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鷲沢市長のメールマガジン第25号の配信のうち「裾花川に2つのダムができて以来浸水被害はなかった」ことについて、日本共産党長野市議団が、事実に反んすると、平成7年7月の梅雨前線集中豪雨の際、妻科の西千代子さんが九死に一生のいのちびろいをした、大変な被害にあったことを指摘し、お詫びと訂正の申し入れをしていました。日本共産党市議団が市長室で鷲沢市長に対して、抗議と訂正を申し入れた際、建設部長は深深と頭を下げ、「申し訳ない」と謝罪しましたが、市長は明確に自らの責任を明らかにしていませんでした。メール上で市民に訂正とお詫びをすべきと求めた結果、本日メール上で「浸水被害があった」事実を認め、お詫びのメールとなりました。事実は何よりも思いもの。市長は今後、市民の暮らしにかかわる様々な問題で、軽軽にことにあたるのでなく、深い認識の元、見識ある対応を求めたい。鷲沢市長は、浅川ダムの問題でも相変わらず、どこかの大学の教授の話に心酔し、ダムは何でも解決してくれると、田中知事のダムなし治水対策に、異議ありの態度を取りつづけています。もう浅川ダムは、契約解除をしたのです。「地すべり地帯で活断層の巣窟。ダムがあれば、ないよりもっと、下流は被害がひどくなる。」と「無駄で危険」な浅川ダムの建設でなく、県民・市民上げて不十分な雨量や流量調査など時間をかけて、ダムなしの総合的な治水対策を行うべきである。すでに長野市は、市の施策で、降った雨をそこに一時、ためておく一時貯留枡す設置に助成するという制度をはじめます。いいことです。全戸に普及できれば大きな治水効果があるはずです。これは一部です。市民の声を聞き様々な対策を講じる努力を市民とともに、つくり上げていこうではありませんか。続報・・・昨日の若槻団地での共産党支部と田中応援団との共同での「田中県政応援、県政報告会」について報告しました。ここで田中応援団の一人が、あいさつで「浅川ダムは共産党の石坂県議さんや原田市議さんたちが10数年もかけて、様々な抵抗があったにもかかわらず、粘り強く反対をしてきた。私などは職場の関係で勇気をもってこの問題で取り組んでこれなかった。皆さんがたの取り組みの功績は大きい。感謝したい。こういう取り組みが合って田中知事も生まれたといってもいい」といわれました。うれしい限りです。身に余る、ありがたい評価に胸が熱くなった。これらの皆さんの期待にしっかりこたえないと、とあらためて決意を新たにする。ほどほどに、雨が降ってくれるので、我が家のナスは相変わらず生き生き元気だ。毎日、味噌汁に好物のナスの具が入る。今日は、一味違ったもので、新鮮な食材で焼きナスとなった。しょうゆをつけての食は最高だ。「賞味したい。おすそ分け」とのメールが届いたが、どこへ届けたらいいのでしょうか。ナスが待っています。
2002年09月30日
若槻団地で県政報告会を開く。田中応援団と共産党の有志の呼びかけで行ったもの。70人を越す人々が集まってくれた。私も一言あいさつをさせてもらい、市政報告をさせてもらった。石坂県議は、「圧倒的支持で田中知事が再選され、うれしい限りだ。問題は、知事の政治姿勢が明確で、長野市長・小布施町長・豊野町長らに、浅川ダムの契約解除をすることを通知し、実行された。ただ、長野市長だけは、理解しかねるとしたが。田中知事は、9月議会で、前の吉村知事のように、借金までしてゼネコン優先の200億~300億、時には700億とも言われる補正予算を組んだが、今回、田中知事は、9億円である。内容は、母子家庭の介護ヘルパー研修予算150人分、浅川ダム雨量、流量などの基本調査費など、ゼネコン優先でなく、県民の暮らし応援の予算を組んだ。また、様々な申し入れもしてきた。政務調査研修費、海外視察費など県民の理解の得られるように改めるべきこと。を主張。長野県議会もひどく、調査費は月31万円。海外視察は必要な調査よりも、観光が優先だった。共産党県議団は厳しく改めることを指摘。そのとおりだと思う。貴重な県民の税金だから。長野市もあまり変わりはない。政務調査費は月10万円、領収書は添付必要なし。使い道が不透明である。共産党は市民に理解できるように領収書の添付を主張してきた。海外視察費も、目的のない年功序列型(当選回数)海外視察は止めるべき。視野をひろめる、見聞を広めるなどの理由での海外視察は市民感情から理解できない。と厳しく指摘してきた。議員にそんな特権が合っていいはずがありません。長野県から長野市を変える、と言った田中知事の深い意味を受け止め、公共事業を進める場合、計画、企画段階から住民の声、専門家の声など、市民多数の声を聞き、情報公開のもと、財政も考えて進めることが求められています。鷲沢市長は、独断専行は止めて、十分な市民世論を受けとめた行政運営を求める。たとえば、そごうを中心とした再開発計画。皐月高校に変わるレクリヱーションスポーツパークなどはまったく市民の声を聞いていません。市民の見識ある声を大事にすべきである。パブリックコメントを本気になって実行しようとするなら。今日は地元上野の防災訓練。案内をもらい、上野14組、私の組の隣人と訓練会場まで行進する。終わったあと、公民館で慰労会となる。酌にまわると、地区の女性の顔役から、「田中さん良かったね。地元のS県議さんが出した、ダムを作らないと補助金を返す。代替案ないと問題。」など田中おろしのびらを出した。「あの人は嫌いだ。もう、応援できない。」と厳しい口調で私にぶっつける。同感である。我が家の玄関に、白とピンクのコスモスの花が活けられた。かなり強い香りだ。コスモスはキク科で匂いは結構鼻を突く。しかし、ごく平凡なこの花のに匂いは好きだ。花には申し訳ないが、一枚の花びらをもらい、指でつぶして、鼻に持っていくとなんとなく幼少を思い出す。コスモス街道、コスモス畑とどこにもある光景だが、秋にはなくてはならない花だ。秋桜だから。
2002年09月29日
秋梅雨の早朝、まだ暗いが「赤旗しんぶん」の配達に飛び出す。国民の願いや思いを、そして、平和を願って頑張っている新聞を読者にしっかり届ける。先進資本主義の国で、政党では200万人の読者を持っているのはどこにもない。しかも、毎朝きちんと配達しているところもないという。連載中の、今朝の日刊の赤旗新聞に不破議長の「北京の五日間」に注目した。ソ連の抑圧政治の根底になったのは、「穀物の強制収奪」と「農業集団化」であり、その根底には、ソ連共産党が「政権党」でありながら、広大な農村に大きな党組織を持っておらず、上からの強制的手段以外に、農民に働きかける手段をもたなかったこと。これが大きな要因だという。農民を自発的意思によって社会主義の事業に結集しようとするなら、絶対やってはならない強制手段であったと。中国はいま、政権党であるが、ソ連の失敗の経験からも、「今中国には6500万人を超える党員がいる。本当に大きな力だ。もしこの人たちが、20人の国民の心をとらえる活動をしたとすれば、その影響は、13億人の中国国民に広がる。草の根での国民との結びつきが政権党を支えることができると、問題提起をしたといってる。将来、どんな体制であれ、体制批判の言論を強制力ではなく、草の根での言論の力を持つことが重要である。6千万の党員を持つ中国の党が資本主義日本の共産党の支部の活動に注目するということは、将来的に重要な意味を持っていると強くか感じている。と不破議長。この連載なかなか読みこたえあり、毎日が待ち遠しい。若槻支部のO・Mさんとしんぶん赤旗の購読のお願いに出かけた。田中知事再選でみんな喜んでくれた。「今はそういう時代。いつまでも、古い体質でいてはだめだね」と購読。秋祭りで西も東もドンドンと花火、花火でぎやかだ。大人みこしが通るので、北国街道も通行禁止。でも、なんとなく浮かれたいい気分のひと時であった。みんな集落ごと、違いはあるが伝統の祭りを引き継いで、子供達や後世に残そうと努力している。
2002年09月28日
26日配信の第25号鷲沢市長のメールマガジン情報に重大な偽りの記述があり、日本共産党市議団が抗議の申し入れを行う。それは、裾花川に2つのダムが建設されて以来、「浸水被害が出たことは、私の記憶にはありません」というもの。ところが、平成7年7月の梅雨前線集中豪雨の際、妻科に住む「西千代子さん」が九死に一生の浸水被害にあっている。この原因をめぐり、国と県を相手に東京高裁で裁判中だ。この事実を無視した、市民への情報提供は大問題。この程度のことも確認できないのでは、市民の生命と財産を預かる市長としては、無責任、不見識そのものである。「浸水被害はなかった」との認識を改め、被災者である、「西千代子さん」に謝罪すべきであると厳しく指摘。また、市長はあくまでも、ダムのおかげで、土砂災害は防ぐことができると主張。ダム必要論を強調する。しかし、今、多くのダムは大変な問題を抱えている。奥裾花ダムは建設後22年で計画堆砂容量の約100%。裾花ダムは32年で82%も埋まっている事態。当初計画の2,5倍から4倍のスピードで土砂が埋まる。いま、かなりのお金を投資して、排砂対策を計画中。排砂のためのトンネルも掘るという。ちょっと放置すると巨大な廃棄物に。取り除く場合、土砂の捨て場所を探すのも一苦労、が県関係者の弁。「脱ダム」の方向で時間をかけての対策こそ世界の流れ。しかし、市長はあくまでもダムに固執している。市長「ダムは必要だ。あんたがたとは見解が違う。」被害はなかったについては。「間違っていたかもしれない。自分でメールを打つが、建設部で点検してもらっている」と、部下のせいにした。建設部長が深深と頭を下げる。「申し訳なかった」と。市長の責任はどうなるの。堂々と自ら責任を明らかにして欲しかった。市長の適格性にかける。大体全国では、すでに72箇所もダムを中止しているのに。市長は知らないはずはない。県知事選挙で大きな争点になっていたのだから。見解の相違ではすまされない。それこそ見識が問われる。浅川ダム建設工事中止で一之瀬の里は穏やかな日々となるか。浅川の 渓流さらさら 穏やかに紅葉色づき 赤く燃え行く秋露に 萩紫の 陽に映えて一之瀬の野に 凛と咲くなり春緑り 夏に木陰の みず涼しダムを拒みて 凛と立つ衆
2002年09月27日
駄足の追加を入れたら、この本文が非公開へいってしまいました。田中知事は、浅川ダムの建設工事請負契約を、前田・藤田・北野建設共同企業体に「浅川ダム本体請負契約」の解除の通知をしました。「脱ダム宣言」を契機に「治水・利水ダム等検討委員会」を設置し、約1年間、充分ではなかったが、これまでにもまして、時間をかけ議論を重ね、「ダムに寄らない治水対策を」とうしん。その後、浅川の治水・利水の具体策を進めてきました。よって、浅川ダム本体工事の契約は解除するというものです。内容は○平成12年度国補浅川総合開発事業 浅川ダム本体工事○工期は平成12年9月19日から平成19年3月20日○契約金額は129億9千150万円10年を越す浅川ダム中止を求める運動が、田中知事誕生で山が動き、圧倒的的再選で実現しました。当初は、ダムにかかわる情報はほとんど公開されませんでした。情報公開制度を活用し、県がコンサルタントに委託して調査した、30年近い膨大な資料を、素人ながら1冊づつ、1ページづつ調べコピーしての大変な労力、時間、費用を費やしての作業だった。これらの資料を、国土問題研究会や京都大学、信州大学など、地質や河川工学場度専門の学者に依頼、調査と検証をしてもらいました。何度も現地調査も行われ、調査報告書も作成されました。浅川ダム建設阻止協議会や共産党の長野県議団・長野市議団など運動団体は、勉強会やシンポジュウムを重ね、住民に知らせるなど、「危険で無駄な浅川ダム」について科学的根拠にもとずいて、対県・対国土交通省交渉などを行い、県民に訴え、県議会、市議会でも取り上げ中止の運動を粘り強く広げてきたのです。そして、田中知事の再選で、その目的が実現の運びとなりました。引き続き、ダムなしの総合的な治水対策を、専門家や地域住民の総意いでつくり上げて行かなければなりません。「脱ダム宣言」の理念をさらにさらに発展させるためにともに頑張りましょう。
2002年09月26日
若槻・吉地区に「ケア-ハウス・レインボー若槻」という福祉施設の起工式・・・地鎮祭が行われた。(地(とこ)鎮めの儀という。夫婦ないしは独居の老人が入居できる、50床の施設である。案内を頂き、出席させてもらった。建設場所は、農業ができなくなった遊休農地だ。有効活用である意味で意義がある。宮司の祝詞が始まる。・・・「若槻の緑豊かな良き地に、福祉施設が建てられる。事故のないように安全を祈願する。・・・」真砂(川砂)できた、小さなおわんがたの砂山(安全祈願のため地鎮祭で使用するもの)作られていた。この砂山に、なんと、こおろぎがちょろちょろと上ってゆき、砂山の半ばで転がってしまった。あれ失敗かな。怪我をしないようにと宮司さんが、祝詞をあげていたのに大丈夫かな。馬鹿なことを考えながら、ふと自分の足元を見たら、なんと、我輩の履いている靴下がちゃんぽんである。慌ててズボンを下ろして隠した。こおろぎの転げ落ちる失敗を笑えなくなった。宮司はまだ祝詞をあげている。今朝は暗いうちに、赤旗新聞を配る日で、寝ぼけ眼で、暗い部屋で靴下を履いたからか。長野市の特養など福祉施設は数あるが、特養の入所待ちは1000人ほどである。介護保険で入所が必要と認定されても入所できない。ケア-ハウスも必要だが、不足している特養ももっと建設しなければいけない。介護保険制度の意味が失われてしまう。
2002年09月25日
生まれ育った、思いで多い田子の敬老会によばれた。 この日までに、手狭な公民館を広くきれいに改装しての、柿(こけら)落としと合あわせた、盛大な会となった。獅子舞は保存会の大先輩に教わったという、育成会の中学生がやってくれた。孫かひ孫の獅子舞いに、「この部落もまんざら捨てたものではないは。」そんな風に見えたお年よりの顔であった。80数軒の小さな集落。来年は新入学児童は2人とか。それでも、公民館を改装し、太鼓も獅子も新しくしたのである。小さい集落でも元気な私の生まれ故郷。田子をよくする「街づくりの会」も立ち上げた。お年寄りが交流できる小さな公園。子供達に喜んでもらおうと、「蛍の棲むきれいな川を」といろいろ提案している。街づくりの原点は地域住民の手で。しっかり応援したい。 宴会は飲むほどににぎやかとなる。「のぶゆきちゃん飲めや」「のぶゆき、おめえー元気か」中には「小さいとき、やぎの乳のませてやったなあ、おぶってもやったなあ」60を越す小生も子供扱いされた。懐かしいひと時をすごさせてもらう。「家中、田中さんでやったんだよ。よかったねえ。」「共産党の株も上がったんじゃないか。」暖かいものを感じる。私が15年前に市議選に出たときは、親戚中ほとんどは、保守のがちがちで、「共産党から選挙に出ることになったから是非応援して欲しい」とお願いしたが、共産党を辞めて出たらどうか。と厳しい抵抗にあった。それから、15年、親戚はもちろん集落の人々は、しんぶん「赤旗」の購読をとおして、共産党への共感を寄せてくれるように。いま、赤旗新聞読者は5軒に1軒。 「住民の利益第一」「住民の安全、福祉と健康を保持する」という、地方自治の精神をしっかりと肝に銘じ、目線をさらに住民のほうに向けて、謙虚に頑張りたい。もらった元気を生かして。
2002年09月24日
今日は全県の赤旗信州秋祭りである。朝8時30分、上野後援会事務所出発でマイクロバスを見送った。このところ、毎回、生まれふるさと(若槻田子)の敬老会と重なり、祭りに参加できないでいる。公民館役員やお年寄りから、「地元なんで是非出てきて一席ぶってくれ」とあいさつのお願いをされているので欠席しずらい。 日頃活動をともにしている仲間と、青空の下で一献傾けたいところだが。ご容赦願う。11月の中央の赤旗祭りには、参加を決めている。 仲間の中学1年生の長男が、いじめや学習に遅れ、不登校になった、と聞き心配していたら、その子と同じ隣り近所の子供も先生から「あんたはだめな子」といわれ、親もそれなら行かなくていいとかで、不登校だという。 たまたま、職場を辞めた大卒の私の友人に話すと、「もしよければ子供達とお付き合いしてもいいし、勉強も見てもいいよ」といってくれた。親に話すと、大変心配しておりできれば援助してという。子供好きで、しかも、山や川、海など自然に向き合うことの好きな、友人の力が生かせたらなあ。力になってやりたい。不登校生は全国で13万8千6百人。前年より4千4百人増え過去最高と文部科学省は発表した。91年から10年間で倍増。原因は学校生活によるが36,2%、家庭生活では19,1%。中学生は学校生活は40,2%と急増である。長野県も長野市も同様で全国でも多いほうだ。 これまで以上に、カウンセラーなど相談員の増員や少人数学級の充実強化が求められている。 埼玉県志木市は、市独自で小学校1~2年生を対象に30人学級を実施。不登校児童には在宅学習支援制度(ホームスタデイ)で、きめ細かな学習支援を行っている。本人の気持ち、父母の考えを尊重し、柔軟に段階的に計画的にあせらず、押し付けず、見放さずという。山形市でも市独自に、教育や心のカウンセラーを中学校すべてに配置したら不登校・いじめが減ってきたという。長野市もダムをはじめとする急を要さない「無駄」で「大型」な公共事業は圧縮し、どの子もしっかり学力を身につけ、大きく成長できるよう頑張らなければ。大好物の地粉の手打ちうどんを、沢山頂いた。ゆでたばかりの腰の強いうどんは、絶品。いくら食べても厭きがこない。うどんが好きだということを知っていて、選挙のときは何十人分も作って持ってきてくれる。励ましに応えたい。
2002年09月23日
75歳以上の高齢者だが会場はいっぱいである。皆、人生経験豊富で達者な人たちだ。いつも、パワーをもらい、元気を充電してくれる。あいさつをお願いされた。運動会で感動したことを話した。「皆さんの孫達が、棒倒しをやったり、男子と女子が仲良く協力をして種目をこなしている姿は、生き生きで元気そのもの。のびのびと育って欲しい。そのためにも大先輩の皆さんが、長い間様々な苦労を重ねてこられた、そんな人生の機微を後輩に伝えて・・・」と話す。「だからこそ、老後は安心して過ごして欲しいが、年金がけづられ、医療費が上がり、介護保険料もあがる見通し。楽ではないが、お年よりは「社会の宝」、安心して暮らすことのできる世の中作るため頑張りたい」といった。 お酌に回ると、あちこちで、田中知事再選ガ話題で、「よかったねー」「共産党、頑張ったねー」「今度の選挙で共産党の姿がわかった」などなど気持ちのいいひと時であった。特に不信任に対する石坂県議の反対討論は今でも話題となり、語り草となっている。 お年よりもあたらしい、県政の流れに期待をしていることが良くわかった。ダムでなく福祉暮らし応援の県政の一層の前進のために頑張らなければと強く思う。 長野市もお出かけパスポートをはじめた。どこへでも100円でいける。問題はバス路線のないところや、中山間地のお年よりの足の確保が求められている。要望に応えて頑張りたい。
2002年09月22日
絶好の運動会日和。案内をいただき2つの運動会に行ってみる。 赤勝て・白勝ての応援合戦もあり、さらに、女子の騎馬戦や男子の棒倒しもあった。立ち上がり、上気して観戦。となりにいたご招待の女性いわく、「うずうずしているんじゃないですか。」と冷やかす。そのとおりで、50年程前の自分を想起していた。 競争走(かけっこ)が始まった。なんと、男女混合で走っている。男女別々で走るのが普通だと思っていたので、おやっと思っていたら、周りの人が口々に「これはいい、男子も女子も無い。対等に走ることは見ていても感じがいい」「女子も負けてはいないなあ」「男女仲良く競争はいいこと」と高い評価。また、1年生と6年生や3年生と5年生が協力して競う種目もあった。いま、昔と違い、地域で異年齢の子供達が遊ぶことなどほとんどなくなっている。そういうことを知っての上か、学校の運動会でそれをやって見せた。このことも、周りで関心していた。先生方の子供達への思いが、伺える。校長先生に会えたので、聞いてみた。「企画がなかなか味わいがありますねー」先生「普段の授業でやっていることを運動会で表現しているだけ」といわれた。児童会が総意で考えた運動会のスローガンは「全力」「協力」「努力」だという。来賓や父母を感動させた運動会。この子供達が、すくすく・のびのびと成長できるよう応援しなければと痛感。いよいよ、30人学級や教育環境の改善など大人の責任は大きいと、あらためて知らされた。 党市議団が学校を訪問し環境など聞き取り調査をしてきた。「トイレがくさい。水道がにごっている。インターホンが欲しい。夏場の図書館は熱くて本も読めない」など、沢山の要望が出された。早速、 9月議会で学校の改修・改善を求めた。教育委員会は調査をし、急を要するものから対処したい、と答弁。 運動会で先輩から、週5日制の話しが出された。放課後の児童が安心して過ごせるように。土曜日も同じだという。ところが、児童館はどこも満杯だという。60人定員で80人もいて、雨が降ったり寒いときは、部屋がいっぱいで動きが大変、怪我でもしないかと心配だといっていた。どこも同じような実態であり、改善が求められると訴えられた。「調査に行きたい」というと、是非来て実態を調査して欲しい、と言われた。 このところ、よく雨が降るので、相変わらず我が家の小さな畑のナスはよくなり、色艶もいい。2日に10個ぐらい収穫できる。 おかげで、毎日大好物のナスの味噌汁となる。手間ひまかけて作っている妻に感謝・感謝。
2002年09月21日
昼頃、ある友人から「下水道が来るが、水洗化のために180万円もかかる。融資は市から最大80万円。あと百万円ほど足りない。銀行に融資をお願いしたが、担保物件不足で借りることできない。どうにかして」との電話。市の担当課へ連絡すると、「長野市は申請手続きはするが、貸してもらえるかどうかは銀行が決める」とのこと。下水道は誰もが待望しているが、いざ、水洗化するとなると家計に大きく響き深刻になる。水洗化で環境の良いところで住みたいは、あたりまえだが・・・。市民の要望の高い、下水道の普及率を高めようと努力している、市の方針はわかるが、市民の懐も考え、市民に思いに応えられる支援策をもっと強めなければと思う。下水道で家計簿が圧迫されては市民はたまったものではない。 さて、我が家は今、下水道の工事中。長野市の北のはずれだが、水洗化は間じか。本管から我が家のトイレまでは、80Mを越す。 友からの電話の気持ちが伝わってくる。年金暮らしの皆さんをはじめ、収入の少ない人には、下水道の普及・・・水洗化は遠慮したくなる。 こんなとき、長野市は水道水が充分足りているのに、まだ、浅川ダムから取水したいと言っている。犀川に10万トンの水利権がある。3万トンしか使っていない。長野市の会計を担当している、会計士さんも、浅川ダムから取れば資本費があがる。浅川ダムからの取水は止める方向で検討すべき、と指摘された。下水道を入れれば設備にもお金がかかるが、水道料もばかにはならない。水道料の値上げだけは、市民の生活を圧迫するので止めて欲しいもの。高松市では徹底して市民に節水を訴えている。10万トンの配水能力で10万トン使用している。まったく余分にないのだ。この市にしっかり長野市も学んで、浅川ダムなど無駄な取水はしないでもらいたい。
2002年09月20日
昨日書けなかったことを記しておきたい。市議会で青少年保護育成条例の改正案が提案されていた。書店組合をはじめ市民から様々な意見が寄せられていた。有害図書など青少年に与える影響が大きいので、きびしくとりしまれるように。また、表現の自由や出版の自由が侵される心配があるので、規制をするのはいかがなものか、です。マスコミも注目をしてか、テレビカメラが幾台もきていた。書店組合は「憲法第21条で保障する表現の自由、営業の自由を侵し、検閲にもつながる。」「条例が成立したら、少年補導委員が店内を巡回することは拒否をする」した。田中県知事は「そのような条例を設ければ、青少年が健全にはぐくまれるのか、行政、国家が表現活動を規制するのは好ましくない。」と指摘。長野県は青少年の良い環境づくりを推進してきた結果、有害図書自販機の設置数は、全県でH10年113箇所400台がH13年84箇所390台に減った。川中島でも町民過半数の撤去の署名運動を起こし、撤去させた。今も1台も設置されていない。まったく大人の目のとどかない、ところで容易に有害と思われる図書類を入手できる自販機については、届け出制など設置者の責任を問い、一定の規制も考慮し、住民運動を援助する個別の条例も住民合意を元に検討してもいいのでは。情報の期成には限界のあるのは自明の理である。長野市が提出した青少年保護育成条例改正案に反対の態度を取った。条例案は通ってしまったが。今日は市議会最終日。
2002年09月19日
早朝5時はまだうす暗い。赤旗新聞の配達に出かける。30分ほどのコースであるが後半はすっかり明るくなる。家々の庭木の草花が目に映る。うす赤い紫の「萩」、白や紫の「槿(むくげ)の花」、ごくあたりまえの「秋桜」もなかなか捨てたものではない。心が和む。眠気もすっきり、家に帰って新聞を読む。赤旗新聞一面トップの見出しは「日長首脳が初会談」「国交正常化交渉再開で合意」「拉致の事実を認め、謝罪」「植民地支配で反省とおわび」である。潮流の記事に心打たれる。・・・拉致されたという疑惑は疑惑でなくなる。拉致された11人のうち、生きていると確認されたのは4人だけ。明治以来の日本と朝鮮の百年を越す歴史は、人々が流した涙に満たされています。拉致事件でまた新たな涙が流されました。紛れも無い国家による犯罪です。「残念無念だ」家族達の悲痛なうめきが胸を打ちます。北朝鮮の指導者は、真っ先に家族の声を正面から受け止めるべきです。両首脳は「おわび」「反省」を口にしました。北朝鮮の人たちはどう受けとめたでしょうか。両首脳の反省とお詫びを口先の言葉にとどめず、涙の歴史に終止符を打つために。・・・赤旗新聞潮流引用。読みながら、朝鮮への日本の侵略戦争の後遺症は両国民に大きな深い傷跡として残っていることを痛感する。真相の解明と被害者への謝罪と補償は当然である。時計を見ると、午前6時30分。今日は晴れか。さわやかだ。
2002年09月18日
二日間の雨は我が家の丸ナスを生き返らせてくれた。光沢のある濃い紫のナスは生き生き。妻が額ほどのわずかな畑で、手塩にかけて作ったもの。先日はこのナスでお焼きがつくられた。じつに「うまかった」今年は一つも買うことなく自家製で間に合ったようだ。あらためて輸入野菜が心配となった。食は日本の農家の皆さんの作ったものを。主食の米も含めて自給率を高めなければと痛く感じる。休会中の市議会が明日からはじまる。青少年保護育成条例の改定案が上程されている。市内書店組合は店内への点検など拒否した。「表現の自由」をおかして欲しくないとの思いは良く理解できる。市民の世論と運動が、自販機をはじめとする有害図書を減らしてきた。ここが重要と思う。
2002年09月17日
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