君がゴールまでに掴める時間の2% 君はチャンスを2%失った 時というものは 後で取り返せないもの 感じてみよう 2%の重みを 紙のプレゼンは 君の汗の記録だ 書き込める 誇れる項目と字数が 少しずつ 安心感と力を残していく 審査員は君自身 もう次の4日は始まっている
2009.07.22
漢字検定の申し込み締切は、本日21日です。 準備学習の時間も取りやすい「夏休みの終わり」に行われる検定。 ぜひチャンスをものにしてみよう。 高校入試の仕組みが変わり、 検定も点数化され合否点に加算する高校が、ほとんどとなりました。 今日どうしても来れない生徒も、 何級を受けるのかを連絡してもらえれば、 申し込み登録をしておきます。 塾で受けられます。 受検料も200円安くなりました。 (記事は後日削除します)
2009.07.21
其の一 『同じ教材を2冊用意する』 「同一ページを左右に並べ、連続トライアルが可能になる」 「まとめ教材などは、一冊に語句の墨入れを施し暗記用テキストとして使う」 「問題集は、一冊に解答を先に書き込み、正解編として対照させる」 「一冊をばらしてしまい、並べ替え、必要なもののみ再編集(ファイル)する」 「一冊をばらしてしまい、暗記シートとして持ち歩き活用する」 「一冊から必要な部分を切り抜き、まとめノートに貼っていく」 2冊あると、こういった様々な工夫が可能になる。 同様に、教科書も2冊あれば墨入れなどの活用の幅が広がる。 テキストは種類を豊富に集めればいいというものではない。 一冊のエキスをどこまで搾り取れるかという点に、 徹底してこだわってみたい。 保存版で綺麗に扱うこともない。 ばらし、切り抜き、形を変えることで、 知識に結びつく発見があるかも知れない。 (其の二以後は、不定期で書いていきます)
2009.07.21
社会の出来る子は、例外なく知識が豊かだ。 クイズ的な幅広い知識を、幾つも持ち、楽しんでいる。 社会の学習の本質はそこにあるのだと思う。 色々なことを知り、その知ったことが知恵の証明書になり、 連鎖的に知っていくことが何だかワクワクしてくる。 そんな手順を無意識に踏んでいる。 私は大学で地理学を専攻した。 子どもの頃から地理は好きで、よく地図帳を開き、細かいことを覚えた。 白地図に色を塗りながら、学年を飛び越えた参考書をいつも眺めていた。 日本の都市、自然、産業などは親よりも詳しくなり、 世界の首都は5年生ですべて言えた。 将来役立つかどうかなどどうでもよく、ただ興味があった。 今になって生徒に地理を教えているが、 当時の前向きに集めた知識が語りのベースになり、日々非常に役立っている。 たまに地理に詳しい子と出会うと、よく勉強法を訊く。 彼らから返ってくる言葉は、やはり地図を開くことだ。 地図は人々の生活の縮図だと思う。 縮尺が変わるだけで、表情をどんどん変えていく。 大学時代、空中写真、地形図、土地利用図などの詳細な分析をしたことがある。 今のテキストに登場する2万5千分の1の地形図。 当時私は日本全国で200枚は持っていた。 ほとんど毎日、そいつを眺め分析し、レポートを書いていた。 生徒が解いているテキストの7センチほどの地形図を見ると、 そこに表現されている事象が自然と伝わってくる。 問われる視点はどこにあるのか。 ポイントを指示しながら、過去の自分の作業を反芻している自分がいる。 本題に戻すが、 中学地理の学習に必要なものを挙げるとすれば、次のようなものだろう。 1「教科書」 2「地図帳」 3「統計資料」 4「白地図」 5「入試要点集」 6「一問一答集」 これらはいずれも外せないものだ。 好成績を維持したいのなら、6点を完璧に揃えたい。 特に3、4、5はないがしろにされやすいが、書店などで早期に確保したい。 統計は山川や二宮のものが400円程度で買える。 高校学参のコーナーによくあり、冬~春に年度版が出る。 白地図は自分でテーマごとのリーフを作成するために、絶対に必要だ。 市販のものは余分な文字が印刷されていることもあり、 純粋な白地図のみを何枚もコピーして用意することを勧める。 要点集はみな疎かにするが、非常に役立つ。 これは入試の仕上げ用にあるのではない。 何が高い頻度で問われるのかを事前に確認し、 正しいベクトルで学んでいくための大きな指針となる。 ここに書かれていることを先に覚えるのである。 ここに使われている図版を先に掴み取るのである。 その知識や印象が、何をどう押さえていくべきかの過程を生む。 要点集を捉えた者は、白地図に落とし込んでいく作業にも、 必要なものの選別が自然と出来るようになっていく。 一問一答は言うまでもなく、知識の厚みを得るために欠かせないアイテム。 図版や地図と絡めた物が理想だが、あまり市販されていない。 塾教材に優良なものが幾つかある。 学ぶ手順を書くと長くなるが、やはり基本は教科書だ。 教科書をまず読む。 何度も読み、用語に注意し、図版を入念に捉えていく。 複数回読んだなら、索引で用語のチェックをしてみる。 意味が言えるか、知らないあやふやな用語はないか。 印を付けながら、本文のページを開き、再確認していく。 ある程度基本が呑み込めたなら、まず先の「5」を押さえていく。 次に、教科書と要点集の知識を確認するために、「6」の一問一答を解く。 ひたすら解く。 速く処理できるよう、何度もタイムトライアルを繰り返す。 不明なものに印を付け、弱点ノートに書き抜いていく。 そして「白地図」を用意し、テーマごとに地図に落とし込む作業を始める。 文や用語の羅列ではなく、 ビジュアルに把握できるよう、ポイントをまとめ、頭に刷り込んでいく。 それらはしっかりファイルし、常に反復出来るようにしておく。 最後に「統計資料」で解くための基準となる情報を仕入れる。 これも重点のみ、1枚の紙に表形式でまとめるのが良い。 色分けし、テーマの括り方を工夫してみるといい。 さあ、ここまでまだ問題は解いていない。 いいのである。 解く前に徹底してトレーニングし、知識を蓄えるのだ。 よく問題を解きながら失点を解明していく手法が語られるが、 詭弁である。 点が取れない生徒にとっては、ほとんどが失点となり、 学習そのものが組み立てられなくなる。 解けるという感覚を積み上げるために、まずはインプットなのだ。 「問題を解いて試してみたい」と思えるくらいに、 徹底してパワーを高めにいく。 そのために先の道具があるのである。 地理は押さえどころを外さず、正しい方法で学べば、 安定した成績を残せる教科だ。 すべてのヒントは、地図と関連させることにある。 白地図は手元にあるか。 地理の学びのキャンバスはその白い地図にある。
2009.07.20
社会科の学習方法について少し書きたい。 初めは「地理」について。 地理の学習には土壌となる基礎知識が必要である。 具体的にすぐ思いつくのは、 1 日本や世界の国々、都市などの位置関係。 2 自然と人との関わり。 3 分布図とデータ知識。 4 歴史・公民との繋がり。 などだ。 1の知識の基本は、地図帳である。 知識の深さは、地図を開いた回数に比例すると思っていいだろう。 知識という表現を使ったが、中には常識とも言えるものもある。 15歳になって、アメリカや中国の位置が分からない。 大阪や広島の位置、赤道やロンドンが地図上に描けない。 この状態は「苦手で困っている」という範疇ではなく、 知るべき常識が欠けているのだと認識して欲しい。 学ぶ努力が足りないのである。 2の、自然と人との関わりは、地理学習において特に重要だ。 人の生活圏は、自然との共存の上に成り立っている。 そこには地形があり、気候があり、土壌や植生などが密接に関係している。 農業や鉱工業、漁業、交通、人口分布といった人間の営みには、 自然と結びついた長い歴史がある。 北海道で「サトウキビ」は採れない。 沖縄で「てんさい」は採れない。 いずれも気温や雨季乾季といった気候によって根付いた産業だ。 山があれば鉄道は通らない。 島国だから育った文化がある。 何を言いたいのかと言うと、 まず自然を理解し、それを前提にした人々の営みを捉えていくということだ。 その背景を割愛し、表面の地誌だけ学ぼうとするから、 暗記に頼る詰まらない学習になる。 まず、地形や気候を地図帳で理解することから始めたい。 3のうち特に分布図は、自分で作成するのがコツだ。 地理には幅広い事象があるが、 その一つ一つを、テーマごとに白地図に落とし込んでいくのである。 基本知識のストックを作る上で、この作業は非常に効果がある。 都市、自然、産業と、データは数え切れないくらいある。 それらをリーフにしてファイルしてみよう。 データ知識は、一覧にして一気に覚えるに限る。 例えば日本の農作物を覚える時、それぞれをばらばらに捉えるのではなく、 表を使い、一枚のビジュアルなシートにしてしまう。 これ一枚を覚えればいいというものを作成するのである。 こういう手法は、反復する度に安心感が増し、結果に繋がっていく。 4の他分野との繋がりは、次回の細かい作業の中で触れたい。 と言うことで、次回は具体的な学習手順について書こうと思う。
2009.07.19
北辰前夜に少しでも手応えを掴みたいと、 Tさんが6時半頃やって来た。 彼女はまだ部活を一線で続けている、頑張り屋さん。 限られた時間の中で受験生としての意識を保とうとしている。 練習があり、昨日の対策にも参加できなかった。 今日の彩の国フェアも同様に行くことが許されない。 明日の北辰の後、親御さんと合流して出向くということだが、 ハードなスケジュールにも一切音を吐かない、 そんな彼女の姿勢にはいつも強い魂を感じている。 君がここに来たのは小5か。 まだ小さい君と初めて面談した時のことが思い出される。 勉強の話をするとケラケラ笑っていた君。 あれからもう4年。 学びながら、悩みながら、少しずつ強くなってきた。 受験の学年になり、私の指導する授業も志願し、 苦手を何とかしたいという思いが、 健気な笑顔の奥に日増しに大きくなっている。 彼女はターゲットである理科と社会を、黙々と解いていた。 7時過ぎに私が答案を確認し、採点を始めた。 弱点がはっきりした解答群だ。 注意点を指摘し、ボードで幾つか説明を加えた。 段階を追って質問していくと、正答を導き出せるが、 紙面だけで自力で解くとミスが出る。 落ち着いて、線を引きながら処理していく。 そんなアドバイスもした。 高校生の授業も終わり、最後は二人だけで1時間ほど対峙した。 理解度は高い。 だがヒントが必要な分野が幾つもある。 この夏の課題を想起しながら、基本として問われる部分を最優先で伝えた。 明日の試験で出るといいな。 8時40分。 「ありがとうございました」と告げ、彼女は帰っていった。 結果がどう出るかは分からない。 だが、明日のために何かをしたいとここに来たこと。 それは必ず未来の伏線になるだろう。 私も指導していて何故か気持ち良かった。 疲れながらも、自分のために頑張りたいと、 たった一人足を運び、頼ってきてくれたことが、 何故か嬉しかった。
2009.07.18
北辰対策で理科の 「圧力」 「湿度」 の計算に触れたが、 容易に答えられた者は皆無だった。 夏はみっちりと理科の計算練習をさせなくてはならない。 そう確信した。 数学の計算の時間を少し理科に宛がうことで、 効率の良い得点アップが図れる。 計算を制覇すればすぐ30点は上がる。 なのに何故かみな、理科を疎かにする。 30点は理科の偏差値15、 5科で換算すれば偏差値3~4のアップに繋がる。 志望校の光明が見えるかどうかのキーにもなるのだ。 苦手だからと疎かにしてはいけない。 可能性は5科全体の総合力で上下するもの。 講習会ではコツを大量に与える。 君自身のために、真剣にものにしなさい。 今日は対策の参加率が悪かったね。 もう部活を引退しているはずの者も来ていなかった。 結果がどう出るかは日曜に判る。 君らの意識の問題だから、あまり指摘するのはやめておこう。 通知表を持ってきて見せてくれた生徒が数名いた。 伸びたのか、その逆なのか、 点をよくかみ締め、夏の課題を煮詰めて欲しい。 中1生は初めての5段階評価だ。 実力が出し切れたのかどうか、気になる部分は早めに手を打とう。 夜の授業時に 「漢検を受けよう」 と伝えて歩いたら、 帰り際、申込書が空になっていた。 今回は夏休みの終盤に実施するので、準備もしやすい。 意欲的にどんどんチャレンジしてみよう。 カベはよじ登ってみなければ分からない。 来週21日の火曜日が締切だ。 急ごう。
2009.07.17
いよいよ夏休み。 だが受験生には息抜きをしている暇はない。 まずは「北辰対策」。 2時に集合だ。 あと、彩の国用にコピーを取りたい者は、 通知表を持ってきなさい。 夜の授業もあるぞ。
2009.07.17
北辰の過去問を解いているとき、生徒から質問が来た。 「先生、最後の選択問題はどれでもいいですか?」 社会や理科の場合は、学校の進度に合わせ、 複数単元が選択制になっていることがある。 実力模試などにもその形式は多い。 その時、私の指示はいつも決まっている。 こんな感じである。 「全部だ」 「えっ、でも本番って選択じゃ・・・」 「今は本番か?」 「じゃあ採点はどう・・・」 「全部やって、一番悪いヤツで採点する」 「・・・?」 去年も一昨年もそうしてきた。 目の前に問題があれば、すべて解くのが練習。 機会が増えればセルフチェックの密度も高くなるだろう。 そして、その中で一番いいものを使ったりはしない。 最も悪いものが用いられるとすることで、 すべての問いに対し、真剣になれる。 昨日も久し振りにその指示を出したが、 生徒も苦笑いしていた。 昨年の後半では、もう指示するまでもなく、 受験生は各自すべての問いに向き合っていた。 プリントを配ると、「どれをやるんですか」と訊いてくる者がいる。 まだ私の「型」が呑み込めていないようだ。 「どれをやるんですか」ではなく、 「1番からやっていいですか」と訊きなさい。 待ちの姿勢で指示を仰ぐのではなく、 攻めの姿勢で確認をするのだ。 どうでもいいじゃないかと思うかも知れないが、 これは、長期取り組むと大きな開きを生んでくる、 心得ておきたいことだ。 指示を具体的にしないでいると、生徒は次の問題に移っていく。 暫くして「2番はやらなくてもいい」と告げる。 全員が2番を終えているのを確認し、わざと言っている。 その時の生徒による反応が興味深い。 黙って苦笑いする者もいるが、 「え~っ、早く言ってくださいよ。やっちゃったじゃないですか」 と言う者が圧倒的に多い。 「やっちゃっただと?」 「ええ・・・やらなくていいって知らなかったんで・・・」 「やらなくていいものをやって、損したってことか?」 「えっ・・・はあ・・・」 「積極的に解くことは、損することなのか?」 「いえ・・・」 指示以外に1問多く解くことを、無駄な作業と思っている者は、 最終的に自分で完成を目指せないことが多い。 汗に無駄はないのだ。 指示はあくまでも形式的な区切り。 自分が取り組んだ一つ一つに価値があるのである。 答え合わせの後、その2番の正答を訊いてきた者。 その逆に、やらなくていいのならと、答えが気にならない者。 両者の差は、大河の幅ほどある。
2009.07.17

7月22日水曜に皆既日食があるが、 屋久島~奄美だけに日食が起きると思っている人も多いだろう。 「九州か沖縄の方で見られる天体ショーでしょ」 生徒の中からもそういう言葉が複数あった。 確かに「皆既」はその地方のみだが、 いわゆる「日食」は、今回は日本全土で見られるのだ。 「皆既」が起きるラインに近いほど、欠け方も大きくなる。 東京でも約4分の3が欠けると言うから、 相当規模が大きいと思っていい。 この程度では明るさは大して変わらないが・・・。 自然学習の恰好材料なので、 教室でも《観察しよう》という掲示を始めた。 観察には注意が必要だが、めったにないチャンスなので、 ぜひ確認だけはしてみよう。 次の皆既日食は26年後。 君らが40歳ぐらいの時に関東でも起きる。 詳細は国立天文台のHPを開いてみよう。 ここに詳しく解説されている。 日食のメカニズムはどうなっているのか。 図を見て確認しておこう。 東京地方の食は、午前10時前に始まり、午後12時半頃に終わる。 食の最大は11時13分頃だ。 ちょうど学校も夏休みに入ったとき。 晴れることを願う。
2009.07.16
夏の講習会(中3特別講座)では、 穴埋めしながら知識を確認、定着させていく、 サブノート形式のオリジナル教材を用意する。 理科知識 社会知識 国語知識 英語知識 数学知識 計数感覚 それぞれ理解定着を目指し、反復演習が取り入れられる。 理科、社会については、覚えるべき重点を徹底して盛り込む。 内容は大方予測がつくと思う。 時事用語は社会の中に組み入れる。 国語は主に言語知識、英語は単・熟語、会話表現、構文などがメインになる。 計数感覚では、「単位の理解および切り替え」「比の計算方法」、 「計算スケール」などについての強化に取り組む。 理科や数学における即答のヒントがそこにある。 すべてに共通するのは、「確認し、知る」ということ。 情報だけでなく、重要ランクも同時に押さえてもらう。 書き込み、覚えながら、重点リストを作っていく。 理解するための反復が、夏の教室で繰り返されるだろう。 詳細はあまり書けないが、使用時には完成品をアップしたい。 なお、中3生の特別講座は、ほとんどの生徒が申し込んできてくれた。 「入試対策ゼミ」が欠員1、「理社スーパー特訓」が欠員2という結果だ。 うち、前者の1名は、大会があり参加したくても出来ないという理由。 後者の2名は理由は不明だが、もし事情が変わって参加を希望するのなら、 来週中の申し出ならば追加できるよう席は空けて待っている。 夏期講習は締め切ったが、外部からの申し込みにはまだ対応中です。 全科はもちろん、教科単位で、あるいは理社のみなど、 この夏に気合を入れて頑張ってみたい生徒は、お申し込みいただきたい。 基礎からの立て直し、ハイレベルな強化と、 実力と目的に合わせてコースを設定し、待っています。
2009.07.16
トライアルがまだ続いている。 5月の連休明けに始めてから、2ヶ月と一週。 今週は6回目のトライになる。 答案が返ってきても何も見直しをしないメンバー。 飽きもせず毎回同じ失点をなぞっている。 いつか気付いて壁を乗り越えてくれる。 そう思い、私は何度でも問題を配り、答案に赤を入れている。 採点した答案は約200枚。 解答数では有に15000を超えている。 採点に使用している「赤のサラサ0.7」はもうすぐ3本目を使い切る。 最初26点だったS君。 彼は追試も30点。 その後も30~40点と、いつも同じミスを繰り返していた。 一切見直しをしなければ当然の結果だ。 だが、先週実施した5回目で変化が出た。 私が根負けする気配を見せないので観念したのか、 懸命に練習してきたのであろう。 ミスはたったの1問で、見事合格した。 その1問も漢字の不注意であり、 初めの頃の空欄だらけの答案とは比較にならない、高い完成度であった。 彼にとっての 「分岐点」 だったのだろうと思う。 合格のために必死に頑張ってみる。 きっと、その意識を行動に移す 「ギア」 が入ったのだろう。 内容は彼が特に苦手としているものばかり。 クリアするにはどれだけ頑張らなくてはならないかは、私が一番知っている。 大会が迫り、連日部活でくたくたになっていることも知っている。 だが彼は、そいつを自力で乗り越えて来た。 初めて全部埋めた答案を私に突きつけて来た。 少ない時間で懸命に課題と向き合ったエネルギーに、 何だか凄く大きな可能性を感じた。 今も授業後に追試タイムは続く。 「今日やるの知らなかった」(前回の答案に書いてあるよ) 「迎えが来てるから」(そう、だから?) 「全然練習してませんよ」(じゃあ時間まで悩んでなさい) もう一度言っておくが、この課題は全員合格するまで終わらない。 50回だろうが70回だろうが、 君らが自分を見つめ、越えていくまで続いていく。 こんなハードルが跨げなくて受験の巨大な壁をどうする。 必要な大切な知識だから、今ペンを持っているのだ。 いい加減嫌気が差しているメンバーよ。 いくらでもブツブツ言いなさい。 「こんな塾なんて」と、親にも文句を言いなさい。 だが試験は続くぞ。 やってやろうじゃないかと、 君が分岐点を自分で描くまでは。 やるか、やらないか。 結局、やった者のみ合格するという単純な話なのだ。 点数は努力の度合いでしかない。
2009.07.16
『1点を取りにいく』 今年の夏期講習のスローガンとしよう。 君の力はその1点の集合体で示される。 出来ないと諦めてはいけない。 分からない数だけ、君に前進していける可能性があるのだ。 攻めていく。 自分のために攻めていく。 そこで掴んだ熱い発見を大切にしていこう。 毎日たった1点の積み重ねは、 40日で40点にもなる。
2009.07.15
「夏の計画」を生徒に提出させた。 その作成の段階で、何人かに相談を受けたものがある。 同時進行の保護者面談でも、数名の方から悩みとして相談された。 何かと言えば、 「この夏に、具体的に何に取り組めばいいのか」 という、教材の相談だった。 受験生においても確かに準拠テキストは渡しているが、 これを押さえろという一冊は配布していない。 生徒たちの間でそういう意識が湧いてくることは、好ましいことだ。 いざ計画を具体的に書く段階で気付いたのだろう。 さて、ここで注意すべきことがある。 前学年の復習にせよ、単元に特化した学習にせよ、 基本になるものは、誰の手元にもある「教科書」だということだ。 まず、そいつをしっかり制覇し、知恵を蓄え、 次の段階への準備を整えて欲しい。 先日書いたインプットの強化を徹底して極めて欲しい。 索引は使いこなしたか。 図や解説は深読みしたか。 ラインは引いたか。 折り目を付けずに自然に開き続けるまで、 何度もページを手繰ったか。 勉強はテキストの問題を解くだけではない。 「答えられる」 というエネルギーのようなものを、 掴み、自分の懐に入れていく。 そんな漠然とした作業をこなし、一歩ずつ聡明になっていくことなのだ。 正直、これをやりなさいと魔法のような教材はない。 もちろんそれに準ずるものは用意しよう。 機を見て与えよう。 だがまだ早い。 まず自分の手元を完全に制覇してみなさい。 新しいものに頼るのではなく、 新しいものが素直に必要になるまで雌伏してみなさい。 ※使いこなしていないワークはないか。 ※新品のままの要点集はないか。 ※資料集は、地図帳はぼろぼろか。 ※ただ○付けし通過してきただけの問題集はないか。 ※ワークの要点部分は頭に入れたか。 ※解答集の解説にラインやマーカーはたくさんあるか。 ※テストファイルは開き、チェックしたのか。 ※学校の教材の再トライは実践したのか。 ※社会の教科書は5回戦往復したのか。 ※国語便覧の語彙集のまとめはしたのか。 ※英語の教科書の索引をもとに、暗記とスペルチェックを試みたのか。 ※数学の教科書の例題は100%解けるのか。 ※理科の教科書の太字は、一問一答で完璧と言えるのか。 ※過去の模試を紐解き、弱点研究はしたのか。 これらの一つ一つが、君のエネルギーになっていく。 最適教材で力の再確認をする前に、 まず力を強大なものにしてみる。 その第一段階として、使い込むべき身近な道具がある。 力の判定は、講習会の特別講座以降に行う。 幸い今年は受験生の全員が参加、団結し総括できる条件が整っている。 それまでの期間、しっかり君自身を研いていて欲しい。 最後に、来週を目処に君たちに渡すものを記しておく。 自分が選択した教科の夏期テキスト。 理科の一問一答教材。 社会の一問一答教材。 理科の受験教材。 英語の語彙・文法教材(最終判断中) (数・国は現在渡すか検討中) これらは特別講座でも使っていく。 手にしたらどんどん使いこなして構わない。 ただし、今手元にある道具を疎かにするなよ。 大きな可能性と底力は、 いつも君の半径1メートル以内に眠っている。
2009.07.15

夏期講習へのアドバイスとして、 昨年の卒生からコメントが届いている。 特別講座を通じた実体験に、 受験生にとっての夏の過ごし方の大切さが伝わってくる。 紹介しよう。 ・・・・・・ 『入試対策ゼミも24時間トライアルも やり終わったあとの達成感は 言葉では表せないほど素晴らしいものですよ~ω// また塾長の理社の特訓は厳しいけど、 受けて偏差値が上がらないことは絶対にないと去年度実感し、 来年の受験に向けて役立つので是非受けてほしいと思います! 理社は他の教科に比べてやればやるだけ知識が増えて、 テストの点数もそれに比例して上がっていく教科です! この夏でどれだけ頑張れるかが来年の喜びに繋がると思うので 頑張ってください~☆』(2009.07.10) ・・・・・・ 私は理科・社会を見ているが、 確かに彼の言うとおり、 やり方次第で今後大きく伸ばせる教科の筆頭だろう。 やり方は独学では掴めないこともある。 チャンスは教室に来ることで与えられ、拾うことができる。 最後の、「この夏でどれだけ頑張れるか」 という言葉に、 受験生活を振り返った時の正直な思いが込められているようだ。 夏にはあらゆる成功の鍵が眠っている。 きっと暫くして、君にもそのことが分かるだろう。 教室には先輩たちのメッセージを掲示している。 夏のことも熱く書かれている。 一つ一つが君らに向けたメッセージだ。 夏は過ぎ去ればもう帰ってはこない。 よく読んでヒントを掴もう。
2009.07.14
私の指示に反した塾生に対し、どう対応すべきか考えている。 二人いる。 一人は三者面談の席で約束したある提出物を、 期限後2日経っても渡しに来ない女子。 中身は補習を組むための本人の日程表だ。 それを元に計画を組み、 成績を上げるべく無償の補習をすぐにでも実施する予定だった。 段取りが進まず、 講師や私自身、しいては塾のスケジュール運営に関わる、 大きなロスを生んでいる。 昨日も本人の授業があったが、渡しに来なかった。 やる気がないとかあるとかの問題ではない。 これでどう塾に責任を持てと言うのか。 君が自分を大切に感じなければ、変化は訪れない。 親も同席のうえ誓ったものを、簡単に反故にする。 その行為に対するリスクは、はっきりと告げなくてはならない。 厳しい塾の回答を用意しなくてはならない。 もう一人は、昨日、トライアルの追試を受けずに無断で帰宅した男子。 試験用紙を渡し、告げたにも関わらず、 断りもなく拒否するように消えた。 紙による通達ではなく、 塾の責任者が渡した、皆が共通して取り組んでいるものを、 無視して帰るという行為に対しては、 やはり塾の回答を与えなくてはならない。 この試験は遊び半分でやっているのではない。 毎回空欄だらけの答案を残し、たった50問すら越えられない。 そんなやる気がない状態なら、ここに通い学び続ける意味があるのか。 甘く見てはいけない。 ただの怠慢や手抜きではなく、ルールを無視した行為に対し、 私は責任者の答えを用意しようと思う。 この教室は、君たち生徒のために日々回転している。 成績が低迷し、悩んだなら、 こうしてみようという指針を我々は与えていく。 補習も、基礎確認のトライアルも、 挑み越えていかなければならない、身近な課題なのだ。 君らがそれを受け止めない限り、明日の笑顔はないのである。 君らの成長のために、闘う時間が用意されている。 ともに闘うために我々も時間を投じている。 誰のための試練なのか。 誰のための今日なのか。 分からないのなら、分からせてあげよう。 教室に足を運ぶ意味がどれだけのものなのか。 君らの考えを聴きつつ、今回の件の私の判断を告げたいと思う。 主役が降りては、脚本はただの紙くずなのだ。 分かれよ。
2009.07.14
期末テストの結果を記しておく。 1位 1年 468点 2位 1年 467点 3位 2年 466点 4位 3年 460点 5位 3年 453点 6位 3年 438点 7位 3年 436点 8位 1年 433点 期末は中間に比べ平均点が低く出るが、 よく踏ん張った生徒も多数見られた。 試験は結果が出て終わりではない。 課題をよく見つめ、さらに先を目指しながら、 この夏を順調に消化していって欲しい。 中3生のみ「夏の計画」を提出させた。 成果の約束された計画は、 「自分のすべきことは何か」をはっきりさせることから始まる。 用紙を配り、ボードに掲示し、期限や督促を明記しても、 まだ提出してこない者がいる。 「君らには夏の成果を保障できない」 塾にこう言われてもいいということだな。 作成する暇がない。 どう作成していいか分からない。 これらが理由なら、その旨を申し出て指示を受けるもの。 ごまかせないということは、自宅に送る課題で痛感してもらおう。 ルーズな意識には、ルーズな成果しか残らない。 受験で合格するための肝がこの夏にあるということに、早く気付きなさい。 ここ一週間で君はどれだけ進歩した。 みんなどんどん先を行ってるぞ。 夏期講習の締め切りは明日だ。 自分のための大事な取り組み。 忘れるなよ。 8月の漢検は来週火曜21日が締め切り。 連絡ボードをチェックし、 カレンダー管理をしっかりと。
2009.07.13
理科の成績を上げる方法は、意外と単純である。 もし成績が上がらないのなら、 そのすべき方法にしっかりと取り組んでいないからである。 何度も言うが、理解し定着させるには反復確認という作業が絶対に必要だ。 一回出来ただけで分かったと思ってはいけない。 十回試されて常に即答出来る安定性を目指していく。 それが私の指導の在り方だ。 理科の学ぶ手順には色々あるだろうが、私ならどうするか。 ひとつの例を挙げておきたい。 1 教科書を読む 2 もう一度読み、重点にラインを引く 3 重要語句を紙に書き抜く(なぐり書き) 4 ポイントを何度も暗唱する 5 ポイントの文をそのまま書き抜く(なぐり書き) 6 教科書のグラフ・表・実験・イラストなどをスケッチする 7 計算が絡む単元は数値も書き、処理手順を押さえる 8 教科書の章のまとめで用語と理論を再確認する 9 一問一答教材で理解をチェックする 10 不明なもの、失敗したものの番号にマーカーを入れる 11 もう一度教科書を読む 12 曖昧なものは、なぐり書きで覚える 13 図や実験観察を再度入念に見直す 14 記憶を頼りにイラストをもう一度描いてみる 15 本冊と照合し、赤を入れていく 16 一問一答のマーカー部分を再度解く 17 まだ間違えるもののみ掲示用に書き抜く 18 さらに教科書を精読する(欄外や解説まで入念に) 19 教科書を閉じ、どこに何が書いてあるかイメージ訓練をする 20 準拠ワークの要点まとめを読む 21 不明な点やポイントがあれば、なぐり書きで頭に叩き込む ここまではインプットであり、 一問一答以外は一切問題は解いていない。 まとめノートも作っていない。 手元には、覚えるために書き殴った紙切れが何枚もあるだろう。 目的は頭のノートに情報を刻んでいくこと。 綺麗な二次産物を作らずとも、頭にエネルギーを注入出来ればいいのである。 まとめながら暗記するのではなく、 理解し暗記することだけに特化するのだ。 22 ワークなどの基本問題を解く 23 応用問題を解く 24 発展問題を解く 25 失点部分に付箋を貼る(重要度で色分けする) 26 解説を入念に読み込み、ポイントを問題の欄外に書き込む 27 教科書に戻り、再確認する 28 解いた問題をすべて再度目で追っていく 29 ベタ問題のパターンを分析し、正答のコツを把握する 30 短文記述問題の○になる表現をリスト化していく アウトプットだが、問題は難度により段階を追って解いていくこともない。 どうせ解くのなら、発展まで一気に解きまくる。 大量に。 課題はその全体から出てくるものであり、 多角的な問いの切り口を経ることで、失点パターンが見えてくる。 ここまでで得点力は相当付いているが、 高得点の仕上げとして、再確認のまとめ作業は欠かせない。 31 一問一答を再度解いてみる(漢字の点検もする) 32 付箋の付いた問題の弱点を拾い上げ、ノートにまとめる 33 重要な暗記事項の一覧を、ノートに表形式で作成する 34 ノートや作成したリストを最低5回は開き、定着を図る 35 入試教材などの他の問題で完成度を調べる 36 教科書を再度精読し、理解の仕上げを試みる 37 要点集などがあれば、そこからのヒントも活用する 38 あらゆる課題やポイントを書き抜き、掲示していく 39 最終的に押さえるべき要点・弱点・頻出事項を、一枚の紙に集約していく ノートと書いたが、必ずしもまとめはノートでなくてもいい。 紙に書き抜き、まとめ、クリアファイルなどに収納してもいい。 切り取れるものならば、切り抜いて貼り付けてもいい。 ただし、分散したものを一点に集約するという作業は仕上げには必要。 最後の一枚の紙は、長い作業の完成形を物語っている。 ここまで行い、 本番で5割、6割しか取れないということはあり得ない。 ここに書いたのは、安定して9割以上を取りにいく手順の例だ。 実際にはここまでやらなくても高得点は可能だろう。 今回の期末でも直接指導している者で100点を取った者がいるが、 やはり大筋で同じような流れの学習を踏んでいた。 ポイントは、まず知識を掴みにいくこと。 それもうろ覚えではなく、教科書を軸に据え、執拗に正確性を高めていくこと。 その作業が終わってから問題に取り掛かること。 問題は基礎、応用などとえり好みせず、一気にトライすること。 よく出るパターンを分析し、押さえること。 不明なときは常に教科書に戻ること。 頭の補佐として、集約したまとめを作成すること。 安定した得点力を求めるのなら、 上記の中のアウトプットの量を、半端でないくらいにこなすことだろう。 解く量を増やすということは、すなわち「打たれ強くなる」ということ。 あらゆる問題に対応出来る免疫を築くために、非常に有効だ。 理科で点が取れないという生徒は、 決まって初期の入力が中途半端で、不完全なケースである。 中途半端に覚え、問題を解き、失点に赤で×を入れ、曖昧なまま進み、 分かった気になったものを次々と生産していく。 また彼らは、失点を一箇所に集約する作業をしない。 曖昧な状態があちこちのテキストや道具に分散したまま本番を迎えている。 それは大きな減点の要素だ。 これでもかと言うくらいに繰り返し覚え、 満を持して問題を解きにいく。 そういう手順を必ず踏みたい。 実際に解いてみて、半分以上が×ならば、 インプットが不足していると思っていい。 理科の成績は踏み込む深さと量にある程度比例する。 そして教科書の活かし方に比例する。 時間を掛け、正しく手順を踏めば、 安定した理解度を記録できる教科なのである。 今回の例は、定期試験にも入試にも共通して使えるはずだ。 ヒントを一つでも拾っていただければと思う。 なお、夏期の中3特別講座 『理社スーパー特訓』 では、 学習法に加え、ここを攻めればいいという最重点部分と、 問われるパターンの入念な研究指導を行う。 頻度に沿った一問一答、短文記述の正答のコツ、データ分析も行う。 得点力を上げたい者は集結して欲しい。 間違いなく上がるはずだ。
2009.07.13
理科は暗記科目ではない。 単純な暗記だけで済むのなら、学習量に比例して成績も伸びるはずだ。 だが実際には、いくらやっても成績が伸びていかない生徒がいる。 伸びないと言うよりも、限界点があると表現した方がいいかも知れない。 特に第1分野にその傾向が強いが、 彼らに共通していることは「覚える=理解」と捉えていることだ。 私は暗記を否定しているわけではない。 暗記は問題を解くためのパワーである。 だが、パワーを持っていても使うための「技」が研かれていなければ、 しゃにむに力任せに突進するレスラーのようなものだ。 「型」を学ぶことである。 出題の(あるいは試される)型を知り、 得たパワーをパーツとして嵌め込んでいくのである。 手持ちの駒の何と何をどう使って攻めればいいのか。 問いに対してその流れを自分でストーリー化していくことだ。 暗記したものを使う訓練を経て初めて「理解」に至る、 理科の場合はその傾向が特に顕著に出る教科だと思う。 小説では心理描写をよく( )で括って表現する。 理科の問題を解く時には、その( )のような悩むタイミングがとても多い。 (ええと・・・だったよな・・) (・・・こうだから・・・これがこうなるだろ・・) このブツブツ言いながら解明していく過程で、 先の「暗記による知識」と「使うための技」が試される。 初めに暗記だけでは成績に限界点があると言ったが、 理科の分野は幅広く、その限界点も単元によってまったく違って出てくる。 限界点によって5つのグループに分けてみよう。 飽くまでも私の主観によっての区分である。 A 「植物のつくり」「植物分類」「動物分類」「細胞」「生物のつながり」 B 「植物のはたらき」「地層と岩石」「天気」「体のつくりとはたらき」 C 「音」「光とレンズ」「大地の変化(地震)」「遺伝」 D 「気体と状態変化」「水溶液」「化学変化」「太陽とその動き」「星の動き」 E 「力と圧力」「電流回路」「磁界」「化学変化と量」「運動とエネルギー」「湿度」 AからEに進むにつれ、限界点が低く出ることを意味する。 要するに、Aほど暗記要素が強く、Eほど暗記要素が弱いということを示す。 こうしてみると、明らかに第2分野が高く、第1分野が低い。 特にEに属する単元は、理論を知り十分な演習を積んでおく必要がある。 暗記だけでは1割も取れないだろう。 知識問題よりもむしろ、《法則や公式を使いこなす問題》で構成されるためだ。 逆にAは暗記だけでも8割前後が取れる、《知識主体の問題》が大半である。 パターン化した記述問題を押さえれば、満点に近い結果も不可能ではない。 ひとことで理科といっても、このように問われる傾向はバラバラなのである。 単元ごとにどう攻めていくかを使い分けていきたい。 理科の学習は教科書が基本になる。 何度も何度も目を通すことだ。 成績が悪い者ほど教科書をないがしろにしている。 教科書というテキストなしでは、重点の理解も流れの把握も、 さらには実験・観察の「シーン」としての印象記憶もできないのである。 また、重点を把握するためには、《書く》という作業が欠かせない。 生徒の中にはノートを綺麗にまとめ、頑張っている者がいる。 だがひとつ視点を変えてみよう。 目的は美的なノートを生産することなのだろうか。 頭にそいつを復元させてこそ、力が付いたと言えるのではないのか。 ではそのために何をしたらいい。 書くことである。 覚え、定着させるために、「書き捨てる」ことである。 一回丁寧に書いて保存しようと思ってはいけない。 目的は手元に作品を残すことではないのだ。 書きまくり、収納先の脳のページに記していくのである。 これは全体的な勉強法の話なのでここまでにするが、 理科は用語にしても理論にしても、 まず必要条件として頭に焼き付けることから始まる。 用語は一問一答などで書きながらマスターするが、 原理・法則・理論・図表・実験イラストなどは目で追って済ます者がとても多い。 これらも書いて記憶していくのである。 丁寧でなくてもいい。 復元し表現できる状態にするために、 確認しながら書き、修正を加えていくのである。 実験装置をもとに化学反応式を書く練習は誰でもするが、 化学反応式をもとに実験装置を書く練習は誰もしない。 下手くそな作図をまず書いてみるのだ。 そして教科書と照合し、まずい部分に赤を入れていく。 一問一答で文章から用語を答える練習は誰でもするが、 その逆の、用語から文章を類推し答える練習は誰もしない。 文章(問い)を書いてみる。 そして外してしまった重要語句などを捉え、曖昧な理解を修正していくのである。 どう学習していけば効果的なのか、手順について次に書く。
2009.07.12
約束の「理科・社会の学習法」を書きたいと思うが、 その前にまず、学習する上で必要なものを総括しておきたい。 以下は、私の考えや方法論に基づくものであり、 諸先生方の教本では取り上げられない、漠然としたものも含まれている。 それを前提に意図を捉えて頂ければと思う。 次に挙げるものは、 理社を学ぶ上で、私は外せないものだと思っている。 ここで言う「学び」とは、深い学問の修練を意味しない。 カリキュラムとして与えられた勉学を追求し、理解を高めていくという、 学校の学習や試験における、またその決算としての受験における、 一定の成績を勝ち取るための「学び」である。 そこには、具体的な道具が必要ならば、 その一つ一つを決定的にさせる抽象的なものも欠かせない。 飽くまでも理社の学習に限定したものを、 一気に列挙する。 筆記用具。 書きなぐる紙の束。 集約できるノート。 付箋。 分類のためのクリアホルダー。 携行できるメモ帳。 教科書。 教科書本文の必要部分のコピー。 教科書索引のコピー。 大きな目標と計画。 時間単位の行動計画。 教科別のテストファイル。 反復訓練。 ベタ問題を解くための問題集。 一問一答の優良教材。 これだけと言い切れるまとめたリスト。 常用語字典。 地図帳と歴史資料集。 理科資料集。 静かな環境。 分類陳列できるデスクスペース。 絶対的な使える時間。 入試直前用の要点集。 用語による発想練習。 手製の暗記一覧リスト(表)。 A→Bという項目の必修リスト。 実験観察の専用ノート。 時事用語のチェックリスト。 反復暗記で失敗した項目の一覧。 暗記用の掲示物。 入試過去問。 白地図。 短文記述のベタ問題練習。 これらを使い、攻めと守りについて明日書いていく。
2009.07.11

T西中の期末試験(中3理科)で、 またしても過去に出題された問題が使われていた。 一部絵の配列や問題のカットなど手が加えられているが、 ほとんどがそのままのコピーである。 私はこの場で、こういう問題の出し方は止めるべきだと何度も言ってきたが、 相変わらず行われているのを知って、ひどく残念に思った。 今回は画像を載せておくが、これは、 同じ地元で教科指導を行っている者から見た、中学の担当の方への警鐘と受け止めて欲しい。 写真左上が3年前の問題。右下が今年の問題。 同じではないか。 細胞分裂の図の並びと、問いの表現が一箇所変えられ、 さらに小問がひとつカットされているが、 他はまったく同じである。 大問2冒頭の誤植までそのままのコピーだ。 全34問中15問。文章記述が含まれるので、50点配点ぐらいだろうか。 私がこういうコピー試験を否定するのは、 何よりも正当な理解の判定ができないからだ。 事前に過去の問題を解いた者と、そうでない者を、どうやって同列で評価できよう。 生徒には兄や姉がいる。 近隣には過去問を抱えた塾がいくつもある。 中学からここに転居してきた者も中にはいるだろう。 そういう生徒は3年前の問題など知る術もない。 平等な条件で試せない試験など、私に言わせれば茶番である。 それが成績になり、内申になり、入試の合否に使われていくのだ。 中3の内申点が1教科1点変わるということは、 埼玉の場合、入試当日の筆記の2~3点分に相当する。 内申点が点数化され筆記の点に加算されるためだ。 その事実を理解しているのなら、 不平等な試験が原因で評定が一つ上下することの意味を、 学校の担当者はもっと真剣に受け止めていただきたい。 授業を真剣に受け、長時間頑張った者が正当に評価される。 そういう手製の問題で生徒と向き合って欲しい。 地元の他の中学でも、時おり同じような複製問題は使われている。 もうそれが当たり前なのだろうか。 数百人が同時に実力判定として受ける試験。 何が大切かなど、常識で解るかと思うのだが。
2009.07.11
回収された 『夏の計画』 である。 中3生全員に提出を義務付けたが、 8日の期限までに渡しにきたのは全体の約7割。 自分で考えて、かなり細かい計画を練り上げてきた者もいた。 何よりもその、前向きに考え自分を見つめ、 課題を具体化させていくという作業が大事なのだと思う。 普段計画と疎遠な、組み立てるのに不慣れな者もいたが、 作ることで何か感じるものがあったなら、 今年しかない暑い季節を、悔いなく大切なものに賭けてみよう。 実践することがすべてだ。 さて、残り3割の未提出メンバーには、 通達した約束どおり、別の提出課題に取り組んでもらうことになる。 今、「嬉しいお土産」を作成中だから待ってなさい。
2009.07.10
9日間の保護者会期間が終了した。 特別に事情のある方のみ後日設定しているが、 こんなに少なくていいのだろうかというくらい、申し込みが少なかった。 中3受験生の場合は進路相談をメインに、三者面談を行ってきたが、 実施したのは塾生の半数にも満たない。 中2以下は小学生を含め、片手の指折りで足りる程度だった。 皆さん忙しいのは分かるが、 こういう機会だからこそ机をはさみ、 塾や家庭での様子を互いに知り、学習上のヒントや情報交換などをし、 今後の通塾のあり方を色々と考えていくことは大切だと思う。 生徒によっては、大丈夫なのかなという心配もある。 今回は特に必要と思える生徒には、 親御さんにお越しいただき三者で面談もした。 今回来られなかった方は皆、 塾のこと、今後の予定、理想的な学習、夏の計画、受験情報など、 すべてしっかりと理解され、ぬかりなく実践されているのだろうか。 子どもの言う勉強や家庭や塾のことや現実とのギャップなども、 こういう場でオープンにしていかないと、 正しく伝わっていかない部分も多いと思うのだが。 何組も立ち会っていると、 親御さんの意識にもの凄い開きがあることが分かる。 毎度のことだ。 そしてその意識が、ある程度子どもの意識にも比例して出ている。 自分で考え、きっちりと行い、頑張っていけるタイプの子は、 親御さんの姿勢や意識も相対的にしっかりしている。 子の意識を立てる時には立て、うまく意欲を引き出そうとしている。 逆に、いい加減でサボり癖がつき、勉強に熱が入らないタイプの子は、 親御さんは放任するタイプか、強い管理力を持っているタイプのいずれかが多い。 放任の場合は、 塾で何をしているか知らない、成績もよく知らない、 受験の仕組みやカレンダーさえも知らない。 家で勉強のことを語らないだけでなく、 勉強時間がほとんどなくても、あまり気に留めないというケース。 管理力が強い場合は、 家で親が立ち会いながら色々と取り組ませるので、 子どもがアップアップでげんなりしていることが多い。 家庭学習時間はそれなりにあるものの、肝心な塾での集中に欠け、 自分で考え学習するという本質を掴めずにいる不安定なケースだ。 親が成績に無関心で放置しているというのは、 子に自由を与え、勉強の価値を捨てていることでもある。 厳しいようだが、実際に子どもは勉強しなくてもいいという環境に置かれれば、 しなくてもいい楽な方を選ぶもの。 親にはその環境や生活を管理する役割がある。 そして学ぶということの価値や大切さを、しっかり伝えてあげる義務がある。 こうしろと限定するのではなく、 子どもから「どうすればいいのか」という考えや行動を引き出し、 支えながら見守っていく。 そういった環境づくりが大切だと思う。 今回面談をしていない、 特に受験を控えた中3生やサボり癖が出始めた中2生の中に、 今後が非常に気になる生徒もいる。 勉強しろと言ってもなかなかやらないという相談も多いが、 具体的にどういう計画でどう進めていくべきかを、 精神論ではなく、身の回りの条件を組み入れしっかり定めていくべきだろう。 三者で話し合い、意識を高めていく必要性を感じる。 面談は希望があればいつでも行う。 心配で気になる部分がおありなら、いつでも声を掛けていただきたい。 情報やヒントの用意はできている。 慢性化した習慣における新しい発見は、第三者との会話にあることも多い。 夏は軌道修正のチャンスだ。 もうすぐ夏休みではなく、もう夏休みに入っているのである。
2009.07.10
昨日に続き、特別講座のひとつ 『理社スーパー特訓』 について書く。 この講座の担当は、私一人だ。 全員に最高の実績を与えるべく、私がすべて責任もって指導する。 中身は普段の授業とは違う。 「ここを押さえれば確実に得点力が上がるという重点」 を、 ファイルして提示する。 そして演習すべき問いは何かを示し、重要パターンを徹底して崩しにいく。 私は毎年その上昇を偏差値5としているが、 実際はもっと手応えの期待できる指導と資料だと思っている。 昨年、一昨年と、実はssで15も伸びた者がいた。 私はここに偉そうに理社の記事を幾つも書いてきたが、 この講座は、その膨大な粋の結集と思っていただきたい。 参加者には絶対に損はさせない。 その前提で、情報を加工し、詳細な仕上げを練っている。 事情があり出られない者は残念だが、私的な用事は調整するなどし、 時間の都合が付く限り必ず参加されることを望む。 と言うか、ぜひ不参加のロスを考えて欲しい。 独学でどこまでできるのか考えて欲しい。 「理社はまあ得意だから・・・」 ではないのだ。 視点を学び、押さえるべき部分をベクトルを知り、 今後すべきことの指針としていくために参加するのである。 9月初旬の北辰を睨み、 今年は8月末に総点検を入れ2ブロック構成にしている。 集まった者には優れた教材も渡すが、 何よりも手製のテキストに価値があると思っている。 昨年の同時期の記事を三つ。 「理社初日の様子」 「配布したテキストの一部」 「どのように頑張るか+ヒント」 繰り返すが、『理社スーパー特訓』 も 『入試対策ゼミ』 も、 さらには 『24時間トライアル』 も、 いずれも得意不得意を越えた部分での、収穫を前提とした強化ゼミである。 この教科はそこそこ出来ると言っても、 「定期試験の得点」 と、 「科学的な入試に向けたまとめ上げ」 はまったく違う。 自分の器でやっていても伸びきれないものがある。 この特別講座はそれを解明し、 攻めて行く資料を個人単位で与えていくためにある。 年にそう何度もないチャンスと思って欲しい。 昨年やった生徒で感想があれば、 ぜひ、今年の後輩たちにコメントを書き入れて欲しいと思う。 教室にもメッセージを飾ってあるが、 どんなものだったかは、君たちの意見が何よりも正確だ。 素直な感想、よろしく頼む。 (協力してくれた仲間には、今度何か見返りを考えたい)
2009.07.09

これは昨年の夏の風景。 中3の「入試対策ゼミ」期間中の夜の教室である。 みな家の予定に都合をつけ、最優先で集まってくれた。 当然のように席を埋め、期待と不安の空間に整列した勇士たち。 参加率94%のエネルギーが、その日の闘いを語るように、 それぞれの団扇に宿っている。 理社特訓の時も同じだった。 今年の受験生たちも、ぜひ勝負をしにここに集結して欲しい。 絶対的な深さとベクトルを与えるべく、 我々は勝利の陣形を敷いている。 どうしても日程が合わないのなら、1日、2日欠けてもいい。 参加せずには得られない、 今しか出来ない強い手応えを、 君の手で、頭で、全身で掴み取りに来るのだ。 成績の、今後の流れの基点となる、代わりのない数日間。 仲間とともに闘い、語り、築いていく熱い空気を。 こんなに前進できたという達成の記録を。 奪わずに後悔するなよ。 いよいよ受験の集大成として動くとき。 受験までの道のルーツはここにある。 先輩たちの汗と涙と笑顔が刻まれた机。 ここにあるぞ。 君の椅子は用意してある。
2009.07.08

今日で終わりだな。 毎年こいつが終わると、本格的な「夏」が来たという感じがする。 素敵な願いは書いたか。 勉強ができるようになりたい。 頭がよくなりたい。 毎年引き継がれる普遍的な願い。 その欲しいもののために、まず自分は何をしたらいいのか。 行動がすべての過程と結果を決めていく。 頭で考えることは大事だ。 でもただ考えているだけでは、自分は鍛えられない。 100の作業があったなら、1から始めてみる。 1つ消化できれば、残りは100ではなく99。 その時、残りの99ではなく、手元の1を大事にしよう。 まだ99もある、まだ98もあると、 なかなか減らない大きな課題ばかり見て、嘆いていてはいけない。 1つ得た、それが次は2になり、3になっていく。 自分が掴むものは2倍3倍と確実に増えている。 力を築くとは、自分にパワーを取り込んでいくこと。 そういうプラスの視点が大事なのだ。 20やれば最初の20倍のパワーを手にしているのである。 20倍だよ。 イメージしてみよう。 今週、私の専門である「理科・社会」の学習について、 何かヒントや方法論を書こうと思っている。 普段みながあまり本腰を入れて取り組まない理社。 5教科計ですぐに100点の開きが出てしまう理社。 どう攻めていくか。 少しでも夏の計画に役立てばと思う。
2009.07.07
中2生を二人呼び出し、学習のあり方を話した。 先月末のテスト対策に参加しなかった女子二名だ。 試験の結果も出揃い、やはり教科によっては厳しいものが出ている。 なぜ参加しないのか。 そしてそれに代わる準備をどのようにして試験に臨んだのか。 問いただし、対策の大切さを説き、学習の姿勢について伝え、 同時にこの夏のあり方について語った。 うち一名は危険な領域に踏み込んでいる。 数百人の生徒を見てきて、この夏が岐路だと思う。 それ故に、分かって欲しい部分がこの手元にある。 こんなにやらなくてはいけない。 この中の幾つを君は掴み取れるのか。 真剣に夏を受け入れて、どこまで走れるのか。 思いを伝えたかった。 夏期講習を受けても、君に動く気力がなければ実は結ばない。 補習を組み込んでも、君が受け止め自分のために積み上げなければ、 深い記録は残せない。 聡明な瞳でいて欲しい。 自分を大切に思い、小さなエネルギーを見せて欲しい。 今のままで来年を迎え、はじける笑顔は見られないのだ。 どうすればいいか。 道は敷いてあげる。 ここまでやったという最高の夏を、8月31日の日記に書けるように、 力を注ぎ込んでみよう。 補習するぞ。 辛い螺旋のような時間が待っている。 それだけ深い歪みを君は背負ってしまった。 騙しながら逃げてきた時間の量が、 今の得点に反比例のように重なっている。 覚悟を決めて欲しい。 高校は真剣に自分に賭けた者には微笑んでくれる。 待っていても合格は近づいてこないのだ。 奪うために、汗をかき、自分の一歩をノートに刻んでいこう。 水曜に綿密な計画を練る。 今、君が持っているものを全部持ってきなさい。 小さな自信のないものでもいい。 戦うために集めた武器を、この私に見せてみなさい。 どうすればいいか、 真剣に決めていこう。 まだ間に合う。 じゅうぶん間に合う。 それだけに、喰らい付く君であって欲しい。 夏はすぐ過ぎ去っていく。 9月にやり直しはきかないのだ。 時間の貯金は今しかない。
2009.07.07
期末試験の結果が揃いつつあります。 中1生にとっては2回目の定期試験。 何度も言うように、期末は中間よりも平均点がグッと下がります。 その中で得点を落とさずにキープ、 さらに伸ばしているようならば、まずは誉めてあげてください。 科目別の細かい評価は、始めれば切りがありません。 これは出来るはずだった、これも知っていたはずと、 上限を仮定して指摘する親御さんがいますが、 この上限というものは、言ってしまえば本来の実力ではないのです。 試験を受ける時にはある程度の得点力が決まっています。 そしてそこには得点可能域というものがあります。 70~90点が可能域ならば、80点ぐらいが出てきます。 そこを粗探しして90点取れるはずだったという考え方は、 子どもに大きな負担を掛け、次への意欲に影響してきます。 90点取るためには、可能域を80~100点にして臨まなければなりません。 80程度の点が出る仕上げで90をノルマとすることに無理があるのです。 これを続けると、80の仕上げで90を取ろうというクセが付きます。 そしていつも届かず指摘されるので、 モチベーションが次第に低下していきます。 そうではなく、 あと10点上げるためにどれだけ努力が必要か。 視点をそちらに持っていき、次の計画に活かしてあげてください。 80点は取るべくして取ったのです。 また合計でアップしたのなら、そのアップの分だけ頑張ったのです。 可能域の平均点でそこまで行ったのだと見てあげてください。 中1生は2学期から成績の開きがはっきりしてきます。 意欲を保持し自分から挑んでいける空気や会話を、 家庭内にいっぱい創ってあげてください。 この夏休みはとても貴重な期間です。
2009.07.06
私は自分の授業のとき、生徒が書き込む答えをじっと見詰めている。 無言のまま書き込まれた文字をじっと見詰めている。 手で隠したり、筆入れでフェンスをしても無駄だ。 即座に取り払い、書き込まれた答えを晒してもらう。 以前にも書いたが、私は無駄な説明はしない。 問題を見落としているのなら、その問題の該当する部分に線を引き、 本人に気付かせる。 距離を求めよと問われているのに、速さを答えている。 その時私は、 「おい、おい、問われているのはなーんだ?」などと訊いたりはしない。 本人の問題用紙の「距離を求めよ」の「距離」という語句に線を引く。 無言でただ線を引く。 生徒は気付き、すぐ消し、懸命に計算し直す。 そして出た答えにGOODのサインを送る。 首を捻るなら、ボードにサインを書く。 決して答えを前提とした解説はしない。 本人が自力で答えを導くまで、段階を追ってひたすら待つ。 このやり取りに会話はいらない。 闇雲に説明すればいいというものではない。 本人に強い印象を与える指導というものは、 必ずしも言葉がなくてはならないとは限らない。 塾長に無言で指摘された。 その印象が経験として生きてくれることもあるはずだ。 そう思い、この対峙作戦はずっと続けている。 私に見つめられている気配を感じ、 生徒たちはペンに力を込め常に緊張している。 緊張し、正しい答えを書かねばと慌てている。 一人で解くときにはあり得ない、自分の実力発表のようなひと時。 審査員は私一人だ。 こういった空気は、集中力を刺激する上で貴重なものと思っている。 3問解き終わった生徒に、告げる。 「一つ間違えているぞ」 生徒はどれですかと訊くが、私はどれかは教えない。 全体を見直し、自分で発見することに意味がある。 不思議なことにどれが間違えているか本人も察しが付いていて、 苦悶の末、正解にたどり着けることが多い。 私はこれは答案を作成するための大切な訓練だと思っている。 ここだよと指摘するのはた易い。 そうせずに、本人に全体を俯瞰させ、辻褄を一つ一つ検証させ、 誤りを発見するまでじっと待つ。 それは大切な「解く」ための訓練だと思っている。 複数の仲間で組むクラスならば、 「○○遅い!」 と、敢えてはっぱを掛ける。 指摘された生徒は焦るが、それも一人では味わえない訓練だ。 これは指摘されなかった他の生徒たちにとっても、 プラスの緊張を生む。 次は自分が言われるかも知れない。 その空気が、授業密度を生む。 私は生徒たちのペン先をじっと見詰める。 誤字は無言で指し示し、ボードに正解を記す。 間違いが書き込まれたなら、問題に線を引く。 修正し正解が導かれたなら、OKサインを送る。 会話はいらない。 私の指摘がなければ○なのだ。 一人ずつ答案を目にし、返していく。 「みんなOKだ、よし次いくぞ」 答え合わせの不要な授業。 解く過程ですべて解決させてしまう授業。 大半がそうなりつつある。
2009.07.05
『四大文明』の謎について、興味深い話を見つけた。 エジプト、メソポタミア、インダス、黄河。 いずれも地図で見ると半砂漠の乾燥地帯。 また、大河が時おり氾濫を起こすような、そんな不毛な地に、 なぜか古代の文明は起きている。 諸説があるようだが、 「何もないという条件こそが、生まれるための条件であった」 という分析に何やら考えさせられた。 不毛ゆえに開拓の手が加えられる。 氾濫するゆえに治水という技術が生まれる。 人が生活するための小さな工夫が、繋がりのある文化になっていく。 すでに生活がある温暖な場所には、大きな変化は発生しない。 変化が必要な地ならばこそ、人の営みがかたちを持ち始めていく。 何もないから新しいものが生まれる。 そして、それが少しずつ改良されたストーリーを記録していく。 ゼロの持つ可能性。 ゼロゆえの利点。 学びの世界にあてはめてみよう。
2009.07.05
「やる気」 というものは目に見えないものである。 正確には、 当の本人でさえどんな代物かよく分かっていない、 漠然としたものだ。 恐らくエネルギーの奥の方にある、動力源のようなもの。 せいぜいそんな解釈の中で、我々は、 学びの基本などと簡単に 「やる気」 について語ってはいけない。 「やる気」 というものは、ひどくナイーブなものだ。 そしてそれを量る天秤も物差しも存在しない。 「やる気」 とは個人が抱え持つもの。 もともと他者が状態を評価するものではない。 「やる気」 がない。だから勉強ができない。 こんな理論が通るのなら、 世の中の塾や学校は、みな 「やる気」 を育てるために必死になっているだろう。 「やる気」 という教科がないのは、 それが、ただ目に見えない漠然としたものだからではない。 個人単位で開きがあり、基準そのものがないからだ。 よく親が 「うちの子、やる気がないんです」 と言うが、 それは親が 「無い」 と解釈しているだけで、 子どもには子どもなりのやる気がしっかり根付いている。 「やる気を起こさせる」 「やる気を引き出す」 「やる気を持たせる」 「やる気を出させる」 いずれも他者の手によって改善されていくような表現だが、 「やる気」 というものは自然と内部で形成、あるいは蓄積されていくものであり、 第三者が与えてあげる性質のものではない。 「やる気が湧かないのなら、まず行動してみよう」 「行動することで何かが見つかり、やる気のきっかけになっていく」 よく聞く改善法だ。 これは一理あるが、 では、行動するためのやる気をどこで得るのだろうという課題がある。 とにかくやってみなと言っても、 その行為を起こさせるエネルギーが弱ければ続かない。 燃料がほとんどない車に長距離を走れといっても無理なのである。 車に例えるならば、「やる気」 はむしろバッテリーのパワーに似ている。 暫く放置するとパワーダウンする。 動き頑張ることでいつの間にか力を蓄えていく。 仮に枯れてしまっても、 車ならば充電や交換ができるが、人の場合はそうはいかない。 自分で工夫し、どう再生していくか考えなくてはならない。 そこが難しいところだ。 「やる気」 というものは目に見えないものである。 本人でさえどんなものかよく分かっていない、漠然としたものだ。 こうしてみなと、我々が色々ヒントを与えても、 行動を起こせない者が実際にいる。 ただの 「やる気」 の問題ではなく、 そうさせてしまう経緯と環境を背負っている子どもたちがいる。 「ある」「ない」 の二元論では説明しきれない、 深く染み付いた彼らの今がある。 今の日常の中で何をどうすればいいのかというヒントを、 彼らの流れに後押しするように示してあげること。 そして共に検証し、励みを生み出していくこと。 結局のところ、そんな漠然としたことしか我々にはできない。 「やる気」 のレベルが低いということは、決して機能的な欠陥ではない。 限りなくゼロに近い者が精力的に活動したり、 またその逆もあり得る。 目に見えないものに左右されたりせず、 今の器の中で掴めるものをしっかりと掴んでいけばいい。 行動に価値を感じる部分から始め、 自分なりの仕組みを育てていけばいいのだ。 だから周囲は、「やる気がない」 と安易に評価してはいけない。 生活を知り尽くしている親であっても。 それは視点が違うだけで、何の解決にもならない。 子どもたちはみな、ちっぽけで未熟ながら成長していける、 固有の 「やる気」 を持っているのである。 そいつにエネルギーを満たしていくには、 周縁から情報やヒント、励みになる言葉や体験を与え、 本人に価値を描かせていくことだ。 価値や目標があるから行為が生まれる。 その行為がまた新たな価値を拾っていくのである。 「やる気」 はその過程で芽生えながら、 やがて、どうすべきかという、舵の役割を持ち始めるだろう。
2009.07.05

受験生に提出してもらう「夏の計画」。 さあ、どんな計画を出してくるだろうか。 どうしようって? 君の計画だよ。 立てられないで一体どうする。 この夏が命運を決するときだ。 真剣に君の執念を書き込んでみなさい。 8日までに全員提出だよ。
2009.07.04
頑張っているのに、点数が伸びない生徒がいる。 自習に来て、問題もたくさん解いている。 真剣に向き合い、○の数もだいぶ増えた。 なのに試験になると点が取れない。 原因には様々な要素が絡んでいるだろうが、 その最大の原因は大体決まっている。 量が足りない。 仕上げるために 「踏み込む」 回数が足りないのである。 一回解いて正解し、それが分かったものとして次に行く。 そういった作業を繰り返していると、 ○は増えるが◎が掴めないままどんどん流れていく。 一度正解しても、それは 「できた」 であって 「できる」 ではない。 「できた」 を使える 「できる」 へ定着させていくには、 再度取り組み、安定性を高めていかなくてはならない。 その作業が不十分ゆえに、本番で切れのある答案が残せない。 できた気になっていて、実は深く定着していないのである。 走り高跳びで1.2メートルが跳べた。 ならば次も跳べるかといえば、その保障はない。 クリア出来ることをより安定させるためには、 もう一度跳び、さらにもう一度跳び、 跳べるという感覚を体に刻んでいかなくてはならない。 一回ではなく、三回の試技がすべて跳べるまで挑んでいく。 そういった回数の積み重ねにしか得られない部分に、 本物の実力や安定性というものは潜んでいる。 努力したのに点が取れないのなら、 定着させるための回数という 「負荷」 を与えてみよう。 同一問題を、類題を、幾度も反復していく。 そして 「できる」 という感覚の一つ一つを、 マスターし 「できた」 という自信の累積に変えてみよう。 一回の小さな成功を300種集めるのなら、 三回の強い成功を100種集めてみる。 あやふやな300より、使える100の方に得点のきっかけがある。 回数を意識している者は、 使える状態に仕上げる過程を常に意識しているものだ。 どんな 「負荷」 を与えるか。 浅く拾い上げるのではなく、 深く、深く、楔を打ち込んでいく。 そういう作業に、本物の得点力のヒントがある。
2009.07.03
ここ数日塾の卒生たちが入れ替わり自習に来ている。 今日は8名、 この時間でまだ3名が自習している。 各々と高校での生活や勉強のことを話すが、 みんなそれなりに奮闘しているようだ。 試験が近くなると、こうして集まってくる。 勉強が苦ではなく、 何かアクティブな心地よいものをこの教室で感じ取った経験が、 また同じ空気を求めに集まってくる。 嫌な辛い思い出ばかりなら来ないだろう。 きっと此処が好きなのだろう。 そう思いたい。 差し入れまでもらって済まない。 試験頑張れな。 ちーちゃんの笑顔、久しぶりに感じた。
2009.07.02

何度言っても気持ちが通じない、 残念な風景。 これは週末のテスト対策後、みなが帰ったあとの下駄箱である。 きちんとするようにと張り紙もしてあるが、 いつもこうだ。 対策ゼミは先生たちを呼び、君らのために時間をつくり、 君らのためにエネルギーを精一杯与えている。 実際、終了後、塾長もくたくただ。 その時にこんな風景を見ると、いたく残念に思えてならない。 手を使わず、足で放り投げていく。 下を塞いでいるのは、その行為を防ぎ手を使わせるためだが、 そうしたら今度は前に脱ぎ捨てて山積み状態だ。 教わったという「礼」の気持ちを、 整頓することで見せてくれないか。 無理ならスリッパはもうやめようか。 えっ? どうするよ。 これは昨日(火曜日)の授業後、 椅子に丸めて捨ててあったものだ。 大切なお知らせが書いてある「GOAL通信」である。 生徒たちに配ったのは先週の前半。 親に見せていないどころか、教室で丸めて放り投げている。 まるでキャッチボールでもしていたような状態だ。 先日も記事にしたばかりだが、今回は重要連絡がたくさん載っている。 祝日の対応・夏期講習の締切と内容・北辰の締切と一括の連絡・保護者会日程・ 北辰対策日時・テスト対策日時・彩の国フェアの案内・検定試験のこと・ トライアルの追試連絡・8月の休校のお知らせ・・・・・ これらを君は丸めて破棄し、正しい塾活用と日程管理ができるのだね。 いや、判らなくて訊いてきたり、知らなかったで済ましているのは、 君ではないのか。 自分が不利になるということに気づいて欲しい。 情報は君だけでなく、 家庭に向けているのだということに気づいて欲しいのだ。 こういう風景を見ると、ひどく残念に思う。 今回通信を渡されていない親御さん。 あなたのお子さんかも知れませんよ。
2009.07.01
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