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僕の故郷は湖のある村です。好天につれられて、ちょっと行ってきました。 この日は、古くから村人の娯楽だった村の無形文化財、中尾歌舞伎が行われていました。といっても、戦後しばらく途絶えていたものが近年復活して定着したものです。以前はお年寄りたちが細々と続けていましたが、最近は若者たちが演じています。 ときにはプロの歌舞伎役者を招いて演技指導を受けていることもあって、なかなかの演技です。 おしろいののりはやや悪いもの、あでやかな演技にうっとりと…。久しぶりに観ましたが、ここまで上達していたとは思いもよりませんでした。 ここは南アルプスの懐ともいえる、どん詰まりの村です。ここから、隣の山梨県に抜けるには南アルプスを越えなければなりません。村人は、袋小路の村にいつも閉塞感を抱いていました。ところが、いくつかの大臣も経験している大物代議士が村から出たのをきっかけに、村はずいぶん変わってきました。奥地には新たなダムが計画され、さまざまな国の予算が村に流れ込みました。おかげで立派な道路が村を貫き、道路の終点から少し入るとカモシカや猪に出会えます。あか抜けた建物もでき、歌舞伎を上演する建物も補助金で建てられました。村営・道の駅でつくる村のパンはおいしいと評判で、遠くから人々が訪れて買ってゆきます。ダムの浚渫のため、村は掘り起こされ、土砂が埋められ新しい土地が誕生しています。そうして、僕たちの子どもの頃の村の面影は消え、好天の日には訪れる人々で賑わい、見違えるようです。 ところが、田中知事が誕生してちょっと異変がおきています。知事の脱ダム宣言により、県はダムからの撤退を表明したのです。そのため、村の奥地に計画されていたダムの建設の雲行きがちょっとあやしくなってきました。ダムが予定されていた奥地は、フォッサマグマの貫く南アルプスの中腹、南アルプス国立公園の中にある場所なのです。あまり知られていませんが、切り立った奇岩と原生林につづくすばらしい景観と高山特有の動植物の宝庫でもあります。もう絶滅まじかと言われる大和イワナが生息し、カモシカはもちろん、日本鹿や大鷹なども生息しています。太古には、海底だったところが、太平洋プレートと日本海プレートが押し合って、できたのが南アルプスとフォッサマグマです。近くには、海の生物たちの化石も落ちていて、子どもの頃は拾いに行ったものです。 そんな村ですが、市町村合併の波が押し寄せ、揺れています。やがて村から、市の郊外という位置づけになるのかも知れません。復活した歌舞伎を村人が楽しんでいる姿をみて、どん詰まりの地域だからこそ生まれた文化、どん詰まりの村だから、何か始めなければという意欲、声をかけあう距離だから生まれたチームワーク、そんなものがないまぜになってのエネルギーではないかと…。 知人宅の庭先にあったパンジー立ち寄った知人の家で、村に住んでいるリンク友だちとおいしいコーヒーをいただきながらそんな話をしてきました。身勝手かもしれないけれど、このままの姿で、停まってほしい。ダム計画も中止してほしい。そんなことを思いながら、村をあとにしました。 西の空はすっかり夕焼けになっていました。
2004.04.30
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下の、感情丸出しの日記、文章になっていません。少し、冷静に考えてみましょう。国民年金の未納者は4割くらいですか、それだけ現在の制度に不備や問題があるということでしょう。国会も、地方議会も、一定の年数を勤めると議員年金を貰えます。厚生年金は、事業主と本人が2分の1づづ負担します。厚生年金の未払いが問題にならないのは、天引きで払うシステムになっていることが大きいのでしょう。しかし、事業主も負担が大きいので、なるべくバイト、パート、派遣社員など捕捉しにくい労働力を使って厚生年金を払わずにすむ工夫をしています。こうして、本来なら厚生年金加入者となるべき人たちが国民年金へ振り分けられることになり、(無意識)未払い者が増えていくことになります。議員の皆さんからすれば、老後わずかな年金をあてにしなくてもやっていける独自の年金があるわけです。しかも、税金から手厚い保護を受けたシステムになっているので大変有利に受給でき、金額も大きいわけです。基礎的年金の国民年金、厚生年金のほかには、議員年金、遺族年金、障害者年金、そして企業組合など独自の年金等々もありますが、ここでは混乱しますのでひとまず置きましょう。このたび、政府与党が国民年金改正案を強行採決しましたが、本当はこれこそ「いい加減にしろ!」と叫びたくなるようなしろものなのです。今まで、国民年金への国庫補助は国が3分の1だったものを2分の1に引き上げるそうです。これは一見良いことのようですが、実は落とし穴があります。財源がないのです、そこで「低額減税」を廃止して確保しようとしています。つまり低い所得の人たちから年間約4万円ほど税金をいただこうということです。そのうえ、保険料は増額になります。そして、全体の支給率は減額方向です。それも、現在一所懸命払っている人たちの時代の年金が保証がされているかというと、またこころもとない。後は野となれ…では、払う気がおきなくなるのは当然です。議員の皆さんが、ついうっかりした気持ちは理解できます。だって、まともに貰えるかどうかわからない年金制度に、入っていてどうなるのかと思います、普通。しかし、現在貰っている人、そして別の年金を貰えるあてのある人はいいですよ。国民年金、厚生年金しか頼るところのない人たちはどうなるのですか?だから、あたるのは見当違いと思っても、怒りたくなるのです。ロクに審議もせずに小手先で、ゴマゴマと決めて欲しくないのです。若い世代が、安心して払い続けることのできるようなビジョンを示して、改正して欲しいのです。だって、僕だってそんなに遠くない将来にお世話にならなくてはいけない。そんなときに、誰も払う人が居なくなったら困ってしまう。 こんな年金法案を出したのは誰?下のカキコミは、見苦しいけれど残しておきます。 「いいかげんにしろ」と言いたい。まず、民主党の菅代表。厚生大臣だった10ヶ月間の欠格とはいえ、今回はあなたの責任は重いですよ。政治生命にもかかわる問題だと思う。あなたの釈明のように、厚生大臣官房の担当者のミスということにするのであれば、その挙証責任もきちんと果たすべきだ。そして、鳩山由紀夫までも……、おいおいどこまでつづくイモズル…。これについては、さっそく秀さんが書いているので、そのまま拝借します。「菅直人の今日の一言 私の国民年金について」の中には次のような言葉がある。「しかし共済に入った時にどこかで誤りがあって国保だけでなく国民年金も脱退扱いにしたようだ。手続は厚生省の大臣官房の担当者が私のすむ武蔵野市との間でやってくれたはず。当時の関係者の問い合わせているが自治体との間でどのようなやり取りが合ったのかはよくわからないという返事。」手続きそのものは菅氏が行ったものではないようだ。その過程でどこかに誤りがあったために年金が未納になったらしい。その誤りが「よく分からない」ままであれば、その責任は、人任せにした菅氏が負わなければならない。しかし、厚生大臣官房の担当者がやった手続きに誤りがあるというのは、制度上に大きな問題があると言うことを予想させる。この責任をぜひ明らかにしてもらいたいものだと思う。菅氏の「自己責任」がどこまで及ぶものであるか、これが明らかにされなければ議論することは出来ないだろう。明らかにならなければ、まさに自己責任で菅氏は政界を去るくらいの覚悟をすべきだろうと思う。 「年金法案」執行部の半数近くが、ですか。福田官房長官、あんたって人は…!昨日記者会見で「政治家にもプライバシーがあるから…」と、懸命に言っていた意味がよ~くわかりましたよ。二度にわたる37ヶ月分ですか、約3年ぶん払っていなくても知らなかったで済んだわけですが、知らないはずがなぜ途中でつながったり切れたりしたんでしょう。まあ、誰にでもうっかりはありますが「自己責任」の責任者ですよ。これからの記者会見には出ない方がいい、どうせ誰も信じないんだから…。またもや竹中金融・財政相、もう驚きません。この人は、以前海外のもち家を利用して、住民税の脱税をしていました。金融経財の知識を活かして、「国民には痛みを、自分は脱税を」とは、とことん自己中な人ですね。谷垣財務相もうっかり勘違い!本当にこの人に国のサイフを預けて大丈夫なんだろうか。勘違いで国庫の金が自分家の通帳に移ったりしていないでしょうか。うっかり、消費税を上げたりしないだろうか。茂木沖縄・北方担当相、あんたは運がいい!大物閣僚が続々前面にでてくれるから、うっかりちゃっかりがめだたなくなってしまった。でも、同罪だよ。それにしても、「国民年金」がこれほど大問題を抱えていることが明らかになって、僕などももう10年もすれば貰わなければならないのに、大丈夫なんだろうか。もしかしたら、死後3年だけ払いますなんて改革案が某年金政党から提案されるのではないだろうか。外はいい天気、こんな馬鹿らしいことで時間を潰したくないから、この続きは夜にでも気が向いたら書きましょう。今日の日記、まるでプチ右翼なみの見出しです。お恥ずかしい…。花盛りです
2004.04.29
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「問題発言」をした(当人は問題とは自覚していない)柏村議員が、今朝のテレビ朝日「スーパーモーニング」で、安田純平さんと対決(?)していました。ところが骨があるのかないのか、高遠さんの行為を「崇高な行為」と言った口で「政府の機能をとめた反日的…」と言ったり…。安田さんに「ジャーナリストには記者クラブがあるから(そこで記事をもらえ)」と言って、失笑を買うなど、政治家としてのセンスがまるでない、これではちょっとねー。彼のHPにある発言。 3人を助け出す為に国は幾らお金を使ったと思いますかある人は10億円を超えたのでは?と云っていますね…この大不況の最中、たった3人のために億という我々の税金をつぎ込んだ訳です…またこの間、官邸も外務省もてんてこ舞いで相当手薄になったことでしょう…つまりこれほど国家、国民に迷惑を掛けたということを彼ら3人は解っていない…しかも又残りたいと、どこまでも自己中心的です。とにかく帰ってきて英雄面をしてもらっては困ります。「、たった3人のために……」というあたりに、彼の人道感覚が現れています。事件は被害者3人の意志で起こしたと勘違いしていますね。残りたいとするのは責任を最後までとりたいとのことで、自己中なら、何もかもほっぽり出して逃げ帰ります。手がけたものの責任をとることと、投げ出すことのどちらが自己中?そして「記者クラブがある」発言。しろうとならともかく、彼はジャーナリストを自認しています。自分のHPでは、「ジャーナリストとしての感性で国政の問題点を鋭く調査をし、常に皆さまの目線でわかりやすく発信・公開していきます。」と書いています。記者クラブで掴めるニュースは、政府、官庁などから配信される記事、ようするに大本営発表と同じなのです。国政の問題点は記者クラブにいては誰も教えてくれません。記者クラブは決まり切った行事や予定などの情報を得るため、(政府など)主催者の立場を伝える場というのが常識です。調べるところから配付される資料まかせでいいという感覚の人に、「国政の問題点を…」本当に調査できるの?。安田さんは、記者クラブで(アメリカ国防省のスポークスマンから発表される)記事だけでは戦争の本質がわからないから、イラク入りをしているのです。いまイラク報道では大手新聞社のほとんどが安全地帯に退いて、記事はフリーの記者から仕入れて報道している状態です。これもまた異常ですが…。この、ジャーナリズムの原点もわかっていない、言葉と行動の整合性のない人が、ジャーナリストを名乗り国政に関与しているのだから、何をかいわんやです。ところで、彼の公約を読みますと、なかなか立派な内容が書かれています。一部紹介して、気になるところを指摘してみましょう。1.情報発信と情報の公開 -ジャーナリストの感性- 「何故こうなるのだろう」「誰がそうしたのかな」等、家庭の主婦や 青年、勤労者さんの皆さんが疑問に思う事はたくさんあります。 あるいは、その内容さえ知らされず物事が進んでいってしまう事も 多くあるのではないでしょうか? 1部の人の考えだけで物事が 進んでしまっては意味がありません。そのためにジャーナリストと しての感性で国政の問題点を鋭く調査をし、常に皆さまの目線でわか りやすく発信・公開していきます。 ■ジャーナリスト? 先に指摘したように、記者クラブでは「国政の問題点」は調べることができません。2.環境問題 -子供たちのために- 私たちはモノの豊かさを追い求めすぎ、浪費型社会を続けて きたのではないでしょうか。その事が、ダイオキシンや、環境 ホルモン被害などの公害、酸性雨や土地の砂漠化にみられるような 環境破壊として私達に襲いかかってきています。 母親が子供の将来を案ずると同じように、私は次世代の子供たちが 安心して暮らせる社会を現実するために、地球環境の保全に全力を 尽くします。(後略)■戦争、自衛隊派遣、他国軍隊への燃料補給などは「浪費」の何ものでもありません。また、イラクで行われている大環境破壊をどう説明するのでしょう。4.政治家改革 -国会議員は誰のために存在するのか- 「政治改革」は「政治家改革」からではないでしょうか。国民生活の 安定と向上を図るために国会議員は存在しているはずです。 国民のため何をどう改善していくかが、行動の原点であるべきです。 しかし、今の国会を見ていると、私たちの感覚とは遠くかけ離れた 常識、つまり永田町の常識で物事が進められています。 (後略)■「私たちの感覚とは遠くかけ離れた常識、つまり永田町の常識で物事が進められています。」とは、いったい誰のことですか?6.NPO活動の育成 -善意の心を生かそう- (前略) 新しい社会システムを支えるのがボランティアであり、その中核を なすのがNPO(非営利組織)ノンプロフィット オーガニゼーショ ンです。(後略)■そして、これらを支援してゆきたいといっています。NGO、NPO、そのボランティアは当然政府とは別の立場で活動しています。政府の言うことを聞かないからといって、活動をしている人たちを「反日的分子」と決めつけるのなら、上記の公約はいったい何のための公約ですか?いうまでもなく、公約は実行されてこそ意味があります。国民のなかにも、公約は実行されないものという諦めに似た感情があるかも知れません。しかし、これほど自らの公約に相反する議員活動をしているのには呆れます。しかし、HPだけ読んでみると、まともな発言もしているんですよ。だから人は一面だけでは評価できません。太田誠一議員が「レイプするぐらいの元気があっても良い、正常に近いんじゃないか」と、発言したことに対して、冗談ではない!とその「人権感覚」を怒っています。また、森前総理の発言、「子供を沢山産んだ人は福祉を受ける権利があるが、子供を産まない人は福祉を受ける権利はない」という発言。福田官房長官の「女性だって誘惑されそうな服装をしているね、男は黒豹だから気をつけないと、僕でもその気になってしまいそうですね」と言う発言。これらには、追求した「民主党の女性議員」をもちあげて、フェミニストになりきって怒ってみせています。しごく真っ当な怒りといえますが、実はこの人、今は非主流派になっている「亀井派」なんですね。何か、失言にかこつけて総裁派閥の人たちをこき下ろしているようにもとれますが、穿った見方でしょうか。同派議員にも同じように噛みつくことができるでしょうか、さて…。と、柏村議員をとりあげてみましたが、彼の問題だけではなく、公約つくりなどでは多くの議員に共通する問題を孕んでいます。議員さんのかなりの部分が公約を自分でつくっていないんですね。いわゆる「選挙プロ」といって選挙で食っている人、そしてマニュアル本などに頼っています。だから、昨日まで畑違いだったタレントでもいきなり政治を目指せるわけです(もちろん、タレントがすべてダメとはいいません)。しかし、政治の専門家への外注マニュアル化は、本来は選挙民への冒涜で、間違いではないかと思います。と、書き出すといっそう長くなってしまいます。この話題はまた別の機会にしましょう。
2004.04.28
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よい子は家の中であそびましょうね、っていうけれど…。(追加しました。)「人質事件」については、その後も様々な波紋を拡げています。あえて、ここでは直接その内容の是非を問わず、日本における人権・人道と「政治感覚」について考えてみようと思います。人質になって解放された人たちが「反政府、反日的分子」であるとの、自民党の柏村武昭議員の指摘については、末尾にasahi.comに掲載されている、5人の経歴を掲載しておきますから、該当するかどうか判断してみてください。ニュースについては「asahi.com」に掲載されていた内容を参照しました。「人質事件」の被害者に外務省から、とりあえずの分として、航空運賃、ホテル滞在費、診療費あわせて、237万円余りが請求されたそうです。追って、別の諸経費を請求する予定だともいいます。これは内規によるもので、彼らだけに特別請求するものではないという説明です。ある外務省出身者は、「この金額は実際には、(被害者に)自己責任を意識してもらうための制裁金としての意味合いがある」とも語っています。自民党の柏村武昭・参院議員(広島選挙区)が、26日の参院決算委員会で、人質事件にかかった費用などについて、「人質の中には自衛隊のイラク派遣に公然と反対していた人もいるらしい。そんな反政府、反日的分子のために血税を用いることは強烈な違和感、不快感を持たざるを得ない」と発言。また、外国人犯罪について、中国は「刑務所の内にも外にも人権なんてものは恐らくないんでしょう。それに比べれば日本の刑務所は楽園だ」と語っています。(これは中国の刑務所と較べ、楽園のような日本の刑務所をの質を落とせという意味でしょうか?) 「人質」帰国後の政府の対応と、一連の「人質」バッシング、この問題への政治的発言の流れに対して、ニューヨークタイムス、ロスアンゼルスタイムスをはじめ、フランスのル・モンド、韓国の東亜日報など、各国のメディアが「(先進国の)常識では理解不能の現象」として批判しています。(これから所用がありますので、とりあえず事実関係だけUPして、後ほど…) …………(ただ今帰りました。)柏村議員って、昔、はやった「お笑いまんが道場」の司会者ですか。いやはや、脳内までマンガチックですね。しかし、マンガなどと笑っていられない。中国発言の、事実があるかないのかは寡聞にして知りません。しかし、一個人の憶測として話すのならともかく、外交問題にもなりかねないことを、国会という公式の場でもちだすときには、それなりの裏付けをとって発言しなければなりません。正式に外交ルートで反論されたときには挙証責任が発生しますよ。挙証できないと、(まがりなりにも)国民の代表が、またまた土下座させられそうで、国の威信にかかわります。と、この程度の議員だから「反日的分子」などという時代がかった発言まででてきたのでしょう。もう、2Chの中学生ではないんだから…ホント。国の血税を言うなら、まず、国民年金をゴマゴマしていた同僚3閣僚にいいなさい。年金は貯金とは違います、今のお年寄りのために使われている基金です。それをほおっかむりですか?政治の貧困から、現実に払えないというのならともかく、豪邸に住んで高い給料を税金から貰っているいる人たち(その他からも貰っているでしょうが)ですよ。そして例えば、インド洋・アラビア湾で米軍などへの洋上補給は、3月には131億円分を超えていましたから、現在までにいったいどれほどの血税を垂れ流しているのでしょう。そして、なおかつ大問題が語られていない。これまで二年余にわたり、最新鋭、最大級の艦の大くを遠くアラビア海に派遣していることは、「本土防衛」たる本来の自衛隊の任務能力は大幅に低下していることになります。もし、心配性の方々のいうように他国からの侵略があったら、どうなるんでしょう。こんな無防備な国防がありますか。もしかしたら「反日分子」がこれを画策しているのでしょうか。まだ散発的につづいている「人質被害者」と家族へのイジメ、柏村議員レベルの国辱発言。「人権・人道」という言葉の意味も知らない人たちによって「人道支援」が語られ、「血税垂れ流し」も見ようとしない人たちによって、「血税」が使われている、ほんとこの異常事態にいいかげん気がついてよ。ネットで、バカやっている場合ではないですよ。 高遠菜穂子さん 高遠菜穂子さんは30歳を機に、親から譲り受けた郷里・北海道千歳市のカラオケ店を閉め、インド・コルカタ(カルカッタ)に渡った。マザー・テレサが設立した施設で、重い病の貧しい人びとを介助するボランティアとして働き、生きることの意味を考えたという。 イラクで大規模な戦闘が終わった昨年4月、高遠さんは1人でバグダッドを訪れ、戦争で孤児となった子どもらの支援を始めた。路上生活に追いやられた子どもの心はすさんで、シンナーを吸う子も少なくなかった。 高遠さんは3カ月間過ごし、さらに年末年始を挟んで3カ月間滞在。今年1月には、現地に小さなアパートを借り、子どもらが安眠できる場所をつくった。3度目となる今回は4月1日に日本を離れていた。 高遠さんはふれあいの中で、すさんだ子どもらの心に愛があふれるのを感じたという。「私の体験した『愛』を感じて」などとメールで、友人らに書き送った。 「みんなが大好きで、私が彼らに守られているのだということを、彼らが私に私のことを教えてくれているのだという事実を感じています。場所は関係なく、地球人として私は彼らとつながっていた……そう思わずにいられません。そのくらい、私のイラクは愛(いと)しいものです」 今年2月、高遠さんは活動資金を集めるため一時帰国した。バグダッドをたつ朝、宿泊先のホテルのロビーに子どもたちが訪ねてきた。 「菜穂子はぼくらの母さんなんだろ」。泣き出しそうな子どもたちに、高遠さんは「4月に戻る」と約束していた。 今井紀明さん 今井紀明さん=札幌市=は今春、北海道江別市の立命館慶祥高を卒業した。現在は市民団体「NO!!小型核兵器(DU)サッポロ・プロジェクト」の代表で、雑誌などにも投稿している。今秋からは英国の大学に留学し、平和学を学ぶ計画だったという。 高校在学中から熱心に劣化ウラン弾について研究し、廃絶を訴えていた。イラク訪問は今回が初めてだったという。劣化ウラン弾が原因とみられる病気と闘う子どもたちに会い、その悲惨さを伝える絵本の題材を見つけるためだった。 今井さんは今年2月中旬、広島市の市民団体「劣化ウラン弾禁止ヒロシマ・プロジェクト」世話人、森滝春子さん(65)を訪ねた。森滝さんは何度もイラク入りを延期するよう勧めた。今井さんと親交のある映像作家の鎌仲ひとみさん(45)も、出発前に電話をかけてイラク行きを中止するように説得を試みた。 だが、今井さんは「どうしても自分の目で直接、イラクの子どもたちの様子を見ておきたい」と意志を曲げなかった。 4日に日本を出発。モスクワ経由でヨルダンのアンマンに入り、17日に帰国する予定だった。 札幌市の自宅をたった1日、市民団体の仲間に電子メールを送った。〈親に大泣きされたのはつらい〉〈どうしても無事に帰ってきたいと思った〉〈失敗を経験して、帰ってきますよ〉 アンマン到着後も、近況を知らせるメールが届いていた。 〈ここまで情勢が悪化しているとは思いませんでした〉〈ちょっと不安になってきた今井より〉――。日々悪化するイラクの治安に、不安も吐露していた。 郡山総一郎さん郡山総一郎さん=東京都杉並区=は、自衛隊に入隊した経験があり、レンジャー隊員の訓練も受けていた。爆発物処理の専門だったが、数年前に除隊。カメラが趣味だった弟の影響でカメラマンを目指したという。 故郷・宮崎県からカメラを担いで上京したのは02年11月。同郷の知人を頼り、杉並区内の木造アパートに同居した。 戦場カメラマンを目指していた。「幼いころに見たベトナム戦争の記録写真が、強烈に焼き付いた時点がスタートだった」と、自身について、宮崎県の地元情報誌に語っている。知人の編集者には「戦場カメラマンとして、自分の人生をもう一度やり直したい」と話していた。 ルポを得意とし、パレスチナやヨルダンにも行った。国内では、東京・山谷の労働者の生活ぶりや、外国人労働者のアパートなどを撮影した。初めてバグダッドに入ったのは、03年4月。フセイン元大統領の銅像が倒された直後だった。 郡山さんをよく知る編集者は、今回のイラク入りの計画を聞かされ、「危険すぎる」と思いとどまるよう説得しようとした。しかし、取材の旅費を稼ぐため、工事現場で2カ月間働き、約60万円をためた郡山さんの決意は固かったという。 〈一発ぶちかましに行ってくるよ。いい写真期待してて〉 フリーカメラマン西原秀さん(29)=東京都新宿区=の携帯電話に、郡山さんは、出国当日の3月31日、成田空港からメールを送った。 タイのバンコク経由でヨルダンのアンマンに入り、5月まで滞在してイラクかパレスチナで取材する予定でいた。 安田純平さん ジャーナリストの安田純平さん(30)は埼玉県入間市在住。一橋大卒業後、97年、信濃毎日新聞に入社。在職中の02年12月に休暇をとってイラクを訪れた後、退社してフリーとなった。03年2月、イラク戦争開戦直前に現地入りし、「人間の盾」の立場を利用して滞在を続け、空爆下のバグダッドで取材を続けた。戦後も繰り返しイラクを訪問し、週刊誌などで記事を発表。各地で写真展や講演会も開き、「多くのイラク人が人知れず殺されていくのは許せない。戦争は終わっていない」と訴えていた。 今回は3月にイラク入りし、米軍とイスラム教シーア派民兵との衝突現場などを取材。4月12日付の東京新聞夕刊には、人質となった高遠菜穂子さんの安否を気遣うバグダッドのストリートチルドレンの様子を寄稿した。 渡辺修孝さん 渡辺修孝さん(36)は陸上自衛隊の元自衛官で、市民団体のメンバー。作家の瀬戸内寂聴さんらが発起人となり、自衛隊の海外派遣などに反対する元自衛官らの組織「米兵・自衛官人権ホットライン」(事務局・東京)に参加。今年2月末から半年間の予定でイラクへ向かった。自衛隊派遣反対の立場から、現地をリポートする目的だった。 同団体の小西誠事務局長らによると、渡辺さんは昨年10月ごろから「イラクへ行きたい」との希望を口にしていた。実際にイラク行きが決まったのは11月だったという。 渡辺さんは放送局のガードマンの仕事をやめ、東京都東村山市のアパートを引き払って、自宅の荷物を小西事務局長宅に預けた。出発前、「報道関係者はイラクから引き揚げるだろうが、君は最後まで残って伝えることに価値がある」と、周囲から励ましを受けていたという。 同団体は渡辺さんと契約しているわけではないが、全国の会員に呼びかけて資金を集め、滞在費を支援していたという。 イラク入りした渡辺さんは、現地の状況を報告するリポートをインターネットで公開していた。だが、4月12日付のリポートを載せた後、14日から連絡がつかなくなっていた。
2004.04.27
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以前、ピッタリと張りつくように僕の日記を読んでいて意に添わないと掲示板にお小言を書いてくれる人がいた。そう、その後「楽天大騒動」の主人公(?)にまでなった、彼である。その彼から「あなたはネット病」だと指摘された。「ネット病」とは、ネット中毒のようなもので、タバコ中毒のようにネットを開かずにいられなくなることなんだろう。その当時は、自分の日記をUPしたあと、数人のお気に入りのページにレスをつけて、あとはカキコミがあればまとめて返事をするということくらいだったから「何をおっしゃいますか」程度に考えていた。ところがである。このところ、「ネット病」を自覚することがあるのだ。楽天内で見かける日記がレベルアップしてきて、読み応えのある含蓄あるものが多くなった。一日一度は訪れてみたい人が何人もできてしまったのだ。読まないと世の中に遅れてしまうような強迫観念さえ感じる(とはオーバーか…)。日記をUPするのは夜半が多いが、そこから一巡すると3時、4時にもなることがあり、日中の物理的時間の乏しい僕にはこれが困った。長いつきあいの人は、頭の部分でその日の内容の当たり外れはおおよそわかる。いい日記を書いている人はリンク先の日記もなかなかいいような気がする。しかし、これをいちいち読んでいたんではいくら時間があっても足りない。以前に、掲示板でぞんざいな返事を書いていたら「斜め読みのmsk」と揶揄されたことがある。相手の日記をロクに読まずに日記へのレスをつけていたからだ。しかし、個人への批判や中傷に満ちた文章、中味の乏しい文章をまともに読んでいたら、それこそ人生の浪費という気がしてそのクセは今でもぬけない。相当長文でも1分以内で目を通すことにしている。ついついリンクが増えて読むための時間がつい睡眠時間を削ってしまう。そこで最近は「お気に入り最新日記一覧」を開いて、書き出しの文章をチェックして、興味のある話題から入ることにした。タイトルだけ見て入っても中味と結びつかないことも多々ある。(これは僕の日記を読む人が感じていることだろう。)文章の書き出しを読むと漠然とその後の展開と内容が掴めるような気がするからだ。文章を読むために費やす時間は一人分を5、6分間、それで10人読んでも1時間ほどで済むはずだ。ということで、今、一覧の頭のほうに載っている試してみよう。4月26日10時50分 三人 (ulandさん)福田「昨日の衆議院補選、三戦三勝、今日で小泉政権三周年。おめでとうございます。」小泉「ありがとう、三は僕のラッキー数字なんだよ。そういえば、国民年金を払っていなかったあの三人って誰だっけ。」4月26日10時30分 「蔵書半減計画、第一期 (ミドル英二さん) 私が密かに始めた「蔵書半減計画」だが、すでにスギポン大先生の耳にまで入っているようだ。 そこで、この計画の進捗状況をお知らせしておこう。 この事業については、私は最初、次のような方法を試みた。4月26日10時20分 コルトが欲しかった。 (シャルドネ☆さん)完全復活をめざし、「西宮冷蔵を再建する会」で引き続きカンパを募集中。郵便振替口座 00990・1・247740 『西宮冷蔵を再建する会』 こどもの頃に欲しくて買えなかったのがオモチャのコルトetc.………と並んでいる。はじめのulandさんを読んでみる。もういけない、面白すぎて予定時間をオーバーしてしまった。3人だけでも30分以上ではないか、これはいかん。誰にでもお勧めできることではないが、試されてみたら……。中毒になっても知らないよ…。
2004.04.26
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春が一気に上昇中! 東京の新宿にマンションを持っている友人がいる。バブルの後期に遺産相続したものだ。繁華街にある中規模の建物だが固定資産税も並のものではなく、数億という相続税を課せられた。田舎でささやかなレストランを経営していたが、資産価値はともかくとして友人にそんな現金があるはずもなかった。しかたなく、税金対策として都内にアパートを建て、同時にマンションを売りに出して現金をつくることにした。地上げ屋が横行していた時代なので、争奪戦のようにたくさんの不動産業者が訪れ、18億とか20億、25億といった気の遠くなるような条件がつぎつぎと提示された。友人はそれほど欲はなく、相続税が払えて家族が暮らせてゆければいいと、そこそこ大手の業者と話をすすめ、ほぼ話がまとまったのがその年の暮れであった。ところが、年明けになると契約がこじれだした。銀行から金が出ないので、もう少し安くして欲しいとか、契約をのばして欲しいとか交渉が始まりだした。その年の新年に上げ一本だった株が暴落して、日本のバブル経済がはじけたのだ。友人はそのつど田舎から出かけ交渉していたが、半年ほどするとまったく膠着状態になり、そのうちに相手は約束の話し合いにも来なくなってしまった。その頃、業者自身の買い集めた物件が値下がりをはじめ、もともと借金に借金を重ねて買い集めたものだから、後は急坂を転げ落ちるような状態だったようだ。けっきょくマンションを売り損ね、税金対策で建てたアパートの借金が残った。マンション土地の権利関係が親戚などと絡み合っていたため、税金にマンションの物納もままならなかったようだった。いらい十数年たつ。マンションとアパートの家賃はあらかた税金と借金返済にまわり、建物の維持費などは持ち出し状態となっているという。彼は(文字通り髪結いの亭主ではあるが)、税金と借金返済のためにレストランを売り払い、汗にまみれながら肉体労働にも勤しみ、つつましやかに生活している。「あのとき欲をかかずに(税金と借金で3億以上になったので)6億でも5億でも売っておけばよかっのになー」、というと、「いや、売れなくて良かった、億という金があったら俺はいまごろ身を持ち崩していたよ。それに子どもたちもロクなものにはならなかったに違いない。これで良かったんだよ。」と、悟ったようなことをいう。ところで、僕が競売で落札した自分の事務所の土地建物は数百万円。物件としては安い買い物であったとはいえ、現金があって買ったわけではない。銀行との折衝など何かと苦心惨憺、頭が痛いことだ。先頃、裁判所から書類が届いて経過内容を読んで驚いた。このちっぽけな土地建物を担保に、銀行は6億4千万も元の大家さんに貸し付けていた。これでは、競売で回収できる金額はないに等しいではないか。「この10分の1でもいい、買い上げてくれるのなら、すぐに売ってあげるよ。」と銀行の担当者に冗談をいったら、「いやー、100分の1でもウチは引き取りません。懲りましたから…。」とニガ笑いを浮かべるだけだ。バブルで日本中が浮かれていた時期には、(計算上は)東京の土地の値段でアメリカ全土が買えるなどという馬鹿げた値踏みがされていたような気がする。事実、アメリカを買うかの勢いで海外投機もされ、不動産業者が札束をもって、日本中、いや世界中を跋扈した。バブルがはじけて十数年、あの頃めまぐるしく僕のはるか頭上を狂ったように舞い流れていた札束は、いったいどこに消えてしまったのだろう。 気のいいマンション地主、資産家貧乏の彼とは何かと悪戯を計画する。先にも銀河集会を一緒にやったばかりだ。ひたすら自分の料理で人をもてなすのが好きな彼と、それに引き込まれる僕は、これまでも家族の迷惑も顧みずに、さまざまな風呂敷を拡げては遊びほうけてきた。「料理は俺にまかせろ、あんたは人だけ集めればいい。」というのだが、彼との計画は何をやっても持ち出しになるのが常だ。まあ、遊びだと思えば安いものだが…。こんどは五月の連休頃にも「若葉集会」でもやろうかと計画中をもちかけられている。「人生は遊び、みんなが楽しければいいんだ」と、屈託がない。僕もついついそれにひきづりこまれ、乗ることになってしまう。それで、五月の連休(1~4日の間だったら可、1泊2日)に信州にお出かけになろうという人はいませんか。催行人数6人、ほぼ10人限定。今回は、山菜料理と秘境散策がメインになりそうです。山小屋に毛が生えたていどの宿泊は可能です。木々の芽吹きのなかで飲む雪解け水でのウイスキーもいいもんですぜ。5年は長生きができるかも…と、すっかり営業モード。
2004.04.25
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どこもかしこも闇だなー世の中に、完璧な人などは存在しません。完璧に見える人ほど、それを塗り隠したり背伸びをして、人知れない苦労をしているものです。かくいう僕も、完璧とは対局の位置にいながら、乏しい知識で背伸びした文章を書いているのですから…。そんなことで、強権を持つ人や政府の方針を批判しても、政治家個人を直接批判するということはなるべく避けています。だって、「天唾」になりますからね…。ところが、ミドル英二さんも書いていますが、「3閣僚が保険料を未納」事件は、ときがときだけに腹に据えかねます。そろいも揃って「自己責任」を説いていた彼らですよ…。僕がクダクダ書くより、皆さん読んでいると思いますが、英二さんが簡潔に書いているものを拝借してしまいます。----------------------------- 中川昭一経済産業相、麻生太郎総務相、石破茂防衛庁長官の3閣僚は23日午前の閣議後会見で、国民年金の保険料を納めていなかったことを明らかにした。国民に保険料の支払いを求める政府の閣僚から未納者が発覚したのを受け、保険料率の引き上げを盛り込んだ年金改革関連法案に反対する野党側は「21年間払っていない中川氏は悪質。政府は法案を出す資格はない。(未納の)閣僚を辞めさせるか、法案を出し直すかだ」(野田佳彦・民主党国対委員長)と批判。同日午前の衆院厚生労働委員会は民主党が中川氏らの答弁を求め、たびたび中断した。と、毎日新聞にあった。----------------------------- 自分たちは こんなていたらくで、他人には「自己責任」を問う。私達は、もっと怒るべきではないか。といいつつ、私自身、すっかりしらけて、怒る気力もない。そういう処が一番問題なのかも。----------------------------- 流れが変わるとしたらalex99さんの「人質問題」「憲法問題」へのご意見は、僕の父も生きていればほとんど同じことを言ったと思います。憲法問題では、若かった僕は父と激しくやりあったものです。もともとの僕は日和見ノンポリでしたが、家庭での権威の塊だった父の上から押しつけるようなものいいに反発して、政治を考えるようになったのかも知れません。政治についてはことごとく意見の分かれた親子ですが、僕は父のすべてを間違っているとは思っていなかったし、父も基本的には僕を信頼してくれました。父の親、僕の祖父は戦争が終わったとき、みんなが泣いているなかで「めでたいではないか、これで息子が帰ってくる」と顰蹙を承知で公言したそうです。田舎の旧家に生まれた祖父は遊び人で、父が戦地から帰ってくると家禄をすべて譲って隠居をしました。まだ50歳くらいでした。勧められる公職にもつかず毎日が釣り、俳句、三昧で、毎週のように酒宴の日々でした。90まで生きた祖父は権威を嫌いましたが、まわりには常に人がいて葬式も明るく賑やかなものでした。父は堅物で、仕事一途で、村の公職をいくつもこなし、お偉いさん方と交友があり周囲から尊敬され80歳で亡くなりました。しかし、いつも張りつめていて、心の内を相談できる友人はいなかったと思います。alex99さんが、政治を論じているときには、しばし父のことを思い出します。父はいつも自信に満ちて正しかった。しかし家族のなかでも世間からも、少し浮いており、自分が棚の上におかれていることに気づいていませんでした。父の居る食卓は静かで重く、父が出張していると食卓はたちまち明るく楽しいものになりました。父の前では家族はみんないい子を装っていました。母でさえ、父の妻と、母親とをつかいわけていました。亡くなる近くになって、ようやく父は弱さをみせるようになり、すると尊敬し愛しい気持ちも湧いてきました。僕が感じているのは、55年体制のような枠組みはもう無用だし、過ぎ去っているということです。あえて言えば、左派でも現憲法の弱点となっている部分を内心は自覚しているはずです。(場合によっては)自衛隊の認知だってあっさりするかも知れません。いつまでもアメリカの掌の上でいいはずがありませんから。なぜ旧態依然の主張にしがみついているかを答えれば、せめぎあいだからです。日本の中に生まれつつある、ネオコンにも似た新しい右傾化のなかでは甘い妥協が許されそうにないからです。僕は自分をリベラリストだと思っています。しかし、今は片足を左側に置かざるを得ないとも思っています。僕らが野次郎兵衛の真ん中に足を揃えたら、憲法が予想もしないところまで傾いてしまうかも知れないという畏れを感じとっているからです。傾くチャンスには、たぶん改正論者さえ予想しないところまで引きづりこもうとしている、小鬼たちの存在をチラチラ感じているからです。その不安を理解せずに、「絶対平和主義」「非現実理想主義」という型枠に相手を規定づけているうちは、劇的な歩み寄りはないでしょう。そして、「人質問題」についても、擁護する者にだって冷静に考えれば幾つかの問題点は見いだせますし、新たな問題を防ぐためにはどのようにすべきかも、おのずと理解できましょう。しかし、被害者家族への傷口を揉みしだくようなヒステリックな応酬がつづくかぎり、盲目的擁護といわれようと歩み寄りは難しいでしょう。様々な流れが良い方向に変わるとしたら、人々の思考が日本型村社会から脱皮して、率直に話し合えるような雰囲気が生まれ、双方への不信感が薄まるときです。 戦地取材におけるジャーナリストの立場をフリージャーナリストの浅井久仁臣さんが書いています。その一部を転載してご紹介します。全体は浅井さんのHPでご覧ください。「浅井久仁臣 私の視点」 (前文略・途中の一部だけ抜粋してあります) そうして入った西ベイルートは、正に地獄絵そのものでした。東西ベイルートを分ける境界線を渡って50メートル進んだところでイスラム教シーア派ヒズボラーの民兵達に行く手をさえぎられ、拘束されました。そして、数キロ先の目的地に着くまで計4回の連行・拘束を受けたのです。いずれの場合も、用意していた小道具と紹介状が効を奏し、一時間以内に釈放されました。 冒頭の大使館の現地スタッフは、レバノン人と結婚した日本人で、いつもどこからか私が入域したことを聞きつけ、「退避勧告」をするのですが、それが終わると、「ところで最近の日本はどうなっています?」という会話になっていました。ところがその時だけは、「本当に怖いですよ。こんな時に来るなんて、あなたって人は…」と絶句されてしまいました。 夜間の前線取材に出かけようとした私に、讀賣新聞のカイロ支局から取材申込みがあり、状況を話すと、翌朝外信面のトップで紹介されました(後にそれが、TBSとの契約がらみで話がこじれ、TBSと讀賣との間で相当激しいやり取りがあったと聞き、自分の軽挙を恥じたものです)。しかし、ここでもはっきり申し上げますが、讀賣からは一切金銭は受け取りませんでした。 今回の人質問題関連の記事を読んでいて、「自己責任」の旗振り役になっている讀賣新聞ですが、あの時は私に批判めいたことはひと言も発しませんでしたし、逆に私の行動を褒め称えました。讀賣さんに聞きたいのは、87年のときの私の取材活動と、今回人質になったジャーナリスト(NGOメンバーも含めて)の違いは何であったか、ということです。確かに、経験や危機管理の面で多少の違いはあったでしょうが、本質的には彼らと私は同じ立場です。 その後、目的地の難民キャンプにまで(入口だけでしたが)到達する事ができ、アメリカの三大ネットの一つでも映像が流され、世界に惨状を伝える事ができました(実を言うと、ここでも厳密に言うと契約違反ですが、アメリカの報道機関に実情を話したのです)。そして、やがて停戦が結ばれ、住民の飢餓死という最悪の事態は避けられました 戦争取材では、「勝ち組」から取材すれば、リスクも少なく、軍や政府の側からの評価も得られるでしょう。しかし、ジャーナリストの大きな使命の一つに、世界から忘れ去られた人たちのことを伝える仕事があります。勝ち組取材を否定するわけではありませんが、大量の爆弾が落とされる側に入って取材するのは、ジャーナリストが忘れてはならない視点です。それはマスコミであろうと、フリーランスであろうと変わりはないはずです。確かにそういう取材は大きな危険を伴いますし、下手をすれば大使館の世話になることもありえます。だからといって、それがどうして「自己責任」だの「迷惑」などという論議になるのですか。理解不能です。私の周りの欧米人を含む外国人に聞いても全て、ほとんどではなく全てですよ、私の意見に賛成でした。パウエル国務長官の発言も同様でしたよね。欧米各紙の論調も「人質の家族を脅かす不気味な日本社会」となっていますよ。恐らくここまで激しいバッシングになったのは、3人が揃って反体制派だったからでしょう。自衛隊派遣反対だったからでしょう。国の安全保障になると、自由に物も言わせない社会は、民主主義でもなければ、自由主義でもありません。 讀賣さんには、過去に遡って取材協力費を請求しようか考慮中です(嘘ですよ)。(つづきは、「浅井久仁臣 私の視点」からお読みください。)
2004.04.24
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日だまりでチュチュしている鳩をみつけました。 「おい、離れろ。撮られているぞ」 「おい、鳩にだってプライバシーってものがあるんだよ」 「どうしよう、ボソボソ……。」 「とにかく、見えないところに行こう」 と、草むらに消えて行きました。お幸せに!JSF.さん、資料ありがとう、手紙の写真はとても参考になりました。あなたが今度の「イラク人質事件」でクローズアップした「自己責任」について、政府与党や世論の一部にある、高遠さんら被害者への「自己責任」と「自業自得」論をここで代弁してくれたことに敬意を表します。あなたが、ただの尻馬に乗って騒いでいるだけの愉快犯ではないことがわかりました、曲がりなりにも「自業自得」論を自説としておられるということですね。これは、おちょくりではなく心底思っているんですよ。僕のサイトでは様々な人と相互リンクしていて、それぞれ立派な見解をもっておられるけれど、あなたが僕と正反対の立場で「自己責任」と「自業自得」論を述べてくれたことは、主張する内容はともかく特筆すべきことで、僕のHPを読んでくれている人たちにとっても参考になることでしょう。大勢の人が注目して読んでいるはずです。はじめにお断りしておきますが、僕はHP内での論争はしない主義です。物事に対し、僕の考え方はこうだと述べるだけです。論争で、相手の信念や考え方が劇的に変わるはずもないし、自分も変わるとは思わない。ただ、判断を迷う人にとってのいささかの参考になればよしと思って書いているだけです。僕の日記を読んだ人が、共感してくださればそれで良し、反論意見をくれれば、自分の考え方と照らして参照し、足りない部分を補完できる。納得できなければスルーする。HP上で平行線をたどるだけの大論争をして、無駄なエネルギーを費やすことほどつまらないことはないと思っています…。したがって、ここであなたと論争的意見を交わすことは僕としては異例です。が、お互いの立場の違いと、ことの是非論を開陳して第三者に読んでもらうことは、こんどの件に関しては意義があることだと判断しております。まず「自己責任」からいきましょう。あなたが示してくれた高遠菜穂子さんの書いた文章の写真を読んで、正直なところホッとしました。「自己責任」と「自業自得」論を唱えている人たちの言質を聞いていると、高遠さんらに「自己責任」を考えてなかったかのように聞こえていたからです。ところが、高遠さんは事件前にすでに「自己責任」を自覚し、他の方にもイラク国内の危険性を指摘し「自己責任」での行動を呼びかけています。イラクは戦闘地域ではない、安全だと思わせて自衛隊派遣を強行した、政府のまやかしぶりとは大違いです。お聞きしますが、政府は事件以降、前言を翻してイラクを危険地帯だと言い始めています。だったら自衛隊もそろそろ撤退ということでしょうか? それとも「特措法」を変えようとするでしょうか?僕はこれまでも日記のなかで「自己責任」の意味を書きましたが、普通の社会観念のある人は、誰もが「自己責任」をもって生きています。信号を無視して道路を渡る人は少ないでしょう。ムリに渡り、事故が起きても救急車は無償で救助にきますが、事故で痛い目にあったことは「自己責任」を軽んじた結果です。国立公園内の雪山に自分の意思で登って遭難しても、国家賠償を求める人はいません。救助に民間ヘリを使った場合は当然費用負担は覚悟してもらいます。県のヘリを使った場合は今までタダでした。そのことは下記に書きます。最近のニュースによると親としての「自己責任」を持たない人たちが、子どもの虐待をしたり、鬱憤晴らしにホームレスを襲ったり、集団心理でわけのわからないイジメや迷惑行為に荷担したりしています。残念なことですね。これらの人種は、人格形成に欠陥をもってしまった一種の「社会的弱者」ともいえますが、法に照らして罰せられる人は刑務所などを使って、更正の手助けをしています。問題は、法でただちに救済するところまでいかない、イジメ予備軍たちが育っているのではないかと昨今の事例から危惧するものです。もちろんム所での更正費用は基本的には税金負担ですね。ご指摘の県の消防防災ヘリコプターの例を書きます。今まで救助に使ってもタダだったヘリの(利用者?)の費用負担を検討しているのは、(タダをいいことに)腹痛など軽い病気にもヘリを要請する「自己責任」の欠けた登山者が少なくないこと、そのための維持や燃料代などの費用が年間1億円にも上っていることです。知事前任者による大盤振る舞いやオリンピックのための費用がかさんだ結果、県の財政は現在超緊縮財政をとらざるを得ない状態になっていることにもよるのでしょう。山岳救助は、大変な危険が伴いますので勝手にボランティアが助けに行くことはまずありません。必ず山岳対策本部などの要請があって出かけます。その結果二次遭難があってそのボランティアをも助けることになっても、遭難者にも救援者にもその費用を請求するなどということはありません。しかし、要請によりヘリを使った場合はケースバイケースになるでしょう。しかし、趣味で山に登る人と、人助けや、報道の目的のためにイラクに行くことを並べるのもムリのある理論です。自粛要請を無視してまでイラクに行った使命感は立場が違いますから、第三者たる僕がその可否を述べることはできません。高遠さんが書いているように万一も想定した「自己責任」を自覚していたわけで、それでも起きた「事故・事件」の救助に関係者が力を尽くすのは当然です。もし、JSF.さんが無謀運転で事故を起こしても救急車は出動します。入院中のあなたに費用請求をすると思いますか?「熊の喩え」も話としては面白いので、お答えしましょう。調べてみましたが、県内で今まで【熊が出没しました。入山禁止】という立て札の立った山に、『山のゴミを拾いましょうの会』とか、清掃登山の団体が入って熊に襲われた例はありません。【熊が出没します。入山注意】という類の立て札はたくさんあります。そういう山に入るときには普通、ラジオや熊笛など音の出るものを携行します。本州の熊は出会い頭でないかぎり自分から人を襲うことはありません。ましてや団体で人が入っている近くには寄りつきもしません。ときに山菜や茸採りの人が熊とバッタリであって、負傷することもあります。しかし、被害者が賠償を要求することもありませんし、救援隊がかかったガソリン代を被害者に請求した前例も聞いておりません。もし、こんどの政府のような例が他にあったら教えてください。玄倉川水難事故。避難を呼びかけたにも関らず、それを無視して起きた事故で、18人中13名が死亡するという痛ましい事故でしたね。このときには、リーダーたる人に「自己責任」の自覚がなく、居直ったために子どもふくめて大勢の命を失うことになりました。そういうことでは、フセインもブッシュも、もっとひどいリーダーだったということでしょう。それにしても、玄倉川に救助にでかけた費用を請求したという話を聞きませんが、そんな事実があったのでしょうか?JSF.さんお奨めの参照資料としてあげられた『週刊実話』、○暴関係の記事が多い雑誌と思いましたが、僕は信頼性のあるメディアとして読んだことはありません。それに近い人の愛読書かと思っていたくらいですから、どれどれ……、【激震スクープ】清原「落合中日電撃トレード」急転!フジ中野美奈子アナを悩ます「全裸動画」の卑劣黒木瞳・常盤貴子・寺島しのぶ「濡れ場」実写カット20【「イラク人質事件」大特集】高遠さん「現地インタビュー」「イラク生活と薬物過去全て話します」「解放までの壮絶[裏]交渉」を暴く「身代金は300万ドル説も」「アジト転々8日間」の監禁全貌「豪華イラク料理でもてなされ…」【W袋とじ】*アイドルレスラー 大向美智子「漆黒ヘア」の衝撃*素人ムスメ10人ケータイ「秘部淫写」「十勝沖地震予知」研究家が警告M9「スーパー大地震」が東京・名古屋を襲う!菅野美穂 今だから明かせる「全裸ヘア」の真相女子高生が激白 「植草教授にのぞかれて1万円で示談に」「女体盛り風俗」に舌つづみ【ワイド】今晩から始めたいッ SM新生活のススメ僕にはただの、欲求不満者向けの記事満載としか感じませんが…、JSF.さんが愛読しているくらいだから、これを読んで「おお、目からウロコ!」などと感心している人たちもいるんでしょうね、きっと。後は、とくに僕が語るまでもなく、あなたが訪問して熱心に愛読しておられるサイトの方々が熱意を込めて理論整然と書いておられますから、そちらを熟読ください。あなたたが、それらを読んで学ぶところがあったというなれば「バカチョン」は撤回しましょう。それどころか尊敬してしまうかもしません。というようなタメ口は、当人たちより読む人たちにとってあまり気持ちの良いものではありませんから、なるべく紳士的にやりとりをしましょう。ご覧のように、僕の掲示板も訪問者が多いので、カキコミが長くなるようでしたら、このようにご自分の日記に書いて、UPしたことをお知らせください。時間があれば読ませていただきます。
2004.04.23
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「大型車によるタイヤ脱落事故」問題を隠蔽したことをきっかけに、提携していた親会社が手を引くことを表明して、三菱自動車が窮地に追い込まれている。そんな折り、某大自動車メーカーを訪れてきた。代表的な企業城下町が市の名前。本社・工場が建ち並ぶ地域は、中世の要塞のように長い壁で囲まれた広大な敷地の街のなかにある。企業街の塀の中に入るには、部門別の門があって、警備員などのチェック、目的と自分の所属や氏名など「何のために誰と会うのか」が確認され、当の「誰」が登録した者のみが通されるのだ。何かを持っていれば、それの安全チェックも記入しなければならない。勤務する社員は、身分証明書のカードで駅の改札のようにチェックを受けて社内や工場に入るようになっている。その入り口にもガードマンが立って朝の挨拶(というチェック)をしている。田舎者の僕は、目的の部署がある門を探して、中に入るまでに30分も費やしてしまった。そして用件は5分で終わった。某としても、誰にでもすぐ判るだろう、あのT自動車だ。用件は企業秘なので書けないが、技術部にある物を届けた。受け渡しする時間も決まっている。T自動車のあみ出した看板方式は、下請けイジメとして苦情も受けたが、効率的経営のお手本として、多くの大企業で取り入れられている。僕のような、部品を納入するということではない者でも、受け渡しの時間は正確に決められていて、それを間違うとペナルティーを受けるのだそうだ。ルーズな性格にはちょっと辛いシステムだ。ところで、社内に入るのにこれほど厳しいシステムがとられているにはそれなりの事情がある。産業スパイとか、安全対策とか…。そのなかで、とくに大きいのはテロ対策だろう。日本の代表的企業であれば、標的にされる可能性が無いとはいえない。テロにみせかけて、ライバル企業や不穏分子が狙うことだって想定できる。空想アクション映画ではないが、ものものしい要塞のような企業の防御態勢を見ていると、そのへんにテロリストたちが隠れているのではないかという気さえしてくる。日本歴代の手厚い輸出企業保護政策のトップバッターとして恩恵を受けてきたのだから、政府に注文をつけることなど出きないだろうが、これほど厳しい防御態勢をとらなくてはならないのも、今度のイラク戦争への自衛隊派遣と大いに関係がある。狙われる可能性があるといって、機動隊や自衛隊が警備してくれるわけではないので、これらの費用は自分持ちだろう。超優良企業だからできることだが、あのM自動車などはそんなゆとりがあるだろうか。ここにも、政策のツケをかいま見ることができた。いったい、日本全体ではイラク戦争によってどれほど余分な出費となっているのだろう。三菱自動車は、脱輪事故などの原因と責任を他にすり替え、構造上の危険がなかったかの隠蔽や弁明工作をつづけて、問題を先延ばししてきた。そしてそれらの事実関係が明らかになってきた結果、不信感をより増幅させてしまい消費者離れが加速してしまった。そして、とうとう親会社からも三行半を突きつけられ、独立した企業としての存続を危ぶむ事態まで招きいれてしまった。薬害エイズの緑十字、雪印乳業などが行った事件も記憶に新しい。やや飛躍になるが、「劣化ウラン弾」も、ウラン汚染の心配のない安全で効率的な武器だという説明で、湾岸戦争いらい米軍などにより、戦車殲滅作戦などに多量に使用されてきた。しかし、使われた地域や、使った米軍兵士などに、それまでの説明では理解できない障害や死者が多発していることから、ウラン弾の関与が強く疑われている。まだ米軍は公式に関与を認めていないが、「劣化ウラン弾」を、別の兵器に更新中だという。兵器そのものが危険なものに違いないが、武器としての使用目的を果たした後も人の健康被害や土地の汚染などをつづけるとあれば、通常兵器より以上に罪は深いのであろう。情報公開の国アメリカのことだから、いずれはその事実経過や真相も歴史の表にでてくることだろう。そのときに、隠蔽工作をしてきた人物はどのような責任をとるのだろうか。あるいは、国家の犯罪して個人の「自己責任」はなしということになるのだろうか。(「自己責任」に関する別の日記を書いていますので、まもなくUPします。)
2004.04.22
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『週刊新潮』『週刊文春』が、「人質事件」の被害者や家族に、悪質な世論工作とも思える記事を掲載したことは先に書きました。それに対して、『週刊ポスト』と、『週刊現代』の「人質事件」や社会的関心事項への視点、切り口の違いが注目されます。「ボスト」は、「自衛官覆面座談会」のなかで、「サマワ派遣部隊の撤退準備を開始」として、「イラク全土がファルージャ化したらテロ特措法からも自衛隊はクウェートに引かなければならない」(陸自二佐B)と、自衛隊の内部情報を報じています。これは、政府の口での強気とはうらはらな現状吐露ともいえましょう。内容が内容だけに実名は書いてありませんが、現役自衛官幹部クラスの発言ですから、かなり信憑性が高い発言でしょう。また、小泉首相の「年金未納疑惑」と、年金事業団が何百億という巨費を投じて全国各地に造っている「グリンピア」事業の多くが、経営破綻して、廃棄同然の施設もいまも膨大な赤字を生み続けている告発記事のグラビア企画にも注目されました。これら(庶民からすれば)天文学的な巨額な税金の垂れ流し的ムダ使いに口を閉ざし、人助けをしていた被害者救出に費用請求とは……。もちろん杉本彩さんの「袋とじ」もよかったけれど…\(*^o^*)/。「週刊現代」は、「解放された人質家族への罵声」として、最近の「自己責任」「自業自得」から始まる、被害者や家族への誹謗中傷がいかに歪められた情報にもとづくもので行われているか、を書いています。ここで注目したのは、政府が「人質救出」より、被害者と家族の身元調査を優先していたかの姿勢です。記事によると、「被害者と犯人グループを一括りにするため被害者家族の素性を暴き立てて、マスコミをはじめとした世論を誘導した政府の行為」としての一例として、小泉首相の飯島勲首相秘書官(恥ずかしながら当地出身)が、記者に意図的なリークをしています。「まいっちゃうよ。家族の中に過激集団がいてさ」と、わざと誤解を植え付けようとするマスコミ操作まがいの発言をしています。そのほかにも、政府ぐるみで同様なことが行われていたことが、実例で書かれています。ところが記事によると、被害者家族は過激派などとはほど遠い、ごく中庸な人たちだということです。例えば、今井さんの母親は共産系の病院(民医連?)に勤めていた看護師だったことから、共産党一家とされました。が、近所の住人は、「お母さんは、共産党系の病院の看護師をされていますが、それだけです。選挙のときに投票を依頼されたこともなければ、共産党の話を聞いたこともありません。町内で集会があればすぐに顔を出してくれるし、腰の低い人です。…」。もちろん、党員だったからといってなんら問題にすべきことではありませんが、共産党員だとしたら(公明党らの選挙手法と比較して)まったくダメ党員だと、かの党のお偉いさんは叱るかもしれませんが…。お父さんは、日教組の活動もやっていない人(勤務する学校の校長談)だそうです。(普通だと、ノンポリと左翼からつるし上げられそうですね)ことに騒動の火付け役とされた高遠さんの弟・修一さんはあの拓大出身、青年会議所(若手経営者の会で保守系志向)の会員で、選挙でも保守系市長や議員の応援もしています。(もう、自民党は応援するんじゃないよ!)郡山さんのお母さんは母子家庭で子どもを育てた、政治的匂いのない人です。もちろん、保守だから、革新だから、共産党だから悪い、自民党だから悪い(な、今は!)ということではありません。どんな政治活動をしようとしまいと、憲法の下で許される範囲であれば等しく対等であるべき日本国民です。むしろ、政府が人質救出より「内閣情報調査室」までつかって情報収集をしながら、正確に伝えず虚偽の情報を流していた政府が責められるべきでしょう。これらの欺瞞性を暴けたのも、週刊誌ならではのポテンシャルでしょう。そのほかの記事も、「世界一のテロリストはブッシュだ!」、「東条英機の孫が小泉靖国参拝に怒った」や「役人天国の年金」など、国民の知る権利に添ったタイムリーな記事が満載されています。「新潮」が、こともあろうに被害者の傷に塩を塗り込むような無責任な記事で、野次馬の尻馬に乗って雑誌を売らんかなという姿勢くらべ、矛先があきらかに権力に向いており、少なくともこの号に関して言えばマスメディアとして健全・正常です。『噂の真相』も消えたことだし、頑張って欲しいな。余談ですが、ひさしぶりに『週刊現代』を買ってみて、以前は『週刊ポスト』より過激気味だったグラビアページが上品になっていました。これは、(*'へ'*) ぷんぷん(だけど記事が良かったからゆるしてあげる)。ともかくも先の、ことに『週刊新潮』の意図的に被害者家族への歪められた情報を流したのと対照をなす両誌の編集でした。この姿勢がグラビア効果だけでなく、読者の支持率にもあらわれているのでしょう。「文春」の出版差止め問題で、「報道の自由」「プライバシーと国民の知る権利」についてこのネットのなかでも様々な異見が交わされました。「新潮」「文春」は、「人質問題」では、報道の自由を逆手に、読者に誤った認識を与えかねない歪められた報道をしています。この編集姿勢が、本来は司法判断を批判したかった人にまで「文春」擁護をためらわせ、無用な「差止め論争」までに至らせた原因ともいえるでしょう。過激なグラビアで、買って帰るたびにエロ本扱いされていた「現代」と「ポスト」ですが、今度の記事では家族からの株も少しはあがることでしょう。皆さんも、今号ばかりは買いですよ。「新潮」や「文春」の記事を読みたいときには立ち読みで済ませましょう。(なんて書くと、いまにビニ本にするかもね…。でも、そこまでして読む内容ではないよ。) みなさん、こんな節操のないヤツですが、見捨てないでね。
2004.04.21
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(19日の日記からのつづきです) などと書いていて、まじめな秀さんのところを覗いたら、もっと判りやすく書いてあるという風俗ライターの松沢呉一さんの「黒子の部屋」を紹介していました。なるほど、これならバカチョンでも(これ差別用語ですか、東京犬さん)理解できそうです。詳しくは、ご本人のサイトを読んでいただきたいのですが、とても長い文章なので、一部だけ引用転載させていただきました。(前略)現実にはそうではないのですが、彼が「危険があることを知っていたのだから助けなくていい」という考えをしていたのなら、車の運転をする人も、飛行機に乗る人も、船に乗る人も、山登りをする人も、海に潜る人も、ジェットコースターに乗る人も、すべて助けなくてよいのです。そういう考えもあっていいと思います。ただし、この考えは自分に適用できるだけのことで、他者にまで押しつけてはいけません。こう考える人だけが助けを求めることなく死ねばいいのです。インドに行ってコレラに感染しても、アメリカに行ってピストルを突きつけられても、車が事故ってドアにはさまれて動けなくなっても、寝たばこで火事になっても、近くにある原発から放射能が漏れても、すべて「自業自得」ですから、誰にも助けを求めずに、そのまま死ぬとよろしい(原発の場合は「危険なことを承知の上でそんな場所に住んでいた」という意味です)。でも、あの3人はそんな考えをもってはいないようですから、なんとかして救出すべきで、「危険を知っていたのだから助ける必要がない」という人たちは人のことをとやかく言わず、とっとと自分が勝手に死ねばいいだけのことです。「危険の程度が違う」と言うかもしれませんが、まさにその通り、これは程度の問題でしかないのです。ほとんどすべての人は、そうすることのメリットとリスクを天秤にかけて、危険であることを知りながらも、いろんな行為を選択して生きています。海外旅行をすれば、日本国内よりも危険があるにもかかわらず、「仕事があるから」「見聞を広めたいから」「語学の勉強をしたいから」「楽しいから」「おいしいものを食べたいから」「買い物をしたいから」「ステキな出会いをしたいから」といった、それぞれのメリットを優先させて海外に行くわけですけど、危険だからと海外旅行を一切しない人からすれば、すべて自業自得。飛行機に乗ることも、車の運転をすることも、前出の風俗店社長からすれば、どれもこれも危険で、どれもこれも理解できない行為で、どれもこれもやらないでおこうと思ったらやらないでいられることなんですから、全くの等価値です。「自分には理解できないから」「自分はやらないから」と他人に「自業自得」なんて言いながら、別の危険なことをやっている人たちは、他者から「自業自得」と言われても、それを受け入れるしかありません。となれば、自分がわずかにでも危険とわかっていることをして、なおかつ救出を求めたいのなら、そのようなことを決して言うべきではないということになります。もちろんあの3人が「ほっといてくれ」というならほっとけばいい。「自業自得」と言っている人たちはその意思をすでに表明しているのですから、何年間も家から出ずにジッとしていたのに隕石が落ちてきた時以外は(ほかにもいろいろあるけどさ)、今後何があろうと、ほっとけばいいでしょう。こういう人たちは「自己決定・自己責任」という言葉を理解できもせずに使っているのではないかと疑えますが、あの3人に「自己決定・自己責任」という言葉を押しつけるのは、「池袋事件」(『売る売らないはワタシが決める』参照)の裁判官と同じ発想です。「ホテトル嬢をやっていたんだから危険な目に遭うのは覚悟の上」として、殺されそうになっても正当防衛を認めない。しかし、「自己決定・自己責任」はそういう目に遭ったことについて、犯人以外の第三者のせいにすることができないだけのことで、救済されることや正当に防衛することを放棄したものでは全然ありませんよ。たとえばニューヨークに行って強盗に金をとられた場合、「アメリカに行くことを許した政府と旅行代理店が悪いのだから、金を返せ、慰謝料寄こせ」とはならないだけのことで(場合によっては代理店に責任が生ずることもありましょうけど)、「助けを求めてはいけない」なんてバカなことはなく、政府としては国民の命を守るのは当たり前です。そのために税金を払っているんですから。寝タバコでの火災は誰のせいでもなく自分のせいですが、それでも消防隊は消化活動をしなければなりません。酔っぱらってうっかり駅のホームで寝てしまって財布を抜かれたら、誰のせいでもなく自分のせいですが、警察は犯人を捕まえなければなりません(「もっと大事な事件があるのに、そんなもんにかまってられるか」ということはあるにせよ)。夫婦喧嘩で肋骨を折ったら、誰のせいでもなく夫婦のせいですが、それでも救急車は病院まで運ばなければなりません。それぞれ自分の行為によって生じ、その責任は自分でとらなければならないにもかかわらず、救済される権利があります。そのための税金ですから。そのことをわかっていない人たちが「自己決定・自己責任」「自業自得」などと言っているのではないですか。したがって、政府が自衛隊を派兵したことによって彼ら3人が拘束される要因を作り出したにせよ、拘束されたことの責任を直接には政府がとる必要はないでしょう。その責任がないだけのことで、彼らを救うために尽力する責任はあります。それをやらなかった時には当然非難されるべきです。「あれは夫婦喧嘩で大怪我したんだから自業自得」として救急車が放置して死んじゃったら、死んでしまったことにつき、救急隊が責任をとらなければならないのと同じです。もちろん、冬山の遭難でもそういうことがあるように、それによって新たな被害を生ずるといった判断があった場合にまで救出する必要はなく、ここで自衛隊を撤退させても3人を救出させるかどうかもまた別問題で、国は国の判断で3人の命より自衛隊を派兵し続けることを重視することもありましょう。(後略)こんなにわかりやすく書いてあればわかるでしょう。これ読んでもわからなかったら、あなたは正真正銘のバカチョンに認定できましょう。この前後の文章はちょっと長くなりますから、松沢呉一さんの「黒子の部屋」でどうぞ! 東京犬さんありがとうご紹介いただいた「差別語について」のご意見はとても参考になりました。僕は基本的には、言葉の規制は好きではない、というより無用だと思っています。「盲蛇」「盲象」「片手落ち」など、規制するのは馬鹿げたことだと思います。こんなことやっていたら第一「馬鹿」だって、馬や鹿に「人間に言われたくない」っていわれそうです。僕も「バカでもチョンでも」のチョンについては、不快語だと思っていました。しかし、「バカチョン」のチョンはご紹介してくれた前段の解釈をしていました。チョンは朝鮮人の蔑称ではなく、一般的意味での「愚か、単純」という意味ではないかと…。「差別語」については以前にも書きましたが、使う人の意識(品性)の問題と、受ける側の(感受性)感じ方の問題だと思っています。僕は、農家の出身ですが「百姓」といわれても「ジャップ」と呼ばれても、何にも感じません。いや、むしろ誇りを感じることさえあります。自分に恥じることがなければ、気にすることはないと思います。ちなみに友人の中には「在日」の人もいますが、僕が「朝鮮人」と言っても平気だといいます。差別的意味合いで、言葉を投げかける人は、自分の中にある「劣等感・ひがみ根性」などが裏返しにでてしまっているのだと解釈しています。弱い犬が通行人にやたら「キャンキャン!」と吠えつくのと同じ心理ですね。ただ、受け手もいたずらに反応するより、(あの品性はお気の毒)と高見から見下ろす気持ちでいけば、差別語も気にならないと思うのです。
2004.04.20
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急に草津まで行く用事ができて、いつものごとくとんぼ返りしてきました。いえ、草津って、草津温泉のことではありません。草津温泉は、東京で働いていた頃、そうもうン十年も前に行っただけですが、まだ記憶に新しいですね。硫黄の香りが強くて…、ああそういえば湿っぽいヌード劇場があったような気がするけれど、まだあるのかなぁ。行ってきたのは滋賀県の草津市です。京都に近く、開けた大きな街ですね、寿司がおいしかったけれど琵琶湖が近いことと関係あるのかな。仕事といっても、某メーカーにある小さな試作品をひとつだけ届けてきただけなんです。そんなもの、宅配便か郵便局に頼めばいいじゃないかと思うでしょう。でも、大切なものはひとつでも手渡しするんです。その試作品がOKとなって製品になって日本中、いや世界中に販売されるかもしれないのです。えっ、僕が運ぶ方が危ないって? そうですよね。昨夜は雨が本降りだったから、高速道路はとてもスリルがありました。大型トラックの跳ね上げた水しぶきが、僕のボロ車のフロントガラスにドバッときたときには、一瞬海に飛び込んだかと思いました。もし事故にでもなっていたら、「自己責任」「自業自得」だといって、ご都合評論家の皆様から大バッシングを受けるかもしれませんね。…それとも喜ばれるのかな、一番喜んでくれるのはカミさんだったりして…。だって、何度か生命保険に入ったけれど、今まで掛け損で、まだ一度も使ったことがないんですよ。ほんと、これからはどんな良いことをしても危険がともなう何があっても「自己責任」を問われることになりそうだから、うっかり人助けもできない。警察の方々、銀行に強盗が入っても、ちゃんと強盗が逃げてから出動したほうがいいですよ。強盗が中にいるうちに行ったら危ない、「自己責任」を問われますよ。消防署の皆さんも、火事だからといってむやみに飛び込まないほうがいいですよ。ほら「自己責任」! しっかり燃えてから、おもむろにでかけましょう。緊急車両も、ゆっくりゆっくり、事故でも起こしたら「自己責任」ですからね。何て、まさか世間的な常識のある人は本気にしないでしょうね。普通、こういう職場の方たちは使命感や責任感も高い人が多いようですから、危険とわかっていても、きっと駆けつけることでしょう。結果的に行き過ぎだと、首相に少しぐらいイヤミを言われても甘んじて受けると思いますよ。そういえば、こちらの警察は僕が盗まれたバイクを半年以上もかかって捜しだしてくれました。今度の「人質事件」の被害者の皆さんは、職種や立場が違うだけで、やはり人助けという使命感に燃えて、僕らがしたくてもできないことをやろうとしていたんですね。解放を本気に心配していた人たちが、感心したり褒めているのに、怪しげな噂をバラまいたり、どこかで面白がっていた人たちがバッシングしているのがよくわかりません。彼らに妬きもちを妬いているのかな? (20日の日記につづきます、読んでね)
2004.04.19
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人質になった日本人はすべて解放されて、イラク問題はあらたな展開へと向かうことになりました。しかし、繰り返し書きますが、この解決は“とりあえず”であって、イラク問題全体としては何も解決していません。邦人、外国人にかかわらずつぎの事件かどこで起きるかも知れません。今度の事件で明らかになったことがあります。すでにマスコミや幾つかのサイトでも分析していますが、中国人、フランス人、そして日本人たちが無事解放された一方、直接の軍属でないアメリカ人の4人、さらにイタリア人の1人が殺害され、残った3人も悲観視されています。別にも捕らわれているとの情報もあります。この生死の明暗を分けたのは、アメリカ軍と直接かかわっていたか否かです。ことに、高遠さんのこれまでの活動が、自衛隊派遣以来日本への信頼が大きく揺らいでいたイラク人たちの心を刹那に導くことを思いとどまらせた、大きな力になったようです。この事件で、政府や政府関係機関が振り回されたことはたしかのようですが、さて、政府の行動が事件解決にどれほど寄与していたのでしょう。むしろ、あらかさまに動けなかったことが幸いしたようにも思えます。この間の経過のなかから、表出した疑問を大雑把に採りあげてみます。1,解決した原因として、〈政府が裏側で聖職者協会に巨額の身代金を提供した〉というような噂がまことしやかに流れています。2,3人が人質として拘束中に〈3人の自作自演〉とする説と、それを裏付けるメールなるものが駆けめぐりました。一方、被害者家族へのいやがらせや脅迫もあいつぎ、インターネット上でも虚々実とりまぜ、人格攻撃や名誉毀損にも相当する書き込みがつづいています。3,イラクでのボランティア活動や取材について〈自己責任〉を求める声が、川口外相を筆頭に相継ぎ、〈勝手に行っておいて助けを求めるのは身勝手〉との論評も少なくありませんでした。4,事件解決前から『週刊新潮』『週刊文春』による3人やその家族への露骨なプライバシーさらしが行われ、被害者家族への中傷するに等しい見出しで広告が打たれました。5,政府の、被害者たちへのあらかさまな不快感のみならず、公明党の冬柴幹事長も、ジャーナリストら2人について、「取材は無謀極まりない」と述べ、さらに事件解決に政府がかけた費用を公表し、被害者への損害賠償請求をほのめかすかの発言をしています。とりあえず、大きく感じた5つの疑問について、僕なりに書いてみましょう。(下の17日の日記につづきます)
2004.04.18
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(18日の日記を先に読んでください)1の〈身代金〉説。これは無かったと見るべきでしょう。聖職者協会が、あえて「日本国民の声や高遠さんらの活動に応えて解放が実現したものだった。日本国政府からは何の連絡や働きかけもなかった。むしろ解決を渋っているかに見えた。」と日本政府の対応を批判しています。政府も、連絡が取れなかったと認めています。しかし、もしも身代金授受があったとしたら恥ずべき解決方法として公表されるべきでしょう。 2の〈自作自演説〉は、2チャンネル掲示板などをつかって意図的に流されはじめ、証拠メールなるものも掲載されました。しかし、これらはすべて何者かによって「ねつ造」されたものだということが解明されています。しかも、「自作自演」を最初に疑い流し出したのが小泉首相周辺だといいますから、あきれます。そのうえ、被害者たちが過激な政治組織とつながりがあるかのように創作した偽情報を流したり、被害者家族へのいやがらせを促すかの、愉快犯的な下劣で悪質な煽りはいまだにつづいています。これらは、名誉毀損罪も成立する内容で、最近の裁判結果にならって、アドレスによる発信者の身元の開示も求めるなど、被害者側は必要な処置を検討すべきでしょう。3つめの〈自己責任〉。被害者たちは当然、自己責任を自覚してイラクに向かったはずです。なぜなら、戦地となっているイラクに向かう以上現地で生命を失うかもしれないという覚悟をするのは当然です。その覚悟のほどは、解放後もイラクで救援活動や報道の仕事をつづけたいとの希望からも十分伺われます。「自己責任」を例えれば、F1レーサーなども常に危険と隣り合わせた職業です。少し間違えは命を失う危険があっても〈自己責任〉をもって臨みます。万一の場合は自分の命で償う、危険を冒してもその場に臨む、というのが自己責任です。そして不測の事態に関係者が救出に努力するのは当然の義務です。事故が起こった車を放っておきますか?彼らは、危険を承知で行ったから身勝手といういいかたもありますが、彼女は自衛隊派遣が決まる先から活動しています。どのように善意に解釈しても、自衛隊派遣がより民間人の危険度を増したことは事実です。彼らの活動の継続を止めるのであれば、政府が責任をもって彼らの活動を引き継ぐべきです。イラクの人々のこころを繋ぎ、開かせる努力をするべきです。米軍へ行う思いやりの百分の1でも配慮をしたでしょうか。実はイラクのためよりアメリカのために行っているという二面性を読みとられているのです。イラク国民のあいだには、自衛隊より高遠さんらNGO団体などが積み重ねてきた活動に信頼と評価が寄せられているという事実は、いっそう鮮明になってしまいました。4つめの、『週刊新潮』『週刊文春』による、3人やその家族への露悪的とさえいえる記事には驚きました。ことに『週刊新潮』の記事見出しは悪意に満ちたものでした。詳しくは東京犬さん、秀さんも書いているので参照してください。まだ多くの人たちが不安にさらされている事件解決前に、意図的に被害者たちを貶めるかの構成の記事は、マスメディアのもっとも卑しく品性のないところをさらけ出したものでした。例えば、高遠さんが非行を重ねた後イラク行きを企画したような記事は、読者に高遠さんへの過った認識をもたせるようにしくんだものとしか思えません。高遠さんは、自らのHPで少女期の非行歴と、その更正の体験をもとに、イラクの子どもたちのために正面から取り組んでいたことを正直に吐露しています。そしてイラクには、自衛隊派遣が決まるより前から何度も足を運んで活動していたのです。それらの事実経過を端折って、自衛隊が行っているのにわざわざ出かけ迷惑をかけているかのゆがめられた書き方は、ジャーナリスト精神にももとる内容といえましょう。『新潮』記事のリード文にある、「いったい日本人の美徳はどこへ消えてしまったのか?」 は、そのまま『新潮』自身に跳ね返るべき言葉でしょう。5つめの、公明党冬柴幹事長の悪のりぶりはここでも顕著です。昨日の日記にも書いたように、現場主義はジャーナリストの原則です。戦場であれば生命の危険もともなうことは当の本人たちがもっとも自覚していることでしょう。まず、現場を取材するための行動を「無謀」と決めつけ罵倒することは、ジャーナリズムの根本を否定することにほかなりません。また、費用の請求については、さっそく「外務省はイラクで解放された日本人の人質3人に、チャーター便の費用の一部と病院の健康診断の費用について自己負担を求める方針を決めた。」と渡りに舟の船頭役を果たしています。外務省のいいぶんの妥当性についてはともかく、率先して損害賠償を求めるような発言には奇異を感じてしまいます。これを言うなら現在の政府の方針をまず言わなければなりません。政府は、自衛隊によるイラク(アメリカ?)支援活動のほかに、イラクでの米軍を後方支援するために直接間接的に多額な費用をあてています。たとえば、インド洋・アラビア海で対外艦船など、給油による対米支援活動では、3月末現在で約35万キロリットル(約131億円)にものぼりますが、それを無償提供しており、現在でも無条件補給は続いています。当初の思惑とちがったのかも知れませんが、いまアメリカがイラクで行なっていることは破壊行為です。そのための費用を大盤振る舞いしています。そして、純粋にイラク人の支援する人たちに費用請求せよとは…。これらの政府の背反にまったく言及せず、被害者たちへの溺れる犬を叩くかごとくの姿勢には、庶民政党を自認する看板を掲げることへの違和感を感じざるを得ません。最後に、こんたび解放された安田純平さんが寄せた「東京新聞」の記事をご参照ください。
2004.04.17
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同じ空の下にいる 「人質」となっていた3人は解放されましたが、まだまだ安心できません。イラクで取材にあたっていた安田純平さんと渡辺修孝さんの2人についてはまだ救出のメドがついていません。この2人に対しても、早急に救出の手だてをうたなければなりません。戦場や紛争地を取材するジャーナリストたちは、絶えず生命の危険と隣り合わせにいます。すぐに思いつくだけでも、インドシナ戦争を取材中、地雷で死んだロバート・キャパ、カンボジアで狙撃されて死んだ澤田教一、アンコールワットへ向かう途中殺された一ノ瀬泰造、etc……。もちろん、そのほかにも数え切れないほどのジャーナリストが非業の死を遂げています。ことにイラク戦争に入ってその数は急増しています。バグダッドで、アルジャジーラとアブダビテレビのバグダッド支局が米軍の爆撃を受け、アルジャジーラの記者が亡くなりました。アルジャジーラはアフガニスタンでも米軍の攻撃を受けています。事故を避けるため、支局の場所を米国国防総省に届けていたにもかかわらず狙われました。また、ジャーナリストたちの滞在するパレスチナ・ホテルへの米軍戦車の砲撃では、ロイター通信のカメラマン2人が命を落としました。このほかにも米軍の「誤爆」によって、幾たびか報道機関が攻撃され死傷者がでています。今回救出された3人や行方不明の2人について、「危険を知って勝手に入ったのだから自己責任を負うべきだ」という意見があります。日本政府も「イラク国内での取材」の自粛と「自己責任」を強く求めています。また、世論のなかにもそれに同調する論調が少なくありません。なかには「金儲けのために戦場に行っている」、「物見遊山の取材」などとの論評をしている新聞やマスコミコメンテーターがあります。救出に掛かった費用を負担させろなどという、感情丸出しの意見さえありました。「命が大事、危険を避けるべきだ」という考え方や、事件による関係機関への迷惑などへの苛立ちも、心情的には理解できます。しかし、あえていうと、感情で考えることが許される一般人ならともかく、マスコミまでがこれらの論調に陥るのは非常に危険だと断言できます。内部からのイラク報道の重要度は先の「文春」問題の比ではありません。今度の「人質事件」を受けて、政府はサマワの記者たちに退避勧告を出して、相当数がイラク国外に出るようです。危険地帯を認定するのであれば、本来は自衛隊の駐留もならないということになります。ジャーナリストが現場から離れたら、イラク国内の様子はアメリカ軍のスポークスマンや又聞きなどの、間接的な取材に頼るしかならなくなります。喧嘩の原因を一方方向から聴いて書くようなものです。その昔、日本軍によって行われたという中国での殺戮。スターリン時代のソ連では数百万人が粛清されたといいます。カンボジア、北朝鮮体制下、アフリカの内戦などでも大殺戮が行われたといわれていますが、すでに歴史のかなたの出来事としてしか記録できなくなっています。報道されにくいできない、紛争や戦争では、信じられないほどの大殺戮がたびたび繰り返されて、それらがあったことさえ断片的にしか判らなくなってゆきます。これら、国家や権力による暴力や殺戮の暴走を防ぐのに、もっとも有効なものは、ジャーナリストたちによる真実の告発なのです。そのために幾多の尊い殉職もあったことでしょう。蚊帳の外にいて、いわゆる大本営の発表だけを書いているマスコミは、ジャーナリストとして死んだも同然といって過言でないでしょう。駐留軍が本当に「復興支援」や「人道的援助」を行っているのか、「イラクの平和」に寄与しているのか、イラク国民が立ち直っているのか、それらを自分の眼で検証し、正しく伝えるのがジャーナリストたちの使命なのです。こんど拉致されたまま行方がわからない安田純平さんは、信濃毎日新聞を昨年1月に退社し、フリーの立場でイラク戦争を取材していました。今回は3月にイラク入りし、米軍とイスラム教シーア派民兵との衝突現場などを取材して、昨年4月から、現地の状況や、人質となった高遠菜穂子さんが世話をしていたストリートチルドレンたちの様子なども寄稿しています。昨年3回ほど、伊那でも安田さんの報告会や講演会を行い、僕もその折りにお会いしました。あえて新聞社を辞めてイラク入りした理由を、組織人としては取材行動に制約があること。自分が取材したい現場を自由に選択できないことなどをあげ、イラクの生の実情を正確に日本に伝えたいという強い使命感に燃えていたようです。そのため、取材のための渡航費を自らの貯金を切り崩したり、講演会などのカンパで捻出するなど、いのちを賭けてひと儲けをする場所などという野心は一かけらも感じませんでした。むしろジャーナリストとしてストイックなまでの使命感を受けました。某大新聞がこれらを「取材による金儲け」などと論評したのは驚きです。即刻ジャーナリストとしての看板を降ろすべきです。余談ですが、イラク戦争の当事者でもあるアメリカのパウエル長官の昨日の発言に注目しました。危険を知りながら、良い目的のためにイラクに入る市民がいることを、日本人は誇りに思うべきだ。もし人質になったとしても、『危険をおかしてしまったあなたがたの過ちだ』などと言うべきではない。パウエル長官の発言と、「自己責任」の追求を口にしだした、小泉・川口外相等日本政府との発言の落差に、暗澹たる思いを抱かざるを得ません。と、指摘したい問題点は山積していますが、今は安田純平さんと渡辺修孝さんの2人の救出に全力を尽くすべきです。イラクがジャーナリストの眼が届かない場所になり、攻撃側にとって、イラク国内の盗賊たちにとって、何でもありのホロコースト状態になったら、サダム・フセインの行ったどころの悲劇ではありません。自らも困難な状態にあっても、高遠さんら三人を救うために奔走したイラクの人々や身代わりを名乗り出た少年たち、子どもたちを抱きすくめているしかない母親たち、この世界で同時代のいのちを共有している彼らを、見捨てることがあっていいのでしょうか。同様にイラクの人々の目線から、戦争の真実を伝えようとしている、日本人ジャーナリスト二人の命も、見捨てるようなことがあっては断じてならないのです。 花の下で平和を謳歌している間にも、いのちの危機はつづいています。
2004.04.16
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速報高遠さんら三人が解放されました。のこる二人の安否が心配ですが、解放は時間の問題だとの観測が一時流れましたが…。ここであえて、水を差すような発言をしますが、今回は日本人が解放されたというだけで、戦争そのものが良い方向に向いたということではないのです。とかく日本では、邦人の行方だけに気が行きますが、拉致されている民間人はまだ大勢いるのです。彼らにも心配で眠られない夜を過ごしている家族や恋人がいることでしょう。そして、「ナホコのかわりに僕が人質になりたい」と申し出たこころやさしいイラクの子どもたち、三人の救出に奔走したイラクの人々から、危機が去ったわけではないのです。心臓の悪い人以外は、ぜひこの記事の下にある写真も見てください。戦争は、日本人が解放されても刻々と進んでいます。アメリカの兵士も、望んでイラクで狼藉を働いているわけではなく、命令によって人殺しの代行をしているだけです。そして、若い、彼らの命もつぎつぎに失われています。日本政府は、もうこんな馬鹿なことはやめましょうと、ブッシュ大統領に言うよい機会です。自衛隊も一旦引き上げて、軍服を脱いで本当の支援にでかけることができるように、世界が力をあわせるべきです。あえてきれい事をいいます。これ以上、悲劇を積むのはやめましょう。せめてイラクの子どもたちの善意に応えてあけるべきです。それこそ、本当の人道的復興支援です。「イラク戦争写真集」「人道のためという」戦争の現実をみることができます。※幼児には見せないでください。心臓の悪い人はご遠慮ください。さくらが一気に散っていくように……。 作家、鷺沢萠さんが亡くなったことが報じられています。自死でした。東京犬さんも書いているように、18歳のときにデビューしたときは、こんな清楚な人がこんな文章を…、と驚いたものです。彼女のHPは僕もお気に入りにも入れてあり、ときどき見に行っていました。在日系の人でしたが、育つ過程ではそのことを知らなかったということです。姉御肌で、BBSでの歯切れのいい軽妙なやりとりによる交流は楽しみのひとつでした。彼女のファンクラブ的なBBSに書かれていた詩を捧げこころからのご冥福を祈りたいと思います。私のお墓の前で 泣かないでくださいそこに私はいません 眠ってなんかいません千の風に千の風になってあの大きな空を吹きわたっています秋には光になって 畑にふりそそぐ冬はダイヤのように きらめく雪になる朝は鳥になって あなたを目覚めさせる夜は星になって あなたを見守る 私のお墓の前で 泣かないでくださいそこに私はいません 死んでなんかいません千の風に千の風になってあの大きな空を吹きわたっています 千の風に千の風になってあの大きな空を吹きわたっています あの大きな空を吹きわたっています *作者不詳英詩(新井満氏訳詩) 先日、こんどの「人質事件」が報じられてすぐに日記で、これは始まりでしかないと書いたが、残念なことに的中してしまった。イラク戦争突入以前から予測した、悪い予想がすべてすべて現実のものになってしまうことに空恐ろしさを感じる。書きながらも、戦争がアメリカの言うように、あるいは軍事アナリストたちの解説していたように、短期に終結して民政移管が実現すれば、それはそれでやっぱりプロの慧眼と称えてあげればいいのかなとも思っていたが、結局しろうとの考えた方向に限りなく近づいてしまった。もう、アメリカやその同盟軍が軍事力で平定するなどということは不可能だ。もし、そうしようとすればイラク市民をホロコーストなみに虐殺せねばならなくなるだろう。こんど「人質」になったのはフリーのジャーナリストだ。このイラク戦争の実態が伝わってくるのは、彼らジャーナリストの果敢な取材があってこそなのだが、仮にジャーナリストの命に手をかけるようなことになり、イラク内部での出来事をだれも伝えないことになったら、それこそネオコン連中の思うつぼになる。ホローコーストが起こっても、その事実が見えなければ気兼ねなくできる冷酷さをもっている人々だから…。
2004.04.15
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新聞の記事かコラムか忘れたが、米国のバイオテクノロジー会社が、食品から苦みを無くす物質を開発して特許を取ったということが書いてあった。これを使うとコーヒーから苦みを無くし、砂糖が不要だということだそうだが、苦くないコーヒーなんてクリープの入らないコーヒーより味けないような気がする。お茶に砂糖を入れて飲む外国人がいるそうだが、そこまでして飲むこともないのに、と思うのだが…。山菜もいまが盛りで、蕗の薹やコゴミなどあのホロ苦さがあるからこそ“旬の味”だなー、と感じられる。もし苦みを取ってしまったら、ただの草になってしまうんではないだろうか。「苦い」とか「渋い」とかいうのは、落ち着いていて趣味のよいことに使われることが多い。「苦み走ったいい男」「渋い調度品」など…。これは古くから日本人独自の美学から生まれてきた洗練された伝統のような気がするが、外国でもあるのかな。最近は日本人の若者も欧米化されて、スタイルが良くなった。スポーツ選手などばかりでなく、西欧人に見劣りがしないスタイルの人がずいぶん増えて、僕などは肩身が狭い。まあ、顔でカバーするしかないかと思うのだが……(↑o↑)ハハハ 。ただ、それとともに食生活や日常生活からも「苦み」「渋み」がずいぶん薄れてきている。また、抗菌グッズなどの日常化や、ハエ一匹いない生活など、ちょっと刺激を押さえすぎているのではないかという気がしてならない。よく、発展途上国の子どもたちが、ハエが真っ黒にたかった食べ物を平気で食べている映像などを観ることもあるが、彼らの親はもちろん平気で見ている。僕の子どもたちも幼児期には部屋を這い回って、うっかりするとスリッパを囓っていたようなこともある。それで腹痛を起こした様子もないので、病害虫への抗体は、あるていど生活習慣のなかでできるのではないだろうか。いま、汚れたスリッパを囓ったら間違いなく下痢だろう。回虫が居なくなってアトピーが増えたというが、そのへんにも因果関係の鍵がありそうだ。話が変わるが、政権や権力批判も一種の「苦み」「渋み」「辛み」に相当するものだと思う。当人たちにとっては苦々しい苦言も、大きな目でみれば大切な要素だとわかるはずだ。批判に耐える政策や方針を立てなければならないのだから、それによって政治的にも洗練されてくる。しかし、批判勢力をとことん押さえつけるタイプの権力者はそこにあぐらをかくから発展性がない。余計に民衆からのつきあげを食うことになり、時間の長短はあってもほぼ間違いなく哀れな末路をたどるものだ。ほどほどの批判勢力が機能してこそ、健全な民主国家が成り立つ。ところが一旦権力を握ると、自分たちの都合の良いほうに形を変えたがるもので、日本の選挙制度などもずいぶん乱暴が通るように変えられてきている。社会の仕組みも、戦後徐々に体制側に都合の良い仕組みに組み替えられてきた結果、気がついたら日本の衰退が始まっていたということだろう。小泉内閣も、衰退に歯止めをかけるべくアドバルーンだけは上げるのだが、いまのところ弱者へのしわよせでつじつまあわせをしているとしか思えない。こんどの「人質問題」でも、はじめから切り捨ててかかっているようだ。そしてもっと癖の悪いことに、虎の威を借りる狐のように権力の側からしかものを見ようとしない人たちが、少なからずいるということだ。こんどの「イラク人質事件」でも、被害者の家族に対してのいわれなき批判や、なかには人間性を疑うような行為を平気でしている人たちが出てきている。これなどは傷口を見つけて這い寄るウジのたぐいといってもいいだろう。弱者に対するイジメを平気でできる人間は、人生のどこかで手痛いしっぺ返しを食うときがいつかくるものだ。こんどの事件も、日本国民も、ともに「渋み」「苦み」を経験して意気のわかる大人としての国家に成長するきっかけになって欲しいものだ。きちんと「渋み」「苦み」を評価できる大人が増えてほしいな。 うるとびーずさんのサイトに紹介されている、イラク現地のPictures of Destruction and Civilian Victims of the Anglo-American Aggression in Iraq サイトにイラク戦争の実態が生々しく掲載されています。ページごとに見ることができます。18禁ではありませんが、低年齢の人や心臓の弱い人は開かないでください。「イラク戦争写真集」「人道のためという」戦争の現実をみることができます。
2004.04.14
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あらためて埴輪神登場イラクでの人質事件は、その後の動きがみえないまま膠着状態に入っているようにも見えますが、舞台裏ではさまざまな動きがあるようです。3人の救出に政府はアメリカにも協力要請をしたということですが、先に日記に書いたように、現段階では政府やアメリカが動かないことが3人の安全にとってむしろ重要なことであろうと感じています。情報によると、高遠菜穂子さんを尊敬し慕うイラクの人々のグループが、救出のため拉致した武装グループに手紙による接触を図っているようです。友人から届いたメールに、武装グループへ呼びかける手紙の内容が入っていましたから紹介します。なお、原文はアラビア語ですが、ここでは日本語に翻訳してあります。=============================== 以下は、高遠菜穂子さんの友人である細井明美さんの、イラクの友人が、アルジャジーラ、アルアラビアを通して、高遠さんたちを拘束しているレジスタンスに向けて届くよう送った手紙です。 また、ファルージャ、ラマディ近辺に10,000枚配られたそうです(原文はアラビア語)。呼びかけ人は、高遠さんと一緒にストリートチルドレンのために働いていたイラク人だそうです。(池田真里)===============================神の名においてサラヤ・アル・ムジャヒディーンの兄弟たちへ 神が、わたしたちの国のためのよき計らいを祝福してくださいますように。神が、わたしたちの祈りをお聞きとどけくださって、この国から悲しみが取り除かれますように。 この手紙が、あなたがたのもとに届きますように。神は、この手紙が真実のものであると知っておられます。この手紙があなたがたのもとに届き、あなたがたが読むことは、神の思し召しでもあります。あなたがたの捕らわれ人となっている日本の女性、菜穂子さんについて、神はあなたがたの知らないことを知ってほしいと望んでおられるからです。わたしたちは、アルジャジーラの放送で、彼女が捕らえられている3人のうちの一人であることを知りました。 わたしたちは、菜穂子さんとほかの二人の日本人を、あなたがたが大切に遇してくださっていると信じています。わたしたちの信ずる神がそれを命じておられるからです。それは、わたしたちが偉大な先師たちから学んできたことでもあります。 この手紙は、あなたがたの行いまた企図を裁こうとして書かれたものではありません。そしてまた、わたしたちは、日本の軍隊(それが正規の軍隊であろうと、日本政府がいうように復興支援の防衛軍であろうと)の入国を支持するからこの手紙を書いているのでもありません。 この手紙と添えられた写真は、ただひとつの願いから書かれたものです。菜穂子さんは、(もしあなたがたが人質を必要としているとして)、けっして人質とされてはならない人だということを知ってほしいのです。 この日本女性は、一個の人間として自ら強く望んで2003年5月からバグダッドに来ています。その日から、イラクのホームレスのこどもたちの手に食物を、衣服を、医薬品を届け、長い間働いて貯めたお金をそのためにすっかり使いきってしまうのです。この前、日本に帰ったとき、菜穂子さんは、1カ月半ほど働いてお金を貯めて戻り、イラクのホームレスのこどもたちのために使おうと計画しました。だが、活動はとても困難で、日本のお母さんといって菜穂子さんの帰りを待つこどもたちのために必要な品々を買うお金を十分貯めることができませんでした。あなたがたが、菜穂子さんを捕らえたちょうどその日、バグダッドでは、多くの人々が彼女を待っていたのです。 サラヤ・アル・ムジャヒディーンの兄弟たち、わたしたち自身とイラクの孤児たちのために、3人の日本人の人質たちを解放してほしいという願いを聞きいれてください。中でも、菜穂子さんは、自分はひと切れのパンで満足し、わたしたちのこどものためにはたっぷりとパンを求めてくるような人です。彼女は、イラク国民への深い思いやりをいかに示すか、日本人にとってのよいお手本となっています。 神が望まれ、あなたがたが3人の日本人を解放するなら、あなたがたは、日本人に対し、あなたがたとわたしたちがともに望むことをなす、善きチャンスを与えることになります。日本の人々は、いつもわたしたちに味方しわたしたちの主張を支持していました。信仰と国を同じくするわたしたちの兄弟たちの多くがただ見ていただけのときにも。なすべきは神のために。アル・サラム・アライクムストリートチルドレン・イラク人活動家グループ2004年4月9日 あたり前のことですが、イラクにもさまざまな人々がいます。あくまで平和的に民政移管を望む人々、アラブ人としての誇りと尊厳のために占領軍と戦い抜くという人々、混乱に乗じて盗賊同然に振る舞っている奴ら、それらのはざまで戦禍に逃げまどう人々、etc……。そのなかで、戦争のために孤児となり、その日の食べものもままならない子どもたちを救うため活動しているイラク人グループがいます。そのなかに入り、中心的な一人として活動してしていた日本人が高遠菜穂子さんです。日本では、“好き勝手に行ったのだから死のうとどうなろうと勝手”という論調もあります。その人々には、彼女らの支援なしには生きてゆけない孤児たちをおいて、日本に引き揚げることはできない、とする高遠さんの意志は理解できないでしょう。しかしそれは、大勢の孤児たちの命がどうなろうとかまわないというに等しいのです。この「人質事件」には、日本のなかにさまざまな意見があります。発言の自由は民主主義国家として当然保証されるべきものですから、さまざまな議論を交わして民主主義を成熟させてゆくことは好ましいことです。しかし、「自作自演だ」を思わせる手のこんだネタまで仕込んで、人々の思考や発言を混乱させる、愉快犯のような輩は、人間としての尊厳を放棄したに等しい、自らをゴミと同レベルに貶めたものと言って過言でないでしょう。この日本に、大人としての民主主義国家が根付いてくれるのを希みたいものです。高遠さん等のように崇高な使命感に燃える人のいのちを大切に願う人が増えて欲しいとねがってやみません。付記それにしても、こういうことができる人を品性卑しき者というのでしょう。人質事件、高遠菜穂子さんの自宅に嫌がらせ電話相次ぐこのように、日本人救出に向けイラクの人々も動きはじめています。「ナホコの代わりに僕を人質に」高遠さん世話した子語るもちろん、日本でもこころある人々ができる手を尽くしています。倉本聰さんが家族に励ましの手紙 人質事件で
2004.04.13
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銀河集会などと、楽しくあそんでいた間に世界はグルグルと廻っています。イラク武装勢力による「人質」作戦は、無差別的に拡大されてきたようです。軍事的に圧倒的な力の差があると、レジスタンス闘争も、いきおいソフトターゲットへと拡大飛散してゆくのが常です。・アラブ首長国連邦(UAE)の衛星放送アルアラビアは10日、「日本人を含む外国人30人を拘束している」と主張するイラク人武装組織のビデオテープを放映した。米軍の激しい掃討作戦が続くファルージャについて、「封鎖を解かねば人質の首は切られる」と警告した。・バグダッド西部の国際空港に近いアブグレイブ地区で、イタリア人4人、米国人2人を拘束したと反米武装勢力が9日、ロイター通信に明らかにした。民間人か兵士かは不明。・AFP通信は8日、スペイン人と米国人のグループが、イスラム教シーア派強硬派のムクタダ・サドル師が指揮する民兵組織「マフディ軍団」の人質になっている、との情報を伝えた。駐留米軍は否定している。さらに英国の民間人と、イスラエル系アラブ人誘拐の情報もある。そのほかにも、中国人を拘束したというニュースも一時流れましたが、どうなったのでしょう。紛争当事者でない第三者を人質にして、政治的であれ経済的であれ要求をつきつけるという手法は卑劣であり、許されざる行いであるのは当然です。この戦争に直接であれ間接的であれ荷担している人については別として、無関係な人々はただちに解放すべきです。そういった意味では、イラクの宗教指導者らでつくる「イスラム宗教者委員会」が出した人質解放を呼びかける文章はタイミング的にも妥当な呼びかけとなりました。あとは犯人側が、早く応えて欲しいとねがうのみです。このなかで「占領軍の協力者」について、アブドルジャバル師は「米国がイラク入国を正当化した者」を指すと説明しています。解放の対象となる人質は「占領軍の非協力者」に限定するという「線引き」をしたことを明らかにしました。 このなかで自衛隊は米軍協力者と認定されていますが、これはいきさつから、彼らにとっては当然の見方でしょう。イラク国民によるレジスタンス闘争となった観の今では、占領軍に対する人質作戦、テロ的手法は、均等する武力をもたないものにとって、効果的な手段としてますます拡大してゆくことでしょう。それはともかくとして、3人の日本人はもちろん、非戦闘員拘束者の開放を一刻もはやく願うものです。人質作戦が卑劣な手法であることは当然ですが、アメリカ軍の無差別的な攻撃はもっと卑劣で残忍です。相手から届かない場所にいて、無条件に殺したり、恐怖と苦痛をあたえているわけですから、卑怯という意味でも別格です。米軍の戦闘機や武装ヘリの攻撃によって、文字通り「生きたまま焼き殺す」「手足をもいで地獄の苦しみを味あわせる」を戦闘員、非戦闘員問わず、女、子どもにも与えているわけです。無差別に人々を殺しながら「(アメリカ流)民主主義」を与えるという自己中の最たるアメリカの行為が、ますます「テロ」といわれるレジスタンスを拡大しているという事実こそ、アメリカが今すぐにも自覚しなくてはなりません。現在のアメリカの手法は、世界をパレスチナ化しようとしているのか、とさえ思えてしまいます。こんなアメリカの不条理に目をむけず、いまだイラクで行われていることは国際貢献だ人道支援だと、きれいごとを唱え、アメリカ軍のための側面的支援だといわない小泉政権の欺瞞性にもしっかり眼を向けなければなりません。世論調査などによると、政権の支持率や自衛隊撤退問題に対する国民の反応は、ほぼ半々で拮抗しているようですね。人間としてどうあるべきか、という視線でイラクで起きているできごとを見つめつづけてほしいものです。どのような場合にも共通するように、俯瞰してものを判断することと、ミクロ的に対処することとは相反する場合がよくあります。こんどの人質問題でこの楽天内でも、人質の命という問題と、犯人たちとの交渉に応じることが妥当か否かというような原則論でぶつかっています。ものごとに、一方的にどの方向が正しいと決められることはむしろ少なく、たいがいどのような手法にもプラスマイナスの面をもっているものです。より良い方向に、検証やときに妥協を繰り返しながらまとめてゆくしかありません。楽天内での、さまざまな意見も、良い方向をみつける糸口になって欲しいものと希っております。少し気になるのは国会内ならともかく、匿名性をむねとするこんなバーチャルな世界でさえ、相手の意見を罵倒したり、封殺するような掲示板での書き込みがあることです。主張の違う相手に対して、わずかな言質をとらえて罵倒する、かさにかかってののしるなどという行為は、書き手の貧相な人格を表しているだけで、いわば便所の落書きのようなものですが、それでもサイトの友人たちの眼にさらすことになります。言論とは、投げつけるものではなくて、交わすことにこそ意義があり、例え自分と反する意見であっても、発言の立場を尊重しあってこそ、最低限の「民主主義」です。この最低限の民主主義さえ否定する相手に、同等の礼儀を交わす必要はないでしょう、無視すればいいのです。 植草一秀氏が、軽犯罪法で逮捕されました。せっかく積み重ねてきた実績や地位が、都条例違反というささいな出来事でひっくり返ってしまう、もったいないですね。犯した罪は小さくても、社会的制裁は本人にとってははかりしれない大きなものになるでしょう。せっかく優れた研究実績があるのですから、なんとか更正してつづけて欲しいものです。銀河集会について、書き込みもいただいておりますが、いろいろ重苦しい話題で終わってしまいそうです。今日も青空が拡がり、高遠も満開になったようです。このつぎにお会いするまでには、社会も、僕らの周辺もこの空のようにすっきり、さっぱりとして欲しいものです。 参加者の皆さんの似顔絵です、どれが自分かわかりますか。
2004.04.12
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高遠の桜と囲炉裏の会、名付けて「銀河集会」を行いました。幸い好天に恵まれ、HPに掲載している写真の風景の幾つかを生でご案内しましたが、堪能していただけたでしょうか。快晴のアルプスでお出迎えしました。 高遠小彼岸桜といって、清楚なピンクに咲きます遠くからお越しくださった皆さん、信州大学前学長のM先生、まんが家のHさん、笛と三味線のYさん、そば打ち名人のKさんら地元勢も加わって、唄い語り、楽しく囲炉裏の会ができました。 まつり工房で太鼓たたいて 飛び入りででた笛と歌のセッションもなかなかオツなものでした。田舎料理は堪能していただけましたでしょうか。 こちらは梅園、花も人も春真っ盛り小径の散策は楽しめたでしょうか。とにもかくもたのしくあそんでくれてなによりでした 施設の有効利用、たのしいあそびかた、おいしい料理法、いろいろな提案ありがとうございました信州の春をご満悦してくださったようで、とても嬉しかったですこのつぎは「気」の泉探検を約束真夏の冷水がいいのか、それとも新緑の五月か、はたまた螢の乱舞する頃がいいのかなー…それにしても、「信州はなぜみ美術館が多いのでしょうか?」の答えが、「壁が多いから!」はめいかいとうでした
2004.04.11
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これまでも書いたように、イラクで武装勢力に日本人三人が拉致された事件は日本というソフトターゲットを狙った攻撃の始まりだという認識が必要だろう。この時期に3人がイラク入りすることは無謀であり、その責任は自分にあるのだから(死んでも)やむを得ないという論調が少なくない。仮に3人が僕の子どもか兄弟であれば、やはり命がけで引き留めただろう。しかし、自分が当事者であったらどうなのか。たとえば高遠さんは戦火で親を失ったり傷ついた子供たちを助けるための医療救援活動をつづけてきた人だ。自衛隊が行か(け)ない場所で、イラクの子供たちのための献身は、高い信頼と感謝の気持ちを受けてきたという。医薬品の不足するイラクでは、危険をおかしてもヨルダンのアンマンまで買い出しにいかなければならず、いままでも西村陽子さんなど日本人スタッフが行なってきた。この街道はアリババ街道と呼ばれ危険を指摘されていたが、いままで民間の日本人が襲われることはなかった。少なくとも自衛隊が派遣されるまでは…。自衛隊派遣により、日本のアメリカ追従の姿勢がはっきりして、彼らをとりまく情勢が一変してしまったことにたぶん気づいてはいたのだろう。しかし、政府が決めたからといって一枚一枚紙を重ねるように続けてきた人道的活動を放り投げて帰国できるのであろうか。政府がどうようなきめ細かい活動を肩代わりしてくれるのであろうか。また、劣化ウランの被害の様子を確認したいとした今井君の若者らしい正義感を単なる暴走と嗤うことができるであろうか、現地で起きている真実を伝えたいとして向かった郡山さんのジャーナリスト魂を、ばかばかしいムダごと切り捨てることができるだろうか。もし僕が彼らと同じ状況や任務にあったとしたら、立ち止まることができたかどうか、正直なところ確信がもてない。日本人にも、この三人の評価においては、180度さまざまな意見があるように、3人の活動を知らないイラク現地人も評価する人もある一方、自衛隊やアメリカのエージェントなどと同列に扱われる危険性は当然あるわけだ。どこの国にも、善意や理屈の通らない跳ねっ返りはいる、だから傍観していればいいと言えるのであろうか…。この事件は、これからイラク以外の地域や、あるいは日本国内でも、日本人の活動形態を問わずターゲットにされる可能性は増してきていると思う。この事件の解決の行方が、今後も同様な事件を拡散するか、終息に向かわせるのかの大きなポイントになると思う。僕は、救出方法が無様だと、かりにどんな嘲笑を受けようと、命を優先する日本国であれば胸を張って尊敬し支持するであろう。
2004.04.10
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昨夜から「3邦人イラクで人質、自衛隊撤退を要求」というニュースで揺れている。この事件については秀さんの日記で詳しく説明・解説されているので読んで欲しい。この事件を「まさか本当に起こるとは…防衛庁、官邸に激震走る」という受け止めもあるが、なにをかいわんやだ。自衛隊の派遣を決めた段階で、それまで非政府組織や民間ボランティアなどが積み重ねてきた実績や、イラク国民との良い関係を一掃することになり、あらためて、しばらく忘れていた日本国という強面の顔を前面に出して、対イラク関係を築かざるを得なくなったはずだ。しかも、その決定がどのようにとりつくろうと、まず日米関係ありの決定であったことが明らかである以上、その反動がアキレスケンに向かってくることは、十分予測できた。こんど拘束された三人は、それぞれの目的は違うが、国から派遣された人たちとは関係のない人たちだ。だから危険だ、安心だとはいいきれない。外国人によるイラク統治に抵抗する彼らにとっては、民間であるなしではなく、日本人という標的物にしか見えていなはずであろう。ましてや、アメリカにもっとも従順な国としての―。ここまでの筋書きは、少しまともな論理立てができる人であれば、必然的に考えがおよぶところだ。だとしたら、事前にイラク人道支援や報道にたずさわる民間人の安全にとって何が必要かを考えて動いていくのが、国としてやるべきことではなかったろうか。あえて言うと、これまで起きて欲しくないことの予測を書いてきて、残念ながら予測通りすすんできた。こんどの事件も偶然起きたものではなく、悪化するイラク情勢のなかで起きるべくして起こった出来事の、しかも始まりに過ぎないということである。おこるだろう不幸の形は変わるかもしれないが、アメリカの強硬姿勢がつづき、日本のアメリカ追従がつづくかぎり、さまざまに形を変えて事件が起きてくるだろう。もうひとつ留意しておかなければならないことは、こんどは日本人が絡み大事件として報じられているが、イラクではここ数日間に1日100人規模が戦闘に巻き込まれて亡くなっている。数え切れない事件が頻発している。日本人絡みの事件がなかったことのほうが不思議なのである。ここまでは、過去民間のボランティアなどが積み重ねてきた、イラク国民への信頼醸成に支えられてきたといってもいい。それが「自衛隊派遣」によって崩れた今、他の外国人同様日本人が巻き込まれる機会はいやでも増えてくるだろう。日本のマスメディアが、日本人の身に何か起こったときに報ずるのは当然としても、日本人だけ安全であれば後は無関心とするような報道のあり方もいただけない。この三人の人質問題同様、イラクにはさまざまな非人道的な事件が起きている。イラクに住んでいるというだけで、無差別的にミサイルを打ち込まれて命を落としたり、重い苦しみを抱え込んでいる人たちが数万といるのである。この三人の人質問題の解決には、政府の大きな決断がないかぎり良い結果を得るには大きな困難が予測される。そして、もうひとつ心せねばならないことは、これが無事に片づいたとしてもすぐ後に、いくらでも起こるべき事態が控えているということだ。政府にとって、自衛隊の派遣も何とか国民をいいくるめすすめてきた。いまさら撤退はしにくい決断であろう。「ここで引いたら各国の笑いものになる」という考え方もあろう。しかし、イタリア軍に守って貰いながらサマワで「比較的安全だ」とのたまわった政治家や、サマワでの実質防衛を他国軍にゆだねなければ活動できない自衛隊のあり方こそ笑いものである。いまはとりあえずは、三人の安全の確保に最大のエネルギーをつぎ込むべきである。三人の生命を保護することが、いま何にも優先して政府がやらなければならないことである。しかし、犯行グループとの交渉は政府筋よりこれまで民間で現地と通じてきた方々をとおしたほうが無難かも知れない。そのために最大限の支援をして、なんとしても無事に取り戻して欲しい。そしてそのあと、列をつくって待っている事態をどのようにしたら防ぐことができるか。これは、政府の大きな決断を要する案件である。福田官房長官は「撤退する理由がない」と言ったが、国民の声に耳を傾ければ理由などいくらでもみつかる。イラク情報が詰まっています。うるとびーずさんの日記本日の情報女性の皆さんが、立派なメッセージを書いています。お読みください。69’n rollさんの日記の「生きたまま焼かれる」とべとべさっちさんの日記小林とむぼ こと 唯乃葉羽さんの日記まいか。さんの日記 黒木香のことは、いまはちょっと書けないな。
2004.04.09
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エムツーさん>私の知り合いの社長なんですが、営業先で、そこの社長(私も知っている方)のお姉さんと妹さんが「宝塚」出身で、その社長のお父様のご葬儀に「黒木瞳さん」が来られた話を聞いて、そこへ行くたびに「会える日も近い……」と密かに思っているのを聞いて、なんと「男性」とは甘い夢をみるのだろう……。と少しバカらしく可愛く思っております。(*^_^*)msk222バカらしくといわれようと、それは黒木瞳さまに会えるのであれば…。さしずめ、僕は吉永小百合さんに会えるのであれば…、ですが小百合さんももうすぐ60歳になるんですね。小林とむぼ こと 唯乃葉羽さん >どうしたら、白旗を揚げさせられるのだろう? msk222旗あげ運動でもやらせたらどうでしょう。紅白の旗をもたせて、「ハイ、赤さげて。赤あげずに白あげて…」なんというの。志穂音さん (****.jp) >黒木香ね。知ってますよ。>彼女の腋毛、すごかったわね~>あれだけ堂々と出していたら、それも芸術かも?と思ってしまった。あれから自殺未遂をしたりなにやらいい評判は聞きませんが。彼女のあの毛?今どうなっているんだろうか?なんて決してエッチな想像をしているわけではありません。あれはあれで文化なのよ☆ msk222そうそう、エッチこそ文化なんですから。なんて、すぐ図にのってしまうのが僕の悪いクセです。イエペさん>ぎ、ギャップがありすぎる日記に感想がかきにくいのですが・・・(笑)。>本当にお願いです。白旗揚げて下さい。それが恥ずかしいなら「もう勝手にしなさい。」とでも言えばいいじゃないかと。どうせこの責任なんてとるつもりもなんにも無いでしょうに。これ以上惨事を拡大する必要がどこにあるのかと、毎日そう思います。msk222うん、うん。イラクの子どもたちが大きくなったときに心の傷をどのように回復することができるのでしょうか。…もっとも、大きくなることができればの話ですがね。リボンリボンさん>大変なことになってきましたね!>NGOで活動をしている方たちが自衛隊派遣において起こりうる、最も心配されていたこと。>小泉氏の対応が気になります。>絶対民間人の犠牲者を出してはいけないよ! ( msk222そう、イラク国民のために活動している彼らはなおのこと救出しなければいけない。いっそ小泉氏自ら出かけて助けようというのなら、尊敬もしましょうが…。うるとびーずさん>桜、きれいですねー。>こちらはもうちょっとかな。>コヒガンザクラがやっとほころんできたところです。>昨日は杏のお花を観てきました。>自然の美しさを満喫して幸せな気持ちで帰ったら、>夜になってまた衝撃的なニュースが。>誰も殺さない、殺させないように政府は決断して欲しいです。msk222同感です。>で、渡辺淳一。>私も初期の作品は好きだったけど、最近は嫌い。>確かにエロ作家といわれても仕方ない。>女性に対する優しさが感じられなくなっているから。>男の人はやっぱりああいう作品が好きなのかしら??? msk222さあ、穴沢さんはどうなんでしょう。映画やテレビで観るのはけっこう好きなんですが…。エムツーさん >こんなにいろんな国の方が亡くなっている中で、日本人だけが助かったらいいなんて私も思ってはいませんが、なにしろ「ボランティア」で行っているのに、これはないよな。って思います。>「戦争なんてなくなれ!!」msk222いまだ戦争で何かが解決できると思っている、馬鹿者たちがいるということです。力で押さえつけたものにはかならず悲劇が待っています。msk222>>犯行グループとの交渉は政府筋よりこれまで民間で現地と通じてきた方々をとおしたほうが。・・・・・yitikoさん>そうですね、この筋で何とか、何とか、無事に帰す道を開いてほしい。第一、人道支援なんて白々しく言っても、軍服で行くもんじゃない。個人を拘束という逆手を突かれることは考えになかったなどと、よく言えるものです。 yitikoさん>第一、人道支援なんて白々しく言っても、軍服で行くもんじゃない。個人を拘束という逆手を突かれることは考えになかったなどと、よく言えるものです。-----alex99さん>これは反対なんじゃありませんか?>こんな危険な地域に、この時期に、民間人が勝手に行くのなら自己責任でしょう?msk222いま現在もイラクにはフリージャーナリストなど民間人がいます。彼らのなかにはイラク人社会と(良い意味で)通じ合っている人がいます。ずぶの素人を日本から派遣するということではなく、イラク事情に精通した人が、柔軟な対応で交渉すべきだと思います。政府関係者は、国を代表しての交渉になりますから、小回りがききにくく、第一犯行グループに近づくことができるかどうかも疑問です。また、アメリカの手下が行くようなものですから…。拉致された三人はたしかに自分の意志で行ったのですから自己責任ということになるのでしょう。しかし、なぜ彼らが犯行の標的とされたかを考えると、日本政府がアメリカの手先としてしかみられない対応をしてきたからだと指摘せざるを得ません。危険地帯に踏み込む彼らの行動を無謀と切り捨てるのは簡単です。しかし例えば、火事現場で二階にいる子どもを助けたいと飛び込む人を、一概に馬鹿な行動だという気には僕はなれません。
2004.04.08
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いよいよ高遠も咲き始めました今夜のasahi.comに、「ファルージャで無差別攻撃、モスク空爆で40人死亡」というニュースが飛び込んできました。見ていないひとのために概略だけ伝えておきましょう。「米占領軍が反米勢力の掃討作戦を続けるバグダッド西方のファルージャで7日、モスクが米軍機によって空爆され、中に立てこもっていた約40人が死んだとAFP通信が伝えた。米軍の掃討作戦は、武装ヘリコプターやF16戦闘機による空爆を含む無差別殺戮(さつりく)の様相となっている。ファルージャでは全モスクが「反米聖戦」を呼びかけ、米軍施設にデモや攻撃をかける動きが出ている。」ということです。その後も攻撃はつづいたようで、AP通信によると、6日以降のファルージャの民間人の死者は60人に達し、負傷者は120人を超えたといいます。ファルージャ病院の病院長の談話として、死者のうち16人の子供、8人の女性を含む26人が、6日夜の4時間にわたる空爆で死んだということです。この戦争はいったい何のために始めたのでしょう。少なくとも、当初目的としていたサダムフセイン政権を打倒し、大量破壊兵器による攻撃の可能性のなくなった現在は、ブッシュ・ブレアコンビの目的は完遂したはずです。それなのに、ますます戦線は拡大してゆきます。どんなにきれい事や詭弁をならべても、一旦始めたら何万という犠牲なしには収まらない。女性や子どもなど弱者から犠牲になってゆく、これが戦争なのです。いよいよイラク情勢は底なし沼のなかに落ち込んでいくのでしょうか。昨日につづいて、もういちど書きます。アメリカはただちに白旗をあげなさい。素直にわびるところから再スタートするべきです。 信州は、梅、桃、桜が同時に咲くのです。と、重苦しい話題のあとですが、男性の間では、黒木瞳という女優が人気がある。以前に、直木賞作家渡辺淳一の『失楽園』が映画化されたときに主演して、俄然ブレイクした。『失楽園』のキャッチコピーは、「命削る性愛の讃歌。人間の中に潜む底深い性の悦びと妖しさを、大胆かつ鮮烈に描きつくす。著者の想いが主人公に強く投影された、画期的な作品。」ということで、映画もテレビも大ヒットした。おまけに、著者の渡辺淳一がテレビで主演した川島直美との不倫騒動で『噂の真相』に追いかけられるなど、自ら「失楽園」を演じてみせてくれたという、いわくつきの作品であった。映画もテレビも大ヒットし、カップルで訪れる映画館もあるなど、女性の鑑賞に耐えるポルノとして評判になったが、一方、単なる中年男の願望を書いただけのエロ話、とボロクソ叩かれたりもした。たしか、この楽天日記の女性陣のなかでも、最近の渡辺淳一はポルノ作家に堕ちたとの罵声にも似た評価があちこちでされていた。と書き出して、じつは『失楽園』や黒木瞳のことを書こうとしたのではないということに気づいた。そうだ、僕が書こうとしていた人は「黒木香」だった。その節はお世話になった男性も多かっただろうから覚えている人もいるだろう、上品なお嬢様言葉で、ことあるごとに黒々とした脇毛を見せてくれたAVタレントだ。と、続くのだが、アメリカ軍の蛮行のニュースが入ってきたので、もう気が滅入ってしまった。気が向いたら、別の日に続きを書くことにしましょう。
2004.04.07
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イラク戦争が、さらに急激に悪化の一途をたどっている。戦争においては、マスメディアをいかに使うかということも大切な要素になる。イラク戦争では、当然の事ながらアメリカを柱とする駐留軍側からの報道が圧倒しているが、それにしても米英にとってこの戦争が容易ならざるものになってきたことが伺える。ネオコンの口車に単純にのせられて、悪玉サダムさえ排除し、大量破壊兵器からの恐怖をとりのぞけば、あとは簡単にケリがつくと信じてきたアメリカのブッシュ、イギリスのブレアーも、こんどはイラク国民の6割を占めるというシーア派の人々と戦わざるを得なくなった。これで完全に、イラク国民に対しての戦争状態となってしまったわけだ。9.11以降のアメリカの行動は、ボタンの掛け違いなどというものではなかったが、今度の血迷った選択はとても大きなツケになりそうだ。曲がりなりにも国民の信望を集める宗教指導者への暗殺行為は、世界を破滅に導く第一歩とさえなりかねない、愚かな選択を再度重ねてしまったことになる。宗教者ひとりの殺害は、政治家や軍人を殺すのとはまったく意味が違ってくるのではないだろうか。イスラエルとパレスチナの戦いは、まがりなりにも地域が限定されている。しかし、イスラム教シーア派も含めてのイスラム教徒との戦いとなると、文字通り宗教戦争の意味合いをおびてくる。もし彼らが標的をみつけようとすれば世界中どこにでも戦士と目標があることになる。どこでも戦場になりうるところまで拡げてしまったのだ。これは中国大陸で関東軍と戦った中国軍どころの規模ではない。この問題では、百編の各論を弄してもなんの意味もない。ただちに国連に全面的にイニチアシブをゆだねたうえで、アメリカは敗北宣言を行うべきだ。力で彼らを押さえ込もうとすると、何倍もの規模で第二のパレスチナができることになるだろう。ベトナムで、ソマリアで、アフガンで、そしてイラクで、アメリカは何度学べば目が覚めるのだろう。
2004.04.06
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日本の春は美しい。ここ信州でも、春がさまざまな装いをみせてくれることでしょう。美しい季節の中で、今朝の装いはひときわ格別なものでした。鮮烈な空気の中に、銀色に輝くアルプスの峰々…。さながら、銀色のヴェールをすこしづつ脱いでいくようでした。わが家の庭先から、その山を撮影してみましたが、肉眼でみた美しさはどうしても再現できません。この空気ごと、皆さんの庭先にお届けしたいとつくづく思う朝でした。 空気の透明感を伝えるのはむずかしい…… 美しい桜前線が北上中ですね。高遠の桜を見ようともう車が入り始めています。気の早い観光バスまで通り過ぎてゆきます。でも、まだ蕾。だいぶ膨らんではきましたが、咲くのをじっとこらえています。なんのためって…。そう、10日に一斉に開くために、いまはじっと身を固く閉じているのです。お誘いに応えてくださった人次の機会にといってくれた人みなさんありがとうございます気をつけてお出かけください。
2004.04.05
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今は思いつく限りといっていいほど、風俗関係の仕事が多様なようだ。…ようだ、というのは僕は、お金で疑似恋愛をする世界が好きではない。だからその世界を覗く機会も少なく、恥ずかしながら(?)無知といってもいいだろう。では、まったくその世界に足を踏み入れたことがないのか、というと長い青春だから多少はある。悪友に、オレと今夜つきあわなかったら縁をきるといわれ、友だち思いの僕は σ(~~σ)))、高い銭湯に行ったことがある。また、某団体旅行で、外国の女性たちがこんなサービスをしてくれていいのというクラブにお邪魔したこともある。圧巻は、隣県のI温泉で芸者さんに誘われて、二次会どころか仮の宿までついていったことがある。このときは、興味半分でついて行ったのだが、改めて身近で拝見した素顔のすさまじさに畏れをなして、取材と称してお話だけして帰ってきたのだが…。思えば高い取材費を払ったことになるが、せっかくだからその話を書こう。畏れをなした理由は、その素顔にもあるがその女性が僕の母親とみまごうほどの年齢だったからだ。いや、歳を聞いたわけではないがややマザーコンプレックス気味だった僕は、尊敬する母親を目の前に、そんな気にはなれない。(^.^;; ヒヤアセ。当時30歳半ばだった僕には、母親とふたりだけになった恐怖で、帰らせてくれと頼んだ…。すると、お金を貰わなければダメだ、という。しかたなく、サイフからお金を出して渡すと、時間まではここにいてくれというではないか。実は外に見張りのような男がいたんですね。それと、おんなとしての沽券にかかわるというのだ。しかたなく、僕は取材を決め込んで話を聴くことにした。これから高い取材費を払った内容を話すが、皆さんは僕にくれなくてもいい。どうしても、といえば別だが…。芸者という人たちの花代は、1時間半の宴会で1人1万2千円前後。そして延長が30分ごとに4000円。これは学校でいったら正規の授業。ここまでは、どの芸者さんでも平等に稼ぎになる。しかし、本当の腕は放課後の課外授業に持ち込めるかどうかだ。指名を受ければ、めでたく課外授業となり、その後の2次会や特別の座敷に呼ばれる。その後は個人レッスン、お客につきあって深夜の寿司屋、そしてetc…、となる。ただで特上の寿司を食べた上に、そのあとのおつきあいまですると、教室で稼いだ金額とは較べものにならない実入りになるのだが、鼻の下のながい男はいるもので、(#^.^#) エヘッ ちゃんと出るところからは出るらしい。そんなことで「12時前に置屋に帰るのは芸者の恥」ということになるらしい。いやはや、もっといろいろ聞いたような気がするが、忘れてしまった。まあ、タダで書くのだからこのへんで勘弁してちょうだい。 こんなくだらない話題がもうしわけないようなきれいな月が出ています。たぶん、皆さんの空にも同じ月がでているはず…。
2004.04.03
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急に栃木まで行く用事ができて、例によってとんぼ返りです。朝4時に出かけ、いま帰ってきたところです。往復650km、花が一斉に咲いていましたがカメラを構えるゆとりもありません。 景色は運転しながら、信号待ちなどのときに撮るという、バタアタリです。僕の後ろの車、クラクションも鳴らさず…ゴメンなさい。ということで、今日は何もかもそのままでお休みなさい。 大きな夕陽が沈んでゆきました栃木のともだちにも会いたかったけれど…。
2004.04.02
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