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この団地で「お茶懇」を初めてから今日で33回目となる。お酒も用意し、新年会をかねて15人が参加。 ほぼ3年前、孤独死が続き、何とかしようとはじまった「お茶懇」である。 開会の冒頭に、私がそのことを話し、これからも明るく楽しい団地をつくるために頑張りましょう。と訴えた。
2009年01月31日
Tさん宅をお借りし、ご近所のお知り合などい9人で「お茶のみ懇談会」を開いた。お菓子や漬物など盛りだくさん。お茶を飲みながらの、和気あいあいの楽しい懇談会である。原田が二十年ぶりに父親と連絡が取れ、長野へたどり着いた、派遣切りされた37歳の労働者のこと。長野市の1万2千食の大規模給食センターで起きたノロウイルス感染によりおかずが作れず、保護者にお願いしたこと。鷲沢市長の、市場原理による利用料、使用料の軒並み値上げのこと。解散総選挙近し。政治に中身を変えるために、日本共産党の前進が強く求められている事。そのために、日本共産党を大きくしたい。仲間になってほしいことを訴えた。
2009年01月29日
2か月ごとの契約で働き続けてきたN。正社員目指してがんばってきたのに、まさか派遣切りとは。契約は「会社の都合で契約解除の際は退職すること」となっており、あきらめるしかなかった、という。北海道から出てきた若者は、派遣会社に登録、何の心配もなく寮住まいで一生懸命働いた。残業含めても、手取りはわずかに10万円。毎日、帰宅、洗たく、掃除、夕食作りの繰り返しで、趣味などやれる余裕は全くない。一週間の疲れを、家でゆっくりと休み、いやすことも仕事のうちだと。「休むことも仕事」こんな働かせ方があっていいのか。Nは、一貫して正社員を希望していた。10月初め、リーガンショックが世界中を震撼させ、金融危機が始まり、職場に暗い雰囲気が流れた。派遣切りだ。企業の調整弁で、派遣労働者は一気に大量の解雇。ついに自分にまで及んだのである。今、長野に来て、公営住宅やつなぎ資金の確保で奔走している。党の仲間は、布団や石油ストーブ、炊飯器など生活必需品の提供を呼びかけている。今晩、党支部の会議の日。Nは、父親と一緒に会議に顔を出した。みんなびっくり。その場で、固い握手をし仲間の一員となった。一緒に頑張ろう。
2009年01月28日
例年、案内をいただく実家のある集落の文芸祭に来賓で出席する。「限界集落」に近い高齢者の多いところだ。数少ない跡継ぎを中心に、地域の交流を活発に行っている。今年は、たまたま、我が弟が公民館長で、何となく居心地がいまいちである。館長の挨拶の後、来賓で地元の区長、継いでこの集落出身、初めての市議、小生が挨拶をする。派遣切りや、長野市の行革の一環である利用料や使用料の引き上げについて、報告した。昨年末の12月議会に、老人クラブの有志4人が私の質問の傍聴に来てくれた。その当日は、全くわからなかったが、後で聞いてびっくり。「頑張ってやっていたねぇ」と・・・励まされたが。80戸という小さい集落だが、数十人参加の実行委員会を構成し、収穫祭を開いている。また、集落内にほぼ20戸単位の4つの組組織があり、ソフトバレーボール大会をやっている。ほとんどの住民が、選手や応援団として参加。集落中が、熱く燃え、真からの親睦と交流を深めている。我が生まれ故郷は、素晴らしい地域作りをしている。敬意を表したい。
2009年01月25日
「山口のりひさ」さんと地域を軒並み訪ねる。定額給付金どうですか。と訪ねるとくれるといえば「貰ってあげます」ですかねー。しかし、1回ぽっきりで、次に消費税あげますでは、景気も暮らしも良くならないでしょう。みんな見抜いている。「雇用や医療などへの支援策のほうがいい」と。さすがに、浅川を流れる地域だけあって、『浅川にダムは要らない』ムダ金だ。稲田地域はかつて、論電が谷池の決壊で14人もの住民がなくなった。昭和14年、5月のことであった。上流に水をためるのは心配で怖い。忘れてはいないのである。20軒余に及ぶ訪問・対話であったが、共産党への期待は大である。
2009年01月24日
「みんなの会」で、市政の主な問題点について報告した。鷲沢市政のいくつかの問題点について1,第一学校給食センターのノロウイルス問題・1月7日発覚・・・欠勤・層他14名・即8日・9日の給食は主食と牛乳のみとした・21日通常3品の内2品で再開・議会関係委員会を開催し説明を受ける・・・原因究明 第2・第3へ感染のないように・子どもへの影響・・・持参してこない児童・生徒がいれば、問題。食育等と言っていられな い。実態把握を求めた。・・・3小学校で8人、5中学校で16人合わせて24人・他の方法で対応できなかったのか・・・第2・第3それぞれ12000食で一杯。余分に作 る余地無かった。輸入食材しようで民間にお願いするわけにはいかない。 やむを得ない対応であった・今回の問題からの教訓は・・・規模が大きすぎたこと。今後、自校給食か小規模にすること を検討すべきだ。第4給食センターの建設を計画しているが、中止をし、小規模への対応を 検討するべき。・中山間地で自校か小規模給食センターの所はそのまま継続する 市教委の考え方・・・12000食で規模が大きいので対応できなかった。8000食程度 の給食センターなら、危機管理場対応できる。 よって、第4給食センター建設の検討を急ぎたい。 但し、小規模・・・2千から3千程度の規模なら、コスト・効率・など・シュミレーション してみたい。 基本的には、第4給食センターを視野に入れている。 党市議団として、財政的に大規模は効率がいいとしているが、自校や中小規模センターではどうか、シュミレーションをし、検討して。2,行政サービスの負担見直し 平成21年度から3年間で、ほとんどの使用料・利用料の値上げ・・・激減緩和をいいながら ・市立公民館成人学校受講料・・・4300円が、現在5800円・これを8000円に・児童館・児童センター・・・3000円に、現在おやつ代が取られている・老人憩いの家入浴料・・・120円が180円に・胃ガン検診・・・受診場1回900円・・・1350円に・少年化学センター250円を305円に・ゴミ処理手数料も引き上げ3,市立公民館の指定管理者導入と受託側の住民自治協議会について受託側から異論続出4,公共事業について・耐震化問題○小中学校 耐震診断21年度終了 耐震改修24年度までに着手・・・25年度から26年度までに終了31年度までには改築含めて完了計画・これに係わる費用は500億円 学校以外の耐震計画については、耐震改修促進計画を作る・・・不特定多数の方が利用する 建物、住宅は27年度までに90%完了する○補強はしても、寿命(耐用年数)は延びないから立替の方がいい○庁舎と市民会館建て替えについて・・・二つで80億円程度・市役所は市民会館を壊して跡地に早急に建てる・・・あり方検討会・市民会館・・・別の場所に建てる・・・あり方検討会 市建設業協会、設計協会、電設業況会、など、設計や建設はオール地元に任せて欲しい○市長見解・・・今年度中に結論出す、二つの建設問題は、耐震から始まった。 想定される善光寺地震の規模は、断層などから間隔は500年だろうという意見がある。 1847年の発生から、150年強の今、まだ起きないという人もいる。 庁舎は震度5の場合崩壊する可能性がある。これまでも起きたが崩壊していない。 市民会館の場所について、いろんな所から引っ張り合いが起き、結果的に決められないこと もある。無くてはならないと言う必然性は低く、先送りになる可能性もある。 基金200億円ある。・・・しかし、ゴミ処理に500億円、耐震に500億円、締めて1 千億円。
2009年01月23日
「10月いっぱいで来なくていい」と言われ、11月5日が期限で寮を追い出された、Nさんの息子。 行くところなく、派遣で寮住まいしている知人のところに転げこんで、しばらく職探ししていた。 ところが、派遣会社にこのことが発覚、即刻出て行くようにと言われた。 寮には関係者以外は住むことはできないことになっているのに、知人の行為でしばらく居候をしていたわけだ。 ネットで職を探しながら、一晩5千円のホテルに寝泊りして1か月。ホテル代は1か月締めて15万円となった。手持ち資金は底をつき、もうこれ以上、ホテルには泊まれない。そうかと言って、野宿する勇気なかった。最悪、生まれ故郷の帯広にフェリーで行こうと、運賃1万5百円をとっておいた。それでもと、最後の、最後の手段。20年も会っていなかった、長野の父親へ携帯電話を入れた。出てくれなかった。北海道へ行くしかないかと、覚悟をしていたときに、長野の父親から返信があった。すぐに切符を買い求め、中央線で長野へ直行。75歳の父親は、生活保護者で「おれはとても面度見れない」と困り切っていた。20年も会わなかった息子だが、やはりわが子でたった一人の肉親。「まあ来いや」と呼び寄せ、長野駅まで迎えに行った。苦労の連続であったのか、表情は20年前とは違い、穏やかではなかった。「苦労していたんだなあ」と、しみじみ息子を気遣う。共産党の支部会議があった。父親のNは入党したばかりの仲間であり、この会議に出席していた。会議が終わろうとする間際に、「Nさん何かありませんか」と聞いた。Nさん「わしゃ、今、共産党どころではない。違うことで頭が一杯」としゃべった。そこで話されことが、先の息子のこと。みんなから、それは大変だ。「ここに原田市議がいるから、遠慮なく相談すればいいんじゃないの」と助言。20年も会わなかったが、若い息子の行く末が心配、不憫でならない。何とかしてほしいと、懇願された。早速今日、住宅課、厚生課、産業政策課、長野県住宅供給公社などへ電話し、住むところ、生活保護、就職などてばやに手を打った。これからが、勝負所だ。N宅へお邪魔し、息子と初対面、相談に乗る愛知県で派遣労働者として働いていた。「日研」という派遣会社から、スズキ自動車への派遣である。賃金は1か月残業も含めて、毎月19万円~22万円前後で極めて安い。この給与から、寮費など差し引かれると、10万円そこそこという。それでも、寮に入れて仕事ができら最高だというから、寮のある会社に派遣されれば御の字。 「派遣切りや雇い止めが、日常不断にやられているが、今大きな社会問題となっている。これと真っ向たたかっている共産党の「志位さん」知っている。?」と聞いた。「ネットで見て知っている」といった。 そこで、先日、父親に渡しておいた切りぬき朝日新聞1面に掲載された『ルポにっぽん』の「失職・・・そこに共産党」「誰かに聞いてほしかった」「悲鳴拾えぬ二大政党」「山村の高齢者もぞくぞく」の見出しの記事を読んだか、と聞くと「おやじに薦められすぐ読みました。」と。 「私も、このことをもっと早く知っていれば、長野に来なくてもよかったのに」とも言っていた。名古屋の共産党に相談言っていたと思う、と言っていた。相談してよかった。「一緒にこれからの生活の道を切り開こう」と固く握手。父親のNは、「よかったなあ」息子は「本当に助かります。ホッとしています」と表情を和らげていた。当座の間に合わせで、米と果物を置いてきた。住宅と、就職、生活保護など暮して行ける体制を作るために全力尽くしたい。
2009年01月22日
7時30分三才駅で宣伝行動。雪はないが、かなり厳しい寒さである。チラシ配布と街頭宣伝。いつもと違い、以外とチラシの受け取りはいい。午後は、中野さなえさんと訪問活動。
2009年01月21日
今朝早く総務部長から、2月5日に臨時議会を開催したいとの電話があった。国の第二次補正予算の関係で、緊急の議会「臨時議会」を開きたいとの電話連絡が今朝、総務部長から入った。国民的には8割近くが反対しているのに公明党が強く要求している定額給付金はじめ第二次補正予算が碌な審議も市内で衆議院を通過参議院で審議が始まる。ともあれ、国の予算の関係で臨時議会は開催される。景気対策で国からの交付金は約8億6千万円。補正にかかるのは、市単独予算も含め約倍に及ぶ予算となる。党市議団は、昨年暮れに「緊急と雇用とくらしを守る緊急経済対策」申し入れた。市内の大くの、中小零細企業は、営業に喘いでいる。長野市の出方一つ。しっかり対応してほしいもの。この議会では、昨年暮れにわが党市議団が、「暮らしと雇用にかかわって」緊急の対策をを申し入れた。この見地から、即効性ある公共事業はじめ、市独自の雇用など対応を求めた。臨時議会では、暮らしと雇用を守るため全力尽くしたい。
2009年01月20日
「赤旗」しんぶん配達日。午前5時30分起床で我が家を出発いつ降った雨か?凍っているブレーキをかけると車が横滑りする怖い道路となっている過去に幾度か怖い経験があり、当然緊張の運転となる薄暗く、アスファルト道路の凍り具合が全く分からない無事配達は終了。過去のこと 車の運転は40数年でベテランの域だが、しかし、この7~8年の間に、正面衝突一回・・・宣伝カーが大破で廃車、真冬に雪のため滑って3メートルの川に転落(ダム建設で有名な浅川)・・・車は無事。いずれも、身体にけがはなかったが、2度あることは3度あるとよく言われる。ついつい、危険を察知すれば超神経使うことに。午後生活保護申請中のSから、「受理されました」と電話があった。ちょっと前に、米がないというので一升ほど持っていった。まだまだ寒い日々が続く。頑張ってほしい。「よかったね」
2009年01月19日
1月18日は、わが生まれ古里の寺、「地蔵院」恒例の法要の会。 寺の総代は、かつてのこの地域の庄屋。わが実家の大本家でもある。案内をもらい、出席した。田舎の寺で、本堂はそう大きくはないので、70人の関係者で寺内は満杯。住職の講話(説教)は昨年の言葉「変」の解説。講話の後は、懇親会でお酒も酌み交わされた、交流会。交流会の開会の乾杯とあいさつを指名され、一言添えて乾杯をした。トヨタはじめ企業が多額の内部留保をもち、株主配当もしているのに、冷たく派遣切りし寒空に放り出す非情と派遣労働者に暖かい手を差し伸べ、人としての絆に感動。長野市は、次々と使用料や手数料を上げようとしている。暮らしが大変なのにひどい。暮らし守って頑張る決意述べて「乾杯」。酌に回ると「赤旗読んでいるよ。いいこといっぱい書いてあり勉強になるね。頑張って」とお花の師匠さん。「百姓は大変だ、作ったものがそれ相当に売れないとやっていけない。農業を大事にしないと日本はダメになる」地元の地産・地消の活動をしている責任者。「鷲沢市長さんは、何出身?」「炭平の社長さんだったんだよ。」「やっぱりね。ダムダムっていうわけだね」地元のおばちゃん。「信濃町出身です。共産党の人たち頑張っているね。応援しているから」はじめて参加のМさん。「最低の政治だ。変えないと。「九条」も守らんとなー」若槻北部憲法九条守る会呼びかけ人
2009年01月18日
午前山口さんと、稲田支部で訪問活動。玄関に出てきた方は、杖を支えの白髪の障害者。いきなり「今の政治はひどいよ。リハビリをしてきたが、もう少しリハビリをすれば、つえなしで歩けるよ、と医者に言われ喜んでいたら、法律変わりリハビリは最大180日までとなってしまった。とんでもないよ。こんな政治は変えてほしい。共産党さん頼む」と新聞を購読してくれた。13人中、給付金はダメといった人は12人。ほとんどの人は「派遣切りの若者たちを救う手立てのために使ってほしい」「お年寄りが安心して暮らせるような仕組みを作ってほしい」率直でまともな提案である。今日は、二つの支部と行動し、20人と対話し5人が新聞を購読してくれた。あるお宅では、ぜひ上がっていってと言われ暖かい炬燵を囲んで懇談。自家用のリンゴをミキサーで砕き、おいしいジュースをいただく。自分が手塩を掛けて作ったリンゴは糖分が17%。自慢のリンゴとキューイをいただき持って帰る。大変寒い時間帯であったが、温く迎えられ元気を貰った。午後のひと時、最高のとき。
2009年01月17日
今年初めての駒沢団地の支部会議開催。支部会議では、志位さんの新年のあいさつのDVDを視聴。自民・民主には負けられないと、党の方針に確信。大きな党支部を作ろうと、入党してくれそうな人を近いうちにあたろうと決めた。その後たまには一杯飲んでと盛大に新年会。カラオケやれば、普段の固い気持ちもほぐれ言いたいこと言えると、次々と歌に興じる。私も、「アザミの歌」を歌う。97点 まあまあか。誰でも90点以上は出るんだそうです。この支部は地域で、さまざまな役職も請け負っている。老人会長や区の役員などである。団地内の住民と溶け込んで、仲良くボランテヤ活動をしている。私も、この団地の飲みに会には何回も参加しているが、初めてお酒を口にした。それにしても、おでん、漬物、レンコンの煮物など、地元の仲間が手作りでおいしい料理を作ってきた。和やかな、新年会。人との絆を大切に、仲良く、明るく、元気に、励ましあって頑張っていきたい。
2009年01月16日
昨夜は、就寝前の血圧は、144-99で高い。心配で一錠を口にして床に就いた。今朝は配達。5時の目覚まし時計で目を覚ます。頭痛はなし。極めて快調な目覚めである。昨夜の痛みはなんっだか、うそのようだ。一錠の薬の効果てき面・・・ドクターに感謝である。本来の調子に戻りそうだ。「鉄人?」復活ただいま、NHK BSーHiで「だんだん」視聴中。 朝8時頃、生活保護の申請をしたが、いつもらえるか心配との電話がある。よく聞くと、もうお金の手持ちが300円しかない。腰が痛くて仕事もできず、困っているとのこと。米もなく、どうしたらいいか。早速、厚生課へ電話をし、丁寧な援助をしてほしいとケースワーカーにお願いした。「すぐに連絡をとります」とのことで一安心。その後市役所・控室にて、市議団の12月議会の報告「市議会だより」の原稿書き。さらにわが地域の議会報告「ながの東北部新聞」の校正をする。体調は安定している。朝の電話の主、生活保護をとりたいという61歳の「S」に、米を運んだ。「米がない」「食料がない」と駆け込みの生活相談者が時々控室に飛び込んでくる。そのために、時の間に合わせで、農家の仲間にお願いし古米を融通してもらい用意してある。さっそく、一升ほど持って行った。「S」いわく。10年ほど前に岩手から出てきて、派遣で働いていた。長野のこの地に来たのは2年前、今、腰を痛めて仕事もできず、生活保護の申請中というわけだ。わずかな米だが、渡すとうれしそうに借家に戻って行った。人のいい、61歳の一人暮らしのこの男性、遠く岩手から来て10年年末年始はどうしていたのか、家に戻ることはできるのかそれにしても、生活保護のつなぎ資金が出るまで、渡したコメはもつのか心配である。「近いうち電話するから」と言って別れた。夜10時半、ただいまの血圧は、120-82 正常だ血圧降下の薬は不必要元気取り戻しつつあり今夜は、事務所の宿直当番だったが、わが身を案じ交代してもらった。
2009年01月15日
1万1800食という超大規模給食センターここで、ノロウイルスが発生調理員の休職で、学校給食の主食と牛乳は業者が直接学校へ。保護者にお願いし、おかずは児童が持参することとなった。この問題で、事実経過とごん後の対策で昨日、経済文教委員会が開かれ私は『おかずを持ってこれない児童もいるのではないか、教育上問題がる』と指摘したが、案の定今日、おかずが配食されていない学校に子供を出している親御さんから電話があった。・・・生徒が、おかずを持ってこなかった、かわいそうだ・・・と子供から言われたと。「どうにかならないのか。市教委へ伝えてほしい」と・・・。早速、市教委へ行き、「指摘した通りのことが起きた」とこの話を伝え、対応を求めた。あってはならないことで、お気持ちは十分に理解できる。しかし、持ってこない生徒にだけ、特別の手立てすることはできるだろうか。親が作れないのか。生活上大変なのか。それぞれの事情のある中、持ってこない生徒に配食してもいいものか。対策を具体的にどうやっていいのか、苦慮をする。いい知恵があれば貸してほしいと、市教委。何はともあれ、実情を把握し児童や生徒、親の気持を組んでほしい。改めて、大規模な給食センターが障害だ。中規模、小規模、自校給食などへの転換を図るよう、教訓生かして検討してほしい。と伝えてきた。いくらなんでも、1万食超えは危機管理上も無理がある。だから、全国でもごくわずかなのである。改善を求めていきたい。〇ズキーンとする片頭痛でたまらない。左側の片頭痛は、周期的にやってくる。ついに、午後5時過ぎ、中央病院へ駆け込む。血圧を測ると160-90小生は、通常は120-50かつては、70-40ぐらいの低血圧症であった。それが、この数値だからびっくり。早速、頭部のCT、心電図をとり、ドクターも自身で血圧を測ったがやはり同じ数値。ときどき、痛くて頭を抱えるので、ドクターも心配なのかもしれない。しかし、調べた二つの結果は、何もなし。良かった。「ほっ」である。それでも、痛いのは変わらない。このところ、肩の疼痛から片頭痛から、体の油が切れてきたのか体調はいまいち。川に落ちても、車と衝突してもびくともせず、「鉄人」などとかまわれていたが、冗談でなくなってきた。身体には「自信あり」のはずだったのに以降、健康には十分に留意し、「総選挙で日本共産党の大きな前進のため」世紀のたたかい、歴史的たたかいで全力投球を決意。
2009年01月14日
調査事項は 第一学校給食センターの職員からノロウイルスが検出されたことに伴う今後の対応についてである。理事者説明1月7日に複数の調理員が体調不良となり、食中毒や感染症の疑いあり1月8日・9日 給食は主食と牛乳のみ 調理員20名欠勤当面 おかずは家庭から持参とする1月10日 ノロウイルス検査の結果判明69検体中 21検体が陽性再開の条件・調理員がノロウイルスで陰性になること・厳格な健康チェック方法の見直し、消毒方法のマニュアル化など衛生管理の改善案を作成す ること今後の見通し・陰性反応の48名に、陽性の可能性もあり再検査を実施 16日に判明する。・1月17日に再開に向けた協議・食材の発注の関係があるので、20日までは主食と牛乳飲みとする・それ以降は、17日の協議の結果を見て判断する質疑原田 説明についてただした。・ノロウイルスの発生源はどこか第2・第3給食センターへの対応のためにも、解明が必要だ。・改善するとしているが、これまでのマニュアルのどこをどのように変えるのか。具体的に資料で示してほしい。教育長 発生源はわからない・・・職員が家から漬物など、おかずを持ってきて休憩中に食べ たということもありよくわからない。原田 これだけ科学の発達している現在、わからないはずがあるのか。この教訓を今後にどう 生かすのか。やりようがないではないか。 ノロウイルスはどこにも存在しており、解明が難しいとの理事者説明には納得いかない。原田 おかずは作れず、保護者負担とした。これは、第2・第3給食センターか民間にはお願 いできなかったためだ。家庭の事情もあるのに、保護者へのお願いは、食育上も問題 だ。 もってくるおかずが違う、持ってこれない子どもいる。これでは、本当の食育にはな らない。指導・援助するつもりは。理事者 違いあると思うが、こういうおかずと決めるのは難しい。実態をつかみたい。他のセ ンターも1万2千食以上作っていて、とても賄えきれない。それしか方法はなかっ た。原田 2度とこのようなことがあってはならない、しかし、可能性はある。どうすればいいの か。大規模なセンター化にも問題ある。いざという時には手に負えない事態。この事 態を受け止め、今後、中・小規模、自校給食など検討すべきだ。少なくとも、これ以上 の大規模給食センター構想はやめた方がいい。中山間地の学校は、今のままにしたほう がいい。と要望した。最後に、原田 発生源が不明は問題であり、究明すべきだ。また、長期休暇の後などは、健康チェック は金がかかってもきちんとすべきだ。給食センターが大規模で対応できず、保護者に協 力を求めたが、あってはならないこと。改めて、小規模給食センター化への検討を求め ておきたい。とさらに要望した。
2009年01月13日
成人式は、相変わらず女性は、振袖のきれいな着物。あでやかで、目を見張る。民主青年同盟の仲間と一緒に、山口さんとともに新成人に対してアンケートを行った。午後山口さんと地元を訪問。あいさつと合わせて、赤旗しんぶんのお勧めをした。どこえいっても、今の自公政治、麻生首相への批判は強烈である。しかも、公明党が強く要求している『定額給付金』は、よしという人は一人もいなかった。景気が良くなるはずがない。しかも、3年後には消費税が付いてくる。とんでもないと。話は、弾む。丁度、午前中にNHKの志位委員長のテレビインタビューがあった。雇用問題。農業問題など志位さんの話をよく聞いていて、「志位さんの言う通りだ」と、共感が寄せられた。 しかも、朝日新聞に、共産党のことが掲載され、共産党への空気が一段と良かった。「しんぶん」も4人が購読してくれた。
2009年01月11日
午前 長野市消防局の「出初式」に来賓で出席。 午後 地元の若槻消防団の「出初式」に出席。来賓で挨拶をする。
2009年01月10日
急遽、学校給食課の職員から、団長に報告事項があると電話がある。 いやな予感をしたが、案の定、給食センターの職員が集団で病休だという。 給食センターは休みで、給食の汁物やおかずが作れないので 昨日は、7校にはパンと牛乳飲みで おかずは保護者にお願いしたとのこと。今日は、第一給食センター24校すべての11800食に影響した。大腸菌かノロウィルスかその他、原因は不明。しっかりと原因を突き止め、一刻も早い給食センターの再開を求めた。・それにしても、おかずを保護者にお願いすることは、問題もあるのでは。担当課・・・その 通りと思います。・他のセンターに協力を求めることはできなかったのか。担当課・・・とてもできない。・大規模給食センターでなければ、他の給食センターで対処できたのでは。・自校給食ならこんなことにはならなかったのではないか。問題点を指摘した。
2009年01月08日
これまでは、女性が優勢の会議であったが、男性が7割である。 今日は、党旗開きの志位委員長の年頭のあいさつを全文読んだ。 アメリカ・財界・大企業の方向性を失った事態。自民党の司令塔が破たんし、自民党が漂流している。「共産党こそ今出番のとき」新入党員が発言した。共産党を大きくしないとだめなんだよ。正解。みんなうなずいていた。
2009年01月07日
農家組合長会議の新年会に出席。来賓で挨拶。 宮城県のある農村の街で実際あったことをドラマにした「お米の涙」。ドキュメンタリードラマについて話した。「観光地で景観も良く、しかも、美味しいコメで有名な集落は耕作放棄地が増え農業に影を落としていた。田圃は、一年休めば、柳や雑草が生え役に立たなくなるおいしいコメ作りができなくなると大問題に。ご飯茶わん一杯20円で、するめいかのリングひとつと同じ値段で米一俵が1万2千円。コメ作りは赤字を背負うばかり。ついに、農家の主が首つり自殺をしてしまう。百姓は食べていけないことを告発していた。そこで、観光業者など消費者が集まりこのままでは、観光もおいしいコメもこの町からなくなってしまうと町はじめ消費者は、直接農家から一俵2万4千円で買い取ることを決めた。それでも、スーパーのコメよりも1千円は安いと・・・。話は、いろいろ展開するが、地域と農家を守るためにとった双方の絆と連帯・共同が素晴らしい。農家では、一生懸命おいしいコメ作りに専念する。若い後継ぎも生まれてきた。 本当は、政治がやること。 農業を基幹産業として位置づけ、価格補償、所得補償が必要であり、そのために頑張ることを約束した。そんな挨拶をした。
2009年01月06日
市議団揃って、庁内を新年のあいさつ回り。 毎年恒例で、仕事始めに市議団揃って各課毎にあいさつに回る。 「○○の皆さん、新年開けましておめでとうございます。日本共産党市議団でございます。昨年中は大変お世話になりました。今年も一生懸命に頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します。」一言のあいさつ。手をたたいて声援を送ってくれる課もある。 社民党も公明党も回っている。 今年は、いよいよ、総選挙の年。 その直後には市長選が控えている。 「市場化原理」により、3年間で1,5倍の受益者負担を推し進め 「民間活力」で保育園の民営化や、公民館まで指定管理者導入をきめている。 公的責任ないがしろの行政運営に、厳しい批判が相次いでいる。 総選挙に勝ち、その勢いで市長選に臨み「市民の暮らし第一」の市政めざして全力を尽くす決意である。
2009年01月05日
正月最後の休み、妻と信州新町の「さぎり荘」へ。医療生協の班会で、予約を兼ね下見である。ゆっくりと風呂につかり、肩の痛みを癒した。ぬるい湯加減でゆっくり浸り温まる。久しぶりの、温泉気分にご満悦。いよいよ明日から、忙しい議員活動に突入だ。なにわともあれ、総選挙の年。日本共産党の大いなる前進目指して奮闘したい。
2009年01月04日
中野さなえさんも出席 消防団のラッパ隊の演奏と獅子舞で始まった新年祝賀会。地区の代表者約200人参加の盛大なお祝いの会である。来賓代表で、地元の市議として新年のあいさつを指名され一言述べた。・大きな社会問題である派遣切り。・「派県村」をつくり手を差し伸べ連帯していること。・長野市政の市場原理で何でも値上げすること。・公民館の指定管理者のこと。などなど話した。「あいさつのとおり、今が共産党の出番だよ」「自民も民主もだめだよ。」「定額給付金、あれもダメだな」など、共通の価値観で話も合い、おまけに酔いもあり気分よく交流に花が咲く。終了後、いつもの通りで、中野さんと近くのラーメン屋さんで二次会。消防団の面々、この人たちとの交流は毎年だ。次の会場は、2キロほど離れた蕎麦屋さん。二人でだべりながら、会場へ。わが生まれ故郷『田子区』の区長さんや公民館長さんなど、20人ほどの役員さんたちが勢ぞろいでにぎやかに交流していた。早速、仲間に加わり交流となった。弟が公民館長で地域で世話になっていてお礼を一言。今年もこの地域のことなど、世話役で一生懸命役割を果たさなければと決意も新たに・・・。
2009年01月03日
民営化された保育園で働く娘が、仕事があると帰って行った。 ゆっくりと休んでいけばいいのにと思うが、早々と帰京は親とすればかわいそう。でも本人は、残っている仕事をやりあげ、5日の仕事始めに行きたいという。担当した障害児にかかわる子どもの、研究発表の原稿書きとか。ご苦労である。頑張ってほしいものだ。
2009年01月02日
元旦 早朝宣伝善光寺付近にて午前10時30分善光寺付近で初詣の人たちに新年のあいさつを行った。北陸信越比例と長野1区の予定候補者『山口のりひさ』さん、『中野さなえ』さん、石坂・和田両県議、佐藤・原田市議が訴えた。午後1時地元 上野区の新年祝賀会に出席中野さんは45組在住で区民の一人として出席。来賓で紹介され、乾杯とあいさつ派遣の話、長野市の負担押し付けのことなど、遠慮なく話して乾杯。酌に行くと、口々に「若い人たちの解雇はかわいそうだね、本当のひどいね」「市の値上げの話は本当ですか、困りますね」と励まし。「選挙で勝ってくれや」とどこでも励ましもらう。中野さんも、名刺を配りながら仲良く会話をしている。この区にお世話になって40年あまり。議員になってから20年。蛍を守る会やもちつき大会の行事など、集落1200戸に全戸宣伝・宣伝カーで案内し、共産党や後援会の活動を行ってきた。党員も赤旗読者など仲間も大勢になった。今日の祝賀会も、温かさを感じた。中野さんも「同感だね」と。●いよいよ、総選挙の年を迎えた。 昨年から続いてる、トヨタの1万人の解雇はじめ、大企業が派遣労働者を次々と「派遣切り」「雇い止め」した。 期限を待たずに解雇し、寮まで追い出す企業の冷たい仕打ちに資本主義の行き着く先が見えてきた。 内部留保17兆円のトヨタは、減益を理由に首を切った。株の配当も存分にしているのに。路頭に追い出された、人たちを放っておけないと、日比谷では「派遣村」を設けて炊き出し支援をしている。人間の暖かいきずなを痛感する。わが党の志位委員長や笠井国会議員も激励に言った。日本共産党は、志位委員長を先頭に、キャノン、いすず、経団連、トヨタなどの経営者幹部と会談し「解雇するな」「寮を追い出すな」「正規雇用せよ」と厳しく要請した。こんなことできる政党は共産党しかない。真実頼れる日本共産党。注目と期待が寄せられている。テレビ、週刊誌などマスメディアも盛んに、日本共産党を登場させている。期待にこたえたい。
2009年01月01日
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