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ここのところ親と子どものテーマが深いところから、またまた噴出していました。親と子どもは難しい。エンドレスなテーマです。鎖の輪のように代々続いてゆくものです。私自身握り締めたままなかなか手放せない思いをまだまだ持っているみたい。こういうことは無意識の中に封印されて発動しているので、ただ意識化できるとそれだけでもかなり解除できます。「許す」ということが浮上してきています。そういうふうにしかできなかった親を許す。なぜなら親はそのまた親からの影響を受けてそうにしかできなかったから。しかたなかったんだよ。これしかできなかったんだよ。寂しい思いをさせてしまったね。それを私ができるようになると私も子どもたちから許される可能性が生まれるように思えました。悪循環のチェーンを軽くして行きたい。無理をするということではなくて自分にできることをして行きたい。きのうこのことを考えていてふと、松村先生の文章を思い出しました。それは『完全マスター西洋占星術』の10天体 月 のところの文章です。P.99から、以下はその引用です。世の中に「人はこうあるべき」という基本的な教科書のような基準があると想定すれば、そこからおおいに逸脱する傾向をもつ資質は心の傷と見なされます。しかし、そのスタイルで個人の基礎的な人格が形成されているため、傷ついた感情が再現されたときに、その人は自分らしさを感じてしまうのです。幼少期とても寂しい体験をした人は、その後寂しい体験をするたびに、安心感や自分らしさに戻ってきた感情を感じることも多いのです。私も昔は、こうした月の傷に関しては癒すべきだと考えた時期がありましたが、最近はその考えは間違っていると思うことが多くなりましたどんなに特殊な型でも、心の型ができてしまうと、それが休息するための心地の良い゛心の家゛になってしまうし、それら穴だらけのあばら家でも、そこに懐かしさを感じるのです。以前にこの文章を読んだ時ある種の開き直りも感じられるずい分とドライで風変わりな切り口だなぁ、という印象を持ったのですか、いやいや、これはひょっとしたら究極の自己肯定で究極の癒しなのかも知れないとも思いました。
2006.09.30
今日、アマゾンから新版Stargazerが届きました。真っ先にヘリオセントリックを確認。私のバージョンにはヘリオが無かったのです。あった、あった。良かった。次に「太陽系小天体」(このような表記になっています)を確認。ペルセポネが 1992QB1を Pr としてエリスが 2003UB313という表記で X として取り上げられています!う、うれしい!ペルセポネの定義は「惑星が9個の時代に第10番惑星と呼ばれた星をペルセポネと呼びます。発見されて力を発揮すると人類の数が3分の1になるというのがペルセポネー伝説です。」と書かれています。P.162そして2003UB313については「この星についても、ペルセポネの有力な候補と考えられます。」と、書かれています。P.163「以前のバージョンではここに、1993FWという仮符号を持つ公転周期291年の小惑星を採用していました。」となっています。*私は今までSGのバージョンアップはしてこなかったのでとっても新鮮です。わくわくしながら自分のデーターを入力して・・・。がぁ~ん!あ、アスペクト線がち違う!そうです、そうです。はじめてSGを購入した時と同じまた最初から全部自分で使い慣れた条件に設定しなくてはならないのでした~。*エリス(2003UB313)は現在牡羊座09.86度に滞在中。なんとその度数ではわたしの獅子座天王星射手座土星の小三角とタイトなオーブでアスペクトを作り天秤座の木星でカイトに。どうりでどきどきと燃えるはずです。*それにしてもネイタルの太陽の度数天秤座00.00というのは何度見ても我ながらすばらしい!良くぞこの瞬間にこの場所で生まれたものです。今度のバージョンでは出生地の選択がとてもし易いです。都道府県別に市町村が選択できます。*三重円だけでなく五重円が出せます。何だ?五重円はと思ってみてみたらAさんのネイタルとプログレスBさんのネイタルとプログレスそしてトランシットで五重円です。まぁ!これで実践で相性を見る時もばっちりですね。こうなると大きな画面も欲しくなります。*プラネタリウムというのがあって天体配置がビジュアル的にわかるようになっていたり日蝕図というのがあって食が起きるエリアがマップ上で一目瞭然になっていたりします。なかなか遊べます。
2006.09.29
本づくりのチャンスというひとつの刺激は私のワールドに落下した隕石のように旧来のマイワールドを変質させているようなところがあるようにも思います。それは混沌として未分化だった部分にひとつの隕石が落下することによって動きが始まった感じです。気体も液体も個体も未分化だった世界にひとつの隕石が飛び込んできたことで混沌が動き始めている。まるで創世記のようですね。すばらしい。軽いものは上へ。重いものは下へ。この動きの中で見えてきたことは私自身のテーマであるのかも知れません。私が書きたいのは「タロットの本」と思っていましたがそうではなくてどうやら、それは「タロットのお絵描きの本」であることが見えてきたように思います。
2006.09.29
今夜は戦国時代の武将に思いを馳せています。と、いうのも少し前に生まれて初めて仙台に行ったら仙台の持っている「気」にとっても驚いたのです。クリアーなのです。街自体がまるで水晶のように浄化されているのです。日本の古い城郭跡地に行くたびに結界の張られ方がすさまじいことは何度か体感していましたが街全体というのは初めてだと思います。案外東京も実はそうなのかもしれないし日光もそうなのかも知れないけど。でも、仙台は特別な感じがします。それで仙台の結界についての文章と出会って「やっぱりね」。戦国時代の武将は持てる限りの能力の極限までを命がけで使ったはず。人間の内在している可能性。スーパーサイヤ人みたいにレベルに入るとぼわっ!って髪の毛が逆立って金髪になるとか。ウルトラマンでも良いけど。
2006.09.27
松村先生の自費出版本の制作プロジェクトに参加を表明した10人のうち2人はプロの人であるとのことですが残りの8人のうちの一人は私です。(笑)この笑いにはお天気のとても良い日に青空を見上げて口を開けて笑っているようなところがあります。つまりあまりにもイノセントでフールな状態です。今の段階では、タロットの内容についての文章を書こうと思っているのですがどうなることやらお楽しみです。先日、ミクシーの西洋占星学のコミュニティーに勇気を持って書き込みをしたときも実は自分自身ではそう感じていたのです。スウォードの刃が飛び交う3ハウス双子座や9ハウス射手座の世界に丸腰で飛び込んでしまった。だけどイノセントでフールな行為もそれを実際にしてみることでわかることがたくさんあります。私をあんがいそれが好きです。みなければわからないのでやってみてしまうわけです。実際に行為してみて初めてその時に今までは見えてこなかった自分というものが見えてくることが多いのでやりたいと思ったことは後先を考えずにやってしまうところがあります。対社会的にとか一般常識的な意味ではその行為の結果は必ずしも成功するとは限らないわけですが行為をすることではじめて自分自身を認識することができるようにも思うのです。
2006.09.27
人の中で急に黒い雲が出現してそれまで無邪気に輝いていた太陽が隠されてしまった時現在の社会においてはそれを受け止められるものとして占いハウスくらいしか無いのではなかろうかと考えてしまいます。既存の宗教は形ばかりのことが多いみたいですし。もっと古い時代に思いを寄せてみるとその瞬間こそが人として生きるとても大切な時なわけでその隠された太陽に向かい合う術 すべ を豊かに持っていた時代の方が長かったのではないのだろうか、と思えてきます。今の時代はそれに対応する手段を喪失してしまいました。でもいろいろな方向からそれは少しずつ取り戻しつつはあるのかも知れません。
2006.09.25
今・ここ というこの瞬間こそ永遠なのだなぁ、と何かけさは突き抜けていてうれしい、です。仏教の方に「不退転」という言葉がありますがわたしは、まだまだ「退転」なのでこのような深い突き抜けた世界が見えても明日にはまた曇って見えなくなってしまうことが多いです。こういう瞬間のひらめきのような意識がずっと続いていったらすばらしいと思います。この深い瞬間は永遠へと繋がっています。2008年からの山羊座冥王星の時代にこの意識とともに繋がって生きてゆきたいです。山羊座は今・ここのサインです。時間の流れを横の意識としたら今・ここの深みは縦の意識ということなのかも知れません。
2006.09.25
はつらつと生ききった人にだけちゃんとした死は訪れるというような内容の野口はるちかの書いた書の掛け軸がいつも行っている野口整体の麻布十番の指導室の床の間のようなところにかけてあります。きのうのこのブログに書いた瀬戸内寂聴の白内障の手術のお話に出てきた作家さんたちの生き方とかこれにあたると思います。絵本では『100万回生きたねこ』のおはなしがこのことを書いていると思います。凄い生き方をすることが生ききることなのではなくてほんとうに自分らしい生き方をまっとうできることが生ききることなのだと思います。これがわたしの生きる道というのをみつけてその人生を生ききることができること。それはとても幸せなことなのだと思います。そのために占星術のネイタルチャートと向かい合って行くことはとても有効なことのように思います。わたしには正しい占星術の使い方はこちらの方向性にあるように思えてなりません。私自身個展の時期が近づいてきたりするとここに書いたのにとても近い状態のレベルに入ることがあります。そうなると生きていること自体がすべて充実して輝いて一分たりとも無駄な時間が無い状態に変化したりします。
2006.09.24
今日は書くということがメインテーマの一日でした。文章を書くということ。今日お会いした方々はわたしのこのブログについてのお話をされたりしていました。書きたいことがインスピレーションのように降りてきてそれをこうしてブログにアップできることは私にとって、それは何よりの楽しみです。15歳くらいから突然に45歳のころまでずっとその間30年は絵が描きたくて絵が描きたくて絵を描いている時が一番幸せでした。それが最近は筆ではなくてペンになった感があります。ペンと言ってもこうしてブログに入力することですが。*絵の時もそうでしたが趣味で楽しんで描いている時が一番楽しかったです。それも絵筆を握ったばかりの初心者のころが一番どきどきしてわくわくして楽しかったようにも思います。美大に進んでその後で公募展にチャレンジしたり個展を銀座の画廊でやるようになると最初の頃趣味で描いていたのとは質が変わっていったように思います。ただ共通しているのは私のおおもとには何らかの表現欲求があってそれはたいていいつもどこかにはけ口を求めている、ということ。*きのう美容室で目を通していた雑誌に瀬戸内寂聴の青空講和のエッセーが載っていてとてもおもしろく読みました。瀬戸内寂聴が白内障で入院したら大きな木のテーブルのある病室に「瀬戸内さんはこの部屋が良いですよね。」と、通された。「このテーブルは」と尋ねたら「もう、今夜からお仕事されるんでしょう」と言われた。「みなさん作家さんはそうされています。」と看護婦さんが言っていた、と瀬戸内寂聴は書いていました。*今日も「歳をとって寝たきりになったとしても書けますね。」という言葉が何度か出てきてとてもおかしかったけどちきんとしたテーマを見つけられた絵描きもあんがい最後の最後まで病床の中でも絵筆を握っていた、というお話は良く耳にして、それはわたしのおおきな憧れでもあります。わたしもそんなふうに死んでゆきたいです。絵の時もそうだったけどこの降りそそぐような表現欲求。こればかりは自分の努力だけでどうにかなるものでは無いのかも知れない。いくらお金を出しても買うことはできない。このおおもとの上昇する意欲が続く限りはいくらでもかける。このエネルギーはわたし的には最近は絵画よりも文章に向いてはいるのだけれど文章を書くことはたのしみの領域に留めておきたい気持ちがあったりするようにも思います。少なくとも今はそう思っているようにも思います。絵の時もそうは言ってもだんだんに井の中の蛙は嫌だ、と世の中に出て行く意欲を強めていったのでしたが。
2006.09.23
開運。つまり周りの状況に支配されずに自分自身の人生を自分で本当に願う方向に生きてゆくこと。つまり生きたいように生きられること。この力を強めてゆくには*1)自分自身の心臓に聴く心臓とは獅子座5ハウス。自分自身の胸の中心。そこにアクセスできると自分自身の存在のソースが開きます。心臓を動かしているあちら側にも通じます。*2)人と比較しない。あくまで自分の本当にしたいことの中に道は隠されています。周りの人の価値観の中にそれを求めても答えは得られません。人から見たらどう思われようと自分が本当にしたいことをして行く勇気を持ちましょう。*この言葉は私自身に言っている言葉でもあるのです。
2006.09.22
表に出さずに裏に秘めているのが花。すなわちそこに美学が存在する。良いですね。わたしもこれからこの路線で行きたいです。占星術的にASC 魚座その近くに リリス。1ハウスには ベスタもあります。という私にはとってもふさわしい意識のあり方、かも。P太陽さんもしばらく蠍座を運行中。トランシット的には前にも書いたけど10月20日くらいから11月20日くらいまで今年は蠍座を集合天体が移行します。木星もそのころまで蠍座に滞在します。つまり誰にとっても蠍座が強力に強まってゆく時期にどんどんとと向かっているわけです。蠍座の美学はやはり秘めたるが花でしょう。わたしもこれからどんどん秘密な人になって行きたいものです。しかしながらそれに対抗するかのように水瓶座に滞在している海王星はしつこくしつこく18度に。水瓶座18度はサビアンシンボル「仮面がはがされた男」。秘密暴露の度数です。
2006.09.22
今日の20時45分。新月がおきます。乙女座30度です。サビアンシンボルはジョーンズだと「目の前の用事に集中しすぎて聞き逃した間違い電話」ルディアでは「急ぎの仕事を片付けることに専念しているために、男はどんな誘惑にも耳を傾けない」自己の限界からの脱出の度数。今日の新月は日食なので影響は半年間続きます。ドラゴンテールが乙女座26度です。「香炉を持つ少年」精神的権威のしもべの度数。アスペクトを見るとこの新月に対して射手座25度の冥王星がスクエアー。他にはアスペクトはありません。新月の直後にボイドタイム。ボイドタイムというのはトランシットの月がアスペクトを作らない状態。つまり現世的な関わりを持たない。中空に浮いた状態。新月は月と太陽の結婚を意味するとも考えることができます。ジョーゼフ・キャンベルの『神話の力』の中にまさに今日の日食のようなお話が出てきました。ひとりの若者が確か巫女のような女性と結婚をします。その合一の瞬間に建物の梁が外される。ふたりはそのままこちら側ではない世界に行く。古い未開の地の儀式のお話ですが。日食は月が太陽を占有する瞬間なのでしょうか。*
2006.09.22
誰かにそれは同性であろうと異性であろうと会ったことのある人であろうと会ったことのない人であろうと嫉妬の感情を感じたらそこにはその人になりたい私が居る、ということ。その人はわたしにわたしはその人になりたいのだということを教えてくれている存在なのだ、ということ。わたしはその人になりたいと思っているということをしずかに見つめてみる。わたしの中の複数のわたしのひとりはその人になりたいのだということをそして自分で認めてみる。
2006.09.21
煩悩のほのおはしつこくしつこく蛇のように生きている間じゅう立ち昇るものなのでしょうねきっと。もうそのことはとっくの昔に卒業した、と思っていても箱が開くとまたそこには蛇が居たりします。蛇は退治するものなのかな?それとも飼いならすものなのかな?*芸術家は業のようなものを背中にたき木のように背負っていて作品を生み出してゆくと言うことはそのたき木を一本一本燃やしてゆくこと。瀬戸内寂聴の生き方を思う時このことはとってもイメージしやすいかも。逆に言うと業や煩悩はダイナミックに活き活きと生きてゆくその原動力と考えることもできそう。*
2006.09.21
神託的つまりオラクル。自分自身の存在の中心には神的存在が内在されていて。体にたとえると心臓。心臓をイメージする。心臓は体中に休み無く血液を送っているけれど生きている間中どうして心臓は動いているか。心臓を動かしているのはなにものか?そこらへんに通じるのが自分自身の中の神なのかも。*それでタロットのおえかきを通して得られた神託的メッセージ。別な言い方をするとわたしという受信機にキャッチされた電波メッセージ。*21.世界について。目を閉じて体の中心に耳を傾ける。この場合は頭のてっぺんから尾てい骨まで背骨をずうっと意識、かな。立っている時は足の裏まで通すかも。呼吸はだんだん深くなります。そうして「わたしがしたいほんとうのことはなにかな?」と背骨の上から下下から上に呼吸に合わせて問いかけてみる。生命の樹やタロットの知識のある人は2.女教皇 ↓14.節制 ↓21.世界ケテル ↓ティファレト ↓イエソド ↓マルクトにアクセスする。*あ、そうだ。来年からのタロットのおえかきにはこの方法も導入して行こう。
2006.09.20
知り合いのブログにとてもすてきな言葉が。ひとこと許可をもらったので私のブログにも転記させていただきます。それはこちらの言葉です。*等身大の自分 世界中で、たった一人でいいから、無条件で、 だめな自分をまるごと受け入れてくれる人に会えるといいね。 なぐさめるのでもなく、けなすのでもなく、 心配してくれるのでもなく、はげましてくれるのでもなく、 ただ、だめなところをだめだと言い、 できないことはできないと認めてくれる。 そういう人の言葉はすーっと浸み込むように入ってくる。 本当はそんな人なんかいなくても、 ありのままの自分を見つめることができればいいんだけど・・・ 自分の存在自体を否定してしまいそうで恐いから、 なかなかだめな自分を認められない。 自分で等身大の自分を認めることができると・・・ そうすると不思議な魔法にかかったみたいに 今、自分にできることをやってるうちに、 できない自分が、いつか、できる自分に変わってゆく。。。 *
2006.09.20
戦艦ヤマトのアニメを使ったCMに笑えました。戦艦ヤマトの諸君!と気持ちの悪い青い顔の男の人が。 ↓するとヤマトの乗組員は誰も居ない。 ↓ヤマトの乗組員は笑顔で地球生活を楽しんでいる。このCMには笑えましたぁ。今という時間を象徴的に表していますね。びっくりです。おかしい(笑)。
2006.09.20
わたしは今日冥王星が天文学的に惑星から外されて占星術的に言うなら10が9になったわけがわかったように思います。すべては予定調和的な宇宙のプロセスなのですね。人智を超えたおおいなる宇宙の意志のプログラムの一環と言えると思います。いうなればこれは魚座に滞在中の天王星水瓶座に滞在中の海王星ともリンクした出来事とも言えるわけなのですね。10から9への流れは精神世界における2012年ともリンクしていると言うことも可能ですね。敏感なアンテナを持っている人なら誰もがキャッチしているアメリカの崩壊ともリンクしていますね。その次に来たるべき時間を解く手がかりとしてエニアグラムは存在しているかも知れません。全体性を10という数霊で分割したものがカバラの生命の樹で全体性を9という数霊で分割したものがスーフィーのエニアグラムです。別の言い方をするなら数霊12から数霊13への流れが強まった、と言うことができるのかも知れません。鎮魂から魂振りへ。大きく地球に生きると言うことの意味が変化する可能性が出できたのかも知れないです。*惑星がひとつ減ったことが集合無意識に与える影響は大きなものがあります。それは単に天文学や占星術の世界のことにとどまらないのは当然のことですね。
2006.09.18
次回募集のタロットのおえかきについていろいろ方向を煮詰めています。きのうの朝アップしたマカバのところにも「さらに、マカバは他の次元へと超越するツールでもあるのです。マカバをはじめ、旧約聖書、カバラ、古式タロット・カードなども繰り返し勉強し、鍛錬することで、何年間も閉ざされていた異世界への扉をひらき、世界中を繋げることができるようになるのです。」という文章が出てきていました。タロットカードに繰り返し馴染むことは意識を進化させてゆく上でとても有効な手段だとわたしは思います。意識を進化させるということはつまり今までの自分よりもより自由になって開放されてゆくことなのではないか、と思います。その効果がある本を繰り返し読むだけでも意識の進化をすすめることにはなってゆくのだと思うのですが本を読むだけだとともすると頭でっかちで現実をともなわない世界の変化にとどまってしまうことも多いように思います。絵を描くことでより実際の人生の中に落とし込んでゆくことが可能になって行くように思うのです。つまり現実が変化する可能性が高くなります。現実と向かい合いながら自分自身をシフトさせていける可能性があるのだと思います。22回も拘束されるのはちょっと、という意見も耳にしますが参加している人のひとりは長くしっかり関わらないと変化しないと思いました、とおっしゃっていました。
2006.09.18
野口整体のご指導を受けると体が変化します。不思議です。野口整体の最初の先生はもう亡くなっておられて今の先生は私の中では三人目の先生です。呑むお酒の量が増えています、と言うと確実に呑むお酒の量が減ります。食欲がありません、と言うと確実に食欲が増えます。体のどこをどのようにするとそのようになるのかわかりませんが不思議です。*歯医者さんと舞踏家でもある、とある整体師のお世話になっていた頃に左の腰が変化して治りました。左の腰は母親との関わりです。舞踏家のおっちゃん、という表現をわたしはある意味敬意を込めて使っています。ほんとうはとても有名なブレスの先生です。どんな暴れ馬でも扱うことのできるような独特の馬力に対してそしてどこにも気取りが無く本音を丸出しにできるようなそんな人格に対しておっちゃんという表現を使っています。*歯医者さんは芸術的なまでに完璧な腕前の先生です。左上の奥歯の治療によって噛み合わせが根本的に変化してそのことによって腰の角度が変化しました。この先生はなるべく歯を削らない方針です。なのでめったに削って治療しません。そのかわりどうしても削らなくてはならない時は根本的に治療します。けっして妥協はしません。「うちが高いのは知っているよね。」「はい、知っています。」つまり治療費のことです。*レイキ系の霊能整体師の先生はとても力のある人です。過去のトラウマがあぶくのように浮き出してそのことによってそのことから解除されます。これができる人とはなかなかめぐり合うことはできません。*全ての出会いに感謝します。
2006.09.17
去年の今頃からずっと左半身の改造がテーマになっています。A)舞踏家でもある、とある整体師。B)野口整体の先生。C)レイキ系霊能整体師の先生。D)西洋医学の普通の歯科医の先生。の、方々と関わっている。もしくは関わって来ました。今のところ一進一退。野口整体の先生曰く「左側は大したことありませんからね。」霊能整体師の先生曰く「それは幼少期に身近にスピリチュアルなことを理解してくれる人が居なかったからです。」おっちゃん曰く「こんくらい出来ないとだめなんだぁ」歯医者さん。「いちおう治療が終わりました。」これに加えて今度ご縁あってサニアシン系のヨガの改造者のセッションを受けることができることになりそうです。とてもこの出会いは楽しみです。明日仕事の日程調整をします。日程調整出来次第正式に申し込みたいと思います。左側の調子、悪いです。※ この問題は、このあとロルフィングのセッションを受けて、修正されました。 良かったです。
2006.09.16
ミクシィの西洋占星学のコミュでエリスに対するトビが立ちました。それはこちらです。トビ立てした人の説明文もたいへん参考になります。言霊的にもエロスとリリスでエリス、という見解もおもしろいですね。そうですね。確かに投げ込まれた林檎は黄金の林檎。西暦2000年ということを考慮に入れるならある意味西暦1000年代の残骸を引きずっているような天文学者のネーミングの仕方の嫌な感じを反転させる何かをこの天体は生み出す可能性を秘めているように私にも思えます。それが命ある未来への流れとして今を生きるわたし達が生み出してゆくことを希求したい、です。なるほどアマゾネス的側面とソフィア的側面ですか。ナウシカも良いと思います。イシュタルの意味はこちらをどうぞ。この女神はギルガメッシュ叙事詩に出てきますね。それこそエロスとリリスを合体したような女神です。しかしながらそれはシャマトというイブのような存在の女性のもうひとつの顔に他ならないはずです。投げ込まれた黄金の林檎はダビンチコートに共通する何かがある、という見解にはわたしもおおいに同感です。
2006.09.16
カラスの黒い羽根をひろったお話を少し前にしました。そのとき頭に浮んだのがワタリガラスとヤタガラスでした。この二種類の神の使いについてとてもおもしろい文章に出会いました。文章は鎌田東ニの『ウズメとサルタヒコの神話学』からP.144の部分です。以下、そこからの引用文です。読みやすいように適当な長さで文章を改行してアップします。「しかしながら、ヤタガラス神話とワタリガラス神話の違いについてもここで明記しておかなければならない。それは、両者が新世界(秩序)創造者ないし導き手を言う点で共通しながらも、一方は、先住民族を打ち滅ぼして国家を統一する先導者となるのに対してもう一方は、そうではなく、世界にいのちと魂を授ける導き手となり、先住民族の祖先として崇拝されるようになる点である。つまり、ヤタガラスは国つ神と呼ばれる先住の部族を滅ぼしたり服従させる武力=権力の先導者となり、良くも悪しくも、国家権力の先兵となったのに対して、ワタリガラスは世界および生命世界の運動と共生をつくりあげ、抑圧者や支配者とはならなかったという違いである。」この文章は西暦2000年代の双方向性についてたくさんのことを考えさせてくれます。2000年代になってから再評価されつつある価値観はワタリガラス神話的価値観です。星野道夫のことを取り上げたガイヤシンフォニーの映画のことを思い出しますね。
2006.09.16
先日エリスと命名された小惑星2003UB313について詳しい情報がこちらにアップされています。*しかし何でこのような名前になってしまったのかな。もっと違う名前の付け方がなされるべきなのではないかな。なんかうまくいえないけどこれでは天体に対して申し訳ないようなそんな気分になります。天体は鏡のようにそれそれと言うのはつまり名前とその意味を地球に生きる私たちに投影する、ともいえるわけで。名前をつけた人々の心の豊かさや発見された天体に対する愛は感じられないわけです。どうして、またこのような呪いのような名前をくつけちゃったんだろう、とわたしにはちょっと理解ができないところがあります。エリスの衛星には名前を思い出せない症状を意味するディスノミアという名前がつけられたそうです。はてなです。
2006.09.15
2003UB313はエリスと言う名前がつけられたそうです。エリスについてはこちらに少し書いてあります。どうしてこのような命名が行われたのか私はわかりませんがちょっと違う感じもします。エリスについてはもう少しちゃんと調べてみたいと思います。
2006.09.15
今日夕方都営大江戸線に乗りました。都営大江戸線は東京の地下鉄の中でもたぶん一番深いところを走っています。エスカレーターで地下5階ぐらいにはゆうに降ります。降りると降りるほど重たくなってゆきます。やはり上がるものと降りるものがあるのだな、とつくづく思います。人の思いにも上がるものと降りるものがあるのかも知れません。降りる思いとはため息まじりにはあ~っ、と出てくるような思いとかでしょうか。いっぽう逆に上がる思いとは何でしょうか。愛ある思いとか愛ある祈りとかでしょうか。神さまとか上位の存在への通信はきっと上がる思いなのだと思います。色とりどりの光の風船をお空に上げて行くように上がる思いを持ち続けていきたいものです。*そう、そう。その大江戸線に青山一丁目からすばらしいオーラの女の人が乗ってきたのです。ただものではありませんでした。とってもおいしいオーラの人でした。黒いサングラスをしていました。あまりじろじろみては失礼だと思ったので良くは見なかったのでわからないのですがひょっとしたら誰か芸能人だったのかも知れません。もしそうであったならとっても納得の感じでした。視界の中に入っていなくてもとってもおいしいうっとりとするようなオーラをずっと発していました。わたしは世の中にはこんな人も居るのだなぁ、とうっとりしてしまいました。
2006.09.14
さきほど久しぶりに9ハウス射手座の話題をこのひとつ前の《こちらのブログ》に熱く書いてそのあと自分自身のチャートを見ました。そしてまたまた笑ってしまいました。この天体配置だったらそうでしょう。9ハウス射手座の話題を熱く語るでしょう。つくづく私たちは星の子だと思います。そういえばけさがたの夢もこの天体配置そのままを夢にしたようなものでした。逆に言えばわたしたちは夢の中でお星様からの影響を十分にチャージして覚醒した昼間の時間を生きるのですね。
2006.09.14
はるか遠くの恒星にアクセスしてゆくということはとりもなおさず自分自身の内側への旅を深めてゆくということ。ワーグナーの『ニーベルングの指輪』でもそうであるようにあと映画もあったけど、神々が失われる時が来ることを予告する作品は数多く存在して居たわけで。現在においては「神々が喪失される」というこの言葉の持つ意味を認識できる人のほうが逆に少なくなってしまっているのだと思います。神様に頼らない生き方をすること。神社が荒れ果てること。まじないや祈祷や迷信に頼る生き方が喪失されること。というような理解をされているのが一般的かと思います。まず江戸が終わって明治になりそして特に戦後において天皇=神としたその思想性が根本的に間違っていたものとして排斥されたそのあたりから日本の空気の中に存在していた曖昧とした虚の存在。それは神であり妖怪であり。それらが一掃されてしまった感があります。*それはそれで大きな時代の波かと思うので良いことでも悪いことでもないはずだ。*わたしが知っている神がいて。わたしはそれこそが喪失された神であると考えたり感じたりしていて。これを何とか再興させたいわけです。とは言っても特定の宗教ではありません。あたりまえですが、念のため。ひとりひとりの神話を取り戻したいわけです。それは作品への同調能力さえ持つことができれば現代に残る古い時代の制作物からリーディングすることはとっても簡単です。縄文時代の土器。紀元前の陶器。シルクロードの遺物。*当時を生きた人たちは自分自身の中の神とともに生きていたことがわかります。*私が生きてきた50年近くの時間の中でわたしはほんの数人の自分自身の神と共に生きている人との貴重な出会いを体験することができたように思います。その人たちは芸術家であったり神秘思想と関わりのある人たちであったりしました。その人たちがほんとうの「人」だとわたしには思えます。花開いて自然体で生きている人たちでした。*こう書いてしまうと凄い人たちだけがそうであると思われてしまうかもしれないけどそうじゃあない。ご近所の路地裏の普通の家に住んでいるおじさんおばさんの中にも自分自身の神とともに輝きながら生きている人たちはたくさん居ます。今でも居ます。中世の絵に太陽の中に顔が書いてあるのがたくさんありますが町の片隅のおうちの中に住んでいるおじさんおばさんはそんな感じ。そんな感じに輝いています。
2006.09.14
そういえばきのうオーラの練習会の後でチャートを見た人のハーモニクス17は最強でした。火星土星金星海王星の四天体がコンジャンクションでした。すごいですね~。わたしはといえばハーモ17ではかろうじて月と天王星のコンジャンクションがあるだけです。倍数のハーモ34では月と天王星のコンジャンクションに加えて火星海王星のコンジャンクションが発芽します。このサインは魚座なので巫女的怪しさは増強される感じでしょうか。次の17の倍数は51。そこでは月と太陽がそして火星と冥王星がコンジャンクションです。ということはわたしの場合歳をとるにつけて巫女度は過激に発芽してゆくのでしょうか。ついでに次の17の倍数ハーモ68も見てみましょう。金星月水星の3天体のコンジャンクションと火星海王星のコンジャンクションがあります。ということはつまり私の巫女度は17の倍数の年を迎えるたびごとにぴかっぴかっと恒星が輝いてより恒星に近づいてゆく感じでしょうか。
2006.09.13
いつの間にか季節の変わり目で夕暮れもだいぶ早まって来ましたね。思いのほか涼しい日が突然訪れたりしています。今みたいな頃はあんがい風邪ひきさんも多くなる時。こういう季節の頃にむやみに風邪をひかないためのセルフヒーリングのポイントについてです。野口整体的には今ぐらいの季節になると真夏の時のように体は冷たいお水を吸収しなくなるということでお鍋のおつゆなどの熱いスープをふうふうしながら摂ると良いとのことです。今くらいの季節はそうすると体が水分を吸収できるのだそうです。わたしも毎年これを実行しています。ラーメンやうどんやおそばなどの麺類のおつゆもOK。熱い汁物をふうふうしながらのむとうっすらと額に汗がにじんで体が急にぽかぽかして来ます。これが良いみたいです。お鍋とかをあまり食べない人はインスタントのカップスープでもだいじょうぶです。どうぞ十分な水分を摂取して秋から冬用の体に上手に移行していってくださいね。
2006.09.13
オーラの練習会はきのうが2回目でした。集まったメンバーは前回とは総入れ替えでした。簡単な練習の後三人の人のオーラを見ました。オーラの世界はほんとうにとても個性豊かな世界だなぁ、とつくづく思いました。A)江戸っ子のようなちゃきちゃきのオーラの人。弾力があってぎゅっと締まっている。B)ホワンと広がったオーラの人。上の部分が神霊的にとてもにぎやかでした。C)水を打ったように透明で静かなオーラの人。足元の床が透き通っていました。集まった人はきっと何かのご縁のある方がたなのでしょうと思います。なんとなく声をかけたり。その声をかけられた人がお知り合いの方を誘ったり。おもしろいですね。講師のスピカさんが「練習会に集まる方がたはみなさんとても感性豊かだ」と驚いていました。なかなか最初からここまで見られる人は少ないということでした。温かくなった。リラックスして眠くなった。元気になった。などの感想も出てきて主催者としてはうれしい限りです。第一回目はいきなりどかんとスピリチュアルにぶっ飛んでいた感じだったのですがきのうの第二回目はやさしく温和な癒し系な雰囲気だったかも知れません。毎回感じが違うのもおもしろいです。
2006.09.13
聴くということに関心があります。ミダス王は音楽を聞き分けられないということで神によって耳をロバの耳にされてしまいました。音楽を聴き分ける耳。そういえばその人を知るには歌を聴くという少し前の風習がオペラになっているのもありました。見るということも肉眼での視覚視からリモートビューイングまであるように聴くということも肉体の極限のむこうに聞き耳ずきんのお話のような世界がやはり存在するように思います。
2006.09.12
惑星から降格された冥王星には番号が振り当てられました。その記事はこちらです。天文学的に天体にはアルファベットと数字が識別番号としてつけられています。これをひとつの△とすると神話的につけられている言葉としての名前は▽。おもしろいですね。やはり数霊は天空的つまり父的投影で言霊は地上的つまり母的投影であることをあらためて感じます。
2006.09.12
もうすぐ49歳のお誕生日を迎えます。太陽回帰は見ていましたがハーモニクスは見ていなかったことにけさ気がついて見てみました。アディ調波49。コンジャンクションだけを有効とするなら射手座28度で天王星と海王星の合が成立しています。オーヴ 無しです。射手座28度。サビアンシンボルは美しい流れにかけられた古い橋。28度はどの度数もそのサインからの脱出のポイント。なので私はこれを射手座から山羊座への着陸のためのエクササイズと読みます。射手座は上昇する火のサイン。山羊座は安定する土のサインです。おりしもトランシットの冥王星は射手座25度を再び順行中になりました。来年 2007年1月1日には冥王星はこの射手座28度に移行して行きます。
2006.09.11
何か遠くの響くもの音で目を覚ましました。たぶん明け方の4時くらい。最初それが何の音かわからなかったのだけどしばらくぼおっと夢と現のハザマに居たらそれが遠くの雷鳴であることがわかりました。それはあまりにも遠いので、ぱらぱらという雨音がし始めるまではっきりと認識することはできませんでした。未明の雷雨です。こんな時間に雷雨が来ることもあったのですね。*しぱらくこんな感じにぼおっとしていたらいろいろな通信をキャッチしました。ゲゲゲの鬼太郎は頭のてっぺんに妖怪アンテナを持っていますがそれと同じ感じ。そこに上位の存在からインスピレーションとかひらめきとか呼ばれるものがキャッチされます。*先月の新月の時神社が出てきてお水取りをしている夢を見ました。それで今月の満月の時に日光二荒山神社に行ったわけですが実はどうも境内のお水にはピンと来なかったのです。おかしいな。それで思い出したのがご神体の男体山へ登る階段を少し上がったところに何かあったはずだ、と記憶がよみがえって行って見ました。ありました。ありました。そこにはこってりと濃そうな温泉が噴出していました。これだ!直接手に取るには熱いお湯なのですがちょっとなめてみたらOK!という感じでそのあとは自分でも意外な行動だったのですが右手で3回左手で3回頭のてっぺんのぽっつん吹き出物のところにそのお湯をつけました。*何かアンテナ部分の作り変えがあるな、とは思っていたのですがこれだったのですね。ぽっつん吹き出物はもう今は治っています。日光二荒山神社に行ってわたしは自分自身につながる恒星を再確認することができました。その恒星からのメッセージを受信しやすくアンテナの作り変えがあったのだと思います。このアンテナが使えないと何のメッセージも入ってきません。
2006.09.11
もしホラー映画を見るように悪夢を見たいと思われる方が居たとしたら眠る前三時間以内にこってりとして消化に悪い重たいお肉の類の食べ物を食べると悪夢を見ることができます。*逆に恐い夢を見たくなかったら眠る前三時間は何も食べないようにすること。*どうしよう。23時過ぎにうっかりとフライドチキンを大量に食べてしまいました。悪夢を見たくなかったら夜中の2時まで寝られないことになります。う~む。眠い、です。前にも書いたけど通常わたしは毎日8時間以上寝ます。*しまった。こんな時にカモミールがあると消化促進になったのですがあいにく切らしてしまっていましたぁ。*今0時39分です。頑張って起きています。まるで庚申講の日のようです。
2006.09.09
今日はタロットのおえかき18.月でした。おえかきのリーディングをしていたら今日のおえかきの人が「先生!あれ」っと突然わたしの後ろを指差しました。びっくりして「えっ!」と後ろを振り向くとみたこともない真っ黒い大きなちょうちょが葉っぱに止まっていました。ふたりでしばらくその蝶を見ていましたがほんとうに見たこともない黒くて大きなちょうちょでした。その間ずっとわたしの後頭部はにゃんこの毛のように逆立っていました。さすが18.月の日です。上位の存在ということで言うなら昆虫は上位の存在のカメラ機能を果たしているように思えることが多いです。移動式カメラ。人間にとっては水槽の中の金魚を見るような感じ、でしょうか。この不思議な感覚はこの体験者で無いとちょっと同感はしにくいかも知れません。記憶のなかで光と闇のコントラストが強烈になっているそんな瞬間でした。
2006.09.09
日光二荒山神社に行って来ました。どうしても今日でなくてはという思いが。それは何故か自分でも良くはわからないのですが。月食の日。乙女座の太陽に対し魚座の月の満月の日。天王星食もあるという日。*日光二荒山神社のご神体は男体山。お参りを済ませた帰り道いろは坂あたりであつい雨雲に切れ目が入って秋の青空が空高くのぞきました。明るく日がさして輝いていました。
2006.09.08
去年の10月の終わりに蠍座入りした木星は約一年間の蠍座滞在を終えてことし11月の終わりには射手座に抜けます。振り返ってみると途中で固定宮でのグランドクロスやTスクエアーが形成されることがほとんどというなかなかハードで頑固な色合いにがちっと固められた蠍座の木星でした。その最後の打ち上げ花火のように10月のお終いからは蠍座に5天体が集合します。水星金星太陽火星木星。その集合天体達にはまるで両脇からのサーチライトのように獅子座の土星と水瓶座の海王星からスクエアーの光線が魚座の天王星からはトラインの光線がつぎつぎに当たって行きます。蠍座は情感豊かな水の固定宮。深くてしっとりして頑固な12年にいちどの秋が最後にじっくりと深まりそうな気配です。そしてほんとうに花火は水辺で打ち上げられることが多いわけですが少しずつ時差をつけながらこの集合5天体はひとつずつ水の蠍座から火の射手座に打ちあがってゆきます。一番 金星さん 11月18日二番 太陽さん 23日三番 木星さん 25日四番 火星さん 12月 7日五番 水星さん 9日の順番です。一転して射手座は火の柔軟宮。熱い情熱ではるか遠くをめざすさばさばとしたサインです。ディープな水の融合一体感から元気な火の独立ファイトへ。今年の秋はこの天体の影響を受けてそれぞれが大きな変化をとげる時になって行きそうですね。
2006.09.07
頭のてっぺんの吹き出物が一度は完治したのにまたもぞもぞと変化し始めています。前回は同じ場所の吹き出物と時を同じくして冥王星騒動が起こりました。こんどは何かな?楽しみです。いずれにしても上位の存在との関わりに関した事に何か変化が起こる可能性がありそうです。
2006.09.07
赤道。1)地球の南北両極から90度をへだてた大円。緯度をはかる基準線。2)天球上の創造の線。地球の赤道面を天球に延ばして交わってできた大円。*黄道1)地球から見て太陽が天球上を1年に一周するようにみた場合のすじみち。*赤は地球。おかあさん。黄色は太陽。おとうさん。すばらしい。こんなところにも色彩原理が息づいているのですね。今日あらためて再発見しました。
2006.09.06
次回のタロットのおえかき講座のことを考えています。12月に予定している展覧会は今のタロットのおえかきの人たちの絵の発表会でもあるわけですがそれが終わったあと今年の12月中にクリスマスとか冬至の頃0.愚者を描いてその後はひと月にふたつずつたとえば1月 いちがつ は1.魔術師と2.女教皇というふうに進んでいってまた来年の12月頃に発表会を兼ねた展覧会をしようかな、と今のところは考えています。
2006.09.06
気がつくといつの間にか日が暮れるのが早くなっていて宵になるとさまざまな虫の音がまるで繊細なオーケストラのように響く時に今年もなりましたね。わたしにとってはなによりも善きことのように思えます。
2006.09.04
西洋占星術的にプログレスの月が4ハウス蟹座ということもあり自分自身の浄化だけに留まらずルーツ的なところに意識が行っています。つまりご先祖様を遡る旅です。その課題に向かい合ってかれこれ一年いろいろなネガティブなものが噴出しました。でも不思議なのは過去の浄化が行われるとそれはとりもなおさず未来の浄化につながることですね。ご先祖様につながる菩提寺は真言宗豊山派。その中心存在は大日如来。光明真言をとなえると明るくうれしく光とよろこびにみちてきます。不思議なものです。このエネルギーはやはり私の血の中に血統として生きています。
2006.09.04
冥王星降格への反動として抗議運動が活性化し始めたみたいです。この記事をアップしているブログを見つけたのでわたしのブログにもアップしておきたいと思います。死と再生の星なのでまた再生の可能性アリ、というのはたくさんの人が言っていますね。
2006.09.04
開運というのはちょっと古くから使われている言葉の感じがありますが自分自身の人生を輝けるものに変えて行きたいという想いがこの言葉の根底には流れていますね。土曜日に千駄ヶ谷のせき坊さんの講座で作ったアートクレイシルバーのペンダントです。わたしはこれを自分で造ることでたくさんの気づきを得ることができました。うれしいです。家に持って帰ってゆうべアクアマリンの小さなビーズをのせました。ビーズがあるのと無いのとでは全く違った感じになります。
2006.09.04
アクアマリンの色はバラの花のようなビンク色が数種類。それと葉っぱのみどり色。水滴の形のペンダントの中にはピンクとみどりのアクアマリンがひとつずつ合計2個。葉っぱのお皿のような形のペンダントの中には五ボウ星形の形に5個のアクアマリン。色は同じくピンクとみどり。中心に白もしくは透明のアクアマリンが1個の合計6個です。
2006.09.03
そして太陽 = 愛ということで言うならわたしというマイワールドオーラフィールドにおいては自分自身の中心つまり心臓から放出した愛がとりもなおさず自分自身に帰って来ます。*わたしたちは地球を連鎖しながら生きているなかまたちなのでひとりが愛であふれたことは周りの人たちを変えて行きひいては地球に生きる 現在進行形地球に生きた 過去形地球に生きようとしている 未来形 全ての人たちを愛で満たしてゆきます。
2006.09.01
星の王子様に出てくるキツネが「責任があるんだよ」という言葉を言っていますが西洋占星術的に太陽意識を開発した人たちは月意識の人たちに対して責任があります。これは事業主と雇用者の関係にも似ています。土星意識を開発した人は太陽意識で生きている人ひいては月意識で生きている人達に対して責任があります。これは大企業の社長さんと部長さんたちと下請企業の人たちの関係にも似ています。冥王星意識を開発した人は土星意識で生きている人たちに対しても太陽意識で生きている人たちに対しても月意識で生きている人たちに対しても全てに対して責任があります。それは地球に対して神が責任があることに似ているのかも知れません。憧れを感じ導き引き上げてくれる存在が居ることはとてもありがたいことです。
2006.09.01
私たちは誰でも自分自身の人生の創造者 クリエーター でもあります。諦めたり棄てたりしては決していけない。そう思います。このことが一番土星が獅子座に滞在している今への宇宙的メッセージであるのかも知れません。
2006.09.01
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