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受験生が目を入れてくれました。 その名も、『ダルマサイダー』と言います。 飲めるのでしょうが、味はどうなのでしょう。 御祓いもされているようで、それなりに威厳はありますが。 教室には受験の縁起物がいろいろあふれてきました。 それぞれに懸けたみんなの願いは一つ。 ゴールまであと少し、いよいよ勝負の時です。 奇跡のドラマはこれから始まります。
2007.01.31
よし、言ってみようか。 まずは私から。 明日は、公立高校前期選抜。 みんな全力を尽くせるように。 女神は微笑むか。
2007.01.31
今、中学生は全員で、課題テストに取り組んでいる。 5教科各20点、100点満点で、90点が合格だ。 基礎的な問題に限定したにもかかわらず、1回目はなんと全員不合格。 2回目もほぼ終了するが、まだ3人しか合格者が出ていない。 漢字も英単語も、基本計算も、普段からいかにやっていないかが明白だ。 理社に至るや、珍答のオンパレード。 すべて強引にでも反復させることの必要性を感じた。 基本の欠落は、新学年に持ち越してはダメだ。 新学年の内容を追うことが精一杯で、基礎の構築をしている時間が取れなくなる。 そのままズルズルと、最悪の一途をたどることになるだろう。 この3学期は、各自、達成度を上げるために真剣になって欲しい。 実は今回のテストは、春から授業で取り組む予定の「チェックテスト」というものの、準備段階として実施している。 チェックテストのシステムはまだ詳細まで決まっていないが、大筋の流れとしてはこんなものだ。 まず、全員にプリントを綴じたファイルを与える。 内容は、英単語・英熟語・基本例文・漢字・国語知識・計算題など。 理社の用語を入れるかどうかは、まだ検討中だ。 ページ、ブロックごとにナンバリングし、事前にテスト範囲を掲示する。 毎週決められた授業の時に、10分程度のテストを実施する。 達成リストを作り、到達の自己チェックを行う。 優秀成績者の発表と、到達ランク表を掲示する。 学年ごとに最低到達基準を設け、未達の場合は追試を繰り返す。 内容は学年フリーなので、達成さえすれば、グレードを上げて飛び級も可とする。 適度にフィードバックし、確認テストも行う。 大体こんな感じだが、学年フリーであるところがミソである。 全員がどのランクまで到達しているかも掲示し、随時更新していく。 意欲の差が極端に出るだろう。 この一連の作業は、基本の定着を増し、模試や実力テストで発揮されるはずだ。 仕掛けなければやらない以上、塾が仕掛けていく。 これをやりなさいと、効率の良いリストを与えながら。 そんなことを考えている。 あ、今やっている課題テストだけど。 90点取るまで、みんな何度でも追試だよ。 同じ問題で取れない方がおかしいだろう。 この基本がクリアできなければ、先に進めないぞ。 次は一発で合格してみなさい。
2007.01.30
このブログに向かうスタンスは、先月の1周年の時にも書いた。 私は何も大上段に出て、意見を述べているわけではない。 記事を書くのは、自分の存在を確認したいためであり、毎日の中に渦巻く伝えたい言葉があるからだ。 そしてその先には生徒たちがいる。 感情を持った子供たちがいる。 私はブログを通じ、彼らにとって常にプラスになるメッセージを与えたい。 今、彼らが求めているものに、同時進行で語ってあげたい。 保護者の方も、一般の方も訪れるブログ。 だが私はあくまでも、子供たちを中心に据えた文章にこだわりたい。 それはこれからも変わらない。 子供たちと歩むことが、この教室の日常だからだ。 昨日の記事に対し、当事者の方々の反応が見られたようだ。 私がこだわったのは、子供たちの感情を汲み取ることの意味合い。 塾によるスタンスはあるにせよ、言葉は選べるだろうと思う。 受験生の心がどういうものかは、ベテラン先生には十分分かるはず。 ならば温かい言葉がどれだけ勇気付けるかも分かっているはず。 我々は何年も受験を迎え、すべきことも事務的に判断できる。 だが彼らは初体験なのだ。 ここまで頑張り、悩み、みなが不安のピークを迎えるこの時。 初めての合格切符に労をねぎらってやることが、いけないことなのか。 私は昨日書いたように、生徒を目いっぱい誉めてあげたい。 そしてそのリズムのまま、視点を次に向けさせる。 何の問題もない。 人として、共に歩んできた者として、自然の行為だ。 嫌悪という言葉にお怒りなら、それは視点がずれている。 私は批判ではなく、感想を素直に述べた。 批判し、こう変えよなどと言うつもりもない。 信念のもと、生徒たちを牽引していくのが我々の仕事。 他者の意見は使えるものを取り入れ、より良くしていけばいい。 リンクを外した理由は十分書いたつもりだ。 この追い込みの時期に、我が教室のあり方と相反する内容なので外した。 侘びの言葉を入れ。 ただそれだけだ。 別にその先生の人間性が、どうのこうのというのではない。 昨日記したように、先生の立派な点は認め、今までも学んできた。 それを、リンクを外しただけでなぜそんなにこだわるのか分からない。 リンクを外すブロガータイプには特徴があるとはどういうことなのか。 私の人間としての部分に触れたこのセリフは、許容しかねる。 少なくとも私は、認めてくれ、支持してくれなどとは思っていない。 だが日々の教室運営は誇りを持ってやっている。 人として恥ずかしくない考えを意識し、行動に移している。 ブログに意見を述べる時は、こうだから、こう思うと、明確に記すようにしている。 感情を塗抹するのは簡単だ。 だが私は「自分の器は小さい」ということをさらけ出したくないので、理由や論拠を必ず添える。 私の人間としての性質がどこまで分かるというのか。 言葉を選んで欲しい。 少なくとも私はあなたの部下でも敵でもない。 あなたは多数の方に支持されて、認められているかも知れない。 だが意見をぶつけられた時に、どう真摯に対応出来るかが、本物の力ではないのか。 昨日、なぜ私があえて書いたのか。 なぜ、リンクを外したのか。 文意を汲み取り、分かっていただきたい。 先生にはわが教室に来ていただき、生徒たちに模範授業もしていただいた。 その生徒たちはいま、受験の真っ只中。 あのときのご恩と、語り合ったことは忘れない。 先生。 誉めて魂が抜けるなんてことはないですよ。 むしろ魂は強くなる。 少なくとも私の経験では。 もう一人の先生からは、いろいろとコメントを頂いた。 記事は消去されたらしい。 私の本意はそういうことではなかったので、逆に申し訳なく思う。 ただみんながピリピリするこの期間、生徒たちをしっかり見つめてあげて欲しい。 生徒たちの初めての体験をサポートし、笑顔を引き出してあげてください。 小さな努力と達成を誉めてあげてください。 そんなことが出来るのが塾。 頑張った子に元気を与えてあげるのが塾。 今後も意見を交換されたいということなので、私としても歓迎したい。 生意気言ってすみません。
2007.01.30
いま、いろいろ書きたいことがある。 時間があれば、今週はけっこう書けるかも知れない。 教務、テスト、生徒たち、勉強法、心理学、受験生へのメッセージ。 受験一色にならないよう、注意しよう。
2007.01.29
わが県の高校入試は、難関校を除いて、事前の個別相談でみな確約をもらう。 確約なので、当日の試験や面接で信じられない失敗でもしない限り、みな合格する。 だから難関校以外の私立は、合格して当たり前の風潮がある。 だから、合格して当たり前。 果たしてそうだろうか。 そんなものなのだろうか・・・・ 15の冬。 生徒たちはみな真剣に学び、受験という大舞台に立つ。 人生の中で初めて迎える試練。 自力で突破し、その先にある光をつかもうと必死だ。 私立単願の者も、公立併願の者も、一緒になり今日を頑張っている。 健気に立ち向かっている。 みな合格を目指している、素敵な仲間たちだ。 高校受験は、その後の人生に繋がる貴重な経験。 苦しみ、試練を乗り越えながら、心を育てていく。 友と立場を分かち合いながら歩み、親や先生と将来を語り、 そして自己を見つめ、悟り、希望を抱き、時と闘っていく。 そうしてみな、大きな財産を手に入れていく。 縁があり、ここで一緒に学び、受験を迎えた仲間たち。 その一人一人に、可能な限り勇気を与えてあげたい。 言葉で、表情で、あらゆる手段で。 不安な心を、サポートしてあげたい。 みな苦しんでいる。 苦しんでいればこそ、温かみを与えてあげたい。 だから、 私立が受かった時も、私は最大限の祝辞を与えてあげる。 「おめでとう」「やったな」と、親父になりきって誉めてあげる。 合格して当たり前ではない。 ここまでの経緯があり、努力があり、受験校があるのだ。 試験会場で答案を埋め、人生で初めて本人が勝ち取った栄光。 私はそんな子供たちの前途ある日を、最大限祝ってあげたい。 その喜びの度合いは、本人が一番知っている。 嬉しさの表情の奥には、辛い努力の足跡がある。 私はその今日までの歩みを称え、明日への自信に繋げてあげたい。 塾は、併願校だからと、喜びの質を変えるべきではない。 私はそう思う。 受験というストーリーの中に用意された関門。 それは、私立も公立も同じなのだ。 一連のドラマを、みなが懸命に演じている。 いいではないか。 成果を誉めてあげれば。 悩み、闘い、自分を信じた結果、手に入れた私立合格。 友も、親も、先生も、みんなが祝福し、努力の成果に言葉を添えてあげる。 素晴らしいことだと思う。 あるブロガー先生は、私立高校合格などどうでもいいことらしい。 どうでもいいから、報告を受けてもおめでとうの一言も言わないらしい。 おめでとうを言うと、子供の魂が抜けるらしい。 考え思想は人それぞれなので、批判はしない。 だが感想として、強い嫌悪を覚えた。 公立合格のために気を抜くなと、あえて鬼になって言っていることは分かる。 それが本人のためなのだという「愛」も汲み取れないわけではない。 だが、考えも行為もあくまで私と対極。 山登りをし、当座の目標である9合目までたどり着いた時、 私なら9合目達成を誉めるだろう。 頑張ったからここまで来れたのだと。 自力で重ねてきた努力を称え、モチベーションを気遣うだろう。 そして背を押してあげ、最終目標である山頂へ送り出すだろう。 この先生のように冷徹に見送ることは出来ない。 それは私が甘いからかも知れない。 だが、成績を上げ結果を求めていく他に、 塾には「与える」という大きな使命があると思っている。 心に響くものを、未来に繋がる言葉を、そして体験を。 子供たちがリアルに感じていることに、そっと手を差し伸べてあげる。 締めるべき部分は締め、解放すべき時は解放する。 そんな泥臭い、人間的な空気を大切にしたいのだ。 私立で浮かれてはいけないということは、当然私も言っている。 だが私の場合、それは言葉で解決するだろう。 誉め言葉を制御するのではなく、目いっぱい誉めてから、次に目を向けさせるだろう。 笑顔を体感させながら、次のステップを踏ませるだろう。 だから、この先生のようなスタンスは、私には取れない。 後日、別の先生も、「私立は合格して当たり前で喜べない」という趣旨の日記を書かれていた。 この両先生はもの凄く立派な方で、見習う点は多々ある。 だがこの考えは、生徒指導の根本に係わる大切な部分。 そのズレがある以上、申し訳ないが、一度リンクを外させてもらおうと思う。 そして、自分としても冷静に考えてみたいと思う。 突然、一方的で申し訳ないが、どうにも納得がいかないのだ。 「私立は合格して当たり前で喜べない」 そんなものだろうか。 仮にそう思ったとしても、日記で本人に伝えるべき言葉だろうか。 戒めなのか、否定なのか、 表現の工夫に強い疑問を感じる。 合格してもだれも喜んでくれないマイナスの状況と、 「やったな、よし、その調子で1か月後も突破だ!」「はい!」という、前向きなプラスの状況。 塾の空気は様々だが、私なら常に後者を選ぶだろう。 リズムを保ち、ツキを次に繋げていく。 当然、第一志望に合格して欲しいから。 私立合格は、公立に向けても好結果の喜ばしいこと。 生徒にとって一連の入試という、この慌しい期間。 長い闘いの総決算をする、精神的に一番辛い時。 人生初めての合格通知に、「頑張ったな、おめでとう」と声を掛けてあげる。 私はその気持ちを忘れたくない。 一緒に歩んできた講師も笑顔で迎え、祝福する。 そんな、人として自然な行為を、 生徒にとって支えになろうが、なるまいが、続けていくつもりだ。 この教室で、一緒に試練に立ち向かっている友たち。 みな目標はバラバラだ。 だが、ゴールはもうすぐ来るだろう。 この教室は、みんなのために開けている。 悩みも、喜びも、何でもぶつけにおいで。 先生たちも一緒に歩んでいきたいと思っている。 15の冬から、15の春へ。 思春期で、独り思い、頑張っている君たちのために。 温かい空気をいつも忘れずに。
2007.01.28
模様替えをした教室で、明日(今日)は中3生の 「理社SOS」 を行う。 みんな理科、社会が苦手なのだ。 もう遥か以前から力を入れろと言ってきたのに、みんな本腰を入れてやって来なかったから、今になって苦しんでいる。 直前になってやっとその大切さが分かってきたようだ。 来月1日に公立前期試験があるが、こちらでも理社の問題が高確率で出題される。 私立受験もほぼ終わり、まさにターゲットは理社だ。 いいか、SOSでは攻略すべき内容をはっきりさせ、自分から徹底して踏み込むこと。 まとめの講義もする予定だが、個別のフォローを基本とする。 トロトロしてると置いて行かれるぞ。 時間は無制限。 希望ならば、深夜まで付き合うぞ。 実はみんなの志望校と成績から、理社の取るべき得点を個別に考えている。 その得点の発表も行う予定だ。 前期試験前の、最後の土曜日。 充実した一日にしようではないか。 模様替えでは、受験生応援の「菓子」なども陳列している。 今日は中1、中2、そして小学生たちの授業も多かった。 受験コーナーに集まるみんなの様子を見ていると、感慨深いものがある。 特に中2生たちよ。 みんなどんな気持ちでコーナーを眺めていたのか。 今日の授業、やけに集中して見えたのは、気のせいか。 順番に訪れる受験。 何か感じるものがあったのだろうと思いたい。 菓子をいじる表情も、小学生と中1生ではまた微妙に違う。 そうだよ、いつか君たちにも、真剣に越えなければならないハードルが見えてくる。 だから、今を大切にしっかり足跡を刻んでいけよ。 先輩たちはいま、その戦場で戦っている。 独りで、たった独りで。 自分だけを頼りに。 今日も授業前に合格の拍手が、歓声が、あちこちで聞こえた。 その意味を、そこまでの経緯を、そっと感じ取ってくれればいい。 温かく、いつもの空気を共有し、この教室を創っていこう。 コーナーの写真を一枚載せておく。 全景ではないが、その中心、「願いのツリー」 の周辺だ。 来年も、再来年も、君たちのために塾長は素敵なコーナーを作ろう。 約束する。 でも、今の主役は受験生。 君たちだ。
2007.01.27
GETしました。 朝日新聞の営業所に頼んでおいたものです。 ちょうど受験シーズンでタイミングもいい。 絵馬のぼかしがナイスですね。 一部模様替えしたので、またアップします。
2007.01.26
私立高校の合格の知らせが次々と入ってくる。 合格発表といえば、以前は受験校の掲示板に番号が貼り出されたものだった。 最近はネットの他に、合格通知を直接郵送してくるなど、学校により様々だ。 今日も、早速、送られてきた合格通知を持ってきてくれた生徒がいた。 とにかくみんな嬉しそうだ。 私立単願のOさん、おめでとう。 君はこのブログをよく見ているようだから、あまり変なことは書けないな。 試験の前日も教室に来て、真剣に頑張っていたOさん。 辛抱した甲斐があったな。 今だから言うが、5月13日の記事、『二人の女性徒へ』の一人は君だ。 そこに書いた「光る才能」は本物だったね。 あの日から8か月。 君が貯めてきた知恵、君が歩んできた道をもう一度振り返ってみよう。 そしてそこで得たものをじっくり噛み締め、これからを見つめていこう。 自信は何よりの財産。 ガオちゃん。 大きく飛躍し、立派な、素敵な女性になれよ。 同じく単願のHさん。 年末に入塾し、速攻で結果を出すとは素晴らしい。 君の明るさは地域一番だ。 初日から私とタメ語を話せるのは、君しかいない。 でも、勉強はしっかり続けろよ。 持ち前の元気さと度胸で、高校に花を咲かせよう。 そう、花さか爺さんならぬ、花さか少女になるのだ。 学び、楽しみ、大いに活躍して欲しい。 将来が楽しみだな。 とにかく、おめでとう。 そしてIさん。 進路がなかなか決まらず、最後の選択が単願だったな。 勉強、随分苦労したよな。 精神的にも、かなり辛かったと思う。 でも、ここまで信じて、頑張ってきてよかったな。 花はいつか開く。 でも君の花は、まだ小さい開きかけの花だ。 ここまでの経緯をしっかり見つめ、未来を思いっきり描いて欲しい。 元気を出して、笑顔で、高校生活を充実したものにしよう。 そして悩んだら、いつでもここへおいで。 笑顔で続きを語ろう。 公立受験組で、幸先よく私立合格を果たした仲間たち。 まずは、おめでとう。 Hさん、Mさん、Tさん、みんな1か月後が勝負だな。 あと何回泣くか、いや何回自分から泣けるか。 1か月後に、その差がきっと分かるだろう。 可能性は周りにいっぱいある。 ここで集め、糧にし、力強く飛躍してみなさい。 先生たちも付き合うぞ。 合格の笑顔が訪れる日まで・・・
2007.01.25
高校受験生の合格吉報が入り始めた。 電話のはずむ声、そして教室で嬉しそうに語る笑顔。 ここまで頑張ってきた仲間たちが、大きな喜びに沸く日。 いつしか、受験生一人一人に色々な想いが交錯していく。 私立単願のOさん、Hさん。 二人とも合格おめでとう。 去年の2月12日、『5人の女生徒』という記事を書いた。 その中の2人が君たちだった。 いつも模範生として、教室に花を添えてくれた君たち。 真剣に学び、悩み、よくここまで頑張ったな。 自力で得た素晴らしいこの結果。 うんと自慢していいぞ。 視野を広く持ち、夢を忘れず、また明日からの階段を上っていこう。 そして立派に成長した姿を見せにおいで。 合格発表は明日、明後日までで大体出揃う。 果たしてどんなシーンが用意されているか。 不安以上に、期待せずにいられない。 公立を受ける仲間はあと1か月、最後の力を出し切る時。 あと少し、ほんの少し。 悔いを残すことなく、前を見続けよう。 教室の明かりは、君たちのために灯し続ける。
2007.01.24
この話は受験生も、中学1・2年生も、小学生も、そしてその親御さんたちにもしっかりと聞いて欲しい。 すでに何度か「時間」に関することは書いてきた。 たった今生を授かった子も、飢えに苦しむ子も、テレビを見て大笑いしている子も、みんな時の流れの中で息をし、感情を手探りしている。 「時」というものは、ある意味すべての生物に平等に与えられている。 地球が自転している限りそれは変わらない。 「時」というものを大切に感じられるかどうかは、その人間の深さに左右される。 どんなに立派な人間でも、毎日、時間を意識して生きてはいない。 だが1時間前に何をしていたかと考えた時、妙な感覚に襲われる。 1時間後に何をしているかと考えた時、異質な緊張感が過ぎる。 それは、普段の生活で「時」を流れるものとして捉え、意識しようとしていないからだ。 締め切りがあり、今日中に仕上げなければならないという時、人はみな残り時間を計算し、作業を割り振ろうとする。 だが、もし締め切りがなければどうだろう。 適当に行い、先延ばしをするのではないだろうか。 そう、時は無尽蔵にあるわけではないが、目に見えないものだ。 それは逆に言えば、丁寧に大切に扱える人は、素晴らしい可能性を手に入れられるということ。 では時の感覚はどう意識すればいいのだろう。 どうすれば毎日の密度を上げ、「かたち」を残していけるのだろう。 1日を1分として考えてみよう・・・・ 1か月が30分 2か月が1時間 1年が12時間 2年は1日という計算 1日が1分なら 睡眠時間は15~20秒程度 毎日の活動時間は たったの40~45秒 さあ勉強しようと 君は1時間頑張った それもこの時計では 2.5秒に過ぎない 適当にやった20分の宿題は たったの0.8秒と 瞬きする瞬間で終わる 入試まであと1か月と迫った受験生よ 1か月というものを 長い期間と感じているだろうか この時計では 30分しかないぞ ほらまた1分 また1分 どんどん過ぎていく 時は 逆戻し出来ない 待ったも効かない 今終了した1分をやり直すことは 誰にも出来ない 時は未来を侵食し 過去を創造していく 寸分の狂いもなく 記録を刻んでいく その過去の記録には 現在の在り方が そして精神が染み付いている 有為であろうと 無為であろうと 記録は変えられない 未来が貴重であるならば 未来に可能性があるならばこそ 人はみな 現在を精一杯生きようとする 今 中学2年の生徒たちも たったの12時間で 入試の試験会場に座っている その試験は 12秒と短いものだ その短い試験のために 今が 現在が用意されている だから この時を 大切にしなければならない この時の密度を 上げていかなければならない この今の時に こだわっていかなければならない 中学1年は24時間 小学5年でも2日間 考えている時間も 迷っている時間もない 時の速さは 疾風のごとく凄まじい それは カウントダウンに入って 初めて分かるもの あと5分 3分 1分・・・・ 焦りと緊張の中で 果たして何が出来るだろう ならば 短い毎日の中に 日々価値あるものを記していこう しっかり足元を見つめ 遠い未来を手探りするのだ 1日が1分の時計では 先送りが効かない やり直しが効かない 躊躇している余裕がない 緊張の中で 無駄が消されていく それは人が本能で演じていく 無意識の行為だ この時計の感覚を よくイメージしたあと 普通の時計に そっと視点を戻してみよう きっと いかに甘えが多いかということに いかに時を感じていないかということに 今さらながら 気付くだろう
2007.01.23
私立高校を受験したメンバー、お疲れ様。 明日も入試がある者は、今日は無理をせず早めに睡眠を取ろう。 入試の結果は、気にしていても始まらない。 常に前を見ていよう。 さて、私立単願で受験終了という者も少数いるが、大半の生徒には第一志望の公立受験が待っている。 公立受験組は、気持ちを切り換えて、すぐに対策勉強に掛かること。 間違っても、「今日は疲れたから明日から」 などと甘えないこと。 すべきことを日々実践していく。 それが勝利への近道なのだ。 今後、教室の授業内容は、公立に向けた5教科の仕上げにシフトしていく。 不明な点、リカバリーすべき点は、率先して攻め込んでいくこと。 長かった受験も、あと1か月だ。
2007.01.22
センター試験、河合塾の予想平均が出た模様。 やはりかなり前年を下回る予想になっている。 6教科7科目文系、-18点。 5教科7科目理系、-39点。 5教科6科目、-28点。 英語は、129点で、+1.5点。 国語は、115点で、-10.5点。 数1数Aは、55点で、-7.4点。 理社は日本史の+14.3点、物理のー7.4点以外は、大きな変動はあまりないようだ。 英語・数1数Aはもっと低いと思ったが、こんなものか。 みな自己採点をすすめ、今後の作戦を練るだろうが、センターの正しい発表を待って、慎重に決めよう。 とりあえず、速報のみ。
2007.01.21
今日という日は 私にとって特別な日にしておきたい・・・ 週明けの月曜から始まる 私立高校入試 その残された時間と闘うため 受験生たちが集まってくる 何ひとつ許可したわけでもない 補習をすると伝えたわけでもない でも みんなまるで暗黙の諒解のように 開いているものと信じて 足を運んでくる 朝9時から夜8時まで 都合10名の戦士が椅子を埋めた 去年にはない光景だ 残された日は あと1日 私立単願組も公立併願組もいた さすがにみんな 何か行動していないと落ち着かないのだろう それぞれすべきことに集中していたと思う 夕方 生徒たちから 明日も来たいという要望が出た 家だと集中できないので ここでやりたいのだという 本来 日曜は休みだが 明日は入試前日にあたる日 じゃあみんなで頑張ろうということで OKを出した いい機運だ 実は こういう乗りは初めてのことだ 受験生全員に伝えてないが 有志たちよ もし聞きつけたら来て欲しい 塾長も 国英なら 直前講座できるぞ 午前10時には教室にいるつもりだ 今日は センター試験の初日 ここでも紹介しているように 私の息子もその受験生だ 前日の夜 私が立ち会い 日本史や国語の軽い確認を行った もう 何も言うことはない 知識は 私を遥かに超越している 細かいことはやめ 必要と思える精神論を語り 勇気付けた 息子との学習の係わりを思い出す 中学時代は相当厳しく接したが 高校入学後は 完全にノータッチだった この3年でずいぶん成長したな 正直そう思った 今朝 息子は朝早く家を出た センター会場である 自分の高校へ そして 時間差で私が家を出た 受験生の待つであろう 教室へ 言葉を交わさずとも 意志は通じている 皮肉かな 目の前にあるものは別の受験世界 息子が会場へ向かう時 私は自分の生徒たちを受け入れようとしている 同時進行で リセットされた 時計のように 私は思う この仕事を始めて 何か ものすごいものを手に入れたような気がする 言葉でうまく表しきれない ものすごい価値のあるもの 子供を育て 成長が財産になり やがてそれが別のものに移り変わっていく 気がつけば周りには まだ翼のない子供たちがいた 子供たちを勇気付け 導き 生きる知恵を与えていく そこには 翳りはない 言葉を持ち 夢を描き 分かち合う悦び 毎日が 素晴らしい刻の連続だった 今日見た 受験生たちの表情 明日もここに来たいという 言葉の温もり この感覚は何なんだろう 巣立つ準備に入ったような やがて来る遠雷のような 何か とてつもなく大きな力を感じた 卒業を迎え 岐路に立つとき みんなにかたちのある贈り物を渡してあげたい そして背中をそっと叩き 送り出してあげたい かつて息子にそうしたように 今私は 息子とは別世界で戦おうとしている 生徒たちがいる限り 出会いがある限り 生徒のことを受け止め 戦いの記録をとどめていくつもりだ 時は流れ また目に見えない可能性が芽生えていく 過去の思い出と 数々の出来事 息子の表情 そして生徒の笑顔 今日という枠の中で 今までにない 何か大きな力のようなものが 沈み込み 渦巻いている
2007.01.20
わが教室には、中学受験の生徒が一人いる。 しっかりしていて、前向きな、素晴らしい子だ。 彼と一緒に学び始めて、早いものでもう3年がたつ。 日増しに大きくなる、期待と不安を抱えながら、 彼は明日、試験会場に向かう。 J君。 いよいよ来たな。 いきなり第一志望校だが、ひるむなよ。 慌ててはだめだぞ。 今までやって来たことをよく思い出し、ただ前を見ていよう。 本番まで来れば、条件はみんな一緒。 自分の気持ちしだいで、結果はどうにでもついてくるものだ。 だから、自信を持って試験会場に向かおう。 力は確実に付いている。 J君は気づかなくても、先生たちは知っている。 雨の日も雪の日も、休まずに頑張ったよな。 大雨で洪水になったり、停電になったり、いろいろあったよな。 そんな毎日の中で、君は一歩ずつ知恵の足跡を残してきた。 J君は力強い声で、質問にどんどん答えていく。 テンポ良く、はぎれ良く。 その近くで中3のお姉さんたちが、私は知らないと苦笑している。 そんな風景が何度もあった。 君は自分の底力に気づいているだろうか。 本番では、実力以上の結果を出せる者と、力を出し切れない者がいる。 好結果を引き当てることができる人間は、どこが違うか。 努力はもちろん必要だ。 でも、もっと大事なものがある。 それは、 その努力を信じ、突き進んでいく自信だ。 大きな勲章が目の前にあるのなら、奪ってしまおう。 堂々と臨み、試験中は冷静に全体をながめることだ。 森の中の木ばかりを見ていると、森全体の様子が把握できない。 試験も同じだ。 思い込みで進まず、踏みとどまって見直してみよう。 問題文に印をつけながら、ゆっくり読み直してみよう。 視野を広く持つこと。 いいかい、それは、勝つための鉄則だぞ。 答案作成で、最後のアドバイスをしよう。 社会や理科の用語は、漢字に気をつけよう。 無理に書いて×にならないよう、注意することだ。 計算の見直しは必ずしよう。 答案の空欄は、執念で必ず埋めよう。 そして何よりも、問題文をゆっくり丁寧に読もう。 これらを必ず守ってほしい。 そして、最後の1秒まであきらめないことだ。 いつも元気に挨拶をしてくれたJ君。 一度も遅刻をせず、前向きな姿勢を忘れなかったJ君。 闘いは、いつか終わりが来る。 先生たちの願いが込められたお守り、持っていけよ。 そして、大きな可能性を拾って来い。 さあ、 君のゴールは、もう、すぐ目の前にある。 最後までピッチを変えず、リラックスして走り抜けよう。 その向こうに、 今までで一番カッコいい日が待っているぞ。
2007.01.19
解りたい者に 教えてほしい者に 少しでも 点を取りたい者に 日々頑張っている者に 真剣に 自分を考えている者に そして 心底 合格したいと思っている者だけに エネルギーを注ごう 力のある ない ではない 聡明な瞳で 前を向き 健気に闘っている者に 礼をわきまえ 自分を大切にし 向上心を持っている者に 大きな可能性を 与えてあげたい やる気がないのなら やめればいい 言葉が煩わしいのなら 自己解決していればいい ここは 知の飛び交う神聖な場所 ここは みなが集い 大きく成長していける場所 前向きに 空気に染まり あらゆる知恵を 拾って帰れる場所 強制があり 自由があり 辛さと笑顔の中で みな 己を懸命に位置づけている 受験生よ 自分の道は 誰のものでもない 自分が決め 探り 刻んでいく奥深いもの 目の前のどこかに 迷いながら ふら付きながら みなが 辿ってきた足跡が必ずある 勇気を持っている者に 汗と涙の経験を 大切に抱えている者に 負けそうになりながらも 踏ん張っている者に そして 今日も明日も 信念を持ち 熱き合格を目指している者だけに エネルギーを注いであげよう 息を切らし 階段を上る君に 後ろから そっと そっと・・・そっと 今日 そう決めた・・・・
2007.01.19
授業が終わったあと、中3受験生が数名残り、補習を受けていた。 追い込み期に入り、最近こういう風景がよく見られるようになった。 今日は数学のS先生。 開塾当初から多くの生徒を見ていただいている、ベテランの女性の先生だ。 雰囲気の作り方がうまく、指導の的を射ていて、生徒たちの信望も厚い。 先生の受験の知識はとても深い。 生徒のリードのし方は、いつも私でさえ見習っている。 今日は夜9時半から11時まで、女生徒たちの疑問に力を注いでくれた。 一人ずつ減っていき、最後には2人の生徒が残った。 私も帰る生徒と言葉を交わしたが、みんな何故か活気にあふれている。 帰り際の生徒たちの表情には、全員、曇りがひとつもなかった。 みんな元気に、ちゃんとお礼を言って帰る。 溢れんばかりの笑顔で。 素晴らしいことだと思う。 どんなに立派な教材で知恵を注いでも、身につかないことは多い。 生徒に伝え、分からせるには、マニュアルを超えた心の通じ合いが必要なのだろう。 S先生の素晴らしさは、そんなことが当たり前のように演じられることだ。 勉強は辛いことばかりではない。 分からなくても、しがみ付いていれば、いつかいいことがある。 先生の語りに引き込まれ、生徒たちの表情が熱くなる。 真剣で聡明な瞳になる。 そして常に分かりやすく、そして大きな存在で生徒たちを受け止めていく。 S先生は自宅でも教材作成や指導の研究を忘れない。 だからこそ、生徒たちも集まってくるのだろう。 きっと、安心の匂いを感じ取っているのではないか。 温かい心のつながりを。 今日の経験は、他愛のない日常風景だが、感ずるものがあった。 自分もまた生徒に支持される指導を見直してみよう。 来てよかった、教わってよかったと言われる関係を意識してみよう。 塾長だからではなく、講師として。 負けられない。
2007.01.18
夜間の仕事が予想外に長引き、現在もまだ終わっていない。 いやあ、もう限界に近い。 しかし、何でこんなに作業があるんだろう。 この先も、受験補習、春期講習準備、確定申告、そして新年度の諸々の準備作業が一気に押し寄せてくる。 事務のいない立場として、辛いところである。 今日は残念ながら模様替えは出来そうもない。 週末か翌週に延期だ。 しっかり構想を練り、備品なども揃えてからやるのもいいかも知れない。 機能性も考えたい。 もう何時間ここにいるのだろう。 でも、それもすべて生徒たちのため。 生徒たちが頑張るのなら、私ももう少し頑張ろう。 あと8時間。 ・・・・・・。 テストの採点、文書作成、授業と、まだまだ続く。
2007.01.17
さあ、また泊まりだ。 仕事は早朝までに終わらせて、明け方からは教室の模様替えをしたい。 学習環境は、たまに変化があった方が刺激的でいい。 気分が変わり、やる気や集中力を引き出す効果も期待できる。 毎年、3回くらいやっているが、今回も机の配置から全体的に手がける予定。 と言っても、特に図面もなく、構想すらない。 いつも行き当たりばったりで、あれこれ悩みながらいじっている。 リフレッシュした空間で、受験と新年度を迎える。 落ち着いた雰囲気ながら、ワクワクする発見と楽しみがある。 そんなイメージを、じっくりと創りたい。 うまくいったらアップしたいと思う。
2007.01.16
週末の土曜より、「私立中学入試」と「センター試験」が始まる。 「私立高校入試」は来週の月曜からで、25日頃にはほぼ結果が出揃ってくる。 「公立高校入試」は前期が2月1日、後期が2月26・27日。 中学入試とセンターは、あと3日。 高校入試は、私立まであと5日、公立前期が15日、公立後期が40日。 残された日数を数えると、身辺がいよいよ本番の空気に染まってきたという感じだ。 恐らく明日あたりの新聞に、『2007年度公立高校進学希望調査』の2回目が掲載される。 公立高校受験組は、この動向を参考に出願校を最終決定していく。 毎年のことだが、微妙な倍率だけで、安易に志望校を変えてしまう生徒がいる。 ここまで心の張りにして頑張ってきたものを、最後の最後で確率で覆していいものなのか。 私はいつも生徒や親御さんに言っているが、学校選択は慎重でありたい。 3年間通うことをイメージして欲しい。 学校の設備も、校風も、カリキュラムも、部活のあり方も、週5日制かどうかも、長期休暇の日数も、学校周辺の様子も、通学の利便性も、登校時間も、往復の通学時間も、それに伴う起床時間も、みんな3年間付き合っていかなくてはならない。 行きたい高校と行ける高校は違うと言うが、ならば行けるように最後の仕上げを踏ん張ってみよう。 前期の出願はもう確定してしまったと思うが、後期の最終出願までもう少しある。 学校は内申書の絡みで、志望校を落とせと言ってくる。 書類作成のために即決を迫られる。 自分のことを、自分を素直に考え、自分で決断しよう。 「希望調査」はあくまでも調査。動向に過ぎない。 惑わされて自分を見失うことのないように、前を見続けていて欲しい。 埼玉の私立高校は、レベルの高い高校を除き、個別面談でほぼ確約が出ている。 しかし油断してはいけない。 マークシートの記入ミスと、面接には十分心して掛かること。 特に面接は、事前の練習が絶対に必要だ。 レベルの高い高校、そして都内の進学校を受ける者。 君たちは、傾向と対策を入念にやっておくこと。 自信をもって臨めば、合格は転がり込んでくる。 不安なのは、みな一緒。 答案にも、面接にも、堂々と、 入学したいという意欲をぶつけてこよう。 みんなの春は、もうそこまで来ている。
2007.01.16
冬期休暇達成テストの初日を終えて、思うことを幾つか書きたい。 今回のテストは、年末年始のダレる期間を、しっかりと計画をもって過ごして欲しいという目的のもと実行している。 通信で報告し、教室にも範囲を一か月のあいだ掲示した。 内容は絶対に押さえなくてはならない基本事項。 しかも前学年の履修内容を中心にした、土台と言えるもの。 しつこいようだが、各学年で100%理解していなければ困るものだ。 実力のあるなしは致し方ないこと。 問題なのは、力がないのならどこまで自分を磨き、這い上がってこれるかということなのだ。 90点という合格点にどれだけこだわれるか。 結果はそんな姿勢に沿って、素直に表れてくる。 お前たちの実力など全部知っている。 お前も、お前も、 一発で合格できないことなど知っている。 じゃあ、無理だからと諦めるのか。 点が届かないのなら、届こうと努力し、自分なりの「かたち」を残していけよ。 分かんないとダラダラし、空欄だらけの答案を平気で残していく。 それがカッコいいことなのか。 適当に学び、甘えきり、空白の知識をさらけ出しすことがカッコいいことなのか。 だらしない姿など、誰が見てもみっともないことだ。 恥の足跡をいつまで刻み続けるつもりか。 出来ないなりに努力したかどうかなど、答案を見れば分かる。 ラインに届かなくても、どこまで全力で向き合えるか。 努力の「魂」は答案に素直に記されている。 今回頑張ったかどうかは、本来の実力と照らし合わせ個別に評価を下したい。 以前にも書いたが、1年、2年、3年、みな姿勢がバラバラだ。 1年生は文句も言わず真剣に解いている。 それが当然のように、前向きに取り組んでいく。 ここが塾であることを悟り、やるべきことの判断がいつの間にか身についているかように見える。 何点取れるかという意識も強い。 ダメなら頑張らねばという向上心がストレートに出ていて、それが次の結果に繋がっている。 彼らは今回追試になっても、次できっちり合格を取ってくるだろう。 互いの刺激が、理想的な空気を作り、それがそのまま答案に出ている。 失敗しても、筆圧が高く自信を持って書いている。 いいことだ。 その姿勢は必ず次に繋がる。 2年生は、その大半がやる気がない。 解くことに取り組んでも、息切れし、続いていかない。 空欄が多く、答案にリズムがない。 諦めると言うよりも、面倒なため熟考する前に放棄してしまう者も多い。 英単語は中1の基礎単語、漢字は小学校で習うものだぞ。 それで1割しか答えられない。 いったい今まで何をやってきた。 学び、知恵を築いていくことの大切さが、まだ分からんか。 受験生になるというのに、自分を見つめずにどこを見ている。 苦しむのはお前だぞ。 中には真剣な生徒もいるが、もう時間がない。 自分の明日に責任を持ち、建て直しを急ぎなさい。 3年生は何だか覇気がなく、のんびりしている。 もっと緊張感を持てよ。 公立受験まで1か月、私立は1週間を切った。 何度もやったことを、またここでミスして、いつまで無駄を繰り返す。 年末の模試と同じ問いがなぜ答えられない。 自分のことだぞ、受験生よ。 真剣に向き合い、命がけで答案を埋めてこい。 空欄だらけでも答えが気にならないのか。 悔しかったら居残りで照合し、今日中にものにして帰りなさい。 なぜ、言わなければ自ら動こうとしない。 なぜ目の前にこんなに欠点が指摘されているのに、気にならない。 同じミスの堂々巡りはもう終了だ。 やったことが書けないということを、もっと真剣に恥じなさい。 そこから這い上がってきてこそ、本物の力になるのだ。 来週、追試を行う。 合格するしないは、お前たちの姿勢で決まる。 達成に才能は関係ない。 能力ではないのだよ。
2007.01.15
明日の月曜から、塾内中学生全員の課題テストが始まる。 各学年の範囲は、冬休み前からもう一か月近く掲示している。 どれだけ真剣に年末年始を過ごしたか、しっかり試させてもらおう。 5教科各20点で100点満点。 私立高校を単願で受ける受験生も、例外なく解いてもらう。 合格は90点。 不合格者は月末に追試を実施する。 さらに不合格の場合は、居残りと土曜受験が待っている。 甘く見ている生徒たちよ。 どうせダメだからとか言っている生徒たちよ。 「聞いてない」とか「知らない」とか言わせないぞ。 今回は上位者は実名で、下位者はイニシャルで全員の成績の掲示を行う。 敢えて公表していないが、合格者には景品も出す予定だ。 さあ、5教科の総合力が問われるぞ。 休み明けから一週間、猶予も与えた。 きっと、意識の個人差が明確に出るだろう。 どれだけ肉薄してくるか、期待している。
2007.01.14
さて、ターゲットの「とり方」と「攻め方」についてである。 期限付きの場合は、やはり効率を考える必要がある。 照準は各自異なるだろうが、仕上げ学習ではメリハリをつけることが特に大切だ。 以下はひとつのやり方である。 まず過去問を開き、数年分の出題傾向やクセを分析する。 全教科の小問ごとに、AからDのランクを付ける。 Aは軽く見直す程度で点が取れそうなもの。 Bは何とか点が取れそうな、得点の核にすべきターゲットの中心になるもの。 Cは点が取れそうもないが、できれば今後の攻略で拾い上げたいもの。 Dはある意味捨てるもの。 そして問題ごとの配点を調べ、合格点を取るためのシュミレーションを行う。 人によってBとCの量がバラバラになるだろうが、手順としては、Aから順に定着の確認をしていくべきだ。 次に、確認、攻略する項目を詳細にリスト化していく。 そして確認しチェックしたものをリストに印していく。 それと並行して、得点のベースになる基礎知識の総ざらいを進める。 基本英単語の筆記、英熟語・構文の確認、数学の公式のチェック、国語知識の見直し、理社の一問一答、時事用語などだ。 特に理社はやればやるほど、得点力がつく。 軽く見直すのではなく、何度も反復し完全定着を図りたい。 基礎知識の総ざらいにおいては、必ず「書く」ということを実践すること。 前にも言ったが、試験は答案用紙に書いて点数を競うものだ。 言えても書けなければ知らないのと同じ。 中でも基本英単語のスペル、理社用語の漢字は、入念にチェックしたい。 理科の教科書を通読し、実験観察の図を調べておくことも大切だ。 社会の教科書の図版、資料の総チェックも同じ。 これらは毎年、100%の確度で入試に使われる。 出題されてしめしめと思うくらいに、見直しておくことだ。 もうひとつ、入試までに必ずやっておきたいことがある。 県の特徴として、「国語の作文」「英作文」が毎年出題される。 作文は配点が大きいので、書く練習を積んでおくこと。 英作文は狙われそうなテーマごとに、事前に短文を用意しておく。 試験はいかにロスタイムをなくすかで勝敗が決まる。 このような自由創作型問題は、ただ解くだけの問題や即答型問題に比べ、どうしても考える時間が必要になる。 その時間をどれだけ短縮できるか。 事前準備が合否に大きく影響することを認識して欲しい。 入試までの時間は限りなくあるわけではない。 計画をしっかり立て、時間対効果を考え、日々常に効率を意識しよう。 闇雲に漠然と机に向かっていても、収穫は見込めない。 今まで培ってきた手持ちのコマでどう戦うか。 敵を知り、しっかりと戦術を立ててみなさい。 しばらくしてまたアドバイスしたいと思う。
2007.01.13
いつ、何を、どのように、どうするか。 いよいよカウントダウンに入った今、学習の組み立てをどう工夫していくか。 ただ漠然と「勉強する」なんて言ってるヤツよ。 今すぐ綿密な計画と対策を練りなさい。 そしてすぐに実行に移しなさい。 残りの日々は、どう過ごすかで結果を大きく変える。 それは誰にでもチャンスがあるということ。 ライバルにどう肉薄し、差をつけていくか。 残り一か月の出来栄えが、合否を分けるのだ。 今日から、その実践法のヒントを述べたいと思う。 まず「時間」を捉えよう。 期間と曜日で、費やせる総時間をまとめる。 塾を含め、平日7時間、土日は10時間。 これが最低限の学習時間だ。 毎日3時間とか言っているヤツ。 志望校を変えたいのなら、それも良かろう。 有り余る時間を、テレビでニヤけて過ごせばいい。 10時間寝て、勝手に頭をとろかしていればいい。 特に偏差値で厳しい判定が出ている者は、さらに上乗せが必要だ。 土日は13時間を克服すること。 そんなに出来ないって? じゃあいつ時間を作る。時はどんどん流れ、試験は迫ってくるぞ。 そもそも普段から余裕を持ってやって来なかったから、今苦しんでるんだろう。 今この時にやらずに、いつやる。 悔しくても何でも、歯を食いしばって立ち向かえ。 泣きながら机にかじりつけ。 仲間が10時間やったら、自分は11時間やるのだ。 時間の計画ができたら、次に過去問の傾向を入念に調べろ。 そして得点できるターゲットを絞り込め。 いいか、教科別の得点ではないぞ。 全科の設問ごとの累積による得点だ。 取れる設問と、取れそうもない設問を明確に区分していく。 そして取れそうな設問を、徹底的に攻めろ。 正答できそうなパターンの問題を、反復演習しろ。 こいつが出たら絶対に得点してやる。 そういうターゲットを確実にものにするのだ。 絶対にすべてを手がけようとするな。 制限時間の決まっているこの時期、捨てることも勉強の一つだ。 部分を捨てることにより、「すべき」ものが生きてくる。 薄く広く、焦点がぼけた知識なぞ、本番で使い物にならないぞ。 社会が苦手なお前が、全体をやってる時間があるのか? 地歴公、どこにエネルギーを費やせば効率がいいのか。 どのような出題パターンが得点しやすく、また対策を立てやすいのか。 研究するのだ。 そして本番の解答用紙の埋め方を、シュミレーションするのだ。 追い込み学習の失敗の多くは、あれこれと欲張り、中途半端で終わること。 すべきことは、ベースになる基本知識と自分にとってのターゲットの反復。 即効性のあるものから、一つずつ完全定着させていくことを心掛けよ。 具体的なターゲットの「とり方」と「攻め方」はどうすればいいか。 明日また詳しく書こう。
2007.01.12
「人生なんて変わらないよ」 授業中に巡回していたら、ある中2生がそんなことを語っていた。 ちょうど中休みで、講師とモチベーション・トークをしていたようだ。 はっきりと耳に入ったが、私が参戦すると長くなるので、その場は受け流すことにしたが・・・ さあ 果たしてそうだろうか・・・・14歳の少年よ 君の人生はまだ始まったばかり 君はこれから数々の体験を重ね 「生きる」という道を歩んでいくのではないのか そこには人との出会いがあり 大切なことを知る 未知の経験が待っている 学び 悩み そして喜びと感動を知り ここまで歩んできた足跡があるだろう 14歳の今 自分が立っている場所に何がある 素直に感じてみよう 自分だけの可能性と 温かい生命を 耳を澄まし 先達の言葉を聴いてみよう これから出会う 幾つもの知恵を しっかりつかみ 君は大きくなっていくのだ 人生はどんどん変わっていく 面白いように変わっていく 行動は出会いを生み 出会いは発見を生む 発見は知恵を生み 知恵はやがて工夫を生む 工夫は君を育てるだろう そして明日からの 掛け替えのない糧になるだろう 人生の航海で何を感じるか それは日々の生きる姿勢で決まるものなのだ 鼓動を感じてみなさい 試練やカベにぶつかった時に 突き進んでいく 行動をもたらす熱い鼓動を 岐路に立った時 頼れるのは 自分で刻んできた年輪 だから力を蓄えるのだ 今日を全力で闘うのだ 今やらなくてはならないこと 山のようにある課題をじっと見つめ 自力で考えてみよう 目の前にハードルがあるのなら 乗り越えてみよう 自力で越えてみよう 人生は達成を節目に 大きく変わっていく その先には 幾つもの扉があり 君だけの未来がある 受験生も、今日のメッセージの意味をよく考えてみなさい。 昨日の件は、この記事の内容を踏まえ、明日書く。
2007.01.11
年末に実施した中3生の模試が返ってきた。 一人ずつ呼び出し、檄を飛ばしながら結果を返却する。 単刀直入に、みなに訊く。 「あと一か月、何をやり、どう過ごすつもりか」 返事はバラバラだ。 「社会と英単語と、えーと、あと理科をやるつもりです」 「理社の基礎をやって、時間があったら数学と英語も・・・」 「歴史の年号とか、経済とか、英語とか、数学とか」 ああ・・・・やっぱり、そんなもんか。 社会とか、英語とか・・・・その「とか」って何だよ。 「じゃあ、理科やるって、具体的に何をどうやるの?」 私の切り返しに、みんな口ごもる。 試験まであと一か月余り。 もう総論や奇麗事はいらないのだ。 いつ、何を、どのように、どうするのか。 課題ごとの比重はどうなのか、ターゲットはどこに置くのか。 制覇するノルマはどれだけなのか、達成期限はいつまでなのか。 しっかり計画性を持った各論を立てなさい。 時間があったら数学も? 断言しよう。 そんないい加減な計画では、100.000%時間は余らないだろう。 いや、むしろ時間が足りなくなり、みんな中途半端で終わるだろう。 そして悲しいのは、みな「する予定」であって、進行形ではない点だ。 今、これに取り組んでいて、次にこの日からこれをやる。 こういう意識が皆無な点だ。 もう何をしなければならないか分かるよな。 あと一か月だぞ。 漠然と向き合っている時間はないのだ。 具体的にどうすべきか。 明日詳しく述べよう。
2007.01.10
【点になる答案を作るために、受験生が今後1か月の間にすべき四箇条】一、 解答用紙に「書く」という行為を練習せよ 試験は口頭ではなく筆記で行われる。 言えても、書けなければ、知らないのと同じだ。 理社用語・国語常識・英単語など、正しく筆記できるか入念にチェックすべし。一、 問題を解きながら解答を一つに絞り込む感覚を身につけよ 答えを何度も言い換えるクセが付いている者は、本番で苦労する。 もちろん、答えは一つしか書けない。 熟考し、整理し、慎重に答えを一発で導き出す訓練を積むこと。一、 文章記述問題のコツを模範解答に学んでおけ 何を書けば○なのか、用語は何を外してはいけないのか。 点になる答案術を、解答を模写しながら頭に叩き込むのだ。 記述問題は得点差の出る「要」であり、○×が生死を分けることを認識せよ。一、 出題傾向を調べ、書き込むべきターゲットを定めよ どこで点を取るのかを明確にし、そのための特化したメリハリのある練習をしておく。 自分が丁寧に取り組むべき設問の、記入のコツをしっかり学んでおく。 そして過去問は時間を計り、ペース配分を身に付けておくこと。 以上は「書く」という行為についての、仕上げにおける留意点である。 精神論、体力、朝型などの体のリズム、総仕上げの科目配分など、他にも心得は数多くある。 各自、ターニングポイントを克服し、最後の詰めを走りぬけよう。 なお、最後に、筆記は筆圧のある見やすい字で書くこと。 マークシート以外は、人の判断で○×の判定が出る。 採点をしてもらう上での、大切な心掛けである。
2007.01.10
今、教室に残り、作業をしている。 此処のところ、毎週1回ぐらい泊まりになっている。 作業中、音楽を流すが、最近はこればかりだ。 写真は『ENIGMA』(エニグマ)の新アルバムとベスト盤。 誰もいない薄暗い教室に大音響を流す。 幻想と宇宙空間を思わせる、奥行きのある旋律が反響する。 まるで教室がひとつのスピーカーのように。 グレゴリオ聖歌に、中世世界の匂いと息づかいが聴こえる。 この神秘的な果てしない広がりと透明感は何だろう。 素晴らしい。
2007.01.10
教室のツリーは今月も活躍。 神仏入れ替わり、大変なことになっています。 もうこの際、総力戦だ! ・・・・さあ、いよいよだな。
2007.01.09
今日は中3生の前期試験特訓があった。 毎年行っている総合問題の対策だが、感じたことを幾つか述べる。 まず、静かに受けていたが、全体的に覇気がない。 受験生よ、もっと積極果敢に攻めて来い。 いつも言っているが、参加し、何かをもらおうとしているようではダメだ。 自分から知識と情報を奪う、気合の姿勢で臨まなくては。 内容もみんなが嫌う、社会的なテーマが中心。 英文との融合問題、資料分析や理科の知識を問う問題、そして小論文。 文章記述の問題に慣れていないため、みんな苦戦していた。 記述は思いっきり書くことだ。 遠慮したり、カッコよく決めようとしてはダメだ。 長考している時間もない。 前期試験は高倍率だが、諦めずに挑んでいこう。 慎重さと大胆さをうまく使い分ければ、活路は必ずある。 3学期の授業も今日から始まった。 祝日スタートなので休みと勘違いしたか、2名が連絡なく欠席した。 教室に集まった生徒たちは、みな元気に授業を受けていた。 いつもより活気があったくらいだ。 冬期講習で私が担当したKさん。 「冬期講習、ありがとうございました」の言葉、何だか嬉しかった。 役立ったかの質問に笑顔で「ハイ」と答えてくれた。 教える者にとって、生徒の笑顔は掛け替えのない財産だ。 ひとりで悩まず、何でも相談しろよ。 年賀状をくれた、中3生のMさん。 「受験頑張ります!!」の文字に、大きな期待が膨らむ。 もう少しだな。 みんな今が一番辛いとき。 エネルギーを蓄え、視点を見失わず、ここで一緒に走り抜けよう。 素敵な日が、その先に待っているから。
2007.01.08
暗記するときは、表を作成すると覚えやすい。 社会の暗記などは、ほとんど「一覧表」や「対照表」でカバー出来る。 歴史年号の覚え方に、ゴロ合わせやカードを用いる方法もあるが、私は個人的にあまり生徒に勧めていない。 年号を覚えるなら画期的な方法がある。 項目を罫線で区切り、表にしてしまうのだ。 一番ゴチャゴチャしている近現代史を例に、簡単に説明してみよう。 1900年から1999年までを一気に覚える時、まずある法則に気づく。 そう、全部1900年代なので、頭の19が重複していることだ。 ならば、そんなまどろっこしいものは、取ってしまえばいい。 日英同盟が2、日露戦争が4、ポーツマス条約が5、第一次大戦が14。 米騒動が18、世界恐慌が29、満州事変が31、ポツダム宣言が45・・・・・ 何とスッキリすることか。 あとはこれを表に記入していく。 表は、縦横10ずつのライン、計100のマスを作る。 縦のラインは左端が1900年台、その右が1910年台と、10年単位の流れを表し、横の上下は下1桁を表す。 要するに左から縦に0~9、10~19、20~29・・・と数字が並んでいく。 まず100マスの中にその2桁までの数字を小さく書いておき、暗記すべき年表項目を書き込んでいく。 出来終わったら、何度も眺め、イメージ暗記を繰り返していく。 反復していくと、位置関係がだんだんつかめてくる。 ベルサイユ条約(19)は、2行目の一番下にあった。 サンフランシスコ平和条約(51)は、ちょうど半分のうえの方にあった。 ベルリンの壁崩壊(90)は、最後の行の一番上だ。 と、いうように。 特に左右の位置関係の把握は、大きな意味を持っている。 イメージが定着してくると、「年代並べ替え」や「年表穴埋め」などの問題に威力を発揮する。 1800年台も同様にできる。 まさか頭の18と19の区分はできるだろうから、ここも下2桁までの表に書き入れて覚えれはいい。 ペリー来航からの後半がポイントだろう。 古代から近世は、時代の切れ目に着色しておく。 争乱・合戦、外交、法令などで、筆記の色を変えてもいい。 本人がより見やすく、覚えやすい形をとればいいのだ。 この一世紀ごとの年表は、時代の前後や流れが掴めない人には効果がある。 試してみてはどうだろうか。 表を活用し、脳にインプットしていく、ひとつの例である。
2007.01.07
一昨日、『鳥瞰図』という記事を書いた。 テキストはまず通読し、全体の流れをつかむことから入る。 そして徐々に細部を掴んでいくという、学びの一方法を紹介したものだった。 他の先生方に共鳴していただいたこともあり、私なりにもう少し煮詰めたいと思う。 学びというものは、模倣から入る。 知らないことを知恵として蓄えるには、まず対象をよく観察しなければならない。 観察し、分析し、そしてどうすればいいか考える。 言い換えれば、学びとは技術を得ることであり、そのための模倣から始まる。 ひとことに模倣と言っても、様々な手法がある。 例えばデッサンを学ぶとき、秀逸な作品をよく眺め、構図やら、筆の運び、濃淡、陰影といったものを自分なりによく観察していく。 そして基礎画法をもとに一から描き始めるとき、まず骨格となる部分を描き、次に周辺や細部を描いていく。 木を描くときに「枝葉」ではなく「太い幹」から描くように、誰でもまず全体の「かたち」を捉えようとする。 この「かたち」を捉えるときに、人は完成後の自作品を無意識にイメージしているものだ。 イメージの元になるものは、手本になる作品の映像であり、自身との比較である。 そして、より良い「かたち」の模写を取り入れながら、技術を模索していく。 将棋を学ぶときは、棋譜というものを研究する。 対局全体の流れを捉え、イメージしていく。 棋士にとって棋譜はストーリーであり、一手一手には意味がある。 その一手ごとの積み重ねが対局の展開を決め、全体を作っていく。 棋譜の研究は、細かい一手にこだわっていては出来ない。 序盤、中盤、終盤のやりとりを、流れとしてイメージしなくてはならない。 全体が繋がりながら派生していく、ひとつの作品なのである。 小説も詩文も、我々は全体をひとつの「まとまり」として頭にイメージしていく。 学校の校歌も、賢治の詩も、諳んずることが出来るのは、言語としてのそのイメージが定着したからだ。 全30巻のコミックで、主人公が怪我をしたのは何巻か。 詳しい者は、それも一発で引き当てる。 中には、各巻の最初のシーンを、吹き出しのセリフを含め、すべて鮮明にイメージできる者もいる。 何故そんな芸当が出来るのか。 理由は明白、何度も繰り返し読んだからだ。 読みながら流れを捉え、作品全体を詳細にイメージしたのである。 教科を学ぶとき、これらの概念を意識してみる。 教科書をひとつの作品として捉えてみよう。 作品ならば、全体を探り、まず何が述べられているかを知る必要がある。 絵画の例であげたように、骨格となる部分を描いていく。 目次から入り、大きな「章」を捉え、少しずつ細部を紐解いていくのだ。 そして作品としての内容を意識しながら、通読を繰り返していく。 何度も、何度も。 しばらくして、頭で描く練習も取り入れる。 眼を閉じ、頭の中で教科書のページをめくっていくのである。 コミックのように、次に何が書かれているか、流れを予測するのだ。 やがて、章の組み立てはもとより、互いの内容の繋がりや、細部の表現までイメージ出来るようになる時が来る。 同時に、表・図版・コラム・欄外なども、ページとともに頭に映像として残っていくだろう。 顕微鏡で観察するとき、いきなり400倍を覗き込んでも何だか分からない。 まず観察するもが何なのかを把握し、全体を捉えなくてはならない。 そしてターゲットを探りながら、徐々に低倍率から高倍率に変えていくものだ。 カメラのズームを前後するのも、同じである。 これが鳥瞰図を描くということだ。 学びも同じである。 大から小へ、あるいは小から大へ、視点を縦横に操っていく。 先取り学習を含め、どんどん流れを探っていくことは、私はとても大切なことだと思っている。 教科書の学年に、本来区切りなどない。 学年が終了すると処分してしまう人がいるが、絶対に保存しておくべきだ。 私なら現学年の2学年前まで、目の前の書棚に並べておくだろう。 科目単位で、すぐ手に取れるように。 そして不明な点があるのなら、機を見て、前の学年の教科書を通読してみる。 索引を使い、細部を探っていく。 これも立派な「鳥瞰図」であろう。 模倣し、技術を盗む。 教科書はある意味、実用書なのである。
2007.01.06
時間が取れず なかなかブログと向き合えない 更新が後手になる以前に PCを開く時間が取れない 定期的に訪問して頂いている方や コメントを書いてくださった方には 大変申し訳なく思う 可能な限り対応しているが 後手のやりとりが常態化している 無理ならば いっそ止めた方がいいのかとも思う だが 何を目的にこのブログを立ち上げたのか 何故 毎日欠かさず 深夜に無理して更新しているのか その理由を考えると 今日も画面に向かわずにいられない どんなに疲れても どんなに眠くても 画面の向こうに子供たちがいるから 待っている仲間がいるから 教室の風景を文字で刻めるのは 自分しかいないから だから 多忙を理由にこの画面を切断したくない 教室があり ドラマがあり 人の営みがある 悦びがあり 涙があり 力強い言葉がある どんなにカッコいい映画も その深さには敵わない 他愛のないことも 泥臭くさいことも みんな一緒に感じ合っている ここには 夢があり 温もりがある この教室で 子供たちを育てること この教室で 子供たちの未来の一部を描いてあげること なんと素敵なプレゼンが毎日用意されていることか だから その風景を記録として残しておきたい そして そんな健気なみんなに 語ってあげたい 巣立っていった仲間を辿り 自身の経験をひも解き そっと ここに記しておきたい 私のメッセージなど どうでもいい祭りかも知れない でも ここには 語らずにいられない 明日を感じる躍動がある 優しく 厳しく 親ばかな 父親になりきって 可能な限り続けていこうと思う 明日の 大きな出逢いのために 女は、机の上に散らばっている原稿の山を手で伸ばしながら、そのなかの一枚をでたらめにとり上げた。 なんだか紙一面に、なぐり書きしたような、読みにくい字がビッシリ書いてあって、ほんのところどころに、読める字が一つぐらいあった。 男は炎を上げているパラフィン・ランプを持ち上げると、机の上に散らかっている、クシャクシャに書いた原稿の脇に置いた。 燃えているランプの明りが、ルシアンの死んだ眼から、死にかけている脳の奥までさしこんだ。 脳の奥には、大きな溶鉱炉の扉があいたような、まっ赤な光があった。 作家を夢見たルシアンは、薬の中毒になり、自らの作品からやがて幻想世界に入り込み、破滅し、机に向かったまま死んでいく。 アーサー・マッケンの『夢の丘』。 ラストの執念の描写とエンディングは、いつ見てもカッコいい。 私も、書くべきことがある限り、執念をもって臨みたい。
2007.01.05
教科書や参考書は、まずひと通り読んでしまうといい。 まだ学校でやっていないからと、手を付けないのは愚の骨頂だ。 学校の先生がベストコーチで、先生のペースが理想と言えるだろうか。 学ぶペースも手順も、決まりはないし、個人の自由だ。 教科書などは、まず軽く全体を通読する。 詳しく意味を捉えようとしなくてもいい。 初めは、流れと、大まかな内容が掴めればいい。 こんなことをやるのかと。 そして二度、三度と読んでいく。 少しずつ精読を取り入れ、理解しようとしてみる。 そして不思議なことに、五回も読み直していると、大筋が掴めてしまうものなのだ。 嘘ではない。 実際に試してみれば分かる。 それをみな、1章をやると言えば、1章だけと睨めっこをする。 先生の指示があって、初めて教科書に折り目を付ける。 何故だろうと思う。 最も効果のある手ごろな方法を何故しないのだろう。 これは数学(算数)、理科、英語、国語、社会、すべてに使える。 いわゆる『鳥瞰図』を描く手法であり、学者の実験でも効果が証明されている。 単なる予習ではない。 全体の流れや重点を一気に俯瞰するのである。 手元に教材があるのだから、どんどん開いてみればいい。 もう学年も終わりに近いが、それならば次の学年を先取りしてもいいのだ。 塾にはすべての学年の教科書があるぞ。 中1のうちに、理科の1分野、2分野とも、下巻まで読破してみなさい。 中2のうちに、公民も3年の英語も数学も、5回ほど読み返してみなさい。 いつでも貸し出すぞ。 指示を待つ必要はないのだ。 学年の区切りも、便宜上付けたに過ぎない。 結局、入試までに全部やるのだから。 詰まらんタレント本や、マンガを読んでいる暇があったら、教科書を読むのだ。 教科書指定店に行けば、買うこともできる。 そうすればラインもどんどん引けるだろう。 そして、4月の新学期にボロボロの使い込んだ教科書を開くのだ。 その時点で君の勝利は約束されているだろう。 参考書でも構わない。 まず、ひと通り読んで、全体を捉えることを手がけてみなさい。 素晴らしい効果に、きっとびっくりするだろう。
2007.01.04
「もっと早くからしっかり勉強しておけばよかった」 受験生はみんなそう思っている。 「みんな最後で慌てる。だから今日から真剣に時間を過ごせ」 前学年の冬も、去年の春も、夏も、秋も、いつも言ってきたこのセリフ。 もう何度言ったことか。 しかし、どうしてこうも毎年同じことを繰り返すのか。 受験の日程は決まっている。 何日か後に、何時間か後に、試験会場に座っているのだ。 それを知り、どれだけ計画的に積み上げられるか。 どれだけ期間内の密度を上げ、量をこなせるか。 結果はこんな単純なことで決まってしまうのだ。 才能など、まったく関係ない。 その意味合いをじっくり考えてみよう。 今の中2生たち。 受験はとっくに始まっているのだぞ。 君は今やっている目先の単元を追うだけで、過去を振り返っていないのではないか。 ランドセルを卒業してから約2年。 そこでどんな学びを受けてきたか、そしてどれだけ取りこぼしてきたか。 歩んできた道をしっかり辿ってみなさい。 今しっかり構築しておくことは、半年後にもの凄い宝になる。 3年になると、内申に絡む3年の内容に追われ、復習の時間が取れなくなるぞ。 だから今やりなさい。 ノートを作りなさい。 弱点や、暗記要点を列記したノートを作るのだ。 すべきことを明確にした、成績アップの処方箋を作るのだ。 いいか、来週からなどと言っていると、来月になるぞ。 来月からなどと言っていると、夏になるぞ。 時は間違いなく刻まれている。 少しやろうではなく、一気に征服するのだ。 夏になり、秋になり、慌てている姿はカッコいいか。 ランクを下げた高校で3年間を過ごしたいか。 真剣に考えれば、今日の10分、15分も大切になる。 この1月を改革の月にしてみなさい。 今の中1生たち。 君たちの受験だって始まっているのだ。 まだ700日以上あるって? だから何だ。 受験に日数など関係ない。 受験とは、どれだけの学習量を頭に築けるかなのだ。 結局すべてやらなければならない。 だからこそ、今からしっかり丁寧に知恵をファイルしておけ。 そしてその知恵の引き出しを、何度も何度も開けるのだ。 定着とはそういうもの。 もし、曖昧な単元がいくつもあるようなら、すぐに矯正しなさい。 1年の知識は2年で使い、それはさらに3年で使う。 早く直さないと深刻になるぞ。 受験までの期間の問題ではない、弱点はその都度対応すべきものなのだ。 虫歯も治療しなければ治らない。 いつか治そうと間延びしても、悪くなるだけだ。 早期治療ならば、短期で済む。 まったく同じだ。 さあ、君のすべきことは何か。 目標と計画と道具をしっかりと抱え、自分と向き合うのだ。 そして、知識の塗り絵を今からじっくり始めてみなさい。 時間というものは 在るうちは分からないが なくなってから みな その価値に気づくものなのだ
2007.01.03
上の息子は、県立浦和高校の3年生だ。 県内トップの公立に入ったために、3年間学業で追いつくのに大変だった。 北辰テストで200点満点で全県トップを取った者。 何度も195点から198点をたたき出していた者。 そんな仲間がクラスの中にゴロゴロいたという。 学校自体、学ぶことに関しての士気が非常に高い。 それは、モチベーションの維持が出来る点で、とてもいいことだ。 学びについて環境の持つ影響力は大きい。 だが、受験が迫れば、それも結局は個人の闘い。 自分のレベルがどの程度なのか、あとどれだけ追い込めるのか。 目標に向かい、時間との駆け引きが始まる。 息子は、冬休みと言えど、連日学校で自習している。 正月の昨日も、今日も。 朝7時半に起床し、約12時間勉強し、夜の11時頃に帰宅する。 その後も深夜の2時半から3時頃まで、黙々と頑張っている。 《やらなければいけない》 という状況に、自らを追い込んでいるのだろう。 家でやると甘えが出てだらけてしまう。 学校には同じ境遇の仲間が集まって来るので、緊張感を維持しながら集中できるのだと言う。 各自、得意科目のレベルは高いので、互いに教えあえる利点もあるそうだ。 クラスの仲間の志が高いことはいいことだ。 みな目標に向けて最後の追い込みに必死らしい。 大半が浪人覚悟で、難関大学に邁進しているそうだ。 センターまであと17日。 今が勝負の時だ・・・ 受験生にとって、試験までの残された期間。 日々、真剣に 「時」 と闘って欲しい。 高校を受験する仲間たちよ。 正月2日間は何をして過ごしたか。 学習記録として、何を残したと誇れるか。 冬休みはあと5日。 明日4日からの冬期講習後半、7日の北辰テスト、8日の前期特訓。 やることは一杯あるが、自分の時間をどれだけ作れるかが焦点だ。 ぶれるなよ。 時間がないのなら、徹夜してみなさい。 そして、年末特訓のプリントを制覇してみなさい。 一問一答を、公式を、英会話表現を、英単語の筆記を総ざらいしてみなさい。 頭に叩き込むべきリストを、一気に作成するのだ。 一度徹夜したくらいで、体は壊れたりしない。 学校が始まると出来なくなるぞ。 直前期、「やった」 というものがどういうものか。 3年前の息子の記録を、今度報告しよう。 結果は、努力の蓄積。 努力の大きさは、本人次第。 あと7週間ですべてが終わる。 そして、桜咲く季節が待っている。
2007.01.03
人間は様々なことを学んでいく。 感情を素直に出しながら、言語や生活の基本を学ぶ幼児期。 物事の善悪を知り、感情を抑えることを知り、仲間との間にルールや関係性を学んでいく少年少女期。 他人の心を感じ、苦しみ、喜び、快感、挫折というものを体験し、学び、成長していく思春期。 それぞれに多くの人との出会いがあり、言葉があり、知恵を得る「学習」がある。 知るという行為は、未知の体験だ。 無から始まり、その一つ一つを積み重ねていく。 だが学ぶという行為は、ただの体験ではない。 そこには得た知識を使い、自分なりに消化し、思考していく過程が存在する。 すべきことや目的のために、どうしたらいいかという判断。 成功と失敗の経験から、改善を加え上昇を求めていくのが、学習であり学びである。 だから意識の持ち方で、大きな差が生じる。 そしてその学びは一律ではなく、個人の生活に根付きながら、将来の糧として育てていくものだ。 学校で習う数々の知識。 その知識を得るためには様々なアクションが存在する。 師が語ったこと、板書、宿題、配布されたプリント、手元の教材、教科書、塾の指導、確認テスト、暗記カード、そして自分でまとめたノート。 物があふれてくると、次第に学びの焦点がぼけてくる。 これらをどう利用していけばいいのか、みな悩み、だんだん面倒になっていく。 そんなに幅広く、深く出来ないと。 基本というか原点に帰る必要がある。 学ばされているのではなく、学んでいるのである。 何を利用し、どこまで到達しようとするかは、本人の目的に沿った判断によるものだ。 欲張るから失敗する。 欲張らずに段階を踏めばいいのだ。 道具をすべてものにするのではなく、単元をマスターし理解する過程で、利用するのである。 問題を解き、高得点を出すための手順を冷静に考えてみよう。 スポーツにも基本となる知識や理論が必要だ。 そして基礎体力を鍛え、型を学んでいく。 その後は単純な練習を重ね、パーツから全体へのより実戦的な訓練へとつなげていく。 様々な職人たちの技も、同じ流れのなかで反復の訓練を積んだ結果得られたものだ。 机上の学習も同じである。 まず解くための基本となる知識が必要だ。 これは、理論や法則ならば100%暗記しなくてはならない。 派生知識も可能な限り覚える。 この量の差が、解く段階での開きにつながる。 その正確さの差が、解く段階でのスピードにつながる。 点が取れない生徒は、この作業がいつも不十分な生徒だ。 勘違いしてはいけない。 知り、頭に定着させることは、解くための資格なのである。 道具がなくては解けない。 だから、繰り返し執拗に反復し、無条件で覚えるのだ。 即答できるレベルまで、まず時間を費やすのである。 知識の暗記が出来たなら、基本題を解き、その知識の使われ方を学んでいく。 問題の型を学ぶのだ。 何が問われるのか、どう答えればいいのか、解法の定石をファイルするのである。 そしてファイルが積み上げられた段階で、次第に応用題に移っていく。 また、問題を解く時には必ず、間違えたものを記録しておく必要がある。 弱点や覚え切れない頭脳の補佐として、専用のノートを作るのだ。 そして第一段階で覚えたように、これらをさらにインプットしていく。 すべてにつけ、どれだけ大量に触れたかが差になって出てくる。 知識の暗記も、問題演習も、時間をかけ反復するのである。 量をこなすことは、スピード力につながる。 スピード力がつけば、試験の見直しが何往復もでき、それが得点差をもたらす。 何をやったらいいかではなく、まず知識を得ることから始めてみなさい。 何度も何度も、必死に、覚えてみなさい。 それはすべての基礎であり、問題を解く武器なのだ。 知らなければ解けない、だから知るのだ。 問題が解けなければ、無知を反省し、必須事項をその場で覚えなさい。 そして解説を熟読し、方法論をファイルしてみなさい。 手順を間違えてはいけない。 焦らずに時間のかけ方を意識していけば、自分の、自分だけの学びの形がやがて見えてくる。 三歩進み二歩退がる学び。 知識を得ること。 定着するまで必死に覚えること。 その使い方の基本を、焦らず忠実に試すこと。 様々な問題を大量に反復演習すること。 失敗をファイルし、知識の補強をすること。 そして何度もフィードバックすること。 学びの手順を振り返ってみることは大切だ。 冒頭の生活上の数々の学びは、刺激が繰り返されるから自然に身についていく。 机上の学習も、意図的に時間をかけてこそ実りがあるのである。 もちろん学びの奥行きを知り、その素晴らしさを楽しむことも大切だ。 学ばされているのではない。 どうすればいいか。 自分の価値観で考えてみて欲しい。
2007.01.02
また新しい年を迎えました。 塾生およびご家族の皆様、 様々な面でご協力をいただき、 ここに改めて感謝いたします。 生徒のために出来ることは何だろう。 この教室の始まりは、そんな小さな言葉でした。 以来、多くの子供たちと接し、日々出来ることの実現を考えてきました。 出逢った、たくさんの子供たち。 資質も学力も違う子がいて、元気さの違う子がいて。 そして定時になると、何かを求めに、ここにやって来ます。 はしゃぐ子も、塞ぐ子も、短い時間に素敵な空気を作ってくれる。 悩みも笑顔も、この空気の中で一体となり、生きている。 学力を上げたい。 目的はたった一言で済んでも、そのためにすべきことは山のようにあります。 だから必要なことを、必要なものを与えてあげる。 きっかけを与えてあげる。 学びの素晴らしさは、案外すごく身近に潜んでいるものです。 基礎的な内面を育てていくこと。 そして自力で立ち向かう強さに気付かせてあげること。 これは実は技術を磨く以上に大切であり、また大変な作業なのです。 もちろん時間も必要です。 でも焦ってはいけない。 培うという行為は、必ず結果に向かって形を作っていきます。 悦びのために、笑顔のために。 一緒に考え、手を差し伸べ、導いていきたい。 子供たちのために、優しく、そして厳しく。 悩みを受け入れ、語り合い、明日の活力になるワクワクする空間を意識し。 今年もそんな同じ考えを持ち、突き進んでいく決心です。 毎年、春に巣立っていく生徒たち。 その表情と大きく成長した姿は、塾の財産です。 どんな出逢いと卒業が待っているか。 期待を持ちながら、日々を積み重ねていきたいと思っています。 年男の塾長、拝。
2007.01.01
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