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溶けたチーズが鶏肉とキャベツに絡みんで美味しいです。お子さんにも喜ばれ、ご飯のおかずにもなります。鶏肉とキャベツのチーズ蒸し鶏むね肉 1/2枚キャベツ 1/4個酒 大さじ1/2塩・こしょう 少々片栗粉 大さじ1ピザ用チーズ 2枚ブラックペッパー 適量【調味料】水 大さじ1 酒 大さじ1 砂糖 大さじ1/2 醤油 大さじ1/2 洋風スープの素 1/2個1.鶏肉はひと口大に切り、酒・塩・こしょうを揉み込み、片栗粉をまぶす。2.キャベツはざく切りにし、【合わせ調味料】を合わせておく。3.フライパンに油を入れて鶏肉を焼き、色が変わったらキャベツを加えて炒め合わせる。4.【合わせ調味料】を加えて炒め、フタをして弱火で4分ほど蒸し焼きにする。5.塩・こしょうをしてチーズをかけ、再びフタをし、チーズが溶けたらブラックペッパーを振る。※お醤油は入れすぎない方がよいです。ブログ連載 長編時代小説 密かごと第2章 御船手組6.寿美の出産佐助は、寿美が自分をたずねてきたことを知ると、すぐに江戸へ戻ることにした。おとなしい寿美が家出するには余程のことがあったのだろうと、小田原宿の料理屋花月に無理をいって隙(ひま)をもらい、一年の約束を半年で切りあげてきた。家に戻ると、早速、寿美の行方を捜しはじめる。江戸で暮らすとなれば、働き口を捜すことになるだろう。若い娘が働くようなところはそうあるものではない。佐助は知り合いの口入屋に当たったり、娘たちの仕事を斡旋している口入屋などを廻ってみるが、寿美らしい娘を世話したという口入屋は見つからなかった。もぐりの口入屋も横行しているので、そんな手合いに引っ掛かると、よからぬところに売られてしまうこともある。佐助は深川の仲町や土橋などの岡場所などにも足を運んだが、寿美の行方はわからなかった。さちは佐助からの文で、佐助が仕事を辞めて寿美を捜し回ってくれていることを知ると、仕事も手につかなかった。仲居頭のおよねに後を托し、再び江戸へ向かい、大事な仕事を棒に振って帰ってきたのだからと佐助に金を差し出した。佐助は少しぐらいなら蓄えもあると断ったが、家族の暮らしに使ってほしいと無理やり渡してきた。そうでもしないと、さちの気持が収まらなかった。寿美の行方は五か月経ってもわからない。佐助はお抱え仕事はできないので、近間の料理屋で手伝い仕事などをしながら寿美を捜していた。馬喰町の羽前屋という人宿から使いが見えたのはそんなときだった。寿美という娘を知っているかといってきた。知るも知らないもない。その寿美という娘を捜しているのだと、佐助は羽前屋に駆けつけた。人宿は仕事を探している人を泊め、請負人(うけおいにん)となって奉公先を世話する宿だった。寿美は佐助を見ると泣き出した。羽前屋の女将ふさは、寿美を早く親元に連れ帰ってくれと佐助に迫るが、寿美は木更津に帰るのは嫌だと泣き崩れた。佐助が途方に暮れるていると、女将ふさは寿美が身ごもっていることを告げる。<寿美さんが身ごもっている!>佐助は頭から鉈(なた)を振り落とされるような衝撃を受けた。女将ふさにばらされ、寿美は覚悟をきめたのか泣き止み、これまでのいきさつを話しはじめた。 * * * *寿美は佐助が江戸に戻るまで、どこかで働いて待つことにした。小伝馬町から馬喰町にかけては、旅人宿や百姓宿があることを佐助から聞いていたので、そのあたりの宿を探した。馬喰町で人宿『羽前屋』の看板に、「女人のみ仕候」とあるのを見つけて飛び込んだ。奉公先が決まるまで宿泊させてくれて、奉公先の請負人にもなってくれるというが、身元のはっきりした者でないと泊めるわけにはいかないと断られた。寿美は家を出るときに持ってきた金を渡し、人を待つまでの半年間、働くところを世話してほしいと頼んだ。女将ふさは、寿美の身なりがきちんとしており、話しぶりも丁寧だったので、奉公先に出しても心配はないと思い、身請人がいなくても泊めることにした。飯倉にある出羽の大名屋敷から下働きの女が急病になり、代わりの女をすぐに連れてくるようにといわれていたので、寿美を差し向けることにしたのだ。寿美には初めての屋敷奉公だった。大名屋敷では何もかもが驚きで、大釜も大鍋も、米や野菜も桁外れの量だ。野菜を切るだけでも大仕事だった。朝から晩まで台所仕事に追われ、寿美は朝餉の片づけをしているとき、急にめまいを起こして倒れてしまった。屋敷の賄方が羽前屋の女将ふさを呼び、こんなひ弱な女はすぐに連れて帰れと、寿美は首になってしまった。寿美は女将ふさに連れられて馬喰町の羽前屋に戻ったが、自分の体が普通ではないことに気づいた。ふさにも気づかれ、江戸で待っているのは誰かと聞かれ、寿美は佐助の所書きを教えたのだ。 * * * *「女の人宿には、よくあることなんですよ」女将ふさが言うには、身ごもっていることを隠して奉公先に上がったり、奉公先で身ごもってしまうことがあるのだと、女人の口入れの難しさを語るのだった。それを聞いて佐助は木更津へ帰ることをすすめる。「寿美ちゃん、悪いことは言わない、おっかさんが心配しているから一緒に帰ろう」佐助は木更津へ帰ることを何度もすすめるが、寿美は頑として首を縦には振らない。木更津へ連れて行くというなら首を吊って死んでしまうと、物騒なことを言って佐助を脅かす。木更津に帰って子を産めば、父なし子を産んだといわれる。子はどうしても江戸で産みたい。生まれた子の父は亡くなったといえば、後ろ指をさされることはないというのだ。「それなら、おっかさんに江戸へ来てもらおう」佐助の言葉に寿美はしぶしぶ承知するが、自分の不始末でこうなったのだから、赤子が生まれるまでは、おっかさんにも秘密にしておいてほしいという。佐助は昔から寿美に頼まれると断ることができなかった。木更津の女将さんも可愛い孫の顔を見れば許してくれるだろう。幸い、預かった金にはまだ手をつけていない。寿美の出産のために使うことにした。羽前屋の女将ふさは人宿で子を産むのは困るというので、佐助は自分の女房が世話をするから迷惑はかけないと、宿賃の前払いを多めに払った。女将ふさは、子が生まれたらすぐに引き払うということで承知してくれた。寿美は羽前屋で雑事をしながら出産を迎えることになり、佐助の女房きくが体の滋養になる物を届けては寿美の様子を見に行った。佐助は、さちから届く文にはいましばらく捜してみるから待ってほしいと書き送り、寿美のことには触れなかった。ところが寿美が急に産気づき、月足らずで生まれた赤子は元気だったが、寿美は産後の回復が思わしくなかった。赤子を連れて木更津へ帰るという寿美の願いは叶えられそうもない。寿美の衰弱が激しく、佐助は意を決して、さちに文を書き送った。「どうして、もっと早く知らせてくれなかったの」さちは馬喰町の羽前屋に来ると、佐助に不満をぶちまけた。佐助も何度も知らせようと思ったが、その度に寿美に脅され、さちからの文が届くたびに胸を痛めていたのだ。寿美は北側の小部屋に寝かされていた。「ああ、寿美!」寿美の顔からは血の気が失せ、目は落ちくぼみ、ひと目見ただけでもただ事ではない。娘の変わり果てた姿に、さちは愕然とする。「おっかさん!」か細い声で自分を呼ぶ娘の痩せ細った手を、さちは握りしめた。隣りの小さな布団には、生まれたばかりの赤子が眠っている。鼻筋の通った可愛い女の子だった。赤子は順調に育っていた。「おっかさん、ごめんなさい! 佐助さんのこと、叱らないで、あたしが悪いんだから」「お嬢さん!」さちの後ろに控えていた佐助が言葉を詰まらせる。「わがまま言って、ごめんなさいね」寿美は佐助に詫びた。「そんなこと、もうどうでもいいんだよ」さちは娘の胸元を赤子をあやすように叩いている。母娘の様子に安心したのか、佐助はそっと部屋を出て行った。「おっかさんも悪かったんだよ」「おっかさんは、わたしのこと、可愛くないんだと・・・」「何て馬鹿なことを」さちは驚きで言葉を失った。「だって、子どもの頃、おっかさんのそばに行くと、いつもうるさがったから」「なんてことを・・・・お前の思い違いだよ」さちは声を震わせた。「お前がどんなに大切だったか」寿美は自分が親に愛されていないと思っていたとは・・・。寿美が如何に大切な存在であったか、さちのすべてが寿美に掛かっていた。自分が梅乃井を守ってくることができたのも、寿美という娘がいたからだ。寿美とはもっと話し合っておくべきだった。しかし、残された時間はあまりない。遅すぎてしまった。悔やんでも悔やみきれない。さちは孫娘を抱き上げると、そっと頬ずりをした。「お前だって、この子は可愛いだろう?」寿美はこくりと頷いた。「子を可愛く思わない親はいないよ」祖母に抱かる我が子を、寿美は愛おしそうに見上げていた。「おっかさん!」「なんだい?」「その子、お願いします」突然、寿美の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。「弱気になるんじゃないよ!」「だって、わたし」寿美はすすり泣く。「この子を抱くことが、もうできそうにない」寿美は、我が子の行く末をしきりに案じていた。「余計なことを考えるんじゃないよ」さちは孫娘を下ろし、布団に寝かしつけると、「寿美、何も心配することはないんだからね」娘の体をそっと持ち上げ、優しく抱きしめた。(つづく)
2023年01月31日

みぞれ煮は、だし汁に具材を入れ、大根おろしを加えて煮た料理です。大根おろしが、みぞれ雪に似ていることから名付けられたそうです。ぶなしめじ、まいたけ、えりんぎを炒めてからみぞれ煮にしました。きのこは食物繊維が豊富でカロリーも少なく、加熱時間が短くてすみます。きのこの炒めみぞれ煮ぶなしめじ 50gまいたけ 50gえりんぎ 50g大根おろし 1/3カップポン酢醤油 大さじ2サラダ油 大さじ2細ねぎ 少々1.きのこは根元を落とし、食べやすい大きさに手で裂く。2.大根おろしは軽く水気をきっておく。3.鍋にサラダ油を中火で熱し、きのこがしんなりするまで炒める。4.弱火にしてポン酢醤油を入れ、大根おろしを加えてひと煮立ちさせ、器に盛り、細ねぎを散らす。※きのこは、いろいろな種類を入れても美味しいです。ブログ連載 長編時代小説 密かごと第2章 御船手組5.寿美行方知れず寿美が頼りにするのは、やはり、佐助だろうと、さちは思った。佐助は江戸に女房と娘を残し、寿美が子どもの頃から梅乃井で板前として働いていた。父親の作治が家に帰ってこない寿美を見て、自分の娘のことを思い出して不憫に思っていたのだろう。ひとり遊びをしている寿美の手を引いては、海に沈む夕陽をよく見に連れていった。寿美も佐助を父親のように慕っていた。さちは取る物も取りあえず、江戸へ向かう木更津船に乗り、佐助が住む小舟町の長屋へ向かった。案の定、寿美は佐助のもとを訪ねていた。佐助の女房きくは、時を移さずに娘と母親が訪ねてきたことに驚いている。「うちの人は小田原宿の料理屋へ仕事に行って留守で、江戸に戻ってくるのは半年後だと申し上げると、お嬢さんはひどくがっかりなさって」「それで、寿美は?」「お疲れのようだったので、泊まっていくようにと勧めたのですが、お嬢さんは行くところがあると言って帰ってしまいました」「行くところがあると言ったんですね」「ええ、どこかはおっしゃいませんでしたが・・・・お嬢さんに何があったのですか?」佐助の女房きくは、ただならぬ気配を感じたようだった。寿美が家出したことを話すと、「ああ! お嬢さんを無理にでもお引き止めしておけばよかった」佐助の女房は悔やんでいる。「うちの人がお嬢さんのことを知ったら・・・」佐助が寿美を娘のように可愛がっていたことを女房のきくも知っていた。「そうだ、小田原宿の所書きをうちの人が置いていきましたから」佐助が働いている小田原宿の料理屋花月の所書きを、さちに渡してくれた。寿美が行くところがあるといえば、作治の実家がある霊岸島の浅野屋かもしれない。作治の葬式に、さちは寿美を一度だけ連れて行ったことがある。作治の死後は、酒も木更津の酒屋から仕入れるようになり、浅野屋とは付き合いがなくなっていた。寿美が行くとは思えなかったが、さちは浅野屋を訪ねてみることにした。 浅野屋は新川沿いにあり、上方の酒も扱う酒問屋だった。作治の兄作左衛門が後を継いでいる。さちが作治の実家を訪れるのは10年ぶりだった。「ご無沙汰致しております」「さちさん、作治の葬式以来だな」義兄の作左衛門は思っていたより老けていた。作治と違って腰が低く、愛想の良い人だった。「義姉(ねえ)さんは?」義姉の姿が見えなかった。「その辺まで、ちょっと用足しに行ってるよ」義姉とは二度しか会っていないが、あまり体が丈夫な人ではなかった。「立ち話もなんだから」女房もすぐに帰ってくるからと、作左衛門は座敷に上がるようにとすすめた。「近くまで来たので、ちょっと寄ってみただけですから」さちは鄭重に断った。「作治が亡くっても、親戚の縁が切れたわけではあるまい」「ええ」寿美のことをどう切り出そうかと、さちは思案をめぐらしていた。「寿美ちゃんは、元気かい?」作左衛門の方から寿美の名を口にした。「実は、ひょっとして、寿美がこちらを訪ねたのではないかと」「寿美ちゃんが?」作左衛門が驚いて聞き返した。「見えてはいないんですね」「見えてはいないよ。寿美ちゃんが、どうかしたの?」「いえ、べつに、もしやと思いまして」 さちは取り繕うと、話題を変えた。「そう言えば、兄(あに)さんのところの男のお子さん、たしか、寿美より五か六つ上でしたね」「息子は病弱で二年前に亡くなったんだ」「まあ、ちっとも知りませんで」さちはお悔やみの言葉をかける。「子に先立たれることほど、辛いことはないよ」作左衛門が老けて見えたのは、ひとり息子を亡くしたせいだった。「兄さん、まだ寄るところがありますので、義姉さんにはよろしくお伝えください」作左衛門の話がまた寿美に及ぶのを恐れ、さちは早々に浅野屋を去った。寿美は、やはり、作治の実家には来ていなかった。夕陽を背に受け、さちは重い足を引きずるようにして永代橋を渡り、先日訪れたばかりの御船手の八丁堀組屋敷へと向かった。この時刻だと御船蔵でのお役目を終えた坂上進之助が帰る頃かもしれないと、さちは組屋敷の前に立っていた。しばらく待ってみたが、侍たちが組屋敷へ戻ってくる気配がなく、敷地内は静まり返っていた。天秤棒を担いだ豆腐売りが、路地の方から出てきた。「お侍さんがたの、お姿が見えませんが、ご帰宅はまだでしょうか?」さちは、それとなく尋ねた。「そりゃあ、そうだよ。お台場に、皆、お出掛けだ」「お台場に?」「ああ、そうだよ。三日ほど前から品川のお台場に、砲台の修築工事に行って、皆、留守らしいですぜ」豆腐桶の中にはまだ売れ残っている豆腐があり、豆腐売りは下駄の音を響かせながら路地を出ていった。寿美はここには来ていないのだ。さちはそう自分に言い聞かせると、小舟町界わいの船宿や旅人宿などを廻り、寿美らしき娘が泊まっていないかと聞きまわったが、寿美を見つけることはできなかった。その夜、さちは小舟町の木更津河岸に近い上総屋に宿をとり、小田原宿の料理屋花月にいる佐助に文を書いた。(つづく)
2023年01月28日

フライパンに、牛肉、ねぎ、木綿豆腐、春菊を入れて調味料を加えるだけ。一人だけの「すき焼き」を楽しむことができます。お一人さま すき焼き牛肉切り落とし 100gねぎ 1本春菊 2房木綿豆腐 1/2丁卵 1個【調味料】酒 大さじ4~5 醤油 大さじ2 砂糖 大さじ1.51.ねぎは2cmの長さに切り、豆腐は1cmの厚さに切る。春菊は葉をつまんで千切る。2.小さめのフライパンに、ねぎを立てて、豆腐、牛肉を入れ、【調味料】を回し入る。3.弱めの中火で8~9分ほど煮る。肉は上下を返して火を通す。4.ねぎが柔らかくなったら、春菊を加えて軽く火を通せば完成。溶き卵をつけて食べる。※ねぎは立てて入れると味がしみやすくなります。ブログ連載 長編時代小説 密かごと第2章 御船手組4.船手同心 坂上進之助どんな顔で坂上進之助を迎えればよいのだ。さちは気持を鎮めようとすればするほど、心の中にくすぶっていたものが噴き出してくる。寿美の位牌に手を合わせていると、高ぶっていた気持も少し落ち着いてきた。「佳乃、今夜は、お前、御座敷に出なくてもよいから」「あら、おばばさん、大事な御船手の方でしょう?」「そうだよ」「それなら、わたしも顔を出した方がよいのでは」若女将になることを嫌っていた佳乃も近ごろは、さちの仕事を進んで手伝うようになっていた。せっかくのやる気を削いではいけない。部屋に閉じこめておくわけにもいかないと、さちは覚悟を決めた。佳乃は自分から座敷を整え、仲居たちと一緒に料理を運びはじめた。船持惣代とともに、御船手同心となった坂上進之助が、若い同心見習を連れて現れた。坂上進之助は恰幅がよくなったが、男ぶりは昔と変わらなかった。「厄介になるぞ!」さちに言葉を掛けた。御船手同心としての威厳も備わっていた。座敷に上がると、人を探すような目をして見回している。料理を運んできた佳乃を見て、「あっ、寿美さん!」坂上進之助が叫んだ。「あたし、佳乃です」「寿美さんは?」佳乃が答える前に、さちが言った。「寿美は亡くなりました」さちはそう言うと、佳乃に座敷から出て行くようにと目くばせをする。「寿美さんが亡くなった! いつです?」進之助は驚いて聞き返した。「十七年前です」さちが乾いた声で言った。「亡くなったのか、それで、いまの娘は?」「あの子は、親戚の娘でございます」「寿美さんに似ているなあ!」「寿美の顔を覚えておいでですか?」さちの尖った言い方に、進之助は黙ってしまう。そのあとの進之助は口数が少なく、表情も冴えなかった。宴席を盛り上げていたのは若い同心見習だった。進之助は好きな酒もあまり飲まず、宴席は早めに終わってしまった。「先に戻ってくれ!」進之助は水主同心見習を先に船宿に帰した。船持惣代にも梅乃井にしばらくいるからと帰してしまった。進之助は、さちの前に座ると頭を下げた。「寿美さんの位牌を拝ませてください」さちは無言で居間の仏壇に進之助を案内する。進之助は居心地の悪さを振り切るように、寿美の位牌に向かって手を合わせていた。「ところで、先程の佳乃と申した娘は?」進之助は、やはり佳乃のことが気になるようだった。「ですから、親戚の娘でございます」「本当に、親戚の娘ごか?」「左様でございます」「寿美さんに、そっくりだな」「そうでございますか」さちは冷ややかに答える。客として迎えた坂上進之助への精一杯の抵抗だった。その夜の客がすべて帰ると、佳乃は待っていたようにやって来た。「おばばさん、あの御船手のお侍さんは」「いいから、ここに、お座り!」さちは佳乃の言葉をさえぎり、寿美のことを話す時がきたと重い口を開きはじめる。「お前も、すぐ十七になることだし、おっかさんのことはきちんと話をしておこうと思うんだ」さちは、寿美と坂上進之助との出会いと別れを感情を交えずに淡々と語った。「おっかさんは、捨てられたってこと?」さちは硬い表情のまま軽く頷いた。そして、坂上進之助に妻がいたこと、その妻には子が生まれようとしていたことも話した。「おっかさん、かわいそう!」先ほど会ったばかりの坂上進之助の顔を思い浮かべ、佳乃は怒りをあらわにする。「それで、おっかさん、どうなったの?」「家を飛び出してしまった」「家出をしたの?」「ああ、江戸へ行ってしまったんだ」「どうして?」「おばばさんが、いけなかったんだ」さちは、寿美の家出は自分にも責任があると思っている。亭主作治は頼りにならず、さちは働くために寿美の面倒は人任せにしてきた。寿美は子どもの頃から忙しい母に甘えてはいけないと、さちに助けを求めたり、悩みを打ち明けたりすることがなかった。自分の母親を離れたところから見ているような子だった。さちも忙しさにかまけて、娘の気持を思いやる余裕がなかった。気がつくと寿美は無口な娘になっていた。男に裏切られ、悲嘆にくれる娘に、お前は男に騙されていたのだと、さちは酷いことを言ってしまった。寿美は慰めてほしいときに、身持ちの悪さを責め立てられ、母から見捨てられたと思ったのだ。「それで、おっかさんは江戸の御船手の組屋敷へ行ったの?」ところが、寿美は坂上進之助を訪ねるようなことはしなかったのだ。「じゃあ、どこに、おっかさんは、江戸のどこへ行ったの?」佳乃の畳みかけるような問いに、さちは寿美のその後の出来事を話しはじめた。(つづく)
2023年01月26日

この冬は寒さが厳しく、鍋物の出番が多くなります。定番のおでんダネに加えて、今回は里芋とお餅を入れてみました。おでんの美味しい煮方は、沸騰させないでコトコト弱火で煮ること。だし汁に、大根、こんにゃく、茹で玉子を先に入れて、ゆっくりと煮ます。練り物は食べる寸前に加え、あまり煮込まずに、味を含ませるようにします。ブログ連載 長編時代小説 密かごと第2章 御船手組3.寿美の恋北組船持惣代の伊勢屋九兵衛から今夜の接待客の名を聞かされたとき、さちは居ても立っても居られず、板場と座敷を行ったり来たりしていた。<坂上進之助がやって来る!>恐れていた日が遂にきたのだ。坂上進之助、その名を口にするだけで怒りが込み上げてくる。歳月は悲しみを取り去ってはくれなかった。さちは気がつくと寿美の位牌の前に座っていた。 * * * * あの日は海が荒れて、坂上進之助は安房へ向かうことができず、木更津に足止めされていた。さちは夕刻になって寿美の姿が見えないことに気づいた。何も言わずに出掛けるような娘ではない。「およねさん、寿美の行き先を聞いていない?」 子どもの頃から寿美の面倒を見てくれている仲居頭のおよねも知らなかった。「どこへ行ったのかしら?」「おかみさん、そう言えば」およねが何か気づいたようだった。「どうしたの?」「船宿千鳥の手代が、お嬢さんに付け文らしいものを渡しているのを、板場の若い者が見たそうです」「千鳥の手代が付け文を?」「いえ、付け文かどうかはわかりませんが」およねは慌てて打ち消したが、さちは嫌な胸騒ぎがした。それから小半時(30分)ほどして、裏木戸が開く音がした。入ってきた寿美を見て、さちは愕然とする。「寿美、お前!」髪が乱れ、慌てて身繕いしたのか、胸元がだらし無くはだけている。男に襲われたとしか思えぬ風体だった。寿美の手を取ると、さちは店の者に気づかれないように居間へ連れていく。「何があったのか、おっかさんにきちんと話しなさい!」寿美は下を向いたまま黙っている。「付け文は、誰からもらったの?」寿美は答えない。「おっかさんの顔を、ちゃんと見て、答えなさい!」寿美は体をぴくりとさせたが、それでも貝のように口を閉ざしている。「いいから、さあ、話してごらん!」さちが諭すように言うと、「御船手の坂上進之助様です」寿美は蚊の鳴くような声で答えた。「まあ! なんてことに・・・」さちが一番恐れていたことだ。御船手が見えるときは、寿美をなるべく近づけないように気を使ってきたつもりだった。寿美は母に打ち明け、気持が少し楽になったのか話しはじめた。坂上進之助と初めて出会った夜のこと、文で呼び出されたこと、安房行きの船が滞り、船宿に誘われたことなどを打ち明けた。「おっかさん、あたし、後悔していません!」寿美が急に大人びた顔をみせる。「後悔していないんだって?」 さちはため息をついた。「進之助様は、優しい人よ!」「会ったばかりで、優しい人かどうか、わかるはずはないだろう」「わかるわ!」そう言うと寿美は横を向いてしまう。その顔は母親をも寄せつけないほどの覚悟を決めた女の顔だった。翌日には風がおさまり、安房行きの船が出ることになった。寿美は北河岸の隅に立って、進之助の乗った船が見えなくなるまで見送っていた。三日後には木更津にまた戻ってくると、進之助は寿美に約束した。だが、三日が経ち、五日が経っても、進之助は戻ってこなかった。それでも安房からの船が北河岸に入ってくると、寿美は船に向かって飛び出していくが、進之助は乗船していない。安房から直接、江戸へ向かう船に乗って帰ってしまったのだろうか。ひと月が経っても進之助からは、文ひとつ届かなかった。普段から口数の少ない寿美が一層、無口になった。部屋に閉じこもり、海原に置き去りにされた海猫のように動かない。ひとり泣いていた。さちは悲しみにうちひしがれる娘を放って置けなかった。坂上進之助と会ってもどうなるものではない。娘の恋が叶わぬものであることもわかっている。ほんの遊び心から娘に手をつけたのかもしれない。それならそれでもいい。だが、娘に戻ってくるなどと甘言を囁き、約束したことの始末だけはつけてほしかった。さちは思い悩んだ末に、江戸の坂上進之助を訪ねることにした。江戸橋の木更津河岸で船を下りると、霊岸島八丁堀の御船手組屋敷に向かった。屋敷内を分けるように一本の道が走っている。片側には同心の住む小屋敷が並び、反対側は同心見習が暮らす長屋になっていた。さちは道端に立って、しばらく中の様子をうかがっていると、小屋敷の方から三十前後の女が出てきた。「あの、少々、お尋ね致しますが」さちが駆け寄ると、「何でしょう?」女は怪訝な顔をして、さちを見る。「こちらに、坂上進之助様というお方は、お住まいでございましょうか」「坂上様ですか?」「同心見習の坂上様です」女は小屋敷に住む、同心の妻のようだった。「坂上様でしたら、いま、お取り込み中でございますよ」「お取り込み中といいますと?」「奥方のお登勢様に、初めてのお子が、いまにも生まれそうなのでございます」「お子さまが!」さちの顔から血の気が引いた。「どうか、なさいましたか?」「いえ、べつに」平静さを装ったが、動揺を隠すことはできなかった。「坂上様を、お呼びして参りましょうか」同心の妻が長屋の方向に行きかける。「いえ、結構でございます」さちは慌てて引き留めると、礼もそこそこに逃げるように組屋敷を出た。<坂上進之助には妻がいたのだ!>いまにも子が産まれそうだとは・・・何ということだ。男の真意をただすまでもない。寿美は遊ばれただけなのだ。坂上進之助の厚顔無恥にも程がある。寿美の軽はずみな行動にも腹立たしさを覚え、持って行く場のない怒りを胸に抱え、さちは帰路の船に乗った。(つづく)
2023年01月24日

肉だんごには、豚ひき肉、生椎茸に、長ねぎと生姜のみじん切りを入れました。春雨と白菜を加えると、肉だんごの旨味がしみ込んだ鍋物になります。肉だんご鍋【肉ダネ】豚ひき肉 200g 塩 少々 こしょう 少々 醤油 小さじ2 卵 1個 パン粉 大さじ3 生椎茸 4枚(みじん切り) ねぎ 10cm(みじん切り) 生姜 10g(みじん切り)春雨 40g白菜 1/8個ねぎ 10cmサラダ油 小さじ2塩 少々【スープ】顆粒チキンスープの素 大さじ1 水 カップ3 酒 大さじ2 薄口醤油 小さじ11.ボウルに【肉ダネ】の材料を入れて練り混ぜ、6等分にし、肉だんごをつくる。2.春雨は熱湯で茹でて水洗いし、食べやすい長さに切る。白菜は長さ5cmに、ねぎは斜め薄切りにする。3.フライパンにサラダ油を熱し、肉だんごを入れ、転がしながら焼き色がつくまで焼く。4.鍋に白菜を入れ、肉だんごをのせ、【スープ】を加えて強火にかける。煮立ったら弱めの中火にし、フタをして15分ほど煮る。春雨、ねぎを加えてさらに5分ほど煮る。※肉だんごは焼き色つけてから鍋物に入れるのがポイントです。ブログ連載 長編時代小説 密かごと第2章 御船手組2.定湊廻り御船手組頭、向井将監の「む」の字を染め抜いた軍旗をはためかせ、八丁櫓の小早船が木更津浦へと入ってきた。その船上に坂上進之助が仁王像のように立っている。十六年ぶりに訪れた木更津は、家並が増えて人の動きも活溌で活気に溢れていた。かっては御船手同心見習だった進之助も、いまは同心に出世し、若い同心見習を従えている。鼻筋の通った男ぶりのよさは変わっていない。今度の廻船調べが廻ってきたとき、進之助は一瞬、躊躇した。誰かに替わってもらおうかと思ったが、いまとなっては逃げ隠れすることもあるまいと、覚悟半分、開き直り半分の気持ちだった。このお役目は楽な部類に入るもので、廻船調べといっても慣例的なもので、お調べが終われば、廻船問屋からの酒と女の持て成しが待っている。こんなおいしい仕事を辞退すれば、喜んで替わってくれる者はいくらでもいる。そうしなかったのは、いま一度たずねてみたいと思うことがあったからだ。 * * * * いまから十六年前のことだった。御船手同心の岩田忠常と同心見習の坂上進之助は、木更津船の北組と南組の惣代から、船の艘数や廻船の状況を聞いたあと、梅乃井で接待を受けることになった。進之助は料理にはあまり手を付けず、酒ばかり飲んでいた。酔いがまわた頃、女将さちが娘の寿美を伴って現れた。自分の後を継ぐ若女将だと言って娘を紹介した。濡れたような黒眼をした娘で、進之助は娘の美しさに心を奪われ、じっと見つめていた。寿美は自分に向けられる熱い視線が恥ずかしいのか、顔を火照(ほて)らせ、その初々しさがたまらず、進之助は娘と話す機会を狙っていた。進之助が厠(かわや)へ行こうと座敷を出たとき、襖の外に寿美がいた。「厠はどちらかな?」進之助が尋ねると、「階下の廊下のはずれでございます」寿美はどきまぎしながら答えた。進之助が厠を出て手水(ちょうず)をすませると、寿美が手拭いをそっと差し出した。「寿美殿と申したな」「は、はい」突然、名を呼ばれて寿美は頬を染めた。「明日は、富津の船見番所へ行くが、帰りに木更津にまた寄ることになった」「また、おいで下さるのでございますか」進之助は頷くと、寿美の顔をちらりと見た。「そのとき、会ってはくれぬか?」「はっ?」寿美は驚いて聞き返した。「迷惑か?」進之助の不意の言葉に寿美はどぎまぎする。「そなたと、また会いたいと思ったのだ」初めて聞く男の甘言に寿美はうろたえている。「驚くことではないだろう」「いえ」寿美は耳元まで赤く染めていた。「そうか、それでは戻ったら使いの者を寄こす・・・」その強引さに寿美は思わず頷いていた。進之助は何事もなかったように座敷に戻った。坂上進之助は富津の船見番所から戻ると、御船手が定宿にしている船宿千鳥の手代に、梅乃井の寿美に直接文を渡し、返事をもらってくるようにと頼んだ。寿美からの文は、明日、昼八つ半(午後3時)に八剣(やつるぎ)八幡神社の境内で、お待ちしますとあった。八剣八幡神社は、浜通りの千鳥からも本通りの梅乃井からも近い。八つ半を過ぎれば、境内の人影も少なく、ひと目につくことはないと、娘の気持の高ぶりが文面からも読みとれた。坂上進之助は境内の銀杏(いちょう)の木に寄りかかるようにして立っていた。寿美は進之助の姿を見ると駆け寄ってきた。「ちょっと、手間取って」母親のさちに気づかれないように抜け出してきたのだ。進之助は小半時(30分)も前から来ている。女に対しては忠実(まめ)な性格だった。社(やしろ)の階段に腰を下ろすと、懐から懐紙を取り出して敷き、「さあ、ここに、お座り!」緊張で体を強張らせる寿美を自分の隣りに座らせた。「富津へ行っている間は、そなたのことばかりを考えていた」まだ二度しか会っていないというのに、進之助は歯の浮くような言葉を並べる。寿美は嬉しさと恥ずかしさで俯いたままだった。「実は、また、安房の方へ行くことになった」「まあ、富津から、お戻りになったばかりなのに」寿美がちょっと残念そうな顔をすると、「英国の船が安房沖に来ていると富津で聞き、安房の船見番所へ確かめに行くことになったのだ」幕府は、御船手に外海の動きに監視の目を光らせるように命じていた。同心の岩田忠常は小早船で一足先に江戸へ帰り、進之助は木更津船に乗って安房へ行くことになった。安房へ向かう船は、江戸へ向かうほど便は頻繁にない。「安房行きの船が出るまで、また会ってくれるな」進之助の手が寿美の肩に触れると、寿美はその手を握り返していた。(つづく)
2023年01月21日

お正月の干し柿が残っていたので、大根と人参と一緒に酢の物に。干し柿が入ると酸味を抑えてくれるのでまろやかになります。干し柿入り紅白なます大根 3cmの輪切り人参 1/4本干し柿(小) 3個塩 小さじ1/2【合わせ酢】塩 少々 砂糖 大さじ2 酢 大さじ41.大根と人参は長さ3~4cmに切って皮をむき、縦に細切りにする。干し柿はヘタと種を取り、細切りにする。 2.ボールに大根と人参を入れ、塩を振って軽く混ぜ、10分ほどおく。しんなりしたら水洗いし、水気を絞る。3.ボールに【合わせ酢】を入れて混ぜ、干し柿、大根、人参を加えてあえる。※大根と人参は干し柿に合わせて、少し太めの棒状に切りました。。ブログ連載 長編時代小説 密かごと第2章 御船手組1.将軍鷹狩り東の空が明るみはじめると、江戸の永代橋を渡る人の足どりが一段と速くなった。天秤棒を担いで野菜を売りに行く人、仕事先に向かう人たちが、列を成して通り過ぎていく。いつもながらの朝の光景だった。御船手同心の坂上進之助は、霊岸島八丁堀の組屋敷を出ると大川沿いの御船蔵へと向かう。将軍家慶(いえよし)公の鷹狩りの日だった。軍事指南が目的だった行事もいまや遊興行事の一つとなっていた。御船蔵前では将軍の御座船を召し出す支度が始まっている。足軽や人足たちが土手の傾斜に、転(ころ)という堅く丸い棒を敷き詰めていた。大川には御座船の引き船として、紀州からやって来た八丁櫓の鯨船が二艘待機している。坂上進之助は鯨船の舷側に描かれた鳳凰をちらっと見て、恐る恐る御船蔵へと入っていった。「坂上! 遅いではないか!」与力の菊地弥太郎から叱責された。「申し訳ございません。出しなに妻が・・・」「お登勢さんが、どうなされた?」菊地弥太郎は、坂上進之助と同じ組屋敷に住んでいる。進之助の妻お登勢とも顔なじみだった。「胸が苦しいと言い出し、あたふたしてしまいました」「大事ないか?」「幸い、痛みはすぐに治まりましたので」「そうか、そういえば、そなたの出立は今日であったな」「はあ」坂上進之助は上様が御座船に御召し後に、廻船の御調べのために上総へ向かうことになっていた。「お登勢さん、大丈夫か?」「ご懸念には及びません」進之助は平静をよそおっているが、妻お登勢は気うつを病んでいた。二人の息子を流行病(はやりやまい)で続けて亡くし、自分の里から養子として迎えた藤次郎が、進之助に馴染まぬことを悩んでいる。「将監さまがお見えだぞ!」菊地弥太郎が進之助を肩を叩く。縞の半纏(はんてん)に浅黄の股引という野装束の御船手組頭九代目、向井将監正通が現れる。上様の鷹狩りの御供を仰せつかっている与力の菊地弥太郎が進み出た。「御座船の御着水の支度は整うております」「うむ、一石橋に五つ時(午前8時)、上様をお乗せするときは、くれぐれも遺漏なきように」「はっ、心得ております」「還御(かんぎょ)の刻限は、遅くとも点灯ころまでに辰の口ぞ!」「承知仕り!」大川御成の道筋は大目付よりすでに御達しを受けている。菊地弥太郎は向井将監に一礼すると、御座船御着水の合図に走る。その後を進之助が追う。将軍の鷹狩りには『大川御座船』と呼ばれる御船が使われている。「さあ、行くぞ!」御船蔵に与力の菊地弥太郎の声が響く。御船蔵の外にいた人足たちが呼ばれ、漕ぎ手の男たちも加わり、総出で御座船を取り囲む。御座船に乗り込んだ菊地弥太郎が舳先の右側の先頭に立ち、坂上進之助は左側の先頭に立った。「左右等分に分かれろ!」菊地弥太郎の言葉に、40ほどの漕ぎ手が右と左に等分に分かれる。「よいか!」菊地弥太郎の合図で人足たちが一斉に御座船を押すと、御座船は転の上を滑り落ち、大川に突っ込み、水しぶきが花火のように飛び散った。それを待っていたように、二艘の鯨船から縄が投げられた。御座船の菊地弥太郎が二本の縄を舳先にしっかりと括りつける。「よいぞ、進め!」菊地弥太郎の合図を受け、二艘の鯨船の漕ぎ手たちが一斉に櫓を入れた。川面は朝日を受け、きらきらと鱗のように光っている。御座船は鯨船に曳行され、永代橋をくぐり、日本橋川へと入っていく。一石橋の手前まで来ると、御鳥見組の乗った御先船や上様の御乗船をお助けする平田船(ひらたぶね)も待っていた。菊地弥太郎は御座船から下りると、小船に乗ってきた配下の者たちに、平田船を船着場と御座船の間に置くように命じ、上様の御乗船に差障りがないように御船を押さえておくようにと言い渡す。上様が無事に『大川御座船』に御乗船すると、若年寄と御側衆が続いて乗り込み、最後に御船手組頭の向井将監正通が同乗した。御座船の後には、御膳番小納戸の船と御菓子船がお供をする。向井将監が大きく手を振り、鯨船に出立を促すと『大川御座船』は二艘の鯨船に引かれて日本橋川を下り、大川上流の御鷹野である三河島村をめざしていった。坂上進之助は『大川御座船』を見送り、御船蔵裏の組屋敷に取って返した。妻お登勢は床を出て、進之助の旅支度を調えていた。「起きておって、大丈夫か?」「胸の痛みもやわらぎ、いまは落ち着いております」「そうか」進之助は旅支度の風呂敷包みを引き寄せると、養子の藤次郎の姿が見えないことに気づく。「藤次郎はどうした?」「先ほどまで、縁側に座っていたのですが、上様の御座船を見てくると」「何だと?」「御船手を継ぐのが嫌だと言いながら、上様の御座船を見に行くのか」「まだ、十四の子どもですから」「お前が甘やかすからだ!」「すみませぬ。留守の間、よく言って聞かせますから」お登勢がまた苦しそうな顔をした。「大丈夫か?」「はい、どうぞ、心おきなく、お勤めをなされませ」お登勢は玄関先まで見送ってくれた。「御用が済み次第、戻る」進之助はそう言い置いて、霊岸島の御船番所で待つ水主たちのもとへ向かった。(つづく)
2023年01月19日

かぶは1束買うと余ってしまうことがあります。甘酢漬けにすると千枚漬け風になり、サラダ感覚で食べられます。かぶの甘酢漬けかぶ 4個塩 小さじ2【合わせ酢】米酢 大さじ 4 きびなご 大さじ2 赤唐辛子 少々(小口切り) 昆布 5cm1.かぶは表面をきれいに洗い、皮つきのまま5mmの厚さに切る。2.ボウルにかぶを入れ、塩を加えてよく混ぜ合わせる。3.かぶの水気を軽く絞り、保存用のポリ袋に入れ、【合わせ酢】を加えて混ぜ合わせる。4.冷蔵庫で一晩おき、食べるときに汁気を軽く絞る。※かぶに塩をよくすり込むと早く漬かります。ブログ連載 長編時代小説 密かごと第1章 料理茶屋【梅乃井】6.結婚式佳乃は幼馴染みのお美代の花嫁衣装を見てきて興奮していた。「おばばさん、浜野屋の特別誂えだそうよ」「そうだろうよ、お美代ちゃんの嫁ぎ先は、何てったって、呉服屋なんだからね」お美代が結婚する相手は、南片町の本通りの呉服屋で、浜野屋伊兵衛の跡取り息子惣兵衛だった。浜野屋の初代は古着の行商人で、店売りで成功したのが二代目の伊兵衛だった。惣兵衛はその三代目に当たる。浜野屋は木更津でも一二を争う大店だった。お美代は、浜野屋の筋向かいにある乾物屋山瀬の娘で、両家は縁戚関係にあった。何やかや言っても佳乃も年頃の娘だ、お美代の花嫁衣装を見てきて思うところがあるのだろう。急に無口になった。「お前のときには、おばばさんが気張ってやるからね」さちが言葉をかけると、「あたしは、まだよ!」「まだまだと言ってると、取り返しのつかないことになってしまうよ」「取り返しのつかないことって?」いつもの佳乃に戻っていた。「それはそうと、伊兵衛さんから聞いた話では、梅乃井で祝言を上げるのは、お美代ちゃんの希望だそうだね」「ええ、そうよ」「お前が、うちで上げるように頼んだのかい?」「頼んだわけじゃないけど、梅乃井で祝言をあげたらって言ったの」「おや、お前がそんなことを言ったのかい」「だって、お美代ちゃんも惣ちゃんも、子どもの頃からの友だちだから、二人の祝言は、梅乃井であげてほしかったの」「お前も、いつのまにか、若女将らしくなって」「あら、そんなつもりは・・・」 佳乃はむきになって打ち消すが、梅乃井の若女将になる覚悟がついてきたようだと、さちは笑みを浮かべた。その日は、惣兵衛とお美代を祝福するような春の陽光がまばゆい結婚日和だった。梅乃井は朝から大忙しで、さちは帳場と板場を行ったり来たりしている。「真吉さん、手抜かりはないようにね」「でぇじょうぶです」木更津での婚礼料理は真吉にとって初仕事だった。江戸から持参した清蔵親方の献立は、しっかり頭に叩き込んである。揚物は親方直伝で、魚のすり身を油で揚げる上方風の天麩羅だった。煮方の清三には供する寸前に揚げるようにと指示してある。焼方の藤助は鯛の焼きに入っていた。神社での御祓いをすませ、新郎新婦が現れると婚礼の宴がはじまった。白粉を塗られたお美代の顔は別人のようだった。佳乃は話しかけるのも憚られ、手伝いの女たちに交じって膳を運んでいた。冗談ばかり言っている花婿の惣兵衛も、この日ばかりは口を真一文字に結んで座っている。列席している人たちのほとんどは縁者だった。三三九度が滞りなく終わると、祝の言葉が飛び交い、酒が振る舞われ、宴たけなわとなった。そのとき、花婿の近くに座っていた男が、突然、立ち上がり、「おい!」花婿の父の浜野屋伊兵衛に向かって叫んだ。談笑していた人たちが一瞬シーンとなった。「俺はこのままでは、引き下がらねえぞ、いいか!」男は早くも酔いがまわったのか、足もとがふらふらしている。「左衛門、場所をわきまえろ!」伊兵衛が怒鳴り返した相手は、弟の左衛門だった。「うるせえ! なにが、場所をわきまえろだ!」左衛門は普段は温和しい性格だが、酒が入ると人柄が一変し、日頃から思っていることを口走ることがある。酒癖が悪いことは、親戚の間でも知られていた。「おめえ、悴(せがれ)の目出度い席に、泥をぶっかける気か?」伊兵衛は立ち上がると、弟の左衛門の胸ぐらを取った。「何をすんだよ!」払い除けようとした左衛門の手が、兄伊兵衛の顔を打った。「この野郎!」あわや、兄弟喧嘩になろうしたとき、親戚のひとりが二人を引き離すと、「親戚の皆さんが集まってるから、いい機会(きけえ)だと思ったんだ」左衛門は酒の臭いをさせながら肩で息をしている。親戚の人たちは、左衛門の言いたいことは分かっていた。分家した左衛門は、同じ南片町の本通りで古物商をしている。商いが大きくならないのは父親の死後、兄伊兵衛が財産を分けてくれないからだと恨んでいた。財産は分家するときに、父親から分けてもらっており、商いがうまくいかないのは、左衛門に商才がないからだと伊兵衛は突っぱねてきた。左衛門は、伊兵衛の長男の惣兵衛が三代目になれば、自分の言い分は通らなくなると思い、親戚の人たちが集まる婚礼の席を狙って文句をつけたのだ。「もういいから、とっと消えろ!」伊兵衛は腹の虫が治まらず、弟左衛門の首根っこをつかむと、有無を言わせずに外に連れ出していった。仲人役をつとめていた親戚の一人が、座を盛り上げようと酌をして廻るが、白けてしまった座は元には戻らなかった。お美代はいまにも泣きそうな顔をしている。花婿の惣兵衛も俯いたままだった。参列していた人たちは料理を食べ終えると、皆、そそくさと帰っていった。「おばばさん、お美代ちゃんが可哀想だわ!」佳乃は膳の後片づけをしながら憤慨している。「そうだね、とんだことになってしまって」さちは先を急ぐように帰って行った人たちのことを考えていた。料理をゆっくり味わってもらえなかったことが残念だった。「あの古物商の叔父さんが、いけないのよ」「佳乃、口を慎みなさい!」さちが厳しい調子で叱った。「あら、どうして?」「お客さまのことは、あれこれ言ってはいけません!」「だって、お美代ちゃんは友だちよ!」「友だちだろうと、何だろうと、お客様は、お客様ですよ」この機会に客商売としての心構えを佳乃に話しておこうと思った。「この商売は、お見えになったお客様を誹謗中傷するような事は、決して口にしてはいけません。それと、店のなかで見聞きしたことは、絶対に口外しないことです」「わかってるわ!」「軽々しく、人に話すんじゃないよ」「わたし、それほど、お喋りじゃないわ」佳乃は口を尖らせた。「なにかの拍子で、お客様同士が争うようなことになっても、どちらかに味方してはいけませんよ」「一方の人の方が正しいと思っても?」「そうだよ。どちらか一方に与(くみ)してはいけないということを、よく覚えておくんだよ」さちの言葉に、佳乃は黙って頷いていた。(つづく)
2023年01月17日

どこのご家庭にもある玉ねぎと玉子を使った煮物です。味つけは薄口醤油にするときれいに仕上がります。貝割れが入ると味がしまって美味しいです。玉ねぎと玉子の煮物玉ねぎ 1/2個(薄切り)卵 1個貝割れ 適宜【調味料】水 大さじ1 顆粒だしの素 小さじ1 薄口醤油 大さじ11.鍋に【調味料】を入れて火にかけ、玉ねぎを入れて煮る。2.玉ねぎに火が通ったら、割りほぐした玉子を回し入れ、貝割れを加えるだけ。※貝割れを入れたら、さっとかき回して火を止めます。ブログ連載 長編時代小説 密かごと第1章 料理茶屋【梅乃井】5.薪炭商(しんたんしょう)「佳乃、ちょいと、出掛けてくるよ」「あら、おばばさんどこへ?」「江尻屋さんまで」「炭屋さんの?」「ああ、そうだよ、江尻屋仁平衛さんのところに行ってくるからね」さちは、先日の御船手同心と船持惣代の席で、仁平衛がひどく落ち込んでいたことが気になっていた。宴席で何があったのかはわからないが、仁平衛は梅乃井にとっては大事な客だった。また気分よく来てもらうためにも、ご機嫌伺いをしておこうと思った。真吉が梭子魚(かます)を梅酢に漬け、干物をつくってくれたので、それを手土産に持って行くことにした。黒鯛に梅醤油を使って以来、真吉は梅乃井らしい料理を工夫してくれている。佳乃がさりげなく後を付いてくる。「行ってらっしゃい!」どういう風の吹きまわしか、玄関先まで見送ってくれた。陽射しはまだ高く、海風も弱い。少し歩いただけでも汗が吹き出てくる。さちは思い立って、南片町の弁天様に御参りしていくことにした。勇気と子孫を与えてくれる弁天様は、さちにとって守り神のようなものだった。悲しいときや辛いとき、救いをもとめるように手を合わせてきた。いまから40年前、父九兵衛と母ゆきが、江戸の本所松坂町の店をたたみ、木更津に梅乃井を出したとき、さちは18で霊岸島の酒問屋の次男、作治を婿に迎えた。木更津は両親の故郷だが、江戸生まれのさちには初めての地だった。開店を前に、木更津の名主や船持や商人衆などを招き、お披露目の宴を催した。故郷に戻ったのが余程うれしかったのか、父久兵衛は深酒をし、最後は婿の作治に背負われて床についた。ところが、翌朝になっても父久兵衛は起きてこない。母ゆきが寝床に行くと、父は大いびきをかいて眠っていた。揺すっても叩いても目を開けない。そのまま目を覚ますことなく、父は卒中風(脳溢血)で亡くなった。まるで死ぬために故郷に戻ってきたようなものだった。落胆した母も床に就き、後を追うように亡くなった。夫の作治は板前ではないので父の代わりはできない。梅乃井は開店することなく、休業ということになった。さちは途方に暮れ、ふらふらと村の中を歩き廻っているとき、弁天様を見つけて手を合わせた。手を合わせていると気持が落ち着き、勇気が湧いてくるような気がした。薪炭商の江尻屋は矢那川沿いにあった。上流の丘陵は山谷が多く、耕地が狭い。切り出した雑木(ざつぼく)は矢那川を下って運ばれてくる。いましも、雑木を満載した小舟が数艘下ってくるところだった。岸では男たちが舟の到着を待ち構えている。江尻屋の空き地には、すでに運び込まれた雑木が積み上げられ、そのかたわらでは鋸を引く音が響き、薪が次々とつくられていく。江尻屋仁平衛は、出来上がった薪の束を数えていた。さちに気づくと、手を休めてやってきた。「江戸から急な注文が入り、ご覧の通りの忙しさでな」木の香があたりに漂っている。「商売ご繁盛で、結構でございますね」「忙しいばかりも、つまらねえものよ」「それは、贅沢というものですわ」「そんなこと言ったら、梅乃井には行けねえぞ!」「まあ、どうしましょう」さちは大仰に困った顔をする。江尻屋は仁平衛の父親の代から贔屓にしくれている。「きょうは、こんなものを持って参りました」さちは風呂敷から竹皮の包みを出す。「板さんがつくった、梅風味の梭子魚の干物でございます」「梅風味?」「はい、梭子魚は梅酢に漬けて干すと、日持ちがよく、梅の風味もあって美味しいんですよ」「それは珍しい。早速、晩酌の肴にしよう」 仁平衛はそう言って受け取った。「お忙しいところ、お手間を取らしてしまって」「いやいや、この薪を江戸へ送り出したら、また梅乃井に寄らせてもらうよ」「ぜひ、お待ち申し上げております」仁平衛のいつもと変わらぬ様子に、さちはほっと胸を撫で下ろした。梅乃井はいまでこそ、木更津でも名の知れた料理茶屋だが、ここまで来るには決して平坦な道のりではなかった。父九兵衛と母ゆきを相次いで亡くし、さちは看板を下ろそうかとさえ思った。しかし、開業もせずに休業に追い込まれ、挙げ句の果てに閉店では世間の物笑いになるだけだ。そんなことはできない。故郷に戻って料理茶屋を開くという両親の夢を実現してやりたい。本所松坂町の店に出入りしていた口入屋の十兵衛に頼み、板前を手配してもらった。そのときに来てくれたのが、口入屋になる前の佐助だった。幸いなことに、開業前に招いた人たちが急場を救ってくれた。薪炭商の江尻屋の先代もその一人で、江戸から訪れる客の接待や村の集まりなどに使ってくれたり、船宿に泊まる人たちにも梅乃井を吹聴し、利用するようにと口利きしてくれた。自分を守り立ててくれる人たちの気持に応えようと、さちも踏ん張ってきた。その支えになってくれたのが板前の佐助だった。佐助は人の心を掴むのがうまく、雇い人たちを上手に使いこなし、父の代わりを立派にこなしてくれた。ところが、佐助に従わない者が一人いた。さちの亭主の作治だった。突然、やってきた使用人の佐助から指図されるのが面白くないのか、佐助に注意されると、持っていた鍋の蓋を流し台に叩きつけたりして、自分から板場を遠ざかっていった。江戸の本所松坂町の店に、霊岸島の浅野屋から酒を届けに来ていた作治を父九兵衛が口説いて、さちの婿として迎えた。結婚は木更津へ来るために急ぎ決められたもので、さちが望んだ相手ではなく、御調子者の作治には好感がもてなかった。両親の死をきっかけに、作治とさちの夫婦関係は悪くなるばかりだった。霊岸島の実家へ酒の手配に行くと言っては帰らなくなり、酒はきちんと送られてくるが、江戸滞在が半月になり、一か月となり、やがて一年近くなることもあった。ひょっこりと帰ってくることもあったが、またすぐに出て行ってしまう。まるで鉄砲玉の使いだった。女と暮らしているらしいことはわかっていた。惚れて一緒になったわけではないが、亭主が他の女と暮らしているのは気分のよいものではない。作治が戻ってくると、さちは怨みつらみを並び立てた。そんなことが何度か繰り返えされ、作治の足は木更津から遠退いていった。(つづく)
2023年01月14日

お豆腐入りの茶碗蒸しに缶詰のホタテを入れると美味しくなります。卵液は裏ごしすると滑らかに仕上がり、ノド越しもよいです。豆腐入り茶碗蒸し豆腐 1/2丁ほうれん草 1/4把(塩茹で)ホタテ缶 1缶(95g)卵 2個姫なると 少々【調味料】水 1カップ 酒 小さじ2 醤油 大さじ1 塩 小さじ1/21.豆腐は4等分に切り、ペーパータオルで包んで10分ほど置き、水切りをする。ほうれん草は3cm長さに切り、缶汁とホタテを分けておく。2.ボウルに卵を入れ、白身を切るように溶きほぐす。【調味料】とホタテの汁を加えて卵液をつくり、ザルでこす。3.耐熱用器に、豆腐、ほうれん草、姫なると、ホタテを入れて卵液を注ぎ、アルミ箔でフタをする。4.器を蒸し器に入れ、フタをして2分ほど中火で蒸し、弱火にして17~20分ほど蒸す。卵液に竹串を刺し、透明な汁が出たら完成。※蒸し器の代わりに大きめのフライパンに水を張ってもつくれます。ブログ連載 長編時代小説 密かごと第1章 料理茶屋【梅乃井】4.宴席「急なことで悪(わり)いな」さちは、北組の木更津船惣代の伊勢屋九兵衛から急きょ、宴席を頼まれた。七つ時(午後4時)を過ぎていたが、伊勢屋は梅乃井を贔屓にしてくれる大事な客だった。「何人様でございますか?」「4人だ。御船手と込み入った話があってな」「まあ、御船手の方が、お調べに来られているんですか」幕府水軍の御船手組、向井将監配下の侍が定湊廻りと称し、年に何度か木更津浦を訪れる。木更津船(五代力船)や押送船の艘数、諸国からの廻船の状況などを調べた後は、南北の木更津船惣代たちが持て成すことになっていた。「いや、お調べとは違うんだ」伊勢屋九兵衛は難しい顔をした。「承知しました。4人様のお席を用意して、お待ち申し上げております」梅乃井にとって御船手衆は上客であった。さちは早速、真吉に料理の用意をするようにと指図する。真吉は仲片町の魚店に出向き、残っていた大振りの黒鯛を分けてもらってきた。豆絞りの手拭いをねじり鉢巻きにし、晒しに包んであった庖丁を取り出すと、黒鯛のうろこを落とし、半身におろしてから熱湯をかけ、霜降りにした。「急かせて悪いわね」さちは真吉に言葉をかけ、客を迎える支度をし、料理が出来上がるのを待っていた。「黒鯛は松皮造りにして、梅醤油で食してもらおうかと」「梅醤油?」さちが聞き返すと、清蔵親方が上方の鱧(はも)料理にならって、黒鯛の松皮造りにも梅醤油を使っていたことを思い出し、梅醤油を使ってみることにしたのだという。「黒鯛と梅も相性がよいんです」そう言いながらも手は休めず、裏ごしにかけた梅を酒と醤油でのばしている。「そう、それじゃ、頼みましたよ」真吉に任せることにして板場を離れると、「おばばさん、お客様が・・・」佳乃に呼ばれて玄関に向かった。北組の木更津船惣代の伊勢屋九兵衛が、「御船手同心の菊地様です」と、さちに客を紹介する。「菊地様?」さちの表情が変わった。「菊地弥太郎でござる」四十前後だろうか、立派な体格といい、精悍で気迫に溢れた風貌をしている。さちは動揺を隠すように精一杯の笑顔で迎える。「ようこそ、おいで下さりました」「追っ付け、鶴田屋さんが来るから、来たら通してくれ!」木更津船は北組と南組に分かれている。鶴田屋六右衛門は南組の惣代だった。佳乃は御船手と知って、出来上がった黒鯛の刺身を運ぼうとした。「わたしが運ぶから、お前は下がっていなさい!」さちは佳乃の手から強引に盆を奪い取った。「手伝おうとしているのに・・・」「いいから、さあ、早く、さがって!」さちは佳乃を遠ざけるように追いやった。南組の鶴田屋六右衛門が、薪や炭を商う薪炭商(しんたんしょう)の江尻屋仁平衛を伴って現れた。「わざわざ、ご足労いただき、有難うございます」鶴田屋六右衛門が、御船手組同心の菊地弥太郎に挨拶をした。「たまたま木更津に立ち寄ったところ、話があるというので、帰りを一日延ばしただけだ」菊地弥太郎は、異国船来航に備えて造られた『富津台場』と『竹岡台場』の見廻りを終えた帰りで、南北の木更津船惣代からの申し入れに応じてくれた。「ところで、話というのは何だ?」菊地弥太郎は黒鯛の刺身に箸をつけると口火を切った。「実は、江戸へ向かっていた木更津船が富津沖に流され、座礁したんでございます」北組の伊勢屋九兵衛が話しはじめる。座礁した船は北組の善十郎の持船で、久留里藩の年貢米16俵を積んでいた。久留里藩の居城は上総丘陵のほぼ中央に位置し、藩主は黒田豊前守直静(なおちか)で3万石の大名だった。善十郎は座礁した船の代わりを頼もうとしたが、北組の他の船は修繕中で、南組の木更津船も皆出払っていた。仕方なく、久津間村の五大力船の船持の栄次郎に頼み、木更津浦まで運んでもらった。ところが、栄次郎は積荷をそのまま自分たちの船で江戸まで運ばせてくれと言い出した。「江戸への海渡(かいと)輸送は、幕府から与えられた木更津船だけの特権ではないのか」御船手同心の菊地弥太郎がいった。幕府は大坂冬の陣に貢献した木更津の水主たちに特権として、江戸と木更津間の輸送権を与えていたのだ。久留里藩の積荷は、年貢米と下谷広小路の上屋敷に届ける薪90束と畳表1包のほかに、日本橋の薪炭問屋に届けるよう依頼された薪300束があった。「実は、その薪300束は手前どもが・・・」南片町の薪炭商の江尻屋仁平衛が、北組の善十郎の木更津船に頼んで載せてしまったのだ。木更津船の積荷は争いが起こらぬように、南片町の商人の荷は南組の船、北方町の商人の荷は北組の船が請け負うことになっていた。久津間村の栄次郎は座礁した北組の船に、南組の荷があることを知って、木更津船が北組も南組も関係なく荷を運んでいるのだから、自分たちの五大力船が江戸まで運んでもよいのではないかと揺さぶりをかけてきた。「それで、運ばせたのか?」「いえ、断りました。ちょうど、安房から戻ってきた北組の木更津船が江戸へ向かうことになっていたので、その船に乗せました」「そなたも木更津村の商人、船持仲間の決まりを知らぬわけではないだろう」御船手同心の菊地弥太郎に叱責され、「つい、うっかり、申し訳ございません」薪炭商の江尻屋仁平衛が神妙に頭を下げた。「然らば、何が問題なのだ」「久津間村の近ごろの動きにございます?」「動き?」「久津間村では小櫃川河口に、新たに船留場や荷揚場を整えようとしています」南組の鶴田屋六右衛門が言った。「何故に?」「川舟で木更津浦まで薪を運ぶのは難儀だと言いまして」久留里川(小櫃川)上流から下った川舟は、面倒にも河口で五大力船に荷を積み替え、木更津浦まで運んでもらっている。それを木更津船が江戸まで渡海輸送をしていた。久津間村の栄次郎は荷の積み替えは面倒であり、自分たちが直接、江戸へ運べば手間が省けると、五大力船を増やしたり、河口に船留場や荷揚場を整えようとしていた。「栄次郎は五大力船の新造を木更津村の船大工に頼んできたそうでございます」北組の伊勢屋九兵衛が状況を説明した。「それは川船のご支配下で、お役目違いだ」御船手同心の菊地弥太郎がやんわりとかわし、「いつまでも木更津船の特権にこだわっていると、特権お取り上げということもある。ここは騒ぎ立てずに、そちらで内々で話し合うがよかろう」菊地弥太郎の言葉で久津間村の件は締め括られた。「梅醤油でいただく、黒鯛の松皮造りは如何でございましたか?」さちは、頃合いを見はからって座敷に入った。「ああ、美味しくいただいたよ」御船手の菊地弥太郎は、真吉が品よく仕上げた煮しめも美味そうに食べていた。「あの、菊地様のお父上様のお名前は・・・」さちは聞かずにはいられなっかった。「菊地彦十郎と申すが?」「やはり、そうでございましたか」記憶の底にある男の面影が、さちの脳裏をかすめる。「父を知っているのか?」「はい、以前、お見えになられたことが」「そうか、御船手の同心だった父も見えていたか!」「たしか、向井流の泳ぎの達人でおられましたね」「ほう、よく存じておるな」「こちらにお見えになられたとき、拝見したことがございます」「父は、向井流泳法の指南役だった」「お父上様は、御健勝であられますか」「3年前に、肝の臓を病み、他界した」「左様でございましたか、それは存じ上げず、失礼いたしました」<菊地彦十郎様が亡くなられた!>忘れたはずの、いや忘れることができない彦十郎の面影がさちの胸をよぎった。(つづく)
2023年01月12日

カリフラワーを味噌とバターで味をつけると美味しいです。ホワイト、オレンジ、ロマネスコのカリフラワーを使ってみました。肉料理の付け合わせに、ご飯のおかずにもなります。カリフラワーの味噌バター焼きカリフラワー(3種) パック入り1個サラダ油 大さじ1/2バター 10g【味噌ダレ】酒 大さじ1 みりん 大さじ1/2 味噌 大さじ11.カリフラワーは小房に分ける。2.ボウルに【味噌ダレ】を入れて混ぜ合わせる。3.フライパンにサラダ油を熱し、カリフラワーを入れて焼き色がつくまで中火で焼く。途中、水(大さじ1)を加えてフタをし、4〜5分ほど弱火で蒸す。4.【味噌ダレ】とバターを加え、カリフラワーの水分をとばしながら中火で絡める。※カリフラワーの代わりにブロッコリーでもよいです。ブログ連載 長編時代小説 密かごと第1章 料理茶屋【梅乃井】3.真吉との出会いさちは店の近くに部屋を二つ借りていた。一つは板長用に、もう一つは煮方の清三と焼方の藤助のための部屋だった。昨夜、真吉は板長用の与七の部屋で寝た。無口と聞いていた与七だが、ひと仕事を終えたせいか、よく喋っていた。仕事はいつも真剣勝負だったと言ったので、真吉が剣術使いみたいですねというと、包丁を持った道場破り、いや、料理茶屋廻りというところかなと、与七は帰り支度をしながら笑っていた。朝立ちの船で江戸へ帰る与七を見送り、真吉は梅乃井へ戻ってきた。路地を入り、座敷の縁側前を通ろうとしたとき、急に水を浴びせ掛けられた。「あっ、ごめんなさい!」若い娘が手桶を持って立っていた。「拭くものを持ってきますから」「いや、てえしたことはありません」 真吉は佐助から聞いていた梅乃井の娘だと思った。佳乃が手拭いを持って走っていくのを見て、さちが追いかけてきた。「佳乃、どうしたの?」「桶の水をかけてしまって」さちは、びしょ濡れの真吉を見て驚いた。「新しく来てくれた板さんに、なんてことをするの」「少し濡れただけです」真吉は平静を装っているが、着物はずぶ濡れだった。「ちょっと、待って!」さちは奥の座敷に着替えを取りに行った。佳乃はどうしたらよいかわかず茫然としていると、さちが男物の浴衣を抱えて戻ってきた。「湯殿の水で体を拭いて、これに着替えてください」浴衣は亡くなった亭主、作治のものだった。真吉は言われた通りに湯殿で浴衣に着替えてきた。「佳乃、気持がふらふらしているから、こういうことになるんだよ。真吉さんに、ちゃんと、あやまりなさい!」「ごめんなさい!」佳乃は改めて真吉に頭を下げた。「それを、こちらに」さちが濡れた着物を寄こすように言うと、真吉は自分で洗うからと断った。夕方の仕込みを終え、夜の仕事に入るまで少し間があったので、真吉は勝手口の前に立って夕焼け空を見上げていた。「真吉さん!」振り返ると佳乃が恥ずかしそうな顔をして立っていた。「いま、ちょっと、よろしいですか?」 佳乃は真吉と話す切っ掛けを狙っていた。「なんでしょう?」 真吉の表情は硬かった。「さっきは、ほんとうに、ごめんなさいね」「いいんですよ」借りた浴衣は洗って、さちに返していた。「わたしって、そそっかしいから、いつも、おばばさんに叱られてばかり」佳乃が茶目っぽく笑うと、「そこに腰を掛けましょう」真吉はそばの縁台を指さした。「真吉さん、ご両親を亡くしているんですってね」「へえ」「わたしもよ」「お嬢さんも、ふた親とも?」「ええ」佳乃の淋しそうな横顔に、真吉の表情が変わる。「あっしの、ふた親は火事で死にやした」「まあ、火事で?」「いや、焼死じゃねえんですが・・・」真吉の両親は、文化3年(1806)の江戸大火を知っているため、火事と聞くとすぐに逃げようとした。そのときの火事はたいしたことはなかったが、道は逃げだそうする人たちで溢れ、真吉は両親と一緒に人の波に押され、堀に突き落とされた。両親ともはぐれてしまい、真吉が水の中でもがいると目の前に、長い紐のようなものが垂れてきた。それを必死でつかむと、誰かが勢いよく引き上げてくれた。「それが、清蔵親方だったんですよ」「清蔵親方?」「あっしの、いまの親方で」「そうだったの」「投げてくれた紐は、親方のふんどしでした」「まあ!」「六つだった、あっしを清蔵親方が養ってくれ、井原屋で修業させてくれたんです」「それで、ご両親は?」「溺れ死んで・・・いまは、親方を父親だと思っています」「本当のおとっつぁんでもないのに?」「親方は実の父親以上ですよ」父を知らない佳乃は、実の父親以上といわれても分からなかった。「でも、本当のおとっつぁんのことは覚えているんでしょう?」「六歳のときの記憶しかありませんが・・・」瓦葺きの職人だった父は仕事先から帰ると、決まって真吉を抱き上げてくれた。ひげ面で頬ずりされると、くすぐったかったことをよく覚えている。「いいわねえ!」佳乃が羨ましそうな顔をした。「そんなことしか、思い出せねえんですよ」「わずかでも、おとっつぁんとの思い出があるんだもん」「お嬢さんには?」「おとっつぁんの顔も知らないのよ」「そうでやしたか」「あたし、おっかさんの顔も知らないのよ」「お嬢さんには、女将さんという人がおいでじゃないですか」「おばばさんよ」「血を分けたお人じゃねえですか」「それは、そうだけど」佳乃が不満そうな顔をすると、「それで充分じゃねえですか」真吉はどんぐり目を剥き、怒ったような顔をした。「おばばさんは、口やかましいばっかりで」「有り難えと思わなくちゃ」「あら、どうして?」「女将さんが口やかましいのは、お嬢さんが可愛いからですよ」真吉は親方から叱られたことはあるが、実の父親の叱り方ではなかった。感情を押さえ、どこか遠慮がちだった。「それはわかっているんだけど」祖母に愛されて育ったことは、佳乃も充分わかっている。「お嬢さんがわかっていれば、女将さんには通じていますよ」「そうかしら?」「血の繋がりですよ」両親がいないことを憂いていた佳乃は、真吉の言葉に胸のつかえが少しおりたような気がした。「ここ木更津は、なかなか、いいところですね」真吉も佳乃の身の上を知って親しみを感じていた。「ここは村だけど、町でもあるのよ」「えっ、それはどういうことで?」「海に沿って北片、仲片、南片とある集落を、北片町、仲片町、南片町と言っているの」「それはまたどうして?」「木更津船が、江戸と木更津を頻繁に往来するようになって、いつの間にか江戸にならって、町と呼ぶようになったんですって」「そうでやしたか」「梅乃井は村の真ん中だから、仲片町なのよ」佳乃はちょっと誇らしそうな顔をした。(つづく)
2023年01月10日

ブログ連載の長編時代小説時代は江戸後期の天保年間。当時、江戸の奥座敷といわれた上総木更津の料理茶屋が舞台。母(女将)・娘・孫娘の三代にわたる「密かごと」が明かされていく。第1章 料理茶屋【梅乃井】1.さちと佳乃2.新しい板前3.真吉との出会い4.宴席5.薪炭商6.結婚式第2章 御船手組1.将軍鷹狩り2.定湊廻り3.寿美の恋4.船手同心 坂上進之助5.寿美行方知れず 6.寿美の出産 7.佳乃の父8.父子の対決第3章 板前たち1.親方倒れる2.真吉と清蔵親方3.板前の互助4.真吉、戻る5.佳乃と真吉第4章 跡継ぎ1.養女の依頼2.流れ板3.さちの病気4.祝言二日前5.佳乃の婚礼第5章 幕府水軍1.伊豆船2.御船手衆の行方3.進之助、木更津へ最終章 柘植の櫛さちの告白主な登場人物料理茶屋【梅乃井】の女将 さちさちの娘 寿美 さちの孫娘 佳乃(寿美の娘) さちの父親 久兵衛 さちの母親 ゆき さちの亭主(婿養子) 作治 元板前 いまは板前の口入屋 佐助佐助の女房 きく若い板前 真吉助っ人の板前 通称流れ板 与七佳乃の幼友だち お美代江戸馬喰町の人宿「羽前屋」の女将 ふさ清蔵親方と同じ長屋の住人 お幾北組の木更津船惣代 伊勢屋九兵衛南組の木更津船惣代 鶴田屋六右衛門薪や炭を商う薪炭商 江尻屋仁平衛御船手見習・同心 坂上進之助御船手同心 与力 菊地彦十郎御船手同心 菊地弥太郎(彦十郎の息子)
2023年01月07日

豚肉を蒸し器でつくる吉田勝彦さんのレシピを参考にしました。余分な脂が落ちて、肉がやわらかく、美味しい蒸し豚に仕上がります。一度に食べきれないときは、サラダやラーメンなどにも使えます。蒸し豚豚ロース肉(塊) 250g日本酒 大さじ1【調味料】醤油 大さじ3 酢 大さじ2 ラー油 小さじ1ねぎ 1/2本(せん切り)パクチー 適量1.豚ロース肉に日本酒を振りかけ、蒸し器に入れて強火で10~15分ほど蒸す。2.蒸し上がった豚肉はアルミホイルで包み、余熱で10分蒸らす。3.蒸らしている間に【調味料】を混ぜ合わせてタレをつくる。4.蒸し上がった豚肉は薄い斜め切りにし、皿に盛り付けてタレをかけ、ネギとパクチーを添える。※蒸し上がった豚肉はアルミホイルに包んで余熱で蒸らすのがコツです。ブログ連載 長編時代小説 密かごと第1章 料理茶屋【梅乃井】2.新しい板前 「こちらが、今度来てくれることになった板さんです」口入屋の佐助は挨拶もそこそこに、新しい板前をさちに引き合わせた。「真吉と申しやす」どんぐり眼をした愛嬌のある顔立ちをしている。さちが思っていたより若い板前だった。「江戸では船が大川に出ると、すぐに風待ちとなっちまって」佐助は遅れた言い訳をする。「それは大変でしたね」先ほどまで気を揉んでいたことを、さちはおくびにも出さなかった。江戸と木更津を行き来している佐助には、風待ちや強風の足止めはよくあることだった。佐助が下働きの女が用意した桶で足を洗うと、さちは真吉にも足を洗うように勧める。真吉は肩に掛けていた紺木綿の風呂敷包みを上がり框に置くと、軽く頭を下げてから足を洗い、下働きの女が差し出した手拭いを断り、自分の懐から豆絞りの手拭いを出して足を拭いた。「佐助さん、二階で休んでください!」「へえ、それじゃ、お言葉に甘えて、ちょっくら」佐助は夜船で来たときは、いつもしばらく休ませてもらうことにしている。慣れた調子で二階に上がっていく。「板さんもどうぞ!」「あっしは、結構で」若い真吉は一晩くらい寝なくても平気だった。「浜風に当たってきやす」海で火照った体がまだ熱かった。真吉は浜通りに出ると、小舟の並ぶ仲割に向かった。木更津浦には北割、仲割、南割と三つの船留場(ふなどめば)がある。北割と南割は木更津船が使用し、仲割は漁師たちの小舟が使う船留場となっていた。夜の漁に備え、準備がはじまっている。杭につながれた小舟の上を漁師たちが、網や魚籠(びく)などを抱えて忙しげに行き来している。そのとき、真吉の後ろから竹の束を抱えた老人がやってきた。深い皺が刻まれた顔は漁師のようだ。「お~い!」老人が小舟に向かって呼びかけた。その声を聞いて小舟にいた若い男が舟を下りてくると、老人から竹の束を受け取り、それを舟に積み込んだ。老人をふたまわりほど若くした風貌で二人は父子のようだった。漁に出る指示をしているところだ。その様子を真吉が羨ましそうに見つめている。「気いつけてな!」老人は息子らしい男にひと声かけて引き上げて行こうとする。「あの・・・」真吉は帰ろうとする老人に言葉をかけた。「ふむ?」老人は驚いて立ち止まった。「ちょっと、お尋ねしやすが、竹は何に使うんで?」真吉は竹をどうして漁に持っていくのか気になっていた。「建干網(たてぼしあみ)に使うんだよ」「建干網ですか?」「ああ、それで魚を捕まえるんだ」老人が言うには木更津浦に昔から伝わる独特の漁法だった。日没から浅瀬に竹を立て、網を張って置くと、魚は上げ潮にのって浜に近寄ってくる。だが引き潮になると、魚は沖の方へ逃げようとするので、漁師たちは網を巾着袋(きんちゃくぶくろ)のようにしぼり、魚を追い込むのだと教えてくれた。「そこを、たもですくい上げるだ」「たもといいやすと?」「掬網(すくいあみ)のことだっぺさ」「それで、どんな魚が捕れるんですかい?」「黒鯛とか・・・」「黒鯛が捕れるんですか!」 真吉は目を輝かした。「黒鯛だけじゃねえ、いまは、鱚(きす)、鰺(あじ)、鰈(かれい)、車海老、渡り蟹といったところもかかるっぺさ」そう言い残すと、老人はすたすたと帰っていった。真吉は、江戸の魚河岸で木更津から押送船で運ばれてきた活きた黒鯛を見たことがある。黒鯛は江戸橋の魚納屋(うおのなや)役所の生け簀に入られ、幕府膳所用の魚として買い上げられていた。真吉が梅乃井に戻ると、佐助は少し眠って疲れが取れたのか、さちと話し込んでいた。「真吉さん、湯島天神下の料理茶屋、井原屋さんで修業したんですってね」 さちは、真吉のあらましのことを佐助から聞いた。板長の清蔵親方の子飼いで、腕は親方の折紙付だと言うこともわかった。「おとしは?」「二十二です」「お若いのね」さちの言葉に、佐助がすかさずいった。「真吉さんは、七つの時から親方さんのもとで修業しているんですよ」「まあ、七つから?」「五つのときに火事で、ふた親を亡くしちまって、清蔵親方に育ててもらったんで」真吉がそう答えると、「清蔵親方は若いころに浪花で修業し、江戸ではちょっと名の知れた板前なんですよ」佐助が言葉を添えた。清蔵親方は他の料理茶屋からの誘いも引く手あまただった。どんなに給金を積まれても、目先で動く人ではなかった。律儀で頑固一徹な根っからの職人肌だった。だから自分についてくる子飼いは、とことん面倒をみてきた。真吉は、親方のお墨付きを持ってきた。献立を認(したた)めるように箇条書きで、真吉が厳しい修業に耐え、研さんを積み、一人前の板前になったと書いてある。「達者な字ですね」さちが感心すると、「真吉さんも、字は上手(うめえ)ですよ」 佐助が付け加えた。「いやいや、親方の足もとにも及びません」これからの板前は献立が書けなくてはいけないと、真吉は親方から手習いも仕込まれていた。「そうでしたの、それにしても佐助さんには、いつも助けていただいて有難うございます」「女将さん、礼を言うのはこっちの方だ。それじゃ、与七つぁんのところに行こう!」佐助は、真吉を促すと板場へ向かった。与七は半年前から梅之井で働いている助っ人の板前だった。人と関わりを持つことや一か所に留まることが嫌いで、繋ぎの仕事しかしない。板前が急に辞めたり、病気になったり、面倒を起こしたりしたときに、与七は代わりの板前として働いた。どこの店でも働くのは半年止まりだった。そうした役目がつとまるのは、与七に板前として腕があるからだ。梅乃井でも働いていた彦二という板前が急に辞め、佐助はさちに頼まれて、与七を繋ぎとして送り込んでいた。板場(板場)では夜の仕込みがはじまっていた。「与七つぁん、ご苦労だったな」佐助は、与七に真吉を引き合わせると、「引き継ぎは、しっかり頼むぜ!」と念を押した。「へえ、心得ておりやす」気心の知れた佐助には、無愛想な与七も愛想がよい。「江戸に戻ってくるんだろう?」「そのつもりですが」「だったら、遠慮しねえで、小舟町に寄ってくれ!」ひとり者の与七は、繋ぎの仕事を終えた後は落ち着き先がなく、次の働き口が決まるまで佐助の家に厄介になることが多かった。実は、佐助も数年前までは板前だった。与七と同じ親方のもとで修業し、佐助は与七の兄弟子であった。佐助は五十になった頃から目がかすみ、包丁が握れなくなって板前を辞めた。それまでの経験を生かし、板前たちの相談に乗ったり、もめごとを処理したり、板前たちを束ねているうちに、板前を送り込む口入屋をしていた。「次の口入れ先も、当たりをつけておくからな」「頼んます!」与七は佐助にぺこりと頭を下げた。「それじゃ、こっちに」佐助は真吉を板場の奥に連れて行くと、釜や鍋の大きさを見せたり、洗い場の使い勝手を示したり、器をしまっている戸棚を開け閉めしては、器の種類を教えている。その様子をさちも見ていた。与七は、煮方の清三と、焼方の藤助を真吉を引き合わせ、下働きの者たちにも新しい板前が来たことを知らせている。佐助は、与七が自分の腰を何度も叩くのを見て心配そうな顔をした。「腰を痛めたのかしら?」さちも気づいていた。佐助は与七が前に腰を痛めたことは聞いている。板前は重い鍋釜を持ったり、板場に長く立っているので腰を痛めるのは避けられないことだった。「ところで、佳乃ちゃんは?」佐助は佳乃の姿が見えないことに気づいた。「新しい板前さんに会うと、自分が若女将になることを認めたと思われるのが嫌で、部屋から出て来ないんですよ」「拗(す)ねているんですね」「困ったもんだわ」「女将さんに甘えているんですよ」佐助は、佳乃に会えなかったのを残念そうにして、暮れ六っ(午後6時)の木更津船で江戸へ帰っていった。(つづく)
2023年01月07日

食べきれなかったおせち料理で、ちゃんぽん風そうめんをつくってみました。麺は有り合わせのそうめん、鶏ガラスープの素を使えば簡単にできます。ちゃんぽん風そうめん※スープの味つけは、鶏ガラスープの素、酒、オイスターソース、塩です。お知らせ今回から「手料理レシピ」の後に、長編時代小説「密かごとを」を連載します。江戸時代の料理茶屋を舞台にした母子三代の物語です。カテゴリに「密かごと」を載せ、目次や登場人物などが分かるようにリンクを張っています。ブログ連載 長編時代小説 密かごと第1章 料理茶屋【梅乃井】1.さちと佳乃白々(しらじら)明けの海はまだ眠りについていた。空の彼方から海鳥の鳴き声が近づいてくる。海鳥の一群は、夜明けを急かすように飛翔している。やがて、陽光が海面を照りつけると、あたりは一気に明るくなった。きのうの日没から漁に出ていた漁師たちの小舟が次々と戻ってくる。木更津浦が騒がしくなった。水揚げされた魚は木桶に移され、大八車にのせられて魚店(さかんだな)へと運ばれる。貝殻を敷きつめた道を大八車がビシビシと音を立てながら通り過ぎていく。<あら、もうこんな刻限?>さちは目を覚ました。昨夜は考え事をしていたら明けがた近くまで眠れず、やっと微睡(まどろ)んだと思ったら大八車の音で起こされた。<ぼやぼやして、いられないわ!>寝床を出ると手早く身繕いをする。さちは上総木更津の料理茶屋梅乃井の女将だった。この日は、江戸の小舟町で板前を手配する口入屋の佐助が、江戸から新しい板前を連れてくる日であった。昼近くになっても佐助は現れなかった。木更津船で江戸を夜半に発てば、昼には木更津に着くはずだ。ぼんやり待っていても仕方がないと、さちは居間の押入れの片付けをはじめる。衣類を納めた柳行李や小間物類の詰まった手箱を引き寄せるが、蓋を開けずに押入れに戻してしまう。孫娘の佳乃が、座敷の掃除を済ませたかどうかが気になった。佳乃は何をぐずぐずしているのだ。さちは帳場に座っても落ち着かず、檄(げき)を飛ばしに行こうと腰を浮かすが思い止まった。佳乃から返ってくる言葉はわかっている。「わたしは、おばばさんのようには出来ない!」と拒まれるのが落ちだった。孫娘佳乃を女将にしようと、さちは腫れ物にでも触るように、なだめたりすかしたりしながら機嫌をとってきた。いつかはこの仕事に慣れ、後を継いでくれるだろうと期待し、さちは我慢をしてきたが、それもそろそろ限界にきたようだ。いつまでも甘い顔はできない。これからは本腰を入れて、女将としての心構えを佳乃に教えていかなければならない。「おばばさん!」佳乃が居間から飛び出してきた。「なんです。騒々しいじゃないか。掃除はもう終えたのかい」「とっくに終えたわ、それより、これを見て?」佳乃は自分の髪に挿した櫛を指し示す。「それは・・」さちの顔色が変わった。「押入れの手箱の中にあったわ」「勝手に、駄目じゃないか!」「押し入れの戸が、開いていたんですもの」さちは押入れの戸を閉め忘れていた。「これは、死んだおっかさんの櫛でしょう?」佳乃は櫛を母寿美の形見の品だと思っている。「それは寿美のものではない!」柘植(つげ)の櫛には椿の花びらが彫られている。「あら、おっかさんのじゃないの」母寿美の形見でないとわかると、佳乃は髪からはずした。「さあ、こっちに、お寄こし!」さちは櫛を受け取ると、帯の間に入れてしまう。「おっかさんのでないと、おばばさんの櫛なの?」「そんなこと、どうでもよいじゃないか」「いつもそうなんだから」佳乃は口を尖らせ、脹れっ面をする。さちは、それには答えなかった。「おばばさんは、おっかさんのことになると、いつも貝のように口を閉ざして、何も話してくれないのね」佳乃は母寿美が、自分が生まれてすぐに死んだと聞かされているだけで、母についての詳しいことは知らされていなかった。「隠すつもりはないんだよ」「あら、そうなの?」「頼むから、そんな当てこするような言い方はやめておくれ!」「だって、おばばさんはいつもそうなんだから」佳乃は母のことではいつも肩透かしを食わされてきた。「わたしを困らせるんじゃないよ!」「おばばさんが、どうして困るの?」「それは・・・」さちが言い淀むと、「何なの?」佳乃が目を見開く。「お前が十七になったら、話そうとは思っているんだよ」「どうして、十七なの?」「お前が、死んだおっかさんの歳になったらと決めているのだよ」「もう、すぐ十七だわ」佳乃は、このときとばかりに詰め寄る。「わかってるよ」近ごろの佳乃は、母をしきりに恋しがり、母にまつわるものはないかと探し廻っていた。「そのことは、いずれ話してやるから」「いずれって、いつなの?」佳乃はなおも食い下がる。「そんなことより、座敷の掃除はきちんと終えているんだろうね」「おばばさんは、どうせ、やり直すんでしょう!」佳乃は自分が掃除をした後を、祖母がいつも確かめているのを知っていた。「もちろん、手抜かりがないかを改めさせてもらいますよ」「わたしを信じていないのね」「信用してほしかったら、きちんと、やっとおくれ!」「まあ、鬼、鬼婆!」「鬼婆で結構!」さちは佳乃の悪態に開き直る。「もう、知らないから!」「知らないはないだろう?」「だって・・・」祖母の几帳面な性格に、佳乃は息が詰まってしまうのだ。「これからは、もっと厳しく、手を緩めないから覚悟するんだよ」「おお、恐(こわ)!」佳乃はわざとらしく首をすくめる。「すべては、お前のためを思ってのことなんだから」佳乃を若女将にするためなら、鬼といわれようが、蛇といわれようが構わなかった。「くわばら、くわばら!」佳乃は呪文を唱えると、首をかしげる仕草をして笑う。その癖は亡くなった娘の寿美にそっくりだった。一緒に暮らしたこともない母娘が、同じような仕草をすることに、さちはドキリとさせられる。しかし、仕草や容貌は似ているが、二人の性格は正反対だった。寿美は物静かで控えめだったが、佳乃は快活で負けん気の強いところがある。「そろそろ木更津船が着く頃だから、新しい板さんに、お前も会っておくれよ!」「板さんは、おばばさんがよければ、いいんじゃないの」「そうはいかないよ。これからはお前が、ここを引き継ぐことになるんだから」「そんなこと、わからないわ!」佳乃がまた反発する。「まったく、困ったもんだよ」そう言いつつも、娘の寿美より孫の佳乃の方が女将に向いていることを、さちは自分の体験からもわかっている。梅乃井は、さちの父親久兵衛と母親ゆきが開いた店だった。さちの両親は木更津から江戸へ出て屋台店から身を起こし、本所松坂町に店を構えたが、さちが十五のとき火事に遭い、店をたたみ、ふるさと木更津に親子三人で戻ってきた。さちは両親の苦労を知っているので梅乃井を守ってきたのだ。自分が元気なうちに、佳乃を若女将にする道筋だけはつけておきたいと思っていた。(つづく)
2023年01月05日
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