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第一回ふるさと体験「桜と囲炉裏のオフ会」を行います。―楽天ともだちどなたでも―お喋りと、あなたのご意見をお聞きしたいのです。 日 時 4月10日(土) 会 費 10000円(飲食費・移動費・プチ宿泊)高遠の桜を見たあと、囲炉裏を囲んでいなか料理を楽しむという趣向をこころみます。もちろん、温泉に地酒とワインなども用意しておきます。地元の芸能なども楽しめるかも…!?ホテルのようなわけにはいきませんが、宿泊も可能です。ホテル希望の方は別途実費となります。人数は十名前後を予定しておりますから、人数が揃ったところで締め切らせていただきます。・地域をお知らせくだされば、行程などをお知らせ致します。 ・興味のある方は、僕のHPの 私書箱にどうぞ。 ・問い合わせ・お申し込み、どちらでも。 この桜よりきれいな桜をお約束しますなお、桜は10日には満開となるでしょう。写真の桜は、過年度のイメージ風景です。
2004.03.31
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「文春」問題はそろそろ切り上げたいと思っていますが、まだつづいてしまいますね。僕の事務所は小さな鉄骨2階建てだ。建坪も30坪ほどで、しかも薄っぺらだから遠くからはマッチ箱にしか見えない。大家さんは鉄骨主体の建設会社の会長だ。土地ごと借りて13年になる。この会長は、いまは80歳を越え90歳近くにもなる。この人が一代でたたき上げたと言ってもいい会社で、一時は当市でもっとも目立つ場所にもっとも大きな本社を構えて、数十人の従業員と数十社の子会社や協力会社を抱え羽振りも良かった。僕の事務所があった場所が、この会長が若いときに創業した場所で、その後に建物を建てて貸してくれたのだ。たたき上げの常で何かと噂を聞くこともあったが、僕にはそんな噂とは無縁なほど太っ腹な人で、とても良くしてくれて、破格の家賃で途中の値上げもせずに貸しつづけてくれた。僕が借りる話になったとき、ここから出た人は皆大きな会社を建てて、縁起のいい土地だと自慢げに語ってくれたものだ。家にも呼んで、貴重な書画骨董なども披露してくれ、ここにある自分の本は欲しかったらどれでもあげるとまでいってくれた。ところが、バブルがはじけて以降の景気の後退もあって、この大家さんの会社が倒産してしまったのだ。調べてみると、この土地からでて一時は成功したと思われた会社も、軒なみ傾いてしまっていた。これは危ない。銀行も、この建設会社をだいぶ後押ししたようだが、とうとう持ちこたえられず、何十億という負債を残して任意整理に入ってしまった。会社の不動産は競売にかけられることになった。僕の事務所の建物にも裁判所から調査に来て、値踏みをしていった。今は、競売物件を安く買ってニューリニアルして売り出すという会社があり、業績を伸ばしているらしい。僕の会社にも、そうした会社の社員が訪ねてきて、「ウチで引き取ったら、借りてくれるか?」と持ちかけてきた。そうなれば家賃の値上げは必至だろう。引っ越ししても印刷機械など重量物はそうとう費用がかかる。かといって高く借りるのもシャクだし、引っ越すのも大変だ。しかたなく、乏しい懐をさらにはたいて入札に参加することにした。2月、地裁の落札者発表会場には、大家さんの会社の社長夫人がいて、当惑した顔をしていた。そうか、大家さんも入札に参加していたのか。破産した人が破産物件の入札に参加するのはルールからいっておかしいが、そうしたことはよくあることだ。親戚などの名前を使えば可能で、借り入れ額の数分の1といった値段で取り戻すことができるから、うまい方法でもある。僕は、事前に最低入札価格の3割増しくらいで札を入れてあった。結果は、僕が落札者になって、引っ越しせずに済むことになった。予定外の突然の大きな出費となり、厳しいが通常の相場よりははるかに安い買い物だから、文句は言えない。ところが、帰ってから社長夫人から電話があった。「あの建物は、ウチで落札してまたお貸ししようと思っていたのに、裏切られたようで残念です。」というものだ。僕としては、流れとしてやむなく入札に参加したのだが…。ともかくも供託金は払ってある。後は正式に移転登記すれば、差し押さえした銀行からこちらに権利は移るわけだ。ところで、その大家さんがまだ家賃の集金に訪れるのだ。妻は入るときに敷金を3ヶ月ぶん入れてあるから、家賃を払うならそれを返してもらわなければおかしいのではないかと言う。僕も、筋としてはそうだと思う。しかし、13年も値上げも、更新もせずに貸してくれて、都合で家賃が遅れても待ってくれるなど、ずいぶん世話になってきた大家さんだ。困っているときに助けてもらってきたのだから、正式に書類が整うまではしかたがないではないかとも思う。と、僕の顔を見透かして、そんなことだから本業の仕事も甘くなるのですと、正論の嵐。う~ん、どうしましょう。
2004.03.30
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空きカンやコイビトをみだりに捨てないように!「文春」問題に始まった検証がまだつづいている。「楽天」のなかでの主張をすべて読んでいるわけではないが、僕のなかではすでに一定の答えがでている。しかし、検証をつづけることはけっこうなことだ。答え・「表現の自由」を掲げるには「文春」の記事のレベルは低く、被取材者を公人とするきめつけにも無理が感じられる。・報道が、たとえプライバシーの侵害にあたるかどうかグレーゾーンにあっても、表現の自由が最優先される。・司法は「出版差し止め」命令を出すことは、憲法の規定からも逸脱している恐れがあり、それ以前に調停などの方法をとるべきであった。・「出版差し止め」命令の決定に至る、司法の段取りや判断は軽率のそしりをまぬがれない。・・「文春」はとりあげるに足らない記事で「司法」を引き出すという、憂慮すべき前例をつくってしまった。というあたりだろう。 いずれにしても、これまでのことでは他人事だから突き放して回答を導くことができる。ここで、もう一歩すすめて、当事者が自分であったらどのように考えるのだろう。 この場合の当事者は、1、T氏長女の場合。2、取材側の場合。3、審査した裁判官の場合。をそれぞれ想定しておく。 今頃思い出したのだが、実は8年ほど前にある写真雑誌に僕自身が書かれたことがある。もちろん女優さんと浮名を流したなどという華やかなことではない。僕の書いた一行がモチーフになって映画化されたことで、作者の僕が取り上げられたのだ。 そのときには、実名・年齢・所在地の町の名が書かれていた。それだけのことであるから、そのことによってなんのメリットもデメリットもなかったが、もし僕が光源氏ほどの容姿だったら全国から女性が押し寄せて近所迷惑だったかも知れない。それを妬む男どもに命を狙われたのかも知れない。 とは大げさだが、なんで一介の市井人の僕がこんなところで晒されなくてはならないのだと穏やかでなかった記憶がある。 また、同人誌に書いたエッセーで、ある人のプライバシーをさらしたと猛抗議を受けたことがある。内容はほぼ事実であったが、こんなことを他人に知られるいわれはないと怒鳴られ、本を改訂して刷り直した。 裁判官の場合は経験がないが、ある警察官が所属する草野球チームの慰労会の後、職場の交番に戻ってから、交番の前を車で通りかかったチームメイトを検挙した事件がこの町であった。その警察官は、チームメイトたちに轟々と非難され、配置転換された。しかし僕は、そのとき彼の姿勢を評価した。 それぞれ、人によってどのように対応するかはわかれるところだろうが、当事者としての立場と第三者としての立場は違ってくることが多い。 おおむね、第三者としての立場を支持する意見が多くはなると思うが、犯罪事件などの場合、事件を追ってみると被害者より犯人に同情したくなるケースも少なくない。 人間が、結論づける答えがいつでも模範解答ではないということを肝に銘じておかねばならないだろう。alex99さんと秀さんのやりとりの微妙なすれ違いが面白い。また、僕が『文春』を買わずに『噂の真相』を買ってしまったことへのかきこみへの返事が長くなりそうなのでついでにここに書いておきたい。alex99さん>私はだから「噂の真相」等の雑誌の存在は貴重だというのです。>そういう雑誌や記事が言論の幅や深みや権力への歯止めを出しているのです。>例えそれ単独はゴミのような存在でも。>昔の東欧共産主義国の街なんか何も面白いこともなかったし、豊かさもなかった。>全体主義的に完全殺菌された街だったからです。>多様性を駆除した世界だからです。 日本で目指している(た?)共産主義・社会主義はかつて東欧の全体主義とはだいぶ中身が違う、まともで正当なものだろうという同情的認識が僕にはあります。しかし、社会はどのように整えようと不条理は払拭できない、不条理を消し去ろうとすればalex99さんの仰るように、「完全殺菌された街」的無機質な街になりやすいと思います。 サカキバラ少年を生んだ街は、新興住宅地ながら街としてはとても整理された美しい街だと聞いております。両親もどちらかといえばよくできた人たちだったと聞き及んでいます。とすると、むしろ無菌状態でそだったから発生した事件だったのかも知れないと…。 このところの、鳥ウエルスなどの発生もそんな環境での飼い方から発生している。鯉の養殖もそうです。効率の限界との関連性を感じてなりません。そうしたことでは、最低限の不条理が蔓延した不効率のなかで育ってゆくのがいいのか、よい環境を追求しつづけるべきなのか、実は僕にもわかりません。>私は改憲論者ですけれど、言論統制には大反対です。>どうも楽天ではワンパターンな図式ができあがっているようですね。>>改憲論者=言論統制に賛成>護憲論者=反対不思議ふしぎな超常現象でしょうか。やはり、どこかで自分の立場として置き換えて結論づけようとしているのでしょうか。あるいはそう結論づけるのもalex99さんのパターン化かも知れませんよ。>私は例外です。>言論統制というのは独裁者になろうという野望を抱いている人間が最初に手をつける方策です。>例えば今の日本で大新聞・テレビが決して口に出来ないタブーがあるでしょう?>久米宏も筑紫哲也も何億円もの年収を得ながらこの問題からは逃げる。>それは創価学会批判。そうですね。僕は創価学会が日本の独裁者にまで上りつめるだけの実力をもち得ないと思っていますが、宗教と政治をたくみにつかいわける世渡り上手がありますからね。政教分離を掲げていますが、誰もがそれを信じていない。しかし、得票率は着実に上げてきている。創価学会の御用政党公明党の功罪については一概にはいえませんが、大きな問題になるほど罪が大きいと僕は思っています。改憲問題が日程にあがった場合、「改憲論者」のalex99さんより公明党の姿勢のほうがよほど危険だ。(▼ー▼メ)>ジャニーズ裁判に関して私が書いたら削除されましたよ。>どうも楽天の自主規制らしい。>楽天も独裁者になりたいのか?それについては????もの言えばくちびる寒し…。ではないですよ、本当に???です。 アメリカの牛肉輸入はいつ頃再会されるのでしょうか?
2004.03.29
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モンゴル事情 -1-信州はようやく梅なんです。 大相撲春場所は15日間の幕を閉じ、朝青龍が、2場所連続の全勝優勝で6度目の賜杯を抱いた。2場所連続全勝優勝は、貴乃花(元横綱、現親方)以来の快挙で、15日制が定着した1949年以降4人目。30連勝も昭和以降歴代6位の貴乃花と並ぶ記録だということだ。元横綱北の海の全盛期には、小憎らしいほど強いと言われたものだが、今の朝青龍は「小」をとってもいいくらいに強い。何かと物議を醸している朝青龍だが、この強さの前では何を言っても、ひかれ者の小唄(わかるかなーこの喩え)にしかならないだろう。またこのところ旭天鵬はやや精彩を欠くが、その他のモンゴル勢も強かった。朝青龍の弟弟子の朝赤龍は最後まで優勝争いに残る13勝の好成績だったし、十両でもモンゴル出身の白鵬が優勝した。大相撲はハワイの黒船が去ったと思ったら、今度は蒙古襲来をおもわせる様相だ。モンゴル出身力士の強さは、モンゴル相撲の伝統をひきつぐ足腰の強さがあるのではないか、というのはわけ知り顔の評論家のいいそうなことだが、やはりハングリーなチャレンジ精神と、格闘技に向いた性格があるのかも知れない。モンゴルから信州大学農学部に留学していたムンフバト君(こんな名前のような気がしたが記憶不鮮明)が帰国して、モンゴルの国立大学の学長になっている。まだ30代だとおもったが、人材不足の国ということはおいても大抜擢だ。学生時代はこの町に住んでいたので、ついクン付けで呼んでしまうが彼におごってやった知り合いもたくさんいるはずだ。以前に当サイトに書いたが、僕の友人は彼の要請で(といっても渡航費用は自費だが…)モンゴルに行き、しばらく滞在してきた。友人から聞くモンゴル事情は興味深いものだ。(これから語る記述が間違っていたら僕ではなく、友人のK君の責任ということでよろしく。)モンゴルは日本の4倍ほどもある国土に230万人ほどが住んでいるだけというから、その全人口は長野県ほどしかいないことになる。今でこそ世界でも最貧国のひとつだが、その昔はチンギスハーン(幼名はテムジン)が建国したモンゴル帝国は世界を制覇する勢いだった。第五代のフビライ・ハーンは東は朝鮮半島から西は中部ヨーロッパ、北はシベリア、南はインドという広大な領土を治め、中国の南宋をも制圧し、元朝を確立わけだから、向かうところ敵なしという状態だったわけだ。日本征服も狙って蒙古襲来をかけたのもこの頃だ。 (前日の日記につづく)
2004.03.28
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モンゴル事情 -2- 栄華を誇った元朝も、中国の明朝に破れモンゴル高原に撤退することになったのだが、国も大きくなりすぎると意外な脆さを露呈してしまうものだ。日本攻略に二度までも失敗して、軍を消耗させすぎてしまったのかも知れない。明朝に破れたのが13世紀半ばで、それから18世紀まで戦乱がつづいたというから、さすがに強固だった国もとことん疲弊しきってしまったのだろう。18世紀には、全モンゴルが満州人が中国に建てた清朝に支配され、19世紀に入るとロシアの支援で独立し、社会主義国としてロシア→ソ連の影響を受けていたが、ソ連の崩壊によって、ようやく正真正銘の独立国に戻ったわけだ。しかし、一度ならずとも長い間堕ちるところまで堕ちてしまった国だから、建て直すのは容易ではないだろうが、経済はやや上向いてきたという。と、簡単に歴史的背景を書いてきたが、遊牧人の血をひくモンゴル人たちは元は世界に君臨したというプライドも高く、一旦火をつけると闘争心も激しいものをもっている。また、貧しい食生活だが精力の強さは抜群だという。そうとうな老人夫婦であっても、若者に負けないほど愛し合っているという。友人は黙して語らないが、さぞかし貞操の危機に襲われたことだろう。いつかも書いたが、モンゴルでは(全部とは言わないが)不倫という概念がないそうだ。気が合えば、隣の夫婦同士であれ旅人とであれ、馬を駆って草原のかなたで愛し合ってくることはごく自然の姿なのだそうだ。そのかたちは、かならずしも騎乗位というわけではないようだが…、知~らない。実の夫婦たる相方が、それを妬いて刃傷沙汰に及ぶなどと言う野暮なことはないし、その結果生まれた子供の父親はいったい誰か、という詮索もしないそうだ。同じゲルの中で生まれた子供は、みんなひとつ家族だという思想で、なんともおおらかなのだが、これも近親勾配を避ける知恵だったのかも知れない。国土は4000mを越える山脈を抱える高地にあり、馬以外にあまり交通機関が発達していないから、モンゴルの人々は居ながらにして高地トレーニングをしているようなものだ。こんな国から来た男たちが、弱いはずがないのである。武力でかなわなかった悲願の日本征服は、日本の国技である相撲で果たされることになったということであろう。もっとも、生まれたときに赤ちゃんの尻にあるモンゴル斑は、蒙古襲来のときに渡ってきて、日本人のなかに同化したモンゴル人の置きみやげかも知れない。それにしても朝青龍は憎たらしいほど強い。このさい日本の肥満児たちをモンゴルに送り出して鍛えてきたらどうだろう。サマワに行くよりよっぽど国際貢献になるのではないだろうか。
2004.03.27
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〈反権力〉猥雑メディアの落日『文春』の出版差し止め特集号を買おうと書店に行ったが売り切れだったため、休刊になった『噂真』の休刊記念別冊という『追悼!噂の真相』を買ってきてしまった。『文春』のゴシップを嗤いながら、それよりもっと過激で低俗な『噂真』を買うとは終始一貫していないと言われそうだが、人間とはそういうものだと、強弁。僕は、お寺や神社に入れば素直に掌をあわせるが、週刊誌を手にすればまっ先にヌードグラビアを開くようなヤツなのである。『文春』と『噂真』の違いは、徹しているかどうかの違いである。モラルをもとめるような語り口をしながら売らんかなのゴシップを垂れ流している雑誌と、はじめからタブーやモラルを無視し開き直っている雑誌の違いである。『文春』を読むときは、ゴシップといえども全部とはいわないまでも、かなり信憑性があるだろうとおもって読む。一方『噂真』を読むときには眉に唾をつけながらニヤニヤと読む。この違いである。法律的な判断では同列でも、読者としては別の判断基準をもって読むことになる。こうしたことで、先に『文春』にはクオリティーの高い内容を求めたのである。という僕も『噂真』の熱心な読者だったとはいえない。気にして読み出したのは田中康夫が長野県の知事選に出るときに、『噂真』に連載している「ペログリ日記」があまりにも品がないとして、相手側の争点としてさかんに出されたからである。あのときはそれしかないのかいといわんばかりの「ペログリ」攻撃だった。すぐに図書館に行きバックナンバーを読んで、なるほどこれはこれはちょっとナーと感じて、とくに過激な号はすべて借りてきて、投票日まで返却しなかった。それ以来のことである。知事になってからの「ペログリ」は毒を抜かれたマムシのようなものである。言うまでもないが、作家の書く文章内容と知事としての資質とはまったく無関係、別物である。いま立派にやっていれば問題がない。ともかく『噂真』の誌面構成は以前に書いた新宿ゴールデン街から三丁目あたりの匂いそのままで、猥雑でへんに知的でさえあるエネルギッシュさを感じた。大手スポンサーにそっぽを向かれ、文化人や政治家など有名人には毛嫌いされ、ときには同誌の執筆者さえ叩いてしまうという傍若無人ぶりは、逆にある水準の人たちには強い支持を受けていた。「風俗」などいかがわしい広告や荒木経惟の猥褻写真も、この雑誌のいかがわしさと闇鍋のような面白さに一役買っていたのかもしれない。しかし、なんといってもこの雑誌のモチベーションは〈反権力〉ではなかったろうか、数は定かではないが、『噂真』によってパンツまで脱がされ脛の疵を暴かれた政治家はゴマンといる。政治家への追求では〈反権力〉ぶりは骨があった。ことに森喜朗前首相の買春疑惑や東京高検の検事総長の愛人スキャンダル問題では、『噂真』での報道をきっかけに大騒動になり、とうとう辞任に追い込むなどの硬派ぶりをいかんなく発揮した。それらとともに、「プライバシー」や「虚報」をめぐる訴訟も日常茶飯事の雑誌だったが、一定期間を過ぎてしまうと叩いた当事者でさえ支持者にしてしまうようなところもあったのかも知れない。今回の『追悼!噂の真相』にも、さんざん叩かれた人たち多数が、恨みつらみとともに惜別の言葉を寄せている。
2004.03.26
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人形(ひとがた)作家の小林とむぼさんがピアニストの根岸弥生さんのことを紹介しています。根岸弥生さんは、以前から素晴らしいピアノを弾くと聞いていた人ですが、私はまだ聞いた事がありませんでした。彼女は、右目が全く見えず、左眼が13センチのという視力で、精神的な要因で、完全に見えなくなる事もあるそうですが、そんな時にも演奏はやり遂げるそうです。最近まで、その事に甘えるのが嫌だと、隠していたらしく、誰もその事を知らなかったそうです。でも、最近になり、コンサートの演奏終了後、主催の方が公表され、その結果、友達や仲間が凄く増えて、今では、障害がある人たちと一緒に動く事をしたいと、活動を始めたそうです。詳しくは、根岸弥生さんのサイトもありますから興味をもたれた方は開いてみてください。1984年生まれですからまだ20歳くらいにしかならないのに、すばらしい経歴を持っています。といっても、経歴のことはともかく、一瞬ですばらしい才能の持ち主だと理解できました。彼女の書く文章を読んだからです。また、人との触れあい方がとても柔らかくていい。もう、とむぼさんのファンからこちらに乗り換えようと思います。ボーイフレンドとの出会いと別れのシーンも気負いなく、しみじみと書かれています。ちょっと、ココをクリックして、その一部を読んでみてください。
2004.03.25
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さいきん楽天友だち周辺で「ブックオフ」のことが話題になるが、昔ながらに崩れそうなほど古書が山積みにされていて、客として店の奥に入るのも難儀な店がわが町にある。もう、この町に住んでいれば知らない人はないだろうが、そこのオヤジさんは相当のインテリだったということを聞く。なんでも、人差し指かチョキの指で数えられるほどの大学だというから、あの大学のことだろうか? そのオヤジさんの顔も数年前まではときどき見えたが、いまは入り口付近にまで本が高く積み重なって、奥が見えないため、ついぞオヤジさんの顔も見たことがないのだ。それだけ、客が「ブックオフ」などに流れてしまっているんだろうな。それでも本を持ち込まれると買っているんだろうな。ちょっと気の毒になる。その一流大学の頭脳は古本屋の経営に生かせなかったのだろうか(もっとも、僕も「川柳つくる才能を少しは仕事に…」とはよく言われている(-。-、)グスン)。今日、その店の前を通りかかったら、「野ばら社」という出版社の古い歌集が目に入った。おぉ、お姉さま方が喜びそうな懐かしい歌がずらりと印刷されている。「雨降りお月さん」「月の砂漠」「赤いサラファン」「あざみの歌」等々…。一冊100円か、安いなー。なにか「野ばら社」って、懐かしい匂いがあるんだけれど今でも健在なんでしょうか。あの下手な図案の「カット集」なんかもあったような気がするし、お利口さんのための本をいくつも出版していたなー。「ブックオフ」はかなり最近の本でも安く買えるけれど、カビのにおいのするような古本屋も、あの時代に連れ戻してくれそうなペーソスがある。けっこういいもんですよ。
2004.03.24
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このところの「文春」問題で、個人攻撃的な日記や書き込みも目にする。意見のわかれる問題で、異論を闘わせることは有意義だと僕は思っている。信州人は議論好きといわれることがあるが、冬が長いこともあって、炬燵やストーブを囲めば自然に何か喋ることになる。僕は奥ゆかしいほうなので(^_-;)、もっぱら聞き役だがときにはささいな問題でも激論になることもある。激論になるが、それを根に持って相手を罵倒するということはない。僕の周辺の人間はたいがいそのようだ。議論というからには、異論が交わされるのは当然だという意識が前提としてもっているからだ。相手の反対意見を聞きながら、大反論を展開して、実はつぎの機会には相手の主張の一部をちゃっかり自分の中にとりいれることだってある。これを節操がないという人がいるかも知れないが、議論というものは相手の発言が正しいと思ったら認めたほうがいいのは言うまでもない。それに、なにより相手の異論と自分の考え方を並べることで、より深く見えてくるものがあるのが普通だ。たいいち明日もストーブやコタツの周りに気持ちよく来たいのに、つまらない議論で人間関係をダメにしたくないでしょうが…。そんな暗黙のルールがあるから、コタツ議論も日を追って有意義に深まるともいえる。ところが、意見が分かれて当たり前のような問題にまで自己主張を通そうとすると、つい相手を罵倒したり、本論と関係のない部分までも攻撃の対象にしてしまいがちだ。イラク戦争が始まる前後も、楽天内では殺風景で殺伐とした言葉が飛び交った。絶対に交わるとは思えない主張であっても、楽天の公開制を悪用した狼藉三昧な書き込みがされているのを、あちらこちらで経験した。僕も、いささか不愉快な経験もあった。虻かヤブ蚊のようにうるさい書き込みも、今日のように多少雲行きが変わると音無しの構えになる。無名性のなんと便利なことよ。しかし、それらを相殺してより増す嬉しいことは、この楽天で知り合ってこころを交わせる人が何人もできたことだ。もちろん、そういう人の何人かは本名を名乗りあっているし、直接電話などでも話しをすることができる。そして、今までの友人たちだけでは得られなかった、さまざまな知識や考え方を貰えるという余録までついている。自分と意見が違うといって、論破したり、相手を罵倒したりすることは、本人にとって何の利益も生まないと思う。そのとき、多少は気分がすっきりするかもしれないが、論破できたとしても、反感は深く根深いものになって人間的にも拒絶されるものだ。ときにはおもわぬ憎悪を受けることにだってある。そして部外者の第三者も、書いた内容からその人の人格を見ているものだ。楽天では匿名だから、嫌われようと憎まれようと、いいという人もなかにはあろうが僕には理解できないね。激しくさっそうとした意見には得てして同調者もでるが、だんだん似たレベルの集まりのサイトに堕ちてゆく。そして、そういうお調子者たちは離れることも早く、やがてさびれてゆくのだろうなぁ。まぁまた新しく立ち上げればいいか…。
2004.03.23
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「週刊文春」出版差し止め問題を最初に聞いたときには、ヘェーという驚きと同時に鬱っとおしい気分になった記憶がある。ひとつは、コトが何であれ、マスコミに司法が介入するとはただごとではない。言論機関への権力の介入は、とことん慎重でなければならない、というのはいうまでもなく僕の中にも、誰の気持ちにも大前提としてあると解釈していた。その記事が田中ファミリーのゴシップの差し止めというではないか、おもわず「くだらん」と呟いてしまった。そういうことではどっちもどっち派だろう。さまざまな考え方があるのを承知で、あえて僕の考えをいうと新聞同様、週刊誌にもクオリティーというものがあってしかりだと思う。エログロや怪しげな記事で埋め尽くされている三流誌と『週刊文春』も、建前としては同じル-ルが当てはまるのだろうが、一般読者のなかにある、倫理的なクオリティーは別なのではないだろうか。たとえば銀行の待合室に「文春」や「アエラ」はあっても「大衆」や「実話」はない。週刊誌を買うことはほどんどないが、電車などで遠出したときに持ち帰ることがある。わが家の茶の間でも、「ポスト」や「現代」までだったら置いて貰えるが、写真週刊誌はエロ本扱いである(その差別がよくわからんのですよ、カミさん)。「週刊文春」のイメージは、先の芥川賞というブランド品をもつ老舗、週刊誌のなかではやや硬派なイメージで売ってきた。「田中角栄」追求の頃から、記事に対して「大衆」や「実話」よりは信憑性をもって接していた人が多いだろう。2002年から毎年出している「文藝春秋」版の『日本の論点』などは「文春」のクオリティーの高さを示す好企画だと、少なくとも僕はそう思ってきた。だから、くだらん記事でつまらない前例を引き出して欲しくなかった。一定のクオリティーをもつということは、倫理的なことでいえば社会的な責任も三流週刊誌より高くなるのではないだろうか。そんなことはどうでもいいというのであれば、気どっていないで週刊誌のイメージを「芥川賞作家のヘアーヌード」などという企画に変換してゆけばいい。あなたはそうではないでしょう、という一種の思いこみもあって僕は「文春」に、屁ともつかないゴシップ記事で司法とおっかけっこをしていないで、もっとやるべきネタがあるんではないですか? と突きつけたかったのだ。田中家長女が公人か私人かなどという論争にも興味がないし、プライバシーが存在するか否かということにも、どちらでもいいんじゃない程度の興味しかない。しかし、少しでも成熟した社会にしようとしたら、司法の介入が入る前に自分たちの力で、のぞき見を「売り」にすることが恥ずかしいとおもえるような環境作りをするべきではないだろうか。「文春」がやらなかったら、できるところはないでしょうに…。のぞき見はそういうマニアックなところにお任せしておけばいいのです。こんなくだらない記事のことで、「表現の自由だ」「プライバシーの侵害だ」などと騒いでいるより、もっと深く追求すべきことがあるのではないですか!? ということを主張したかったのですよ。でもでも、皆さんが書いておられることを読むと、それぞれに肯けるし、なるほどなぁとも思う。自分と違う意見の方々は情報の宝庫です。罵倒意見からはなにも欲しくはないけれど…。しかし、イラクでもますますテロと呼ばれるレジスタンが激しさを増してきたり、スイスラエルが「バレスチナの要人を皆殺しにする」と、堂々と宣言したりしていのに、日本は平和でようござんしたねぇ、と思ってしまう。
2004.03.22
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以前に「高遠さくらホテル」が総支配人を募集しているという話題を書きました。なんと100名以上もの応募があったそうです。僕の日記を読んで応募した人もいるのかなぁ。温泉もなかなか良い造りですし、ホテルもまあまあ洒落ていて質としては悪くないから、支配人としてのノルマ達成もそんなに難しくないかも知れません。問題は、そこの従業員とのチームワークや町のフォローでしょうね。それにしても町の知恵が足りないから、外部の人に頼ろうと始めたことですから、応募された方のお手並み拝見というところでしょう。 寒さが戻ってきましたなんと、こちらまで…。ところで、市町村による第三セクターのつけはあちらこちらにあるものです。実はこれも以前に書きましたが、僕もある施設の運営についての相談を受けています。まだ、引き受けるかどうか決まっていませんが、一応コンペだけは提出してあります。このコンペというのが、限りなく楽天友だちなど友人・知人の皆さんのご協力を前提に立てたものなのです。そこで、保養施設の運営に興味をお持ちの方で、場合によっては経営に、いや知恵だけなら、客としてなら…等々、協力してもいいという方、僕の企画書を読んでみて戴けませんか。題して、「銀河村」運営大作戦 !?
2004.03.21
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きょうは、小雪がちらつく天気でしたがちょっと佐久まで足を伸ばしてきました。俳人・島田牙城氏が主催する「朗読火山俳」という催しがあったからです。俳句を朗読で聴かせるというこころみで、今年で3回目になります。 島田牙城氏の熱演北大路翼氏の色気? 目黒新樹氏のはつらつとした朗読は女性ファンに人気 天狗仮面・宮崎二健氏と妖艶・櫂未知子さんの存在感 藤原龍一郎氏とユぴさんのコラボレーションもお見事 土屋郷志さんの朗読は、滋味がありましたそのほかにも、芸達者の奇人・奇才が多数出演しての楽しい一日でした。パーティーも、楽しかったですよ。川柳もしっかり宣伝させて貰えたし…。あとは勝手に想像してください。では!宮崎二健さんの崎は機種依存文字で表示できません。ゴメン。
2004.03.20
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先頃、僕も小林よしのりの>『ゴマニズム宣言・砂塵に舞う大義』について評価する意見を書きました。小林よしのりはまんが家として青少年への保守主義に影響を与えてきた人、西部邁は保守の論客で「新しい教科書を作る会」などとも関わって、やはり保守をリードしてきた人です。このため、リベラル・左翼などの側からは敵意とまでいかないまでも、かなり白い目でみられていた二人ではないでしょうか。今でも嫌いだと言明する人の方が多いと思います。僕にもかなりのアレルギーがありました。その西部邁氏がこともあろうに、あの「週刊金曜日」の今週号に「親米保守の首を獄門にさらすべし」と題してインタビューに応じています。このことは今日の秀さんの日記に詳しく書いています。さすが、秀さんも驚きを隠せないといった感じの書き方でしたが、この西部氏も小林よしのり氏も、少なくともこのイラク戦争についてはあるいは左翼陣営よりも一貫した正論を吐き、言葉にかなった行動をしています。米英によるイラク攻撃が予想された時期から、アメリカの流す主張に無条件に同調して自己矛盾の軌道修正を続けているおバカさんたちに、この二人の爪のあかでも飲ませてあげたい。そのくらい、きっちりとした物言いをしています。もちろん、秀さんも言っているように、歴史観では僕にも彼らと意見や見解の違うところはかなりあります。しかし、この二人とは膝詰めで腹をわって話せるのでは、という印象をもっています。信じることには利害を超えて立位置を変えることのできる柔軟性をもつと見るからです。何よりも大きなところは、当たり前といってもいいことですが、自分の頭で考え自分の意志で発言しています。ブッシュや小泉首相の発言に、多少自分の味付けをしただけでアナウンスしているだけの政府の提灯持ちの学者たちとはまったく違います。あえて言うと、親米右翼側だけでなく左翼側にも、宗教政党にも、逆の意味で立場に固着しすぎて自らをみていない傾向があります。たとえば赤■新聞や聖■新聞が書くことはすべて真理であるというような思いこみ、これは間違いの元です。たとえ99%正しいと自分が信じてきた物であっても、一つひとつの物事は自分できちんと咀嚼して判断すべきではないでしょうか、1%が決定的な間違いということだってあり得るのです。何事もうのみはいけません。ましてや、多くの人命にかかわることや、自分や家族、友人、知人、そしてその安全を保証しなければならない地域や国の方向にとって、何が正しくて何が間違っているかということの判断は、受け売りの知識で講釈をたれるのではなく、自らの信念で語って欲しいものです。これができない人と話してもむなしさが残るだけです。先日おこった週刊『文春』の出版差し止め訴訟問題についても、新聞・テレビなどでさまざまな意見がなされています。これも僕とリンクしている人の範囲でも、秀さんが書いたのにつづいて、今日の楽天日記で東京犬さんやalex99さん、しげぞーさんなどが書いています。僕は、この件に関しては東京犬さんの考え方を支持します。マスコミの横暴ぶりについては「文春」だけの問題ではないという、alex99さんの意見についてもおおいに肯けるところはあります。僕はこの問題の各論的な妥当性うんぬんより、マスコミが本来書かなければならない問題はもっと先の大きな権力側にあって、表現の自由を楯にとるに足らないゴシップ記事で、売れればいいという誌面づくりに走っていることを危惧します。これはテレビも同じです。もっとひどい状態があるのに「文春」だけやり玉にあげるのは不公平というのはちょっと違うと思います、文春が多少はましな週刊誌だから「ブルータスおまえもか!」という気分になるのですが、いかがなものでしょう。もっとも「文春」は芥川賞のお嬢さんたちに稼いでもらい、この問題のおかげでまたまた大売れをしたようですが…。こんな屁にもならない記事に、表現の自由などという伝家の宝刀をちらつかせていたのでは、これはいずれ自らの首をしめることになってしまう行為ではないかと僕は思います。結局権力の介入を引き出しやすい道筋をつけてしまったわけです。眉唾ものの多い週刊誌も、ときには大新聞の書けない問題で、第四(?)の権力としての力を発揮できることはよくあります。またそうして欲しいものです。ことに今はイラク問題、日米関係など目を向けチェックしなければならないネタが山積しているはずです。どうか、ヤボネタでオオカミ少年の轍は踏まないで欲しいものです。上記の発言に疑義がだされましたが、BBSに書き切れませんので、こちらにUPします。alex99さん>目が曇っていませんか?あなたのような絶対平和・護憲主義者が、個人のプライバシーは大切だ、マスコミはひどい、それだけでいいのですか?とりあえず、上記の「絶対平和・護憲主義者」について訂正をお願いします。僕は「平和主義者」ではありますが、絶対はつきません。また現在はある意味で「改憲主義」かも知れません。憲法は「自衛隊による自国防衛の存在と拡大解釈不可能な他国不干渉」を憲法のなかに明記せざるを得ないと考えています。もちろん、変えなくてすむのならそれにこしたことはありませんが…。>その先の言論統制の危険性を、右翼と誤解されるかも知れない私が警告しているんです。BBSでの討論を読んで下さい。BBS読ませていただきました。僕はalex99さんを右翼と同列などとは思っていませんよ。それはともかく、もう僕がお答えするまでもなく東京犬さんが書いています。次の部分はほぼ同感です。東京犬さん>私の日記にも書きましたが、私は地裁の決定にもろ手をあげて賛成しているわけではありません。地裁の決定を批判する気にはなれないという程度の気持ちです。また、かりに今後同じような出版差し止めの事例がつづくとしても、私はそのつど是々非々で考えてまいります。すべてを「容認」するつもりはありません。 僕は、ネタがネタでしたので、今度の「出版差し止め」問題そのものにはあまり興味はなかったのです。しかし、これに対するとくに週刊誌系マスコミ各社のコメントが気になったので発言したのです。「文春」の「選挙に出るかも知れない人」というだけで公人と決めつける手法、これは拡大解釈が過ぎます。他の各社も「表現の自由・言論出版の自由」を叫ぶには、ネタがあまりにも低レベルな問題と感じたのです。過去の三島由紀夫の『宴のあと』、永井荷風?の『四畳半襖の下張り』、柳美里の『石に泳ぐ魚』などの裁判のときの衝撃度からいうとゴミみたいなレベルだと思ったのです。僕もalex99さん同様、表現世界への権力の介入には反対です。しかし、現在のマスコミ界はわざとつけこまれるようなボロな話題づくりに奔走しているように思えるのです。ひろく大衆の支持を受ける問題で闘って欲しいと思うのです。alex99さん>しかし、プライバシーの侵害などを今さら言うのであれば、ササキバラの家族などはどれほどの侵害をうけていますか?彼らは世間の非難を一身に受けているからこそ裁判所に提訴しませんが、客観的に逐次該当する報道を精査すればプライバシーの侵犯など星の数ほどあるでしょう。したがって、問題はなぜ今回のこの田中の件だけに裁判所がこうした特例の判断を下したのか? それが妥当だったのか? というポイントだと私は思います。僕は、これが妥当か否かという視点で問題をとらえてはいませんでした。サカキバラ問題、日本の法律では加害者保護にくらべ被害者救済が立ち後れているというような問題とか、社会がかかえる不条理は多々ありましょうが、ここではそれらと別問題として考えたほうがスッキリすると思います。>端的に言いますと :社会的に極度に直近の危険性が認められる事例は例外として除いて、それ以外の一般的な報道の中のプライバシー侵害に対する判断及び保証は、裁判というプロセスを通じて実現されるべきだと思うのです。一裁判官の独断でもいけませんし、たとえ協議での判断でもいけません。社会からの意見と裁判の中での精査を受けるべき問題だと思うのです。一案ですが、この担当裁判官、鬼沢氏、横溝正史の小説の登場人物の様な名前ですが、この方を弾劾裁判に掛けて、世論にも問うてみるのがいいかも知れません。このご意見に関しては同感です。僕がいいたい主旨は、マスコミはわざわざ権力の介入を許すような甘い判断(今度の例では「文春」の田中長女への公人との判断)をせずもっとやるべきネタがあるでしょう、ということなのです。司法の判断の是非については主張を展開させたいとする材料を持っていませんでした。いやこのやりとりだけでも、また学ばせていただきました。ところでこれで、「現代」や「ポスト」がヘアーヌードグラビアは自粛しますなどと言って欲しくはないですね。……こんな程度の主張ですよ、僕のは。
2004.03.19
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東京のさくらは元気ですか今日は、ちょっとまじめに川柳とはどんなものなのか、俳句とはどのように違うのかをUPしてみます。ちょっと長い文ですがぜひ読んでください。俳句と川柳の特徴を、ごく大雑把にわけてる方法として「モノ」と「コト」と言う人もいます。これは俳句が、芭蕉の確立した俳句定義以降、自然や風景など「モノ(物)」を詠み叙情や叙景を主体にしてきたのに対して、川柳は「コト(事)」人の動きによって生じる現象を詠んできました。俳句・川柳のルーツになる文芸は、江戸時代に俳諧の「前句附」という娯楽的な文芸から、前句を外して五・七・五の発句を独立させたことに始まっています。発句が俳句の前身なら、川柳は七・七の短句、また五七五の長句と交互に詠み続けていく、連句形式の上の句(五・七・五)と下の句(七・七)を抜きだして、附けあう前句附から発生しています。たとえば、 切りたくもあり切りたくもなし という七・七の前句を題に、 泥棒を捕えてみれば我が子なり という五・七・五の附句をつけて、両句のあいだにはたらくウイットやユーモアを競い合うというもので、江戸時代に一種の懸賞文芸として、庶民の間に流行したものです。この前句附の前句(題)を切り離して、「五・七・五」の一句立て形式にしたものが川柳です。その懸賞文芸の点者(選者)いうなれば胴元が柄井川柳です。したがって、川柳は柄井川柳の名前から「川柳」と呼ばれるようになったのですが、もともとは俳諧そのものなのです。柄井川柳の撰集である《誹風柳多留》は、すべて前句が省かれ、一句で意味がわかる面白い句ばかりが選ばれています。つまり独立文芸としての川柳は、「人間のウイット」を詠む俳諧だったということになります。一方俳句(この頃はやはり俳諧といった)は、芭蕉によって真善美の世界に入り、芸術性にまで高められたといわれています。さらに、正岡子規の俳句革新運動によって写生俳句の世界が確立していったわけです。正岡子規については、俳句サイト「むしめがね」で四ッ谷龍さんが詳しく書いておりますので一部参照させてもらいましょう。正岡子規は芭蕉に対する批判者として俳句界に登場した。子規は評論「芭蕉雑談」の中で、芭蕉の高名な俳句を次次批判した。芭蕉の業績を全面的に否定したわけではないが、芭蕉の俳句には説明的かつ散文的な要素が多く含まれており、詩としての純粋性が欠けていることを難じたのであった。一方子規は、それまで十分に認められていなかった蕪村の俳句を賞揚した。蕪村の俳句が技法的に洗練されており、鮮明な印象を効率よく読者に伝えている点を高く評価した。西洋の哲学に接した子規は、文学や美術において、事物の簡潔な描写が表現として大きな効果を上げると確信し、「写生」の手法の重要性を説いた。こうした考えから、子規の俳句は視覚的なものとなり、かつ簡潔なスタイルを持つようになった。子規の俳句革新は日本中に大きな反響を巻き起こし、低迷していた俳句界は活気を取り戻すことになった。(中略)子規は「連歌形式の俳諧」の文学的価値を否定した。また発句に代わり俳句という呼称を常用した。というように、俳句は時代の大きなうねりのなかで一旦は「俳諧」を捨てるかの方向転換をしながら現在にすすんできているわけです。これに対して川柳は俳諧の原型をたもちつつ、独立した発句形式の平句という形をつづけてきましたが、ウェットの競い合いがだんだんとエスカレートしてゆき、体制批判はもちろん、男女の色恋から色情もの、他人の当てこすりといった(品のないといわれる)文芸になってしまいました(まあ、これはこれで歴史的価値もあり面白いと再評価が進んでいますが…)。これはひとつには、当時の川柳点が作者名をつけない無名性(匿名)であったことが大きな原因でもあるのでしょう。匿名だと、何でもありで言葉が乱れてゆく(これは、この楽天のBBSでもいえることですね。)。しかし、体制批判したら即重罪の時代にあって、無名性は必然性があったわけです。実は投句者は町民より軽輩の武士が多かったという説もあります。その川柳も、明治時代から「川柳一〇〇年の負債を返せ」という、狂句排斥運動がおこり、「ことば遊び」から脱して、近代的な文芸精神に目覚めました。これが新川柳で、新聞・雑誌を拠点に、やがて全国に結社、機関誌が生まれ、大正期に引き継がれます。大正期には、優れた作家があいついで登場、後半期には、既成川柳に飽き足らぬ改革派による「新興川柳」運動も展開され、川柳界も変革をつづけてきます。(参照・「ドクター川柳」)この頃、作家の吉川英治も吉川雉子郎という名前の川柳作家として活動しています。このくだりも一部「ドクター川柳」を参照させてもらいます。 柳原涙の痕や酒の汚点 吉川雉子郎「柳原」は神田川沿い南岸の土手で、古着の露店が並んでいた。「涙」 も「酒」も、古着にしみついた人間の喜怒哀楽、浮世ドラマの縮図だ。 貧しさも余りの果ては笑ひ合ひ 同という代表句もあります。このように、人の悲喜こもごもの機微を表現するのにかなった文芸として見直しがすすんでいったわけです。当時の句に、つぎのようなものもあります。 質屋から動いて戻る金時計 吉田 一斗 上ばかり見て歩いても墓へ来る 高木夢二郎昭和のはじめには鶴彬という川柳人がいました。反戦川柳人として軍部や体制を批判する作品をつくりつづけて特高に捕まり、プロレタリア作家の小林多喜二どうようすさまじい拷問のすえ獄中病死しています。赤痢菌を打たれた疑義が強くのこっていますが、真相は闇の中です。彼は「現代の抑圧されている民衆の詩、それが川柳なんだ」といっています。彼の作品を少しまとめて紹介してみます。 みな肺で死ぬる女工の募集札 手と足をもいだ丸太にしてかへし 屍のいないニュース映画で勇ましい 凶作の村から村へ娘買い 修身にない孝行で淫売婦 ざん壕で読む妹を売る手紙 玉の井に模範女工のなれの果て 米つくる人人 粟 ひえ食べて川柳が滑稽から離れて、痛烈な体制批判の詩となっています。このように俳句が花鳥諷詠の上品な世界にふけっているあいだに、川柳は俳諧の自由さを活かし、人間すべてをテーマに創作の場を拡げていたわけです。この頃、鶴彬とライバルだった田中五呂八は彼を批判して、詩性川柳を標榜しています。 人間を掴めば風が手にのこり 田中五呂八 月に寝る橋の長さを振りかへり 神が書き閉づる最後の一頁 闇を切る星の深さを闇が吸ひ言葉が生き物として時代ごとの変化をみせてきたように、川柳もさまざまな変遷を経て、人間追求から言葉の組み合わせによる意外性の発見まで、多様性をふくむ詩形へと変化してきています。これは俳句にもいえることで、高浜虚子と覇を争った河東碧梧桐にはじまる自由律俳句の流れ、よく知られているところでは山頭火や尾崎放哉など定型や季語を無視した作品も活発に創られて、現在では限りなく正岡子規の唱えたルールから離れようとしているかのグループもあります。しかし、いまでも圧倒的多数は「ほととぎす」系列の俳句人口が占めているようです。ちょっと乱暴にわけると、川柳は人間とその動態がテーマで、俳句は花鳥諷詠に代表される自然・風景がテーマともいわれています。しかし、俳句も川柳も、定型や季語などを意識しつつ、作品として旧来の形が詠いつくされている傾向のなかで、旧来の縛りからいかに離れたところに新境地を求めるかといった動きが強まってきています。プロレスもアマレスと同じルールだけであったら面白さは半減しますね。川柳も俳句も同じようなものです。そのため柳俳が重なる表現方法もでてきて、新たな覇権論争なども起きているわけですが、根が俳諧というところから発生している以上あるていど避けられない現象でしょう。古川柳や「末摘花」などを研究してきた学者などから、「川柳は原点に返るべし」として、切れのないものが川柳、古川柳の良さを見直すべきだとして旧来の川柳への回帰をうながす声もあります。しかしこれは、たとえば歌舞伎を現在の形式は変化しすぎているから河原で踊っていた頃の乞食(こつじき)舞踏に戻すべしというのに等しい、現実味のない主張です。しかし今も圧倒的に知識人といわれている人たちには「滑稽・穿ち・軽み」が川柳の本来の姿だと思われています。その源はひとつには、江戸風俗が赤裸々に描かれている「江戸古川柳」や性愛を大胆に詠んだ「末摘花」という当時の18禁本の研究がよくなされて、知られていることにもよります(ようするに学者ほど根がスケベなんですね)。これに対して近代・現代川柳はあまりまともな研究がされてきませんでした。川柳界でもっとも知られた時実新子でさえ、異物あつかいされた時代もありました。そんなふうに現代川柳をロクに読むこともなく、川柳の現状を正視することなく、古川柳は良かったという声ばかりあげているのが不思議ですね。それに輪をかけ、マスコミが「ことば遊び」の五七五を川柳と称しつづけていることなども大きく影響しています。近年、それを決定的に印象づけたのは「サラリーマン川柳」の大ヒットにもよりましょう。ダジャレ、言葉遊びが川柳だと…。しかし、サラ川を通して現代川柳の良さに気づいてくれた人も少なくないので、痛し痒しの面もあります。そして哀しいかな、俳句・短歌が高尚な文芸とおもわれ、知識人の余技として嗜まれたり、大学などのサークルなどでも結社ができるなど高学歴の人たちのなかで愛好されてきたのに対して、川柳はいつでも庶民のなかで、一定の人生経験を経た人たちを主体に愛好されている現状もあります。そのことは、俳句・短歌にくらべ優れた論客が少ないという事情にもつながっています。僕のような、浅学な輩がこのような説明をしなければならないところに川柳文芸の基盤としての脆弱さがあるわけです。しかし、最近はことに女性川柳人等の活躍や偏見のない文芸人たちによって、川柳の文芸としての良さもだいぶ認知されてきていますから、未来は明るいでしょう(と、思いたい)。長くなってしまいましたが、カタコトで説明しても真からは認識してもらえないと思ってまとめて書いてみました。こうしたものの常として外より後ろから石が飛んでくるものです、川柳人の反論・異論があればおおいに受けてたちましょう。つぎの機会には、川柳的作品の読み方なども書いてみたいと思います。
2004.03.18
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昨年の10月に愛用のバイク(スクータータイプ)が、デジカメごと盗まれたという日記を書きました。それから暫くして、デジカメが発見されましたが冠水しており高い修理代が必要とのことで、しかたなく新しいカメラを買いました。先頃、警察から連絡が入りバイクが発見されました。なんとデジカメの発見場所から数十メートルしか離れていない場所にありました。警察署のワゴンに積んで届けてくれました。パトカーも一緒についてきて、近所の人にはあいつもいよいよヤキが回ったかと思われたかも知れません。おい、泥ちゃんよ。バイク使わないんだったらキーを返してよ。キーが無いから動くかどうか確かめることもできない。それに、キーホルダーには大切な鍵も一緒についていたんだぞ。どこの鍵なのかは教えないけれど、君が持っていても何の役にも立たないと思うんだけれどなー。先日の日記で、川柳と俳句の違いについての言及がありました。これはよく聞かれる質問なのです。ところで、皆さんがこれが川柳と思っているのは孝行のしたい自分に親はなし 役人の子はにぎにぎをよく覚え 寝ていても団扇のうごく親ごころ というようなものではないでしょうか。これは古川柳といって、見覚えのある人も少なくないでしょう。タバコより 体に悪い 妻のグチついに来た 俺も週休 七日制化粧とり プールに入った ママはどこというようなサラリーマン川柳もどこかに記憶があるかも知れませんね。僕の川柳や、ここで僕がとりあげる川柳が、それは川柳ではなくて俳句ではないの? と不審がられるのは、上記のようなものが川柳だという認識が世間に行き渡っているからなんですね。もちろん、上記のものも立派に川柳です。しかし、川柳はこうした人情の機微やユヘモアだけでなく、もっと幅広い内容を含んでいるのです。俳句も川柳も、俳諧を源流にして枝分かれしてきたものです。俳諧は「たわむれ、おどけ」という意味で、日本独自の短詩形文芸形式として「座(共同体)」の文芸として成立した「滑稽」を本質とする文芸だったわけですね。これを松尾芭蕉が蕉風という形式を確立するにいたって文学的に高められ、これが俳句と呼ばれるようになったわけですね。これに対して川柳は、柄井八右衛門という人が宗匠となって、川柳という号を名乗って句を募集して、その句の点者として有名になったことから、川柳という名前で呼ばれるようになりました。だから、川柳ももとは俳諧だったわけです。その川柳が、なぜ僕たちのつくっているように俳句とまぎらわしいといわれるものになったのかは長くなりますので、またおいおいと書きましょう。
2004.03.17
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昨日、今日のニュースはやはり高橋尚子選手がオリンピックの代表から落選したことがセンセーショナルに報じられていますね。もし僕が選考委員でも同じ結果をとらざるを得なかったでしょう。東京では失敗したのだから、無理にでも名古屋で再挑戦をするべきだったのではないでしょうか。チャレンジをとどまった時点で勝負に負けたということでしょう。と外野でいうのは簡単だけれど、名古屋に出なかったのは、オリンピックでメダルをねらえるところまでコンディションをもっていけないと、高橋選手も小出監督も踏んでいたようです。それであえて実績頼りという危ない橋を渡って選んでもらう可能性に賭けたのに、土佐選手の力走で思惑がはずれてしまったということでしょう。オリンピックで走る高橋選手を見ることができないのは残念だけれど、日本陸連も決めたルールに沿った選考をしたことは評価すべきでしょう。また、このことで数万というランナーの頂点にいるという評価はいささかも色あせることはないでしょう。とは言っても、出してやりたかったですね。男子の枠を1つ2つ返上して代わりに女子を増やしてもらうわけにはいかないだろうか、…だろうね。皆さんは、男子の代表選手の名前を覚えていますか、今朝の新聞には女子の下にちいさくでていましたよ、ああ日本男子よ。だれだったか僕も忘れたけれど…。それにしても、落選会見での高橋選手の態度は立派でした。女々しく泣き言をいわず選ばれた三選手にエールを送るなど、感動ものでした。オリンピックの一足前にさわやかな風をもらった感じです。これを機会にゆっくり女性を磨いたらいかがでしょうか。いつかテレビで高橋選手の腹筋を拝見しました。これでお嫁に行けなくなるとシャツをあげた腹部を見て驚きました。まるでボデービルダーのようにコチコチに引き締まっていました。あれでは恋には不向きではないでしょうか。いえ、つい触る立場で考えてしまうものですから、不純ですか。ところで、土佐選手や日本陸連に脅迫電話などが相次いでいるということだけれど、バカですねー。そんなことをしても、高橋選手にとって百害あって一利なしですよ。それとも高橋選手を傷つけたくてやっているのかな。こういう単純直情型の輩によって、いつもものごとがこじれてしまうのです。おおいに反省して欲しいものです。もう、鬱憤をこちらにぶつけています。僕も同レベルなのかな―。
2004.03.16
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新聞各紙が高橋選手のオリンピック落選をトップ記事にしているのに、「信濃毎日新聞」は、松本市長選の結果をトップにしています。県紙のこういう姿勢は評価します。それにしても田中知事への姿勢は厳しいですね。松本市長に当選したのは、新人で前県衛生部長の菅谷昭氏です。いまどき珍しい無党派+革新(なんともold な響きですね)が応援した候補が、自民、公明、民主という定番政党の応援した現職を大差で破ったのですから、長野県民もとい松本市民の偏屈ぶりも見上げたものです。ちなみに長野県はいままで民主党の牙城といわれてきましたが、座り心地のよい椅子に座っていると先見性がなくなるものなのでしょうか。行動は、自民党とほとんど見分けがつかないですね。これでは期待しにくいですよ。少しは目が覚めたかな、ダメだろうなー。ところで、その菅谷昭さんは、医師でチェルノブイリの原発被害者の治療救援活動にあたってきた人です。田中知事に県の衛生部長に引っ張られて、今度は松本市長となるわけですが、当選直後の記者会見で胃がんだったことを発表して、また物議をかもしています。幸い早期癌のため手術で完治できるとのことですが、それにしても癌をもったまま選挙運動をしてきたとは…。早速、むじなの穴付近からは、経歴詐称ならぬ病歴詐称で追求するというような声がでてきているとか。見苦しいね。
2004.03.15
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今日は地域総出の河川清掃です。それにしてもよく川にいろいろ投げ込んであるものです。どうせ投げ込むんだったら、金の延べ棒とか金目のものにしてくれないかな。日本人には「水に流す」という諺もあるくらいに、昔から不要物を川に捨てる習慣があったのでしょうか。といっても一昔前までは空き缶やビンなどは換金できるためあまり捨てることはなかったと思います。デジポット方式などは随分前から検討されてきたはずですが、なぜ一般化しないんだろう。啓蟄を過ぎてだいぶ経ちますが、まだ氷も張っていて寒いですね。 作業を終えた後の街の匂い風のいろみんな昨日と違うようです。 まだ忙しくて、なかなか皆さんのところに読みに行けません。はやくヒマにならないかな。
2004.03.14
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一昨日も昨日も急な出張が入って、ほぼ終日車中にあった。高速道路を走りづめているのは退屈だが、行く先々で出会う土地土地の風情に触れるのはいい。顰蹙を覚悟で言わせてもらうと、土地の景観ではこの信州より美しいところにはあまり出会ったことがないが、信州の泣き所は海。海沿いの海岸線や海の幸とふれると、おもわずそこにたちどまってしまう。また、寸暇をみつけての人との触れあいもこころを和ませてくれる。川柳などという趣味をもっていると全国各地の人々と知り合え、親しい友人もできる。その人たちと、句会や大会などで大都市の会場で出会い、夜の街を飲み歩くこともあるが、ほんとうにいいのは、人々の地元で出会うことだ。地のままの人柄や表情と出会い、その地の酒や郷土料理を堪能すると生きてきてよかったなーとつくづく思える。このところ、懐かしい友人とお会いできる機会がつづいたので、昨夜は娘のアパートを襲い、ちゃんと暮らしているかどうか確認してきた。突然、部屋から男などが出てきたらどうしようなどと心配したが、不安は危惧におわりなんとなく気抜けした。ちょっと狭いが、風光のいい部屋でのびのびと暮らしていた。 風が光りを帯びてきたような…。
2004.03.13
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楽天日記をはじめて1年と4、5ヶ月になる。相互リンクをしている方も30数人になるのかな、それぞれ個性的で含蓄があり学ぶところが多い。ありがたいことだと思っている。30数人ともなると毎日読んでばかりもいられないが、どうしても一日一回は目を通さないと落ち着かないサイトがある。以前からでいうと「ミドル英二さんの日記」、「秀0430さんの日記」や「scot五郎さんの日記」、「shigezo.さんの日記」だった。もちろん今でも読んでいるが、今はそれらに「alex99さんの日記」、「シャルドネ☆さんの日記」、なども加わった。もちろんそれ以外にも、それぞれの方々の日記から、僕にとっての現代(いま)を読むというのか、時代をとらえる眼力を学ばせていただき、ありがたいことだと思っている。単なる好みでいったら上記以外ののなかにもあるが、それらは学ぶという意志より、嗜好の問題ということになるのだろうか。僕にとっては〈息抜き〉〈楽しみ〉の感覚で読ませていただくことのほうが多いのかな。だから、ついティータイムなどに開くことになる。自分のなかの精神的な癒しを求めて読んでいるということが多いような気がする。もちろん、これはごく大雑把な区分けであって、ことに女性たちの日記にもキラリキラリと光るものを見ることができ、この部分でいえば楽天にとても感謝している。ええ、もうぞんぶんに…。 感謝、感謝!
2004.03.12
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まき~♪さんが、お父さんのために〈臥龍亭ネット句会〉をやっています。いうなれば、お父さんの句のなかから皆さんに選句をしてもらおうというこころみです。臥龍亭さんの句は、けして川柳巧者とはいえませんが、律儀に生きてきた男の哀感がにじみ出ています。僕にも参加するようにということですから、つたない読みですが駆け足で鑑賞してみましょう。いつもの僕の鑑賞らしくないかも知れませんが、川柳人の方々は少し眼をつぶっていてくださいな。1 捨石を拾う神あり新春の夢 「捨てる神あれば拾う神あり」を一句にした、まずは小手調べといういころか。2 恙なく生きてちびれた革鞄 慎ましく生きて、一所懸命子育てをしたお父さんなんでしょうね。 「ちびれた革鞄」から、生きてきた姿が伝わってきます。3 丹精の甲斐菊も笑み父も笑み 丹精込めて大輪を咲かせた菊はさながら笑っているように思えたことでしょう。 そして父上も会心の笑みを浮かべている、わかるなー。4 たった十円が胸に胸を張って行き えーと、これは何年に作った句でしたっけ。年代によって十円の解釈が違ってくると思いますが、とにかく十円が胸に入っているだけで胸を張ったともとれますが、もう一歩踏み込んでみると、この十円は「赤い羽募金」の十円のことかもしれませんね。5 片意地の稼ぎペタルを強く踏み 職場に自転車で通っていたのかな。会社でのもやもやも通勤の行き帰りの自転車のペダルを強く漕ぐことで、晴らしている。忍耐強かった人でしょう。6 春雨に打たれて私は造花です7 自嘲自負二十五年を唯生きて8 海の青さに僕の悪魔の悪が溶ける9 春の野火自分の殻は何故燃えぬ10 媚知らず野生でもない自分の殻の中11 自分の殻の中で自分だけの詩 これはどれも自らの心象を書いた句ですね。青春時代の鬱々とした気持ちを一行にしようと格闘している姿が伺われます。 11番の句に、美しい繭をつくろうとして繭の中にこもっている詩心を感じました。13 嫁が来て古家にもう一つの歴史 ですね。まきさんのお兄さんの結婚のことなのかな。子どもたちにバトンタッチした安堵感が感じられます。14 古家に嫁が来てから風みどり 「風みどり」がいいね。平和でさわやかな○○家の初夏の一こま。15 夏が逝く若さが欲しい舗道が固い16 ツイてないからあしたがこわい夜は孤独17 夜が来てあしたがこわいスランプです18 やらないから負けて負け犬空につば19 唯我独尊負け犬になって一人ぼち20 権力にぶつかりころげ負け犬キャンキャン21 家族主義からはみ出て人間孤立22 利益追求働き蜂の悲劇 一家の大黒柱として働いていても、しのびよる老いへの畏れ、社会での疎外感。けっこう反骨の人だったのかもしれません。誰もが、平凡そうに生きている裏側にはくっきりとした影がある。当たり前だけれど、弱みは自分に自信がなくては書けないもの…。 23 絵日記の花火がでかい夏休み24 小学二年生 まだ赤ちゃんの昼寝顔25 せみが来て鳴いて夏休みが終わるこれは、まきさんの小学生時代を映した句でしょう。お父さんにとってさぞかしかわいい娘だったことでしょう。この頃は。 26 貧すれば鈍す妻とのいさかいも27 妻とのいさかいに負けて野良犬なり28 気ばかりの負けん気妻は泣いておる29 何時廻る春へ遠吠へす僕は独り30 僕が豊かだったら家の中は温かいだろう 何か身につまされるなー。どこの家庭にもこんな時代があって、ささやかな幸せがあって、一家の歴史がつくられてゆく。31 ― 歓喜し僕のデスマスクがわらふ32 自らの不徳追い詰められる他はなし33 ライバルが死んでも僕には春は来ず34 僕は死ぬ百万両の夢をみながら35 貧乏に負けて家灯へ背を向けし 昭和20年代ということでしょうね。この時代は日本中皆貧乏だった。大作家吉川英治も売れる前は貧乏川柳作家でした。「貧しさも余りの果ては笑ひ合ひ」という句を残しているくらいですから、貧乏は句の大事なネタだったことでしょう。36 独り聞く除夜へ隣家のさんざめき37 レモンティ除夜一人聞く三十娘 この三十娘とは、まきさんではないよね、お母さんの三十歳だった頃かな。独りとかなんとかいいながら、この三十娘が家にいた理由は…。それから十月十日可愛い娘が産まれたとさ―。 38 拒否できぬ年の流れに身の浮き沈み39 何事の期待おとずれもなき日々へ そして、娘も嫁ぎ老いという孤独を噛みしめている父。40 晴れ着ふと之は他人だったころの紅ちょっと意味深な句もあって、けっこうではないですか。41 墓石に蝉の抜け殻そっと生き 蝉の抜け殻に、自分の人生を重ねて述懐しているのかも…。僕もこの句が一番だと思います。お粗末でいた。
2004.03.11
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それは初夜口紅だけが光ってたひと恋えば坂ある街の靴の音いまにして別れた訳を笑いあいこれは川柳です。この作品を読んでどんな作者が創ったかを想像してみてください。川柳人以外で、作者の年齢をあてた人には僕のKiss券をあげましょう(ほら、わざと間違えようとしているね(*~。~* ))。この川柳を書いた人は島根県に住む柴田午朗さんという川柳作家です。僕の愛してやまない川柳作家というより、大勢の川柳人から憧れ敬愛されている男性です。実はこの人、まもなく百歳になろうとしているのです。いまだ現役で(下半身のことは知りませんよ)とても若々しい川柳を書いています。しかもサラリーマン川柳のような薄く軽い作品ではなく、とても滋味があるといおうか考えさせる作品を書くのです。ほんとうを言えば人間みな痴漢これは、皆さんもこころあたりあるでしょう。百歳にもなる痴漢に触られたら、むしろ御利益があるとは思いませんか。この歳にしてここまで言える。ほろほろと独身の兄来て坐るふるさとへ逃げる一本道があるこんな人の兄さんですから、もうとっくに独身に戻っておられることでしょう。それとも、この作者の枕元にきて座った兄さんはいまだ独身のままだったということでしょうか。さまざまな想像がふくらみます。次の句、ふるさとから逃げ出た若者も、いつかふるさとへ逃げ帰る日がくるかも知れない。そのときの白い道がだれもの脳裏に描かれることでしょう。 ↓ につづきます。
2004.03.10
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もうすぐ春だ夏だとり残されるわたしいつまでも母があやまる傷の跡すれ違う父の不安と子の不安椿咲く森には死者が埋めてあるじっくり味わってみてください。お年寄りを人間の仲間はずれにしてはいませんか。柔らかいこころをもっていれば百歳になっても、瑞々しい精神をたもつことができるのです。午朗さんを見ていると、僕などまだ這い這いを始めたばかりの幼児同然の気がしてきます。先生の秘密知ってる五年生飼犬がつれて来たのは薮の中亀に似た生涯またも蹲まる過疎の村役場に悪い奴がいるおばさんが憎んでるひとあてようか魂がガラスに写るとはしらずどうですか、一句一句のなかから味わいの深いものを感じることができると思います。柴田午朗さんにかかると、死というものもこんなふうに書けてしまうのです。萩折って墓までの段百あまり死に水とはいつ飲むものですかまだ死なぬわたしの投げた捨て科白雲が晴れたら魂何処へ行くだろう百という字が年よりを喜ばせ柴田午朗さんはいまも矍鑠と川柳を書き続けています。
2004.03.09
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鳥インフルエンザの渦中にあった「浅田農産船井農場」の浅田肇会長と妻の知佐子さんが自殺したというニュース、やりきれないと思うのは僕だけではないだろう。結局、ここまで追い込まれてしまう。この問題が起きてからの「浅田農産船井農場」の対応に大きな落ち度があったことはたしかで、従業員が密告するまで異変を届け出なかったことだけでも、重大責任があることは言うまでもない。しかし、もし僕が「浅田農産」の責任者だったら、きちんとした対応をとれただろうかと考える。対応は違ったとしても、たぶん正しい判断は難しかったことだろう。まだ生きていた19万羽のこと、納品しなければならない得意先のこと、などなど考えたら、異変が「鳥ウイルス」であって欲しくないと思いこみたくなり、損害を最小限におさえるためにまだ生きている鶏をどう捌こうかと考えるだろう。まして、「鳥ウイルス」は「浅田農産」が人為的に持ち込んだものではないのだから…。しかし、それを超えても不手際のそしりは免れない。だから、責任を追及されるのは当然だが、その追及者は関係する機関であったり、役所であるべきだろう。なぜなら、「鳥ウイルス問題」は現在進行形だから、まずは拡散をどう防ぐかが第一でなければならない。付近の養鶏場をまもる手だても講じなければならない。汚染肉が出回らないような手だてを講じなければならない。責任問題以前にやるべきことが山積している。マスコミが大きく報道するのは当然として、ワイドショーなどでやり玉にあげて弾劾するのは、事実関係がはっきりしてからにするべきだろう。このような事態になるのは、十分予想されたことだ。責任を感じる経営者であれば、命を絶ってお詫びしたいと思うのはごく自然な考えだと思う。しかし、死ぬことが最良の解決法でないのも当然だ。死ぬのであれぱ問題の解明を完全に終えた後であって欲しかった。それにもまして妻を道連れにするとはなんということだろう。死者にムチちたくはないが、こんな人だから初期判断も間違えたということだろう。「浅田農産」付近のカラスにも感染が確認されたということだから、まだまだ大きな拡がりをみせてゆくような気がする。そんな予感が危惧におわるよう、努力すべきがいまやるべきことだろう。
2004.03.08
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alex99さんの日記に触発されて、年齢のことを書いてみよう。僕は団塊の世代。50代だが、alex99さん同様に実年齢より皆さんに若く認識されているらしい。まぁ、文章が幼いということもあろうが、心の持ち方が若々しいと伝わっていくのではないかと自負している。そうでしょう(と、強要する)。昔、同級生だった人たちと会って愕然とすることがある。オイ、オイ、オレはこんなジジイと同級生かよ(これを読んでいる同級生クン君だけは別だよ~ン(^^*)。)。しばらく別の世界で暮らしているうちに、皆さんどんどん先に年齢を重ねているらしい。とはいっても、たしかに鏡を見れば僕も体型の変化や髪の衰えは認めざるを得ない。しかし、50男が茶髪のジャニーズ系していたら気色悪いでしょう、年相応の渋さってものが必要です。などと一応強がってはみるが、それほど自分で容姿のことを気にしているわけではない。もともとチビ、そしてメガネをかけているから、昔から容姿を競おうなんて気はサラサラなかったのだ。それにしても背が高いというだけで男の値打ちがあがるというのもシャクだったが…。50代といえば信長の時代だったらもう棺桶世代ではあるが、この年になると、同じ誕生年でもずいぶん感覚年齢は開いていることに気づく。同級生のなかには棺桶に片足、くらいの者もいるが、僕はまだ釘を打つほうだ。感覚年齢差の主要なところはalex99さんも書いているが、ものごとへの好奇心の度合いではないだろうか。好奇心といっても、石や盆栽ばかり眺めているようになっては水気が抜けてしまうような気がする。わびさび無機質なものが悪いとはいわないが、やはり好奇心の対象に人間も持っていなくてはならないだろう。この楽天のなかをのぞいても、60代70代で若々しい日記を書いている人もいるし、30代40代で生気のない日記もみかける。20代で「私はもうババアだよ」なんてほざいていたガキさえいた。その性根がババア化を早めるんだよ。この年になって気づくのは、70、80代になって若々しい精神をもっている人は、人に対する好奇心も強く、感受性や恋心もみずみずしさをもちつづけるということだろう。恋心といっても、愛欲ドロドロといったものではなく、むしろ純愛系、精神的なものだが、それもあたり前だろう。お役もすんだ肉体であるから性的欲求はあきらかに後退する。そのぶん精神的な触れあいに傾くわけだ。三つ子の魂ではないが、なかにはいい歳をして若い女性のお尻にペタリと触れるご老人もいるが、本人はむしろリップサービスと勘違いしているだけなのだろう。さわられる立場からは気色のいいものではないだろうが、実害のない程度だったら大目に見てあげてほしいな。思わず触れてしまいたくなるほどの魅力のあるお尻ということなんだから…。えっ、僕!? 僕にはそういう性癖はないからご心配なく。少なくとも、人目のつくところではね。
2004.03.07
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三月、子守歌のような雪が降りました。この雪が解けると、いよいよ春が動き出すんだな。桜が咲くのも例年より早まりそう。高遠の桜はきっと、4月10日前後が見頃になるでしょう。皆さまどうぞ、おでかけください。
2004.03.06
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また最近も宗教がらみの話題が世間の好奇心を沸き立たせている。例の、女優さんと結婚したという一見海坊主のような宗教者のことだ。これは「美女と野獣」の図式で、海坊主があんな美人を手にしていいのかというやっかみも入っての騒ぎのように感じないでもない。それにしても、人間の不安につけこむ商売というものはそれほどうま味のあるものなのか、大金が簡単に行ったりきたりするものだ。フロイトの説によると、「人間は生まれ落ちたときにはじめの不安を感じる」ということだった。たぶんこういうことだったと思う。胎内にいるときは絶対的に守られる存在だったのに、空腹になったり外界との接触では泣いて知らせなければならない。そのうちに親が自分の側にいないという不安とも戦わなければならない。そして、自分の行動に親が反抗する(要するに親のルールに従わせようとする)という不安と戦わなければならない。自分を中心にしていた秩序が崩され、あらたな秩序が構築されるまでは何度も不安と戦っているわけだ。そんな秩序破壊の不安を経験したり通り過ぎることによって、自我に目覚めたり、社会での自立する精神が育っていくわけだ。しかし、愛情過多で大人までそだってしまい、不安を払拭する抵抗力が育っていない人が、ヒゲモジャ男や海坊主につけこまれることになるのだろう。このところ続いて起きているさまざまな、奇病などもあらたな人間への試練を与えているのかも知れない。さて、現代人に試練を乗り越える力はついているのだろうか。
2004.03.05
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車を運転すると性格が変わるという人はよくいる。普段はとてももの静かで穏やかなのに、ハンドルを握ると突然乱暴な運転をする人のことだ。思いあたるフシのある人手をあげなさい。前の車が少しオロエロしていると、まるで野良犬でも追い立てるかのように怒鳴りつけたり(といっても、自分の車のなかだから相手には聞こえないだろうが)クラクションを鳴らしたりする人をときどき見かける。「オイ、オイ、そんなに急かさなくても、着くまでに何分も変わるわけではないだろうに…」と思うのだが、黄信号は急いで渡れという合図だとばかりに、ブンブン飛ばして突っ走る。隣に乗っている者の安全も少しは考えろよといいたくなるのだが…。このように普段は思っているのだが、僕の家族も友人も僕の助手席に乗るのを怖いという。僕は市内を走るときに、頭の中のナビゲーションに目的地までの経路図を描き、それにそって動くのだが、必ずしも幹線道路だけを通るわけではない。スピードだって、制限速度を10キロオーバーするくらいなのに…。頭脳ナビにそって、脇道、間道、信号の少ない抜け道を選ぶものだから「裏街道ばかり歩く日陰者」とまで呼ばれてしまうのだ。僕も車に乗ると、いつしか性格が変わっているのだろうか。それとも本来が日陰者ということなのだろうか。フランスに暮らしたことのある友人に聞いたのだが、フランス人たちの運転もひどいものだと聞いた。ちょっと前が詰まると、怒鳴る、クラクションを鳴らすといった大騒動なのだそうだ。一歩車から出ると、優雅なパリジャン、パリジェンヌになるのになぜだろうと首を傾げていた。ところが、その友人の運転もけっして褒められたものではない。車は傷だらけだし、スピードも並ではない。これもパリ仕込みというところなんだろうか。ところで、フランスでは車検制度がないと聞いた。信州の田舎では車なしの生活はなり立たない。わが家も仕事用のものも含め3台の車を使っているのだが、車検のたびの大きな出費はいかにも頭が痛い。日本の車は性能がいい、10年も乗れば別かもしれないが通常は点検といっても、ほとんどフリーパスで税金だけを払うことになる。そんな車検制度が本当に必要なんだろうか。車検のない国ではクラッシックカーになりそうな年代物でも堂々と走っているではないか。地球資源の面からもムダだ。そういえば以前にハンガリーに行ったときに、走行中にドアのとれそうなタクシーに乗った。オーストリアでは駐車をするスペースをつくるのに自分の車で、停まっている車のバンバーを押しているのを見て驚いたこともある。くだんの友人のいうには、フランスの田舎道を小一時間もドライブをすれば故障して立ち往生している車を何台かみかけるよ。これがまた困りもので、という。これは確かに交通の邪魔になるし、第一危険だ。ウ~ン、やっぱり車検はあったほうがいいのだろうか。フランスの車がヘボなのではないだろうか。それにしては日産のゴーン社長は自社の車ではなく、外車に乗っていたなー。それにしても、自分できちんとチェックをすれば税金をとらないでパスする車検制度はできないものだろうか。もうすぐ、自動車税の時期が来る。3月31日を超え、4月になると所有する自動車の税金を払わなければならない。ガソリン代も半分以上は税金がかかっているではないか。ベンツやBMWはおろか、3ナンバーにさえ乗っていない貧乏人に、いくらなんでもこの重税はあこぎではないでしょうか。おねげえですだ、お代官様。
2004.03.04
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ウイルスに感染した鶏を、知ってか知らずか出荷した業者の不手際はあまりにも食への安全に無頓着といわざるを得ないが、仮にわが身に置き換えた場合果たして適切な処置をとれただろうか。僕はこの業者への憤りはあってもこれ以上責める気にはなれない。むしろ、19万羽という生き物のいのちを奪わざるを得ない、人間の食生活の放漫さに今更ながら愕然とする。生きる以上、家畜のいのちをいただかなければならないのは仕方がないことだが、BSE(牛海綿状脳症・通称狂牛病)にしても、鳥ウイルスにしても人間が自然の摂理に反することをしなければ起きなかった病気ではないだろうか。牛の成長を早めるために、肉骨粉という動物性タンパク質を与えたり、鶏の配合飼料にも抗生物質やホルモンなどが添付されているとも聞く。ちょっと気になるのは、今日の「asahi.com」にもあったが、こればもっと恐ろしい病気に変異する可能性さえあるということだ。一部だけ紹介すると、「1918~19年に世界で4000万人以上の死者が出たとされる〈スペイン風邪〉の病因ウイルスは、鳥インフルエンザウイルスの遺伝子がわずかに変異しただけで、人から人への強い感染力を持ったらしいことが分かった。英国の研究者らが6日付の米科学誌サイエンス電子版で発表する。専門家らは、アジアで流行が拡大中の鳥インフルエンザで同様の現象が起きる可能性を懸念している。 こんなことになれば、映画のエクソシストではないが、いよいよ人類滅亡の到来かとさえ感じてしまう。枝葉の責任問題に手をとられているより、一刻も早く大局的な対応が必要なのではないだろうか。 「買売春問題」が「秀さんのサイト」で行われている。性の問題には誰もがちょっと斜に構えてしまいそうだが、やはり大切な問題だと思う。どちらかといえば男性の問題として、男だけで語ることになりがちだが、ぜひ女性にも参加してもらい、率直な意見をお聞きしたいと思う。
2004.03.03
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先日も書いたように、僕は子供たちにとって必ずしも良い父親でなかった。遊園地に連れて行ったり、スポーツ教室や塾に通わせるということもあまりしなかった。だから子供たちがやりたいことは子供が勝手に決めてきて、親は「自分の責任でやるのなら好きにしろ」というだけだったから無責任な親の代表のようなものだ。ただ一つの例外は、書道だった。僕のような悪筆になってはまずいかなと長男を僕の恩師の書道教室に通わせて、礼儀作法を指導してもらった。恩師も、はじめと終わりの挨拶だけはきちんとさせ、あとはのびのびと書かせるという方針だったから小学生から高校を卒業するまで通い、それにつられてあとの弟妹も同じ道をたどった。三人とも高校を卒業するときには一般の部書道4段になっていた。それ以外は、サッカーや囲碁などは自分で決めたことを自分でやっているらしい程度にしか認識していなかった。なんといっても僕は自分のことに精一杯だったから、子供のやることにまではとても手が回らなかったのだ。長男が高校を卒業して、語学留学でイギリスに渡るときも近くのバス停まで送った。向こうで何かあっても親は行けないから自己責任で行動するようにとだけ告げた。学校は息子が自分で探し、アパートは学校で紹介してくれたところに入ることになっていた。下見をしてあったわけではないので、行ってから自分で場所を探さなければならない。それくらいできなかったら、向こうでの生活もおぼつかないだろうと手をださなかった。それにしても良く探し当てたものだと後から思った。息子を見送ってバス停から戻ったら、妻がメソメソしていた。僕は親に力がなかったら、子供たちは自分で生きてゆくしかないのだからなるべく親への依頼心を断ち切ってもらうことが、結果的に子供のためになるという思いがあった。もちろん、親にとって都合の良い考えではあったが…。IRAの活動が活発な時期で、行っていたケンブリッジの学校近くでもテロによる爆発があったり、友人の車に同乗して高速道路で事故に巻き込まれたりと、ハラハラしたこともあったが、無事に卒業してきた。バライティーのある友人もたくさんできたようで、一時はイギリスだけでなくイタリアやスペインなどからも言葉のわからない電話が入って閉口した。電話が入っても息子はバイトに精を出してほとんど家にいなかった。スペイン人の女の子からは、明らかにラブレターとわかる手紙がよく届いた。息子ながらやるもんだ。それから数年、子供たちと親との立場が逆転しはじめている現実が…。
2004.03.02
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以前にもメーテルリンクの『青い鳥』のことを書いた。貧しい木こりの子どもチルチルとミチルが魔法使いのおばあさんに頼まれて、幸せの「青い鳥」を探しに、不思議な世界に旅立つものがたりだ。チルチルとミチルは夜の国、幸福の御殿、未来の国など探し回ったが生きた青い鳥は捕まえることができず家に帰った。しかし、貧しい家に戻ったらそこに「青い鳥」がいた。という、暗示的な物語になっていた。僕はそのとき、では実際に幸せの「青い鳥」が家にいると思っている子供たちがこの世の中にどれほどいるのだろうか、と疑義を書いた記憶がある。みんな、家にないものを求めて外に旅立っていくのではないだろうか、と。ところが僕ら団塊の世代以降の新人類といわれた人たちの世代に、この『青い鳥』の物語にならって、青い鳥が家の中にいるような家庭をつくろうという家族が増えてきているような気がする。僕のように、幼児だった子供が職場の床の上をはいずり回って、埃まみれに育てるという粗雑で乱暴に子育てをしている親はいなくなったのだろう。そしてその次の世代では、子供に関心をもたないどころか、虐待にまで及ぶ親も報じられるようになった。虐待はともかく、どこに正しい子育てがあるのかは誰にも断言はできないだろう。みんな模索しながら、正しいとおもう方法を選択しているのだろうから。しかし、家庭内で「青い鳥」と生活をすることができることの理想が、一歩外に出たときにどれだけ対応する体力をもっているのだろうかと考える。日常は、非の打ち所のない〈よい子〉が、社会の荒波に適応できずに波間を漂っている様子があちこちに確認できて、子育ての難しさを思っている。
2004.03.01
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